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『最高の友へ』 作者:凪風 / リアル・現代 ショート*2
全角5569文字
容量11138 bytes
原稿用紙約17.8枚
男にとっての、親父の存在。親父にとっての、息子の存在。

「ありがとう」



 自分勝手だった。

 高校生活に入る前、ちょうど中学卒業した頃だっただろうか。親父は職を失った。
 愛知で働いていた親父。若い頃に自衛隊に所属し、その後コネで入社したその会社は、経営不振によってあっさりと廃業に追い込まれた。
 親父はその時、随分淡々とした表情をしていた。俺はよく親父と一緒に飯を喰いに行った。その時見る表情が、だんだんと淡白になっていくのがよくわかった。家族でいるときは寡黙ながら、俺といる時は時折笑顔を交えていた親父の表情は、次第に力のない、目じりの垂れ下がった、疲れきった表情に変わっていった。
 擦り切れて、いたのだろう。
「ヒロキ、気をつけろよ。世間って所には色んなものがある。それに喰われてしまったり、しないようにな。気をつけろよ。本当に気をつけるんだぞ、わかったか……」
 長い、口癖だった。
 親父は俺と飯を食うとき、決まってそう呟いていた。当時の親父のつらさは俺には想像できない。俺はだんだんと小さくなっていく親父の後姿を、見ているだけしかできなかった。
 俺は男だった。親父も男だ。だから、俺には何かできるはずだと思った。姉貴にも、お袋にもできない、もっと、奇跡に近いような力。
「父さんな、仕事することになったんだ」
 そんな力など、どこにもなかった。
「秋田なんだけどな、でも近いだろ。おんなじ日本の中なんだから、会おうとすればすぐに会えるもんな」
 あの日から五年間、俺は親父に会っていなかった。



 高校へ行ってから三年間。いろいろなことがあった。
 部活をやっていた。一生懸命に。
 だけど、なんの賞も、名誉も得られず、才能という言葉に押しつぶされて、三年間の部活動に、あっさりと幕を下ろした。
「なぁ、どうせ大して強くもなかったなら、俺達と一緒に遊べばよかったなぁ」
 授業を終えると、何もせずに遊びに向かう仲間達に、そう笑われた。悪意はない。仲はすごく良かった。あいつらは何の悪意も込めずに、『本当にそう思っていたんだ』。
 人知れず泣いた。努力という言葉だけがむなしく嗚咽の仲に混じっていた。一度として誰かに肯定されたことはなかった。ただ騒がしい、努力努力と口先だけで叫ぶ男だと思われていただろう。
 咽の奥に詰まったものは、嗚咽だけ残して出てこなかった。代わりに、熱い、熱い涙が、込みあがってきていた。こんな自分が情けなかった。結局自分は三年もかけて何がやりたかったのか、何も見つけることはできなかった。お袋も姉貴もいない、そして、親父もいないその部屋の中で、俺は一人ひざをつき、声を押し殺して泣いていた。ひざの上で 固めた拳が、空しいほど無力だった。
 一生懸命って、なんだったんだろう。
 努力って、なんだったんだろう。

 俺って、なんだったんだろう。


 携帯が鳴った。
 ポケットをまさぐる。
『ひさしぶりだな。元気にしてるか? 父さんの方はそろそろ秋に近付いてきたところだ……』
 親父からは時たま、思い出したようにメールが来ていた。俺はメールというものが苦手だった。だから、返信することはなかった。それでも、親父からは一方的にメールが送られてきていた。久しぶりだな、元気にしてるか? 父さんの方は――いつもその出だしで始る文章。読む気すらうせて、読まずに消去することもあった。俺は親父というものに依存したくなかった。ファザコンなんて存在に、なりたくなかった。
 ……いや、違うか。俺は恥ずかしかったんだ。今思い出すと、強情なぐらい恥をかくことを嫌っていた。
 でもその日、俺は親父にメールを送った。その内容は、酷いものだった。自分の無力さ、情けなさ、怒りをすべて、悪意に代えて書き散らしたような、そんな内容だった。
『元気なんかじゃねぇよ! ふざけんなッ!! いっつも自分勝手にメールを送ってきやがって! こっちだって色々あんだよッ! それぐらい気ぃ使えよ!! 親父は一人でいるからこういうことわかんねぇかも知れねぇけどさ――』
 親父からの返信は、なかった。その日から、ぱたりとメールは途絶えた。唯一、親父との心のつながりだったその小さな通信装置は、それっきり、俺と親父の間の沈黙を守り続けていた。


 大学に進学した。部活の痛手に耐えることができなかった情けない俺は、勉強にも手を付けることができず、悶々とした日々を送り続けた。そのお陰で、三流の文系大学に、社会のお荷物として押し込まれた。お袋はその現実から目をそらし、家では俺がいないように振る舞い、俺の名前は二度と口にしなかった。姉貴は、ダメな俺を置いて看護婦になった。俺の話など、聞きもしなくなった。
 いたたまれなかった。俺は家を出た。誰も、俺を止めるやつはいなかった。そこで俺は、たった一人だった。
 一人になっていた。涙も出ず、笑顔も枯れて、ただ擦り切れたような意思のない表情を浮かべるだけの、どうしようもない人間になっていた。
 日々はそうして過ぎて行った。大学にはほとんど義務のように通い続け、自らの意思を使わずにただただ毎日を過ごしていった。生きるということが稀薄で、死んでしまうことすら億劫な、怠惰な時間だけが、俺の周りを漂い続けていた。
「……俺って、なんだったんだ」
 俺はそこで、ずっとそれを抱え込んでいた。誰にも話せず、悲しむことも、涙を流すこともせず、ただ、擦り切れた表情だけを保つだけの、下らない人生。

 携帯が鳴った。
 ポケットをまさぐる。
『ヒロキ!? ヒロキなの!? お父さんが……お父さんがぁぁ……』




 親父が、死んだ。



 お袋の電話は支離滅裂だった。親父が仕事先で倒れたこと。脳内で流血していること。意識がないこと。俺と話をしたくなかったこと。今日の夕飯が無駄になってしまったこと。姉貴と最近連絡がつかないこと

 親父が、死んだこと。

 涙と鼻をすする音でほとんど意味を解することはできなかった。とにかく俺は、指定された病院に向かった。
 向かう深夜をひた走る新幹線の中、俺は思い出していた。
『ヒロキ、気をつけろよ。世間って所には色んなものがある。それに喰われてしまったり、しないようにな。気をつけろよ。本当に気をつけるんだぞ、わかったか……』
 親父は何を伝えたかったのだろう。たかだか十四、五のガキに、何を残しておきたかったのだろう。


 葬式はやはり、俺の人生と同じように淡々と過ぎていった。
 お袋は親族席で号泣し、姉貴はそれに変わって親族の言葉を短く述べた。姉貴の声にも湿ったものが混ざっていた。
 でも俺は泣かなかった。ただ、お袋はうだつの上がらない親父のことを毛嫌いしていたのに、何で今更になって涙を流すのかがわからなかった。俺は悲しみも怒りもないその場所で、ただ淡々と泣くお袋をみつめていた。姉貴はそんな俺を、「薄情な子……」と静かに罵った。俺は、黙っていた。


 生きていた頃、いったいどんな生活を送っていたのだろう。
 四畳半一間の畳張りの部屋。まるでドラマでも見ているかのような光景だった。その部屋には必要最低限の家具が何の調和性もなく置かれ、布団がしいたままになっていた。それ以外、何もなかった。テレビすらなかった。
 親父の遺品整理に来たのは俺一人だった。お袋も姉貴も、距離が近いだろうと俺にすべてを任せていた。断る理由もなかったが、「アンタは薄情な子なんだから、それくらいして当然よね?」と姉貴が電話先で呟いた。俺は別に肯定も否定もしなかった。
 だから俺は親父の仕事先に来ていた。ホントに何もない、狭い部屋。この部屋の中で。五十を越した親父は何を思っていたのだろうか。
 この狭い部屋の中で、親父はたった一人だったのだろうか。
 誰もいないこの部屋で、親父は、一人だったのだろうか。
 俺は綺麗に台ふきんで拭かれたちゃぶ台の前で胡坐をかいていた。ちゃぶ台の、木目を見つめる。まるで血脈のようにうごめき、時折人の目のように自身を形作る木目。気持ち悪かった。

 携帯が鳴った。
 ポケットをまさぐる。
『すまなかった。父さん、自分の事しか考えてなかったよ』
 親父だった。

 力が抜けた。
 携帯を持つ手が震えた。
 俺は額を携帯に押し付けた。ぐっと息を詰める。こみ上げるものがあった。
 死を確認したのに、俺は泣かなかった。あの葬式の場で、「薄情者」と罵られても、ただ、黙っていた。
 今更泣くのかよ、と俺はそのまま、小さく声を上げて笑った。そうやって、泣くことを我慢した。

 親父が死んでから二日たっていた。でも、俺の携帯は親父からのメールであることを無表情に告げている。俺は顔を上げると辺りを見渡した。
 ゴリ、と尻が何かを踏んでいた。
 親父の、携帯だった。
 親父の携帯はもう随分更新をしていない、絵文字も満足に送れないような古いものだった。装飾がはげ、無骨なプラスチックの肌を露出させる携帯。でもストラップは、親父の好きだった、可愛らしい猫だった。茶色のドラ猫が、笑顔でぷらぷらと揺れていた。
 俺は携帯をいじった。操作性の悪い代物だったが、なんとか俺は指を這わせる。最後に親父が頼ったものはなんだったのだろう。俺はそれが知りたくて、携帯を弄り回した。
 そして、見つけた。送受信履歴。
 急いで決定ボタンを連打する。何でそこまで焦るのか、おれ自身にもわからなかった。

『ヒロキ』『会社・中村課長』『取引先・山梨』『会社・弓野』『取引先・山梨』『会社・中村課長…………

「……親父」
 俺は携帯を見つめていた。親父はこの狭い部屋の中で、たった一人だった。その事実に、絶望を感じながら。

 携帯が鳴った。
 ポケットをまさぐる。
『お前の為を思って言ってるつもりが、どうも父さんの自分勝手になっていたらしいな。本当にすまなかった。許してくれ』
『お前がどう思っているのかはわからない。でも父さんは、お前の事を愛している。俺の血を分けたお前のことを一番愛してる。それをわかってくれ』
『信じてくれとは言わん。ただ、父さんがお前のことを思って書いたことだということは知っておいてくれ』
『お前を傷つけるつもりはなかったんだ。本当にすまない。お前のことを考えず、自分の事ばかり不幸に考えてお前に向き合っていた。反省している。本当に、すまない』
『お前を――』
『仲間だと思ってる――』
『すまない――』
『本当にすまない――』

 親父からだった。

 俺は慌てて親父の携帯を見た。画面上部に、小さな文字で一言。
「メッセージ保管トレイ、全送信しました」
 俺はわが目を疑った。
 まさか、これは、この止めどなく届くメールの山は、親父が作成し、送信しようとし、だがためらい、留めてしまったものなのか。この、いくつも、いくつも、いくつも送られてくる俺への家族愛に満ち満ちた言葉は、五年もの間、親父が迷い、戸惑った『思い』なのか。
『つき合わせてしまった――』
『怒らないで欲しい――』
『傷つけてしまった――』
『すまない――』
『本当にすまない――』
『こんなダメな父さんでごめんな――』
『お前のことが心配だ――』
『愛している――』
『本当に愛している――』
『どうか、元気で――』

 涙が出た。

 不意にこみ上げた熱い塊が、ぽとりと、携帯の画面に落ちた。

 俺は掌で目元を押さえた。涙は止まらなかった。次第に掌をつたい、また、ぽとぽと携帯の画面をぬらす。息をしようと鼻をすすると、湿ったものが、つんとその奥で痛みを込めた。嗚咽が、漏れる。歯を食いしばっても、収まらない。涙を抑えようとまぶたに力を込めても、収まらない。
 ひくつく咽が、濡れた。
「うっ……ぐっ、ぐぅぅぅぅぅぅ……」

 ごめん、親父

「あぁ……あ゛ぁっ……」

 ホントにごめん……! 親父――ッ!

「ぐっ、あ……クソ――っ くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――!! 親父っ 親父ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――!!」
 親父へのすまなさと、自分のふがいなさに泣いた。
 自分は馬鹿だと思い知った。
 下らないプライドで親父のメールを無視していたこと。
 情けない自分を、親父にぶつけていたこと。
 自分はダメだと、すべてを否定していたこと。

 俺は一人なんだと、格好ばかり付けていたこと。


 親父のメールは、愛に溢れていた。血を分けた家族。男同士の友情。仲間。信頼しあう親子。過去を知り合う友。一番身近な好敵手……たくさんの形で、数えられない思いで、つづられていた。
 涙が止まらない。
 止まらない……!
 ごめん親父。俺、親父のこと好きだったよ。最高の仲間だと思ってたよ。最高の家族だと思ってたよ。最高の親子だと思ってたよ。

 最高の、最高の親父だと、そう思ってたんだ

 ごめん、親父。

 バカな息子でゴメンな……

 こんなバカな親友で、ごめんな……っ


 俺は涙を、流し続けていた。
 悲しみと謝罪と。不甲斐なさと申し訳なさ。
 そして僅かな、意思を乗せて。

 最後の言葉に、謝罪の言葉はなかった。急いで書き上げたその文は、電子メールではなかった。
 携帯の裏に、いつも指してたボールペンで、走り書きのように書いてあった。
 題名は、『最後に』だった。


――ヒロキ、生きることはつらい。苦しい――
――でも、乗り越えろ――
――お前には、誰かがついている。お前が出会ってきた仲間と、家族。そして――

 最後の言葉に、俺は指を重ねた。涙で濡れた親指で、その言葉を撫でた。
 す――と親指がずれると、親父の思いが、そっと顔を出す。


――そして、父さんが――



 俺はそれを、じっと見ていた。
 悲しみと謝罪と。不甲斐なさと申し訳なさ。

 そして僅かな、希望を乗せて。

2005/11/26(Sat)00:56:43 公開 / 凪風
■この作品の著作権は凪風さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
あまり考えずに、一気に書き上げました。家族愛ってなにかなぁって思いながら書いていて、ふと思ったことを二時間くらいにしてストーリーにしたという感じです。技術的におかしなところがあるかもしれません;;申し訳ないです。
この話を読んでくれた皆さんに、もし少しでもなにか感じていただけたのなら、これほど嬉しいことはありません。
お読み頂き、ありがとうございました。もしよろしければ、今日はお父さんに優しくしてくださいね。僕も優しくしたいです(ハハ
では、失礼します。
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