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『[セラフィンゲイン]マーカスメモリーズ ターコイズブルー1〜20話更新』 作者:鋏屋 / 未分類 ファンタジー
全角91537.5文字
容量183075 bytes
原稿用紙約268.6枚
インナーブレインという画期的なシステムで創造された仮想世界で繰り広げられる新時代の体感ロールプレイングゲーム『セラフィンゲイン』その世界で、依頼を受けてクエストに望む傭兵『漆黒のシャドウ』はある日、一人の女戦士『ミゥ』と出会う。青の女剣士ミゥとシャドウのレアアイテムを巡る物語。
 初めに、このお話は、よくわからない単語が出てきます。そこで、このお話しから読む人の為に基本用語だけ載せてきますのでご参考ください。

《基本用語》
『セラフィンゲイン』
世界中に熱狂的なゲームフリークスを生んだ、日本生まれの仮想ネットワーク体感ロールプレインゲーム。初回登録料2万3千円、接続料1万3千円、再接続料6千円(日本での価格料。大型アップデートで値上がりした)という、ゲーム料金としてはもう『馬鹿なの、死ぬの?』と言いたくなるほどの高額だが、ゲーム内で獲得した経験値は現金に換金できる為、継続料、接続料などは獲得経験値をリザーブして支払うのがセオリー。プレイヤーの中には、その稼ぎで暮らしているという強者も居るとか……?

『セラフ』
セラフィンゲインに出現する怪物の総称。その種類は様々で小型、中型、大型と大きく分けて3タイプあるが、同名のセラフでも個体によって若干の違いが見られる。また形状、生態の違う亜種なども複数確認されており、細かく分けると数百種類になる。
種類によって強さが違い、その強さによって出現するクエストも違いプレイヤー達は自分のレベルにあったセラフを狩り経験を積む事になる。
ちなみに『セラフ』は天使、『セラフィンゲイン』は造語で【天使が統べる地】と言う意味がある。

『インナーブレインシステム』
仮想世界セラフィンゲインの核となる接続システム。大脳皮質へ微弱な電気信号を送る事で被験者の脳内にプログラムされた疑似空間を投影し、被験者があたかも現実に体感しているかのような認識を持たせる仮想領域体感システム。本来は全く別の目的の為に開発された装置であるが、現在ではネットワーク型体感ロールプレイングゲーム、セラフィンゲインにのみ利用されている。(開発経緯等詳細は前作参照の事)

『ウサギの巣』
世界中にあるセラフィンゲインの接続端末のこと。とは言ってもその場所は公開されておらず、口コミや知っている人間からの紹介などでしかその場所を探す事が出来ない。シャドウやミゥは秋葉原にある端末から日々アクセスしているが、近い所では渋谷にもあるらしい。

『ブレインギア』
セラフィンゲインに接続するためのリクライニングシート型の装置。上に挙げた『ウサギの巣』の地下に設置されている。

『ターミナル』
接続したプレイヤーが最初に転送されるセラフィンゲイン内の町。エレメンタルガーデンという噴水広場やガス灯など、中世ヨーロッパの町並みを模した建物が並ぶちょっとオサレな場所。

『沢庵』
ターミナルにあるレストラン。店内の内装が洋風なのに名前が致命的に間違っており、開発者達のネーミングセンスを疑わざるを得ない。レストランなので当然スタミナ回復のための食事も可能だが、プレイヤー達のミーティングや待合所として利用される事が多い

『リセット』
プレイヤーとセラフィンゲインの接続を強制的に切断する緊急脱出コマンドの事。デッド【死亡】判定にならない重傷を負って動けなくなったり、何らかのシステム障害に巻き込まれ行動不能に陥るなどのいわゆる『手詰まり』な場合の時に使用される。プレイヤーはその意志をもって叫ぶと、瞬時にセラフィンゲインとの接続を絶たれ意識が接続室に戻される。その場合は、先に挙げたデッド同様プレイヤーのステータスは最後のセーブデータに戻るわけだが、その判断がプレイヤー個人に委ねられている為、身勝手なリセット選択によりチーム内の揉め事になるケースが多い。

『ロスト』
セラフィンゲインとの接続が切れても意識が戻らない接続干渉事故のこと。ロストした場合、自分や他者への認識が不可能になり、意識喪失のまま病院のベッドに眠り続ける事になる。ロストした人間をプレイヤー達の間では、現実世界の戦争で行方不明になった兵士になぞらえてMIA【未帰還者】と呼ぶこともある。

『使徒』
セラフィンゲインの開発者達の俗称。『使徒』とは本来の呼び名ではなかったが、セラフィンゲインという名前と、13人居たという噂からそう呼ばれるようになった。名前はおろかどんな人物達だったのかも全く公表されていない。またその存在自体確認されておらず、噂の域を出ない謎の存在。

『聖櫃』
クエストNo.66、『マビノの聖櫃』というクエストの通称。未だかつて誰もクリアした事がない難攻不落クエストでセラフィンゲインのシンボルマウンテン『マビノ山』にあるフィールドでそこの最深部にある『聖櫃』というエリアを目指す。過去に数多くのチームがこのクエストに挑んだがいずれも全滅若しくはリセット必至の最難関クエスト。

『チーム・ラグナロク』
1年前に聖櫃をクリアした世界で唯一のチーム。現在は解散している。


 それでは、本編をどうぞ……



 澄み切った碧い空のずっと高いところで、鳥たちが編隊を組んで飛んでいる。その下を目の覚めるような緑の山々の稜線が並び、さらにその向こうには真っ白な一際大きい山が天を貫くように聳え立っている。
 その美しく雄大な自然のパノラマを眺めていると、ここが緻密な計算に元ずく膨大な記号データ配列によって創造されたデジタル仮想世界であることを忘れてしまうほど、その目に飛び込む風景には圧倒的な存在感を見る者に与える。
 美しい自然を人の手で破壊し消していく現実世界と、人の手で作り出された圧倒的な自然美を持つデジタル仮想世界。どちらがより愚かな行為なのだろうか……
 だが、ここには遙かな昔、人々が自然を脅威としてすぐ隣に感じていた頃の記憶を呼び覚ませる何かがあるように思えてならない。そんな太古の記憶を、デジタル世界に求めた制作者達の心を誰が笑えるだろう。さもあらん、故にここを訪れた者は例外なくこう口にする。

 この世界の制作者達は天才だ……と。

 だが、そんな美しい世界は、それを美しいと感じる者達にそれ相応の対価を求める。この世界を訪れる者達はすべからくその要求に応えねばならない。
 この世界は常に人を試みる……ここは、真の勇気が試される場所。
 それが
 『天使が統べる地』という意味を持つデジタル仮想世界……セラフィンゲイン



セラフィンゲイン マーカスメモリーズ

『ターコイズブルー』

第1話 ブレイククエスト

「ちょっと、いい加減にしてよっ!!」
 そんな怒鳴り声に驚き思わず上体をはね起こしたのだが、自分のいる場所が地上15mの大きな木の枝の上だったことを思い出し、間一髪枝の根元に両腕と両足を巻き付けて落下を防いだ。そのせいで枝に逆さまにぶら下がる、丁度ナマケモノのような何とも情けない格好になったが、頭からすっぽりかぶったフード付きマント『愚者のマント』のおかげで、俺の体は限りなく不可視状態になっているので他人からその情けない姿を見られることは無いだろう。
 あぶねぇ〜 マジで今のはやばかった……
 俺はすんでの所で踏ん張りの効いた両腕に感謝しつつ枝をよじ登り、日頃から筋力パラメーターにタップリ経験値をつぎ込んでいた自分を賞賛する。
 もっともこの高さなら一撃でデッド判定されることはないのだが、『よりリアルな感覚』を生み出すためと、ショックと痛みはきっちりと再現される律儀なシステムなので、出来ることなら痛くない方がありがたい。だってMじゃないし、俺……
 そもそもなぜ俺がこんなところにいるのかということから説明しよう。
 2時間ほど前、俺はあるチームに雇われ、ここクラスAの戦場に来た。レベル4に相当する中上級クエストを受注するため前衛【フロント】戦力の補強を考えたそのチームは、傭兵である俺を雇ったのだ。ところが、クエストの全行程の3分の1ほどのところで、そのチームのもう一人の前衛と回復役であるビショップがリアルの急な事情でログアウトしなければならなくなりクエストは中止となった。
 上級チームならまずあり得ない行為だが、中級チームではたまにこういうことが以前からあった。ましてや先日行われた大型アップデート以降、本来のゲームの目的である『狩りと冒険』を楽しむのではなく、リアルで仲の良い友人同士が集まってリアルじゃないこの世界の雰囲気を味わいながら談笑する『ワイワイコミュニテーチーム』が増えたのに比例して多くなったと言えなくもない。
 そういった『途中退場』とも言うべき行為は、上級プレイヤーや古参プレイヤー達からは白い目で見られたり文句を言われたりするのだが、傭兵を必要とするチームはだいたい中級〜中上級のチームが多く、俺はこういったケースも少なからず経験していたので、さして気にして目くじらたてることも無かった。
 で、今回のクエストは他のチームの乱入を防ぐため『ブロックエントリー』で受注していたため、俺はエントリー代とキャンセル代をチームとは別に個人で出さなければならない。こういったブロックエントリーの場合、チームに所属してない俺たち傭兵は、クエストをエントリーしたチームから『ゲストプレイヤー』として招聘される形をとるため、別に支払う必要があるのだ。
 そこで俺たち傭兵は保障として、事前にエントリー代とキャンセル料を前金として貰っておくのがセオリーだった。キャンセル料はクエストが中止『クエストブレイク』にならなければ報酬から相殺されるのが通例だが、大物を仕留めて気前がいいチームの場合は相殺なしでそのままくれる場合もある。
 俺もそのセオリー通りエントリー代とキャンセル料を貰っていたので、そのままそのチームと一緒にブレイクしても良かったのだが、クエストをタイムオーバーまで粘ってリタイヤするか、クエスト中にデッドされればキャンセル料は発生しないというシステムの特性を利用してタイムアップまで居残る事にしたのだ。
 確かに一度ターミナルのネストに戻り、依頼を待った方が効率的と思うかもしれないが、今日は休み明けの月曜の夜でアクセス数も少ない。それに口開けの客は取らないのを信条にしている俺なので『だったら……』と久しぶりにソロでフィールドをブラつこうかと思った訳である。
 一応言っておくが、このセラフィンゲインは簡単にソロプレイが許されるほど甘い世界ではない。とは言っても別にルール上の禁則事項やシステム的なロックがかかってる訳ではなく、ソロプレイそのものがとてつもなく困難だからだ。
 初級レベルのプレイヤーがアクセスするクラスCのフィールドならともかく、俺が今アクセスエントリーしているこのクラスAフィールドは、生還すら危うい条件付けが課せられる。
 かく言う俺も、このクエストレベルが4だからここで1人こうして木の上で擬態しながら昼寝…… じゃなかった、索敵をしていられるが、これが最高位クエストであるレベル6であればそうそうにリタイアして今頃はネストでいつ来るかわからぬ依頼を待っていただろう。
 ってなわけで、おそらく来ないだろう月曜の仕事をぼけーっとネストで待つんなら、浮いたエントリー料分この世界を時間いっぱいまでめいっぱい堪能しようとしていたら、先ほどの怒鳴り声なのである。
 ここで『あれ?』と思うかもしれない。というのはこのクエストがブロックエントリーのはずなのに、なぜ他のプレイヤーが介在できるのかと言うこと。
 これはクエストを受注したリーダーがサレンダー【退場】した時点でオープンエントリーに自動移行されるからなのだ。普通はクエストブレイク後は大抵エントリー中のチーム全員がサレンダーするのであまり知られていないのだが、エントリーチームの誰か一人でも留まり続けると、そのクエストはタイムアウトまでオープンエントリーでクエストが続行されるのである。まあ、危険きわまりないクラスAのフィールドで残留するプレイヤーなどほとんどいないけどな。
 このブレイクされたクエストに他のプレイヤーが介入する場合は、クエストの残り時間分のエントリー料を支払うことになるが、残り時間でクエストクリアを狙うのは難しく、支払う経験値に見合う稼ぎにはならないので、ブレイククエストに介入するプレイヤーは、新しい装備や習得したスキルの試しか、何にも知らない初心者。あるいはよっぽどの暇人のどれかだろう。
 さて、ブレイククエストに乱入する酔狂プレイヤーはどんな奴だろうと考えつつ、俺は木の上から下をのぞき込んだ。
 下には1人のプレイヤーを4人が取り囲んでいた。囲んでいる方のプレイヤーは、その装備から大剣使いの戦士、盾持ちダガーのシーフ、メイスビショップ……最も軽装なのがメイジだろう。
 で、囲まれてる方は青地に白のラインが入ったプレートメイルに片手直剣装備の戦士が4人に向かってなんか怒鳴ってるが……
「女か……」
 俺は小声でそう呟いた。黒髪を後ろで束ね、装備である鎧と同じ色のバンドで止めている。時折耳元で青い光が跳ねるのは装飾アイテムであるピアスだろう。全体的に青で統一したコーディネートは、ちょっと気の強そうで凜とした雰囲気の彼女によく似合っていた。
 狩り場はもうちょい先だってのに、どっか他でやれってんだよ……
 と胸の奥でぼやく。
「しかしまあ、女一人を取り囲んで揉めてるのを見るのは気分が悪いよなぁ……」
 そんなことを呟きながら、俺はゆっくりとマントのフードをまくった。すると背景に同化していた体がするりと沸いて出た。俺はそのまま片手で枝を掴み、飛び降りるタイミングを計った。どっちに付くかはもう決まっている。
 だが一つ言っておく。決してその女の容姿に影響されて、不純な考えでこんな行動に出る訳ではないことを。
 そうだな……
 彼女の耳元に光る、青いピアスが気になったから……ってことにしておこうか。
 俺はそう心の中で言い訳しながら、空中に身を躍らせた。



第2話 青刃のミゥ


「ちょっと、いい加減にしてよっ!!」
 思わずそう怒鳴ってしまった。すると4人組のリーダーの大剣使いは一瞬たじろいだ気配を見せたが、直ぐに唇を歪めた。
「そんなにトンがるなよミゥ。お前の宝探しに付き合ってやるって言ってんだぜ。俺たち『天竜猟団』がな。知ってるだろ? 俺らあの『聖杯の雫』の傘下になったんだぜ? ミゥだって損はねぇだろ?」
 大剣使いはそう言って「なあ?」と他の3人に同意を求めた。求められた方の3人も口許に薄ら笑いを浮かべながら「だぁな」やら「そうそう」と呟きながら頷いている。
「あんた達よくもそんな……」
 思い出すと胸がムカムカしてくる。もし私が高位魔導士だったなら全員メテオ・バーストで消し炭してやりたい気分だ。ホント、なんでこんなやつらとチーム組んでたんだろう…… やっぱり男なんて信用したあたしが馬鹿だった。
「確かにミゥの『グルガスタの涙』を売った金で『聖杯の雫』の参入基準をクリアする装備を買えたんだがな。お前のチームへの貢献、これでも感謝してるんだぜ? ミゥ」
 感謝? 感謝してる? こいつら……っ!
「私のレアアイテム掠め取っておきながらよくそんな事が言えるわね。返してよっ! ねえ、今すぐ返してよっ!!」
「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。チームでレアアイテム取りに行ったんだからチームで使っただけだろう? それにお前が気前よく俺に渡したんで、俺ぁてっきり売って金にしてくれって事かと思ったぜ。俺たちのチームのことをそこまで考えてるのかと、思わず目頭が熱くなっちまったよ」
 大剣使いはそう言ってわざとらしく目頭を押さえて俯いた。何も知らない第三者が見たってチープな三文芝居だってわかるわざとらしさに反吐が出る思いだ。
「白々しい…… 確かに『グリーンラドラの瞳』は百歩譲ってチームのモンでいいわ。でも『グルガスタの涙』はチームとは一切関係ない、私のパーソナルアイテムよ。あんたが『ついでに知り合いに無料で鑑定頼んでやる』っていうから渡したのよ! それを勝手に売ってきたんでしょ! 普通人のアイテム勝手に売る? しかもその金で自分達の装備まで新調するとかマジ信じらんない。それって泥棒とどこが違うのよ? あんた達最低よ。クラスBの盗賊以下、まだ『キラー』の方がマシってモンよ!」
 私がそう怒鳴るが、4人はまったく悪びれた様子がなかった。こいつらホント最低だ。強奪目的で他のプレイヤーを襲う『プレイヤーキラー』通称『キラー』と同じ…… いや、それ以下だ。私は腸が煮えくり返る思いで4人のリーダー、『ザッパード』を睨んでいた。
 この4人は先月誘われて入ったチーム『天竜猟団』のメンバーで、大剣使いの戦士でリーダーの『ザッパード』、シーフの『ロキオ』、ビショップの『リッキー』、メイジの『コレキヨ』。この他に、今日はログインしてないが、ガンナーの『ネロ』と、私と同じ片手剣使いの戦士『ブレイカー』がいる。私を含めて7人の『狩メン』チームだった。
 私は先月まで違うチームに所属していたが、リアルの都合でメンバーが1人辞め2人辞めと、くしの歯が抜けるように辞めていきあえなく解散となり、さすがにソロでクエストに挑むレベルではないので、メンバー募集の掲示板に書き込んだところ、リーダーのザッパードから誘いを受けたのだ。
 他にも数チームから誘いがあったのだが、他のチームは皆最近流行の『ワイコミチーム』だったので、レアなドロップアイテム狙いの私は狩メンチームである天竜猟団の誘いを受けたのだった。
 入って直ぐの頃はさして気にならなかったが、1週間ぐらいで私はこのチームが好きになれそうにないと感じていた。
 品の無い冗談、ゲーム内のセクハラ規定に抵触しそうな言動や行為。自分達より強いチームには愛想良く振る舞い、明らかにレベルの低いプレイヤーやチームには威圧的な態度をとる。
 私ももういい加減嫌になったので抜けようかと考えていた矢先に、私の元に知り合いのプレイヤーからレアアイテムの情報が入った。
 で、その情報を元にクエストで首尾良くレアアイテムをゲットしたのだが、このザッパードは情報を持ってきた私に何の相談もなしにそのアイテムを売り捌いてしまったのだ。
 しかも、タダで鑑定してくれる奴が居るからと言って、私のコレクションアイテムまで借り、なんとそれまで売ってきたと聞いた時は耳を疑ったよマジで。
 それがきっかけで私は天竜猟団を抜けた。それが先週の頭の話だ。しかし、その後も何かにつけて私に付きまとい、小さな嫌がらせじみた事をしてくるようになった。
 直接危害を加えてくる様な事は今のところ無いのだけれど、沢庵で私を見つければ勝手に同席してきたり、私と話しているプレイヤーに嫌がらせをしたりするのだ。今日などはターミナルで私を見つけ、私を付けてきたのだろう。
 もうここまでくるとリアルのストーカーと変わらない。私はほとほと嫌になっていた。
「なあミゥ、またチームに入れよ。女が居るとチームに花があるんだよ。俺らもう聖杯の雫だろ? それなりにハクとかスタイルってモンを考えなきゃならねえんだ。女キャラが居るってのはそれだけで話題になる。それがお前なら尚更だ。アイテムハンター『青刃のミゥ』はそれなりに名が通ってるからな」
 ザッパードはそう言ってニヤリと嫌な笑みを作った。結局、この男は女子キャラなどステイタスの一部としか見て居ないのだ。有名ギルド、聖杯の雫に入った事だって単に周りから羨望を浴び、自分達より弱いチームに威張りたいだけなのだ。それに、聖杯の雫にしたって、確かに有名な大ギルドで、ターミナルでも周囲から一目置かれるギルドだが、実状は派閥の勢力を拡大させる事を命題にしてる様なギルドだ。
 このギルドというのは、チームの集合組織のことだ。この前のバージョンアップで、コミュニティエリアであったターミナルでもプレイヤー同士の戦闘が可能の『オープンフリースタイル』に移行され、それに伴い急増した犯罪プレイヤー『プレイヤーキラー』に対抗するため、複数のチームが集まって作った自己防衛組織のこと。
 しかし最近ではギルドの報復を恐れ、プレイヤーキラーが減った後にギルド同士の勢力拡大競争がその存在意義になっているのだった。今では殆どのチームが何処かのギルドに所属している。
 この天竜猟団も中規模ギルドに所属していたが、この度そこを脱退して有力ギルドである聖杯の雫に所属したのだ。
 確かにキラーは驚異だけど、私はどうもこのギルドという集団、しかも聖杯の雫の様な有力大ギルドがあまり好きになれず、猟団を抜けようと考えた理由も、猟団が大ギルドに所属しようとしていた事が少なからずあった。ギルド結成時の理由はどうであれ、最近は目的を見誤ってる気がしてならないのだ。
「もう戻る気なんてない。さっきは返してなんて言ったけど、あんたが売ったアイテムの事ももういい。聖杯の雫に入ったお祝いって事にしてあげる。それでもうあんた達とはお終い。だからもう私につきまとわないで! もう放っといてよっ!!」
 私は吐き捨てる様にそう言った。だが、ザッパードは笑みを浮かべたまま他の3人に目線を放った。そんなザッパードに3人も似たような笑いを貼り付けた顔で頷き、私を囲う様にゆっくりと左右に展開した。
「な、何よあんた達……」
 私はその動きに妙なきな臭さを感じて腰の愛刀に手をかけた。
「そんな怖い顔すんなよミゥ。なあ、もう一度考え直せって。悪い様にはしないって。俺たちのチームに居たら、ソロじゃ行けないレアアイテムのドロップするクエストにも行けるんだぜ? 俺たちの力にお前のスキルが加わればお宝ゲットの確率も跳ね上がるだろ?」
 ザッパードはそう言いながら近づき、私の肩に手を回してきた。
 その時、私の体に電気が走った様にビクっと痺れ、頭の中に思い出したくない記憶が蘇ってきた。
「や、やめてよっ!」
 私はそう叫んでザッパードの顎を肘て跳ね上げ、胸をを突き飛ばし跳ねる様に後退して腰の剣を固く握りしめた。しかし柄を握った手が情けないほど震えていた。
「いってぇ…… ったく、カマトトぶりやがって。美人女剣士なんて呼ばれて調子乗ってんじゃねえよ」
 ザッパードは顎を摩りながらそう言いい、背中の大剣をゆっくりと抜いた。私はその姿にゴクリと生唾を飲み込んだ。
「おっ? ザッパード、やるのか〜?」
 そんなザッパードにシーフのロキオが嬉しそうな声を出して、その刃に痺れ薬をたっぷり含ませたダガーを抜いた。
 私も腰の愛刀を抜き正眼に構えるが、刃の先がブルブルと震えていた。
 大丈夫、私は強い。こんな奴らには負けない。セラフの時と同じ様にやればいいんだから……っ!
 私は心の中で何度もそう自分にいいきかせた。ザッパード達のレベルは20か21、私は23だ。まともにやれば負けないはずだ。まずメイジの魔法が厄介だからコレキヨを先に潰して次にリッキーだ。初撃で大技が決まれば失神は免れないだろう。
 だが、いくら強気にそう考えても私の震えは止まらなかった。体の奥底から忌まわしい記憶が、まるで羽虫の大群の様に湧いてくる。
「やっぱりだ、剣先が震えてるぜ。青刃のミゥは対人戦がめっぽう弱いって噂は本当だったんだな。セラフ相手にはあれだけ強いから信じられなかったがよう。なあミゥ、お前なんかトラウマでもあんのか?」
 私はその言葉に信じられないほど動揺した。それがさらに過去の記憶を呼び起こす。
「そ、そんな噂信じるなんて、あんたもおめでたいわね。き、来なさいよ。私の大技で切り刻んであげるから!」
 そう強がってはみるものの、やっぱり声が震えてしまう。私は自分が情けなくて涙が出そうだった。
 私は強くなった。リアルじゃないけど、この世界ではそこいらの男なんて問題にならない程強い女剣士、青刃のミゥだ。男なんて…… 怖くないっ!
 何度もそう自分の心に鞭を入れるが、体は今にもその場にへたり込みそうなほど震えていた。
 なんで、私はいつまでこんな……
 私は折れそうになる心を必死につなぎ止めようと奥歯を噛む。
「ま、何にせよ俺たちには好都合だな」
 ザッパードが大剣を右斜め後ろに構え、腰をグッと落とした。
 とその時、私が背にしていた大木の横で、大きな音がした。何かが木の上から落ちて来た様だ。私はセラフかと思い横に飛び退く。ザッパード達に気を取られて完全に索敵を怠ってた。この状態で背後を取られたら確実にやられるっ!
 私は即座に剣先を音のした方に向け腰を落とした。すると大木の横の草むらがガサガサ動き、黒い人影がヌゥつと立ち上がった。
「あがぁ……っ、痛っっ、わき腹モロとか、マジでちよーいてぇ……っ!」
 その黒ずくめの男は、立ち上がって直ぐにわき腹を押さえてしゃがみ込んだ。どうやらこの男がこのブレイククエストの受注者のようだが、こんなところで何をしていたんだろう?
「クッソ、葉っぱで枝が見えなかった…… あの枝さえなけりゃかっこ良く着地できたのによ。くそっ!」
 その男はそう言って悔しそうに頭上の木を見上げ、それから脇腹を摩りつつ私に顔を向けた。
「あ、えっと…… どうも、その、コンチハ……」
 その黒ずくめの男は恥ずかしそうに頭を掻きながらそういった。私はその言葉に一気に脱力して崩れそうになった。なんと呑気な声だろう。さっきまでのザッパード達との一触即発な雰囲気をこの男はたった一言で綺麗さっぱり吹き飛ばしてしまった。
 そんな場違いな挨拶に「はぁ?」と思わず聞き返した私は、さっきまでの震えがきえていた。
「何もんだお前? 何しに出て来たんだオイ?」
 ザッパードも構えを解き、手にした大剣を肩に担いでそう聞いた。するとその男はザッパードと私を交互に見て少し考える。
「やっぱこっちだよな普通……」
 そう呟き、その男は未だ痛むのか脇腹を摩りながらスタスタと私に近づいて来た。
 真っ黒なプレートメイルに同じ色のブーツとグローブ。プレートメイルの上から羽織っているローブ付きのマントも真っ黒。全身が真っ黒の出で立ちだか、左腕の白銀色の腕章がいやに目立っていた。銀の下地で中央に数枚の翼を広げた天使が、両腕を広げているそのデザインはとてつもなく緻密な彫り物で、一見してレアアイテムだとわかる。そして腰に携えた馬鹿長い獲物が一際異彩を放っていた。
 この世界では『太刀』と呼ばれる剣の一つで、攻防一体の特殊なスキルを習得する故、盾を必要としないと聞いた事がある。ただ扱いが難しく使いこなすには気の遠くなるほどの熟練度を必要とするのでプレイヤーからは敬遠される不人気装備の一つだった。
「な、何よあんた……」
 私がそう言うとその男は飄々とした様子でこう言った。
「助太刀…… いるか? 太刀だけに…… なんちって……」
「だ、ダジャレ?」
 一瞬思考が停止する。そしてたいして可笑しい訳じゃないのに、何故か私は吹き出しそうになった。
 


第3話 ワイルドギース


「必要ない……か?」
 その黒ずくめの男はもう一度私にそう聞いた。私はその男を見た後、チラリとザッパードを見て瞬時に考える。
 よくわからないが、この男は私に加勢してくれるらしい。いや、新手のキラーって事も考えられる。加勢するフリをして此処ぞって時に背後からバッサリなんて嫌過ぎる。
 しかしザッパード達4人だけでも今の私には手に余る。となると私に選択の余地は無かった。
「加勢して…… くれるの?」
 私は慎重にそう聞いた。するとその黒ずくめの男はニッコリと微笑み頷いた。
「ああ、安くしとくよ」
「えっ?」
 安く……しとく?
 私が首を傾げると同時に、その男はクルリと振り返りザッパード達4人と対峙した。サッパード達は突然自分達の前に立ちはだかったその男に一瞬怯んだが、直ぐに得物を構え直した。
「何処の誰だか知らないが、その女はウチのメンバーなんだ。チーム内の事に口を出すのはここじゃタブーのはずだろ? 悪いがそこをどいてくれねえかな? 黒い兄さん」
「違うわっ! 先週抜けたでしょ、もうチームメイトでも何でもないわっ!」
 私はザッパードの言葉に直ぐさまそう言い返した。すると黒い男は私をチラリと見てから、再度ザッパードを見る。
「……って言ってるけど?」
 やはり何処か気の抜けた様な、トボけた口調だった。
「確かにそうなんだが、今まで一緒に頑張って来た仲間だからよ。そんな一方的に辞められても納得いかねぇつーかさ…… ましてやその女はかなりの手練れだし、ウチの前衛の要と言ってもいいキャラだ。それがいきなり居なくなったら俺らも困る訳よ、わかるだろう? だからもう一度考え直さねぇかって説得してたところなのさ」
 ザッパードはさも困った様に首を振り、はぁ、とため息を吐いた。私はその姿に怒りがこみ上げて来た。
「あんたよくもぬけぬけとそんなでまかせ……っ!」
 私がザッパードに怒りに任せて文句を言おうとした時、黒い男は左手をかざして私を制した。
「なるほど…… けど男4人で女の子一人を取り囲むのはどうかと思うんだがなぁ。おまけに得物まで抜いて…… それって説得とは言わないっしょ? 普通」
 そんな男の言葉にザッパードはチッっと軽い舌打ちをした。
「あーもうめんどくせえな、どかねえんならコレで押し通るぜ?」
 ザッパードはそう言って肩に担いでいた大剣をブンっと振り回して両手で持ち、再び右肩に柄を預け腰を落として構えを取った。ダッシュと同時に上段斜めから袈裟斬りを放つ大技『斬馬一型』の構えだ。
 一方の黒い男は棒立ちのまま、右手を腰ベルトに刺した太刀の柄に預け、それを抜こうともしていない。
「いやいやいや、いきなりは無しっしょ? お互い名前も知らないまま切り合いとかって、イチプレイヤーとしてマナーとかモナーとか、色々アレじゃん?」
 ダメかもコイツ……なんだよモナーって……
 そんな男の言葉にザッパードはニヤリと笑った。自分より格下の相手をいたぶる時の、いつもの顔だった。
「ははっ、そうだな。俺は天竜猟団のリーダー、大剣使いのザッパードってんだ。そういや言い忘れたけど、こう見えても俺ら、聖杯の雫の傘下なんだぜ?」
 とザッパードはドヤ顔で言う。ここで大ギルドの名前を出して相手を動揺させるつもりなんだろう。ザッパードらしい姑息な手だが、対人戦では有効かもしれない。果たして、黒い男は……
「おお、『ガンズ』のとこか。そりゃ凄い。あそこは参入規定が厳しいからなぁ……今時ちゃんとクエスト参加のノルマとかあるんだろ?」
 と呑気な声で答えた。どうやら聖杯の雫の名前も規模も分かっている様だが、あまり脅威には感じていない様子だった。
 と言う事はこの男は聖杯の雫に肩を並べる大ギルドに所属しているのだろうか? 聖杯の雫に匹敵するギルドとなると『ヤハウェの子』ぐらいだけど……
 一方ザッパードは相手がギルドの名前を聞いてもさして驚かなかったことに気分を損なったようで、少々ムスっとした顔をしていた。
「……で、あんたは?」
「俺はシャドウ。ギルドは…… 特定のプレイヤーギルドには入ってなくて、実は俺……」
 と黒い男が言い終わる前に、ザッパードはいきなりダッシュを開始し、あっという間に男との間合いを詰めた。相手に話を振って注意をそらした絶妙のタイミングだ。エゲツない不意打ちだけど、対人戦の不意打ちとしては効果覿面な戦略だ。
「避けてぇっ!!」
 私は『切られるっ!』と思い反射的にそう叫んだ。
 しかし黒い男はその身をわずかに逸らして斬撃をかわした。あのタイミングで放たれた袈裟斬りを紙一重でかわすその反射神経に驚いた。
 だが斬馬一型は二型、三型と繋がる連続強攻撃コンボのトリガー技だ。初撃をかわしても直ぐに二型の切り上げが来る。しかしザツパードは振り下ろしたポーズのまま固まり、次の連続技へのモーションを起こそうとしなかった。私は不思議に思い立ち位置を半身ズラして覗き込んだ。
「……っ!?」
 思わず絶句する。男は振り下ろされたザッパードの剣先をブーツの踵で踏みつけ、いつ握ったのか、左手の短剣をサッパードのむき出しの喉に当てていたのである。
「惜しかったな。狙いも悪くないし、なかなかのタイミングだったぜ? でも俺にしてみれば初歩の戦術だ。こんなのは俺達には日常茶飯事だからな」
 そう凄む男にザッパードは目を向く。
「日常茶飯事ってお前いったい…… あっ、!?」
 そう呟いて男の首すじに視線を移動したザッパードはさらに目を見開いていた。しかしザッパードが何を見て驚いているのか、私のいる位置からじゃわからない。
「け、剣と天秤のエンブレム…… お前っ!?」
 そのザッパードの言葉に私は記憶を検索する。
 剣と天秤をあしらったエンブレム……? 
 ……あっ!?
 私が記憶の検索が終わるのと同時にザッパードが呟いた。
「マーカスギルド『ワイルドギース』……あんた、傭兵か?」
「そういうことだ」
 黒い男はそう答え、すぅっと喉に当てていた短剣を降ろすとザッパードの大剣を横払いに蹴り飛ばした。大剣はザッパードの手を放れ地面に転がった。
「傭兵……」
 私は放心したようにそう呟いた。
 剣に掛けた天秤のマーク。その天秤に掛けるのは『信義』と『金【経験値】』。その秤が少しだけ傾いている方が果たしてどちらなのだろうか?
 セラフィンゲインがギルド制を採用する以前から存在していたと聞いたことがある。どのギルドの派閥争いにも加わらず完全中立を貫き、昨日のチームメンバーでも、今日の報酬次第で敵になる。
 初心者のガイドからクエストのボス攻略、プレイヤー同士のもめ事の仲裁やキラー討伐、ギルド間の抗争の加勢や代理デュエル【決闘】まで、PK以外のどんな仕事でも経験値の折り合いが付けば仕事を受ける日雇いプレイヤー。
 仕事に掛かる費用はプレイヤー自身の自前だが、受ける仕事内容やその活動は全てプレイヤー個人の裁量にゆだねられ、ギルドはそれを縛ることをいっさいしない完全なフリーランス制のギルドだと聞く。しかも人員それ自体は有力大ギルドには遠く及ばないが、所属プレイヤー全てがレベル25を越えるハイレベルプレイヤーという戦闘集団だが、雇われた先が違えば、たとえ同じギルドあろうが、かまうことなく全力で戦うという。
「おいザッパード、いくら聖杯の雫って言ったって、さすがにワイルドギースを事を構えるのはヤバくね?」
 とシーフのロキオが心配そうな顔でザッパードに耳打ちする。他の2人も同じような顔して頷いていた。無理もないと思う。ギルドの名前を出したら、事はプレイヤー同士のもめ事ではなくなってしまうからだ。
 マーカスギルド『ワイルドギース』のもっとも特筆すべき点はその情報力と結束力にある。こう言うと先ほど述べた事と矛盾するかもしれないけど、普通のプレイヤーギルドはどんなに大きくてもアクセスサーバのみで活動するのに対し、ワイルドギースは全てのサーバに存在する、いわば管理側の公営施設に近い存在だ。よってギルドに所属している傭兵のプレイヤーはどのサーバでアクセスしようと、同じギルドの所属となる。そのネットワークは一般のプレイヤーギルドを遙かに上回る。
 そして、傭兵個人のもめ事にはいっさい感知しないギルドだが、キラー被害やギルドとしてのイザコザ、報酬の不履行などの問題が発生した場合には恐ろしいまでの団結力を発揮し報復に出るのだ。
 なのでキラーも傭兵には手を出さず、他のギルドも『ワイルドギースとは事を起こすべからず』という暗黙のルールがあった。 
「俺の名はシャドウ、傭兵のシャドウだ。悪いがたった今、この姉さんは俺の雇い主になったんだ。あんたさっきギルドの名前を名乗ったけど、ギルドの看板背負ってやるってんなら俺もそのつもりでやるが……どうする? 黙って引き下がるならギルドの名前は聞かなかった事にするよ?」
 その黒い男、シャドウの言葉にザッパードは苦い表情を作ったが、「わかったよ……」と呟き、横に転がった大剣を拾った。そして私をしばらく睨んだ後、クエストリタイアを宣言しその場から消えていった。残り3人も同じようにザッパードの後を追ってリタイアした。
 そしてフィールドには私とシャドウだけになった。私は握っていた剣を鞘に仕舞うと、ふぅと息を吐いてシャドウに近づいた。
「助太刀って言ったけど…… 太刀、使わんかったな」
 シャドウはそう言って私に微笑んだ。私はそんなシャドウの言葉にクスっと笑った。
 まだ言ってるよ、この人……
 何故だろう? イマイチ決まらない変な奴だけど、なんかホッとする笑顔だ。男相手にこんなにホッとするのはいつ以来だろう……
 そんなことを考えながら、私は自然に右手を差し出した。初めて会った男に、ホントこんな事初めてだ。
「一応、礼は言っておくわ。ありがとう」
 するとシャドウは私の右手を握りながらこう言った。
「お客は大事にする主義なんだ。それはそうと、まだちゃんとお客の名前を聞いてないんだけどな?」
 ホント、さっきの会話でもう知ってるはずなのに…… とぼけた奴だなぁ。
「私の名前はミゥ。コレでも『青刃のミゥ』って、ターミナルじゃそこそこ名が通ってるんだけど。で、安くしとくって言ってたけど、おいくらかしらね?」
 私のその言葉にシャドウは少しうつむいて考えた後、うん、と頷いてこう言った。
「沢庵でビオネア、それから今後の打ち合わせをしようか」
 私は今度こそ声を出して笑ってしまった。ホント変な奴だ。この後私とシャドウはクエストリタイアしてターミナルにある沢庵に向かった。


 コレが、私がシャドウと初めて会った時のこと。このときの事は今でもよく覚えている。たぶん私は、この時からシャドウのことが気になっていたんだと思う。
 漆黒のシャドウ……
 仮想でもリアルでも、本当の意味で私を救ってくれた真っ黒の剣士のことを、たぶん私は一生忘れないだろう。



第4話 レアアイテム


 クエストリタイヤを宣言すると私達の体は周囲の背景に煙の様に溶けて行った。一瞬の意識の喪失、そして、足の裏に確かな接地感を確認した後で、私は目を開く。
 転送時に擬似平衡感覚と言うか、それまでその感覚に慣れていた三半規管の一時的な混乱に伴う軽い目眩を感じる。いわゆる『転送酔い』というものだが、転送終了からきっかり2秒待って動き出せばふらつく事はない。
 別に目を開いたまま転送したって構わないが、システムとのシンクロ数値が高いと結構『くる』のでオススメしない。
 接続先のターミナルはいつも通り、多くの人が行き来していた。私とシャドウはあちこちで立ち話をして居るプレイヤーや、時折転送して来るプレイヤー達を避けながらレストラン沢庵に向った。

「なるほど、新しい剣技スキルの試し斬りかぁ…… ブレイククエストに乱入なんて珍しいからさぁ〜」
 シャドウはそう言ってビネオワを煽り「ぷは〜っ、やっぱこれだよな〜」と満足気に頷いた。
 サービス開始からけっこう経っているにもかかわらず、沢庵は結構混み合っていたのだが、シャドウは運良く奥のテーブルに空きを見つけ席に着き約束のビネオワを注文し乾杯したのだった。
 それにしても、なんて屈託のない顔で笑うのだろう……
 彼のそんな顔を見ていると、とても先ほどザッパードの斬馬を余裕で交わし、なおかつ首もとにナイフを突き付けた人と同一人物とは思えない。私はそんな事を考えながらシャドウを見ていた。
 するとシャドウは私のその視線に気づき、「なに?」と聞いて来た。
 私は急に目が合ったのでドギマギしながら視線を逸らしつつ答える。
「べ、別に何でもない。シャドウこそあんなとこで、一人で何してたの? 狩場はもう少し先だし……虫でも採ってた?」
 私がそう聞くとシャドウは少し恥ずかしそうに俯いた。
「いや〜ネスト戻ってもどうせ今日は月曜だから依頼もこないだろうしさぁ、せっかくだからタイムアウトまで昼寝でもしようかと……ほら、あのクエ天候設定最高だし」
 私の予想の斜め上を行くその答えに思わず絶句する。
「昼寝? それもクラスAのフィールドで!? 呆れた……」
 私がそう言うとシャドウは「なはは……」と乾いた笑をしながら鼻の頭をぽりぽりと掻いた。
 いくら狩場じゃないとはいえ、セラフィンゲインの最高難易度を誇るクラスAの戦場だ。どんな場所でもセラフとのエンカウントは発生する。システムで保護されたベースキャンプならともかく、フィールド上で寝るなど自殺行為に等しい。いつ不意打ちを食らってもおかしくない状況で正気の沙汰とは思えなかった。つーかそもそも今は昼じゃないしね……
「それよりさぁ、ミゥはこれからのどーすんの?」
「えっ? どうする……って?」
 するとシャドウは不思議そうな顔で聞いて来た。
「いや、だからこれからのプレイスタイル。だってチーム抜けたんだろ? どっかチームに当てあるのか? まさかソロでやってこうって訳じゃないだろ?」
「うっ……」
 そんなシャドウの質問に私は言葉に詰まってしまった。それはシャドウに言われなくても考えてる事だった。
 ワイコミチームなら即メンバーに入れてくれるだろうと思うチームはいくつか思い浮かぶが、狩系のチームは1つも思い浮かばなかった。
 レベル10代のディーンズチームなら歓迎されるかも知れないけど、私のオーダーしたいクエストにディーンズはあまりに無謀だ。
 こんな時、本当に最近はマジにクエスト挑むプレイヤーがめっきり減ったと実感する。
 他人の楽しみ方にあれこれ言うつもりはないけれど、こんな所まで来て顔馴染みのメンバーでワイワイ話して、次のアクセス用のリザーブを稼げればいいと適当に難易度の低いクエストをこなすようなプレイは、私には必要ない。せっかくこんな美しいファンタジーワールドなのだから、心ゆくまで堪能しないともったいない。
 それに……
「また掲示板に書き込んで、強い狩り系攻略チームを地道に探すかなぁ……」
 私はビネオワのグラスを手で弄びながらそんな呟きを吐いた。するとシャドウはそんな私の顔を覗き込むようにして聞いて来た。
「なあミゥ、なんでミゥはそんなに強いチームに…… クエストにこだわるんだ?」
「アイテムを探しているの。ターコイズブルー…… 聞いたことある?」
 シャドウは「ターコイズブルー……?」と呟き、しばらく考えていたが、程なく首を振り「いや……すまん、聞いたことが無いな」と返した。
 様々なクエストに精通する傭兵だったら、ひょっとしたら知っているかと思ったが、どうやら名前すら初耳のようだった。
「ジュエル【宝石】系のレアアイテムか?」
「いえ、実は武器なの。片手用の細身直剣らしいわ。刀身まで青い美しい剣だって話よ」
 私がそう言うとシャドウは「へぇ〜」と相づちを打ち、「俺も見てみたいなぁ」と呟いた。
「レアなのかい? っつっても俺が聞いたことが無いからレアなんだろうな」
「ええ、レアも檄レア。噂じゃサーバに1振りしか存在しないらしいわ」
「そりゃ凄い。レジェンドウエポン【伝説武器】レベルかよ」
 私は静かに頷いた。レジェンドウエポンとは、その名の通り伝説に登場する武器のことだ。世界中の様々な伝説、逸話に登場する武器が、このセラフィンゲインにもいくつか存在する。有名なところではアーサー王の聖剣エクスカリバーや北欧神話に登場するオーディーンの持つ魔槍グングニルなどがそれに当たる。いずれも桁違いの攻撃力を持つ装備だった。
「スペックは? つっても管理側のリークソースだろうけど」
「ええ、今までに一度もドロップされた事の無い装備だからね。リークソース以上の事はわからないけど、情報屋の間で回ってる話を半分で見積もっても相当な物らしいわ。あとね、ちょっと変わってるのよ」
 そんな私の言葉にシャドウは「変わってる?」と聞いてきた。
「私も聞いた話だから何処まで信憑性があるかわからないけど…… なんでも女性プレイヤーの片手剣が装備できるキャラじゃなきゃドロップ出来ないし、男性のプレイヤーが装備してもその剣本来の性能が発揮できない仕掛けが施されているそうよ。つまり完全な女性限定武具ってわけ。たぶんそのカテゴリーじゃあ『最強』ね、きっと」
「女の子専用の近接武器かぁ…… なるほど、道理で出てこないわけだ」
 シャドウはそう言って納得したように頷いた。私も「そういうことよ」と肯定した。
 それはつまり、女性プレイヤー自体が圧倒的に少ないからだ。全プレイヤーの1割から2割しかおらず、そのほとんどがワイコミチームだ。
 レジェンドウエポンクラスとなれば当然熟練度も高くなければならないだろうから、主にクエスト攻略を目指してレベルを上げていて、さらに片手剣が装備できる戦士階級に属するキャラとなるとその数は一気に減少する。私も含めても10人居るか怪しいところだ。
 やはりこれだけリアルで、しかも実際にある程度の痛みを伴ったショックを感じるとなれば、女子は皆前衛で戦うより、後衛からの攻撃を好む傾向があるのは無理も無い事だと思う。
 女性限定の専用装備では、恐らく最強の剣。私はなんとしてもその剣を手に入れたいと思っていた。
「ふ〜ん…… 『レア』とか『最強』なんて言われると興味あるな」
 シャドウはそう言ってまたビネオワを煽った。
 『レア』で『最強』……
 確かにゲームプレイヤーとしてはこの上ない魅力的な言葉だけど、私にはそれ以上にそのターコイズブルーを欲しい理由があった……
「ミゥはそれが欲しいって訳か。ま、レアで強力な武器となればプレイヤーとしては欲しくなるのは当然だわな。
 でもミゥの場合、なんかそれだけではないような気がするんだけどな……」
 そんなシャドウの言葉が、私の心に微かな痛みを運んできた。私は無言でシャドウを見ると、シャドウもまた私を見つめていた。
「強く……」
 こぼれた呟きが空中で霧散する。私を見つめるシャドウの黒い瞳が、何故か妙に綺麗で、眩しく思えて私は目をそらした。
「強くなりたいの。最強の装備を手に入れて、『最強』の称号を…… 手に入れたい」
 私は強くなりたい。男に負けない強さを手に入れたい。
 それはリアルでは出来なかったこと。
 でもこの仮想世界なら、出来るかも知れない。現実世界では出来なくても、ここなら、このセラフィンゲインでなら、私は強くなれるかも知れない。女性限定の最強装備。そのアイテムさえあれば私はなれる。今の自分以外の自分に……
 そう考えていると、またあの嫌な記憶がよみがえってくる。
 私が男に負けないくらい強かったなら、私はこうまで苦しまずに済んだ。あいつに裏切られても平気でいられたのに……っ!
「男になんて…… 私は負けない……」
 思わずそう口に出てしまった。私はハッとしてシャドウを見ると、シャドウは一瞬だけ目を伏せ、直ぐに視線を外して近くを歩いていたNPCの店員にビネオワのおかわりを頼んだ。
「あ、いや、男に……とか限定じゃなくて、その、私はただ強くなりたいってだけで……」
 私はしどろもどろにそう言い訳した。するとシャドウはおかわりのジョッキを受け取りながら手を振って私を制した。。
「あー、別にそんな事聞かないから無理に言い訳じみた事言わなくていいよ。クライアントの混み入った理由を聞いた所で1ポイントの経験値にもなりゃしないからな」
 シャドウはそう言って再びビネオワを煽った後、また話を続ける。
「俺たち傭兵は客から仕事を依頼され、その仕事に見合う報酬を要求する。そうする事によって、そういったしがらみを絶って自分に折り合いを付けている。だからそこには完全な利害関係以外介在しない」
「……プロ意識って訳ね」
 私がそう聞くと、シャドウは自嘲気味に薄く笑った。
「そんな立派なもんじゃないさ。戦闘のプロだ、ハイレベル集団だなどと言われちゃいるけど、実状はしがらみや絆なんて言う荷物を背負うのが怖いだけの、他人と上手くやっていけない半端者の集まりだよ。リアルでの引きこもり廃人ゲーマーと大差ない。
 いや…… 集団に馴染めないからってスタンドアローンのゲームに走る訳でもなく、やっぱり人が集り、本物の人間と関わり合う体感ネットゲームにどっぷり浸かってる分、救いが無いのかも知れないな」
 シャドウはそう言いながらビネオワのジョッキを静かにテーブルの上に置いた。
 人との関わりを苦手に思いながらも、人の集まりに寄っていく。誰かと関わることを恐れつつ、それでも人を求めてしまうヤマアラシのジレンマ。もしかしたらこの世界は、そんな人々の本当のユートピア【理想社会】なのかも知れない。
 私はそんなことを思いながら、目の前に座る黒衣の剣士を見つめていた。
「さて、そうしたら気合い入れて探すか、そのターコイズブルーを。なんか面白くなってきたぞ」
 とシャドウは2杯目のビネオワを飲み干しそう言った。
「へ? まさかシャドウも一緒に探索に加わるってわけ?」
 するとシャドウはコクコクとまるで犬のように頷いた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。そりゃあ私も1人よりは良いけど、あんた傭兵でしょ? 他に仕事とかあるんじゃないの?」
「いや〜、それがここんとこ仕事なくってさ。せっかくありつけたと思ったらクエストブレイクだろ? 正直どうしようかなぁって思ってたんだよ。それに俺も見てみたくなった。そのターコイズブルーってやつ」
「で、でも、ホントにあるかどうかわからないのよ? もしかしたらガセって可能性もあるんだし。だいいち、報酬はどうするのよ?」
 私がそう言うと、シャドウはテーブルの上にあるビネオワのジョッキ2つを軽く持ち上げ、キンっと甲高く鳴るジョッキの音の向こうでシャドウがニィと笑った。
「報酬ならもう貰ったよ。1杯目はさっきの分、んでもう1杯はこれからの分」
 私はそんなシャドウの言葉にあっけにとられて暫くぼけーっとシャドウの笑顔を眺めていた。
 やっぱり…… この人ちょっと変だよ……
 私は心の中でそう呟いていたが、そんな私にシャドウは右手を差し出してきた。
「じゃ、そういうことで。改めてよろしくな、ミゥ」
 そう言って笑うシャドウの笑顔は、何故か妙に心に残る笑顔だった。そして私はゆっくりとその差し出された右手を握り、これから始まるであろうシャドウとの冒険に少しワクワクしてる自分を意外に思ったのだった。



第5話 魔法剣士


 それから私とシャドウはレベル4のクエストを受注し、フィールドに入った。もちろんお互いの力量を見極めるためだ。

 リアルのコンクリートに穴を穿つような鋭い4本の爪を左手に装備した盾で受けると、ガクンと腰と膝に負荷がかかる衝撃が私を襲った。
 ここで無理に踏ん張るのではなく、左足を半歩引き膝の屈伸運動で衝撃を緩和し、腰を捻って右手の剣に溜め込んだエネルギーを一気に解放する。レベルの上昇にあわせて習得して行く技スキルは、その発動と同時にシステムを走るプログラムを起動させ、私の通常の身体運動能力を超えた動きを促す。
「はぁっっ!!」
 斬り上げから繋ぎ、烈拍の気合いと共に突き放った4連発の突きは、全てことごとく中型獣セラフである『グラノボロス』に命中した。片手剣技『スパイク』の4連弾だ。
 グラノボロスは頭に水牛のような角のある熊と言った容貌から『ダッフィー』と呼ばれている中ボスセラフで、中級者の主な稼ぎ相手だ。因みにこのグラノボロスを狩るのを『ダフる』と言い、それを集中的に狙って狩る中級者達を『ダフ屋』と呼んでいる。何を隠そう私も最近までダフ屋でレベルを上げていたのだ。
 グラノボロスは私の4発のスパイクを受け、そのHPを大幅に減らしたが絶命には至らなかった。しかし私も端からスパイクで仕留められるとは思っていない。スパイクは相手の体勢崩しを狙っただけで、本命は覚えたばかりの技だ。
 体勢の崩れたグラノボロスを視界の端に納めたまま、私は両手で柄を握り、剣先を後ろ手にスゥっと腰を沈み込ませる。そして次の瞬間、まるで引き絞られた矢のように音速でグラノボロスに突進し、相手の脇腹をすれ違いざまに切り裂き背中に抜けた。先日覚えたばかりの音速突進系剣技『ソニックブースト』だ。グラノボロスは一声吠えてから、腹から体液をまき散らしつつ仰向けに倒れ絶命した。
 私は大きく息を吐き、新たな技の威力に確かな手応えを感じつつ振り返った。シャドウが気になったからだ。するとシャドウは少し離れた場所で8体のセラフを相手に戦っていた。
 シャドウの戦っている相手は『ハウンドミングス』という半獣人達だった。私がグラノボロスを相手にしている間、シャドウは獣人達を私に寄せ付けないようにしてくれていたのだった。
 ハウンドミンクスは毛むくじゃらの背中に緑の肌をした獣人で、耳まで裂けた口の知性の欠片も無い顔のくせに、剣や戦斧、簡易甲冑などを装備しプレイヤーを襲ってくるセラフだ。
 ハウンドミングス単体は中級レベルのプレイヤーなら難なく倒せる相手だが、こいつらのやっかいなところは群れで襲ってくることだった。しかも戦闘中に遠吠えのような鳴き声を発すると、どこからともなく仲間が現れあっという間に囲まれてしまうのだ。群れで囲まれたら中級レベルのチームなら全滅する可能性もある危険なセラフだった。
 交戦前に、私はそんな相手にいくら高レベルな傭兵であるシャドウとはいえ危険だと主張したのだが、シャドウは「なんとかなるさ」と軽く答え、さらに「ミゥはダッフィーに集中して良いから」と言ってのけたのだ。
 現に私がグラノボロスと戦ってる間、ハウンドミンクスは1匹も乱入してこなかったのだが……
 私は加勢するべく急いでシャドウの元に向かったが、近づいて行くとシャドウの周りの光景に唖然とした。
 現在相手にしているハウンドミンクスは8体だが、その周囲にはおびただしい数の獣人の死骸横たわっていた。ざっと見ただけでも20は下らないだろう。
「なに…… これ……!?」
 私は加勢するのも忘れ、息を飲みつつ一人黙々と戦うシャドウを見た。
 シャドウの戦い方はいたってシンプルだった。
 まず相手が斬りかかってきたところを太刀で弾き、相手が体勢を崩した後、正確に急所に強攻撃をヒットさせ相手を切り倒すという物だ。そこに奇をてらう動きも無く、最小限の動作で1連の動きを反復させていた。
 受けて、斬って、捨てる。受けて、斬って、捨てる……
 それに加えて、流石傭兵と思えるのは、多対1の混戦に慣れている点だ。1体が斬りかかると同時に別の数体が斬りかかってくるのだが、受けた攻撃の反動を利用して体を横移動させ別の1体の背後に回ったり、立ち位置をわざと別の数体の攻撃線上に誘導したりして、常に自分に優位な位置取りをして攻撃に転じている。
 そして私が最も驚いたのは、その攻撃の正確さだった。
 相手が少しでも体勢を崩して隙を見せると、それを見逃さず正確無比な動作で確実に急所に強力な攻撃をヒットさせていた。その正確さはまるで機械の様だった。その証拠に1体を1撃で倒している。
 また1体を1撃で切り捨て、シャドウはチラリと私の方を向いた。
「あ、もう終わりか? やるなぁ〜 ミゥ」
 と声を掛けてきた。その声も表情もこの凄惨な戦場にそぐわない、疲れなどみじんも感じられない陽気な声だった。私が「うん……」と頷くと、シャドウが「それじゃあこっちも終了させよう」と言いながら、また1体切り捨てた。
 とその時、残り6体の1体が仲間を呼ぶ遠吠えを放った。するとまた前方の森の奥から数体のハウンドミングスが姿を現し、全部で10体になった。
「それにしてもチビカン並に増えるなぁ。チーム人数が2人とか極端に少ないと湧出パターンが過剰になるのかも知れないな……」
 とシャドウが太刀を左右に振り、刃に付いた体液を振り落としながらそう分析する。私も剣を握り直して構えを取り、突撃の準備をした。
「あー、ミゥは来なくて良いぞ」
 不意にシャドウがそう言う。私はそのシャドウの言葉に反論した。
「何でよっ! いくら何でも多すぎるわ、1人じゃまた仲間呼ばれてどんどん増えていくんだもの、ここは2人で片づけるか、でなければ撤退した方がいいじゃない!」
「確かにキリが無い。だから一気にケリを付けるつもりだ。ちょっと離れて見ててくれ」
 シャドウはそう言いながら、斬りかかってきた先頭の獣人の斧を太刀で受け、がら空きのお腹に思いっきり蹴りを見舞った。蹴りを食らった獣人は後方へ吹っ飛び、後ろにいた数体を巻き添えに倒れ込んだ。
 一方シャドウは右手の太刀の剣先を下ろし、空いている左手を顔の前に持って行って素早く指で印を結び、口早に何かを口走った。
「えっ!?」
 私は思わず驚きの声を上げた。すると次の瞬間、シャドウが左手を振り上げた。
「フレイストームっ!!」
 シャドウの声と同時にゴウっという爆音と共に、獣人達の目の前に大きな炎の竜巻が発生した。獣人達は各々解読不能な言語で何か叫び、反転して後退しようと試みたが間に合わず、あっという間に一人残らず炎の竜巻に飲み込まれて行った。
 私は放心しつつも、そんな現実離れした光景を見ながら呟いた。

「魔法…… 剣士……っ!」

 私達プレイヤーがこの世界で活動するための自分の分身であるアバターを作る際に、必ず『階級』という物を選択する。この階級はセラフィンゲインで活動する為の自分の分身キャラクターを作成する際の最重要項目であり、セラフィンゲインという世界の舞台で自分が演じる役割のことだ。それはロールプレイング【演じ、行動する】というセラフィンゲインの大原則を決定づける最大のファクターでもある。
 セラフィンゲインにアクセスする全てのプレイヤーは、まずこの『階級を選ぶ』ことから始まる。
 この階級は数種類設定されているが、大きく分けると2種類に分けられる。
 一つが戦闘から回復、移動などの行動全てをリアル同様の物理原則に則った形で行わなければならない者。
 そしてもう一つが、一部の行動が本来定義付された物理原則を無視した超自然の現象を操り、それを行使する『魔法』を操る者。
 若干例外も存在するが、前者は私の様に近接戦闘に特化した戦士タイプがほとんどで、総じて直接攻撃を得意とする者が多く、基本HPや耐久力、直接攻撃力に直結する筋力などが高く、後者は遠距離からの攻撃や、回復、支援に特化し、体力や筋力、基本HPなどが低く設定されていて近接戦闘には向いてない。代わりに知性や教養値、精神力といった非戦闘系パラメーターが高く魔法や分析に向いている。
 つまり大きなくくりでは、階級は『魔法を使えるか使えないか』という分け方が出来るのだが、その中で唯一の例外が『魔法剣士』という階級だった。
 魔法剣士は読んで字のごとく魔法を行使する事の出来る剣士で、近接戦闘をこなしながら状況に応じて魔法使用キャラにスイッチできるオールマイティなキャラだった。
 しかも扱う魔法がビショップ【僧侶】の扱う回復、支援魔法とメイジ【魔導師】の攻撃、範囲魔法の双方を習得することが出来き、レベルが上がり成長すれば1人で近接戦闘から回復、魔法攻撃までこなせる一種の万能キャラになるのだけれど、セラフィンゲインではモンク【格闘家】と並び不人気なキャラだった。
 その理由は色々あるが最も大きな理由はその成長速度の遅さにあった。
 セラフィンゲインはキャラステータスアップから装備品購入に至るまで、その全てにEXP【経験値】ポイントが必要となる。プレイヤーはフィールドでセラフを倒したり、受注クエストをクリアした報酬としてEXPポイントを獲得し、そのポイントを自分で振り分ける事で各ステータスが上昇。各々のステータスが、階級によって決められたある一定の数値を超えた段階で初めてレベルが上がる仕組みになっている。
 このレベルアップに必要な数値の設定が高ければ高いほど、その階級の成長速度が遅いというわけ。
 その設定数値は階級によっての差が激しく、私のような戦士階級はレベルアップ設定数値が低く成長スピードはセラフィンゲイン中最速であるのに対し、一撃で複数の敵を屠る強力な魔法攻撃を得意とする魔導師は私たち戦士階級の倍近いEXPポイントを必要とする。
 だが魔法剣士はその魔導師のレベルアップ数値の設定を凌駕し、全階級中で最大のEXPポイントを必要とするワースト1の成長スピードで高コストのキャラだった。その高コスト故にプレイヤーのキャラ選択からは敬遠される階級で、キャラ人口はモンク同様極端に少ない。
 また、確かにほぼ全ての魔法が使用可能ではあるが、その効果や威力は本職である魔導師や僧侶の約8割程度であり、経験値消費量に対してのバランスシートの悪さもその理由の一つかも知らない。
 だが、今シャドウが行使したフレイストームという高位魔法は中上級クラスの魔導師が普通に『決め技』として使用する魔法なのだが、その威力は本職である魔導師のそれと遜色が無かったのだ。
 私ももうセラフィンゲインを初めて1年以上経つけれど、そもそも今までにフレイストームを唱える事の出来る魔法剣士なんてお目に掛かった事が無い。
 重くて長い、扱い憎い太刀をまるで手足のように使いこなし、高位魔導師に匹敵する高出力の魔法を操る傭兵魔法剣士なんて……!
 私は戦慄を覚えつつ、燃えさかる炎を背に、陽炎のように揺らぎ立つ黒いマントを纏った太刀使いを見つめていた。


第6話 呪縛

 ああ、また……

 声の無い声で、南野優希【ミナミノユウキ】はそう呟き、自分が夢を見ていることを悟った。
 突堤から眺める東京湾の海は、お世辞にも綺麗とは言えないが、沖を航行するタンカーらしき船影が浮かぶ海面は、夕陽を浴びてオレンジ色に輝いていて、その瞬間はテレビで見る海外のビーチに勝るとも劣らない美しさだった。

『ずっと一緒にいような、優希は絶対俺が守るから』

 不意に、突堤のコンクリートブロックに並んで腰掛けていた隣の男がそう言った。優希がその男を見ると、その男は優希に笑いかけた。
 優希は『うん』と肯き、それから自分の頬を静かに男の肩に載せる。すると男は優希の肩を抱き寄せた。
 優希はこのまま時が止まり、2人で永遠にこの場所で海を眺めていたいと、本気でそう思っていた。

 今思えば、この頃が一番幸せだった。2人の想いは永遠に変わらないと、私はそう信じられたのだから……

 ここで目が覚めて欲しいと、優希はいつも思う。そうすれば美しく幸せな気分で目覚めることができるから。
 しかしその願いが叶えられたことはただの一度もない。そして場面は唐突に切り替わった。
 夕陽に照らされた美しい宝石を散りばめたような海は消え失せ、薄暗い視界に数人の男が優希を覗き込んでいた。
 不意にすぐ近くで打撃音が響き、その直後に濁った呻き声が聞こえた。
 見ると先ほど並んで海を眺めていた男が、血に染まった口元を押さえて蹲っている。

『ナオト、ナオトぉっ!?』

 優希は蹲る男の名前を呼び近づこうとすると、肩を掴まれ引き戻された。そうして複数の手が優希の身体に伸びて来た。そのおぞましさに、優希は悲鳴を上げた。

『い、いや、いやぁっ! ナ、ナオト、助けてっ! 助けてよぉ、ナオト!』

 すると蹲っていた背中がヨロヨロと起き上がった。そして口元を血で汚した顔が、優希の方を向いた。
 優希はナオトの怯えた瞳に、自分の顔を見た気がした。そして次の瞬間、直人は立ち上がると優希とその周りを囲む男達に背を向け、一目散に駆けていった。
 ナ、オ、ト……?
 優希は拘束されたまま、遠ざかるナオトの背中をぼんやりと眺めていた。その背中が見えなくなったあと、直ぐに聞き慣れたバイクの排気音が聞こえた。

『あいつ、ビビって女捨てて逃げやがったぜ? マジひでー! わはははっ!』
 
 背中から羽交い締めにして居た大柄な男が耳元で大声で笑う。それにつられて手足を押さえつけていた男達も同じ様に笑った。

『お前、彼氏に捨てられたんだぜ? ひでー彼氏だな、マジで同情するぜ』

 自分達の行為を棚に上げ、男はそう言ったが、その声は優希の耳には入ってこなかった。
 ナオトが、私を、捨てて、逃げ……た?

 嘘だ。

 優希は直ぐに否定する。ナオトが自分を見捨てて、自分だけ逃げるなんてあり得ない。優希の脳裏に、コンクリートブロックに並んですわり海を眺めていたナオトの姿が浮かぶ。

『ずっと一緒にいような、優希は絶対俺が守るから』

 あの海でナオトは私にそう言ってくれた。あのナオトが私を置いて、自分だけ逃げるなんて絶対にない。

嘘だ、嘘だっ!!

 そう心の中で繰り返し、必死に否定する優希の耳元で誰かが囁く。それが背中の男なのか、それとも自分の心の声なのか、今の優希にはわからなかった。

 オ、マ、エ、ハ、ウ、ラ、ギ、ラ、レ、タ、ノ、サ……

 その瞬間、優希の世界は消失した。真っ暗の空間に一人取り残され、視界を埋める虚無の闇を眺めながら、優希は自分の心にヒビが入る音を聞いた。

☆ ☆ ☆ ☆

 ……ゥ姉
 ミゥ……ま、ミゥ姉……

 誰かが自分を呼ぶ声が聞え、優希は微睡みからゆっくりと意識を覚醒させる。
「ミゥ姉様、ミゥ姉様てば」
 名前を呼ばれつつ身体を揺すられながら、優希が上体を起こすと、目の前にはバイト仲間である、モモにゃんこと榛野百恵【はるのももえ】の顔があった。
「ああ、なんだモモっちか……おはよ」
 優希がそう答えると、百恵が目を丸くした。
「おはよーと違いますってミゥ姉様! 具合が悪そうに早目に休憩入って、なかなか戻ってこないから、モモにゃん心配したんですぅ」
 そう心配そうに言う百恵の頭を飾る少々大き目のサテンのカチューシャが揺れるのを見ながら、優希は未だボンヤリする目をこすりつつ答えた。
「ゴメンね、ちょっと寝不足で……」
「具合が悪くなければ良いんですぅ。ミゥ姉様はあまり自分を表に出さないから、モモにゃんは心配してしまうのですよ」
 そう言って百恵はニッコリと笑った。そうした時の百恵は、黒髪ツインテールと濃紺のメイド服が相まってとても愛らしいと優希はいつも思う。しかし萌え数値MAXとも思えるそんな彼女でさえ、指名率が2位と言うからこの店のレベルの高さがどれほどの物か知れてくると言うものだ。
 まあもっとも、この店の人気1位のメイドは、ちょっと突き抜けた美貌の持ち主で、2位である百恵も1位を狙うなどとは全く考えていないのであるが……
「でも今日はララ姉様が居ないから色々と忙しくて……」
「ああ、具合が悪くなければ早くホールにいて欲しいと……つまりそういうことね」
 優希がそう言うと百恵は酷く困った顔をした。優希はそういう百恵の顔も好きだったのでつい意地悪を言ってしまうのだ。
「でも本当に心配しているのですぅ。ただちょっと忙しいので、その……他の子も手が回らなくて困っているので、あの……」
「あはは、ゴメンゴメン。モモっちの困った顔が見たくてつい意地悪な言い方しちゃったよ。オッケー、ララも就活で忙しいみたいだし、私もがんばるかなー」
 優希はそう言って伸びをしつつ立ち上がった。そんな優希を百恵は「もう〜ひどいですぅ〜」と口をとがらせながら言うが、すぐに笑顔になった。優希はそんな百恵に笑顔を返し、スタッフ用の休憩室をあとにした。
 優希と百恵がホールに出ると、さして広くない店内には数名のメイド達が甲斐甲斐しく動いていた。
 そう、ここは秋葉原でもメイド達の質の高さに定評があるメイド喫茶で、優希と百恵はここでバイトしているメイドだった。
 今日は人気ナンバー1のメイドとナンバー3が不在であったが、それでも客足は多く、この店が秋葉原ではかなり人気がある事がうかがえる。
「ララとトモが居ないけどモモっち目当てのお客が多いんじゃない? 流石はナンバー2だね。このままララを抜いちゃえば?」
「もう、またそんなことを言う…… モモにゃんはララ姉様の足下にも及ばないですぅ」
 百恵はそう言ってまた困った顔をしながら上目遣いで甘えるような仕草をする。その顔がまた萌えると評判なのだが、この子の場合狙ってやっているのでは無く天然だから恐ろしいと優希は息を飲む。
 優希は決してそっち方面の趣味は無いのだが、気を許すと妙な道にはまってしまいそうで怖くなるのだった。
 百恵は優希の二つ年下で、優希と同じ年のララという指名率ナンバー1の娘ララの妹的な立ち位置であり、百恵もまた2人に良くなついていた。休憩やアフターなどは3人で良くつるむのだが、優希の指名率は2人には遠く及ばなかった。
「さ、さてと、私は何処に付けば良いかなー?」
 百恵の妙な色香に一瞬捕まりそうになった優希は慌てて百恵から目を逸らして店内を見回した。店には相変わらずヲタク系の客が多いが、一見秋葉っぽく無い男の客も見受けられ、中にはカップルで来ている客もいた。
「こういう店に彼女連れでくる男ってどうなんだろうね?」
「誰と一緒だろうとご主人様の自由なのでモモにゃんは気になりませんけどぉ? でもちょっと羨ましいですねぇ」
 そんな百恵の答えに優希がぎょっとして聞き返した。
「えっ? デートでメイド喫茶が?」
「違いますよぉ〜 彼氏とラブラブがですよぉ。モモにゃんも恋してみたいなぁ」
「指名率ナンバー2が何言ってんだか…… モモっちがその気になったら男なんか選り取り見取りでしょ?」
「そんな簡単にいかないですよ。それにやっぱりモモにゃんは胸がキュンキュンするような恋がしてみたいのです。どんなときにもモモにゃんを1番に思ってくれて、守ってくれるような人がいいです」
 そんな百恵の言葉に優希はため息をつき「恋に恋するお年頃ってヤツね…… モモっちらしいけど」と呟いた。
 守ってくれる人、か……
 優希の脳裏に、先ほど夢に見たナオトの背中がよみがえる。すると心がちくりと痛んだ。

『優希は絶対俺が守るから』

 そう言った彼は、私を置き去りにして逃げていった。あれ以来ナオトとは会っていない。携帯も繋がらないし、住んでいたアパートも訪ねたが、いつも留守でそのうち行かなくなった。
 どれだけ想い合っていても所詮そんなものだ。痛みや恐怖、単純な打算で人は簡単に人を裏切る。
 別に……
 別に助けられなくても良かった。相手は沢山いたし多勢に無勢だったのだから。
 それに確かにあのとき抵抗して、ナオトが酷く打ちのめされるところなど見たくはなかった。
 でも、何も言わずに、振り返らずに逃げていく後ろ姿に、私は何か大切な物を失ってしまったように思う。あの後、通りがかったおばさんの集団が大声で騒いだので事なきを得たのだが、あれ以来私の中には大きな穴が空いたままになってしまった。埋めることも、塞ぐことも出来ない、黒くて大きな穴……
 自分ではとうてい塞げない穴。誰かに塞いで欲しい、私の心に空いた穴を埋めてくれる誰か。しかしあれ以来、男の人に触れられるのが怖くてたまらなくなったのだ。
 だれか、私を……
 優希は声なき声でそう喘いでいた。
 そんな優希の脳裏に、ふと昨夜仮想世界で出会った黒衣の青年の姿が浮かんだ。
 真っ黒な鎧に真っ黒なマント。
 どことなく掴みどころのない飄々とした仕草の中に、時折見せる人なつっこい笑顔が浮かんでくる。昨日会ったばかりなのに、その笑顔が頭から離れないでいた。

『沢庵でビネオワな』

 自分は傭兵だと言いながら、まともな報酬を要求せず、仮想世界のお酒をまるでリアルで仕事の後に飲むビールの様に飲み干して笑う変なやつ……
 優希はそれを思い出し、クスっと笑った。あの黒衣の青年は、リアルではどんな人なのだろう? 
 歳は多分自分とそれ程変わらないと思うのだが、いやに大人びた視線で遠くを見る様な目をしたかと思えば、ふとした瞬間、とても子供っぽく見えたりする。
 太刀の腕前もそうだが、メイジの高位魔法まで操ることから判断して、かなりの高レベルプレイヤーであるはずで、そういうプレイヤーは大抵それを鼻にかけて他のプレイヤーを見下したような態度を取るのに対し、彼はそれを全く感じさせない気安さで接して来るのだ。
 昨日お互いの技量を確認するために挑んだクエストでは、優希は全く背中を心配すること無くボスを仕留めることが出来た。
 たとえ仮想世界であっても痛みや恐怖が感覚としてフィードバックされるのがセラフィンゲインである。それは現実世界での命のやりとりと大きな差は無い。そんな中で自分の背中を任せる事の出来る存在が、どれだけ精神的な安心感をもたらすか計り知れない。
 優希はたった2度の戦闘であの黒衣の剣士への信頼が芽生え始めているのを自覚していた。
 かつて愛した男に裏切られ、もう誰も信じないと心に誓ったのはいつだったろう……

 ホント、私も懲りない女だね……

 自然に口元に自嘲の笑みが浮かぶ。リアルでは散々だった自分だが、あの世界なら違う自分になれるかも知れないと磨いてきた剣の技。あの世界なら、弱い自分を克服し、男になんか負けない自分で居られると、そう思ってやってきたのだ。そんなとき『ターコイズブルー』の話を聞いた。
 その至高の武器さえ手に入れることが出来たなら、その時こそ自分は『強さ』を手に入れることが出来るだろうと確信したのだ。たとえ仮想世界の話だったとしても、その自信がリアルの自分を変えてくれるかも知れない。裏切りなどに動じない、強い自分になるために……
 だが、あの黒衣の青年は自分には無い、その『強さ』を持っている。
 単純なレベルでは無く、その魂から発せられる、もっと根源的な強さだ。優希はその強さの根拠が知りたかった。

 もし……

 ふと優希の脳裏に浮かぶものがあった。

 もしあの時、私が乱暴されそうになった時に、そばに居たのが彼だったら、彼は私を見捨てて逃げただろうか……?
 
 そんなことは考えるだけ馬鹿馬鹿しいと自分でもわかっていた。そもそもリアルでの彼がどんな人間なのかもわからないのだ。でも知りたいという欲求があるのも確かだった。
 セラフィンゲインはあくまで仮想世界のゲームであり、現実ではない。
 だが、ゲームのキャッチコピーにもあるように、あの世界は『もう一つの現実』と呼ぶにふさわしいリアリティを持っている。痛みや死の恐怖を恐れ、仲間を見捨てて我先にとリッセットを叫ぶプレイヤーも大勢居る。知らない人は『どうせマジに死ぬわけじゃ無い』と言って笑うが、一度でもゲーム内での死を経験した者ならば、そう楽観的に笑ってはいられないだろう。
 そんな世界で、彼は傭兵として生きている。今まで受けてきた仕事は決して楽な物ばかりではなかったはずだ。撤退戦の殿などは傭兵の日常業務だと聞いたことがある。
 生還が望めない役を受け、仮の仲間を逃がすため、仮初めの命を張る。身のすくむ様な死の恐怖を推してでも尚、他人の為に戦うその心とは、いかなる物なのだろう?
 報酬のため。
 確かにそれもあるだろう。だがあの黒衣の剣士にはそれ以外の何かがあるように思える。それが何なのか、優希はそれが知りたかった。あの日のナオトや、今の自分に無い強さ。それを知って初めて、過去を過去として捉えることが出来る。この忌まわしい呪縛から逃れられる。
 優希にはそんな予感がしていたのだった。


第7話 強さと弱さと


 私がホールを回ろうとした時、また新たな客が入ってきた。私と百恵は「お帰りなさいませ、ご主人様ぁ〜」と声を揃えた。
「あ、カゲチカ君だ」
 入ってきた客を見て、心なしか嬉しそうにそう言う百恵に、私は「常連?」と聞いた。
「ララ姉様の知り合いの人ですぅ。確か同じ大学だって言ってましたよぉ?」
 私は「ふ〜ん……」と言いながらその客を見た。
 背は私より高いが、別段高身長と言うわけではない。チェック地のカッターシャツにストーンウォッシュのデニム姿で背中にメッセンジャーバッグを背負っている。
 下ろした前髪が若干眼鏡に掛かっていて表情はここからでは良く確認できないが、その掛けている眼鏡もあまり似合っているとは言いがたく、全体的に冴えない印象で、この店のお客さんの9割がそうであるように、純度90%以上の秋葉チャンといった感じだ。
「モモにゃんは6番テーブルに指名が入っているので、ミゥ姉様はカゲチカ君をご案内してもらえますかぁ?」
「オッケー、任せて」
 私は百恵の言葉にそう答えてそのお客にむかった。
「お帰りなさいませ、ご主人様はお1人ですか?」
 私が営業スマイルでそう言いながらお辞儀をすると、そのお客は「あ、ああ、は、はは、はい」とどもりながら答えた。
 モモの話だと初めてってわけじゃないのに、なんでこんなにキョドってるの、この人?
 私はそんな事を考えた事などおくびにも出さず「かしこまりました〜」と答えて店内に案内した。するとそのお客はテーブルの席に座るやいなや「あ、ああ、あの……」と声を掛けてきた。
「もうご注文がお決まりですか?」
 私がそう言うとそのお客は首を振った。
「い、いや、あ、あの、マ、ママリア…… い、いえ、ララは……?」
 マリアはララの本名だ。どうやら同じ大学というモモの情報は間違いないらしい。
「あ、ごめんなさい、ララちゃん今日はお休みなんですよ〜」
 私がそう答えるとそのお客は「ええっ!?」と驚き「マ、マジか……」と呟いた。
「あの、ララちゃんに何か……?」
 するとそのお客は背中に背負っていたメッセンジャーバッグから何かを取り出してテーブルに置いた。
「USBメモリ?」
「か、かか、課題の、レ、レポート、た、たた、頼まれ、て、たんです、け、けど、き、き、今日、こ、この時間、この店、で、わ、渡す、よ、よよ、ように、言われて……」
 つまりこの人は、今日それを渡すようララに呼び出されたのにすっぽかされたって訳ね。それにしても呼び出しておいて休むとか、ララも酷いなぁ……彼女らしいけど。
「あの、良かったら私が預かりましょうか? 確か明日はシフト入ってたと思うから。提出日はいつ?」
 私がそう持ちかけると、その人は「ほ、ほほ、本当ですか?」と超期待した顔で私を見た。私はその顔に若干引き気味に「え、ええ……」と答えた。
「た、たた、助かり、ま、ます。提出日、は、あ、あ、明後日なんです。ま、ま、間に、あ、合わなかったら、タ、タタ、タスマニア、デビルと、マ、マジバトル、さ、させる、って、言われて…… ほ、ホント、た、助かり、ます。よ、良かった」
 どんな脅し文句だよそれ。
 つーか、普通にそんな脅しを本気にするか? とか思うかもしれないが、少し考えると、ララならやるかもしれないという気になって来る。ララは色々と伝説じみた無茶ブリの話が残っているからだ。
 ララは思いつきから決断までの時間が、宇宙刑事の『蒸着』プロセス時間と同じなんだともっぱらの噂で、大抵の事は力技で実行に移すハタ迷惑な有言実行タイプだ。
 狼狽えぶりから考えて、この人も普段から相当ララに振り回されているのだろう。
「わかったわ、これは明日必ずララちゃんに渡すから」
 私はそう言ってテーブルの上に置かれたUSBメモリを摘み、胸のポケットに仕舞った。するとその人はやっぱりどもりながら礼を言いつつ頭を下げた。
 どうやらこの人のどもりは、緊張している訳ではなく、そういう体質のようだ。
「私はミゥって言うの。これからは指名の方もよろしくお願いしま〜す」
 と私はいつもの営業スマイルで笑いかけた。するとその人は私の顔を見つめ、固まっていた。
「ミ…… ゥ……?」
 私を見つめながらそう呟き、数秒固まった後、急に「ああっ!?」と驚いて大きく叫んだ。な、なんだこの人っ!?
「な、なに!?」
 私はそう聞きつつ若干身体を引いた。
「あ…… い、いえ、な、なんでも、な、ないです、す、すみません……」
 その人はそう言って頭を下げ、再び言葉を続けた。一体何に驚いたのだろう?
「あ、あの、僕は、景浦って、い、いいます。あいつは、ぼ、僕のこと、『カゲチカ』って、よ、よ、呼びますけど」
 そういえばさっきモモもカゲチカ君って呼んでいたな、確か。
「了解。ララちゃんにはカゲチカ君から頼まれたからって言っておくね。で、ご注文は?」
 私がそう聞くとその人、カゲチカ君はメニューも見ずに『みくるティー』を一つ注文した。この『みくるティー』とは、何のことは無いタダのミルクティーなのだが、どういうわけかこの店ではミルクティーをみくるティーと呼ぶ。
 店長やモモに言わせると『萌と愛情がミルクの2倍(当社比)で入っているから』らしいが、計測不能の成分だけに、実証するのは難しい。私は絶対文字の語呂が良いだけだと思うが、それを口に出すことはタブーなのでスルーしようと思う。
 注文を取り終えた私はカウンターまで戻ってきたところで、ふと振り返りカゲチカ君を見やった。別に何がどうと言うわけでは無いのだが、何故だろう? 妙な感覚が私を捕らえた。
 あれ? あの人、どこかで……
「どうしたんです? ミゥ姉様」
 妙な顔で客席を見つめる私を不思議に思ったのか、モモがそう声を掛けてきた。
「ああ…… いやね、あの人さ、私どっかで会ったことがあるような気がするかなぁ……って」
「カゲチカ君ですか? そりゃそうですよ、よくいらっしゃいますもん。ほとんどララ姉様と喋って帰って行きますけどぉ。ミゥ姉様はその時に何度か見ているからそう感じるんですよ」
「まあ、そうなんだろうけどね。でもなんか引っかかるというか、気になるというか……」
 私がそう言うとモモは「き、気になる……」と若干頬を赤らめて呟いた。
「お、お姉様、それってもしかして、こ、恋ですか!?」
「んなわけないしっ!」
 思わず速攻否定してしまった。例の一件以来男が苦手になったこともあるのだが、それ以前に彼のような男は私の中には無い選択だったからだ。
「そんな思いっきり否定しなくても…… あ、でもカゲチカ君って凄い優しいんですよ? それに……」
 そこでモモはちょっと思い出すような仕草をした。それに……なんだ?
「凄く強い人ですよ」
「え? あの彼が!?」
 私は驚いて思わず声を上げてしまった。外見からは全く想像できない。何か格闘技でもやっているのかな?
「ああ、そう言うとちょっと誤解されるかもですね。えっとですね……」
 モモはそう言ってちょっと考え話を続けた。
「強いって言うのは内面的な意味です。精神的と言いますかぁ…… あ、勇気があるって意味ですぅ」
「勇気……」
 私のそんな呟きにモモは頷いた。
「前にこの店に凄くガラの悪いお客さんが来て、お店の娘に触ったりしてちょっと言い寄ったことがあったんです。間の悪いことに、ちょうどララ姉様がお店をちょっと離れていたときで、誰もそのお客さんを止められなくて……」
「その時、彼が?」
 私の問いにモモは大きく頷いた。
「ええ。あの通りどもりのあるしゃべり方で、体も震えてて、たぶんカゲチカ君もすっごい怖かったんだと思います。でもカゲチカ君はそばまで来て、その人の腕を掴んで『女の子が怖がっているから止めてください』って言ったんです」
「で、その後は?」
「腕を捕まれたそのお客さんは怒ってカゲチカ君を突き飛ばしました。たぶん軽く殴られたんだと思います。でもカゲチカ君は震えながらも『止めてください』って言い続けて、そしたらそのお客さんがキレちゃって…… そこにララ姉様が戻ってきて、後はもう…… 言わなくてもわかりますよね?」
 つまりララにフルボッコにされたって訳ね。
 因みにララはお父さんがアメリカ海兵の突撃隊員で、そんなお父さんに幼少の頃からマーシャルアーツを仕込まれており、その腕前は達人レベルだ。これまで何度かしつこく言い寄りストーカー紛いな行為をしてきた男を病院送りにしたって聞いたことがある。
「カゲチカ君は見た目もあんなだし、喧嘩も全然強くないと思います。たぶん自分でも勝てないってわかってたと思います。もしかしたら、ララ姉様が帰ってくる事を計算していたのかも知れませんね。でも、あの時何人か居たお客さんの中で、そのお客さんを止めようと席を立ったのはカゲチカ君だけでした」
 そんなモモの話を聞きながら、私はふと気がついた。
「ねえモモちん、ひょっとしてその時絡まれた女の子って……」
「ええ、モモにゃんです」
 私の問いにモモは力強く頷いた。
「あの時、モモはすっごく怖くて泣きそうで、でも周りの人は誰も助けてくれなくて…… そんな中でカゲチカ君だけが止めようとしてくれて、すっごく嬉しかった……」
 モモはそう言って懐かしむような仕草をした。
「その時思ったんです。この人は本当に強い人なんだって。そしたらカゲチカ君のこと…… その……」
 モモはそう言って顔を赤くして俯きながらもじもじし出した。
「つまり、モモちんは彼のことが好きになった訳ね」
「わぁぁ、こ、声が大きい! そ、それに、そんなハッキリ言われたら、も、モモにゃんどうにかなっちゃいますからぁっ!!」
 そんな赤い顔をして慌てるモモを、私は微笑ましく想いながら見ていた。私にはそんなモモが羨ましかったのかも知れない。
「告白とかしなかったの?」
「ま、まさか? そんなこと出来ないですってばっ!?」
「なんで? モモちんなら即OKっしょ?」
 そう言うとモモは赤い顔をしながらも首を横に振った。
「モモにゃんには無理です。きっと敵わないですもん……」
「敵わない? 彼、彼女でも居るの? にしたって、モモちんが敵わないってどんな女よ?」
 するとモモは目を伏せながら「ララ姉様ですよ。たぶんお互いに好きだと思います」と答えた。私はその答えに一瞬思考が停止した。
「ちょ、ちょと…… マジで!?」
「端から見ればララ姉様に振り回されているって感じですけど、お互い凄く信頼し合ってるっていう感じで、ちょっと間に入っていけないんですよ。それに、カゲチカ君と一緒の時のララ姉様って、全然違うんです。何というか、生き生きしてるんですよ」
「あのララが……? ちょっと信じられないわね」
 ララは周りから『神の手による美貌』とまで言われ、女である私が見ても、10秒以上見続けるとぽわ〜んとなるほどの突き抜けた美人だ。それがあんな冴えない男となんて絶対釣り合わない気がする。相手が一方的に好きになることはあっても、ララが自分から好きになるなんて信じられない。
「モモにゃんも直接聞いたことはありませんよぉ? でも、あの事件の後でララ姉様に『カゲチカ君って強い人ですね』って聞いたんです。そしたら『うん、あいつは強いよ。私なんかよりずっとね』って言って笑ってました。それも凄い自慢げな表情で…… で、その時思ったんです。ああ、ララ姉様はあの人のことがとても好きなんだなぁって」
 私はそんなモモの話を聞きながら、再びカゲチカ君を眺めた。彼はテーブルの上でiPhoneをいじっている。その姿は本当に冴えない、どこにでも居るヲタな青年だった。
「ララ姉様が言ってました。『本当の強さって喧嘩に強いとかじゃ無くて、自分の弱さを知っても尚、立ち向かえるって事なんだ』って。今ならモモにゃんもその意味がわかる気がしますよ」
 モモはそう言った時、カウンターの向こうからモモのオーダーが出来上がった声が掛かった。モモは「あ〜い」と答えてその場を離れた。
「自分の弱さを知っても尚、立ち向かえる、か……」
 私はそんな呟きをこぼしながらテーブルに座る青年を眺め、その言葉が頭の中でぐるぐると回っていた。



第8話 傭兵達

 その日、私はアクセスしてすぐにターミナルの裏通り、通称『寝床通り』を西に折れ、傭兵達の集まるマーカスギルド『ワイルドギース』の本部に向かった。もちろんシャドウに会うためだ。
 今日はバイトのシフトがフルだったので、5時からの予備接続には間に合わずサービス開始から1時間ほど遅れてログインした。本来、プレイヤー同士の待ち合わせはレストラン『沢庵』がほとんどだが、アクセスしてすぐにシャドウから携帯に連絡が入ったのだ。何でも紹介したいキャラがいるとかで、ギルドに来てくれとのことだった。

 先日打ち合わせた時に、ターコイズブルー探索に流石に2人だけではキツイと判断したシャドウは最低あと二人は欲しいと言っていた。
「ロングレンジキャラと最低限、回復キャラのビショップは入れたい」
 シャドウはそう言って考え込んだ。
「メイジじゃなくて?」
「いや、ビショップだ。そりゃメイジが居るに越したことは無いが、今時質の高いフリーのメイジなんて優良物件はまず見つからないだろう。でもビショップなら成長スピードもそれほど遅くないからキャラ人口も比較的多い。今ちょっと考えただけでも使えそうなヤツの心当たりが3人居る」
 シャドウはそう言いながら携帯電話を取り出すと画面をスクロールさせていた。
「でも一気に形勢逆転出来る攻撃魔法を使えるのは魅力的じゃん。あ、でもシャドウが魔法剣士だから良いってわけね……」
 私がそう言うとシャドウは首を振った。
「確かにメイジの強力な攻撃魔法は魅力的だ。しかし中〜上級のメイジを入れるなら、俺は中級のビショップを選ぶ。それと一つ言っておくけど、俺はこの前みたいな攻撃魔法は滅多に使わないんだぜ?」
 そのシャドウの答えは私には意外だった。
「魔法剣士なのに? 魔法剣士って攻撃魔法が使えるのが最大のメリットなんじゃないの?」
 私はそう言いながら先日のシャドウの魔法を思い出していた。複数のセラフに囲まれたときのあの威力は正直心強いと思うんだけどなぁ。
「いや違う。魔法剣士の最大のアドバンテージは、前衛キャラでありながら回復魔法が使えるって事なんだ。このセラフィンゲインにおいて、アイテムを使わずにHPを回復できるという事は、それだけで生還率が上がる。考えてみろよ、ビショップは魔法力さえ回復すれば回復魔法でフルに回復できるんだぜ?」
 シャドウはそう言って自分の所持アイテムが仕舞ってある腰のアイテムポーチを叩いた。
「所持アイテムの重量がシビアなセラフィンゲインでは、回復アイテムに加えて回復魔法が使えるキャラの方が生還率はぐっと上がる。俺たちみたいな少人数チームにとってこの差は大きい。特にクエストが長引けば長引くほどこの差はジワリと効いてくる。俺が早い段階で傭兵としてそこそこの戦果を得たのは、この回復魔法のおかげと言っても過言では無い」
「なるほど……」
 私はそう呟きシャドウの言葉に頷いた。傭兵としての経験から来る言葉には確かに納得するだけの説得力がある。その戦術眼は流石と言わざるを得ない。
「つーわけで、ミゥの知り合いに気の利いたビショップはいるか?」
 とシャドウが私に聞いてきた。しかし私は呆れたようにため息をついた。
「はぁ…… ったく、何言ってるんだか。そんな人居たらとっくに組んでるわよ」
 するとシャドウは肩をすくめて「だよな……」と答えた。
「じゃあ俺の知り合いを当たってみる。と言っても傭兵だけどな」
「ちょ、ちょと待ってよシャドウ、私そんな傭兵を何人も雇えないよ」
 探索に手を貸してくれるのは嬉しいけれど無い袖は振れない。シャドウは普通にチームとしての均等割りでかまわないって言ってくれたけど、他の傭兵は違うだろうし……
「ああ、それなら気にしなくて大丈夫。安心してくれ」
 シャドウはそう言ってニコッと微笑んだ。
「俺と同じで、皆変わり者だから」
 ……むぅ。
 そこ、安心するところなの?

 ――――てな話で、シャドウが声を掛けたキャラと会うことになったのだ。
 マーカスギルド『ワイルドギース』の建物はそこそこ大きく、寝床通りを折れるとすぐに目に付く白い建物だ。通常他のプレイヤーギルドは、プレイヤーのプライベートホームが本部となり、大して大きくない建物がほとんどで、ターミナルの東側にある『居住区』と呼ばれるエリアにあるのだが、傭兵の本部であるマーカスギルドだけは別だった。
 内部も広くゆったりとしていて、キャラ収容人数も沢庵に匹敵するが、バージョンアップ以前は『待ち人の社』というプレイヤー同士の待ち合わせ施設だったと聞けばうなずける。
 私は入り口の上部に掲げられた剣と天秤のエンブレムを眺めながらドアを開き中に入った。
 中に入るとすぐ正面にカウンターがあり、その向こうにNPCと思われる受付が座っていて、私にお辞儀をした。そのカウンターを横目に見ながら、視線を右手に移すと、そこはロビーになっていて、10組ほどのチームがロビーに配されたテーブルで傭兵達と話していた。恐らく契約の打ち合わせをしているのだろう。
 私がロビーを見回していると、一番奥の壁際のテーブルでシャドウが手を振っているのが見えた。私は並んだテーブルを避けながらシャドウの元へ向かった。
「おおミゥ、ワイルドギースへようこそ……つっても初めてじゃないわな」
 そんなシャドウの言葉に私は「ええ……」と頷づいた。
 セラフィンゲインでクラスAのフィールドに立つ者ならば、ほとんどのプレイヤーは1度はここを訪れるだろう。それは初心者はもちろん、新しいクエストレベルに挑戦する際は大抵のチームが、最低1回はガイドとして傭兵を雇うのが常だからだ。
 別に傭兵を雇わなければ挑戦できないと言うわけでは無いが、傭兵は職業柄、様々なクエストに精通しており、経験で培われたその知識は得がたく、高い報酬を払っても充分元が取れるからだった。
 私が以前居たチームも、上のレベルのクエストに初めて挑むときは必ず一人傭兵を雇っていて、実際に事前に聞いていた傭兵のアドバイスで危機を回避したことも多々あった。
「でも来たのは久しぶり。ここは全然変わらないのね」
 最後に訪れたのは、確か私がまだティーンズ【レベル10代】だったっけ……
「まあな、メンツもそれほど変わっちゃいないかもな。どっかのチームに引っこ抜かれて足を洗ったと思ったヤツが、3ヶ月後にはそこいらのテーブルで寝てたりする…… そんなもんだよ、俺たち傭兵なんてさ」
 シャドウはそう言って室内を見回し、自嘲めいた笑みを浮かべていた。
「まあ座れよ、ミゥ」
 シャドウはそう言って自分の隣の椅子を引き、私に勧めた。私は静かに座り、正面に座る2人の男に視線を投げた。
 私の向かって右にいるのは目が細く髪の長い男で、恐らくファッションだろうフレームの細い下縁眼鏡を掛けている。身につけている装備からしてビショップだろう。そして左にいるのは、軽量のチェーンメイルの上から紺色のフードコートを着込んでいて、頭からすっぽりと頭巾のような物を被っていた。若干幼さを感じる顔立ちで人なつっこそうな瞳で私を見ていて、どことなく犬を連想させた。
 身につけた装備からではちょっと階級が判別できないが、傍らに立てかけている大きめのライフルの様な物を見て、私は彼がガンナーだと判断した。
「紹介するよ。向かって右にいるのがビショップのスプライト。でもってその隣がガンナーのゼロシキだ。2人とも傭兵だが、今回は契約料無しの報酬均等割りで協力してくれる」
 そしてシャドウは、今度は私を2人に紹介した。
「で、こっちがさっき話したミゥだ。2人とも名前は知ってるって話だったよな?」
 すると左のガンナーが「もちろんッス」とその人なつっこそうな顔で頷いた。
「青刃のミゥって結構有名ッスもん。腕もそうッスけど美人だって話で。でも噂通りめっちゃ美人じゃないッスか〜 俺、ゼロシキッス。見ての通りガンナーッス。彼女欲しいッス。ミゥ姉さんならドストライクッス! つーか超ウエルカム…… がぁっ!!」
 喋りながら身を乗り出し、どんどん顔を近づけてくるゼロシキに、私は唖然としながらも身を引いていたら、そんなゼロシキの頭にシャドウのげんこつが飛んだ。
「やかましい! 余計なこと言ってんじゃねぇっ!」
 頭巾を被った脳天を押さえながら「痛ってぇぇ……」と漏らしながらテーブルに沈むゼロシキの横から、今度はスプライトが右手を差し出してくる。
「お騒がせして済みません、マドモアゼル……」
 マ、マドモアゼル?
 唖然とする私に、スプライトはにっこり微笑むと、私の手をスゥっと持ち上げると、その甲にそっと左手を添えてきた。この瞬間、私の全身をぞわぞわっと悪寒が走った。
「私は彼のような無粋な輩ではありません。私は常々、傭兵ももっと紳士であるべきと申しておるのですが、なかなかこういう粗暴な男が減らずに困っておるのですよ…… と言うわけで、私は紳士的に美しい女性に敬意を込めまして……」
 と私の手の甲に顔を近づけてきた。
 ちょ、ちょ、ま……っ!?
 私が慌てて手を引っ込めようとした瞬間、横合いからスゥっと銀色の刃が伸びてきてスプライトのアゴ下にぴたりと当てられた。
「おいスプライト、顔は何枚に下ろされたい?」
 抜いた太刀の刃先を当てたまま、シャドウは静かにスプライトに訪ねると、スプライトは唇をちゅーの形のまま、乾いた笑いを吐いた。
「や、嫌だなぁシャドウ。じょ、冗談に決まってるじゃないですか」
 スプライトはそう言ってぱっと私の手を放し、両手を上げて万歳のポーズをとるが、シャドウに刃を突きつけられてるので、首を動かせないまま固まっていた。その額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「冗談はお前のリアルライフだけにしとけ」
 シャドウはそう冷たく言い放ち、静かに太刀を鞘に戻した。それと同時にスプライトがへなへなとテーブルに崩れ落ちた。
「ま、ちょっと頭は残念かも知れないけど、2人とも悪いヤツじゃ無いからさ。腕もそこそこだし、度胸もある」
 確かに傭兵であるなら私よりレベルは上だろうし、実際頼れるキャラなのかも知れないけど、なんかちょっと不安だ。いや、人間的に……
「ミゥです、よろしく。探索に協力してくれてありがとう。サポートの方、頼みます」
 とりあえず私はそう頭を下げた。すると2人とも急に立ち上がった。
「サポートしますともっ! 全力でっ!!」
 その声と同時にシャドウが2人の頭を叩く音が重なり、再び2人とも頭を押さえてテーブルに沈んでいった。
 傭兵ってもっとクールでワイルドなイメージがあったのだけれど…… ホントに大丈夫なんだろうか? 



第9話 チェーンクエスト

「影兄ぃ、何処まで歩くんスか? つーかルート合ってんスよね……」
 不意に後ろのゼロシキがそうぼやくように言った。
「ああ…… そうだよな、ミゥ?」
 ゼロシキのぼやきにシャドウはそう答え、それから私にそうきいた。
「ええ、『転送されたら荒野を西に向かえ、お前さんなら陽炎宮はその姿を現すだろう』…… さっきのNPCは確かにそう言ってたもの」
 私がそう言うと、今度はスプライトがぼやく。
「西に向かえ…… どんだけなんでしょうね? かれこれ30分は歩いてますけど」
 スプライトの言う通り、この荒野に転送されてから、西に向ってもう30分は歩いている。地形変化も乏しい景色にそろそろ飽きがきていた。
「あのNPCの話ぶりから考えて、そんなに遠く感じなかったから細かく聞かなかった。ゴメン、私のせいだね……」
 私がそう言うと、スプライトは慌てて言い直す。
「い、いや、いやいや、違う、違いますよマドモアゼル。そう言う意味で聞いたのではなくですね、実際この目標物の無いフィールドで、ホントにたどり着けるのかと言う……」
 スプライトはしどろもどろになって弁解するが、そこにゼロシキがツッコミを入れる。
「つまり、スプライトはあんま信じてねーつー訳っスネ」
「違うわボケ、余計なこと言うなっ! き、貴様だってさっきルートを疑うような発言をしてたではないかっ!」
「俺は影兄ぃに確認しただけッス。ミゥ姉には1バイトも疑いを抱いてないッス。俺は何があってもミゥ姉さんについて行くっすよ!」
 とゼロシキははしゃぎながらそう言い、私の周りをぐるりと回った。ホント、犬みたいだ。手を差し出したら『お手』とかしそうな勢いだ。私は「あ、ありがと……」と愛想笑いをする。
「確かにミゥのせいじゃない。恐らくあのNPCは明確な位置を提示しないんだ。あの時点でミゥがどう聞いたところで、同じ事しか言わんだろう……」
 ふと前を歩くシャドウがそう言う。
「しかし、チェーンクエストの発動トリガーが『高レベルの女片手剣士が単独で話しかける』なんて条件じゃ見つかる訳ないよな、実際」
 スプライトがそう言うとゼロシキもその意見に同意して頷いた。
「俺らが話しかけても全然違う話だったけど、ミゥ姉さんが話しかけたらいきなり変わるんだもんビックリッスよ。影兄ぃよくわかったッスね?」
「あのNPCが俺たちに話す内容はどれも場違いな内容だったからな。それにミゥから聞いていたターコイズブルーの装備条件を考えたら『もしや?』って思ったのさ」
 なるほど……
 私はそれだけでそのことに気づくシャドウの洞察力に感心した。
「にしても条件付けがシビアすぎだ。ま、今まで見つからなかったってのも頷けるが、レジェンドアイテム並の複雑さだ。いや、それ以上かも知れないな……」
 シャドウのそんな言葉に私も同意した。確かにクエストの発生条件が限定されすぎている。
 私たちは今、こうして荒野と呼ばれるフィールドを歩いているわけだが、30分前まではレベル5の採取クエストを受注し、森林エリアに居た。そこであるNPCに私が話しかけた事によって、別クエストが発動され、強制的にこのフィールドに転移されてきたのだ。
 これは別段珍しい事では無く、セラフィンゲインには公式に公開されているクエスト、正式には『ナンバークエスト』と言われる物の他に『チェーンクエスト』と呼ばれる、いわば隠しクエストが多数存在する。
 この『チェーンクエスト』とは本来の正式な呼称では無く、元々名前などが設定されていないクエストだ。セラフィンゲインの公式クエストであるナンバー付きのクエストに対して、ある条件を満たしたプレイヤーが何か行動する事によってイベントが発生し、それが次々と別のクエストに派生していくので、その繋がる様がまるで鎖に似ていることから、いつしかそう呼ばれるようになったいう。今では縮めて『チェーン』と呼ぶ事が多い。
 現在わかっているだけでも100近い数のチェーンクエストが確認されていて、現時点でどれだけのチェーンクエストが存在するのかは誰にもわからない。恐らくアップデートの度に私たちプレイヤーの知らないところで追加されているのだろうという意見が最も多い。
 このチェーンクエストの発動には、各々様々な条件があり、先ほどシャドウの言った『レジェンドアイテム』がドロップするクエストなどには3重4重の発動条件が必要になってくる。
 だがそのほとんどが偶然発見された物で、そのクエスト内容とドロップアイテム、そして発動条件などの情報はプレイヤーの間では高値で取引され、情報屋の最も有益な収入源となっていた。
 今回は私が以前情報屋から聞いた話を元に探索計画を立てた。その情報は、レベル5のある採取クエストに登場するNPCが、チーム内に女キャラがいるとセリフが長くなるという物だった。
 通常NPCは誰が話し掛けても話の内容が変化する事はないので、何かのイベントが発生するトリガーかもしれないとのことだった。
 もしやと思い、私達はそのNPCの居るクエストを受注し、実際に話かけてみることにした。
 するとそのNPCは大昔の伝承を語り出した。伝承の内容は、大昔に悪魔と女神が戦い、見事女神が勝利というありきたりな話だったが、その時女神が使った剣が鮮やかな青の美しい宝剣だったという。そしてその宝剣は荒野にある幻の城、陽炎宮に今も眠っているとのことだった。
 その宝剣こそが、私が探し求めるターコイズブルーに間違いないと確信した。
 因みにこの話の中に出てくる悪魔は、レベル4のクエストNo.41『異界の脅威』に、相互干渉無効標的、Miit【Mutual interference invalid target】として登場する。いわゆる『絶対倒せない敵』ってヤツ。
 そのクエ自体は、その悪魔を倒せなくてもクエストクリアとなるのだが、NPCの話しぶりから察するに、どうやら過去に『異界の脅威』で登場する悪魔と対峙し、その時『魅了』という特殊攻撃を食らっている事も発動条件の一つのようだった。
 まとめると、恐らくレベル20位上の女片手剣士で、過去にクエストNo.41で悪魔に魅了を掛けられた経験がある者が、例のNPCに単独で話し掛ける事によって初めてクエストが発動するという仕掛けだ。
 確かにシャドウの言う通り発動条件が無駄シビアだ。道理で出て来ないわけである。
「それにしても、ホント不毛というか…… 何も無いわね、ここ」
 思わずそんな台詞が口をついてしまう。岩と荒れ果てた大地が延々と続く景色はこの世界の売りの一つでもある『美しい自然美の景観』とはかけ離れている気がする。
 ナンバークエストの舞台に設定されているわけでもなく、クリア条件の最終標的があるわけでもない。どのクエストからも相互アクセス可能だが、本来あるはずのセーブポイントやベーステントも確認されていない。
 にもかかわらずセラフとのエンカウントも発生し、ボスセラフも徘徊する。オマケに出現するボスセラフのレベルに上限が無いという極め付けの危険地帯だ。
 グラスAフィールド初心者のチームが何も知らずにアクセスしてしまい、あっという間に全滅なんて話も良く耳にする。
「ホント、何の為にあるんだろう? このフィールド」
 そんなため息混じりの私の言葉に、シャドウはふと呟いた。
「気まぐれ天使の戯れの産物…… ってトコかな」
 気まぐれ天使? 戯れの産物? 何のこと?
「何それ?」
 私は前を歩いていたシャドウの横に並び、そう聞いた。するとシャドウは口許に薄い笑みを作った。
「たぶんリンクフィールドを繋ぐバイパスエリアなんだろうな。だからリンク先を設定してないと無限ループにハマってたちどころに現在地を見失う。リセットしなけりゃ永遠にこのフィールドを彷徨う事になる。恐らくシステムのコアに近い領域なんだろう……」
 そのシャドウの物言いは、まるでこの世界を全て知っている者の言葉に聞こえた。私はそんなシャドウの横顔を見ながら考える。
 この男は一体何者なんだろう?
 太刀を使う魔法剣士で凄腕の傭兵。それはわかっている。しかしわかっているのはそれだけだ。
 レベルは教えてくれないが、これまでの戦闘を見ていると高レベルであることは間違いない。けど私は、そんな数値的なスッペックだけでは無いような気がしてならなかった。
 そんなことを考えていたら、私はふとあることを思いついた。
 シャドウは以前、どんなチームにいたのだろう?
 初めから傭兵であるはずが無い。だとすると傭兵になる以前はどこかのチームにいたはずだ。傭兵に過去を聞くのはマナー違反だと聞いたことがあるが、私は何故か妙に気になってしまった。
「なんだよ、ミゥ?」
 不意にシャドウが私の視線に気づいてそう聞いてきた。私は虚を突かれて逆にドギマギしてしまった。
「え? ああ、い、いや、あの……さぁ……」
 私はそう言って目を逸らした。やっぱりちょっと抵抗があったからだ。
「シャドウもさ…… その…… 前はどっかのチームに入ってたのかなぁって思って……」
 そんな私の質問に、シャドウは無言で私を見つめた。私はそんなシャドウに慌てて言葉を続けた。
「あ、いや、別に無理に言わなくたっていいの。何となくそう思っただけだから。マナー違反だって事は知ってるし、別にどうしても聞きたいって訳じゃないから。ゴメン、変なこと聞いて。忘れて?」
 するとシャドウはクスッと笑いながら再び前を向いて「別にかまわないよ」と答えた。
「前に2度、チームに所属していたことがあるよ。1度目はもうずいぶん前だけど、2度目のチームは去年まで所属してた」
「去年まで…… そのチームを抜けちゃったの? 私みたいに……」
 私がそう聞くとシャドウは軽く首を振った。
「うんにゃ、チームそのものが解散したんだ。リーダーがアメリカに行っちゃったからな。そんでまた傭兵に戻った」
 なるほど…… でも傭兵に戻ったって事は、そのチームに入る前は傭兵だったって事かな?
「チームとしての活動期間は半年にも満たなかったけど、最高のチームだったよ。今まで傭兵として色々なチームと一緒にやってきたけど、あのチーム以上のチームは出会ったことがない。最高の仲間たちと、最高のリーダー。恐らくこの世界で最高位魔導士で、彼女は俺は初めて太刀を預けても良いと思えたリーダーだ。その思いは今も変わらない」
 シャドウは目を細めて笑いながらそう言っていた。
 彼女…… 女の子だったんだ、そのリーダー。
 そんな事を考えながら懐かしそうに笑うシャドウの横顔を見たとき、何故だろう、私は少し残念な気持ちになった。そして、そんな気持ちになっている自分にちょっと驚いていた。
 ーーーあれ?
 私は慌ててシャドウから視線を外した。何故だろう、私はそんな顔をして笑うシャドウを見たくないと思った。
 すると後ろを歩いていたゼロシキがテテッと私の前へ駆け寄ってきた。
「ところでミゥ姉さん、ミゥ姉さんはどんな男が…… あれ? どうしたんスカ? カップ麺に半分お湯入れた時点でポットのお湯が無くなった時のような顔して」
 どんな顔だそれっ!
 と心の中でツッコミをいれつつ、私は「別に何でもないからっ!」と怒鳴ってしまった。
「ああ……っと、その…… スンマセン、なんか気に触ったっスカ?」
 とゼロシキはすまなそうに小さくなった。
 違う、違うんだ、そーじゃないんだ!
「あ、いや、そーじゃなく……」
 と私がゼロシキに弁解しようと口を開くと、その後ろからスプライトが口をはさむ。
「まったく…… 君の脳にはデリカシーという単語が記録されていないのか? ミゥ女史がそんなたとえで納得する訳無かろうが。私ならそこは『萌え系恋シュミゲームで大本命ルートを歩いていたと思ったら、実は相手が男つーオチのBADエンディングだった時の顔』と喩えるな、うん」
 違うわスカポンタンっ! なにそのどや顔? てか論点ずれてるでしょ!
 私が心の中でツッコミを入れまくっていると、不意にそんなやりとりを見ていたシャドウが振り向き私を見た。
「お前ら少し空気読めよ、ミゥどん引きだぞ? 2人ともいくら仮想世界とは言え、相手の気持ち考えて喋れよ。悪いな、ミゥ?」
 とシャドウが締めくくった。
 言ってることはまともだけど、あんたがそれを言うのがちょっとイラッとするんだけど……



第10話 陽炎宮


 さらにしばらく歩いていると、不意に前方の景色がゆらりとブレたように見えた。私は初め、錯覚かと思い、何度か目をこすり目を凝らした。
「どうした、ミゥ?」
 そんな私を妙に思ったのか、隣を歩くシャドウがそう聞いてきた。
「えっ? ああ…… なんかね? いまちょっと目の前の景色が歪んだように見えて……」
 するとシャドウは真剣な顔で前方を睨むように目を細めた。私はそんなシャドウに慌てて声を掛けた。
「いや、でも錯覚かもしれないから……」
 しかしシャドウは立ち止まり、更に正面に目を凝らした。シャドウの瞳が仄かに蛍光グリーンのような淡い光を放つ。感覚スキルの一つである『狩人の瞳』を発動しているエフェクトだ。それも蛍光グリーンは最高レベルである事を意味する。
「セラフィンゲインに『目の錯覚』なんてものはない。俺たちは今、視覚を使っているわけじゃ無いからな。『何か見えた気がする』のなら、脳に与えられている情報が上書きされた可能性が高い…… ゼロシキ、スプライト、何か見えるか?」
 すると後ろにいた2人もシャドウと同じ様に狩人の瞳を発動させて周囲を見回した。
「特に…… これといって変わった物は見えませんね」
 スプライトの言葉にゼロシキも「俺も変わったモンは見えねぇッス」続く。
「単なるラグりかも知れないッスよ?」
 そんなゼロシキの言葉をシャドウはすぐに否定した。
「精緻なオブジェクトや大型セラフが出現しているならともかく、こんな何も無いフィールドでシステムにどんな負荷が掛かるって言うんだ?」
「まあ、それもそうッスね……」
 ゼロシキもすぐに納得してそう呟いた。シャドウは立ち止まったまま腕を組み考え込んでいた。
「まさか……」
 不意シャドウはそう呟き私の目を見つめた。
「ミゥ、歪んだように見えたのはどの辺りだ?」
 私はその言葉に右手の人差し指を正面にさして「あの辺りだけど……」とシャドウに言った。
「もう一度よく見てくれ。今度はスキルを発動させて」
 私はシャドウのその指示に従い、今度は『狩人の瞳』を発動させて再び正面をにらんだ。じっと目を凝らすと、一瞬視界がぐにゃりと歪んだ。私は「あっ!」と短く叫んだ。
 まるで液晶モニターの映像にノイズが入ったように視界が揺れ、次の瞬間正面に大きな建物が出現した。
「おお……っ!」
 他の3人の口からもそんな驚きが漏れた。
「あれが、陽炎宮か」
 そんなシャドウの呟きを聞きながら、私は目の前に出現した白亜の宮殿を見上げていた。
 形はどことなくインドにあるタージマハルに似ている。宮殿と言うより霊廟のような雰囲気だ。もしかしたらその悪魔を退けたという女神を祀っているという設定なのかもしれない。
「しかしいきなり現れるとかって、どういう設定なんスカね? 意味わかんねーッス」
とゼロシキは首を捻る。確かにゼロシキの疑問はもっともだ。たが、シャドウは何か分かったように「なるほど……」とつぶやいていた。
「恐らく主人公キャラにしか見えず、そのキャラが認識する事で初めて姿を表すつー設定なんだろう。この場合、主人公に既定されているのはミゥなんだ。そこにあるのにミゥが認識しない限り辿り着けない…… 陽炎宮とは良く言ったもんだぜ」
 シャドウはそう言ってため息をついた。
 本当にシャドウの洞察力には驚かされる。これまでの経験から洞察して答えを導き出しているのだろうけど、その想像力は非凡なものがある。
 いや、まるでこの世界の意思を読んでいるかのような……
「にしても妙だな……」
 私がそんなことを考えていると、不意にシャドウはそう呟いた。私は「何が?」と聞きながらシャドウの横顔を覗き込んだ。シャドウは私に振り向き、私を見ながら立ち止まった。
「どうしたんスカ?」
 今度は後ろを歩いていたゼロシキがシャドウにそう聞いた。しかしシャドウはその質問に答えず考え込んでいた。
「やっぱ変だ。わからないか?」
 シャドウはそう聞きながら周囲を見回した。他の2人はどうか知らないが、私はちっともわからない。何が変なの?
「ここまで来るのに30分以上歩いている。なのに一度もセラフとエンカウントが無い。これってどう考えても変だろ?」
 シャドウの言葉に一同お互いを見た。確かにここに転送されてから、ここまで一度もセラフと出くわさない。
「知っての通り、ここはレベル6のボスセラフも徘徊する極め付けの危険地帯だ。チェーン途中に運悪くマンティギアレスやバルンガモーフに出くわして全滅したチームも少なく無い。仮に運良くボスに出くわさなかったとしても、中ボスやノーマル、加えて雑魚にすら出くわさないなんてあり得ない」
「つまりそれって……?」
 私がそんな疑問を呟くと、スプライトが答えた。
「こと、今回に限っては通常のバイパスフィールドじゃ無い…… ってことですかね」
「ああ、多分な。だが、クエストフィールドとしても此処までセラフの妨害が無いのは変だ」
 するとゼロシキが口をはさんだ。
「条件が複雑だからじゃないんスかね? セラフの出現率で難易度のバランスを取ってるとか。実際これでセラフがバンスカ出てたら、俺ら絶対気がつかなかったッスもん」
 するとシャドウは肩を竦ませて薄く笑った。
「難易度のバランスねえ…… フン、あいつがそんなに甘い訳が無いさ」
 そんな小さな呟きが私の鼓膜を震わせた。
 あいつ……? あいつって誰?
 とその時、足元の地面が軽く揺れたような気がした。私はあれ? と思い足元に目を落とし、続いてシャドウを見た。するとシャドウも私を見た。

 ――――っ!!

「さがれぇっ!!」
 シャドウの叫びと同時に全員その場から飛び退いた。その瞬間、足元の地面が跳ねた。そして数秒前に私達がいた地面から何か大きな物が、まるで火山の噴火のような音をたてて飛び出してきた。私は揺れる地面に着地したがバランスを崩して地面に転がった。
「なん…… なのよ、もう……っ!?」
 口の中にザリッとした嫌な感触を感じながら、私はそう悪態をつきつつ正面を睨んだ。すると辛うじて、砂埃の向こうに赤く光る2つの光点が見えた。
 薄っすらと砂埃に煙る視界の向こうに、その赤い光点の主が巨体を震わせた。
 姿を形は亀によく似ているが、足が左右に3本つづ、計6本あり、ちょっとした岩山のような背中の甲羅を支えている。
 その足には奇妙な曲がり方をして伸びた凶悪そうな爪があり、恐らくあれが硬い地面を掘り地中を移動するのだろう。
 そして大蛇のような太く長い尾が私達を威嚇するように地面を叩き、その先端には水晶のような輝きを放つ鋭利な突起が付いていた。
 それは私は初めて見るセラフだった。
「なんだよ、アレ……!?」
 隣でそのセラフを見上げながらスプライトがそうつぶやいて息を呑んだ。
「か、影兄ぃ、なんスカあれっ!?」
 ゼロシキのその声に私とスプライトもシャドウを見た。長いこと傭兵をやってるシャドウなら知っているだろうと思ったからだ。しかしシャドウは首を振った。
「わからない。見たこともないセラフだ。何かの亜種って訳でもなさそうだ。こんなの初めて見る……」
 シャドウそう言いながら腰の太刀に手を掛けた。そして一瞬ブルっと身を震わせた。
「パイルドゥン…… 聞いたことの無い名前だ。やっぱここはスゲーや。まだまだ知らない事が沢山ある……」
 狩人の瞳でセラフの名前を確認したシャドウがそう言って腰の太刀を抜刀した。その口許は微かに笑っているように見えた。
 初めてのクエストで初めて見るセラフ。そんな不利な状況でさえ、この人はそんな顔をする。
 この人はたぶん、セラフィンゲインを単なるゲームとして捉えてはいないんだ。彼こそ、本物のロールプレイヤーであり、アドベンチャラー『冒険者』なんだ……
 そんな事を考えながら、私も腰の剣を引き抜いた。
「まず初めに俺が仕掛けるからゼロシキは援護射撃を。ミゥは向かって右からクロスシールドを展開して接近、攻撃してくれ。スプライト、プロテクションを頼む」
 シャドウがそう指示を飛ばしたところでパイルドゥンが私たちを威嚇するように咆吼を放った。幸い『竦み』効果の付加されたセラフの特殊能力『ハウリング』では無いが、その声はフィールド全体に響き渡るかのような大きな声だった。
「いいか、あれは俺も見たこと無い未知のセラフだ。どんな攻撃を仕掛けてくるか、どんな特殊能力を持っているのかさっぱりわからん。だから絶対に深追いするなよ」
 私はシャドウの言葉に無言で頷いた。
「よ〜し……」
 そしてシャドウは太刀を握りしめるとパイルドゥンをにらみ返す。
「各自散開、攻撃開始だっ!!」
 そのシャドウのかけ声と共に私達4人は瞬時に散開した。
 まずシャドウが飛び出し、左側から接敵する。ゼロシキは後方に後退して撃滅砲構え、同じく後方に下がったスプライトはすぐさま呪文の詠唱に移った。
 私は右前方から接近するべく疾走するが、走りながら左腕に固定されていた盾、『クロスシールド』を展開した。このクロスシールドは移動などの通常時はスモールシールドのような小さい盾なのだが、戦闘時には装着者の意思に応じてシールドが上下左右に展開し大きな盾になる優れものだ。その防御力も上位装備にランクインされており、私のような盾持ち片手剣士には喉手もののアイテムだった。
 疾走中に体を緑色の光が包み込んだ。スプライトの防御魔法『プロテクション』が発動したのだ。この魔法は体の周囲に不可視のフィールドを形成し防御力を一時的に引き上げる魔法で、しかも攻撃魔法の効果も50%カットしてくれるお得な魔法だ。ボス戦では大抵どのチームも戦闘開始と同時に掛けるのが今やセオリーとなっている。
 私は先行するシャドウに視線を走らせ目を丸くした。シャドウの疾走スピードが尋常じゃなかったからだ。早くもパイルドゥンに肉薄してた。
 一方パイルドゥンはその長い尾で接近してくるシャドウを迎撃するが、シャドウのスピードを捕らえることが出来ず、ことごとく空を切っていた。シャドウは頭上から絶え間なく襲ってくる尾っぽをするすると交わし懐に入ると、パイルドゥンは今度は前足を振り上げてシャドウを迎撃した。
 シャドウはその前足の攻撃も紙一重で交わすと、手にした太刀を下からすくい上げるようにして斬り上げた。その瞬間、赤い体液がぱっと宙を舞い、けたたましい咆吼が辺りに響き渡った。シャドウの太刀は見事前足1本を斬り落としていた。
 凄い! あの固そうな足を一撃で斬り落とすなんて……っ!!
 シャドウは尚も太刀を振るおうと試みるが、真ん中の足の攻撃に加え、後方からも尾っぽの攻撃もあり、体を回転させながら後退した。
 パイルドゥンは後退するシャドウを体の向きを変えて追撃するが、突然その顔に爆発が起こった。ゼロシキの魔法弾による狙撃だ。後退するシャドウを援護するための予測射撃だが、そのタイミングは賞賛に値する。シャドウの言うとおり確かに良い腕だ。
 私はパイルドゥンが体の向きを変えたので、ちょうど真後ろから接近する形になった。私はこれは好気とばかりに飛び込み、片手剣技『ソニックブースト』を放った。私の刃は右後足にヒットし、先ほどと同じように赤い体液が舞うが、流石にシャドウのように『斬り落とす』とまでにはいかなかった。というか、手応えから判断して結構固い。これを初撃で斬り落とすシャドウの技量と斬れ味に驚愕する思いだった。
 するとパイルドゥンは傷ついた足を胴体の中に引っ込め、ぐるんと体を回転させた。私はソニックブーストのモーションエンドから急制動を掛け、そのまま横へ飛び退いた。するとそこへシャドウの声が飛んできた。
「ミゥ、左っ!!」
 わかってるっ!
 私は心の中でそう答え、すぐに盾を構えて備える。横に飛んだとき尾っぽが視界の隅を横切った。私はその尾を盾で受けてから追撃するつもりだった。
 しかし、尾の攻撃を盾で受けた瞬間、その衝撃で私の体は宙を舞った。
「――――えっ!?」
 世界が回転する視界の中で、何かがキラキラと舞っているのが見えた。何が起きたのか良く理解できないまま、私は地面にたたきつけられた。幸い受け身はとれたものの、さっきの衝撃で頭がくらくらする。
「いったたた……」
 私はすぐさま立ち上がり、それからじんじんとしびれる左腕に視線を移して絶句した。左腕に装備されていたクロスシールドが粉々になっていたからだ。
「そんな…… まさか一撃でクロスシールドが破壊されるなんてっ!?」
 そんな事聞いたことが無い。使い始めてまだ1月も経ってない。装備のメンテナンスにはそれなりに気を使っていたつもりだし、命数にも充分余裕があったはずだ。それにクロスシールドは上級者も愛用している人が多いほど耐久性も高く、レベル6のバルンガモーフでさえ、流石に一撃で破壊する事は不可能のはずだ。それが一撃で木っ端微塵にされるなんて、あまりに桁外れな威力だ。
 パイルドゥンは尚も私に追撃を掛けようとするが、そこにゼロシキの魔法弾が着弾。更にはシャドウが飛び込んで来て直上から剣技を叩き込む。
「フレイアソードっ!!」
 魔法と剣技の両方に精通した魔法剣士だけの特権技。その刃に魔法の効果を付加させた魔法剣だ。掛けられた魔法の属性と斬撃の物理属性という2つの属性を併せ持つ攻撃方法で、相手の弱点になる魔法属性ならその威力は通常攻撃の十数倍になるという。
 しかし紅蓮の炎を纏ったシャドウの太刀がパイルドゥンの甲羅に当たった瞬間、甲高い音と共にシャドウの体が吹っ飛ばされた。
「マジかよっ!?」
 シャドウはそう吐き捨てる様に言い、空中で体を捻って着地した。
「大丈夫か、ミゥっ!?」
 シャドウのその問いに私は「なんとかね」と応じた。
「でも盾が吹き飛んだ。てか、たった一撃でクロスシールドが破壊されるなんてどうかしてるよ。意味わかんないしっ!」
 するとシャドウも頷いた。とそこに今度はパイルドゥンの足が襲い掛かり、シャドウはそれを太刀で受けた。
「うぐ……っ!?」
 攻撃を受け止めたシャドウの口からぐもった呻きが漏れ、ブーツが足元の地面にめり込んだ。それを見た私はシャドウが受け止めた足を横合いから薙いだ。
 足を切りつけられたパイルドゥンはたまらず足を引っ込めた。するとまたパイルドゥンの眼前に爆発が起った。だが今度の爆発は閃光を伴ったものだった。その閃光にパイルドゥンは目が眩んだ様で、咆哮を上げながらのけぞっていた。
 もちろんゼロシキの魔法弾だか、今度は目くらましの魔法『メガクライーマ』を封入したものだろう。その証拠に弾けた閃光をまともに見た私だったが、私の視力は奪われてはいない。私とシャドウはその隙に離脱をはかった。
「あの図体なのに動きも遅くないし攻撃も重い。それにあの背中の甲羅は物理攻撃と魔法攻撃の両方に耐性があるな。俺の魔法剣のダメージが通らなかった」
 シャドウはそう言って太刀を握る右手の手首を摩った。先ほど弾かれた魔法剣のダメージだろう。
「それと一番やっかいなのはあの尻尾だな」
 シャドウはそう言って眉を寄せながら、もがくパイルドゥンの尾を睨んだ。
「確かに、あの攻撃力は凄いわ。クロスシールドが役に立たなかったもの……」
 そう言って私は砕け散った左腕のクロスシールドを見た。腕の装着具とその周りに辛うじて砕け残った破片が付いてるだけの無惨な姿だった。たぶん修復不能だろう。
「いや、単純な攻撃力の話じゃない。たぶんあの尻尾の先に付いてる突起が、何か装備を破壊する属性を不可されてるんだろう。プロテクションの効果が持続している状態で、クロスシールドを一撃破壊するなんて攻撃力にしてはミゥのダメージが軽すぎる」
 確かに……
 クロスシールドがこんなになっているのに、私自体は腕が痺れているぐらいだ。
「だが、剣で受けても装備破壊が有効なら相当ヤバイ。あの変幻自在な尻尾の攻撃を全て交わすのは至難の技だ。俺も全てを交わせる自信は無い」
 しかしあのシャドウのスピードを持ってしても、全てを交わせないとなると私じゃ到底無理な話だけど、剣で弾いてもその剣が破壊されるのなら意味が無い。
「とんでもないセラフだ。間違いなくレベル6のボスクラスだな」
 そんなシャドウの言葉に私は息を飲む。私はレベル6のボスは見たことが無いけど、魔法と物理攻撃に耐性がある甲羅に守れていて、しかも装備破壊属性のオプション付き攻撃……? 
 何よそれ、打つ手無しじゃん!?
 そんな事を考えていたら、ようやく目くらましの効果から回復したパイルドゥンの体が震えだした。そしてそのうちに地鳴りのような音が辺りに響いてくる。
「『メガンシェイク』!? あいつ魔法まで使えるのかよっ!?」
 とシャドウが驚いて声を上げる。そうこうしているウチに、とうとう立っていられなくなり、私たちはしゃがみ込むような格好になって仕舞った。
「みんな、伏せろっ!!」
 シャドウの叫びに全員地面に伏せた。次の瞬間、ドンっという音と共に世界が揺れ、私の体は空中に投げ出された。
 


第11話 爆炎の魔法剣士

 何度も跳ねて叩きつけられ転げ回った私は、辛うじて意識を保ったままうっすらと目を開けた。そして砂埃に煙る視界の中で私は上体を起こす。
 直下型の大地震を食らって跳ね回ったせいで身体中が軋む。おまけに揺れがおさまった今でさえ、まだ揺れているような感覚がして平衡感覚に自信が持てない。
 範囲攻撃魔法『メガンシェイク』
 私はあまり魔法に詳しくはないが、たしか局地的な激震を起こし敵の一団にダメージを与える魔法だったと思う。もちろん食らったのも始めてだったが、まるで地面が嵐の中で荒れ狂う海面のようだった。まだこんな何もないフィールドだったから良かったものの、ここがもし廃墟などの建物内だったり、雪山だったりしたらと思うとゾッとする。
 私はそんなことを考えながら、未だにフラつく頭を振って立ち上がり周囲を警戒するが、地震によって舞い上がった砂塵で視界はほぼゼロに近い。この魔法があまり使われないのが少しわかった気がする。
 とその時、正面にぬぅっと黒い影が落ちる。見上げると砂埃の奥に爛々と輝く赤い光点が2つ見えた。
「ああ……!」
 怒り状態に入った赤い双眸で私を見下ろすパイルドゥンに、自然とそんな呻きが漏れた。
 そのパイルドゥンの瞳がスゥっと細まり、私にはそれが笑っているように見えた。猛獣が小動物をいたぶる時のような、好奇と残忍さが入り混じった笑み……
 私の中に根源的な、そして圧倒的な恐怖が沸き起こる。そしてそれは、あの忌まわしい記憶を呼び起こした。
 あの日私を襲った男も、こんな目で笑っていた。
 敵わない……
 女である私がいくらやっても男に勝てないのと同じ。絶対的な力の差の前には、狩る物と狩られる物の立ち位置が逆転する事は無い。子供の頃、優しい人であれと教わった。だが私の世界はどこまでも無慈悲だった。
 すると右側からヒュウンっと風を切る音がして、何かが飛んで来た。私はその音に反応し反射的に剣で弾いたが、その刃が甲高い音をたてて折れ飛び、その衝撃で私は再び地面を這った。それはパイルドゥンの尾による装備破壊の攻撃だった。
 顔をあげた先に折れた剣が転がっていた。私はそのままパイルドゥンを見上げると、立ち込める砂埃の向こうにそびえ立つ異形の怪物は、死そのものに見えた。
 また、1人だな……
 周囲にシャドウ達の気配は無い。仮に居たところで彼らは傭兵だ。こんな絶望的な状況で他人を援護しようなんて考えないだろう。ましてやまともな契約関係を結んだわけではないから尚更だ。
 不意にパイルドゥンが前足を持ち上げ、その影が私に覆いかぶさった。けれど私は回避する気が起きなかった。私の心は剣と同時に折れてしまっていたのだ。
 私は静かに目を閉じる。恐怖を少しでも薄くするために……
 とその時、パイルドゥンの必殺の一撃が振り下ろされる瞬間、私の腕を誰かが掴み、そのまま力任せに放った。私は何が起きたのかわからないまま再び地面を転がり、這いつくばった状態で目を開けた。
「あ……っ!?」
 すぐ傍にシャドウがいた。
「大丈夫かよ、ミゥ?」
 シャドウは太刀を地面に突き刺しながら私にそう声を掛け、空いた右手で左腕を抑えながら素早く回復魔法『ミ・ケア』を唱えた。
「シ、シャドウ、その腕……っ!?」
 私はシャドウの左腕を見て思わず絶句した。シャドウの左腕は肘から下が無かった。
「回避が遅れて持っていかれた。間抜けな話だ」
 シャドウはそう言って残った右手で太刀を肩に担いで構えを取った。額から滴る汗と食いしばった奥歯から、かなりの痛みを伴ったフィードバックに耐えているのがわかる。セラフィンゲインは『よりリアルな感覚』を再現するために、神経同調が実装されている。現実側の肉体には何のダメージも無いが、脳に伝わる感覚には痛覚を再現する。同調率が高い時などは、リアルで覚醒した後で傷を負った箇所が腫れ上がったりすることもある。
「な、なぜ……っ!?」
 私はそこで言葉か詰まった。シャドウのその怪我は間違いなく私のせいだ。シャドウのスピードなら、私を助けなどしなければパイルドゥンの攻撃など当たらなかった筈だ。あの場合、私など無視して攻撃するべきだったのだ。傷を負ってまで、痛い思いをしてまで、若しくはデッドするかも知れないリスクを負ってまで他人を助けようなんてプレイヤーは今まで見たことが無い。
「ミゥは下がれ。俺が何とかする!」
 シャドウはそう言って太刀をぐるんと回し、腰を落として回した太刀を腰の高さでぴたりと止めた。するとうっすらと太刀の刃が光を帯びた。剣技の発動予兆だ。
「そんな、欠損ペナの体で……!?」
 セラフィンゲインでは、受けたダメージや食らった攻撃の種類などで体の一部を欠損することがある。その場合、体力やHPは魔法やアイテムで回服するのだが、失った部位はすぐには復活しないようになっている。これが『部位欠損ペナルティ』略して『欠損ペナ』と呼ばれる物で、受けたダメージの程度にもよるが数分間はその部位が欠損した状態のままクエストが継続されるのだ。
「なに、足じゃないからまだやれる。それとちょっと思いついた事があんだよ。そいつを試してみる…… スプライトっ! ゼロシキっ! 生きてんだろっ!!」
 シャドウがそう叫ぶと、後方から「何とか……」とスプライトの、「死にそうッスけど」とゼロシキの声が聞こえた。見るとだいぶ開けてきた視界に2人の姿が見えた。
「スプライトはミゥとゼロシキに『ディ・ケア』! ゼロシキは突っ込む俺の援護射撃! やるぞ〜っ!」
 シャドウはそう指示を出し、パイルドゥンに向かって飛び出した。
 すご……っ!?
 私は後退しながら息を飲んだ。シャドウの疾走スピードが尋常じゃなかったからだ。確かに欠損部位は腕だけだから普通に考えて疾走に影響は無いと考えるだろうが、それにしたってダメージはあるわけだし、痛みもあるだろう。しかしシャドウのスピードはそれを全く感じさせない。いや、むしろ先ほどよりもさらにギアが上がっているように見えた。
 一方迎え撃つパイルドゥンは尾を振り回しシャドウを迎撃するが、完全に遅れていてシャドウのスピードについて行けてなかった。
 そのうちシャドウが足の攻撃範囲に入った瞬間、鋭い爪で攻撃し始めたが、そこにシャドウの剣技が炸裂し、パイルドゥンの足がまた一つちぎれ飛び、その巨体が傾いた。そこにゼロシキの魔法弾が数発着弾し爆炎が上がる。
 するとシャドウがそれを見計らいその身を空中に踊らせた。だがそこにパイルドゥンの尻尾が襲いかかった。
「シャドウ――――っ!?」
 ヤバイ、空中じゃ回避できないっ!
 襲いかかる尾をシャドウは太刀で弾いた。だがその瞬間、シャドウの太刀は私のクロスシールドや剣と同じく、木っ端微塵に砕け散った。
「――――くっ!!」
 シャドウの口から短い呻きが漏れ、砕けた太刀の破片がキラキラとその周囲を舞った。
 ダメだ、何をやるにしても、武器すら無いんじゃどうにもならないっ!!
 そう思った次の瞬間、私は目の前の光景に唖然とした。
 ―――――うそ!?
 なんとパイルドゥンの尻尾がシャドウの太刀のせいで軌道が変わり、背中の甲羅に突き刺さったのである。パイルドゥンの尾の突起と甲羅が砕け散り、周囲に青白く細かい光の粒が弾け飛んだ。
「まさか…… シャドウはこれを狙って……っ!?」
 いや、まさかじゃない。シャドウはこれを狙っていたんだ! なんて人!?
 一方尾の攻撃に弾かれたシャドウは藻掻き苦しむパイルドゥンの背中を蹴り、再びジャンプして距離を取り着地。そして刃の折れた太刀を天に掲げて呪文を口走った。
「メテオバーストっっ!!」
 そう響き渡るシャドウの声に私は思わず耳を疑った。
 メテオバーストですってっ!?
 あり得ない、高位魔導師の特権とまで言われる爆炎系最強呪文を魔法剣士が唱えるなんて聞いたことが無い。常識外れにもほどあるっ!
 私はそう心の中で繰り返すが、現実にパイルドゥンの頭上には大きな火球が出現し、それが逆落としにパイルドゥンに直撃した。そしてその直後に凄まじい轟音と熱風が辺りを席巻し、私は地面に伏せてその破壊と熱風の嵐が治まるのを待った。



第12話 在りし日の英雄


 数秒後、ゆっくりと顔を上げると、擬似嗅覚が焦げ臭い匂いを感知する。そして立ち昇る煙の先には大きなクレーターが出現していた。圧倒的とも言える熱量を伴った爆発の前には、生物の影すら認める事は出来なかった。大きなクレーターの端には先ほどのパイルドゥンの尾が転がっているだけだ。
「ぷひゃ〜 相変わらずすっげー威力ッスね。あんなに手こずってたセラフなのに一撃だもんな」
 そう言って後ろからゼロシキが撃滅砲を肩に担ぎながら近づいてきた。スプライトのディ・ケアのおかげで先ほどのメガンシェイクのダメージは残っていないようだ。
「というか、魔法耐性が甲羅のみだったんだろう。たぶん甲羅が無ければ極端に魔法に弱いんだ」
 とスプライトもそう言いながら近づいてきた。
 それにしても、まさかメテオバーストまで行使できるなんて驚きだ。もしかしてシャドウってとんでもないプレイヤーなんじゃ無いの……?
 あ、そういえばシャドウは?
 私は周囲をぐるりと見渡しシャドウを探した。すると未だ煙りが漂うクレーターの向こうの岩肌に黒い人影が地面に倒れているのが目に入った。
「シャドウっ!!」
 私は急いでその人影に駆け寄った。シャドウは仰向けになって倒れていた。右手に握られた太刀の刃は中央で折れ、左腕は未だ部位欠損ペナルティで肘から下が消失している。目は閉じられたままだが、胸が上下に動いているのを見て、私は少し安堵した。
「シャドウ……」
 私は傍らに膝を着きシャドウの体に手を置いた。すると「大丈夫、まだ生きてる」と声が掛かった。
「けど、HPも魔力もスッカラカンだ。今何か起こったら諦めるしかないな……」
 シャドウはそう言って「はは……」と乾いた笑いを吐いた。
「アレを…… 狙ってたの?」
 私がそう聞くとシャドウはゆっくりと上体を起こして「ああ」と頷いた。
「中国の古事にある矛盾だよ。どんな装備を粉砕する尾と、どんな攻撃も防いでしまう甲羅…… 互いにぶつかればどうなるかな? って思ったのさ。もっとも、互いの効果が干してシステム的に効果無効【ドロー】って可能性もあったんだけどな」
 シャドウはそう言って肩を竦めてみせた。私は改めてシャドウの想像力に驚かされる。あんな苦しい戦いの中で、そんな事を思い付くなんて……
「それにメテオバーストなんて…… アレを唱える魔法剣士なんて聞いた事がないわ」
 するとシャドウは「あれは……」と呟き話を続けた。
「奥の手つーか、最終手段的なもんでさ。いつでも使えるって訳じゃないんだよ」
 シャドウはそう言ってアイテムバッグから回復液を取り出し、それを飲み干して「うえっ」と舌を出した。回復液は相当苦いので無理も無い。
「マインドリミットブレイクっていう魔法剣士特有のスキルでさ、これを使うとHPと引き替えに、魔法力や魔法に関連するステータスを一時的に引き上げる事が出来るのさ。本来魔法剣士の使う魔法は本職である魔導士に比べて効果が2割ほど落ちるんでコストバランスが悪いからほとんど使わないんだけど……」
 シャドウはそう言って傍らに置いてあった折れた愛刀を持ち上げてくるっと回した。
「コイツがこんなになっちゃったもんで、仕方なく使ったって訳さ。あのセラフが甲羅無しだと極端に魔法に弱くて助かったよ」
 シャドウはそう言ってふぅっと大きなため息を吐いた。
「しっかし参ったな。『真柄太郎』って言って、一応レアの業物なんだぜ? コレ」
 シャドウは折れた太刀を持ってそうぼやいていた。私はそんなシャドウを見ながらもう一つ、私的にとても気になる質問した。
「シャドウさ…… さっき私を助けてくれたじゃない?」
「ああ、間に合って良かったよな。ギリギリセーフ…… いや、若干アウト…… かな? 左手無ぇし」
 私はそう言うシャドウの左腕に視線を落とした。あの銀色の腕章の下の切断面は、ピンク色の光が明滅しており、現実の怪我をリアルに再現している訳ではないが、それでも本来有るべき部位が無いのは、実際のダメージより痛々しく感じる。
「痛かった…… よね?」
「はあ? あったりまえだろ。今はもう痛みは薄いけど、さっきまではちょー痛かったんだぜ? マジ落ちるかと思ったぐらい」
「じゃあ何故私を助けたのよ…… あの場合、私を無視して攻撃するべきだった。あなたのスピードなら充分回避できたはず。メガンシェイクを食らった後だし、下手したらデッドしたかもしれない。そもそもシャドウは傭兵でしょ? ヒーロー気取って死んだって、それこそ1ポイントにもならないじゃない。なのになぜリスクを背負ってまで助けようとするのよ」
 私のその質問をシャドウはキョトンとした表情で聞いていた。そして少し考えた後、不意にぷっと吹き出し笑い出した。
「な、何が可笑しいのっ!?」
 ついカッとなり思わず声が大きくなった。
 ここで笑うとかって意味わかんないっ!?
「い、いや、ゴメンゴメン。違うんだミゥ。あんたを笑ったんじゃないんだ。ミゥの言葉を聞いたら懐かしくなっちまってさ。思い出し笑い。あんまり似ていたもんだからつい……」
 そう言ってシャドウは少し困ったような表情をした。
「う〜ん、理由なんて考えたこと無いな。考える前に体が動いたつーかさぁ……」
 シャドウは地面に胡座をかき、残った右手で頬杖を突いて考え込んでいた。
「普通のネットワークゲームだったら、そんなヒーロー気取る人もいるでしょうよ。でもここは違う。このセラフィンゲインは限りなく現実に近い体感仮想世界。怪我の痛みや死の恐怖も、全て本物として体感するこの世界で、その痛みや恐怖を覚悟で他人を助けようなんて考えるプレイヤーなんて居やしないわ。
 私ももう1年以上この世界に居るけど、そんなプレイヤーなんて見たこと無い。それどころか自分の事で精一杯で、体感する痛みや死の恐怖に負けて身勝手にリセットする人を私は腐るほど見てきた。それはリアルと少しも変わらない。キャッチコピーにある『もう一つの現実』って言う言葉はまさしくその通りだと思うわ」
 不意にシャドウは顔を上げて私を見つめた。私はそんなシャドウの瞳を睨むように見つめ返した。
「人ってね、恐怖や打算で簡単に他人を裏切るのよ。『信じてる』って何千回言葉にしたって、いざって時にはあっけなく消えちゃう。どれだけ一緒に居ても、どれだけお互いを知っていても……」
 私の脳裏に、バイクで走り去るナオトの後ろ姿が浮かぶ。何も言わず、私を見ようともせずに逃げて行く後ろ姿。
「ずっと一緒に居ようって…… 俺が守るって…… 言ってたのに……」
 私はシャドウの傍らに膝をついた。そしてその瞬間涙が溢れた。何故今になって泣きたくなったのか自分でもわからない。何故かシャドウを見ていたら涙が出てきたのだ。そして私はシャドウにナオトとのことを話していた。言うつもりなんか無かったのに、話し出したら止まらなくなった。いつの間にかゼロシキやスプライトも近くに来て私の話を黙って聞いていた。
 そして、ひとしきり私が話し終わった後、一言も発する事無く聞いていたシャドウは、静かに残った右手で私の頭を優しく撫で、私はグローブで涙を拭いながらシャドウを見た。シャドウは目を細め「なるほど」と小さく呟いて頷いた。
「確かにそりゃあキツイわ、うん。人を信じられなくなるわな……」
 シャドウはそう言ってため息をついた。その隣ではゼロシキとスプライトが何故か泣きながら「マジきっついスよ〜」と言い鼻水をすすっていた。
「俺もさ、前に友達に裏切られたからわかるよ、ミゥの気持ち。ミゥみたいにリアルの恋人とかじゃ無いけど、唯一の友達だったから、当時は結構キツかった」
 私が顔を上げてそう言うシャドウを見ると、シャドウは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「チームメイトだったの?」
「ああ、そうだ。前に話しただろ? 2度ほどチームに所属してたって。その1回目。俺が初めて入ったチームのリーダーだったヤツ」
 シャドウは懐かしそうに微笑み話を続けた。
「ヤツは今の俺と同じ魔法剣士で太刀使いだった。出会った頃はもうそうとう高レベルなプレイヤーだったな。当時俺はクラスAに上がったばかりの初級者で、初めて入った沢庵で誘われたんだ。自分は高レベルなのに、あいつはティーンズの俺を対等な『仲間』として誘ってくれた。その頃俺にはリアルでも友達なんて胸を張って言えるヤツなんていなかったけど、あいつだけは違った。でも桁違いに強いヤツでさ、俺はいつかはあいつと肩を並べて戦える様に…… 本当に対等な仲間になりたいって、ずっとそう思っていたんだ。あ、そうそう、太刀のイロハもあいつから教わったんだよ」
 そう話すシャドウは終始笑っていた。私はそんなシャドウを疑問に思った。
 何故裏切られた相手なのに、そんな顔が出来るの……?
「でも1年ほどでチームは解散した。チーム名は『ヨルムンガンド』。結構強いチームだったんだけどな」
「そのリーダーが辞めちゃったの?」
 カリスマの高いチームリーダーが引退してしまって、吸引力を失ったチームが解散する…… 良くある話だ。しかしシャドウは私の言葉に首を振った。
「全滅したんだ。しかもメンバー7人のうち4人が帰ってこなかった……」

 帰って…… こなかった?

 私はシャドウの言ったその言葉の意味を理解するのに少し時間が掛かった。



第13話 友が生きた証しを



「ロストだよ。リーダーがシステムに干渉するあるコマンドを発動させてな、プログラムパラドックスを起こして4人がその巻き添えになった。俺ともう一人は運良く難を逃れたが、その後チームは解散、ま、メンバーが4人も消えたんだから当たり前だけどな」
「ロスト……」
 私はそう呟いて僅かに身を震わせた。一瞬寒気が背筋を襲ったからだ。
 ロストとは、プレイヤーとシステムの接続干渉事故のことで、意識が戻らないままシステムとの接続が断たれてしまう現象のことだ。ロストしたプレイヤーは意識が無い状態のまま生き続ける。
 その原因は様々なケースがあり、一概に『何をしたからダメ』というわけでは無いが、最も多いのが『ドラック』等の不正薬物依存者のアクセスだった。
 でもそれも初期のことで、現在は厳重な適性検査とパーソナルメモリーバックアップシステム『PMBS』のおかげでロスト自体過去の物となっている。現に1年以上ロストは起きていなかった。
「事故…… だったの? その、リーダーが発動させたコマンド……」
「いいや、あいつはそうなることをわかっててやったんだ。後でわかったんだが、あいつはリアルじゃもう長くは生きられなかったんだ。生まれつきの不治の病ってやつ。そのことで色々と自分の中にネガティブなモンを溜め込んでいっちまったんだな。そんで強迫観念と馬鹿げた妄想に取り憑かれていった。
 病んでいたんだよ、肉体的にも精神的にも…… 俺たちはそんなあいつの妄想に無理矢理巻き込まれ、仲間4人はロストした。
 マトゥ、リオン、ライデン、レイス…… リアルじゃどんな生活を送っていたかなんて知らない。外じゃ会ったことも無かったからな。でも此処ではヤツの指揮の下で共に肩を並べて戦った戦友だ。そんな戦友達をリアルの病院で見た時は正直キツかったよ」
 シャドウはそう言って肩をすくめた。いつも飄々としてつかみ所の無い感じのするシャドウが、その時は少し悲しそうな顔をしていた。
「それで…… そのリーダーはどうなったの?」
「俺が殺した……」

 ――――えっ!?

 そのシャドウの告白に私は思わず言葉を飲み込んだ。しかしシャドウの次の言葉で私はほっと息をついた。
「もっともリアルじゃ病気でなんだろうけど、俺がこの仮想世界であいつを斬った事は現実だ」
 なるほど…… 
「恨みを返したってわけね……」
 するとシャドウは僅かに首をひねり「う〜ん…… ちょっと違うかな」と答えた。
「まあ恨んでなかったって言ったら嘘になる。現にあいつとこの世界で再会した時、俺は確かにあいつに対して憎しみの感情を抱いたんだからな。けど、あいつと対峙し、俺はあいつの過去や抱いて来た社会への不満、妬み、嫉み、健常者への劣等感といった負の感情を知った。それに対して同意は出来なかったが理解は出来た。その時俺は思ったんだ。あいつの馬鹿げた妄想を終わらせるのは友だった俺の役目なんじゃないかってな」
 シャドウはそう言って再び私の目を見た。
「でもどう取り繕ったところで、俺がこの手で友を斬り殺したのは事実だ。何せリアルでも死んでいるんだ。そこには1バイトの救いもないだろ?
 死があいつにとって唯一の救いだったなんて言葉は、実際に手をかけた者には気休めにもなりゃしないさ。それに俺は実際に殺す気で斬ったんだし、そう言う点から見れば俺が殺した事に変わりは無い。リアルか仮想かなんて俺には関係ないんだ……」
 私はシャドウのその話を聞きながら、その経験に息を飲んだ。
 外見から判断して、たぶん私とたいして違わない年齢だろう。リアルじゃまだ学生かもしれない。
 でも彼はその若さであまりにも凄惨な経験をしている。時折とても歳上の様に感じるのは、そういった経験のせいなのかもしれない。
「それは、俺が死ぬまで背負って行く業だ。どれだけ時間が流れようと事実は変わらない。だったら、それを自分の一部として上手い事やって行くしかないよ」
 シャドウはフフッと自嘲じみた微笑をこぼした。
「まだ俺が奴と共に戦っていた頃に、奴に今ミゥが聞いたことと同じ事を聞いた事があるんだ。ずいぶん昔の話だけどな」
「私と同じ事?」
「ああ、今の俺と同じ様に、欠損ペナまで食らって俺を助けてくれた時だった。『何で俺を助けた? あんたならノーダメージで倒せたはずだ』ってな」
 なるほど、だからさっき私が聞いた時に笑ったのね……
「その人はなんて答えたの?」
 私がそう聞くと、シャドウはクスっと笑った。
「『俺たち仲間だろ?』って、さも当たり前の様にそう言って笑ってた……
 答えになってなかったかもしれないけど、俺にはそれで充分だった。その後確かに俺は裏切られたのかもしれない。でもあの時あいつが言ったあの言葉だけは本当だったって思いたい」
 シャドウはそう言って昔を懐かしむ様に目を細めたあと、私を見た。
「たかがゲーム、リアルじゃないデジタル仮想世界。でも現実世界でのどんな言葉よりも、この世界であいつがあの時言った仲間って言葉には敵わないって思う。実際に死ぬ事がないとはいえ、痛みを感じたり死の恐怖を体感するこのセラフィンゲインだからこそ、その言葉が重みを増す。
 あいつがやった事は許される事じゃない。でも俺の中では、あいつは今でも英雄であり、俺の目標であり、親友なんだ。あいつと共にこの世界で戦った思い出、そしてあいつが抱えてた物、俺があいつを殺めた事実……
 それ全部が俺の中にある。ココに刻み付けて、俺は今ここに居る」
 シャドウはそう言って残った右手で左胸をポンと叩いた。
「それが、あいつが生きた証しだと思うから……」
 シャドウはそう言って薄く笑った後、ゆっくりと立ち上がり、身体の埃を払った。
「俺は仲間を見捨てない。かつてのあいつがそうだったように…… 
 それがさっきのミゥの質問に対する俺の答えだよ。ミゥが納得できる答えじゃ無いかもしれないけど、俺に他の答えは無い。だって仲間を救うのに、俺には理由なんて要らないんだからさ」
「シャドウ……」
 すると周りでシャドウの話を聞いてたゼロシキが「俺もッスよ!」と言った。
「俺も仲間は絶対見捨てないッス!」
「まあ、傭兵はみんな大抵そうですけどね」
 とスプライトもゼロシキの言葉に相槌を打つ。
「俺たちは常に金【経験値】と信義を天秤に掛ける。どちらを傾けるかは傭兵個人の自由だ。だけど俺は、仮の仲間であろうとやられるところを見たくない。ミゥみたいな女の子ならなおさらだ」
 シャドウはそう言って欠損したままの左腕をクイッと上げた。
「それでも納得出来ないってんなら、俺にはもう言葉が無い。他を当ってくれ」
 その時のシャドウの笑顔は、私が今まで見たどんな笑顔より素敵に見えた。私はそんなシャドウに胸の鼓動が高鳴るのを自覚して狼狽えてしまった。
「そ、そんなプレイヤーなんて…… 他にいないわよ」
 私はそう言って俯いた。
 まったく、なんて顔で笑うのよ……
 でも傷付いてまで私を助けてくれる人が居るってことが嬉しい。全てが虚像の世界で、シャドウのそんな心は確かに本物なんだ……
 そう思うと口元が自然に綻ぶのを感じた。
「さあて、そんじゃ行こうかミゥ」
 シャドウはそう言いながら、折れた太刀を手に持ちそのまま鞘に戻し、腰のポーチから携帯端末を取り出した。
「流石に丸腰はヤバイから…… ミゥは予備の剣はあるのか?」
「う、うん。一応もう一本予備は『キャリア』に入れて来たけど……」
 と呟きながら私はシャドウと同じように携帯型端末を開いてキャリアボックスを呼び出し、予備の剣を実体化させた。
 片手剣『ブリンカー』
 軽くて扱い易いが、先程破壊された『ヴァーミリオン』に比べると耐久値、攻撃力共にツーランクほど劣る。
 本当はこれよりランクの高い剣も持っているのだけれど、キャリアボックスの重量制限を考えるとブリンカーより上の装備は持ってこれなかった。
 私は続けて『マンタイト』というミドルサイズの盾も実体化させる。これも先程砕け散ったクロスシールドよりランクが下がる物だが、軽い割には比較的高めの防御力で、私の様な中、上級盾持ち剣士の予備装備としては定番の装備だった。
 一方シャドウもまた私と同じように予備の太刀を実体化させていた。
 しかしシャドウはその太刀を握ったまま一瞬固まっていた。それは何かその太刀を装備するのを躊躇している様に見えた。
 私もアイテムハントをしているのでアイテムや装備の知識は一般のプレイヤーよりは知識があるが、シャドウの扱う太刀だけはよくわからない。今シャドウが握っている物も外見からは先程折れた太刀と変わらないように見えた。
 やっぱりシャドウも予備の装備は格下なんだろうな……
 私はそう思いつつシャドウに声を掛けた。
「やっぱりシャドウも予備装備には不安があるの?」
「んっ? ああ…… まあそんなとこ」
 シャドウはそう答え、まるで迷いを振り払うようにふぅーっと息を吐き握った太刀を腰に差した。とその時、シャドウの体が一瞬ザリっとノイズが走ったように歪んで見えた。
 あれっ?
 私は何度か瞬きをして目を凝らし、再度シャドウを見たが特に変わった風には見えなかった。さっきのシャドウの話ではこのフィールドはシステム領域に近いという話だから、プログラム自体が若干不安定なのかも知れない。
「保険…… みたいなつもりで持って来たんだが、できる事なら使いたくは無いなって思ってさ」
 シャドウはそう言って腰に差した太刀をマントで隠した。やはり格下の装備は心許ないのかもしれない。しかしシャドウはそんな気持ちを払拭するかの様に「よしっ」と気合いを入れ直していた。


第14話 女神の宝剣

 一通り装備を点検して、私達は陽炎宮に入った。私はてっきり内部は迷宮の様になっているのかと思っていたが、内部は全体が大きな一つの部屋で、中央を行った突き当たりに等身大の女神像が鎮座していた。
 周囲の壁は高い天井に伸びており、その壁には精巧な彫刻が施されていた。そしてその壁が支える頭上の天井には、これまた美しい絵が描かれていた。
「悪魔を退けた女神の伝説を彫刻と天井の絵で表しているのか。それにしてもこれはまた……」
 シャドウはそう言って言葉を失いつつ天井を見上げた。私もそんなシャドウにつられる様に天井の絵を見上げ言葉を失っていた。
 悪魔を退かしたとされる女神が蒼天の空を翔ぶ姿が描かれており、凛とした表情までも生き生きと再現されていて、今にも動き出しそうな迫力がある。この絵を見るためだけにここにアクセスしても構わないと思わせるほど、その絵は素晴らしい物だったからだ。
「なんか…… セラフィンゲインって、無駄に凄えッスよね……」
 ゼロシキも同じ様に天井の絵を眺めながらポツリと呟いた。
 確かに…… こんな誰もこない様な場所にこれだけ精巧で優美なオブジェクトを設置する製作者の意図がサッパリわからないが、でもそこはつっこんじゃダメな気がするんだけど……
「ま、でも私はこういう演出は好きだね。この世界でしか見る事の出来ない景色やオブジェクトなのだから。それはプレイヤーでなければ得る事のできない物だし」
 スプライトもそう言って壮大な天井の絵を見上げていた。
「確かにな。リアルじゃ盲目でも、ここじゃこういった素晴らしい物を見る事ができる。この世界だからこそ出来る、得られる感動ってのもあるんだって…… コレをここに設置したヤツはそう言いたいのかもしれん……」
 そう言うシャドウの言葉に私は妙に納得してしまった。ここは脳内に投影された仮想世界だ。現実には目が見えなくとも、この世界では物を見る事が可能なのだ。そういった人にとっては、たとえ仮想世界の虚像であっても芸術に触れる貴重な体験に違いない。
 シャドウの言う通り、こんな誰もこない様な場所に設置された名画はそんな製作者達のメッセージなのかもしれない。
「さ、ミゥ、ターコイズブルーを取ってこようぜ」
 シャドウはそう言って正面の女神像に顎で合図した。私は「うん」と頷いて女神像に歩み寄った。
「これが、ターコイズブルー……」
 私は思わずそう呟き女神像が握る青い剣を手に取ってみた。するとその剣は何の抵抗も感じず、私の手に収まった
 か、軽い……っ!?
 サイズは今腰に下げている片手剣ブリンガーと差は無いが、その重量はブリンガーの半分にも満たないだろう。私は携帯を取り出しブリンガーをキャリアに収納した後、改めて2、3度ターコイズブルーを振り、剣全体を見回してみた。
 形や大きさは一般的な片手用直剣だけど、作りは全くの別物だ。薔薇の形をあしらった柄の細工は花弁一枚一枚が極めて精巧に彫られており、スラリと伸びる刀身は通常の片手直剣に比べて若干細身なものの、どの様な金属なのか全体的にボンヤリと青緑の光を放っている。
 それはまさしく私が伝え聞いたターコイズブルーの外観そのものだった。
「ほぉぉ…… こいつはまた綺麗な剣だな。装備条件云々抜きにして欲しがるヤツも多いだろう」
 私の隣に来たシャドウが渡私の手もとのターコイズブルーを見てそう言った。その瞬間、私の頭上に『Qwest completion』の文字が浮かび上がる。これでこのターコイズブルー探索クエストのコンプ認証が私達のデータに付加された。ベースに帰還すればクエストボーナス経験値が入るはずだ。
「よっしゃ、これでクエスト終了ッスね。因みにコンプアベレージはと…… おお、A+だ!!」
 シャドウの隣で携帯を開いていたゼロシキが驚いて声を上げた。その言葉にスプライトが「ヒュ〜」と唇を鳴らした。
「こりゃあ経験値期待できるね。しかもサーバに1本きりってことは、秋葉端末じゃ俺達フラグネーム取れるじゃん!」
 スプライトは少し興奮ぎみにそう言って、ゼロシキと2人で「スゲー!」と声を揃えて肩を叩き合っていた。この2人、仲がいいのか悪いのかよく分からないな。
 しかし2人が興奮するのも無理は無いと思う。私だって内心ワクワクしていた。
 こういった本来のナンバークエストから分岐派生するチェーンは報酬判定が複雑で、そこに至るまでの分岐回数、順序、戦闘、タイムなど、複数の要因を複合的に数値化して最終評価となる。ただ今回の様に未だ誰もクリアしていない未踏破のクエの場合は全てを手探りで進んで行くため判定値の予想がつきにくく、また総じて判定が低くなるのが常だった。
 しかし今回私達の出したA+という判定結果は上から2番目という高判定だった。しかもこのターコイズブルーがサーバに1本しか無いというレア度なので、私達のアクセスしている秋葉原の端末では、これ以降クリアネームを更新される事がなく、秋葉原の端末が無くならない限り私達4人の名前が残り続けるのである。これがスプライトの言う『フラグネーム』と言う意味だ。
 ゲームが存在する限りの『データの永遠』……
 この世界を知らない人にとってはただの記録データでしか無い。経験値のようにリアルの現金に換金できる訳でも無い。しかしそれは私たちプレイヤーにとって経験値獲得と同じ、いやそれ以上に価値のある事だった。その気持ちはシャドウ達傭兵であっても変わらないのだろう。
「後は無事帰還するだけだけど…… さて、荒野からどうやって抜けるかが問題だな」
 不意にシャドウがぽつりとそう呟いた。
「え? シャドウはセーブポイント知ってるんじゃ無いの?」
 私は驚いて思わずそう聞いたが、シャドウは首を振った。
「いや、知らない。つーかそもそも荒野にセーブポイントなんてあるのかな?」
 そんな冷静に! 他人事みたくーっ!
「ってことは、今来た道を帰るって……」
「まあ、そう…… なる…… な」
 私はその場にへたり込みそうになった。またあの道を30分近くかけて帰らなければならないなんて思わなかった。しかもくる時は運良く? ボスセラフとのエンカウントは無かったけど、帰りに会わない保証は無いどころか、確実に「こんにちは」する確率の方が高い。マジかー
「ま、何とかなるッスよ。影兄ぃも久々にマジガンバしてるんスから」
 そう言ってゼロシキは「なはははっ」と笑った。なんともノーテンキな笑いだ。
「何よそのマジガンバって……」
 私がそう呆れた様に呟くとスプライトも「デスね」と自信ありげに頷いた。
 こんなにダメージ食らってるのにその自信はどこからくるわけ?
「安綱ですか…… いつ以来ですかね、シャドウ?」
 スプライトがシャドウにそう聞くが、シャドウは答えなかった。そんなシャドウにスプライトはヤレヤレと言った様子で肩を竦めながら苦笑した。
 ヤスツナ……? なんのこと?
 私が首を傾げるとシャドウは「さあ、サッサと帰ろうぜ」とクルリと背を向けて歩き出した。
「あ、ちょっとシャドウ、待ってよ!」
 私はそう言って慌ててシャドウの後を追った。他の2人もいそいそとついて来た。
「ねえ、ヤスツナって何のこと?」
 私はシャドウの隣に並んでそう聞いた。しかしシャドウは私のその問に答える代わりにグッと私の肩を掴んで立ち止まった。
 ん……? なんだ?
「ど、どうしたの?」
 そい聞いたがシャドウは黙って入口を見つめ、やがて口を開いた。
「そこにいる奴、出て来いよ?」
 シャドウはそう言ったが、私はシャドウの見つめる先には何も変わったところは見出せ無かった。
「ーーーー出て来ないなら、問答無用でフレイストームあたり行っとくか?」
 シャドウがそう言って右手を前にかざして魔法を放つ仕草をすると、入口の直ぐ横にある大きな柱の影から、スッと人影が飛び出した。
「ちょ、まっ、待てって。それギャグになってないだろマジで?」
 そいつは慌てた様子で両手を上げた。私はその男の顔を見て思わず「あ、あなたっ!?」と声を上げた。
「あんた、いつから気付いてた?」
 その男、天空猟団のシーフ『ロキオ』は上げた手をゆっくり下ろしてシャドウにそう聞いた。
「何となく気付いたのは、外であの亀と戦う前あたりかな。んで確信が持てたのはこの陽炎宮に入ってからさ。ちょっかい出してくる気配が無かったから放っておいた。ま、あの亀でそれどころじゃ無かったしな」
 シャドウがそう答えるとロキオは肩を竦めた。
「ショックだぜまったく…… 俺はパラ振りで隠密行動スキルは上級者並に上げてるんだけどな…… あんた、索敵スキルいくつだよマジで?」
 ロキオは呆れたようにそう言った。私も同じチームに居たからよく知っている。確かにロキオはパラメーターの振り分けで隠密行動に特化したキャラで、そのスキルだけなら上級者に匹敵する。現に私も彼よりレベルは上のはずだが、今まで追跡に気が付かなかった。
「でも影兄ぃ、此処ってミゥ姉さんが同じチームに居たから入れたんスよね? 何であいつは入れるんスか?」
「恐らくこの陽炎宮に入る直前に、最後尾にいたやつ…… ゼロシキかスプライトに触れるか、追跡糸でも結んでいたんだろう。システムの識別判定を交わすには良い手だが……」
 シャドウはそこで言葉を切り、ククッと苦笑した。
「隠密スキルが高いのは確かみたいだな。この二人に気付かれずにそんな真似が出来るんだからさ。それに度胸もある。大したモンだよマジで。もっともその接近で俺も確証が持てたんだけどな」
 そんなシャドウの言葉にゼロシキとスプライトがお互い顔を見合わせて「お前だろ?」「いやお前だって!?」みたいな事を言い合っている。
 確かにシャドウの言う通りロキオのスキルと度胸は大したものだと思う。百戦錬磨の傭兵に気付かれずに、触れるまで接近できるのだから。でも、そんなロキオを見破るシャドウっていったい……
「いやいやあんたには恐れ入ったよ。全部お見通しだったって訳だ。まあもっとも、もう隠れてる必要も無いんだけどな」
 ロキオはそう言って脇に避けた。すると入り口からぞろぞろと数人のプレイヤーが入ってきた。
「な、何よちょ……っ!?」
 私は思わず叫ぼうとしてそのまま言葉を飲み込んだ。入ってきたプレイヤーの人数にちょっと驚いたからだ。その数およそ30人、中規模ギルドぐらいの人数だ。そして私はそのキャラの中央を割って入ってきた人物を睨んだ。ロキオを見た時に予想はしていたけど、でもこの人数……!
「ようミゥ、また会ったな!」
 そう言って天空猟団のリーダー、大剣使いのザッパードは嫌な笑みを浮かべていた。



第15話 踏み出すその勇気を


「何のつもりよ、ザッパードっ!!」
 私はターコイズブルーを握り締めながらそう叫んだ。
「いやぁ、無事にレアウエポンをゲット出来たみたいだしよ。そろそろ俺たちのトコに戻ってくる気になったろうと思って迎えに来たのさ」
 ザッパードはそう言ってすぐ後ろに立つ天竜猟団のメンバーに「なぁ?」と同意を求めた。それを受けて猟団のメンバーも一様に頷き笑っていた。
「バカじゃないの? そんなこと天地がひっくり返ったってあり得ない。もう一度ハッキリ言うわ。私は戻らない。二度と私の前に仲間面して現れないでっ!」
 私は声を荒げてそう怒鳴り返した。
「そっか、なら仕方ない。本人の意志は尊重しないとな。わかったよミゥ、もうお前に付きまとうのはやめるよ。その代わり……」
 ザッパードは私の握るターコイズブルーを見てニヤリと笑った。
「それを置いて行ってもらおうかな。手切れ金代りとしてよ」
 私は心の中で舌打ちした。
 やっぱりそう来たか。というか、はなからそのつもりだったくせによく言う。
「手切れ金……? はっ、よく言うわね。人のアイテム勝手に売り捌いたくせに。で、今度はキルして奪おうって訳? 天竜猟団ってキラーチームになったんだ、最っ低ねっ!」
「オイオイ、俺は交渉してんのさ。ネゴシエーションってやつだよ。もっとも、交渉決裂の時はコッチも多少の荒事の準備はしてるけどよ」
 ザッパードはそう言って左右に広がるキャラ達を見やった。
「こんな人数連れて来て何が交渉よ…… どうせギルドメンバーに『分け前』ふっかけて集めたんでしょ。たった4人相手に恥ずかしくないの? 聖杯の雫もたかが知れてるわね」
「コレはギルドとは関係ないぜ。このキャラ達は確かにウチのギルメンだけど俺の『個人的な友人』だよ。ギルトは全く関係ないことさ」
 何が個人的な友人よ! 先週入ったばっかりのくせしてっ!!
「それにそっちは凄腕の傭兵が3人も居るんだ。そんなチーム相手に交渉するなら当然こっちもそれなりの用意をしないと交渉できねぇだろ?」
 ザッパードは肩をすくめてそう言った。自分達の数の優位で余裕の表情でニヤ笑いするその顔を見ながら、私は爆発しそうな怒りを抑えるのに苦労した。
「この場で即座にリセットして逃げたって構わないぜ? そしたら直ぐに剣がリポップするだろうし。どっちでも同じことだからな」
 私はその言葉に心の中で舌打ちした。ザッパードの言うとおり、この場でリセットしたら私たちは即座にベースに転送される。しかしこの手に握るターコイズブルーは私の手を離れて再び女神像に戻るだろう。こうしたクエストドロップの武器は直ぐに装備して戦う事も可能だが、ベースに持ち帰りセーブして初めて装備者に所有権が発生する。今現時点では私の装備であっても所有権は仮固定されたままだ。つまり私には諦めるか戦うかの2つしか選択肢は残されていない。
「この人数相手にやるってんならそれでも構わないけどよ。結果は変わらないんだし、俺だったら痛い思いして抵抗するのはゴメンだぜ。利口とは思えないだろ?」
 ザッパードは勝ち誇った顔でそう言い、今度はシャドウ達にも言葉を掛けた。
「あんたらはどうすんだ? 何度も言うけどコレはギルドの喧嘩じゃ無いぜ? 俺たち天竜猟団の内輪の話さ。この女からどんだけ貰ってるか知らないけど、あんた達は傭兵だし、こんな事に付き合う義理はねえだろ? その剣にはベラボーな高値がついてんだ。なんなら契約分をこっちで払ってやっても良いぜ」
 そんなザッパードの言葉にシャドウはふっと笑った。
「ふむ、しかしよく集めたもんだ。流石にこの人数はビックリだが、あんたの今の話は悪くない条件だな……」
「――――っ!!」
 私はそのシャドウの言葉に目の前が真っ暗になった。そしてシャドウの横顔を見た。シャドウはいつもと同じ顔してうっすら笑っていた。
 信じてた…… いや、信じかけていた……っ!
 私の後ろに居たゼロシキとスプライトも絶句したままシャドウを見つめていた。
 確かにシャドウは傭兵だ。彼を味方にするにはそれ相応の報酬が必要だ。仕事を依頼され、その難易度に応じた対価を要求する。

『――――そうする事によって、そういったしがらみを絶って自分に折り合いを付けている。だからそこには完全な利害関係以外介在しない』

 初めて会ったときに確かに彼はそう言った。傭兵としてその考えは至極まっとうな考え方だと私も思う。
 けど…… けどっ!
 沢庵でジョッキを2つ持ち上げて笑った顔。
 左腕を失ってまで私を助けてくれた後に笑った顔。
 仲間を助けるのに理由なんていらないと笑った顔。
 脳裏に此処に来るまでに私に見せてくれたシャドウの笑顔が浮かんでは消えていく。そのどれもが、私にもう一度人を信じさせてくれる何かがあった。いや、あると思っていた。私はシャドウの事が……!
 そしてそうやって消えていった笑顔の向こうから、走り去って行くナオトの背中が浮かんできた。
 結局私は、ただの懲りない女だったんだ……
「ま、そんじゃそういうことで……」
 天竜猟団のフロント、私と同じ片手剣士のブレイカーが私の前までやってきてスッと手を出した。
「さあミゥ、それをよこせよ」
 その声を聞いたとき、じわっと目頭が熱くなった。
 悔しい。
 苦労してゲットしたアイテムを諦めなければならないのが悔しいんじゃ無かった。いや、確かにそれも悔しいのだけれど、それ以上に心を許しかけていたシャドウに裏切られたのが悔しくて、悲しかった。
 私は手にしたターコイズブルーを鞘に仕舞い、ゆっくりとした動作でブレイカーに差し出した。
 此処で暴れて、敵わないまでもこの悔しさをたたきつけられれば良いかもしれないが、私にはそれは無理な相談だった。確かに悔しいし天竜猟団の連中が憎らしいけど、こんな時でさえ私の手足は震えている。どんなに怒っても心の奥底では男が怖くてたまらない自分がいるから……
 差し出したターコイズブルーをブレイカーが掴んだ。その時、隣に居たシャドウがポツリと呟いた。
「本当に…… それで良いのか、ミゥ?」
「えっ?」
 私はシャドウを見た。涙に滲んだ視界の向こうにシャドウが居た。シャドウは私の瞳をじっと見つめたまま続けた。
「男に負けない様に強くなりたいって…… 初めて会ったときにあんたは俺にそう言った。あれはマジじゃ無かったのか?」
 いつになく真剣なシャドウだった。そんなシャドウを見ていると、不思議と勇気が湧いてくる様な気がした。
「私は…… 強くなりたい。強くなりたいよ、シャドウ」
「なら、ミゥの思った通りにやってみな。人は変われる。それが人の可能性ってやつなんだとさ。これも例の親友の受け売りだけどな」
 シャドウはそう言って恥ずかしそうに苦笑した。
「は? あんた、何言ってんの? つーか離せよミゥ!」
 ブレイカーはそう言ってターコイズブルーをグイっと引くが、私は負けじと引き返した。
「傭兵は金と信義を天秤に掛ける。だがな、傭兵は一度引受けた仕事を途中で放り出したりしないんだ。雇い主が諦めない限り、俺達は戦える」
「シャドウ……」
 なおも剣を引っ張るブレイカーを無視して、私はそう呟いた。
「それにさっき言ったろ? 俺は仲間を裏切らないってさ。大丈夫だミゥ、俺たちがついてる。滅多に無いけど、経験値以外で着いてくる傭兵は強いぜぇ?」
 すると後ろのゼロシキが「そうそう!」と声を上げた。
「それに影兄ぃが超久しぶりにマジになってるッス。怖いもん無しッスよ」
「そうですね、安綱を握ったシャドウは片腕でもハンデにならないですからね〜」
 とスプライトも嬉しそうに言った。ゼロシキやスプライトがそう言う根拠が何なのか私には全くわからないけれど、この2人の言葉もまた、私の背中を優しく押してくれた。
「ミゥ、過去を引きずるのも自分なら、それを克服するのも自分にしか出来ない。後はミゥ次第だ」
 きっとさっきシャドウは私を試したんだ。だからあんな態度をしてみせたんだ。私の中にある忌まわしい記憶と恐怖に対峙させるために……
 相手は30人以上。こんな全滅必死な状況の中で、それでも私のためにそこまでしてくれるシャドウ達の気持ちに、私は胸がいっぱいになってまた涙が出た。でもその涙はさっきの涙とは違い、嬉しくて、とても心地よい涙だった。
「ありがとう、シャドウ。私やってみるよ」
 たとえここでデッドして、ターコイズブルーが手に入らなくても構わない。私はもう過去の記憶に怯えたりなどしない。前に進む事ができる。この全てが虚像の仮初めの世界で、私は本物の勇気を教えてもらったから……
 だから今は、それを教えてくれたシャドウの期待を裏切りたくないっ!
「あ、あんたら頭おかしいのか? こっちは30人以上いるんだぞ? 中にはレベル29の上位魔導士まで出派って来てるんだ。勝てる訳ねぇのにやろうって言うのかよ!?」
 私はターコイズブルーを握りながらそう言うブレイカーをキッと睨んで掴んでいた鞘からターコイズブルーを抜き、そのまま体を回転させてブレイカーのわき腹を斬りつけた。
「うおぉっ!?」
 ブレイカーは仰け反って私の剣を避けようとしたせいで手応えが浅かったが、ターコイズブルーはブレイカーの装備していた鎧を抵抗も無く引き裂いた。私はその斬れ味に驚いた。
 な、なんて斬れ味……っ!
 するとそれに反応してザッパードの左右にいた斧使いと、盾持ち片手剣士の2人が「やろうっ!」と吐き捨てる様に言って突っ込んできた。
 しかしその瞬間、隣のシャドウが黒い風の様に動いてその2人の前に出ると腰の太刀を抜き放つ。それと同時に2人の絶叫が響きわたった。
 美しい石が敷き詰められた床を染める真っ赤な血溜まりの上に、バラバラと落ちる2人の装備と両腕。蹲る両腕の持ち主達の前で、シャドウはその手に持つ刀身まで真っ黒な太刀を慣れた動作で左右に振ったあと、ゆっくりと刃を肩に背負った。
 漆黒の出立で不敵に笑う黒衣の剣士。そしてその手に握る漆黒の太刀……
 私の持つターコイズブルーも美しい剣だが、その黒い太刀はまるで光さえ吸い込まれそうな怪しい美しさを放っていた。
「スプライトっ!」
 シャドウの声にスプライトが「はいはい」と答えつつ呪文を口ずさむと、私達の身体を一瞬光が包み込む。プロテクションの魔法だ。
 するとザッパード達はザワっとして後方に控えていた数人が動いた。
「ゼロシキっ!」
 シャドウの声に間髪いれずに今度はゼロシキが「わかってるッスよ!」と答え、それと同時にドン、ドドンっ!とザッパード達の後方で爆発が起こり、数人が呻いて蹲った。
「手品師達っ! 妙な動きすっと、頭撃ち抜くッスよ!」
 銃口から薄い煙を立ち上らせた撃滅砲を構えながら、ゼロシキはザッパード達にそう啖呵を切った。
 するとシャドウは肩に担いだ太刀をゆっくりと下げてザッパード達を見据えた。
「あんた、ザッパードとか言ったっけ? 良いね、悪者ぶりがキャラ立ってるよ。RPGの本質、役を演じきるってのは大事なことさ。気に入ったよ」
「あんた、何言って……」
 ザッパードはシャドウの言葉にそう答えるが、シャドウは構わず続ける。
「大根役者の三文芝居じゃ興醒めだけど、あんたのはなかなか良かった。だから当然覚悟もあるんだろ? やられる悪役ってケースもさ」
 シャドウはそこでクスっと笑った。
「さっきから人数がどうの、大ギルドがどうのと言ってるけど、そんなの関係ないんだ。いくらワイコミチームが多くなったところでこの世界の本質は変わらない。破壊と殺戮、狩るものと狩られるもの。恐怖を克服した勇者だけが、この世界に祝福される。恐怖を恐れて群れて雑多な日々をここで過ごすのも俺は否定しないけど、そんな連中が熱い奴に水を掛けるってんなら話は別だ。落とし前は付けさせてもらう」
 話の途中から、シャドウの雰囲気が変わったのに気付いて私は身震いした。姿形は変わらない。ただ静かに、そして確実にまとった何かが変質していく……
「恐怖を恐れて逃げた連中が何人集まったって怖くない。教えてやるよ、負け犬は叩くのが此処の流儀だ」
 シャドウはそう言ってぶんっと太刀を振るい足元で蹲る2人の首をはねた。
 飛び散る鮮血と弾けるポリゴンの雨の中で、黒い剣士はその太刀を静かに回し、その瞳に目の前に並ぶプレイヤー達を写して仄かに口をゆがませた。
 何だろう、その時私はシャドウが少し…… 怖かった。



第16話 征服者の称号


 シャドウがずいっと前へ動くと、ザッパード達はザワッとして半歩身を下げる。30人がシャドウたった一人に飲まれていた。
「どうしたよ? 俺はほれ、この通り欠損ペナで片腕だ。おまけに久々に装備した安綱だ、今なら俺の首が取れるかも知れないぜ?」
 シャドウはそう言って欠損している左腕をマントから出し、右手で握った黒い太刀でポンポンと肩を叩きながら挑発していた。一方ザッパード達はそんなシャドウの挑発を息を飲んで見つめていた。
 するとその後方から一人の男が出てきてザッパードの横に並んだ。装備からして魔道士のようだが、身につけている装備の一つ一つが上級者用の装備である事から、この男が先ほどブレイカーが言っていたレベル29の魔道士なのだろう。
「安綱? まさか……!?」
 その魔道士はそんな言葉を吐きながらシャドウをよく見ようと身を乗り出した。
 なんだこの人? シャドウを知ってるの?
「左腕の『アンギレット』。あれが征服者の称号かよ……」
 私はその言葉にシャドウが左腕にはめている腕章を見た。中央に何枚もの翼を広げた天使が精巧に彫り込まれた銀の腕章。
 『アンギレット』って言うのか。でも、征服者の称号? なんだそれ?
「何よモンブランさん、知ってる上級者か?」
 ザッパードがそう聞くと、その男はザッパードを見ずに言葉を続ける。
「あの男がもし俺の知るシャドウなら、上級者なんてもんじゃ無い。だが、あのアンギレットは……」
 その男はそう言うとザッパードに向き直った。ザッパードが「何だよ?」と聞くとその男は首を振った。
「ザッパード、悪いが俺は降ろさせて貰う。万歳アタックは俺のシュミじゃ無い」
「はあ? な、何言ってんだよあんた!?」
 ザッパードはそう言ってその男の肩を掴むが、その男はザッパードの手を静かに払いのけた。
「あの腕章はな、この世界で7つしかない。サーバに7つじゃないぜ? 世界中のサーバで7つだ。あれを装備できるのはこの世で7人しか居ない。あれはこの世界の頂点を極めた者にだけ与えられる印。だから『征服者の称号』なんだ。あの腕章を付けたヤツを自分と同じプレイヤーと思うな。悪いことは言わん、あの黒い太刀使いは相手にするな。俺たちが束になっても敵う相手じゃ無い」
 その男はザッパードにそう言うと、今度はシャドウに向き直った。
「あんたがあの漆黒のシャドウだろ?」
 その男がそう言うとシャドウは「ああ」と頷いた。
 漆黒のシャドウ? シャドウってもしかして通り名で呼ばれるほど有名プレイヤーなの?
「俺はあんたとやり合う気はないんだ。だから俺は降りる。それで構わないか?」
「そんなの俺にいちいち確認し無くても良いよ。勝手に落ちれば良い。去る者は追わずさ」
 シャドウがそう言うと、その男は「ありがとう」とシャドウに礼を言い、再びザッパードに向いた。
「まあこの人数だ、やりあうってんなら俺は無理に止めやしない。だがザッパード、俺は忠告はしたぞ?」
「お、おい、ちょ、ちょっと待ってくれ……」
 そう言うザッパードの静止を無視してその男はリセットを宣言して消えていった。ザッパードは「何だってんだよ!」と吐き捨てた。
 それにしても、これだけの人数がいてもなお、レベル29の魔導士がシャドウと戦うのを避けてリセットするなんて……
「シャドウって、いったい何者なのよ……」
「ええっ!?」
 私のそんなつぶやきにゼロシキとスプライトが驚きの声を上げた。
「ミ、ミゥ姉さん、もしかして影兄ぃのこと知らなかったんスか?」
「あ、やっぱりシャドウって有名なプレイヤーなんだ?」
 私がそう言うとスプライトも苦笑いをしていた。
「シャドウと親しそうに話していたので、私もてっきり知っててシャドウを雇ったのだと思ってましたよ……」
 私はますます困惑した。
「確かにあれ程の傭兵は評判も良いだろうけど…… ザッパード達に絡まれてるときに助けてくれたのが最初よ。それまでは知らなかったわ」
「ま、影兄ぃは傭兵としても一流ッスけど、そんなんじゃないんスよ。ミゥ姉さん」
 とゼロシキは自慢気にそう言った。そうこうしているうちに、ザッパード達は左右に展開し私たちを正面から包囲しようとしていた。
「いくら傭兵が強いって言ったってこっちは30人以上居るんだ。一斉に仕掛ければ捌ききれるもんじゃねぇ。みんな、一斉攻撃だぜ」
 ザッパードはそう言って背中の大剣を抜くと腰を落として柄を肩の上に置いた。斬馬一型の構えだ。すると周囲に展開した戦士系のキャラ達も各々剣技スキルの構えを取る。
 シャドウはさっきああは言ったが、この人数は流石にヤバイ気がする。シャドウの魔法力に充分余裕があれば何とかなるかも知れないが、先ほどの話では魔法力が底をついたって話だ。あれからまだそんなに経ってないから、ほとんど回復はしていないだろうし……
 私がそんな事を考えつつターコイズブルーを握り閉めていると、不意にシャドウが笑い出した。
「はは、やる気になったんだ? よ〜し、戦い方を教えてやるから掛かってきなよ」
 シャドウはそう言って右手の太刀を構え直す。といっても剣技スキルを発動させる構えとかでは無く、ただ片腕で刃先を正面に向けたまま正眼に構えるだけだ。
 なんで剣技を使わないのよ……!?
 そんなシャドウの構えを見たザッパードの顔が怒りに歪んだ。どうやら舐められてると思ったようだった。
「舐めるなぁぁぁぁっ!!」
 ザッパードが一際大きな声で吠え、飛び出して一気に間合いを詰めた。肩口に振りかぶった大剣が仄かにピンク色に発光する。剣技『斬馬1型』の発動エフェクトだ。それにつられて周囲のキャラ達も怒号のような雄叫びを上げて突っ込んできた。
 シャドウは頭上から高速で振り下ろされるザッパードの大剣を、以前のように交わすのでは無く、なんと太刀で弾いた。両手で渾身の力を込めたザッパードの大剣を、片腕一本で弾き返して見せたのだ。
「――――っ!!」
 斬撃を真正面から吹っ飛ばされ絶句しながら反り返るザッパードの腹に蹴りを見舞うと、シャドウはその反動で後方に飛び、右から襲って来た剣士のわき腹を薙ぎ、真っ二つにした。剣士の身体はポリゴンの破片を撒き散らして消えて行った。
 シャドウはそのまま太刀を返して、後ろを見ないまま後方からスパイクを放って来た剣士の心臓をチェーンメイルの上から串刺しにして見せた。
 す、凄い……っ!!
 私は援護も忘れてシャドウの立ち回りに目を奪われていた。先ほどのスプライトの言葉通り、片腕である事など何のハンデにもなってはいない。
「いったいどれだけレベルの差があれば、ブレイヤーがトゥエンティーズ【レベル20台】を一撃でデッドできるのよ……!?」
 私がそう言うと、スプライトが答えた。
「ま、倍近くないと出来ない芸当ですよ」
 倍…… 倍ですって!?
「ちょ、ちょっと待ってよ。ってことはシャドウは……!?」
 すると今度はゼロシキが「そうっス」と頷いた。
「フォーティーオーバー、セラフィンゲイン最強キャラの一人なんスよ」
 フ、フォーティーオーバーっ!?
「セラフィンゲインの記録の中で、これまでレベル40に到達したのは世界中でわずかに6人、しかし現役は3人しかいません。そのうち2人が日本人ですが、現在は1人が日本にいないので、現時点ではシャドウが日本で唯一のフォーティーオーバープレイヤーですね」
 確かに凄腕だとは思っていたけど、まさかシャドウがそんな凄いプレイヤーだったなんて思ってもいなかった。
「でも影兄ぃはそれだけじゃないんスよ」
 するとゼロシキが嬉しそうに言った。
「ま、まだ何かあるの?」
「その日本人2人のフォーティーオーバープレイヤーには、その他の4人と決定的な差があるんスよ。それが影兄ぃが腕にある『アンギレット』なんス」
 アンギレット…… あの天使が彫り込まれた銀の腕章のこと? そういえばさっきリセットした魔導士もそんなことを言ってた。
「あれは何なの? 征服者の称号って何のこと?」
 するとゼロシキはニンマリ笑ってこう言った。
「あの腕章は…… 聖櫃をクリアしたプレイヤーキャラにだけ与えられるユニークアイテムなんスよ」
 ――――っ!?
「う…… そ……!?」
 私はゼロシキの言った事の意味を理解するのに少し時間が掛かった。



第17話 仲間の背中を


 セラフィンゲイン公式クエスト、ナンバー66『マビノの聖櫃』、通称『聖櫃』
 セラフィンゲインのどのフィールドからもその姿を見ることが出来るシンボルマウンテン、聖峰マビノ山。その内部にある古代迷宮の奥にあると言われる『聖櫃』と呼ばれる場所を目指すクエスト。
 クラスAフィールドに設定されるクエストであるにも関わらず、難易度を示すクエストレベルの表記が無いそのクエストが、基本的に明確な最終目的が存在しないこのセラフィンゲインにあって、唯一『最終目標地点』と呼ばれている理由は、そのマビノの聖櫃というクエストが他に類を見ないほど困難であるからだった。
 出現するセラフの強さ、そして出現頻度は明らかに過剰と言って良く、正式稼働からもうすぐ6年にもなるセラフィンゲインの歴史の中で数多くのチームが挑戦するが、そのことごとくが全滅、若しくは撤退していった。
 プレイヤーからは『開かずの扉』、『難攻不落の代名詞』などと呼ばれ、一時は『クリア不可能』とまで言われたマビノの聖櫃だったけど、1年半前、あるチームがメンバー誰一人欠けること無く攻略を果たした。
 そのニュースは瞬く間に世界中のセラフィンゲインの端末に知れ渡り、そのチームはこの世界で最も有名なチームになった。そのせいで秋葉の『ウサギの巣』も『最強チームのいる端末』として知られる事になったそうだ。
 私は当時はまだセラフィンゲインのプレイヤーでもなかったのでリアルタイムでは知らないが、以前古参のプレイヤーから話には聞いた事がある。
 その後、聖櫃攻略の熱が高まり再び数多くのチームが挑んだが、今日までそのチーム以外に聖櫃に辿り着いたチームがいない事から推測しても、そのチームが如何に強かったのがわかる。
 伝説のチーム、全プレイヤーの羨望と妬み、そして畏怖の対象である栄光の7人。
 そのチームの名は……
 
「ラグナロク……」
 私がそう呟くと、スプライトは「ええ、チーム・ラグナロクです」と誇らしげに頷いた。
「『絶対零度の魔女』プラチナ・スノー、『沈黙の守護神』ハイビショップのサモン、『千里の魔神』ガンナ−マチルダ、『疾風の聖拳』爆拳のララ、『狂気の瞬刃』切り裂きリッパー、『天空の大鷲』魔槍グングニルのサム。そして……」
 そこでスプライトは未だに20人以上居るであろうザッパード達の前に立ちはだかる黒衣の魔法剣士を見やった。
「伝説のチーム、ラグナロクの斬り込み屋。マビノギの大鴉の異名を持ち、妖刀『童子切り安綱』を振るう黒衣の最強魔法剣士…… あのキャラはね、私達全傭兵の憧れであり、誇りでもあるんですよ」
 するとゼロシキも「そうっス」と頷いた。
「ミゥ姉さんには悪いけど、今回この話を受けたのは、影兄ぃとマジでクエストに参加できるからなんス。傭兵は普通一緒にクエに参加出来ねーっスから」
 ゼロシキはそう言ってにぃっと歯を見せて嬉しそうに笑った。
「漆黒のシャドウ……」
 私はそう呟きながら、改めてシャドウの背中を見つめた。
 私達のそんな話をまったく聞いてないであろうシャドウは、太刀の刃先を降ろして起き上がったザッパードと対峙していた。
「まだこっちには20人は居るんだ。倒せない道理が無ぇ! みんな絶え間無く連続で攻撃してくれよっ!」
 ザッパードのそんな掛け声に反応して、再び数人が襲い掛かった。私はハッとしてターコイズブルーを握り締め床を蹴った。私がさっき脇腹を斬りつけた手負いのブレイカーが、シャドウを背後から斬りつけようとしていたからた。
「やらせないっ!!」
 私はそう言い放つと同時に、片手剣技ソニックブーストを発動させた。発動シークエンスである構えと僅かな溜めを解放してシステムのプログラムに身を委ねると私の体は音速で移動し、青く美しい輝きを帯びたターコイズブルーが稲妻のように宙を走ってブレイカーの右手を装着していた篭手ごと斬り飛ばした。
 私はソニックブーストの終了間際に再び突き技スパイクの発動を促し、制動を掛けた左足を軸に体を回転させ、ブレイカーが呻きながら退け返りガラ空きになった胴にスパイクを突き入れた。
 いけるっ! もう怖くないっ!!
 胸を串刺しにされたブレイカーがポリゴンをまき散らして爆散する中で、私はそう心の中で声を上げた。こんな流れる様にスキル技のコンボを決めたのはセラフ相手にだって無い。しかも自分で言うのも何だが、技のスピードとキレがハンパなく良い。もしかしたらターコイズブルーは、装備者のステータスを大幅に上昇させる武器なのかも知れない。
 これさえあればっ!
 そう思った瞬間、横合いから別のキャラがソニックブーストを仕掛けて来た。
「くぅっ!!」
 私は思わず呻いた。しまった! 技の終了直後は僅かに身体が硬直してしまう。硬直時間は瞬きする間の一瞬だが、その瞬間を音速攻撃で狙い撃ちされたら交わすのは不可能だ。
 やられるっ!!
 相手の歪んだ口許がハッキリ見える程接近された刹那、私は食らうのを覚悟して目をつむった。
 とその時、私の鼻先でキンっ! という甲高い音が鳴り目を開くと、攻撃を仕掛けて来た相手が吹っ飛んで行くのが見えた。そして私のすぐ横に、続けて襲って来たプレイヤーを横薙ぎにするシャドウがいた。
「対プレイヤー相手の乱戦じゃスキル技は無闇に使わない方が良い。相手はAIコントロールのセラフじゃないんだ。技を読まれてエンドフリーズを狙い撃ちにされる」
 シャドウはそう言いながら、今度は正面から襲って来た戦斧使いの一撃をスルリと交わし、無防備の顔面に太刀の柄を叩き込んだ。私はそんな流れる様な動きに息をのむ。
「けどさ、助かったよミゥ」
 シャドウはクルッと太刀を回し、私に背中を向けたままそう言った。
「自分の背中を預けられる仲間がいるってのは心強いもんだ…… な、理屈じゃ無いだろ?」
 シャドウは横目で後ろの私を見てそう言い、にぃっと笑った。
 ああ……
 そんなシャドウを見たとき、私は鳥肌が立った。ざわっと心が震えた。それはあの日走り去るナオトの背中を見て以来、私がずっと探していた一つの答えだったのだ。
 今なら、さっきパイルドゥンとの戦闘でシャドウが私を助けてくれた事が…… その後私に言ってくれた事が理解できる。
 もう誰も信じる事なんて出来やしないと思ってた。どんなに深く信じ合っていると思っていても、土壇場の恐怖が簡単にそれを幻に変えてしまうから。
 でもシャドウは違った。人のそんな弱い部分を知っていながら、『それでも』と言いながら誰かのために太刀を振るう。彼こそが英雄……
「俺の背中、あんたに任せるよ、ミゥ!」
 シャドウの言うその言葉が、私の中の忌まわしい過去に立ち向かう力をくれた。私はターコイズブルーを強く握りしめ頷いた。
「シャドウの背中は、私が守る。それが仲間だから!」
 私はそう叫ぶと同時に、斬りかかってきた敵プレイヤーの大剣を交わし、体の回転を利用してそのまま脇腹を斬りつけた。まるで剣技を使っているときのような流れる動作だ。
 すると敵の後方に控えていた魔道士達が呪文詠唱に入ったが、その瞬間に立て続けに爆発が起こった。
「魔法は使わせねぇッスよ! オラオラぁっ!!」
 単発式の撃滅砲であるにもかかわらず驚異的な連射でゼロシキが魔道士達を射撃する。そのため呪文詠唱を行うための時間が無く、相手の魔道士達は魔法を発動できないでいた。
 するとそこにスプライトの声が掛かった。
「ケイトンドっ!!」
 その瞬間私達の体がブンッと鈍い音を発して緑色に発光した。スプライトの援護魔法『ケイトンド』の効果が付加されたエフェクトだ。ケイトンドは仲間全員の攻撃力を一時的に上昇させる魔法だ。もう恐れも無ければ迷いも無い。仲間を信じ、そして仲間から信頼されるという喜びが体を駆け巡る。
「ちっきしょう! なんで、何でだよっ!? これだけの人数揃えてたった4人をどうこうできないって…… そんなのあってたまるかよっ!」
 とザッパードが叫んだその時、突如周囲の背景にザリっとした耳障りな音と共にグラッと地面が…… いや、世界が揺れた。
「―――――なっ!?」
 何が起こったの!?
 私は斬りかかってきた相手プレイヤーの剣を弾きながら周囲を見回した。すると至る所で空間を構成するテクスチャーにノイズが走っている。周りに居たシャドウやゼロシキにスプライト、さらにザッパードを初めとする多数のプレイヤー達も攻撃を中断して、尚も揺れる地面の動きに耐えながら周囲を見回していた。
「な、なんなんスかコレっ!?」
 ゼロシキも撃滅砲をリロードしながら悲鳴のような声を上げた。
「ま、まさかあの外に居たセラフの!?」
 この陽炎宮に入る前に出現したセラフの魔法が頭をよぎり、私はそう叫んでシャドウを見た。しかしシャドウは首を振った。
「違う、これはメガンシェイクじゃない…… こいつは……」
 常に冷静というか、飄々としていたシャドウの顔が驚愕に歪んだ。
 あのシャドウがこんなに動揺した表情を見せるなんて…… いったい何が起こっているの!?
「き、強制転移…… アイツの仕業かっ!?」
 シャドウがそう言った瞬間、周囲に稲妻のような光が走り目の前が真っ白になった。そして私の意識はその白い世界に飲み込まれるように、急速に遠のいていった。 
 


第18話 システムの檻の中で

 足下に突然感じる接地感と重力に思わずクラっとして私は膝を着いた。何の準備もないままに転送され空間固定プログラムの処理に実際の肉体の方の三半規管が処理しきれず、半ばパニックを起こしていた。
 それでも直ぐに目を開かなかったのは、1年以上この世界で狩をして来た成果なのだろうと思う。
 私はいつも以上に転送酔いへのマージンをとってからゆっくりと目を開き周囲を見回した。すると周りにはシャドウを始め、ゼロシキやスプライトの他に、ザッパード達の姿もあった。どうやらあの陽炎宮にいた全員が転送された様で、皆私と同じ様に急な転送で一時的な転送酔いに掛かっているらしく蹲っていた。
 ただ一人を除いて……
「何が…… 起こったの?」
 この場でただ一人立っているシャドウを見上げながら私はそう聞いた。
「強制転移だ。しかし……」
 シャドウはそう語尾を濁してから周囲を見回した。私もまだ若干酔いの残る頭を振りながら、シャドウに習って周囲を見回した。
 石畳の床は大きな円形状になっていて、私達全員がちょうどその中央にいるらしい。天井や壁などは一切無く、頭上の晴れ渡った空がとても近く感じ、頬を撫でる風が、ここがとても高い場所にある事を教えてくれている。そして周囲には、緑豊かな山々と、一際大きくそびえ立つ白い山、聖峰マビノ山がみえる。
「何処よ、ここ!?」
 私がそう言うと、傍に立つシャドウが手にした太刀を鞘に仕舞いながら答えた。
「ケルビムタワー最上階『星読みの間』…… またしてもアナザードメインかよ」
「アナザードメイン?」
 私がそう聞き返すとシャドウはちょっと困ったような表情をした。
「ちょっと説明しにくいな。ここはセラフィンゲイン本来のフィールドじゃないんだよ。もっとも、さっきまでいた荒野もそうだけどな…… で、そういったフィールドをアナザードメインって呼ぶんだそうだ」
 セラフィンゲイン本来のフィールドじゃない? どういう意味なのだろう?
「ちっ! しかもご丁寧にクローズドグラウンドときてる。アイツめ、また何を始めるつもりだ?」
 シャドウは舌打ちしてブツブツと独り言を吐いていた。その言葉の端々に妙な単語が出てくる。
「シャドウが何を言ってるのか私にはわからないよ。何か知ってるなら教えてくれない?」
 するとシャドウは少し考えてから私を見た。
「……俺たちは此処に閉じ込められたのさ。見てみな」
 シャドウはそう言って顎をしゃくりながら周囲に視線を流す。私もそれに倣うが、シャドウの意図したことがわからず首を傾げた。
「わからないか? 本来あるはずの、このフロアに来るための昇降設備が何処にも無いだろ?」
 そんなシャドウの言葉に私は「あ……っ!」と短く驚きの声をあげた。
 そう…… シャドウの言う通り、この大きな円形状のフロアには、下の階から上がってくるための階段が無いのだ。私も前に一度ここまで来たことがあるが、その時は確かに中央に下階から上がってくるための階段があった。しかし今は影も形も無く石畳の床が隙間無く敷き詰められているだけだった。
「つまりここから出るには、この50フロアから成る塔から飛び降りるか、リセットするか、あとは何かでデッド判定されるしか無いって事になるんだが……」
「そんな……!? そんなのもう……」
 私の言いかけた言葉をシャドウは「ああ」と頷いて肯定した。
「ミゥの考えたとおりさ。リセットするかデットするしか無いんじゃ、もうゲームじゃ無いな」
 シャドウはそう言いながら私の顔の前に手を差し出した。私はそのシャドウの手を掴み、ゆっくりと立ち上がった。
 まだ足下の接地感に自信が持てず、若干ふらつく体をシャドウの手に縋るようにして安定させた。あれほどマージンを取ったにもかかわらず、未だにこれだけの感覚変調を覚える転送酔いは初めてだった。
 するとようやく他のプレイヤー達も、転送酔いに解放されたようで、周囲の状況に驚きの声を上げ動揺し始めていた。
「いや〜、ビックリしたッス。なんだったんスカ? 今の」
 依ってきたゼロシキも未だに酔いが残っているらしく頭を左右に振りながらそう言った。
「どうやら強制的に転移させられたみたいだね。転送酔いなんていつ以来だろう?」
 スプライトもそう言いながらゼロシキと同じように頭を軽く振りつつため息をついていた。
 2人ともそうは言いながら足取りはしっかりしている。先ほどまで敵対していたザッパードを初めとするプレイヤー達の中には未だに立ち上がれない者も居るようだった。
「何だよおいっ!? 出口は何処だよっ!?」
 不意に背後でそんな声が上がった。振り向くと先ほど対峙していた相手のプレイヤーの一人が転送酔いから覚め、立ち上がって叫んでいた。
「マジかよ!? おいザッパード、こりゃどうなんてんだよっ!?」
 他のプレイヤー達も口々に驚きの声を上げながらザッパードの周りに集まりだした。当のザッパードはと言うと、周囲に唖然とした様子で放心していた。
「いや…… お、俺にも、何が何だか……」
 ザッパード当人も状況が全く分かってはいないだけに、そんな質問を投げても答えようが無い。もっとも、何のアナウンスも無い、いきなりの『強制転移』なんて食らったプレイヤーなど居ないのだから説明しろというのが無理な話だ。
 この場でただ一人、私たちの置かれたこの状況を説明できるだろうシャドウですら、状況の説明は出来てもその理由が分からないと言った様子だった。
「もういい加減やってらんねぇ、俺も降りるぜザッパード。こんなわけわかんねぇトコはもううんざりだ」
 一人のプレイヤーのその言葉が、他のプレイヤーの感情に伝播するのにさして時間は掛からなかった。他のプレイヤー達も口々に同じ言葉を宣言していた。ザッパードは惚けたような顔で周囲のプレイヤー達を見ながら「なぜだ……」と呟いていた。そしてプレイヤー達は口々にリセットを宣言していった。
 だが――――――
「たぶん無理だな……」
 傍らに立つシャドウがポツリと呟く。私は「何が――――」と聞きかけたが、それが何を指した言葉だったのか直ぐに分かった。
「オイオイ…… な、なんで、リセットされねーんだよオイっ!?」
「何だよ、どーなってんだよこれっ!?」
「マジか!? ジョーダンじゃねぇぞっ!!」
 リセットを告げる宣言の後、そんな言葉が各所で沸き起こった。
 リセットが…… 掛からないっ!?
 私は驚いて隣に立つシャドウの顔を見た。するとシャドウは奥歯をぐっと噛んで周囲を睨む様に見つめていた。
「シャドウ、これって……」
「クローズドグラウンドコード…… リセット不能設定のフィールドをそう呼ぶんだそうだ。ここでは通常リセットが出来ない。さっき俺が『閉じ込められた』って言ったのはそう言う意味だ」
 そんな……
 私はそんなシャドウの言葉には私は絶句した。私には何が起こっているのか全く分からない。
「ザッパード、どうなってんだよっ!? 俺今日この後予定あんだよ。何とかしてくれよ!」
「お前の仕組みだろ? さっさとサポートに連絡しろよな!」
「マジでジョーダンじゃねぇよ。責任とれよザッパード!」
 プレイヤー達は口々にザッパードに非難を浴びせていた。ザッパードは蒼白になりながらも俯きながら必死に携帯端末を操作していたが、不意に顔を上げた。その顔をさらに顔色を青くさせ……
「サポートに、繋がらない……?」
 その答えに周囲に群がっていたプレイヤー達は文句を言いながら自分の端末を操作し、その結果が同じだったと分かるとさらにザッパードへの非難をヒートアップさせた。
「こいつは、やっかいな事になりそうだ…… ミゥ、いつでも動けるよう準備しといてくれ」
 そんな様子を見ていたシャドウは舌打ちしながら私にそう告げた。その瞳は明らかに今までとは違った光を帯びているように見えた。



第19話 招かれざる者


 ザッパードが連れて来たプレイヤー達の非難に晒されているのを尻目に、私達は素早くHPとスタミナ回復を図った。それは先程のシャドウの言葉を受けたからだ。
 この訳のわからない状況で、誰一人として冷静でいられないであろうにも関わらず、ただ一人、シャドウだけは冷静に、そして幾分か緊張気味に周囲を警戒している。
 その姿は、この状況が何による物であるのか、ある程度理解している事を物語っている。それは同時にこの状況が、ただのプログラムバグでない事の証明でもあった。
 もしかしたらシャドウは、こんなふざけた状況ですら過去に経験済みなのかもしれない……
 とその時、サッパードが連れてきたプレイヤーの一群からスゥっと一人のプレイヤーが進み出てきた。薄いベージュのローブを装備している事から考えて、恐らくは魔導士かビショップだとは思うが、深めに被ったフードから口元のみが辛うじて露出している程度で人相は分からない。
 しかし、他のプレイヤー達が未だに足下をふらつかせているのに対して、そのプレイヤーは確かな足取りで私たちの方へと歩みを進めた。その点だけでも他のプレイヤーより高レベルであることが窺い知れるのだが…… 何故だろう? 私はこのプレイヤーに妙な違和感を覚えた。
「こんな人数の乱戦で見事な戦いぶりだった。『あの力』を使わずにここまでやるとは正直思ってもみなかったんだが、中々どうして、そのアンギレットを付けるキャラだけのことはある。素直に流石と言っておこう」
 その男は静かにそう言い、ゆっくりと口元に笑みを浮かべた。私はその鷹揚とした物言いと若干上から目線の言葉使いが少々鼻についた。するとザッパードの周りを取り囲んだプレイヤー達もザッパードへの文句を中断してそのキャラ見つめていた。
「誰だ、アイツ?」
 不意にザッパードの口からそんな呟きが漏れたのを私は聞いた。
 聖杯の雫メンバーじゃ…… ない?
「フンっ、見たとこ『あのクソガキ』の同類じゃ無い様だが、ただのプレイヤーって訳でも無さそうだな…… あんた何者だ?」
 するとその男はそんなシャドウの言葉を受け、肩を揺らして含み笑いをした。それにシャドウが言う『クソガキ』とは一体誰のことなんだろうか?
「フハハッ、いや済まん、アレをまるで人間の様に言う君の言動が面白くてね。それにしても『クソガキ』とは…… なかなか的を射た表現だ」
 その男はそう言いながらシャドウの手前で歩みを止めた。
「シャドウ、ただのプレイヤーじゃないって…… どういうこと?」
 私はシャドウにそう聞いたが、シャドウは僅かに私に視線を移し、直ぐにまたそのローブの男を睨む様に見つめた。
「荒野からケルビムタワーへの無条件強制転送…… 全部あんたの仕業だろ?」
 そんなシャドウの言葉に私を含めたここに居る全員が目を丸くしてその男を見る。
「ああ、その通り。私が君らを此処に転送した」
 その男は悪びれた様子もなく、しれっとそう答えた。
「そ、それじゃ管理側の……?」
「いや、違う。この男はサポートの人間じゃ無い」
 口をついて出た私の言葉をシャドウがすぐさま否定した。
 でも、管理側の人間じゃ無いって…… それじゃ一体何なの? サポートでも無い人間がフィールド間の強制転送なんて出来ないんじゃないの?
「転送の元である荒野、そしてこのケルビムタワー。どちらも同じアナザードメインエリア。しかもここに至ってはクローズドグラウンドに設定変更されている…… 本来ならそんな事が出来るわけ無いんだよミゥ」
 シャドウはローブの男を睨みながら私にそう答えた。
「何故ならアナザードメインは管理側のサポートはおろか、『使徒』でさえ手を加える事が出来ない完全な不干渉領域なんだからな」
「使徒って…… あの使徒の、こと?」
 そう聞く私にシャドウは頷いた。
「ああ、13使徒…… このシステムの制作者達だ」
 シャドウの言葉に私を含めたここに居る全プレイヤーが絶句した。
 使徒とは、このセラフィンゲインのシステムを独自で開発した開発者の俗称。13人居たと言うことから使徒と呼ばれるようになったという。それが何処の誰だったのかは一切不明の謎に包まれた集団で、セラフィンゲイン最大の謎と言われている。今では実在したのかも危ぶまれている。
「このセラフィンゲインの全てのプログラムは、実は高性能なAI【人工知能】によって監理されているんだ。超高速演算戦術学習型AI、タイプ『メタトロン』…… 現時点で世界で最も進化した人工知能だ。そしてここを含めた全てのアナザードメインは、メタトロン自身が作り出し、自ら構築したATプロテクトを掛けた絶対領域だ。だからメタトロン以外プログラム改変は不可能の筈……」
 私はそう言うシャドウの横顔を見た。シャドウは目を細め、正面に立つローブの男を観察する様に見つめていた。
「俺は以前2度ほどメタトロンと邂逅した事がある。その時メタトロンは2度とも人間の姿で現れた。だから俺は最初こいつがメタトロンかと考えた。メタトロンには固有の形が無い。ヤツは初めての時は少女の姿で、2度目はイケメンの青年だったからな。だが、この男から感じる感覚は明らかにヤツの物とは違う」
シャドウがそう言うと、その男は再び口許を歪めた。
「なかなか鋭い洞察力だな。だが今は私が何者なのかはどうでもいい。此処に来たのは別の用事がある。シャドウ、私が用があるのは君なんだ。もっとも『傭兵シャドウ』としてではなく、『鬼丸』から受け継いだその『童子切り安綱』を操る事の出来る『ガーディアン』としての君にだ」
 ガーディアン……? 何のことだろう?
 私はその聞き慣れない単語に首を傾げ、シャドウの横顔を見ると、シャドウは一瞬驚いたように目を見開き、明らかに動揺した表情だった。
「お前何で…… それに鬼丸……だと……っ!?」
「ああ、もちろん知っている。君よりも遙かにな。天才的な頭脳は言うまでも無く、そのガーディアンの資質もずば抜けていた。知っているか? 世界で初めて『アザゼル因子』が確認されたのは彼の脳なのだよ? ただ、惜しむらくは現実側の肉体の寿命が残っていなかったことだ」
 ローブの男は静かに、そして淡々と語っていた。しかし私にはその内容がさっぱり分からない。ただシャドウは相変わらず苦虫を噛む様な表情で彼の言葉を聞いていた。
「この高度なデジタル情報社会では、その気になればその力で世界を手に入れる事が出来るというのにな…… 実に惜しい。まあ、それは君にも当てはまる。なにせ君は彼以上の因子係数を持つのだから」
 するとシャドウは「馬鹿なことを……」と吐き捨てるように言った。
「何を吹き込まれたか知らんが誇大妄想だな。俺だってアザゼル因子とガーディアンの関係は知っている。だが、そんな世界をどうこうできるような力なんて、人間一人の力であるわけは無い。現に鬼丸は死んだんだ。馬鹿げた妄想に取り憑かれたままな。アレはゲームで多少チートになるぐらいの物だ。妄想するのは勝手だが、他人に自分のそれを押しつけるんじゃねぇ」
 そんな吐き捨てるようなシャドウの言葉に、そのローブの男は肩を揺らして笑った。
「はははっ、君は何も知らないんだな。ははっ!」
 そしてその男はひとしきり笑った後、静かにシャドウに言った。
「まあいい、ガーディアンと君が鬼丸から受け継いだ『童子切り安綱』の関係は、いずれ君にもわかる。何故存在するのかがな。だがその前に、今日私がここに来た件を先に済ませてしまおうか」
 そう言い終わると同時に、その男は右手を空に向かって勢いよく突き上げた。
「さあ、『性能評価試験』の始まりだ……」
 その男が発した場違いともとれる単語に、私は何故か身震いをしたのだった。



第20話 智天使【ケルビム】


「性能評価試験だと? どういう意味だ?」
 シャドウは首を傾げながらその男にそう聞いた。
「このデジタル世界で唯一無二の絶対的な力…… その引き金となる安綱を、現在君が何処まで使えるのかを知っておく必要がある。だから試すのだよ、この様な物を用意してみた」
 男はそう言って右手をスッと空に掲げた。すると、そのはるか頭上の雲がぐるりと渦を巻き、不可思議な文字を散りばめた大きな光の魔法陣が出現した。
 それはこの場にそぐわない、神聖とも言える様な清らかな美しさで、私を含めた全プレイヤーが、その光の演出を目を奪われていた。中にはそれがゲームの演出だと思っているプレイヤーも居る様で、其処彼処で歓声めいた声まで上がっている。
 ただシャドウだけが、歯を食いしばりつつ、敵を見る様な目で、空に浮かぶ光の魔法陣を睨んでいる。
「旧世代召喚魔法……? いや、魔法じゃない…… なんだ?」
 そんなシャドウの呟きが鼓膜を打った。そしてシャドウの横顔を見ながら、私は首を捻る。
 魔法じゃない? でも、そしたらあの魔法陣は……
 するとその魔方陣は光の明滅を繰り返しながら、その中央に大きな異形の生物を出現させて行った。
「な…… なに……よっ、あれ……!?」
 空中に浮かぶ魔法陣からゆっくりと降下する様に現れた『ソレ』は巨人だった。
 だかそれは決して『ヒト』と呼ぶ事のできない形をしていた。
 頭には人、牛、獅子、そして鷲と4つの顔があり、右手にはぐるぐると渦を巻く炎を纏った剣を持ち、白銀の鎧に包まれた身体と、その背中には4枚の大きな純白の翼がはためいている。そして頭上には、先ほどの魔法陣が小さな光の輪に変化して浮かんでいた。
 身体の異様さはあれど、その姿は私たちの記憶にある、ある物に酷似していた。
「天…… 使……?」
 思わず私はそうつぶやいた。そう…… ソレは伝説に登場する天使の姿だった。
「4つの顔に4枚の翼。第二天位クラスの上位天使…… なるほど、それで|智天使の塔《ケルビムタワー》って訳か。『天使の詩』の舞台である座天使《スローンズ》大聖堂と同じだな」
 そんなシャドウの呟きにローブの男は「ははっ」と笑った。
「よく知ってるじゃないかシャドウ。中々博識なんだな」
「ふん、調べたんだよ、色々とな。この世界は旧約聖書とそれにまつわる伝説がモチーフになってるからな。中でも天使に関わる事柄はこの世界の重要な位置付けになってる。調べたくならない方がどうかしてる」
 ローブの男の言葉に、シャドウは不快そうな顔で答えていた。
「で、その天使を使って俺を試すとかってあんた…… 神にでもなったつもりか?」
 すると男は肩を軽く揺らして笑った。
「神か…… なるほど、現時点で、ある程度システムを操作出来る私は、そう言った意味では確かにこの世界の神と言えるかも知れないな」
 顔のほとんどがローブに隠れていて表情がわからないのが少し不気味だった。
「シャドウ、アレもセラフなの?」
 私は空に浮かぶ巨人を見ながらそう聞くと、シャドウは複雑な表情をしながら「まあな……」と答えた。
「しかし、ただのセラフじゃない。『異界の脅威』に登場する悪魔と並びSystemCodeに保護されたMiit【相互干渉無効標的】だ。本来なら倒せる相手じゃ無い。HPゲージの何割かを削ったところでクリア判定が立って相手が退く、つーのが通常設定だ。」
 シャドウのその言葉に私は息を飲み空に浮かぶ異形の巨人を見る。
「ケルビム…… 上位三天使隊では熾天使《セラフィム》に次ぐ第二天位を持つ強力な上位天使だ。日本じゃ人の心に恋の矢を打ち込むキューピットとして有名だが、聖書の伝説ではエデンの東を守る守護天使で、神から授かった回転する炎の剣でエデンの生命の樹と聖櫃を守る任務を帯びている」
「キューピットって…… 全然見えないわね……」
 空に浮かぶ天使の姿を見ながら、私はシャドウのうんちくに思わずそんな言葉を漏らした。
「天使は本来高次な概念的かつ霊子的な存在であって、時間、次元、空間、そして与えられた任務によって、その時に最も適した形で実体化すると言われている。存在が人よりも神に近いからな。日本でも仏教曼荼羅の『大暗黒天』が七福神では『大黒様』になっているだろ? 二つとも同一神だが姿形は完全に別物だ。元々物質界に居る存在じゃ無いんだから、物質界で具現化された形をあーだこーだ言ったって無駄ってもんだ。だから『概念』として捉えることが神や悪魔、天使を知る近道なんだそうだ。さしずめあの姿は、奴さんの『戦闘形態』ってところだろうな」
 私はそう言うシャドウに相槌は打つものの、よく理解できなかった。
「で、でも天使って正義なんじゃないの? 人間を救ってくれる存在じゃないの?」
 するとシャドウはクスッと笑った。
「俺たちと全く違う存在が、俺たちと同じ価値観の正義を持つと考える方が不自然だ。ぶっちゃけ正義なんてものは、下手すりゃ存在の数だけあるもんだ。そのジャッジを神に委ねるなら、それが人にとって有益である可能性の方が少ないだろ?」
 シャドウはそう言ってフンっと鼻を鳴らした。
「悪魔は愚かだから人間にちょっかいを出す。しかし神はそんな事はしない。そもそも神にとっちゃ世界なんてどーでも良いんだ。一人で全部事足りちゃう奴が、世界の事なんかに興味があるとは思えない。ましてそんな存在が人の信仰心なんかに期待すると思うか? その気になれば悪魔だって存在出来ない様に出来るはずなんだ。全知全能ってそう言う事だろ? 俺は『面倒くせーから話しかけるな』ってのが神様の本音なんだと思うよ。けどあまりに退屈なもんだから、代わりにその使い走りである天使を使って適当に管理させてるんじゃないか?」
 シャドウはそう言って肩を竦めてみせた。
「だから天罰や神罰など存在しない。神が与える物に罰なんてものは無い。あるのは事象と結果だけだ。そこに神の意思は無く、罪も罰も、人が負って課すべきものでなければならない。そしてそもそも……」
 シャドウは上空の天使、ケルビムからローブの男に視線を移し睨み付けた。
「この|天使が統べる地《セラフィンゲイン》に神は必要ない……っ!」
 シャドウがそう言うと、ローブの男は声を上げて笑い出した。
「はははっ、なるほど確かにその通りだ。ならばこの世界を統べる者を、己が力で退けてみたまえ」
 ローブの男がそう言うと、空に浮かんでいた天使がすうっと降下し、私達の居る塔最上階に降り立った。その衝撃で塔全体が身震いしたかの様に揺れ周囲で悲鳴が上がった。私も思わず片膝をついた。
 私は直ぐさまターコイズブルーを握り締め立ち上がろうとした瞬間、甲高い金切り音が周囲に響き渡り私の鼓膜を直撃した。
「あ、ぐ……っ!?」
 その音は鼓膜を突き抜け、脳全体が痺れる感覚に襲われ身体が硬直した。
 な、何なのよ、これ……っ!?
 私は辛うじて動く首を必至に捻って周囲を見ると、他のプレイヤーも一様にしゃがみこんで身体を強張らせていた。しかしシャドウだけは苦々しい表情でケルビムを睨んでいたが、その姿には私が今感じている『硬直』が微塵も感じられなかった。
「アゴイストボイス…… 通称『歌』と呼ばれる天使や悪魔族特有の精神干渉だ。喰らうとプレイヤーのステータスに応じてレベル6セラフでお馴染みの『ハウリング』と同様の身体硬直を引き起こす……」
 そこでシャドウはいったん言葉を切った。そして大きく息を吐き、頭を軽く振った。
「しかし、この『歌』の厄介なところはハウリングと違って『ドレイン』効果が付加されていることだ。喰らうたびにHPが何割か削られ、おまけに基本ステータスが一時的に数ポイントダウンする」
 未だに脳がしびれる様な感覚に陥りながらも、息を飲む。
「ハウリング同様スーパーイヤーでもある程度緩和できる筈だ。ミゥ、持ってきてるよな」
「うん…… でもシャドウは? 見たところ付けてない様だけど、なんで平気なの?」
「全然平気って訳じゃないが…… 俺は『虚勢』のスキルレベルが28で『ボイス』系の攻撃を食らうとオートで発動するのさ。でもって『自然治癒』スキルのボーナスが10秒で500Pあるからな。ドレインの効果によるHP減少はそれ以下だから相殺されるんだ。俺の場合ドレインのみで死ぬ事は無いがステータスダウンは防ぎようが無い…… 長引けば長引くほどコッチが不利だなマジで」
 シャドウはそう答えて軽い舌打ちをした。
 相違しているうちに、フロアに降り立ったケルビムが、その右手に握った炎の剣をブンッと振るった。先ほど私たちと対峙していたザッパード達の後方に居たプレイヤー3人が、未だに硬直から回復しないまま残撃の直撃を喰らい吹っ飛ばされる。空中に投げ出された体が一瞬にして炎に包まれ、次の瞬間細かいポリゴンを散らして消えていった。
「そ、そんなっ!? |トゥエンティーズ《レベル20台》が、たったの一撃でっ!?」
 その光景を見ていた私は、思わずそう叫んだ。レベル20を越えるキャラは、何処のチームでも主要メンバーとなる実力で、自他共に認められる上級プレイヤーである筈だ。それが身体硬直で無防備状態での直撃であったとはいえ、たったの一撃でデッド判定を喰らうなど聞いたことが無い。
 ザッパード達もその光景に唖然として声も出ない様子だった。
「とてつもない攻撃力だな。恐らくそれだけならレベル6セラフ以上だろう。もしかしたら、あの炎の剣のなにかしらの特性なのかも知れない……」
 シャドウがそう呟く矢先にも、再びザッパード達のプレイヤーが2人ほど弾け飛んだ。
 すると、ローブの男が「そうだった。一つ言い忘れていた……」と呟いた。
「ここでのデッド自体は通常のデッドだが、アレを倒さん限りログアウトは出来ないんだ。勿論SystemCodeは解除してあるからその点は心配しなくていい」
「なん…… だと……?」
 見上げていたケルビムからゆっくりと視線をその男に移して睨むシャドウの口から、唸るような声が漏れた。
「倒さない限りログアウト出来ない? オ、オイっ、それってどういう事だよっ!?」
 突然ザッパードがそう質問する。どうやら話を聞いていたようだった。
「言ったとおりの意味だが? あのケルビムを倒さない限り、君たちは現実に帰還することが出来ない。君たちの意識はウサギの巣の端末には戻れないと言ったのさ」
 ローブの男は淡々とそのザッパードの質問に答えていた。
「じ、じゃあ倒せなかったら…… 一人残らずデッドしたらどうなるんだよっ!?」
「それは…… もう二度と現実には帰れなくなる…… って事になるかねぇ……?」
 ローブの男はちょっと意外そうな顔をしてそう返した。今初めてそのことに気がついた様な仕草だ。そしてその返答は内容の重大さに反比例して、とても軽い口調だった。だから私を含めた他のプレイヤー達も、そのローブの男が何を言ったのか、よく理解出来なかったのだ。
 帰れ…… ない?
「ちょ、お、おまえっ……っ!?」
 ザッパードの後ろに居たプレイヤーが、引きつった様な声を上げる。だが、ローブの男はゆっくりと首を振った。
「いやいや済まんね、正直今気がついた…… そうだね、全滅したらどうなるのかねぇ? 私の条件付けでは『倒さないとログアウト出来ない』というだけだからね。細かい事まで条件付けせずにシステムに任したから…… 全滅してみないと分からないね。あまりオススメは出来ないが」
 ローブの男はそう言って肩を竦めた。その言葉の内容と仕草のギャップに声も出ない。そこにまたプレイヤーの悲鳴と共にポリゴンが弾けた。それがキッカケだった。
 怒号と罵声がわき起こり、身体硬直の呪縛から解放されたプレイヤーから我先にと逃げ出すが、もとより下階へ下るための階段が無い塔の最上階だ。何処にも逃げ場が無い状態で、プレイヤー達はパニックを起こし、怒声を上げてお互いを口汚くののしったりしていた。
 無理も無いと思う。もしかしたらロストするかも知れない状況で、まともになど居られないのだろう。そんな中、果敢にも武器を手にケルビムに挑む者も居たが、いずれも一撃でデッドして行った。
 その頃には私も呪縛が解けたが、その凄惨な光景に息を飲む。
 圧倒的…… 人間が虫を潰すかのように、その力の差は歴然だった。
    
2013/10/26(Sat)17:29:02 公開 / 鋏屋
■この作品の著作権は鋏屋さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めての人は初めまして。毎度お馴染みの方は毎度どうもw
鋏屋でございます。
前作を読んで無くとも無問題で書いてますので「え〜、セラゲン読むのまんどくせ〜よ」って方はスルーでOKでございます。
でもちっとでも興味が湧いたって方は、過去作品-20100301辺りにあるのでGOw

うわぁぁぁ!
羽付殿のご指摘でやっと気づくなんて私のばかばかばか……(汗っ)
すみません、前回更新ではその次のお話しをUPしてしまったっす。19話に20話の話を突っ込んでしまいました。読んでくださった方、さぞや困惑されたでしょう。大変申し訳ありませんでした。一応19話をUPし、前回投稿分を20話としました。
いろいろグダグダになってしまいましたが、またおつきあいくださるとうれしく思います。

次回予告
智天使ケルビムを呼び出したローブの男。その圧倒的な力に、なすすべなく消えていく聖杯の雫のメンバー達。半ば戦意喪失したメンバー達を、ミゥは統率しようと試みる。果たして、ミゥは聖杯の雫メンバー達を立て直せるのか!?

次回 マーカスメモリーズ ターコイズブルー 第21話 『憂いと備え』 乞うご期待!

セラフィンゲイン、そこは真の勇気が試される場所……

鋏屋でした。

7月18日 浅田氏の誤字指摘箇所修正、基本用語追記
8月9日 3話と8話がサブタイトルかぶっていたので8話のタイトルを修正(汗っ)
この作品に対する感想 - 昇順
そしてこちらでもこんばんは。浅田です。
セラゲンの雰囲気懐かしい !私は鋏屋さんの作品はセラゲンから入ったクチなので、このシリーズを読むと鋏屋さんが帰ってきたーって気になりますね^^
とりあえず誤字報告だけ。
オープンエントリーに自動以降→自動移行
では続きを期待して待ってます。
2013/07/18(Thu)02:42:410点浅田明守
>>浅田氏
やっはろ〜(ってもういい?)感想どうもです。
「◯◯門よ、私は帰って来たぁぁぁっ!!」(byアナベルガトー少佐w)
ってな感じかどうかはわかりませんが、活動再開でございます。旧作のメンバーは殆ど出ませんが、傭兵シャドウの勇姿? をお届けしますw
物語の時間的には、旧作の1年後辺りで考えてもらえればとw
殆どがミゥの視点で進んで行きますので、あのシャドウがちょいかっこよく映るかもしれませんが、見てる本人の視覚に若干色フィルターが掛かってますのでご注意ください(オイ!)
全部iPhoneで書いてるので、一話ごとの区切りがちょいと短いかも知れませんが、またお付き合い下されば嬉しく思います。
鋏屋でした。
2013/07/18(Thu)08:01:470点鋏屋
こんにちは。
こちらも読ませて頂きました。先ず初めに、言っておきます。私はファンタジーや異世界、ゲームが不得意です。その上での感想なので、適当にスルーしてください。20100301の過去作品(29話から)、読みました。(更に過去にあったようですが、済みません、そっちは読んでません)気が付いたら朝の4時でした。鬼丸が恰好良くて彼の言う『友』は台詞として味がありました。
で、こちら、昨晩読んだのが2だったので、今3を読んで、シャドウが随分恰好いいじゃないかと思いました。ミュウと今後何があるのか……
所で、どうしても気になる件を。数字……この世界観で123は有りです。合ってます。しかし、半角英数字と全角が混ざってるのでどちらかに統一された方が良いと思います。五月蝿くて済みません。
では、こちらも続き、お待ちしてます。


2013/07/19(Fri)23:35:141蜻蛉
>>蜻蛉殿
感想&ポイントまで! 感謝ですw
セラゲン読んだですか? しかも朝の4時!? いやもうありがたいやら申し訳ないやら……
29話からでも全然おkでございます。1話から読むのはかなりしんどいですからねw もう充分でございます。
数字の件は確かに……(反省)
ただ言い訳をしますと、私はこの話を通勤中のiPhoneで書いて投稿しているので、数字が半角なのか全角なのか、小さすぎて上手く判断できないみたいです。一応全角推奨なんですが、iPhoneのほうで勝手に半角になってて、それに気がつかずに投稿してたりします。一度PCに落として、見直せば良いんですけどね……
また読んでくれると嬉しく思います。
鋏屋でした。
2013/07/21(Sun)15:14:460点鋏屋
叩き潰すぞお前wwwwこのシリーズ、バレンタインももう一個の方も途中だろうがwwww書き散らかすのも大概にしておけよwww……あれ?バレンタインって終わってたっけ?いや自分の記憶が確かならラスト一話で止まってる気がするんだが、どっちだ?しかしせっかくだしちゃんと読んではいるが、いつ見放すか判ったもんじゃねえぞ。気力振り絞って完結させろよ!!!
個人的には前作キャラクターってあれだよ。サブで出て来て、「まさかあいつが……!?」みたいな展開の方が好きなんだが、かつてセロヴァイトでそれをやろうとしたら見事に主人公が食われてしまった過去があったりなかったり。ちゃんと続きは読むが、今度はちゃんと保って走れよ。
両作品とも結局感想何にも言ってないけど、まだ前半も前半だからこれでいいや、うん。
2013/07/22(Mon)19:30:210点神夜
〉〉かみよる兄ぃ
どうも、お久しぶりです。お元気ですか?
なんでもこの度は、ブラックカンパニーから脱走……じゃなかった、夜逃げ……あ、いやいやリストラ……でもないか、えっと転職されるそうで、おめでとうございます。近場にお住まいなら、六本木のミクカフェにでも連れてって、お祝いしてさしあげるのですが……残念ですw
飽きっぽいのでアレですが、盆休みも近いので、なんとかモチベーションを保って頑張ります。
またお付き合い下さいませませ。
鋏屋でした。
2013/07/23(Tue)07:00:590点鋏屋
こんにちは。
あの、先ず初めに、前回の書き込みで、主人公の名前ミスしていまして、大変失礼致しました。
少々落ち込んでいた所にアップされていたので、早速、4を拝見させて頂きました。
今回の話は余り動きの無い、繋ぎ的な位置の話の様なので、次回に期待しています。
ミゥ・・・・・・強くなりたい、最強の称号を得たいって、可愛いなぁって思いました。普通、男に負けじと強がる女はかわいげ無いのだけれど、ミゥは可愛いですね。何でだろう。シャドウに、惚れてるせいか(あ、まだ早いか)、シャドウというフィルター越しに、私が彼女を見ているせいかもですね。
コメント欄に、モチベーションが保てるか云々・・・・・・とありましたが、続きお待ちしておりますので、頑張って下さい。アポカリプスの方も今か今かと待っております。
では、次回期待しています。
2013/07/23(Tue)22:08:140点蜻蛉
〉〉蜻蛉殿
毎度の感想どうもです。いえいえ、可愛いがってもらえるなら、ミゥも名前を間違えるくらい気にしないでしょうw
そうですね、ちょっと繋ぎの話ですね。でも次回は、現在のシャドウの実力の片鱗を見れるでしょうからご期待下さい。
6話辺りでは、リアルのミゥも出てきますw
では、次回もまたお付き合いくださると嬉しいです。
アポの方は少々お待ちを。
鋏屋でした。
2013/07/25(Thu)07:33:120点鋏屋
こんにちは。
続き、早速読ませて頂きました。
先ず初めに、文句を言ってもいいですか?「えっ、これだけ?!」って言うのが第一声です。シャドウ、格好いい、けど、格好いいシルエットを見せ付けて、今回はお終いって・・・・・・勝手に活躍をあれこれ楽しみにしていたのに・・・・・・残念。非常に残念。
次回は現実世界の話だから、戦闘シーン無いんですかね。
いや、でも次回も楽しみにしてますので。
2013/07/28(Sun)18:05:191蜻蛉
またまた感想どうもですw
いや〜 このお話はほぼ通勤中のiPhoneのみで書いているので、1話の区切りが若干短いんですよね(汗っ 元々スマホでストレス無く読んでもらう用に書いているので、だいたい3,500文字〜5,000文字を目安にして書いてます。なのでいつも私が書いている物よりちょっと少ない感じです。ごめんなさい。
で、次回は確かに戦闘シーンはありません。ミゥの過去の回想とバイトの風景です。
またおつきあい下さればうれしく思います。
2013/07/29(Mon)17:20:550点鋏屋
こんにちは。
おお、今回の話は次へのステップと思い、軽く読もうと思っていましたが、本編の核心ではありませんか! 
真の勇気や強さって、難しいですよね。ナオトの弱さ。その後、彼自身、自分の情けなさに彼の心もまた引き裂かれたのかな。で、ふと思い出したのですが、先日社説を読んでいる際、芥川龍之介が関東大震災の時、乳呑児をほったらかしで一目散に一人で逃げて、後で子供を救った奥様に叱られたという記事。一家の大黒柱としての威厳を保てず恥ずかしさに言い訳していたようです。
ミゥの強さへのこだわりと憧れ、男性への恐怖と、勇者への羨望、色々思う所があり、面白かったです。次回予告、現実世界のシャドウ……ミゥの瞳にはどんな風に映るんですかね。
次回も楽しみにしています。
2013/07/30(Tue)16:46:450点蜻蛉
モンクと聞いて思わずLv1でボスサイに突っ込んで行った某最強の女モンクを思い出して思い出して思わずニヤニヤしてしまった浅田です。
相変わらずシャドウさんが無双すぎる。やっぱセラゲンはこうでなきゃねーw
ミゥさんの過去については、ちょっとありきたりかなーというのが第一印象。事件に対してミゥの負ってる後遺症が釣り合ってないかなーという感じを受けました。まぁあんまり気にすべきとこじゃないとは思うんですが、やっぱ『ドロドロ系』を専門でやってる身としてはちょっと気になったもので(汗
では次の更新も楽しみにしています^^
2013/07/31(Wed)22:55:560点浅田明守
〉〉蜻蛉殿
またまたの感想どうもですw
まあ、このシリーズは現実世界とのギャップもウリの一つなのですが、ミゥの場合はギャップと言うよりトラウマです。この後は2話程バトルが無いのですが、大丈夫かな……?
飽きずに読んでくれると嬉しいです。
それとあっちの方は若干起動変更中でして、もうちょっとこねくり回しますwww

〉〉浅田氏
感想どうもですw
おっしゃる通り、今回は若干シャドウがチートぎみですね。でもまあ、彼も色々と思うところはあるようで、例のアレはお預け状態です。
それとあのビジュアル系悪魔は、次回名前だけ出て来ます。でも今後本人が出てくるかは微妙です。あくまで、主人公はミゥですからw
トラウマの件は、実は私も弱いかなぁ……と思ってるんですが、良い設定が思い浮かばなかっのよ〜!(汗っ)でもドロドロ系専って何ですかwww
また次回もお付き合い下されば嬉しく思います。

御二方とも、ありがとうございました。
鋏屋でした。
2013/08/01(Thu)08:34:500点鋏屋
こんにちは。
第7話読ませて頂きました。シャドウ、相変わらずモテモテですね。しかも美人ばかり。シャドウって好きだけど、なんか腹が立つ……嫉妬か……いじめたく(からかいたく)なるな――ですからララ姉様の登場希望、わき腹に2発ほどパンチを決めてやって下さい。
次回からは戦闘シーンが出てくるのかな、と期待しつつ、物語が動き出すのを今か今かと待ち望んでおります。
ではまた更新、お待ちしてます。
2013/08/04(Sun)01:00:400点蜻蛉
>>蜻蛉殿
毎度の感想どうもです。シャドウはモテモテですが、こういった話のお約束、しかも私は王道至上主義なので本人は全くの無自覚で御座います(オイ!
まあ、マリアを出すと、脇腹パンチぐらいではすまなくなるのでちょっと……w
せ、戦闘シーンですか? 
戦闘シーン…… 
戦闘シーンねぇ……
いや、ごめんなさい、戦闘シーンはもうちょい先です。でも大物と戦うし、その後も連戦ですので許してください(汗っ
では、次回もおつきあい下さればうれしく思います。
鋏屋でした。

2013/08/05(Mon)09:42:170点鋏屋
すまん読むの遅れた。いろいろあって死んでしまいそうなんだ、勘弁してくれ。
ところで、惜しい。何が惜しいって、ハサミムシの存在自体が惜しい。いや冗談だけど。いつも密かに思ってたんだが、今回の物語は特に思った。貴様は外堀を埋めずに本丸を落とそうとするんだ。何が言いたいかって言うと、神夜と同じで「ほとんどその場のノリで一気に書きたいと思っているところまで書こう」としているからそうなるんだ。だから惜しいんだよ。
ネタは良いんだ。定番だけど面白い流れも良い。だけど、その波に乗れない。その理由はさっきも書いたけど、外堀を埋めていない、つまりは下地が圧倒的に足らないんだよ。ミゥがシャドウに惚れるのもいいさ、そういうのは在り来たりだけど面白いし好きだから。でも唐突過ぎるんだ。暗い過去持ってんのにいきなりか、、、と。ある方にも言ったが、急過ぎて「おいもうデレはじめてるぞ」と置いてけぼり喰らってるんだよ。今回のラストだってそうだ、手を握られたんだぞ。男性恐怖症とか言ってたら、そこでワンアクション入れてもいいだろう。「え、男性恐怖症じゃねえの?触られても少し驚いただけで普通にしてるじゃん」とかそう思ってしまう。
魅せ方と下地をきっちり固めれば化けるんだろうなぁ、というのがやっぱりハサミムシに思う感想。その点を言うと、ハサミムシとしては「こういう物語」の方が書いていて楽しいんだろうが、たまにある短編のあれだ、サンタやバーのヤツみたいな、落ち着いて下地をしっかり固めてる物語の方が好感が持てる。うん。書いてて思い出した。あれ、もしかしたら自分は感想入れてないかもしれない。うん。
そしてなんで珍しく自分がこんなこと言うのかと言えば、時折「あぁ勿体無い、ここをこうしてああすれば、絶対もっと盛り上がってテンション上がるのにっ」といつも以上に思ったからである。見え隠れする「面白い片鱗」、ないしは「面白くなるはずの欠片」が惜しくて惜しくて仕方が無い。
2013/08/06(Tue)19:15:310点神夜
>>かみよる兄ぃ
感想どうもです。社畜の苦労はわかるつもりですよw
下地が無いと言うのは、言われてスパーンと来ました。なんか自分でもズレを感じていたのですが、それが何なのかわからない感じでもどかしく思っていたところなんです。
でもまあ、最初に夢中に読んだのがセロヴァイトなので、書き方はかなり影響受けてる気がします。アレは面白かったなぁ〜
少しその辺りを意識して手を加えて見る事にします。
また次回もお付き合いくだされば嬉しく思います。
鋏屋でした。
2013/08/08(Thu)16:43:010点鋏屋
どうも浅田です。
ララ登場からの腹パン(笑)是非にやって欲しいネタではありますね。(まあ本当に出てきたら腹パンからのエリアルコンボくらいはやりかねないですがw)
次回戦闘ですか。何か鋏屋さんの作品でちゃんとした戦闘シーン見るの凄い久々な気が……期待して待ってます^^
2013/08/11(Sun)16:20:360点浅田明守
>>浅田氏
感想どうもですw 仰るとおりララなら確実に腹パンチぐらいじゃ済まないでしょうねwww
セラゲンの戦闘シーンは私も久しぶりです。なので以前のような物なのかは自分でも微妙です(オイ!)
でもまあ、戦闘が無ければセラゲンじゃありませんからねw
ではまた、おつき合いくださると嬉しく思います。
鋏屋でした。
2013/08/16(Fri)10:27:510点鋏屋
 拝見しました!
 久しぶりの『セラフィンゲイン』の世界、しっかりと堪能しております♪ 最初の用語解説と1話に出てくるクエストへのエントリーの仕組みとか、そういう設定を読んでるだけも楽しめてしまいます。きっと、こいうゲームが好きだから、スラスラと入ってくるんだろうな。なので逆に馴染みがない人だと、そいう設定に疲れてしまう場合もあるのかもですね。私は大好きなので、このままバンバン入れて欲しいなぁw ダフ屋とか、それ以外にも、言いそう! ありそうありそう! ってニヤッとする場面、結構あって嬉しいです。ターコイズブルーの「チェーン」の発生条件、今までバレてなかかったというラインと、複雑すぎて読んでる人がついていけなくなるライン、もともとの女性キャラが少ないというのもあって上手い位置だと私は思いました。
 シャドウの中の人畜無害? ぷりが伝わって、ミゥとも上手く打ち解けたんじゃないかなってw ただ6話の優希の話を読むと、男性への恐怖心や怒りみたいなものが、もっとあってもいいように感じます。前に進めていない自分を変えるためにも(強い自分になりたい)ターコイズブルーを手に入れたいという気持ちは分かるのですが、男性が多いと分かっているチームに入ったり、男性を相手にする可能性の高いメイド喫茶でのバイトなど、矛盾を感じてしまいます。私が優希の過去の出来事を、すごく深い傷だとかってに感じてるからかもですが。あと2話の「やっぱり男を信用した私が馬鹿だった」、何年前の出来事か分からないけど、信用するかな? この言葉がでるかなって思っちゃうんですよね。あと7話の「例の一件以来男が苦手……、それ以前に」、その程度の嫌悪感だったのかぁと。過去の出来事が重い気がするので、優希の例の出来事を今どう受け止めているのか、男性全体へなのかある特定の男性(不良っぽい人はダメとか)だけなのか、どの程度のものかハッキリしないと悪い意味でちぐはぐした感じがします。二股かけられてひどい振られ方したぐらいの過去、に感じる時とかあるのです。長々と何か、ごめんなさい。すごい引っかかってしまって(汗)
 モモ! すごい女性から嫌われそうなタイプなのに、同性との付き合いもソツなくこなしてるような感じで、優希は天然と思っているようだけど、本当にそうかな? と疑いたくなっちゃいますw でも、モモみたいな女の子、実際にいたら純粋に可愛いなって思っちゃうのかもですね。
 そして8話から『セラフィンゲイン』の世界に戻って、女性に気も使えるシャドウ、カッコいいくらいで丁度いいなって感じますよ♪ そして強敵だからこそ、シャドウの凄さがより分かるというか、この後の展開にも期待大です! 途中までと思っていたのですが、スラスラと面白くて10話まで読んでしまいました♪
 誤字脱字、気になるほどじゃなかったのですが少しありました。覚えている所だと「ティーンズ」と「ディーンズ」表記が二つあったかな。あと細かいのですが、ワイルドギースの依頼でPKはしないとあるのですが、キラー討伐はPKにシステム的にも含まれないのかな? と「細かいことが気になる僕の悪い癖」ってやつですね><
2013/08/20(Tue)21:55:451羽付
〉〉羽付殿
一気読みとかもうホント感謝です。大変だったでしょうに……
ありがとうございましたw
ミゥの設定については、かみよる兄ぃにも色々とつっこまれてあたふたしてますw 自分なりに少し曖昧だったと反省しております。
シャドウの凄さと言いますか、元々このお話はチートの主人公の物語を書いてみたいなーと言う身も蓋もない発想から生まれてますので、シャドウはかなり強引でも勝ててしまいまする(オイ!)
ま、でも主人公はミゥなんですけどねw
そんな安易なお話ですけど、シャドウの無双っぷりに期待してくれればとwww
ではまた、お時間のある時にでもお付き合いくださいませませw
鋏屋でした。
2013/08/21(Wed)17:45:410点鋏屋
[簡易感想]文句無しのおもしろさです。
2013/08/28(Wed)20:00:500点Luis
〉〉Luis
感想どうもですw
はじめまして、ですよね? またお暇な時にでも読んでいただければ嬉しいです。
末長いお付き合いのほど鋏屋でした。
2013/08/30(Fri)19:10:200点鋏屋
 拝見しました!
 シャドウ強い!! 確かに強いですが、返信にあったようなチートっぽさは余り感じなくて、ただ凄いカッコいいなって思えました♪ ヒラメキと実力での勝利、スカッとしますね。
 ミュの告白と問いかけに応えるシャドウ、この部分は繋ぎ的なところだと思うので、ミュの変化はあるのかなど次回が楽しみです♪
2013/09/01(Sun)17:31:380点羽付
〉〉羽付殿
感想どうもですw
シャドウは確かにちょっとかっこ良く書きすぎたかな? とか思ってますが、まあこのお話はミゥ視点で書かれているので、若干フィルターが掛かってるって事で……(オイ
チートって感じませんか? ちょっと安心です。でももうちょっと進むと、そうなってしまうかもですw
では、また次回もお付き合いくださいませ。
鋏屋でした。
2013/09/06(Fri)07:54:120点鋏屋
お久しぶりです。
13話まで読ませて頂きました。読んではいたのですが、感想書くのが遅く読むのと同じくらい時間が掛かるので、やっと書かせて頂きます。
ゼロシキやスプライトが仲間に加わり、楽しさが増し、くすくすと笑えるシーンが多々有りました。また、待ってましたの戦闘シーンの数々に、心踊りワクワクさせて頂きました。シャドウの格好良さに、ミゥが惚れちゃうのは時間の問題と思ってましたが、やっぱりね(ニヤリ)です。過去を背負い立ち向かう男の姿は格好良いです。
なにやら次回にありそうな終わり方に、ドキドキしながら、更新楽しみにしております。(感想は中々書けませんが、時々覗いてますので、頑張って下さい!)
2013/09/06(Fri)18:09:021蜻蛉
シャドウのくせにカッコイイじゃないかw
どうも浅田です。相変わらず引きのタイミングをわかっていらっしゃる。これは次回更新に期待せざるを得ない^^
というか……今までシャドウさん、あの刀使ってなかったのね。てっきりあれを使ってたのだとばかり思ってましたw
2013/09/08(Sun)00:44:140点浅田明守
 こんにちは。
 一気に読ませる話運びや魅力的なキャラクター・世界設定など、勉強させられることの多い作品だなあと思いました。前作を読んでいないので物語にちゃんとついていけているかどうか不安になることもあるのですが、ゲーム世界については詳しい解説があるので安心です。逆に解説の無いところはさくさくと話が進みすぎるような気もするので、もう少し配分がいい感じになればと思います。
 社会風刺みたいなものも盛り込みつつ、創意のある戦闘シーンもあり、楽しく読むことができました。「矛盾」、おもしろかったです(笑) あと『本当の強さって喧嘩に強いとかじゃ無くて、自分の弱さを知っても尚、立ち向かえるって事なんだ』……いい言葉ですね……。
 ほかの方もいわれていることですが、ミゥの過去や全体的な話の展開など、もう少し書き込めば盛り上がるのでは? という気もします。一方で、ミゥをもっとツンツンしたキャラにして、心境の変化を今回の13話までお預けにしていれば、今回デレる?のがもっと効いてきたのではとも思います。
 いろいろ書きましたが、次回を楽しみにしています。
 ちなみに質問なのですが、ゲーム世界とリアルでは容姿は変わるんでしょうか?? 現実世界のミゥがシャドウ(ですよね?)に気づかないのはふしぎだなーと思ったもので。まあギャップがありすぎるからなのでしょうね……。
2013/09/10(Tue)06:31:541ゆうら 佑
〉〉浅田氏
感想どうもですw
ええ、シャドウのくせにカッコ良いです。てか、かっこいいシャドウを書いてみたいつーのがこの話の動機ですからw
それと、仰るとおり、アレは使って無かったんですよ。シャドウ自身、あの力を出来れば使いたく無いなって思ってます。ゲームに関しては律儀なヤツですw

〉〉ゆうら佑殿
感想&ポイントまで!? 感謝です〜w
まあ、この話単体でもわかる様に書いてますので、たぶん大丈夫だと思います。
ああ、ツンデレキャラかぁ! 確かに! 確かにその通り、良いですねソレ。う〜ん、ちょっと失敗したかもです……
因みに、シャドウのリアルのギャップは激しいです。半径2m以内に異性が接近すると、無条件にドモリはじめますし、蔓の曲がった眼鏡掛けて(セラゲンは脳内イメージなので視力の矯正が必要ないんです)、髪型もだいぶ違います。
前作を書いてる最中に自分のブログに彼のイラストを描いた事があり、それをみると納得するかもなんですけどねw
楽しみと言っていただけるとたぎりますw
しょーもないお話ですが、またおつきあい下されば嬉しいです。

お二方とも、ありがとうございました。
鋏屋でした。
2013/09/10(Tue)20:35:470点鋏屋
 拝見しました!
 13話から続きを読んだのですが、あっという間でした。私自身が最初の小説の読み始めがラノベだったからか、馴染み深いというかスラスラと読みやすくて、やっぱり好きです♪ クリアからの急襲など気持ちの良い展開で、更にあとがきを読むと、まだ波乱がありそうだから続きが楽しみです!
 シャドウの凄さを第三者が話すというのは、知らないミゥに誰かが話さなければいけないのは分かるのです! 分かるのですが、ちょっと冷める感じが。でも、これは私だけかな。
2013/09/23(Mon)12:01:160点羽付
 こんにちは。続きを読みました。
 おっしゃる通り王道なのかもしれませんが、こういうのもけっこう好きです(笑) やたら強い主人公に魅力を感じるのってどうしてなんでしょうね。やっぱりヒーローへの憧れなのか……。
 ミゥを試そうとするシャドウはニクいですね。でもリアルとの差を考えると、ちょっとかっこよすぎるんじゃないかという気もします(笑) ミゥは結局シャドウを完全に疑ってしまったわけですが、シャドウに真剣に見つめられて初めて勘付くのではなく、もうちょっと自分の中で頑張ってほしかったなあと思います。
 ぼくとしては、前作とまったく関係のないミゥの一人称で進めていくというのは、初めて読む人にとってわかりやすくていいなと感じました。感情移入もしやすいです。
 ターコイズブルーも手に入れたし、クライマックスが近いんでしょうか? 続きも期待しております。
2013/09/27(Fri)08:00:110点ゆうら 佑
〉〉羽付き殿
毎度の感想どうもですw
気持ちのいい展開と言っていただけると嬉しくなりますね。ある意味勢いだけで書いてるフシがありますからwww
なるほど、少し冷めますか…… いや、なるほどです。
ミゥが自分で気づく方がしっくりくるのかな? う~ん、貴重なご意見ありがとうございますw 

〉〉ゆうら 祐殿
感想どうもですw
やっぱりシャドウはかっこよく書きすぎですかね? 前作と別人みたいな悪寒が……
ま、まあ、リアルではアレなんで、たまにはいいかなと……w
ああ、確かにミゥとシャドウのやり取りはちょっと違和感がありますね。確かにそう指摘されて読み返すと「お前もうちっとシャドウ信じてやろうぜ?」って気になりました。ちょっと急ぎすぎてる感がありますね。
物語はもう一度急展開がありますので、もうちっと続きます。またお付き合いくだされば嬉しく思います。

お二方とも感謝ですw
鋏屋でした。
2013/09/27(Fri)10:02:410点鋏屋
 拝見しました!
 17話から続きを読ませて頂きましたが、誰かに裏切られた想いを断ち切るのは、自分自身が強くなるだけじゃ無理で、信頼できる仲間ができることで乗り越えられるのかなと感じさせて頂きました♪ とにもかくにもミュが、壁を一つ破ったことが嬉しいです。
 18話の閉じ込められた、逃げ場のない閉塞感みたいのがあって良かったです。もう少し、その場所の臨場感があったらなぁと。淵から下を覗くなど、その場所ならではの行動と視界など。
 19話なのですが、1話分ぬけているのかな? ローブの男が急に登場して天使登場になっていて、抜けてないのだとしたら急展開過ぎる気がしました。内容は完全に追い詰められた状態で、もう引くことができない勝利だけがという、この状況は燃えるなぁという感じです。続きも楽しみしております♪
2013/10/26(Sat)14:26:180点羽付
>>羽付殿
毎度の感想どうもですw
でもってホントすみませんっっっ!! 20話と19話を間違って更新しちゃいました(汗っ)
いやもうホントお恥ずかしい限りです。なにやってんだろ……
とりあえずこのお話ははじめから23話まで、あらかた書き終わってますので、後は修正を加えるだけなので、コレに懲りずにまたおつきあいくださるとうれしいです。
鋏屋でした。
2013/10/26(Sat)17:33:430点鋏屋
 どうも、テンプレ物書き改めバッドエンド量産機の浅田です(笑)
 ここのところリアルが忙しく、なかなか読めなかったのですがようやく追いつきました。
 とりあえず……えっ、こいつらようやくシャドウに気が付いたの? セラゲンの最強プレイヤーの一人であるシャドウさんに気付くの遅すぎね?w
 そして今回のシリーズでは例の「クソガキ」以外の敵?キャラが登場するようで、今後の展開が楽しみです。
 それでは次回更新も楽しみにしていますね^^
2013/10/28(Mon)21:16:330点浅田明守
合計5
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