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『死者の居る景色』 作者:かめん / リアル・現代 ファンタジー
全角4806文字
容量9612 bytes
原稿用紙約15.15枚
 雲ひとつ無い青空だった。
 冬の火葬場はしんしんと寒く、昨日までに降った雪がくるぶしまで積もっていた。雪化粧をした中庭の木々は、どこか鬱屈とした様子で、ラウンジで待っている人間たちを見守っていた。彼らは、家長の火入れを任せた直後の肉親だった。
 こんなに綺麗な空だなんて
 呆けた顔をして老婆が言った。その目線は窓を通して、透き通るような空を見つめていた。彼女の台詞を聞いて、無精髭の男が側で笑った。失笑、というふうだった。
 親父には似合わんね
 男の零した言葉に、周りの親戚は揃って頷いた。ある人は自分の頬をさすり、ある人は自分の頭を撫でた。誰も彼も虚ろな眼をしていたが、涙を流す者は一人もいなかった。
 と、そこでラウンジに、息急き切って駆け寄ってくる人間がいた。服装を見るに、ここの火葬場のスタッフで、先までここの親族を先導していた若い女性だった。
 どうしましたか
 尋常でない雰囲気に、入り口近くに立っていた舅が声をかけた。女性は少し息を整えた後、泣き出しそうな顔をして、こう言った。

 ご遺体が……
 ご遺体が、盗み出されてしまいました

 誰も何も言わなかった。しんしんと冷え込む、冬のある日のことだった。



 その火葬場は山の麓にあった。
 建物の裏に広がる雑木林を、重たげな荷物を抱えて歩いていく老人がいた。地面は緩やかな斜面になっていて、一歩を踏む度に、足元の雪がさくさくと音を立てた。老人の息遣いは荒かったが、その口から白い呼気が漏れることは無かった。むしろで包まれた荷は身の丈ほどもあるというのに、それを抱える顔には一切の汗が浮いていなかった。老人は、骨に皮を貼り付けただけのように痩せこけていた。

「どこへ行くの」
 不意に頭上から飛んできた声に、老人は落としていた視線を上げた。
 数歩先の斜面に、見知らぬ女が立っていた。いや、女と言うには、あまりに若い。少女と呼ぶのが妥当に思えた。彼女は髪が長く、夏に着るような白いセーラー服を着て、肩に何かのケースを提げていた。金属製のそれは、快晴の日差しを受けて、冷たい銀色に光ってみせた。
「どこへ行くの」
 少女がまた聞いた。老人は答えぬまま、さらに一歩を踏んだ。
「私が怖いかしら」
 老人を目前にして、少女は肩のケースを地面に下ろした。老人が何をする間も無く、彼女はケースからバイオリンの弓を取り出した。
 ケースに入っていたのは弓だけだった。少女は透明な弦の貼られた木の棒を、刀剣か何かのように、老人に向けて振りかざしてみせた。
「私が何者か分かるかしら」
 少女は老人を見下ろして言った。バイオリンの弓は、太陽を照り返してぎらぎらと凶暴に光っている。老人にはそれが、剃刀か鎌のように思えた。
 ――風を切る音。
 バイオリンの弓が振り下ろされると同時に、老人の体を衝撃が襲った。と言っても、弓が体に当たったのではなく、横から走ってきた人間に体当たりされて、老人は突き飛ばされたようだった。
 呻き声が重なって斜面を転がった。荷を抱え込みながら老人は、今しがた自分に突進してきた人間のことを傍らに認めた。もんどり打つその姿は、若い男のようだった。
「何をしやがる!」
 しゃがれ声で老人は叫んだ。それなりの距離を転がってしまっていて、少女からは幾分離れている。老人は彼女を一瞥すると、男には目もくれず、荷物を抱えて駆け出そうとした。
「待ってください!」
「うっ!?」
 直後、老人の枯れ枝のような脚を、男が両腕で掴んで止めた。つんのめりかけた老人は、持っていた荷をとっさに前へ突き出した。
 さくり
 むしろがめくれて、中のものが雪を滑った。老人の腕から零れ落ちたそれは、白く濁った眼をして、雲ひとつない青空を見つめていた。
 老人の荷物とは、自分の屍体だった。
「お爺さん……」
「……お前もあの娘の仲間か」
 言い淀む男をぎろりと睨んで、老人は再び屍体をむしろで包もうとした。瞬間、その目の前に、またも少女が立ちはだかった。彼女はバイオリンの弓を手に、屍体を抱える老人を見つめていた。上方から跳躍してきただろうに、彼女の足元の雪は、白紙のように滑らかだった。
「……妖の類」老人が独りごちた。「それとも、死神か」
「後者よ」
 少女は弓を突きつけながら老人に言った。深い皺の刻まれた顔が激しく歪んでも、少女は淡々とした表情で、それを見つめるだけだった。
 バイオリンの弓が空を切る。
 少女の傍に立っていた若木が、呻きのような音をあげてへし折れた。幹を覆っていた雪が弾け、まるで血飛沫のように老人の顔に吹き付ける。ひっ、と、怯えた声が漏れた。
「――待ってください!」
 そこで男が割って入った。バイオリンの弓が動きを止める。狼狽する老人を庇うようにして、男は少女の前に出た。
「そこをどいて」
「待ってくださいってば」
 少女を嗜めるように、男は再三そう言った。不満げな表情に背を向け、彼は縮こまっている老人へと向き直る。しゃがみ込み、もはや生命を失った亡霊に、手を添える。
「……あなたはどうして、こんな真似を?」
 男の言葉に、老人は震えながら顔を上げた。

 老人には、男も死人であると分かっていた。自分の霊体を通して感じる掌の冷たさは、生者のそれではあり得ない。ただ、老人はその凍てつきの中に、男の真摯な態度を認めた。少女の見せる無機質さとは一線を画す、ひととしての感傷を、彼の胸中に察した。

「……これを焼かれれば、本当に死ぬんだろう」
 老人が言った。
「この屍が焼かれた時、俺は本当に昇天というわけだ」
「そうね」
 少女が頷いた。老人は男の手を払い、自分の屍体を抱え込んだ。
「嫌だ……俺はまだ死にたくない」
「……」
 ちらと、少女が苛立った様子で男を見た。若い男はその視線に、厳しい表情で制止を求めた。
「お爺さん、あなたは家族にお別れが言えるじゃないですか」男は老人に言った。「誰だっていつかは死んでしまうのだし、中には……ええ、遺体が残らなくて、式もできない人だっているのに」
「それよりは幸運だ、とでも言うのか?」
 老人は男を睨みつけた。
「誰もが死ぬからといって、俺も死なねばならん理由にはなるまい」
 老人の形相は唸り声をあげる獣のそれだった。老人は、自棄になりつつあった。
「そんなことは……」
「失せてくれ。俺の命は俺だけのものだ!」
 老人は怒気を発した。凪いでいた辺りに突然突風が吹き荒れ、男が尻餅を着く。その横で、少女がうんざりした様子で肩を竦めていた。
「大した妄執ね」
 少女がバイオリンの弓を振るうと、風は宙空で裂けて大気に散った。尚も歯噛みをする老人に向かって、少女は再び弓を突き付けた。
「あのね」彼女の口調は苛立ちを隠さない。「ただ、生きたい、という意思だけじゃ、それがどんなに強くても、こんな芸当できはしないの」
 バイオリンの弓が屍体を指した。
「あなたには、何か望みが有るはずよ。いなくなる前に見届けたい、何かが」
「……」
 老人は俯いた。観念した、というよりは、二の句を探すうちに零れた、という風で、しわがれた台詞が口から出た。
「……俺は、偏屈じじいとして生きてきた」
 少女は失笑した。
「今だってそうだものね」
「それ以外の生き方は知らねえんだ」
 老人の口調は弱々しくなっていた。
「俺は散々、ガキや家内に威張り散らした。手癖も悪い、口も悪い……だがな、精一杯まともな人間になれるように、世話を焼いてきたつもりなんだ」
 男がゆっくりと起き上がって、老人のことを見つめた。
「あいつら……俺が死んだっていうのに、平然としてやがるんだ。俺には、言っておきたいことが……言ってやりたいことが山ほどあるのによう。そうだ、薄情な人間に育てたつもりはねぇ、とか、なんとか……畜生、あいつらは俺が死んだって、涙の一つも――」


 その時だった。
 斜面の下から、雪を踏む音が聞こえた。少女も、男も、老人も押し黙った。真っ白に彩られた林を歩いて来たのは、無精髭の男だった。
 こんなとこまで来てたのか、親父
 無精髭の男は独り言を呟いた。彼は小走りで坂を登ると、黒いスーツが汚れるのも構わず、老人の遺体を抱え上げた。少女たちの姿は、目に入っていないようだった。
「お、おい……」
 老人が嗚咽を漏らした。その言葉自体は辺りの冷気に溶けて消え去ったが、不意に無精髭の男が、きょろきょろと辺りを見渡した。
「ほんの少しだけだったら、伝わるかもしれませんよ」
 幽霊の男が老人に言った。老人ははっとした様子で口を開いたが、言うべき言葉に詰まって、眉を下げた。
 老人には、何を話せばいいのか分からなかった。口をついて出るだろう一言一句が重要に思え、そのどれもが他愛ないことのようにも思えた。
 老人が逡巡している間に、無精髭の男は遺体に着いた雪を払い、開いていた瞼をそっと閉ざした。寒さでその手は震えていたが、白い息を吐く顔は、どこか清々しい表情で父の遺体を見つめていた。
 遂に老人は何も言えなかった。
 無精髭の男は老人の遺体を背負うと、また独り言を漏らした。

 ――親父、あんた死んでからも、俺たちを振り回すんだな
 なんつうかよ、流石って感じだぜ
 あんたは短気で、げんこつ振るいだったけどな、あんたがブレずに立っててくれたおかげで、俺たちは真っ直ぐ生きてこれたんだよな……多分
 さあ帰ろうぜ
 お袋も妹も親戚も、みんなあんたを待ってて、心配してんだよ
 ……ああ、畜生
 親父には絶対、涙なんか流してやらねぇと、思ってたんだがなぁ



 火葬場へと歩いていく息子を見ながら、老人は笑っていた。寂しそうに緩む口元を、透明な滴が濡らしていた。
「なるほど、なるほどな」老人は誰へともなく言った。「偏屈の息子は偏屈だ、当たり前のことだった」
「そうね」
 少女はバイオリンの弓を下げた。その横に男が並んで、老人のことを見つめた。彼はほっとした様子で、老人の肩を叩いた。
「早く、戻ってあげてください。最期のお別れが亡骸だけじゃあ、淋しいですから」
「そうだな……」
 男の言葉に老人は頷いた。それから、まだ若々しい幽霊の男に、視線をくれた。
「なあ、お前は結局、何者なんだ」
「僕ですか?」男は苦笑いした。「僕はしがない、バイオリンの精ですよ。死神の邪魔ばっかりする、ね」
「バイオリン、なあ」
 老人は首を傾げた。と、そこで、はっとした様子で少女を指差した。
「そうだ。お前が死神というのなら、なんで鎌じゃなくて、バイオリンの弓なんだ」
「お爺さん、銃刀法って知らないの? 最近厳しいんだけど」
 少女はあっけらかんと答えた。老人は一瞬あっけに取られ、それから、声を上げて晴れ晴れと笑った。



「あなたが邪魔をしなければ、すぐ終わっていたのになあ」
 火葬場から上がる煙を見ながら、セーラー服の少女は言った。その横でバイオリンの幽霊は、毅然とした口調で言葉を返した。
「曰く付きのバイオリンなんか拾うからですよ。何度も言っていますけれど、可能な限り、僕のバイオリンで人は斬らせませんからね」
「弓だけじゃない、これ。というか、もともと娘さんに買ったやつじゃなかったの」
「ええ。でも、渡しそびれちゃったから僕のです」
「……あーあ。あんたの遺体も、さっさと見つかればいいのにさ。そうすれば火葬してもらって、いなくなってくれるし」
「そうなれば僕も、毎日三食料理する必要がなくなりますね」
「……今日の晩ご飯は?」
「カレーライスでも作りましょうか」



雲ひとつ無い青空だった。
冬の火葬場はしんしんと寒く、昨日までに降った雪がくるぶしまで積もっていた。雪化粧をした林の木々は、穏やかに火葬場を見守っていた。
煙突から昇る黒い煙は、空の彼方で白くとろけて消えた。
冬のある日のことだった。
2014/03/10(Mon)00:34:13 公開 / かめん
■この作品の著作権はかめんさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして。この掲示板は初めて利用させて頂きます。
先日祖父が亡くなり、とにかく何か書いて落ち着こうと思った次第です。ただ、本文中のお爺さんは、実祖父とはまるで違う性格をしていますが……
人に読んでもらう、と意識するとやはり文章を書くのは難しいです。拙い内容ですが、お暇潰しにでもなれば幸いです。
この作品に対する感想 - 昇順
 こんにちは。
 内容に比べて分量が短い気もするのですが、ファンタジーとしてはおもしろかったと思います。ただ職員が焦った様子で「遺体が盗み出された」と言い、息子が落ち着いた様子で探しに来る、という展開には整合性があまりないような気がして、少し後味の悪さが残ります。また細かいことを言いますと、三人称ですが基本的に老人視点で進んでいた物語に、「しゃがみ込み、もはや生命を失った亡霊に、手を添える。」という若い男目線の描写が入ったことに違和感を覚えました。
 個人的に鍵になっているなあと感じたのは、「火葬=成仏」という認識です。もちろん土葬の風俗も近年まで少なくはなかったかと思われますが、あの大震災の時も設備の問題で「火葬」できず、遺族の方がたいへんつらい思いをされたそうです。
 それはともかく、何か書いてみるとちょっと気持ちの整理がつきますよね。ぼくも経験があります。おじい様のご冥福をお祈りいたします。
2014/03/13(Thu)00:39:381ゆうら 佑
ゆうら 佑さん、コメントありがとうございます。
身内である息子が父の遺体消失に慌てていない、ということにも意味があるように書いたつもりでしたが、実際に読んで頂くと上手くいっていないものですね。
描写の方もまだ自分自身安定しない感じですので、改めてじっくりと見直していきたいです。
祖父へのお祈りにも感謝を述べさせて頂きます。ありがとうございました。
2014/03/14(Fri)14:37:160点かめん
[簡易感想]文句無しのおもしろさです。
2014/05/29(Thu)19:08:150点Libat
[簡易感想]後味が悪い感じがしました。
2014/05/29(Thu)22:01:180点Jorgeane
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