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『妖魔』 作者:羽田野邦彦 / 時代・歴史 アクション
全角42184.5文字
容量84369 bytes
原稿用紙約131.15枚
天下分け目の戊辰戦争が終結してから十年後の明治十年、徳川魔方陣が妖魔の手によって破壊された。妖魔が次々に東京府民を襲う事態に、大久保利通は英国の妖術組織『闇の翼(ウイングオブダーク)』(WD)で修行していた元徳川隠密剣士であり、有馬妖刀術伝承者・有馬総介に帰国命令を下した。 そして WDの仲間であるロバートと共に帰国した総介を待っていたのは、闇乃道化師が和泉家を襲撃するという犯行予告だった。仕事を引き受けた総介たちは、徳川魔方陣の中心部である紅葉山に向かった。そこで出会ったのは、女陰陽師・桜宮沙那だった。彼女は妖力を使って、魔方陣の御神体である妙見菩薩像を治癒していた。「政府は、将来的には徳川魔方陣を破り、明治魔方陣を創る」という沙那の話に、総介は矛盾を感じた。
第一章 (3)

総介は、妖魔と一定の間合いを保ちながら、摺り足で巨像の前に移動した。
『後の先をとる』。敵の攻撃を受け流しながら相手の能力を分析していくことが、千年の歴史を誇る有馬妖刀術の神髄だ。
先に動いたのは一体のインプだ。三人に向けて目潰しの呪いを放ったのである。
「暗闇ノ中デ藻掻ケ、暗黒瞳(ブラツクアイズ)」
漆黒の靄が三人の視界を襲った。
「きゃぁ」と、沙那のかん高い悲鳴が上がるなか、二人の妖術士はいたって冷静だ。
目を瞑り、「ふぅー」と一呼吸をついた総介は、体に宿る妖気を脳に送った。
有馬妖刀術奥義・心眼の術
靄で敵の姿が見えないなか、頭の中で鮮明に映ったのである。
 予備工作を抜かりなく終えた妖魔たちが、こちらに突進してきた。
総介は、インプが持つ鋭い爪を左横にかわした返しに、下からすくい上げるように右脇へ打ち込む。全身が炎に包まれた妖魔は、激しい断末魔とともに炎滅(えんめつ)した。
「沙那!」
総介は沙那の様子が気になった。
 総介より優れた心眼術を体得しているロバートのことは心配ない。相棒は風の魔神『暴風鳥人(イカロス)』を召喚した。
 「あらゆるものを破壊する風の魔神よ。悪しき者の体を風の刃で切り裂きたまえ! 気流刃(ストリームブレード)」
そこに現れたのは、猛禽類(もうきんるい)の頭部と筋骨逞しい胴体を持ち、背中に巨大な翼を生やした人型召喚獣だ。
複数の小さな気流がイカロスの右腕に集まる。そして銀色に輝いた右腕をインプに向けた。右腕から放たれた白銀の弾は巨大な鎌に変化して、妖魔の腹部を裂いた。
 妖魔が果てるのを見届けたあと、ロバートが再び両手で輪を作り呪文を呟く。
「太陽神よ、暗闇を彷徨(さまよ)う者たちに、光を射したまえ」と太陽光(サンシヤイン)を発動した。
靄を晴らした光の先には、暗闇で手も足も出ない女陰陽師がインプに遊ばれているではないか。
出血多量の沙那が、片膝をついて必死に助けを求めてる。靄が晴れて形勢逆転といきたいが、今の彼女には荷が重すぎた。
 「そ……、総介様、た……、助けて」
「沙那、今行くぞ!」
総介は、インプに突進する。
 ところが、青年剣士の行いを妨害する者が現れた。召喚獣イカロスだ。
「どけ!」
総介は、目の前に立ちはだかる大きな壁を右に抜けようとする。しかし、イカロスが放った暴風拳(サイクロン)をまともに受けた青年剣士は、七尋(ひろ)(地上十二メートル)も吹っ飛ぶと、背中から地面に叩きつけられた。
 総介の頭の中は真っ白になった。
傷だらけの体をゆっくりと起こした総介は、相棒の暴挙に戸惑いをみせる。どうして仲間割れをしたのか、彼の意図が分からないのである。
 「ど……、どういうつもりだ、ロバート。沙那を見殺しにする気か?」
「……」
ロバートの返事がない。それどころか、沙那が甚振(いたぶ)られているのを、ほくそ笑んで見ているだけだ。
(このままでは殺(や)られる)
叩きつけられた衝撃で、手元から離れた魔刃丸を握り直した総介は、再び救出を敢行しようと足を一歩踏み出したその時、黒装束の襟首を引っ張るかの様な大声が飛んできた。
「総介、手出しは無用だ! 沙那サン、助けを当てにしようとせず自力で倒すんダ。まずは、妖気を高めなサイ!」
「馬鹿を言うな、沙那は俺たちとは違うんだぞ!」
総介の叱責を沙那が遮った。
「いいんです、総介様。私は、あなた方のお力になるための試練だと思って、この戦いに臨んでいます」
そして、「コォォ」と、呼吸を整える沙那の妖気が高まりだした。
(いくら従妹とはいえ、明治政府を憎む彼女を仲間にしていいものか? ロバートは彼女の気持ちを察して、あのようなことを言ったのか?)
ロバートの言動に総介は戸惑いを覚える。さらに相棒は、総介の心を見透かしたかのようなことを口にする。
「彼女の心に持つ正義と悪が今、戦ってイル。どうやら初仕事は、和泉家の妖魔退治だけではなく、彼女自身の心の成長をバックアップすることになりソウダ」
「心の成長……」
総介の脳裏に一抹の不安が過(よ)ぎる。
それが現実になった。インプの爪が、沙那の腹部を襲った。
「沙那!」
総介が悲鳴を上げた刹那、沙那の体が琥珀色に輝いた。
 「ま、眩しい」
 目も眩(くら)むほどの強烈な光に、思わず掌で両目を押さえる。そして、光を裂くような断末魔が襲ってきた。
「ウグォォ!」
ようやく光がおさまるとインプが右肘を押さえて、悶絶しているではないか。切断された患部を押さえる手から血が滴り落ちる。  沙那の妖気に驚く総介だが、一番驚いたのは術を放った本人かもしれない。
沙那の体を覆う光が少しずつ弱まっていく。光を失った彼女は力尽きて倒れてしまった。
今がの好機といわんばかりに、インプが片方の手で沙那に止(とど)めを刺そうとしていた。  そこへ、一本の巨大な竜巻が二人を襲った。イカロスが巨大竜巻(グレートトルネード) を発動したのである。
大量の砂塵と共に二人の体が渦を巻いて上昇する。暫くすると、巨大渦から放り出された二人は、頭から地面に向かって垂直に落下した。
「沙那!」
総介が大切な従妹に駆け寄る。
共に落ちたインプは、地面に落ちた衝撃で五体が飛び散ってしまった。何という威力だという感想とか、強引な救出劇に頭を悩ませる暇も与えてくれない。
そんなことを考えながら沙那を追っていると、突如、彼女の元にイカロスが突進してきた。
 沙那の背面から腕を回して胴体を支え、膝の下に差し入れた腕で脚を支えたイカロスは、地上に降り立った。
不思議なことに、出血の酷かった患部が完治している。
 (あの光の影響なのか?)
総介は当惑しながら、沙那の手首に触れた。
「気を失っているだけだ」
総介は安堵した。
そこへ、コツコツと乾いた足音が近づいてきた。
ロバートだ。
彼は何を思ったのか、沙那のペンダントトップを握ると、「フッ」と笑みをこぼした。 「ロバート、おまえは一体、何を企んでいる。まるで自分の欲望のために沙那の力を試しているようだ」
 「……」
総介の訴えを聞き流すロバートは、沙那を抱きかかえ、向こうに歩みを進める。
「何処に行くんだ?」と総介は訊いた。
「病院デスヨ。このままでは彼女の命に関わりマス。良い病院があるなら紹介してくだサイ」
「……ああ」
風変わりな相棒に蟠りを抱きながら、総介は病院に案内した。

第一章 (4)

窓ガラスを通して注がれる日射しの中、沙那は静かに寝息を立てている。
此処は、明治七年に設立した東京府中央衛生病院である。木造二階建桟瓦葺きの院内は、日本では珍しい開放感のある吹き抜けを設けている。
「疲れですな」と、医師からの診断が下される。
「親子二代に亘って、診察できるなんて、幸せですな」と、ホクホク顔で答える医師が、このあと厳しい口調で妖術士たちに忠告した。
「沙那さんは桜宮家二十四代目当主です。いくら若いとはいっても所詮は女です。政府から、どういう依頼を受けたかは存じませんが、くれぐれも無理をなさらぬよう、あなた方もお気遣い下さい。由菜さんの二の舞だけは御免です」
この医師は、九年前に起きた会津戦争において、桜宮夫妻と共に力を合わせ看護活動に勤(いそし)しんだ縁で、桜宮家の主治医を務めていた。当病院が設立されると、多くの患者を分け隔て無く診たいという志で、上野で開いていた医院をたたみ、この地で活動している。
「失礼しました」と、妖術士たちは病室をあとにした。
扉を閉めたロバートが、総介に向かって頭を下げた。
「総介、申し訳ナイ」
「君にどういう意図があるかは分からんが、これ以上、沙那を傷つけることは許さない」
総介は憮然と言った。
ゆっくりと通路をよぎる二人に、「有馬!」と背中を一押しする声が聞こえた。
二人が振り向いた先に見えたのは、白髪の老人――いや、勝海舟ではないか。
「勝先生!」と、総介が思わず言葉を発した。
総介の声が届いたのか、海舟が足早に寄ってきた。
「いきなり病院で再会するとは、驚いたぞ」
「勝先生、どうして此処に?」
「俺は知人の見舞いだ。おまえらの方こそ、どうしたんだ?」
「実は……」と、総介は紅葉山で起きた一連の出来事を告げた。
「そうか、紅葉山に妖魔が出没したか」
「奴らは単体では行動できません。我々と一戦交えたのは、偶然かどうか定かではありませんが、黒幕がいる可能性は高いです」
「黒幕か、おまえらが帰国してきた情報を、いち早く握っていた者がいたということか。それと、沙那を守った琥珀の光というのは、一体何だ。心当たりないか?」
海舟の問い掛けに二人は頭(かぶり)を振った。  一度、周囲に目を遣(や)った総介が、声を潜めて海舟に詰問した。
「何故、魔方陣のことを我々に黙っていたのですか?」
つい先程まで明るい素振りを見せていた海舟の表情が曇りだした。
「ちょっと、ついて来い」と、海舟は妖術士たちを引き連れて、病棟裏に移動した。
通称『桜街道』と呼ばれる病棟裏は、全長四十四間(約八十メートル)に亘って、八本のソメイヨシノが植えてある。咲き誇った桜並木は患者の目と心を楽しませてくれる。
三人は、ソメイヨシノの古木の下に集まる。
「すまなかった、これも政府の考えあってのことよ。国民の不安を煽ることだけはしたくなかったんだ。政府は本気で魔方陣を作り替えようとしている。事の発端は、幕末の頃、薩摩藩が英国武器商人の紹介で占術士(せんじゆつし)を呼び寄せたことなんだ。」
「占術士?」と妖術士たちは互いの顔を見合わせた。
「そうだ。倒幕を掲げていた薩長は、絶対的な勝利を手中にするため、高待遇を条件に占術士を雇った。戊辰戦争での役割は、戦の日程の吉凶を占うことと、軍隊の配列を意見していたという話だ」
「高待遇ということは、今でも何かしらの活動をしているということデスネ」
「ああ、そいつの名はバロム・ロビンソン。内務省で大久保卿の秘書をしている。表向きは内務卿の右腕は川路のおっさんだが、実質はその占術士さ。それと、もう一つ言わしてうらうけどよ、明治魔方陣の資金集めをしているのが和泉仙一郎だ。頼むから今、俺が言ったことは口外するなよ」
海舟は唇に人差し指を添えた。
(高官たちの心を魅了する占術士とは一体?)
総介の好奇心を煽(あお)る興味深い話だ。
海舟が話題を変えた。
「それと、もう一つおまえらに言わなきゃいけないことがある。妖魔討伐隊の元締めを紹介する」
「えっ、勝先生じゃないのですか」と、妖術士たちは虚を突かれた。
「ああ、俺でもよかったけどよ、政府の奴らが、どうしても自由の身にしてくれなくてな。さすがの俺でも、二足の草鞋は無理だ。それで今日、夕飯を食う約束をしていてな、一緒にどうだ?」
「喜んで」、「お願いシマス」と二人は返事をした。

推古天皇三十六年(六二八年)に創建した浅草寺の門前町である浅草は、東京府が誇る繁華街として栄えてきた。
門前町の裏通りにある牛鍋屋『千喜(せんき)』は、
開国から四年後の安政四年(一八五七年)に創業した。開国以来、江戸の味を異人に広めようと、和洋折衷料理を始めたのが切っ掛けだった。木造二階建桟瓦葺きの店内は、玄関から見て左側に二階へ続く通り土間があり、右側に座敷が連ねている。女将の案内で二階に進むと、要人専用の個室が六部屋ある。
 その中の『鈴蘭の間』をに案内された妖術士たちは、「失礼します」と座敷へ足を踏み入れた。座敷には、中央にある食卓を囲むように三人の男が座っていた。ひとりは我々を招待した勝海舟、残り二人には当然、心当たりがない。
すると、中央に座る男が親しみを込めた挨拶をしてきた。
「久しぶりだな、総介」
幕末から今に至るまで、髪全体を後ろに撫で上げた東洋人に面識がない。灰色の三つ揃いを着たこの男は、満面の笑みで再会を喜んでいる。
困惑している総介を見兼ねた海舟が、「ゴホン」と、咳払いした。
「有馬、おまえはこのお方を忘れたか。こちらにおわすは、徳川慶喜様なるぞ」
「え? 慶喜様」
総介は瞠目した。戊辰戦争終結後、静岡に居住しているはずの慶喜が、西洋風な出で立ちで帰ってきたのである。
総介は片膝をついた。
「お久しぶりでございます」
「はははっ、楽にせい。またこうして一緒に仕事が出来るなんて、こんなめでたいことはない」
「すると、慶喜様が元締めでございますか?」
「そうじゃ、不服か?」
「め、滅相もまいことでございます。恐悦至極に存じます!」
「はははっ、恐悦至極か。宜しく頼むぞ!」
このあと、総介は相棒を紹介した。
 ロバートに臆することなく握手を交わした慶喜は、お返しとばかりに内務省で秘書を務める外国人を紹介した。
「バロム・ロビンソンです。宜しくお願いします」
(この人が噂のバロム・ロビンソンか)  総介は思わず唾を飲み込んだ。
妖術士たちが着いて十五分後、食卓に牛鍋が並んだ。浅い鉄鍋にの中で、角切り牛肉、葱を煮る。味噌の香ばしい匂いが、食欲を掻き立てる。
一同が杯を手にすると、慶喜が乾杯の音頭をとった。
「では、妖魔討伐隊の武運と健勝を祈って、乾杯!」
乾杯のあとは、各々杯を酌み交わす。そして、待ちに待っていた牛鍋が按排になってきた。我先にと、慶喜が牛肉に箸を伸ばした。
「うむ。旨い」と慶喜の頬は、今にも落ちそうだ。
「さすが、文明開化の味。旨すぎる」と海舟は絶賛した。
総介は、箸使いに苦戦を強いられているロバートを丁寧に教えているなか、さすが日本滞在期間が長いバロムは慣れた箸使いで肉を食していた。
楽しい宴も佳境に入ると、総介は人目も憚らずバロムに詰問した。
「ひとつお訊ねしたいことがあります。あなたは、徳川魔方陣を崩し、新たな魔方陣を作ることを提唱していらっしゃるというのは、本当ですか?」
「おい、有馬」と海舟は制止しようとしたが、遅かった。
「構いませんよ、いずれこの方たちに話さなくてはいけません。日本を変えるには長年、江戸を守護していた徳川魔方陣を破り、新たな魔方陣を創ることデス。それは魔方陣の祭神である平将門を鉄の結界で囲うことデス」
「鉄の結界?」
 総介は眉を顰めた。
「はい。徳川幕府が誕生した頃、将門の強力な霊力を借りて結界を張りました。ところが、強力な霊力ゆえ、逆に妖魔を呼び寄せる結果になった。徳川の家臣だった方なら、妖魔襲撃事件をご存じですね。妖魔襲撃後、幕府は七星菩薩像を将門縁(ゆかり)の地に建立した。結果、将門の霊力を抑えて、妖魔の侵入を防ぐことができました。しかし、時代の流れとともに、菩薩たちの力もだんだん弱まってきたので、妖魔の侵入を許すことになりました。そこで、私は鉄の結界、つまり鉄道を引くことを提案しました。妖術士の方たちはご存じだと思いますが、鉄は霊を宿し、妖気の通行を遮断します。ただ立っているだけの菩薩像よりも、国民に便の良い鉄道を利用すれば、一石二鳥です」
激動の幕末に来日してから、今日まで十年余。よく江戸のことを勉強してきたのだな、と総介は思わず感心した。
(いいや――)と総介は頭を振ると、再びバロムに噛みついた。
「あなたは利己的に考えすぎだ、将門の霊力を嘗めないほうがいい。普通の人間が相手ならば、彼の力の前に屈するだけだ」
「そこをあなたたちに、お願いするのですよ。政府が七星菩薩像を取り壊している間に、地霊及び妖魔の侵攻があった場合は、あなたたちに退治してもらいたいのです」
「ばかなことを、私たちは七星菩薩像の取り壊しに賛成していない!」
総介の抗議にバロムは呆れ顔を見せる。そして、分からず屋の妖術士に説明した。
「これだから徳川派の人間は嫌なのですよ。今回の提案に反対したのは、あなた以外に女陰陽師さんと元幕臣だった数十名の方です。なんのために、あなたはWDで厳しい修行をしたのですか? 国民を守るためでしょう。政府が国民を見捨てるわけがない。国民が戦えなければ、妖術士という切り札を出せばいいことです。それが嫌だということは、あなたは妖魔に恐れをなしているのですか?」
「違う。私が反対する理由は、意図的に妖魔を使って結界を打破し、陽魂寺の扉を開ける者がいることを懸念しているのです」
「それは、女陰陽師さんの意見と同じですね。彼女は菩薩像に妖魔が襲撃した痕跡があると主張して、菩薩像の必要性を訴えていましたが、あの人は反対派の旗頭です。きっと裏があると思います」
「裏とは?」と、バロム以外の者が口を揃えた。
「彼女はペテン師です。自分が召喚した式神を使って菩薩像を襲撃したのです。そして菩薩像の霊力で妖魔を撃退したという三文芝居を演じれば、周囲の人間は菩薩像の必要性を理解してくれるという安易なことを、画策していたのでしょう」
「バロムさん、あんたって人は!」
従妹をペテン師呼ばわりしたこの男に鉄拳を食らわしてやろうと、総介が立ち上がった。
「総介、落ち着け!」
ロバートが血気盛んな妖剣士を宥(なだ)める。そしてバロムに忠告した。
「ミスター・バロム、あなたも口を慎んだ方がいい。彼女を侮辱することは、私たちを侮辱するのと同じダ!」
あっけらかんとした態度でバロムは詫びる。
 「ソーリー、それだけ絆が確(しつか)りしているということですね。お詫びに、明日の戦勝を祈願して、簡単な占いをお見せしましょう」
「占いかね?」海舟が口を挟んだ。
占術士以外の者が眉を顰めた。
「はい。テーブルターニングを応用した占いを行いますが、まずテーブルの上にある食器類を片づけてもらわないと、できません」
「これは面白いことになってきたな。おい女将、来てくれ!」
 興奮を隠せない海舟は、急ぎ足でやってきた女将に、鍋と食器類の片付けを指示した。
 食卓が綺麗に片付いたのを見たバロムは、ジャケットのポケットから出したカードの束と一枚の金貨を食卓に置いたあと、白いハンカチを食卓に広げた。ハンカチには六芒星が黒く染め抜かれている。
バロムはカードの束を手にして説明を始めた。
「これはタロットカードといって、相性・運勢・恋愛など様々なことを暗示します」
バロムは大アルカナという二十二枚のカードを選び、食卓の上で混ぜ合わせる。そして、綺麗に束ねたカードを横一列に並べた。
まるで自分の手足の如くカードを操る占術士の技術に、周囲の目は釘付けだ。
「妖術士のおふたりは、この金貨に妖気を注入してくれますか」
総介は眼前に差し出された金貨を受け取ると、親指と人差し指で摘む。そして、全身から発した紅い妖気を金貨に注入した。
総介は妖気を送り終えた金貨をロバートに渡すと、彼も青年剣士と同じ手段で紫色の妖気を金貨に注入した。
一連の作業を終えたロバートは、金貨を持ち主に返した。
「では、始めます」
食卓の向こう側に金貨を置いたバロムは、金貨の上に手を翳(かざ)すと、何やら呪文を唱えた。 「戦の神マルスよ。明日の一戦を占いたまえ」
呪文を唱え終えた刹那(せつな)、食卓が上下左右に激しく揺れだした。
「なんだ、地震か?」と、海舟が動揺する。 金貨に視線を向けると、円を大きく描いているではないか。
「どうなっているんだ、これは?」
取り乱す海舟とは対照的に好奇心旺盛の慶喜は、食卓の上下を忙(せわ)しなく観察している。
慌ただしい二人をバロムが制した。
「落ち着いて下さい。この激しい揺れの原因は、マルスと妖術士たちの力が強大だからです、決して地震ではありません」
バロムの言う通り、建物が揺れているわけではない。占術士の言葉を聞いた二人が平静を取り戻すと程無く、食卓の揺れが収まり、同時に金貨の動きも止まった。
(これからどうなるんだ?)
総介の掌は汗で滲んでいた。
 テーブルターニング(召喚した低級霊を、物質に閉じ込める魔術)を応用した占いとはいえ、戊辰戦争では官軍に勝利をもたらした占術士の腕は、此処にいる誰もが気になる。なぜならば、ロバートとバロムの二人を除いた者は、官軍と戦い敗れ去った男たちだ。戦勝請負人の技術に熱い視線を送るのも納得できる。
動きが止んだのも束の間、なんと金貨が再び左右に動きだしたではないか。まるで自分の意思で動いているかのように、カードに突進した金貨が激しくエッジを叩く。その反動で一枚のカードが占術士側に出ると、三度(みたび)金貨が左右に動きだす。これらの動作を六回繰り返した。
金貨が選んだ六枚のカードを回収したバロムは、それを六芒星の頂に置いた。
「この占いで使う六芒星の頂にはそれぞれ意味があり、右横は『過去』、右斜め下は『現在』、下は『出来事の原因』、左斜め下は『障害』、左横は『結果』、上は『未来』を暗示します。今からカードを右から順番に捲(めく)ります」
バロムがカードを捲った。絵札には、聖杯を両手に持つ天使が、清らかな水を聖杯から聖杯へと注いでいる姿が描かれている。
周囲の熱い視線を気にすることなく、バロムは矢継ぎ早にカードを捲る。最後の一枚を捲り終えた占術士は、「結果が出ました」と告げた。
占術士が一枚ずつカードの意味を説明した。
「カードの絵柄には正位置と逆位置があって、それぞれ意味合いが異なります。基本、正位置は前向きな意味を、逆位置は悲観的な意味を表しますが、カードによっては意味が反対になるものもあります。ちなみに、『過去』を暗示するカードは、『節制』といい、精神的なものと物質的なものを、巧く制御する意味がありますが、現在このカードは逆さまになっています。あなたたち二人は、過去に最愛の人を失い、自暴自棄になった経験があるということです」
(当たっている)
総介は占術士の能力に舌を巻いた。九年前、朝日峠で妖術士と共に散った源三郎が、脳裏に甦ったのである。
(ロバート!)総介は我に返った。
総介はロバートの過去を知らない。彼の家族構成、そして彼が幕末の日本を訪れていたことも。
(一体、何があったんだ)
総介は横目で相棒を見る。彼は顔色を変えることなく、占術士の話を聞いている。
占術士の話は『過去』から『現在』に移った。
「次は、『現在』を暗示するカードです。これは『運命の輪(正位置)』といって、その名の通り、過去・現在・未来で起きる運勢の良し悪しを意味します。あなたたちは、コンビを組むことで人生の転換期を迎えています。そして、ここからは思わしくない結果ですので、肝に銘じて下さい」
バロムが告げると、皆が姿勢を正した。
「まず、『障害』と『原因』です。前者を暗示するカードは、『審判(逆位置)』で、後者は『戦車(逆位置)』です。どちらかが冷静になれず、戸惑い、もしくは巧く感情のコントロールが出来ないことで、トラブルが起きるかもしれません。そして『結果』を暗示しているカードは、『死神(正位置)』です。今回の仕事は失敗する可能性が高いです」
この結果を聞くや否や、普段冷静な慶喜がバロムに吠えた。
「こんな馬鹿な話があるか!」
「落ち着いて下さい、まだ話は終わっていません」
慶喜を宥めたバロムが、話を続けた。
「最後に、『未来』を暗示しているのは『月(逆位置)』です。これは夜を指しています。夜というのは、人間が持つ潜在能力を解放するのに最も適した時間帯です、気持ちを切り替えるのに丁度いいでしょう。この場合は、心の悩みが消え、目的をはっきりすることが出来るという意味を表しています。任務の失敗によっで、何かを掴むことが出来るかもしれません」
慶喜ではないが、こんなふざけた占いがあるかと、総介は口に出すところだった。
総介はロバートに目を向けた。すると、クスッと笑みを浮かべているではないか。それは何を意味しているのだろうか?
占術士が澄まし顔で一同を見渡した。
「いかがでしたか? この結果をご覧になって、何か感想があれば仰って下さい」
慶喜と海舟は言葉を失っている。
張り詰めた緊張が空気を重くしている。すると、重苦しい雰囲気を打破する言葉が相棒の口から出たのである。
「私たちWDは、占いを信じる者などいません。特に、テーブルターニングという子供だましが我々に通用すると思いまスカ?」
不敵な笑みを浮かべるロバートを、慶喜が制した。
「甘く見るな! ミスター・バロムは官軍に勝利をもたらした方だぞ。作戦を練って戦いに臨まないと、手痛い目に遭うぞ」
戊辰戦争の功績がある占術士の実力をまざまざと見せ付けられた慶喜と海舟が、畏怖している。
総介は、自身に発破を掛ける意味合いも含めて、占術士に告げた。
「我々を見くびらないで下さい。運命は自分で拓(ひら)くもの。あなたの占いが間違っていることを証明してみせます!」

第二章 逃れられぬ運命

(1)

暮夜から風が唸りを上げて、山林に吹くと樹木がざわめきたち、横殴りの雨が窓硝子を容赦なく叩きつける。
かつては阿部播磨守の広大な下屋敷だった麻布霞町に、千二百坪の土地と洋館を所有するのは、日本有数の貿易会社『和泉商会』の社長・和泉仙一郎だ。開国前は『和泉屋』という屋号を使い、江戸で海産物専門の商いをしていた。開国後、横浜港が開港されたことを知った仙一郎は横浜に会社を設立すると、蒸気船専用の石炭と、輸出の主力品である生糸や緑茶を輸出して成功を収めた。
仙一郎自慢の邸宅は、近年、続々と東京府内で発生した大火対策として、外壁に煉瓦を使用している強固な外観と、窓額、階段の手すり、家具は、欧米で流行しているアールヌーヴォー様式(流動的な曲線が特徴)を取り入れた芸術性の高い内装になっている。
昨日、総介が川路に訴えた効果があったのか、屋敷内に十名、庭に十名の銃撃隊士が配備された。民間人の心を落ち着かせるために考慮したことだが、それは妖術士の未熟さを公に露呈しているようなものだ。そんな、お人好しの総介に、ロバートは苛立ちを覚えることがある。
居間にあるソファーに腰掛けて瞑想する妖術士たちの耳に、大きな胴間声が聞こえてきた。妖術士の二人は、声のする方に目を遣る。
「これだけの警備だけで私たちを守れるのかね? 何故、陸軍は動かないのだ!」
 洋装姿の男が不安げな顔で陣頭指揮者の安西に噛みついている。彼は長年、和泉家の家政・事務を執りしきる大田原恭造(おおたわらきようぞう)だ。
「大田原殿、落ち着いて下さい。今回は、あちらにいる妖術士も遥々、イギリスから駆けつけて下さった」
「しかしだね、どこの馬の骨か分からぬ者が、軍隊より優れているのかね?」
「言わずもがな。彼らは妖術の総本山WDで修行をしてきた者たちです。それと、もう一つ策がある」
「もう一つの策?」大田原が訝(いぶか)しむ。
「入ってまいれ!」安西が号令を掛けた。
ギィーと耳障りな音をたてて扉が開く。奧の部屋に二人の人影が見えた。ひとりは、白鷺と見紛(みまご)う程の白い肌に、切れ長の大きな目が印象的な女性で、白衣に緋袴を穿いている。もうひとりは、後ろで束ねた髪を赤いリボンで結んだ仙一郎の愛娘、鶴子だ。
白衣の女を見た総介は、思わずソファーから立ち上がると、弾かれた様に声を上げた。
「沙那!」
昨日まで昏睡していた彼女が、どうして戦地に立てるのか、不思議でならない。
「総介様!」
沙那がにっこりと微笑むと、総介の元に駆け寄る。
昨日の負傷がまるで嘘のように回復して、肌艶も良い。
 動揺が顔に出ている総介が、沙那に訊いた。
「何故、此処にいるんだ」
「隠していて御免なさい。実は、和泉様からお嬢様の替え玉を頼まれていたの」
「替え玉?」
「はい。魔方陣の件で敵対しているとはいえ、人の命が懸かっています。放っておくわけにはいきません」
「しかし、昨日の傷が完全に癒えていないだろう?」
総介は懸念する。しかし、沙那は真摯な面持ちで言葉を返す。
「確かに、私は危険な思想を持っています。しかし、多くの命を救済する考えを持つ総介様の考えが正しいか否かを見届けようと、この仕事を引き受けました」
(この娘(こ)は妖魔だけではなく、自分自身とも闘っているんだ)
心が引き締まる思いがした総介は、腫れ物に触れる様に優しく、沙那に訊いた。
「ところで、段取りはついているのか? 安西さんも交えて組み直さなくてはいけない」
「それならば、一度此処で話し合いましょう。お父さまをこちらにお呼びして。それから、安西さんにも声をかけてください」と、鶴子は大田原に命じた。
 総介と同じ妖術士とは思えない、鋼の肉体が自慢のロバート、痩身長軀で口髭が似合う白髪の紳士・仙一郎と、彼に仕える初老の執事・大田原、丸々肥えた肉体が際立つ親分肌の安西、情緒不安定ながらも、自分の生き方を模索している沙那、容姿端麗なお嬢さまが居間に集まった。
まず、安西が近況報告と段取りを、語気を強めて説明した。
「屋敷の外部を十名の狙撃隊士で囲い、一階のエントランス周辺に五名、二階の廊下に五名の狙撃隊士を配置しました。そして鶴子嬢お嬢さまの寝室は、鶴子お嬢さまの代わりに桜宮沙那殿が入ります。二名の使用人はすでに帰郷しています。残る御主人と大田原さんは、主寝室で身を隠して下さい。そこを妖術士が警護します」
WDの加入と最新型スナイドル銃を揃えたこともあって、ドンと胸を張る安西の顔は自信に満ちている。
「さすがの妖魔も今度ばかりは年貢の納め時だ。ハハハハッ」と巨体を揺らして豪快に笑う陣頭指揮者の横で、顔色が冴えない男がいる。
仙一郎だ。
可愛い娘を手離す辛さと、心の整理が出来ていないことが仙一郎の表情に滲み出ている。
「桜宮殿、娘を何処に預けるのか教えて頂けないかね?」
「申し訳ございません。胸中はお察ししますが、質問にお答えすることは出来ません」と、仙一郎の願望を一蹴した沙那は、和泉一家を驚愕させることを告げた。
「それは、妖魔がこの屋敷に潜伏している可能性が高いからです」
「何故、そんなことが言えるのですか?」 大田原が問い詰めた。
沙那が神妙な面持ちで答えた。
「これからお話しする内容は、今まで起きた殺人事件の警護に当たった陣頭指揮者と、抜刀隊士の証言を元にしたものです。彼らの話に出てきた妖魔の特徴は、正確性と無駄な動きがないことです。まるで屋敷内の見取り図を持っているかの如く、主人とその娘の居場所を突き止めた」
「つまり、知性のない妖魔ならば手当たり次第に部屋を荒らすが、相手は人間を卓越した知性を持っているということだ。彼女の話が事実ならば、ここにいる七人いや――、銃撃隊士と帰郷した奉公人を含めて、二十九人に紛れているかもしれナイ」
沙那の話を補足するロバートの色気のある声が、居間の空気をより一層重くした。
「こんな時に誠一がいてくれたら……」
「旦那様」
大田原は、弱々しい声で呟く仙一郎を優しく見守るしかなかった。

第二章(2)

五分程度の会合を終えると、沙那は鶴子嬢を連れて屋敷を出た。
総介はどうしても気になることがあった。それは、会合終了間際に呟いた仙一郎の言葉だ。
誠一。
明らかに人名だ。これが頭に残っている総介は、大田原に訊いた
「和泉さんがぼそりと呟いたセイイチとは、一体誰のことですか?」
総介の質問に、大田原の眉がピクリと動いた。執事が気難しい顔で答える
「お気付きになられましたか。誠一さんは和泉商会の跡取りになるお方でした。学力優秀で鶴子様にとっては面倒見の良い兄で、六年前、経営学を学ぶために単身で渡米しました。ところが二年前の夏に届いた手紙を最後に、音信が途絶えました」
「行方不明ということですか?」
「はい。それを境に旦那様は体調を崩すようになりました。それでも、誠一さんの帰国を信じて職務に就く旦那様が、とても健気です」
「大田原さん」
総介はやるせない思いに駆られた。



 予告時間まで残り十五分が経過した。
鶴子嬢を秘密のアジトに送って、無事、屋敷に戻ってきた沙那は、鶴子の部屋で待機している。
一方、主寝室の前で待機している妖術士の二人は、座禅を組んで瞑想に耽っている。最大限に高めた妖気を全身に隈無く流す。この動作を行うことで過去の戦いで負傷した箇所を治癒して、万全な体調で妖魔との一戦に臨むことができる。
残り五分が経過した。
総介は主寝室に足を踏み入れた。
一瞬、居間と見紛う豪華な内装に、英国帰りの総介でも度肝を抜かれた。 
 煉瓦造りの大きな暖炉と、その向かい側には木製のセミダブルベッドを中心に、臙脂(えんじ)色のカウチソファーと、高級感漂うチェストに書斎机が設置されている。まるで高級ホテルを思わせる造りだ。
ソファーに座る仙一郎と大田原は、ゆらゆらと炎が躍る暖炉を見据える。橙色の光が顔の輪郭を照らし、バチッと炎が爆(ば)ぜる音を耳にする二人は今、何を思っているのだろう。特に主人は、何かに取り憑かれた様な、虚ろな顔をしている。
「予告時間の五分前です。火を消して、ベッドの下に身を隠して下さい」と、総介は二人に告げた。
ゆっくりと立ち上がった大田原は暖炉に向かった。暖炉の脇にある水壺から柄杓で水を注いだ執事は、それを暖炉の中に撒き、火掻き棒で灰を混ぜる。これら一連の動作を二回、三回と繰り返すことで火種が消えた。
 書斎机の片隅に写真が飾ってある。中央にいる仙一郎を挟む様に座る男女は、妻と行方知れずの誠一か? 三人の背後に立つのは、大田原と鶴子だ。
写真を見ている総介に気付いた大田原は、当時の光景を振り返った。
「こちらのお写真は誠一様が渡米する一週間前に撮影したものです。亡き奥様も愛息の帰国を待ち焦がれていました」
誠一は父親に似て目鼻立ちが整った凛々しい顔立ちだ。が、父親より眉毛が濃い。
(親子か……)
総介はふと、父の面影を思い出した。
妖刀術に対してストイックな源三郎は、愛息にも、その精神を叩き込んだ。
 当時は目的もなく、言われるがまま厳しい修行に明け暮れた総介は、厳格な父を恨んだこともあった。しかし、黒船来航から始まった攘夷運動が、やがて討幕運動へと変わっていくことで、彼の思想も一変した。そして、激動の時代に徳川家の矢面に立つことを、決心したのである。
父との思い出を胸の奥にしまった総介は、懐中時計を見た。長針が五十八分を過ぎたところだ。
予告時間が近いことを知った総介は、二人を急(せ)かした。
「あと二分です。早く」
妖術士の合図で、仙一郎がゆっくりと立ち上がる。執事に付き添われながら、脱力感を漂わせる動きでベッドの下に潜った。
扉の向こうから相棒の声が聞こえた。
「総介、来るゾ!」
複数の小さな妖気が屋敷に集合しているのが分かる。しかし、それ以上に気がかりなことがある。それは仙一郎の震えだ。ベッドの下に身を隠しているとはいえ、彼の呻き声が、こちらに伝わる。妖魔が襲来してくるから当然と言えば当然だが、これではかえって妖魔の目につきやすくなる。
「旦那様、落ち着いて下さい」
畏怖する仙一郎を何とか落ち着かせようと、大田原が労っている。
「此処は私にお任せ下さい」と総介は、二人に告げた。
 そして、予告時間を告げる振り子時計の鐘音(しようおん)を耳にした時だった、複数の黒い物体が、重厚な音色を打ち消す窓硝子の粉砕音に紛れて、妖術士の前に現れた。
「ウェギギギ」
耳障りな鳴き声を上げるその妖魔は、無残に朽ち果てた皮膚に、狼を彷彿させる鋭利な牙が特徴だ。
「こいつは吸血屍鬼(ブロードゾンビ)じゃないか」
紅葉山に現れたインプといい、西洋諸国にしか存在しない妖魔が、こうして日本で活動している。徳川魔方陣の防御効果が薄れていることが、これで明確になった。
ブロードゾンビに血を吸われて絶命した生物が時間を置いて蘇生すると、吸血能力に目覚める。能力が覚醒したゾンビは、様々な生物を襲撃して吸血するのである。
総介の目の前には、腹を空かせた三体のゾンビがいる。奴らは鋭い爪と牙を武器に、総介の頭と脇腹を目がけて襲ってきた。
(牙で突かれたら終わりだ)
総介は、暖炉に向かって飛んだ。そして妖魔の様子を窺いながら、適当に薪を拾った。
片腕で薪の束を抱きかかえる総介に、ゾンビたちが嵐のような三位一体攻撃を仕掛けてきた。殺人爪が、総介の頬と脇腹、そして二の腕を掠める。
 しかし、総介はただ敵の攻撃をかわしているわけではなかった。妖魔を部屋の隅におびき寄せた妖術士は、薪に妖気を込めた。
「妖魔を跡形もなく消滅する地獄の業火よ、覚醒せよ炎滅爆弾(バーニングボム)!」
薪の束が淡い赤色に発光する。それを一本手にした総介は、爪を向けて突進してくるゾンビの鳩尾(みぞおち)目がけて前蹴りを浴びせた。
「グゴッ」
前蹴りの反動で膝をついたゾンビの口腔に薪を突っ込んだ総介は、敵の目を掻い潜る。そして、残りの妖魔たちに視線を向けた妖術士は、手にする二本の薪を両手に持ち直すと、敵の心臓目がけて突き刺した。
「ウゴゴッ」と呻き声を上げる三体のゾンビの体が、激しい爆発音と共に炎上した。
妖魔の肉体が炎滅したのを見届けた総介は、「ふぅー」と一呼吸ついた。
まだ始まったばかりだ。扉を蹴破ったゾンビが、ぞろぞろと迫ってくる。
この展開を想定していた総介は冷静だ。再び呪文を唱えた。
「古代より眠りし真紅の魂よ、悪しき者に裁きを与えたまえ、業火暴風(ヘルファイアストーム)!」
両腕を前に出した総介は、空気中に∞を描く。空気摩擦によって発火した炎は、部屋に倒れ込むゾンビたちを飲み込んだ。
「グエェェ」
 絶叫を上げるゾンビの皮膚がグツグツと煮え立ち、ドロドロに溶けだした。
 血臭が鼻腔を刺激した刹那、総介は、この部屋に迫ってくる異常な妖気を察した。弱々しく、完全に闇に染まっていない中途半端な妖気だ。
(なんだ、この灰色の妖気は?)
妖魔になりたてか、もしくは奴らの心にも良心があると灰色の妖気を醸し出す。薄気味悪い妖気が足音を立てて近づいてくる。
総介は魔刃丸を手にすると、呪文を唱えた。
「この世の邪を焼き尽くす灼熱の炎よ、我に力を与えたまえ」
現れた紅蓮の刃が天を指した。
「ウウッ」
 不気味な呻き声がベッドの下から聞こえてきた。仙一郎だ。妖魔との距離が縮まるにつれ、声の張りが大きくなっていく。
仙一郎の異変を察した総介は、廊下側からベッド下に視線を移した。
(いや、違う。このベッドの下からも灰色の妖気を感じる。どういうことだ、そこは仙一郎と執事の二人だけのはずだ)
魔刃丸を握る手に汗が滲む。そして、渾身の力を込めてベッドをひっくり返した一瞬の隙を突かれた。なんと、黒い物体が総介の顔面を襲った。
「グギョオオ!」
妖魔が総介の左頭部に目がけて牙を突いた。しかし間一髪のところを、手甲で頭部を防御した妖術士は、妖魔の左顎を目がけて拳を突いた。
妖魔はチェストまで吹っ飛び、叩きつけられた。
目の前の出来事に戦慄が走った。ベッド下に二人がいない。いや――、いつの間に妖魔が身を潜めていたのか? 
失神している妖魔の顔を見た総介は、驚愕した。
「和泉さん?」
なんと、仙一郎がブロードゾンビに変貌しているではないか。
「大田原さん!」
総介は執事の安否が気になった。しかし、彼の姿どころか気配すら感じないのだ。
「どういうことだ?」
総介は額に手を添え考え込んだ。
窓から侵入してきた三体のゾンビは、ベッドに触れることなく、真っ直ぐ妖術士に向かってきった。正面から堂々と入ってきた複数のゾンビもそうだ。ベッドには目を向けていない。
屍鬼化して間もない仙一郎に一歩歩み寄った次の瞬間、木壁を打ち破る衝撃音が襲った。
木塵で姿がはっきり見えない。どうやら先程から感じていた灰色の妖気を持った者のようだ。
木塵の向こうに見えたのは、朽ち果てた肉体に、血染めのワイシャツにズボンを穿いたゾンビだ。
「ん?」
総介は異変に気付いた。
(この顔、どこかで見たことがあるぞ)
総介は記憶の糸を手繰り寄せた。
「あの写真だ」と、思わず声を出した。
数分前に見た家族写真に写っていた若い男。そう、仙一郎の愛息、誠一だ。
何ということだ、親子揃ってゾンビになるとは……。
総介は呪われた一家を哀れんだ。

                           第二章(3)

「妖魔の心臓に風穴を空けよ、光の矢!」
沙那が、迫り来る複数のブロードゾンビに向けて放った十枚の札が、眩い光を放つ矢に変わった。それは妖魔の心臓を寸分狂わずに射貫いた。
「ウゲゲッ」
絶叫を上げるゾンビの肉体が溶解していく。
「ハァ、ハァ」
呼吸を乱す沙那が片膝をついた。血染めの白衣が熾烈(しれつ)な戦いを物語っている。昨日起きたインプとの一戦による疲労が完全に癒えたわけではないが、それでも総介の手足となって働きたいという執念が、彼女の闘争心を掻き立てた。
『女だから妖魔退治が出来ない』、それは沙那が一番嫌いな言葉だ。幼少時代、桜宮家に生まれた彼女を見る世間の目は冷たかった。女が陰陽道を駆使して江戸を守れるのか、と囁かれたことは、今でも忘れられない。
 家督を継げなかった沙那にとって、義兄の存在が疎ましかった。名門一族の子として生まれながらも、掟に逆らえないまま義兄を補佐していた。父と義兄亡き今、女手ひとつで一族を守るという使命感が、彼女の戦闘スタイルに大きく影響を与えている。
一息つく間もなく、再び数十体のゾンビが押し寄せてきた。
「妖魔の心臓に――」
懐から札を取った沙那が呪文を唱えた始めた刹那、空気を裂く爆音と共に一体の妖魔の頭部が破裂した。
沙那は瞠目した。彼女の目に映ったのは、スナイドル銃を手にする執事の男がゾンビたちの頭部を目がけて速射している光景だった。
「大田原さん?」
 仙一郎と身を潜めているはずの執事が、なぜ此処にいるのか、沙那は理解に苦しんだ。 とにかく、沙那と飛び入り参戦した執事のおかげで、部屋に侵入してきたゾンビを撃退することができた。
「ありがとうございます。よく駆けつけてくれました」と、礼を言った沙那が大田原に接近した次の瞬間、彼女の腹部に衝撃が走った。
「どうして……」と沙那は呟く。
腹部を両手で押さえた沙那が、両膝を地面につけ、ゆっくりと上半身が前に倒れた。


エントランスでは、低級召喚獣の火蜥蜴(サラマンダー)が、ブロードゾンビを相手に大暴れしている。
召喚士ロバートが、召喚獣を鼓舞した。
「サラマンダーよ、炎の飛沫(ファイアースプラツシユ)でゾンビをひとりも残さず焼き尽くせ!」
召喚獣の全身から放出するファイヤースプラッシュに触れたゾンビたちの体がドロドロに溶けていく。

                               *

 一方、警官隊は苦戦を強いられている。
「急所を狙って撃て!」、「ひるむな!」と、妖魔の変幻自在な攻撃に混乱する隊員たちに檄を飛ばす安西は先陣を切って特攻する。さすがは元新撰組隊士だけのことはある。サーベルを手にする警部補は、得意の剣術で敵の首の付け根を斬る。
 そして冷静になった安西は一度、周囲を見渡した。血臭を放つゾンビの骸(むくろ)が夥(おびただ)しく転がるなかで、妖魔が次々と増殖していることに気づいた。
彼らは同じ釜の飯を食った仲間だ。ゾンビとの激闘の末に、吸血攻撃を受けてブロードゾンビに転生したのである。目の前にいるのは、もはや同志ではなく妖魔だ。
しかし、情の厚い安西は目に映る光景が信じられないのである。
「おまえたち」
安西の心は揺れ動いていた。そして、サーベルの柄を握る力を緩めた瞬間、一体のゾンビが警部補に飛びかかった。
「俺が分からんのか!」
首筋に目がけた牙攻撃を右腕で封じた安西は、サーベルの柄頭でゾンビの左側頭部を攻撃する。牙が離れた隙を突いた警部補は、敵の胴体に一太刀浴びせた。
「……」
 返り血を浴びた安西は、やるせない想いに駆られた。
そんな気持ちを微塵も感じないゾンビたちが、安西めがけて一斉に突進してきた。
一体のゾンビが安西の右肩に噛みつく。右肩に噛みついたゾンビを強引に剥がしている合間に、残りの妖魔が左右の脇腹と大腿部に噛みついた。
「お、俺には家族がおる。死んでたまるか」 サーベルでゾンビの頭部を刺したりして、四体の妖魔を蹴散らした。たちまち患部から血が噴き出した安西の両膝が床についた。
目に映るものが全てぼやけて見える。
「もはやこれまでか」
安西が覚悟を決めた、まさにその時だった。突如現れた炎の球体が、ゾンビ目がけて飛んできた。
高熱に藻掻き苦しむゾンビを呆然と眺めている安西に、ひとりの男の檄が飛んだ。
「諦めるな、立ち上がるんだ!」
意識が朦朧(もうろう)としている安西は、声の出所を目で追った。
有馬総介だ。
ゾンビに首を締め上げられ、手摺壁から落下しそうな総介が、安西の窮地を救ってくれたのだ。
(自分が危機に陥っている時に、俺のことを気遣うなんて、何という男だ)
安西は総介の器量に感服した。
木製の手摺壁が軋む音が聞こえてくる。ゾンビが全体重をかけて総介を落下させようとしている。
「危ない」
満身創痍の安西が、足を引きずりながら屍を踏みしめて落下地点に向かう。
 そして、警部補がようやく屍の道を乗り越えたその時だった、乾いた木が折れる音と共に総介が落下してきた。

                           第二章(4)

頭から落下した総介は、そのまま地面に激突した。
ところが、手摺壁が外れてから地面に落下するまでの間に奇跡が起きた。なんと安西が布団の代わりに体を張って、総介を救出したのである。
「安西さん……?」
「何をやってる、お、俺を心配するよりも……、自分の身を考えろ」
一言伝えた安西が気を失った。
「面目ない」
総介は身を挺して自分を守ってくれた安西を抱きかかえる。そして、同志の元へ歩み寄った。
「彼を早く医者に」
総介は安西の巨体を三人の警察官に渡した。その後、三人は足早に屋敷を去った。
「何やってるんだ総介、おまえらしくもない!」
ロバートが怒気を孕(はら)んだ顔で、駆け寄ってきた。
総介が蒼白な顔で事の次第を伝えた。
「非常事態だ! 和泉親子がゾンビに変貌した」
「和泉親子が? なに馬鹿なことを言ってるンダ。鶴子さんは秘密のアジトに居るはずダゾ」
呆れるロバートに対して、総介は大きく頭(かぶり)を振った。
「違う! 黙っていて悪かったが、和泉さんには、誠一という息子がいるという話を、大田原さんが口にしていた」
手摺壁を越えた二体のゾンビは、クリスタルガラス製のシャンデリアに飛び込んだ。そして、体重をかけて一気に地上に落下した。
巨大なシャンデリアが迫ってくると、総介は間一髪、死体で溢れる床を利用してバク転で落下物をかわした。
 粉々に砕けたクリスタルガラスの破片と繊細な音色が、死体の山から噴き上がる血の飛沫と融合して紅水晶に見える。煌(きら)びやかなそれが舞う闇の中で、不覚にも総介は見とれてしまった。硝子が舞う闇の向こうから、一本の右腕が彼の首を捉えた。
「グッ」
妖魔の爪が深く肉にくい込む。
 爪が血管に達した感触が伝わってきた。頸動脈と静脈が引き千切られそうだ。
「い、和泉さん」
硝子の輝きで、闇の向こうに隠れていた顔が見えた。この屋敷の主だ。
 そうと分かった、総介はすかさず左肘で妖魔の上腕に衝撃を与えると、首を持つ手が離れた。苦しみから解放された総介は、右肘で敵の左頬に一撃をくらわした。
ゲホゲホと咳き込んだあと、乱れた呼吸を落ち着かせた総介は、仙一郎に告げた。
「め、目を覚ますんだ、和泉さん」
体のキレ、力に関しては中途半端だ。どうやら屍鬼細菌(ゾンビウィルス)が、完全に体を支配しているわけではなさそうだ。しかし、感染された体は細菌を殺傷出来る妖力を持ち合わせてない限り、元の健康的な体に戻ることが出来ない。
「ウゴゴゴッ」
仙一郎は両手で己の首を掴みながら藻掻き苦しんでいる。そして、力を絞って、言葉を発した。
「あ……、有馬……、さん。わ……、私は、もう駄目だ。……ま、まさか……せ、誠一が……あのような姿で帰ってくるとは……、無念だ」
ゾンビになったとはいえ、仙一郎の顔に悔しさが滲み出ている。
総介は訊いた。
「あなたをその様な姿にしたのは、一体何者なんだ。答えてくれ!」
「そ、それは……」と仙一郎が口にした次の瞬間、なんと彼の頭部が破裂したのである。 「い、和泉さん」
ぐったりと項垂れた仙一郎を抱え起こしながら総介は周囲を見渡した。
総介の頭が止まった。視線の先に見えるのは二階の廊下に立つ男女だ。
 桜宮沙那を左腕で支えている大田原が、鋭利な赤い爪をちらつかせて彼女の首筋に当てているではないか。
「沙那サン?」
目を細める召喚士ロバートの横で、総介が怒声した。
「どういうつもりだ、大田原さん! 沙那に何をしている?」
「クッククク……」
「大田原……さん?」
総介は、含み笑いをする執事の異変に気付いた。
執事の顔の皮膚がボロボロと剥がれていく。皮膚の下に現れた素顔は半獣人型の妖魔だった。
「ヴコドラクか」
総介は苦虫を噛み潰したような顔をした。
ヴコドラクは死体に狼の毛皮をまとって甦る妖魔であり、目以外の部分は狼に変化している。変化を終えた妖魔は、牛馬や豚、そして人間の血を吸う吸血鬼になるのである。
ヴコドラクは高らかに声を上げた。
「元徳川隠密剣士よ、この日を待っていたぞ。この小娘が戦場に現れるのを」
「それは、どういう意味だ?」
「徳川魔方陣の結界を解き、陽魂寺の門を開けるには、魔方陣以上の妖気を持つ妖術者(もの)でなければならない。この沙那という小娘が身に着けている鉱物は、紛れもなくウィザードブロードストーン(WBS)だ。こいつを応用すれば、間違いなく結界は破れ、門を開くことが出来るだろう」
「待て、おまえの目的は和泉一家だ。彼女と繋がりがないではないか」
「今回もそうだが、今までの襲撃事件を行った理由(わけ)は二つある。ひとつは、小娘の潜在能力を発揮させるため、もうひとつは、おまえたちWDをおびき出すためだ。明治政府の崩壊を夢見る小娘が、戦場にも出ず、能力を隠し持ったまま過ごすのはもったいない。そこで思い立ったのが、おまえたちWDだ。とくに有馬と小娘は従兄妹同士、おまえが参戦すれば、必ず小娘も動くと睨んでいたのよ」
「つまり私たちが参戦するまでの間、無差別に邸宅を襲撃していたというコトカ。そして、我々を焚きつける黒幕もいるということカナ?」
ロバートの拳は怒りに震えていた。
「その通り、なかなか頭が切れるではないか、ロバート君。君たちにこれ以上、話すわけにはいかない。誠一よ、撤収するぞ!」
ヴコドラクの合図で、誠一は超人的な跳躍力で彼の後を追う。
「そうはさせるものか」
 ここで獲物を逃がさないロバートの執念深さが発揮された。淡い橙色に染まった右手人差し指を、天井に向けた。
「妖魔の首を狙え、太陽光輪刃(コロナチヤクラム)」
人差し指の先端から出現した直径三十センチの輪刃(チヤクラム)を、誠一の背後に向けて放った。
眩い光の輪刃が誠一の首を切断した。
「グゲェェェ」
真っ赤な血飛沫と共に発する鋭い断末魔が天井に木霊した。
「役立たずが」と捨て台詞を吐いたヴコドラクは、窓を飛び越えて逃走した。
もはや誰も妖魔を追う気力は残っていなかった。
窓枠に残っていた硝子の破片が風によって揺れ落ちる。夥しく横たわる死体に冷たい風が容赦なく吹き付けてくる。

                              第三章 WBS

                          (1)

バロムの占いが的中した。
警視庁の会議室で行っている会合の中で、バロムは川路を横目でチラッと見たあと、皮肉交じりの口調で、事件の真相解明に乗り出した。
「悲しいことですけど、占いが当たりましたね。有馬さんが敵の妖気に気付けなかったのは、己の感情を冷静に巧くコントロールが出来なかったからです。人質の身代わりが沙那さんということで、動揺していたこともあるでしょう。残念です。あなたが、こうも精神的な脆さがあるとは……。もうひとりの方は、何やら野心を抱いていそうな感じです。現(うつつ)を抜かしていたことが原因かもしれません。とにかく、お互いに息が合っていないのです」
総介が俯いている。
不覚だった。
沙那の替え玉を認めなければ、彼女が危険な地に赴くこともなかった。彼女と自分との絆を考慮した結果、和泉家の主人と息子を失うという失態を犯してしまった。
鶴子嬢は慶喜の別邸にいる。父と兄の死を知った彼女は、その場で倒れ込んだという話を、右横にいる慶喜から聞いた。
憔悴する総介に、川路が捲し立てる。
「妖術士が、執事の素性も暴けんとは、呆れて物も言えぬ。金子(きんす)の件は、慶喜様と勝様の顔に免じて考慮したものを、とんだペテン師だった!」
川路は息巻いた。
気落ちする総介に代わって、慶喜が弁明した。
「まあ、その、今回は彼らの初仕事です。呼吸が合わないのも無理もありません」
「徳川魔方陣取り壊し案も考えものですよ。取り壊してから新たな魔方陣を創るまでに強力な妖魔が出入りします。それはそれとして、また近いうちに、果たし状がきますよ。なんせ、桜宮家の当主を拉致したのですからね」
海舟が投げ槍の口調で言う。
「そこだ、そこが分からんのだ」と、今まで頑(かたく)ななまでに口を閉ざしていた大久保が、口を挟んだ。
「今までの事件は、新魔方陣反対派の差し金で賛成派を襲撃していたと思っていたが、沙那殿を現場におびき寄せるために撒いた餌だったとは……。有馬君、沙那殿には何か秘密があるとようだが、一体何だね? 何故、彼女が生け贄にならなければいけないのかね?」
「分かりませぬ。ひとつだけいえるとしたら、他の陰陽師と比較すると、妖力が格段に高いからです」
総介の答えに周囲は肩を落とした。
 言えるわけがない。人の心を狂わす妖かしの鉱物、WBS(ウィザードブロードストーン)の存在を明かすわけにはいかない。明治政府に仕える高官が皆、善人とはいえない。悪の心を持つ者がいるならば、必ず妖魔と結託して我々を襲い、WBSを強奪する。人間が身に着ければ妖魔に匹敵する程の妖気を手にすることができ、魔方陣の破壊に努めることになるだろう。

                         *

警視庁での長い会合を終えた妖魔討伐隊は、鶴子嬢のいる、本郷区にある徳川慶喜の別邸へ向かった。
鶴子が布団から起き上がると、桃色のカーディガンを羽織った。
 まず、彼女に対して討伐隊の面々は深々と頭を下げたあと、慶喜が、お悔やみを述べた。
「申し訳ない。あなたの父上と兄上を救うことができなかった」
鶴子は壁を見据えたまま、身じろぎしなかった。
「出て行って下さい。あなた方が頭を下げても父と兄は帰ってきません。これ以上、被害者を出さないよう、必ず沙那さんをお救い下さい」
鶴子は口を閉ざした。
鶴子を慶喜に託した妖術士たちは、「気分転換に上野公園へ行ってきます」と告げると、屋敷を出た。


通称「上野の山」と呼ばれる上野公園は、武蔵野台地の丘陵部に造られた。この場所は、三十万坪以上を有する上野寛永寺の敷地だった。しかし、一八六八年(慶応四年)の七月に勃発した上野戦争で寺の大部分が焼失したのである。戦災地は、一八七三年(明治六年)に政府によって東京府の公園に指定され、三年後に開園したのである。
政府の方針で、将来的には文教地域とすることを視野に入れている大広場は、不忍池(しのばずのいけ)と社寺仏閣へ向かう見物客のメインストリートとして利用している。しかし、最近起きている『資産家連続殺人事件』の余波で見物客の足が減少すると、昨日起きた和泉家殺人事件の影響で、とうとう人の足音すら耳にしなくなくなった。
そんな大広場に、ふたりの妖術士が顔を合わせた。
総介が緊張した面持ちで言葉を発した。
「ロバート、すまなかった。俺の精神(こころ)が強ければ、沙那が鶴子嬢の身代わりになると知ったとき、動揺することはなかった」
「もういいですよ。金子(きんす)の件も破綻(はたん)したし、あとは沙那サンを奪い返すダケ。それに黒幕がまだ出ていない」
「黒幕?」
「いづぞや、言っていただろ? 獣臭が漂う翼の生えた悪魔だって、ヴコドラクは死体に狼の毛皮をまとって甦る怪物であって、翼の生えた悪魔ではない。必ず黒幕がいる」
 ロバートは淡々と答えた。
二人の間に沈黙が続いた。
 総介はロバートに蟠りを抱いていた。その気持ちを相棒にぶつけた。
「おまえに訊きたいことがある」
「訊きたいコト?」
ロバートは金色の眉根を寄せながら憤るように言った。
「なんだ、改まって訊きたいことっテ?」
「い、いや……」
一瞬、憎悪の表情がよぎったが、すぐにあっけらかんとした態度をとるロバートに、総介はためらった。
 総介は「ふう」と一呼吸ついた。
(この男にどう告げたらいいんだ)
総介が頭を悩ますと、
「総介」
ロバートが悲愴に満ちた声を掛けてきた。
「今から十五年前、横浜に勤務していたイギリス商人たち一行が、観光目的で川崎大師に向かっていた。そのうちのひとり、WDのマーガス・エリックは、かねて親交の深かった彼らの護衛を務めていた。一行が生麦村に着いた時、事件は起きた。江戸から京都に帰る薩摩藩士の行列に遭遇すると、商人たちが行列に乱入したという理由で彼らを斬殺したのだ。そして、マーガスも妖力(ちから)を発揮することなく絶命した。彼の死を知った息子は、たったひとりで日本に向かった。半年という長い航海をしてまで、日本に向かった理由(わけ)は分かるカ?」
「ロバート……何故、突然そんなことを言い出すんだ?」
まるで心の内を見透かされたようだと、総介の心が震え上がった。
「気になっていたんだろ? あの占い師が言っていたことが。……私が一度、来日した目的は、親父が持っていたWBSを我が物にするため。遺体が海を渡って帰ってきたときには、すでにブツは無かった。親父の終焉(しゆうえん)の地だった生麦付近を探索しても見つからなかった。まさかあの小娘の母親が手にしていたとは、このとき誰が思ったカ」
握り拳に力を込めたロバートが体を震わせた。
総介は真っ青な顔して相棒を睨んだ。
「するとおまえは、俺の手助けをするのではなく、初めからWBSを手にするために付いてきたということか?」
「ご名答デス。私はWBSさえ手にすれば、この国に用はない。小娘を殺してブツを手にするか、もしくは彼女をWDに入れて、私の右腕として日本の破壊を行うか。楽しみが増えるばかりダ」
「おまえはWBSのことばかりしか頭になく、亡くなったマーガスさんのことは考えないのか?」
「親父のこと?」
 ロバートは再び険しい表情を浮かべた。
「犬死にした奴の何を思うのか。WDの看板に泥を塗った男にかける言葉などないワ!」
「ふざけるな!」
総介は激昂した。
「自分の親を犬死に呼ばわりするだけでなく、沙那を手中にして日本の崩壊を企てるだと、許さん!」
総介は魔刃丸を手にした。
魔刃丸に視線を向けたロバートが、「ククク――」と冷笑した。
「何が可笑しい?」
総介がドスの効いた声で聞き返した。
「父親の形見か、女々しい奴だ。ご公儀に尽くす侍は、どんな理由であろうと命を張るのが当然、未だに父親の面影を引きずっている者に、国の治安など守れるか」
「ほざけ!」
炎の刃がロバートの胸元を掠めた。
ジューッとキャソックが焼けた音と、焦臭が鼻をつく。ロバートが左手で傷口を押さえると、手の隙間から鮮血が噴き出た。
「この傷の代償は高いぞ。総介!」
ロバートは両腕を前に出すと、呪文を唱え始めた。
「水の精霊ガニュメデスよ、地上にある全ての水を使い、妖魔を凍らせ、闇に葬るがいい。氷葬吹雪(アイスフユナールブリザード)!」
ガニュメデスが巨大な瓶を左肩に抱えて、その姿を現した。そして、大瓶の口から出る猛吹雪が容赦なく総介を襲った。
(身動きがとれない!)
白銀に輝く雪が下半身を固め始めると、まるで重量の重い足枷をはめられたようだ。
 氷雪が地層のように重なっていく。
 総介は完全な氷の彫刻になってしまった。
(巧く呼吸のリズムがとれない、苦しい)
総介の呼吸が段々荒くなってきた。
まるで氷の世界にいるようだ。そんな自分に向けて、ロバートが不適な笑みを浮かべている。
「どうだ総介、永久氷壁の棺に入った感想は。炎の属性を持つ妖術士は、水の属性に弱いという話ぐらいは知っているだろ? 氷の棺は、おまえの生易しい妖気では破壊できない。もっと非情になれ、妖気を高めるんダ!」
妖気を高めるには独特の呼吸法があるが、総介には肺と体内の血液をも凍結させるロバートの技に、藻掻き苦しんでいる。
(妖気を高めるんだ)
「オォォォォォ!」
総介は短時間の中で妖気を極限に高めた。同時に、肺が潰れて血管が割れそうな感覚に襲われる。
 しばらくすると、彼の三丹田(さんたんでん)(上丹田・中丹田・下丹田)が熱く燃え上がった。
(もっと妖気を高めるんだ!)
 総介は心の中で叫んだ。すると、
 ピキッ
体から発する妖気によって、氷に亀裂が入る音が聞こえた。

                             第三章(2)

一方、本郷区に居を構える慶喜別邸では、内務省宛に届いた犯行声明文を広げていた。

 『今晩零時、陽魂寺の正門前で待つ。今世紀最大のエンターテインメントショーを開こうではないか。沙那殿には、徳川魔方陣を破壊したあと、陽魂寺の正門を開ける生け贄になってもらう。ご期待されたし。
                                                                     闇乃道化師』

一瞬、安政の大地震の再来か! と畏怖するような声明文に、海舟は目を丸くする。だが、マイペースな慶喜は、餡パンを食しながら声明文に目を通している。腹が減っては戦はできぬ、なのだそうだ。
下座の海舟が憤然と叫んだ。
「こんな時に、あの二人は何をしているんだ!」
「気が立つでないわ。二人に関しては今、使者を遣わしている。それにしても闇乃道化師という異名は伊達じゃない、和泉家の者を利用するとは考えもしなかった」
慶喜は唇を噛んだ。
海舟は慶喜の背中を押すように言った。
「あの二人は、沙那に関する秘密を何か握っていますぞ。追及しましょう」
「もちろんだ!」
慶喜がお茶をグイッと飲み干した時だった、女中たちの悲鳴が聞こえた。
大慌てで障子を開けた慶喜は、両足を廊下に踏み出した。
「何事じゃ、騒々しい!」
ドタバタと騒ぐ女中たちに目を向けた先には、鶴子嬢がいる。なんと、光り物を手にしているではないか。
「大変だ、鶴子さんがご乱心だ!」
「何ですと!」
慶喜の呼び掛けに答えた海舟は、大慌てで廊下に出る。そして、その光景を目にした二人は、颯爽と廊下を駆った。
鶴子の元に到着した慶喜は女中を庇(かば)う。そして穏やかに声を掛けた。
「いかがなされた、鶴子さん。光り物を持つとは只事ではなかろう。よかったら我々にもお話し下され。手助け致しますぞ」
「私が父と兄の敵(かたき)を取りに行きます」
「馬鹿なことをおっしゃるでない。返り討ちをくらったらどうする。父上と兄上はそなたの幸せを願っているのであって、敵討ちなど望んでいないはずじゃぞ」
二人の会話に海舟が割って入った。 
「慶喜様の仰る通りだ。それに敵討ちは四年前に法令で禁じられている。そなたが罪を犯して、父上と兄上が生き返ると思うか? それが出来るなら俺もやっている。新時代を迎えた後に弟子をひとり亡くした。常に自分のことより、人のこと、そして日本、世界を考えていた男だ。あんたの言っていることが正しい世の中だったら、今すぐにでも相手をとっ捕まえて自分の手を血で汚していただろう」
「私は死を覚悟しています。もはやこの世に未練などありません!」
鶴子は断言した。
頑固なお嬢様に頭を悩ませる慶喜が、穏やかに諭し始めた。
「あなたの父上と兄上は、本当にそんなことをお望みだろうか? まだ日本の基盤が不安定とはいえ、そなたは若くて未来がある。そして活力がある。その力を敵討ちなどで使うのではなく、他に活用したらどうかね。あの二人みたいな特殊な能力はないにしろ、自分が持っている最大限の力を活かして人助けをする。その方が亡き父上と兄上も喜ぶと思うぞ」
「人助け……」
「そうじゃ。復讐からは何も生まれてこない。暫く会えなかった兄上とこんな形で再会するとは、まことに残念だ。父上と兄上を失ったそなたには心の静養が必要だ。親と兄を慕い、信じ合うことは当然だ。殺意を抱くのは勝手だが、家族愛を忘れてはいけない。気を落ち着かせ、今後の身の振り方を我々と共に考えよう。力になるつもりだ」
さっきまで鋭い眼光を放っていた鶴子の目が泳いで狼狽している。そして彼女の手元から、小刀がぽろりと落ちた。
慶喜は鶴子の隙を見て、小刀を回収した。
「とりあえず、鶴子さんを寝室に引き上げなさい」
慶喜は女中たちに命じた。
(これで一段落ついた)
安堵した慶喜だが、彼の耳を疑う言葉が奉公人の口から出た。
「上野公園で、総介様とロバート様が決闘しております!」
「なに!」
慶喜と海舟の顔色が変わった。
「とりあえず勝翁、鶴子さんのことは頼み申した」
慶喜は脱兎の如く屋敷を飛び出した。
任務の失敗、鶴子嬢の乱心、仲間割れと、妖魔討伐隊の船出は暗礁続きだ。

                         第三章(3)

「もう少しで氷が崩れる」
総介の妖気は氷塊の内部から噴出し、大量の蒸気を放出している。
 吹きつける風は勢いを増し、強烈な雪礫(ゆきつぶて)が容赦なく、体を打ちつける。逆襲を恐れたロバートが妖気を高めた証拠だ。
「もう終わりか!」
氷壁越しに映るロバートが、発破を掛けている。
(ここで終わるわけにはいかない!)
すると、凍結していた総介の右腕の感覚が戻ってきた。妖剣士が右腕に妖気を集中させると右腕が発火した。そして、体を拘束していた氷を炎の一撃で粉砕した。
猛吹雪はまだ続いている。
凍てつく寒さのなか、総介は呪文を唱えた。
「古代より眠りし真紅の魂よ、悪しき者に裁きを下したまえ、ヘルファイアストーム!」 紅蓮の炎がガニュメデスに逆襲した。
「グオッ」
炎に包まれたガニュメデスが、この世から消滅する。と同時に、地面に膝をつけたロバートが喀血(かつけつ)した。
僕(しもべ)である召喚獣と精霊が、敵から攻撃をくらうと、ダメージが召喚士本人に蓄積されるのである。
「……俺の野望を断ち切らせてたまるカ!」
『執念』、その言葉通りロバートは相手に屈することなく立ち上がった。
ロバートの心を動かしているのはWBSに秘められた魔力だ。彼の父、マーガスが持っていた光のWBSを自分の手で取り返そうとしている。召喚士のWBS(紫)を携えている彼に光の属性が覚醒すれば、日本を掌握しかねない。
(ロバートは本当に日本を掌握する気か?) 総介は魔刃丸を振り上げた。
 しかし、総介は躊躇(ためら)った。
(本来なら、こんな危険人物に止めを刺すべきなのだが、こいつは俺の相棒だ)
 総介は魔刃丸を下ろした。
だが、そんな甘っちょろい考えをロバートは理解してくれなかった。
「その詰めの甘さが死を招くんダ!」
ロバートは右腕から発動したコロナチャクラムを、総介に向けて投げた。
咄嗟にかわしたチャクラムが、総介の胸板を掠めた。
「ウゥ……」と総介は地に膝をついた。黒装束が血で染まった。
ロバートが非情な口調で告げた。
「甘い男は好きではない。そろそろ……、決着をつけルカ」
「そ……、そうはいくか、おまえの考え方を変えてみせる」と、総介は意気込んだ。
魔刃丸を手にした総介は八相の構えをする。一方、ロバートは両手にチャクラムを持ち構えた。
「いくぞ!」
 奇声を発した二人が、眼前の敵に向かって突進した。
召喚士の脳天を目がけて振り下ろす魔刃丸に対し、チャクラムが妖剣士の心臓を突く動作に入った次の瞬間、二人の争いに待ったをかけるような爆音に襲われた。
妖術士たちの動作が止まった。
音の出所を確かめた総介は、相手の異様な立ち姿に絶句した。
「慶喜様?」
なんと、小銃の銃口を青空目がけて、発砲した慶喜の姿だった。
慶喜が怒気を孕んだ声で迫ってきた。
「おまえら、こんな時に喧嘩をしている場合か!」 
すっかり興醒めしたロバートは、首を引っ込めてしまった。
「おまえら、今、どんな立場に立たされているのか、分かっているのか? 任務に失敗しただけでなく、沙那まで拉致されたのだぞ。責任を擦(なす)り付け合っている場合か!」
慶喜が二人の肩に手を添えて激しく揺すり、憤激した。
「慶喜様……」
総介は返す言葉が見つからなかった。
「お言葉ですが、慶喜サン」
平静を装うロバートが張りのある声で弁解する。
「我々は次の戦いに向けて修行をしているのデスヨ。恐らく現場を見た奉公人が勘違いしたと思いますが、決して喧嘩ではありマセン」
「し、しかし……」
たじろぐ慶喜に向けて、総介はコクリと頷いた。
「な、ならば問題はないが、再び闇乃道化師からの犯行声明文が、内務省宛に届いた」 手紙を受け取った総介は、逸り心を抱いたまま内容に目を通した。         
「なにが、今世紀最大のエンターテインメントショーだ。賛成派を狙った妖魔騒動も、沙那を誘(おび)き出すための口実だった」
総介は憤激した。悔しい気持ちを一枚の紙にぶつけた。
「まずは、怪我を治して作戦を練り直そう」 満身創痍の二人を見た慶喜が、誘った。
しかし、ロバートが誘いを拒んだ。
慶喜は目を丸くした。
「どうしたロバート」
「ご厚意は有り難いが、私、ひとりで妖魔を退治しマス。身内が人質になって動揺する甘チャンとは組めナイ。それに、治癒魔法も出来ますのデ」
「なんだと!」
 握り拳でロバートに突っかかる総介を押さえた慶喜が、背を向ける召喚士に言葉を投げた。
「ロバートよ、私は妖魔討伐隊の一員として、戻ってきてくれることを期待しているぞ」
ロバートは覚束ない足取りで公園を去った。

                              第三章(4)

「イタタタッ」
慶喜別邸内で、幼子のような悲鳴が轟いた。
「我慢して下さい、男の子でしょう」
膏薬を手にする女中が苦笑した。
総介の胸の傷は浅いとはいえ、徳川家秘伝の膏薬は刀傷に効き目がある様々な薬草を調合しているだけあって、鼻につく激臭と心肺を締めつけるような激痛に襲われた。
女中は呆れ顔で尋ねる。
「喧嘩をなさっていたんですって?」
「喧嘩ではありませんよ、修行です。ああやって体を動かさないと妖気が鈍ってしまうんですよ」
「そうですか、お互いに大変ですね」
「それはどういう意味?」
「こっちはこっちで、和泉家のお嬢さんが今から二時間程前にご乱心されたのよ。止めるのに必死でしたわ」
「そうか……、それで今の様子はどうなんだ?」
「縁側に座って、おとなしく中庭を眺めています」
女中は総介の胸に包帯を巻きながら、答えた。

                       *

 街が夕闇に染まる。
有馬家の剣術道場『妖武館(ようぶかん)』は、大々的な歴史の表舞台に出ることなく明治維新を迎えた。
 館内では、ひとりだけ上座に向かって座禅を組む男がいる。
有馬総介だ。
誰かが、自分の隣りに座ったことを総介は察した。
「沙那が人質になると知った時、おまえは親父の二の舞を予期していたんだな?」
勝海舟の声だ。
源三郎の面影を思い出した総介は、海舟の問い掛けに応じなかった。
それでも海舟の言葉が続いた。
「俺はおまえの父を知っている。遊びが嫌いな堅物だったが、義理人情に厚い男だった。その辺はおまえに似ているな。しかし、敵対した者には決して甘さを見せない非情な一面もあった。もし源三郎ならば、誰が人質であろうが勇猛果敢に妖魔を斬っていただろう。人質になった沙那も、逞しくなったおまえを見て覚悟を決めた。だから、おまえに命を預けることができたんだ。どんな状況であれ、敵に情けは無用だ。心を研ぎ澄ませば、執事に変装していた妖魔の存在にも、気づいただろう」
海舟の言葉が総介の心に染みる。
海舟はスッと立ち上がった。そして、「慶喜邸で待っている」と、一言言い残して場を去った。

                        *

午後八時、徳川慶喜別邸内の書斎に三人の男が集った。有馬総介、徳川慶喜、勝海舟である。
総介の相棒であるロバートは、とうとう姿を見せなかった。
慶喜は総介の顔を一瞥すると口を開いた。 「まずは総介、おまえ何か隠しているだろ?」
「何かとおっしゃいますと」
「沙那のことだ。おまえは以前、他の陰陽師と比較すると、妖力が格段に高いからと言ったな。本当に断言できるのか? 確かに、沙那に徳川魔方陣の管理を任せている。しかし、ただ単に妖力が高いというだけで、沙那を拉致するか? しかもご丁寧に段取りまでつけて。おまえ、何か彼女の秘密を知っているだろ?」
「それは……」
慶喜の詰問に狼狽する総介を、海舟がとりなした。
「まあ、慶喜様。そんなに怖い顔をなさらんでも。総介、俺たちはおまえの味方だ。過去の失態を責めているわけではなく、おまえの力になりたいんだ。彼女の秘密を教えてくれ」
総介は困惑した。しかし、事の真相を告げないことには、この仕事は解決できない。特に、WBSを狙っているロバートを牽制(けんせい)する意味でも、大きく関わってくる。
「分かりました」と総介が腹を括った。
「今まで起きた連続殺人事件の背景には、十五年前に起きた生麦事件と深く関わっています」
「生麦事件だと?」
慶喜と海舟は眉を顰めた。
ロバートの父・マーガスが、生麦事件の被害者であり、彼が死ぬ間際にWBSを紛失したことを話した。
「ロバートの父親が被害に遭ったというのは分かったが、そのWBSというのは、何だ?」
慶喜が訊いた。
「我々、妖術士の力の源であります。能力者によって色違いのWBSを手にすることができます」
総介は右手の甲を見せた。そこには赤色に光るWBSが埋め込まれている。
「妖術士が病死、もしくは戦死した場合は、自然にWBSが体から離れます。マーガスが亡くなったのち体から離れたWBSは、草むらに転がり落ちた可能性が高いです。数日後、新婚旅行で横浜を訪れていた桜宮夫妻が、偶然、WBSを拾います」
「桜宮夫妻……、まさか沙那の両親か?」
慶喜は恐る恐る訊いた。
「はい。WBSを拾った桜宮藤九郎さんは、それをペンダントに加工すると、由菜さんに贈った。数日後、WBSの作用で由菜さんの妖力が格段に上がります」
「うむ、この話は藤九郎殿本人から聞いたことがあるぞ。妖力の弱い由菜さんの体質改善を考慮して、妖気が籠もった鉱物を身に着けさせたと。それがWBSだったのか」
「うーん」と海舟は唸った。
「WBSは持ち主によって効果が違います。由菜さんのように戦傷者と病者のを看護する治癒者(ヒーラー) になれば、こんな大事には到りません。妖魔たちが沙那を狙っていた理由(わけ)は、黄泉の国と現世が繋がっている陽魂寺の門を開放するための、生け贄にするためです」
「でも、おかしいぞ。徳川魔方陣で結界が張られているのに、妖魔が出入りできるはずがない。そのことが胸の中で燻っていた」
海舟の質問に総介が答えた。
「妖魔でも格の高い者でしたら、妖気を消して現世に潜入できます。そして、七星菩薩像に傷を入れれば、魔方陣の効果は薄れ、妖魔の侵入が可能になります。今の陽魂寺の門は隙間が空いています。闇乃道化師が動くのは今しかありません」
「総介、ロバートはその後どうなった? ひとりで沙那を救出しに行くと言ったが……、あの男が単独行動する理由は、親の形見を奪い取るためか?」
「それは……」
慶喜の詰問に言葉が出なかった。
しばしの沈黙の後、総介が口を開いた。
「ロバートは討伐隊の一員です。利己的な行動に出ないことを信じましょう」
周囲が戸惑うなか、総介は優しく微笑んだ。 「段取りをつけましょう」と総介が告げた。
「私が闇乃道化師と戦っている間に、お二人には沙那を救出していただきます。慶喜様の剣術に期待しています」
「任しとけ。私は日々、剣術――」
慶喜の話を遮るように。コンコンという音が聞こえたかと思うと、扉が開いた。
「鶴子さん!」
三人は一斉に声を上げて立ち上がった。
「いかがなされた」と慶喜が、優しく声を掛けた。
「私も参加させて下さい」
彼女の言葉を聞いたあと、時間が止まったような感覚に襲われた。
「な、何を言っているのか、分かっているのかね? これは遊びではないぞ!」
慶喜が叱咤した。すると鶴子が怒気を孕んだ口調で反撃した。
「そのことは承知しています。私は沙那さんに命を救われました。今度は、私が彼女を救う番です!」
「鶴子さん、お気持ちは有り難く受け取ります。が、ここは我々三人にお任せ下さい」
総介はきっぱりと拒んだが、無鉄砲なお嬢さんは引くことを知らなかった。
「私はもう、失うものはありません。沙那さんを救いたいのです。あの時、慶喜様は自分が持っている最大限の力を活かして、人助けをした方がよいと仰いましたよね?」
「う〜ん」慶喜は困惑した。
「決まりですね。このお嬢様に何を言っても無理ですよ」
 海舟はお手上げとばかりに肩をすくめた。 

                          第四章 血戦! 紅葉山

                          (1)

紅葉山は暗かった。小さな行灯の明かりで木の根に足を取られながら、ざわざわと騒ぐ木立を抜けると白壁に辿り着く。この白壁は徳川魔方陣の中枢部を囲っている。
 総介が正門に目を向けると、ひとりの大男が門の前に佇んでいるではないか。
そちらに向けて行灯を掲げてみる。長い金髪に純白のキャソック姿の男は、我が相棒のロバートだった。
総介はホッとした表情で言った。
「どうしたんだ、単独行動するのではなかったのか?」
「したくても出来ないですヨ。私ひとりでは破壊できない結界が張られていましてネ」 ロバートが門に向かって親指で指した。
総介は門の前に立った。
(そんなに強い妖気ではない)
「ロバート!」
 総介はロバートに振り向く。
すると相棒が神妙な面持ちで答えた。
「今回はあなたの考えに付き合いますヨ」
「俺の言っていることを理解してくれたのか?」
「いや、そうではありません。まだ光のWBSは諦めていません。ただ、父の意思を確かめタイ」
「父の意思?」
「はい。本当に沙那サンに託していいのか? 彼女のが窮地に光が発動すれば、父の想いを彼女に託したことにナル」
「まさか本当に彼女をWDに連れて行くわけじゃないよな?」
脅しの利いた声でロバートに圧力を掛ける。しかし相棒ははぐらかした。
「その答えは、この戦いが終わってから教えヨウ。時間がない」
急ぐロバートに総介が釘を刺すように言った。
「沙那の救助は慶喜様他二名にお任せしている。慌てなくてもいいぞ」
「慶喜様他二名?」
ロバートが想像力を掻き立てている。そして、「ふっ」と冷笑した。
総介は大扉に両手を添えた・
「扉を開けよう」
「ああ」
ロバートは、大扉に両手を添えた。
「アンギラ、ソンボ、メタンボ、アンギラ、ソンボ、メタンボ、この地に張られし結界を破壊したまえ」
呪文に呼応したかのように大地が揺れ動くと、白壁の至る所に亀裂が入り、屋根瓦が落ちていく。
そして、正門に稲妻のような青白い光が発光すると、轟音を伴う爆発を起こした。
白煙が薄らぐと木造の大扉が見えた。大扉を押した二人は魔方陣の中枢部に足を踏み込んだ。
雑草を踏みしめて勇ましく進む二人の目に、妙見菩薩像の上半身が映った。
和泉邸で感じた妖気とは比べものにならない妖気(もの)を感じる。
二人は歩みを止める。そして総介が声を張り上げた。
「隠れていないで出てこい!」
人が吸い込まれそうな程深く暗い夜空に声が木霊する。
すると「ケケケ――」と、血液が凍りそうな笑い声と共に二人の人影が現れた。
一人は和泉邸の執事に変装していたヴコドラク、もう一人は、なんと占術士バロム・ロビンソンだ。
総介が問い詰めた。
「バロム・ロビンソン、なんであんたが此処にいるんだ?」
「ケケケケ、私が徳川魔方陣の破壊を行い、現世との魔界トンネルを造ろうと画策したのだ。和泉の旦那も馬鹿な奴よ。明治魔方陣に造り替えるという嘘を信じて資金繰りをしていた。我々妖魔は将門の祟りやスクナヒコノミコトの勧請など眼中にない。世界征服の拠点地として日本をいただくぞ!」
バロムの皮膚がボロボロと崩れていく。そして白金色の妖気が彼を覆った。
 眩しい光の向こう側から、現世では見たことがない妖魔が現れた。茶褐色の体毛に覆われた妖魔は、巨大な飛膜を持つ狼のような風貌だった。
「沙那はどうした? 無事なのか」
「陽魂寺の正門に眠らせているよ。魔界トンネルを空けるのに必要な人間だからな」
バロムは舌なめずりしながら答えた。
バロムはヴコドラクに命令した。
「ヴコドラクよ、あの召喚士はおまえに任せよう。有馬よ、貴様の死に場所は妙見菩薩像の麓と決めてある、ついてまいれ」
バロムは姿を消した。
「待て、バロム!」
総介は妙見菩薩像のもとへ駆け走った。

                           第四章(2)

徳川魔方陣の正門から東へ五百メートル程離れた地点に、ロバートとヴコドラクがいる。 「ふう」とヴコドラクは溜息をついた。
その態度にロバートは怪訝な表情をした。
ヴコドラクは愚痴をこぼした。
「バロム様も人が悪い、こんな格下の相手に俺をぶつけるなんて。随分、見くびられたものだ」
「一戦も交えず相手が格下なのか、おまえは分かるのカ」
「和泉邸での一戦を憶えているか? 俺の妖気に気付かなかった落ちこぼれ妖術士よ。俺と一戦交えることを誇りに思うがいい!」
「フハハハハハ」
大笑いするロバートに、ヴコドラクは激怒した。
「何が可笑しい!」
「可笑しいさ、いつまでも過去を引きずっている総介と一緒にするな。俺の狙いは、小娘を我が物にするだけだ。この戦いが終われば、総介を殺(や)るまでよ。目障りな害虫は潰さなければナ」
「すると、貴様は有馬と同じ討伐隊の一員ではないのか?」
「この任務を遂行するまではな、あとは自由だ。まずは手始めにおまえを殺ス!」
「――フッ、面白い。WDの召喚士ロバート、相手にとって不足無し!」
短い間合いで両者は構えた。
まずはロバートが呪文を唱えた。
「古の赤き炎から生まれたサラマンダーよ。 妖魔を灰燼(かいじん)にするがいい!」
吻端(ふんたん)が幅広く、丸々とした胴体に四股がある召喚獣が現れた。
「ゆけ、ファイアースプラッシュ!」
緋色の肌から放たれた炎の飛沫がヴコドラクを襲った。
しかし、ヴコドラクは持ち前の瞬発力で、ファイアースプラッシュを巧くかわした。
「俺を甘く見たようだな、サラマンダーごときの炎に屈すると思うか!」
跳躍したヴコドラクの全身が黄金色に光ると、五体に分裂した。
「くらえ、襲撃餓狼拳(しゆうげきがろうけん)!」
爪から発する刃と化した妖気がサラマンダーと召喚士を切り刻む。
「グッ」
ロバートは地に片膝をついた。キャソックが赤く染まっていく。
「どうだ、全身を膾切(なますぎ)りにされた感想は?」
ヴコドラクが誇らしげに感想を求めてきた。
召喚獣が消滅したのを確認したロバートは、ヴコドラクの周囲に目を遣る。四体の分身がいることに気付いた。
「まずは、おまえの周りにいる邪魔者を仕留めるしかないナ」
ロバートは懐から小刀を出した。
妖魔は失笑した。
「フハハハハ、そんな物を手にして何をする気だ? 自害する気か」
「まさか、私がこれを手にしたのは、あることをやるためさ」
「あること?」
ヴコドラクが眉を顰めた。
すると、何を思ったのか、ロバートは自らの右手首を小刀で斬ったのである。
「WDを嘗めるな!」
手首から滴り落ちる血を撒き散らしながら、ヴコドラクたちの攻撃を巧みにかわしている。しかし妖魔たちもしつこい。背後から斬りつけられた。
「ウッ!」
「何を企んでいるか分からんが、いい加減にくたばれ!」
 ヴコドラクの攻撃速度が上がった。
しかし、負傷しながらも妖魔の攻撃を回避したロバートは上空へ跳躍した。
板塀瓦に着地したロバートは両手を前に突き出すと両手を組み、左右の人差し指を夜空に向けて立てた。
「私が普通の召喚士ではないことを、教えてヤル」
「技を放つ前に仕留めてやる!」
立ち止まっていた妖魔たちが再び攻撃を仕掛けようとする。
しかし、妖魔たちは体の異変に気付いた。
「かっ、体が動かない。どういうことだ」
ヴコドラクが困惑している。
ロバートが右手首を癒しながら講釈する。
「これは魔術士血結界(ブロードウィザードバリア)といって、おまえは今、私の血で作った六芒星の上に立っている。WDの秘術をとくと思い知れ!」
ロバートが呪文を唱えた。
「大地に眠る妖(あやかし)の力、その力を解き放ち、
妖魔に灰色の呪縛をもたらすがいい、石像(ストーンスタチユー)!」
なんと、ヴコドラクの足元から徐々に、石化現象が起き始めた。
「かっ、下半身が動かん。なっ、何が起きているんだ?」
妖魔たちがパニックに陥っている。
石化効果が鳩尾周辺まできている。
ヴコドラクが命乞いをしてきた。
「たっ、助けてくれ。そ、そうだ、俺と一緒に組まないか? バロムと有馬を倒して魔界のトンネルを空けようじゃないか!」
「おまえはバロムと組んでいるのではないのカ?」
「わ、私だって好きで奴の右腕になったわけではない。あんたのような実力者を探していたんだ」
「実力者ねェ」
ロバートはほくそ笑んだ。
石化が首の付け根に達すると、妖魔が慌て始めた。
「おっ、おい! 何をしているんだ。早く解いてくれ!」
ロバートはコロナチャクラムを発動した。そして、妖魔にこう告げた。
「残念だが、不甲斐ない相棒が私を待ってくれている。お遊びはここまでだ!」
ロバートは妖魔めがけて、チャクラムを 放った。
妖魔は木っ端微塵に砕け散った。

                                第四章(3)

徳川魔方陣の正門に足を踏み入れた男女三人を、生温かい風が出迎えた。つい先程まで、この近辺に生き物が蠢いていたということを知らせる風の伝言なのだろうか。
「何だ、これは?」
ふいに地面を見た慶喜が、言葉を発した。
暗闇の中とはいえ、この地面から発する獣臭と血腥い臭いは特別だ。
(総介なのか、それともロバートなのか分からんが、壮絶な戦いだったのだろう)
慶喜は胸が引き締まる思いに駆られた。
「先を急ぎましょう」
 海舟が促した。
三人は漆黒の闇に消えた。

                         *

月光に照らされた妙見菩薩像が見守るなか、麓では有馬総介とバロム・ロビンソンが対峙している。
「よくぞ私に付いてきたな小僧。褒めてつかわす。まずは陽魂寺の正門を見よ!」
「沙那!」
総介の視線の先には寝台が設置してあり、その上に沙那が横たわっている。
総介はドスの利いた声で問い詰めた。
「貴様、沙那に何をした?」
「眠らせただけさ。彼女には、これから行う魔界トンネルの開通に力を発揮してもらわないとな」
グッタリしている沙那の元に、総介は近寄った。彼女の頬に触れようとした瞬間、バシン! という衝撃波に襲われた。
「グゥ」
総介は目を見張った。
 沙那の周囲に結界が張ってある。
「そう簡単に人質に触れさせるか。代わりに、これをくらえ!」
バロムは呪文を唱えた。
「ボギラメンコンザ、ボギラメンコンザ」
青白い鬼火が十個以上も現れた。そして、バロムの頭上に集まった鬼火が円を描くように回転して光輪を作ると橙色に変色した。
「その呪文は……」
 それを見た総介は体を震わせた。そして、九年前に起こした水戸街道逃亡劇が脳裏に去来した。
バロムが冷笑した。
「思い出したか。あの時は戦の怖さも知らぬ小僧だったが、少しは成長したようだな」
「あの時、おまえは父上と消滅したはずだ!」
「私は影武者を自由に作ることが出来る。つまり、おまえの親父は影武者と共に犬死にしたということだ」
「ケケケケ――」とバロムは高らかに笑った。
「父上が犬死に……」
総介は魂を抜かれた感覚に陥った。
総介が悄然としているなかで、バロムは土偶武者を召喚した。
バロムが号令を掛けた。
「行け、総介の首を取ってまいれ!」
十体の土偶武者が、総介を襲撃した。
真実を受け止められない総介は困惑した。しかし、妖剣士の具合がどうであれ、武者たちの攻撃は容赦ない。
 妖刀が総介の上腕を斬りつける。
「ウグッ」
総介は傷口を押さえると、苦悶の表情を浮かべる。
総介は、手にしている魔刃丸に妖気を込めた。燃え盛る炎が夜空を突く。
総介は土偶武者に斬り込んだ。
しかし、いとも簡単にかわされてしまう。動揺した総介の判断力が鈍り、冷静に敵の動きを見切れていない。
総介は背後に殺気を感じた。武者が背中を斬りつける。しかし、背筋を弓反りした妖剣士は、間一髪難を逃れた。
バロムが高らかに総介を挑発する。
「悲しいよな、父上が犬死にするなんて。同情するよ、総介」
「おまえに何が分かる。誇り高き有馬家の当主が、影武者とも知らず自死した悲しさが分かるか!」
「その生意気な目が気に障るんだよ!」
 バロムは飛膜で腹部を覆う。数秒後、腹部を覆っていた飛膜を開くと、巨大な銛(もり)の様なものが襲ってきた。
銛は総介の左太ももを突いた。
「グフゥ」
左太ももから夥しい血を流す総介は、片膝をついた。
「さあ武者たちよ、この男はもう限界だ。ここは武士の情けで、止めを刺そうではないか!」
 バロムの号令によって、武者たちが歓声を上げた。
四体の武者が舌なめずりをしている。
(もはやこれまでか……)
総介の心が折れかかった。
 その時だ。
複数の巨大な溶岩弾が、こちらへ襲ってきた。
溶岩弾を受けた武者たちの体が炎上している。
総介は夜空を見上げた。彼の目に映ったのは、巨大な爬虫類に翼を生やしたような召喚獣、火龍プロメテウスだ。
「何者だ!」
バロムは吠えた。
暗闇から現れたのは、キャソックの一部が赤く染まった召喚士ロバートだ。
厳しい戦いを強いられたロバートは、顔色一つ変えず、総介に檄を飛ばした。
「総介、何やってんだ。早くバロムに一撃を加えるんダ!」
さらにロバートは意地悪そうに言葉を付け加えた。
「しかし、おまえが此処で死ぬことは、私にとっては一石二鳥だがナ」
「あの野郎」
 不適な面で笑う相棒に刺激を受けた総介の闘争心が漲った。そして、指先に力を込めて、ゆっくりと立ち上がった。
八相に構えた総介は、バロムとの間合いを縮めた。
バロムは冷笑した。
「この間合いでいいのか?」
「無論!」
総介の言葉に応えるかのように、バロムは再度、飛膜で腹部を覆った。そして、飛膜を開くと、巨大な銛が飛んできた。
動きを見極めた総介が魔刃丸で銛の先端を叩いた。ところが、衝撃を与えた瞬間、銛がまるで生きているかのように破片が分散してしまった。
「手応えがない……」
総介が目を丸くした次の瞬間、分散した欠片たちが、二本の銛になって、背後に出現した。
背後から腰と右肩胛骨を刺された。ズシリと重みを感じる。銛に手を触れると、また破片が分散してしまった。
(どっ、どういうことだ?)
総介は困惑した。
冷静になれない総介の様子を面白そうに傍観しているバロムが、高らかな声で言った。
「総介、銛をくらった気分はどうだ。私は人間界を制圧するために、数多(あまた)の人間を殺してきた。この銛がおまえの血を吸いとうて吸いとうて、興奮しているわ」
(血を吸う? まさか)
再度、銛が襲撃してきた。しかし、総介は落ち着いていた。銛に向かって、六芒星を描いたのである。
銛は六芒星に突っ込んだ。その動きを封じた総介は、魔刃丸で尖端部を切断した。
尖端部の燃えかすを拾った総介は、疑惑が確信に変わった。
「やっぱり、ナミチスイコウモリか。こいつなら人畜に危害を加えるだけでなく、伝染病を媒介する事も出来る」
蝙蝠の死骸を握り潰すと総介はバロムを睨んだ。
「よく分かったな、総介よ。私は蝙蝠伯爵だ。私は江戸の幕末、人間界の潜入に成功した。潜入など、妖気を消せば簡単にできる。もっとも支配級(クエストレベル)の妖魔ならばの話だがな。私以外にも、この日本を手中にしたい妖魔は、幾らでもいる。我々の活動を、あの世で見物するんだな」
 月の明かりが消え、辺りが漆黒の闇に変わった今、「お誂え向きだ」とバロムはニヤリと笑みを浮かべた。
蝙蝠たちの気配が消えた。
「これぞ秘術・闇中蝙銛殺(おんちゆうへんせんさつ)。暗闇に潜む蝙銛に怯えるがいい」
どんな生物でも呼吸はする。特に動物ならば、血の臭いを嗅げば交感神経が興奮し、獲物を喰らう。しかし、これは呼吸もなければ、興奮もしていない。自分の意思で消しているのか?
総介は慄然した。
静寂な時間が流れる一方で、殺意が籠もった視線が見え隠れする。
左斜向かいから、蝙銛が襲ってきた。間一髪かわした総介だが、胸板を引き裂かれた。 蝙銛の容赦ない攻撃を、かろうじてかわしてはいるが、左右の脇腹と大腿部にくらってしまった。このままでは膾切りで最期を迎えることになる。
「そろそろ止めを刺すか」と、バロムが右腕を上げた刹那、正門側から放たれた琥珀色の球体が夜空に向けて飛んでいった。
夜空を背に煌々と輝く球体のおかげで、蝙銛の居場所を突き止めた。なんと、総介の足元に隠れていたのである。
「しめた!」
懐から竹筒を取り出した総介は、そいつの中身を蝙蝠にぶちまける。
 灯油だ。
そして、手製の爆弾を地面に叩きつけると、あっという間に炎の壁が出来上がった。 「おまえたち!」
バロムが目を見開いた。
それにしても、あの琥珀色の球体は、なんだったのだろう。
炎越しに見えたのは、なんと沙那ではないか。慶喜、海舟、そして鶴子嬢の三人に支えられながら、彼女はこの戦いに参戦してくれた。
「総介様、この結界を破るのに、一苦労しましたわ!」
慶喜と海舟が負傷した両手を、自慢げに見せる。
慶喜たちは体を張って結界を通り抜け、沙那を救出した。
目が覚めた沙那は、渾身の力を振り絞って、琥珀の球体を夜空に目がけて投げたのだろう。月光の代わりになるナイスなアイデアだ。 「……総介様、あとはお願いします」
沙那は掠れた声で、総介に託した。
ところが、この行動がバロムの邪心に、火を灯す結果になった。
「おまえら、神聖なる地で何をしている!」
バロムが蝙銛を慶喜たちに向けて放った。

                         第四章(4)

バロムが放った蝙銛が慶喜たちを襲う。
 「みんな、逃げろ!」
しかし、総介の思いとは裏腹に、慶喜たちはピクリともしない。恐怖のあまり腰が抜けたのか?
「みんな……」
総介は目を伏せた。
その時だった。
眩い光を放つ琥珀色の結界が、四人の周囲を覆った。総介が光の彼方に目を向けると、絶大な妖気が蝙銛を崩壊させていた。
「なっ、なんてことだ」
バロムは動揺している。
 その瞬間を見逃さなかった総介は、魔刃丸に妖気を込めた。燃え盛る魔刃丸の刃を天に向けて再度、八相に構える。
「バロム、おまえの野望もここまでだ、炎殺十字剣(えんさつじゆうじけん)!」
跳躍した総介は、バロムの脳天に魔刃丸で一撃をくらわす。その勢いを保ったまま胴体を垂直にぶった斬ると、返し刀で胸部を真横に斬り込んだ。
「そんな馬鹿な……」
バロムの体は炎に包まれ、消滅した。
「終わった……」
片膝をついた総介は、ハァハァと呼吸した。 総介は正門に目を向けた。
慶喜たちが腰砕けになっているなか、沙那は路地の上でグッタリとしている。
よろよろと立ち上がった総介は、地面に足を取られながらも沙那に歩み寄る。
そして、沙那の後頭部に右腕を、両足に左腕を添えると、ゆっくりと持ち上げた。
「戦いは終わったぞ、沙那」
蝋細工の様に青白い顔で気を失っている沙那に、そっと声を掛けた。
そして、両腕は焼け爛(ただ)れ、泥だらけの顔をしている慶喜たちに礼を言った。
「ありがとうございました。特に、鶴子さん、ご協力感謝します」
「私は慶喜様のお言葉に感銘を受けました。これからは、不幸な最期を遂げようとする人を助けたいと思います」
「そうですか、頑張って下さい」
総介は微笑んだ。
「待って下サイ」
四人の輪に召喚士が割り込んだ。
真っ赤に染まったキャソックの、血腥い臭いが鼻をつく。それは、お互い様か。すると何を思ったか、召喚士は沙那の胸元を強引に開けた。彼女の胸の谷間がはっきりと見えた。
「なっ、何をしているんだ、止めるんだ!」 周囲は騒然とした。
どういうことだ? ロバートが安らいだ顔をしている。
沙那の胸元を見てみる。琥珀色のWBSが、肉体と一体化している。
この非常事態に冷静な海舟が訊いた。
「総介、これは一体どういうことだ?」
「光のWBSが沙那を認めたのです。彼女は光の妖術士です」
「光の妖術士……、あの沙那が」
慶喜と海舟は呆然となった。
ロバートはボツリと呟いた。
「彼女は決して、ひとりではない。彼女の両親とマーガスが見守ってくれる」
そして、ロバートは闇夜へ消えた。

  エピローグ

紅葉山の戦いから一週間が経過した。
徳川慶喜別邸の庭には、寒椿が鮮やかな紅色の花を咲かせている。
大広間の下座には、二人の妖術師に勝海舟と桜宮沙那が座り、上座には慶喜が険しい表情を浮かべて座っている。
慶喜は近況報告をした。
「今回の戦は、勇猛果敢に妖魔を討伐してくれたことに感謝すると、大久保卿から感謝状を戴いた。なお、金子(きんす)の件だが、我々は和泉邸で失態を犯してしまったので、お流れになった。それと和泉鶴子嬢は、従軍看護師の道を歩んでいくという」
(従軍看護師か、頑張れ!)
総介は鶴子の志を応援した。
「他に話はないか」と、慶喜が水を向けた。
ロバートが挙手した。
「ロバート、申せ」
指名されたロバートは、こっちに向かって頭を下げだした。
「皆様、私は本日より桜宮家で、お世話になりまス」
「なんだと!」
総介は目を見開いた。
「総介、落ち着け。これは私の命令だ」
「慶喜様! どういうことでございますか?」
ロバートの企てを知ってる総介は、オロオロしている。
 そんななか、沙那が毅然と立ち上がった。
 そして自分の思いを告げた。
「総介様、これは私からのお願いでございます。両親とマーガスさんから受け継いだこのWBSを自由に扱えるように、ロバートさんに弟子入り志願しました」
「そんな……」
妹同然に面倒を見ていた総介は、愕然としている。
ロバートが歩み寄ってきて、耳打ちを始めた。
「総介、話がある」
二人は庭へ向かった。
「なんだ、話って」と総介は憮然とした。
「私は沙那サンを見くびっていた。さすがマーガスが惚れ込んだ逸材だ。彼が従うなら私も従う。おまえの補佐が出来る立派な妖術士に育ててみせる。だから、以前、総介の父親を揶揄(やゆ)したことを許してくれ」
「ロバート、許すも何も」
総介の心に熱いものが込み上げてきた。
「ロバート、相棒としてまた頼むぞ」
「あぁ、こちらこそ」
二人はガッチリと固い握手を交わした。
維新が始まって十年目を迎えた今、人々の想いが様々な形で交差する。ひとつの苦難を乗り越えて大きく成長を遂げた者もいれば、ベクトルを逆に向けて悪事を働く者もいる。心の成長は難しい。けれども、三人の妖術士は心の成長を見せた。ひとりは孤立無援の状態から仲間思いの妖術士に成長した有馬総介。もうひとりは野心が有りながらも、それを捨てて妖術士の育成に力を注ぐ召喚士ロバート。そして、明治維新を潰すという危険な思想を抱きながらも、妖魔に戦いを挑む従兄の姿に心を打たれ、さらにマーガスと両親に背中を押され、妖術士の修行を始める桜宮沙那。
平和な世になるには、まだ前途多難だ。しかし、人の想いは新たな世代に継承される。ここから十年、二十年と時代が変われば、全ての妖魔が滅亡するのか。『誰もが笑顔になれる新時代を創る』という想いが、討伐隊の結束力を強くした。    
                                                                                                                                                   (完)

  

2014/11/02(Sun)12:44:26 公開 / 羽田野邦彦
■この作品の著作権は羽田野邦彦さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
途中からですが、明治妖魔討伐隊を更新しました。宜しくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
 初めまして、作品を読ませていただきました。
 いいですね。僕、こういう中二病作品大好きですよ! 僕の実家は田舎にあるのですが、中学生の頃風の強い日には木の棒を持ってススキの原っぱに出て「デス・ストロング・ウィンド!」とか叫びながら辺りを駆け回っていました。呪文詠唱のあと風が吹いたら、「あれ、今の風俺が吹かしたんじゃね?」とか思ってニヤニヤしていたのは良い思い出です(何の話やねん)。こういう作品はあの頃のワクワク感を思い出せて好きです。お話もシンプルでいいですよね。こう、超強い異能持って、技名叫んで敵ぶっ飛ばして、女の子助けてドヤァって顔して、すがすがしいまでにまっすぐで。今度また中二病作品書いてみたいなあ。
 本題。
 とても勢いがありますね。おそらく明治維新という時代やそこに妖魔が溢れている世界観が貴方はお好きなのでしょう。そうじゃないと書けない文章だと思います。これは一種の才能なんですよね。書けない人はマジで書けない。
 貴方が構想された展開もすごく好きです。父親から妖魔討伐の心構えを授かり、英国で修行して日本へ帰ってくる。そして忠誠を誓う帝国のために悪をぶっ飛ばす。漢のロマンが詰まっています。僕も総介になりたいぜ! あと式神召喚したい! 手からは炎よりも紫色の電気出したいな。紫電って奴ですな! で、ピンチで覚醒するんです! めちゃくちゃベタなんですけど、仲間の想いとか託されて、歯を食いしばって、「うおおおおお!」って叫んで覚醒したい! 敵に「なにぃ!? こいつ、化け物かぁ!?」って唖然とされたい! 一方で日常生活では英国紳士で、洋服にハンカチ持って女の子にモテモテで……! 信頼できる仲間と冗談とか言い合えて……! 燃えますよね! 何より気持ちいい! スカッとします!
 だけど、それだけ気持ちいい中二病作品を書くには、実は綿密な仕込みが要ります。失礼になってしまったら申し訳ありませんが、貴方はおそらくきちんとプロットを書かれていない。読者にきちんと内容が伝わるか話を書く前の段階で考えられていない。最初から最後まで思いのまま、筆の赴くままお話をつづられている。もちろん、勢いがあってよいのですが、途中のロンドン編が抜けていますし、酷いのは沙那がブロードゾンビと戦っていたはずなのにインプと戦っていたことになっていて、二章の途中に一章の最後と同じシーンが出てきて話が若干ループし混乱してしまっています。どういう話なのか、構成以前の問題で分からなくなってしまっている。自身が投稿されたものをどうかご確認ください。話の整合性が全然とれていません。
 また、それを差し引いてストーリーラインを追ってみても、不十分な設定、作中に登場する魔術考察の粗などが散見されます。またお話の展開にも疑問が残るところがあります。
 例えば、舞台の設定について、妖術師が術を使うにあたっての制限などが明記されていないため、土台があやふやで、それが戦闘シーンにも響いています。サラマンダーなどの強力な幻想上の生き物を使役できるなら、生活水準もそれに即したものになるはずですし、手から炎を自在に出せるなら手製の爆弾なども必要ない筈です。土の属性の妖術と火の属性の妖術とを使えるWBC所持者がいればガソリン爆発が使えます。こっちは威力を上げて密閉空間で使えば、対象の体内の酸素を全て奪って殺すことも可能でしょう。相手は防ぎようがありませんし、非常に効率のよい殺しだと思うのですが……。そのような能力者はいない? いなくても個々のWBCによってこのような超必殺技はいくらでも編み出せるでしょうから、それを使った方がいいのではないでしょうか。技名叫んでぶっ飛ばすだけではどうすごいのかどのようにかっこいいのか分かりづらいです。聖闘士星矢なんかも技名叫んでぶっ飛ばすだけですが、あれは漫画だから視覚的に伝わるだけであって、我々は文章で伝えなければなりませんのでその辺の設定、そして読者への伝達をきっちりしないともったいないことになると思います……。
 また、ゾンビを使役できる術があるようですが、土人形を使役する術はないのでしょうか。妖術師にも当然力の強い者、弱い者はいるでしょう。戦闘に使えないほど弱い者は日常で術を飯の種にするなどして糊口をしのぐことはしないのでしょうか。もしするなら簡易な妖術が広まり、生活水準も相応の物になるはず。だけど、どうやら世界観的には、あくまで妖術は近代科学のお供程度にしか扱われていないみたいです。あとヒールなんてすげえ力ですよ。ペニシリンとか要りませんからね。連日病人が押し寄せて、近代医学(笑)になっちゃうと思います。
 お話の展開なんかだと、バロムが敵だったことを皆が気づけなかったこと、またバロムの行動にも疑問の余地が残ります。バロム、彼から見て敵がわんさかいるところに単独潜入していたわけですが、どういう意図でやったんでしょうか。それだけ力に差があったということならせせこましい事はせずに正面から叩き潰したほうが効率的で消耗も少ないでしょう。主人公側も明らかに怪しいバロムを「面白い」とか言って受け入れちゃうし……、誰が敵か分からない状況なのですから、もう少し慎重に行きましょうよ。バロムもなんで後ろから不意打ちせずにわざわざ正面から正体を明かしたのか分かりません。僕がバロムなら主人公たちの後ろから最高のタイミングで裏切りますけどね。それで沙那を人質にとって、総介の前で見せつけるように彼女をゾンビにしてあげます。そして彼女を操って総介にけしかける。決戦なんてせずに精神的にぼろぼろにさせて、反撃もできないようにくびり殺しますね。
 そうしなくても、ゾンビ化させるというのは非常に強力な武器なのですから、世界征服の拠点にするだけなら特にデメリットもありませんし、強い妖術師との戦いを避け、か弱い一般市民を優先的に狙うと思います。いくら妖術師といえども守るべき国民がいなければ国外に亡命するしかないでしょう。ゾンビをネズミ算式に増やすのが一番賢いように思えます。無敵の軍隊が作れますよ。死も恐れず、生半可な手段では撃破できない最強の軍隊です。この時代的にパンデミックを押さえるような技術も知識もないでしょうからきっとイチコロです。
 色々書きましたが、軸となるストーリーラインはとても素晴らしく、中二心をくすぐられる物でした。設定等の再考察、投稿された文章の推敲、基本的な文章作法の確認などをされ、改稿されたらとても面白いものになると思います。ついでに人物の考察ももう少し行い、ひとりでに輝きを放つようなキャラクターを創出されたらもっともっと魅力的になると思います。この面白さが他に伝わらないのはもったいない――そう思いました。
 あと一点、アメリカがイギリスとの戦争から七十七年経って一八六〇という趣旨の記述がありましたが、ここはアメリカがイギリスから独立してからとかにした方がよいかと思います。米英戦争は独立戦争後、ナポレオンの大陸封鎖令に対するイギリスの海上封鎖などのため、もう一度米英間で起こります。イギリス側はインディアンに代理させての戦争ですが、米英間の戦争と言えば先にこっちを思い浮かべるのではないでしょうか。あくまで私見ですが、そのように思います。
 以上で感想を終わります。とても愛のある作品でした。次回作、お待ちしています。ピンク色伯爵でした。
2014/11/03(Mon)08:23:530点ピンク色伯爵
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