- 『あの日の僕』 作者:好 / リアル・現代 未分類
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原稿用紙約3.55枚
死にたがりの少年の独白。
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もう無理だなぁ。そう思って、僕は死ぬことにした。本当にもう無理なのだ。帰るべき家が僕にとっては地獄に近い何かで、学校だけが居場所だったのに、その学校すら僕を追い詰めるようになったのだから仕方ない。死のう。
家庭が地獄。いや、きっと地獄というにはもう少し生温いし、他にもっと苦しんでいる人がいるということは分かっている。でも、他人が苦しんでいること、それが僕にとって何だというのだろう。他人は他人だ。どこまでいっても。どれだけ近かろうが、どれだけ親しかろうが、他人の苦しみは共有できない。共感というものには、限度がある。人は所詮、一人ひとり違う物差しで世界を見ているのだから。他人にとって嬉しいことが僕にとっては苦しいかも知れないし、僕の痛みは他人の喜びかもしれない。きっとそうなのだろう。あの人の快楽の結果、僕は死ぬのだから。
快楽。セックスという快楽の結果として、僕は産まれた。「二人目は産むつもりじゃなかった」「二人もできたから離婚しづらくなった」つまりそれは「お前なんか産まれなければ良かった」と言っているようなものですよ、お母さん。僕ですら避妊法を知っているというのになんと無責任なことか。産んでしまうとは何事じゃ。某ゲームの台詞のパロディが頭をよぎる。死んでしまうとは何事じゃ。何事だと言うけれど、死ぬことのほうが産まれてくることよりもずっと自然なことだと思う。産まれるということの異質さ。死ぬのは、産まれた以上当然の帰結だが、産まれることは当然とは言えない。産まれるというのは、何か行動を、つまりセックスをしなければ起きないわけで。そのセックスに至る動機は千差万別といえども、そこに愛がなければ堕ろすという選択肢も用意されている。産まれたのは親の責任で、子供の責任ではない。それなのに、なぜ僕は責められなくてはいけなかったのだろう。
「産んでくれなんて、誰も頼んでない」
そう呟いても、何も聞こえてはこない。漫画だったら、ここで母親が「あなたは本当は私の子供じゃなかったの…」などと言って養子であることが分かり、子供が感動して改心する、みたいな展開になるのだろうけれど、残念ながら僕らは血がつながった親子だ。父親そっくりの顔を鏡で見るたびうんざりする。自分に流れる血への嫌悪感。僕も大人になったら、あんな風になってしまうのだろうか。その前に、やはり死ななければならない。
窓枠に足をかける。ここは五階だ。窓枠の外には下の階の窓の廂がある。窓から出て、その廂に腰かけた。下を見る。自分の足の下には何もない。遥か下界、地上はコンクリートの地面。うまくいけば即死できるかもしれない。
ふと、恋人のことを思い出した。そうだ、死ぬ前に電話でもしてやろう。そう思ってポケットから携帯電話を取り出す。
「……只今電話に出られません。御用の方は」
案内メッセージの途中で電源ボタンを押した。そうか、僕は最期まで独りだったか。なんだか逆に愉快になってきた。愉快だなんて久々の感覚だ。愉快すぎて泣けてくる。
「あー。つまらない人生だった」
そうして僕は、誰にも別れを告げないまま、校舎から飛んだ。
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2015/11/19(Thu)22:27:01 公開 / 好
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■作者からのメッセージ
昔の自分がモチーフ。
短いですが、ちゃんと完結した作品を書けたのはこれで三本目…。