『白海の巡り <下>』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:圭太郎                

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 禽馬(キンバ)空晶(クウショウ)は駆ける。
 時折聞こえる砂を蹴る音から、跳躍をしているのだと分かった。しかも長く、速く。
 風を切って走る為に、眼が完全に開けられない。璋(ショウ)は薄目で辺りを伺いながら庵に体を支えられていた。
 庵(イオリ)は、なんと不思議な少年なのだろう。
 振り返って彼を見るわけにはいかないが、空晶に乗り、白海を巡る彼の姿は古の若い長を彷彿させる。その若い長は国同士の小競り合いに颯爽と現れ、勝利に導く。
 頭上で括り上げた長い髪を靡かせ、彼は地を馬に乗って駆けるのだ。
 「璋、あれが白海の中心だ。」
 ぼんやりとそんな事を思いながら彼の声を聞き、指し示された指の先を見る。そこは蜃気楼でうっすらと霞んだ、オアシスが見えた。
 庵は手綱を軽く引き、方向を整える。地図もコンパスもないのにここまで、かなり長い距離を空晶に乗って駆けてきたが、辿り着けるなんてやはり彼は不思議だ。
 白海の中心へ向かいながら璋は、ぼんやりと思考する。妖魔も、悪くない。ふんわりと柔らかい毛並みを手先に感じながらふと思った。

 白海の中心と言う、オアシスは中規模なものだった。
 オアシスとはただわき水の事を示す。どういう仕組みかは不明だが、刻々と水がわき出る所を示してオアシスという。水があるので植物が生える。
 オアシスは水と植物、両方にとって有益なものだ。
 「凄い・・・」
 璋は感動で深い溜息を吐きながら言った。
 短い草のようなものも生え、サボテンの種の一つである植物も生えている。
 何より、樹が大きい物で5メートル近い。
 「白海の中心。・・・白海の心臓部と言って良いだろう。」
 「こんなに高い樹、初めて見ました。これはシダ植物の一種ですか?」
 「あぁ。」
 「どうして、このように高く?」
 「・・・知っているだろう。樹は長い年月をかけ育つ。」
 「知っている。しかし、」
 「しかし何故ここまで大きくなったのか、ということか。」
 璋は黙った。樹に近づき、掌を樹へと当てる。見上げればザワザワと葉が鳴った。
 「樹が育つには長い年月と清い水と大地が必要だ。」
 「水も地も汚染されていないものを与えています。」
 「人の手が加わった物は駄目だ。自然に、微妙なバランスが必要なんだ。微妙な有益物と栄養、それが樹を育てる。今の地と水では樹は大きくならない。」
 ギュッと拳を握る。
 育たない理由が今分かった。簡単だったのだ、人の手が加わってはいけない、と。
 そう思うと情けなく、悲しくなった。
 この世界に、人はいらない。頭を鈍器で殴られた衝撃が走る。
 「・・・璋。」
 「庵、ありがとう。これは樹だけのことだけでは無いんですよね。」
 「・・・あぁ。少なくとも啓翁はそう言っていた。」
 「そうかぁ・・・・・・」
 わき出す水は、樹を、植物を育てる。
 長い年月をかけて、それらは育ってきた。研究室のような狭く、風も自然に吹かない場所なんかではなく、人の手が入っていないオアシスで。
 少年の肩に手を置く。その手は庵のものだ。
 「それでも私達は生きていくんだ。この世界で。」
 彼の声が、いつまでもいつまでも耳に残った気がした。

 一頻りオアシスを観察して、再び空晶に乗り庵の家へと戻った。
 一晩でも泊まっていく事を庵は勧めたが、璋はすぐ帰ると遠慮した。すぐにでも研究室の土を、水を違うものにしたい。完全に自然な物は出来ないだろうが、少しでもそれに近い物を造りたかった。
 樹の為に、生物の為に。
 新たな目標が、決まる。
 それを庵に言うと渋い顔をしながら承諾した。しかし、せめて送らせてくれと言うのでまた空晶に乗る。
 荷物を持ち、ふと思い出したのは地図の事だった。
 無くした時用に、と2つ持ってきている。庵の家の座標を登録し、1つはザックに入れた。もう1つは庵にあげる、と手渡す。
 「これは?」
 「地図。3D、僕が造ったんだ。」
 へぇ、と庵は凄いというように地図を眺める。ここ、と指さして璋は笑った。
 「僕がいる所。地図で見ると結構近いんだね。」
 「あぁ、でもお前は3日かかったけどな。」
 2人は笑う。貰っておく、と庵はそれをポケットへと仕舞った。
 禽馬は膝を折り、前と同じようにして璋を乗せる。それに続いて庵が乗り、走り出す。徒歩で3日かかった道のりを空晶は1時間弱で駆けた。
 白海のほとりまでつくと璋は飛び降りる。名残惜しそうにフカフカの毛並みを撫でて庵を見上げた。
 「お世話になりました。」
 「いや。」
 「あの・・・さ。」
 「何だ?」
 「また来ても良いかな。」
 庵はこの質問にきょとんとする。軽く笑った。
 慣れてくれたのか、空晶が璋にすり寄ってくる。琥珀色の瞳は璋を映し出す。金白の毛並みはそよそよと風に靡いている。
 「良いぞ。迎えに来てやる。」
 「空晶で?」
 あぁ、と庵は笑いながら手を差しだした。その手を璋は固く握る。

 一人は慮の、璋。
 もう一人は悟であり、導でもある、庵。
 璋、庵、16の年の事である。



≪ 了 ≫

2003/08/11(Mon)11:14:38 公開 / 圭太郎
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最後まで読んでくれてありがとうございました。
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上中下で少し長めなので不安ですが・・・

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