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『女神の街』 作者:コーヒーCUP / ミステリ 異世界
全角10954文字
容量21908 bytes
原稿用紙約32.25枚
デアと呼ばれる女神の加護を受けている街。そこではどんな厄災も女神の預言によって回避でき、どんな不幸も彼女の力によってなかったことにできた。軍隊や中央政府の介入を許さない、特別な街。そんな街である殺人事件が起きる。――「殺人が起きても無意味な街」においておきた「殺人」に領主の少女と騎士の少年が挑む。
【プロローグ】

 少年が女神に初めて会ったのは、彼が五歳のときだった。
 彼が生まれた街では五歳の誕生月の満月の夜に女神と会い、挨拶を交わすのが通過儀礼として行われていた。まだ幼い彼は街の人間から「聖洞」と呼ばれる、その街の北側にある洞窟の中へ、たった一人で大人たちから渡された一本の松明を持ち入っていった。
 洞窟の中は真っ暗で、いくら松明を持っているとはいえ目の前と足元くらいしか見えない。その暗闇は、幼い少年を不安にさせるには十分だった。
 しばらく震えながらも歩いていたが、ある時、石に躓いてしまい少年は盛大にころんだ。その際に膝に切り傷をつくってしまい、そこから血が流れ出した。
少年は痛みを堪えながら、転んだ時に落としてしまった松明を拾い上げて、また歩き出した。瞼には痛みと恐怖と不安で涙が溜まっていたが、それを零さないように歯を食いしばって、膝から血が流れる足を進めた。
 そしてそのまましばらく進んだところで、さっきまでと違う景色の場所にでた。
 薄暗い細い道じゃなく、おそらくは少年がよく遊ぶ街の広場ほどの広さの空間だった。顔をあげると、その場の天井の真ん中に穴があいていて、そこから月明かりが入ってきていて、その真下にいた人物を照らしていた。
 彼女は大きな岩の上に立っていて、少年のことを見ていた。この世のものとは思えないほどの白い肌に、綺麗で長い黒髪。そして全身を覆う純白の薄いドレスを纏った彼女は、彼女に釘付けになって動けなくなっている少年のもとへゆっくりと近づいてきた。
 彼女の姿は、存在感は、圧倒的だった。彼が今まで見てきたどんなものより美しく、凜々しく、神々しく、なにより優しかった。そして自然に、これからも彼女以上のものと出会うことはないと直感でわかった。
 彼女はそれだけ異質で、特別で、別格だった。彼女自身は何もしていないのにまるで光り輝いているように見えた。
 彼女は気圧されている少年の前にくると、膝を尽き、少年の瞳を覗きこみニッコリと微笑んだ。
「泣かなかったのね、偉いわ」
 彼女は血が流れる少年の膝に手をかざした。すると、傷が消えた。血もなくなっていた。まるで最初から傷なんてなかったみたいに、彼の膝は綺麗なものになっていた。
「で……デア、さま?」
驚きながらも少年はようやく言葉を発する。大人たちから彼女の名前は嫌というほど聞いていた。『聖洞の中にはデア様がいる』と。
「そうよ、私がデア。あなたの街では女神と呼ばれているわ」
 少年の心にもう不安や恐怖はなかった。目の前にいる彼女が、少年の目だけでなく心も奪っていた。一瞬にして、彼女は少年の全てを飲み込んだ。
 デアは少年の頬を挟むように優しい手つきで触れた。
「強い意志に、輝く瞳。そしてなにより綺麗な心を持ってる。……アルドル、あなたはきっと、本当に素晴らしい人になれるわ」
 少年は名乗っていなかったのに、彼女は当然のように彼の名前を知っていた。だが彼もそこに驚きは感じなかった。彼女なら当然だと思えた。
「アルドル、あなた、夢は持っている?」
 彼が首を左右に振ると、彼女はまたニッコリと笑った。
「なら、騎士になるといいわ。きっと、あなたは本当の騎士になれる」
 そして、意味深にこう続けた。
「そして、運命の出会いをして、大きな厄災を振り払うでしょう」

 
 第一章【亀裂、あるいはただの相互理解】
 

 少女は静かに構えた。ご自慢の大剣を片手で持ち上げ、その剣先をこちらに向ける。
一般人なら両手で持つのも苦労しなければならない重さを有するその大剣だが、少女はまるで杖のようにそれを扱っていた。重さなど感じていない。そして不敵に、余裕の笑みを浮かべる。
 こちらも左右の腰にさした鞘から剣を引き抜いて、二本をクロスさせるように構える。ひゅうっと風が吹いて、どこからか落ち葉が飛んできて、二人の間を通り抜けていった。
 そしてそれが合図だったかのように、お互い、一気に駆け出す。
 少女は距離を縮めると大剣を力まかせに横に払った。とんでもないスピードで大剣がこちらにせまってくるが、瞬時にしゃがんでそれをよけ、屈んだ姿勢のまま少女へ向かっていき、右手の剣を振り上げて少女に斬りかかるが、彼女は腕にはめた鎧でそれを防いだ。金属がぶつかりあう鋭い音が響き、周囲の鳥たちが一斉に飛んでいく。
 距離を縮めすぎたせいで彼女の強烈な蹴りがこちらの腹部にはいった。痛みをこらえつつ、バックジャンプをして距離をとりなおす。その間に彼女はまた大剣を構え直した。
 そして今度はそれを両手でしっかりと持ち、こちらにかけてくる。彼女が大剣を振り上げ、全力で振り下ろしてきたので、それを二本の剣をクロスさせて防ぐが、明確に武器と単純な筋力の差が出て、防ぎはしたものの、その体勢を維持できない。
 なんとか踏ん張って大剣を止めるが、彼女が力をかけるたびに、腰が砕けそうになる。
「降参したら?」
 彼女がそんなことを言ってくる。余裕の笑み。まるで勝利を確信しているかのようだ。こちらも、それに対して笑みで返す。
「ばぁーか」
 次の瞬間に彼女の足をはらった。もちろん彼女はそれをよけたが、大剣にはいる力が弱まったので、それを狙って大剣を払いのけ、バランスを崩した彼女の腹部に蹴りをいれると、うぐっという声を出した彼女だったが、そのままこちらの足をつかむと、力任せに地面にたたき付けてきた。
 左肩の方から思いっきり地面にぶつけられると、またしても周囲に音が響いた。
「いって……」
 なんとか受け身をとったがあまりの衝撃で肩が外れたようだった。思わず左手の剣を放してしまうと、それを彼女が見逃すはずもなく、それを蹴って遠くへやってしまった。これで武器はひとつだけになる。
そんな状況の中だったがなんとか立ち上がって、彼女から再び距離をとる。
 彼女は大剣を構え直して、左肩を庇うこちらの様子をみて、また笑みを浮かべた。そして今度はなんの言葉もかけてこない。
 ただゆっくりと一歩前に進むと、そこから一気に駈け出してこちらに向かってきた。そして距離を十分につめると大剣を横に大きく振るう。
なんとか右手の剣だけで彼女の大剣を防ぐが、はっきりと分かるほどこちらの力負け。瞬時に剣は吹き飛ばされて、そして大剣が腹部の鎧に直撃して、衝撃のせいで近くにあった大樹に叩きつけられる。背中を思いっきりぶつけて、そのまま根本に尻餅をついてしまう。
 そして気づけば、大剣の刃先が喉元につきつけられていた。顔をあげると笑顔の彼女が、こちらを見下ろしていた。
「勝負あり、だね?」
 彼女がそう宣言して、ふふふと笑う。それに対してこちらも、唇を釣り上げて笑ってやった。
「そうだな」
 どこからか風を切る音が聞こえてきた。それに気づいた彼女が左右を見渡すが、なにもない。ようやく音が頭上からしていることに気づいた時には遅かった。さっき吹き飛ばされた剣が、くるくると素早く回転しながら落ちてきていて、それは見事にこちらの手中に収まり、そのまま彼女に剣先を向けた。
 彼女の呆然とした表情が、爽快だった。しかしそれも長くはもたない。お互いに小さく笑ったあと、それぞれ次の動きをとろうとしたとき――。
「そこまでっ!」
 

 2


「痛い痛い痛い」
「あ、ほらじっとしなって。肩外れてるんだから。大丈夫、治せる治せる」
 俺はさっきの大樹に背中を預けたまま、左肩をかばっていた。そしてそこに執拗に彼女が手を伸ばしてくる。
「バカッ、お前の力任せの治療はいいっての。あとで医者に見てもらうから」
「医者だって同じ治療法だって。だったら私がやるよ。怖がんな、男でしょぉー」
 彼女、イーグニスはどうしても自分で治療したいらしく、無責任に「大丈夫だって」と連呼するが、彼女に治療されて無事にすんだことがないから拒む。そもそも、彼女に医療の知識はない。騎士団に属しているから軽度のケガなら治せる知識を身につけているはずだが、彼女の場合はそれさえ怪しい。
 薄い褐色の肌に、金色の短髪。男の俺から見ても鍛えているなと感心してしまう体だが、やはり十代の少女らしくハリがあって、思わずドキッとしてしまう。さっきの鍛錬のせいで流れた汗が彼女の衣服と体を密着させていて、目のやりどころに困る。
「イーグニス、もういい。お前は下がれ」
「なんだよー団長まで。私、力仕事はできるのに」
「肩は騎士の命だ。ましてやアルドルにとってはな。お前の治療は悪評が高すぎる」
 イーグニスは口を尖らせて、ケチと愚痴ったあと不服そうな顔をして引き下がっていった。そして近くにおいてあった自分の相棒である大剣を手に取ると、それを鞘に納めて背負う。あれを背負えるのは、騎士団の中でも数名で、女性では彼女だけだ。
 イーグニスが退くと彼女を注意した男、ノーブル団長が俺に寄ってきた。そして声を断ることもなく、急に左肩に触れてきた。
「いたっ。だ、団長、痛い痛い」
「騎士が喚くな阿呆。ふむ……折れてはいないな。本当に外れただけだろう」
 銀髪を肩まで伸ばした細長い顔の男、ノーブル団長は痛がる俺を無視して肩に触れて負傷を確認している。時々妙なところに触れられて、いたっと声を出してしまうが、それでもやめてくれない。
「アルドル、立てるか」
「そりゃあまあ。バランスは悪いですけど」
 俺は左肩に負担を掛けないように立ち上がる。痛みはあるが激痛ではないので、大きな問題はない。
「ふむ。感覚としてはどうだ?」
「たぶん、本当に外れているだけです。明日には治ってますよ、ちゃんとした医者に見てもらえば」
 ノーブル団長は顎に手をあてて何か考え始めた。その後ろではイーグニスが退屈そうに剣の素振りをしている。
団長はしばらくそうしていたが、結論をだしたのか「ふむ」と声を出した。
「今日の鍛錬はもういい。イーグニス、アルドルを医者まで送っていけ。アルドル、明日には万全の状態で俺の前に来い。足手まといはいらんぞ」
 団長はそれだけ命じると纏った白のマントを揺らしながらくるりと背を向けて、森の中へと消えていった。その後姿に向けて敬礼をしたあと、また大樹の根本に腰を下ろした。
「アルドルー、医者に行くんだろ。早くしようよぉー」
「ちょっと待てよ。てか、なんでそんな元気なわけ? さっきの試合、結構疲れただろ?」
 イーグニスはきょとんとした顔のまま首をかしげる。
「……体力バカにはわかんないな」
 てくてくと歩いてきたイーグニスが俺の隣に座って、こちらの顔を覗きこんできた。ここまで接近すると彼女の碧眼にどうしても目にいってしまう。綺麗で思わず吸い込まれそうになる。
「ごめんね。やりすぎたよね。試合になると力加減できない……痛い?」
 彼女が今度は優しく左肩を撫でてくる。どうやら彼女なりに怪我を負わせてしまったことを気にしているらしい。俺は小さく笑ったあと、彼女の頭をぽんぽんと叩いた。
「馬鹿、試合なんだからこうなるのも仕方ないんだよ。俺の実力不足なんだから、お前は気にすんな」
「本当?」
「本当だよ。てか、こんな怪我くらいどうってことないっての」
 俺はさっきとは違い、飛び跳ねるように立ち上がった。もちろんちょっと無理をしての行動だが、できないことはない。ちょっとだけ表情を歪めてしまうが、それをイーグニスに見られないようにした。
「ほら医者行くぞ。ちんたらしてたら団長にどやされる」
「うん。あ、荷物私が持つからね」
 彼女は近くに置いてあったさっきまで装着していた鎧などをつめた荷袋を軽く片手で持ち上げて肩に担ぐ。二人分の防具だ、およそ子供一人分の重さはあるのだが表情一つ変えない。本当になんてことないようで、スキップするかのように軽やかな足取りで前に進みだした。
 そんな彼女の底なしの力と猫のような気分の変化に苦笑しながら、俺も足を進める。
 俺と彼女は、この街、ヴァハフントの騎士団に属している。この街における騎士団というのは、他国における軍隊とほぼ同じだ。ただ別に他国に侵攻したりはしない。俺達の役目はあくまで「防衛」で、この街を守るためだけに存在している。
 もちろん、この国にはちゃんとした軍隊があり、他の街では彼らが駐在しているし、中央都市には軍の中心部があり、大きな権力を持っているが、この街ではその軍は一人もいない。だからこそ、俺達がいる。
 軍隊がいない街、いや「入ることが許されていない街」だからこそ、それに替わるのが俺たちというわけだ。
 騎士団は常日頃、俺とイーグニスがさっきまでやっていたように体を鍛え、お互いの技を磨き、いざというときのために備えている。いざというのはもちろん、他国からの侵攻だ。
 ただ、俺が騎士団に入団してもう十年経つが、実戦ということは経験したことがない。俺が剣を交えた相手は全て騎士団の仲間たちだ。全て鍛錬の一貫である練習で戦ったことがあるだけ。しかもさっきノーブル団長がそうしていたように、審判つきで。
「アルドルさ、双剣の使い方、またうまくなったよね。どうやんのさ、あんなブーメランみたいなこと」
「うん? 慣れだよ、慣れ。お前だってその大剣、軽くしたのか。振り回すスピードが上がっただろ。おかげで防ぐので精一杯だった」
「変わってないよー」
 答える彼女はのほほんとしているが、剣の重さが変わってないとするなら彼女がまた力強くなったということだろう。とんでもない。その気になれば大人の男を片手で持ち上げることさえできる彼女だから、驚きはしない。
「でもやっぱりお互いに強くなってるんだね? またデア様に自慢できるね。うふふふ」
 イーグニスが嬉しそうに笑って、荷袋を振り回す。そんな彼女を見て、そういえばと切り出した。
「そういえば……デア様に会えるのは、十日後か。確かイーグニスは先月会ってないんだよな」
 確認すると彼女は笑顔も振り回すのもやめて、その場で地団駄を踏みながら顔を真っ赤にして怒りだした。
「そーなのっ。ありえないって。あの領主さんが長話してたせいで、私だけじゃなくて会いたかったのに会えなかった人多いんだよ! もうっ、信じらんないんだらっ!」
 どうやら触れてはいけないところに触れてしまったらしく、そこから彼女はひたすら領主への文句を言い出した。
 それを軽く聞き流しながらも、随所で彼女に同意はした。
 あの領主、本当に自分勝手だ。自己中心的すぎて、全然好きになれない。


 3 


 羊皮紙から顔をあげて、首をゆっくりと左右に動かすと骨の鳴る音がして、少し不快になった。ただやはりこっていたんだなと自覚する。朝からずっと書類と向き合っていたのだから当然といえば当然か。
 ただ、まだ終わっていない。私は少し嫌気がさしながらもその書類の末尾に、筆記体で書き慣れた自分の名前を記した――ロストハート・フランジール、と。
 そこまでやって一度羽ペンを置き一休みする。インクが薄くなっているが、机の上のインク瓶も空に近づいていた。補充を買っているから問題ないが、また新しいのを買っておいてもらわないといけないなとぼんやりと考えていた。
 さて、と呟いて次のにとりかかろうとした時、コンコンと部屋のドアがノックされた。
「入れ」
 誰かを確認する必要もないのでそう素早く命じるとドアがゆっくりと開き、リーヤが姿を現した。朝から館の家事を全て一人でこなしていたというのに汚れ一つ見当たらないメイド服を着こなした、薄めの茶髪の彼女。目をつむったまま、ゆっくりと一度私に頭を下げる。そうすると自然と目の下の小さなほくろが目立った。
 ついこの間成人迎えたばかりだというのに、落ち着き払ったその態度は中央都市で王族に仕えるメイドたちにもひけをとらないだろう。
「協会の方々が、お嬢様に会いたいと外まで来ています。急用があるとのことです」
「リーヤ、もう何度目になるんだ? ここでは領主と呼べと言っている」
 要件を無視した私の忠言にリーヤはこくりと小さく頷いた。この街へ来てもう半年になり、このやり取りを何度しているか、記憶するのが得意な私でも覚えていない。
 椅子から立ち上がって、窓へ歩み寄っていく。白いカーテンの隙間から外の様子を伺うと、シスター服を着た見慣れた三人が門扉の前に立っているのが確認できた。
「……どうせ引っ込まないだろ。リーヤ、入れろ」
「約束はありませんが、大丈夫ですか?」
「構わん。連中にそういう常識が通用しないのは今更だ」
「かしこまりました」
 リーヤが部屋から出て行った後、机の上に広がっていた文書や手紙を片付ける。今は別に見られて困るものはないが、念のためだ。
 机の上を綺麗にして、また椅子へ腰掛けた。部屋の中を見渡す。赤い絨毯が敷かれた、自分でもどうかと思うほど広い部屋。頑張ればパーティーでも開催できそうだ。その分、広くて静かなので気に入っているが。
 部屋の壁にはこの街と、そして国の地図が掲げてある。他にもここの領主として就任した際に各方面からもらった祝い品も飾っている。動物の剥製や毛皮、綺麗な羽で作られた矢など、様々なものがあるがどれも趣味じゃない。
 そういったものをぼんやりと眺めていると、またノックがして今度はこちらが返事をする前から扉が開いた。
 入ってきたのは三人のシスター。先頭に一人立っていて、その後ろに二人控えている。三人は一応だろうが、律儀に頭を下げた。
「……できれば会うときは事前に約束をしてもらいたいな。リーヤかエンデに前日までに申し付けてくれると助かる。――さて、これを言うのは何度目だ?」
 挨拶もせずに嫌味をぶつけてやる。この三人がこういう謁見を申し付けてくるのは初めてじゃない。いい加減、うんざりする。
 ただ自分で言ったあと、そういえばエンデは今は街にいない、二日前から隣町へ遣いにだしていたんだと思いだした。
 そんな嫌味に先頭のシスター、トミグルが小さく笑った。この街において大きな発言力を有する「協会」の現最高責任者、トミグル・アーミング。年齢はもう五十だという。シミのついた頬が垂れていて、女性ながらブルドッグを彷彿させる。もちろんそんなことを言えば彼女だけじゃなく、取り巻きもうるさいので口には出さない。
「できればそうしたいのです。わたくし達も決して、望んでここへ来ているわけではありません。ただ、急用を作らせる困った領主さまがいらっしゃいますので」
「……そうか。お互い、変なのが近くにいると大変だな。私も、不躾な民をもって苦労している最中だ」
 お互い、微小して挨拶代わりの会話を終える。どちらもわかっている。言い始めたら、お互いに止まらないことを。
「それで、急用とはなんだ?」
「聖洞のことよっ!」
 そう声を荒げたのはトミグルの後ろにいた一人、シンシア・フラッセインだった。 もうすぐ成人を迎える、私よりも三つ年上だという彼女。怒りのせいで体全体を小さく震わせている。肩までのばした金髪に、独特の赤目。その二つが特徴で、シスター服を着ていなくても目立つ。
「あなた、また勝手に変なことをしているって聞いたわよっ! いいっ、あそこはねっ」
「シンシア、お黙りなさい」
 シンシアが言葉を続けようとしたが、すぐさまトミグルが割って入って止めさせた。彼女はまだ何か言いたげであったが、協会の人間である彼女がトミグルに反論できるはずもなく、すぐに押し黙った。
 そんな彼女を落ち着かせるためか、隣のシスターが彼女の背中を撫でる。シンシアと全く同じ顔をした、双子の姉のシミリア。妹と違って、姉は非常に無口だ。
「聖洞がどうかしたか?」
「領主様、誤魔化すのはいかがかと思いますが」
「誤魔化す? 不思議なことを言うな。お前たちこそ、私に鎌をかけようとしているんじゃないか?」
 シンシアがまた声をあげようとするが、シミリアが彼女の口の前に手のひらを出して黙らせた。
「……聖洞の前に、騎士団の櫓を造る計画をたてていらっしゃるようですね」
 部屋の中に沈黙がおちた。質問したトミグルも、後ろの二人も、私も黙ってしまったのだから当然だ。
 椅子から立ち上がって、カーテンと窓を隙間のないようにしっかりと閉めて、ふぅっと息を吐いた後、彼女たちに背中を向けたまま尋ねる。
「どこの誰からそれを聞いた?」
「領主様、先に質問しているのはわたくしでございます」
「先か後かなんて関係ない。私が質問しているんだ、答えろ」
 カーテンの向こうの窓に反射した自分の顔を見る。不機嫌だと自覚できるほど、目が細く鋭くなっていた。もし人がいなければ、この窓を叩き割っていただろう。
 トミグルは当然答えない。それでまた苛立ちが増すが、なんとかそれを押さえ込んだ。手のひらを額にあてて、見慣れた天井を仰いだ。洒落た模様とシャンデリアが目に入る。すくなくとも、目の前の三人よりは見ていられる。
 聖洞付近での櫓建設計画。それは確かにある。私が密かに進めている計画だ。ただ、その計画は領民たちの反感を買うのは必須で、へたをしたら反対運動のようなものが起こることさえ予想できたので、極秘裏に進めていた。
 それなのに、である。気にくわない。
「答えないということは、肯定するということでよろしいですか」
「――そうだな。ああ、認めてやろう。現在、聖洞付近に櫓を建てる計画がある。私の責任のもと、計画は着実に進んでいる。さあ、認めたぞ。確認が済んだなら帰れ」
 苛つきながら椅子に音をたてながら腰掛ける。私の投げやりで、それでいてはっきりとした命令口調に三人は何か言いたそうに、その場を動こうとしない。
「我々は協会として断固反対です。領主様、あなたはまだこの街にきて半年しか経ちません。ですから聖洞の大切も分からないのでしょうが、櫓などという物騒なものをあの近くに建てるなんて、とんでもありません」
 トミグルの口調は落ち着いたものであったが、彼女が内心、シンシアと同じくらい激昴してるのは感じ取れた。そんな彼女に片側の唇を釣り上げて、嫌味っぽい笑みをしてやった。
「この街の領主は私だ。どこに櫓を建てようが、それは私が決めることだ」
「ふざけんなっ!」
 少しの間黙っていたシンシアがいよいよ我慢の限界だったらしく、足音をたてながら机に近づいてきて、その天板を叩き、バンッと激しい音をたてた。
「あそこは神域だっ! デア様がお住まいの場だっ! 領主だがなんだか知らないけどっ、あそこを侵すようなことは許さないっ!」
「シンシア」
「協会だけじゃないっ、街のみんなだって黙っているもんかっ!」
「シンシア」
「いいかっ、協会に歯向かうってことはデア様に歯向かうってこと――」
「シンシアッ、お黙りなさい!」
 激昴して声を張り上げていた彼女だが、トミグルの怒声に口を止めた。ただ彼女としても言いたいことは山ほどあるのだろう。トミグルに恨めしそうな目を向ける。しかしシスター長は首を左右に振るばかりで、彼女の意見に耳を傾けなかった。
 シンシアが最後にもう一度天板を叩いて元の場所へ戻ると、シミリアが妹に哀れみの視線を向けた。
「……領主様、シンシアのいうことも事実ですよ。きっと、街の人間は誰も賛成しないでしょう」
「二度言わせるな。決めるのは領主の私だ」
「決めるのはあなたでも、建てるのはあなたじゃ無理でしょう。街の大工は誰も協力しません」
「なら近隣の街から雇うだけだ」
「騎士だって、そんな櫓使いません」
「だったらまた別のところから、腕に自信のあるものを雇うだけだ」
 トミグルの目が明らかに鋭くなった。聞き捨てならないという主張だろう。
「この街を、外の人間に守らせるんですか?」
「守るのは騎士団だ。彼らはそのためにいるんだ。ただ櫓は建てるし、そこには誰かいなければならない。騎士がやらないのなら、その役割だけでも誰かにやらす」
「なりませんっ!」
 シンシアを怒鳴りつけた張本人の怒声が今度は室内に響く。明らかにシンシアのものより大きい。嫌になるなと思いながら、私は気づかれないように舌打ちをした。
「櫓を建てるだけでもとんでもないのに、それを外の人間に守らせるなんてっ。あなたは、デア様をなんだとお考えですかっ」
 その言葉が限界で一気に頭に血がのぼっていき、顔が熱くなって、色んな怒りが爆発する。
「やかましいっ! 決まったことに口をだすなっ!」
 トミグルよりも大きな声で応戦し、感情に任せるがまま勢いよく立ち上がり、両手で力いっぱい机を叩くと、部屋中にその音が響いた。
「協会も騎士もデアも関係ないっ! この街は私の街だっ! 建てるし、守らせるっ。それが嫌なら今すぐで出て行けっ!」
 右手をまるで何かを斬るように大きく横に振りながら、我慢していた本性をぶちまけると心が少し軽くなった。叫び終えてから小さくはぁはぁっ深呼吸をして、明らかにさっきよりも敵意を増した三人に微笑みを向けた。
「もういい。帰れ、話は終わった」
 三人はしばらく黙って立っていたが、まずは双子が示し合わせたように背中を向けて部屋から出て行った。そして一人になったトミグルも何か言いたげな視線を向けていたが、それに私が反応しないのがわかると、一言だけ発した。
「あなたにはいずれ、天罰が下ります」
「面白い冗談だな。私にはないセンスで羨ましい」
 そう嘲笑してやると、トミグルは怒りを目に宿しながらも出て行った。
 三人が消えて静かになった室内で、大きな舌打ちをした。彼女たちの手によって、建設計画はこれから街中に広がるだろう。面倒なことになってしまたな。
「まったく……」
 たまらず嘆声を上げながら、髪の毛に刺してあった簪を引っこ抜くと、魔法が解けたかのように、まとまっていた髪の毛がたらりと垂れ下がった。少し体が軽くなった気がする。
 ノックがして、返事をしていないのに扉が開いた。リーヤがグラスを持って、それを無言のままに差し出してくる。私も礼をいうこともなく、それを受け取り冷えきった水を一気飲みした。
「落ち着かれましたか。声が、部屋の外まで響いておりました」
「ここの連中は事あるごとにデアの名前が出る。女神だか守り神だか知らんが、領主が誰かわかってない」
 リーヤは同意こそしなかったが、空になったグラスを私の手から回収するといつも通りの平然とした口調で言った。
「私は、誰が主であるかわかっておりますゆえ、ご安心ください」
 リーヤとは幼い頃より、もうずっと長く、主従関係を結んでいる。少なくとも彼女が側にいない人生を私は知らない。それほど長い付き合いの従者の瀟洒な態度に思わず唇が緩んだ。
「知っている」
「お嬢様、午後の予定ではちゃんとしたご来客がいらっしゃいます。お食事をとられませんか?」
 その提案に一度だけ頷いたあと、少しうんざりしながら一応また注意しておいた。
「領主と呼べ。今日、二回目だ」
「そうでしたか?」
2013/08/06(Tue)00:52:41 公開 / コーヒーCUP
■この作品の著作権はコーヒーCUPさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 おひさしぶりです、ないしははじめまして、コーヒーCUPです。
 先月に投稿したかったんですが結局八月になってしまいました。とにかく新作を今日から連載することにさしていただきます。どうぞよろしくです。
 さて、今までに自分の作品を読んでくださった方なら今までの自分の作風とかなり違った色合いの作品であることはわかるかと思います。はい、はじめて「異世界」というものに挑戦します。長く小説を書いてるくせに初めてべたにシスターや騎士やメイドといったキャラクターを書きます。緊張してる。
 「異常状況下における殺人」というのを書きたくて、こういうものをチャレンジした次第です。慣れないことばかりで、まさに「手探り」状態で書き進めていこうかと思います。
 まだ今回の更新では意味不明なところも多々あるかと思いますが、それも徐々に説明していきます。
 では、作品を読んでいただきありがとうござました。よければ次回もお付き合いください。
 これからよろしくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
ペロッ。こ、これは、カフェオレ病……!?
はいどうも、読ませてもらいました。まぁあれだわな、あとがきにもあるが毛色の違うこと違うこと、これがカフェオレじゃなければ手を出していないであろう物語である。しかし第一話で横文字の名前が出過ぎだろ、馴染みがないから全然憶えられないぞ。デア様だけだぞ、今これ書いててパッと思い出せるの。これはあれか。神夜が馬鹿なのか。そうか。なら仕方が無いな。
「異常状況下」というのはまったく判らんが、この流れでいくとデア様が死んでしまわれるのかな。でも十年以上経ってるとなると、そのデア様っておばちゃんになってないのかな。歳をとらないならいいけど、おばちゃんの巫女みたいなの崇めてるとか萎えるぞ。
さて、最初にも書いたが、個人的にこれは「カフェオレ病」の臭いがする。異世界系は自分には無理だった。カフェオレには可能なのだろうか。その辺りも含めて楽しみに待ってるよ。
2013/08/07(Wed)18:50:210点神夜
 こんにちは。
 異常状況っていうのは紹介文にある通り「どんな厄災も女神の預言によって回避でき、どんな不幸も彼女の力によってなかったことにでき」る状況ってことでしょうか?? その状況でミステリが成り立つんだろうか、と首をひねりつつ楽しみにしております。いや政府の介入がないことが異常なんでしょうか……?
 世界観はまだよくわかりませんが、人物設定は手堅く、というかツボを押さえてというか、ひととおりの役者がすでにそろっている感があります。少女なのに領主という設定は意外性があると思ったのですが、どうなんでしょう。よくあるのかな……。そういえば最初の戦闘シーン。それ自体は緊迫感があってよいのですが、訓練でしたというのはよく見る展開のような気がします。型も大事ですが、変化球もほしい! というのが正直な感想です。
 今のところまだ謎が多いので、続きをお待ちしております。ぼくとしては、あれほど「櫓」に執着する理由がいちばん気になります。
2013/08/09(Fri)00:13:270点ゆうら 佑
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