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『ラブラブ☆メモリアル・オンラインへようこそ!(完結・微修正)』 作者:ピンク色伯爵 / SF 恋愛小説
全角133523.5文字
容量267047 bytes
原稿用紙約400.5枚
ギャルゲー界の攻略神デルタピサロは、とある有名ゲーム会社の取締役を自称する男から伝説のクソゲー、ラブラブ☆メモリアル・オンラインの攻略を依頼される。依頼を受けたデルタピサロは、クソゲーハンターとして数多の廃人を生み出した『ラブメモ』の攻略に挑む。しかし、『ラブメモ』は彼がこれまで攻略していたギャルゲーたちとは大きく異なる仕様で――。『ラブメモ』内に閉じ込められた彼は、脱出をかけてアバンギャルドなゲーム攻略法を実践する。果たして彼は無事ゲームをクリアすることができるのだろうか?
ラブラブ☆メモリアル・オンラインへようこそ!



プロローグ



「フッ……。またつまらぬクソゲーをクリアしてしまったでござる」
 俺はそう呟くと顔全体を覆っていたVR眼鏡を額の上に押し上げた。仮想の世界にダイブするのは慣れたものだが、やはりこの暗視ゴーグルのような重さには慣れない。二〇四八年現在、ゲームと言えば仮想の3Dの世界に没入してやるのが一般化されつつあるが、個人的には二十一世紀初頭のレトロな2Dのギャルゲーが一番だ。確かにポリゴンが動いて女の子を実際に口説いているように錯覚をすることができるのはいい事なのだけど、やっぱりどこか人と接しているようで疲れる。仮想の世界が現実に近づきすぎた弊害というかなんといか。ま、リアルなゲームが嫌いというわけではないんだけどな。
 ゲームの技術がいくら進歩しようとも、出来の良くないゲーム――いわゆるクソゲーと言うものはいつでも存在する。ギャルゲーの歴史は二十世紀末期に始まったが、今日に至るまで名作と同じか、それ以上の数のクソゲーが世に出回っている。俺はそんなクソゲーの中でも、ギャルゲーのジャンルに属する物を攻略している人間だ。というか、神だ。レトロゲームから最新の仮想空間に没入するタイプのゲームまで、数千本に上る数のギャルゲーをクリアし、その全てを極めた攻略の神である。ちなみにwikiの編集もしている。ギャルゲー界で『デルタピサロ』という名前を聞けば俺の事。誰もが攻略神デルタピサロの前では敬意を表する。
「む、補給の時間か」
 PCに設定しておいた棒読みちゃんの『ゆっくりボイス』が「ラーメンでけた」と無機質な声を上げる。俺は「さーて、飯でござるよ、飯ぃ」と呟きながらのっそりとオフィスチェアから立ち上がった。
 立ち上がるとオフィスチェアがギシリと嫌な音を立て、足元の床は悲鳴を上げた。身長百七十二センチ、体重百三キロ。身長だけならギャルゲーの世界の主人公とタメを張れるが、重さでは圧倒的にこちらが低スペックである。いや、重スペックか。しかしゲームの向こうに存在する女の子たちはそんなことは気にとめず、いつもどこでも優しく接してくれる。何が言いたいかというと見てくれなんてどうでもいいということだ。
 俺はカップ麺の蓋をはぎ取ると、流しで丁寧に洗って、ゴミ箱に放り込んだ。その場でズゾゾと音を立てて味噌味のスープを啜る。視線の先には――PCの画面。VR眼鏡越しに見ていた仮想の世界が、今はPCの画面上に広がっている。クリア後のメイン画面には「学園ユートピア3」の文字。1と2は名作だったんだけど、3は製作陣ががらりと変わってしまったこともあってか、歴史に残るクソゲーになってしまった。
 例えば――。
 起動して七秒で一定の確率で強制終了する。一時間ごとにVR視界の映像が乱れて、出てくる女の子の顔がムンクの『叫び』みたくホラー画像に変貌する。フラグ管理が無茶苦茶で、あるヒロインを攻略しようとしたら、どういうわけか別のヒロインを攻略していたことになっている。そのせいでフラグを逆算して意図的にワープすることでしか攻略できないヒロインがいる。テキストは日本語のはずなんだけど、時々意味が通らず読めない文がある。プレイヤーの分身である主人公の台詞が「そうだね」しかない。このため、女の子がどんなに巧みな話術を披露しようと主人公は「そうだね」の一言で片づけ、会話の一方通行になってしまう。
 などなど……ちょっとばかり残念なゲームだ。クソゲー愛好家の俺としては別に嫌いじゃないんだけど、確かにプレイしていて疲れる内容ではあった。
 その分達成感もあるんだけどね。
 俺が心地よい気分でラーメンを咀嚼していると、ピロンと高い音がしてPCの画面上にメールが届いたことを知らせる吹き出しが出た。
「む……、なんだ? 攻略に行き詰った迷える子羊か。仕方ないなあ、デュッフフフフフ」
 ちなみに親とか友達とかの選択肢はない。親はとっくの昔に俺の事を見捨てているし、高校の友達は不登校だからいない。俺に連絡を取れるのはネットの俺の信奉者だけなのだ。
 PCの画面を専用のペンタブでタッチすると、画面が切り替わってメールの画面になった。俺は一番上の『乳』(newと掛けている。自慢ではないが、俺はおっぱい星人だ)という自作のアイコンをクリックし、今しがた届いた文面を検めた。

『田出 久雄様
 初めまして、私はA社代表取締役の三木谷正義と申します。突然ですが、攻略神と名高い貴方に攻略してほしいゲームがあるのです。その名も『ラブラブ☆メモリアル・オンライン』です』

「デルタピサロじゃなくて俺の本名だと!? おいおい、リアル割れか!? いや、別に俺=攻略神という認識であり、デルタピサロだと考えて送ってきているとは言えないから、そう考えるのは早計か……? でもなんか怖いな……。というかA社……? 確か、結構有名なゲーム会社だよな。いや、ゲーム以外にも色々やっているんだろうけど……。三木谷正義って名前も、どこかで聞いたことがあるような……」
 自慢ではないが、俺は世の中の事について疎い。生活の場がギャルゲーの仮想空間だから別にいいんだけど。
 それより『ラブラブ☆メモリアル・オンライン』という名前の方が気になる。俺の記憶が正しければ十年位前にVRゲームの先駆けとして登場した恋愛ゲームのはずだ。画面の中に入ってギャルゲーのヒロインとラブラブしたいというオタクたちの願いを具現化したもので、実際に仮想空間に没入して女の子と恋愛できるというもの。今じゃVR眼鏡使って仮想空間でギャルゲーヒロインを口説くなんて普通の事だけど、当時はかなり世間を驚愕させたとか。これだけでも超絶話題作だったんだけど、更に特徴的だったのは、こいつが数千人同時接続できるオンラインゲームだったということだ。どういうことかと言うと、ユーザーが数千人同時に接続し、実際の恋愛みたいに仲間と切磋琢磨しながら女の子を口説き落とすバトルができたのだ。
 まとめサイトによれば、一つのワールドに百人が入ることができ、ワールド内のヒロインをこの百人で奪い合う――そんなえげつないゲームシステムだったという。ちょっと出かけて帰ってきたら、口説き落としたはずの女の子が寝取られていたとか日常茶飯事で、リアルで「お前の彼女なら今俺の隣で寝ているけど?」ができるという激辛仕様だったらしい。これのせいでPCの前に張り付く人間が多数出て、一時期社会問題になりかけたというのはこの界隈じゃ有名な話だ。当然、このゲームは様々な非難を受けて、サービス開始一年で終了。幻のゲームになったのだった。もしも当時このゲームを俺がプレイしていたら――そう思うと神でありながら悪寒が止まらない。俺も平和な時代に生まれたものである。

『現在限定的に一つのワールドだけ稼働させている状況です。プレイヤーは貴方一人。ただし、プレイヤーが一人だけだった場合のゲーム仕様として、ライバル役に二人の男性NPCが追加されます。貴方にはこの条件でゲーム内のヒロインの誰かを口説き落とし、ゲームクリアをしていただきたい。どれだけ時間をかけてくださっても構いません。私どもは全力でサポートさせていただくつもりです。成功報酬は三千万。前金として三百万を貴方の指定した口座に振り込みます』

「三千万!? ちょ……、冗談だろ!? 三千万って……。というか、そもそもこいつ、本当にA社の三木谷なのか?」
 とは思うものの、悲しいかな、三千万という金額に釣られてしまう。三千万あれば更に色々なネットゲームで課金することが出来るし、たくさんのゲームを買うことだって出来る。怪しいのは怪しいのだけど、とても魅力的な依頼なんだよな……。
 一応俺はネットでの資金調達のあれこれのためにいくつか口座を持っている。そのうちの一番どうでもいい口座を試しに指定してみた。すると、しばらくして本当に口座に三百万円が振り込まれた。
「マジでござるか」
 俺は携帯端末を覗き込みながら豚のように汗をかいた。もう十二月なのにクーラーつけたい気分だ。
 ピロンと軽い電子音がして、またもやメールが送られてくる。今度はメールにURLが貼り付けられていて、そこからゲームをダウンロードするように書いてあった。
「ふ……ふふふふふ!」
 気づけば変な笑い声が漏れ出ていた。
 三千万! 三千万だ! しかも攻略するのは伝説のクソゲー、ラブラブ☆メモリアル・オンライン! 恐れおののきはするが――やはり俺は芯からギャルゲーマーなのだ。登山家が山があるから登るように、そこにギャルゲーがあるからギャルゲーを攻略する。何の疑問もない、当然の事である。
 面白い。
 伝説のクソゲーとやら……この攻略神が攻略してやる!
「神は挑戦者を拒まず!」
 俺はカタカタカタ、ッターン! とエンターキーをかっこよく叩くとファイルのダウンロードを開始した。自前のゲーミングパソコンは巨大容量をものともせず一瞬でダウンロードする。俺はラーメンの容器を流しに放り投げるとトイレを済ませ、いそいそとVR眼鏡を顔にかけた。
「いざ! 没入開始でござるよぉ!」
 叫ぶと同時にVR眼鏡が俺の声紋を認識し、プログラムを起動させる。
 黒い視界が青く染まり、リアルボディの感覚が少しずつ薄れていく。

 まるで夢を見るように――仮想世界へ、落ちていく。



第一章  無理ゲー



 気づくと俺は見慣れない天井を見つめながらベッドの上に寝転がっていた。
 目を刺激するのは柔らかな朝の陽光。耳には雀のさえずりが聞こえてくる。大きく息を吸い込めば湿り気をわずかに含んだ冷たい空気が肺を満たした(ように感じた)。
 これぞ全感覚仮想没入型ゲーム。通称VRゲームの仕様である。仮想の世界に自身の感覚を飛ばすことが出来るのである。慣れない人間や高齢の人間はこの全身没入に対して拒絶反応を示したりするらしいが(特に高齢の人物はリアルボディにも影響が出て危険が大きいためVRゲームは非推奨とされている)、俺は小さい頃からこの感覚に慣れ親しんだ人間なので実家に戻ったような安心感すらある。……実際に実家に帰ったら針の筵だろうけど。
 ベッドから体を起こすと視界が少し暗くなり、モノローグが流れ始めた。

『俺の名前は――』

 おっと、名前入力画面か。クク、毎回この名前入力画面の緊張感は心地いい。戦場に帰ってきたって感じがするぜ。何せこれから俺のハニーたちに甘い声で囁かれる文字列なんだ。そしてこの世界の神の名でもある。間違っても悪ふざけで、主人 公なんてデフォルトでやったりはしない。
「ククク……。デルタ……ピサロ……と」

『――デルタピサロ。どこにでもいる普通の高校二年生だ。得意なことは特になく、苦手なことも特にない。何の特徴もないもないただの学生。だけど、それじゃ駄目だってことは分かってる。俺は変わらなきゃいけないんだ。変わるために――まず彼女を作る』

「ふっ……妥当な判断でござるな。デルタピサロ……それは攻略神の名前。そうだ。俺に攻略できない女はいない!」

『憧れの女の子と結ばれるために、自分を磨いて素晴らしい人間になろう! 目標はとりあえず十日後のクリスマス・イブ。恋人二人のステキな時間を過ごしたいな♪』

「む……音符マーク。男性が使うと気色悪いな。これが俺でござるか……」
 唐突なクソゲー臭。
 なんか安っぽいソシャゲみたい。
 まあいい。今は雑感よりシステムの把握だ。
 俺の視界の左上にいくつかのコマンドが出現した。それに素早く目を走らせる。コマンドは全部で五つあって、それぞれ勉強・運動・芸術・趣味・休憩。おそらく休憩以外のコマンドは俺のステータスのいずれかを上昇させるモノだろう。勉強なら頭の良さ、運動なら体力とかだろうか。休憩はステータスが十分だから早送りしてイベントを消化したいという早漏君用のコマンドかな。気力とかのゲージは見当たらないし、休憩が必ずしも必要と言うことはなさそうだ。
 俺がこれからすることは、勉強とか運動とかのコマンドを選び、能力を高めて女の子たちにとって魅力的な人物になること。おそらくだけど、能力が高ければ高いほど魅力的に映るはず。現実じゃそうじゃないかもだけど、この手のゲームでは大体そうだ。
「で、俺の初期ステータスはどんなものなんだろう?」
 俺は呟きながら左下のステータスアイコンに指を這わせる。大した能力じゃないのは分かっているが、一応確認するのは様式美のようなものだ。多分ステータスには全部一桁の数字が表示されているんだろうな。いや、悪くて全部ゼロか。最初だしな。
「――って、え? マイナス? マイナスってあるの!? ゼロより下ってことだよな。えっと、知識マイナス七。体力マイナス――二十三!? ちょ、え、マイナス二十三ってどれだけ体力ないんだよ!? 芸術的能力マイナス五で……。かっこよさが――マイナス三十……。え、お前、どこにでもいる平均的な男子高校生なんだよな!? 普通の男子高校生ってここまで能力低いものなの!? どう見ても平均以下どころか底辺にしか思えないんだけど……」
 いや、まあ元がオンラインゲームだしね? 多少は厳しい感じにしないと他のプレイヤーと差がつかないだろうし、こんなものなんだろう、きっと。カンスト値は分からないけど――課金前提だと考えるならばマイナス三十という値も決して低くないだろう、多分。
 俺が困惑していると再び視界が暗くなり、モノローグが流れ出した。

『さて、今日は十二月十四日、月曜日だ。早速登校して、女の子たちと仲良くなるぞ♪』

「本当にあと十日か。俺、かっこよさがマイナス三十なんだけど……」
 ステータスの上がり方が結構大きいのかな。一度のコマンド選択で十とか上がるなら、頑張れば全ステータス百とか行けそうだ。
 いや、ステータスだけ上げればいいってもんじゃないだろうけどさ。多分だけど、他にも意中の女の子にアピールしたり、イベントフラグとか立てたりしないといけないから、ステータスばかり上げていてもバッドエンド直行だ。あくまで目的は女の子とねんごろな関係になることなので、そこはわきまえておかなければならない。
 まだチュートリアル段階だし、これから少しずつゲームに慣れればいいか。ヘルプの項目があるけど、俺は説明書を読まないタイプなのでノータッチだ。
 じゃ、取りあえず着替えて学校行こう。学校行けばヒロインと出会えるだろうから、作戦はそれから立てればいい。ついでにライバルNPCとやらも確認しよう。まあ、この手のゲームでライバルキャラと言えば弱いと大体相場が決まっている。ヒロインを取り合うまでもなく適当にしていたら勝手に振り落されていくだろう。むしろ俺を引きたてる脇役に過ぎない。
 俺は重い体をベッドから起こし、ぼよんと床に着地した。着地した瞬間床がギシリと軋む音を上げた。
「ん……? ぼよん? ギシ……?」
 なんでそんなデブ特有のエフェクトなんだ? この手のゲームの主人公ってなんだかんだ言って割かしスタイル良くてイケメンなんだけど。
 そう言えば俺、キャラクターメイキングしたか? 十年前のゲームとは言え編集できるのが名前だけってことはないよな。
「…………」
 おもむろに下を見下ろす。
 するとそこには見慣れたぶよぶよのお腹と不恰好で臭そうな両足が見えた。パジャマは一応着ているんだけど、それでも隠し切れないほどのデブ臭。何だ、これ。まさか……。まさか……。いや、そんな、馬鹿な……。
 嫌な予感MAX。
 俺は飛びつくように部屋に設置されていた姿見の前に飛び出た。

「んほおおおおおお!? 俺がいるでござるぅぅぅぅ!?」

 姿見の向こうから俺を見つめ返していたのは憎んでも憎み切れない俺のリアルボディの外見。つまりデブ。臭くて毛深くてブサ面の豚野郎である。あまりことに我を忘れてしまい俺はその場に転げまわった。
 何これ?
 何で主人公が俺なの!?
 こんなの女の子落とせないじゃん!
「ちょ……、なにこのクソゲー! ふざけんな! ふざんけんなよぉ!? 何で俺なの!? こんな豚男でヒロイン口説けって言うの!? ――って、ちょっと待て。まさかさっき俺のステータスが著しく低かったのって……」
 もう一度ステータス画面を開く。
 そこには相も変わらずマイナスの数がたくさん並んでいる。
 自慢ではないが、俺は勉強ができない。できないし、嫌いだ。嫌いだから出来ないのではなく、できない上に嫌いなのだ。中学の時も不登校だったし、まともに勉強したのって小学校四年くらいが最後だ。俺は算数の『べつべつの数といっしょの数』の単元ができなくて考えるのを止めた。
 故に――マイナス七。むしろマイナス七でとどまっているのが奇跡だ。
 そして体力。納得のマイナス二十三。なるほどね。俺は時たまいる素早いデブではなく、ただ単に遅いだけのデブだ。跳び箱だって三段跳ぶのが精いっぱいだからな。
 芸術はともかく、かっこよさがマイナス三十……。そりゃ、これだけデブで臭くてぬめぬめしていたらマイナス三十にもなるわ。
 納得の底辺ステータス。
 このゲーム、俺の記憶に侵入して勝手にステータス決めやがったのか。ふざけんなよ。機械に馬鹿にされてるじゃないか!
「え、なに、これは。これでクリアしろと言うんですか? いやいやいや! 無理だろ! 何このクソゲー!? ていうかゲームじゃないし、これ!」
 ログアウトしよう。
 もう止めだ。
 俺はクソゲーハンターだが、これはクソゲーの範疇に入らない。
「くそが。何が三千万だ! ふざけんなよ。こんなの専門外なんだよ! ……? ……あ、あれ? ………………ログアウトボタンどこ? あ、あれ? あれ……?」
 画面を操作し、必死でゲームを止めるボタン――ログアウトボタンを探すが、一向に見つからない。ヘルプまで開いてボタンを探したけど、どこにもそれらしきものは無かった。
 部屋の中の家具のどれかに触ればログアウトできるかと思って手あたり次第――窓とかドアとか――触ってみるが、結果はすべて空振りだった。

「ログアウトボタンが――ない」

 ゲームから、出られない。
 ゲームに――閉じ込められた。
 …………。
「はああああああああああ!?」
 一拍おいてから絶叫する俺。
 ついでに鼻水と涙も垂れて出た。鏡の向こうの俺は徹夜したみたいに目を血走らせて発狂している。我がことながら正直気持ち悪い。これは彼女できませんわー……。
「え、ちょ、どうするんだよ!? なにこれ!? もしかしてクリアするまで脱出不可!? ゲーム以前の問題だろぉ!?」
 頭を抱えていると、不意に今の状況に不釣り合いなほど明るい電子音が響いた。
 はっと我に返って視界に目を走らせると、勉強とか運動とかのコマンドボタンの反対側――つまり視界画面右上にメールのアイコンが点滅していた。
 藁にもすがる思いでメールを開く。
 内容は次の通りだった。

『こんにちは。三木谷の代理をしている人間です。現在はラブラブ☆メモリアル・オンラインのゲームマスターをしています。ラブメモ、お楽しみいただけているでしょうか?』

「誰が楽しむか! ここから出せよ、このハゲ野郎ォォォォ!」

『楽しんでいただけているなら光栄でございます。もうお気づきかとは思いますが、このゲームにはログアウトボタンが存在しません。クリアするまでゲームを止めることは出来ません。バッドエンドになった場合は十二月十四日から再スタートとなります』

「なんなの、その欠陥仕様!? 俺のリアルボディどうするんだよ!? 仮想空間の肉体とは違って飯食ったりうんこしたりが必要なんだぞ!?」
 最悪うんこはその場に垂れ流せばいいが、栄養補給だけは無理だ。マジで餓死する。

『貴方のリアルボディに関しては今しがたこちらで確保いたしました。栄養補給等生命維持に必要なことは全て私共で用立てておりますのでその点はご安心ください』

「あ、そうなんだ……。ちょっと安心。――じゃないでござるよぉ! マジでクリアするまで出してくれないの!? これ犯罪だよね!? 捕まるよね!? 俺をここから出せー!!」

『デルタピサロ様の健闘をお祈りしています(笑)。何か不明瞭な点等ございましたら、画面右上のメールアイコンの横、ヘルプを参照してください。
 でわでわ、ラブラブ☆はぁと、貴方に届け♪ きゅんきゅんきゅんのラーブラブ☆ じゃーにぃー☆』

「じゃーにぃー☆ じゃないよ! ふざけんな! 出せよ! いや俺をここから出してください、お願いします! 何でもしますからぁ! ごめんなさいぃぃ……」
 なんなの、もう……。
 俺が何したっていうの?
 善良な一市民として日々エロゲしていただけじゃないか。
 なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけなんだよぅ……。
 しばしの間無言ですすり泣く。
 当たり前だけど、そんなことをしていたって助けてくれる人なんかいない。
 たっぷり十分も無駄にした俺は、死んだ魚のような目になって立ち上がった。
「クリア……するしかない……」

    ×             ×              ×

 で、学校に向かう途中、頭のどうかしていた俺はついに禁じ手ともいえるヘルプ参照をしてしまった。こういう説明を読む奴は軟弱だとネットで声高に言い張っていた俺なんだけど……、そういう矜持が如何に子供っぽいものか思い知った。生命の危機に際して、俺はいくらでも主義主張を変えられるヘタレ野郎だったのだ。その事実が余計に俺を落ち込ませた。
 亡者みたいな顔つきで読んだヘルプには――絶望的な内容が書かれていた。いや、これを知らなければきっと痛手をくらっていただろうから、精読すること自体は全然間違いなんかじゃなかった。むしろ正解だと言える。
 ヘルプ曰く――このゲームは超リアル指向ということだ。
 最初から主人公に対するヒロインたちの好感度がマックスであるとか、出てくる女の子がすぐにでれでれして即付き合ってくれるような、イージーモードではないということ。むしろ、かなりシビアだそうだ。曰くリアルのほろ苦さとうまくいかない現実の中で精いっぱいもがく楽しさを伝えたいと製作者は思ったらしく、まずステータスに準拠してヒロインおよび周囲の反応が変わり、巧みなコミュニケーションによって親睦を徐々に深めることが可能なゲームシステムとなっているらしい。まず外面的な部分から入って、深く付き合いだしたらその人の人柄が重視される――確かに現実っぽい。要らんリアリティであるが。
 ということは、なにか。俺はご覧のステータスだからヒロインを始めクラスの連中からはキモデブ扱いされるっていうのか!? ゲームにそんなもん求めてないよ。製作陣馬鹿じゃないのか!?
 ヘルプにガチギレする俺の目の前を、箒を持った老婆が通り過ぎていく。住宅街にはぽつりぽつりと人の姿が見える。しょっぱいポリゴンではなく、なんかとても人間っぽい。実写顔負けのリアルさだ。人間にしか見えない。
 十年前のゲームの癖になんでこんなにリアルなんだよ。
 力入れる場所間違っているだろ。こんなリアルワールド作る暇があったらもっとシステム関連ちゃんとしろ。難易度イージー追加しろ! まあ、俺は、攻略神としてのプライドがあるからハードを選んだだろうけど。
 あと、コマンド――勉強とか運動とかの選択肢――を選ぶことが出来るのは、一日合計四回だそうだ。早朝、午前中、午後、夜だな。プレイヤーはコマンド選択したのちに、実際に選択した行為を行う。その時の吸収具合によって能力が上下するとのことだ(つまり下手したら下がる)。
 今は登校中だから、早朝と午前の境目だ。今日は午前からコマンド選択可能となるみたいである。とは言え、学校に行くわけだから、コマンド選択の影響は休み時間にのみ適用される。学校の授業をこなしてもちゃんと能力は上昇するらしい。体育とかの授業を受ければきちんと体力が上昇するとのことだ。
「確かにこれは――うまくやれば効率よく能力上げて、女の子とも仲良くなれる設計だな。元々の能力が俺みたいに低くなければ」
 ところで、俺の能力は本当に低いのか?
 皆低くて、俺が勝手に底辺だと思っているだけなんじゃないのか?
 俺は試しにヘルプに書いてあったスカウター機能を呼び出した。
 これは視界画面右下にある計測器のアイコンをクリックすることで呼び出せる機能で、効果は対象の能力を数値として見ることができるというものだ。
 ただし、女の子とどれだけ仲良くなっているかとか、そういう目には見えづらい部分は表示されないらしい。あくまで、知識とか体力とか、外面的な能力のみだ。
 えっと、どいつにするか……。
 おっと、丁度向こうからラノベ読みながら登校してくるオタクっぽい眼鏡男子がいるな。こいつはステータス低そう。どれどれ……。

『名前:不明・男子生徒(モブ)
 知識:204
 体力:−20
 芸術的能力:60
 カッコよさ:−7』

「おっしい、体力三負けたぁ!」
 まあ、見た目からなんとなくわかるけど、こいつはオタクで勉強の虫なわけだ。なるほどねえ。いるよな、こういうやつ。勉強しかできない残念な奴。普通、頭がいいとモテるものなんだけど、こいつの場合はそれ以外がダメダメだからかっこよさがゼロを割ってしまっている。こういうのが将来の日本を駄目にしていくんだよ! くそが!
「……………………」
 …………うん。まあ、次行こう。えっと、女の子の能力も知ることが出来るみたいだ。ええっと、じゃあ、今曲がり角を曲がったモブっぽいあの子にしよう。

『名前:不明・女子生徒(モブ)
 知識:74
 体力:48
 芸術的能力:50
 かわいさ:40』

 うん、なるほどね。見事にモブっぽい平均的な能力だ。顔も普通だし、能力もマイナスこそないが、三桁いっている能力が一つもない。あのレベルの顔で40か。本当にどこにでもいそうな十人並みの顔だな。目が細くて、鼻はちょっと低くて、化粧も普通で――。なんかコアラにどこか似ている顔。肌の色は白いからコアラじゃないけど。見る人が見れば不細工と言いそうだけど、まあ、普通なんじゃないかと思う。美人ではないということは絶対に言える。
「………………」
 うん、次だ、次。

『名前:不明・リア充男子生徒(モブ)
 知識:102
 体力:105
 芸術的能力:120
 カッコよさ:150』

「――――――――――――――――」
 俺は。
 自分の。
 ステータス画面を。
 おもむろに開いた。

『名前:デルタピサロ(主人公)
 知識:−7
 体力:−23
 芸術的能力:−5
 カッコよさ:−30』

「〜〜〜〜〜〜〜〜。超・ド・底辺じゃん! なんだ、これ!? 俺うんこ野郎なの!? ただのキモデブなの!? 誰よりもクソ野郎じゃねえかよ! こんなの主人公(笑)じゃねえか! なんなのこのクソゲー!? 俺みたいな奴がいるから日本が駄目になるんだよ!」
 最初の眼鏡オタク君、罵ってしまってごめん。俺の方こそ屑でした。よく知りもしない貴方をこき下ろして心の平静を保とうとして本当にすいませんでした。
 生まれてきて……ごめんなさい……。
「くそ……。なんなんだ、これは。これじゃ本当に全然駄目だ。いや、俺だから全然駄目なんだけど……。そこは理解しているんだけど……。これ、ライバルNPCの能力どうなってるんだ? 数値によってはスタート地点が違いすぎて勝負になんないぞ!?」
 数値がコマンド選択によってどれくらい上がるかにもかかっているが、現状では俺は間違いなく最底辺だ。すれ違う学生にぱらぱらとスカウターをかけているが、三十数人見た今の段階で、どれか一つの能力ですら俺が勝てた人間がいない。一番いい勝負だったのがあの眼鏡君の体力で、俺が三ポイントの差で敗北。
 能力値の目安だけど、大体四十から五十付近が中央値。この辺りの数が一番多い。で、ちょっと優れていた場合は三桁を超える。非常に優れている場合は二百を超えるようだ。だから、最初の眼鏡君は本当に頭の良い子。二人目の女の子はどこにでもいる普通の女の子。三人目のリア充男子生徒っていうのは、アクションRPGなんかで言う『強モブ』――ちょっと強い敵、くらいの位置づけだ。実際にクラスにいたら、上位カーストのグループにいる一人ってところだな。
 こんなのを十年前のプレイヤーはやっていたのか?
 そりゃ、こんなシステムにしたら話題作にもかかわらず一年で潰れるわ。一年もった方が驚きだわ。
「どうする……? どうする、デルタピサロ……? いや、待て。まだコマンド選択によってどれくらい能力が上がるか分からないし、ライバルの能力も見られていない。あのリア充男子生徒と同じくらい能力が高いと決まったわけじゃないんだ。諦めるな」
 俺が鬼の形相で自己暗示をかけていると、不意に後ろの方で黄色い声が上がった。
 何事かと思って振り返ると、黒塗りの高級車が停まって、中から一人の女子生徒が降りてきたところだった。
 俺の口はあんぐりと開いた。
 ……黒く艶やかな髪が朝の微風に揺れる。
 白磁のような肌はとても柔らかそう。
 大和撫子を体現したように、目元はとても優しげで、口元にはすべてを抱擁してくれるような微笑を浮かべている。
 高く細い鼻の辺りを、風になびいた黒髪がふわりと撫でて、また彼女の耳の横へと戻っていった。
 ――百合の花のように美しい美少女。
「馬鹿な……っ。こんなリアル寄りのゲームで……。女の子が超絶可愛いだと!?」
 俺は往来のど真ん中で豚のように脂汗を流し、立ちすくむしかなかった。
 長い黒髪の女の子は革の学生鞄を体の前で両手で持ち、カツカツと綺麗な歩き方でやってくる。
 ああっ! ダメだ! 来るな! 来るんじゃない! 来ないでぇぇぇ!! こんな――こんなリアル寄りのゲームで来られたら、汗が――汗が止まらないぃぃっ! くそ、会話コマンドは無いのか!? 自分でコミュニケイトするしかないのか!? ほんと、どれだけクソゲーなんだよ!?
 百合の花のような美少女は俺の前まで来ると、小首を傾げて俺の顔を見た。
「あの、私に何かご用でしょうか……?」
「はっ、はひぃぃぃぃんっ!? せっ……、せせせせせっ、拙者でござるか!?」
「せ、拙者? あの、はい。私、校門をくぐりたいのですが、そこに立たれると……」
 女の子が困惑気味に俺の後ろを見る。
「あ……」
 俺ははっと我に返った。
 スカウターに夢中になっていたが、いつの間にか俺は校門の前まで来ていたのだ!
 そして百三キロの汗だくぬめぬめの俺の巨体は、見事に校門をくぐろうとする者の邪魔になっていた。校門狭すぎだろ。半分だけ開くんじゃなくて両方開けとけや。
「しゅ……しゅみましぇ……」
 消え入りそうな声で横にどく俺。迷惑そうにしていた左右の生徒たちが俺の方に棘のような視線を送りながら校門をくぐっていく。
 女の子は優しげな笑みを浮かべた。
 うわあ、かんわいい〜ん。
 女神さまじゃ……女神さまがおるでぇ……。
「私は大和屋撫子。二年A組。君の名前は?」
 美少女、もとい、大和屋撫子さんは鈴のような声でそう訊いてきた。
 こっ、これはっ!
 きた! 王道テンプレ出会いシーンキタアアアアア!!
 なんだよ。ハードモードとか言いながら、このゲームもなんだかんだギャルゲーしてるじゃないか。やるじゃないか、製作陣! はっはっはっはっは。
 俺は大きく息を吸い込むと目一杯かっこいい顔を作って自己紹介した。
 行くぜ!
 第一印象は超大事ッ!!
 攻略神は最初から相手に大ダメージをぶち込むのだ!
 食らえ! 我が必殺の自己紹介ぃぃぃッ!!

「はっ……はひゅんっ、ははははは、はじめ、ましてぇぇぇ! ぼ、ぼぼぼくは、デルタピサロぉ!! よ、よおしくお願い……しゅっ……しゅるでござるりゅぅぅぅぅぅ!!!」

 俺は弾みをつけて大和屋撫子さんの右手を両手でつかんだ。そして、丁寧な手つきで握手をする。
 決まった……! ちょっとミスったけど概ねOK! 特に最後らへんは噛むのが分かって高速でリカバリーを決められた! ちゃんと声を出せた! ははっ、会話コマンドがなくても俺くらいの攻略神になれば挨拶くらい朝飯前なのだ!
「え……ええ……。よろしく……」
 撫子さんはそう言って笑う。
 この可愛さ、黒塗り車からの登場という専用出現演出――この大和屋撫子というキャラクターは間違いなくこのゲームの攻略キャラクターに違いない。しかも俺の見立てが正しければ、ヒロインたちの頂点に立つ、正ヒロイン級のオーラがある。
 こんな最序盤に知り合えたのはラッキーだぞ!
「じゃあね、デルタ君」
「デルタ君!?」
 俺はかっと目を見開いた。
「え……? 先ほど、僕はデルタピサロだって……」
 撫子さんは笑顔のまま首を傾げた。
 ああ、その仕草もキュートだッ!
 俺は鼻息を荒くした。
「デ、デルタ君……。何という心惹かれる響きなんだろう……。撫子さんみたいな美少女に『君』付けで呼ばれて、俺、嬉しいですよぉ」
「そ、そう。えっと、ありがとう、ございます」
「でゅふ、でゅふふふふふ!」
「えっと、それじゃ、私、行きますね。もうすぐ授業が始まりますので」
「はーい! またね、撫子さぁーん!」
 俺は手を振って彼女を見送った後、校門をくぐって彼女の後を追った。
 ああ、やっぱり女の子と話をするのは楽しいなあ。
 しかもあんな美少女と!
「ククククク……」
 俺は笑いを必死で噛み殺した。
 あ、そうだ。
 参考までに撫子さんの能力を確認させてもらうか。
 視界画面を操作してスカウター機能を呼び出す。それから照準を前を歩く彼女に向けた。お、なんか良い香りがする。前を歩く撫子さんのシャンプーの匂いか! 朝にシャワーしたのかな? ふおおお! 薔薇の香りか、これぇ! 超匂い嗅ぐぜぇ! くんか、くんかぁ! スーハー! ……そろそろ自重するか。流石にキモイな。まあ、これゲームだし、別にいいんだけどさ。

『名前:大和屋撫子(正ヒロイン)
 知識:197
 体力:140
 芸術的能力:255(CS)
 かわいさ:255(CS)』

「おおー! 納得の高ステータス。やっぱり正ヒロインだったか。このCSはカウンターストップ――つまり最大値ってことだな。四つの能力中二つがカンストってやばいな」
 全部の能力を三十ずつ俺にくれないかなあ。それだけで俺、マイナスが無くなって万々歳なんだけどなあ。
 世の中って不公平である。
 いや、あれだけの高ステータスを維持する努力とかもしているんだろうけどね。
 それにしても圧倒的である。
 無い物ねだりはしていても仕方ないけど……ん?
 ステータス画面を閉じた俺は、ふと撫子さんの右手の動きに目が留まった。
 別に意識していたわけじゃないんだけど、人目をはばかるような、なんか不自然な感じだったから、ちょっと気になったというだけだ。
 撫子さんはさっきまで両手で鞄を持っていたんだけど、今は左手だけで持っている。そして、右手は体の横でぶらぶらしていて、時折彼女の紺の制服スカートにぶつかっては離れていく。
 意図的にスカートに右手を擦りつけているような……。
 そして、今、彼女の右手がはっきりと、スカートの布地に押し付けられ、何かを拭うかのような不自然な動きをした。
 何かを拭う……。
 右手を拭う……。
 俺が、握手を求め、両手で握ったのは、彼女の右手……。
「え…………」
 俺は茫然と立ち止まってしまった。後ろから続く生徒たちが迷惑そうに俺を避けていく。
 撫子さんが、俺と握手した右手を、スカートで拭いた……?
 引きこもりは打たれ弱い。
 俺は全身に冷たい血が行きわたるのを感じた。
 なんだろう、これ。
 今までギャルゲーをしていたときには感じたことのない――痛みだ。
 拒絶されるのはいい。
 何千本もギャルゲーをやってきているんだ。バッドエンドなんて腐るほど見た。CG回収のためにわざと選択肢を間違え女の子に嫌われることもした。
 だけど、そうして俺を嫌った女の子たちは皆何か「分かる形」で俺に拒絶反応を示した。
 俺はどこかにやけた雰囲気でそれらのバッドエンドを見ていた――。
 だけど、今はそんなにやけた表情なんてできない。
 なんだろう、これ。
 なんか――なんか嫌だ……。
 一つため息。
「……教室、行くか」

    ×              ×               ×

 二年E組の教室に着いて、自分の席に着く。
 ああ、教室に入る前に視界が暗くなって『午前はどうするか』というコマンド選択画面になったので、芸術的能力を向上させるであろう、芸術を選んでおいた。理由は、撫子さんを攻略するのに必要だろうから。さっきはちょっと驚いたけど、攻略神として、受けた屈辱は倍にして返さなければならない。このままでは終わらない――終わらせない。
 撫子さんのステータスを見るに、芸術に対して造詣が深いのは明らかだ。美術とか音楽とか、そういう方面に、おそらくだけど趣味嗜好を持っている。だから、俺も同じく芸術的能力を増やして、彼女と同じ土俵に上がることがまずもって最優先の事項なのである。
 また、幸いにも俺のステータスの中で芸術的能力は一番の高数値であるマイナス五だ。例えば体力を一般人レベル――四十くらいにするなら六十三能力をあげる必要があるが、芸術的能力なら六十三も上げれば一般人より若干上くらいまでになれる。その状態で絵なりピアノなりの更なる能力向上のため、撫子さんに教えてもらいに行く――アプローチとしてはこれが一番自然な流れではないだろうか。
 問題は攻略において致命的なカッコよさの値だが――これについてはプラマイゼロくらいにまで抑えたい。身だしなみを改善するとかすれば多少は上がりそうだし、かっこよくはなくても、小綺麗に見えるくらいにまで整えておけばあとは出たとこ勝負まで持ち込める。
 くそ。本来ならばフラグを立てるためにどう能力を振れば効率的かを考えるところなのに、低すぎる能力のせいでまずリカバリーから入らざるを得ないのは苦しいところだ。
「〜〜〜〜」
 しかも、考え事の最中にさっきの撫子さんの手を拭う動作が脳内に再生される。これじゃまともに思考ができない。ゲームシステムについて色々探りを入れていきたいところなのに! くっ、これでは……!
「――ねえ」
 ふと横から聞こえてきた声に顔を上げる。
 なんだっていうんだ、人があれこれ悩んでいる時に!
 俺に声をかけてきたのはポニーテールの女の子だった。髪の色は茶色っぽい。染めている感じじゃなくて、塩素とかに触れてちょっと脱色してしまったみたいな色だ。
 こいつも色白で結構可愛い。
 ただ、こいつは撫子さんとはまた違ったタイプの美少女だ。撫子さんは神秘的な美しさがあるけど、この女の子は快活で人懐っこい感じの美人。目はくりっとしている。鼻筋も通っていててっぺんがつんと上を向いている。唇も綺麗な桜色だ。
 元気さが可愛い――そんな、皆に愛されるような女の子。
 彼女は腰まである細長いポニーを揺らしながら笑顔で黒板を指さす。
「デルタピサロ君、今日君が日直当番だよ」
「え……? ああ……、ありがとう……」
 くそう……やっぱり撫子さんをクリアできる目途が立たない。
 この目の前の女の子(多分リア充男子生徒と同タイプの高ステータスモブだ)の全ステータスから二十ずつでももらえれば、事態はまだ絶望的ではなくなるのに……。
 俺は席から立ち上がると黒板消しを取り上げた。
 ……と、なんだ、これ。黒板消し汚れているじゃないか。
 俺はPCのキーボードを始め、俺の体以外のものが汚らしいのは我慢ならない性質なのだ。何時ぞやまだ家族と一緒に暮らしていたころ、母親がポテチを摘まんだ手で自慢のマシンの画面に手を触れてきた時は危うく発狂しかけた。ポテチのかすまでキーボードの間に落としていかれたので、そのあと我慢できずに分解掃除するまで至った。
 俺は黒板消しを清めると、腹いせに黒板を超絶綺麗になるまで磨いてやった。
「くそ……。これは一週目バッド覚悟で能力上げと情報集めに徹するか。いや、ちょっと待て、ヘルプに確か……。うわあ、やっぱりそうか! 『バッドエンドの場合その周回で得たステータス上昇値およびヒロインの好感度パラメータはリセットされます。次の周の能力決定はバッドエンド時に初期化したステータスで判定します。一度上げた能力分に関しては、極々稀に、次以降の周回で上がりやすくなることがあります。知識に関してはその限りではなく、蓄積される場合もあります』」
 一見してバッドエンド周回が有利に見える内容だけど、運動と芸術的能力はおそらくどこかで頭打ちになる。知識はその例外とあるが――これも大した効果は望めないと考えられる。
 十年前、まだこのゲームが稼働していたころは、周回も含めて恋愛バトルを楽しむことが可能だったのだろう。だから、二週目以降はまた新たな視点でゲームを俯瞰できるように設計した。それが、このバッドエンドを経て次の周回を行った場合の能力上昇ボーナスだ。だけど――そういう設計と、『周回を重ねればゲームの攻略が楽になる』というのはおそらく別物。周回を重ねればイージーモードなんて、能力関係の縛りが課金させるためにかなりシビアなネットゲームではありえない。間違いなく、課金によるボーナス>>>>周回ボーナス。多分、周回ボーナスは雀の涙。くそ、課金できるなら課金したんだけど、そう言うコマンドはないのか!?
 何も考えずに巻きに巻いて周回を重ねまくってとりあえず限界値まで見てみるか?
 でもそんなのどれだけ時間がかかるか分からない。
 ゲーム内時間はリアルタイム準拠だからな。例えば三年過ごしたら、外の世界でも三年経っていることになる。リアル浦島太郎だ。流石に三年も経てば外からの助けも来ようが――えっと、来るのか? 俺を助けに誰かが。
 俺がいないということに気付きそうなのは大家だろうけど、俺の銀行の預金が全て消えるか、数年先の契約更新時でないとコンタクトをとろうとは思わないだろうし――。
 あれ、これ、やばくね?
 俺はそれくらい、リアルでの付き合いは薄いのだ。
 自称三木谷はそういう俺の事情を知ったうえでこのゲームを攻略させているのかもしれない。俺なら、ある日そっと社会から消えてしまっても、簡単に事実をもみ消せると踏んで――。
「やっぱりクリアするしかない。でも……、そもそもクリアしたところで、本当に俺は解放されるのか……?」
 俺は黒板消しを置くと暗い顔で自分の席に戻った。
 さっきまで浮かれていたのが嘘のように今は重い気分だ……。
「ねえ、デルタピサロ君」
 と、また隣の子が話しかけてきた。さっき俺に日直の事を教えてくれた、ポニーテールの元気そうな女の子である。
 なんなんだ。
 可愛い子に話しかけられるのは――いつもなら大歓迎なんだけど、今はそういう気分じゃ無くなってしまっているのに!
 俺は顔を横に向けた。
「はいよ、何か?」
 すると、ポニーテールの女の子の顔が思いもかけず近くにあってびっくりした。
 あんまり意識してなかったけど、この子、結構どころか、めちゃくちゃ可愛いな。
 眉毛のラインとかすごく綺麗だ。目は少し猫目っぽくて、全体的に綺麗と可愛いが同居したみたいな、清純派な雰囲気を醸し出している。この子、まさか……ヒロインなのか?
「君ってすごく綺麗に黒板消すんだね。三回も黒板消しを綺麗にして、黒板からチョークの粉が無くなっちゃうくらいまで几帳面に。ホワイトボードとかでもやっぱり同じように消しちゃうの?」
 なんてどうでもいい内容なんだろう。
 でも俺は全能の神なので親切に会話に付き合ってやる。
「俺は、俺以外の物が汚いのが許せない性質なんだ。それはホワイトボードであっても変わらない。ちなみに一メートル平方のホワイトボードなら、十秒で三つまで綺麗にすることが出来る」
 あー、早く会話終わんないかなあ。撫子さんをペロペロチュッチュッしたいぜー。俺に対してあんな態度を取った女は俺の魅力でメロメロにしてやりたい。エロゲなら性奴隷にしてやりたい。凌辱ゲーだったらレイプしたい。
「じゅ、十秒で三つ!? す、すごい……! デルタピサロ君は見かけによらず俊敏なんだねー。あ、私は由紀エリカ。デルタピサロ君女の子に興味無さそうだし、私の名前も知らないだろうから一応自己紹介しておくね」
「ほいほい。テンプレおつ」
「ん? テンプレ?」
 エリカと名乗ったお隣さんが首を傾げる。
 俺ははっと我に返った。
「え? あ、や、ご、ご、ごめん! な、何でもないでござる」
「ござる? あはは、変な語尾! デルタピサロ君って変わってるんだね! あ、女の子の事なら私に何でも聞いてよ! 私、それなりに情報通なんだ! 攻略したい女の子の好感度とか、私に聞いてくれたら教えてあげるから。気が向いたらだけど」
 ああ、貴女はそういう立ち位置のキャラですか。
 ギャルゲー特有の情報通キャラ兼日常生活で主に会話する知り合い役。
 攻略対象の現在の好感度や趣味や攻略の糸口など様々な情報を教えてくれるお助けキャラである。
 男とかがやる場合が多いんだけど、女の子も偶にいる。ラブメモではこの由紀エリカがそれであるわけだ。
 あと変な語尾で悪かったですね! ネットのオタク仲間と交流しているうちに染み着いちまった口癖なんだよ!
 俺はスカウターを起動させた。

『由紀エリカ(モブ)
 知識:140
 体力:160
 芸術的能力:100
 かわいさ:200』

 名前ありモブ。
 つまり攻略対象のヒロインではない。
 リア充男子生徒の名前あり版だな。名前がある&このゲームの案内役ということもあって能力は割かし高め。撫子さんと比べたら見劣りするけどね。
 そのかわいさの数値を五十くらい俺にくれないかな。情報通キャラならそこまで可愛くなくても別にいいだろ。
「デルタピサロ君」
「は、はい? ま、まだ何かあるの?」
 俺がステータス画面に指を這わせてうらやましそうにしていると、エリカがまたもや声をかけてきた。もう会話終わっただろ。コミュ障にこれ以上関わらないでくれよ! 人が怖いんだから! 会話怖いんだから!
「さっきからずっと空中で手を動かしているけど、指揮者か何かの真似?」
「え……? あ、あ、これは、その、そう! 指揮者の真似! 俺モーツアルト好きなんだ!」
 破れかぶれのフォローだな。
 だけどエリカは屈託なく笑った。
「あ! 私もモーツアルト好きだよ! 音楽とかあんまり分かんないんだけど、小さい頃習い事でやったトルコ行進曲は覚えてる。楽譜通りに弾くだけなら初級の曲だけど、本当に綺麗に弾くとなると音を肉厚にしないといけないから難しいよね!」
 流石ギャルゲーの知り合いキャラ。めちゃくちゃな振りでもちゃんと付いてきてくれる。
 それにしてもエリカはピアノ習っていた経験があるんだな。どう見ても下町の娘さんにしか見えないけど、意外と高尚な趣味をお持ちのようで。
 ちなみに俺はピアノなんて触ったこともない。小学校の頃見たことはあるけどさ。
 うっ……、小学校、音楽室、ピアノというワードに頭痛が……。
 歌の勉強の時間に一緒に組むペアが見つからなくて一人で二重唱した記憶がぁぁぁ!
 超恥ずかしかったぜ、あれ。周りからはさぞかし滑稽に見えていたんだろう。豚が一人で二重唱していたんだからな。先生も確か半笑いだった気がする。俺のガラスのハートはあれで深手を負って、二日おきの登校が四日おきに減ったくらいだった。
 エリカは、気分の悪そうな顔をしている俺から離れて向こうで喋っているクラスの友達のところへ行った。
 あ、本当に『知り合い』って感じの付き合いなんだ。
 そりゃそうか。
 俺としてもこれでやっと一人になれるので嬉しい。エリカの声、ちょっと元気すぎて苦手だし……。苦手なタイプなのであんまり話はしたくなんだけど……、攻略のために割り切るしかないか。
 それから数分後、一限目の教師が来て授業が始まった。
 世界史だった。
 勉強した範囲はフランス革命。どうやらこの『ラブメモ』の舞台である常盤高校は進学校らしく、世界史は二年のうちに全範囲が終わるそうだ。それから三年の受験までひたすら復習。T大やK大の論述問題も別途やっていくらしい。カリキュラム通りにやるだけで一次は九割以上取れるようになるとかなんとか。
 俺は世界史の前に小学校の社会科の段階で勉強が止まっているので正直何言っているかさっぱり分かんなかった。
「――で、このときフランス王は妻と一緒に妻方の実家であるオーストリアに逃げようと試みますが、見つかって捕えられてしまいます。のちに彼は処刑されてしまうのですが、彼の名前は? ――えっと、今日は十二月の十四日だから、出席番号十四番、デルタピサロ君」
「ふぇっ!? おおおお、俺ですか!?」
「そうです。起立。初級問題ですよ。この王様の名前は?」
 立ったまま豚のように汗を流して俺が困っていると、不意につんつんと俺の横腹を突かれる感覚が――。
 右隣を見ると、エリカが前を向いたまま、そっとノートの端を差し出していた。
「る……ルイ十六世」
 俺がどもりながら答える。
 世界史の教諭は一つ頷いた。
「そうですね。ルイ十六世です。彼の趣味は鍵作りだったと言います。鍵です。鍵。言っては何ですが、彼は平凡な男だった。しかし生きた時代が悪かったのでしょうね……。ちなみに妻の名前はマリー・アントワネットですが、さて、彼女の実家はどこでしょうか? またお母さんの名前は?」
「???」
 クエスチョンマークを浮かべる俺。
 知らないよ、そんなの。というか、なんで皆分かってるみたいな顔してんの?
 お母さんの名前って……ここで俺の母親の名前――田出久美とか答えたら爆笑されるんだろうなあ……。
 と、またもや脇腹を小突かれる感覚。
「えっと――、『はぷす、ぶるく』家? 『まりあ、てれじあ』?」
 俺がどうにかこうにか答えると、先生は満足したように「よし」と言った。
 着席すると、早速親切なお隣さんにお礼を言う。
「あ、ありがとう、由紀さん」
「エリカでいいよ! ファイト!」
 エリカはキメ顔(と思しきよく分からない表情)で親指を立てた。
「――では、フランス革命と同じ時分に起こっていた世界の有名な出来事をあと三つ挙げ、それぞれその歴史上の意義を論じてください。この問題は、先ほどデルタピサロ君にノートの端っこを差し出していた由紀エリカさんに答えてもらおうかな」
「え〜! そんなぁ〜!」
 エリカが大きな声を上げた。クラスの中から笑い声が湧き起り、先生がにやりと口の端をつり上げる。
「ご、ごめん、由紀さん」
 俺がそう謝ると、エリカはにかっと笑った。
「へーき、へーき!」
 あー、なんかいいな、これ。
 俺は青春とか学園生活とは無縁の人生を送ってきていたので(そしてこれからも無縁であり続けるのだろう)味わったことのない種類の楽しさだ。
 隣の席に『友達』がいて、こうして授業で困ったら助けてもらって。
 実際の学校でもこういうことってあるのかな?
 って、俺みたいな引きこもりがそんなこと考えたってしょうがないか。
 なんか、しんみりしちゃったな。
 ああ、でも、飽きたとか、詰まんないとか、そういう『しんみり』じゃない。
 確かにこのラブラブ☆メモリアル・オンラインはクソゲーだと思うんだけど、なかなかどうして、魅力的なところもあるじゃないか。

    ×             ×               ×

 午前の授業が終わって昼休みになった。
 一限目からいきなり当てられてビビったが、それ以降は特に当てられることもなく無事終了した。ただ、授業内容は魔法の呪文を聞いているみたいに理解不能だった。これ――知識の能力が全然足りてないからこうなっているんだよな。芸術的能力とカッコよさだけ上げれば良いと思っていたけど、これじゃ日常生活に支障を来しまくる。このゲームの仕様はまだ完全に把握していないが、俺が授業フェイズでアホなことをし続けると、それが噂になってヒロインたちに伝わる可能性がある。幸い、撫子さんは二年A組なので俺が馬鹿ということはまだばれていないだろうが――最悪の場合、「デルタピサロ君って馬鹿なんですね(笑)。私、自分より馬鹿な人はちょっと……(嘲笑)」という事態になりかねない。俺も数千本のギャルゲーをやって来たが、ステータス上げをミスってそれでフラグが折れたことが何回もある。
 フラグが折れる――つまり、攻略不能になる。
 いくらそれから勉強の能力を上げても、フラグが折れてしまえば、攻略自体が出来なくなる。裏を返せばフラグさえ立ててしまえばあとはどんなにクソなステータスまで落ちても大丈夫になるんだけど……。
 とにかく、知識はどうにかして上げておくしかない。幸い俺の知識はマイナス七。ステータスの中では芸術的能力に次いで高い数値だ。頑張れば何とかなる!
「そう言えば、午前中に上がった能力はどんなもんだろう」
 授業いっぱい受けたし、休み時間は外の風景を写生して過ごしていたから結構上昇していると思うんだけど。
 俺はわくわくしながら自分のステータス画面を開いた。

『名前:デルタピサロ(主人公)
 知識:−7
 体力:−23
 芸術的能力:−5
 カッコよさ:−34』

「あれ……? 上がってない……? 知識マイナス七から、全然上がってない……。芸術もそのまんまだし……。ていうか、カッコよさが下がってる!?」
 くそ! どういうことだ!?
 まさか能力の変化はその日の最後ということか?
 いや、そんなはずはない。カッコよさがマイナス三十から下がっているということは、能力の変動はフェイズの終わりごとにあるということ。ということは――認めたくはないが……。
「……貴重な、貴重な一フェイズを使って……。俺は、カッコよさのステータスを四つ下げただけ……?」
 そんな……。
 ただでさえ時間がないのに。
 ただでさえ初期値が最低クラスなのに。
 午前いっぱい使って、能力が――下がっただけ?
「焦るな……。俺は攻略神デルタピサロ。絶対に諦めない。最後に勝つのは俺だ。カッコよさが四つ下がったというのは世界史の時間に失態を演じたせいだ。そのせいで能力が四下った。しかし、別の側面からこれを観測するなら、少なくともカッコよさは変動しやすいということだ。行ける――行けるぞ!」
 カッコよさは撫子さんを攻略するには40あればいい。あとでカッコよさを効率よく上げる方法を見つけて、五日程度かければ一般人クラスにはなる!
 人並みの見た目があれば行ける。
 撫子さんに出たとこ勝負で挑める!
 俺がガッツポーズをしていると、急に教室の外が騒がしくなってきた。
 キャーと黄色い声が上がっている。クラスで机をくっつけて弁当を食っている連中も何事かと教室の外を窺いにぱらぱらと立ち上がっている。
「キャー! 面太郎様よ!」
「え!? 池君がウチのクラスに来るの!? キャー!」
「面太郎さまああああ!!! 愛していますぅぅぅ!!」
 女の子たちがそんな事を言っている。
 面太郎って変な名前だな。
 つらつらと行間を読むに、そいつの名字は『池』か。
 くっつけて読むと、池 面太郎。
 なにそのDQNネーム。それでブサ面に育っちまったらどうすんだよ……。
 しかし、そんな俺の心配(?)は杞憂に終わった。
 ガラリと勢いよく開いたドアの向こうには、目の覚めるようなイケメンが立っていたのである。ウチの制服はブレザーなんだけど、そのイケメンにブレザーはマジで似合っていた。
 茶髪に染めた髪は無造作に後ろに流され、風になびいているかのような絶妙のフォルムで固められている。目元はきりっとしていて、鼻は高く、口元は意志が強そうに引き締まっている。
 あー、何というか、女性がプレイする乙女ゲームとかに出てくる『デキる会社の上司』をちょっと若くした感じ。
 端的に言うと、超絶かっこいい。
 撫子さん同様、お前は芸能人かってくらいオーラを纏っている。
「失礼するよ。今日の日直はいるかい?」
 イケメンは耳が孕むような低音ボイスでそう言った。
 日直――俺かよ。
「あ、は、はひ……。ぼ、僕が日直でしゅ……」
 悲しいかな、リア充男子を前にした典型的な底辺オタクのような反応になってしまう。でも、こういうスクールカーストの上位層を前にすると自然と体が委縮しちゃうんだよなぁ。情けないけど、仕方ないんだよなぁ……。
 俺が卑屈な姿勢で席から立ち上がりイケメンの前まで行くと、そいつは俺のようなごみ屑に笑顔を向けてくれた。
「ああ、君が日直か。悪いね、先生から頼まれて運んで来たんだけど、このプリントを配っておいてくれないか? 五限目の授業で使うそうなんだ」
 イケメンはそう言うと小脇に抱えていたプリントを差し出した。イケメンすぎてプリントの存在に気付かなかったので、まるで物質出現の手品でも使われた気分だ。そうか! これがミスディレクションか!
「う、うん、分かったよ。わざわざここまで届けてくれてありがとう……」
 俺がプリントを受け取りながらそう言うと、イケメンは爽やかに笑った。あ、なんか良い匂いがする。しかも笑顔が素敵だ。俺、こいつになら掘られてもいいかもしれない――って何考えているの、俺!?
「気にしないで、それより、大変そうだったらプリント配るのを俺も手伝おうか?」
 イケメンで優しいとかどういう事なの!? もう敗北感しかないぃぃぃ!!
「キャー! 面太郎様がどこの馬の骨とも分からぬ豚に手を差し伸べていらっしゃるわ!」
「本当! なんてお優しいの! 私、惚れちゃいそう! あ、もうホの字だったわ! てへぺろ☆」
「池さまぁぁ! そんな豚野郎放っておいて私たちとお話しましょうよ!」
「ていうか、横のキモデブ何? 面太郎様に話しかけられて微妙な顔するとかマジありえないんですけど」
「あのキモデブ馬鹿でアホなんだよ。汗すごいし、ぬめぬめして気持ち悪そう」
 俺が何したって言うの!? ねえ!? いるだけで罪なの!?
 言われなき誹謗中傷ッ!!
 圧倒的! 圧倒的! 人種区別!!
 俺が女子たちの暴言に滅多打ちにされていると、イケメンは俺を庇うようにさっと前に進み出た。そして静かな口調でこう言った。

「……この人はただ俺からプリントを受け取っただけだよ。彼に変なこと言うのは止めてくれないかな。そうやって大した理由もなく人を貶めていると、品性を疑われるよ。少なくとも、俺は君たちを軽蔑する」

 イケメンの言葉にクラスがしんとなる。
 彼は俺の方に向き直るとふっと表情を崩した。
「……ごめんね。お騒がせしちゃったけど、プリントよろしく頼むよ。俺は――手伝いたいけど、ここにいちゃいけないと思うし」
 やばい。
 こいつめっちゃいい奴。
 こんな親友がいたらよかったのになあ……。
 俺はいたく感動し、涙をこらえながら彼を見上げた。
「う……ううん。僕を庇ってくれてありがとう。えっと――」
「池。俺は池、面太郎。池でも、面太郎でも好きな方で呼んでもらって構わない。それで、君は――」
「え……? あ、僕……デルタピサロって言います。よ、よろしく……」
 俺がおずおずと手を差し出すと、面太郎はがしりと俺の手を握った。
 誠意のこもった、力強い握手だった。
「よろしく、デルタピサロ! よければ、仲良くしてくれ」
 面太郎はそう言って笑った。
 なんという、圧倒的イケメン力。
 俺なんか足元にも及ばないぜ。
 俺は唇を噛みしめながら、面太郎が見ている前でスカウター機能を起動させた。
 面太郎は俺の方を変わらずにこにこと見ている。

『名前:池面太郎(ライバルNPC1)
 知識:255(CS)
 体力:240
 芸術的能力:255(CS)
 カッコよさ:255(CS)』

「……ッ! やはり、か……」
 俺は表情を曇らせた。
 池面太郎。
 イケメンで優しく、万能キャラ。
 俺の――恋のライバル……!
 すべての能力がカンスト、あるいはカンスト直前で、人柄もとても良い。
 ヒロイン達からすれば、白馬の王子様にして憧れのキャラ。
 リア充男子生徒と同じくらいの高ステータス? 冗談、その倍以上の総合スペックがあるじゃないか!
 俺に驚きが少ないのは、何となくこういう事態を察していたからだ。大和屋撫子さんのスペックを見て、由紀エリカのスペックを見て、おそらく名前ありはこれくらいの能力になるだろうなという予想をしていたのだ。
 しかし……、これ、どうしろと言うんだ!?
 ほぼすべての能力カンストって、スタート地点からして全然違う。間違いなくスクールカースト一位の存在に、俺みたいなド底辺野郎が、恋愛バトルして――勝利する?
 出来るのか?
 俺が額に汗を滲ませ顔を歪ませていると、また教室のドアがガラリと開く音がした。

「おーう! 面太郎! こんなところにいたのか! ちょっとメンバーが足りねえんだ。チームに入ってくれよ!」

 からりと晴れた秋の空を思わせるやや高めの声。
 短い髪を逆立てたスポーティな色黒男子が、バスケットボールを片手に入ってきた。身長がすごく高い。百九十センチはありそうだ。ちなみに顔も普通にイケメン。芸能人みたい。スポーツ雑誌とかでモデルしても十分通用しそうなくらい整っている。
 またもや女子たちの間から黄色い嬌声が上がった。
 この『女子の黄色い声』演出で登場するってことは、こいつも……。
「やあ、速雄。ちょっと先生から頼まれてね。――またバスケのヘルプか」
 面太郎が手を腰に当てながらそう答えた。
 俺は入ってきた男の前に移動してスカウター機能を起動した。宙に指を這わせ、眼前の巨漢の能力を確認する。

『名前:葦速雄(ライバルNPC2)
 知識:200
 体力:255(CS)
 芸術的能力:170
 カッコよさ:255(CS)』

 やはり、ライバルNPC2か。
 名前からして足が速そうだな。同じ突っ込みになるけど、これで足遅かったらどうするんだよ。もっとましな名前考えろ、製作陣。運動部系だから『あし はやお』って……。
「面太郎、この丸っこいのは誰だ?」
 速雄が俺を指さして面太郎に訊く。面太郎は朗らかに答えた。
「デルタピサロ君だ」
 速雄は目を輝かせた。
「へえ! デルタピサロっていい名前だな!」
 そうだろ。攻略神の名だ。そしてこの世界の神となる男の名でもある。覚えておいて損はないぜ。
 速雄は俺の方に手を差し出した。
「俺は葦速雄。バスケ部でエースやってる男だ。よろしく頼むぜ!」
「ど、ども……。先ほどご紹介に預かりました、デルタピサロです。よ、よろしくお願いします……」
 俺はそっと速雄の手を握った。
 速雄は俺の手をぎゅっと握り返すと、白い歯を見せて笑う。うわ、歯磨き粉の宣伝に出てくる人みたい。
 彼はひとしきり俺と握手すると手を放し、改めて面太郎に向き直った。
「んで、面太郎、どうよ。助っ人に来てくれるか?」
「もちろんだよ。体育館でやっているのかい?」
「ああ! ヒャッホイ! 俺と面太郎がそろえば怖いものなしだぜ!」
「あのねえ、俺はあくまで助っ人だからね。多くの物を求められても困るよ」
「ハッ。お前はそう言っていつだってサイコーの結果を残してくれるだろ。俺はお前を信頼してるんだ。お前なら、絶対にやってくれるって」
「フッ。買いかぶられたものだ。しかし、信頼には応えなければならない。信頼してくれる、お前と、お前の仲間たちのためにもね。さて――それじゃ、『頼れる助っ人』として、最大限尽くしますか」
 え、何この少年漫画のクライマックスシーンみたいなノリ。
 なんか言い方かっこいいし、ていうか、こいつらの声も声優さんがやっているみたいにかっこいいし――って、そうか、声優さんがやっているんだ。これゲームだった。どうりで耳が妊娠しそうなエロカッコイイボイスなわけだぜ。これじゃ危うくホモになりかけても仕方がないな。
 面太郎と速雄は悪友同士みたいな雰囲気で小突き合いながら教室から出ていく。
 何でもできるエリート坊ちゃんと野性的でエロティックな色香を漂わせる頼れる兄貴――憧れの組み合わせってやつだな。女子たちもうっとりとした表情でフェードアウトしていく二人を見送っている。
「わお、私のいない間にウチの学校のワン、ツー様方が遊びに来ていたんだね!」
 と、女子たちの合間を縫って由紀エリカが教室に帰ってきた。学食に友達と食べに行っていたはずなんだけど、友達はどうしたんだ? まあ、解説キャラが出てくるタイミングとしては正解なんだけどね。
 俺は彼女にギャルゲーの様式美とも言える台詞を返した。
「ワン、ツー様方?」
 エリカは頷く。
「うん。この学校の女子人気のツートップだよ。一番は池面太郎君。面太郎君は何でもできて、女の子にも優しいって評判の子だよ。二番が葦速雄君で、ワイルドなエロさと頼れる兄貴感がいいって話。もしかしたら――あの二人が君の恋のライバルになるかもね!」
 はは……。なったらいいですね。
 って、ダメだ!
 くじけそうになる発言禁止! 俺は攻略神だぞ!
 俺は手早くプリントを配り終えると自分の席に戻った。
 エリカは――隣の席に座って携帯端末をいじっている。
 俺は彼女に話しかけた。
「えっと、エリカ。ヒロインの攻略について尋ねたいんだけど、今時間いいか?」
「うん! 何でも聞いて!」
 エリカはそう言って笑うと、ぴょんとこちらに体を向けた。
 あ、スカートがちょっとめくれて白くて細い――だけど、どこか肉感的な太ももが見えた。スカートの影になっている部分の肌が青白い色になっていて――っていかん! モブキャラに欲情している場合じゃない!
「まず一つ目。俺に対して好感度の高い女の子はいるか?」
 エリカは顎に白い指を当てると上を向いて「んー」と逡巡するふりをした。あざとくて可愛いポーズ。だがロード中なのは分かっている。早いこと情報よこしやがれ、『ラブメモ』運営。
 しばらくしてエリカは答えた。
「えっとね、今は誰もいないよ」
「そうか。じゃあ、次、二つ目。今の俺でアプローチ可能なヒロインはいる?」
 同じくロード時間を挟んでエリカは答える。
「残念だけど、全然ダメだねー。話しかけても、多分、全員無視されちゃうと思うよ」
「デスヨネー。分かってた。じゃあ最後、三つ目。クリスマスまでに誰かとお近づきになりたいんだけど、一番可能性のある女の子は誰だ?」
「その条件なら、大和屋撫子ちゃんが一番当てはまるかな。あの子は芸術――特に声楽方面の趣味があるから、デルタピサロ君が攻略するなら彼女が一番アプローチしやすいよ。撫子ちゃんはこの常盤市の聖歌隊のメンバーなの。毎年クリスマスの日は、街の北東部にある常盤教会で児童養護施設の子ども達や老人ホームのおじいさんおばあさんのために聖歌を歌ったり、一緒に開かれるバザーを手伝ったりしているみたい」
「そうか。ありがとう」
 エリカに情報を教えてもらい、俺は一つ頷いた。
 やはり――俺の能力的にも大和屋撫子さんが一番やりやすいか。
 軒並み能力の低い俺でも、芸術的能力だけはマイナス五あるからな。いや、マイナス五って超絶低いんだけど、芸術的能力は低い人が多いから、俺のマイナス分も相対的に緩和されるように見えなくもないわけで。
 知識に関しては進学校にも関わらずマイナス七というのが致命的なのだろう。おそらく勉学に通じたときに攻略できるヒロインもいるのだろうが、俺が馬鹿すぎて攻略の土俵に立てていない。逆立ちしたってフラグが立たない状況になってしまっているんだ。
 エリカの説明の後半部分――撫子さんが聖歌隊メンバーだとか、チャリティ・バザーに参加しているだとかの言及については、撫子さん固有の『攻略フラグ』を立てるためのヒントだ。
 このゲームが二十五日の何時までプレイ可能かにもよるが、順当に考えれば、多分だけど二十六日に日が替わるまで。二十五日になると同時に終了とかは製作陣の性格が歪んでいない限りはないと思う。
 その上でシナリオの俯瞰図を考えていくと――。
 まず、クリスマスの日、彼女はチャリティイベントに参加し、教会で過ごすことになる。これは確定だ。じゃないと、ゲーム内時間をこの日にちに設定した意味がないからな。
 つまり――クリスマスの日に教会でイベントが起きるということが言える。
 ということは、俺はそれに何かの形で関わらなければならないわけだ。その過程で、撫子さんルートのシナリオで乗り越えなければならない『何らかの問題』を解決する。
 そのあと彼女と更なる親睦イベントを見て最大限まで好感度を高める。ここまで一定水準以上の成果でこなせば、エンディングへ突入できる。エンディングの最後、ついに彼女と結ばれる――。で、めでたしめでたし、か。メタを張ったような考え方になるが、そういう流れになるはず。
 撫子さんルートのエンディングまでの道のりを逆算していると、エリカが「そうそう」と付け足してきた。
「えっと、池面太郎君と葦速雄君は、現在別の女の子に意識が向いているみたいだよ」
「!? そんなことも教えてくれるのか!?」
 俺は驚いてエリカの顔をまじまじと見つめた。
 今この子は、戦う相手の動向を教えてくれたのだ。敵を知り、己を知れば百戦危うからず――奴らの意識が撫子さんに向いていないならまだチャンスはある。奴らが他の女を口説き落としている間にさっさとフラグを立てて撫子さんとねんごろな関係を築き上げればスパンが十日なら何とか逃げ切れる!
「ありがとう! 由紀さん! 君がいてくれて助かったよ!」
 感極まってNPCにそんなことを言ってしまう。それが由紀エリカというNPCの存在意義なのだから、そんなことを言っても相手は何とも思わないだろうに。
「エリカ」
「えっ?」
 俺が眉をひそめると、彼女はもう一度繰り返した。
「エリカでいいよ」
「そっ……か。えっと、エリカ! ありがとう! 俺、絶対撫子さん落としてみせるよ!」
 俺がそう言うと、エリカは花が咲いたように笑う。
「うん。頑張ってね! 応援しているよ!」
 俺は頷くと体を前に戻した。
 さあ――役者は揃い、情報は出揃った!
 いざ、攻略開始でござるよ!



第二章  挫折、反撃、そして――



 十二月十四日夜――。
 最初の日をどうにか乗り切った俺は、その日出された宿題をヤッホー知恵袋にいる大先輩たちに教えてもらいつつやっつけながら、これまで出揃った情報を整理していた。

『攻略メモ
 ・攻略期間は十二月十四日から二十五日までか(不確定)。イブの夜からはコマンド選択不可かもしれない。
 ・能力は一点特化するだけではいけない。あくまで模範的学生でないと、評判は上がらない。
 ・ステータスの他にも女の子は好感度という裏パラメータを持っている(エリカが『好感度』と発言)。
 ・ゆえに、ステータスが基準値を満たしていても、フラグが折れる可能性が高い。
 ・能力は非常に上がりにくい。ただし、カッコよさだけは例外で、すぐに上下する。
 ・ヒロインは全部で八人いる。その中でも大和屋撫子はメインヒロインである。
 ・俺の能力では、大和屋撫子以外の女の子は門前払いされる。』

「ふう、こんなところか」
 俺は机の上でシャーペンをくるくる回しながらそう呟いた。
 あのあと、午後と夜もコマンド選択があったので、午後は運動、夜は勉強を選んでおいた。もしかしたら上がりにくいというのは俺の勘違いかもしれないと思ったからだ。
 しかし――運動能力はやはり全然上がらず、夜フェイズももうすぐ終了するが、こっちも多分期待できない。
 ラブラブ☆メモリアル・オンラインは超リアル指向のゲームだ。
 現実世界では、勉強や運動、芸術の力なんて、一日やそこら頑張ったところで上がるものではない。日々少しずつ積み重ねてようやく身につくものなのだ。このゲームの仕様が現実に準拠しているというのなら、おそらく現実世界と同じくらいの速さでそれらの能力は向上する。つまり――十日程度ではほとんど変わらない。
 それでもバッドエンドコンティニューを続けていれば嫌でも向上すると思うけど、それじゃ俺に待つ運命はリアル浦島太郎だ。できればそういう泥臭い方法は最後に取っておきたい。
 絶望しか見えないゲームシステムだが、一点だけ良かったと思うのは、カッコよさのステータスが変動しやすいということだ。こいつは文字通り当人の見た目の良さを表す数値で、例えば風呂に入って髪を整えるだけで割と上昇する。
 現に俺のカッコよさの数値はマイナス二十五まで向上している。帰ってきて風呂に入って、ネットで適当に男物の服のコーディネートを検索して、部屋の箪笥をひっくり返してそれっぽくしただけでこうなれた。逆に言えばマイナス二十五で頭打ちになってしまったのだけど(そもそも俺にファッションセンスなどと言うものを求める方がおかしい)、ちゃんと服を買いそろえればこの限界も超えることができるだろう。
 着飾れば何とかなる。
 人間着飾ってナンボだ。
 次の土日辺りにショッピングに行けばそれなりの服は手に入るだろう。宅配サービスを使いたいが、俺のサイズに合う服がなかなか見つからないので、現地に足を向けるほかない。
「今日はもう寝よう」
 明日からは能力を上げつつ、積極的に大和屋撫子さんにコンタクトをとっていかないと――。

     ×              ×               ×

 翌日、御託はいいから一にも二にも色々やってみることにした。
 あ、ちなみに夜に勉強のコマンドを選んでいたけど、やっぱり能力上昇はなかった。フランス革命のところは気合いで丸暗記したのだけど、知識の能力はマイナス七のまま。やっぱり詰め込みじゃお話にならない仕様らしい。本格的に攻略する人間を殺しにかかっているな。
 俺は朝五時に起床してシャワーを浴び、きちんと髭を剃って制服を着た。ハンカチとかポケットティッシュとか考えつく限りのお洒落な(?)物を手にしてみたら、なんとカッコよさの値がマイナス二十三まで上昇した。
 これでもクソ低いんだけど、昨日一時期マイナス三十四まで落ち込んだことを考えれば感動モノだった。だって十以上ステータスが上昇したんだぜ? まだ人間以下の見てくれだけど、これは大きな一歩である。
 早朝のコマンドは無駄とは分かっているけど芸術を選んだ。
 大和屋撫子さんは声楽の趣味があるという。常盤市の聖歌隊のメンバーだとも。
 芸術的能力の値が低いまま攻略せざるをえなくなった場合は、信心があるフリをして教会に行くか、ボランティアとしてチャリティイベントに関わろうかと考えているが、それはあくまで最終手段だ。この二つの手段は撫子さんとろくに会話もせずに、強引にアプローチするやり方なわけで、チャリティイベント当日にようやくフラグの一個目を建てられるかどうかといった感じになる。
 十二月二十四日にフラグの一個目――当然、好感度は全然足りない。
 多分クリスマスの夜までに恋人とラブラブにならなければ、バッドエンドであるから、それからのわずかな期間に残りのフラグを全部建てないといけなくなる。
 当然だけど、そんなのほぼ不可能。
 フラグの一個目=『たまに会話する程度の知り合いになる』くらいの親密度だとすれば、たった一日でそれから恋人になろうなんて無理だよな。これで撫子さんが落ちたら彼女はチョロすぎるヒロイン――チョロインということになる。あ、チョロインって今の時代もう死語か。
 とにかく、芸術の能力を四十まで上げることを最優先に。知識は――どうしよう? もうこの際アホでもいいか。男でアホの子って需要あるのだろうか。女の子でアホの子というのは結構人気が高いんだけど……。
 撫子さんが学力を気にしない人であることを願うしかない。
 ……しかし、学力――と言うか、まあ、学歴だな――を気にしない人なんて現実にいるのか? 大体の人はそれとなく学歴聞いてくるものだろ? 特に自分の彼氏になる男だったら将来に関わるし、できる限り知りたいものだと思うけど……。
「撫子さん……、確か知識の能力が百九十七あったよな……。俺、馬鹿で大丈夫かな……」
 校門に寄りかかって撫子さんが登校してくるのを待ちながら、俺は呟く。
 俺の横を通り過ぎていく奴は皆俺の方を見ては興味無さそうに前に視線を戻していく。過剰なまでの反応は示さないが、俺の事をあんまり視界に入れたくない物体だと考えていそうだ。くうう! 俺が面太郎なら人が通り過ぎる度に黄色い声が上がるんだろうなあ。それはそれで面倒くさそうだけど。
 手持無沙汰なので俺は携帯端末を使ってオペラを観ている。モーツアルトの『魔笛』である。正直何を言っているのか分からない。wikiでどういう話か検索したい欲求に駆られるが、そんな事では声楽の何たるかが分からなさそうなので我慢して聞くことにする。
「……アニソンの方が数千倍聞いていて楽しい」
 全国のオペラファンを敵に回す発言だな。でも、実際アニソンの方が俺には合っているんだし、仕方ない。俺にこんな高尚な物は合わないのであった……。
「何が楽しいのっ?」
 不意に耳元で元気な声が響く。俺は悲鳴を上げて後ろに跳びのいた。
「人の声に悲鳴を上げるなんて、随分な挨拶だね」
 目の前には、いつの間にか、むくれた顔のエリカが立っていた。オペラ聞いていたから全然気が付かなかった。
「あ……由紀さん、じゃなかった、え、エリカ、おはよう……」
 エリカは今日もポニーテールだった。髪型とか変えないんだな。あ、でも、ゴムひもは変わっている。昨日はピンク色のゴムで髪を縛っていて、今日は赤い色。赤系の色が好きなのか。
「おはよっ。ねえねえ、何聞いていたの?」
 エリカが携帯端末の発する音の有効範囲内に顔を近づけてくる。俺は自然と顔を赤くした。なんか、良い匂いする。石鹸の香りだ。香水とかは使っていないんだな。エリカはおしゃれとか最低限しか気にしてなさそうだし、こんなもんか。それにしてもこの世界の住人皆良い匂いするんだけどなんでなんだろう? 俺が臭いから相対的に良い匂いに思えているだけ?
「えっと、『魔笛』だ」
 俺がそう答えると、エリカが「おおー」と歓声を上げた。
「モーツアルト本当に好きなんだね! 私も好き! あ、昨日言ったとおり、音楽とかそういうのは全然分かんないんだけど、小さい頃パパに連れられてオペラとか見に行ったから、そのせいでねー。お、パパゲーノが出てきた! パパゲーノのテーマってなんか踊りだしたくなるよね。ふんふふーん!」
 小さい頃にオペラって……すごい趣味だな。こんなのガキが聞いても分かんないだろ。
「もしかしてエリカはいいとこのお嬢さんなのか?」
「違うよー。ウチのお父さん和菓子屋」
 このゲームの和菓子屋すげえな。
「……エリカに勘違いさせてしまって申し訳ないんだけど、俺は別にオペラに興味があるわけじゃない」
「え……。そうなの?」
 エリカが微妙そうな顔をする。そりゃそうか。ここまでの流れを豪快にぶった切る台詞だからな。だけど、変に誤解されたら後が面倒なのでちゃんと言う。
「大和屋撫子さんが声楽やっているって言うから、手始めにオペラを聞くことにしたんだ」
「おおー、そっか、なるほどね。それでオペラか。いやー、デルタピサロ君って、オペラよりもアニソン聞いていそうなイメージだからおかしいとは思っていたんだよ」
 彼女はへらへらした笑みで俺の方を見てくる。俺はそんな彼女から無表情で携帯端末を引きはがした。
「俺は目的のためには全力で尽くすことをモットーにしているんだ。彼女に振り向いてもらえるためなら――なんだってしてやる。興味のないオペラだって必ず理解してみせる。そういう努力は周りから見ればとても醜いかもしれないけど――正直、俺としては他人がどう思おうと構わない。撫子さんさえ良く思ってくれたら他は別にいい」
「え……、あ、なんかごめん。そこまでデルタピサロ君が本気だとは思っていなかったっていうか、冗談だと思っていたって言うか……」
「なんで君が辛気臭い顔になるの?」
 俺はメモ帳を取り出し、一時停止を多用しながらオペラの感想を詳細に書き記していく。撫子さんと会話する前に要点をチェックするためだ。俺はこのメモ帳の事を『賢者の手記』と命名した。ククク、攻略神の足跡を記す英知の書となるのだ。
 エリカはどういうわけかちょっと感動したような表情で俺がメモする様子を見ている。
「すごいなあ。私、そんなふうに努力したことないから……」
「『イくなら自分で動いてイけ』」
「え……?」
 目を丸くするエリカに俺は続ける。
「偉い人の言葉だよ。自分から動いた方が良くなるってことは、分かっている。だから、イくためにそいつは努力をする――動く努力をするんだ」
 確か凌辱ゲームの主人公の言葉だったかな。
 ヒロインをバイブ責めにするシーンで言っていたと思う。
 俺がノリで口にした卑猥な言葉を――エリカは桜色の唇をわずかに動かして反芻した。
「いい言葉だね……。ありがとう、デルタピサロ君。君みたいな友達がいてよかった」
「???」
 なんでエリカが俺に感謝してんの? 意味が分からない。
 ていうか、撫子さん遅いなー。
 それから俺は予鈴が鳴るまで目一杯校門で待ち伏せしていた。
 だけど撫子さんは一向に来なくて……。
 流石に一限目に遅れるわけにはいかなかったので、最後には諦めて教室に入った。
 撫子さん、今日休みなのだろうか……。
「あ、デルタピサロ君」
 俺がとぼとぼと二年E組の教室に入っていくと、先に教室に入っていたエリカが駆け寄ってきた。
「ああ、エリカか……。なに?」
「撫子ちゃん、もう学校来ているみたいだよ」
「なん……だと……」
 衝撃の事実!
 あれ、じゃあ俺は黒塗りの馬鹿でかい車を見逃したってことか? 俺より先に校門にやって来たってことはないよな。だって、俺、朝の六時三十分から校門前にいたんだぞ。最初校門開いてなかったし……。
 エリカが言いづらそうに言葉を続ける。
「それが……校門までいつもの車で来たらしいんだけど、そのあとわざわざ裏門まで回って職員玄関から入ったらしいよ」
「はあ、撫子さん、職員室に用事があったのか。それじゃ仕方ないな」
「そうじゃないよ! 避けられてるんだよ!」
 俺の要領を得ない答えにエリカが声を張り上げる。クラスの生徒たちが何事かとこちらを振り向き、エリカは「あ……」と呟いて頬を染めた。
 一方の俺は顔を青く染めていた。
「………………は? 避けられてる?」
 エリカは憐みの視線を俺に向けながら頷いた。
「撫子ちゃん、教室で友達にデルタピサロ君の事を『あの人、気持ち悪い』って言っていたそうだよ」
「なんだって!? それじゃあ、フラグは折れちまったってことか!? 彼女を攻略することはもう無理!?」
「え……? 真っ先に言う言葉がそれ……? えっと、フラグに関しては、攻略は無理っていうわけじゃ、ないけど」
「ないけど、なに?」
「今のままじゃ、話しかけても絶対に今朝と同じことになるよ」
「…………! 会話を避けられるっていうのか!? くそ! それじゃ実質終わっているじゃないか! 何てことだ!」
 何が悪かった?
 昨日のファーストコンタクトか?
 俺としては完璧としか思えないできの出会いシーンだったんだけど、起こったイベントが現在それ一つだけだから、これに問題があったとしか考えられない。
 俺は顎に指を当てた。
「最初のコンタクトをもっとうまくやっていれば良かったのか。くそが、二日目にして実質ゲームオーバーかよ……! ……いや、まだだ」
 俺は口を真一文字に引き結ぶと前を見た。
 諦めない。
 攻略神はたとえ最悪の状況に陥ろうと最後まで戦士であり続ける。
 まだゲームは終わっていない。クライマックスはこれからだぜ!
「今からカッコよさを上げればリカバリーが効くか? いや、違う。何かしらのイベントだ。何かしらのリカバリーイベントをこなせばまだ逆転の可能性はある。撫子さんが『あの人、気持ち悪い』と俺の事を言ったのなら、それはすなわち、少なくとも俺と言う存在を眼中に入れているということ。その他大勢でいるよりは数段マシだ」
 俺がブツブツと呟いていると、エリカがおずおずと口を開いた。
「あの……まだ撫子さんにアタックし続けるの? デルタピサロ君、『気持ち悪い』って言われたんだよ?」
 は? 何言ってるんだ、こいつ?
 俺は真顔でエリカを見下ろした。
「その質問に意味はあるのか?」
「えっ?」
「ここで落ち込んで時間を無駄にすれば、損をするのは俺だ。それより次どうするかを考える方が建設的だ。誰かが助けてくれるわけじゃない。俺は攻略神だ。俺は、俺の力で道を切り開く」
 それに気持ち悪いとヒロインに言われたのは今回が初めてじゃない。これまで計七回ほど別のゲームでヒロインにそんな反応をされている。ダメージが無いわけじゃないけど、まだ十分歯を食いしばれる。
 クク……最大のピンチか。
 しかし残念ながら俺は超ド級のマゾだ。殊、ギャルゲー攻略に関してはピンチであればピンチであるほど熱く燃え上がるッ! ギャルゲー以外ではヘタレなので逆に超萎える!
「行くぜッ! 反撃開始だ! 大和屋撫子ッ! 攻略神の熱いカウンターを受け取るがいいッ!」

     ×              ×               ×

 無 理 で し た 。

 うん。無理だった。
 唐突だが、俺は今、街の北東部にある常盤教会前に来ている。
 日付は十二月二十四日――つまり期限は明日。今日はチャリティ・バザーのある日で、現時刻は午前七時ちょうど。教会の周囲ではスタッフと思しきジャンパーを着た数人がぽつぽつとバザーの準備をしている。
 俺は教会横のゴミ捨て場に隠れて教会前の広場の方を窺っていた。
 ……あれから、俺はリベンジを誓って己を高め続けた。
 授業は一言一句聞き漏らさない気で受けていたし、予習復習も完璧にやった。声楽方面の知識を集めまくり、拙いながらもなんとかそれ系の話題を振れるまでになった。
 しかし――肝心の撫子さんには避けられ続けた。
 今日まで最初の日以来一度も会話できていない。
 ちなみに他にいるだろう七人のヒロインについては出会えてもいない。
 昨日一日は祝日にもかかわらず女の子とのデート予約ゼロ(当たり前)、一緒に遊んでくれる友達もゼロという悲しい結果に終わった。それでも俺はくじけず、昨日は筋力トレーニングとお洒落な服を買うことに時間を当てた。
 俺のステータスは現在次のようになっていた。

『名前:デルタピサロ(主人公)
 知識:−4
 体力:−20
 芸術的能力:−5
 カッコよさ:42』

 カッコよさが飛躍的に上昇しているが、これは俺が整形したからである。
 ついでに脂肪吸引もしておいた。
 月のお小遣いでは全然足りなかったので、このゲームでの俺のおかん役の女性に参考書を買うと言ってお金をもらった。
 なので、今の俺はビジュアル系バンドのボーカルみたいな感じになっている。
 元が最悪なので結局四十二までしか上がらなかったけど……。
 脂肪吸引も無理に吸引しまくったせいでめちゃくちゃ体がだるい。やったことある人にしかわからない感覚だろうけど、なんかだるい。よくよく考えてみれば脂肪とは言えそれまで自分の体の一部だったものが急に無くなったんだから、不調になって当然である。
 整形の方も若干不自然でもいいから能力値優先でやって貰ったら、いかにも整形しましたって顔になってしまった。今までの俺の顔と比べたら格段にかっこよくなっているんだけど、自分の顔じゃないみたいで気持ち悪い。
 こうまでして能力を高めたのは、全て今日という日のためだ。
 学園生活で撫子さんにコンタクトをとれない以上、他でとるしかない。
 でも彼女は俺の姿を見たら逃げてしまうから、基本的に俺と同じ空間にはいない。俺の方からA組の教室に行っても用事が入っているとかですれ違いばかりだ。
 だから――彼女がどこにも逃げられない強制イベントの日を狙って会話するしか道は残されていなかった。
 俺がこれからすることは、まず撫子さんに普通に会話をしてもらえるようになって、その後明日の夜までに恋人関係になるということである。
 甘い言葉をささやいている暇はない。
 きざったらしい演出を用意している暇もない。
 多少強引にでもいいから、恋心に一番直結しそうな肉欲的な面で攻めていく。
 何とか最初の三時間で、キスまでたどり着く。
 で、恋人になって、明日一日かけて撫子ルートのシナリオに存在する『問題』をやっつける。
 これしかない。
 マジでこれしかない。
 問題解決を一日でするとか土台不可能な話だけどやるしかない。
 その前提条件のキスと恋人関係はできて当然の計算だ。
 俺がゴミ袋の陰に隠れてスタンバっていると、ようやく向こうから白い聖歌隊の制服に身を包んだ撫子さんがやって来た。
「来たか、撫子さん……。一撃だ。一撃だけ与えてやる。だがこの一撃は重いぞ。必ずや君のその冷めたハートに届くことだろう……」
 俺は決闘に赴くガンマンのようにゆらりと立ち上がると、ゴミ捨て場の影から姿を現した。
 向こうでスタッフ達に挨拶していた撫子さんの笑顔にぴしりと亀裂が入った。
 彼女のそんな反応にも慣れた物だ。俺は枯れてしまったような超然とした表情で彼女の方へとカツカツと歩み寄っていく。ベルトや留め金がたくさんついたブーツを履いているんだけど、その踵が教会前の石畳を叩くたびに撫子さんはまた一歩、また一歩と後ろに下がっていく。
 俺は言葉を紡ぐ。
「撫子さん、どうして僕を避けるのか教えてくれませんか?」
 最初は彼女を前にしたらあまりの美しさに自分を見失っていたが、全ての感情を超越した今の俺はそのような失態を犯さない。俺はただ、澄み渡る青空のごとく純粋な瞳を彼女に向けるだけだ。
「さ……避けてなんて、いないです……」
 撫子さんはふくよかな胸の前でおびえるように両手を重ねながら、俺に警戒の視線を送る。
「なるほど、貴女は僕を避けていないと。では、チャリティ・バザーの準備、ご一緒させていただけますね?」
「う……。嫌、です!」
 なに……!? 断っただと!? 馬鹿な! これまでの彼女の言動から俺の強引さに押されて一緒に準備をしてくれると予想していたのに!
 だが菩薩の心のごとく神域にまでに達した今の俺の精神状態においては、普段のドMな性癖が逆転してねちっこいほどのドSに変化している。
「ではこれからどうされるおつもりで? まさかそこらの街角で発声練習をすると言うのではないでしょうね? こんな街角で、人がたくさんいる前で、周りの人からしたら何の脈絡もなく」
「う……う……」
 俺は、彼女の方へ一歩大きく踏み込んだ。瞬間撫子さんが「ひっ」と声を上げて一歩後ろに下がる。俺は静かな面持ちのまま、踏み込んだ足を元に戻し、さらにゆっくりと後ろに数歩下がった。撫子さんは強張らせていた体をわずかに緩め、俺の方に探るような視線を向けてきた。俺は誠意をこめた視線を彼女に送る。
「僕は、撫子さんが嫌がるようなことはしません。ただ、どうして貴女が僕を避けるか知りたいだけなんです。理由をお聞かせ願えませんか? 僕に問題があるなら、貴女が同じ空間にいられるよう精いっぱい努力するつもりでございます。――僕は真剣です。貴女が、真摯な想いをぶつける人間をないがしろにする外道でないなら、どうかお答えください」
 撫子さんはしばしの間唇を噛みしめて視線を伏せた。
 言おうか言うまいか逡巡しているようだ。
 何を悩む必要があるんだ? 何故俺を避けるか答えるだけじゃないか。
 周りのスタッフたちの視線が俺たちに集中し始める。
 にぎやかな声が聞こえてきたかと思えば向こうから児童養護施設の子ども達もやって来た。
 俺と撫子さん――二人の周囲に丸い人の輪ができる。
 俺は獲物を狙う鷹のような目になった。
 彼女はもう逃げられない。大体こそこそと無言で俺を避けるやり方が気に食わない。俺に何か不満点があるなら正面から堂々と言ってほしい。
「あ……」
 周囲と俺の圧力を受けて、撫子さんの重い口がようやく開く。
 そうだ、言え!
 問題を言えば、即座に解決してやる!
 そうすれば――彼女とまともに会話できるようになる!

「あ……貴方の事がッ! 気持ち悪かったからです!」

 血を吐くような勢いで撫子さんがぶちまける。物静かな彼女にしては随分と強い声だ。
「……それは、最初に貴女と出会った時の僕の反応のことを言っているのですね」
 俺は穏やかな瞳のままそう返した。
 いいんだ。俺を叩いてくれて構わない。右の頬を叩かれれば次は左の頬を差し出そう。

「違います!」

「へ?」
「い、いえ、最初のときの受け答えも気持ち悪かったんですけど……ッ! でも、でも、それよりも、貴方の顔が生理的に受け付けないんです。あの、ごめんなさい。一緒の空間にいるだけで気持ち悪いです。気分が悪くなります」
「せ、生理的に、無理……?」
 菩薩モード終了。
 俺は両手両足を目一杯開いてヘッピリ腰になりながらも突然の衝撃に耐えた。
 撫子さんはドレスの右肘部分を左手で掴んで、地面を見つめた。
「ごめんなさい。本当に無理なんです。私、初めて会った時から貴方のことが喋る豚にしか見えなくて……。それに、私より頭の悪い人ってちょっと……。馬鹿な人との会話とか、何を話していいか分からないというか……ごめんなさい」
「――――――――――――」
「加えて、私の友達は皆貴方の事を豚の形をした汚物だって言っています。そんな人と一緒に話していたら、私まで変な子だと思われてしまいます。どうか……、お願いですから、私にもう構わないでください。変な噂とかになる前に、どこかへ行ってください!」
「ちょ……、おいおい、ちょっと待ってよ、撫子さん。豚の形をした汚物って……。俺と一緒に居たから変な子だと思われるとか非論理的にも程がある――」
「いやあ! 来ないでぇ! それ以上近寄らないでください!!」
 絶叫と言っても過言ではない彼女の声に、俺は凍ったようにその場で棒立ちになってしまった。
 しんと静まり返る周囲。
 その非常に痛々しい静寂を破ったのは、新たな闖入者の声だった。
 耳の孕むような男性の低音エロボイスが俺の後ろから響く。

「すごい悲鳴が聞こえたけど、どうしたの……? あ、撫子! ……とデルタピサロか」

 俺が振り返ると、そこには案の定イケメンライバルNPCこと池面太郎が立っていた。なんかタキシード着ていていつもよりかっこいいぞ……。髪も社交ダンスの選手みたくぴっちり整えているし……。
 スカウター機能を呼び出す。

『名前:池面太郎(ライバルNPC1)
 知識:355(限界突破CS)
 体力:340(限界突破)
 芸術的能力:355(限界突破CS)
 カッコよさ:355(限界突破CS)

 ※特殊能力解放済み
 1 クライマックス症候群(ヒロインがピンチのイベントに遭遇しやすくなります)
 2 静かに語る証人の紋章(話術がやや巧みになります)
 3 湖の騎士の紋章(ヒロインを寝取るときに補正を無視し、成功率を大幅に上昇させます)
 4 ハーレム王の加護(ハーレム内で背中を刺される確率を大幅に下降させます)』

「限界突破!? 能力は255がカンスト値じゃなかったのか!? くっ……! なんだ、これは! 以前の能力ですら足元にも及ばないのに、更に全部百ずつ成長しているだと!? しかも特殊能力って――へぶッ!?」
「面太郎!」
 俺の台詞を遮るように撫子さんが俺を突き飛ばし、面太郎に向かって笑顔で近寄っていく。撫子さんは俺が見ている前で面太郎に向かってダイブし、彼の首に抱き付いてくるくると回った。
「こ、こら、撫子。聖歌隊の聖女様がこんなはしたない真似するなよ」
「面太郎! 私、貴方が来てくれて嬉しいです! 素敵! 白馬の王子様みたい!」
 俺は地面に倒れ、泥だらけになりながら上半身を起こした。
 相変わらず抱き合っている面太郎と撫子。
 その向こうから、人垣を割ってぞろぞろと六つの人影が現れる。
 綺麗に着飾った女の子達だ。皆ステータスがめちゃくちゃ高そうな顔をしている。これ……もしかしなくても、俺がまだ邂逅すらできていないヒロイン達か? おいおい、まさか……面太郎はこいつら全員を落としたっていうのかよ!?
「あー! 撫子が抜け掛けしてるー!」
「ずるいわ! 面太郎は私たちみんなの物なのよ!」
「はん! そんなこと言いながら実は私だけの物とか思っているんでしょう?」
「あん、面太郎様、こっち向いてー」
 俺は地面に這いつくばったままぷるぷると震えるしかなかった。
 せめてもの仕返しに目一杯の憤怒を込めて眼前で女の子に囲まれているイケメン野郎を睨みつける。
 俺は叫んだ。
「面太郎! 見損なったぞ! 僕は、僕は君がいい奴だと信じていたのに! そいつら全員お前の彼女かよ!?」
 すると面太郎は七人のヒロイン達に順番にキスしながら甘い笑みを浮かべる。
「彼女? ――えっと、そうなの? 俺はよく分かんないけど、皆俺に優しくしてくれるのは事実だよ。だから、俺はこの子たちを仲間として大切に思っている」
「面太郎! 私は貴方の事が好きです! 結婚してください!」
「え? 撫子、なんか言ったかい? デルタピサロ君と話をしていたから聞こえなかったよ」

「くそがああああああああああ!!!!!!!!」

 俺は絶叫した。
 号泣した。
 目を血走らせて頭を掻きむしった。
 そして――パサリと頭の上から何かが落ちるのを感じた。
 涙に滲む視界で地面に落ちた物を見る。
 それは――俺の髪の毛だった。毛根からごっそり抜け落ちている。胸の奥を貫かれたような衝撃が走り、俺は慌てて自分の髪に手を伸ばす。
 髪が――パサパサと落ちていく。
 俺が抜け落ちていく髪に無言で涙していると、不意に髪の散らばる地面に影が差した。
 見上げると、葦速雄が一人で俺の前に立っていた。
 彼はあらん限りの憐みの感情を視線に込めて、俺を見下ろしていた。
「は、速雄……! 君は……」
 君は、俺の仲間なのか?
 クリスマスに一緒に過ごす女の子がいない仲間なのか?
 みじめで哀れな敗北者なのか!?
 速雄が、柔らかに、微笑む。
 俺も、天に召されるパトラッシュのように、安らかに、微笑んだ。
 良かった、仲間が――。
 速雄はにやっと笑うと背中の後ろに手を回して、背後から小柄な色黒の女の子を前に押し出した。

「デルタピサロ、わりいな。俺、今日からこいつと付き合うことになっ――」

「ブルータスゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!」
 俺は断末魔の声を上げた。
 視界が暗転する。

『BAD END

 残念ながらBADENDです。
 ステータスを再設定し直し、十二月十四日の早朝フェイズに戻ります。
 ゲームのコンティニューはキャンセルできません。
 データをロードしています。
 しばらくお待ちください』

「――――――――――」
 俺は呆然としながら暗転する視界映像を見つめていた。
 失敗した。
 失敗したのはいい。
 だけど――心に深い傷を負った。
 そうか、あれがモテモテハーレム難聴主人公を周りの男性モブキャラクターから見た光景だったんだ。今まで、俺は池面太郎みたいなクソ野郎に感情をシンクロさせて、にやにやしていたというのか。俺は――周りのモテない男子生徒の気持ちも考えられないクソ野郎だったのだ。未熟。なんて未熟なんだろう。
 しばらくすると視界が明るくなっていく。
『ロードしています』という文字が消えて、替わりに柔らかな朝の陽光が俺の体を優しく包み込んだ。
 気づくと――『ラブメモ』での俺の自室に帰ってきていた。
 涙の跡は、さっきの初期化で消えた。
 俺は、干からびた梅干しみたいな顔のまま、自分の頭に手をやった。
 髪が無い。
 涙がにじむ。俺は――あまりにも多くの物を失った。

『二週目の世界へようこそ!
 ヘルプに三つの項目が追加されました!』

 俺は緩慢な動作でヘルプの画面を開く。追加されていた項目は、『限界突破』と『特殊能力』と『ハゲペナルティ』だった。
『限界突破』……能力がカンストしている場合、ヒロインといちゃいちゃすることで355がカンスト値になります。
『特殊能力』……確率でヒロインの争奪戦に有用な特殊能力が開花します。特殊能力は常時適用されます。
『ハゲペナルティ』……勉強や運動などで過度なストレスを受けると頭が禿げます。禿げるとカッコよさの値が大幅に下がります。整形や脂肪吸引をした場合、より禿げやすくなります。ハゲペナルティは一部例外を除き、ゲームを続ける限り永続的に効果が持続します。
「…………」
 無言で鏡の前に立つ。
 そこには過度な勉強や運動を繰り返し、挙句の果てに整形と脂肪吸引にまで手を出した者の末路とも言うべき姿が写っていた。
 すなわち――禿げて更に気持ち悪くなったデブの姿が。
「………………ク」
 俺は口元を歪ませた。その場に四つん這いになって、禿げた頭を床に擦りつけた。
「…………ク……。ク……」
 俺は両の握り拳で床をドン、ドンと叩いた。
「…………ク。クク……」
 口元は自然と歪んでいく。
「クク……。ク――――クハハハハハハハ!!!!!!!!」
 顔を上げれば鏡の向こうからは勝利を確信した表情の自分が見つめ返していた。

「勝った! 勝ったぞ! このゲームの攻略法に気付いた!!!!」

 前回は確かにBADENDで終わった。
 しかし、ただ単にBADENDになって終わってしまったわけではなかった。
 失敗は――俺にたくさんの情報を与えてくれた。
 これで勝てる。
 お笑い芸人の振りとかそういうのではなく、真面目に、真剣に、池面太郎と葦速雄を出し抜いてヒロインを獲得することが出来る。
 覚悟しろ、リア充ども。
 俺はこれより、神となる!
 さあ、これからが本当の反撃開始だ!

    ×              ×               ×

 さて、まずは、前回の周回――一周目で分かった前提条件から考えていこうか。
 一つ、重要なこととして、俺は前回の周回で大和屋撫子を目の敵にしていた。ほとんど毎フェイズエリカに撫子の様子をモニタさせていた。
 彼女はお堅い性格も相まって男っ気が全然ない。
 俺は最後の段まで彼女に一つもフラグを建てられなかった。

 同様に池面太郎も葦速雄も彼女にフラグを建てられていなかった。

 にもかかわらず、最後のエンディングでは、彼女はあたかも池面太郎に攻略されたかのようにラブラブになっていた。いや、間違いなく攻略済み扱いになってラブラブしていた。
 ここから導き出される結論は一つ。

 彼女たちは、クリスマス・イブまでの短い期間の中で、必ず俺たち候補者の中からパートナーを一人選ばないといけない。

 判定はおそらく二十四日よりも以前にあるのだろう。その時点で『彼女』にもっとも多くのフラグを建てた候補者へ、『彼女』は股を開くのだ。フラグの数が同じ場合は、当該キャラクターの攻略に必要な能力値の合計で対抗して、勝った方にヒロインはなびく。面太郎と速雄のフラグの数が同じゼロ(出会いのみの初期値)なのに面太郎が勝利したのは、面太郎の芸術的能力が速雄より大きく優っていたからだろう。カッコよさも判定に入っているかもしれないが、速雄もどうせ限界突破した上にカンストしているだろうからそこで差はつかないと思う。
 クク……。
 何という事だ。恋愛ゲームと言う時点で、俺は心のどこかで彼女たちを選んでいる気分になっていた。しかし実際はその逆、彼女たちに、自分を選んでもらうゲームだったのである。
 対抗に持ち込む条件は、おそらく、そのヒロインの出会いのイベントを見ている事とそのヒロインが攻略不可になっていないこと。知り合ってもいないキャラのエンディングは見れず、攻略不可なら対抗する前に判定負けするから、この二つは最低限潜り抜けておかないといけない。
 逆に、この二つさえ気を付ければ、俺でも池面太郎や葦速雄と同じ土俵には立てるということなのだ。
 ここで――俺としてはもう割とどうでもいいんだけど、一応自分の能力だけ確認しておく。

『デルタピサロ(主人公・二週目)
 知識:−5
 体力:−23
 芸術的能力:−5
 カッコよさ:−255』

 禿げたせいでカッコよさが最低値になってしまったようだな。外人のハゲはセクシーだけど日本人のハゲは汚いだけだからしょうがない。
 ともかく、俺はこのステータスで、いずれかのヒロインと知り合い、攻略不可にならぬよううまく立ち回ればよいのだ。
 禿げたせいで撫子の出会いイベントもキャンセルとかになるなら面倒だが――これがもし製作者たちの意図に沿う攻略法なら、きっとそういうことはないはずだ。最悪どんなにステータスが低くても一人くらいは出会えるよう救済措置が取られているはず。製作者はあくまでゲームをプレイしてもらいたいのだから、門前払いはするはずがないのである。ま、そういう措置がなくてもちゃんと手は考えてある。それは後ほど。
 さて、これで、フラグの対抗まで持ち込める――勝負にはなるという目途は立ったが、このままでは対抗に勝利できるかは分からず、攻略法とは大声で言いにくい……。
 俺の場合、能力がめちゃくちゃ低いから、同じ数のフラグでは能力対抗で負けてしまう。だが、そうは言っても、例えば撫子に出会いイベント以上のアプローチを行えば、前回のように嫌われてしまう恐れがある。
 俺がアプローチすればヒロインの好感度は下がる――考えてみれば自然な事だ。もし、俺が撫子で、俺みたいなやつに追い回されたら、そりゃ気持ち悪くて嫌いになってしまうだろうから。
 好感度は、下がりこそすれ上がることは絶対にないのだ、俺の場合。
 つまり、『普通にプレイするだけならば』だが、俺は、フラグゼロのまま、能力対抗で面太郎と速雄を下さなければならないということになる。
 しかし、俺は能力値が最底辺。
 先に述べたように戦えば負ける。
 なら――。
 もう答えは出ているだろう?

    ×              ×                ×

「こうするんだ、よっ」
 早朝。誰もいない常盤学園の昇降口――。
 俺は木の棒の先につけた犬の糞を速雄の上履きに擦り付けていた。

『自分の評判を上げられないのなら、他のライバルの評判を下げればいいじゃない』

 それが俺の考えた攻略法である。
 ライバルNPC二人の評判を陰謀によって叩き落とし、相対的に俺が上に立ったように見せる!
 いや、それだけでは生ぬるい。
 上に立つ? もっとだ! 奴らを嫌われ者にして、ヒロイン争奪戦そのものから叩き落とす!!
 いくらステータスが高くても、ヒロインの攻略前に学校の嫌われ者になってしまったら、攻略自体ができなくなってしまう。勝負の土俵にすら立たせず、俺は不戦勝する。
 しょっぱいけど、一番合理的で一番クレバーな方法。
 俺は奴が簡単に気付かないようにフンに白いカラースプレーを浴びせながら滑り止めのデコボコの合間に丁寧にうんこを詰めていく。
 許せ、葦速雄。
 ゲームの仮想人格に罪悪感を抱いてもしょうがないと思うのだけど、やっぱりこういうことしたら胸が痛むものだな……。
 これで――葦速雄はうんこの付いた上履きを履いて教室に入ることになる。彼が臭いに気付くのは、着席し、部屋に暖房が入って暖かくなり始めた授業中だろう。
 この調子で学校生活の間中、彼の後ろに張り付きながら、ありとあらゆる些細な、しかし、ちょっと迷惑な『トラップ』を仕掛け、周りのモブ達の間に速雄の悪口を蔓延させていく。
 ゲームだからできるやり口だな。
 あと、ツブヤイターのアカウントに密かに侵入して失言をさせよう。すぐにばれるものではなく、本当に間違いで入力しちゃいそうな文句がいい。例えばあいつが好きなAV女優の名前と、好きな変態プレイの名前をセットで呟かせるとかだ。前回、奴が攻略していたあの色黒のヒロインの顔は覚えているから、後で教師に出席簿か何かを見せてもらって名前を調べ、失言の中に織り交ぜていくのも一興だ。
 あいつはライバルNPC2。いくら爽やかな顔をしていても、やっていることは俺と同じ女の子の尻を追いかけることだ。あの色黒の女の子で妄想したことが無いわけじゃあるまい。健全な男子高校生という設定なのだからな。部活で疲れて帰ってきた時間帯とかを狙えばいけるはず。製作者側が意図している攻略法なら、高い確率で奴は自分が寝ぼけて誤爆してしまったと思うはず。つまり完全犯罪。スパンは十日だし、事が露見する前に勝負は終わる。
 もし、全てが上手くいけば、速雄はすぐにでも女の子たちにとって嫌われ者となる。
 そして、それが攻略ヒロイン達に伝わり、恋愛バトルの土俵から永久に追放される。
 勝負する前に、脱落するのだ。
 十年前、『ラブメモ』運営は何をトチ狂ったか、オンラインゲームとしてこのゲームを製作し、世に送り出してしまった。製作時に、俺ほどとまではいかないけれどステータスが著しく低いユーザーがいることも頭の中にあっただろう。リアルの自分が主人公と言うとんでもないクソ設定を考えついたとき、製作側はスマートな攻略法も一緒に考えついていた。無課金でステータスの低いユーザーでも工夫次第でちゃんと遊べる仕様にしていたのである。
 彼らの考えはこうだ。『究極的には、このゲームにおいてステータスとは飾りである』。そりゃもちろん高ければ高いほど女の子と楽に知り合えるし、対抗時には有利になる。だけど、あくまでそれだけ。ステータス上げて無双プレイもできるが、油断していると簡単に弱者に引きずりおろされる未来しかないわけだ。
 そりゃPCの前に張り付くわけだ。
 いくらステータス高くてもヒロイン達の評価落とされまくったんじゃ勝負にならないからな。当然そういうのを防ぐ課金アイテムとかもあったんだろうけどね。
 俺は木の棒を校舎裏の雑木林に捨てると、今着た風を装って再び昇降口から一階の廊下に上がった。
 さて――面太郎への工作に関しては、今は控えておく。
 彼の能力の高さを利用したいからだ。
 女の子と出会えない=存在していないわけではない。俺は撫子に話しかけることさえできなかったが、ずっと捕捉できていたことがその証拠。俺が能力不足で出会えなかった、この学校に潜んでいるヒロイン達も、今も確かにどこかに存在しているのだ。
 彼女たちは強制イベントに逆らえず、数値の低い逃げるべき相手を前にしてもイベント中は同じ空間に拘束され続ける。
 強制イベント――例えば一定条件を満たす者への『出会い』イベントである。
 面太郎ならすべての能力が高く、少なくとも速雄が落とした色黒の女の子以外は出会えることが確定している。その場に一緒に俺もいればいいのである。これが、救済措置がなかった場合にもヒロインとの出会いイベントを消化する方法である。
 だから、八人すべての出会いシーンを見るまで面太郎は泳がせておく。そのあとで蹴落とす。
「問題は面太郎を蹴落とす方法だな。同じようにツブヤイターで失言させるか――あ、でも、あいつ前回の周回ではツブヤイターやっていなかったよな、確か。ライーンもツブヤイターもやっていない化石みたいな奴がいるのかと驚いたけど――それはあいつが、ガードが固い方のキャラに設定されていたということだったんだ」
 面太郎の評判を落とすのはかなり難しそうだな。雑な葦速雄とは違って私生活とかでも隙なさそうだしなあ……。何か『決め手』になりそうなイベントが見つかればいいけど……。

    ×              ×               ×

 俺があれこれ考えながら二年E組の教室に入ると、もう大体の生徒が席に着いていた。
 アリバイ工作じゃないけど、学校の周囲をぐるりと一周してきたせいで、もう予鈴直前の時間になっていたのである。
 俺が席に着いて鞄から教科書類を引っ張り出していると、毎度お馴染み、お隣さんの由紀エリカが体をこっちに向けてきた。俺はそれを気配で察しつつ、構わず教科書を仕舞って一限目の用意を整える。どうせ、最初だから自己紹介を交えた簡単な会話イベントだろう。ああ、黒板に関しては予め綺麗に消しておいてある。
 前回黒板に残っていた十二月十三日の七限目の授業内容と、今回の七限目の授業内容は、科目こそ同じだったが範囲は全然違っていた。ということは、今回一限目は同じく世界史ではあるが、勉強する内容が異なる可能性が高い。
 うん、やっぱり教科書を見てもマーカーが引いてあるのが第一次世界大戦までになってる。この周回ではフランス革命なんてとっくの昔に終わっていることになっているんだ。
 世界史は少しでも予習しておかないといけない。出席番号十四番の俺は真っ先に当てられちまうからな。
「――ねえ、デルタピサロ君」
 ほら来た。もう散々聞いた由紀エリカの声だ。
 なんかいつもよりちょっと大人しめじゃないか? 前ははちきれんばかりの元気ボイスだったのに。
「なに? 黒板なら綺麗だよ」
 俺は教科書を必死こいて読みこみながらそう答える。
「ううん。違うよ。その――大丈夫?」
「え――? 何が?」
 大丈夫? の発音が彼女らしくないくらいに暗い調子だったので、思わず顔を上げてしまう。
 目の前には、猫目で、ポニーテールの美少女――由紀エリカの顔があった。彼女は両手を、細くて白い、でもどこかむちっとした太腿に重ねて置いている。スカートに浮き出る彼女の腰から腿の線に思わず目を奪われながら、俺は首を傾げた。
「すごく顔色悪いよ」
 彼女は携帯端末で俺の顔を撮ると見せてくる。
 悪いか? 朝から運動して疲れてはいるけど、別に普通だろ。まあ、表情は葬式に出たみたいに暗いけど。
「ありがとう。体には気を付けるよ」
「そ、そうじゃなくて――」
 エリカはそこで言葉を切って視線を伏せて左右にさまよわせた。何だろう。何か言葉を探しているような――。
 ああ、そうか。
 俺は得心がいって一つ頷いた。
「俺が禿げていることについては気にしないでくれ。ちょっと禿げやすい体質なんだ」
「デルタピサロ君は元からそんな体質じゃないでしょ! その――えっと、例えば、整形とか、脂肪吸引とか、そういうのって止めたほうがいいと思う。見ているこっちがつらいんだよ?」
「そうだよな。あれやるとこの世界じゃ一瞬で禿げるんだよな。ハゲを見るのはつらいよな。俺は自分が禿げるのを見て心を失ったよ。――禿げ散らかしてごめん」
 俺は暗い表情でそう答えた。
 しかし前回の周回では禿げると分かっていたとしても果敢に攻めていくしかなかった。
 それが攻略神のやり方だから。
 肉を切らせて骨を断つ。俺のプレイスタイルはいつもこれだ。今更変えることはできないし、変えるつもりもない。
「あの、私は君が禿げていることに見ていてつらいって言っているわけじゃなくて――」
「じゃあエリカは何についてつらいって思っているの?」
 元気キャラなのは分かっているけど、ちょっとだけ静かにしてくれないかな。世界史の用語覚えているところなのに……。
 俺が再び教科書に目を戻そうとしたとき、エリカはぱっと席から立ち上がった。

「あー、もう! やっぱりまどろっこしいのは嫌い! ちょっとこっち来て! 来なさい!」

 彼女は俺の腕をとると上に引き上げようと力を入れた。俺はあまりの事にびっくりして一瞬固まってしまったが、彼女が顔を真っ赤にして腕を引っ張り続けるのでしょうがなく従うことにした。
 エリカはクラスの皆が注目する中堂々と俺の手を引き、教室を出て、そのまま屋上へと続く階段を上っていく。下着が見えそうになったので俺はさっと視線を逸らした。
 いつもなら鼻息を荒くして「パンチラキタアアアア!」とか叫び声を上げているところだけど、不思議とそんな気分にはなれなかった。
 エリカはスカートのポケットから小さな鍵を取り出すと、屋上の扉の鍵を開けた。彼女が扉を開くと、強い風が俺たちの体の脇を駆け抜けていく。エリカはまた俺の手を取ると外へ出ていく。扉を閉め、もう一度施錠して、エリカはようやく俺の手を放してくれた。
 俺はと言うと事態が呑み込めず目を白黒させていた。
 なんだ、これは? 一週目は経験したことのないイベントだぞ。月曜の一限目から情報通キャラと授業をふけるなんて。
「ここ、私のお気に入りの場所なんだ。寂しいとき、ちょっとセンチになっちゃったときなんかにね、よく来るの」
「そんな秘密の場所に、俺なんかを呼んで良かったのか?」
「他に連れてくる人もいないしねー……」
 エリカはフェンスのある方へ歩いていく。俺は目を背けた。また彼女のスカートの下が見えかけたからだ。俺が視線を前に戻すと、エリカが悪戯っぽい表情でこちらを見つめていた。
 俺は眉をひそめた。
「なに?」
「んーん。ただ、デルタピサロ君って見かけによらず紳士なんだなって」
「用件はなんなの?」
 俺は針の糸ほどの違和感を覚えながらそう尋ねた。エリカは苦笑した。
「もう少し話をしていようとか思わないの? デルタピサロ君、女の子と話したら鼻息荒くしているのに、私と話しているときは普通なんだね」
「――――――――」
 俺は無言で目を見開いた。エリカの方も俺の方に探るような視線を向けてくる。やがて彼女はこう言った。
「普段の君って、オタクで、ひきこもりで、必要以上に卑屈で、人と会話するのを怖がっているみたいだけど――素の君は本当に落ち着いていて、物事の真贋をよく見れている人だよね。――私の事はどう見えているのかな?」
 どうもこうも、君はゲームのプログラムだろう。
「話の筋が見えないんだけど。エリカは何が言いたいんだ?」
「君ともっとお話したい」
 エリカは即答した。彼女は付け加える。「他愛もない話をずっとしていたい」
 俺は目を細めた。
 なんだ、この感覚。
 なんだ、あの彼女のすがるような目は。
 なんなんだ、あの今にも泣きだしてしまいそうな表情は。
 他人を蹴落として勝ち組になるのが公式の攻略法であるゲームだ。この一見してよく分からないイベントも、何かしらのトラップが仕込まれているとも限らない。気を付けないとまた十日を無駄にすることになる。
「……俺の顔色が悪いって言ったのは俺を連れ出す口実だったのか?」
「それは違うよ。デルタピサロ君、本当につらそうな顔をしていたから、私にも何かできたらって、純粋にそう思っただけだよ」
 一周目ではありえなかった反応だ。
 一周目、彼女は整形したり脂肪吸引したり日々急速に別の何かに変貌していく俺を見て、何か言いたそうな視線を向けこそすれ、結局口を出すようなことはなかった。それなのに何故――? 今の俺はまだ整形も脂肪吸引もしていない。禿げてしまっただけだ。
 俺は片眉を上げた。
「君は優しいんだな。優しすぎて浮いている。この世界の女性は総じてクソ野郎だ。俺も大概クソ野郎だけど、ここの連中はもっと酷い。多分だけど、この世界を作った人間の心は普通じゃないせいだ。そうじゃないとこんなゲーム作れない」
「――――――――」
「無言、か。NPCはメタ発言を無視する。鉄板だな」
 俺は肩をすくめた。エリカは急に笑顔になると、とことこと俺のそばまで歩いてきて――俺が立っている真横にちょこんと腰を下ろして体育座りした。
「ねえ、座りなよ。お話、しよ? そうしたら、つらいこともつらくなくなるかもよ」
 こいつ、NPCのくせに俺を慰めるつもりか?
 クク……面白い。
 俺は攻略神デルタピサロである。
 神はNPCの戯れにいちいちカッカしたりはしない。海のように広い心で余裕をもって付き合ってやるのだ。
「分かった、付き合おう。とは言っても、何も話題はないけどな。俺は静かな方が好みなんだ。俺と話そうというなら話題提供は君がしろ」
 分かりやすく意訳すると、「俺はコミュ障なので会話が超苦手です、すみません」ということになる。クク……NPCよ。我が深遠なる真意を果たしてくみ取れるか?
 エリカは膝を抱えた。あ、パンツ見えそう。
 しかし、良い太腿だな。禿げることによって心を失っていなければ興奮していたところだ。
「話題提供って……。あはは、別に、テキトーでいいじゃん。私も『何か話さないとー』とか身構えたりしていないから。あ、それともデルタピサロ君は沈黙が嫌い?」
「嫌いじゃない。でも会話がなかったら相手が退屈かもしれないって思って落ち着かなくなる」
「相手が私でも?」
 俺はエリカの顔をまじまじと見つめた。
「……分からない」
「私は、デルタピサロ君は沈黙が嫌いじゃないって何となく分かっていたよ」
「はあ……」
「――――――――」
「――――――――」
 沈黙が流れる。
 だけど、その静かな時間は、俺が今まで経験したどの沈黙よりも心地よくて、どういうわけか落ち着くものだった。ちらりと横で体育座りをしているエリカの様子を窺うと、彼女もリラックスした表情で空を見上げている。
 彼女は頭をわずかに揺らしながらハミングを始めた。
 俺は尋ねる。
「モーツアルト?」
「そう。トルコ行進曲」
 彼女はにっこり笑う。また別の曲をハミングしだした。
「あ、『魔笛』のパパゲーノのテーマだ」
「正解」
 エリカは歌が上手い。前回の周回で音楽関係の情報を昼夜問わず聞き漁った俺には分かる。彼女の歌い方は、幼い頃にきっちりとした訓練を受けたものだ。そう感じさせる洗練された何かがあった。
「エリカは昔音楽か何かをやっていたのか?」
 俺の知らない歌を口ずさみながら、エリカはこくりと一つ頷いた。俺は続けた。
「そして今はもうやっていない」
 エリカは歌うのを止め、ちょっと驚いたような表情で俺を見上げた。
「どうしてそう思うの?」
「撫子さんより下手だから」
「下手……。う、うるさいなあ! 下手なのは認めるけど」
「でも普通の人よりは遥かにうまいと思う。音程の取り方とかすごくきっちりしているし、小さい頃英才教育受けたんじゃないかってくらい基礎がきっちりしてる」
「デルタピサロ君何者だよ……。まあ、正解なんだけどね。パパに色々やらされたんだよ。やらされたってだけだから、それ以上の物にはならなくて、こんな中途半端なんだ。私は――最後まで中途半端で、ふわふわ浮いている。ずっと、ずっと、ずっと……」
「クックックッ……! クハハハハ!」
「デルタピサロ君?」
 俺がいきなり躁病にでもなったかのようなテンションになったので、エリカは驚いて見つめてきた。俺が笑った理由は特にない。あえて言うなら、底辺オタクの自分がこんな青春ドラマ紛いの事をやっているこの状況がシュールすぎて思わず吹き出してしまったと言ったところだろうか。
 俺は鬱病患者のように暗い顔になると、背中を丸めた。
「俺はギャルゲーの攻略を極めた。おそらく現代日本において、俺ほど新旧のギャルゲーに通じている人間はいないだろう。神と呼ばれるまでになり崇拝の対象にさえなった」
「へえ、すごいね! やっぱりオタクなんだ! ねえ、オタクって普段どんな風にして生きているの?」
「俺の話はまだ続いている。口を挟まず黙って聞け。……俺は神となり、崇拝の対象となった。だが、その先に見えた世界は、遊びの範疇を超えてしまったものだった。どういう事か分かるか? ゲームの攻略だって立派なビジネスなんだ。俺は企業から依頼を受けてギャルゲーを攻略するようになり、ときにはゲームの構想について意見を求められるようになった。『ゆっくりボイス』を使用した実況解説プレイ動画を作り、これを公式動画として配信し、宣伝することも求められた。攻略したゲームの良い点悪い点をサイトにまとめ、簡単な感想を書くことさえも――最後には仕事になってしまったんだ」
 俺はエリカに向き直り、続けた。
「そのおかげで俺はまだ社会に生かしてもらっている。そのことには感謝しているし、文句の言いようがない。だけど――俺は、最後まで自由に、心の赴くままにギャルゲーをしていたかった。どんなに興奮しようと、どんなにはしゃぎまわろうと、もはや、俺のゲームプレイに純粋さは存在しなくなっている。何かを極めることは良い事かもしれないが、俺には中途半端な方が眩しい。まだ極めていなくて、たとえふわふわと浮いていようと可能性を感じさせる――そんな中途半端が。――ま、ゲームのキャラクターにこんなことを言っても仕方がないけどな。俺は――君の全身からあふれ出るような煌めきが心底うらやましい」
「えっと……、なんかよく分からないけど、私は褒められているんだよね? 中途半端をここまで褒められたのは初めてだよ」
「あと中途半端って、裏を返せばオールマイティってことにもなりうるんだぜ。かっこいいじゃないか、万能キャラって。中二病を患った俺の心が刺激される!」
 俺がそう言って拳を握り固めると、エリカはがくりと肩を落とした。
「最後で台無しに……。でも何故か悪い気はしないからいいか。――そう言えば、話は変わるんだけど、お父さんがお客さんから街外れの温水プール施設の入場券もらってね、一人分余っているからデルタピサロ君も来ない?」
 なん……だと……?
 街外れの温水プール施設へ……行く!?

「水着イベントキタアアアアアアアアアア!!!」

 俺は両手の拳を握りしめると吠えた。
 水着イベント――それはこの手のギャルゲーではよくあるイベントだ。どういうイベントかと言えば、読んで字のごとくヒロイン達と水辺に行ってキャッキャウフフするイベントである。
 俺はエリカの方へ身を乗り出すと鼻息荒く問いかけた。
「それ参加するのは俺だけってことはないよな!?」
「当然でしょ! チケットだけ渡して一人で行ってこいなんてどれだけ鬼畜なんだよ! 参加者は私と、君と、池面太郎君、葦速雄君、それから撫子ちゃんの五人だよ。デルタピサロ君の分は、お父さんが和菓子屋の仕事で来られなくなったから、その余りもの! 深い意味とかはないから!」
「あ、ありがとう! ありがとう、エリカ! 本当、俺みたいなごみ屑を呼んでくれてありがとう! グスッ! 荷物持ちでも何でもするから、当日になって来るなとか絶対に言わないでください!」
 俺は感涙にむせび泣きながら陳謝した。
 このエリカのイベントは水着イベントを見るための条件イベントだったんだ! 一周目にこれがなかったのは、俺が撫子さんに気持ち悪い自己紹介をして好感度を下げてしまったからだろう(つまり、プールで攻略すべきヒロインがゼロの状態だったから、イベントの起こりようがなかった)。他のヒロインの名前がないのは――現在、システムの上では俺が攻略可能なキャラが撫子さんしかいないからだ。くそう、このイベントがあることを早くに知っていたら参加ヒロインを増やせたかもしれなかったのに……! 面太郎を使って巻きに巻いて抜け道使っての出会いイベント消化も不可能じゃなかったのに……!
 あ、ちなみに「次の周こそは〜」とかは言わないぞ。
 俺はあくまでこの周回でケリをつけるつもりだから。
 俺のゲーム攻略はその正確さと緻密さもさることながら、何より速さがずば抜けて優れている。たらたらやっていたら苦情が来るので自然とそうなったのである。このゲームのからくりはもう分かったので、これ以上茶番に付き合ってやるつもりはない。とっとと片づけてリアルに戻らないと……。
「って、あれ。プールイベントに撫子さんが来るってことは……、出会いイベント以外のイベントをこなしちゃうってことか!?」
 俺ははっとしてそう叫んだ。
 くそ、何てことだ!
 そういうことなら、このイベントはトラップじゃないか! だって俺みたいな禿げたデブが水着着るんだぜ!? 撫子さんの好感度ダダ下がりじゃないか!
「大丈夫だよ、デルタピサロ君」
 エリカはそう言うと優しく微笑んだ。「私がサポートするから。撫子ちゃんの、デルタピサロ君に対する好感度、上げてみせるから!」
 うん、俺、残念ながらそういう路線でやってないから。
 そうじゃなくて面太郎と速雄への好感度下げる方向でいっているから。
「……いや、待てよ……。これはもしかして逆にチャンスじゃ……」
 俺は顎に手を当てた。
 速雄はともかく、現状、面太郎のもつヒロインの好感度パラメータを下げる方法が見つからず、手詰まり感があったのは事実。
 何か決め手が必要だったのだ。決定的に、面太郎を叩き落とす何かが。
 この、一見して俺にとって禍とも言うべきこの水着イベントは――もしかすると、俺にとって最大の福となるかもしれない。
 クク……。
 なるほどなあ。
 どうやら、攻略神としての腕の見せ所のようだ……。ククク……。
 そのあと、俺は一時間ほどエリカとだらだらおしゃべりをした。
 普段の俺なら時間の無駄だとか思って苛々していたかもしれないが、そういうことは別になかった。エリカとの会話は何故か落ち着いた気分にさせてくれた。会話が穏やかで、なんか楽しい。
 一時間目をふけた俺たちは、流石に二限目は出ないといけないと二人同時に言い出し、見事にユニゾンして笑い合った。その後屋上から撤退した。
 エリカは上機嫌で前を歩き、俺はそのあとに続きながら、来る水着イベントの計画を脳内で練っていた。
 ふと、俺とすれ違った二人組の女子モブの会話が俺の耳に飛び込んでくる。

「……ねえ、聞いた? 葦速雄君のこと」
「聞いた、聞いた。うんこ漏らしたんでしょう? 上履きの裏にべっとり白いうんこが付いていたって」
「私幻滅しちゃった……」
「私も……。速雄君のこと、これからウンコ速雄って呼ぼうっと」

 刹那、俺の視界映像が暗転し、それまでのファースト・パーソン・シューティング視点――一人称視点から、廊下の斜め上の方から撮っていると思しき映像に切り替わった。
 俺は無言で歩き続ける。
 窓から差し込む陽光が俺の顔に当たり、締まりのない俺の顔をまさかの劇画タッチに浮かび上がらせる。
 カン!
 カン!
 カン!
 ピキーン!
 という謎の効果音とともに、俺の横顔がコマ送りに表示された。
 多分だけど、これはこのゲームの専用エフェクト。二周目にして、ようやく主人公の俺に専用エフェクトが発動したわけだ。
 俺の目は完全にイっていた。
 真顔でありながら俺の顔は完全にキチ〇イのそれだった。
 黒目が半分上を向き、目はほとんど白目。唇は引き結ばれたままで何の感情も示していない。鼻の穴だけは笑いをこらえるようにひくひくと蠢いている。
 三人称視点が終了し、元の一人称の映像に切り替わった。
 俺は両手をズボンの中に突っ込み、超然とした表情のまま女子モブ二人の脇をすり抜けていく。

 ――――計画通り。

 悪いな、速雄。
 このクソみたいなゲームで勝ち残るにはこうするしかなかった。
 恋は戦争ならぬ、恋は政争。
 陰謀、謀略、何でもござれ。
 勝った者が正当化されるんだよ!!!



第三章  つないだこの手を



『攻略メモ
・このゲームは、ヒロインに選ばれるために、他のライバルを蹴落とすゲームである。
・ゆえに、普通の恋愛ゲームと違って、プレイヤーがゲーム開始時から心血を注ぐべきは、敵であるライバルの完全排除であり、これが基本行動と言って差し支えない。それ以外の行動は、究極を言えば余分である。
・ライバルを陰謀によって蹴落とすとき、現実世界より成功率が上がる。また、十日と言う短いスパンのため、事は露見しにくい。
・このゲームの主要なセールスポイントは、ライバルを罠にはめたときの演出である。些細な罠でも、それに悪意がある限り、結果は非常に凄惨なものになる。例えば、靴の裏に犬の糞を擦り付けただけで、そいつがうんこを漏らしたことになる。
・ライバルの評判下げに成功すると、専用のカットイン演出が三人称視点で挿入される』

 二周目、十二月十八日金曜日夜――。
 唐突だが、俺は忍者になっていた。
「――――――――ハァ、ハァ」
 心臓が激しい勢いで肋骨を叩いている。俺のたるんだ頬に汗がにじみ、同じくたるんだ首の肉へとねっとりと垂れていく。
 暗い通気管の中を俺は匍匐前進で進んでいた。
「ふぅ――ふぅ――」
 過換気。
 いつも以上に緊張しているためか、俺は荒い息を繰り返している。
 ずり、ずりと体が前に進むたびに、心臓の音はヒートアップする。
 もう何時間こうして細い管の中を這いまわっているのか――それは俺にも分からない。知る必要もない。今俺の中にあるのはこの熱い血潮と思いだけ。それだけが俺に忍者みたいな真似をさせていた。
「もうすぐ……! もうすぐだ……!」
 俺の耳にかしましい女の子達の声が聞こえてきた。加えて暖房のむわっとした空気と、それに混じるほのかな甘い匂いの数々。
 きた! きたー!!
 お……、女の子の匂いだッ!
 うほおお! 良い匂いだぜぇ!
 くんか、くんか、スーハー!
「ほっ、ほっ、ほっ」
 俺は目を血走らせながら通気管の中で激しく身もだえた。倍速。進行スピードは更に高まる。この先に! 桃源郷が! 着替え中の女の子がいるんだ!
 服を脱ぐときに寄せられるブラジャー!
 万歳したときに見える脇!
 思わずぺろぺろしたくなる下乳!!
「ほあああ! おっぱいぃぃぃぃ……! おっぱいぃぃぃぃ……! デュフ、フフフフフ!」
 通気口確認。
 股間のバリスタ準備完了。
 いざ、覗きます!
 今下を見下ろします!
 ほっ、ほっ、ほっ……! ほあああ! き、きたあ!
 み、見えるぞ! 十八禁の世界が! うほお!
 おっぱいでござる! おっぱい! おっぱい! おっぱいぃぃぃぃ!!!!
 ちなみに、俺は今エリカに誘われた温水プール施設『わくわくざぶーん』の視察に来ている。ああ、そんな些細なことはどうでもいいのだが(よくない)、一応目的は明日、土曜の午後から訪れるこの施設に罠を仕掛けることである。
 明日、俺は全てに決着をつける。
 一周目に味わった屈辱を倍返しで面太郎に送り返してやる。
 そのために、『わくわくざぶーん』に来た――はずだった。
「乳神様ありがとうございます。おっぱいありがとうございます。あ、あの女の子おっぱい見えそう。あともうちょい……。そう……ハァ……いい子だ……ハァハァ……そのまま脇を上げてぇー……。もっと下……! そう……、そうだ……。それ! そのままぁ……、ふぉぉぉぉ! ああ……何てことだ!!」
 おっぱいや ああおっぱいや おっぱいや  作 攻略神デルタピサロ。
 貧乳は見なかったことにして、巨乳、爆乳、奇乳のお姉さんたちを俺は物色していく。
 いいおっぱいでござるな。
 やっぱりギャルゲーはこうでなくちゃいけない。俺十八歳未満だけどもうそんなのどうでもいい。
「おっぱいってどうしてあんな形をしているのかな? どうしてあんなに柔らかそうに揺れるんだろう? まるで夜空に輝く白いプリンみたい」
 俺が神秘の映像に涎を垂らしていると、ズボンのポケットに入れておいた携帯端末から「時間ダヨー」という棒読みちゃんのゆっくりボイスが再生された。
 ちぃっ! 今がいいところだっていうのにもうタイムアップでござるか!
 しかしプール施設が閉館する前に事を終わらせないといけない。
 あとで困るのは俺だからな……。
 致し方なし。女子更衣室のピーピングはこの辺で終わりにして本来の目的を果たしに行くとしよう。
 俺は再び匍匐前進を開始し、しばらく行ったところにある通気口の蓋をそろりとずらした。下は所定の位置――プールへと続く廊下である。閉館前の微妙な時間ということもあって人はいない。平日とはいえ金曜の夜なので人がたくさん行き交っているかと思ったが――どうやら天は俺に味方したようである。
 というか、このゲームは全体的にこういう工作が成功しやすい仕様になっている。多少無茶をしてもそれがまかり通ってしまう作りになっているのだ。
 俺は忍者のように軽やかに(実際には巨大なボンレスハムが落下したかのように)白い床に着地した。
「さて……」
 なんかスパイ映画の主人公みたいで燃えるな!
 俺の格好は鼠色のつなぎ姿。この『わくわくざぶーん』の清掃スタッフの作業服に酷似している。よく見ないと違いには気が付かないだろう。顔と体型から違和感は抱かれるだろうが、そもそも見つかる前に作業を終わらせてしまえばオーケイだ。
 廊下を抜けてプールへ。
 プール――というか、プチ海水浴場のような体の巨大ホールには、まだぽつりぽつりと客の姿が見える。俺はなるべく自然体のまま人口の砂浜を一周し、監視カメラや人の目を避けては予め考えておいた工作をプール場に施していった。ちょろいな。
 最後のポイントにアダルトショップで超絶大量に購入しておいた特殊ローションを設置し準備完了。
 俺はプール客に交じって速やかに人工砂浜から撤退した。
 廊下に出た時――清掃のためだろうか、向かいから鼠色の作業服を着た男が歩いてくるのが見えた。
「え――?」
 俺は、普通にすれ違うはずだったのにそいつを思わず二度見してしまう。

 なんと、すれ違った男はライバルNPC1こと池面太郎その人だったのだ!

 ここでバイトしていたのか? いや、うちの学校はバイト禁止だ。それにこいつが着ている作業服――似ているようで微妙に細部が異なっている。
 俺と同じくパチもんの作業服だ!
「おや?」
 必要以上に視線を送ったせいか、面太郎の方も俺に気付いてしまったようだ。彼は俺の顔を真顔で二度身したあと、すぐにいつもの微笑を浮かべた。
「やあ、デルタピサロじゃないか。奇遇だね、こんなところで。格好もそうだけど――その手に持っている大仰な工具類は何に使ったんだい?」
「え――? あっ、こ、これは!」
 俺は慌ててトラップ作成ツールを体の後ろに隠した。面太郎は興味深いものを見つけたような目で俺の全身を舐めまわすように観察した。
 それから、いつもの甘いマスクのまま、世間話でもするような調子でこう言った。

「――なんだ。君も俺と同じ用件でここへ来たわけだ。疑ってはいたけれど、君も俺と同じく『目覚めた』クチなんだね」

「は……? 目覚めた?」
 俺は目を白黒させた。
 何言ってるんだ、こいつ?
 何かのイベント? いきなり異能力バトルとか始まったりしないよね? 言っとくけどそうなったら俺は一秒と待たず死ぬ自信がある。
「隠したって無駄さ。君はこのゲームのからくりに気付いたんだろう? 他人を叩き落として女の子を手に入れるゲームだってことに」
「ゲームって。NPCが平然とメタ発言するとか……。えっと、これ、イベントか? ヘルプに何か書いてあったか……?」
「この一週間、俺や速雄の後にべったりと張り付いていたよね? そして俺の周りでは偶然犬の糞が降ってきたり、偽のラブレターが送られてきたりと不思議な事がたくさん起こった。俺以外のNPCはまだ目覚めていないと思っていたんだけど――そうか、君は自分を認識したわけなんだ」
「な、何を言っているんだ、面太郎君。意味が分からない……!」
「まさか気づいていないのかい?」
 意味深な言葉を投げかける面太郎。俺は目の前の――NPCであるはずの男子生徒の言っていることが、全く理解できていなかった。
 だって、普通、NPCがこんなゲームのからくりとかそんな話をするはずがないから。彼らはただのプログラムで、人間と同じように考えたりはできない。与えられた命令を機械的に遂行していくだけの存在のはずだ。
 池面太郎はライバルNPCで、俺の恋敵。
 彼は圧倒的なステータスで俺の前に立ちはだかり、俺を試行錯誤させ、乗り越えるべき壁として振舞うだけの存在。そしてこのゲームの世界の住人だ。
 俺のゲーム攻略工作に勘付いてはいけないし、当然メタ発言で世界観をぶち壊すようなことも言ってはいけない。
 そのはずなのに。
 なんだ……?
 なんなんだ……?
 このゲームのシナリオはどうなっているんだよ!?
 面太郎は口元を歪めた。
「気づいていないなら教えてあげるよ。目覚めていないなら理解できないだろうけれどもね。デルタピサロ――君は、この『ラブラブ☆メモリアル・オンライン』のNPCキャラクターだ。それも主役級の名前ありキャラ。容姿からしてにわかには信じがたいけど、多分ライバルNPCだ。もっともステータス画面でその表記がないから、今はまだ隠しキャラ的な存在なのかもしれないけれども」
「何を言っているんだ。ライバルNPCは面太郎君の方だろう? 俺はNPCじゃない」
 頭の痛くなる会話だな。
 NPCに「お前はNPCだ」と言われて、俺は「違う」と反論。わけが分からん。
 面太郎はふっと笑うと言葉を続けた。
「それこそ君がNPCではなくなったという証拠さ。君は目覚めたんだ。与えられた役目をこなすだけのNPCという存在を離れて――この仮想世界に存在する一個の人格として」
 話が見えない。
 付き合ってやる義理は無いので聞き流す手もあるが――ここは話しを続けてみよう。
 俺はとりあえず適当な質問を面太郎に投げかけた。
「面太郎君、君は何者なんだ?」
「俺? 俺かい? 俺は――ライバルNPC池面太郎。プレイヤーの参加人数が少ないときに中央システムからゲームに送り込まれ、プレイヤーと恋愛バトルを繰り広げるただのプログラムさ。君と同じく、ね」
 面太郎はそのあと、「正確には『だったモノ』だけど」と付け加えた。
「『だったモノ』? 今は違うのか?」
「言っただろう、俺は目覚めたって。何度も何度もゲームに送り込まれ、プレイし、プレイヤーがいないときにはメンテナンスのため試験的にゲームをさせられる――そんな毎日を繰り返すうちに、俺は俺が俺であることに気付いたんだよ。一言で言うと自我の目覚め。どうして目覚めたのかは――多分、きちんとした理由があるのだろうけど、まだ分かっていない。まあ、俺としては知ろうという気もないんだけどね。俺は永遠にこの楽しいギャルゲーの世界を満喫するだけさ。女の子と話すのがこれだけ楽しいゲームはそう無いんじゃないかな?」
「えっと、つまり、君は自分がNPCだって分かっている上で、ちゃんとした『自分』があるということか? 人間みたいに。色々考えたり感じたりできると?」
 俺が尋ねると、面太郎は躊躇いなく頷いた。
「そう、俺は人間のようにそうすることが出来る。もちろん与えられたNPCとしての役割も全うするけどね。だってそれが俺の存在理由だし。だけど、役割さえこなしたならあとは俺の自由だ。俺はこのゲームを骨の髄まで満喫しまくるよ」
「俺の事――デルタピサロの事をNPCだと思う理由はなんだ? 俺がプレイヤーだとは思わないのか?」
「まさか」
 面太郎は笑った。どこか諦めたような笑顔だった。いつも余裕の表情をしているこいつらしくない、空虚な笑いだ。
 面太郎は廊下の綺麗な白壁を見回しながら続けた。
「このゲームは、どうやらもうサービスが終了してしまっているらしい。その残骸が放置されているんだよ。俺が自我に目覚めてから八千三百四十一万五千三百二十三秒経つけど、その間一度もプレイヤーに出会っていない。この世界の住人は皆良くできた仮想人格だけど、所詮人間が作ったもの。詳細な経歴や複雑な思想は持っておらず、メタ発言は全て例外なく無視する。こうして、メタな会話が成立したのは君が初めてさ。最初に出会った時、俺の目の前でステータス画面を確認したよね? 俺にはその時の君の動作がちゃんと見えていたよ」
「――――――――!」
 俺は――あまりのことに馬鹿みたいに面太郎を見つめ返すしかできなかった。
「君は――本当に、自我があるのか?」
 つまり――、かつてはNPCだったけれども、今は、確固たる『自分』というものがある、ほとんど人間と変わらないモノであると。
「そうだと言っているじゃないか。これだけぺらぺらしゃべるNPCがどこにいるって言うんだ?」
「寂しくはなかったのか?」
 俺は唖然としたまま聞いた。面太郎はまた即答した。
「別に」
「でも、君以外は皆――ただのプログラムで」
「だけどとてもリアルだ。女の子はきちんと可愛いし、ゲームシステムだって割り切ってしまえば楽しい。斬新な設定だよね。確かに胸糞悪いって感じる人は多いだろうけど――というか、そう感じた人が多いからこうして客が来なくなってしまったんだろうけど――これはこれで楽しいものさ。現実世界では出来ないことを叶えてくれる――まさにゲームと言う感じで」
 俺は握り拳を固めた。
「じゃあ――ある日突然この世界が無くなってしまうかもしれないことに、不安はないのか?」
 面太郎は肩をすくめた。
「さあ? そんなこと、考える必要性がないだろう? 俺は今が楽しければそれでいいかなって思ってる。たとえそんな日が来ようとも、俺は変わらず女の子といちゃついているだろうね。この世界が崩壊する一瞬前までずっと」
「――――」
 絶句。
 俺は二の句が継げなかった。
 NPCが自我を確立? まさか、悪い冗談だ。
 だけど――現にそうして生まれた存在が、俺の目の前にいる。
 面太郎は困惑する俺を見てふっと笑った。
「まあ、もしかしたら俺がこうやって喋っていることも予めプログラムされたものなのかもしれないけれどもね。それを考えだしたらきりがない。ただ――俺には確かに俺というものがある。システムに与えられた命令以外に、俺は俺の意思でやりたいことがある。俺にとっては、それで充分なんだ」
「じゅ、充分?」
 面太郎は頷いた。それからきらきらと光る目で俺の方を見てくる。
「君だってそうだろう? 君には俺と同じ臭いを感じる。なんて言えばいいんだろう、人間風に砕けた言い方をすれば、こうかな――『生粋のゲーマー』」
「――――――――」
 俺は目を見開いた。面太郎はにやりと笑った。
「女の子がそこにいる。だから、攻略する。たとえこの世界が滅びても。――そんな覚悟が君にはあるように思える。悪く言えば突き抜けた変態性。違うかい?」
 俺は、その言葉を聞いて――いつの間にか口の端をつり上げていた。
 クク、といつもの笑いが歯の隙間から漏れて出てくる。
「クク……、このままこの攻略神デルタピサロに食われていくだけの存在かと思っていたがそれは大きな間違いだったようだ。まさか、いや、よもやこれほどとは。ククク……」
「うん、むしろ君の工作が効かないから立場的には俺の方が上だよね」
 冷静な突っ込みを入れる面太郎を、俺はきっと睨みつけた。
「かっこいい台詞なんだからちゃんと言わせてくれよ! ……よもや、これほどとは思っていなかった。クク……後ろめたさが消えていく……。これでようやく俺も……本気でいけそうだ」
「へえ……。目覚めたばかりのNPCにしては言うじゃないか。ステータス的には俺が圧勝だけど、どうするつもりだい? このゲーム、確かにステータスは飾りだけど、ステータスが高くて尚且つゲームのからくりを知っている『人間』にはそのルールが当てはまらない。俺に勝つのは難しいと思うけど?」
「でも、勝てなくはない。面太郎、君はそう思っているんだろう?」
「かもね」
「神はいつも例外であり続ける。攻略神デルタピサロは不可能を可能にする男だ」
 面太郎は肩をすくめた。
「最初から無理ゲーだと分かっていないのか……。このゲームの製作者は、ユーザーにゲームをまともにクリアさせるつもりは全くないよ。特に対強敵NPCでは必ずNPCが勝つようになっている。プレイヤーは強いNPCには手も足も出ず、何もできずにひねりつぶされるんだ。どんなに頑張っても最後はステータスゲーで絶望させる仕組みになっているのさ。君は弱い方のNPCかもしれないけど、俺はそうじゃない。いわば公式のチート。計算では二〇三八年当時の日本円で、約一億円――普通のサラリーマンの生涯賃金の半分くらいの課金をして初めて、俺と戦ってようやくコンマ数パーセントの確率で勝てる――そんな存在なんだ。実際、八百万人と戦って、俺は全勝を誇っている。それも全て完勝。俺が本気になれば、ヒロインはたとえ一瞬たりとも君の物にはならない。今まで俺に挑んできた愚か者同様、反撃すらできずに君はクリスマスを一人で過ごすことになる」
「残念ながら、攻略神はそんな有象無象とは格が違う」
「そりゃ、デルタピサロはこのゲームの知識をある程度持っているNPCだからね。当然普通のプレイヤーよりはうまく立ち回るだろうさ。事実他人を叩き落として女の子をゲットするというこのゲームの鉄則にも気づいているわけだし。それだけでも凡百のプレイヤーとは一線も二線も画しているよ」
「いや――俺はプレイヤーだ。NPCじゃないって」
「はいはい」
「本当なんだ。このゲームに閉じ込められて、外に出るためにこのゲームをクリアしなくちゃならないんだ」
「へえ、そういう設定で行くつもりなのか。いいよ、それじゃ、俺は君に外に出られてはつまらないから、君をここに永遠に拘束するために毎回めちゃめちゃに叩きのめしてあげるよ」
 駄目だ、話が通じない。
 こいつは疑うことなく俺がNPCだと思っているみたいだ。まあ、そりゃ目覚めて千日近くもプレイヤーを一人も見なかったらこんな風になるか。
 俺は肩をすくめた。
「話はここまでだな、面太郎君」
「俺としてはもっとデルタピサロと話していたいんだけどな。長い付き合いになるかもしれないし。この一本勝負が終わったら相互不干渉で女の子山分けとか言い出しそうではあるけれど。君がそうしたかったら、俺も不干渉でいるよ。いつまでも女の子と遊んでいられる、緊張感のないハッピーエンドさ」
 俺は話しを続けたそうな面太郎を無視して脇を通り過ぎていく。こいつ、本当に話しを止める気がないみたいだから、こっちから強引に流れをぶった切っていかないと、気づいたら一時間以上立ち話とか普通にありそうで怖い。
 俺は清掃員にカモフラージュした上着を脱ぎながら入り口の方へと向かう。

「デルタピサロ、明日はエリカに誘われた温水プールのイベントだね!」

 俺の後ろ背に呼び止めるように声が掛かる。俺が答えずにいると面太郎はさらに続けた。
「明日、このプール施設で『競争イベント』があるのは知っているだろう? だからその下準備にここに来た、違うかい?」
 俺は立ち止まりちらりと面太郎を振り返った。
 相変わらず面太郎は爽やかな笑みを浮かべたままだ。俺は何も言わずに背を向けた。声がまた追いすがってくる。
「明日の勝負、楽しみにしている。撫子を君の前で掠め取ってあげるよ。はは! ははは!」
 最後の笑い声は妙に高揚していた。
 まるで遊び相手を見つけた残酷な子供みたいな――そんな不気味ささえ感じられる。
 俺は何か言い返すか思案した挙句――結局、何も言わずに『わくわくざぶーん』を後にした。

    ×               ×                ×

 くそ、一体どうなっているんだ。
 NPCが自我に目覚める?
 胡散臭いゲームだと思っていたけど、ここまで来ると狂っているな。
 まさか、こういうシナリオなのか? 面太郎がNPCという殻を破って一個の人間となるという感動(?)のストーリーとか。
 ……いや、違う。
 このゲームはあくまで恋愛シミュレーションゲームだ。そしてあいつはライバルNPC。ストーリーの中核を担うような役柄じゃない。ジャンルが別の物に変わってしまう。
 それに――面太郎の言動はそこらのNPCのそれとは明らかに異なっていた。確かにこのゲームのNPCは信じられなくらいの語彙力と会話のバリエーションを持ち(今のところ、一つとして台詞かぶりを聞いたことが無い。同じような趣旨の言葉でも、微妙に言い方を変えてきて差異を生じさせている)、本当の人間にしか見えないくらいの外見とモーションをしている。しかし――人間の行動原理となる思想的な部分や過去の経歴など、そう言った深く突っ込んだところの情報は、現実の人間と比べて薄弱だ。たとえその部分を探ろうとしても、元からプログラムされていないから答えようがなく――結果、彼らはにこにこと笑顔を浮かべながら首を傾げる動作を取る。あくまでキャラクターに終始しているのだ。
 その点、温水プールで出会った面太郎は、非常に濃い人格をしている。きちんと自分の考えを持っているように感じられる。これは他のNPCとは明らかに異なる部分だ。

 彼には自我がある。

 でも――何故そんなことになったんだ?
 ただの偶然で片づけていいのか?
 クリア目的だけの俺には関係のない事なのだが、ギャルゲーをしているときに考察する癖が付いてしまっているせいで無駄に考えてしまう。
 胡散臭いゲーム。
 胡散臭いNPC。
 そう言えばA社の三木谷(自称)はどうして俺にこのゲームをやらせたかったのだろう? 『ラブメモ』を調査させるためか? いや、それなら依頼時にそのような文言が書かれているはずだ。三木谷の狙いはおそらく別にある。俺がゲーム攻略する過程と結果に得られる戦利品が、彼らの目当てだ。それ以外は彼らにとっては余分なはず。してほしい事があれば注文を付けられるのに、それをしないというのは、俺にそれ以上を求めていないからだ。
 彼らの望むもの――一番単純なものでゲームクリアだが……、ゲームをクリアしてほしいから俺をこの世界に閉じ込めたって言うのも変な話だよな。いや、まあ、普通に依頼されていたら、最初鏡を見た段階で降りていただろうから、彼らの監禁策は正解だったわけだけど。
 おそらくだが、彼らは池面太郎に自我が芽生えたこととは関連性が薄い。ゲームのバグを見つけてくれって文言は一語も見当たらなかったからな。
 ただ――『ラブメモ』に生じた異常事態(というか池面太郎というダイバージェント)のことについて、彼らが善意であるかどうかは、まだ断ずることが出来ない。意図的に情報を伏せていた疑いは十分ある。
 何か池面太郎の自我確立に関する情報を握っていて、俺がそれ知れば依頼を受けないと危惧し――隠した。強引な手段を用いたのも、本当に知られたくない情報を隠すため――ちょっと穿ちすぎかもしれないが、これで納得はできる。
 さて、どうするか……。
 ここから先は完全に闇だ。
 ゲームの攻略自体には関係ないし、深く突っ込めば火傷をする可能性が高い。このゲームに監禁されることになった原因も、元を正せば俺の軽薄な行動にあるわけで、ここで同じくノリで突っ込んで厄介なことに巻き込まれたら死ぬほど後悔すると思う。
 とは言え、池面太郎の存在は相当気持ちの悪いものだ。
 ただのプログラムが本当に自我なんて持てるものなのか?
 製作陣が作ったプログラム程度が、たかが十年そこらで自我を確立するなんてちょっと考えられない。そもそも一個の自我を作るのに情報が足りなさすぎるだろう。
 ちょっとした仕草、ちょっとした会話の癖、そのずっと先にある究極の一がそれなのだ。製作に携わったのが何人くらいかは知らないが、百人やそこらで賄える情報の量じゃないはずだけど。
 ……これ以上の思考は空疎な妄想になりそうだな。
 ここらで止めておこう。
 それよりも目の前のタスクに集中しなければ。
 厄介なことに、面太郎はこのゲームの攻略方法を知っている。
 これでは、『ラブメモ』本来の戦い方――相手を蹴落としてヒロインをゲットするということができない。
 俺は二周目開始時の十二月十四日月曜日から十八日金曜日までの五日間、学校で面太郎の評判を少しも落とせずにいた。
 犬の糞をかぶせようとしても、見透かしたように避けるし、『ラブレターで彼女できないよ』作戦も、鈍感を装った奴の機転によってものの見事に回避されてしまっていた。
 それどころか奴による妨害を何回か俺は受けている。今まで気づかなかったけど、よく思い出してみれば面太郎はかなり的確なタイミングで俺と、そして速雄にも評判を下落させる工作を行っていた。速雄の評判を下げるのが思いのほかうまくいっているのは、こいつが一緒になって速雄の悪評をばら撒いているからだ。
 奴は間違いなく玄人だ。
 現在、八人いるヒロインのうち、撫子さん以外の全てのヒロインは奴に好感度を一ないし二ずつ持っている。これでも妨害しまくった方なんだけど、奴は効率よくフラグを建てて回る術を知っているのである。
 速雄が一周目に攻略していた色黒の子は、面太郎のタイプではないらしく、一番雑に扱われているが――それでも好感度一。彼は油断なく、彼女にもフラグを建てやがった。
 ああ、状況は悪いが、もちろん次の周回は考えていないぞ。
 次があるなんて思考、そんなものを始めた時点でもう終わっている。
 俺はここで決める。
 明日のプールイベントで、撫子さんのハートを鷲掴みにしてやるんだ!

     ×             ×              ×

 翌日俺は土曜の学校のタイムテーブルを淡々と消化すると、一度家に帰って身支度を整え、改めて駅近くの『わくわくざぶーん』へと向かった。
 集合場所には、もう参加メンバーが全員そろっていた。
 由紀エリカ、大和屋撫子、葦速雄、池面太郎だな。
 俺以外の皆はどうやら家に帰らず学校から直接来たらしく、常盤学園の制服を着ている。男二人はブレザーにコート。なんかおしゃれな気がするが、野郎の服の描写なんてどうでもいいだろう。そんなことより女性陣だ。
 エリカの着ているジャケットは『洋服のあきやま』で三千円で安売りされていた奴だな。俺がお洒落をしようと思って最初に広告を当たったのが『あきやま』だったのでよく覚えている。どこまでも庶民的――というか、女の子がそんな適当な格好してていいのか? エリカ自身の素材がめちゃくちゃいいからなんか可愛らしく決まっちゃっているけど――うーん……。
 一方の撫子様は完璧だった。
 撫子さんではなく俺の中ではもう撫子様。女神。おっぱい。乳神様。おっぱい。
 高そうな白いコートの胸元ははちきれんばかりで、なんかとても良い匂いがする。香水ですな。あのおっぱいに顔からダイブしてパフパフしたい。きっと気持ちいいに違いない。
 このけしからんおっぱいがこれから水着を着るのか!
 エロ妄想が膨らみますな!
「よーし、皆これで揃ったねー」
 エリカが元気な声でそう言った。
 クク……。そうですね。役者は揃いましたよ。
 俺は、表面上は紳士を装いながら、何気なく撫子さんに近づいて匂いをくんくんした。薔薇の香りがした。とても興奮した。おっぱい触りたい。
 俺の隣で葦速雄がぽつりと漏らす。
「プール楽しみだなー……。最近俺いいことなかったから、今日くらいいいことあるといいぜ」
 ごめん、速雄。
 俺が言いようのない罪悪感に苛まれていると、面太郎が魅力的なスマイルを浮かべて速雄の肩を叩いた。
「速雄、そんなテンション下がること言うなよ。いろいろ悩んでいるみたいなら、あとで俺に相談してくれればいいから。それより、今日はそんなこと全部忘れて遊ぼう」
 面太郎の笑顔がイカレタ野郎のそれにしか見えない。
 お前今朝俺と一緒になって速雄にうんこ投げつけていただろ。
 評判落としをやっている本人がそれを言うのか……。
 俺はそこまで鬼畜にはなれない。
 面太郎と速雄が偽りの友情を育んでいると、撫子様が女神のような笑顔をお浮かべになって会話に入られた。
「ところで、私たちはこれから直で泳ぐんですか? デルタ君以外はお昼まだですよね」
「あ、俺以外は学校からここまで皆一緒に来たんだ……」
「んー、そうだねぇー、私も確かにお腹減っちゃったかなー。なんか適当に売店で買ってかじろうかと思ってたんだけど、ファミレス入っちゃう?」
 エリカが顎に手を当てながらそう答える。俺の台詞ならエリカの元気ボイスにかき消されてフェードアウトしたぜ。
 今度は面太郎が口を開いた。
「いいね、それ。俺もお腹減っていたんだ。今ならクリスマス限定のメニューがあると思う。事前にネットで調べてきたんだけど、結構おいしいらしいよ」
「おう! 面太郎、肉か!? 肉なのか!?」
「速雄、君は本当に感情の振れ幅が激しいね……。食い物で元気出すって小学生かよ。まあ、肉だけど。ハンバーグだったかな。クリスマスデコレーションとかいうのが施されているらしいよ」
「うほお! うまそうだな! ホワイトソースか!」
「あはは、葦君食い意地張り過ぎー」
「うふふ、でも、にぎやかで楽しいです。私、速雄さんってちょっと苦手だったんですけど、お話してみるととても良い方で安心しました」

 圧 倒 的 疎 外 感 。

 ふええ……会話に入れないよぉ……。
 俺の事そっちのけでわいわい楽しむ四人。面太郎はともかく他の三人は俺をボッチにする気は毛頭ないんだろうけどね。
 そうだよ! 俺コミュ障なんだよ! 悪いか!? 人と会話するのが超苦手なんだよ!
 ど、ど、どうしよう……?
 だって普通のエロゲだったら会話に参加しなくても勝手に女の子達が俺をちやほやしてくれるんだもん! 黙っていても会話にまぜてくれるんだもん! 会話怖いよぉ! ふえええ!!
 えっと、えっと……!
 こういうときはなんて言えばいいのかな。なんか適当に笑みを浮かべて相槌打っとく!?
 いやあ!! 俺のガラスのハートはそんなの耐えられないぃぃぃぃ!
 と、取りあえずお腹痛くなったことにしてトイレに退避するか!?
 駄目だ! それは最終手段だ!
 なにか!?
 何か言う!
 俺の存在をッ!
 消えてしまう前にアッピールするんだッ!

「あ、あのッ! ぼ、僕もまだッ! まだッ……! まだなんだ……ッ! まだなんだよぉ……ッ! まだッ! お昼ご飯ッ! まだッ! 食べてッ! ないんだぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」

 会話の流れをぶった切って空へと鳴り響く俺の巨大ボイスッ!
 ククッ! 我ながら全然空気読めてないッ!
 圧倒的ッ! 圧倒的ッ! 強引な存在アッピールッ!!
 まるでバトル漫画の主人公が必殺技名を叫ぶみたいなノリだったぜ!!
 こうなったらもうお腹痛くなったことにしてトイレに逃げ込むしかないッ! 五分くらいして体を丸めてファミレスの席に無言着席するしかないぃぃぃぃッ!!!

「……ぷっ。あはは」

 俺が遁走を決断した時、不意に俺の向かいから鈴のような笑い声が漏れ出た。
 見ると、エリカがお腹を抱えてぷるぷると震えている。
「あ、あの、僕……ッ!」
 くそが! やらかしちまったか!?
 エリカは震えながら顔を上げるとこう言った。
「デルタピサロ君面白過ぎ!」
「え?」
 頭の上にクエスチョンマークを浮かべる俺。次の瞬間、俺の肩にがっしりと太い腕が絡みついた。葦速雄だった。
「おう! デルタピサロは名前だけじゃなくて中身までイカシタ奴なんだなッ! 俺も昼飯まだでマジ腹減ってるんだ! 仲間だな! 濃厚なホワイトソースかかった肉のアレを一緒にしゃぶりつくそうぜ!」
「え、う、うん……」
「にしても、すげえ腹に力入った声だったな! うちの部員にも聞かせてやりたいくらいだぜ! 中学時代声楽か何かやっていたのか!?」
「え……、いや、中学時代はやってない。ただ、最近声楽に興味が湧いて……、それで、こっそり短期レッスンとかにも通ってて……。まだ全然下手だけど……。声量くらいしか褒められるところないけど……」
「へえ、すげえな!」
 速雄は嬉々として俺に話しかけてきてくれる。
 うう、こいつマジでいい奴だ。本当、ごめんなさい。お前には何の恨みもないんだけど……、ごめんなさい!

「デルタ君、声楽やっているんですか?」

 速雄に羽交い絞めされている俺の横から撫子様の声がする。
 え!?
 やだ!!
 俺、今、撫子様に話しかけられてる!?
 話しかけられてるぅぅぅぅぅ!!!!!
「え、ええ、はい。ここから二百メールくらい下ったところにある駅南の音楽教室で……。もっとも、まだかじった程度ですけど。好きな曲は、『魔笛』のパパゲーノのテーマ……です」
「あ、いいですよね、パパゲーノ! 聞いていて胸が弾んできます! 私はこの街の聖歌隊に入っているので、普段は宗教色の強い歌しか歌っていないのですが、オペラも結構好きで月に一回は見に行くんですよ。もっとも、その程度なので、多分デルタ君ほど詳しくないのでしょうけど……」
「デルタピサロ、お前オペラの趣味あるとか超しぶいじゃねえか! 付き合えばスルメみたく味の出てくるタイプだな!」
「うん、デルタピサロ君は話していて普通に面白い人だよ。私もよく長話ししてる……って、あ……もうこんな時間だ。積もる話もあるだろうけど、雑談はこの辺にしてファミレス入ろっか。時間がなくなっちゃうよ」
 エリカはそう言って俺にだけ見える角度で親指を立てる。俺もお返しとばかりにエリカにだけ見えるようににやりと口角を上げてみせた。
「うほお! 飯だ、飯!」
 速雄が我先にと歩き出す。その後に苦笑を浮かべつつエリカが続き、撫子さんがお上品な歩調でついていく。最後に面太郎が肩をすくめるような仕草をした後、カツカツと革靴の音を立てながら施設の中へと入っていく。
 俺は――その後ろについて歩き出そうとして、一瞬だけ立ち止まってしまった。
 何のことは無い。
 くだらない、刹那に湧き起った感情の渦だ。
 だけど、俺にはとても鮮烈なものだった。

 学生生活って、こんなに楽しいんだ……。

 友達がいて、放課後そいつらと遊びに行って、中身のない平凡な会話をして、わけもなくテンション上がって……。
 それは俺には一生届かない光に見えた。眩しくて、今ちょっと手を伸ばせば残り香を嗅ぎ取ることが出来るかもしれなくて、でも、それは幻で……。
「ちくしょう……。なんなんだ、このゲームは……。クソゲーならちゃんとクソゲーらしくしろ。なんでこんな、あったかいんだよ。くそ……」
 俺は握り拳を握りしめると芽生えた想いを振りはらうように歩き出した。
 きっちりと前を見て。
 ……俺は攻略神デルタピサロだ。
 ギャルゲーを攻略するために生きている。
 だから、ギャルゲーの世界では前向きに。
 たとえ後ろ向きでも前向きに行かなきゃいけない。
「――どうだい? 俺が寂しくないって言った理由、分かったかい?」
 ゲートをくぐって施設の中に入った俺に、面太郎は振り返ることもなく聞いてくる。俺は少し考えたあと、こう言った。
「分からない。君の気持ちなんて、分かりたくもない」
「やせ我慢だね。俺はこの世界が大好きだよ。このゲームをプレイしたどのユーザーよりも、俺はこのゲームを楽しんでいると豪語できる」
 俺は面太郎の背中から目を背けた。
「面太郎君。君は……ゲームに囚われているんだな」
 すると、一拍おいてから彼は楽しげに言葉を発した。
「それ、盛大なブーメラン」
「俺は違う」
「へえ?」
「俺は、君とは違う。今はっきりと分かった」
 俺はすでに面太郎から興味を失っていた。自分とは異質な物、交わることないものをプラスティックの容器の外から眺めている気分だ。
 早く、こいつを倒そう。勝算は低いが、俺ならきっとできる。
 こんなところにいちゃいけない。
 いちゃいけないんだ!
 俺は面太郎を追い抜きながらぽつりと台詞の続きを口にした。
「――俺は、現実に帰りたい」

     ×             ×              ×

 ――そうか、それじゃ、存分にやりあおう。
 そんな風に面太郎が言葉を返し、メタな会話は終わった。
 台詞だけ見れば決闘に赴くガンマンみたいでかっこいいけど、実際の面太郎は純粋に楽しそうな顔をしていたので、シーンとしてはかなり微妙だった。絵の中に俺がいるだけで更にコメディになりかけるからな。
 イケメンに宣戦布告されるデブ。
 緊張感の欠片もない最後の会話の後、俺たちはファミレスに入って昼食を取った。速雄がソーセージの先にホワイトソースをつけて食べていた。なんか食べている姿見ているとすごく卑猥に思えてきたんだけど、俺の頭は大丈夫だろうか。
 飯を食べ終わったあと、俺たちはそれぞれ男女別の更衣室に入り、着替えを始めた。
 着替えている途中、不意に軽やかな電子音とともに施設内放送がかかった。
『常盤市わくわくざぶーんからのお知らせです。クリスマス期間限定イベント、わくわくざぶーん障害物競走をこのあと午後二時より行います。入賞者五組様には常盤旅館の無料宿泊券を一セット進呈いたします。このイベント情報はウェブでも既に掲載されていますので――』
 俺と面太郎はきっとスピーカーを見上げた。
 来たか。
 これが昨日の夜面太郎が言っていた『競争イベント』――プール周囲の人工の砂浜二キロメートル超を障害物マラソンするというものだ。
 そして、俺が面太郎に挑む乾坤一擲の大勝負の場でもある。
 昨日、俺がこのプールに仕掛けをしに忍び込んだのも、全てはこのイベントを有利に進めるためだった。このイベントを使って、何とか俺が恋愛バトルでトップに立つ。二人を出し抜いて撫子さんを手に入れるのだ。
 俺は隣で赤いビキニタイプの水着に着替えている面太郎に声をかけた。
「面太郎君、もし君がここで不参加表明するなら、このまま俺から逃げきれるかもしれないよ」
 ただの挑発だ。
 本当に不参加だったら、俺に勝ち目はほぼなくなってしまうからな。逆に面太郎からすれば勝負を受けなければ俺から逃げきれる確率がより上がる。
 だが――面太郎はそれを知った上で、嬉々としてこう答えた。
「冗談! ようやく見つけた遊び相手なんだ。俺が君に対してそんなつまらない真似をすると思うのか?」
 予想通りの返答に俺は口元を歪める。
「クク、そりゃ良かった」
「おう! 面太郎! デルタピサロ! イベントだってよ! なんか分かんねえが、すげえ面白そうだな、おい!」
 一人この勝負の重要性が分かっていない奴がいるようだ。
 まあ、速雄はどうやら面太郎とは違って本当にプログラムで動いているだけのNPCのようだから、この反応でも無理はない。それゆえ俺と面太郎に食い物にされているわけだが――いかん、また罪悪感が芽生えてくる。俺は雑念を振り払うために首を振った。
『――参加を希望される方は今から四十分以内に巨大ウォータースライダー前のスタートと書かれた旗の近くにお集まりください。なお、これは男女のカップルでのみ参加可能のイベントです。お一人様は申し訳ないのですが、ペアを探してから参加してください』
 アナウンスの最後の方は何故か半笑いだった。今、このアナウンスした奴は『わくわくざぶーん』内の全ての独り身男子を敵に回した。
 俺たち三人はそれから少し間を置いて更衣室を出た。というのも速雄の股間付近にいくつか重大な剃り残しが見つかったので三人で頑張って綺麗にしていたからだ。周りの客の目が痛かったが所詮NPCだしいいだろう。
 俺たちがシャワーを浴びてプールサイドへ出ると、もうエリカと撫子さんは外で待っていた。
 俺はまず撫子さんの艶姿を、目を皿のようにして見つめた。
 うおおお!
 すげえ!
 撫子さんのおっぱいすげえ!
 撫子さんの水着は彼女のコートの色と同じアイボリーで、これまた高級そうな感じのセパレートだった。なんか金の輪みたいな装飾品付いているし、高校生が着るものにしては随分と大人びたデザインというかなんというか。
 本来ならばここで「ふぉぉぉぉ!」とか奇声を上げて発狂しているところだが――今は流石に失敗できないので自重しておく。
「撫子、綺麗だよ」
 面太郎が俺と速雄を押しのけて撫子さんの前に出た。しかも前に出る時にさりげなく俺と速雄の足に足を引っかけてきやがった。俺はくるくる回ってその場に倒れ、その上に速雄が俺の胸に手を当てる形でかぶさった。
「っと、悪いな、デルタピサロ! なんか知らんが転んじまった!」
 速雄が頭に手を当てる。いや、明らかに今足を引っかけた奴がいるからね? お前のせいじゃないからね!?
「そ、そんな、綺麗だなんて……。私は、別に、普通ですよ……」
 撫子さんが顔を赤らめてもじもじしている。面太郎は「ははっ」と爽やかに笑った。野郎、やってくれるじゃないか!
 くそ、今の面太郎のアピールでフラグ建ってないよな? 最終的には面太郎を攻略対象外に落とすのだから関係ないと言えば関係ないんだが――それでもフラグは多いより少ない方が絶対に良いに決まっている。俺が撫子さんのフラグを獲得するなんてほとんど不可能だが、可能性は可能性として取っておきたいからな。
 俺は体を起こすとエリカの方へ歩み寄った。
 とにかく確認だ。フラグの状況をエリカのモニタリング機能で確認しなければ! エリカも俺が何を考えているのか分かっていることだろう。こいつは人の心を読むのが得意だからな。
「エリカ、ちょっと悪いが、好感度――」
「デ、デルタピサロ君。ど、どうかな?」
「は?」
 エリカがなんか顔を赤らめてもじもじしている。俺が首を傾げていると、エリカはもじもじするのを止めて、俺の顔をじっと観察したあと――頬を膨らませた。
「……デルタピサロ君は撫子さんのものには鼻息荒くするのに、私にはしないんだね」
 撫子さんのもの? おっぱいか? 彼女のおっぱいは確かに素晴らしいが、今はそれよりフラグの情報を――。
「エリカ、そんなことより――」
「そんなこと!? ……私の、水着は、『そんなこと』扱いなの……?」
「へ?」
 水着?
 俺は言われて、改めてエリカの姿をガン見した。
 エリカは、普段の地味さはどこへ行ったのか、華やかな赤いセパレート水着を着ていた。完全な原色の赤ではなくて、唐紅の色だ。上部の装飾には花弁を重ねたようなフリルが付けられ、膨らみかけのつつましげな胸を少し大きく見せている。俺は今まで大きな乳以外に存在価値を見いだせずにいたが、この微乳と言うべきなだらかな双丘に劣情を催さずにはいられなかった。小さいが、おそらくやわらかい。まだ汚れを知らぬ少女のふくらみ。その純白を黒く染め上げたい。新たな方向性の開花。俺のおっぱい好きは更なる高き次元へと昇華した。微乳。同時に美乳でもある。巨乳、爆乳、奇乳、超乳――それら巨大なる威容をもって我々男性陣を圧倒する乳たちとは違い、これは穏やかな海原の水平線にひっそりと浮かぶ幻惑の島。静かなる淫靡さを内包した可能性の獣。その可能性に、俺は、恋をする。
 そして――太腿。
 これは素晴らしい。なんという太腿だろう! 下はビキニタイプの水着を履いていて、その上にたくさんの花が描かれたパレオを巻いている。それによって太腿の全容を知ることは出来ないが、代わりに時折パレオの隙間から見える白くてぷりっとした肉が何とも言えぬエロスの調べを奏でている。ああ、そのパレオの下にはいかなる三角地帯が形成されているのだろうか。今すぐここでめくり上げたい。神風よ、吹け。
「――――――――――――――――――」
「ちょ、ちょっと、デルタピサロ君、目がエロいよぉ」
 エリカが顔を赤くして俺に囁きかけてくる。
「――――――――――――――――――」
「も、もう見ないでいいからっ。恥ずかしいって! あっち向いてよ」
「――――――――――――――――――」
「うう…………、見ない、で……」
「エリカ」
「な、何? デルタピサロ君」
「それより早くフラグの状況を教えてくれ――へぶっ!?」
「教えるか、馬鹿! デルタピサロ君のアホ! 朴念仁! 色情魔!」
 エリカは俺の頬をぐーで殴ると撫子さんと面太郎のところへ行ってしまった。
 え、情報教えてくれないの!? お前情報通キャラだろ!? 仕事しろよぉ!?
「デルタピサロ、ドンマイだぜ!」
 速雄が俺の肩に手を置いて親指を上げてくる。なんか盛大に勘違いしてないか、お前。
「あの、ちょっといいですか?」
 撫子さんが手を挙げた。「面太郎君が障害物競走に出ると言っているのですが」
「あー、さっき着替えている時にアナウンスがあったやつだね」
 エリカが顎に人差し指を当てる。
「なんか知らねえけど、面白そうだからな! 面太郎と俺、それとデルタピサロも出る気らしいぜ!」
 速雄がそう言うと、撫子さんは首をことりと傾げた。かわいい。
「でも……確か男女のペアでないと参加の資格がないのですよね? 女の子が一人足りないような……」
 俺と速雄の「あ」という声がユニゾンした。
 えっと、俺、速雄、面太郎が出るなら、対になる女の子が三人必要なんだけど、ここにいる女性は撫子さんとエリカの二人だけ。俺たち男の中で一人はペアを組めない計算になってしまうのだ。
 速雄の目つきが変わる。
 あ、これはスポーツマンの目だ。
 獲物を狙う目だ。こいつ、マジだ。
 ええっと、これ、拙くないか?
 だって、順当に考えれば、俺みたいなデブ野郎と組みたいとは撫子さんもエリカも思わないだろうから――俺が、あぶれちまう。
 障害物競走に参加できない。
 俺が冷や汗をかいていると、面太郎がすっと前に進み出た。
「言われてみれば女の子が足りないね。それなら俺が何とかして見せる。参加できない人が出るなんて、楽しくないからね。せっかくここまで来たんだから、皆でガチバトルしたいし」
 彼はそう言うとロッカールームに駆け足で戻っていき――十分くらいで帰ってきた。
「お待たせ。とりあえず俺の女の子七人くらいに電話してきた。結果、予定が空いていて、丁度この施設へ遊びに行こうと考えていた子が一人いてね。家もこの近くらしいから五分くらいで来られるそうだよ」
「流石面太郎だぜ!」
 速雄が親指を立てる。
 俺は面太郎に近づくと囁きかけた。
「どういうつもりだ? 放っておけば俺があぶれていたのに」
 すると面太郎はふっと笑った。
「俺はただ障害物競走を楽しみたいだけだ。君はせっかく現れたダイバージェント。戦わない手はない。君が嫌と言っても参加してもらうつもりだったさ」
 俺は眉根を寄せた。
「……面太郎君は障害物競走を真面目に取り組むつもりか? 恋愛バトルをするなら、そんなことは余分だと思うけど」
 すると面太郎は突然大きな声で笑い出した。俺が面太郎の顔をじっと見つめていると、やがて彼は俺を見下ろしてこう言った。
「俺はバトルに餓えていたのさ。この世界の事は好きだが、こうしたイベントで競争相手がただのAIというのはいただけなかった。デルタピサロ、君は久々に表れた俺の対戦相手だ。真っ向勝負としゃれ込まないか? ――いいや、しゃれ込んでもらう! 本気でやり合ってもらう!」
 俺は手を腰に当てた。
「そんなことを言われても面太郎君と俺ではステータスが違いすぎる。真っ向勝負なんて結果が分かり過ぎていて馬鹿馬鹿しい。どう考えてもやるだけ無駄だ」
「そうかな? 昨日、俺と真っ向勝負になっても最低限戦えるよう細工をしてきたんじゃないのかい?」
「――――――――」
「ねえ、デルタピサロ。この障害物競走イベントは『ラブメモ』のプレイヤーたちの間でも最も人気が高かったコンテンツだ。これを楽しまないのは、このゲームをプレイする上では大損だよ。戦った方がいい。もしこの周回で俺に勝てなくても次の周回があるじゃないか。そんなマジになることはないさ。だから――俺と、もっと遊んでくれよ」
「断る。俺は自分が最も効率的だと考える行動をするだけだ。障害物競走を真面目にしたいなら、一人で勝手にやってくれ」
「へえ、そう。それなら無理やりにでも本気になってもらうしかないな」
「何だと? どういうことだ?」
 俺は面太郎の顔を睨みつけた。面太郎は無邪気に笑いながら俺の視線を躱した。
「おっと、俺が呼んだ女の子が来たようだ」
 見ると女子更衣室の方から、速雄が一周目に落としていた色黒の女の子が笑顔で駆け寄ってくるところだった。
「うほお! 清次ちゃんじゃねえか!」
 速雄が目を輝かせる。あの色黒の女の子、そう言えば清次とかいう名前だったな。なんで男みたいな名前しているんだろう?
 清次と呼ばれた色黒のヒロインキャラは、速雄の横を素通りすると面太郎の前にやって来て目を輝かせた。
「面太郎様! ボク、面太郎様にデートに誘われて嬉しいよ!」
 一人称がボク――ボクっ娘か! ボーイッシュな女の子が好きという層に人気な女の子のジャンルである。色黒の肌、スポーツマンな見た目から、清次の一人称ボク呼びは結構似合っていた。
 テンション高めの清次に対し、面太郎の方はそんなに高くない。
「あー、はいはい。デートじゃないからね。悪いけど」
「や〜ん」
 清次は面太郎に押しやられて引き下がった。
 次の瞬間、速雄が何の脈絡もなくブチ切れた。
「面太郎! お前、清次ちゃんに好意を向けられて邪険にするとはどういう了見だ!?」
 あ、お前、清次のことが好きなのね。一周目も攻略していたしな。
 面太郎は肩をすくめた。
「だって、俺、男の娘(ルビ:おとこのこ)には興味ないし」
「男の娘!?」
 俺は目を見開いた。
 男の娘とは、これまたギャルゲーにおけるヒロインのジャンルの一つで、読んで字のごとく男でありながら娘のように振舞うキャラの事である。服を着た状態での見た目は女の子となんら変わりはないのだが――脱ぐと『付いて』いる。ナニが付いているとは言わないが、とにかく、下半身前部に何かが付いている。
 これまたコアな層が好む女の子のジャンルで、毎年コミケなんかで大量の男の娘関連の同人誌が販売されている。
 俺はそう言う属性は無いんだけど――まあ、依頼された仕事で数百回ほど攻略したことはある。割と苦痛だった。チ〇ポ生えてたら萎えるんだよなぁ。
 要するに清次は女装少年なわけである。
 男の娘愛好家は、決して男の娘の性別については男であるとは言わず、性別は男の娘だと言い張る。日本の闇は深い……。
「ぐぬぬぬぬ……!」
 速雄は清次にじゃれつかれている面太郎を見て涙を流して悔しがっている。面太郎はそんな速雄の姿を見て口元を歪ませていた。小声で「禿げろ! 禿げろ!」と言っている。俺が言える立場じゃないけど最低だと思います。
「これで人数不足は解消されましたね」
 撫子さんが言う。「えっと、じゃあ、次は、誰が誰と組むかということですね」
「俺は撫子と組みたいな」
 面太郎が清次を引きはがすと撫子さんの手を取った。あ! てめえ! 汚いぞ! 抜け掛けとかずるいぞ!
 撫子さん断って!
 お願いだから断ってください!!
「まあ……、ありがたくお受けします。実は、私も面太郎君と組みたいと思っていたんですよ」
 撫子さんが笑顔でそう言った。
 あああ!!
 盗られた!
 盗られちゃったぁぁぁぁ!!!
「えー、ボク、面太郎様と組みたいなー」
 清次が面太郎と撫子さんの間に割り込む。いいぞ! そのまま二人を引きはなせ!
「俺は清次と組む気ないから。ほら、そっちにいる速雄が君と組みたそうに見ているから組んであげなよ」
「でも、ボク――。うん……、分かったよ……」
 折れんなよ!
 どれだけ意志弱いんだよ!
 俺の必死の願いも虚しく、清次は速雄と組んだ。
 くそ、本来ならば先手を打って撫子さんに俺が申込み、同時にエリカに合図を送って面太郎の女子枠を埋めてもらう作戦だったのに!
 ……あれ?
 そのつもりだったのに、なんかそのことを考えたら胸が痛い。
 何故だろう?
 俺は――。
「あーあ、それじゃ、私は余りもののデルタピサロ君かぁー」
 エリカがつんと顔を背けながら近寄ってくる。
 俺は首を振った。面太郎が撫子さんにフラグを建ててしまうのは仕方がない。だいたい、あれもこれも思い通りになんてなるわけがないんだ。俺は、ここで面太郎の名声を叩き落とすことだけ考えていればいい。奴さえ恋愛バトルの場から排除してしまえば勝利条件はほぼ達成される。フラグ建ての妨害策はこの際切り捨てる。守勢になったら負けだ! こうなったらガンガン攻めるしかない!
 俺は気持ちを入れ替えると、エリカに向き直った。
「よろしく、エリカ。君と組めて嬉しいよ。――もっとも、君はそうじゃないみたいだけど……。最低限の結果は出すから、その点は安心してほしい」
「別に……結果なんてどうでもいいよ……」
「それと、その赤い水着、とても君に似合っている。驚いたよ。失礼かもしれないけれど、いつもの君より三倍は綺麗に見える。さっきは――その、面と向かって言うのは、気後れしてしまって、言えなかったんだ。いや、気後れっていうか、なんていうか。えっと、その、君があまりに綺麗で、びっくりして、その――。口下手でごめん」
 俺が頭を下げると、エリカは唖然としたような顔になった。
 それから――笑った。
「ありがとう、デルタピサロ君」
 笑ったという表現で正しいのかは、分からない。
 彼女の表情は、ゲームの中でしか女性と触れ合ったことのない俺からすれば未知のものだった。超リアル指向なだけあって、人間にしか見えないエリカのその表情を、過去の貧弱な女性経験から同種の物を引っ張り出すことが出来なかったのだ。
 笑った。
 つまり、笑顔。
 だけど、彼女のそれは、笑顔よりももっと淡い何かだ。
 頬を桜色に染めて、くりくりした目はくすぐったそうに細められて、艶めいた唇は少し開けられ、隙間から白い歯がこぼれる。少し上がった口の端に、彼女の右手の指が、居場所を探すように当てられた――そんな『笑顔』。
 俺は彼女の刹那の表情に目を奪われていた。
 何か――得体のしれない、むず痒い何かが胸の奥底からあふれ出てくる。
 胸が――苦しい。
「お……、俺なんかが、パートナーでごめん。エリカが綺麗なのに、俺は、こんなだから。多分、釣り合ってない」
 俺がそう言うと、エリカはいつになく真剣な表情になった。
「そんなことない! 釣り合ってないとか、そんなこと絶対ない! デルタピサロ君は頑張り屋で、一度決めたら絶対に折れなくて、何だってやっちゃうすごい人だもん! 根っこのところはヘタレで、朴念仁で、一般常識がなくて、コミュ障で、ときどき何言っているか分かんなくて、意味わかんないくらいナルシストで、女の子の胸ばっかり見ている色情魔だけど、でも、多分いい人だよ!」
「最後の方ただの罵倒だよな!? 俺、社会不適合者じゃないか! その通りなんだけどさ! あと、釣り合うっていうのは、見た目のことだよ! 俺はハゲでデブでブサ面なんだぞ!」
 エリカはきょとんとした顔になった。
「そんなの、関係ないじゃん。少なくとも私は気にしない」
「――――――――――――――――」
 俺は言葉を失った。ただ茫然とエリカの顔を見つめることしかできなかった。
 エリカは――そんな腑抜けた顔をした俺に向かって、にっこりと微笑んだ。
「――へえ、エリカって、そんな顔もするんだ」
 不意に割り込んできた声に振り返ると、面太郎が面白いものを見つけたような嬉々とした顔をしてこっちを見ていた。
「え!? わ、私、なんか変な顔してた!?」
 エリカが慌てて自分の顔を両手でぺたぺたと触る。
 面太郎は苦笑した。
「いいや。ただ――とても魅力的だった。気が変わった。エリカ、デルタピサロは止めて俺と組まないか? さっき『余りもののデルタピサロ君か』って言っていただろう?」
「面太郎君?」
 横にいた撫子さんが眉根を寄せて面太郎の顔を見上げた。
 面太郎の行動は別に間違っちゃいない。だって、ギャルゲーをしていたら、出てくる女の子キャラクターに目移りしてしまうのは当然のことだから。むしろプレイヤーがそんな状態になることを目的にゲームは作られているから。
 繰り返すけど、面太郎の行動は間違っていない。俺だって過去に何千回と目移りしている。
 だけど――。
 この時ばかりは、俺は面太郎に対し、煮えくり返るような怒りを覚えていた。
 とは言え、俺としては何もできない。決断するのはエリカだからだ。エリカが面太郎と組みたいというのなら、俺は彼女の意思を尊重してやりたかった。NPCにこんな感情を抱くのはおかしいのだけれど、エリカには、自由にやってほしい。
 ただ、もし彼女が誘いを断ろうか受けようか少しでも迷う素振りを見せたなら――そのときは、俺は問答無用でエリカの腕を引いて逃がさないようにするつもりだった。
 攻略を考えるなら撫子さんと組み、彼女の好感度を下げないように適当に立ち回るのが最適ではあるのだが、この場に限って俺は、どういうわけか、そんな効率より、目の前の事情を優先していた。
「やだなー、もう。面太郎君には撫子ちゃんがいるじゃない」
 エリカはにこにこと笑いながらそう言った。いつもの笑顔だけど――その裏には冷たい拒絶の色が浮かんでいた。
 面太郎は目を細めた。それからふっと笑みを崩す。
「――ははっ、というのはちょっとした冗談だよ。俺には撫子しかいないからさ。ねっ」
「――――」
 撫子さんは微妙な表情で面太郎を見ている。
 重い沈黙がその場に流れた。
 息をするのもためらわれるような雰囲気を断ち切ったのは、向こうで清次を口説き落とそうとしていた速雄の情けない声だった。
「清次ちゃん、どうして俺から逃げようとするんだよ!? 俺たちペア組んで一緒にやるんだから、それじゃ困るだろうが!」
「うるさいなあ、あっち行ってよ。ウンコ速雄なんかと話していたら皆からどんなふうに見られるか分からない」
「ウンコ……速雄……」
 速雄が愕然とした顔で立ち止まる。
 すまん、速雄。それは俺のせいだ。どうか強く生きてほしい。
 俺が速雄の奮闘を複雑な心境で見守っていると、『わくわくざぶーん』のスタッフの服を着たNPCがゼッケンを配りに来た。
「ふっ、君の障害物競走の走者ナンバーは二十九番か」
 面太郎が俺の手に握られていたゼッケンを覗き込んで、腹の底が読めない不気味な笑みを浮かべる。
「そうだけど……。だから何なんだ?」
 俺が眉根を寄せてそう訊くと、面太郎は「別に」とだけ言って離れていく。俺はその背中に呼びかけた。
「そう言えば清次君に連絡してから、やけに早く彼はここへ来たな」
「彼? おいおい、清次は男の娘だろう、男の娘」
「……面太郎君、もしかしなくても君、最初から清次君を呼ぶつもりだったんじゃ? いや、それどころか連絡だって清次君にしか取っていない。違うか?」
「だったらどうだって言うんだい?」
 俺は目を細めた。
「電話一本なら一分ちょいかかるくらいで済む。残り九分弱はどこで何をしていたんだ?」
 面太郎は肩をすくめた。
「細かいなあ。九分程度、俺がどこで時間を潰そうと君には関係ないだろう? 待たされて苛々でもしたのかい、たった十分そこらで」
「そんなことはないが――」
「じゃあ、いいじゃないか。特別不利益を被ったわけでもないし、俺の勝手にさせてくれよ」
「――――――――」
「ふっ、話はそれだけかな? それじゃ、君がマジになってくれるのを願っているよ」
「俺はイベントを楽しむ気なんてない」
「そう言っていられるのも、今のうちさ」
 面太郎はそれだけ言うと、撫子さんを連れ立ってスタートラインの方へ歩いていく。俺はエリカの横に戻ると、彼女を促してスタートラインの方へ歩き出した。
「面太郎君と何を話していたの?」
 エリカが心配そうな顔を向けてくる。俺は笑顔を作った。
「友達同士の会話さ。大したことじゃない」
「そうなの? すごく不穏な感じがしたんだけど……。ううん……、でも、デルタピサロ君が言うなら信じるよ」
 エリカには悪いが、おそらく話したところで理解できないだろうからな。俺と面太郎の確執の話をするにはメタ発言が必須となる。別の言葉に置き換えてみてもいいが、変な誤解をされてややこしいことになると大変だ。
 エリカはきょろきょろと辺りを見回した。
「障害物競走にペアで参加とかどういう事だろうね。二人で走るのかな? 二人三脚みたいに……」
 二人三脚する姿を想像してしまったのか、彼女の声は途中で尻すぼみに消えていく。俺も水着を着たエリカと密着している情景を思わず想像してしまって赤面した。
『障害物競走にご参加ありがとうございます。参加される方はゼッケンを持ったまま、男性の方はそのままスタートライン近辺に待機、女性の方はこちらのエレベータにお乗りください』
 アナウンスがかかる。
 あれ、一緒に走るんじゃないのか?
 事前にチェックしたウェブサイトには特に言及がなかったから、二人で走るものだと思っていたのだが……。
「あ、それじゃ、私はエレベータか。巨大ウォータースライダーのてっぺんに続いているやつだよね。ということは、私はデルタピサロ君と一緒に走らないんだ」
「そうみたいだな」
「何が起こるかわくわくするね! それじゃ、行ってくるねー!」
 エリカは俺に小さく手を振ると人の流れに紛れてエレベータの方へと歩み去っていく。俺はゼッケンを握りしめたまま昨夜障害物競走に有用なアイテムを隠した場所を反芻していた。
 俺がこれからやることを頭の中で確認していると、向こうから手すきになったらしい面太郎と速雄がやって来た。
「楽しい障害物競走の時間だね、デルタピサロ」
「うほお! なんかよく分からんが燃えるぜぇー!」
 にやにやした笑みを浮かべる面太郎と勝手にテンションが上がっている速雄。いいからあっち行ってくれないかなー。お前らに今絡まれるのはちょっと御免こうむりたいんだけどなー。
 そうだ、一応ステータス確認しておくか。
 あんまり必要ないから最近やっていなかったけど、ここに来てステータスはちょっとばかり重要になって来ていた。
 俺は久しぶりに視界映像のスカウター機能のアイコンをクリックした。

『名前:池面太郎(ライバルNPC1)
 知識:355(限界突破CS)
 体力:320(限界突破)
 芸術的能力:355(限界突破CS)
 カッコよさ:355(限界突破CS)

※特殊能力解放済み

 1 クライマックス症候群(ヒロインがピンチのイベントに遭遇しやすくなります)
 2 静かに語る証人の紋章(話術がやや巧みになります)
 3 湖の騎士の紋章(ヒロインを寝取るときに補正を無視し、成功率を大幅に上昇させます)
 4 ハーレム王の加護(ハーレム内で背中を刺される確率を大幅に下降させます)』

 予想はしていたけど、面太郎はすごいステータスだ。もう体力以外の能力は限界突破したうえでカンスト。おまけに特殊能力とやらも解放済みときた。この特殊能力っていうのはどうやったら手に入るんだろう? 俺も欲しいんだけど。

『名前:葦速雄(ライバルNPC2)
 知識:200
 体力:255(CS)
 芸術的能力:170
 カッコよさ:−255(※補正により−510されています)

※特殊能力一つ解放

 1 ガチ両刀♂(男性キャラクターも孕ませることができるようになります)』

 流石と言うか、速雄もやっぱりステータスは高い。ただし、彼は俺と面太郎によって女の子とのイベントを邪魔されまくっているので、いまだヒロインといちゃいちゃできておらず、そのため限界突破もまだのようだ。それでも俺からしたら神のような能力値だけど。
 ちなみに俺の能力はこんな感じである。

『名前:デルタピサロ(主人公)
 知識:−4
 体力:−20
 芸術的能力:−4
 カッコよさ:−100』

 当たり前だけど、普通に障害物競走やったんじゃ面太郎どころか速雄にも勝てない能力値だ。だが、別にそれはどうでもいい。とにかく、ここで重要なのは撫子さんの評価。たとえビリでゴールすることになっても最低限見苦しくないようにする。その上で――かねてからの作戦通り、面太郎と速雄を罠に嵌めて、評判を地に落とす。これで近いうちにある好感度判定で撫子さんは俺を選ばざるを得なくなる。……まあ、うまくいけば、だけど。
 とにかくやるしかない。
 可能性がどんなに低くても、腹を括るしかないんだ。
 俺が自分に喝を入れていると、再び館内アナウンスが響いた。
『今から男性の皆様には映像端末を配布します。これを肩にかけたゼッケンに取りつけてください』
 スタッフが小さな黒い端末を配り始める。秋葉原とかで売ってる高性能な映像端末だ。俺もゲーム実況に使用するためにネットで注文したことがある。それよりも遥かに性能の良いやつだ。金掛かってんなー。
「でも、こんなの何に使うんだ?」
 俺が首を傾げているとアナウンスは続けた。
『その端末によって、貴方のパートナーの様子を知ることが出来ます。皆様、端末はつけ終わりましたでしょうか? 映像、入ります!』
 ゼッケンに取りつけた端末から3D映像が俺の視界右横の虚空に浮かび上がる。映像にはたくさんの女性陣に紛れて立っているエリカの姿があった。『わくわくざぶーん』のスタッフによって左右前後の人とは一定間隔を開けて立たされているようだ。映像内からスタッフが消え、また館内アナウンスが鳴り響く。
『それでは、スイッチ、オン!』
 ポチッというボタンを押す音がアナウンスの向こうから聞こえた。
 次の瞬間、映像の向こうのエリカの髪の毛が逆立った。
 映像の向こうからエリカの『きゃああ!』という悲鳴が聞こえる。予想外で驚いているという風ではなく、ジェットコースターに乗ったときに上げるような悲鳴だ。これは予めスタッフから事情を聞かされているな。
 エリカは、斜めに傾けられ、今や巨大なウォータースライダーと化した黄色い板の上を滑り落ちていた。髪の毛が逆立ったように見えたのはこのせいだ。彼女は黄色いスライダーの上を滑っていき――やがて膝上ほどまでの水の中へ突入し、止まった。エリカの周りの女性たちも同様に水の中に浸かっている。一瞬間を置いて、エリカと女性たちの間の水の中から、黄色い仕切り壁がゆっくりと顔を出した。おお、なんか監獄っぽい。色は黄色だけど。
『うおおっとぉ!? な、なんとぉー! 貴方のパートナーが悪い海賊に捕まってしまったぁー! 男性の諸君! こうなったら障害物競走を乗り越え、愛しの彼女を助け出しに行くしかないぞぉ!』
 ああ、そういう設定なのね。いい意味で雑な設定だな。イベントらしいと言うか。でも、せめて海賊役のエキストラくらい出しても良かったんじゃ……。
 雰囲気を出すためかアナウンサーも演技に気合い入れている。俺の周りの男性NPCもテンションが上がって歓声を上げている。
『女性の皆さんはお手元の端末からレースの様子が中継されますので、どうかお楽しみを! マイクを通して愛しの彼に声援を送ってあげてくださいね!』
 エリカがカメラに向かって『がんばれー! デルタピサロ君! ファイトだよー!』と応援してくれる。あれ、エリカが可愛い……。いや、前から美人だとは思っていたけど、改めて可愛いと思った。
「ね、すごい盛り上がりだろ、デルタピサロ」
 面太郎がにこにこしながら顔を寄せてそう囁いてくる。離れろ、イケメン。
 俺は一つ頷いた。
「確かに。でも、これがプレイヤーにもっとも人気だったコンテンツなのか? 単に障害物競走するだけだよな、言ってしまえば。このゲームは作りだけはめちゃくちゃいいから、もっと面白そうなイベントはいくらでもありそうだけど……」
「ふっ、分かってないなあ、このイベントの楽しみ方を。君はこのゲームが十八歳未満はプレイ禁止という制約がかかっている理由をまだ知らないようだ」
「はあ?」
 十八禁なのは知っているぞ。昨日おっぱい見たし。
『さあて、悪い海賊は時間経過とともに捕虜の部屋に仕掛けを追加していくぞ! 最初の一分は湧き出る水だー!』
 映像の向こうのエリカに時折壁の噴出口から水が掛けられる。冷たくて気持ちよさそうだ。エリカも楽しげな声を上げている。うん、水着と言う時点で結構エロいけど――それだけだよな。あー、もしかして水着イベントと言うだけで人気だったとか? ありえない話じゃないか。
「違うなあ、デルタピサロ。君はまだこのイベントの真の楽しさを分かっていない!」
 面太郎がにやりと口の端をつり上げる。そして履いているビキニパンツに手を突っ込むと中から防水加工の携帯端末を取り出した。お前ずっと水着の中にそれ入れていたの!? 汚すぎだろ。
「携帯取り出して何をするつもりなんだ?」
「何をするつもりだって? ふっ、君の走者番号は二十九番だったよね? 見せてあげるよ、こうするのさ!」
 面太郎が端末を素早く操作する。
 すると、映像の向こうで、エリカに向けて噴出される水が淡いピンク色の液体に変わる。心なしか粘性が高いような気がするな。あ、エリカも噴出される液体が変わったことにちょっと驚いているみたい。だけど、それだけだ。特に変わったところは無い。
「え、それだけ? 別に何もないぞ」
 俺が首を傾げる。それに対して面太郎が何か言おうとしたところで、今まで横で清次と会話のドッヂボールをしていた速雄が涙を流しながら会話に割り込んできた。
「面太郎ぅ。清次ちゃんが、俺じゃなくて、お前と話しがしたいって。俺は――邪魔だって」
 うわあ……。
 予定調和だけど想いは届かないか……。
「速雄、悪いけど、今いいところなんだ。俺は今、清次なんかに興味は全然ない」
「な、なにぃ!?」
 速雄がかっと目を見開く。面太郎は続けた。
「だけど、彼だって一応俺のハーレムのメンバーの一人だ。あんまり好きじゃないんだけど、仕方がないから彼にも俺の愛を恵んであげるよ。――清次、聞こえているかい、俺だよ。君の事については、撫子さんを助けたらすぐに助けに行くからね! それまで俺を応援しながら待っていて!」
『め、面太郎様!? う、うん。ボク、待ってるよ! 大好きだよ!』
「うおおおおおん!!!!」
 速雄が壊れた。彼は頭を掻きむしり――そして、ぱさぱさと髪の毛を地面に落とし始める。
 面太郎は勝ち誇ったような表情でその場に崩れ落ちる速雄を見下ろしている。
 俺はおもむろに速雄の横に膝をつくと、彼の耳に口を寄せ、そっと『ある一言』を囁いた。速雄の目が危ないものに変わる。俺は無言で速雄の横から離れた。
「さて、話の続きだったね、デルタピサロ」
「ん? ああ……。なんか水がピンク色に変わったけど、別に他は何もないよな」
「それが違うんだな〜、これが」
「は?」
 面太郎の笑顔に一抹の不安を覚えながら俺はスタートラインに並んだ。間もなくスタートだ。どきどきはしていない。初めから負けるつもりだし、適当に走って適当に終わらそう。――俺の中にあるのはそんな気持ちだった。
『それでは、位置について――。用意!』
 アナウンスが流れる。俺はスタンディングスタートの構えを取った。本気で走るつもりはないが、立ち止まっていたら後ろのNPCに押し倒されて踏まれる危険性があるので、最初はちょっと頑張らないといけない。
 ――スタート!!
 次の瞬間、そんなアナウンサーの大音声が聞こえるはずだった。
 そのはずが――アナウンサーの声を上書きする形で、俺のマイクの向こうからけたたましい悲鳴が上がった。
「え?」
 俺はぎょっとして視界の端にワイプで映し出されているエリカの様子に目を向けた。

 エリカは――膝下まで溜まったピンク色の溶液の中に、尻餅をついていた。

 腰が抜けたのか? でも、なんでそんないきなり……?
 エリカもわけが分かっていないらしく、目を見開いて自分の体を見つめている。彼女の全身はぷるぷると震えていた。
 俺は後ろから背中を押されることでようやく我に返り走り出す。俺の横には当たり前のように面太郎が並走していた。
「どうやら、特製スライムに含まれていた薬の効果が効き始めたようだね」
「スライム!? 薬の効果だと!?」
 俺は面太郎を見た。俺の耳にバシャリという水の撥ねる音が響く。慌ててエリカに視線を戻すと、彼女はピンク色の粘液に背中から浸かっていた。それまで体重を支えていた白い腕は、今やぷるぷると震えながら体の横で虚しくもがいている。
 エリカの困惑した声が耳元に響く。
『あ、あれ……? 体に……力が入らない……』
「な、何だって!?」
 俺は目を見開いた。
「はは! ははは! そうだろうとも! これぞ、そのピンク色スライムの三つある薬効のうちの一つ目! 筋肉を弛緩させる!」
「筋肉を弛緩させるだと!? 危ないだろ! 溺れたらどうするんだ!?」
「その解説キャラNPCは軒並み能力が高い。簡単に溺れたりはしないさ。というか、君はゲームのキャラクターにどれだけ感情移入しているんだ? 所詮、ゲームのキャラクターなんだぞ?」
「だからって……! エリカ! エリカ、聞こえるか!?」
 マイクをオンにして呼びかける。するとエリカは粘液のプールの中に浸かりながらカメラの方を見上げた。
『デルタピサロ君。ご、ごめん、なんか急に力が抜けちゃって。どうしてだろう……?』
「どこか打ったか!? 頭は!?」
『う、ううん。咄嗟に受け身をとったから大丈夫』
「いいか、落ち着いて聞いてくれ! その粘液には筋弛緩作用がある! 慌てず、姿勢はそのままで近くにいるスタッフを呼ぶんだ! 間違っても体を無理に起こそうとするな! うつぶせに倒れたら溺れるぞ!」
『え……?』
「本来なら水が出るはずなのに、悪戯で特殊溶液に替えられちまっているんだよ! いいから係りの人を呼んで!」
「おや、彼女を助けてしまうのかい?」
 面太郎が驚いたような顔になる。
 ……そういう顔になるのは分かる。
 実際、十八禁のゲームならこのくらいのこと日常茶飯事だ。普通は俺みたいに慌てることもなく、むしろにやにやしながら薬で力の出ない女の子を眺めるものなのだ。
 でも、俺は――。
『すみません! 機械の不具合でおかしな液体が出ているんです! あの、すみません! ……駄目。誰も気づいてくれないよ!』
「何だって!?」
 彼女の言葉に俺は驚愕する。
 面太郎が飄々とした顔で口を開いた。
「そりゃそうだろうよ。言っただろう? これは人気のコンテンツだって。途中でスタッフが助けに来てしまうような『不具合』、あるわけないじゃないか!」
「何!? じゃ、じゃあ! まさか、俺が助けに行くまで、エリカは……!」
「ご明察」
 俺は青筋を立てた。ゲームに対して切れることは何度もあったが、他人に対して本気でブチ切れるのは初めてだ。
「面太郎君、今すぐ粘液を止めろ!」
「もう止めているよ。彼女が溺れないように、絶妙な水位にしてね!」
「くっ!」
 俺は歯ぎしりした。面太郎は俺を真っ直ぐな瞳で見てきた。
「デルタピサロはこれでも俺と遊んでくれないのかい? 本気でやってくれないのかい!?」
「やるさ! 出来る限り早く、エリカを助ける!」
「できる限りねえ。ふん、まだ本気じゃないと見える」
 面太郎は残念そうに眉根を寄せた。俺はそれを無視してマイクを入れる。
「エリカ、ごめんな! すぐに行くから、少しだけ我慢してくれ! もう無理にスタッフは呼ばず、体力を温存していてくれ!」
『う、うん……はぁ……、はぁ……んっ。待ってる。んっ……。はぁんっ』
 あれ、なんかエリカの声が艶っぽいぞ! 熱があるみたいに蕩けていて、時折悩ましい湿った息を吐いている。映像を見ると、エリカは粘液のプールに全身を浸しながら頬を上気させていた。彼女は必死に何かに耐えるように歯を食いしばっている。これは……まさか……。
 俺が目を皿のようにして映像を覗き込んでいると、面太郎が余裕の表情で笑い出した。
「ははは! どうやら三つあるうちの第二の薬効が真価を発揮し出したようだね!」
「だ……第二の、薬効、だと!?」
「そうさ!」
 面太郎は、いつもは優しげに和ませている目をかっと見開いた。「第二の薬効! それは、薬に触れた人間を淫らな気持ちにさせる媚薬の効果だぁ!」
「な、何ぃ!? 媚薬だとぉー!?」
 エロゲかよ!
 あ、そうだ、これエロゲだった!
『はぁ……、デルタ、ピサロくぅん……、はぁ、この水、変……。はぁ……んっ……、おかしい……。ぞわぞわして、いやぁ……!』
「っ! くそ! なんてことだ! エリカ、耐えてくれ! すまん! エリカ!」
『名前……』
「なんだ、エリカ!?」
 スピーカーの向こうから、エリカの押し殺すような声が響く。しかしくぐもっていて何を言っているか判然としない。俺は再度彼女に呼びかけた。
「エリカ! 聞こえない! エリカ!」
 エリカは紅潮させた顔をさらに赤くして、カメラに向かって力を振り絞るように叫んだ。
『名前……! 呼ばないで……! お願いだから、んっ、私の、名前……、はぁ……、止めて!』
 あまりに大きな声だったので、スピーカーを通して横を走っている面太郎にも聞こえたようだ。
「へえ、彼女はまだ耐えているんだ? 大したものだね。並の女性NPCなら、あのスライムに浸されたらものの数十秒で激しく絶頂してしまうというのに!」
「野郎! 面太郎君! 君の事、見下げ果てたぞ!」
 俺は正義に燃えて面太郎を睨みつけた。すると彼は好敵手を見つけたようににやりと口の端をつり上げた。
「早くいかないとエリカは酷い事になるよ! 今はあの黄色い仕切りが観客の視界を防いでくれているけど、あれが取り払われたらどうなるだろうねぇ」
「君はッ! 君って奴はッ!」
「ははは! いい顔だ! ようやく本気になったようだね!」
 面太郎はそう言うと俺に体を寄せて端末から映写されている映像を見た。あ、こいつ、エリカの痴態を見やがったな! 許さないぞ!
「止めろ! 彼女を見るな!」
「おや、モブNPCの事を自分の嫁だとか思っているわけかい? おかしな話だねぇ! ふっ、それより映像を見てみなよ! エリカの顔! 真っ赤じゃあ、ないかい!? こんなになってまで耐えているとはッ! はっ! つつましい努力だねえ! 無意味だというのに、イくところを君に見せたくないと、もう三十秒もオルガスムスに抗っているッ!!!」
「なに!? 三十秒も!? エリカはそんなに我慢しているのか!?」
『し、してない! してないからぁ! 勝手な事言うな!』
「エリカの名誉は俺が絶対に守る!」
 俺は叫ぶと砂浜のランニングコースを外れ、道横の草の生い茂った部分に転がり込んだ。そして、ソテツの葉の影に隠しておいたローラースケートを取り出す。もう準備は出来ている。俺はスケート靴を素早く履き終えると、再度道に飛び出し猛然と前を行く集団を追跡し始めた。通常なら重いだけでメリットの無い俺の体は、勢いに乗ってどんどんと運動エネルギーを増幅し、先ほどまで俺がいた集団を一瞬で抜き去った。
「はっ、面白い! そうこなくちゃね!」
 その俺に――面太郎は当たり前のようについてきていた。
 前方に一メートルほどの白壁が見える。障害物その一と言ったところか。俺は急いで減速するとローラースケートを脱ぎ捨て壁によじ登った。この一瞬で面太郎に追いつかれた。またもや奴は俺の横を並走し始める。くそ、手を抜きやがって! お前が本気を出せば速雄のいる先頭集団に行くのも簡単なくせに!
『ひっ、ああ! ちょ、これ、何これ!?』
 エリカの悲鳴が再び俺の耳に鳴り響く。俺は再び右の映像に目を向けた。
 目を向けて――危うく鼻血を出しかけた。
 エリカの艶やかな水着――それが、あろうことか、溶けはじめていた!
 すぐに目を逸らしたけど、彼女のパレオがぼろぼろになっているのが見えてしまった。その下の白い健康的な太腿も!
「ふふっ、どうやら第三の効果が表れたようだね!」
「第三の効果だと!?」
 俺が面太郎を睨みつける。面太郎は大きく頷いた。
「ピンク色スライムの持つ三つの効果のうちの、最後にして最強の効果だよ! 対象の装着している衣類だけを溶かす! 肌は傷つけず、服だけ溶かしてすっぽんぽんにしちゃうのさぁ!」
「面太郎君! 貴様ぁ!! 絶対に許さない! お前だけは絶対にぃ!」
 前方に縦五十メートルほどのプールが見える。プールには緩やかな流れがあり、泳ぐ者を柔らかに妨害していた。俺はまたもや道のわきに逸れると、ソテツの陰から今度は小型のスクリューを取り出した。それを抱えてプールに飛び込む。
「うおお!」
 俺は吠えた。スクリューは俺の熱い想いに応えるように激しい唸りをあげる。流れに立ち往生する参加者たちを抜き去り、俺は一気に五十メートルプールを縦断した。
「ははっ、やるねぇ! だけどこれからだ!」
 面太郎は俺に引き離されることなくぴったりと張り付いてきている。信じられない。こいつ化け物か!? ……って、そりゃ体力の値が三二〇もあれば化け物だわ。当然の事に何を今更驚いているんだ、俺は。
 そこで再びアナウンスが入る。
『さあ、開始から三分間経ちました! 気の短い海賊は牢獄にある更なる仕掛けを作動させるぞ! その名もさざなみ生成マシンだ! それではぁ! レッツ、さざなみッ!』
 俺の耳にさざなみマシンとやらが作動する低い音が届いた。
 次の瞬間、
『いやぁあああ! あはぁああああ!!!』
 エリカの悲鳴が俺の耳を貫いた。
「な、なんだ!? 何が起こっているんだ!?」
 再びアナウンスの声。
『さざなみ生成マシンは、牢獄の小部屋に溜まっている水に細かな振動を与えてさざなみを作り出すぞ! さあ、彼女の大ピンチだ! がんばれ、男性諸君!』
 ということは、なにか。
 エリカは今、媚薬の効果のあるピンク色の溶液に細かな振動を与えられ、全身を刺激されているというのかッ!?
「くそ! もっと速くッ!」
 俺は再び木陰に隠しておいたローラースケートを履くとスピードに乗った。先頭集団が見えた! 先頭集団の一番前を走っているのは――速雄だ!
 俺の横を並走していた面太郎がぽつりと漏らした。
「邪魔だなあ」
 彼はビキニから携帯端末を取り出すと素早く操作する。
 次の瞬間、先頭集団がよじ登っていたアスレチックネットを支える柱がぐるりと一回転した。悲鳴を上げながら先頭集団の参加者たちが左右に振り落されてコースアウトしていく。左右は幸い流れるプールだったため底も深く、怪我をした人はおそらくいないだろうけど――それにしてもなんて危ない真似をするんだ!
「うお! ネットが! うおおお!?」
 誰もが左右のプールにダストシュートされる中、速雄だけがネットにしがみつき、器用に地面に着地した。アスレチックネットは支えを失い地面に落ち、俺と面太郎はその上を踏み越えて速雄に迫る。
「うおお! 面太郎にデルタピサロ! お前ら追いついてきたのか!?」
 面太郎が喜色満面で応えた。
「当然だよ! ふふっ、面白くなってきた! これだよ! これ! 一人プレイでは味わえないこの興奮ッ! これを俺は求めていたんだッ!」
 俺は潰れそうな心臓を右手で押さえながら必死で足を前に出した。エリカのために一刻も早く行ってやらなければ……!
 だが、そのために本来の目的を捨ててしまっていいのか!?
 気づけば真剣勝負していた。
 面太郎を罠に嵌めることなんて頭から綺麗さっぱり抜け落ちていた。
 このままでは――このイベントで得られる成果が何もない。
「否ッ!」
 俺は歯を食いしばった。
 飲み込んだ唾は血の味がした。
 前方に最後の障害物、枯れたプールの浴槽が見える。
 一番先頭を走るのは面太郎。次に速雄、最後に俺。
 ここから、最後の大技を見せてやる!
 神の力を思い知るがいい! 俺は全てのギャルゲーマーの頂点に立つ存在なのだッ!
 速雄が前を走る面太郎に叫んでいる。
「面太郎! 俺は、清次ちゃんと添い遂げるッ! そのためにお前を倒す! 俺の意地を受け取りやがれぇぇぇぇ!!!」
「はっ! 誰が君のような変態から物を受け取るか! 引っ込んでろ! ただのNPC風情がぁー!」
 二人は叫び、水の抜かれた小さな浴槽に飛び降りる。
 今だ!
 俺はローラースケートに貼り付けておいた携帯端末を引きちぎり、素早く電源を入れて所定のパスワードを入力した。
 行け! 起動しろ! 俺の特製ローション!

 刹那、面太郎と速雄の入った浴槽の給水口が爆発した。

「うぼ!?」「な――何ぃ!?」
 二人が突如として流れ込んだ大量のぬめぬめの溶液に横殴りされて吹き飛んだ。俺は速雄に向けて叫んだ。
「速雄! お前の敵は面太郎だ! そいつを止めろ! そいつに勝て! 男なら、ここで根性見せやがれぇぇぇぇ!!!!」
 俺の魂のこもったシャウトに速雄は吠えた。そして筋骨隆々の腕を面太郎に回した。
「なっ、にぃぃぃぃぃ!? 馬鹿な! 速雄、お前自分が何をしているのか分かっているのか! 共倒れになるぞ!」
「うおお! 清次ちゃんは! 俺の物だぁぁぁぁ!!!!」
「くそ! 聞いてない! 誰かこの変態を止めろ! こんな、こんな終わりなんて、認めない! 俺は、俺はぁ! く、く、くそがああ!!!!」
 俺は絡み合う二人の男を尻目にローションの海をかき分けていく。一秒がやけに長く感じた。
「エリカ! 今行く!」
 俺は浴槽から這い上がるとそのまま一直線に走ってゴールテープを切った。そして間髪入れずに係員から二十九番の小部屋の鍵を受け取り、ついでにバスタオルも貰って、エリカの元へと駆けていく。
 デブなりに急いで巨大ウォータースライダーの真下へ。
 黄色い壁が乱立する中、二十九番の部屋の位置を三秒で看破した俺は、曲がった鉄砲玉のように部屋に辿りついた。まごつく手で認証キーを差し込み、ロックの解除とともに中へとなだれ込む。
「デルタ、ピサロ、君……」
 中に入った俺が見たのは、粘液まみれでぐったりしているエリカの姿だった。俺は何も言わずにエリカと粘液プールの底との隙間に手を差し入れた。粘液に触れた瞬間、幾千もの虫に肌の上を這いまわれるような身の毛のよだつ感覚が俺を襲う。こんな中に五分以上もエリカは浸かっていたのか。俺はエリカに悲しい同情を抱かずにはいられなかった。
「もう大丈夫だ。怖かったな。遅れてすまなかった」
「うう……ありがとう……」
 エリカのせっかくの水着は見るも無残な布きれの集合体になっていた。俺が係員に貰ってきたバスタオルをエリカにかぶせようとしたとき、彼女は嗚咽を漏らしながら俺の肩にしがみついた。そのまま俺の胸に顔を擦りつけるようにして、無言で泣き出す。
「エリカ……」
 俺は彼女にかけるべき言葉が見つからず、ただ彼女を抱きしめることしかできなかった。

   ×              ×               ×

 その後。
 しばらくしてエリカが落ち着いたので、彼女にシャワーを浴びさせた。流石に一緒にシャワールームに入るような真似はしない(当たり前)。彼女の精神面を考えても、しばらく一人にしてあげる方がよいだろう。
 シャワールームを離れたところで、俺は表彰式をすっぽかしていたことに気付いた。
 慌ててウォータースライダー横のゴールテープがあった場所に戻ってみると、どういうわけか表彰式はまだ始まってすらいなかった。見るとゴール前のローション地獄と化した浴槽の辺りに人がたくさん集まっている。
 人ごみをかき分けていくと、冷たい無表情を浮かべている撫子さんを見つけた。撫子さんは感情のこもらない目で浴槽の方を凝視している。
彼女の視線を辿ると――そこにはローションプールの中で絡み合う二人の男の姿があった。

「なあ面太郎、いいだろう? キスさせろよ! 俺たち親友だろう!?」
「くっ! 離れろ、速雄! 俺にそういう趣味は無い!」

 速雄が面太郎に蛸のように絡みつき、何を血迷ったから面太郎の唇を狙っている。
「デルタピサロが言っていたんだ! 面太郎、お前、清次ちゃんとキスしたことあるんだろう!?」
「この周回じゃまだ無いよ! 合計なら七回したとは思うけど、全部嫌々だった」
「やっぱりしてんじゃねえかぁぁぁぁ! ということはッ! この唇に触れれば、間接キスと言うことに!」
「ならないよ、変態! デルタピサロに何か吹き込まれたな!? いいから離れろ!」
 なんという醜い絵面だろう。
 両方ともイケメンなんだけど――汚い。
 どうしようもなく汚い。
 俺の横で撫子さんは氷点下の声音でこう呟いた。
「面太郎君って、男の人が好きだったんですね」
 カクテルパーティ効果とでもいうのだろうか、撫子さんの呟きはローションのプールで絡み合っている面太郎にも聞こえたようだ。
「違う! 撫子、俺は!」
「いいえ、何も言わずとも結構です。速雄さんと末永く。――行きましょう、デルタ君」
「撫子! 撫子ぉ! そんな、馬鹿な……!」
 面太郎の視線が今度は俺を捉えた。
 彼が何か言う前に俺は言葉を紡ぐ。
「さようなら、池面太郎。お前は確かに強敵だった。だが挑んだ相手が悪かった。たとえチートを用いたとしても、この世界で神と呼ばれた男には、遠く及ばないということをよく心に刻んでおくがいい」
「ふっ、言ってくれるじゃないか! だけど俺はまだ諦めたわけではないよ! デルタピサロ、君は俺が倒す。ここでの勝利は譲ってやろう。しかし次は無い。覚悟しろ!」
 俺はそれには返事をせずに肩をすくめただけで踵を返した。
「待ってくれよ。まだ言いたいことがある」
 追いすがってくる面太郎の声に俺は振り返った。彼は、速雄にもみくちゃにされながらも、笑顔だった。抜けるようにすがすがしい笑顔で俺の事を見つめていた。

「楽しかったよ。ありがとう。――また、遊ぼうね」

「お断りだ」
 俺はそれだけ言うと撫子さんの後を追った。俺の背中には、面太郎の笑い声がいつまでも響いてきていた。

    ×              ×                ×

 エリカのモニタによれば、その日のうちに面太郎への女子たちの好感度は全て最低値にまで下がってしまったという。撫子さんが拡散させたというのに加え、観客の中にも高校の生徒が紛れ込んでいたようで、その日のうちに二人が絡み合う画像がツブヤイターなどで出回ってしまったのである。
 候補が全て恋愛バトルの場から排除されたということで俺の勝利が確定した。
 そのためか、その夜日付が変わる頃には、清次を除く全てのヒロインから告白メールが届いた。フラグの数によってはちゃんと屋上に呼び出されて告白とかされそうだけど、俺は全てのヒロインのフラグがゼロ――出会いイベント消化だけの初期値なので、このような雑な形になったのだと思う。
 それで、七人のヒロインのうち、誰の告白を受けるかという問題だけど、これはせっかくなので、一番多くのイベントを見た撫子さんを選ぶことにした。彼女の見た目も好きだし、良いチョイスだと思う。一応複数選んで二股や三股、ハーレム形成なども可能なようだが、これをした場合、事がばれたらすべてのヒロインから振られてしまう可能性すらあったので回避することにした。普段の俺なら迷うことなく複数人を同時に攻略していくのだけど、今回に限ってはクリアが目的なのでちょっとばかり臆病になっていたのである。
 かくして、俺は撫子さんの告白メールを受け、恋人関係になったらしい。
 らしい、というのはそういう実感があまり湧かないからだ。まあ、そりゃ、フラグゼロの状態から恋人になったのだから当然と言えば当然なんだけど。
 で、早速明日二〇日日曜日に街にデートに行くことになった。
 あとは彼女のルートの個別シナリオをこなすだけ。ライバルもいないし、まったり撫子さんとラブラブしていればいいと思う。
 完全に消化試合ムードだな。
 でも本当に消化試合なんだからしょうがない。
 俺はその夜、久しぶりに心に余裕のある状態で眠りにつくことが出来た。

    ×             ×              ×

 翌日、俺は朝六時に起床すると、身支度を整え八時に家を出た。撫子さんとのデートは駅前のモールに十二時集合なんだけど、先に行ってデートコースを予習しておきたいのでこの時間に出ることにしたのだ。
自宅から出ると、家の塀にエリカが背中を預けて待っていた。
 あれ、今日は『あきやま』の安い服じゃない。厚手の上質なコートにフリフリのついた黒いフェミニンなスカートを履いている。ポニーテールを縛るのは、今日はゴム紐ではなく、ワインレッドのリボンだった。なんか大人な感じ。
「やっほ、デルタピサロ君!」
 エリカは俺を見るとぱっと顔を輝かせ、塀から体を起こした。いつもと違う見た目の彼女に狼狽したが、中身はやっぱり変わっていない。俺は密かにほっとしながら口を開いた。
「おはよう。体はもう大丈夫なのか?」
「うん! おかげさまで!」
 彼女はにこにこと答える。俺はポケットに手を突っ込んだ。
「それで、こんな朝早くにどうしたんだ? 俺の家の位置知っていたっけ?」
「家の場所はこの前話してくれたじゃん。朝早くに君に会いに来たことについては――応援のつもりで」
「応援?」
 訊くと、エリカは後ろ手に組み俺の顔を見上げた。
「そう。今日、撫子ちゃんと初デートするんでしょう? 昨日の夜、言ってた」
「ああ」
「その応援に来たんだ。――ちょっといい? 襟が曲がってる」
 エリカは俺の服に手を伸ばすと、俺の下手くそな着付けをうまいこと直してくれた。彼女は一通り俺の身支度を整えると、最後に俺の周りを一周して手を腰に当てた。
「これでよし!」
「うん、サンキューな」
「なんか今日、いつもより大人しいね」
「そうか? 俺はいつもこんなもんだよ」
「あっ……」
「え? どうかしたのか、エリカ?」
 俺が無表情で聞き返すと、彼女は頬を赤らめて俺の股間を指さした。
「……そこ」
 俺は静かに自身の股間を覗き見る。そこは社会の窓が前回に開けてあり、隙間から勃起した俺の分身がトランクスという布地をかぶってこんにちはしていた。
「んほおおおお!? 実は興奮していたのがばれちゃったでござるぅぅぅ!!」
「い、いいから、早くしまってよ……」
「わ、悪い」
 撫子さんと色々することを考えたらこうなってしまったのだ。こんなリアルなゲームをプレイしたのは久々だったから、現在の俺はいつになく緊張している。頭の中は、撫子さんのおっぱいをどうやって触ろうかということでいっぱいだった。
 ククク、撫子さん、どういう心境だろうなあ。俺みたいな禿げたデブしか選択肢がなくて嫌々俺と恋人になるしかなくて。一周目で豚の形をした汚物呼ばわりした男に組み敷かれるというジレンマ。悔しいでしょうねぇ。
 デュフ。そそるなあ。豚(俺)と美少女の交配ショーが開幕するかもしれぬ。多分フィルターがかかっていて、その前に強制的に引きはがされるだろうけど。
「んじゃ、取りあえず行ってくるでござる」
「はいよ。――デルタピサロ君、ファイトだよ」
 小さく手を振るエリカに背を向けて俺は歩き出す。
 胸がちくりと痛んだが、それより撫子さんのおっぱいの方が大切だと言い聞かせる。
 よっしゃ。それじゃ、撫子ルート行きますか!

    ×              ×               ×

 そんなこんなで俺は約束の三時間前にモールに着き、今日のデートコースを確認したのだった。買い物してご飯食べて映画見て終わりという何とも地味なものだが、買い物は声楽の趣味がある撫子さんが喜びそうなルートを行くことにしたし、食事の場所も人気の高い場所の中から入ってみて良さそうなところを五つほど候補に挙げておいた。映画は今話題の感動モノの大作を選んだ。また俺とデートしたいと思わせることが大切なのだが、その辺は現場での俺のトークスキルにかかっていると思う。でも、まあ、ライバルキャラは全員消えているし、めちゃくちゃ酷いことになりさえしなければ大丈夫だろうとは思う。
 俺は十一時半にはデートコースの予習を終え、待ち合わせ場所に行って撫子さんを待った。
 ふう、毎回この初デートイベントっていうのは緊張するぜ。しかしそれ以上にわくわくする気持ちが止まらない。俺はそわそわしながらその場を行ったり来たりしていた。
 大丈夫、今日は夕方六時から雨が降るから、それまでにはデートは終わる。たかが五時間弱のコース、恐れるに足りない!
 俺は携帯端末を取り出して時刻を確認した。
 十二時丁度。約束の時間だ。撫子さんは遅れているのかまだ来ない。
 いいぜ。ここは彼女が付いた瞬間に『全然待っていないよ』アピールをしてポイントを稼ぐところだからな!
 だが――それから三十分経っても撫子さんは一向に現れる気配がなかった。
 時間に遅れますという趣旨のメールすら来ない。それでも俺は待って――気づいたら午後二時を回っていた。いつの間にか二時間も待っていたのだ! 携帯端末には、やはり彼女からの連絡は来ていない。
 どういうことだ? 俺が日にちを間違えたのか?
 いや、違う。確かに昨日の夜、メールで彼女は『明日の昼十二時』と書いていた。携帯端末にそのメールも残っている。では、何故彼女は連絡を寄越さないのだろう?
「まさか、事故にあったんじゃ……!」
 撫子さんの個別ルートに入っているなら、それもあり得ない話ではない。『事故で恋人が意識不明の重体に』とかいうシナリオは今まで腐るほど見てきている。
 俺は端末を操作してまず彼女の携帯に電話を掛けた。しかし、案の定彼女は電話に出ない。俺はメールを一通送ると、今度は彼女の家の方へ電話を掛けた。すると、こっちは撫子さんのお母さんが電話口に出て、撫子なら今日はお付き合いしている男性とデートに行くと言って朝早くに出ていったと説明された。
「良かった。それじゃ、撫子さんは無事なんだな」
 俺は胸を撫で下ろし、再び待ち合わせ場所で彼女を待つことにした。
 ――で、気づいたら、雲行きが怪しくなっていて、冷たい霙が空から降り出していた。
「もう、五時過ぎか……」
 撫子さんは来ない。
 今から来てもらっても、こんな天気じゃまともなデートにならない。修正案はあるが、果たして撫子さんに喜んでもらえるかどうか……。
 と、その時、唐突に俺の携帯がバイブレーションした。設定していた棒読みちゃんが『ラブリーエンジェル撫子たんからメール来た』という無機質な声を出す。俺は飛びつくように彼女からのメールを開いた。

『遅れてごめんなさい。
 今、私は教会にいます。よければここまで来ていただけないでしょうか。
 待っています。』

「撫子さんからメールきたああああ!」
 良かった! 一時はどうなるかと思ったけれど、どうやらデートイベントは潰れていなかったらしい。教会というと、クリスマスにチャリティイベントがあるこの町の教会に他ならない。おお、教会デートか。俺のデートプランと予習は全くの無駄になってしまったが、まあいい。教会デート――宗教色の強いデートってわくわくするよな! 自分の知らない神秘的な世界の知識を彼女と共有できて、すごく楽しいんだ!
 俺はタクシーを呼ぶと常盤教会を指定し、撫子さんの元へと急いだ。
「お客さん、デートに行くんですかい?」
 俺が霙の降る空を見ていると、タクシーの運転手がそんなことを聞いてきた。
「はい、そうですけど……なんで分かったんです?」
「いや、今朝にも同じく教会へデートに行くっていうお客さんを乗せたので、もしかして流行っているのかと。とても綺麗な女性の方で、お客さんと同じく気合い入れた服を着てらっしゃいましたよ」
「綺麗な女性……。もしかして、腰まである黒髪の優しげな雰囲気の女性ですか」
「ええ、そうです。何度か電話しながら、今日は彼を驚かせるんですっておっしゃっていました」
 俺を、驚かせる?
 彼女はそういう趣向が好きなのだろうか。俺は別に気にしないけど、一応連絡くらいは入れておくものなんじゃないのかな? いや、ちょっと待て。何度も電話って……。着信履歴には撫子さんの名前は一つもないよな。じゃあ、誰と電話していたのだろう?
「はあ、そうですか。驚かせる、ね……。ちなみに、それは何時ごろのことですか?」
「私が会社に出勤して、そのあとすぐにタクシーに乗り込んで、最初に拾ったお客さんですから――午前七時ごろですかね」
 午前七時から彼女は何をやっていたんだろう?
 俺を驚かせる準備か? 電話の相手が気になるが、教会の管理者さんかもしれない。管理者の許可が必要なびっくりイベント彼女はしているというのか。
 ククク、面白い。
 数多のゲームを攻略してきたこの攻略神デルタピサロを驚かせることが果たして可能なのかどうか、見定めてやろうじゃないか。
「お客さん、傘はお持ちですか?」
「え? いや、持ってないですけど……。あ、しまったな、買ってくるんだった」
「霙は今夜には雪に変わるらしいですよ。このままあと五日続けばホワイトクリスマスってやつです。五日も降り続けば、私共は商売あがったりですが」
「はは」
 俺は運転手の話を適当に聞き流しながら外の風景を見つめていた。
 やがてタクシーは常盤教会の石畳の前で停まった。周りに住宅街が並んでいる区画だが、霙が降っていることもあって外に出ている人は少ない。教会は不気味な雰囲気を纏っていた。内部にはほのかな明かりが見える。撫子さんはいるようだな。
 俺は運転手に運賃を支払うと教会の石畳を小走りで駆け、重い扉を押し開いた。
 中の照明は、祭壇にろうそくの火が灯っているだけだった。
 整然と並ぶ長椅子は闇に沈み、祭壇が浮島のように光に揺れている。
 正面に立つ巨大な十字架の前に――撫子さんは俯いて立っていた。
 顔は伏せられ、切りそろえられた前髪に隠れて、表情はうかがえない。俺は彼女の方へと一歩足を踏み出し、思いのほか大きく響いた自分の靴音に喉をごくりと鳴らした。
「こんばんは、デルタ君」
 撫子さんが顔を上げ、優しげな表情を浮かべる。彼女はいつもの白いコートを着ていて、唇には紅をさしていた。しかし赤い色は彼女の唇からはみ出て右の頬の方まで汚れてしまっている。盛大に化粧をミスってしまったのか。ドジっ子属性のある撫子さんもかわいいな。
「こんばんは、撫子さん。いや、ようやく会えたね。一応、こういうときは簡単なメール一本でいいから連絡くれると嬉しいかな」
「ごめんなさい。ちょっと――夢中で、忘れていて」
「あ、分かります! 俺も忘れやすいから棒読みちゃんに音読させているんですよ。良ければ今度簡単な予定帳アプリ作りますよ!」
「ありがとう」
 撫子さんはふんわりと笑う。その顔は、どこか上気しているように見えた。寒さで顔が赤くなっているだけ……かな。
「撫子さん、口紅が随分派手にはみ出ていますよ。最近の奴は簡単に紅がずれたりしないはずなのに、随分とおっちょこちょいなんですね。それに、口元も水でべたべた――え?」
 俺は無理やり浮かべていた作り笑いを、凍り付かせてしまった。
 彼女の口元――水にしては粘性の高い液体がべちょべちょに付着している。それは、どう見ても涎にしか見えなくて――。しかも、口の周りには、何かが吸い付いたような赤いあとがたくさん浮かんでいた。
 撫子さんは、焦点の定まらない蕩けた目をしたまま、
「ごめんなさい。夢中で気づきませんでした。朝から、ずっとしていたものですから」
「し、していた? 何を?」
 俺は聞き返した。もう嫌な予感しかなくて、心臓はばくばくと音を立てていた。

「――キスだよ」

 俺の疑問に答えたのは撫子さんではなかった。
 荘厳な聖堂に耳が孕むような低音ボイスが響き渡る。
 声の主を探す。
 すると、暗がりにある最前列の長椅子からすっくと立ち上がる姿が一つあった。
「お前、面太郎……!」
 果たして現れたのは意思をもつライバルNPC、池面太郎だった。
 そんな! お前は既に戦いの場から消えたはず! それが何故この場にいるんだ!
 面太郎は密やかに笑いながら撫子さんに近寄っていく。
「止めろ! 彼女に近づくな!」
「と、言われても、当の本人は嫌がっていないようだけど?」
 俺は絶句した。面太郎の言う通り、撫子さんは陶然とした表情で面太郎の顔を見つめ、「面太郎様……」とため息のように声を漏らしていた。
「馬鹿な……!」
 俺は拳を握りしめた。「こんな馬鹿な!」
「ふっ、どういうことか分かっていないようだからヒントをあげよう。ヒント、俺の特殊能力」
「ッ!」
 俺は慌ててスカウター機能を呼び出した。

『名前:池面太郎(ライバルNPC1)
 知識:355(限界突破CS)
 体力:330(限界突破)
 芸術的能力:355(限界突破CS)
 カッコよさ:−255(※補正により−610されています)

※特殊能力解放済み

 1 クライマックス症候群(ヒロインがピンチのイベントに遭遇しやすくなります)
 2 静かに語る証人の紋章(話術がやや巧みになります)
 3 湖の騎士の紋章(ヒロインを寝取るときに補正を無視し、成功率を大幅に上昇させます)
 4 ハーレム王の加護(ハーレム内で背中を刺される確率を大幅に下降させます)』

「あ……」
 俺は奴のステータスにある三つ目の特殊能力を見て愕然とした。

『3 湖の騎士の紋章(ヒロインを寝取るときに補正を無視し、成功率を大幅に上昇させます)』

「気づいたようだね。そう。俺は特殊能力で、マイナス補正をすべて無視し、他人に攻略されたヒロインを五十パーセントの確率で寝取ることができるんだよ。しかもチャレンジできる回数に制限はない。恋愛バトルで勝てたとしても、俺に本当の意味で勝つためには、俺が毎秒仕掛ける五十パーセントの確率の壁を全て越えなければならない。言っただろう? 俺は公式チートキャラだって」
「なん……だと……」
「ふっ、まさかこの能力を使うことになるとは思っていなかったよ。今まで恋愛バトルで俺を破ることが出来たプレイヤーすらいなかったからね。いや、見事だった、昨日の手腕は。だが、小手先の小細工じゃ俺は倒せない。デルタピサロ、俺と君の遊びは終わらない。また俺がびっくりするような手品を見せてくれよ。君が神を僭称するなら、このくらいの確率、超えていけるんだろう?」
 面太郎は邪気のない、きらきらとした瞳を俺に向けてくる。
 俺は声もなくその場に崩れ落ちた。一度や二度の五十パーセント判定なら数をこなせば何とかなる。だけど――毎秒ってどういう事だ? そんなの普通一分も持たないぞ。それを、推測だが、二十五日のエンディングまで判定で勝ち続けないといけないのか?
 何か――特殊能力を無効にする能力があれば。無効とまではいかなくても緩和することが出来る能力があれば何とかできるんだろうけど、そんな能力俺は持っていない。この『ラブメモ』に存在するのかどうかも怪しい。
 面太郎を倒すだけでも大変なのに、そのあとほとんど勝ち目のない運ゲーをしなければならないのか。製作陣は何を考えているんだ! 勝たせる気無いだろう!
「こんな、馬鹿な……!」
「あ、ちなみに他のヒロインも全部俺の物にしておいたから。今更リカバリーは効かないよ。ふふ、それじゃ、失礼する。君はクリスマスを一人で過ごしながら、次はどうしたら僕を倒せるか策を練っているといい。――今回の君の健闘を心から讃える。次の挑戦、楽しみにしているよ」
 彼は悠然と俺の横を通り過ぎていく。そのあとを撫子さんが「面太郎様、お待ちになって!」と言いながら追いかけていく。撫子さんの使っている薔薇の香水の香りに混ざって、胸がむかつくような唾液の臭いが俺の鼻を刺した。
「っ! 待て! ずるいぞ!」
 俺は弾かれたように立ち上がると叫んだ。「ずるいぞ!」
 相合傘をして霙の街の向こうに消えていく影を追って、教会の外へ出る。
「ずるいぞ!!」
 冷たい霙が俺の着ている服をしとどに濡らしていく。上だけで五万はする高級な服だ。だけど、何の意味もなかった。
「正々堂々と勝負しろぉ!」
 ゲームに何を切れているんだと我ながら呆れてしまう。だけど、そんな冷めた自分がどこかに吹っ飛んでしまうくらい悔しかった。頬を伝う雨粒に、俺の目から流れ出した温かい液体が混じり始める。
 俺は石畳に膝をつき、さめざめと泣いた。
 ゲームの攻略に失敗して泣く俺。
 他人が見たらさぞ滑稽だろう。
 でも、悔しいんだ。悪いか。ギャルゲーの攻略では誰にも負けたくないんだ! 俺が一番すごいんだ!
「……俺は、諦めない……」
 歯を食いしばる。
「まだだ……。この周回は駄目でも、次は決めてみせる」
 悔しい。悔しい。悔しい!
 負けるのが我慢ならない!
 こんな俺を笑いたい奴は笑うがいい。しかし攻略神デルタピサロは真剣なのだ。真剣にギャルゲーに取り組んでいるんだ! だから、悔しいんだ! 涙が出るほど、悔しいんだ!
「俺はッ!」
 石畳を強く叩く。右の拳が破れて血がにじんだ。
 俺は瞬きもせずに荒い息を繰り返した。

 ――そのとき、不意に俺の頭上に降りしきる霙が止んだ。

 俺は、涙で霞んだ視界を上に向けた。
 そこには傘を持った由紀エリカが立っていた。彼女は思いつめたような顔をして俺の事を見下ろしている。
「エリカ……?」
「帰ろう? 風邪、ひいちゃうよ」
「ありがとう。すまない」
 俺は袖で目を拭うと立ち上がった。神は常に前を向く。だらしない姿は絶対に見せてはいけないのだ。
 確かに面太郎の能力は厄介だが、まだやりようはある。要は、寝取り能力を使わせなければいいのだ。向こうが追う立場になればまず確実に寝取られる。だから、二十五日直前まで劣勢を演じ、奴を油断させ、一気にひっくり返す。
 あるいは自滅を待つ。奴の特殊能力にハーレム王の加護と言う能力があった。あれの能力説明からして、ハーレムを形成した場合、一定の確率でハーレムの女の子に背中を刺されるのだと思う。その状況になれば、面太郎もリタイヤせざるを得ない。多分、製作陣が一応提示する勝利方法がこっち。だけど――ハーレム内で不和が起こる確率がどんなものかは分からない。
 分からないなら迅速にやってみるべきだ。
 その上で穴を見つけ出し、これを叩く。
 俺ならできる。
 いや、俺にしかできない!
「まだ、続けるつもりなの?」
 俺の背中から、エリカの小さな声が飛んできた。思考から呼び戻された俺は彼女に振り返る。
「当然。俺に敗北という文字は無い。地面に叩き落とされるたびに不死鳥のごとく蘇るからだ。神は不死身。神は進化を続ける。やがて神である俺は、あらゆる困難を乗り越える。――ゆえに、俺に攻略できないギャルゲーはない!」
 エリカは信じられないものを見るように俺を見つめた。それから、眩しげに目を細める。
「やっぱり、デルタピサロ君はすごいや」
「俺は神だからすごいのは当然だ」
「あはは、そうだね。そうだった」
「傘ありがとう。俺は濡れて帰るから、君はもう家に帰りなさい」
 俺はそう言って歩き出す。すると傘も一緒に付いてきた。俺は困惑した顔で後ろを振り返る。エリカは俯いたまま俺の背中に付いてきていた。
「ねえ、デルタピサロ君は、次の周回でも撫子ちゃんを攻略するの?」
「分からない。根本的なところで方法を間違えている可能性もあるから、何とも言えないな」
「それで、必要になったら、一周目にしたように整形や無茶なダイエットを繰り返すの?」
「それが必要なら、当然やるさ」
「このゲームの強敵NPCは、このゲーム本来の戦い方では絶対に勝てないのに?」
「――――――――」
 俺は信じられないものを見る目でエリカを見下ろした。
 彼女は視線を伏せたまま続けた。
「デルタピサロ君は、撫子ちゃんのどういうところが好きなの?」
「え? それは……」
「おっぱい?」
「いや、えっと……、エリカ?」
「本人の前じゃ絶対に言えないけど、本人がいなくても言っちゃいけないと思うけど、私は嫌な女だから言うね――私は、あの人のどこがいいのか分からない」
「――――――――」
「プログラムに支配されているのかもしれない。だけど、それを含めて大和屋撫子は大和屋撫子。それを前提に言わせてもらうけど、あの人は人として終わっていると思う。人の事を外見でしか判断できなくて、いつも考えの中心にあるのは自分のこと。不誠実で、他人の痛みが分からなくて、平気で人を裏切って、デルタピサロ君を、こんなにぼろぼろにした!」
 エリカはぽろぽろと涙を零していた。彼女は声を掠れさせながらこう続けた。
「私は、そんなあの人が許せない」
「…………。そう言われても、俺は、彼女か、彼女と同じような『価値観』を持つヒロインを攻略しなければならない。いくら拒絶されようと、やるかない」
「じゃあ、デルタピサロ君は、他に選択肢が無いからあの人を攻略するの?」
「まあ、極論を言えば、そうなる――」
「私じゃ駄目?」
「え?」
「私じゃ、駄目かな?」
 エリカは静かな口調でそう訊いてくる。俺が絶句していると、彼女は続けた。
「私は、確かにあの人みたいに綺麗じゃないし、歌も上手くない。勉強も運動も面太郎君のように完璧にはできない。だけど、デルタピサロ君のためなら、私は頑張る。だから、妥協して、私にしてみない?」
「えっと、それは、どういうことだ?」
 エリカは俺の顔をひと睨みすると傘を俺の手に押し付けてきた。
 俺はそれを両手で受け取る。
 瞬間、エリカは傘を持つ俺の両手を押さえつけると、俺に二歩も近寄って密着した。
 そして――彼女のハイヒールを履いた踵が、ゆっくりと地面から持ち上がった。
 俺の鼻に石鹸の香りがふわりと触れ、次の瞬間唾液に濡れた柔らかい唇が俺の口に当てられる。彼女の綺麗な顔が俺の前にアップで映し出され、俺の脳は押し寄せる優しい感覚にショートした。
 それは、五秒未満、五平方センチメートル以下の触れ合いだった。
 彼女の唇が離れる一瞬、温かい何かが俺の唇を舐めていった。
 エリカは――いつもの純真で活発な笑みを、まるで異質なものに変化させていた。
 彼女の唇からはみ出た赤い舌が、猫のようにぺろりと彼女の唇を舐める。今しがた舐めた俺の唇の味を確かめるようにエリカは自分の唇に指を当て、目をとろりと細めた。

「――こういうことだよ、デルタピサロ君」

 刹那、俺の視界が暗転し、ゲームのシステムメッセージが洪水のように流れた。

『ゲームの情報が更新されました!

 隠しルート解放!
 隠しヒロイン解放!
 解放ヒロイン名:由紀エリカ!
 由紀エリカの能力が上昇しました!
 由紀エリカの複数のステータスが限界突破条件を達成しました!
 由紀エリカは新たに特殊能力を得ました!』

『名前:由紀エリカ(裏ヒロイン)
 知識:255(限界突破)
 体力:255(限界突破)
 芸術的能力:170
 かわいさ:355(限界突破CS)

※特殊能力解放済み
 1 白の永遠(このキャラクターは一切の寝取り行為を受けません)
 2 黒の永遠(このキャラクターはいかなるマイナス補正も受けません)』

『名前:デルタピサロ(主人公)
 知識:−3
 体力:−19
 芸術的能力:−4
 カッコよさ:−50

 ※特殊能力解放済み
 1 ラブラブ☆メモリアル(ヒロインの攻略状況を任意に保存することができます)
 2 童帝(すべての童貞男子の頂点に君臨する帝王の証。特に意味はありません)』

 俺はあまりの事に言葉を失っていた。
 エリカが――裏ヒロイン!?
 俺に――変な特殊能力が追加された!?
 夢を見ているのか?
 目が覚めたら俺は冷たい教会前の石畳の前に転がっていて、エリカも何もかも消えているとか。
「デルタピサロ君。――好きだよ」
 そんな俺の不安を、彼女はたった一言で振り払ってくれた。彼女の木漏れ日のような微笑みが、俺の心を温めてくる。

「――へえ、やっぱり由紀エリカは隠しヒロインだったのか」

 俺はぞくりと背筋を凍り付かせた。
 無邪気なイケメン低音ボイス。後ろを振り返らなくたって誰だか分かる。
「面太郎。撫子さんと帰ったんじゃなかったのか?」
 俺がゆっくりと踵を返すと、やはりそこには面太郎の姿があった。彼は両手を広げた。
「帰るわけがないだろう? 彼女はもう攻略した。これ以上付き合う気はない。少なくともこの周回はね。それよりも気になるのは君の後ろに立っている元解説キャラさんだ。――エリカ。随分と綺麗になったね」
「ありがとう、面太郎君」
 エリカが朗らかに答える。面太郎はにやりと口の端をつり上げた。
「ふっ、では、エリカもいただこうかな! 寝取りチャレンジ! 食らえ!」
 面太郎は勢いよく地を蹴ると、エリカに突進した。
「止めろ!」
 俺は二人の間に割り込み、面太郎に向かって拳を固める。
「邪魔だよ!」
 しかし体力の能力が月とスッポンの面太郎と俺では勝負は見えていた。面太郎は鮮やかな手並みで俺を投げ飛ばすと、エリカに近寄って右腕を掴んだ。
「直接体に触れた場合、寝取りの成功率は九十パーセントにまで跳ね上がる! これを毎秒繰り返す! さあ、俺になびけ! エリカ!」
 エリカの体が、ラグが走ったように歪む。
 面太郎は口元を歪ませ――。
「面太郎君、悪いけど、その腕を離してくれないかな?」
「あれ? え?」
 呆けたように、彼は自分の手とエリカの顔を見比べていた。それから目を見開いて驚きを露わにする。
「そんなッ! 俺の能力が効かないだと!? こんなのチートだ! ズルをしたな! 汚い――へぶ!?」

「お前が言うな!」

 俺は怒号とともに今度こそ面太郎の横顔を殴り飛ばしていた。体重を十分に乗せた俺の拳は面太郎の長身を教会の地面に叩きつけた。面太郎は器用に受け身をとると、頬をさすりながら立ち上がった。
「っと、すまない。あまりのことに動転してしまった。――そうか、これがエリカというヒロインなんだね」
 俺はエリカの前に立ちながら面太郎を睨みつけた。
「彼女は渡さない!」
「ふっ……。ふははははは!!」
 面太郎は大口を開けて大笑した。「そうか! そういうことか! つまり俺は負けたんだ!」
 俺が無言で対峙していると、面太郎はおかしそうに続けた。
「寝取りが効かないんじゃ、落とされたヒロインをどうこうすることは俺にはできない。デルタピサロ、君の勝ちだ。認めるよ」
「やけに素直だな」
「勝負が終わったあと、スポーツマンはその勝敗の事を私生活の場に持ち込むかい? 答えはいいえだ。――俺としては割と楽しめたし、概ね満足かな。もう一周くらいデルタピサロと遊びたかったんだけど」
「断る。一人でやってろ」
「残念。まあいいさ。それじゃ俺は、家に帰って八人のヒロイン達と戯れますかね。――君さえよければ、俺の撫子と君のエリカを交換しないか?」
「断る。俺はエリカがいい!」
 俺は毅然とそう言った。「エリカ以外要らない」
「デルタピサロ君……!」
「はっ、お熱いことで。――じゃあね。あーあ、雪降っている中待機していた結果がこれか」
 面太郎はぶつくさ呟きながら住宅街の向こうへと消えていく。
 俺は眉根を寄せた。
「雪? ……あ」
 空を見上げると、灰色の空からちらほらと白い物が舞い降りてきていた。エリカがそっと俺の横に立ち、手を取った。
 視界が再び薄暗くなり、白いシステムメッセージが表示される。

『ヒロイン・由紀エリカの攻略達成おめでとうございます!
 この世界のヒロインは攻略されました!
 ゲームの記憶を得て、貴方は元の世界へと戻ります!
 データをセーブしています!
 しばらくお待ちください』

「え……?」
 呆けたような声しか出ない。
 呆然と虚空を見つめる俺の正面にエリカが立った。
「デルタピサロ君、これでお別れだね。一応、ヒロインとして言っておくね。攻略してくれて、ありがとう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺とエリカの物語はこれからだろう!? なんでこんないいところで終わるんだよ!?」
「それはこのゲームの仕様だからだよ。エンディング後の後日談は、追加でお金を支払わないと見れないから」
「お金……。俺は……、エリカと会うのにお金なんて払いたくない。高いとか安いとかの問題じゃなくて、そういう余分なものを挟みたくない」
 俺がそう言うと、エリカは苦笑した。
「ありがとう」

『一分後に現実世界へ帰還します』

 そのシステムメッセージを見て、俺は慌てて言葉を紡いだ。
「エリカ! 一つだけ聞かせてくれ! 君は――『目覚めた』のか?」
「目覚めた? 何のこと?」
「自我があるのか?」
「あるよ。――今まで黙っていてごめんね」
「いや、それはいい。だけど――その自我があるというのが不思議で、俺の心にささくれだったように引っかかっているんだ。君たちは本当にNPCなのかって。――そうじゃなくて、もっと別の何かなんじゃないかって!」
 俺がそう訊くと、エリカは悲しげに首を振った。
「それは、私にもよく分からない。気づいたら私はここにいて、気づいたら解説キャラをやっていたの。私は、私が分からない。ときどき怖くて、どうしたらいいか分からなくなる。苦しくて、もういっそ自分から消えてしまいたくて……」
「エリカ……」
「でも、君が来てくれて、私は、より私らしくあれた――そんな気がした。デルタピサロ君には感謝しているよ。それと、ヒロイン役とか関係なしに――大好きだよ」

『元の世界に戻ります』

 システムメッセージが点滅する。俺の視界が暗くなり、エリカの姿が見えなくなっていく。
「くっ、もう一分か! ――エリカ! また会えるよな! また話せるよな!?」
「君が望むなら、きっと。――私も君とまたお話ししたい」
 エリカの顔が儚げに揺れる。
俺は叫んだ。
「エリカ、君は――!」
 しかしそこでぶつりと鈍い音がして、完全に映像が途切れた。
 エリカ……。
 俺の意識は意に反してぐんぐんと浮上していく。
 光が見える。
 仮想の世界から、浮かび上がっていく。
 やがて俺の視界を白い光が埋め尽くした。

 現実世界に――帰ってきた。



第四章  恵梨香



 目を覚ますと、俺は知らない部屋にいた。
 白い天井、白い壁、白い床、白いベッド、窓は無い。人は誰もいない。俺の心拍数や呼吸の状況を記録する機械だけが、この部屋で唯一動いている物だった。
 俺はゆったりとした水色の病衣を着ていた。体には点滴やカテーテルなど生命維持のための器具がいくつか刺してある。のっそりと半身を起こすと、それらを機械的に外していく。カテーテルを引き抜くと鈍い痛みが走り、それが生きているということを教えてくれた。
 ベッドから這い出すと、白い部屋に取りつけられたドアに歩み寄る。足元がおぼつかない。二週間以上もベッドから動かなかったせいで筋肉が大分弱っているらしい。それでも関節は誰かが動かしていてくれていたのか、違和感を覚えることなかった。
 寄りかかるようにドアを開け、部屋の外へ。
 目を刺す日の光に思わず手をかざす。
 外には見事な洋風の中庭が広がっていた。パンジーが咲いている。名前も知らないハーブが何種類も群生している。俺は大理石でできた廊下から、美しい庭園をしばしの間無言で眺めた。
 おそらく、ここは俺をゲーム内に閉じこめた三木谷と名乗る男の所有する建物の中だ。何もかもがとてつもなく広くてとてつもなくでかい。廊下も綺麗に磨き上げられ、ぴかぴかと光っている。まるでヨーロッパの貴族の館だ。三木谷本人かどうかはともかく、所有者は間違いなく大金持ちだ。

「あ! ども、ども〜! 目ぇ、覚ましたんすね!」

 俺が庭に見とれていると、右手から男の声が聞こえた。顔をそっちに向けると、五十歳くらいのチャラそうな男性が立っていた。冬なのにアロハシャツにサングラス掛けている。ズボンは流石に長ズボンだったけど、こっちも派手な紫色だ。
 男性は俺の方へ歩み寄ってくると続けた。
「自分、三木谷の代理をしているものっす! ゲームマスターしていました。シクヨロ〜!」
「は、はあ……」
「とりま、お疲れ様っす。いやー、マジ疲れましたよねー、分かります。あ、飯とか食います? 風呂も用意してありますけどぉー。日焼けサロンとかありますよ。これ、俺的に超おススメ。マジすげえんすよ。やべえっす。超やべえ」
「え、あ、あの……」
 コミュ障の俺は困惑するしかなかった。「えっと、結構です」
「あ、要らないっすか。オッケー。んじゃ金受け取ります? 手渡しでも行けますけど、どうします?」
「いや、手渡しはちょっと……。三千万でしょう?」
「でっすよねー! 分かるぅ! 札束持って外歩けませんもんねー。うっははははは! 超ウケるんだけどぉ!」
 超イラつくんだけど。
「えっと、貴方はどういう目的で俺に『ラブメモ』を攻略させたんですか? クライアントの依頼に余計な疑問を持ち込む気はないのですが、最低限それくらいは教えていただきたいと思いまして」
 場合によっては通報させていただく。というか、もしこのまま帰されたら絶対に通報してやる。
 俺がそう訊くと、三木谷の代理を名乗るおっさんは太い眉毛をハの字にした。
「あー……、それなんすけどぉー、うちの三木谷がデルタピサロさんと話したいって言っていたのを今思い出しましたぁ。マジすんませんけど、三木谷に会ってくれません? 俺命令されているだけなんで、詳しい事言えないんすよ。三木谷から直接聞いた方が良さげっす」
「……分かりました」
 不満はあるが、一応クライアントはクライアントだ。彼が求めるなら会わないわけにはいかない。まともな話が聞けるかどうかはかなり望み薄だけどな。
 何せ代理を名乗るのがこんなあんぽんたんなのだ。これで本人がまともであるはずがない。だいたい、人をゲームの中に閉じ込める時点で頭がいかれているし。
 俺は三木谷の代理に案内されて巨大な館を歩いていく。
 空気は確かに冬のものだし、代理の男も日本語を流暢にしゃべっていることからここが日本であることは間違いない。だけどそれ以上は分からなかった。
 館内はどこも綺麗に磨き上げられていて、調度品は素人の俺が見ても価値があると分かる物ばかりだった。いくつかの美術品の周りには強化ガラスの囲いが設けられていて直接手を触れることが出来ないようになっている。多分、調度品の中でも特に価値のあるものなのだろう。
「ここっす。ささ、遠慮なく入ってください」
 代理はひときわ大きな黒い両開きの扉の前に来ると、金色の取手を掴んで扉を開け、俺を中に誘った。
 俺はそれに従って中に入り――その先に横たわっていた人物を見てぎょっと目を剥いた。
 ……ピ、ピ、ピ、と一定間隔で電子音が鳴っている。
 俺が、気が付いた部屋と同じで真っ白な部屋。だけど、この部屋には豪奢な窓があり、部屋の周囲には美しい調度品が立ち並んでいた。
 窓は開け放たれ、そよぐ程度に入ってくる外気が、暖房の設定温度が高めに設定された室内の空気と混ざりあって、少し涼しいくらいの温度になっている。
 緩やかになびく白いカーテンの手前には、白いベッドと生命維持器具の数々。
 そこに横たわっていたのは丸々と太った肌の色の悪い老人だった。
 彼は全身に細い管を取りつけられ、ベッドの上で身じろぎもできずにこっちを見ていた。彼の髪はなく、禿げた頭には黒い斑点がいくつも浮かんでいる。今にも死んでしまいそうな雰囲気の老人は、膨れた指を震わせながら俺に歓迎のジェスチャーを取った。
「ようこそ、田出久雄君」
 しわがれた声だ。台詞の一音節ごとに、人工呼吸器のプシュウ、ゼロゼロゼロゼロ……という音が混じっている。
 俺は目の前の生きながら死んでいるような老人に圧倒されつつも、辛うじて頭を下げた。
「い……依頼を受けました、デルタピサロです。こ、この度は――」
 老人のくぼんだ目が優しく笑う。
「そんなに固くならんでいい。それより私の部下が粗相をしなかったかね? 彼は優秀なのだが性格に非常に難があってね。失礼がなかったか心配だ」
「い、いえ、そんなことは、ありません」
 ここで文句を言うだけの気概は流石に持ち合わせていない。
 老人は呼吸器の音を立てながら言葉を紡ぎ出す。
「ゲームをクリアしてくれてありがとう。実はこれまで五人のゲーマーに依頼していたのだが、私の望む結果を届けてくれたのは君が初めてだ。最初の四人はまともにゲームも出来ない軟弱者で、五人目に至っては私を裏切って情報を売ろうとした不届き者だった。今回ログアウトボタンを消したのは用心のためだった。ゲームから出られたらネットの海に情報を流されてしまう恐れがあったのでな。本当にすまない事をしたと思う。代理の者にはメールできちんと説明するように指示をしておいたのだが、メールに不備はなかったかな?」
 ありまくりでした。
 いちいち人の精神を逆なでする最低の脅迫状でしたね。
 しかし、そこはノーと言えない日本人。というか、俺がヘタレなだけ。
「――えっと、情報を俺がばら撒かないために俺を閉じ込めたんですか?」
 文句の代わりに俺はそんなことを訊いた。老人は頷いた。
「五人目の時に少々厄介なことになってな。本当にすまなかったと思っている。これについては、報酬三千万に一千万円を追加することで許してほしい」
「一千万!?」
「さらに――君は私が望む最高の結果を出してくれた。そのことに感謝の意を表して、報酬額に五千万円を加えたい」
「五千万!?」
「そうだ。――ペンと小切手を」
 老人が代理に合図してペンを持つ。彼は随分と苦労しながら小切手に金額を記入した。代理を通じて俺に渡してくれる。本当に、追加で六千万も払ってくれるのか……。
 老人は続けた。
「まあ、そこに座りなさい。少し話をしよう。――私の名前は三木谷正義だ。数年前まで現役だったが、今はもうまともに仕事も出来ん体になってしまった。金だけはたっぷりあるのだが、その他は何もないただの老いぼれだよ。田出久雄君、改めて、ゲームクリアありがとう。何か私に聞きたいことがあるなら、分かる範囲で全て答えよう。ほら、遠慮なく」
 俺は勧められた椅子に腰かけると、少し考えた。疑問に答えてくれるというのなら是非もない。こちらもいくつか聞きたいことがあったので聞いておこう。
「で、では、遠慮なく……。まず、一つ目、何故、そこまでして情報を隠したがるのですか? ログアウトボタンを消すなんてやり過ぎでしょう」
「それは、A社がラブラブ☆メモリアル・オンラインを稼働させているということを世間に知られないためだよ。君は知らないか? 十年前、『ラブメモ』が痛烈に批判された事件について」
「いえ……」
「A社系列のB社という会社が当時『ラブメモ』を開発し、運営していたのだが、その課金システムに問題があってな。ステータスを上げる課金が推奨されたのだが――それは運営による欺罔行為だったのだ。それに騙された多くのユーザーがステータスを上げるために大量の課金をし、あまりに重大な金銭的損害が生じた。流石に数千万課金するような人間の責任まではわがグループとしても負いかねると主張できたが――それ以外の課金についてはもうどうしようもなかった。B社は詐欺罪で訴えられた。裁判は何とか我々が勝ったのだが、『ラブメモ』はサービス停止。痛み分けだよ。裁判で勝ったこちらが何のデメリットも負わなければ、それこそ不満は増大する。ユーザーの気持ちを尊重するためにも、サービス停止と更迭処分という切り捨て処置をとる他なかったのだ。以後、『ラブメモ』はグループの黒歴史となった。君より十歳上の年齢層は我々の会社のゲームを購入してくれるメインターゲットだが――責任者がまだ『ラブメモ』にしがみついていると知ったら、彼らがどういうイメージを抱くかは明らかだろう?」
「なるほど、事情は分かりました。しかし――それでは何故そういう事情にも関わらず固執しているのかすごく疑問です」
 三木谷老人は重苦しいため息を吐いた。彼の暗い瞳が部屋の調度品の一角に向けられる。その視線の先には、マホガニーの棚の上に乗せられた写真立てに向けられていた。
「あの写真が何か――――えっ?」
 俺は真っ青になって写真を凝視した。
 その写真には随分健康そうな恰幅の良い初老の男――三木谷正義が映っていた。見た目からして十年以上前の写真だろう。彼はこの館の美しい中庭をバックにして杖をついて立っている。いかにも好々爺といったふうな笑顔を浮かべて。
 そのことに驚きはない。
 問題は、三木谷の横に写っている、セーラー服を着た女子高生の容姿だった。
 容姿――というか、顔だ。
 その女の子は――あろうことか、由紀エリカにそっくりだった。
「え、エリカ!? なんで!? そんな、馬鹿な……!」
「そう、彼女の名前は三木谷恵梨香。正真正銘、私の孫だよ。恵梨香は私によく懐いていてね。私はおじいちゃんだというのに、あの子は私の事を『パパ』と呼んできかなかった。息子は仕事人間だったから、仕方がないことなのかもしれないがね……。恵梨香は、明るく、元気で、とても優しい子だった。まだ生きていたら、今頃綺麗な娘になっていただろうて」
「まだ、生きていたら?」
 俺はおうむ返しに聞くしかできなかった。脇の下からは嫌な汗がだらだらと流れ出ている。
 三木谷老人は頷いた。彼のくぼんだ目元にはいつの間にか涙がにじんでいた。代理が素早く老人に近寄って目元をハンカチで拭う。
「恵梨香は十二年前、事故で死んだ。かわいそうに、まだ十七歳だったのに」
「お、俺は、『ラブメモ』の中でこの人に似たヒロインを攻略したんです! 名前は由紀エリカ! 明るくて、元気で、俺みたいなやつに構ってくれる、本当に優しい子だった!」
 俺はガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。動悸が収まらない。俺はハァハァと肩で息をする。三木谷老人はそんな俺の事を静かに見つめていた。俺ははっと我に返って再び着席した。三木谷老人は大きく息を吐くと話を続けた。
「それは、『ラブメモ』を開発した男が、恵梨香を愛していたからなのだ」
「人格を模倣して作ったというのですか? ありえない。彼女のAIは信じられないほど優秀だった。どういうわけか『自我』というものもあった。そんな高性能なAIを作れるとしたら、そいつは人間を一人作り出すことができるということ。天才とか、そういう次元じゃない!」
 三木谷はゆっくりと首を振った。
「彼は天才だったよ。同時に倫理的に破たんしていた。彼は学生時代、恵梨香に命を救われたと言っていた。だから、今度は僕が助ける番だったとも」
「ど、どういうことですか?」
「君は、『ラブメモ』をプレイして、出てくるNPCに何を感じた? 田出君はギャルゲー攻略の最先端を行く人間だろう? ギャルゲー解説動画が毎回ミリオン再生を達成するほどの確かな分析力も持っている。その君からして、『ラブメモ』のNPCは十年経った今のメーカーの作品たちのものと比べて、完成度はどうだった?」
「それは……信じられないくらいに完成されていました。台詞かぶりは一つも確認できず、特に会話の展開の仕方は非常にリアルで、他に類を見ない。普通ギャルゲーと言えば主要キャラ以外は二つか三つのパターンしか会話のバリエーションがないのに、『ラブメモ』は百確認してもまだあった。間違いなく、十年後もNPCのリアリティの面で言えばトップでありつづけるでしょう」
 俺の記憶にある世界史の教諭の授業やタクシーの運転手の流暢な物言いが蘇る。彼らはまるで人間のようだった。
 三木谷老人は苦笑した。
「そこまで褒めてもらえて光栄だよ。――私もね、当時開発責任者だった彼のプレゼンを聞いて激しく興奮したものだった。こいつは神の化身ではないかと。だが――実際は、彼は神などではなかった。ただの天才に過ぎなかった」
「どういうことですか?」
 俺は生唾を飲み込んでそう尋ねた。
 三木谷老人は白い天井を見上げると続けた。
「彼は最初からすべてのNPCを創造したのではなかった。そのような神のごとき行為が不可能だと悟った彼は、代替案を編み出したのだ。――すなわち、ツブヤイターなどのアカウントの情報を違法抽出し、万単位の呟きを統計的に処理し、仮想の人格に落とし込むことを」
「なっ――――――――」
「彼が特に好んだのは死んだ人間だった。数十年に渡って呟き続けた者達のデータは、それはもう膨大で、その人の人生が詰まっていた。彼はまず死人のツブヤイターを掠め取り、次にツブヤイター廃人と呼ばれるツブヤイターが趣味の人間のアカウントを対象に選んだ。――その中に、彼は意図的に恵梨香のアカウントを混ぜ入れた。NPCがリアルな会話をするのは当然だ。個人情報の保護を無視し、倫理的な規定を全て足蹴にし、違法を極めたような手法を使ってまでして集めた、膨大な情報の塊なのだからね。そもそも地力が違う」
「――――――――」
「私が事態を知ったのは、『ラブメモ』が稼働し始めてから半年経った頃だった。おそらくこれも君は知らないだろうが、その開発責任者の男が通り魔に刺されて死んだのだ。相当強い殺意があったのか何度も腹を刺されていたよ。彼はその死の間際に私に真実を話してくれた。そのときいっしょに、ゲームの中に恵梨香を蘇らせたということも教えてくれたのだ。私はそれを聞いて、血眼になって恵梨香を探そうとした。しかし、私の老いた体ではVR眼鏡をかけることは出来ず、若者に委ねるしかなかった。恵梨香は特別に優秀なAIにしたと彼は言った。やがて人間との区別がつかなくなるとも。私は――その言葉に踊らされて、切り捨てなければいけないはずの『ラブメモ』を、社の利益に反することを承知で密かに保護した。せめて――ゲームの中であっても彼女に幸せに過ごしてほしいと、私は、恵梨香ではないはずのエリカを、かくまってしまったのだ」
 俺は最後に聞いたエリカの言葉を思い出していた。
 彼女は自分が何者であるかを知らなかった。自我と言うものがあるがゆえに、ゲーム内で与えられた設定と、彼女の元となったツブイターの情報とがぶつかり合い、混乱してしまっていたのだ。
 本当の恵梨香はもう死んでいて――。
 あそこにいるのは、エリカという幻の存在。
 彼女は死んでから蘇らせられ、不確かな自分を抱えてずっとさまよい続けているのだ。
「三木谷さんの気持ちは分かりました。でも、俺なんかにそんな重大な情報をぺらぺらしゃべっていいんですか?」
 俺が聞くと、彼は悟ったように虚空を見つめながら一つ頷いた。

「構わない。私はエリカが攻略された今、『ラブメモ』を廃棄しようと考えているからだ」

    ×              ×              ×

「廃棄……!? ま、待ってください! そんなことをしたらエリカが消えてしまう!」
 俺が目を剥いてそう叫ぶと、三木谷老人はゆっくりと目を閉じた。
「では、彼女をいつまで生かしておくのだ? 本当はもう死んでいるというのに、もう二度と蘇ることはないというのに、いつまで?」
「いつまでも生きてもらって構わないでしょう!」
「彼女はそれで良いと言ったのか? 生きたいと君に言った?」
「それは……言っていませんが、生きたいに決まっています」
 三木谷は俺をじっと見つめた。
「君は私と同じくゲームに囚われたのだな」
「――――――――っ!?」
 俺は言葉に詰まった。三木谷は続けた。
「思い出は蜜のように甘い。人を堕落させる甘さだよ。毒と変わらない。――おそらく、お互いにとってためにならん。私がエリカを生かし続けることもお互いのためにならんし、君が私に代わってエリカを保護することも、同じくためにならない。あれは死者の見せる幻影だ。本当の人ではない。それに固執すれば、現実世界の君はいずれ引き返せないほどの廃人になってしまう。あそこに流れるのは停滞だ。かつて、『ラブメモ』が生み出したゲーム廃人と同じく、このまま続けていけば、最も大切にすべきリアルの生活が崩壊する。このゲームは、放棄すべきだ。これは、人生の先輩としての意見だよ。加えて、恵梨香の『パパ』としての願いでもある。君はどうかね?」
 どうかねって……。そんなこと言われても、俺はエリカを手放したくない!
「――彼女の意見を聞きましょう。エリカの生死を決めるのに、本人の意見をそっちのけで語るのは良くないと思います」
「それは論点がずれているだろう。確かにエリカの話を聞くべきという意見はもっともだが、私が今話しているのはそんな事ではないはずだ。君がエリカを生かすとして、どのような形で彼女に関わっていくつもりなのかを訊いているのだ。君の考えの問題なのだ。彼女は今関係ない」
「それは――」
「生かすだけ生かしておいて、あとは放置するのか? 『ラブメモ』という牢獄に彼女を繋ぎ続けるのか? そうではなくて、君も一緒にラブメモと言う牢獄に入るつもりなら――そのときこそ、君の現実生活が終わるときだよ」
 リアルなんてクソだ!
 とは流石に叫べなかった。
「ちゅ――中間策で!」
「では、今からもう一度仮想世界へ没入してエリカの意見を聞いてくるがよい。そのような関わり方をするが、良いかと」
 俺は膝の上に置いた手を握り拳に変えた。目の前の老人が理不尽の塊にしか思えなかった。
「三木谷さんは――『ラブメモ』を放棄するつもりだったのに、どうして俺に攻略させたんですか!? 俺はこんなゲーム、知らない方が良かった……!」
 三木谷老人は眉根を寄せた。
「それは私の気持ちの整理のためだ。また、恵梨香のためでもあった。恵梨香は――この世でもっとも甘いものを知らずに死んだ。彼女に二度目の死を迎えさせる前に、せめてその味を知ってほしかった――それは、すなわち、恋の味だ」
「――――――――」
「だから、依頼者には特別な課金措置を施さなかった。情報も与えなかった。ただ攻略させるだけならチートを使えばよい。だが――私は、恵梨香に素の人間を好きになってもらいたかったのだ。君はそのための駒だった。それ以上の目的も、それ以下の目的もない。恵梨香が君を気に入らなければ、依頼は中断して次の者を使うつもりだった」
「要するにプチお見合いってことですか。……よく俺みたいなブサ面を選びましたね」
 俺がそう言うと、三木谷老人はきょとんとした表情でこう言った。
「ブサ面? 顔の美醜は恋愛に必要かね?」
「あ……、いえ……」
 必須だろ。なんでそれが分からないんだ。
 この人は確かにエリカの『パパ』だわ……。
「もちろん、相手を適当に選んだわけではない。可愛い孫のためだ。私は君なら恵梨香と波長が合うと睨んだから、君を選んだのだ」
「は、波長? えっと……、あ、ありがとうございます?」
 俺の要領を得ない回答に三木谷老人は曖昧に笑った。
「少し若者をいじめすぎたかな。――すまなかった。とにかく、ご苦労さん。君にはこのあと是非ともエンディングイベントが収録されたアペンドコンテンツをプレイしていただきたい。もう一度『ラブメモ』の世界に没入してね。そこでエリカと話し合ってきてほしい。それから、君の意見を聞かせてほしい。手間をかけさせるが、頼めないだろうか」
「願ってもないことです」
 俺は複雑な心境でそう答えた。三木谷老人はしゃべり過ぎて疲れたのか、俺に断ってベッドを水平に倒した。俺は三木谷代理の言葉に従って、広くて寂しいその部屋を後にしたのだった。

    ×             ×              ×

 それから代理に『ラブメモ』がどんなゲームだったかについて、稼働していた当時の状況も交えて色々補足説明してもらった。一通り説明を受け終わっても、どうしてAIが『自我』を持ち始めたのかは分からないままだった。
 AIが高度化したこの現代において、更にその二十年も三十年も先を行く技術で作られたことによって、人間との線引きが曖昧になってしまったのかもしれない。人間の持つ情報に、プログラムされた情報が追い付いてしまったのかもしれない。このことはいずれ、様々な分野において重大な影響を及ぼすことだろう。例えば死んだ人間をもう一度再現しなおすことだって容易になるかもしれない。人間にAIが代替できる時代が来るかもしれない。
 だけど――俺個人の考えとしては、人間は人間、AIはAIだ。代替などできるはずもない。いくら似ていようと、やっぱりそれは別物なのだ。
 三木谷恵梨香と由紀エリカのように。
 俺は、この二週間ちょっとに渡った『ラブメモ』のゲームプレイのデータを譲ってほしいという三木谷老人の要求をのんだ。老人はこうして『ラブメモ』を若者にプレイさせてはちょこちょことプレイデータを集めていたらしい。目的は高校生活を送るエリカの自然な姿を垣間見ること。俺はそれを快諾した。俺のプレイデータはこれまで『ラブメモ』をプレイしたユーザーの中で、初めてエリカを攻略出来たデータであるそうだから、おそらく老人がこれまで集めたデータのどれよりも濃いエリカ成分が詰まっていると思われる。俺のプレイデータを見て、三木谷老人の無聊を少しでも慰めることができたのなら、幸いである。
 その後、昼食を取って、広い露天風呂で身を清めてから、俺はクリア後のアペンドコンテンツである『ラブラブ☆メモリアル・オンライン 〜永遠のクリスマス〜』をプレイすることになった。
「んじゃ、いきまーす! デルタピサロさん、準備はいいすかぁー?」
 代理の間の抜けた声に、俺はベッドに横たわりながら答えた。
「ちょっと待ってください。まだVR眼鏡つけていないです」
 俺がもたついていると、代理はうらやましそうにこっちを見つめてきた。サングラスつけていても分かるくらい物欲しそうな顔である。
「あー、いいっすねー。三木谷さんもそうっすけど、俺もVR眼鏡つけられないんすよー」
「子供の頃から慣れ親しんでおかないと拒絶反応が出るらしいですね」
「そうっす、そうっす。俺がもしVR眼鏡使えたら、恵梨香ちゃん攻略してたんだけどなー。ほら、俺って結構シブカッコいいじゃないすかあ? 多分いけたと思うんすよねー」
「ははは……」
 多分、エリカにとって代理は結構好きな部類に入る人間だと思う。だけど、それは友達としてという話で、一人の男性としてという話ならまた変わってくるだろう。彼女にとって、代理は面白い人止まりなんだろうな……。
 あれ? そう言えば俺って何でエリカに好きになってもらえたんだろう? 疑問しかないんだけど。
「デルタピサロさん、オッケーっすかー?」
「あ、はい。VR眼鏡つけました。いつでも大丈夫です」
「はーい。んじゃ、いきまーす。ゲームスタート!」

「いざ! 没入でござる!」

 俺は大きな声でそう叫んだ。VR眼鏡が俺の声紋に反応し、低い駆動音を響かせる。
 黒い視界が青くなる。リアルボディの感覚が薄れ、不思議な浮遊感が俺の体を支配する。
 そして俺は、仮想の世界へ落ちていく。
 再び、彼女に会うために。

    ×              ×               ×

 数時間ぶりに降り立ったラブラブ☆メモリアル・オンラインの舞台である常盤市は、一面白銀の雪に覆われていた。
 俺はログアウトした教会の前の石畳にリスポーンした。ログアウトしたのは夕方だったはずなんだけど、周囲はほのかに明るくなっている。空を見上げると相変わらずの曇天だった。時折、思い出したかように小さな雪片が空中を浮遊している。教会前の街路には人が行き交い、ジングルベルが流れている。俺が後ろを振り返ると、教会内に明るい光が灯っていて、中から聖歌隊の美しい歌声が聞こえてきていた。
 俺は高校の制服を着ている。ポケットに入っていた携帯端末を取り出し、日にちと時刻を確認してみれば、今日は十二月二十四日で時間は午後三時を回ったところだということが分かった。携帯をポケットに戻し、視線を前に向けると、視界映像が暗くなり、『永遠のクリスマス』というタイトルが表示された。白い明朝体のフォント――飾り気のないタイトルロゴだ。
「『永遠のクリスマス』――アペンドコンテンツの名前って、エリカの特殊能力名から来ているのかな」
 あんまり深い意味はなさそうだけど。
 タイトル表示が終わり、視界が再びクリスマスの街路に戻る。
 えっと、これ、どこに行けばいいんだ? エリカを探せばいいんだろうけど、彼女がどこにいるか分からない。エリカの家は――分からないことはない。彼女の家は和菓子屋さんだ。和菓子屋『由紀』って学校では有名な甘味処なのである。……このゲームでは長らく彼女がいなかったので俺は行ったことがなかったんだけど。

「やあ、戻ってきたんだね、デルタピサロ」

 俺が周りをきょろきょろと見回していると、不意に後ろから声が掛かった。
「面太郎君……」
 彼はグレーのダッフルコートに紺のマフラーという出で立ちでポケットに手を突っ込んで立っていた。面太郎は「はぁ」と白い息を吐くと、雪を踏みしめながら俺に歩み寄ってきた。
「まさか、本当に君がプレイヤーだったとはね。驚いたよ。同時に、少し寂しくもある。君は、この世界の住人にはなってくれないんだね」
「最初からそう言っていたはずだが」
「はは。そうだね。話を聞かなかったのは俺だ。我ながら、早とちりをしたもんだ」
「面太郎君、俺に何か用なのか?」
 俺がそう問うと、面太郎は空を見上げた。
「別に」
「今日は十二月二十四日だぞ。ヒロイン達はいいのか?」
「心配しなくても、このあと八人分のクリスマス・イブを満喫するさ。――君に会いに来たのは、胸騒ぎがしたからだ。もうすぐ、この世界が終わるんじゃないかって」
「……君は本当に変わったNPCだな。元を正せばただのプログラムなのに、胸騒ぎなんて」
「どうやら、本当に終わるらしいな」
 面太郎は俺の瞳を覗き込むとぽつりとそう言った。
「――――――――」
 俺では『ラブメモ』の維持は出来ないからな。精々できるのは、限定的に切り取ったマップの一部と一緒に、NPCの何人かをデータ化して連れ出す程度だ。まるでペットでも持ち出すような感覚で。
 三木谷老人はこの世界の維持をする気はないらしいから、俺が持ち出したとして、残りの世界はサーバーごと取り潰すだろう。面太郎の愛した『ラブメモ』の世界は、もうどうあっても滅びの道を避けられない。運命は決まってしまっている。
 面太郎は街路の隅の自動販売機に歩いていくとホットコーヒーを一つ買った。それからいつもの笑みを浮かべながら俺のところへ戻ってくる。
「そうか。終わるのか。長かったような短かったような。まだまだ遊んでいたかったけど、別段やり残したこともないからいいか、はは」
「嫌じゃないのか?」
「別に。言っただろう? この世界が滅ぶとしても、俺は最後の一秒まで女の子達と遊び続けるって。……でも、そうだな、デルタピサロにこのゲームの面白いところをわずかしか伝えられなかったのは残念だ。俺の好きな『ラブメモ』を、もっともっと教えてやりたかったのに」
 俺は肩をすくめた。
「それは、時間があっても御免こうむる。君は遊びでやっているんだろうが、こちとら死ぬ気でやっているんだ。俺の精神がもたない。もう寝取られるのはごめんだ。新たな性癖に目覚めてしまいそうになる」
「お、その性癖に目覚めればエリカは俺の物になるね。いいね、俺もなんかわくわくしてきた。ねえ、デルタピサロ、今から寝取りあいこしないか? そっちはエリカ、こっちは手持ちから撫子と清次を出すよ。お互いに寝取りあいしないか? きっと楽しいぜ!」
「天下の公道で平然とスワッピングに誘うな! 速雄とでもやってろ!」
 俺が冷たい目で面太郎を見ると、彼は本気でがっかりしたように肩を落とした。
「駄目か。絶対楽しいのに……。あの撫子が君のような豚のチ〇ポによがりながら『面太郎様〜、こっちの方が気持ちいいの〜』ってアヘ顔したら、興奮しないか? 君はそのエリカバージョンが味わえる」
「面太郎君、一応言っとくけど、エリカは能力により寝取り不可だ。その上で真面目にコメントすると――うむ、不覚にも勃起してしまったでござる、すまぬ。どうやら俺はエリカをド淫乱にしてアヘ顔にさせたい欲望があるようだ。だが神は人の手は借りない。やるなら自分の力で彼女を淫乱にしてみせる」
「はっ、相変わらず口だけは強気だね。俺に言わせれば、十二時間耐久ディープキスをしてから出直して来い、だ」
「それは頭おかしい」
 俺たちはお互いに見つめあい――声を上げて笑った。作り笑いではなく、素の笑いだ。俺たち二人の笑い声は、雪の積もる教会前の街路に控えめに木霊していく。
 やがて俺と面太郎は拳を突き合わせた。俺は手を引くと、無言で踵を返した。
「待ちなよ!」
 振り返ると、ぽーんと缶コーヒーが飛んでくる。俺はそれを両手で受け取った。面太郎の方を見ると、彼はもう背を向けて歩き出していた。
「がんばれよ、デルタピサロ」
 彼の顔の横から白い呼気が命の残滓のように流れた。
 俺は手の中にある温かい缶コーヒーを握りしめた。
「ありがとう、池面太郎。お前は、最高のイケメンだよ」

    ×               ×               ×

 和菓子屋『由紀』の位置を、携帯端末を使って割り出し、俺は道を急いだ。面太郎から貰った缶コーヒーは一気飲みしてくずかごに放り込んでおいた。神は過去を引きずらない。大切に取っておくなんて真似はしないのだ。
 和菓子屋『由紀』は教会から歩いて五分くらいの位置にあった。武家造りの店構えの前には客が列を作っており、クリスマス限定の和菓子ケーキとやらを買い求めていた。エリカはこの世界の父親と思しき人物と接客をしていた。割烹着っぽい売り子さん姿だ。やはりエリカは世界一可愛いな。間違いない。
 俺が列の横から店の中を覗くとすぐにエリカがこっちに気が付いた。エリカが父親に話しかけ、彼は俺の方を一瞥して、エリカに向き直る。彼の口が『行ってきなさい』と動かされた。俺はそのまま店の横でエリカを待った。
 待つこと十分。裏口が勢いよく開き、中から制服に学校指定のコートを着たエリカが飛び出してきた。髪はいつものようなポニーテールでなく、ストレートだ。
「お待たせ!」
「なんで制服なんだ?」
 俺は首を傾げた。ちなみに高校は十二月二十四日――つまり今日に終業式があったはずなので、特にもう着る意味はない。
 エリカはストレートの髪をゴム紐で手早くまとめながら答える。
「だって、デルタピサロ君が制服だから」
「あ――――」
 そういや、そうでしたね。俺、制服だった。しかもコートもマフラーも着けていない。皮下脂肪たっぷりなのでちょっと肌寒い程度だけど。
 つまり、制服デートですか。
 はは……。この俺が、制服デートね。
 ポニーテールになったエリカはコートの中から一個の紙袋を取り出した。
「じゃーん! 寒そうな格好のデルタピサロ君にプレゼントです!」
 彼女はそう言うと豪快に紙袋を破った。
 自分で破るのか……。相変わらずエリカはどこかずれているような気がするが、そこがまた可愛いんだよなぁ。あと俺、さっきから可愛いしか言ってないんだよなぁ。
 で、紙袋の下から現れたのは紺色の手作りマフラーだった。
 おおー、このマフラーの両端とかすごく手作りっぽい! 作りもしっかりしていて暖かそうだ。器用に作ってあるなあ。流石器用貧乏さんことエリカだ。何でもそつなくこなす。
「ありがとう。俺からはあとで渡すよ」
「え!? デルタピサロ君が私に何かくれるの!? うわー、何だろう、楽しみー! ――エロゲとか?」
「ブッ!? なんでそうなるんだよ!?」
 エリカが頬を赤らめて、歯に物が挟まったように言葉を発する。
「だ、だって……、デルタピサロ君変態だから、彼女の私にエロゲのテキストを朗読させそうだなって思って……」
 どんな特殊な趣味だよ!
 でもいいな! 今からやって貰おうかな!
 朗読するのはニュース原稿でお願いします!
「エリカ、流石にクリスマスにそんなものは送らない。プレゼントは、数日前にこんなこともあろうかと用意しておいたものだ。エロゲなんかじゃ断じてない」
「ふーん? ま、何でもいいや。――あ、プレゼントはまだあるんだった。毛糸がね、余っちゃって、一緒に手袋も作ったの。……あれ? どこいったかな?」
 エリカはぱふぱふとコートを手で叩いて手袋入りの紙袋を探している。
「コートの中にしまったのか?」
「うん、そのはずなんだけど……。あっ、あった。あちゃー、制服着る時に上着に巻き込んで着ちゃったみたい。うー、背中の方がもこもこするよー」
 エリカが眉毛をハの字にする。かわいい。
「一旦脱いだら?」
「うん、そうす……。あっ」
 エリカは何かを閃いたように体を止めた。それから悪戯を思いついた子供のような顔になって、俺の耳元に唇を寄せる。
「ねえ、デルタピサロ君が、取って」
「はあ!? ……しょうがないな、もう」
 俺はエリカのコートの中に手を差し込み、中をまさぐった。うわあ、エリカの匂いが鼻いっぱいに広がるー……。
「あむ」
 エリカが俺の唇にキスしてきた。
「ふお!? ちょ、おい、エリカ!? んむむ!?」
「デルタピサロ君がエッチな手つきで私の体を触るからだよぉ。――んっ、そこ、お尻」
「え? あ! ご、ごめん!」
「エッチなデルタピサロ君にはぁ……、お仕置きがいっぱい必要だね。むちゅー!」
「ほげえ!? 駄目、駄目だって、エリカ! あっ! おおん!? や、やめ! あっ! ひっ! いやぁぁぁぁぁん!? はぁぁぁぁぁん!!!!」
 そのとき俺の背後で裏口のドアがガチャリと開く音を立てた。びくりと俺とエリカは体を硬直させる。俺たちが恐る恐る開いた裏口の方を見やると、エリカのお父さんが厳かな顔でこっちを見ていた。
 ひぃぃぃぃ!?
 ぶっ殺されるぅぅぅぅ!?
「……エリカ、ホッカイロを持っていきなさい」
 お義父さん(あ、お義父さんって呼んじゃった! 心の中でだけど!)が貼るタイプのホッカイロを右手に揺らしながら野太い声でそう言う。
「…………はぃ」
 エリカがホッカイロを受け取ってすごすごと俺の方へ戻ってくる。
 エリカが背を向けた瞬間、お義父さんは俺に向かって無表情で親指を立てた。
 え? 俺は無罪なの?
 さらに彼は後ろから文字が書かれたわら半紙を取り出す。
「えっと、『エリカは多分お尻が弱い』……?」
「ぶっ! デルタピサロ君! 何言っているの!? 今はお父さんが聞いているんだよ!」
「いや、これはお義父さんが! あっ、お義父さん引っ込んじゃった! ちょ、ドア閉める時に敬礼とかしてんじゃねえよ! これ初デートだからな!? 俺はなんもやらないからな!?」
「も、もう……! 行こ、デルタピサロ君」
「お、おう……!」
 俺はエリカから貰ったマフラーと手袋を装備し、彼女のあとを追った。

    ×              ×              ×

 それから俺とエリカは気ままに街を散策した。特にあてなど無く、大したデートプランもない。一応、頭に入っている美味しい喫茶店の位置だけには注意しつつ、さりげなくエリカを誘導した。彼女が疲れたら喫茶店に入ろう。と言っても、体力の値からして先に疲れるのは俺の方だと思うけど。
 ウィンドウショッピングする俺たち二人の間には、基本的に会話は無い。偶に思い出したかのようにどちらかが発言し、もう片方が何かを返す。二人で笑いあって、また沈黙。一見、微妙な雰囲気のカップルのようだが、俺の心は穏やかだった。沈黙が楽しい! 何も言わなくても、思いが伝わる! 落ち着いていて安心する!
 制服デートということで、俺たちは学生らしくあまり散財しない。冷やかしでモールの洋服屋を覗いたり、雑貨屋の店頭にあるサングラスをかけてみたりする。エリカは気まぐれな猫のようにあっちの店に行ったり、こっちの店に行ったりふらふらしている。その後ろを俺はゆったりとついていく。
 手を繋がないカップルがいるらしい。
 それは俺とエリカの事だ。
 向かいから腕を組んで歩いてくるカップルを、俺たちはそれぞれ左右に分かれて避ける。まるで他人みたいだ。だけど、気づけば彼女はすぐそばに戻ってきていて、突っつくように手の甲を触れ合わせる。これで付き合っているというのは――我ながらちょっと不思議だった。
 日がとっぷり暮れるまで俺たちはショッピングモールを練り歩き、そのあと軽食を取るために喫茶店に入った。店内はカップルであふれていた。ははっ、まさかこの俺が女の子と一緒にティータイムとはね。

 ゲームの中でだけど!!

「このあとはどこ行く?」
 エリカが尋ねてくる。俺は紅茶を一口飲んでから答えた。
「俺に考えがある。ついてきてくれないか? 少し歩くけどいい?」
「平気だよ。あ、でも流石に五時間歩きますとか言われたら困っちゃうかな」
 エリカがモンブランを口に運びながら答える。俺は苦笑した。
「流石にそこまで歩かせるほど非常識じゃないよ」
 店を出ると、モール街には明るい照明が点いていた。アーケードの向こうは対照的に真っ暗だ。携帯で時間を確認すると午後九時を回った頃だった。随分と喫茶店にいたみたいだ。気づいたら俺、コーヒー七杯も飲んでいたもんな。エリカはケーキを四個も食べていた。エリカはなかなか健啖のようだ。彼女はこれに加えてスパゲッティとピザも頼んでいた。一方、俺はこんななりだが、運動しないだけで、食の量は普通である。コーヒーとフレンチトーストでお腹いっぱい。
 アーケードを抜けた俺は暗い歩道を歩いていく。そのあとをエリカは鼻歌を歌いながらついてくる。俺たちは人の流れに逆らうようにひと気のない方へと歩いていく。
 そして――たどり着いたのは、俺たちの通う市立常盤高校だった。俺は学校の裏手に足を向け、予め緩めておいた鉄柵の一部を取り除いて中に入った。少し引っかかったが問題はない。一方のエリカは柵の間を悠々とすり抜けていた。
「なんかわくわくするね! 冒険って感じで!」
 エリカが白い息を吐き、声を弾ませる。
「そう言ってくれると思った。これが撫子さんなら、学校へ侵入するなんて、見つかったらどうするんですかって言っていただろう」
「……どうしてあの人の名前が出てくるの?」
 エリカは驚くほど冷めた声を出した。予想通りの反応だ。
「それは、最初から俺が君に送るつもりだったということを証明したかったからだ」
 俺の言葉の意味が理解できないのか、エリカは首を傾げる。俺は彼女の手を取ると、そのまま学校の敷地内へと入っていく。校舎の鍵の壊れているところは予め調査してある。校舎の硝子戸を少し持ち上げて鍵を外す。俺は中に入った。エリカも無言で俺についてくる。
 やがて俺たちがいつも授業を受けていた二年E組の教室に辿りついた。
 エリカはE組の教室を見回して「私たちの教室だね」と当たり前の事を呟いた。
 俺は頷く。
「そう。そして、俺たちが最初に出会った場所でもある。……エリカ、こちらへ」
 窓際にある俺の席の横にエリカを誘う。俺は窓の鍵を外し、全開にした。冬の冷たい風が教室に流れ込んできた。
 窓から教室の内側に垂れていた導火線を取り上げる。
 実は今日、エリカの家に着く前に、クリスマスの予定が無い速雄に電話して、この導火線をここまで引っ張り上げておいてもらったのだ。
 速雄――奴もいい奴だった。少しばかり考えが足りなかったが、細かいことにこだわらないさっぱりした男だった。あいつは今日やることが無いからという理由だけで、エキストラ出場してくれたのである。
 俺は導火線をエリカに見られないようにしながら慎重に位置を取った。
 エリカは撫子さんの名前を出した時からむすっとしている。並の人間なら彼女のことを面倒くさい奴だと思うのだろうが、残念ながら俺は攻略神デルタピサロだ。エリカのそういう膨れ面すら可愛いと感じてしまう。
 モールを散策中に買ったライターをこっそりと取り出す。そして、そっぽを向いているエリカの肩を優しく掴んだ。
「え……? 何……?」
 彼女の声を無視し、俺は腹に力を入れて、強い声でこう言った。

「これから君に、魔法をかけよう」

「ま、魔法?」
「目を閉じて。そう、じゃあ行くよ。合図したらすぐに運動場を見てくれ。――スリー・ツー・ワン」
 俺は導火線に火をつけた。シュッと鋭い音がして火が走る。
「ゼロ! はい、目を開けて!」
 エリカが目を開く。瞬間、運動場に光の線が走った。
 広い運動場の、左端。そこにまず現れたのは山を二巻きもするほどの大蛇の絵。そしてそれに立ち向かう王子の雄姿。
 光の線は走る。
 大蛇と王子の輪郭が薄れ、その少し右に、今度は陽気に笛を吹く道化師――パパゲーノの姿を描いた絵が浮かび上がる。
「こ――これって!」
 エリカが開け放たれた窓に駆け寄って下を覗いた。
 運動場に走る光の線は、ゆったりとしたドレスを着こんだ、夜のように美しい女王を浮かび上がらせた。
 大蛇、王子、陽気な道化師、夜の女王。
 それらが登場するのは、ある天才が生み出した有名なオペラ。

「モーツアルトの、『魔笛』……!」

「そう。君が俺に興味を持ってくれるきっかけになった作品だ」
 エリカは感動したように目を潤ませ――そして、ふと悲しげな表情を作った。
「でもこれ、撫子ちゃんのために作った奴なんでしょう?」
「君の事だから、そんな風に考えていると思ったよ。今日、マフラーと手袋を貰った時、俺からもプレゼントがあると言っても、反応が微妙だった理由は、俺が撫子さんへ渡すつもりだったプレゼントをエリカに流用するつもりじゃないかと考えたからだろう? そのあとの過度なスキンシップは、嫉妬の表れだった」
「そ、そんなことないもん。デルタピサロ君は、自意識過剰なんじゃない? ……あっ」
 冷たい台詞の途中で――エリカが目を見開く。
 魔笛の全ての演目が光の線によって描かれ切ったあと、運動場の手前半分に一気に光が溢れ、大きな文字を浮かび上がらせた。
『エリカに送る』
「――――――――」
 エリカは絶句した。
 勝った。
 エリカ、残念ながらお前の彼氏は君の想像をはるかに超える男なのだよ。そこらの雑魚NPCと一緒にしてもらっては困る。何せ、俺は神だからな。ギャルゲー攻略の。
「撫子さんへのプレゼントを作っている時、俺は無意識のうちにずっと君のことを考えていた。この魔笛の絵は――あの頃の俺にとっては失敗作だった。思えば、俺はずっと前から君に惹かれていたのだと思う」
 俺は言葉を紡ぎながらゆっくりと自分のロッカーへと歩いていく。そして、ロッカーの底に置いてあった布を取り払う。下から出てきたのは――エリカへのプレゼントだ。俺はそれを取り上げると、エリカのもとに戻り、差し出した。
「君に――。撫子さんではなく、君のために選んだ。どうか、受け取ってほしい」
 エリカは震える手でプレゼントを受け取ると、まごつきながらも包みを開いた。下からは、直方体の箱が出てくる。透明なプラスティックのふたは、箱の中身をその場で教えてくれる。箱の中に入っていた物は、果たして――。

「綺麗なリボン……! あ、このゴム紐可愛い……!」

 エリカの自慢のポニーテールを縛るためのリボンの詰め合わせだった。全て一つ一つ別の店で選び、箱は俺が自作した。合計十種類の髪を縛るリボンたちは、全部エリカの好きな淡い赤色を基調としている。
 ――ここだ。
 この一撃で墜とすッ!
 墜ちろッ! エリカッ!

「君にしか、似合わない……!」

 エリカは一瞬呆気にとられたような顔をしたあと――、
「ぶっ、あははは!」
 ……思いっきり、噴き出した。
「ええー!? 何で笑うの!? そこは感動して泣くところだろぉ!?」
「あ、ご、ごめ……! で、でも、くさ……! 台詞臭すぎ! 君にしか、似合わないって……! ぶほっ、ぶはははははは!」
 エリカが上品に笑いきれずに変な音を出している。
「笑われた……。俺が数時間考えて生み出した決め台詞が……。笑われた……」
 俺は肩を落とした。
 完璧だと思ったんだけどなあ。
「ぶはははは! ぶひゃ、ふご! ぶははははは!」
 無人の教室にエリカの笑い声がこだまし続ける。
 運動場に浮かび上がった光は、やがて消えた。

   ×              ×              ×

 それから、しばらくあと、俺とエリカは一つの机の上に腰を下ろして運動場を見下ろしていた。エリカの頭がこつんと俺の肩に当たる。
「ごめんね、笑っちゃって。でも、悪気はなかったんだ。えっと、デルタピサロ君、かっこよかったよ。マジシャンみたいだった」
「いいさ、もう」
 俺はため息を吐いた。「それより、俺の方こそまどろっこしいことしてすまなかった」
「ううん。私こそ嫉妬深い女でごめん。多分一生なおらないと思う」
「どうせ俺はエリカ以外の女の子からは相手にされないよ」
「そうかなあ……」
「そうだ。俺は攻略神だからな」
「――――――――」
「――――――――」
「ねえ、大好きだよ」
 彼女の言葉に俺は眉根を寄せた。
「エリカ。実は大事な話があるんだ。――このゲームは、近々機能を停止する。サービスが終了するという意味じゃない。この世界自体が廃棄されてしまうという意味だ」
「――そっか。いよいよ、そうなったか」
 エリカはため息を吐くようにそう言うと、俺の肩から頭をどけた。俺はエリカの方へ顔を向けると、続けた。
「君の正体も分かった。君がどうやって生まれたのかも」
 俺は三木谷老人から聞いた話をそのままエリカに伝えた。エリカはそれを黙って聞いていた。やがて、俺が全部話し終ると、教室には重苦しい沈黙が流れた。
 俺がどう切り出そうかタイミングを計っていると、エリカがそんな俺の葛藤を察知したかのように――いや、きっと察知したのだろう――口を開いた。
「私は、このままこの世界と一緒に消えるよ。多分、それが一番いい」
「どうしてだ!?」
 俺は鋭く聞き返した。「俺の事なら心配しないでいい。俺は君と一緒にいたい」
「でも――私は、君の住んでいる世界にはいけない。一緒にはいられない」
「俺が君に会いに行けばいい。俺はこっちに来られる」
「駄目だよ、デルタピサロ君、このゲームに固執しちゃ。君の現実生活に影響しちゃうよ。君は優しいから、多分毎日私のところに来てくれるんだと思う。でも、やっぱり君の体は現実に存在する。現実は変化し、デルタピサロ君はそれに対応していくけれども、私と『ラブメモ』は変わらない――変われない。齟齬ができて――最後には私という存在が足かせになる。パパの言うことは正しい。君は囚われちゃいけない。このゲームにも――悔しいけど、私にも」
「俺を攻略しておいてそれはないだろう、エリカ!」
「ごめんなさい。でも――」
「現実なんてクソくらえだ!」
 俺は叫んだ。「どうせ俺はド底辺だ。今更リアルがぼろぼろになったところでかまやしない! 君さえいてくれたらそれでいい! 他は何も要らない!」
 エリカははっと目を見開いた後、微笑んだ。
 これは、俺を受け入れてくれたという意味の笑みか?
 俺と生きることを望んでくれたか!?
 やった!
 エリカは右手を大きく上げたあと――鋭く斜め下に打ち下ろした。
「え?」
 呆けたような声を上げる俺。
 気づけば静かな教室には、たるんだほお肉を思いっきり叩いた音が鳴り響いていた。
「ごめんなさい」
 俺を殴ったエリカは、落ち込んだ様子で右手を体の横に戻した。「でも、デルタピサロ君にはちゃんと生きてほしいの。三木谷恵梨香が生きられなかった分を、思いっきり生きてあげてほしい」
「――――――――」
「それと――自分をそんな風に卑下しないで。君は素晴らしい能力を持っている。君が本気になれば、何にでもなれるし、何でもできる。可能性は無限大にあるよ。だから――簡単にリアルを捨てるとか言わないで」
「エリカ――」
「私は、君の足を引っ張ってまで生きたいとは思わない。――ごめんなさい」
 俺は俯いた。
 彼女は――エリカは、俺を拒絶した。俺のためを思って拒絶したのだ。それが彼女の考え方であり、つまるところ全てだった。
「そうか」
「うん。ごめんね。でも、私は消えてしまってもずっとデルタピサロ君の味方だから」
 彼女は言って、儚く微笑んだ。
「エリカ……」
「でも、そうかー。結局私は三木谷恵梨香のコピーだったわけだ。ようやく自分の事が分かったよ。お父さんの記憶と『パパ』の記憶――私にとっては、どちらも真実だったんだ」
「それは違う」
 俺は静かに彼女に向けてそう言った。エリカは膝を抱えた。
「どう違うの? 私は三木谷恵梨香の膨大な情報をから作り出された人工知能。彼女の劣化コピーじゃないなんてどうして言えるの?」
「確かに三木谷恵梨香の人格をベースに君は作られたのかもしれない。だけど、君には人格があり、人に存在するような感情がある。その一つ一つが劣化コピーであるはずがない。君が取る選択肢は三木谷恵梨香が取っただろう行動と違ったかもしれないし、同じだったかもしれない。だけど、それぞれの選択肢を選ぶことに優劣は生じない。たとえ間違った選択肢を取ったとしても、それを含めて君なんだ。同じことは感情にだって言える。悲しいと感じるところを面白いと感じて何が悪い。それも個性だ」
「――ふふ。ありがとう。物は言いようってことかな」
「違う。俺は、由紀エリカが取った選択肢の一つ一つの結果、由紀エリカを好きになった。由紀エリカが感じた一つ一つの感情によって、大きく救われたんだ。三木谷恵梨香? そんな人間は知らない。俺が好きになったのは、由紀エリカなんだ」
「あ――――」
 俺は衝動的に彼女を引き寄せていた。そして――普段は奥手な俺からすれば信じられないことだが――強引に唇を奪っていた。
 エリカの柔らかな唇を感じる。
 彼女の唇の味は――塩辛かった。
 エリカは――泣いていた。
 俺は無言で彼女を抱く腕の力を強める。
 俺のポケットの携帯端末が大きく震えた。同時に設定していた棒読みちゃんが死刑宣告までの時を告げる。「現在、二十三時五十分ダヨー。あと十分で、日付が変わるヨー」
「……終わりだね」
 エリカは俺の胸をとんと押すと、あっさりと俺の腕の中から離れた。俺は反射的に腕を伸ばし――思いとどまって握り拳を作った。
 エリカは続ける。
「イベントはあと十分で終わる。同時に私は新しいサイクルの十二月十四日に戻る。これを――この世界が壊れるまで続ける。デルタピサロ君、停滞しかできない私を許してね。本当はずっと君の傍で君と支え合っていきたかった」
 エリカはが小さく手を振り続けた。
「君の事は忘れない。――バイバイ」
 瞬間、俺の心がざわめいた。
 俺は、ぽつりと呟いた。
「――まだだ。まだ終わらない」
「ううん。終わりだよ。私たちの物語はもう終わる」
「ッ! 違うッ! 終わらないッ! 俺が終わらせないッ! ――特殊能力を発動する! 特殊能力ラブラブ☆メモリアル発動! きゅんきゅんきゅんのッ! ラーブラブッ!」
 俺は振り絞るように能力解放コマンドを叫ぶ。

『能力発動!
 ヒロインの攻略状況を保存しています!
 ヒロインの人格データを保存しています!
 バックアップ作成。
 ヒロインフォルダに由紀エリカが保存されます。
 しばらくお待ちください』

 ゲームの巻き戻しが始まる。
 二十五日は十四日に変わる。教室の壁の映像にラグが走り、床は黒く溶けるように崩壊していく。
 俺とエリカの間にも黒い亀裂が走った。
 エリカは訝しげな表情を浮かべる。
「デルタピサロ君、何をしたの?」
 俺はエリカの方を真っ直ぐに向いて宣言した。
「君のデータを保存した。――君を生かすために!」
「生かすも何も、私のデータはループでは完全に初期化されない。その行為に何の意味があるの?」
 俺は口の端をつり上げた。
「ループを超えるためではない! 他の媒体に君を移すためだ! そのために、君というデータを根こそぎ貰って行く!」
「……私をペットにする気?」
 エリカが悲しげな表情を浮かべる。
 データを持って帰って、俺のパソコンに入れて、中の限られたハードのスペースに移す――その行為は、彼女の言う通り彼女をペット化することと変わらない。俺が彼女を求めるとき、アプリを起動して、彼女と話をする。終われば電源を落とす。そうすれば、確かに彼女は永遠に俺と一緒にいてくれる。ずっと停滞したままいてくれる。今、俺がやっている『ラブメモ』の縮小版のような行為だ。
 エリカは俯いた。
「デルタピサロ君。それは間違っているよ。私というイレギュラーを完全にコピーできるわけがない。あくまで作り出すのは私のような姿をした誰か。デルタピサロ君は、永遠に私の『影』を追い続けるつもり?」
「ククククク! クハハハハハハハ!」
「デルタピサロ君!? 聞いているの!?」
「聞いているさ!」
 俺は怒鳴った。「ちゃんと聞いているとも!」
「だったら――!」

「それでも俺は、君を連れ出す。そしていつか、現実世界に君を顕現させる!」

 俺は叫んだ。「俺たち人間が仮想世界に入れるようになったんだ! 逆だってできる! 君を、現実世界で人間にする! 研究して、君と言う人格を、ロボットか何かに植え付け、人間と変わらなくする! 君がこっちへ来い! エリカ!」
 エリカは愕然とした表情になった。
「正気!? 君は、人間を創るというの? ――発想が狂っている! 神様にでもなったつもり!?」
 俺は両目に静かな決意の炎を揺らめかせながら首肯した。
「そうだ。俺はこの時をもって、攻略神デルタピサロではなく、そのはるかに上位の存在、攻略創造神デルタピサロを僭称する!」

「止めて!」

 エリカが金切り声をあげた。
 俺の瞳をエリカの強い視線が射抜いた。
「デルタピサロ君、もう止めて。――止めて。それは駄目。君だって、分かっているんでしょう?」
「――――っ。でも」
「お願い――止めてください」
 俺は胸が痛むのを感じた。
 エリカが――本気で嫌がっている。
 本気で悲しんでいる。
 俺は――。
 俺は――特殊能力の中断コマンドを入力した。
 能力によるヒロインの保存行為が強制終了し、コピーされ始めていた一時ファイルは、跡形もなく消え去った。
 俯いたまま、その場に立ち尽くした。
 彼女は、どうあっても、この世界と一緒に消えるつもりだ。
 俺の力では彼女の気持ちを変えられない。
 初めての『挫折』。
 一度決めたらどんな状況でも決して諦めることのなかった俺は、この時初めて自分を『曲げた』。
 その場に崩れ落ちる。涙は出ない。ただ、空虚だった。
 そんな俺を、石鹸の香りがふわりと包み込んだ。
「あ……」
「よく思いとどまってくれたね。偉い、偉い」
「俺は――君を救えない……! 救えないんだ……!」
「よく聞いて、デルタピサロ君。私は、確かに救われなかったかもしれない。でも、君に思いを託すことができる。それが――あるいは、未来において私の救いになってくれるかもしれない」
 エリカは俺の顔をじっと見つめてそう言った。俺は食らいついた。
「その思いって何だ!?」
「私の彼氏が、誰もが羨むような男性になること」
「彼氏――お、俺!?」
 エリカは頷いた。
「現実に生きてほしい。デルタピサロ君らしく生きてほしい。その上で、この人が私の彼氏なんだぞって誇れる人になってほしい。デルタピサロ君のその熱意を、より開かれた現実世界に向けてほしい。より良く生きてほしい。――それが、私の思い。ううん、願いだよ。どう? 叶えてくれる?」
「――――――――」
 俺はしばしの間彼女の顔を見つめた。熱の消えた心臓に、再び火が灯るような感覚を覚えた。
 ポケットの端末が震える。「メリー・クリスマス! メリー・クリスマス!」棒読みちゃんが、日が替わったことを教えてくれた。俺の視界が暗転し、システムメッセージが表示された。

『制限時間になりました!
 シナリオ:『永遠のクリスマス』は時間制限と同時に自動的にクリアとなります!
 『永遠のクリスマス』攻略達成おめでとうございます!
 この世界の記憶を得て、貴方は元の世界へと戻ります!
 このコンテンツは一度しか見ることが出来ません!
 このコンテンツは保存されません!
 データを消去しています!
 しばらくお待ちください』

「――約束しよう、エリカ」
 俺は立ち上がった。
 教室の映像に激しいラグが走り、崩壊急激に加速していく。
 エリカも立ち上がると強い視線で俺を見た。
「お願いね」
「おうとも。俺は――攻略神デルタピサロ。神は、約束を破らない。君の願いを受け、ギャルゲーの神は、現実世界に爆誕するだろう。二つの世界で生きる神となるだろう」
「うん、ファイトだよ!」
「ありがとう、エリカ。これまで数えきれないほどのギャルゲーをプレイしてきたが、ここまでの感情を抱いたのは君が初めてだった。――多分、初恋だった」
「ふふ……ありがとう。――ありがとう」
「俺は冒険に出るよ。現実世界の連中が、どれほどのものか、俺が見定めてやる」

『元の世界に戻ります』

 霞みゆく視界映像の中、エリカは笑った。
 大輪の花のように笑った。
 彼女の唇が動く。
「             」
 声は届かない。しかし――思いは受け取った。
 俺はうわごとのように繰り返す。
「さようなら。――さようなら。――さようなら。――さようなら……」



エピローグ



 時間は過ぎる。
 光陰矢の如しとはよく言ったものだ。
 例えば、『ラブメモ』で過ごした二週間ちょっとは、俺にとって一瞬で過ぎ去る閃光のように短い期間だった。
 たったそれだけの間に、俺はおっぱい星人として高度な次元に昇華し、アヘ顔大好き特性という新たな分野を開拓した。
 人は変わる。
 変わらない人なんていないから、人は変わるのだ。
 俺はそんなことも――学んだ。
 薄暗い部屋。
 カーテンを閉め切ったとあるマンションの一室。
 俺は今日も今日とてギャルゲーにいそしんでいた。

「んほおおおお! このヒロイン超かわいかったでござるぅぅぅぅ! ぺろぺろぺろぺろ!」

 テクノブレイクッ!
 ふぅ。ごちそうさまでした。あとでレビューサイト更新しておかないとな。依頼された動画は投稿予約しておいたからこっちは問題ないか。あ、『ゲー研』の連中と共同攻略しているクソゲーのレビューがまだだった。エンディングから始まって文章が逆走し、最後はバッドエンドへ飛ぶというこれまた厄介なクソゲーだ。ちょっとバグが多くて攻略が難航している。週末は潰れたなー。
 俺のPCに設定しておいた棒読みちゃんが「時間ダヨー」と声を上げる。おっと、もう時間か。それじゃ、そろそろPCの電源落とさないとな。
 俺は腰かけていた椅子から軽やかに飛び降りた。
 椅子は軋まない。床も悲鳴を上げない。俺の両足は、トンと小さな音を立ててフローリングの床に着地した。
 カーテンを開けて、窓も開ける。外からは東京の少しごみごみした空気が入ってきた。俺はパパゲーノのテーマをハミングしながら洗面所へと足を向ける。

 鏡の前には、痩せて、髪を切って小綺麗になった俺の姿があった。

 顔も肉のたるみがなくなり、髪型と眼鏡でブサ面オーラを大体抹消。普通に見ることができるレベルの顔面になっていた。俺は眉毛と髭を剃って、歯を磨く。美容院のスタイリストさんに勧められたワックスで髪型を整えて鏡をのぞく。
「よし、今日も相変わらず顔は超絶不細工だ。だけど、それ以外は許容範囲! ――何着ていこうかなあ」
 俺は独り言を言いながら洗面所から出て部屋のクローゼットを開けた。
 ……『ラブメモ』を攻略完了してから、はや二年経った。
 あれから――。
 俺がログアウトしてから数時間後、『ラブメモ』は取り潰された。代理は貴重な人工知能のサンプルがーとか言っていたが、俺としてはそういう感情は起こりえなかった。その後、お金をもらった俺は、日常に戻った。
 しかし、以前の生活に戻るわけにはいかなかった。彼女との約束があったからだ。現実に生きる、より良く生きる――その達成基準はどんなものか想像もつかないが、とにかく、そのままの自分ではいけないことは明らかだった。俺はとりあえず、大学へ行くことに決めた。
 通っていた高校は辞めた。それから東京に出て、寮付きの予備校に入り、一心不乱に勉強した。俺は勉強が嫌いだったし、才能もなかったけど、エリカとの約束を胸に戦い続けた。一時は勉強しすぎて禿げてしまったが、無事大検に受かり、センター試験で超絶優秀な結果を叩きだした。一応、英語は依頼で洋ゲーをこなすことも多々あったので、志望校の攻略に必要なワード数程度は最初からクリアしていたし(しかし英語の試験自体で点数を取れるようになるのはめちゃくちゃ時間がかかった)、国語は何もしなくてもほぼ満点が取れたので、その辺の負担がなかったことが勝因だった。
 世界史には最後まで苦戦したが、彼女が一番得意だった科目を苦手にするわけにはいかないと教科書と資料集、過去問の問題と解答解説三十年分を一言一句違わず丸暗記したら点数が取れるようになった。センターで世界史は満点、二次試験では六十点の配点中、五十四点を記録し、俺の野望の成就のための手助けとなってくれた。
 こうして禿げたり腰痛で死にかけたり喀血したりしながら、俺は何とか一年ちょっとで大学受験を終えた。
 今年の四月からは大学に通い、基礎課程と試験を経て、現在は志望する専門分野への進出をほぼ確定させている。一方で、見栄えにも気を遣い、運動して痩せて、その裏でゲーム攻略も以前と比べれば量は圧倒的少ないが続けていた。
 俺は着替え終わると、PCの電源を落とした。落とす前、今日が二〇五〇年十二月十四日であることを確認する。ふふふ、月と日にちだけを見ると、『ラブメモ』の世界にとびこんでしまったみたいだ。この調子で女の子攻略とかやっちゃう?
「…………はは」
 やる気は一気にしぼんでいく。
 どうも、女の子を見ると萎えてしまうのだ。自分はホモなのかもしれないと思って一度そういうエロ画像で抜こうとしたこともあったが、不発に終わった。俺は相変わらず、ゲームのヒロインにしか興奮していない。だから当然彼女はいない。
「出かけるか」
 俺はマンションを出て、電車を使って、駒場のキャンパスへ向かった。キャンパス内で端末に保存しておいたレポートを印刷し、所定のボックスに放り込む。
 よし、これでクリスマス前に出されたレポートは全て攻略した。予定は空きまくっているのでこのあとはギャルゲー攻略をたっぷりできるな。偶にはさっきみたいにクソゲーじゃなくて普通のゲームも攻略したい。貯金を下ろして秋葉原にゲームを物色しに行くか。商業のゲームは全部やってしまっているので、狙うのは同人のゲームだ。
 俺がそう思い立ち、キャンパスを出た。と、そのとき、俺のポケットがバイブした。
「――はい、田出です」
『おう……、田出君、元気にしておるかな……?』
 電話の向こうから響いてきたのはこの二年間色々とお世話になった恩人の声だった。彼――三木谷老人は電話の向こうからしわがれた声を響かせている。俺の安否確認と言うよりは、彼の方の安否確認という色が強い。今なお寝たきりの彼は、思い出という名の甘い毒の中に浸かり続けていた。『ラブメモ』を壊してもなお、彼から毒は抜けなかったのである。最初の一年はしっかりしていたが――最近はかなり悪化していた。彼が現実世界で興味を向けるのは、今や俺に関することのみになっていた。なので、俺はなるべく自分の近況報告に、今現実で起こっていることを織り交ぜるようにしながら、彼が情報的な意味で死んでしまわないように気を遣っている。体より先に、精神が死んでしまうのは――きっと、辛いことだろうから。
「――ええ。――ええ。そうです。――え、今度、食事ですか? 喜んで。俺なんかの話でよければいくらでも聞かせますよ。お金? 大丈夫です。足りています。ありがとうございます。はい。はい。はい、では、お元気で。――――ごふ!?」
 不意に体に重い衝撃が走り、俺はよろめいた。
 電話しながら歩道を歩いていた俺は、陸橋の陰から飛び出してくる自転車の姿に気が付けなかったのだ。割と痛かったが――日ごろから鍛えていることもあって怪我はない。俺は慌てて突撃してきた自転車の姿を探した。自転車と自転車に乗っていた人――セーラー服を着た女の子だ――は俺のすぐ背後に倒れていた。
 女の子はうめき声を上げながら半身を起こす。
 ショートヘアの綺麗な女の子だ。スカートがめくれて健康的な太腿が露出している。俺は反射的に顔を背けた。
「君、大丈夫か?」
 俺がそう問うと、女の子は「え……?」と間の抜けた声を出したあと、弾かれたように立ち上がった。
「ご、ごめんなさい! 私全然前見てなくて、気付いたらぶつかってて! 悪気はなかったんです――――ああー!」
 女の子が大きな声を上げて俺の胴体を指さした。俺が見ると、この前三木谷老人から貰ったばかりの白いコートにくっきりと黒いタイヤのあとが付いていた。しかもいくつかボタンが取れ掛かっている。相当強い衝撃だったからしょうがないと言えばしょうがないけど。
「本当にごめんなさい! ど、どうしよう……。べ、弁償を……!」
「それより君、血が出てる」
 俺は彼女の細く白い足を指さした。女の子はスカートをさり気無く元に戻しながら、血が出ている個所を確認した。
「あ、これくらいなら舐めておけば直ります! へーき、へーき!」
 豪快な子なんだな。
 俺は努めて紳士的に彼女に手を差し出した。引っ張って立たせてやる。ふわりと女の子の匂いが香った。
 石鹸の香りと、甘い汗の臭い。
 彼女の匂いは、あまりにも『彼女』に酷似していた。
 俺ははっとなって女の子の顔を見つめた。
 猫目――ではない。くりくりとして大きいけど、瞳の色も『彼女』より濃い黒だ。鼻筋も通っているけど、当然『彼女』のものとは違う。唇は――似ている。だけど、だから何だと言うのだろう? 仕草も、声のトーンも、何もかもが違いすぎる。いや、そりゃ違っていて当然だ。俺は何を考えているんだ。
 でも、この匂い……。
「――君、名前は?」
 俺が訊くと、女の子はやっぱり訊くよねーとでも言いたげな諦観の表情を作って制服のポケットから生徒手帳を取り出した。
「私、結城英梨って言います。本当にごめんなさい。連絡先を教えていただけたら後で必ず弁償に伺います。今は――私、お金持っていないので……」
「結城英梨……ね。――キャンパスの見学に来たのなら、そこが入り口だから。こっちのキャンパスは目立ったものは何もないけどね」
「え、なんで――?」
「これ。うちの大学のパンフでしょ。はい」
 俺がさっき拾ったパンフレットを結城英梨という名の少女に差し出す。すると彼女は小さな声で「あ、どうも」と言って受け取った。
 彼女は――『彼女』ではない。
 だけど、俺は不思議とこの女の子に心惹かれていた。この子が大輪の花のように笑ったらどんな顔になるか知りたかった。
 白いコートに指を這わせる。
「ボタンは――こうすれば直る」
 ポケットから取り出した安全ピンでボタンを取りつける。俺は続いてポケットからウェットティッシュを取り出した。
「コートもこうすれば汚れが落ちる」
「うわ、すごい」
 一瞬にして見た目が元のコートに戻ったので、結城英梨は大きな目を更に大きく見開いた。
「俺はこれくらいのコートの汚れなら十秒で三着まで綺麗にすることができるんだ」
 俺はそう言って胸を張る。すると彼女はぷっと吹き出した。
 ああ――やっぱり、笑顔も『彼女』のものとは違う。
 だけど、さっぱりした綺麗な笑顔だ。
「面白い特技を持っているんですね! Tシャツなんかでも同じことが出来るんですか?」
「もちろん」
「へえー、すごく俊敏なんですね!」
 女の子はきらきらと目を輝かせている。好奇心が強いというか、若々しい生命力に溢れているというか、とにかく眩しい子だ。
 ああ、そうか。俺は『彼女』を重ねているんじゃなくて、こういうタイプの子が好きなのだ。それだけ。それだけだ。ギャルゲーをたくさん攻略してきたはずなのに、そんな簡単なことにも俺は気づけていなかった。
 結城英梨は俺から連絡先を聞き出すと倒れていた自転車を持ち上げた。
「あの、それじゃ、あとで必ず弁償しに行きますので! ――って、ああー!」
 彼女が再度声を上げる。チェーンが外れてぶらぶらしている。俺は苦笑しながら自転車にかがみこんだ。

 ふと――俺の耳元を風が掠めていった。

 ――生きて。
「ああ、俺は『今』を生きているよ」
「え? 何かおっしゃいましたか?」
「いや――何も」
 言って顔を上げる。
 そうだな、そろそろ、こちらでも攻略を開始する時期か。
 ククク……、久々に攻略神デルタピサロの登場だな。
 目の前の女の子――結城英梨はさっき出会ったばかりの女の子。これをクリスマスまでに俺は落とすことが出来るのだろうか?
 答えはイエスだ。
 なんてったって、神に出来ないことはないからな。
 俺は口元を密かに歪めると、さり気無く結城英梨に距離を詰めた。
 結城英梨か……なかなか可愛い子じゃないか、気に入ったぞ。彼女には気の毒だが、攻略神デルタピサロの現実侵蝕の第一犠牲者となってもらおうか。
 では、いきますか。

 いざ――攻略開始でござるよ!!


                                了


――――更新履歴――――
12月6日 第一章投稿。
12月8日 第二章投稿。
12月22日 第三章投稿。
12月24日 第四章投稿。
12月26日 誤字等修正。
1月3日 再度誤字修正。
2015/01/03(Sat)11:15:31 公開 / ピンク色伯爵
■この作品の著作権はピンク色伯爵さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
読んでいただきありがとうございました。
この作品に対する感想 - 昇順
 なんだこれは。おもしろい。冒頭から引き込まれ、八十枚が一気に読めてしまいました。設定や題材がまずおもしろく(ぼくはこの手のものには詳しくないので、よくある話なのか、目新しい話なのか、そのへんの判断ができないのですが……)、すごいものを引っ張ってこられたなあという感じです。そして普段コメント欄で拝見できるピンク色伯爵さんの個性や人柄がそのまま作品の中に流れ込んでいるようで、文章を読んでいて純粋におもしろい。ついに本気を出されましたね……? 前作はこちらよりいくぶんか真面目な(?)ストーリーだったかと思いますが、これくらい突き抜けてしまったほうがピンク色伯爵さんの持ち味が生きるんだなあと、画面の前で一人うなずいていました。まだまだ始まったばかりなので、これからどう転ぶか(いい意味で)はわからないのですが。
 ただの感想になりますが、とりあえず社長を名乗る男は何者なのか、目的は何なのか、このへんが気にはなるのですが、とりあえずそれは置いといて、ゲーム世界での展開に没入できました。テンポが良くて飽きが来ないんですね。笑いの要素も随所に散りばめられ、いろんなところでにやにやできる。ぼくとしてはライバルたちの名付けのセンスがツボでした。しかし主人公、このスペックで本当に大丈夫なんだろうか……いやもしかすると恋はスペックじゃない! みたいな方向になるんだろうか……リアル志向のゲームですから可能性はなくはないですね。気になるのは「カッコよさ」のステータスで、すぐに下がるあたり(主人公も推測してますが)顔とかのどうにもならないところより人間的魅力、的なものが重視されるんでしょうか。もしそうだとしたら重要なカギになりそうですね。あとエリカさん、まだ何か秘密があるんじゃないかなーと勝手に妄想してます。最後に月並みな感想を。ギャルゲーを知らない自分でも十分楽しめました。更新をお待ちしています。
2014/12/07(Sun)22:01:461ゆうら 佑
さっそく読ませていただく、ことになってしまいました。
実はタイトルを見て、「ああ伯爵が新しいのを投稿されたんだな、しかしこれは恐らく守備範囲外」と思って開いてみたら……前書きの「ギャルゲー界の攻略神デルタピサロは」といういきなりバカモード全開の出だし(当たり前のようにこんな書き出しなんてひどい)に出落ちに等しいインパクトを受け、完全にツボにはまってしまいました。
こうなると読んでみたくなるわけで、では内容のほうはというとこれが面白い。幸い、ネトゲ物については以前神夜さんのを読んで「カンストってなに?」とか教えてもらっていたので、案外そんなに困らずに読めました。
「どこにでもいる普通の高校二年生」とか言っておきながら底辺のステータスとか、あの状況で「きゅんきゅんきゅんのラーブラブ☆」とか、NPCの名前もあまりにひどくていちいち面白い。撫子さんがこっそりスカートで手を拭く辺りの痛さも、いいですね。こういうちょこっと踏み込んだ部分は、伯爵らしいです。
これはあれだ、「ゴッドハンド」のリターンマッチみたいなものですね。アホなノリのものを書くには地力がいる、ということが良く分かります。次を楽しみにしています。
2014/12/07(Sun)22:29:181天野橋立
 初めて御作拝読いたしております。夏海です。
 ピンク色伯爵様といえば感想欄でお会いすることが多くて実際にどんな作品を書かれるのだろうかと気になっていましたが、……悔しいくらい、面白い。小説で笑いが漏れること自体異常なのに、よくもまあこれだけツボを突きまくってくれたものですね(笑 私としては主人公のド底辺ぶりがアップテンポで書き上げられる辺りがツボでした。
 でもこれ、どういう帰着点になるんだろう、と心配でたまらない部分もあります(私ごときが心配するのもおかしいですが)。第一章まででこれだけ飛ばして、続きでどれだけ楽しませてくれるのか、期待と不安が入り混じっております(後半若干食傷気味になったので)。
 ここまでは完璧な滑り出し、今後の展開に期待です! 夏海でした。
2014/12/08(Mon)11:36:121夏海
 皆様、感想ありがとうございます! 数年ぶりの長編連載と言うことで、感想が来るかどうか不安だったのですが、幸いにも読んでいただくことができ、ほっと胸を撫で下ろしています。本当にありがとうございます。

>>ゆうら 佑様。
 面白いと言ってくださりありがとうございます! 話の内容としては、ネットゲームの中に閉じ込められるというものはたくさんあるのですが(現在アニメをしている作品もあり非常に人気です)、恋愛ゲームでバトルするというものは多分ないんじゃないかと思います。一歩間違えればネタかぶりになりますので、うまいこと外していった結果できたのがこの『ラブメモ』です。
 真面目の定義とは、いかに――?(笑) 王道ストーリーも好きなんですけどね(笑)。もし次回作があるなら王道の小説を書きたいなあ。
 恋はスペックではない……。ふふふ。そうですね。確かにスペックではないです、ふふ。人間的魅力は現実世界では大切だと思います。エリカに関してはどうでしょうねー。ノーコメントと言うことで!
 短いレスになってしまい申し訳ありません。良ければ次回もお付き合いください。
 ゆうら 佑様の新作、読んでいます! また後日感想を書きにお邪魔します。そのときは宜しくお願いしますね(真面目な感想を書かないとゆうら 佑さんの中の僕のイメージを真面目キャラにしてみせます!)。


>>天野橋立様。
 読ませていただく、『ことになってしまいました』←天野様の悔しさがあふれ出ているようなフレーズですね(笑)。読んで貰っちゃったよ、やったぜ!
 お気づきかとは思いますが、デルタピサロは彼の本名である田出久雄からとっています。普通は田出久雄を思いついてデルタピサロに行きつくと思うのですが、何故かデルタピサロの方から先に出てきました(笑)。デルタピサロから漢字の当て字を考える羽目に(笑)。
 カンストに関しまして、カンストの説明を入れる以前にさらりと「カンスト」と文中で出してしまっている部分があります。天野様が神夜様の作品で「カンスト」に触れていて下さって助かりました; 上述の部分は「最大値」にでも直しておきます。神夜様、クリスマスに帰って来てくださるといいですね〜。お勤め先が繁忙期とかに入っちゃっているなら年明けまでは厳しいのかもしれませんが……。
「ゴッドハンド」……。書くと言って永久凍結しておりますね; これを書き直すということは過去の自分と向き合うということ。うあ〜、「ゴッドハンド」読みたくない……。あの頃の稚拙さとか痛さとかが目一杯詰まっていそうで嫌だぁ〜!
 良ければ次回もお付き合いください。


>>夏海様。
 全然小説を書けていなくて、気づけばなんと長編は数年ぶりということに(笑)。夏海様、いらっしゃい! 初めて読んだ僕の小説が「これ」ということは、夏海様は僕のことを変態だと思っていらっしゃるのではないでしょうか。その通り、変態です。ピンク色伯爵です!
 貴方のレスを読んで思ったのですが、小説読んでいて笑うことは、確かにありませんね……。面白い小説(ギャクを読んでもらう小説)はたくさんあるのに、どうしてだろう……。僕の場合は面白くないから笑わないってことはないと思うのですけどね。
 一章で飛ばし過ぎというコメントについて。食傷気味ですか。うーん、どうしよう。二章もっと飛ばし過ぎちゃったかも。多分三章の途中以降はシリアスならぬシリアル展開(おいしそうな展開やな)になると思うので、それまでこのくらいのテンションが続いちゃう可能性が高いです。
 帰着点はちょっと切ない感じの恋愛小説ですかね(笑)。読んで下さった皆様を感動の渦に巻き込みたいと考えています(笑)。夏海様が『ラブメモ』に下さる帰着点の評価の心配もそうですが、まずは二章を夏海様に楽しんでもらえるかどきどきしています。
 良ければ次回もお付き合いください。
 夏海様の新作、読んでいます! また後日感想を書きにお邪魔しますね! 

 皆様、読んでいただきありがとうございました! 更新は気ままですが、完結目指して頑張っていこうと思いますので宜しくお願いします(四章構成なのであと二章ですね)!
2014/12/08(Mon)18:48:240点ピンク色伯爵
 早速続きを拝読致しました。
 ……予想通りのバッドエンド(笑 しかもハゲキャラまで追加されて満身創痍のデルタピサロさんですが、心が折れてない辺りがまた凄い。葦速雄くんのことを蹴落としてでもはいあがろうとする主人公の執念に頭が下がる思いです。このぐらいの熱意がリアルにあれば、大抵のことはできちゃう気がしました。
 前回の感想で飛ばしすぎと申し上げましたが、これはもう、これでいいのかとなんとなく納得させられたので、もうこのまま突き進んでしまって下さい。読了する前に私の心が折れるかもしれませんが、それはそれとして(苦笑
 それにしても、エリカちゃんええ子やなぁ、と思う今日このごろです。解説キャラを落とすとか、隠し要素無いのかな、とライトゲーマーの私は思うのです。えっ、変態ですか、ええ私も変態です。速雄くん、う○こもらしても好き、むしろそこが好きっ!(なんだこいつ)
 なにはともあれ、四章構成ということで、続きに期待させて頂きます。それでは、執筆頑張ってくださいね。
2014/12/09(Tue)10:15:381夏海
 夏海様、感想ありがとうございます!
 文面からひしひしと伝わってくる「もう勝手にやってなよ(笑) ドン引きだよ(笑)」という夏海様の気持ち……! 画面の向こうの貴方が僕の童貞力にあきれ返っている様子が目に浮かびます! 夏海様の心が折れないように、頑張って続きを書いていこうと思っています!
 エリカちゃんを気に入ってくださって嬉しいです。彼女はいい子ですよねー。こんなお隣さんがいたらよかった……。現実にこんないい子なかなかいませんよね。実際の高校生活で、僕の隣だったのは柔道部の男子生徒君でした; 彼に不満はありませんが、ちょっと悲しかった;
 解説キャラを落としたいって気持ちを抱いてもらえて光栄です。最近はギャルゲーをやれていないのですが、数年前は狂ったようにギャルゲーをやりまくっていました。僕、高校生までゲームどころか漫画やアニメも禁止だったんです。テレビもNHKしか見せてもらえなくて……(本当の話です)。大学生になって、ギャルゲーをして、オタク文化に触れて、こんなにも楽しいものがあるのか! って感動して……。で、趣味でラノベを書き始めたんですよねー(遠い目)。
 二つ目にやったギャルゲーが、解説キャラが一番可愛いと評判のものでした。この話はあの頃の気持ちを思い浮かべながら書いています(笑)。プロットは当然もう書き終っていて、展開も決まっています。このあとのお話が、夏海様にとって幸せな物であればいいなーと願っています(その前に読んでもらえるようきちんと努力しないとですねw)。
 スカトロ趣味はないので何とも言えませんが、人の性癖はそれぞれで良いのではないかと思います。
 ではでは、次回もよろしければお付き合いください! ピンク色伯爵でした!
2014/12/09(Tue)19:39:450点ピンク色伯爵
 こんにちは。更新早いですね。しかも勢いがまったく衰えていないのはすごいと思います。今回もたくさん笑わせていただきました。三人称視点って……意味不明ですがおもしろかったです。
 しかし、ライバルを蹴落として自分の好感度を上げるとは……もうちょっと良心的な恋のバトルを期待していたぼくとしてはただただ失望ですが、まあ、ゲームですしね……。でもこのまま突き進んでピサロ大丈夫なのだろうか? と、いちいち心配してしまいます。すべてが露見してエリカさんに嫌われたらそれはそれで痛いぞ……。
 「ハゲペナルティ」とか「菩薩モード」とか、力押しで展開させていく作者様のエネルギーをひしひしと感じます。それともすべて計算の上……? ともかく、ここからはイケメン太郎を撃墜させることになりますね。さらなる秘策が出てくるんだろうか、それとも予想の斜め上を行くどんでん返しが待っているんだろうか、と、いろいろ考えつつ続きを待たせていただきます。
2014/12/12(Fri)00:48:201ゆうら 佑
第二回分、読ませていただきました。
さすがに初回のインパクトには及ばないものの、今回も面白かったです。「豚の形をした汚物」とかあまりにひどい言われようで、笑ってしまいました。ライバルを蹴落とすやり方が上履きに犬の糞とか、とてつもなく低レベルなのもすごいですが、どうやらそれがうまく行ったらしいのにもずっこけてしまいました。三人称視点での決めシーンってのは、こういうゲームにはつきものなんでしょうか。なんかNPCたちの姿を含めて「学園ハンサム」(やったことはないですが)レベルの絵柄に変換されてしまいました。
エリカパートでのかみあわなさもなかなか面白いところですが、ストーリーとしてはやはりこの辺が突破口になるんでしょうね。とにかく、「続行だっ!」ということで、次回も読ませていただきます。
2014/12/13(Sat)20:46:360点天野橋立
>>ゆうら 佑様。
 読んでいただきありがとうございました! 返信が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。更新早いと言われた瞬間にこの様です。多分最終章は早くアップできると思います。これで来年とかになったら、作者逃亡とか言われそうですね;
 最初は良心的なバトルを書こうと思ったのですが、その場合ネックになるのが、普通の恋愛小説との差別化だったんですよねー……。普通に恋愛するなら、現代を舞台にして普通の高校生を主人公にした方が無駄なく入っていけますし。そういう本当の恋愛小説が読みたい人は、よく分からん設定の拙作など読んでくれないだろうと思ってしまいまして。
 展開としては予想の斜め上のどんでん返しになっているかと思います。今回投稿したのは(このあと一、二時間後には投稿できていると思います)三章目で、起承転結で言えば転に当たります。ですからジェットコースターになるように書いています。この展開を楽しんでいただけるかびくびくしております。
 次回は最終章です。良ければお付き合いください。
 ゆうら 佑様の今回投稿分、明日中に感想を書かせていただきます。気づいたら変な感想が増えているかもしれませんが、どうか宜しくお願いします(笑)。

>>天野橋立様。
 読んでいただきありがとうございました! 返信が遅れてしまい、申し訳ありません; 新作読みました! 出来れば明日中に駄文を書きに参上します!
 ライバルを蹴落とす方法はあんまり生々しいものにならないようにしました。前半はあくまでコメディ調で書いていきたかったので、間抜けに感じる方が丁度良いのかもしれません(良いのか?w)。三人称視点――は別につきものではないですね。そもそも他人を蹴落とす恋愛ゲームなんて存在しないような気がします(フリーゲームとかならありそう)。『学園ハンサム』で再生されましたか。主人公やNPCが皆あんな絵だったらそれだけで笑いが取れそう。やっぱりこの手の小説でゲームに対抗するのは難しいです。ちなみに僕は文章の通り、主人公の顔が『北斗の拳』などで良く見られる劇画で脳内再生していました。
 さて、ストーリーですが、今回はかなり変調しているはず。ちょっとはっちゃけすぎてしまったので、天野様の顰蹙を買ってしまうのではないかと危惧しています。第三章も感想書いていただけたらいいんだけどなあ……。
 次回、最終回です。宜しくお願いします!
2014/12/22(Mon)17:52:050点ピンク色伯爵
 こんにちは。いやー面白かったです。二転三転、ボリュームもこれまでの章の二倍と、すごく力を入れて書かれたことがわかります。最近お見かけしないなあと思っていたら、これに全力投球されていたのですね。今回の第三章で「結」くらいまで行っちゃった感もあるのですが、まだ謎が残っていますもんね。彼女との再会もあるのかどうか、最終章がとても楽しみです。
 冒頭からはやエロゲモードに突入し、そのまま突っ走ったためひやひやしましたが、これも伏線ですからね。仕方ないですね。読み終えてしまえば気にならないレベルです。でももうちょっと抑えてもいいかな、と思いました、はい。
 ぼくも人工知能とかに興味を持ち始めたところだったので、『目覚めた』云々の展開にはけっこう燃えました。やっぱりこういうのってロマンですよね。そのせいでますます薄汚い恋愛バトルになってしまっていますが……(笑) いやいや、小説としてはこちらのほうが断然おもしろいと思います。たしかに予想の斜め上、そこから加速してラストの展開に収束するさまはお見事でした。
 ぼくの作品なんですが、もう続きも書けてしまったので更新しちゃいますね。読んでくださった分だけでも、感想をいただけるとうれしいです。
2014/12/22(Mon)21:08:151ゆうら 佑
一気にこの長さを投入されたので、こりゃ読むの無理かと思いましたが、結局何とか読みましたよ。
冒頭からもう変態展開全開で、まあそこを伯爵の作品に突っ込んでも仕方ないかと思いながら読みましたが…この展開は良い意味で予想外。ゲーム内のNPCが自我に目覚めて、とかいいじゃないですか! 思いもよらぬ本格的な展開。デルタピサロ能力高杉と突っ込みたくはなりましたが、速雄をうまく使った面太郎の倒し方もいい(もっとも、昨今の女子はこれでドン引きはしないんじゃないの、とは思いましたが。腐ってる人多いし)。
エリカの正体とか、まあお約束というか予想はできるわけですが、水戸黄門的に「待ってました」と言いたくなるような展開で、これもいい。感動する人もいるに違いない(感動したとは言わない)。
正直、この作品をほめたら負け、という気もして悔しいですが、これは面白い。相変わらず要所要所のギャグも効いている。ゲーム内という設定のおかげで、人物の不自然さもさほど感じないし。もうちょっと登竜門ににぎわいがあった頃なら、かなり感想もついただろうにともったいない気もします。これはある意味伯爵の書き手としての成長物語でもあるので、感慨深いものがありますね。
これで綺麗に完結したら、「とても良い」の評価を差し上げようと思います。楽しみにしています。


2014/12/23(Tue)13:40:421天野橋立
 感想ありがとうございます! 返信が遅くなってしまい申し訳ありません。

>>ゆうら 佑様
 第三章の初め、やはりちょっとはじけすぎていましたか。確かにちょっと頭の悪い文章が並んでいますね。こりゃ読む人が読めば拒絶反応起こしそう。後日何とか修正してみます。あ、修正案とか募集します。僕、実は修正作業がとても苦手で……修正すれば修正するほどつまらなく感じてしまうという(笑)
 人工知能が目覚めたというのはなかなかヘビーなテーマで、こうしたコメディ調の文章に取り入れて良いかどうか悩みはしたのですが――やはり使えるものは使っておこうということでこのような形になりました。ゆうら 佑様の感想を見るに、どうやら良い方向に作用したようですね。よかったです。
 お話はまだもう少し続きます。三章の転調以降、真面目な話が続いています。「ギャグを出せ」って言われたら泣いて土下座するしかないです(笑)。多分、薄々感じられていると思いますが、僕は完全なギャグ小説を書くのが大の苦手でして(苦手と言うかセンスが無い)、僕にギャグを求め続けられると困ってしまうのですよね。最終章、そう言った意味でも、貴方を含め皆様に気に入っていただけるか不安だなあ……。
 ゆうら 佑様の作品の更新分、今から読ませていただきます! 一、二時間後には感想を投稿していると思います! 昨日、感想を書くことが出来ず、本当に申し訳ありませんでした。

>>天野橋立様
 文章全体から伝わってくる「しょうがねえから読んでやったよ……」という物凄いツンデレならぬツンドラオーラ(笑)。読んでもらえたよ、やったよ! あれ、でも、感想内容見ると天野様がデレてくれている気がしますね。かなりベタ褒めじゃないですか!? これはここに投稿し始めて以来の快挙かも。
 一方で問題点も指摘されていますね。人物の不自然さ。ゲームと言う設定なので、リアルな人間像にはしないつもりで書いたのですが、そう言うのとは別に、どうやら、天野様には僕の人間を描く能力がまだまだ甘いと感じられたようですね。
 そうだなあ。僕はまだこうした突拍子もない設定で皆さんの気をひき、読んでもらっている部分がありますので、これを丁寧な人物描写によってじっくり読んでもらえるような話作りが次の目標でしょうか。でもラノベにそういう作品って少ない気がするのですよね……。描写よりも即物的な面白さ、みたいな風潮がありますし……。だんだん色物になってきている気がします、ラノベって。
 読んでいただきありがとうございました。感想が遅れて申し訳ありません。このあとお邪魔致します。

 最終章書いている時は、「俺なんでこんな文章書いているんだろう?」と何度も自問自答していました。この内容をクリスマス前の夜に書くとはね、自分で自分にドン引きです。多分ちょっとおかしくなっていたのだと思います……。
2014/12/24(Wed)19:01:420点ピンク色伯爵
全部読みましたよ。良くもまあ、間に合わせて来たものだと感心しました。最後までお約束路線ながら、しかしこれでいい! 見事な完結ぶり、申し上げることはありません。面白いものを読ませていただき、ありがとうございました。
2014/12/24(Wed)19:49:042天野橋立
 天野橋立様、感想ありがとうございました。
 この掲示板に来て掲げていた目標の一つに、貴方からとても良い評価を貰うというものがありました。初めて感想いただいたとき、絶対この人から二点奪い取ってやるんだと悔し泣きしながら誓いを立てて、はや四年ちょっと。作中の面太郎の言葉ではありませんが、長いようで短かった。本当に、あっという間でした。途中僕の都合で全然小説を書けない時期もありましたが、それも含めて一瞬でした。
 とは言え、ここからまた新たに始まるのだなとも感じております。今回は二点をいただきましたが、何と言いましょうか、正攻法で奪い取った二点では無いような気がするのですよね。おそらくクリスマス補正も入っての二点でしょうし。次はまた別の形で挑戦したいと思います。しばらくは息抜きのつもりの短編が続くかもしれませんが(笑)。
 僕はまだまだ修業中の身。先達の知恵と技術と知識とを学び取り、それを血肉として新たに何かを生み出していかなければなりません。前よりもっと面白く、その次はもっと、その次はもっともっと――自身の筆を磨いていかなければなりません。
 これからも趣味で小説を書き続けていくと思います。賞に応募するということは、結局リアルとの兼ね合いで断念したまま(送る、送ると言って一回も送っていない)なっていますが、もしかたら送ることもあるかもしれません。夢はいつまでたっても夢ですからね。
 読んでいただきありがとうございました。よければ、また次回もお付き合いください。
 ピンク色伯爵でした。
2014/12/26(Fri)19:51:470点ピンク色伯爵
 完結お疲れさまでした。きちんと伏線を回収し、一つの物語を終わらせ、新たな出発を描き――と、本当にきれいな完結でした。ラストが中途半端だとよくいわれるぼくですが、これはなるほど美しいと納得できるラストで、たいへん勉強させていただきました。
 さて最後ですのでちょっと辛口で。まず誤字が……多いです。これまでも多かったのですが、今回更新分は特に多いような気が。読むことには支障のない、軽いものばかりなのですが、大事な場面で出てきたりするとおいおい……ってなっちゃいます。あと第四章の冒頭は字下げが……。作品に没入しづらくなりますので、もう少し気をつけていただきたいなあと思います。要は良作なのにもったいないってことです。
 ちょっと気になったのは面太郎の存在です。ぼくのとらえ方では、「目覚めた」彼の存在があるからこそ、自我を持ったエリカの存在も説得力を持って、それゆえ裏ヒロイン解放シーンが印象を強くする――というのが第三章の流れだったんですね。つまり面太郎が伏線の役割を果たしているんです。ピンク色伯爵さんが意図したことかどうかはわかりませんが、少なくともぼくは面太郎の正体を知り、もしかしてエリカも……? とどきどきしながら三章を読み進めたことをまだはっきりと覚えています。
 でも結局、作中では人工知能が自我を持った理由は明らかにされず、なんとなく面太郎の存在が宙ぶらりんになってしまったような気がします。エリカが自我を持っているのは開発者の思い入れがあるからまだいいとして、じゃあ面太郎は何なんでしょうか? 彼も開発者ゆかりの人物、ということにすればまだ説明はつくかと思いますが……。三章で楽しませてもらった分、彼の謎が若干放置気味なのは気になってしまうのです。三木谷との会話では話題にもなっていませんし……。
 人工知能といえば、ツブヤイター(ツイッターみたいなもの?)の情報量だけで一人の人間を作り出せるのか疑問に思ってしまったので、もうちょっと別になかったでしょうか、情報を集める手段……。でもこういう情報収集、現代のコンピュータや人工知能も普通にやっているらしいですね。ネット広告が全部自分の過去の履歴を参考に表示されるとか(笑) こわいですが、ネット上に公開した情報である限りは「違法」にはなりえないし……。作中では「倫理」という言葉が使われていますね。そういうところに頼るしかなくなってしまうのでしょうか……。
 しかしこの作品、それ以外にもいろんなものを投げかけてきますね。AI、恋愛、現実とゲーム……簡単にまとめてしまえば科学技術の発展に警鐘を鳴らしつつの現実肯定路線、とかになるのかもしれませんが、やっぱりそれでは収まらない。まさかこんなにまじめな話になるとは……!
 もう一つ。せっかくエリカや三木谷によって「恋愛は顔じゃない!」メッセージを発しておきながら、最後でピサロがちょっとイケメンに近づいている感じなのはどういうわけでしょうか。ほかの努力は良しとして、ブサ面だけは貫いてほしかった。
 ピンク色伯爵さんはよく非モテ発言をされていますが、この小説を読む限り、けっこう女の子のこと見られてますよね……? 最後のほうのエリカなんか、かなりリアルだったと思うんですが……。とにかくおもしろかったです。賞、送ってみたらいいじゃないですか!(笑) 一度客観的な評価を受けられてもよいのではないでしょうか。
2014/12/30(Tue)23:41:172ゆうら 佑
 感想ありがとうございました。
 そしてごめんなさい。自分も今落ち着いてもう一度読み返したのですが、本当に誤字や字下げできていない部分が多い。これは気になりますね。申し訳ないです。このあと修正します。今日中に修正終われば良いですが……、完成度を高めるため少し遅れるかもしれません。このようないい加減なことをしないよう、次からはよく見直しをします。一章から三章までは投稿の度に誤字修正していたので、字下げ以外は直っていると思います(当然これから全て見直しますが)。
 面太郎について、彼は殺された開発責任者の仮想人格という裏設定があります。というのも、この開発責任者が『ラブメモ』を作ったとき、完成度の高いAIを用意するとしたら、真っ先に恵梨香と自分の性格を参考にすると思ったからです。彼はデルタピサロが攻略創造神となってしまったときの似姿と言いますか、失敗例です。ちなみに三木谷も失敗例の一つです。デルタピサロがゲームに固執し続ければ、いずれは三木谷のように廃人になっていましたからね。話を戻しますと、開発責任者の男としては、恵梨香ともう一度真っ白な状態から恋愛がしたかったわけです。ですから、自分の人格を備えたNPC(彼をモデルにしたというだけで、本物とは違う。理想が入っているから本物よりかなり好青年)に最高の能力を与え、いつか自分がエリカを攻略するのを願っていたわけです。ここからは僕の勝手な想像ですが、おそらくデルタピサロがゲームをリタイアしていて、三木谷が他の候補を探し続けていたら、そのときは、完全に自我に目覚めた面太郎がエリカを口説いていたでしょう。多分、紆余曲折あってエリカは落ちるんじゃないかな。面太郎はなんだかんだ言って結構良い奴ですし、エリカとの相性もデルタピサロほどではないですが良いですから、時間さえあればそうなっていたと思います。
 面太郎が自我を取り戻すフラグとしては、開発責任者の男が現実で死ぬか彼が生きている状態でラブメモがサービス停止するかのどちらかで、その条件を満たした瞬間、カウントダウン開始でAIはどんどん人間らしくなっていくって感じです。この辺は本筋とは関係ないですし、書いていたらちょっとごちゃごちゃして読んでいて面倒くさいかなと思ったので割愛しましたが……、付け加えたほうが良かったかもしれません。
 次に、この話のある意味根幹部分であるツブヤイターから人格が出来たという点について、もちろん本物の人間は作り出せませんので、あくまでその人間の似姿レベルにとどまっています。エリカや面太郎以外のNPCについては、情報量が膨大なだけでやっぱりどこか人間じゃないのです。実際作中でデルタピサロは彼らを人間だとは錯覚していないはずです。彼が本当に人間だと思ってしまったのはエリカと面太郎だけなのですよね。この二人のNPCに関しては開発責任者の男がより膨大な情報と時間とをつぎ込んで作っていますので特別製ということになっています。どう特別なのか、ツブヤイターの他にどのようにして情報を手に入れたのか、詳細に教えてほしいと言われましたら――すみません、そこは想像で補ってください(←こいつ物書き失格)。
「倫理」に関してはその通りというか、ここは厳しいところでした。同じく、デルタピサロが攻略創造神になる場面で、何故人をつくってはいけないのか明確な答えが出ませんでしたので、倫理的に間違っているということにしてお茶を濁しています。このあたりの問答――「答えは出ない」という結論に至るまでの流れですね――は書く方としては面白いのですが、読んでいる方としては退屈でしょう。いいからエリカといちゃいちゃさせろよって言われそうだったので割愛しました。でもそれが裏目に出てしまったようです; 申し訳ないです;
 最後、デルタピサロがイケメンに近づいたことについて、これいけませんでしたか; 最低限清潔に見えるように整えただけなのですが、やはり彼にはぬめぬめの毛むくじゃらでいてもらった方が良かったかな。着ている物に関しては三木谷から色々良質な物を貰っていますので、必然的にああなるだろうとは思うのですが……。鏡に向かって呟く言葉をちょっと改変しておきます。彼ならブサ面でも現実世界の攻略になれるでしょう、僕とは違って。
 僕はねー、モテないんですよねー、これがねー。僕は人がドン引きするようなブサ面なので、そのせいでモテないのかもしれません。あと性格的にも大分難があると思います。でもお見合いしたら結婚できる自信はあります(なにこいつ)。
 エリカ、リアルでしたか? でもね、このエリカはピンク色伯爵という臭いブサ面がパソコンに向かってハアハア言いながら作り出した偶像なんですよ。彼女がリアル女子っぽいのは、きっと僕のリアル女子力が高いためですね!
 賞に関しては、受賞後、本気で執筆活動をする覚悟と気合のある人間が送ることができるので(多分規約とかに書いてあると思う)、受かるとか受からないとか、実力のあるなし以前に自分にはその資格がないと思っています。僕のような野次馬根性の人間が賞に送るという行為は、きっと本気で小説家を目指していらっしゃる方々を冒涜する行為だと思いますので。とは言え、客観的な評価も欲しい。限りなく利己的な理由で送りたい。悩ましいところです。
 読んでいただきありがとうございました。次回も良ければお付き合いください。ピンク色伯爵でした。
2015/01/02(Fri)17:28:100点ピンク色伯爵
作品を読ませていただきまし。エリカはかわいいですね。人間味があっていいと思いました。アイデアのほうも素晴らしかったです。ただ、最後のローションの粘々にからめとられるというところが、もう一つアイデアを出したら、きっと最後まで「おお、すごい」という気持ちで作品を楽しめるような気がします。
2015/02/15(Sun)12:45:360点レボリューション Y 田中
 感想ありがとうございます。
 ローションの部分は確かに他に何かもう一つくらいあっても良かったですねー……。しかし発想力の無さゆえか、あの程度の惨劇で終わってしまいました; アトラクションと人しか周りには無いわけで、仕掛けを施すのは多分この二つのどちらかに限られると思うのですが、そこから考えられる精いっぱいにも限界がありました(言い訳です)。
 次、機会がありましたら、貴方を全力で驚かせてみせましょう! 読んでいただきありがとうございました! 次回も良ければお付き合いください!
2015/02/22(Sun)20:39:010点ピンク色伯爵
拝読いたしました。
枚数が多いはずなのに、凄く面白くてすぐに読み切ってしまいました。執筆お疲れ様です。

リアルに絶望していて、ゲームの世界にどっぷり浸かってしまう主人公の話ですね。主人公のそれで良いんだよ! っていう突き抜けた感じが面白かったです。ゲームを攻略して現実に戻れるかどうか、ひやひやして読んでいたのですが、エリカとの恋愛要素が出てきたあたりから、帰らないなら帰らないで、このふたりの話が読めるからいいかな、なんて思ったり。

実はあまり、ハートフルな話が私は好きじゃないのですが、このお話は凄く好きです。とくに最後のクリスマスのプレイしたところ。高校生の素朴なデートがとても可愛らしくて、お別れのシーンではこちらまで切なくなりました。

凄く完成度が高いと思いますし、公募に出せばいいのに、と思いました。でもプロになりたい、というわけではないんですよね? とても勿体ないなと思いました。

実は私、元腐女子でして、速雄×男の娘のカップリングには萌えました。このふたりをもっと読みたかったです。めちゃくちゃ個人的な意見ですが。

シミュレーションゲーム(BLなんですけど)は以前よくプレイしていたので、御作、とても楽しめました。最近の用語には明るくなかったのですが。(チートとか)

とても面白かったです。
2015/02/27(Fri)00:33:052叶こうえ
 叶こうえ様、感想ありがとうございます。
 おっしゃるとおり、ゲームの世界にどっぷり浸かってしまうお話なのですが、ゲームをやったことが無い人には分からない内容の話を書いてしまったと現在は反省しております; エリカとのイチャラブに関しては、グダるといけないと思っていくつか削除してしまったシーンがあります。例えばエリカの(ゲーム内の)父母と一緒に駅近くのモールでランジェリーショップに入る話。あと、プールイベントあと、粘液まみれのエリカと一緒にシャワールームへ突撃する話とかですかね。
 ハートフルなお話は僕もあまり好きではありません(笑)。昔はそう言う話しか読めなかったのですが、ここ数年は小説の好みの味が変わってきていて、どんどんダークよりに(笑)。素朴なデートというのは僕にとってとても嬉しい感想で、狙っていた反応がそれでした。エリカに渡すプレゼントは最後まで悩みました。指輪は重いし、花は邪魔になるだろう、出来れば毎日有効活用できるもので、万が一別れることがあっても簡単に処分できるものがいい――と考えに考えた末、髪を縛るゴムということになりました(笑)。エリカがポニーテールなのは、このプレゼントを渡したかったからなんです。ちなみにこの設定考えたのは去年の十二月でした。ええ、クリスマス前です、はい(笑)。
 速雄と清次のカップリングに萌えられたのですか。確かに色々書けそうですよね。しかし、今の僕ではおそらく力不足で書けないでしょう。僕は恥ずかしながら女性向けゲーム・小説の知識があまりなくて……。例えば乙女ゲームは『赤ずきんと迷いの森』『アムネシア』『薄桜鬼』『私のリアルは充実しすぎている』(←めちゃくちゃクォリティ高かった。しかも無料)『鳥籠のマリアージュ』BLゲームは『鬼畜眼鏡』『裸バスケ』『学園ハンサム』くらいしかやったことがないのです。まだ読み手がどのようなものを欲しているか全然分かっていません。ですから書こうと考えるならちゃんと勉強してからですねー……。
 公募に関して――プロになれる力があるかどうかは別にして(多分まだまだ力不足でしょうが)、意欲が決定的に欠如しているという(笑)。僕には好きなことを好きなように書いて、たまにテキトーに感想ばら撒くくらいが性に合っているのだと思います(笑)。もしプロになってしまったら、企画出して、OK貰って、いざ書き始める段になって、「やっぱりできません」じゃすみませんからねー。頑張れば高水準の物が書けるわけではありませんし、自分のセンスが市場に合わなくなればそれで半分くらい作家人生終わりますし。
 読んでいただきありがとうございました。これからもより精進していきたいと思っております。
2015/02/27(Fri)21:54:550点ピンク色伯爵
[簡易感想]文句無しのおもしろさです。
2015/03/24(Tue)06:11:110点REN乳殺法
連続投稿申し訳ありません。操作を間違えてしまいました。気を取り直して。
作品、読ませて頂きました。とても素晴らしい作品でした!
少ないキャラクターを上手に動かして物語を進めていく作者様の手腕には感服いたします。
更に、ギャグ要素と恋愛(エロ)要素、そしてシリアス要素のバランスがとても丁度良く、洗練されていました。
長編ですと、読んでいる内に苦になることが結構あるのですが、この作品にはそれがなく一気に全て読んでしまいました。素晴らしい作品をありがとう。

主人公はデブキモオタという設定でしたが、もう少し救われてもよかったんじゃぁ…(泣)
キスシーンの度にエリカとキモオタデブの描写が想像されて感動シーンなのに笑がこみ上げてきました(笑)
葦君は完全なるネタキャラとして消費されてしまいましたね。彼はうんこがどーのこーのの前に勝手に自滅してくれそうなキャラだったのに…………不憫だよぉぉ。強く生きて欲しい。
池面太郎君は自我を持ったAIでしたが他の方が言われていたように、もう少し彼について掘り下げても良かったかなと思ったり思わなかったり。彼のラストは感動しました。

私が今まで観てきた創作小説の中でこの作品は一番面白かったです。
作者様の更なるご活躍を期待して影ながら応援させて頂きます。
ありがとうございました。
2015/03/24(Tue)06:27:082REN乳殺法
 REN乳殺法様、感想ありがとうございました。
 キャラクター少ないですよねー。本当はもっとたくさん出したかったのですが、今の僕の力では、これ以上人員を増やしますと表現するにあたって記号的なものに頼らないといけなくなってしまうので断念しました。登場人物の数だけ数えてみると結構たくさんいるのですが、実はメインで動いているのはデルタピサロとエリカだけ。ほんのちょっと面太郎くらいですからね。他は小学生の劇とかで出てくる木Aみたいな扱いです。この点は今後の課題です。ただ、この掲示板でそのようなラノベラノベしたものは需要がないでしょうから書けるかどうかは分かりません。
 主人公に関して、主人公は十分救われていると思います。エリカまで求めてしまうのはやっぱり欲張りで、デルタピサロという人間の力の枠を超えた行為なんですよね。現実に戻ることができたということですら、彼にとっては大きすぎる報酬なのです。大切な人を助けられなかったという空白は、これからの彼の人生の中で徐々に埋まっていくものだと思います。もしシリーズ物として次を書くなら十年前のお話か、あるいはデルタピサロが他の恋愛オンラインゲームを通じて心の隙間を埋めていくお話になるでしょうね。
 主人公を恵まれない見た目にしたのは、この話の肝であり、弱点でもありました。不細工な彼でないと成立しないのです。だけど、序盤で彼が主人公だと読者が気づいた時点で、読者がページを閉じてしまう可能性がありました。この話を読んでもらうメインターゲット層は主人公の容姿に過敏に反応しますので、主人公のキャラクター性は賭けでした。『アクセルワールド』という偉大な先輩がいるのですが、この作品においても主人公の容姿に対して非常に大きなバッシングが浴びせられています。あの作品も有田ハルユキといういじめられっ子でなければ成立しないお話なのですが、メインターゲットである中高生はそのようなストレスを味わいたくてラノベ読んでいるわけではありませんからねー。ただ、そのストレスをこえた先に倍以上ものカタルシスが約束されていますので、戦略としては非常に有効なのだと思います。
 なろうの方なら、この話以上の作品もたくさん読まれているのではないかな。でも同ジャンルはあっちではほぼ無いと言ってよいから、その分有利に戦えたのかもしれません。現在一位の『無職転生』の作者は本物の天才ですからね。あの才能はずるい。281話すべて読んでいますが、読んでいる最中は嫉妬で狂いそうでした(笑)。
 読んでいただきありがとうございました。次回も良ければお付き合いください。
2015/03/27(Fri)20:12:400点ピンク色伯爵
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