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『夏夕』 作者:中島ゆうき / リアル・現代 ショート*2
全角3244文字
容量6488 bytes
原稿用紙約8.95枚
 台風が近づいているらしい。ひどく蒸し暑い。たっぷりと雨の予感を含んだ人肌よりも温かい風に撫でられても、僕の裸の上半身はまだじっとりと汗ばんだまま、さっきからずっと乾かないまま。マンションの埃っぽいベランダの地べたにボクサーパンツ一枚で座り込み、潰れた箱の中からひしゃげた煙草を一本、指でなんとなく真っ直ぐに整えてから、咥えて火を付ける。ベランダの錆びた柵にもたれながら、ゆっくりと吐き出した煙がもわんと顔の前に広がると、網戸が静かに開いて、彼女がそろそろ帰るねと言った。薄い煙越しに見上げた彼女の顔つきは、なんだかとてもよそよそしい。帰り際の彼女は、いつも決まってよそよそしい。排水溝に灰を落としながらうつ向いて、気をつけてねと言った。静かに網戸が閉まった。気をつけてね、気をつけてね、気をつけてね、何度かその言葉を反芻する。玄関のドアの閉まる音が小さく聞こえる。どこかから、カレーのような匂いがする。僕は堪らない気持ちになる。

 そんな時には、僕は目を閉じて思い返す。彼女とのセックスを思い返す。ほんのついさっき、あんなにも激しく行った行為なのに、それを思い返す為にはなかなかの集中力が必要なことに、毎度驚く。どうして、もっとこう、自然に湧き出るように蘇らないのだろうかと思う。そのことがいつも僕をかなしくさせる。未来のない恋をしていることよりも、溺れないように注意深くなっている自分に気付くことに、僕はがっかりする。排水溝に押し付けて消した短くなった吸い殻をそのままに、僕は立ち上がった。少し目眩がした。右足がなんとなく痺れている。汗の匂いを嗅ぎ付けた蚊が一匹、僕の腹に止まった。暫く血を吸わせてから、ゆっくりと手のひらで潰すように殺した。夕方が終わりあと少しで夜が始まる、今日の空はいつもより雲っていて、手の中で死んだ蚊も、僕の血も、ただの黒い点にしか見えない。


 両親の死後僕は会社を辞め、小さなバーを始めた。店は、彼らが残してくれたささやかな額の遺産を溶かしながらの経営で、もはや単なる道楽だけれども、それなりに満足していた。いずれ駄目になるのは目に見えてるけれど、まぁそれで良いと思っていた。彼女は僕の店の一人目の客だった。店に入ってくるなり、もうすでに相当飲んでできあがっていた彼女は、訳の分からないことを小一時間程わめいて、店に飾っていたアンティークの時計を落として壊し、グラスを二つ割って、泣きながら服を脱いだ。開店早々、水商売歴のまだ浅い僕は、ここまで酒に飲まれて乱れる女を初めて見たので、怒りはそっちのけで呆気にとられてしまった。どうしたものかと困りながらも、僕は店を閉め、下着姿の彼女をカウンターの上に乗せて、下着を剥いで、抱いた。魔がさしたでもなく、一目惚れでもなかったし、ただなんというか、その時の彼女からは、勿論性的なものも含めての、ありとあらゆる感情の熱が溢れていて、その熱が僕にも伝染ったみたいだった。

 その日を境に、彼女は度々店に来た。ほとんど素面で来た。僕はちょっとびっくりした。彼女は素面でも、ひどく熱っぽかった。アルコールが抜けている分、当たり前だが冷静で、落ち着いていて、往生際が悪かった。彼女が店に来る度に僕は店を閉めて彼女を抱いた。カウンターだと背中が痛いと言うので、僕のマンションに場所を変えた。彼女は大抵、平日の昼過ぎに来て、夕方暗くなる前に帰っていく。土日は来たことが無い。そんな事を、今日までずっと続けている。二ヶ月前、とうとうやっていけなくなり店を閉めた。彼女に出会って、もうそろそろ三年になる。僕はまだ彼女の名前を知らない。





 首の長い彼女は、ショートカットがよく似合う。小さくて丸い後頭部の髪を、ほどほどの力加減で引っ張りながら、僕自身を出し入れさせるのが好きだ。ベッドに座る僕の膝の間にしゃがんで、彼女は頭だけを動かされて、両手が自由なのにされるがままなのが、良い。苦しそうに僕を見上げると目尻に涙が溜まりアイラインが滲むのが、良い。唇や舌を使うと淡い口紅の色がぼやけて広がり唇が腫れぼったく見えるのが、良い。

 首手首指足首、折れそうに華奢なくせに、唇舌胸腿尻は、ぷっくりと肉厚で憎らしい。男を見下す身体だと思う。少しぐらい乱暴に抱いたとしても、きっと僕は負けた気がするだろう。優しくしないと、自分を保てなくなりそうで、だから出来るだけ優しく抱く。

 青みを帯びた白い肌から透ける、薄緑の血管の中を流れる色を思うと不思議な気がするけれど、表面はひんやりと冷たいのに、中が抉るように熱いことからして、彼女の血もやはり赤いのだと確信する。妙で、ごくごくつまらないことを考えながらする。彼女の身体で頭を真っ白にしてしまう勇気を、僕は持てない。

 昔正月に食べた甘ったるい豆のように黒光りする瞳が、短くてまばらな睫毛に縁取られ、見開かれたり、細められたりする。笑ってるような、啜り泣くような、吠えるような、彼女の声は耳の奥の方まですぅっと延びて鼓膜にこびりつく。

 最近エアコンの調子が悪いが、今は買い換える余裕が無い。二人して汗だくなのに、僕の汗の方がいつもしょっぱかった。彼女の、薄い産毛を纏う滑らかな背中に舌を這わすと、ちょうど背骨の真ん中辺りで、少し膨らんだ小さな黒子に出会う。ぽつんとした舌触りを確かめながら、急に苦しくなる。些細な身体の目印を、見つければ見つけるほどに追い込まれていく。僕だけだろうか。彼女は僕の身体に、いくつ目印を見つけただろうか。
 

 部屋に入って手を洗う。床に落ちたシャツを拾って着るが、思ったよりも湿り気がひどく気持ち悪くなって、すぐに脱ぐ。空腹を感じるが、冷蔵庫にはほぼ何もない。外に出る気にもなれない。少し痩せたか。胸板が確実に薄くなりつつある。ベッドの上で、ぼんやりと外を見る。部屋は刻一刻と暗闇に近づいている。カーテンは開いたままだ。どこかからかまた、今度は肉じゃがのような、煮汁の匂いがしてくる。空腹に追い討ちがかかるかと思いきや、蒸し暑い部屋の中にいる今の僕には、あまり食欲をそそる匂いではなかった。三角座りをして、膝に顎を乗せて、空が完全に夜を迎えるのを待つ。脇のスタンドに開かれたままの雑誌の紙面を、重たい風が乱暴にめくった。雨の匂いが強くした。

 僕は、ここ数年はいつも、唐突に込み上げるものだけを信じて生きている。それで満たされたり、貧しくなったり、かなしくなったりして。しくじる事の方が多いので、やっぱり良い生き方ではないな、という答えが出ているのに、それなのにどうしても、きっちりとやるべき事を見据えて生きることに、腰が上がらない。親を亡くしたショック、実らないであろう恋、経営難で失敗した店、否、違うんだよな。違う、違う、そんなんじゃないんだ、僕は反芻する。

 夜に代わった窓の外の、色んな明かりを眺めていると、目を細めていないのに、景色が滲んだ。

 急に玄関のドアが開く音がした。やや驚いて振り返ると、部屋が急に明るくなった。眩しさに目を細めると、熱い汗が数滴頬を伝った気がした。部屋の電気のスイッチに手をかざして、やや息を切らした彼女が、目を丸くして僕を見ている。

 「どうしたの?」

 そんな短い一言が、すごく不安定なリズムで発せられた。

 「鍵、落ちてなかった?自転車の」

 彼女は少し気まずそうな顔で僕にそう聞いて、ポケットや鞄を探したけど見つからなくて云々、ということを話し出したけれど、途中で急に話すのを止めて、僕のベッドへ歩み寄った。汗で額に張り付いた前髪を手の甲で拭うようにした後、長いため息をついて、僕の頬を両手で挟む。

 鍵なしちゃったから、帰れないから、今日は帰らない、帰らない、帰らない、そう言って、ぶつけるみたいに唇を合わせた。

 膝を抱え込んだ腕を何故だか動かせないまま、僕の唇が彼女の自由になっていくのが、良い。








 
 
2015/08/17(Mon)21:13:10 公開 / 中島ゆうき
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この作品に対する感想 - 昇順
良いですね、強い。
蚊の潰し方、ほくろの舌触り。
ご自身の言葉を持っていらっしゃる。強さがあって良い。

細かく校正はしませんが、「ベット」はしょぼすぎるでしょう。
上級な日本語を扱えるくせに、この間違いはみすぼらしい。

とはいえ、言葉も思索もかなり洗練されており、なかなか強いですね。
衒学的な匂いも薄い。大人ですね。
ショートのようなので展開もクソもないですが、ともかく、良いですね。
ちゃんと関心するくらい、良いです。
2015/08/09(Sun)22:54:020点肌墓
点肌墓様

修正致しました。せっかくの嬉しいお言葉なのに、間抜けな誤字でお恥ずかしい、ちょっと書き終えると少し興奮して確認を怠る悪い癖、これから改善に努めます。ありがとうございます。
2015/08/17(Mon)21:22:320点中島ゆうき
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