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『蒼い髪 41話 帰還』 作者:土塔 美和 / 未分類 未分類
全角55821文字
容量111642 bytes
原稿用紙約166.75枚
 フリオ・メンデス・コルネ中将率いる第6宇宙艦隊は、ルカ王子の居るM13星系第6惑星砂の星めざして順調に航宇していた。
「どうやらシャーもアヅマも俺たちの事は見逃してくれるようだな」
「そりゃ、そうだろ。空の貨物船襲撃したところで何のメリットもないからな、同じ襲撃するなら荷を積んでからだ」
「つまり、襲うのはルカ殿下を乗せて帰路に付いた時と言うことか」
「そうだろ、俺がシャーやアヅマだったら絶対そうする。て言うか、ルカ殿下を乗せたらこのままトンずらしてアヅマにでも亡命しないか。どうせネルガルへ戻ったところで、やれ海賊退治だの、やれ何だのかんだのと戦いに明け暮れる毎日だぜ。どうせ戦うのなら今度は自分のために戦わないか。少なくとも海賊は自分の利益のためだけに戦っているんだぜ。余計な美辞麗句は並べない」と、ロン。
 それを聞いていた艦長が小さな声で諌めるように、
「そのような事、口にするものではない。誰が聞いているか」と、心配しながら言う。
 するとロンは顔の前で大きく手を振ると、
「艦長、その心配はいりませんよ。俺たち不良品ですから、何を言っても誰も相手にしませんよ。殿下がいなければ俺たち、とっくに宇宙海賊になっていたね」
「不良品ですか」と、艦長は驚いた顔をする。
「そうだよ、クリンベルク将軍の吹き溜まり部屋に居た仲間さ。しかしクリンベルク将軍も物好きだよな、何だって俺たちみたいな者を」
 クリンベルクの館には個性が強すぎて軍の規律に溶け込めない者たちを面倒見る所があった。そのまま軍に留めておいても規律を乱すだけなのでクリンベルク将軍が一手に引き受けたようだ。
「だが、その不良品を、今軍部は一番頼りにしているのではありませんか」と、館長はもっと自分に自信を持ったほうがよいとばかりに言う。
「ネルガル宇宙軍も随分地に落ちたものですね、軍のつまはじきだった俺たちを当てにするとは」と、船の操縦を自動に切り替えてバムが振り向きながら言う。
「俺たち、ネルガルの味方でもなければアヅマの敵でもない」
「そうだ。バムの言うとおり。俺たちはルカ殿下の私兵だからな」
「そうだ。殿下がネルガルの皇帝にでもなるのならネルガルの味方をしてやってもいいが」
 彼らの話を聞いてプラタ艦長は危険だと感じた。唯一の救いはルカ殿下が理性的であると言うことだ。
 トリスにしては珍しく彼らの話を黙って聞いていたが、
「殿下は皇帝になる気はないぜ」と、口を挟む。
「一番惑星の民が納得する人物を玉座に座らせるらしい」
「だったら殿下が座るのが一番だと、俺は思うが」と、ロン。
「そうだよ、ルカ殿下なら誰もが納得するだろう」と、バムもロンに賛成する。
「そうかな。それはルカ殿下をよく知っている俺たちだから納得するんであって、宇宙は広いぜ、ルカ殿下を知らない奴らは沢山いる。そいつらを納得させるのは至難の業だ」
「じゃ、ルカ殿下より名の通っている人物が居るって言うのか」
「そりゃ、居ないだろう。現王子の中でルカ殿下が一番だ」
「そーれ見ろ」と、ロンは得意げに言う。
「だが、名が知れているだけ無意味な敵も多い」
「無意味な敵?」と、ロンとバムは顔を見合わせた。
「そう。人は生きているだけで相手から憎まれることがある。俗に言う逆恨み、否、嫉妬かな、自分の劣等感の裏返し。目障りだとか、うっとうしいとか。それって相手の中に自分にない物を見つけた時に感じるんだよな。それが永遠に自分には出来ないとなると始末が悪い。無記名での誹謗中傷などいい例だ。自分の正義感を煽り相手を自分より低く評価することで優越感を掴み、自分の中にある劣等感を打ち消そうとする。僻み以外の何者でもない」
「つまり、殿下がその対象になるって。ルカ殿下が羨ましくって敵愾心を燃やす」
「ああ、ルカ殿下は非の打ちどころがないからな、一般の人々から見れば。まぁ、俺たちから見ればいろいろと問題もあるが」
 それは親しすぎるからこそ気づく相手の欠陥。だが親しいが故に許せる。こいつはこういう奴なんだと。その欠陥まで認めた上での友情。だから俺が補ってやるんだと。
「現に、ピクロスがいい例だろう」
 ピクロス王子をあげられては納得しすぎて皆黙り込んでしまった。
「じゃ、誰が適任だって言うんだ」
「二番手の人気者を一番人気のある者がかつぐのさ。そうすりゃ、二番手の人気票に一番人気のある奴の票が加算される。ルカ殿下一人の時よりはるかに納得する人が増える」
「なんだ、それ。ルカ殿下でなければ絶対納得しないと言う奴だっているだろ」と、ロンは絶対の単語を強調して言う。
「お前みたいにか」と、トリスは笑う。
「だがお前だってルカ殿下に面と向かって説得されれば、最後にはうんと言うだろう」
 それは確かにとロンは口をつぐむしかない。絶対ルカ殿下に口でかなう者はいない。これは過去の経験上ゆるぎないものになっている。
「意外に一番目立つ奴より二番手の方がうまくいくものだ」と、トリスは楽観的に言う。
「それでお前は納得できるのか」
 近頃トリスもルカ殿下に似てきて理屈っぽくなってきている。それがロンにはいまいましい。同じことを言われてもルカ殿下なら許せるのだが。
「そんなのでネルガルの皇帝を選んでいいものか」と、真面目派きどってバムが言う。
「ネルガルの皇帝は実力主義だと聞いたけど」
 親子兄弟でもその玉座を狙って血なまぐさい争いをしてきた。これがネルガルの歴史。その争いに巻き込まれ多くのものが死んできた。たかだか親子兄弟の喧嘩なのに天下国家を掲げられると戦争になり正義が付いてくるのだから面白い。
「どんな懐刀を持つかによって決まるのさ。今の皇帝がクリンベルク将軍を持っているように、次の皇帝はルカ殿下を持てばいい」
 おそらくルカはそれに徹する。その方がトップに居るより自由に政策を取れるから。
「そう言うものかな」とロンは、納得いかない顔をして宙を見つめる。ロンが描いていたネルガルの未来像はトリスとは違っていた。





 一方ネルガル星では、ルカの元部下たちの手によって着々と居住地が整えられていた。
「やっぱりここなのか」と、ハルガン。
「私たちがまごまごしている間にすっかり整備されてしまいましたね」と、シモン。
 鮮やかに蘇ったルカの館を見て感嘆する。
「奥はどうする?」とハルガン。
 やはり気になるようだ。中庭にはボイ星の植物が所狭しと生い茂っていたが。ボイ星はネルガル星より気温が高い。このままではボイの植物は育たない。ルカの館はルカの母であるナオミ夫人の意向で自然な気候を重んじて来た。他の館のように一年間を通して快適な気候にするためにドームで館を覆うことはしなかった。だがここ中庭だけはボイの植物のためドームで覆いボイ星の気候を再現していたのだ。その中庭もシナカの死とともにまるでルカの心を表すかのように荒れていった。今はネルガルの環境に適応できなかったボイの植物は枯れ果て、跡形もない。
「ここは、どうする?」と、手つかずの中庭を見つめてハルガンは問う。
「どうしようかと思いまして?」と、侍女の一人が逆に問う。
 皆で話し合ってもなかなか結論がでない。
「ナオミ夫人が居た頃のようにしたらどうだ」と、ハルガンは顎に手を当てながら言う。
「やっぱりそうですよね。私もそれが一番よいと思ったのですが」
 ハルガンの賛同を得て心強く思う侍女。
「やはりそうするか」と、迷いを断ち切る使用人たち。
「そうと決まれば早くやりましょう。もうそろそろ帰路に付かれる頃でしょうから」
「そうね、綺麗な庭をお見せしたいもの」
 庭師や使用人たちをせかす侍女たち。
「よろしければ私の庭の花の苗木を差し上げましょう」と、ジェラルドが提案してきた。
「えっ!」と、侍女たち。
 ジェラルド王子の館には花屋でも買えないような珍しい貴重な花が沢山ある。中でもある花はジェラルドの館にしかない。品種改良の結果生まれた美しい花。ジェラルドの館のシンボルにもなっている。
「あのー、もしかして、あの花の苗も頂けるのでしょうか」
 恐れ多いと思いながらも侍女は口にした。
「ええ、よろしければどうぞ。沢山ありますから。ルカの心を癒せるなら幾つでも」
「ほっ、ほんとうですか」と、喜ぶ侍女たち。
 ルカの心を癒すと言うよりもは侍女たちの欲求を満たしたようだ。
 そうと決まれば着工は早かった。数日後にはナオミ夫人が居た頃のような、否、花で覆われた美しい庭が出来上がた。
「少し欲張りすぎたかな」と言う侍女。
 あれもこれもと目につく花の苗を片っ端からもらってきた侍女たち。ジェラルドの館で見た時はたいした大きさでもなかった株でも、中庭に植えるとなるとかなり大きい。
「でも、賑やかな方がいいわよね」と、自分たちを納得させる侍女たち。

 館が一通り完成したところで、花のお礼を兼ねてジェラルド夫妻を館に招待した。ついでにカロルとカロルの婚約者エミリアンも。
「どうぞ」と、館を案内する侍女たち。
「よっ、よく来たな」と、ハルガン。
 すっかりこの館の主のような面をしている。
「庭を見るか、それとも館内を先に見るか」
「どっちでもいいよ」と、あまり興味なさそうに言うカロルに対して、
「あれ、お前の入り口はここじゃないだろーが」と、ハルガン。
「あっ?」と、首を傾げるカロルにハルガンはにこにこしながら、あっちだよとばかりに顎で果樹園の方を指し示す。
 その方向にはよくカロルが忍び込んで来た生垣の隙間がある。
「もっともそう図体がでかくなっちゃ、もう潜れないか」と、ハルガンは笑う。
 エミリアンの手前、かっこが付かないカロルはむっつりとした顔をした。
「まだその隙間、とってあるのですか」と、シモンが呆れてように言う。
「ああ、大事に補修しておいたよ。見るか?」
「そんなの見ても仕方ないだろう。て言うか、なんでそんなの補修するんだよ」
「お前とルカの記念だからさ」
「何の記念なのですか?」と問うエミリアン対し、
「あのですね」と、答えようとしたハルガンに、
「余計なことを言うな」と、強く戒めるカロル。
 ハルガンは首をすくませたまま、
「よっ、式は何時あげるんだ」と話を変える。
「式?」と、とぼけるカロルに、
「式と言えば結婚式に決まっているだろう、バカ」と、ハルガン。
 バカは余計だと思いつつも、
「ルカが戻って来てからにしようかなと思っている」
「ルカが戻って来る前に挙げた方がいいんじゃないのか」
「どうして?」
「ルカは独身だぜ。その気になれば」と、ハルガンはさりげなくエミリアンの方に視線を送る。
「なんせ、綺麗な花嫁になるだろうから」と、今にもよだれでも垂らしそうに鼻の下を長く伸ばして言う。
「あのな、ルカをお前と一緒にするな」と、カロルは怒ったように言う。
「そうかな。俺は女を口で殺すが、あいつは目で殺す。俺より質が悪いぞ」
 ハルガンの言葉はカロルの不安を掻き立てた。
「てめぇー」と、拳を振り上げカロルは本気になって怒り出す。
「ハルガンさん、もうおよしなさい、カロルさんをからかうのは。カロルさんに大人の冗談は通じませんよ」と、ジェラルドが仲裁に入ってくれたはいいが、このアホに子供扱いされたくないと、カロルは心底思った。
「相変わらずね」と、シモンはハルガンを評価する。
 辺境の惑星、女っ気がなければ少しは慎むかと思えば、この調子では。
「こんな環境の中でルカさんがまともに育ったのが不思議なぐらいだわ」
 あいつもまともじゃないとカロルは思ったが、ルカを崇拝している姉に何を言っても無駄なことも知っていた。
 ハルガンがニタニタしながら案内してくれたのは中庭がよく見渡せるリビングだった。そこには既にお茶が用意され心地よい香りが漂っていた。
 ソファに座り中庭を一望する。
「すてき」と、シモンとエミリアン。心が安らぐのを感じる。
 同じ花材を使いながらもジェラルドの館の庭とはどことなく違う。この館にはこの館にあった雰囲気を醸し出している。あくまでも派手すぎない美しさ。庭師が違うとこうも違うのかと思わせる。
「ルカ好みですね」と、ジェラルド。
 ルカの嗜好をよく知り尽くした者でなければ作れない庭だ。
「ああ。この庭を作ったのはナオミ夫人自らが教えた庭師ですから」
 夫人は植物に詳しかった。
 お茶を飲みながら、ハルガンですら気付かなかったものにシモンが目を止める。
「あれ、あの赤い花」と、シモンは庭の片隅を指差した。
 そこには弱々しくも真っ赤な花が一輪咲いていた。
「あれ、ボイ星の花ではなくて」
 中庭で一番日が当たる暖かいところで、一輪だけ、ひっそりと咲いている。
「ネルガルの風土に馴染んだんだな」と、ハルガン。
 その健気さに感服したかのように言う。
「まるでシナカ妃のようだ」と、カロル。
 一生懸命ネルガルの慣習に馴染もうとしていたシナカ妃。いろいろなことを訊かれたものだ。カロルは一般常識がないからと皆に馬鹿にされながらも、俺は俺なりに答えたつもりだった。それがどのぐらい彼女の役に立ったかはわからないが。だがもっとネルガルの怖さを教えておくべきだったと今は後悔している。あの時、人を疑うことを徹底的に教えておけばこんな悲劇は起こらなかったかもしれない。
「ええ、一株だけあそこに枯れずに生き残っていたのです」
「ルカ殿下のお帰りを待っているのかもしれませんね」と、シモン。
「私もそう思いましたもので、庭師の方々からどうすると尋ねられた時、他に移植して枯れてしまってもと思い、それであのままにしておくことにしたのです。冬場はあそこだけドームで覆い暖かくしてあげようと思います」と、侍女の一人。
「湿度も気を付けないと、ボイはネルガルより乾燥していたから」と、ハルガン。
 ボイ星に行った当初は喉と皮膚の渇きに悩まされた。
「ええ、そのぐらい知っていますよ。随分、殿下が気を使っておりましたから」
「そうか」と、ハルガンは遠くを眺めるような目をした。
 ハルガンはボイ星から戻ってきたルカとシナカのここでの生活は知らない。時折私を気遣って連絡をよこすルカの通信と、ケリンたちが知らせてくれる近況報告でのみ知っているだけだ。二人はここで幸せだったのだろうか。まあルカの事だ、あいつはどんな所でも幸せを見つける素質があったから心配はしていなかったが。俺が居ればこんなことにはならなかったのだろうか。シナカの死の知らせを受けた時から、ハルガンはそのことだけが心に残る。俺が居れば、否、自惚れだな。とハルガンは自嘲する。俺が居てもきっとシナカを救ってはやれなかっただろう、あのルカが出来なかったのだから。
「ボイはいい所だった」と、ハルガンはソファに深く座り直すと、
「エミリアン、ボイ人にとって一番重要な仕事ってなんだか知っているか?」
 エミリアンが答えに窮しているのを見てカロルが助け舟を出す。
「そんなの知るはずないだろ、エミリアンはボイ人に会ったこともないのだから」
「そうか。だがこれはどの生物にも言える事なのだが、生物なら当たり前のことだ」
「当たり前の事ですか」と、考え込むエミリアン。
 無論、ジェラルドやシモンも解らないと言う顔をしてハルガンを見る。
「子作りさ。て言うか未来を作ると言うことらしい。子供はその種族の未来だからな、否、どの生物にとっても子はその生物の未来そのものだからな、皆必死で育てているよ。猿ですら幼児を抱えている雌なら解るが、雄ですら子供を抱えていれば攻撃されることはないらしい。だから争いが嫌いな雄、言い換えれば弱い雄はボス猿が怒り出すと母親に抱かれている乳飲み子を強引に奪って抱っこするそうだ。ボイ人も子供は大切にしていた。どんな仕事よりも子供を育てると言うことが重要視されていた。俺たちがルカを存外に扱うと、よく長老たちから注意されたものだ。子供にそのような悪いことを教えるものではないと」
 ハルガンの言動を見ていればここに居る者全員が、ボイの長老の言い分に正当性があることを認めた。
「大人たちが丁寧に育てるからボイの子供たちはとても健やかで素直だ。ネルガルの子供のようにすねてはいない。ボイ人に訊くと誰もが子育てが一番大変な仕事だと答える。なぜなら他の仕事は嫌になれば止めてしまえるが、子育てだけはどんなことがあっても途中で止めるわけにはいかないからだと。だから男も女もなく自分たちの持ちうる知識や技術を活かして皆で育てる。だがネルガル人は殺してしまえば止めることが出来ることを知っているから、飽きれば勤め先を変えるように子供を殺して別な仕事に就くんだよ」
「少し待ってください。それは違うでしょ。そんな簡単に自分の子供を殺せるはずはないわ」とシモンが抗議する。
「そうかな、ボイで暮らしていた俺の目には、ネルガルの子殺し親殺しはそうにしか映らないが。よく棒を振り回す子供の話をきくが、親殺しなどは子供の正当防衛じゃないのか。子育てと言う仕事を軽んじて来た結果だろうな。産めば育てられる。動物にできるのだから人間に出来ないはずはないと。だが動物の親たちはきちんと子供の育て方を子供に教えている。動物でも親たちが教えなければ動物園の動物のように子育てが出来なくなる」
 確かに檻の中の動物には子育てが出来ない動物もいる。
「次に重要な仕事がその子供たちが生きられるようにしてやることらしい。まあ教育もその一環だが、それよりなにより環境を整えてやることが先決らしい。それには人数を増やしすぎないと言うことも一つある。未来の食料と居住空間の問題かな。だからボイ人の人数はここ数百年と大きな変動はない。おそらく惑星に存在する水の量のせいなのだろうが、うまく少ない水を皆で分配して来たよ、今までは。と言うか、この少ない水のためにこの思考が生まれたのかもしれない」
 ネルガル人の手が入った現在、どう変わったかは解らないが。
「そしてやっと三番目に自分たちの仕事、生甲斐らしい。上の二つを意識した上での自分。未来を作れない種族はいつかは滅ぶとボイ人は俺たちに言ったよ。おそらくこれは彼らがネルガルを見て思ったことなのだろう。言うなれば彼らからの忠告。俺がボイ星に行って感じた事と真逆の事を彼らはネルガルに来て感じだ」
 ハルガンは遠くを見るような目をした。
 ボイ星の全てが良いわけではない。暮らせば住み辛い所もある。それはどんなに住み心地よく使いやすさを考えて設計した家でも、出来上がって住んでみればいろいろと使い勝手の悪さが出てくるのと同じ原理。
「ありがとう、キングス伯。あなたからの忠告として受け止めておきます」と、ジェラルド。
「そういう呼び方をされるとな」と、ハルガンは照れたように頭を掻き、
「おそらくネルガルの教育のどこかが違っちまったんだろうな」
 否、教育をしなければ生物は生物として素直に育ったのかもしれない。元来生物は食料さえ満たされていればそんなに獰猛にはならない。無駄な労働はしないのが生物。人以外のあらゆる動物を見てみるがいい、奴らは腹がくちければ昼寝をしている。これも環境に優しい行動の一環だろう。





 ここはM13星系第6惑星砂の星、アヅマの襲撃によりネルガル人以外の囚人は全て連れ去られ、コロニーはすっかり寂しくなっていた。
「もっと効率化を図らなければ母星の求める分量は提供できませんね」と、ルカ。
 今まで豊富な労働力に物を言わせ大した近代化を図らなかった付けが、ここに来てもろに出てきた。それでもカスパロフが領事館長になってからは労働の改善のため大胆な近代化を進めて来たのだが。
「以前の館長は館内に居て、労働現場を偵察すらしなかったですからね」と、医師のユンク。彼も思想犯の一人である。
 犯罪者と言っても思想犯が多い。もともと彼らは肉体労働には向いていない。だが知性は高い。彼らの知力を借りて作業の自動化を進めているのだが。
 ルカは領事館の窓から惑星を見渡す。空気も重力もネルガルとたいした変わりはない。問題は水。惑星の性質上酸性度が高くなってしまったこの水では、ネルガル人は生きられない。中和して使うしかないか。だが地下にどのぐらいの水源があるのか。それすら調査されていない。ただ宇宙船の燃料となる鉱物の発掘のみ。金にならない事は一切やらないのがネルガル人。少し工夫してやれば労働者が楽になるものを。
「居住惑星には出来ないものでしょうか」と、ルカ。
「出来ないこともないでしょうが、問題は食料でしょう。自給自足できなければ。今の所全てネルガルに頼ってますからね」と、ユンク。
 この星はネルガルからの補給が滞れば即、死を意味する。
「まずは水の中和から始めますか。それから植物ですね。居心地の良い惑星にするには最低でも十年はかかりますか」と、ルカ。
 ユンクは笑った。
「居心地がよくては、流刑地にならなくなってしまいませんか」
「でも、この惑星の鉱物が必要なら居心地良くすべきでしょう。その方が仕事の効率はあがります」
 それはそうですけど。と言いたげなユンク。ちらりとルカの隣に秘書のような雰囲気で座っているクリスを見ると、この人はこう言う人なのですと言わんがごとくの視線を送って来た。次に何が起こるかも予測済みのような。そして、案の定。
「クリス。囚人の中に植物の性質に詳しい者と気候や地質に詳しい者、化学の専門家が居たら集めてくれませんか」
「わかりました」と返事しながら、やはりそう来ますよねと内心思う。
「気候や地質と言いますが、ここはネルガルではありませんよ」と、ユンク。
 ネルガルの気象現象に詳しい者はいても、この惑星は調査すらなされていない。そもそも判断の基準になるデーターがない。
「どの惑星もそんなに変わりありませんよ。ある程度の基準を満たしている惑星は似たりよったりです」と、ルカ。
 ルカの意外な一面。戦争に関しては慎重すぎるほどの作戦をたてながら、こういうことに関しては超楽観主義である。おそらくこれは白竜のせいだろう。ルカは知らないがエルシアは知っている。白竜なら水のない惑星に四次元を通して水を引くことが出来ることを。
 ルカの言葉に、そんなものかな。と、ユンクは首を傾げる。

 囚人の中から学者たちを集めいよいよ惑星改造に取りかかったところに、ネルガルから迎えがやって来た。
 宇宙港にドッキングするやいなや、
「ひでーな、ここは。何の装飾もない」と、トリス。
 むき出しの壁、必要最小限度の装置類、それもかなり年代物の。殺風景この上ない宇宙港である。
「ある意味、殿下好みですね」と、ケリン。
 装飾より機能性を重視する。
「まあな」と、納得するトリス。
 このトヨタマを作る時だって内装の事は初めから頭になかった。出来上がってから余りの貧弱さに指揮シートとルカの部屋を作り直したぐらいだ。
 宇宙港から惑星まではシャトル。だがここから惑星の姿は厚い雲のようなものに覆われて見えない。
「ここまで惑星に接近すれば本来は、地形ぐらい見えるんだがなぁー」と、スクリーンに映る雲のようなものを見ながらつぶやくトリス。
 ベールに覆われている分、気持ちが高鳴る。早く会いたい。だが惑星が見えたら見えたでこの気持ちの高ぶりは抑えられない。どっちにしろ早く会いたいのだ。
 あの雲がなければこの惑星は極寒の地どころのはなしではない。恒星から遠すぎる惑星。本来なら水があっても氷で閉ざされているような惑星。人どころかあらゆる生物を寄せ付けない極寒の惑星。だがあの雲がレンズの役割をはたし恒星の光を集め惑星上に送っているから、惑星の温度が保たれている。微妙なバランスの上で生物の命を育んでいる惑星。だがそれを言うならネルガル星も同じだ。何かの拍子で少し恒星からの軌道がそれただけでその上の生物は凍え死ぬか焼け死ぬかだ。そうでなくともネルガル星はネルガル人の手によって。トリスは大きく頭を振る。止めよう。未来のことなど考えたって仕方がない。そういうことは頭のいい奴に任せるべきだ、まぁ、俺が生きている間は支障がないだろうから。無責任な考えだ。だが誰しもがそう考えるから今の贅沢な生活がある。極寒の地で水着を着てかき氷を食べるような。俺はそこまでの贅沢はやらないが、否、気づかずにやっているのかな。旬のない食べ物がいい例だ。
 地上に着くとカスパロフ大将自らが出迎えに立っていた。
 相変わらずまめなお方だ。ケリンはそう思うと同時にその変わりのなさにほっと一息ついた。
 メンデス中将とカスパロフ大将、懐かしさが込みあがってきたのだろう、どちらが先に声を掛けるでもなく挨拶し、立ち話もそこそこに地上カーへと乗り込む。
「殿下は、お変わりありませんか」
「元気です。あのお方はどんな生活を強いられても変わられることはない」
 メンデス中将も納得したかのように頷く。
 そんな二人の会話をイライラしながら聞いているのはトリスだった。
「そんなにイラついても地上カーの速度は決まっていますからね」と、ケリン。
「何でこれだけの古びた装置の中で地上カーだけ自動制御にするかな。これこそ手動であって欲しいものだ」
「トリスさんのような人がいるからですよ。地上に降り立っても宇宙に居るような感覚で操縦されたら」
 宇宙は広いが地上は狭い。ぶつかるのは火を見るより明らか。
「おいAI、もっと早く走れないのか」と、最後はシートから立ち上がり制御システムに抗議するトリス。

 領事館はあっさりしたものだった。派手な出迎えもない。執事代わりのクリスが待っているだけだった。
「あれ、殿下は?」
 地上カーから降りるや否やルカの姿を探すトリス。殿下に出迎えられては恐れ多いが、でも居てもらいたかった。
「殿下でしたら、今、手が離せないもので」
 はぁ? と言う顔をするトリス。俺たちが迎えに来ることより重要なことがあるのか。
 それに答えようとしたクリスの顔がこわばる。
 後続の地上カーから一際豪華な衣装をまとったネルロスが配下の者たち数名と降り立ったのだ。それを見るや否や、あのおとなしいクリスの反応は早かった。さりげなく携帯していたプラスターの安全装置をはずす。そして、どういう事だ。と言う視線をトリスに送った。
「そう殺気立つなよクリス、お前らしくもない」と、トリスに言われても警戒心はおさまらないクリスである。
「船に居た方が安全だって言ったんだけどな。どうしても付いて来ると言うから」
 それではクリスは納得しない。クリスが知りたいのはどうして宇宙船に乗せて来たのかだ。それは重々承知のトリスだが、話せば長くなる。そんなことよりトリスは今すぐにもルカに会いたかった。
「ここは罪人の流刑地ですよ。しかもここの囚人には思想犯も多い」
 ある意味市民から敬意を払われていた人たちだ、公に処刑することもできず、だがネルガル星においておけば危険極まりない人物たち。何時市民を煽動してギリバ帝国に反旗を翻すかもしれない。ここ遠い惑星で人知れず餓死でも病死でもしてくれれば有難い。
「言わば王族をよく思っていない人たちです」 だから早く宇宙船に戻れ。否、ネルガル星へ帰れ。と言いたいところだが、そこはトリスとは違い冷静さを装って忠告するクリス。そこには絶対この人だけはルカ殿下に会わせたくないと言う強い意志がある。
「何かあっても責任を取る必要はないぜ。こいつが勝手に付いて来たんだから」と、トリスは肩越しに背後のネルロスを親指で指す。
 そんな事、当然だろうと。何もなければこちらで何かおこす。と言いたげなクリスの顔。だが、やはり何かあれば一大事だ。もっともロン・アーブのように気に入らない上官らを戦場のどさくさに紛れて殺すと言う手もあるが。しかし私はロンではない。ルカ殿下に危害を加えないように警戒するのが関の山だ。
「領事館からは出ない方がよろしいかと存じます。領事館内も限られたスペースだけで行動していただくことになります。なにしろ手が足らないもので囚人たちにも館内の仕事を手伝ってもらっておりますので」と、カスパロフ。
 思想犯の中には話せば理解しあえる者もいる。知性はもともと高いのだから事務的な仕事には打って付けだ。ルカはいつの間にかそんな人たちと仲間意識を共有し始めていた。以前からあのお方は敵をも味方にする力がある。
「クリス、部屋を用意してくれ」
 今後の対策に没頭していたクリスはカスパロフの指示に慌てて返事した。
「ところで、親ビンは?」と、トリス。
 いい加減待ちきれない。おやつを前にお座りを言い続けられている犬のようだ。
「こちらです」と、案内に立ったのは医師のユンクだった。
「誰だ、こいつ?」と、トリスは親指で軽く指す。
「囚人で医師のボレル・ユンクです」と、自己紹介する。
 囚人と聞いて、
「何で囚人が」 こんなところをうろうろしているのだ?
「お前、話、聞いていなかったのですか。今、手がたらないとカスパロフ大将が言ったばかりだろう」と、ケリン。
「案内していただけますか」と、ケリンは丁寧にユンクに頭を下げた。
 手荷物をホールの片隅に置くとユンクの後に続く。トリスも置いて行かれてはと慌てて後に続いた。
「ユンクさん、殿下を呼んできてもらえますか」と、カスパロフ。
 その時である。
「私も行こう」と、ネルロス。
 ネルロスが一歩踏み出した時、
「待て」と、声を掛けたのはクリスだった。
 見ればプラスターに手がかかっている。
「部屋をご用意いたしますので、もうしばらくここでお待ちください」
 言葉は丁寧だが語気はきつい。絶対、ルカ殿下には合わせたくないと言う強い意志が現れている。
 だがネルロスはそれを無視して歩みだした。ネルロスの護衛の者たちがプラスターに手を掛けようとした時、ケリンがさり気なく盾になるようにネルロスとクリスの間に立つ。
「やめた方がいい。彼の銃の腕は我々の中でも群を抜いている。あなた方が彼をハチの巣にする前に、ネルロス王子は死んでいます」と、ケリンは背後の護衛たちに忠告すると同時に、クリスに対して、
「どうしたのですか。何時も冷静なお前らしくない」
「どうして連れて来たのですか。殿下が一番会いたくない人でしょう」
「そうかな?」と、ケリンは首を傾げ、
「それはお前の気持ちだろう。殿下がそう思っているとは限らない」
「そう思っているのに決まっています。その人は」と、クリスが言いかけると、その言葉を遮るようにケリンが言う。
「あのお方は、私たちの思考の範疇外に存在しておりますからね。いつも驚かされる」と、ケリンは微笑む。そのおかげで我々は幾つもの苦境を乗り越えて来られた。
 その時である。誰かがルカに知らせたようだ。廊下を数人がドタバタと走って来る音がし、ルカがホールに飛び込んできた。そしてその第一声が、
「クリス、どうした?」
 クリスの身を案じての行動だということは声でわかる。
 ルカの背後から付いて来た者たちは軍服姿の人々に驚く。軍服にはよいイメージがない。ヤバイと引き返そうとした時。
「ケリンじゃないか」と、ルカの親しそうな声。
「お久しぶりです」と敬礼するケリン。
「何だぁー」と、ルカは安心すると、
「クリスが軍服姿の者たちに取り囲まれて、超ヤバと聞いたから」と、取るものも取らず駆けつけて来たようだ。言葉はすっかり囚人たちのことばになっている。
「彼らは私の旧友だ」と、背後の者たちに教えるルカ。
「でも、さっきは、雰囲気がスゲー、ヤバかったんですぜ」
 ルカは一通り懐かしい顔を眺め、ケリンの背後に居る豪奢な装いをしているネルロスに気づく。
「ネルロス王子」と、ルカは驚いたがそれをおくびにも出さず、
「迎えに来て下さったのですか」と問う。
 ネルロスは余りにも庶民的な装い、しかも泥だらけのルカをつま先から頭まで眺め、
「何をしていたのだ」と問う。近寄られるのも嫌な感じに。
 ルカは初めて自分の格好に気づいた。
「あんまり暇だったので泥団子作りか」と、トリスがからかう。
「ああ、失礼」と、ルカはポケットからハンカチを出すとそれで手を拭いた。
「土壌改良です」と、ネルロスの手前、丁寧な言葉で答える。
「土壌改良?」と、ネルロスが訝しげな顔をする。
「何のための?」と、トリスが聞く。
「この惑星を住み心地よくするためです」
「はぁ?」と、トリスの頭の中に疑問符の連打。
「この惑星を住み心地よくと言うが、この惑星はそもそも囚人の星なんだぜ。住み心地よくしてどうすんだよ」と、トリス。
「私もそう言ったのですがね」と、同意するユンク。
 トリスはお前も囚人の一人だろうと言う目つきでユンクを睨む。
「どうするって?」と、今度は逆にルカが疑問を感じる。
「ここは囚人の星なんだぜ。それなりに悪いことをした奴が罰のために送られて来るところだ。住み心地が悪くって当然だろう」
「それ、違うだろう」と、ルカ。
「じゃ、何かい。犯罪を犯して三食昼寝付きの高級別荘に住もうってか。それこそおかしいだろうが。犯罪が増える素だ」
「何も高級別荘ってことはないよ。でも人権はある」
「人権ね。でもこいつらによって被害をこうむった方にも人権はあったよな。人の人権奪っているんだ。自分の人権が奪われても当然だろう」
「その考えにも一理あるか」と、ルカはトリスの考えを認めたうえで、
「でも、一人殺すと殺人犯だが、数十万人殺すと英雄って言うのもおかしいよな。数十万人殺した方が悲しむ人たちも数十万人以上いるのだから。何が善で何が悪だかわからない」
 ルカはそう言うと、着替えてくると言って奥へ入って行った。
「あなた方も一緒にシャワー浴びませんか」と、ルカは背後に居た泥だらけの囚人たちにも声をかけて。

「はぁ?」と、トリスは今ルカが言った言葉に引っかかる。
「それを言ったら、兵隊稼業は成り立たないだろう」
「相変わらずですね」と、メンデスは微笑む。
「一つも変わられていないでしょう」と、カスパロフは同意を求めた。
「何処に行ってもガキ大将ですね」と、囚人たちを従えて行くルカの姿を見てオリガーは笑う。
「オリガーさんもご一緒だったのですか」と、クリスは喜ぶ。
「医者がいないだろーと思ってな」
「残念ながら、ここに名医が居たのです」と、カスパロフはユンクを紹介した。


 そして浴室では、今まで親しかった囚人たちの態度がガラッと変わった。王子だと言うことは知っていた。今噂の常勝将軍だと言うことも。だがそこには余りにも威圧感がなかった。親しみやすい友。
「どうしたのですか、水、もったいないから一緒に」と、誘うルカに対して、囚人たちは遠慮がちに、
「王子なんだろー」
「あの人と兄弟なんだろー」
 一人豪奢な服を纏い、周りを見下し威風堂々としていた奴と。
「弟とは認めてもらっていないんだ。彼にはオルスターデと言う名門貴族の血が流れているけど、私にはそれがないから。私の血の半分は平民なんだ。皆知っていると思うけど」
 平民の血を持つ王子が居ると言うことは噂に聞いたことがある。地下組織の連中がどうにかその王子に繋ぎを付けようとやっきになっていることも。この方が。とまじまじとルカを見る。
「常勝将軍でもある」と、別の囚人が言う。
「それは部下に恵まれただけだ。見ただろう」
 軍服姿の人たち。
「彼らのおかげで私は勝ち続けることが出来た。正確には負けずに済んだと言うべきかな」
 そこにはおごりと言うものが一つも見当たらない。
「負けずに済んだか」
 いつの間にかいつものように皆でシャワーを浴びていた。
「行ってしまうのですか」
「土壌改良がうまくいくまでは居たいのですが」


 クリスはネルロスの部屋を用意するとその足でルカの居る浴室へと向かう。
 囚人の手前、今まではルカさんと呼んでいたのを改め、殿下と呼び直した。
「殿下、着替え、お持ちいたしました」
「クリス、何があったんだ」と、ルカは浴室から出るや否や心配そうに問う。
 クリスは苦笑するだけで何も答えない。
 クリスはカスパロフに指示され正式な貴族の服を用意してきた。その着替えを手伝いながら、
「お会いになるのですか」と問う。
「来て下さったのだから会わない訳にはいかないだろう。それに正式に謝らないと」
「謝る?」と驚くクリス。
「弟を殺してしまったのですから」
 そう言われてしまっては言いようがないが、それでも、
「悪いのはピクロスです。殿下がやらなければ、我々がやっていた」
「クリス」と、驚くルカ。
「トリスさんに口止めされていましたから今まで言いませんでしたが、実は、我々でシナカ妃の仇を取る計画を立てていたのです」
 ルカは初耳だった。
「王宮からおびき出し、銃殺ではなく、木刀で殴り殺しにしてやろうと。でもケリンさんに止められてしまった。ケリンさんは知っていたのですか、殿下が仇を取ることを。我々も手伝いたかった」と、クリスは両の拳を握りその無念さにぶるぶると震えた。
 その姿を見て囚人たちは驚く。あんなに温和なクリスさんがここまでの怒りを示すなんて。
「否、ケリンは知らなかった。私が何かやろうとしていることは知っていたようだが、殺すとは思わなかったようだ。後でリストを作ったことを後悔していた。私はあの時は感謝したが」 ケリンの情報は完璧だった。
 では今は? と言う感じにクリスはルカの顔を見上げた。
「あんなことをしても、シナカが生き返るわけでもないのに。あの時はああでもしなければ私の気持ちが収まらなかった」
「私も手伝いたかった。願わくは私のこの手で、ピクロスの首を絞めつけてやりたかった。私にとってシナカ妃は姉であり母でもあった。最初は殿下の身の回りの世話を取られてしまったような寂しさを感じましたが、戦場までは付いていけないのでと、私にいろいろなことを教えて下さったのです。殿下が以前、クリスは縫製がうまくなったと褒めて下さったことがありましたよね。あれも全部シナカ妃に教わったのです。私にとってシナカ妃は殿下の次、私の命より大切な方だった。それを」
 その後は思い出したのか感情が込みあがり涙が出てきて嗚咽が止まらなくなってしまった。
 ルカはそっとクリスを抱きかかえると、
「御免、悲しいのは私だけかと思っていた」
 クリスがこんなにシナカのことを思っていてくれたとは。ルカはゆっくりクリスを放すと、
「でもクリス。ネルロス王子はピクロス王子とは違う。彼に恨みを向けるのは間違いだ」
「でも、ピクロスの兄だ」と、しゃくりあげながら言う。
「それを言ってしまえば、私も弟だ」
 それとこれとでは話が違うと言う感じにクリスは怖い顔をしてルカを睨む。
「あなたや私が大事な人を殺されて怒るように、ネルロス王子もオルスターデ夫人も大事な人を殺されて悲しみに暮れているんだ。その怒りが殺した本人に向けられても当然だろう」
「でもピクロス王子は殺されて当然の人だった。多くの人々を苦しめていたのだから」
「でもオルスターデ夫人にとっては目に入れても痛くないほどの大事な息子だった。あなたがシナカの仇を取ろうとしていたのと夫人が私の命を狙うのとは同じ感情です」
「だからと言って、お会いになるのは危険です。まして謝るなんて」 言語道断。
 会話の雰囲気からどうにかクリスの心が落ち着いて来たのを感じ取れる。先ほどまでの興奮はない。

 そこへあまりクリスの帰りが遅いのでケリンが様子を見に来たようだ。
「よろしいですか、殿下」と声を掛けながら脱水所の扉を開ける。
「ミイラ取りがミイラになっているようですから、迎えに参りました」
「わざわざご苦労です」と、ルカはケリンに声を掛けるとクリスの腰の銃を指示し、
「安全弁は掛けて置いた方がいい」と、忠告する。
 すると即座に、
「断ります」と、クリス。
「今は、殿下は私の上官ではありませんから、その指示には従いかねます」
 ルカは、はぁっ と言う顔をケリンの方に向けた。
 ケリンも肩をすくめて見せただけ。
「では仕方ありません。何かあって使うような時は、急所だけは避けてください。もうこれ以上兄を殺したくはありませんから」
「一人殺すも二人殺すも同じだと思いますが」と、ケリンは丁寧な言葉で怖いことをあっさりと言う。
「俺だったら、この機を好機と捉えますがね。どさくさに紛れて暗殺してしまうのです。どうせ誰が殺したのかわかりませんから」と、ケリンはにたりとした。
「ケリン」と、驚いたような声を出すルカ。
「冗談ですよ、殿下」 だが目は笑っていない。
「絶対、暗殺は禁ずるからな」
「はいはい」と、今度はおどけて見せるケリン。
「ただし、向こうの態度しだいですよ」と、ケリンはクリスの方に頷いて見せる。
 ルカは大きな溜め息を吐いた。なんかのぼせたように眩暈がする。何故ネルロスはこんな危険な所にやってきたのだ。状況を知らないのも程がある。どんな精鋭だが知らないがあの程度の護衛で身を守れると思っているのだろうか。この者たちが本気になれば暗殺など朝飯前なのに。
「殿下、どうなさいました」
「否、何でもない。頼むからもめごとは起こさないでくれ。彼らにも迷惑がかかる」と、ルカは背後の囚人たちを指示した。
「だから、船の中で殺しちまおうと言ったじゃないか」
 ケリンの背後から声がする。こちらもあまり遅いから様子を見に来たようだ。
「トリス、お前まで」と、ルカは頭を抱えた。
「冗談だよ」
 こっちは冗談な顔をして本気を言う。
 ルカはますます頭が痛くなるのを感じた。とにかく安全に彼をネルガル星まで帰してやらなければ。これ以上、オルスターデ夫人の怒りも買いたくない。
「あなたがたも着替えたらどうですか。ここは戦場ではありませんから。囚人たちが怯えています」
「ネルロスとの対面がおわったらな。私服じゃプラスターは隠せない」と、トリス。
 彼らは腰に携帯している以外にもおのおの取り出しやすい所に独自の武器を隠し持っている。それがいざっとなった時、わが身を守ってくれることを重々承知して。
「そうですか」としか言えられないルカだった。


 綺麗に身なりを整えてルカは現れた。何時もは囚人たちと同じような服を着ている、この方が動きやすいからと言って。だが貴族らしい装いをすれば、さすがに王子の中で一番美しいのではないかと評されているだけのことはある。ネルガルで高貴とされる朱い髪に緑の瞳、その品の良さはどの王子も足元にも及ばない。後は威厳だが、それは動かしがたい戦歴がものを言っていた。
 脱水所から出たルカの姿を、
「やっぱり、俺の親ビンだな」と、惚れ惚れするような眼差しで見詰めるトリス。
 背後にケリンとトリス、クリスを従えたその姿は。ルカも身長は伸びた。だがそれ以上にケリンたちは肩幅も広くなり青年から男の大人の体に変わり体格もがっしりしてきていた。ルカが華奢で美しいだけに、貴婦人が野獣を従えているように見える。

 既にネルロスは客間で待っていた。テーブルの上にはお茶の用意がしてある。だがネルロスの分は全て彼の護衛がセッティングした。口に入るものに到っては全て毒見もさせられる念の入用だった。
「お待たせいたしまして申し訳ありません」と、ルカは頭を下げる。
「否、そんなに待ってはいない」
「キプロス王子の件」と、ルカが言いかけると、
「それも何とも思っていない」と、ネルロス。
「お前が殺していなければ私がやっていた」
 玉座は一つ。最後に勝ち残ったものが座るのみ。これはネルガル王族の間の暗黙の了解。彼らに仕える者たちも知っている。だからこの場に居る者たちはその言葉に誰も動揺することはなかった。
「まあ、掛けたまえ」と、ネルロスは自分の前の席を指示した。
 ネルロスと同じテーブルに着くのはルカは初めてである。皇帝との会食の際、同じテーブルに着いてはいたものの、自ずとそのテーブルには上下の差があった。まるでテーブルの高さが、否、色が違うかのように、木目の美しい一枚の立派な木の板だったのだが。
 ルカは遠慮がちに腰を下ろす。
「元気そうでなによりだな」
「おかげさまで」
 クリスが給仕を始めようとした時、
「その者はさがらせろ」と、護衛の一人。
 大筋の事を理解していたルカはクリスに下がるように視線を送った。代わりの者が給仕に立つ。お茶を両人のカップに注いだものの、ルカが飲まなければネルロスは飲まない。菓子に至ってはルカの前にあるものとネルロスの前にあるものを交換するように護衛が指示をした。
「そんなに私が信用できませんか」と、ルカ。
「そうだな、まずは信用することから始めるべきだな」とネルロスは言い、交換する行為をやめさせた。
 そして自ら先に菓子を口に運んだ。
「危険です、殿下」と、その行為を護衛の一人が忠告する。
「彼に私を殺す気があるのなら、こんなまどろっこしいことはしないだろう。銃殺で十分だ。凄腕の部下が幾人もいるのだから。違うかね」と、ネルロスはルカに問う。
「そうですね」と、ルカ。ここで変に否定しても仕方がない。
 護衛たちの緊張がピークに達した。だがルカはそれを無視して、
「このような星にどのような御用でいらっしゃったのですか」と問う。
「噂に聞いていたからな、一度見てみたかった。丁度お前を迎えに行くと言うので、乗せてもらったのだ」
 その言葉にルカよりもトリスたちの方が納得しなかった。誰が好き好んで、誰も乗せてやったわけではない。権威を振りかざして勝手に乗って来たのだ。
 だが来るには来るなりの目的がネルロスにはあった。現皇帝に楯突く囚人の中に手を組めそうな人物はいないかと。だがリストを見る限り平民ばかり、中には貴族の名もあったが、三流どころか名も聞いたことのない者ばかりだった。所詮このような星に流される者にろくな者はいない。これがネルロスの結論だった。はなから下級貴族や平民と手を組むつもりはない。
 ルカはネルロスの言葉を言葉通りに受け取り、
「後でカスパロフ大将にでも案内させましょうか」と提案する。
「否、その必要はない。それより二人だけで話がしたいのだが」
 だがネルロスのこの提案にトリスが反対しようとしてケリンに止められる。
 その雰囲気を読み取ったのかネルロスは、
「帰りの船の中でてもよいが」と言う。
 もう用は済んだと言わんがごとくに、ネルロスはゆっくり立ち上がるとナプキンをテーブルの上に置き、与えられた自室へと去って行く。ルカはその後ろ姿をじっと見送る。
 ネルロスとその護衛たちの姿が見えなくなると、トリスが大きく息を吐き出した。
「疲れたぜー」
 ケリンたちもほっと一息つく。
「話って、何てしょうね」と、ルカは意外に明るい、一番緊張していたのではないかと思えば、この能天気さ。
「あなたを部下にしたいのだろう」と、ケリン。
「私を?」
「まあ、利用されるだけ利用されて、最後に始末されるのが落ちだろうな。それより、会えたのか?」と、ケリン。
 ケリンにとってはこちらの方が問題だった。ネルロスなど邪魔だと思えば何時でも消せる。
「会う? 誰に?」
「決まってんだろー、エルシアが会いに行くと言った人物だ」と、トリス。
「どんな奴だった。イシュタルの王子なんだって」
「ああ、あの子か。アヅマが連れて行ってしまった」
「お前が連れて行かせたんだろーが」と、トリス。
 既に言葉的には主従の関係はない。
「否、私ではない。エルシアだ」
 トリスたちは黙ってしまった。暫し頭の中を整理するのに数秒。
「あのな、その、私とエルシアと、別々に言わないでくれるか。話がややっこしくなる」
「あなた自身はどうしたかったのですか」と、ケリン。
「もう少し話がしてみたかった。できればネルガル星へ連れて来てじっくりと」
 ルカ自身はアツマの手にあの子を茹れる気はなかったようだ。
「あの、失礼ですが、殿下はいろいろと身の回りのことをあの子に教えておりましたよね」と、クリス。
 歩き方に始まり食べ方や声の出し方など、あのミルトンとか言う紫の髪の子が散々かかって教えていたことをいとも簡単に。あれはどう見てもルカがやっていたようにしかクリスの目には映らなかった。
「あれはエルシアだ。私はただ少し離れて見ていただけ。まるで自分の肉体を離れて眺めるような。あれが幽体離脱と言うのかな」
 ルカは考え込むように宙を見つめると爪を噛んだ。この爪を噛む行為はエルシアの癖でもある。そしてあの白い髪の子も噛んでいた。
「はぁっ、幽体離脱?」
 トリスが素っ頓狂な声を出す。
「ただあの時感じたのはエルシアのあの子にたいする思いなのだろうな。謝るような、許しを請うような、それでいて拒否するような」
 その感情の脈絡のなさにルカは付いて行けなかった。
「あなたは、あの子と話をなされなかったのですか」と、ケリン。
「あの子と話すときは言葉ではなかった。イメージ、いきなり頭の中に言葉、否、映像が入って来るような。よく見せてくれたイメージは野山を馬にまたがって、馬と言っても羽がある。天馬か。狩りをしているところなのだろう。弓矢で」と言った途端、ルカの顔がひきつれ両腕が震えだした。
 今でもルカは弓矢を怖がる。見るのも嫌なほどに。
「ルカ、大丈夫か」と、トリスがその震える手を自分の手で包むかのように抑える。
「ああ、大丈夫だ」 だが額には汗。
「私は、もしかしてあの子を弓矢で殺してしまったのだろうか、狩猟中の事故か何かで」
 ルカは自分の両手を眺める。
「何時の話ですか」と、ケリン。
「少なくとも今生の話ではありませんよね。あの子は生まれてこの方部屋から一歩も外に出たことがないと伺っております。とすればそれは前世のあの子の思い出。もしそれがあなたと一緒に狩りをしているとしたら、百年や二百年前の話ではなくなる。少なくとも何千年も前の話になります。なぜならあなたはあの村で何千年も転生を繰り返しその間、村から一歩も出ていないのですから当然、イシュタル星には一度も戻っていない。これは村人たちの話が正しければの推測になりますが」
「例え殺されたとしても、事故だろ、そんな何千年もこだわるかな」とトリス。
 前世の記憶のないトリスには考えられない。もし人は何度も転生するなら俺だって地上カーに撥ねられて死んだこともあるかもしれない、何百年もの間には。そそっかしい俺のことだ、一回や二回じゃすまなかったかもしれない。そんなのいちいち恨みに思っていたら大変だ。復讐だけで掛け替えのないこの世が終わってしまう。そんなのつまらないじゃないか、博打もやらず酒もやらず恋もせずに終わってしまうなんて。こうなると前世の記憶があるってーのも考え物だ。
 ルカは考え込む。あの子と同じ思い出が私にもあるのか? だがあの光景は懐かしい。天馬にまたがり大空を駆け巡ったこともある。雲を利用してかくれんぼも。沢山の子供たち、多くの村人、そして洪水。またやったのかと頭を抱え込む私。そう、彼女は水を自由に扱える。恵みの雨を得てすると洪水にしてしまう。彼女に悪気はないのだが、ただ水が好きなだけなのだが。「村人たちは皆、高台に居るからあそこを川にしてしまってもよいのかと思った」と言う彼女のイメージ。「違う、何時もこうなるから村人たちは早めに高台に非難しただけだ」と私の怒鳴る声。
「殿下」
 物思いに耽っているルカにケリンが声を掛けた。
「一度じっくりエルシアさんと話し合われたらいかがですか」
「どうやって?」
 誰よりも自分が話し合いたいのだが、その方法が解らない。
「彼が現れるのは私の意識のない時だ」
「いっその事、お前をぶっくらしてエルシアを呼び出してみるか。そうして俺たちが話を聞く」
「トリスさん!」と、クリスの悲鳴に近い声。
 トリスの余り乱暴な提案にクリスが真っ向から反対する。
「それもいい案だな」
「殿下まで、何を言い出すのですか。私は絶対反対です。打ち所が悪かったらどうするのですか」
「そうしたところで、エルシアさんが出て来るだろうか。彼の話す相手は限られています。カロルかジェラルド王子、カスパロフ大将も話されたことがおありでしたね」
「私は殿下が幼少の頃です。殿下が成長するにつれ、表に出づらくなったと話しておりました」
「結局、あいつが話す相手はアホな連中ばかりだ。あいつらが何を言ったところで誰も信用しないからな、話し相手には丁度良かったのだろう」
 トリスの言葉にルカはむっとする。
「カロルはともかく、ジェラルドお兄様はアホではありません」
 カロルが今ここに居たら怒って暴れ出しそうな事をルカは軽く言い流す。
「はいはい」と、兄思いのルカの言葉にトリスはくだけた返事をする。

 彼らの話を部屋の片隅で聞いていたユンク。
「どう言うことですか」と、オリガーに問う。
 オリガーの医師としての意見を求めたようだ。
「精神分裂症、多重人格と言うところですか。もっともこれがルカ殿下が神の子と言われる所以なんですけどね、確かに殿下にはエルシアと言う別人格がいる。これが曲者でね」
「曲者?」と、ユンクは聞き返す。
「イシュタル人のようなのだ。しかも超能力を使う。殿下や我々が今まで数々の修羅場を潜りぬけられたのは彼がいたおかげだろう。ある意味我々は彼に感謝しているのですが。彼の目的が解らない。我々の味方なのか、それとも敵なのか。ルカ王子をどうしたいのか」
「超能力と言うものを、私もあの四人のイシュタル人に接して初めて体験しましたが、今までここに送られてきたイシュタル人であのようなことが出来る人たちは居りませんでした」
「イシュタル人全員が超能力を使えるわけではないようだ。そして使える者たちはネルガル人が攻めてくる前にイシュタル星から避難してしまったようだ。だからネルガル人が捉えることが出来るのは超能力の使えないイシュタル人だけ」
「では、あの四人は?」 何故、この惑星に護送されて来たのだ。
「おそらくあの子に会うため。イシュタル人は竜を探しているらしいから」
「見つけた。と言うことですか」
「そのようだね」
「何のために竜を」
「ネルガル星への総攻撃だろう」
「総攻撃!」と、ユンクは驚く。
「イシュタル星を取り戻すために」
「それでエルシアと言うイシュタル人はあの子をアヅマの手に」
「否、竜は二柱で一神らしい」
「二柱で一神?」
「つまり白竜と紫竜が揃わないと役に立たないようだ。これはボイ人から教わったのだが」
「ボイ人?」
「彼らも竜を崇めている。竜は水の神様だからね。水の少ないボイ星では大事な神様のようだ」
「二柱ね。つまり白竜はアヅマの元に行ったが、紫竜はここに残った」と、ユンクはルカを見ながら。
「そう言うことになりますね」
 ユンクの脳裏にはアヅマたちがしきりにルカを誘っていた光景が浮かぶ。白竜だけでは役に立たないのか。では何故紫竜は残った? 諜報活動か。だがそれにしてはあのアヅマの首領とあまり仲が良いようには見えなかったが。まあ、個人的に仲が悪くとも組織の仲間と言うことはあり得るが。


 エルシア抜きで幾ら話し合っても何の解決にもならないことを悟ったルカは、まず解決できることから始めることにした。その解決できることと言うのがこの惑星の土壌改良。もっともコロニー内の土壌だが。せめてこの惑星に居る全員の食料が製造できれば。
「酸が強すぎで植物が育たないのです」
「石灰石でもぶち込めば、ネルガル星に幾らでもある」と、またトリスの乱暴な提案。
「それでは結局ネルガル星に依存することになる。できればこの惑星内で片付けたいのだが」
 石灰石を運ぶのなら食料を運んでも同じ。
「もう少し時間をくれないか」と、ルカ。
「もう少しって、後何年ですか」と、ケリン。
「軍部は、もう待てないそうですよ」
 大至急連れ帰れ。これが軍部からフリオ・メンデス中将に与えられた使命だった。
「この惑星は外部からの通信が限られていますから、今ネルガルを取り巻く宇宙がどのようになっているかは」と、ケリンは言いかけ苦笑する。
「もっとも殿下の事ですからよくご存じかと思いますが」
 ルカは秘密通信の傍受など朝飯前の少年だった。もっともケリンが手ほどきしたのだが、まさに、青は藍より出でて藍より青し、である。
「確かに今ネルガルは危機的状態ですね。だがこの惑星も」
「天秤にかけますか」と、ケリン。
 ルカは黙り込む。
 囚人の惑星を心配するルカを見てトリスが、
「まったく親ビンは、何処へ行っても住めば都なんだから。逆境に強いと言うか、罪人の星まで天国にしようと言うのだから」と、感心する。
 こんな風だから部下としても安心していられる。どんな不利な戦況でもルカなら必ず立て直してくれると。


 コロニーの農園では、
「石灰石ですか」
「ネルガル星には幾らでもある」と、学者たち。
 その言葉には希望が持てたと言う喜び。だがルカは、
「それでは駄目なのです。もしネルガルがこの惑星への石灰石の輸出を禁じると言い出したら、この惑星はひとたまりもない」
「何でそんなことを言い出すのですか」
「よくあることなのです」と、ルカは苦笑する。
 ルカは経験から知っていた。これは特権階級の者たちだけが知っていること。平民たちには関係のないことだが歴史は全てここから動く。利益を独占したければ目障りな者は排除すると言うルール。それで排除された惑星の一つがボイ星。ウィンウィンの関係では物足りなくなったネルガルは、ボイ星にある資源を全部我が物にしたくなった。よってその惑星に無理難題を押し付け、相手が手を振り上げるのを待つ。振り上げたら最後、これが絶好のチャンスと捉え総攻撃を仕掛ける。この惑星だって今は植民地のようなものだからよいが独立でもしようものなら。これまで無償で受けていた権益が脅かされることになる。それをじっと見ている彼らではない。何らかの口実を付けてまずは石灰石の輸出の禁止から始めるだろう。その惑星の一番弱い所を突くのが彼らのやり方。もっとも戦争もそうなのだが、とルカは苦笑する。この惑星はそれに対抗して燃料の輸出を禁ずるだろうが、ネルガルは燃料を何もこの惑星からだけ輸入しているわけではないから、直ぐにその対抗策の効き目は薄れる。だがこの惑星はネルガルから石灰石を輸入できなければ食料が不足することになる。燃料が一杯あっても食料が不足したのでは何にもならない。他の惑星から輸入しようとしても既にネルガルの手が回ってどうすることもできない。この銀河の惑星はネルガルの顔色を見て行動するのだから。そう、丁度クラスのボスがあいつ気に入らないから仲間外れにしようと言った時、皆がそうするのと同じように。それでは彼が可哀想だから私は遊んであげるとは、なかなか言えないのと同じように。そう、そんなこと言ったら今度は自分がいじめの対象にされてしまうから。惑星も同じ。あの惑星は悪の巣窟である、皆で制裁を加えよう。と力の強い星に言われれば、弱い星は心ならずもそれに同意せざるを得ない。言う方も言われた方も自分の利益を守るために。これが現実。正義はこのルールに則る。せいぜい今のネルガルに逆らえるのはイシュタルぐらいだろう。アヅマやシャーなら食料を運んでくれるかもしれない、気が向けば。だが生命線を他人の機嫌で左右されたのではたまらない。やはり自分の足でしっかりと大地に立たなければ何事も始まらない。
「でしたらこちらも燃料の輸出を断ればいい」
 ルカは笑った。今自分が頭の中で考えた通りになって行く。
「何が可笑しいのですか」
「ネルガルはこの惑星からだけ燃料を輸入している訳ではありませんよ。それは一時困るかもしれませんが直ぐに回復します。でもこちらは」
「でしたらこちらも他の惑星から石灰石なり食料なりを輸入すればよいことです」
「どこの惑星がネルガルの怒りを買ってまでこの惑星を助けてくれますか」
 若者たちは黙り込んでしまった。
「あなたは私たちより若いのに」
 王子とは宮殿の奥で何の苦労もせずに生きている世間知らずの凡々だと思っていた。
「それなりに苦労してますから」と、ルカは苦笑する。
 二度とボイ星のような星は作りたくない。だが自立させると言うことは独立させると言うことでもある。子供は何時までも子供ではない。何時かは親から離れるように植民惑星も何時かはネルガルから離れる。それを認めるか認められないか、親の度量が試される。権益を手放せないのだからそんな度量、はなからあるはずがない。
「では、どうしたらいい」と、若者の一人。
「アヅマとでも手を組みますか。彼らならネルガルを恐れない。幸い私たちはアヅマと戦わずに済みましたから」
「ルカさんは」と言いかけて、「殿下は」と言い直す。
「殿下はこの事を見越して戦わずに降伏したのですか」
 ルカは苦笑すると、
「違います。現在のこの惑星の戦闘能力と敵の戦闘能力を鑑みた所、勝率ゼロでしたからね。私は勝てない戦いはしない主義で」
 この惑星はこのコロニーから追いやられれば数日と生きては居られない。つまり逃げることは出来ないと言うことだ。殲滅するか捕虜になるかだ。
「勝てない戦をしないから常勝将軍なのですね」と、一人が少し軽蔑したように言う。
 クリスがその言葉にむっとしたが言葉を選ぶため黙っていた。先ほどのネルロス王子との件、浅はかな言動はかえってルカ殿下を困らせることになる。トリスが居たら最後まで言わないうちに殴り飛ばされていただろう、羨ましい性格だとクリスは思う。ある意味彼らは平民とは言え生活に困らない人々だ。高等教育が受けられ強いて戦場に出向く必要がない、ペーパー知識はあっても戦場を知らない者たち。故に常勝将軍とはどんな戦況でも勝って来ると言うイメージを持っている。
 ルカは軽く苦笑すると、
「大切な部下です。犬死だけはさせたくない。だから無理だと判断したらどんどん投降しろと言っています。私が投降して来た敵兵を大事にするのは、私の部下が投降した時、大切にしてくれることを願ってのことです」
 ルカが敵兵を大事に扱うことは今では敵の間でも有名である。過去に捕虜にしたことのある敵兵がまた敵として立ちはだかることもあるが、全体的に見れば敵の戦意を喪失させることにもなっている。今では不利な状況に追い込まれた敵は直ぐに投降して来るようになった。死に物狂いでかかって来る敵兵はいない。敵をそんな状態に追い込んだ時の戦いほど悲惨なものはないと言うことをルカは経験上知っている。
 先日のアヅマの襲撃、一部で小競り合いはあった。それでも数千人の死傷者は出る。だがこんなもので済んだと言わざるを得ない。
「降伏とは何を意味するのか知っているのですか」と、クリスがいきなり言い出した。
「クリス、止めろ」と言うルカの言葉を振り切って、
「降伏すると言うことは、そこの総司令官の命と引き換えて部下の命を助けてもらうと言うことなのです。ここで言うならカスパロフ大将、もし相手が望めばカスパロフ大将より身分の高いルカ殿下の命です。それと引き換えにあなた方の命を助けると言うことなのです。何も知らないで」と、クリスは憤りを感じた。
「幸い彼らの目的があの少年だったので、殿下もカスパロフ大将もご無事でしたが、私は殉死する覚悟でおりました」
 ルカは大きな溜め息を吐く。
「クリス、それだけは反対だと私は常々言っているだろう。一緒に天国の階段を昇って来ても途中で蹴り落とすからな」
「どうぞご自由に、手すりにしがみ付いてでも殿下に付いて行きますから」
 天国の階段には手すりがあるのかと思いつつもルカは大きく頭を振った。
「アヅマと手を組めないとなると、この惑星の権利を持っている人たちからその権利を譲渡してもらうしかありませんね」
 そうすればこの惑星は名実ともにこの惑星に住んでいる住民の物になる。
「その条件を探せとご命令ですか」と、ケリン。
 何時の間に来ていたのだろう、気配を感じさせない男だ。さすがは元情報部、軍服を抜くとその場に溶け込むのが早い。
「別に命令はしませんよ、私事ですから。でも天秤と言う言葉を教えてくれたのはあなたですから。天秤にかけられるようなよい材料はないかと思いまして」
 ケリンはやれやれと言う顔をすると、
「もうこれ以上、あなたの敵を作るのは御免ですよ」
 ピクロス王子。我々に命令さえすればうまく始末したものを、事故死に見せかけて。そうすればオルスターデ夫人のような復讐鬼を作り出すこともなかった。でも事故死では殿下のお心が納得しなかったのでしょう。見た目は月を映す湖面のように冷静に見えてもその魂はあらゆる物を溶かしつくすマグマ。俺たちはそれに引き付けられているのかも知れない。ボイ人が笛の紋章を見た途端、口々に言っていた。この竜だけは怒らせてはならないと。めったに怒る竜ではないが逆鱗に触れたら最後、全てを破壊尽くされると。あの時、それを垣間見たような気がした。
「私の敵?」と、ルカは解らないと言う顔をする。
「等価交換ですよ、それがどうして」
「人間とは勝手なものです。その時は得したと思って交換しても、後でこの星が今より経済的に価値がなくなれば得したと思いますが、今以上に発展すればあの時の交換は損したと思います。その損はあなたに騙されたと言う形に変わりますから。よって敵が増えます」
「そんな、この星が発展するかしないかは彼らの努力にかかっているのです。将来の損得まで言われても」と、ルカは懸命に研究している囚人たちを指示して。
「人間とはそんな生きものです。ましてあなたが関われば今以上にこの星が発展するのは目に見えておりますから、協力は致しかねます。それより現状維持と言うことでそろそろご帰還の準備をして頂けませんか。軍部からメンデス中将にやいのやいのの催促です。何時になったら戻って来るのかと。今殿下と交渉中だと言うことで出立の時間を引き延ばしておりますが。まあ、直ぐにうんと言って帰るよりよいかと思いまして」
 こちらはこちらでケリンの考えがあるようだ。嫌がるルカを無理やり引っ張ってきたと言う形を取りたいようだ。その方が帰還してからの軍部のルカに対する態度も慎重になるだろうから。もう使い捨ての駒にされるのは御免だ。
「それにカスパロフ大将も同行するように言ってきております」
「それではこの星は誰が?」
「副領事にでも任せるしかありませんね」
 確かにこの星には思想犯が多い、だが凶暴な犯罪者もいる。今までのように鎖で縛って働かせるなら何の問題もないが、彼らを更生させようとするならそれなりの人格と腕力が必要だ。カスパロフだから出来たのだ、他の者では。
「そんなに心配でしたら私がカスパロフ大将の代わりにこの星に残りましょうか」と、メンデス。こちらはまだ軍服を抜いてはいない。
「探しました。こちらだと伺いまして」と、メンデスは慌てて付け加える。
「私を?」
「はい。通信に出すようにとのことで。今度は軍部自らあなたを説得するとのことで」
「相当わたしが駄々をこねているように思われているみたいですね」
「そう軍部に思わせた方がよいとの、ケリン軍曹の考えで」
「しかしあなたにこの星に残られては私が困ります。私の軍で規律がまともなのはあなたの軍ぐらいです。後の者たちは規律云々と言うよりもは目の前に酒瓶と女性の下着を釣り下げておけば幾らでも走る者ばかりですから」
「それじゃまるで、人参をぶら下げて走らされている馬みてぇじゃないか」と、トリス。
 私服に着替えたトリスが酒瓶を両手に千鳥足で現れた。ルカが居るところが俺の極楽浄土。極楽浄土は酒がうまいと一人決め込んで酔いつぶれていたが、ルカの声は耳に入ったようだ。
「まったく、ひでぇー言われようだ。いくら親ビンでも」と、文句を言い出したが既にろれつが回らなく聞き取れない。挙句の果てには何かに躓き倒れたことをいいことにその場で寝入ってしまった。転んでも酒瓶だけは大事に抱え込んで。
「殿下の無事な姿を見て、ほっとしたのですね」と、クリスは自分の上着を抜いてトリスに掛けてやる。
「ハルガン曹長まで呼び戻したようですよ」とケリン。
「あなたが自由に動けるように」
「私にこんなに力を与えて軍部はどうするつもりなのでしょうね。これではギルバ王朝ですら倒せますよ」
「やりますか」と、ケリン。
 その言葉に微かながら思想犯たちが反応した。
「冗談ですよ」と、ルカは大げさに笑う。
 周りの微かな雰囲気を読み取ったケリンは、
「私なら冗談も通じますが、他の者には言わない方がいいですよ。本気にしますから」
「私はあなたが一番冗談が通じないのではないかと思っておりましたが」と、ルカは試すかのようにケリンを見る。
 ケリンはさり気なく視線をはずす。
 ケリンも今のギルバ王朝をよく思っていない一人だ。だが表だって騒ぐでもないし地下組織に属する訳でもない。これ程の情報収集能力、地下組織が欲しがらないはずがないのに。地下組織から声がかからないと言うのは嘘だろう。
 ルカは立ち上がると、
「通信に出ましょう。この惑星の広範囲の地質探索と、領事長の選任権とを引き換えに」
「アヅマやシャーと戦うおつもりですか」
「ネルガル星を見捨てるわけにはいかないでしょう、私の故郷なのですから。それにあそこには友人が居る」
「友人のためですか」
「それ以外に戦場に赴く理由はないでしょう」



 帰るとなるとルカの行動は早い。あっという間に身支度を整えてしまった。そもそも必要最小限度の物しか持ち歩かない性格である。何処に何年滞在してもボストンバック一つで済むような、バックに入らなかった物はこの部屋を使う者にやると言うことで。まごまごしていたのはネルロス王子の方だった。たかだか数日の滞在だと言うのにあらゆる物を宇宙船から運び出して来たため、また運び込むのに時間がかかった。連れてきた護衛たちだけでは手が足りない。
「何で俺たちが奴の荷物まで運ばなければならないんだ」と、文句を言うトリス。
 クリスだけは何もしないで済んだ。
「お前、そうとう嫌われているな」
「おかげで殿下の身の回りの世話が出来ます」と、喜ぶクリス。
「ちぇっ」と、舌を打つトリス。
 後の事は副領事と青年たちに任せ、ルカは艦上の人となった。


 トヨタマの指揮シートに座ったルカに艦内の全員が敬礼する。
「お帰りなさい、司令」と、オペレーター。
「やっぱり、親ビンが座るのが一番だな」
 以前はまだ幼く卓に隠れ何処に居るか見えなかったが、今ではしっかりと存在感がある。
 ルカはゆったりと足を組むと、慣れた手つきで手元のタブレットを操作する。そこには既に宇宙港を出発した仲間の艦が整然と陣形を整えていた。
「さすがはメンデス中将率いる第6宇宙艦隊ですね」
「お褒め頂き、光栄です」と、メンデスは一礼する。
 指揮シートに座ったとは言え、ルカは軍服姿ではなかった。
 ルカを無事にネルガルへ帰還させることが今回のメンデスの任務。それを知っているルカは余計な口出しはしないことに決めていた。
「メンデス中将、帰路はあなたに一任いたします。私は自室でゆっくりさせていただきます」
 そういうとシートから立ち上がりメンデスに座るように促す。
「ご行為は有難いのですが、私は自分の艦で前方から指揮を執らせていただきます。その方が落ち着きますので」
「そうですか」と、ルカ。
「ゆっくりするのはいいけどよ、行きはよいよい帰りは怖いって言うからな。宇宙海賊が攻めてくるのはこれからだぜ」と、トリス。
「なんせ、奴らが一番欲しがっている荷を積んじまったからな」
「荷って、私の事ですか」
「そうだよ、行と帰りで違うのはそれだけだ」と、トリス。
「絶対奴ら、攻撃して来るぞな」 賭けてもいいと言う感じだ。
 それに対してルカは、
「たぶん、攻撃してきませんよ」と、トリスの絶対を否定した。
 こちらもトリスなみに確信めいた言い方で。
「どうしてそう言えるのですか」と、オペレーター。
 彼女たちもトリスに煽られ不安でならない。
「エルシアは一筋縄ではいきませんから、強引に連れて行ったところで、彼らももてあますだけです」と、ルカが言った時、オペレーターの一人が小さく吹き出す。
「何か、変なことを言いましたか」と、ルカ。
「いいえ。ただ、私はエルシアと言う方は存じ上げませんから、よくはわかりませんが」と、前置きしてから。
「今司令が口にされたことって司令ご自身の性格のように思えまして」
 戦闘の時のみの付き合い。だがその戦術には総司令官の性格が色濃く出る。
 艦内の者たちが遠慮がちに笑いだす。トリスに到っては爆笑。
「そうだよな、司令も一筋縄ではいかない」と、誰かが納得した様に言う。
「そうそう、言い出すと折れないし」
「エルシアの性格って司令そのものの性格だよな」と、ロンやバムたちまでが言い出しては、ルカも半信半疑で受け入れざるを得ない。
「そっ、そうですか」と、ルカ。
 今までエルシアと自分が似ているとは考えたこともない。
 だがオペレーターのその一言で艦内の緊張はほぐれた。
「では、先に出港させていただきます」と、メンデスは敬礼して踵を返す。
 それに従い各艦の艦長たちもメンデスの後に続く。メンデスは来た時の陣形を崩さなかった。万が一攻撃を受けた場合は、自分たちが盾になる。
 ゲートが開き出港するまではルカも指揮シートに座ってその様子を見ていた。メンデスが組んだ陣の中に自分の艦が収まるのを見て、ルカは思った。陣形を一目見ただけでルカにはメンデス中将の思いが解った。アヅマやシャーが相手ではこの数では勝てない。相手の倍いても勝てるかどうか、ルカにも自信はなかった。やはり私でも軍からの指令を遂行するにはこうするしかないか。彼らが襲撃してこないことを祈るしかないな。
 ルカはゆっくりシートから立ちだすと後をプラタ艦長に委ね、自室へと下がった。

 自室で待っていたのはクリスの不機嫌な顔。
「では、何故。と言う疑問がクリスの脳裏にも浮かんだ。
 そこへ入室の許可を求めるAIの声。
 入って来たのはケリンだった。
「ネルロス王子が会いたがっているそうですね」
 その情報を何処から? と言う顔をしてルカとクリスはケリンを見た。
「まさか、盗聴ですか」と、ルカ。
「プラタ艦長から聞いたのです。申し出があったと」
「目的は何ですか」と、クリス。
 何でも知っているケリンの事だからネルロス王子の目的も。まるで戦闘機が反転したかのようなネルロスの行動の変容。
「司令と組んで玉座を手に入れようと言うところですか」
「玉座を!」と、驚くクリス。
「玉座を手に入れた後は一騎打ちと言うところですか、それとも暗殺。狡兎死して走狗煮らる。と言いますからね」
 嫌なことを言うな。とルカはケリンの言葉に一瞬、眉をひそめたが、
「やはりそうですか」と、それはおくびにも出さずに答える。
「お気づきでしたか」と、ケリンは薄笑いを浮かべる。
「司令は玉座を欲しがらないうえに、確かな実力をお持ちだ。組むなら持って来いの相手です」
「私がジェラルドお兄様を担いでいるのは知っていると思いましたが」
 ルカは誰の目の前でもそれを憚らなかった。自分の立場をはっきりさせておくことが自分の身、強いてはシナカの身を守ることに繋がるから。だが保身のためだけではなかった。ルカは本気で、
「私はジェラルドお兄様が一番ふさわしいと思うのですが、これからのネルガルのためには」と、同意を求めるようにケリンとクリスの顔を見たが、二人は何の反応も示してこない。
 それもそのはずだ。二人にとってはルカこそが玉座にふさわしいと思っているのだから。
 仕方なしにルカは先を続ける。
「ネルロス王子は正気のジェラルドお兄様のことを知らないのでしょうか」
「知っているだろう」
「それでしたら、何故」
「知っていても、相手より自分の方が上だと思うのが人の常です、相手が桁違いに上でない限り。おそらく司令が相手でも、血筋を口実にするでしょう。血筋では完全に彼の方が勝っておりますから」
「そんなものなのかな」と、ルカは疑問に思う。ネルガルの行く末を思えばそんなことは言っていられないだろうに。
「司令は何でも理解されているわりには、そこら辺の感覚が抜け落ちているのですから」と、逆にケリンが不思議に思う。
「はっきりさせておいた方がいいかな」
「後でご返事されたほうがよいかと存じます。ここで争いを起こされたくはありませんから。もっとも始末してしまうおつもりならどちらでもよいですが」
「始末?」
「飛んで火に入る夏の虫ですよ」
「ケリン、私は」と、ルカは思わず語気が強くなった。
「こう考えているのは私だけではありません。誰しもが今が絶好のチャンスと思っているはずです。どのみちジェラルド王子が玉座に着くとなっても邪魔になります。危険な芽は早いうちに摘んだ方がいい」
「ケリン。私は皆で仲良く」
「交代で玉座に座るとでも言うのですか」
 はっぁ。と驚くルカ。
「玉座は一つ。その席を競って血生臭い争いを続けてきたのがネルガルの歴史です」
 何千年経っても一向に変わらない。社会組織は帝国主義から民主主義、社会主義といろいろ変遷し、玉座が首相、大統領と名前を変えただけ。どの時代も結局は一部の者たちの一つの椅子の取り合いで、多くの国民が悲惨な戦いに巻き込まれた。そしてそれは今も続く、勝利の名誉は正義と言う大義名分だけの勲章。
「そっ、それもいい考えですね」と、ルカが唐突に言いだす。
 今まで交代と言うことは考えたことがなかった。
 ケリンは頭を抱えた。
「それでは国の政策が一貫しません。ましてこんな危機的な状況の中で」
 その危機を招いたのは何を隠そうネルガルの失政に他ならないのだが。君臨したいなら君臨したいなりにもう少しそれぞれの星を思いやった政策を執っていれば、このような状況にはならなかった。に、違いない。もっともどんな善政を布いたところで、隅々まで行き届くはずはないし不平不満を申し立てる奴はいる。
「とにかく、ネルロス王子に手を出すことだけは私は許しませんから。トリスたちにも言っておいてください」
「それでしたら司令から直接言ってください。私から言ったところで彼らは聞く耳を持っていませんよ」
 ルカに絶対的な忠誠を誓っている彼らは、それが故に先走ることもありうる。ましてルカの身に危険がおよぶと感じれば自分の命すら投げ出せるのだ。
「困りましたね、誰かネルロス王子の身辺警護に付けたいのですが、これでは暗殺して来いと言っているようなものですから」
「そうですね」と、ケリンは笑う。
 ルカは大きな溜め息を吐いた。
「いっその事、私とこの部屋で一緒に」
 ルカ自身が護衛にあたる。
「それは彼の方で拒否するでしょう。なにしろ彼は平民と同じ空気を吸うのはお嫌いのようですから」
 ルカは黙り込んでしまった。
「まぁ、相手も精鋭を引き連れて来たのでしょう。司令が心配することではないと思います。それよりご自身の足元をしっかり見てください。こちらが考えることは先方も考えていると見て間違いありませんから」
「そうかな、なら私が考えているようにも考えているのでは」
「それは、ありえません」と、ケリンは断定するかのように否定した。
「どうしてそこまで確信的に言えるのだ」
「それはネルロス王子の性格からです」
 ケリンのデーター分析は確実だ、今まで間違ったことがない。それはルカも認めざるを得ない。
「この件に関してはあなたの情報分析にミスがあることを祈りますよ」
「司令の作戦には得てして私の分析外のものがありますからね」と、ケリンは苦笑する。
 そしてルカが持つデーターでは、ネルロスの精鋭がトリスたちより上だとは思えない。
 ルカも苦笑しながら、
「まぁ、とりあえず、トリスたちには釘を刺しておきましょう」
 今の所、ルカが打てる唯一の手のようだ。


 ケリンが去った後、カスパロフも落ち着いたと見え、挨拶にやって来た。
「M13第6惑星ではいろいろとお世話になりました」と、ルカはカスパロフに礼を述べる。
「まぁ、どうぞ」と、掛けるように促すと同時に、クリスにカスパロフの好みの酒を持ってこさせる。
 カスパロフはテーブルのグラスを見て、
「どなたかお客様でも」と、問う。
「ケリンが先ほどまで来ていたのです。ネルロス王子の暗殺の案件で」と、ルカは冗談まじりにと言う。
 カスパロフは驚く。
「殿下、まさか」
 だがルカがそうお考えならカスパロフも反対するつもりはない。これがネルガルの王子として生まれた宿命。運の良い者が生き残る。
「別に提案されたわけではないのですが、艦内の雰囲気がそのようで」
 そうだろう。この好機を逃すトリスたちではない。
「それで、迷惑ついでに、さり気なくネルロス王子の身辺を護衛してもらえますか。ゆっくりしたいところでしようが、申し訳ありません」
 カスパロフ意外に頼める相手がいない。
「警護するのはよろしいのですが、後々の禍根になるのでは」
「リンネル、あなたまで」と、ルカは驚く。
「ジェラルド様をお立てになるにしても大なり小なりの内乱になります。それを防ぐのには粛清と言う手段しかないでしょう」
 これがネルガルの歴史。これに失敗すれば内乱になる。
「どのみち手に掛けることになります。後はネルロス様の玉座への執着度とでも言いますか、話し合いで理解してもらえるようでしたら」
 カスパロフは自分で言っておきながら、それは無理だろうと思っている。ネルガルの王子として生まれたからには、まして有望視されている存在だ。知力もあれば血筋も財力もジェラルド王子と引けを取らない。彼にあと足らないものは戦歴のみ。それを言うならジェラルド王子も同じ。
 ルカは考え込んでしまった。
「まさか、ネルロス王子にそんなこと聞くわけにもいきませんしね」と、ルカは苦笑する。
「残るはジェラルドお兄様の絶対的な優位を示すしかありませんね」
「どうお示しになるおつもりなのですか存じませんが、難しいと思います」
「護衛の件は無理ですか」
「さり気なく気にはかけますが、ケリンたちに本気で動かれては私では手の打ちようがありません」
 そうだろうな。とルカも思った。私でもどうすることも出来ないのだから。犯人を処刑すると脅しても、彼らならやるとなったらやるだろう。
「ケリンたちがおとなしくしてくれることを、アヅマの襲撃以上に神に祈らなければならないとは」と、ルカ。
 それを聞いていたクリスが笑う。
「アヅマの襲撃の方がまだましの様に聞こえますが」
「そう言ったつもりです。アヅマは命までは取りませんから」
 アヅマは反撃しなければ何もしない。彼らの目的はイシュタル人の解放。
「もし私がケリンさんたちのスパイだったらどうするのですか」と、クリス。
「筒抜けですね」と、ルカは笑う。



 ネルロスとの会見は展望室にした。夜空の星が一面をおおうと言いたいところだが、実際肉眼で見えるのはこの艦を守るように取り囲む味方の艦影、その輪郭を表すための無数の色とりどりの表示灯。それはそれで人工美として美しいのだが、それらをコンピュターで画像処理すれば実際ここから見える星空が浮かび上がって来る。だが一つとして見覚えのある星座はない。幼少の頃ネルガル星から見上げた夜空は、だがこちらも街の明かりが強すぎて画像処理しなければ星はよく見えない。ボイの夜空は月が二つも三つもあるため、夜道は困らなかっただけに星はよく見えなかった。肉眼で満天の星を味わうことはなかなか叶わないものである。
 ルカがそんな思いに耽りながら星空を眺めているとカスパロフがやって来た。だがカスパロフは一瞬、声を掛けるのに躊躇した。
 似ている。星空を見上げるその姿が。
 その刹那、ルカが振り向いた。
「申し訳ありません。遅れまして」
「否、私が早くき過ぎたのです」
 ルカは最初、ネルロスと単独で会おうとしていたのだがトリスたちにおおいに反対された。それでお互いに護衛を一人付けると言うことになった。ケリンでもトリスでもよかったのだが、ネルロス王子が平民は嫌うと言うことで貴族であるカスパロフが適任だろうと言うことになったのだ。元はルカの侍従武官でもあった。
「しばらく星空を眺めるなどと言うことがなかったもので」と言って、ルカはまた星空を眺める。
 星空を眺めているルカの姿。幼少の頃からルカは展望室が好きだった。ボイ星に向かうとき、ネルガルが恋しくて眺めているのかと思っていたが、実際ルカが眺めていたのはネルガル星のある方向ではなかった。幼いからネルガルの方向が解らないのかと思っていたが、よくよく見ているといつも決まって同じ方向を眺めていた。そしてその方向にあるのはネルガル人が魔の星と忌み嫌うイシュタル星。否、眺めていたのはルカ殿下ではなくエルシア様だ。あの頃はよくエルシア様が表に出てきていた。
「イシュタル星が気になりますか」
「えっ!」と言う感じにルカはカスパロフの方に振り向く。
「確かその方角だと思います、イシュタル星があるのは」
 カスパロフに言われてルカも初めて気づく。
「そうでしたね。言われるまで気づきませんでした」
「そうですか、ではエルシア様が眺めておられたのでしょうか。彼は展望室へ入られると決まってイシュタル星の方を眺めておられた」
「そうだったのですか」
 ルカは全然知らない。エルシアが表に出て来る時、ルカの意識はない。ただあのイシュタルの少年の時は、エルシアがやることを何処か離れた所で見ていたという意識はある。
「エルシアはイシュタルへ帰りたいのでしょうか」
「それでしたらアヅマが迎えに来た時に、あの少年と一緒に行かれればよかったのではないかと存じます」
「そうですよね、あの少年だけを行かさないで。それとも私が表に出ていたから」
 だからエルシアは一緒に行きたかったのに行けなかったのだろうか。ルカはその考えを否定するかのように頭を振る。違う。彼ははっきりとアヅマの誘いを拒否していた。
「エルシアはネルガルをどうしたいのでしょうね」
 ルカにそう問われてもカスパロフにも解らない。
 その時である。入室許可を求める合図。
 ネルロスが部下一人と入って来た。だが外には数名の護衛が居るようだ。
「すまない、付いて来てしまった」
「それを言うのでしたら私の方も同じです。目立った所には居ないようですが、何かあったら即座にこの部屋に飛び込める位置には待機しているようです」と、ルカは苦笑する。
 双方の部下とも思うところは同じのようだ。
「どうぞ」と、ルカはネルロスに椅子をすすめると、
「何を飲みますか」と、尋ねる。
 そちらに任せると言われ、ルカはルームバーからネルロス好みの酒を持って来た。グラスに注ぎ合い向かいに腰かけた。
 ネルロスがそのグラスを口に運ぼうとした途端、控えていた護衛が近づいてくる。ネルロスはそれを制して一口含んだ。ゆっくり口の中でころがして味わい喉へと運ぶ。
「いい趣味だ」
「お口にあいましたか」と、ルカは自分のグラスにも酒を注ぎ口へと運ぶ。
 だがその先の会話が続かない。無理からぬ話だ。異母兄弟とは言えお互い今までまともに会話をしたことがない。互いに相手の出方を伺っているというところなのだろうが、しびれを切らしたネルロスが、
「単刀直入に行こうか」と切り出す。
 融和を図る世間話から入ったところでお互い、そのようなことを必要としていないことは明白である。
「ええ、私もその方が」
 時間の節約になる。
「では訊くが、どうしてお前は玉座を欲しない」
 まさに単刀直入すぎてルカは一瞬答えに窮した。
「皇帝もご健在ですし」
 やっと出た言葉だ。次をどう続ける、ネルロスに理解してもらうには。ルカははなから玉座には興味がなかった。自分でも不思議に思うぐらい。
「皇帝が健在な内に、次期皇帝を認めさせておかなければ。政治の空白は即ネルガルの死を意味するからな」
 空白ではなく内乱だろうとルカは言いたかったが、政治の空白は内乱の前兆でもある。そしてネルガルの内乱は今まで虐げられていた多くの植民惑星を奮い立たせる。独立への絶好の機会なのだから。確かにネルロスの言う通りギルバ王朝の死ではなくネルガルの死を意味するだろう。
「今、玉座に一番近いのはお前ではないのか。国民の指示も多いようだし」
「それは買い被り過ぎです。確かに国民の指示は多いでしょうが皆平民です。逆に貴族からは嫌われております。私の中に流れる平民の血のせいなのでしょう」
 なるほど、自分の立場はわきまえているのか。とネルロスはルカの返答をそう受け取った。
 だがルカはそんなことは思ってもいない。そもそもギルバ王朝だって元をただせば一介の平民、前王朝を自由と平等の名の下に革命によって倒し今に至ったのだ。帝国主義を倒して自由平等の民主主義へ。そして時代は行き過ぎた自由の代償である貧富の格差を生む民主主義から、平等に趣を置いた社会主義へ、そして組織上層階級の自分の地位を確固たるものにするための粛清の繰り返しから共産主義へと至る。そして国内を安定させるために国内の不満分子の目を外に向けさせるため帝国主義になって行った。一回転したようなものだ。その間、上層部で勝ち残っていった者が何時しか貴族へ、特別な血が流れているかのように。だから血がどうのこうのとはルカは思っていない。ただルカが玉座を求めると内乱になるのは必定。まさに平民と貴族との戦いになる。ルカはそれだけは避けたいと思っている。内乱に勝利はない。残るのは治しきれないほどの心と肉体の傷。
「それでは、私と手を組まないか。防衛大臣の地位を約束しよう」
 防衛大臣と言えば軍部の最高責任者だ。
「よろしいのですか、軍部を全て私に与えて。現皇帝ですらクリンベルク将軍に全て与えてはおりません」
 軍を制するものは国を制するも同じ。
 ネルロスは唸ったものの、一度口にしたことをそう容易くひっくり返すような人物ではなかった。
「かまわんさ。それだけ私はお前に信頼を置くと言うことだ」
 ルカは苦笑しながらも、「申し訳ありませんが、時間をください」と言う。
 ここはケリンの忠告に従った。
「時間をくれか。まぁ、よい。即答は期待していなかったからな、よい返事を期待している。ところでジェラルドの」と、ネルロスが言いかけた時。
『司令、よろしいでしょうか』と、オペレーターの声。
 話の最中にオペレーターが割り込んでくると言う時は、何か緊急事態が起きた時に限る。まさか、とルカの脳裏にシャーの幽霊船がよぎる。だがルカは冷静を装って、
「何ですか?」と、尋ねる。
『メンデス総司令官が緊急のご相談があるそうです』
「相談? 指揮は全てメンデス中将に任せたはずですが。アヅマかシャーが襲撃して来たのですか」
『それが、ある意味、アヅマやシャーより難解なようでして』
 ルカとネルロスは顔を見合わせた。彼ら以上の強敵がこの宇宙には存在していたのか。
「通信をつないでください」
『畏まりました』
 スクリーンの映像が切り替わる。
『お寛ぎのところ申し訳ございません』と恐縮しながら話し出そうとするメンデス。
 メンデスのそんな生真面目さを知っているルカは、ルカの方からくだけて見せた。
「アヅマやシャー以上の強敵が出現したそうですね」
 メンデスは驚いて、
『誰がそのようなことを』と、声を張り上げそうになった。
「オペレーターですよ、強敵が現れたと」
 メンデスはますます恐縮すると、
『申し訳ございません。彼女にはよく言い聞かせておきますので』
「冗談ですよ、その必要はありません。意外に彼女の推測は的を射ているのではありませんか、あなたのその困ったような顔を見れば察しがつきます。何があったのですか」
『恐れ入ります』とメンデスは一段と恐縮してから、
『実は先ほど遭難信号をキャッチしたもので、何かの罠かと思いまして先鋒隊を向かわせましたところ、惑星ルヴェリエからの避難民のようでして、救援を仰がれたのですが、こちらも任務がありますので、近くに待機している銀河警察の方に連絡を取ると言いましたところ、それでは間に合わないとのことで。申し訳ありませんが、任務上、殿下のお名前を出してしまったもので』
「会わせろと言うことですか」
『はい、申し訳ありません。ですが、お断りになるのでしたら』
「避難と言うことは、反乱でも起きたのですか」
『そのようです。宇宙港も占拠されたもようで』
「どなたが見えられているのですか」
 メンデスが困るぐらいの人物だ、相当な身分と見てよい。惑星ルヴェリエと言えば、
『ロカバド・テラサス・オルランド侯爵です』
 やはりそうか、とルカは納得せざるを得ない。
「会いましょう」と、ルカが二つ返事をした途端、
『やめた方がいい』と、ケリンの声。
『救うに値しない蛆虫だ。否、蛆虫以下か』
「蛆虫とはなんだ、平民の分際で」と、話に割り込んできたのはネルロスであった。
「オルランド家と言えば」と、言うネルロスの言葉をケリンはあえて遮り、
『蛆虫を蛆虫と言ってどこが悪い』
「ケリン、よしなさい」と、ルカが止めに入った。
 ルカの部下たちは身分に対する敬意は持ち合わせてはいない。あるのは能力に対してのみ。ルカ自身がそういう考えだからこそ、人より秀でているが故に異端視されて来た者たちが集まって来た。
「それより、今の様子ではかなり内情を知っているようですね。そのデーター、即刻私の元へ送ってください」
『救援に向かうおつもりですか』
「いいえ」と、ルカはケリンのその質問にははっきりと否定した。
「私は皇帝の命令がなければ艦隊は動かせませんから。それにこの艦隊はメンデス中将の艦隊ですから、越権行為は致しません。規律の乱れになります」
 軍にとって規律が乱れることほど恐ろしいことはない。
『わかりました』
 ならば。と言う感じにケリンは、
『そちらへ流します。ただし、まだ裏の取れていない情報も含まれております』
 ケリンが言うと同時に、大量のデーターがルカの目の前のテーブルに映し出された。ルカはそれをものすごい速さでスクロールしていく。読んでいるのかと疑いたくなるほど。
「早いな」と、ネルロス。
 一緒に読もうとしても追いつかない。
「ケリンの文章には慣れておりますから」
 ルカはデーターに一通り目を通すと、
「以後のデーター収集もお願いします」と、ケリンに頼む。
「やはり、関与なさるおつもりですか」と、カスパロフ。
「助けを求めて来たのですから、知らない顔をするわけにもまいりません」
 カスパロフもテラサス侯爵の貴族の間での噂は聞いている。余り感心するような噂ではない。できれば殿下には合わせたくない人物の一人でもある。
「クリス、部屋を用意してくれますか」と、通信を切り替えクリスに連絡を取る。
『謁見の間でよろしいですか』
「否、会議室でいい。軍旗も何もいらない。私は軍籍を抜けた身ですから」
 会議室?とネルロスは疑問に思う。この者は威厳を示すということを知らないのか。それに相手はオルランド家の当主ではないか。それ相応のもてなしと言うものがあるだろうに。ここら辺が何時になっても上流貴族になれないこの者の欠点か、下等な平民らと付き合っているからな、環境がよくない。まず組むならここから正していかなければならないか。
 ルカはクリスに指示した後しばらく、何も映っていないテーブルを爪を噛みながら眺めている。先ほど得たデーターを分析しているようだ。
「私も同席してもよいかな」と、ネルロス。
 ルカはその声でネルロスの存在に気付いたかのように、今まで失念していた。
「ど、どうぞ」と、慌てて答える。
 しばらくして、
『部屋の用意が出来ました』と、クリスからの通信が入る。
『トリスさんたちが同席したいそうですが』
「ことわります」と、これにはルカは即答した。
 彼らが居たのでは話がこじれる。
 その直後、クリスの背後でごそごそと音がしていたかと思うと、
『言い間違えました。護衛に付くそうです』
 これではルカも断れない。敵も知恵を付けたなと感心するしかない。
「好きにしてください。ただし、話の邪魔はしないでください」
『了解』と嬉しそうに答えたのはトリスのようだ。
 ルカは爪を噛むのをやめて頭を抱えた。


 会議室は賑やかだった。と言うより、見物人の人数が多すぎたためクリスは急遽、部屋を広い方の会議室に変更せざるを得なかった。
「護衛にしては多いですね」と、ルカは集まった顔ぶれを見て。
「ネルロス王子の親衛隊もおりますからね」と、自分たちの存在を無視して相手の数の多さを強調するロン。
 メンデス中将からは一人の幕僚が送られて来ていた。
 ルカの前できちんと敬礼すると、
「帝国軍大尉ハインツ・ディーター・ゼーと申します。メンデス総司令官の代わりに護衛を務めさせていただきます」
 相手が大貴族ではそれ相当の対応のできるものが居た方がよいとのメンデスの計らいのようだ。
「有難うございます」と、ルカが礼を言うのに対し、
「護衛は間に合っている」と、トリス。
「あなた方では護衛しきれないことがあるから、メンデス総司令官が気を使って彼を派遣してくれたのです」
「護衛しきれないなんてことはないさ。その時は始末すればいい。死人に口なし。そもそも避難民だ。助けたが既に息はなかったと言っても話は合う。ここは俺たちの艦なんだからな、でかい面はさせない」
「クリス、針と糸、持ってきてください」
 何に使うのか? とクリスが首を傾げていると、
「トリスの口を縫うのです、これ以上無駄口をたたかないように」
 クリスが本気で取りに行こうとした時、
「ちょっと待て、こら。どうしてルカの命令を本気にするんだよ、おめぇーは」
 融通が利かないほどの真面目さ、これがクリスの良さでもあり欠点でもある。
「麻酔もあった方がいいかと思いますが」
 トリスの言葉を無視したような提案。トリスは言葉をなくして肩をすくめた。
「解った、おとなしくしていればいいんだろ」
「最初に、そう言っておいたつもりですが」と、ルカは澄ました顔をして言う。

 数分後、テラサス侯爵がメンデスの部下ハイケ・フリードル・テッセル少尉によって案内されて来た。さすがに大貴族、避難民と言っても豪勢な出で立ちである。だがトリスたちは侯爵を案内してきた少尉に目が留まった。
「なかなかいい女だな、今夜誘おうかな」
「あの手の女はお前じゃ無理だ。教養が物を言うからな」と、ロン。
 ルカがさり気なく睨み付ける。
 テラサス侯爵は案内された部屋に一瞬戸惑ったようすだが、左手に杖を持って一際気品よく立っている朱色の髪の青年の姿を見るや否や、ルカ王子と判断したらしくその行動は早かった。
「これはルカ殿下、お久しぶりです」
 ルカは会った覚えはないが、おそらく宮中での催し物で末席に座っているルカの姿を見たことがあるのだろう、それだけで如何にも親しそうに話しかけて来た。
 だがテラサスの本心は言葉とは裏腹だった。本来なら下民の血を引くような者、王子と呼ぶだけですらおこがましいのに、対面するなどもってのほかだ。身分を怪我されるような気がするのが、命を助けてもらうためには仕方がないと諦めおべっかを使う。だがその隣に一際豪勢な衣装を身に着けたネルロスの姿を見出すや否や、態度を一変させた。今までの社交儀礼から高貴な者に対する敬意に。やはり王子ならこうあるべきだと思いながらもう一度ルカを見る。決して飾りたてた衣装ではないのだがなんなのだ、この品格は、何処から滲み出ているのだ。その品の良さは下手をすればネルロス王子以上。などと一瞬思った自分の心の揺らぎを、気のせい、卑しい身分のくせに高貴なるこの私を跪かせるとは、今自分が置かれている立場のせいだと一笑し否定した。そして今置かれている自分の立場の惨めさを隠すかのようにネルロスに話しかけた。
「これはネルロス殿下、ご一緒でしたとは気づきませんで」
「弟を迎えに来ただけのことだ」と、ネルロスは大柄な態度で心にもないことを言う。
「それは、ご寛大なことで」
 門閥貴族なら多かれ少なかれルカとピクロス王子の件は噂で知っている。そしてピクロス王子がネルロス王子の弟だと言うことも。
 席に案内され座ってからのテラサスは、ルカを無視するかのようにネルロス王子に対して話し出した。幾ら命乞いをするとは言え、下民の血を引く王子に助けられたとあっては、オルランド家の後々の恥になる。
「お聞きください」から始まった同情を誘うためのスープがたっぷりと含まれたテラサスの話は長かった。自分が如何に平民のために政をして来たか、その報いがこれだとばかりに。
 トリスなどは聞いててうんざりするどころか頭に来ているのだが、ルカに睨まれていては動きがとれない。拳を握りしめることでどうにか自制しているのだが、これ以上べらべらしゃべられたあかつきには我慢も限界である。だがネルロスは真剣に聞き入り頷きながら同情していた。
「まったく奴らは獣以下ですよ、恩と言う言葉を知らない。犬だって三日も飼えば。もっとも奴らは自分の生活が苦しくなると妻でも娘でも差し出してくるぐらいですから、奴らに人間的な感情を求めること自体、所詮無理なのでしょうが」
 その時、観覧袋の緒が切れたのはトリスではなくテラサスを案内してきた女将校だった。さすがに彼女は貴族の出、言葉こそ丁寧だったが、その内容は。
「何時の時代でも何処の国でも、文明国であろうとなかろうと、国が乱れた時、底辺に行くのは女性だと歴史の教授に教わったことがあります。支配する側も支配される側も男の考えることは皆同じだと。男は生活苦から逃げることしか考えないと。家族を守るのはお前たち女なのだと。だからお前たち女性がしっかりしなければならないと。例え身を売らされるようなことになっても心だけはしっかり持ち続けるようにと。妻や娘を差し出さなければならないと言うことは、こう言ってはご気分を害されるでしょうが、あなた様の政がうまくいっていなかったのではありませんか。ですからこのような動乱になってしまった」
 大貴族に堂々とものを言う女性、教授の教えがあるとは言え、ルカを始めその場に居合わせた者たちは息を呑んでまじまじと彼女の顔を見てしまった。
 テラサスの怒りは心頭に達し、顔は次第に赤くなり今にも怒鳴り出す寸前、それを防ぐかのようにルカが穏やかな声でそのハイケ・フリードル少尉に問う。
「その教授は女性だったのですか」
「いいえ、男性です。昔戦場に出て敗戦を経験したことがあるそうです。占領して行っている間は敵が慰安だとか言って自分の妻や娘を差し出して命乞いをするので驚いたそうです。その行為を外道だと馬鹿にもしたそうです。だがいざ自分たちが劣勢になると今度は自分たちが同じことをしたそうです。その頃教授はまだ独り身だったので差し出す恋人もいなかったそうです。それが唯一の救いだったと。当時はモテなかったそうです」
 彼女は話が暗くならないように締めくくったつもりなのだが、テラサスの顔は限界に達していた。今にも怒りで湯気を吹きそうな色になっている。
「そうですか」と、ルカは感心したかのように相槌を入れる。
「あのよ、男が全員、そういう卑怯者だと思っているんじゃないだろうな」と、トリスが不安げに問う。
 だが「いいえ」と、答える彼女の声は明るいものだった。
 それを聞いてほっとするトリス。若い身空、ここまで男を嫌っては幸せを掴み損ねる。
「少し前まではそう思っておりましたが、親友が巻き込まれたある事件によって男性を見る目が変わりました」
「事件?」と、トリスが聞き返したのに対し、彼女は何も答えない。
 だが問題は彼女の答えよりテラサスの怒りの方にあった。烈火のごとく怒り出したテラサスは、
「下女の分際で」と、怒鳴りだした。
 だがその時である。
『通信が、制御できません』と言うオペレーターの焦る声と同時に、
『やぁー』と言い片手をあげるマルドック人の姿が壁のスクリーンに映し出された。
『オペレーターに頼んだら、今会議中だと言って取り合ってくれなかったんだよ。それでAIに頼んだらすんなりと繋いでくれた』とニコニコしながら言いつつ、マルドック人はじっくりとルカを見る。
 ルカはさり気なくケリンを見た。ケリンは視線を逸らしてとぼける。何かAIに悪戯をしたのには間違いない。
『一段と綺麗になったな、砂の星の水がよほど肌にあったと見える』
 ルカはマルドック人の方に視線を移すと、
「冗談きついですね。あの星に水はありませんよ」と、苦笑する。
『恩赦が出たそうだな、晴れて自由の身か、おめでとう。現役復帰か』と、マルドック人は宙に視線を漂わせ、これからの儲けを計算しにかかる。
「まだ現役復帰はしておりませんよ、軍籍ありませんから」
『ああ、そうか。それで軍服着ていないのか。軍服姿に見慣れているから、そういう格好されると何処のご貴族様かと思うぜ』
 そこにはネルガル貴族に対する蔑視が含まれていると同時に、現役復帰など時間の問題だろうと言いたげな雰囲気がある。
「ところで、これ幾らで売るおつもりですか」
 先ほどからルカの手元に流れ込んできているデーター。売るなら売るで何時もなら肝心なところが抜けているのだが今回の情報にはその細工がない。
『今回はお前の出所祝いと言うところで、サービスさ』
「サービスねぇー」と、ルカは疑わしげ視線を送る。
『何だよ、その目は。何、疑っているんだ。俺の情報に誤りはないぜ』
「ええ、それは知っているのですが、ただと言うのがね。あなたとただの取引をして得したことがありませんから」
 トリスとケリンは過去の経験を思い出し思わず笑いを堪えた。
 ネルロスはルカを不審な眼で見る。この者は一体どういう輩と付き合っているのだ。マルドック人と言えば賎民も同然、金の亡者ではないか。そのような者たちと対等に口を利くとは卑しいにも程がある。
 テラサスの方は第三者の飛び込みで怒りの矛先を見失っている。
『今回はお前に手を出してもらいたくないからな。その情報は、宝の持ち腐れになっちまった』
「そうですか」と、ルカが答えた時、別のスクリーンが光り出す。
『もういいだろ。そろそろ俺に話させろ』
 そう言って現れたのは賞金稼ぎのモイセスである。
『久しぶりだな、殿下。元気で何よりだ』
 マルドック人はネルガル人より体格がいい、二メートル以上あるのが普通だ。肌は漆黒で声も太く威圧感がある。相手の事を知っていなければ恐怖すら感じさせる。アモスは商人だから相手にそう言う恐怖を与えないように配慮しているのに対し、彼にはその必要がないのだろうマルドック人本来の姿がもろに出ている。荒くれ者が相手ではこの方が有効なのかもしれない。
『俺の仕事は知っているよな。早速、本題に入ろう、時間は無駄にしたくない。テラサスの首にかなりの賞金がかかっているのを知っているか。居るのだろう、俺に渡してくれないか、山分けにしようじゃないか。俺が奴を引っくくって反乱軍の元へ連れて行く、金を貰ったら半分、お前の口座に振り込むよ、お前がネルガルに着くころにはお前の口座には大金が入っているって言うわけさ、悪くはない話だろう』
「悪くない話ですが、夢見は悪そうですね」とルカ。
『待て、こら』と話に飛び込んで来たのは、タカリ号のエリセオである。
『そもそもテラサスの船を見つけたのは俺たちなんだぜ。ボッタクリ号のアモスが殿下と話をしたいから少し時間をくれと言うから、俺たち通信を遠慮していたのに、それを後から来て、割り込んで山分けもねぇーもんだ』と、隣のスクリーンが光り出す。
『そうよ、一番最初に見つけたのは私なのよ』と、今度は別な壁が。
 そこに映し出されたのは女性のマルドック人なのだが、ネルガル人の目には男性と変わりなく見える。よく見れば男性より少し小柄かもしれない。それでもネルガル人より大きい。
『私にこそ交渉権があるはずよ』
『見つけたのは確かにコマチ姉さんかも知れないが、奴の船に一番追いついていたのは俺だぜ』と、また別な壁が光り出した。
「一体、何隻で追いかけて来たのですか」と、ルカは呆れたように問う。
 反乱軍の船から逃げ切れたかと思って安心したところ、マルドック人たちに見つかったようだ。彼らは惑星ルヴェリエの反乱などに興味はない、興味があるのはテラサスの首にかかっている賞金である。
「まるで傷ついた動物に群がる禿鷹のようですね」
『殿下、お言葉を返すようですが、私たちが禿鷹ならテラサスは何なんですか。まさか、こんな人間の皮をかぶった化け物をネルガル人は高貴と言うじゃないでしょうね』
 そこには尊称も敬意もない。ネルガル人の爵位が通用するのはどうやらネルガル人の間だけなのだろう。
「化け物とはすげー言われようだな」と、トリス。
『あら、人の生き血を吸って生きているような奴をマルドック人の間では化け物と言うのよ。知らなかった?』
「知らなかった。でも俺たちネルガル人の間ではどんな化け物でも爵位を持っていれば、高貴な人物とみなされるんだ、知らなかったのか」
『そうなの、ネルガル人の神経疑うわ。だからネルガル人は蛮族と言われるのよ、最低。知っているの、奴がルヴェリエ星で何をしていたか』
「そんなの知るはずないだろう、会うのは今が初めてなのだから」と、知らないのが当然だとトリスは威張り出す。
『なら、教えてあげるわ。ルヴェリエ星の娘で、テラサスの股間を知らない娘はいないと言われているのよ』
「へぇー、それりゃ凄いな。自分の股間をビデオに撮って衛星中継でもしてのか」
『バカか、あなたは。女の私にこれ以上言わせる気』
『ひでぇー話だぜ。気に入った女がいると夫が居ようが年端のいかない娘だろうが宮廷に差し出すように命令するそうだ。命令に従わない家族は牢屋に放り込まれて重労働させられるか皆殺しだそうだ』と、別のマルドック人が答えた。
『何でも奴の宮廷にはそれで集めた女たちが何千人も居るらしい。飽きれば部下に払下げだとよ。親分が親分だから子分も親分におとらず質が悪い。あの星じゃ、女の子が生まれるとどうか美人じゃありませんようにと祈るそうだ』
『そしてここに来て、また税をあげたらしい。理由は巷のもっぱらの噂だがそのハーレムを維持するのに費用が足りないからだと。今までだってやっとの生活だった平民はこれ以上税をあげられたら生活できないとぼやいていたよ』
『ほんと、あの星では商売にならないもの。買ってくれるのはテラサス侯爵様のお友達ばかりで平民たちは食うか食わずの生活ですもの』
 最初はマルドック人の話などまともに聞いていなかったネルロスだったが次第にテラサスに疑問を抱くようになって来た。
 マルドック人の言葉に余裕をなくしたテラサスは烈火のごとく怒り出し、
「お前ら、こんな賎民の言うことを信じるのか」と、怒鳴る。
 だが周りの者たちの視線は冷ややかだった。
「だから、反乱が起きたのだろー」とトリス、当然だとばかりに。
『悪いことは言わない。俺たちに奴の身柄を渡せ。さもないとあなたの名に傷がつく。あなたはネルガル人には珍しく紳士的な人だと評判なのですよ』
『知っているか、こいつは自分の妻や娘まで反乱軍に渡して逃げて来たんだぜ。こんな卑怯者、匿ったって何の得にもならないだろう』
「妻や娘って、こいつは逃げる途中で反乱軍に奪われたって言っていたぜ」と、トリス。
『それは嘘だ。奴は妻や娘は足手まといになるからと、反乱軍たちを呼び寄せる囮に使ったんだぜ。反乱軍たちが女たちに襲いかかっている間に奴はまんまと逃げだしたんだ』
「へぇー、本人から聞く話と第三者の話とは行って帰ってくるほど違うな」と、トリスは感心したように頷く。
「違う、こいつらの話は全部でっち上げだ。私を陥れようとする」
「お前を陥れて奴らに何の得があるんだ」と、トリス。
「殿下に愛想を尽かさせて奴らに引き渡させるという得があると思うが」と、言ったのはロン。
「あっ、なるほど」と、トリスはわざと感心して見せる。
「その話、あなた方が見て来たことですか」と、ルカは問う。
『信じないのか』とマルドック人たちは鋭い目でルカを睨みつけた。
 アモスだけが一人落ち着いて、
『裏の取れていない噂話は信じない方ですからね』と、言う。長年の付き合いだ。
『逃げる時はどうだったか知らないが、それまでの話は実際にこの目で見ている。あの星には商売で何度も立ち寄っているからな。だんだん平民の暮らしが酷くなって行くのも、そろそろあの星の商売は打ち切った方がいいかなとも考えていた』
『俺なんか、娘が官吏のような奴らに連れ去られていくのを何度も見たよ。嫌がる娘を人気のない所で悪戯するどころか、人前で白昼堂々とな』
『俺なんか、連れ去られる恋人を取り返そうとして奴らに殺された奴を見たぜ』
「助けてやらなかったのですか」
『助ける? ネルガル人の奴らが助けないのにどうして俺たちマルドック人が助けなければならないのだ』
『あの星の奴ら、下手に助けて後で仕返しされるのを恐れて見て見ぬふりしている。自分にだけ仕返しされるならまだしも、家族まで酷い目にあわされるからな』
『俺たちはその星の政治には口を出さないと言うのが決まりだからな。いちいち口を出していては商売にならない。ヤバイと思えば二度とその星に立ち寄らなければよいのだから。正義を振りかざしても俺たちだけではどうにもならない。ネルガル人は根から腐っているからな、文明人の常識と言うものが通用しない』
「俺たちだってネルガル人だぜ」
『あれっ、そうだっけ』と、マルドック人は大袈裟にとぼけて見せ、尚且つとぼけたことを言う。
『イシュタル人かと思ってたぜ』
『まぁ、正義は金にはならないしな』
 そこら辺が本音のようだ。
『自由がなくとも幸せに暮らしている星もあれば、自由があっても疲弊している星もある。一概にどれがいいとは言えない。ルヴェリエ星のような政治体制を執っている星でも幸せに暮らしている星もある。要はトップに立つ奴の人間性とでも言うのかな』
『自由主義だろうと社会主義だろうと下卑た人間がトップに立っている星は見られたものではないわ』
 マルドック人は銀河の星々を相手に商売をして歩っている。そこにはいろいろな思想や政治組織があるのだろう。見た目は同じような政治仕組みに見えてもその星の国民性によってうまくいったりいかなかったりしているようだ。
 そこにいきなり、
『待ってくれー、俺も分け前に入れてくれー』と、空いている壁に通信を入れて来た者がいた。
『何だ、今頃やって来て、もう分け前は決まった』
『ちっょと待って。どう決まったの』と、アブクゼニ号のコマチ姉さん。
『まだそんな話し合い、してないじゃないの』
 そうだそうだと、マルドック人たちが騒ぎ出す。それからが大変だった。彼らの計算の速さ、ルカの頭脳をもってしても付いて行けない。凄まじい数式のやり取り。どうして彼らの中に数学者や物理学者が輩出されないのかと疑問に思いながら聞き入っていると、最初はネルガル語で話していた彼らも話に熱が帯びてくると彼ら本来の言葉、マルドック語になり怒鳴り合いまで始まった。こうなって来るとネルガル人たちにはちんぷんかんぷん。話が収まるまで傍観するしかなかった。
「さすがマルドック人、金の事になると凄まじいな」と、ロン。
『何も、私たちの通信機を使わなくとも、他で会議のしようがあると思うのですが』と、オペレーター。
 アモスだけが黙っている。なぜならこの議論、一番肝心な議題がまだ成立していないのだ。それに彼らは気づいているのかいないのか。それが成立しない限り分け前などあり得ない。
 やっと分け前が決まったのか、スクリーンから流れる声が落ち着いて来た。呼吸が整えられ言葉もネルガル語に戻る。
『アモス、お前はどうする? 話に入らなかったから、お前の分はないぞ』
 ここでアモスが取り分を言い出したら、また大変なことになる。
『俺はいいや、今回は抜ける』
『もったいない』と、アモスの背後で誰かの残念がる声と溜め息。
『そうか、じゃアモスの分け前はなしと言うことで。それで何だ、後から来て分け前を取れるほどの情報とは』
 やっと話題が前に進んだようだ。だがここで遅れて来た者がそれ相応の情報を持って来たとなると、また話が面倒になる。
『テラサス侯爵が自分の妻や娘を囮に使ったと言う件だよ、俺、その生き証人助けたんだ、盛りの付いた反乱軍に追われて逃げて来たところを』
『へぇー、そいつ、何処に居るんだ?』
『そいつじゃねぇーよ、女だから。反乱軍のリーダーたちの所』
『反乱軍のリーダーの所、じゃ、話の聞きようがないじゃないか』
『だって彼女、リーダー格の奴の妹だったんだもの。テラサス侯爵と刺し違えるつもりで最後まで宮廷に残っていたらしい。奴の妻や娘と一緒に居れば会えると思ったのが間違えだったようだ。卑怯な奴はとことん卑怯だからな。はなから女たちを連れて逃げる気はなかったらしいぜ。それどころか大々的に妻の葬式を挙げて、次回はもっと格のある妻を迎えると言っていたそうだ』
 現在の妻もかなりの上流貴族の一門だったのだが。
『離婚だと後が面倒だが、死別なら丁度いいと』
 ネルロスはここに到って完全にテラサスに不信を抱いた。ピクロスと同じだ。女を出世と遊びの道具としか見ていない。ネルロスはさり気なくルカを見る。おそらく彼にはこの男も許せない存在だろう。
『裁判になった時は証言してくれるそうだ』
『裁判? 何の?』
『だから、テラサス侯爵の有罪立証の』
『あのな、そんなのいちいち裁判かけるか。即刻死刑だ。まあ撲殺だろうな。こいつに娘や妻を奪われた奴らが一回ずつ殴るだけで十分だ。千回も二千回も殴られている内には死んでるだろうから』
『そうなんですか。でもネルガルの民主主義は裁判を開くと聞きましたが』
『貴族裁判のことか、あれはおままごと。裁判をする前に結論は決まっているのだから。ネルガル貴族の道楽じゃないのか。奴ら自分たちじゃ働かないから暇持て余しているし』
『それに裁判開くのが面倒なら暗殺という手もある。ネルガル人の民主主義とは本音と建前は違うからな、気を付けた方がいい。鵜呑みにすると大火傷をするぜ』
『よってその情報と証人は何の価値もないと言うことかな』と、別のマルドック人が早く話を切り上げたいがために割って入る。
『せっかく危険を冒して居残って掴んだ情報なのに。殿下は裏のない情報は買わないと聞いていたから』と、がっかりするセコイ号のオテロ。
「奥さんや娘さんは生きているのですか」と、ルカはオテロに問う。
『それは解らない。彼女を助け出すのが精一杯だったから。それだって彼女が自分の名前を名乗り、それを知っていた仲間がいたからこそ。さもなければ彼女を助けることもできなかった』
 絶望的だ。反乱軍は復讐に血走った野獣と化しているようだ。
『と言うことで、分け前も決まったことだし、テラサスを引き渡してくれないか』
「断ります」と、ルカは即答した。
『はぁっ』と、一人を除くマルドック人全員が唖然とする。
『今までの私たちの話、聞いていなかったの?』
『そうだ、こんな長い時間かけて説明したのに、まったくロスタイムだ』と、時を惜しむかのように頭を抱え込むマルドック人。
『時は金なりと言うのに、もったいない』と、別のマルドック人も同調する。
「私は最初から引き渡すとは一言もいっておりません」
『ここへきて、それ言うの』
『五分五分じゃ、足らないと』
 アモスだけは気づいていた。ルカの性格上、おそらくどんなことがあってもテラサスを引き渡すことはないだろうと。どんな悪人だろうと一度自分の腕の中に飛び込んで来たものを見殺しにするような方ではない。
『悪人を助けてどうするの』
「裁判にかけます」
『裁判、あのおままごとの』
「いいえ、きちんとした裁判です。彼女らも証人に立ってもらいます。身の安全は私が保証しましょう」
『裁判なんか、何の意味がある。ごたくを並べて有罪の奴を無罪にするなど何の意味もない。時間が無駄なだけだ。時間とはうまく使えば何倍でも金を生むと言うのにもったいない。それより目には目、歯には歯。この方がきれいさっぱりしていて無駄もない』
「野蛮です」
『野蛮? 下手な裁判よりこっちの方がはるかに平和に解決できる。やられたくなければやらなければいいのだから。テラサスはやったのだからやっただけのことはやられるべきだ。真っ裸にして皆で殴ればいいんだ。死のうと生きようとそれはそいつの寿命だ。否、ネルガルの神、アパラの思し召しだろう』
 マルドック人はネルガル人たちをからかうのにあえてアパラ神を持ち出してきた。相手が神聖にしている物を地に落とすような言い方をすることこそ、相手を傷つける言葉はない。だがネルガル人の中には彼らの言葉より彼らの気持ちの方に重点を置いていた者がいた。確かに解りやすい法律だと納得する。
「そうね、確かにあなた方の言う方が正論ですね」と、フリードル少尉。
「ネルガルの裁判って、どこかおかしなところがありますもの。お金があって腕の良い弁護士を雇えた人が勝つって。全然正義でもなんでもないわ」
「そうですか。でも感情に任せて刑を執行すると言うのも、もし間違いで殺してしまったたら取り返しがつかないと、私が言うのも変ですが」と、ルカ。
 ピクロスの死。あの時はああするしかないと思っていたが、今冷静に考えれば。死んだ者は生き返らない。
『わかった。何じゃないかんじゃないと屁理屈をつけて、結局、渡す気がないわけだ。見損なったぜ。お前はネルガル人にしちゃまともな奴だと思っていたのに。やっぱりお前もネルガル人だったのだな。お前らは俺たちを金の亡者と言うが、お前らこそ金の亡者じゃないか。俺たちはお前らネルガル人とは違う。金より大事なものがあることを知っている。お前との取引もこれまでだな』と言い残すと、マルドック人たちは去って行った。
 去って行く彼らの船をスクリーンで見てほっと胸をなでおろすテラサス。改まってルカの方を見ると、
「やはり噂にお聞きしているだけの事はある。あのような下民の言葉にたぶらかされず状況をきちんと把握して下さったとは」と言い出した途端、
「黙れ、寄生虫。これ以上ネルガル人の皮をかぶってネルガル語を話すと、殺虫剤をぶっかけるぞ」と、怒鳴ったのはトリスだった。
 とうとう我慢も限界を超えたようだ。怒りは怒涛のごとく押し寄せた。
「どうして、どうしてこんな奴、助けるんだ。こんな奴助けたって一文の得にもならねぇー。それどころかネルガル星を汚染するようなものだ」
「トリス」と、ルカは静かにするように言う。
 トリスの気はおさまらない。
 これ以上トリスとテラサスが顔を突き合わせているのは不味いと思ったルカは、テラサスに、
「ご自身の船に戻られますか」と、問う。
 ルカの旗艦トヨタマはあくまでも戦闘用に作られた戦艦である。内部には生活できる必要最小限度の物しか揃えていない。それに比べてテラサスが逃走に使った船は客船である。一通りの娯楽設備は揃っている。この船よりもはるかに乗り心地がよいと思って尋ねたのだが、この船から追い出されると勘違いしたテラサスは偉い剣幕でまくし立てた。テラサスにしてみれば自分の船に移るや否や置き去りにされるのではないかと言う不安がある。
「そうですか。では大したもてなしは出来ませんがネルロス王子の隣の部屋に案内させましょう」
 テラサスが去ってもトリスの気は収まらない。
「どうしてだよ、何でだよ」と、独り言のように繰り返す。
「マルドック人を敵に回しては後々動きづらくなりますね」と、心配するケリン。
 ルカの情報の大半はマルドク人によるものである。
「裁判なんか本気で開くつもりなのですか。あんなペテン、俺たち賎民の言うことなど奴らははなから聞いてませんよ」と、ロン。
「ピクロス王子の件、後悔なされているのですか」と言うケリンの問いにルカは答えられない。
「命に差さはないとお思いですか。私は差さがあると思います。その命があるからこそ皆が幸せになれると言う場合と、その命があったからこそ皆が不幸になったと言うなら、前者の命は後者の命よりはるかに重いでしょう。軽い命は消えても仕方ないですよ。ましてその命が他人に迷惑をかけるなら」
「私も、そう思うわ」とフリードル少尉。
「私は同じ過ちを二度と繰り返したくないだけです」と、ルカ。
「過ち? あなたは何一つ間違っていないと思いますが」
 悪いのはピクロス。これは誰が見ても明白だった。ピクロスの死は彼に虐げられていた者たちの罵声と歓喜の声で見送られた。
 ルカは黙っている。
「罪人を助けても誰の徳にもなりません」
「では、彼を殺したところで何か得があるのですか」と、ルカはやっとケリンに反撃して来た。
「被害者の気が晴れます」
 それはルカも重々承知だ。過去の自分がそうだったのだから。だが後に残った空しさも。復讐をしたところで何も変わらなかった。肝心なシナカは生き返ることはないし、それどころかシナカに自分の醜い姿を見せてしまった。こんな自分をシナカは許してくれないだろう。自分の両親を処刑したネルガル人をネルガル人全員がそうではないと言って許してくれたシナカだ。
「彼らの復讐心が消えた所で、新たな復讐が芽生える。今度はオルランド一門の」
 復讐は復讐を呼ぶだけだ。
「それで彼を助けたのですか。今までいろいろと協力してくれたマルドック人を敵に回してまで」
「いいえ」と、ルカは力無げに首を横に振る。
「彼を処刑するならするで、彼の命を有効に使うべきです、命は一つしかないのですから。でも今回は彼を処刑したところで彼の命を有効に使えるとは思えません。なら生かして、もっと有効な取引をすべきです」
「はぁ?」と、トリスは怒りがいっぺんに吹っ飛んで首を傾げた。こいつ、何言っているんだ?
 ケリンも首を傾げている。
 ルカは過去に処刑を強行したことがある。だがあの時はそれなりの意味があった。だが今回はテラサスを処刑したところで貴族たちの態度が変わるとは思えない。
 ルカはスクリーンの方を向いて話しかける。
「アモス船長、まだおりますか」
 壁が光り出し一人のマルドック人を映し出す。
 ルカはそれを見てにっこりする。アモスは私の気持ちを理解してくれているようだ。
「引き続き情報を集めてくれませんか」
 アモスはネルガル人的に敬礼したが、
『あまりこの件、首を突っ込まない方がいいと思いますが』と忠告する。
 助けるには余りにも価値のない人物。それに比べてリスクは大きい。商人なら絶対手を出さない取引だ。
 ルカは苦笑すると
「忠告は有難いのですが、遅すぎましたね」
『最初に言ったつもりだったがな』
 ルカはハインツ・ディーター大尉に、
「メンデス総司令官にまた一つもめ事を増やして申し訳ありませんとお伝えてください」と言うと、椅子から疲れたようにゆっくり立ちだした。
「どちらへ」と言うカスパロフに、
「疲れたので少し休みます。後はメンデス総司令官に任せますので」と言って自室へ戻って行った。
 その後ろ姿を見送りながら、
「何を考えているんだ」と、トリスが誰に言うでもなく問う。
「大丈夫なの、誰か付き添わなくて」と、フリードルが心配そうに。
「大丈夫ですよ、ヨウカが付き添っておりますから」
「ヨウカ?」と、フリードルはあたりを見回す。
 誰か一緒に行くような人物がいたのだろうかと。
「まだ会っていないか。まぁ、司令のそばに居ればそのうち会えるかもしれない。彼女、気が向かないと現れないからな」
「大概、女性か白蛇の姿で現れることが多いのですが、男性の時もあります」と、クリス。
「男!」と、驚くトリス
「俺、それ初めて聞いた」
「私が酒保に行った時です」
「お前が酒保!」 これまたトリスは驚く。クリスが自主的に酒保に行くなど、これも初耳だ。
「あなたに呼び出された時です。既にあなたは意識がない状態で、しかも喧嘩中で」
「ああ、そういう時もあったか」と、トリスはとぼける。
「その時、見知らぬ男性に助けてもらったのです。改まってお礼を言うと、わらわじゃと古代ネルガル語で言われて、気づかぬのかと言われたものですから、何か目印がないとと言うと同時に、私の心の中で思ったのでしょう。妖怪なら妖怪らしく尻尾でもあればと。すると次からはバニーガールの尻尾がキツネなのです」
 それにはトリスもケリンもロンも笑い出した。スクリーンのアモスまでもが、
『バニーガールの尻尾がキツネ、それ、かわいいかも』と笑う。
 トリスは腹を抱えて笑いながらも、
「お前だからそれで許されたのだろうな、俺なんかじゃ、妖怪と思った瞬間、ボコボコだぜ」
 さもあらん。と皆は納得する。
「そのー、ヨウカとは何者なのですか」と、ハイケ・フリードル。
 ネルロスも不思議な顔をしてトリスたちを見る。
「何者と言われてもなぁ」 説明に困ると言う感じのトリン。
「本人は四次元生物と自分の事を言っております」と、ケリン。
「四次元生物?」
「説明するのは難しいですよね」と、ケリンはアモスに振った。
 アモスはスクリーンの中で肩をすくめて見せる。
 だが説明は不要となった。先ほどルカの去った方向の壁から、何かが抜き出て来たのである。よく見れば上半身が女性、下半身は蛇。その者がケリンに向かって抱きついてくる。
 それを見た瞬間、フリードルが「化け物」と、悲鳴を上げた。
 ヨウカを知る誰もが言ってはいけない言葉を発してしまった。と思ったが、当のヨウカはその言葉が聞こえなかったように無視して、
「ケリン、聞いてくれ。わらわは奴が可哀想だと思って慰めてやろうと思ったのじゃ、それが奴め、わらわに何とゆうたと思う」
 ヨウカは縋るような目でケリンを見ると、
「シナカに化けるな、化けたら許さないと。この部屋からさっさと出て行けと。わらわは嫌われてしもうたのかのー」
「そんなことないですよ」と、ケリンはヨウカの両肩を押さえて慰めるように言う。
「今はあなたと話をする心の余裕がないのでしょう。少し静かにして見守りましょう」
 ヨウカはうっとりとケリンを見ると、
「そなたは優しいのー。わらわはあんな奴やめて、そなたに乗り換えようかのー」
 ケリンが両手で器を作るとヨウカは小さな白蛇になってその手の中に乗り消えていった。
「お前、あんなの奴寄生させて、よく平気でいられるな」と、感心するトリス。
「手加減してもらっていますから。彼女に本気でエネルギーを吸い取られたら生きていられません」
 フリードルも少し落ち着いたのか、
「何だったのですか、今の」と、聞き返してきた。
「あれがヨウカさ。司令に憑いている。否、司令のもう一つの人格エルシアに。エルシアとは長い付き合いらしい、千年や二千年の話じゃないそうだから。これはヨウカ受け売りだからどこまでが真実だかわからないが、まんざら嘘でもないみたいだ」
 四次元を知らないトリスたちにはこう答えるしかない。
 フリードルも信じられないと言う顔をしているが、実際に見てしまった以上信じるしかない。
「危険はないのですか、例えば我々に危害を与えるとか」
「否、その逆です。何度彼女に助けられたことか」
「それは確かだ」と、トリスには珍しく真面目な顔で。
「彼女が居なかったら俺たち今頃生きていなかっただろうな。感謝はしているんだけど、なんか素直に礼が言えないんだよな、彼女の態度を見ると」
 確かに。とロンも頷く。
 ネルロスも唖然とした顔をしている。宮中でそれらしき噂は聞いたことがあるが、ルカに対する誹謗中傷の一種としか捉えていなかった。だが目の当たりにしてしまっては、しかしフリードル少尉の様に単純に信じることもできない。何かのトリックか。後日マジックの種明かしでもあるのか。
「エルシアさんはイシュタル人なのですよね」と、クリス。
「本当のイシュタル人ってどんな感じなのでしょうか」
 人身売買のようにしてネルガルに連れて来られたイシュタル人には何度か会ったことがある。だが自然体のイシュタル人には会ったことはない。
「アモス、あなたはイシュタル人とも取引をしているのですか」と、ケリン。
『ああ、することはあるが、はっきり言って彼らとは取引にはならないな』
「それはどうしてですか」
『彼らは彼らだけで完結していて、我々を必要としない』
「どう言う意味ですか?」
『何て言うかな』と、アモスは宙に焦点を漂わせながら、
『救援を求めれば助けに来てくれるから悪い奴らではないのだが、あの時はネルガル人だと思っていたんだ。今になって彼らがイシュタル人だと何となくわかったと言うのが本音かな。つい最近までイシュタル人の存在知らなかったから。そりゃ、イシュタル人はイシュタル星に居ると言うことは知っていたが、皆、忌み嫌ってあの星には行かなかっただろう』
 それから少し考えて、イシュタル人との取引の感触を話し始めた。
『取引をするにも、彼らにはこれと言って欲しいものがないようだ。欲しい物はもらうのであって買うと言う感覚がないと言うのかな。そこら辺はボイ人とどことなく似ているかな。とにかく奴らは無駄なことはしない主義のようだ。必要な物だけしか作らないから必要以上に働くこともない。それがネルガル人に言わせればサボっていると言うことなのだろうが、あれで好奇心は旺盛みたいだ』
「好奇心が旺盛って?」
『銀河の何処に行っても会うからね。最初はネルガル人かと思っていた、まさかこんな所にイシュタル人が居るとは思ってもみなかった。だが今なら解る、ネルガル人と何処となく違うからな。だが奴ら自分らがネルガル人と思われていても否定しないんだよな』
「銀河の何処に行っても会うって、奴ら、何しているんだ」と、トリスが不思議がる。
『観光らしいよ、いろいろな自然現象や生物を観察するのが好きなようだ。奴ら、大概の生物とは意思疎通ができるから。奴らに言わせると生物のつくりは似たり寄ったりだから脳みそも似たり寄ったりで、似たような電流の流れを使えば話ができるそうだ。そこら辺は俺たちには解らないが』
「へぇー、そうなんだ」と、感心するトリス。
「彼らがどうしてイシュタル人だと解るのですか」とケリン。
 ケリンはマルドック人がどうやってイシュタル人とネルガル人を見分けるのかそこに興味を持った。
『微妙な違いなんだけど近頃はその違いが解るようになって来た。まぁ、おおざっぱ言えば物にがつがつしているのがネルガル人でしていないのがイシュタル人かな』
「それじゃ、解らないだろー」
『とにかく商売のしづらいのがイシュタル人でしやすいのがネルガル人ってとこだ。ネルガル人は無駄に作って無駄に消費するからな。目新しいものには直ぐに飛びつくし、売りやすい。特にお隣さんが持っていると言えば直ぐだ』
「はぁ?」と、トリスは首を傾げる。
『とにかくイシュタル人とは彼らだけで完結しているんだよ、この銀河があろうとなかろうと、彼らにはあまり関係ないんじゃないのかな。あなたがたネルガル人がイシュタル人を忌み嫌うのも、もしかしてそこら辺にあるんじゃないのか。じゃ、俺たちはそろそろ行くよ。とびっきりの情報、仕入れて来るからな、期待していてくれ』
 そう言い残すとアモスの船ボッタクリ号は離れて行った。
「あいつ、どんな情報持って来る気なんだ」
どうしたのですか」
「ネルロス王子が会いたいそうです」
 敬称など付けたくなかったがルカがネルロスを呼び捨てにするのを嫌がっていたから。
「そうですか。では、食事でもご一緒に」と、ルカが言いかけると。
「司令!」と、クリスが強い口調でルカの言葉を断った。
「司令にもしものことがあったらこの艦隊はどうなるのですか。もうここは地上ではないのですよ」
「それを言うなら、あの領事館も宇宙船のようなものですよ、外に逃げるところがないのですから。それにこの艦隊はメンデス中将の艦隊です」
「そうですね、司令には口ではかないません。しかし」と、譲らないクリス。
「何があると言うのですか。ここは私の縄張りですよ。そのぐらい彼も重々承知しているはずです」
 袋の鼠だと言うことも。そこまでの危険を冒して私に会いに来たと言うことは、ルカもネルロスの目的はうすうす気づいていた。まだ皇帝も健在だと言うのに気の早いことだ。ルカはそんなことを思いながら棚から香りのよい酒を取り出し、グラスにそそぎクリスに差し出す。まぁ、そのソァーに掛けて落ち着けと言う感じに。ルカも相対して座ると、
「兄が会いたいと言うのです、弟の私が断る筋はないでしょう」
「ネルロス王子が司令を弟だと思っていないことはご存じのはずです」
2019/12/08(Sun)22:48:46 公開 / 土塔 美和
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■作者からのメッセージ
 お久しぶりです。また、だらだらと書きましたのでお付き合い願えると幸いです。
この作品に対する感想 - 昇順
[簡易感想]おもしろかったです。
2019/12/12(Thu)11:10:380点MIO
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