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『アシカと僕【改稿】』 作者:狐ママン / ファンタジー リアル・現代
全角10986.5文字
容量21973 bytes
原稿用紙約33.45枚
 僕はずっとアシカと暮らしている。
 アシカはとても大きくて重い。そして全体がゴム合羽みたいに黒くてつるつるとしている。
 僕のアシカは、サーカスで働いている。テントでほうぼうを移動しながら、芸を見せるのだ。
 真っ白な照明の下で、小さなプールを泳ぎまわって輪くぐりをしたり、床の上で玉乗りをしたり、サーカスの団員とボールの投げ合いをしたりする。
 たくさんのお客が、たくさんの拍手をして、たくさんのお金を投げ入れるが、アシカがもらえるのは数匹の小さな魚だけだ。
 なぜならサーカスには、他に大勢の団員や動物がいて、彼らを食べさせるにはとてもお金がかかるし、それにアシカには、僕がいるからだ。
 朝と夕方に、アシカの飼育係が、僕に食べ物を持ってきてくれる。サーカスが満入りのときは多めに、客が少ないときは、もちろんそれなりの量だ。
 でも僕は、文句を言ったことは一度もない。だってそれは全部、僕のアシカが一生懸命働いて稼いでくれたものだもの。
 長雨が続くと、サーカスに来てくれるお客はぐっと少なくなる。そうなると、僕のおかずは焼き魚ばかりになる。
 僕は、それを食べるのが、とてもつらい。それが本当は、アシカのものだと知っているからだ。アシカが、自分の餌を僕へ回すように、飼育係に頼んでいるのだ。
 そんなとき僕は、普段より時間をかけて丁寧に食べる。僕が食べなければアシカが悲しむし、どちらにしても焼いた魚はもうアシカは食べることができない。

 ひえびえとした雨の夜、飼育係が標本みたいになった魚の皿を下げて行ってしまうと、僕は僕の小さな部屋を出て、いつものようにアシカに会いに行った。
 アシカの檻は、目ヤニをたくさんつけたトラと、いつも死んだように眠っている大蛇の檻の間にはさまれている。
 アシカが僕の姿を見つけ、いそいそと這ってきた。
 僕はポケットから鍵を出し、錆びつきかけた鍵穴に差し込み、檻の中に入る。そしてアシカをぎゅっと抱きしめた。
 アシカが、大きなひれで僕の体のあちこちをペタペタとさわりながら言った。
「ぼっちゃん、ご飯はちゃんと食べましたか?」
 僕はうなずくが、アシカはなかなか納得しない。
「魚の焼き具合は、どうだったかしら。今日はちょっと飼育係が急いでいたから、手をぬいたかも知れない。それに魚はおととい仕入れたものだったし」
 僕は、魚はちゃんと中まで火が通っていたし、変な匂いもしていなかった、骨のわきの肉まできちんと食べたと説明して、アシカを安心させた。
 それでアシカはようやく微笑んだ。でも他の人は、アシカの顔はいっつもピエロみたいに笑っているようだと言う。目は垂れ下っているし、口の端はぐいと上がっている。
 僕はアシカの顔を真似しようとするのだけれど、なかなかうまくできない。
 僕がいつでも笑っていれば、アシカももう少し幸せになれるはずなのだけど。
 僕の体は生まれつきどこもかしこも弱くて、体のあちこちには何本もの管が通っているし、車イスでないとどこにも行けない。大きな声で笑ったりしたら、すぐに息がとまって死んでしまうだろう。
 だから僕は、アシカと会う以外は、自分の部屋から出ることもない。
 お客が、どっと大きな拍手をしたり、楽しそうに笑うのを、遠くでじっと聞いているだけだ。
 僕のアシカがきらびやかなステージに上がっている様子を、一度でいいから見てみたいと思うけれど、むっとした熱気の中に十分でもいたりしたら自分でもどうなるか分からないので、それはとうにあきらめている。
それに芸をしているアシカを見たら、もしかしたら大声で泣いてしまうかも知れない。
 アシカも僕に芸を見せようとしたりはしない。僕が頼めばきっと見せてくれるだろうけど、アシカのほうから言い出さないということは、本当はやりたくないのだと、僕にも分かっている。
 といっても、アシカがサーカスの話を嫌がるわけではない。
 食事の話が済むと、アシカは、その日一日のことを、こと細かに話してくれる。何時に開演して、客の入りはどうだったとか、その日の演目やら、誰がうまくできて、誰が失敗して、誰が一番うけたかなど。
 アシカはサーカスのことしか知らないし、僕は外のことを何一つ知らないので、結局ふたりの話題は、サーカスのことばかりになる。

 僕は、生まれて最初の三年は病院にいたけれど、そこからあの小さな部屋に越してきた。
 どうして僕が、病院からサーカスの片隅にいるようになったのか、正確なところは知らない。
 だけど飼育係が言うには、ここは<ふきだまり>だから、なのだそうだ。どこにも居場所がなくなってしまうと、最後に辿り着くのが、サーカスという場所なのだ、と。
 僕は〈ふきだまり〉という言葉を、何度も何度も頭の中で繰り返す。
 〈ふきだまり〉というのは、僕にコロコロと転がるたくさんのボールを思い浮かべさせる。
 だからサーカスではたくさんのボールを使うのかも知れない。そんなふうに僕は思った。

 アシカと初めて会ったのは、ひどく冷え切った冬の夕暮れだった。その何日も前から僕の体は、季節に反抗するように熱く燃え上がっていて、だけどもうそれもいつまで続けられるか分からない気がしていた。
 飼育係が、様子を見に来た。
僕は、飼育係が腕を組んだままじっとしているのを、ただぼんやりと見上げていた。
 まぶたが腫れあがって、ほんの少しだけしか開くことができず、そのせいで、飼育係の姿が遠くなったり、近くなったりしていた。
 しばらくして、飼育係が言った。
「アシカが、必要だな」
 アシカ……?
「アシカは、生まれつき誰かの面倒をみるようにできているし、あんたには面倒をみてくれる者が必要だ」
 そして、アシカが連れて来られた。
 アシカは、泣いたような笑ったような奇妙な顔をしていた。ベッドにもたれて立ち上がると、僕をのぞきこんだ。小さく張り出した耳が、二、三度まばたきをするようにぱたつき、それからぴたりとこちらを向いた。
「ぼっちゃん。かわいそうに」
 アシカの前ひれが、そうっと僕の額にのせられた。それはとても、大きくて、柔らかくて、ひんやりと冷たくて、体の中の悪い血がどんどんアシカの手の中に吸いとられる気がして、僕はうっとりと目をつむった。あんまり気持ちがいいので、そのまま眠りこんでしまいそうだった。
「お眠りなさい」
 アシカが言った。
 でも、僕は眠りたくなかった。眠っている間にアシカがいなくなってしまうのが、怖かった。
 だが、アシカはもう一方のひれで、僕の体をぽんぽんと優しく叩いた。
「わたしは、どこに行きませんよ。ずうっと、ぼっちゃんのそばにいます」
 それで僕は、ようやく安心して眠ることができた。
 それ以来、僕はアシカの世話になっている。

 初めのうち僕は、アシカの世話になるということに戸惑った。それは、アシカが僕の心配をするという以上に、アシカが僕の何もかもを引き受けるということだった。
 自分だけで生きていくことすら大変なのに、僕のことまで背負うのは、どう考えてもアシカにとって荷が重すぎるし、不公平のように思えた。
 だけどアシカは、白いひげを五線譜みたいにぴいんと伸ばし、こう言った。
「ぼっちゃんが、わたしを必要な以上にずっと、わたしには、ぼっちゃんが必要なんです」
「どういうこと? だってアシカは僕のために働いてくれているのに、僕はただ寝ているだけなんだよ」
「アシカにとって働くことはなんでもありません。でもそれは、誰かのために、でなければならないのです。アシカには、自分を待ってくれる誰かが必要なんです」
 その言葉を聞いて、僕は泣きそうになった。
 たしかに僕ができるのは、待つこと、それしかなかった。そんな僕を、アシカは必要だと言ってくれた。
 生まれてからずっと僕が待っていたのは、たぶん、アシカのことだったのだ。
 
 アシカが僕のところにきてくれるようになって、僕のサーカスでの生活はずっと幸せなものになった。
 一人で部屋で寝ている時も、いろいろなことを考えられるようになった。
 お客のざわめきが聞こえれば、もうアシカの出番なのか、と思う。
 歓声や笑い声がたてば、アシカの芸がうまくいったのか、と思う。
 サーカスの終了のベルが鳴ると、僕の胸の鼓動はいっそう高まる。片付けが終われば、アシカは檻に戻され、僕はアシカと会うことができるのだ。
 夜が更けると、仕事を終えた動物たちが、それぞれの檻に帰って来る。
 僕はベッドの上に起き上がり、呼吸を整えながら、彼らのぷつぷつというつぶやきが、泡のようにゆらゆらと立ち昇っているのを、聞くともなく感じている。
 それから、ベッドから落ちたりしないように、慎重に車イスへと移動する。
 夜のサーカスはとても暗い。
 僕の部屋は、サーカスの中でも特に奥のほうにあって、辺りには大きな荷物がいくつも積まれている。
 墨色の濃淡の中に、じっと目を凝らす。すると少しずつ、ぼんやりとしたたくさんのものが、その本当の姿を現わしてくる。
 ゾウが使った曲芸の玉。六頭の白馬が引く馬車。ライオンの輪くぐり。長い縄梯子に、背の高い一輪車。ひらひらしたピエロの衣装。
 車イスの輪が一回転するたび、違う景色になってゆく。
 やがて闇が深くなる。
夜行性のものたちの赤や黄色の目が線となってあちこちを交差し、無数の身じろぎはふくらんだ空気を震わせ、時折ばたつかせる、本物の風のように。
 僕はぎしぎし言う喉で深呼吸をし、汗ばんだ手のひらをシャツで拭く。
 それから上を見上げる。
 弱い光のすじがいく本も、乾いた静脈のように天幕に張りついている。それは、サーカスの夜空だ。テントの隅にかかげられた灯りの光が流れて、そんなふうな模様を描いているのだ。
 見つめているうち、それはもしかすると、地上の複雑な道すじをそのまま映しているんじゃないかと思えてくる。あの一本を辿っていけば、簡単に行きたい場所に連れて行ってくれる、そんな気がしてくる。
 だが僕はすぐに首を戻し、前を見てしっかりと車の輪をにぎりしめる。
 あれは間違った地図なのだ。
 人を惑わせる嘘の光なのだ。
 アシカのことだけを、考えよう。アシカが、今この瞬間も、僕を待っているのだと信じよう。そうすれば僕は、迷うことなどないはずだ。
 車の輪をいく度となく回し、そうしてようやく、今夜も僕はアシカのもとに辿り着いた。
 疲れきって頭を肩にうずめていたアシカが、ぱっと顔を上げた。
「ぼっちゃん。また来てくれたんですね」
 僕はうなずいた。
 もっと上手に、自分の気持ちを伝えられればいいのに。僕がアシカに会えて、どんなに嬉しいか。長い一日の間、どれほどアシカのことを考えていたか。
 だけど僕の眼鼻は、体と同じくらい、ぎこちなくしか動かない。
 それでもアシカが僕に会えて喜んでいるようなので、救われたような気持ちになるのだ。

「この雨が止んだら、別の町へ引っ越すよ」
 ある夜、飼育係が言った。
 しかし僕は驚かなかった。サーカスが引越しをするのは当然のことだから。
飼育係も、それ以上何も言わずに部屋を出て行った。
 だけどアシカは、少し興奮しているようだった。
「次の町には、海があるそうなんです」
「海?」
 僕は海を知らなかった。だけどアシカは知っているようだった。
「わたしは海で生まれたんです」
 僕はびっくりしてアシカを見た。僕が病院で生まれたように、アシカもどこかの病院で生まれたのだと、ずっと思っていたのだ。
「海ってどんなところ?」
 訊くと、
「とっても大きくて、キラキラしていて、魚がたくさん泳いでいて、そうして太陽が毎日生まれるところですよ」
とアシカは、答えた。
 僕はますますびっくりしてしまった。僕の覚えている病院は、四角くて、どんよりしていて、ツンとした匂いでいっぱいの場所だったからだ。
「海って、いいところのようだね」
「ええ」
「どうして、そんないいところから、離れようと思ったの?」
 するとアシカは、悲しそうに眼を伏せた。
「また海に帰りたいと思う?」
 アシカは、
「いいえ」
ときっぱり言った。
 だが、その言葉は嘘だと、僕には分かっていた。
 アシカは嘘をつくのが、とても苦手なのだ。嘘をつくと、ひげが左右バラバラに動いてしまう。アシカ自身がそのことに気づいていないだけだ。
 アシカに「おやすみ」を言い、檻にまた鍵をかけ、動物たちの間を抜けていく時も、僕は海のことが頭から離れなかった。
 部屋に戻ると、僕はベッドに入り、水差しから水を汲み、そばの引き出しを開け、中にいっぱいつまっている薬の包みを一つ、とり出して飲んだ。
 この薬を日に五回飲まないと、僕は死んでしまうのだそうだ。
この薬を買うためにアシカが余計に働かなくてはいけないことも、僕は知っていた。
本当は、ずっと前から知っていた。
 僕は横になった。
 そして声を出さずに泣いた。
 枕が両わきからじっとりと濡れていった。

 アシカはこのところ、しきりに何かを考えこんでいた。僕はそれを、海のことを考えているのだと思っていたけれど、それは違った。
 ある日、アシカが決心したように言った。
「ねえ、ぼっちゃん。ぼっちゃんは、学校に行かなけりゃなりませんよ」
「学校だって?」
「ええ。この間の土曜日に、たくさんの子供たちがおんなじ服を着て、サーカスに来ていたんです。わたしはそれが不思議だったので、隣のベンガルトラに訊いてみたら、それは学校の制服なんですってね。子供はみんな学校に行って、勉強したり遊んだりするものなんだそうです。あの子供たちは、ぼっちゃんと同じくらいの年の子たちでした。ぼっちゃんくらいの年になれば、学校に行くのが当たり前なんですよ」
「だって、僕に学校なんて無理にきまっているよ。このテントの中からすら出ることができないんだから」
「ところがね、飼育係に相談してみたら、体の弱い子でも行ける学校が、近くにあるそうなんです。そこは病院と学校が一緒になっているところで、具合が悪くなってもすぐにお医者が来てくれるっていうんです」
 僕はアシカの言葉を少し考えてみた。教室、本、そして友達。
「まるで、夢みたいだね」
 僕は微笑んだ。アシカも微笑んだ。
「夢なんかじゃありません。本当のことです。ぼっちゃんさえよければ、そこへ引っ越せるように話をつけますよ」
「引っ越す?」
「ええ、もちろん。だってこのサーカスはもうじき別の町に移動するし、テントから毎日学校に通うなんて、どだい無理ですからね」
「じゃあ、アシカも一緒に来るんだね。サーカスをやめて」
 アシカはヒクヒクとひげをぴくつかせた。
「わたしが一緒に? とんでもない。わたしが、サーカス以外のどこで暮らしていけるというんです。わたしが生きていく場所は、このテントの中しかありませんよ」
 僕は思わず大声を出した。
「嫌だ! アシカと離れるなんて、絶対に嫌だよ。アシカがテントに残るなら、僕がいる場所だって、ずっとここだ!」
 アシカが慌てて僕の背を撫ぜた。
「ほらほら、興奮しちゃいけませんよ。しっかり息を吸って、ゆっくり吐いて」
 僕は、ぜえぜえと肺を震わせながら涙をぬぐった。
「お願いだよ。僕を置いていくなんて、言わないで。僕、学校なんてどうでもいいんだ。アシカのそばにいられるなら、どこだっていいんだから」
 アシカは優しく微笑んだ。
「ぼっちゃんがそう望むなら、わたしはそうしますよ」

 やがてサーカスのテントは、海辺の町に引っ越した。僕もアシカも、もちろん一緒だ。
 アシカは、もう学校のことは言い出さなかった。僕がまた興奮するといけないと思ったのだろう。
 季節は輝かしい夏に移り変わり、サーカスも連日たくさんのお客でにぎわった。
 彼らはみな、明るく軽い服を着て、色のついた氷水を飲みながらサーカスを見たり、テントの外に立ち並んでいる屋台で、射撃をしたり、リンゴ飴を買って舐めたりした。
 僕は飼育係に頼んで、アシカの出番のない夕方に外出の許可をもらった。
そしてアシカを連れて、毎日のようにテントの裏側にある高台へのぼった。
 そこからは海を一望することができた。
 海は本当に大きくて、空と同じくらいに広がっていた。でもその海は、太陽が生まれる海ではなく、沈む海だった。だからアシカが生まれた海とは違う海なのだ。
 しかしアシカは言った。
「海は空とおんなじで、世界中の海は、全部どこかでつながっているんです」
「じゃあ、アシカの海も、この海とつながっているんだね」
「ええ」
 僕らは、時間の許すかぎり、海を眺め続けた。
 まったく海は素晴らしかった。
 泡立ち、うねり、揺れ動きながら、それでいて落ち着いていて、どこまでも深く、果てしなかった。
 風や雲や、太陽さえも、海の上では赤ん坊のようにあやされ、やがて地平線の向こうへ吸い込まれていく。
 アシカはよく、大きく鼻をふくらませて、空気をふかぶかと吸っていた。まるで海の匂いで自分の体をいっぱいにしようとするかのように。
 潮風に濡れたアシカの体は、いつもよりもずっとすべすべして、清潔ないい匂いがした。
 僕たちは檻の中に戻っても、その匂いを楽しむように、いつもより口数は少なく、いつもよりずっと満たされながら、いつもよりちょっとだけ長く寄り添っていた。
 アシカがしまいにこう言うまで。
「さあさあ、ぼっちゃん。もう寝る時間ですよ。それから、いつもの薬を忘れずに飲むんですよ」
 僕は素直にうなずいて、アシカから体を離す。
 きいきいという車イスの音を聞きながら、ぽつりと小さく灯りのともった自分の部屋に戻る。
 そうして、僕のやるべきことをやる。水差しから水を汲み、引き出しから薬の包みをとり出す。
 この小さな包みの一つ一つが、僕とアシカとサーカスをつなげているのだ。

 夏も盛りになり、太陽が大きく育つと、僕の体はすっかり弱ってしまった。
 この一週間、僕はベッドから一歩も起き上がれず、アシカにも会いに行けずにいた。
 アシカはひどく心配したが、飼育係から立派なお医者に来てもらっているからと説明されて、少しは慰められたようだった。
 その晩、僕が、むっとした空気を小さな扇風機がむなしくかき回しているのを見ていると、コツコツとノックがして、いつものように飼育係がやって来た。
「やあ、具合はどうだい」
 そうしてまったく手のつけられていない夕食を見た。
「とても、いいよ」
 僕は答えた。実際、とても気分が良かったのだ。僕の体は羽のように軽くなって、暖かい風にのり、今にもふわふわと宙に浮いていきそうだった。
 飼育係が言った。
「アシカは、今夜、海に帰るよ」
 僕はうなずいた。首を動かすと頭の奥がズキズキと痛んだ。
 飼育係はベッドのそばの小さな椅子に腰をかけた。それから長い間、黙って僕の顔を見つめていた。
 僕も飼育係の顔を見つめた。そんなにじっくりと飼育係を見たのは、初めてだった。
 顔全体がきゅっと上に持ち上がっているのに、眉をひそめているせいで、なんだか泣き笑いをしているようで、そこがまるでアシカみたいだった。だけどそれはたぶん、全部僕の気のせいだったのだろう。
 やがて立ち上がった時には、飼育係からアシカのようなところはまったく消えていた。
「じゃあ、さよなら」
 いつもの、おやすみ、の代わりにこう言って、飼育係は部屋を出て行った。
「さよなら」
 僕は、閉まった扉に向かって、そう言った。
 今夜でサーカスは終わるのだ。もう別な町に引っ越すこともない。テントは畳まれ、永遠に開かれることはない。団員たちは去ってゆき、動物たちも元いた場所に帰ってゆく。
 そっと枕の下に手をやると、いくつもの薬の包みがカサカサと音をたてた。
 僕はもうずいぶん前から薬を飲むのをやめていた。そうして宝物のように、その一つ一つを大事に貯め込んでいった。
 音が大きくなるたびに、僕の体は軽くなり、心は希望でいっぱいになった。
 枕の下の薬の数が、引き出しの中の薬の数と同じくらいになったなら、きっと僕の願いは叶うだろう。
 アシカは僕から解放され、僕は僕から解放される。そして、サーカスも二度と始まることはない。
 なぜならアシカは僕のアシカなのだし、サーカスも僕のサーカスなのだから。
 僕がいなくなれば、サーカスはなくなり、アシカはただのアシカに戻る。
 そして、飼育係は、今夜、と言った。飼育係が言うのなら、それはきっと今夜なのだろう。
 だから僕は目をつむったまま、アシカのことを考えた。
 飼育係は、僕が願ったとおりに、アシカに伝えるだろう。
 サーカスは今夜解散する。僕は病院に引っ越して、学校に通う。そしてアシカは、海に帰る。
 アシカは訊くかも知れない。アシカがいなくて、僕が寂しがらないかを。
 飼育係は言うだろう。アシカがいれば、僕はいつまでもサーカスから離れようとはしない。アシカが海に帰ってしまえば、僕もあきらめてテントを出るだろう。
 きっとアシカは心配するだろう。これから僕の面倒は誰がみるのかと。学校や薬のお金は、いったい誰が払うのかと。
 飼育係は答えるだろう。アシカがそんなことを心配しなくてもいい。僕がこれから行く場所では、お金なんて必要ないのだから。僕だけでなく、そこにいる誰もが、払ったり払われたりしなくともよいのだからと。
 僕は知っていた。アシカは、自分を動物園に売って、そのお金で僕を学校に通わせるように頼んでいたのだ。飼育係がそれを僕に教えてくれた。
 だから僕は、薬を飲むのをやめた。僕とアシカが一緒にいる方法は、それしかないのだ。
 僕はアシカであり、アシカは僕そのものなのだから、アシカと僕は、離ればなれになるべきではないのだ。
 目を上げると、すでに天幕はとり払われ、深く澄んだ藍色の空が広がっていた。
 その下では、檻から放たれた動物たちの影が、おずおずと動き出している。
 遠くから見るそれらは、小さくて、丸くて、くるくると静かに回転していた。確かにそれはボールだった。さまざまな色に輝くボールだった。
 いつの間にか、上も下も、そんなボールの光でいっぱいになっていた。
 僕には、ようやく分かった。
 ボールこそ、僕たちがとるべき本当の姿なのだということに。
 トラも、ゾウも、鳥も、魚も、ピエロや飼育係さえも、かつては誰もが小さな一つのボールだったのだ。ただいつしかそんなことすら忘れてしまっていただけなのだ。
 だけど時がくれば、みんな元の姿に戻ることができる。
 そろそろ僕にも、その時がきたようだ。
 アシカももう、ボールにかえっているだろうか。
 そんなアシカを、僕は見つけることができるだろうか。
 でもきっと大丈夫だ。
 僕たちは、すぐにまた出会うことができるだろう。
 あたたかくて、満ち足りていて、どこからも守られている、世界中で一番うつくしい、あの場所で。
 帰ろう。
 みんなあそこに帰ろう。
 そうしてもう一度、ひとつになろう――――。

 二人の刑事が、車の中で話をしていた。
「平本さん。俺は、やりきれないですよ」
 助手席にいた年配の刑事が、答えた。
「事件はなんだって、やりきれないものさ」
「それにしても、今回の無理心中事件……。結局、心中を図った母親は助かって、子供だけが死んでしまいましたね」
「部屋の中で練炭を焚いたんだが、空気の密閉度が甘かった。それで体の弱い子供だけが死んでしまった」
「母親はこれからどうなるんでしょう」
「それは裁判で決まることだが、おそらく執行猶予つきで、五年程度の懲役判決が出るだろう」
「子供一人を殺した割には、軽すぎやしませんか」
「母親側にも、酌量すべき事情があるからな。子供は生まれた時から重い疾患を負っていて、成人まではとうてい生きられないと宣告されていた。それで将来を悲観して、というのが心中の動機らしい」
 若い刑事は憤慨したように言った。
「そんなのは親のエゴでしょう。寿命がいつまでにせよ、途中でそれを断ち切るなんて権利は、誰にもないはずです」
「無理心中なんてものは、全部エゴの結果だよ。……まあ、子供の父親とはずいぶん前に離婚しているし、女手一つで重病の子供を育てるのは大変だっただろう。仕事もいくつものパートをかけもちしていたようだ。実家とは疎遠で、相談する相手が周りにいなかったのも、追い詰められた要因の一つかも知れないな」
「被害者の少年は、十歳。学校なんかはどうしていたんでしょう」
「ほとんど行かせていなかったようだ。学校へは療養のためと説明していたようだが、本当のところは、母親の仕事の都合で登下校に付き添いができないというのが、主な理由だったらしい。そのあたりは学校や行政の責任も問われるところだろう。それから……」
「それから?」
「そもそも今回母親が用意した練炭の量は不充分で、部屋の中の一酸化炭素の濃度も高くなかった。医者は、子供でも、この程度のことでは命を落とすはずがないと首をひねっていた」
「どういうことです?」
「調べたら、子供の枕の下から大量の薬が発見された。子供がいつも飲んでいた薬だよ。どうも、ここひと月ほど、飲むべき薬を飲んでいなかったらしい」
「母親が飲ませていなかったんでしょうか」
「母親は知らないと言っている。ほかの証言を聞いても、それは本当らしい。子供はほとんど寝たきりだったが、ベッドの上で食事をするくらいはできたようだ。実際、母親は仕事で留守にすることが多かったから、子供は、食事をするのも、薬を飲むのも、自分でしていたんだ」
「じゃあ、子供が自分の意志で、薬を飲んでいなかったってことですか」
「理由ははっきりとは分からないがな。ともかく、もともと病弱だった子供は、そのせいで、すでに死の一歩手前までいっていたんだ。練炭による一酸化炭素中毒が、その最後のあと押しをしたというのも、間違いのないところだとは思うが」
 若い刑事は、ため息をついた。
「やっぱり、やりきれないですよ」
 平本は左へ目をやり、おや、と言った。車は海沿いの道を北へと走り続けている。
「どうしました?」
「今、波間に誰かが泳いでいるような影が見えた」
「まさか。もう盆すぎですよ」
「そうだな。目の錯覚だろう。もう見えなくなった。丸いものが二つ、浮かんでいるように思えたんだが」
「アザラシかなんかじゃないですか。よく話題になるでしょう」
「そうかも知れんな」
「そういえば、亡くなった子供が抱いていたのが、アザラシのぬいぐるみじゃなかったですか。ひどくボロボロになっていましたが」
「あれはアシカだよ。母親がずっと昔に買ってやったものだそうだ。子供はそれを肌身離さず持って、宝物のように大事にしていたらしい」
 若い刑事は首を振って、もう一度深いため息をつくと、運転に専念することにした。
 平本は、初秋の海に、白い波がいくつも立っては消える様を、黙って眺め続けていた。
〈了〉
2013/12/31(Tue)08:33:41 公開 / 狐ママン
■この作品の著作権は狐ママンさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
以前に投稿した作品の改稿版です。
そして某賞落選作です……。
こんな手垢のついた、しかも季節感ゼロの作品で申し訳ないのですが、大晦日ということで許してやってください。(関係ないって)
自分自身、文章力・語彙不足は分かってはいるのですが、これがなかなか……。
できれば改善点などご指摘いただくと助かります。もちろん、一言感想でも大変嬉しいです。
よろしくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
 拝見しました!
 切なくてもどかしいけど、優しさのある物語だと感じました。でもその優しさや思いやりは、相手のためだとしても間違っていたんじゃないかなと。立場や状況で見方は変わるのかもしれませんが、そう思ってしまいます。
 アシカの笑顔も印象的で、笑っているように見えるだけで、実は笑ってないときもあるのかな? と考えてみたり、最後まで読んでから読み直しても、また印象が変わる物語だなと。
 最初に思ってたのは、少年の病気が特殊なもので、全身が高熱で侵されていて、それが原因で産まれる時に母親を亡くし、またいつか自分自身の熱で燃え尽きるんじゃないかなって。だからアシカが少年に触れるのは、実は苦しいんじゃないかと、勝手に想像したりしました。読みながらイメージを膨らませてくれる文章だなぁと。(完全な勘違いでしたが)
 何かの足しになればなと、ここからは私の好みや気になった所を。最初の少年がアシカに会いに行くところは車イスの存在を感じられず、途中の‘車イスでないと’の前からでも、少しあっていいのかなと。あと私だけかもですが‘最後に辿り着くのが、サーカス’序盤にあると少し引っかかる感じがあって、もう少し中盤の方がしっくり入るきがしました。あと最後の二人の会話、‘二人の……の中で話をしていた。’の後、すぐに‘……は、ため息をついた。’で、その間は無くていいのかなと思いました。私の勘違いかもですが前半の方で3か所かな、一字字下げが抜けてたかもです。
 ごめんなさい、私の好みとかなので読み流してください。とにもくにも、冒頭からグッと引き込まれました。
2013/12/31(Tue)20:40:100点羽付
 拝見しました。狐ママンさんは玉里千尋さまだったのですね。作品の感想を書くのは初めてです。
 最初は少年とアシカのファンタジーだと思ったら、最後は驚きました。夢野久作のドグラマグラを連想しました。読みずらいわけではなく、人間の脳はまだまだ人間には説明できないみたいな。
 最後の部分は会話が多すぎです。刑事が何のためにいたのか説明がほしかったですね。少年の一人称はよかったので気になりました。では。
2013/12/31(Tue)21:06:260点江保場狂壱
 作品を読ませていただきました。
 練炭での自殺って近年では珍しい気がします。僕の親くらいの世代に聞けば練炭自殺は有名だと答えるかもしれませんが、たいていは、練炭って何? ってなるのではないでしょうか。七輪を使うことのある家はもうかなり少ないでしょうからね。以下個人的な感想です。思いついたことをよく考えもせずに書いています(おい)。
 海辺の町に引っ越しをするときの『僕』と『アシカ』のやり取りが素晴らしかったです。そのあと『僕』が枕をじっとりと濡らして泣く描写あって、場面をより印象的なものにしていたと思います。『僕』の心の中には名状しがたい負の感情が渦巻いていて、『僕』はそれから逃避しようとしている。だけど、『僕』はベットから起き上がるのも困難なくらいに体が弱い。動けても、埠頭までは行けず、家の裏の高台で妥協せざるをえないくらいの範囲でしか行動できない。逃げられないわけです。だからそのぶん精神的な逃避行は強烈なものになる――。
 重きを置くべきなのはその心情を踏まえたうえでの海などの描写だと思うのです。実際に海に入って泳ぎ、肌で生命を感じたことがない人間が思い描くことなので、海を知っていても理屈ではない何かがあふれ出てくるのではないでしょうか。『僕』の幻想は海を知っているだけの人間のものにとどまっているように感じました。そのため最後の捜査官たちの解説にサンドイッチされて、やや流され気味になっている。刑事たちの種明かしはあくまで演出の一貫であり、メインではいけない。真に表現すべきは『僕』の描く幻想の海のはずなのですから(と勝手に僕は思っています(笑い))。
 狐ママン様が何を一番表現したいかなのだと思います。表現したいもの。それは創作の根幹にあるものですよね。余談ですが、ルース・ベネディクトによれば日本人は外国の方と比べて自分の表現したいものを文字に書き記したがるそうです。それが小説という形をなす以上、やはり欲求を前面に押し出すのが我々らしいやり方なのでしょう。僕の場合ラノベを書く以上周囲に迎合するしかありません。だから代わりと言ってはなんですが、これぞ日本人の小説、みたいなのをたくさん読みたいなあって思っています。だからなんだって言われたら、すみません、それだけです。本当にどうでもいい話でした。てへ☆ミ
 次回作、お待ちしています。ピンク色伯爵でした。
2014/01/02(Thu)18:28:110点ピンク色伯爵
>羽付様。
そうですね、何が間違っていて、何が正しいのか。笑っていても泣いていることもあるし……。
見方によって世界観ががらりと変わってしまうとか、多層的な話を書きたいというのは、一つの目標ですが、なかなか上手いこといきません。
少年、アシカ、熱、母親。この辺の羽付様の直観的な洞察は、さすがですね。すごく根本的で、ドキリとしました。
ご指摘を受けた「車イス」.「最後に辿り着くのがサーカス」部分。実は自分でも、物語の流れに自信がないところで、そこをズバリと突かれたという感じです。もう一度検討いたします。
刑事の会話部分は、くどかったかも知れません。確かにもっとシンプルにすべきですね。
字下げは……すみません。元データは下がっているのですが、投稿後のチェックが不十分でした。
色々有用なアドバイス、ありがとうございました!

>江保場狂壱様。
そうなんです、玉里です。別に隠すわけではないのですが、最近、狐で感想を入れていたので、統一したほうがいいかなあと。ただそれだけなんですが。
ドグラマグラ……。何度挑戦しても眠くなるんです(笑)。しかし今年こそ読了したいと思います。
刑事のシーンはバランスが難しいですね。過去には、もう全部ないほうがいいというご意見もありましたし。一人称から三人称に切り替わるので、違和感はどうしてもありますよね。
おっしゃるとおり、会話を削って地の文を入れるというのも検討したいと思います。
参考になりました。ありがとうございました!

>ピンク色伯爵様。
練炭って、確かに私も事件の報道でしか存在を知らない気がします。最近だと例の結婚詐欺練炭殺人事件ですか。
自殺というか、心中、しかも家の中で、そして直接手を下さず、というと、私には練炭しか思い浮かばず……。ガスというのも、たぶん今はできないだろうし……。
伯爵様のおっしゃるとおり、この話のメインは、海です。ですから海についてのやり取りがよかったと言っていただけて、大変うれしいです。
もっと海のイメージを濃密に描写すべきだったのかも知れません。
直接的な海の描写がないのは、ご指摘のとおり、『僕』自身、直接海を知らないからです。だから周辺の描写にとどまってしまうのですが。いやはや難しいですね。
私が描きたいのは、おそらく現実と表裏一体となっている幻想なのです。だからどちらか片方だけが真実ということもない。
これをできるだけシンプルに表現できればいいのですが、そもそも私自身がよく分かっていない部分が多い上に、未熟者ゆえ、つたなすぎるものしか書けないんですよね。
元旦におみくじを引いたら、「もっと勉強せよ」とありました(笑)。
下手の横好きですが、これからも試行錯誤したいと思います。
ありがとうございました!
2014/01/03(Fri)19:03:010点狐ママン
こんにちは!作品を読ませていただきました。
冒頭から文章が頭にすっと溶け込んでいくような、浸透していくような感じがして、どんどん引き込まれていきました。アシカと僕のサーカスの部分は、終始とても読みやすかったです。
中盤の、「枕が両わきからじっとりと濡れていった。」という一文がとてもいいなと思いました。彼の泣いている様子が目に浮かびます。『僕』はこの時、海に対する嫉妬のようなものを抱いたのではないかなあなんて思いました。常に自分のことだけを考えていてくれていたアシカが、海にとられてしまうのが嫌だという。そしてそんなことを考えてしまう自分自身が嫌になってしまう、みたいな。すみません、勝手な想像です。
ラスト、サーカスがたたまれる日の描写、「死」とか「命」という直接的な言葉を使わずに物語の終わりを描いているのがすごいなと思いました。結局、これは『僕』の夢あるいは作り話、想像だったのでしょうか。それが明記されていないのがまた、読者に色々と考えさせるなあと思いました。
最後の刑事さんのやりとりが、なくても私はそれはそれで良いのではないかと思います。なかったら展開がまた変わってくるのかなとも思いますが。おとぎ話のような童話のような、優しくも切ない物語が、刑事さんの場面によって一気に現実と切り離せない何か、現実にぴったりくっついた何かになってしまうのが惜しいと感じてしまったのです。それは私だけかもしれないんですけど……
読み手としても書き手としてもまだまだ未熟なので、拙い上にわけのわからない感想しか書けず申し訳ありません。以上、木の葉でした。
2014/01/04(Sat)00:11:530点木の葉のぶ
ママンさまこんにちは、明けましておめでとうございます。作品読ませていただきました。
アシカと僕が海を眺める場面までについては、非常に良いと思いました。細かい点については他の皆さんも色々指摘されておられるようにまだ直すべき箇所はありそうですが、「サーカスの夜空」などをはじめとした描写の美しさは実に素晴らしいと思います。
ただ、最後の刑事の会話部分は、僕にはやはり余計なものに思えます。前半部分のトーンにそぐわないし、そもそもこの小説に「落ち」が必要だろうか? と疑問に思いました。例えば最後に数行だけ(現実の)海を何かが流れている描写、程度でいいのではないでしょうか。

以前から面白いことだと思っているのですが、僕とママンさんの小説観はずいぶん違っていて、どちらかというとママンさんは「理」で小説を構成される人だと思うのですが、前半に見られるような幻想的なイメージ部分については「なんとなくの雰囲気」で小説を書いてしまう僕の感覚と非常に合うんですね。こだわりがおありなのは承知しつつ、この作品に限っては、一つ騙されたと思って理屈の部分を全く捨ててイメージにすべてを委ねた形で完成させてみて欲しいな、などと思いました。
2014/01/04(Sat)12:23:080点天野橋立
……ああ、遅れをとってしまったよ、ママン。もう他の皆さんが、なんかいろいろ、ボクの思ったようなことを書かれていらっしゃるよ……。
などと言いつつ、化け息子モードから、正体の狸モードにでんぐりがえり、ぽん。

読後にまず思ったのは、大部分を占める少年の幻想が、幻想としては理路が整いすぎているかな、と。
描かれている事象自体は、とても幻想的で美しいのです。しかし一方、あくまで狸の脳内では、えてして夢とか幻想という奴は細部まで確かに不自然なほど緻密で具象的に見えるのですが、要所要所で、なんじゃやらスコーンと理路をワープしてしまうようなところがあります。夢を見ている最中や、脳味噌の茹だるままに幻想を追っている最中など、そうしたワープの部分で「あ、これは夢だ」とか「なんぼなんでもこりゃ錯乱してるだろう俺」などと自覚すること自体が、また夢や幻想の具体性と綯い交ぜになって、夢や幻想の本質的な妙味を際立たせてくれたりも。そんなわけで、他の方々のおしゃるように、いっそ幻想の中だけでイッてしまえるような眩惑感があれば、少年の存在そのものを、より切実に描けた気がします。
しかしまた、その少年の紡いでいる夢と表裏一体の現実そのものも確かに提示したいという作者としての欲求も、狸には痛いほど解ります。それをわざとらしくなく実現するには、これはもうテクニック、小説技法に頼るしかないわけですね。
たとえば刑事さんたちの登場をリアルタイムの心中発見現場に設定し、説明ではなく捜査状況の中で読者に把握してもらい(そこをアパートあるいは借家に設定し、管理人さんや大家さんとの会話の形で、母子の背景をわざとらしくなく説明する手もありますね)、そうして『アシカの縫いぐるみを抱いて死んでいる少年』も、読者にとって伝聞ではなく、のっぴきならない『表の現実』として存在してもらい、ふと刑事さんが、その現場の部屋の窓から見える海に目をやったとき――そんな展開も考えられます。

ああ、また自分の好みで勝手に人様のお話を脚色しちゃったよ、ママン……。でも親子だから許して、ママン。
2014/01/05(Sun)04:58:340点バニラダヌキ
>木の葉のぶ様。
読みやすさを心掛けているので、そう言っていただけますと嬉しいです。
確かに、海によって、アシカと僕との関係に変化が出てくるので、ここは「起承転結」でいうところの「転」を意識して書いたつもりです。
だから、そのままの流れのまま締めてしまったほうがよかったのかも知れません。あとは読者の方に色々と考えてもらう、それでいいんじゃないかと。
どうも私は文章力のなさを、説明で補おうとする悪い癖があって、短編だろうが長編だろうが、それで失敗するんですよね。
深みのあるシンプルで美しい文章。そういう物語が書ければいいな〜(遠い目)。
ああ、でも、「直接的な言葉を使わずに物語の終わりを描いている」と言っていただけ、とても嬉しいです。いや、だから、このまま締めていればブツブツ……。
大変参考になるご感想、ありがとうございました!

>天野橋立様。
何故何度自分で読み返しても、ダメなところを直せないんでしょう。
いや、なんかしっくりこないなーとは思うんですけどね。でも、どうしていいか分からないという……。
だからやっぱりこうして第三者に読んで指摘していただけるというのは、とてもありがたいことですね。
「サーカスの夜空」の部分は、加筆部分なので、良いと言っていただけ、ホッといたしました。
刑事は余計ですか、やっぱり……。ついつい何にでも「落ち」を考えてしまうのは文学的じゃないんだろうなあ。
そうか、数行だけ、なるほど! そのほうが印象的だし、美しい。参考になります。
いや、私に小説観などという大層なものはなくて、たぶん「理」というより単なる「小理屈」なんですね。
その上、雰囲気だけで書いてしまいながら、あとから辻褄を合せたがるという、この癖、何とかならんか!
いつも変な感想を御作に入れてしまい、すみません。ありがとうございました!

>バニラダヌキ様。
ああ、ぼうや。愛のこもったお手紙、ありがとう。ママン、涙で曇って字が読めないわ……。

――と言いつつ、さっそく返信です。(オイ
頂いたご感想で、悟ったのは、そうか、私は「幻想」にも「理」にも、中途半端になってしまっているのだな、ということです。
幻想は幻想としての「すじ」がある。だけど私自身、実在感をもたせられるほど、幻想を自分のものにしていないんですね。
だから、幻想だけで、実在を描けないがゆえに、現実の描写で補足しなければならなかった、のかも知れません。
だけれど、その現実パートの描写自体、説明調になってしまっているがゆえに、違和感だけを読み手に与えてしまっている。
説明調というのは、たぶん私自身、物語の紡ぎ手として、楽をしてしまっているんですよね。これは、いけませんね。
そして、「たとえば〜」以下の具体的な方法論、大変に勉強になりました。すごい、すごいや、狸さんはやっぱり! とブツブツ呟く狐一匹。
なんというか、このまま設定、盗んでしまえ、とか思ったりもしておりますが(笑)、自分の幻想に読み手を引っ張りこめるだけの力を少しでもつけたいなあ、と今年の抱負を述べてみたあたりで、返信を締めたいと思います。
ありがとうございました!
2014/01/07(Tue)19:22:480点狐ママン
 こんにちは、狐ママン様。
 お久しぶりです。上野文です。
 遅ればせながら御作を読みました。
 
 裏側だねって。
 幸福の裏に不幸を連想するように、喜びの裏側に悲しみを恐怖すように、綺麗に描かれたすべてが裏につながってしまうメビウスのリボンに似たおはなし。そんな印象を受けました。面白く、胸が痛かったです。

 横レスになりますが、ドグラマグラ、あれはあの時代にあんな発想ができたことが驚異的ですが、そこまでややこいいものじゃないです。眠くなる箇所、たぶん同じ文字、というか、言葉を繰り返したり、研究をつらつら書かれてるシーンは飛ばしても大丈夫ですよん。
 あとネタバレになりますが、あの小説もまた(この小説とは別の意味で)メビウスの輪∞を頭の隅に意識しておくとわかりやすいかもしれません。最後まで読みきったら、きっと理解と、市松の寂しさのようなものを感じると思います。余談、失礼しました。

 
2014/03/23(Sun)10:08:080点上野文
>上野文様。
おお、本当にお久しぶりです!
お読みいただき嬉しいです。

そうなんですよね。
表だと思ったら裏、裏だと思ったら表。
区別はあいまいだし、どちらも真実……。

なるほど〜。実はドグラマグラは高校の時以来、手に取っていないのですが、メビウス小説、結構面白そうですね。
読んでみます^^

ありがとうございました!
2014/03/29(Sat)07:22:550点狐ママン
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