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『スコーピオンデスロック姫』 作者:赤月 水織 / お笑い 未分類
全角5889文字
容量11778 bytes
原稿用紙約17.15枚



     スコーピオンデスロック姫




 むかぁしむかし、というほどでもないちょっとむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは年金暮らしで、おばあさんは社交ダンスクラブの経営で生計を立てていました。おじいさんが年金暮らしになったのを機に、おばあさんは積年の恨みを晴らそうと熟年離婚を申し出ます。おじいさんは大変だ、大変だと騒ぎ立てて離婚に反対しますが、おばあさんは自力でも十分食べていけるだけの収入があることを盾に、家庭を顧みず仕事に打ち込み続けたおじいさんの甲斐性のなさを責め立てます。おじいさんとしては平穏な隠居暮らしが待っていると期待していた老年期なだけに、おばあさんの暴挙は許し難く、問題は泥沼化していきます。そんな時におばあさんにガンが見つかります。咽頭ガンでした。長時間の手術の末、命はかろうじて取り留めたおばあさんでしたが、声を失ってしまいました。これでは仕事にも差し障りがあります。悲嘆に暮れるおばあさんを支えたのは、かつて家庭を顧みなかったおじいさんの献身的な介護でした。おばあさんは懸命なおじいさんの姿を見て、怒りに暮れていた日々に終止符を打つことを決めます。

 そんなおじいさんとおばあさんはこっちに置いときます。この物語とは無関係なので。

 あるところにユキムシが一匹いました。ユキムシというのは北海道など北国に多く見られる虫で体長は五ミリに満たないほどの小さい虫です。代表的な種の正式名称をトドノネオオワタムシといって、アブラムシの仲間です。ユキムシと言われるゆえんは身にまとった白い綿状の物が雪に見えるからとも、あるいは初雪が降る一週間ほど前に散見されるためとも言われています。白い綿状の物の正体は蝋で、普段木の根に寄生している生物であるので、体を水分から守るためと考えられています。正式名称の通り、トドマツの根に寄生しますが、冬になるとトドマツからヤチダモの木に移動する為に翅をもって飛び立ちます。この時に初めて一般の人の目に触れます。北海道にユキムシが多いのは、かつて土地を区切る為や防風林としてヤチダモの木を多く植えたためです。この虫の一生は短く、単為生殖といってメスだけで卵を産む習性もあったりと非常に興味深い生物です。

 はい。本題とは全く関係ありません。
 そろそろ読者様に怒られそうなので、本題に入りたいと思います。

 

 むかしむかし、それはそれは美しいお姫様がいらっしゃいました。名前をスコーピオンデスロック姫と言います。
 えっ? なぜそんな名前かって?
 それには深いふかぁい、マリアナ海溝よりも深い理由がありまして。
 まあかいつまんで話せば、彼女が立つよりも早くスコーピオンデスロックを体得していたということでして。ええ。
 ……話を続けてもよろしいでしょうか。
 お姫様はめっちゃ強いです。クマ位なら素手で殺せます。ひとひねりです。
 血染めのゴスロリ、いいですよね。お前の趣味はどうでもいいって? はいすいません。
 そんなお姫様のお父さん、つまり王様は、お婿さん選びに大変困っていました。
 なんたって「自分より弱い男なんて、婿に迎えたくないわ」なんて仰るものですから。
 王様は非常に困っていました。だって、そんな強い婿なんてまともな人間のはずないじゃないですか。絶対顔とかにめっちゃでかい傷とかあって、青髭とか赤髭とか言われてて、片目眼帯で隠してたりして、何故か股間を強調するビキニパンツ常用で、身体とかもどこでそんなでかい傷作ったんだってくらいの傷があちこちについてて、片手には常にモーニングスター的な武器を持ってて、ぬははははとか笑う奴に決まってます。とても聖人君子は望めません。
 お姫様も二十八歳、婚期はとうに過ぎてます。いい加減結婚くらいしてくれと親父さんは思ってます。
 そんな王様は、ストレスから酒に走り、とうとうアルコール依存症になってしまいました。
 最初の内はうまく酒をコントロールできていたのですが、そのうちに深酒をするようになり、記憶を喪うまで飲むのが当たり前になってしまいました。起きたら全裸でゴミステーションに倒れているのなど日常茶飯事で、隣の国の王様に絡んで国交を悪化させたり、大臣を酔った勢いで殴って訴訟沙汰になったことまでありました。終いには手が震え、食事も喉を通らず、迎え酒の習慣までついてアルコール依存症まっしぐらです。
 身体中に黄疸が出て、幻覚が見え出した頃になってようやく王様は自分がアルコール依存症であると気づいたのでした。
 病院で点滴を受けながら考えました。
 このままではいけない。自分の人生をどうにかして変えなければならないと心に強く思いました。
 しかし酒の依存性は違法薬物等に負けず劣らず強く、意志の力だけではどうにも出来ません。
 肝臓が肝繊維症を起こして肝硬変一歩手前であると医師から告げられても、王様のアルコールの欲求は止まりませんでした。
 酒を一滴でも飲めばたちどころにひどい二日酔い状態に陥るという、抗酒剤の処方を受けて、「飲めば苦しい思いをする」とわかりながらも、王様はついコンビニでワンカップを買って飲んでしまう、飲んでは吐くの繰り返しを続けました。
 もはやこの世には神も仏もないのか、王様は自殺を考えるようになりました。こんな辛い日々が続くのならばいっそのこと、自ら命を絶ってしまおう、そう考える日が何日も続きました。
 しかし、王様には責任がある。国民の幸せのために奉仕する義務がある。その思いだけが王様を死から遠ざけてくれました。
 だからといって、アルコールの害から王様が抜け出せたわけではありません。
 ちょっと一杯のつもりで口をつければ、あとは酔い潰れるまで止まらないという悪循環が王様の中で長く長く続きました。
 そんな時、王様は通院先の病院で「AA」なる自助グループを知ります。AAとは「アルコホリック・アノニマス」の略で、無名のアルコール依存症者達、という意味のようでした。
 医師の紹介でそのグループのミーティングに参加し、自分と同じような経験をしてきた仲間がたくさんいることを知った王様は、心のどこかで安堵感を覚えました。自分は一人じゃない。自分だけが特別じゃないと知った王様は、初めて共感することが心の支えになるということを理解しました。いえ、理解とは違うかもしれません。自分が孤独ではないことを肌で感じ取ったという方が正確かもしれません。
 ひどい話はたくさんありました。子育て中の女性が泣き止まない子供にウイスキーを哺乳瓶に入れて飲ませた、とか、ある男が母親の亡くなる直前まで無銭飲食のために刑務所に入っていた、とか。
 王様はそんな多くの同病の人々と交流を持つ内に、自然と酒が止まっているという体験をしました。
 何が自分に酒を飲ませていたのか、深く考えていくとそれは単純なことだったのです。
 スコーピオンデスロック姫がいつまでも結婚しないから、でした。そのことを思い悩み、苦しみ、独りでもがいている内に酒に飲まれていったのです。
 まず、このことを解決することからはじめよう、王様は決意しました。


 スコーピオンデスロック姫の極め技は、当然スコーピオンデスロックです。立つよりも早くから、既に彼女はスコーピオンデスロックを体得していたのです。
 初めて会った人には必ずスコーピオンデスロックを掛けるというのが、彼女の中の慣例でした。何度謁見の間に腰が砕ける音が鳴り響いたことか。残忍なスコーピオンデスロック姫には情け容赦はありません。手加減など一切ありません。クマを殺せる腕力で締め上げられたら、どんな屈強な男もイチコロです。
 次第に多くの人々がスコーピオンデスロック姫を避けるようになりました。仕方ないのでスコーピオンデスロック姫は侍従の者達を相手に毎日スパーリングを行うようになります。ほぼ毎日、負傷者を出すことになりました。それでもスコーピオンデスロック姫は悪びれた様子もなく、毎日スコーピオンデスロックをかけ続けます。

 
 そんなある日。王様から国中に向けて宣言がなされました。
「我が娘、スコーピオンデスロック姫を倒した者に、この国の国王の座を譲ろう」
 その宣言に国中が沸きかえりました。身分の差も関係なく、勝ったら国王なのです。国中の猛者達が次々と名乗りをあげました。
 さんざん盛り上がった挙句に、トーナメント方式でスコーピオンデスロック姫への挑戦権を賭けた大会が開かれることになりました。会場は三万人収容のコロシアムで行われることになり、立ち見の見物人まで出て、盛り上がりはピークを迎えました。
 トーナメントの参加選手には、プロレス、ボクシング、フェンシング、柔道、剣道、合気道、コマンドーサンボ、茶道、華道、書道、美味しいコーヒーの淹れ方まで、ありとあらゆる分野のエキスパートが集まりました。それぞれが一癖ある人物であると一目でわかる強者ばかりでした。王様の憂慮の通り、変人ぞろいです。プロレスラーを始めとして、それぞれがどこか脛に疵持つ輩であることが一見してわかる連中ばかりでした。
 舞台の方もスコーピオンデスロック姫の趣向に従って、金網電流デスマッチということになってしまいました。
 総勢六十四人の猛者達が、それぞれの技で頂点を目指します。中には志半ばで倒れてしまう者も多くいました。美味しいコーヒーの淹れ方の選手などは、コーヒーを淹れている瞬間を狙われて、ボクシングの選手にタコ殴りにされてしまいます。書道の選手は、墨を硯で擦っている間にフェンシングの選手に強烈な突きを見舞われて、高圧電流の流れている金網に叩きつけられ、若い命を無残に散らしました。
 上位四人には、柔道の吉田選手、プロレスラーのイヴァン選手、合気道の龍雅選手、そして意外にも茶道の古池選手が残りました。
 まずは吉田選手とイヴァン選手の対決です。
 このトーナメントのルールにはフォール勝ちも無ければ有効も一本勝ちもありません。要するに相手からギブアップを奪うか、殺してしまうまで闘いは終わらないのです。
 試合は壮絶な殺し合いになりました。イヴァン選手の強烈なアイアンクローが吉田選手の顔面を捕まえて離さない、その状態から吉田選手は見事な大外刈りを見舞い、イヴァン選手はマットに叩きつけられました。しかしそれで終わるイヴァン選手ではありません。立ち上がりざまに吉田選手の袖口を捕まえて、遠心力をつけて金網に向けて吉田選手を叩きつけたのです。高圧電流が吉田選手を襲います。それでも吉田選手は立ちました。凄まじい電流にも耐えて、フラフラになりながらもイヴァン選手に向かっていったのです。ですが、その時点で吉田選手の体力は限界に達していました。イヴァン選手の豪快なブレーンバスターで、吉田選手は息を引き取ったのです。
 準決勝第二試合、合気道の龍雅選手対茶道の古池選手の対決は異様な闘いになりました。
 袴姿の龍雅選手の立ち姿は流麗で、見る者を虜にする魅力がありました。一方の古池選手は柿渋色の和装を着用し、まるで戦闘とは無縁の姿に見えました。龍雅選手も百六十八センチと決して大柄ではありませんが、古池選手は更に小さく、百五十五センチしか身長がありません。まして武道と文道の闘いです、結果は火を見るより明らかなはずでした。
 しかし、試合はまるで想像とは違った展開になったのです。
「まあ、一服。茶でもどうかな」
 余裕の態度で声をかけた古池選手に対し、龍雅選手は手も足も出せないといった様子でした。礼節を重んずる、合気道の心得からして、この申し出を断るわけにはいかなかったのです。ですが、この展開で古池選手は幾多の強者を破ってきたのでした。剣道、フェンシングといった礼儀作法、紳士のスポーツを学んだ選手にとって、この誘いを蹴ることはできないのです。
「さあ、そこにお座りなさい」
 そう言って、毛氈に龍雅選手を座らせた古池選手は、干菓子を差し出しました。
 礼儀を重んずる合気道を学んだ龍雅選手は、まずいとは思いつつも、その干菓子に手をつけました。
 瞬間、干菓子を口にした龍雅選手は勢いよく毛氈の上に倒れ込みました。そうです、この干菓子には猛毒が含まれていたのです。
「貴様、謀ったな!」
 血反吐を吐きつつ龍雅選手は重い体を無理矢理に起こして、座ったままの古池選手に対して当身を試みます。が、その試みはいとも容易く躱されてしまいました。意外に身軽な、猿のような動きの古池選手は当身を軽々と躱してほくそ笑んでいます。じきに致死量を超えた神経毒を服用させられた龍雅選手は力尽きました。
 こうして決勝はプロレスラーのイヴァン選手対茶道家の古池選手の対戦となりました。このどちらかが、スコーピオンデスロック姫と闘う権利を得るのです。
 結果は残酷でした。
 礼節を重んずるなど頭の片隅にすらないイヴァン選手が、得意技のドロップキックを見事に決めて、一撃で古池選手を戦闘不能に陥れました。茶筅を手に持つ暇すら与えない圧倒的な勝利でした。強烈なヘッドロックが頭蓋骨を締め上げて破砕する音が会場中に響き渡りました。古池選手はその汚い手を使うことすら出来ずに勝敗が決してしまったのです。
 いよいよ、本日のメーンイベントがやってきました。
 例の最強の、スコーピオンデスロック姫に最強の挑戦者イヴァン選手が挑むのです。会場の熱気は最高潮に達しました。凄まじい歓声に、実況の声も聞こえないほどです。
 この一戦に、国の存亡がかかっているのです。王様は思わずワンカップを買いに走りたい衝動に駆られましたが、どうにかその想いを内に留めて、貴賓席から闘いに熱い視線を送りました。
 今、ゴングが打ち鳴らされました!


 あ、うは、うわぁ……、スコーピオンデスロック姫、つえぇ……。エゲツねぇ。半端ねえ、強すぎる……。


 描写をするまでもなく、イヴァン選手は腰の骨を折られて逝ってしまわれました。皆さんも彼の冥福をお祈りくださいませ。
 そういうわけで、スコーピオンデスロック姫は未だに独身です。
 腕に自信がお有りの方は、是非ともご挑戦下さい。腰骨をへし折られることを覚悟の上でしたら、いつでも彼女は挑戦を受けると思いますよ。
 王様のアルコール依存症は相変わらず小康状態を保っているようです。AAのパワーは偉大なのですね。







 完?

 






 
 
2014/11/07(Fri)12:15:16 公開 / 赤月 水織
■この作品の著作権は赤月 水織さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 こんなんでいいのかよ、と思いながらも久々の投稿です。初めましての方、初めまして。お久しぶりの方、相当お久しぶり。赤月 水織(かづき みおり)です。
 コメディとして成立しているのかいないのかすらビミョーですが、それもいいか、と自分なりには思っています。一瞬でも「ぷっ」となってくれればそれで成功ですよ、この手の作品は。
 もう少し手をかければ作品として完成度が増すのでしょうが、この作品で完成度を求めてどうする、という思いもあったのでこのようにしました。
 もしよろしければ、感想などお聞かせ願えれば幸いの極みであります。お読み頂きありがとうございました。
この作品に対する感想 - 昇順
 作品を読ませていただきました。
 よく分からなかったのですが、これはお姫様のイメージのギャップを楽しむものなのでしょうか。読んでいて笑いとは何かという哲学的(?)な問題を考えざるを得ませんでした。僕には笑いのセンスと言うものがないので(そして面白いものを見つけるアンテナも低いので)、どうやってコメディで読者を笑わせるのか分かっていません。同じく、コメディを読んでどう面白いのかを理解する力にも欠けています; このお話でもどの辺りで笑いを誘おうとしたのかちょっと分かりづらくて……。正直に申し上げますと、読んでいて所々真顔になっている自分がいました。
 もしよければ、どの辺りが面白いネタだったのか一例だけでよいので挙げて簡単に説明していただけると嬉しいなと思います(もちろん、貴方さえよければの話です)。
 次回作、頑張ってください。ピンク色伯爵でした。
2014/11/08(Sat)20:45:310点ピンク色伯爵
 初めまして、ピンク色伯爵さん、お読み頂き有難う御座います。
 コメディで哲学的なことを考えさせている時点で失敗作ですよね(汗
 仰るとおり、これはお姫様のイメージと現実のギャップを楽しんでいただけると嬉しいなぁという作品でした。
 どの辺りが面白いのか、自分で説明するのも野暮ってもんですが、あえてその野暮をやるとしたら……。

 作品のパワーバランスおかしいやろっ! 最初のおじいさんおばあさん誰やねんっ! 王様がワンカップをコンビニで買うとか意味わからんしっ! 大事な試合の内容を一切描写しないとか、読者なめとんのかっ! 

 ……はあ、はあ(息切れ)。自分で自分の書いたものに突っ込むのって切ない(泣 
 なんにせよ、お読み頂き有難う御座いました。また愚にもつかない作品と呼ぶのも覚束無いものを書くかもしれませんが、お付き合い願えたら嬉しいです。
 失礼しました。
2014/11/11(Tue)13:12:070点赤月 水織
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