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『銃と山猫』 作者:ケイ / リアル・現代 未分類
全角12918.5文字
容量25837 bytes
原稿用紙約41.85枚
 彼は“山猫”と呼ばれていた。森の奥地、“仲間”を従え、己を主張し続けた。
「俺達はここにいる」
 誰もが恐れ、憧れ、惹かれた。彼の全てが周囲をそうさせたのだ。
 “仲間”にとって、彼の動き全てが信頼できるものだった。彼について行けば、願いは叶う。
 これは、とある小さな新聞社の記者の男と、住む世界が違う、“山猫”の話である……


 ニューヨーク、世界の中心と言っても過言ではないだろう。神に届くほどの高さの高層ビルが立ち並び、世界中の情報が集まる。
 ビジネスマンにとっては情報の宝庫である。もちろん、新聞記者にとっても。
 人一人分ほどの歩道を男が歩く。スーツの上にトレンチコートを着ており、髪は短くさっぱりとしていて、アメリカではどこにでもいそうな男だった。
 やがて、男は街の中心から、少し外れた場所にあるビルに入った。
「おはようございます、シャープトンさん」
 受付の女性に挨拶を返しながら、男はエレベーターに乗り込んだ。
 エレベーターが開き、廊下を進むと、段々と声が聞こえてきた。何人もの人間がいるようだ。
 男が突き当たりのドアを開けると、そこは恐らく学校の教室十個分の広さはあるだろう、それほどの部屋が広がっていた。
 しかし、机や書類、コーヒーカップなど、人や物でごった返し、部屋のほとんどは埋まっていた。
「おい、原稿上がったか?」
「強盗事件の取材は?」
 様々な声が行き交う中を、男は通り抜けた。やがて、散らかった机の前に立ち、小さなため息をつくと、椅子に座り込んだ。
 机の上には、今日の仕事である様々なニュースの概要が書かれた書類などが散らばっていた。
「フレッド、アルフレッドはどこだ?」
 混雑した部屋のどこからか、声が聞こえる。
「ここですよ、編集長」
 椅子に座ったばかりの男が、手を挙げる。
「おお、そこにいたか。この間の取材の件だが――」
「……取材?」
 フレッドと呼ばれた男は、怪訝そうな顔をした。
「何だ? 二日酔いで忘れたのか? アフリカの取材だ」
 男の話し方はふざけていたが、目はふざけていなかった。
「アフリカの……? ああ、少年兵の取材ですか?」
「そうだ、明日からだからな。アポは取ってある、向こうに着いたら、デズという男に会えば、取材させてもらえるだろう。これがチケットだ」
 男はフレッドに往復分のチケットを渡した。
「本当に僕が行くんですか?」
「当たり前だ、取材力もあってフランス語も話せる奴はお前しかいないからな。英語も通じるから心配するな」
 そう言って、男は笑いながら戻っていった。
 フレッドは今日二回目のため息をついて、取材の準備を始めた。
 フレッドは手始めに、パソコンで予備知識を得ることにした。
 ――少年兵、アフリカなどの内戦が続く国では、よく見かける。逃げないように麻薬漬けにされ、地雷原に突入させられたりする。
 一九七七年には、ジュネーブ諸条約により、事実上少年兵の撤廃が決まったが、内戦が続く国では、今も尚、少年兵は残っている。
 そこまで読んで、フレッドは脇にあったコーヒーを啜った。
「かわいそうよね、少年兵って」
 突然後ろから、女性がパソコンを覗き込んできた。
「ジョアンか」
 フレッドが振り返り、微笑んだ。
「取材でしょ? 私も行くわ」
 ジョアンは得意そうな笑みを浮かべた。
「君も? どうして?」
「あら、未来の旦那様に付いて行っちゃ駄目なの?」
「危ないからやめときなよ」
「そんなことで、新聞記者が務まるものですか」
 ジョアンはそう言うと、自分の机に戻っていった。
 フレッドは苦笑しながら、許嫁を見送った。

「五番搭乗口にて、搭乗の受付を開始します」
 空港内にアナウンスが流れる。
「ジョアン急げよ」
 フレッドが小走りをしながら、後ろにいるジョアンを促す。
「ちょ、ちょっと待って」
 ジョアンも走りながら答える。
 二人は何とか間に合い、やがて飛行機は離陸した。
「何寝坊してんだよ」
 フレッドは苦笑しながら、横にいるジョアンを見た。
「今日の準備してたら、遅くまで掛かっちゃって」
 ジョアンは申し訳なさそうな声で言った。
「どこの国に行くんだっけ?」
 気を取り直して、ジョアンが尋ねる。
「アフリカ中部にある小さな国だ、ここ数年内戦が続いている。少年兵が多い国だ」
 フレッドは、インターネットからプリントアウトした数枚の紙を、ジョアンに渡した。
「少年兵のどんな取材?」
 ジョアンは当然のような顔で尋ねる。
「お前……何も知らずに付いてきたのか?」
 フレッドは呆れた様子でため息を付く。
「しょうがないじゃん、知らないものは知らないんだから」
 ジョアンは頬を膨らました。
「今回取材する少年兵は、ただの少年兵じゃない」
「どういうこと?」
 記者の魂が揺さぶられたのだろうか、ジョアンは身を乗り出して聞き入った。
「森の奥地の、反政府組織のリーダーの少年兵だ。何人もの大人を従え、優れた頭脳で作戦を立てる。普通の少年兵とは全く違うんだ。しかも……」
「しかも?」
 ジョアンはシートベルトが千切れるのではないか心配になるほど、体を前に出した。
「アメリカ人らしい」
「アメリカ人?」
 ジョアンは思わず大声を上げてしまい、周りの乗客が冷たい視線を投げ付けた。
「何でアメリカ人が少年兵に?」
 ジョアンは小声で尋ねた。
「十数年前に、誘拐されたらしい。親の都合で、一時的にアフリカに引っ越したときの話だ」
「どうしてアメリカに帰らせないの?」
「両親は死に、本人も望んでいないし、何より治安が悪すぎて……」
「そんなことって……」
 ジョアンは俯いた。
「もう寝よう。向こうに着いたら忙しくなるから」
 そう言って、二人は深い眠りに落ちた。

 何もない。それが率直な感想だった。
 空港から出てはみたものの、どこに向かえばいいのかわからなくなるほど何もなかった。
「どこ行くの?」
 ジョアンが尋ねる。
「あの人に聞いてみよう」
 フレッドの視線の先には、タクシーと思われる車と、運転手がいた。
「すいません」
「何だ?」
 運転手は、面倒くさそうな顔で答えた。
「“山猫”がいる反政府組織はどこに? デズという男に会いたいんですが……」
「“山猫”だと? お前ら何者だ?」
 運転手は疑わしげな顔を向けた。
「アメリカの新聞記者です、AN社です。取材に……」
「まあいい、客は客だ。乗りな」
 運転手はそう言って、乱暴にドアを開けた。
「反政府組織に何の取材だ?」
 車で走り始めて数十分後、運転手が尋ねた。
「“山猫”に取材がしたいんです」
 フレッドが答えた。
「“山猫”か……あいつは民の英雄だ」
「英雄?」
 フレッドは予想外の言葉に驚いた。一般的な反政府組織は、市民も巻き添えにすることが多く、少なからず嫌われていることが多いからだ。
「お前さんも会ってみたらわかる」
 運転手はそれだけ言って、煙草を吸い始めた。
「なぜ“山猫”と呼ばれているんですか?」
 ジョアンが耐え切れなくなったのか、口を開いた。彼女は、長い間黙っているのが苦手らしい。
「さあな、気づいたときにはそうなっていた。本人に聞いてみればいいだろう。ほら着いたぞ」
 そう言って止まった場所は、少し小さな町で、人の姿も見受けられた。
「ここに“山猫”やデズが?」
「“山猫”はいないと思うぜ、なんせ“山猫”と呼ばれるだけあって、ふもとに下りてくることはあまりねえからな。デズなら、町の中心の酒場にいるはずだ」
 フレッド達は礼を言って別れた。
「酒場ってあれかしら?」
 ジョアンが指差したのは、僅か二十メートル程しか離れていない建物だった。確かに、看板にはビールのマークが描かれていた。
「ずいぶん小さな町ね」
 ジョアンはそう言って、スタスタと歩いていった。

 フレッドとジョアンは、カウンターにいる店員に聞いてみることにした。
「すみませんが、ここにデズという男がいませんか?」
「何だお前さん方? 反政府組織に入りたいのか?」
 店員はそう言うと低い声で笑った。
「取材に来ただけです。編集長のジョーから話は通ってる筈なんですけど……」
「あんまり俺の客を冷やかすなよ。おう、俺がデズだ」
 店の隅から声が聞こえた。男が立ち上がり、フラフラと歩いてくる。よく見れば、左腕と右足がなかった。
「あんたがフレッドか、話は聞いてるぜ。そっちのお嬢さんは?」
「ジョアンよ、フレッドの……パートナー」
「まあ何でもいい、取材だろ? さっそく案内するぜ」
 デズはそう言って店の外に出た。デズは、黒い肌に白い髭を少し生やしており、結構な年齢なのだろうが、年を感じさせない若さを持っているようだった。
「おいブル、車を出せ。お客さんだぞ」
 ブルと呼ばれた若者は、一瞬二人を見るとすぐにジープに乗り込んだ。
「デズもブルも本名なのか?」
 ジープに乗り込みながら、フレッドは尋ねた。
「いや、この辺りで名前を持ってる奴はあまり多くない。ここはそういいうところだ」
 デズは一瞬憂いた顔をした。
「失礼ですけど、その手と足は?」
 ジョアンが尋ねた。
「ずいぶん前に、地雷にやられてな。俺も少年兵だったんだ、地雷原を歩いたときに運悪くな……」
 一瞬沈黙が流れた。
「“山猫”について幾つか聞きたいことが……」
「俺から聞くより会った方が話が早い。後数分で着くから我慢してくれ」
 ジープは大きく揺れながら、山道を進んでいた。やがて、デズの言葉通り村の跡地に着いた。跡地と言っても、しっかりした家が何軒か残っていて、十分に住めそうだった。半壊の家には多くの武器がしまってあり、中央の広場には銃を持った大人や青年が会話をしていた。
 ジープが近くに止まると、辺りにいた者全員が振り向き、客人を見つめた。
「ジロジロ見てないで、武器の手入れでもしてろ」
 デズが大声で呼びかけると、広場の者達は座り込み、銃をいじり始めた。
「あなたはここのトップですか?」
「以前まではな。“山猫”が来てから、すっかりトップの座を奪われちまった。ここにいる奴は“山猫”を崇拝している。俺より、“山猫”の言うことを聞くだろうな」
 デズは低く、くぐもった声で笑った。
「おい、ダン。リンクスはどこだ?」
 呼ばれた少年がニコニコしながら答えた。
「会議室だよ、次の作戦を練ってる」
「そうか、こっちだ」
 デズに案内されたのは、残っている家の中でも、最もボロボロの家だった。その一室が会議室らしい。
「この向こうに“山猫”がいる、噛み付かれるなよ」
 そう言ってデズはドアを開けた。

 その部屋には、数人の男達がいた。その中でひときわ異彩を放っている男がいた。
 いや、男より少年に近い。椅子に座り、少し長い金髪の髪を揺らし、美しい水色の瞳で、見知らぬ訪問者を品定めするように、下から上へと眺めた。
 やがて興味を無くしたのか、再び会話を始めた。
「リンクス、お客さんだぞ」
 デズは言った。
「お客さん? 知らねえよ」
 少年は少し不機嫌な声で答えた。
「この前言っただろ? アメリカから取材に来るって」
 デズは、少年の反応に少し困ったような顔で言い返した。
「外に出てろよ、会議が終わったら行く」
 少年はそれだけ言うと、こちらを見向きもしなくなった。
「会議中はよそ者を入れたくないらしい」
 デズはそう言って、二人に出るよう促した。
「ずいぶん偉そうな子供ね」
 ジョアンがフレッドに耳打ちした。
「仕方ないさ、今のリーダーは彼なんだから」
「その通りだ、彼に歯向かえる奴はいない。それにあいつが言うことは全て正しい」
 いつの間にか傍に来ていたデズが、口を開いた。
「あなたはどうして取材を受けようと思ったのですか?」
 フレッドは心の奥にあった疑問を投げかけた。普通、反政府組織はあまり公の場には出て来ない。それなのに、リーダーの取材までさせるのは異例のことだった。
「この活動をするには、武器や食料がたくさん必要なんだよ」
「お金……ですか」
「君達を丁重に持て成さければ、金は来ない。だから取材にも応じたのだ」
「確かに、俺達には金が不足している。世渡りは俺よりあんたの方が上手いからな、頼りにしてるぜデズ」
 家のドアを開けて、少年が出て来た。太陽の下で見ると、より一層綺麗に見えた。引き締まった体、筋が通った鼻、固く結ばれた口、そして何より全てを見透かすような水色の瞳。モデルでもやっていけそうな程、整った体だった。
「取材しに来たんだろ? 早く入れよ」
 少年はフレッドとジョアンを交互に見ながら言った。
 二人は言われるがまま、家の中に入った。
 会議室の中には、机と椅子、箱やビンが転がっていた。数人の男達が、自分達のリーダーが連れてきたよそ者を、胡散臭そうに睨んだ。
「解散だ、この作戦を隊長に伝えておけ」
 少年は、さっきまでとは違う冷たい声で命令を出した。
「了解しました」
 少年の父親ほどの年齢の男が、敬礼をして出て行った。
「すごい統率力だな」
 フレッドは驚いた。若干十七歳の少年が、大人を従えている現場を目撃したからだ。頭では理解していたが、実際それを見ると、何とも言えない違和感のようなものを感じた。
「それで、聞きたいことは?」
 少年は倒れていた椅子を戻し、それに座りながら尋ねた。
「えっと、僕の名前はアルフレッド、フレッドと呼んでくれ。まず名前を教えてくれるかな?」
「リンクス」
 少年は一言だけ呟いた。
「リンクスはあだ名というか、通り名じゃないのか?」
 フレッドは少し驚いた様子で尋ねた。
「俺にはあだ名も本名もない。リンクスだけだ」
 リンクスは持っていたナイフを、ジャグリングのように回しながら答えた。
「じゃあ、君はどうしてここにいるんだい?」
「ここは俺の“ホーム”だからさ」
「“ホーム”?」
「山猫にとって、山が“ホーム”なのさ。ここから離れる理由はない」
「争いばかりの、この場所が好きなのか?」
「争い? 俺はここで自分の主張をしたいだけだ。争いなんて関係ない」
「その主張は?」
 ジョアンがいきなり横槍を入れてきた。
「……俺達はここにいる」
 リンクスは小さく呟いた。
「え?」
 ジョアンは聞き取れなかったらしく、聞き返した。
「いや、何でもない。あんたらには言う気はない」
 リンクスは、ナイフに視線を落として答えた。
「君はアメリカ人だよね? アメリカに帰ろうとは思わないのか?」
 リズムよく、ナイフを投げていた手が、ピタリと止まった。
「……どうして?」
 リンクスは鋭い視線を二人に浴びせた。
「母国だし、君の国籍はアメリカ人になっているだろ?」
「じゃああんたは、アメリカ人はアメリカに住まなきゃいけないと思ってんのか?」
「いや、そんなことは……」
 フレッドは慌てて否定する。リンクスは「フン」と鼻で笑った。
「ただ、ここよりいい暮らしが出来るじゃないか」
「いい暮らし? 笑わせんな。親もいない、銃の扱い以外何も出来ない俺が、アメリカでまともな暮らしが出来んのかよ?」
 リンクスは歪んだ笑みを浮かべて言った。
「政府もちゃんと援助してくれるさ」
「政府? おっさん一つ言わせて貰うぞ、政府ってのはな、富がある層にしか味方しないんだよ。貧困層には何一つしない、アメリカでもそういうもんだろ?」
「いくらなんでもそこまでは……」
「俺は知ってるさ、政治家も私利私欲でしか動かないってこともな」
 リンクスは吐き捨てるように言った。
「落ち着けよ、リンクス。君は一体どんな体験をしたんだ? 教えてくれよ」
「うるさい、それ以上その口を動かすんじゃねえぞ」
 リンクスは完全に機嫌を損ねたらしい。冷たい声で言い放つと、ナイフをテーブルに突き刺し、部屋から出て行った。
「見事に噛み付かれたな」
 笑い声を上げながら、デズが入ってきた。
「あの子は一体、どんな体験をしてきたの?」
 ジョアンが、リンクスが答えなかった質問を、デズに投げかけた。
「……俺が言うよりも、あいつが自分で言い出した方がいいだろう。それより、昼飯の支度が出来た。久しぶりの客人だ持て成すぜ」
 デズはまた笑い声を上げながら出て行った。外はいつの間太陽が昇っており、広場では焚き火が燃えていた。

「あいつ、笑うんだな」
 昼飯を食べ終え、焚き火の傍でフレッドが呟いた。フレッドの視線の先には、同年代の少年兵と笑い合う、リンクスの姿があった。
「あの姿を見ると、反政府組織のリーダーってことを疑っちゃうわね」
 横に座っていたジョアンも呟く。確かにその光景は、十七歳の少年が、友達と他愛もない話で笑っているようにしか見えなかった。
 脇に抱えている銃を除けば……
「おじさん達、リンクスの取材なんでしょ?」
 後ろから声を掛けられ、フレッドは振り向いた。そこには、先ほどダンと呼ばれた少年が立っていた。
「君……ダン君だったよね? 年はいくつなんだい?」
「九歳」
 少年は「へへへ」と笑いながら答えたが、ダンの腰にも小さなハンドガンがあった。
「君はどうしてここにいるの」
 ジョアンが尋ねる。
「ふくしゅうだよ、お父さんとお母さんが、せーふ……だっけ? その兵隊さんに連れて行かれちゃったから」
 フレッドとジョアンはゾッとした。外見は九歳の少年なのに、その口から出る言葉は恐ろしく残酷なものだったからだ。
 フレッド達の反応を見て、ダンはニコニコしながら、不思議そうに首を傾げた。
「僕、何か変なこと言った?」
「いや、何でもないよ。ところで、君はリンクスのことをどう思っているんだい?」
 フレッドは慌てて尋ねた。
「格好いいよね〜、僕の憧れだよ。弟みたいに可愛がってくれるし、頼りになるし、僕もあんな風になりたいな〜」
 ダンは目を輝かせながら、楽しそうに言った。
「リンクスは普段、どんなことをしているんだい?」
「普段は作戦を練ったり、銃の練習してる。この前は凄かったよ、せーふの兵隊三人を一人でやっつけちゃうんだもん。しかもハンドガンで」
 ダンの目の輝きは止まらなかった。異様な光景に感じ、フレッドは話題を変えた。
「他の場所で暮らしたいとは思わないのか?」
「う〜ん、思わない。だってここが僕の家だもん、リンクス兄ちゃんだっているし。お父さんとお母さんと会うまではどこにも行かないって決めたんだ」
 それは少年の純粋な気持ちだった。父と母に会うまで、この子はこの場を離れることはないだろう。フレッドはそう感じた。 
「そうか、答えてくれてありがとう」
 フレッドは礼を言ってダンの頭を撫でた。せめて、自分の愛情だけでも与えてやりたくなったのだ。
「あっそういえば、デズさんが二人に、会議室に来てくれって。何か話があるらしいよ」
 ダンは恥ずかしそうに身を捩った後、思い出した用件を伝えた。
「そうか、ありがとな」
 フレッドはもう一回ダンの頭を撫でて、会議室に行くために立ち上がった。

 会議室には、デズともう一人、リンクスがいた。
「話って何ですか?」
 ジョアンが近くの椅子に座りながら尋ねた。
「あんた等は、何日か泊り込んで取材するつもりなんだろ?」
 デズが尋ねた。
「はい、そのつもりですが」
「今入った情報だが、政府がこの場所を知ったらしい」
「ということは?」
「ここが戦場になるんだよ」
 リンクスが、さきほど突き刺したナイフを、また回しながら答えた。
「あんた等がどうするかは知らないが、身の安全は保障できないぜ」
「続けます。その為に来たのですから」
 少し間を空けて、フレッドは答えた。
「恋人は帰らせたらどうだ? ろくに銃を扱ったことのない女ほど邪魔なもんはない」
 リンクスがナイフを更に勢いよく回しながら、ジョアンをあごでしゃくって言った。
「嫌よ、私も残るわ」
 ジョアンは首を大きく横に振って断った
「いや、君は帰るんだ」
 フレッドが真面目な顔でジョアンに言った。
「どうして?」
 心底意外だったらしく、目を大きく開いてフレッドを見た。
「こんな危険なことに、君を巻き込みたくない」
「自分の意志で来たんだもの、あなたに何を言われても関係ないわ」
 ジョアンはそっぽを向いて言った。
「頼むよ、ジョアン。向こうで僕の帰りを待っててくれ」
「……仕方ないわね、わかったわよ」
 ジョアンは口をへの字にして言った。
「アツアツのところ悪いがね、お二人さん。そんなにのんびりもしてられない。そっちのおばさんは早く帰ったほうがいい」
 リンクスは薄ら笑いを浮かべた。
「お、おばさん? 冗談じゃないわよ、私のどこがおばさんなの? まだピチピチの二十五歳よ」
「それなら十分おばさんだ、さっさと支度しな。ブルに空港まで送ってもらえ」
 リンクスはそう言うと、さっさと部屋を出て行った。

 その数十分後、ジョアンは空港に向かった。
「おっさん、銃は扱えるんだろ?」
 リンクスが、他の兵士に指示を飛ばしながら尋ねてきた。
「多少は」
 実際は、会社の研修で数回撃ったことがあるだけだ。しかも、初心者用の小さな銃だった。
「俺達はあんたの面倒まで見切れない、これで自分の身は守れ」
 そう言われて渡されたのは、さきほどダンが持っていたような、小さなハンドガンだった。
「どうせAK−47なんて使えないだろ?」
 フレッドの心を見透かすかのように、リンクスはにやりと笑った。
 フレッドは何故か恥ずかしくなり、俯いてしまった。
「恐らく、後十分ぐらいで来るはずだ。おっさんは俺の傍から離れるなよ、じゃないと確実に死ぬことになるぜ」
 自分の息子ほどの年齢の少年に頼るのもおかしな話だ。フレッドは思わず苦笑した。
 兵士達は、大人も子供も、リンクスの指示一つで動いた。ああ、彼はここのリーダーなのだ。改めて、フレッドは認識した。彼はこの世界でしか生きていけないのだろうか。彼の類まれなる才能を、別の何かに活かせないのだろうか。
 フレッドはリンクスに対して、哀れみを覚えた。
「リンクス」
 耐え切れなくなり、名前を呼ぶ。リンクスは振り向き、水色の瞳でフレッドをじっと見つめた。
「いや、その、君がこの活動に参加することにした一番のきっかけは?」
 明確な答えが返ってこないことはわかっていた。リンクスは己の内側をあまり表に出さない。それが自分が嫌いなことや、隠しておきたいことなら尚更だ。会って数時間のフレッドでも、それぐらいのことはわかった。
「なあ、少年兵が減らない理由、知ってるか?」
「いや、教えてくれ」
「あんた等アメリカ人のせいさ」
「え? どういうことだ」
「アメリカ人がアフリカに来るからさ。アフリカでは多少のダイヤモンドが採れることは知ってるよな?」
「ああ」
 アフリカのダイヤモンドは、内戦で武器の調達のために各国に売られ、“血のダイヤモンド”と呼ばれていた。国連は紛争ダイヤモンドの撲滅のため、アンゴラなどの、内戦がある国からの購入を禁止したが、現在でも闇ルートで裏取引がされているらしい。
「そのダイヤモンドにアメリカ人が群がったわけだ。貴重な資源を搾り尽くす勢いでな。政府はそれを黙認する、なぜかって? アメリカと一緒に甘い汁が吸いたいからだよ。この国の政治家の家に行ってみな。ダイヤモンドがごろごろ見つかるぜ。政府は自分達だけ裕福になり、国民が飢えに苦しんでもこれといった対策はしない。アメリカだってそうだろう? 世界の中心だなんてほざいているが、蓋を開けてみたら貧富の差がはっきりしている」
 フレッドは返す言葉が見つからなかった。それは違うとも、確かにそうかもしれないが、なんて言葉も見つからなかった。この少年は見かけよりずっと大人だ。怖いほどに。
「その政府や政治家に歯向かうために反政府組織が出来る、だから内戦が絶えない。その戦いで、一番手頃な戦力として使われるのが少年兵なのさ」
「君は……君はそのことをどう思ってるんだい?」
「……許せねえな」
 リンクスはフレッドから目を逸らし、周りに生い茂る木々を睨んだ。
「どこか別の国に生まれたかった、なんて思わないのか?」
「思わねえよ、俺はここにいるんだから」
 何となく、リンクスの意味深な言葉が引っ掛かった。
「そろそろくるぜ、おっさんこっちだ」
 リンクスに呼ばれて行ったのは、広場のすぐ横にある、崩れかけた家だった。
「こんなとこで戦うのか?」
「文句あるか? ここには装甲車や、ヘリコプターなんて洒落たものはないぜ。自分で全部どうにかするんだ」
 壁にもたれ、自分の銃をいじりながらリンクスは言った。
「君がさっき言っていたことなんだけ……」
 フレッドがそこまで言いかけたとき、爆音が響いた。地面は揺れ、土埃が辺りを覆い尽くし、何も見えなくなった。
「来やがったな」
 リンクスは下唇を舐めると、壁から身を乗り出し、銃を撃った。さすがだな。大変な状況の中でも、フレッドは変に冷静な思考を保っていた。リンクスの放った弾は、政府の兵士の無防備な部分に当たった。つまり、頭。それもヘルメットで覆われていない部分を的確に打ち抜いていた。
「おっさん、もう少し下がってろ」
 爆音が響く中、リンクスの大声が聞こえた。
「作戦はどうなってるんだ? このままじゃ勝てないぞ」
 フレッドも地響きに負けじと大声で叫び返した。政府は装甲車を使っているらしく、リンクス達は確実に追い詰められていた。
「素人がごちゃごちゃ言うな、作戦はちゃんと練ってある」
 リンクスの怒鳴り声が響く。再び土煙が舞い、一メートル前にいるリンクスの姿も見えなくなった。やがて、爆音と共に何かが燃える臭いがした。どうやら、リンクスの仲間が、装甲車を破壊したらしい。様々な場所から歓声が聞こえる。
「よし、今だ、お前ら。一気に押し返せ!」
 リンクスの号令と共に、反政府組織の反撃が始まった。兵士達は作戦の要の装甲車を失い、慌てて退散していった。
 周囲から、さっきより大きな歓声が上がる。リンクスは一人俯いたまま、何かを考えているようだった。
「お前ら、急いでここから離れるぞ。森に逃げ込め、奴等はすぐに態勢を立て直して戻ってくるぞ。作戦はDパターンで行く!」
 リンクスは再び大声を上げる。まるで狼の群れのリーダーのように。いや、違う。彼は山猫なのだ。例え、仲間がいても、一人で戦うことを好む山猫なのだ。
 それから数分を掛けて、リンクス達は森の中に陣を置いた。どうやら前々から準備をしていたらしく、丸太や巨大な落とし穴など、様々な罠が張り巡らされていた。
「すごいな、君達が作ったのか?」
 誰に聞くともなく呟くと、そばにいたダンが笑いながら答えた。
「すごいでしょ、三日も掛かったんだよ」
 誇らしげな顔だった。この子達を、なんとかここから出してやりたいものだ。麻薬や、地雷。そして何より銃を持ち歩く生活から出してやりたい。
「おっさん、あんたはダンと一緒にここの後ろにあるテントに避難しといてくれ」
「わかった、その前に聞きたいことが」
「何だ?」
「君がさっき言っていた『俺達はここにいる』ってどういう意味だい?」
「ああ……それか。昔ここに来たばっかりのときにな、この組織の元リーダーで、俺に優しくしてくれる兄貴のような奴がいたんだ。血は繋がってなくとも本当の兄弟のようだった」
 リンクスは、木の葉に隠れてあまり見えない空を見上げた。
「でもその兄貴がな、殺されたんだ。アメリカ兵に」
「えっ」
 思わず声が漏れた。
「まあ治安をよくして、ダイヤモンドを手に入れようとしていたアメリカにしてみれば、反政府組織のリーダーなんて邪魔者だったんだろうな」
「それで?」
「ああ、アメリカも国連も何一つ俺達にしてくれない。手を差し伸べることも、俺達を保護することも、何一つ。だから俺は主張する。ここの腐った政府を倒して、俺達はここにいるってな。アメリカ人でもアンゴラ人でも、白人でも黒人でも関係ない。俺達の居場所はここだってな」
「そうだったのか……」
 フレッドは言葉を失った。ただ、今までのほほんと暮らしていた自分が無性に恥ずかしくなった。
「君たちの事、必ず立派な記事にして、新聞に載せるよ。約束する」
「へっ、無理言わない方がいいぜ。そのために無茶してクビになったら洒落にならねえだろ」
 リンクスはくすりと笑った。笑ったときだけ、年相応の少年になれるのだな。そう思うと余計に胸が痛んだ。
「それじゃあ」
 テントに向かおうとしたフレッドを、リンクスが呼び止めた。
「あんたさっき、『他の国に生まれたかったって思ったことないか?』って言ったよな?」
「ああ、言った」
「さっきはそんなことないなんて言ったが、本当はあるさ」
「例えば、どこの国に?」
「日本さ」
「日本?」
「ここにいる子供は一度は誰だってそう思う。日本に生まれたかったってな」
「どうして?」
「決まってんだろ、銃を持つことが許されないからさ。俺達は、銃を持たないことを許されなかった。日本人の暮らしってのに憧れるのにも無理はないだろう?」
 フレッドは不覚にも涙をこぼしそうになった。この少年達の過酷な現実。銃を持たなければ生きていけなかったのだろう。あのダンという少年も恐らくそうだ。両親が連れて行かれた恨みを、怒りを、銃を持つことでしか和らげることが出来なかったのだろう。なんと悲しい現実だろうか。それを目の当たりにしたから、フレッドは涙をこぼしそうになったのだ。フレッドは涙を隠して、その場を後にした。
 テントの中には、少年しかいなかった。
「どうしてここには少年しかいないんだい?」
 一緒にここまで来たダンに尋ねた。
「リンクスが戦場に立たせないのさ、ガキはすっこんでろってね。リンクスもまだ十分子供なのにさ」
 ダンはまた人懐っこい笑顔で答えた。きっとリンクスから、少年達への優しさだろう。そう思うと、余計に悲しく感じられた。
 遠くで爆音が響く。テントの中の少年達も無言のままだった。何分経っただろうか、静かになったので外に出てみると、どうやら決着がついたようだ。急いでさっきの場所まで戻ってみると、リンクス達がちょうど戻ってくるところだった。
「よお、おっさん」
 リンクスが片手を上げる。フレッドは安心してその場に座り込んだ。
「おい、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。僕より君は?」
「余裕だ、まだやらなきゃいけないことがあるからな」
「『俺達はここにいる』か?」
 フレッドは笑みを浮かべて言った。
「まあな、あんたも約束したんだから、ちゃんと記事にしろよ」
 リンクスは子供っぽい笑みを浮かべると、ダン達が待つテントへと歩いていった。その背中は、親父のように逞しくもあり、少年のように頼りなく、儚くも見えた。



 ニューヨーク。人通りが多い交差点の一角の小さな売店に人だかりが出来ていた。まだ店は開いていないらしいのだが、人はそこから離れようとしない。
「何だ、お前さん達は?」
 遅れてやって来た店主が尋ねる。
「早く店を開いてくれよ」
「どうしたんだ?」
「新聞が買いたいんだよ」
「新聞なんかどこでも売ってるじゃねえか」
「普通の店だと大手の新聞社の新聞しか売ってないんだよ。こういう小さな売店じゃないと」
「褒めてんのか、けなしてんのかどっちだ」
 店主はぶつぶつ文句を言いながら店を開けた。
「どこの会社だ?」
 新聞紙の入ったダンボール箱を出しながら店主が言った。
「AN社のだ」
 人だかりの奥から声が聞こえた。
「何の記事が書いてあるんだ?」
 客に新聞を渡し、代金を受け取りながら店主が尋ねた。
「知らないのか? 少年兵の記事だよ。全米で話題になってんだから」
 男が新聞を振り回しながら言った。
「どんなタイトルなんだ?」
 どこからか返事が返ってきた。
「『銃と山猫』」
 
2009/02/09(Mon)19:44:58 公開 / ケイ
■この作品の著作権はケイさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
完全なフィクションですので、現実と多少ずれてると思います。もしずれてても、できるだけ調べて書いたので見逃してください(笑)
日本は銃が非現実的なので、このような社会問題にもあまり関心がないような気がします。これを読んで、少しでも少年兵について考えてくれたら幸いです。
最後まで読んでくれた人はどんなことでもいいので、ぜひコメントをお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは!読ませて頂きました♪
内容のわりに流れがアッサリとし過ぎているように感じました。それでも環境や状況によって口にする言葉や想いの重さみたいのは伝わってきたように思います。一つの新聞記事で何かが変わる事は実際にある事だと思うので、もう少しじっくり書かれても良かったかなと思います。
では次回作も期待しています♪
2009/02/10(Tue)16:36:360点羽堕
はじめまして。どんなことでもいいので感想を、と書いていたので、書かせて頂きますね。
まずは、良かったところを。
会話が巧みで、人物の心情に関する描写も丁寧なので、感情移入しやすかったです。それに、人物がしっかりしてるおかげで、伝えたいことが、ストレートに伝わってきました。それは間違いなく強みであると思いますので、大切に伸ばしていってくださいね。
次は残念だったところを。
最初の一歩から、なのですが…描写が、弱いです。というか、書いていない。描かれているのは、心情描写であって、決して情景ではなかった。作者自身、建物や周辺の様子には目が行っていないのでは? と感じました。
描写は大変に難しいです。ですが、せっかくキャラクタがしっかり作られているのだから、描写がないと言うのは、個人的にもったいないと思います。脚本ではなく、小説なのですから。
人物を更に活かすためにも、次回作はぜひ、もう少し描写を書き込んでみてください。
あなたの達者な会話力があれば、きっと素晴らしく前進した作品ができると思いますよ。

では、長々と偉そうに失礼いたしました。
2009/02/17(Tue)17:50:151珠未
羽堕様
確かに内容が薄かったなあと思います。もう少し練ってから書いたほうが、自分でももっと満足できる作品になったんじゃないかと思います。コメントありがとうございました。
珠未様
的確なアドバイスありがとうございます。登場人物に感情移入してくれるのは、嬉しい限りです。
描写は確かに苦手ですね。これからの課題としてがんばっていきたいです。ありがとうございました。
2009/02/19(Thu)18:40:310点ケイ
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