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『marvelous 』 作者:ayahi / SF 未分類
全角12301.5文字
容量24603 bytes
原稿用紙約38.2枚
 この都市の人口の過半数は学生である。いわゆる学園都市と呼ばれる待ちだ。学園都市ならば当然学校の数も相当なものになる。つまり教師の需要も自然と高まる。高本陽も首都圏の学園都市の中にある私立高校、宮坂学園に務める教師の一人だ。彼は二年前にこの高校にやってきた若手教師である。
「高本先生、この問題がわからないんですが……」
「どれどれ見せてみろ」
 日が落ちてだいぶ暗くなってきて学校にいる生徒も少なくなってきた時間、彼は職員室に向かう途中の廊下で女子生徒の質問に親切に答えていた。彼は教師としてスピーディかつ丁寧に教えることに努める。女子生徒の方も理解したらしく満足そうであった。
「やっぱり高本先生の数学の授業を受けたかったなー。そうしたら私の成績はもっと上だったのに」
「先生がダメだからなんて言い訳してるなら当分成績は上がらなそうだな」
「うぅ……」
 高本はまだ若く身体も鍛えていて何より顔立ちが整っているから生徒に大人気である。一部の女子生徒には「タカモ教」と呼ばれる熱狂的ファンがいるらしい。
「さて先生はそろそろパトロールの時間だから。しっかり勉強しろよ」
 高本は女子生徒にそう言い残して職員室へと歩いて行った。職員室に入って自分の席につくとすぐに帰る準備を開始した。書類をまとめている彼に若干白髪がまじっている年配の男性教師が近づいてきた。
「高本先生、これからパトロールですか?」
「はい、そうです」
 高本は書類を素早くかつ丁寧にブランド品のカバンに詰め込んでいく。余程丁寧に扱っているのかカバンは新品と変わりない輝きを放っていた。
「私も若い頃はよく仕事終わりにパトロールしてたもんです。懐かしいですなぁ。あの頃はまだ体力があったもんですからバリバリ働いてたくさんお金をもらっていたもんです。しかし年をとるのも早くてね……」
 これは長話になりそうだ、と悟った高本は「お疲れ様です」と言って逃げるようにその場を去った。
 高校を出て給料を貯めて買った自慢の自家用車を走らせること約一〇分、周りの建物と比べると少し高級感が漂う小さな二階建てオフィスの中に入っていった。中には机が三つ置いてあって今のところは一人しか使用していない。その一人、あまり手入れされていないあごひげが目立つ荒そうな男性は自前のノートパソコンを目の前にして何かの作業に没頭している。その男は高本が中に入ってきても一切、入口の方を振り向かないでいる。
「おはようございます、越本先生」
「うぃーす」
 越本は高本の方を一切見ずに挨拶を軽くしただけで作業を続ける。余程大事な仕事をしているらしい。
「仕事、大変そうですね」
「あぁ、大変だね」
 高本はカバンを自分の机に静かに置いてから越本のパソコンをちらっと覗き込む。そこには文字がひたすら映っているわけではなく、絵と吹き出しがあって何かを丁寧に説明していた。
「パチンコの攻略サイト……」
 呆れるように高本に呟いた。越本がその言葉を聞いて苦笑いしながらも画面から目を離さない。
「この前大敗を喫したから仕事より必死なんだぜ……」
 高本は越本がギャンブラーなのは前から知っていた。越本は風貌、雰囲気からしてギャンブラーにしか見えない、と高本はずっと思っていた。そして同時にこういう人間にはなりたくないな、と少し軽蔑していた。
「そういうわけで俺に一万円託してみない?」
「この前貸した五千円を返してくれるなら考えます」
 高本は何回も越本に金を貸していて、ちゃんと返ってきたり返ってこなかったりの日々が続いている。大金が返ってこないときは民事裁判でも起こそうと密かに考えている。
「ちぇっ、いいもーん。野宮ちゃんに借りるもーん。どうせ借りるんだったらこんなケチな男より可愛いお姉ちゃんに借りた方が嬉しいわい」
 高本は越本の文句を背中で聞きながら自分の仕事の準備をする。
 彼らはこの学園都市の教師を務めると同時に学園都市の治安を守る「TP」の一員でもある。高本は毎週火曜日と木曜日に市内のパトロールをすることになっている。もちろん学園都市には警察官もいる。しかし警察の不祥事が多く指摘されている現状の打開策として日本政府は「TP」を導入した。この二人がいる建物は西東京学園都市第三学区TP本部であり、毎日必ず三人いることが原則となっている。なので今日は高本、越本のほかにもう一人ここに来るはずである。越本の「一万年貸して」の発言が三度目となったとき、扉が音を立てて開いた。
「おはようございます」
 口元のほくろが目立つちょっとセクシーな細めの女性が入ってきた。そして越本はすぐに目を光らせた。
「あ、野宮ちゃん! いいタイミングで来たな。一万円貸してくれや」
「高本先生、おはようございます。今日は一段と寒いですね」
 野宮は越本をガン無視して高本の隣の席についた。越本は普通に頼んでも貸してくれなさそうと察したので、ある作戦を実行しようとしていた。
「そういえば野宮ちゃん、また可愛くなったね。特におっぱいがまた一段と成長しましたなぁ。女子力アップだねっ」
「今の発言、パワハラに該当しますから。友人に弁護士がいるのですぐに裁判は開けますよ。次は法廷でお会いしましょう」
 野宮の返しが冗談に聞こえなかったので越本は早々と作戦をあきらめた。
「高本先生、そろそろパトロールに行きましょうか」
 野宮が上着を羽織いながら立ち上がって言った。この時間帯の外は夏の暑さを忘れて、冷え切っている。
「そうですね」
 高本と野宮は金が借りれずにぐったりしている越本を置いて、冷え込む夜の学園都市へと出かけていった。

「自転車の無灯火運転、二人乗り、これは立派な犯罪だからね」
「き、今日のところは見逃してくださいよ、きれいなお姉さん」
「お世辞ありがとうね。さて、どこの学校の生徒かな?」
 野宮が大きな道路の道端で自転車に乗っていた中学生二人に指導していた。一方、高本はTP専用車の運転席でそんな野宮を見つめていた。しばらく見つめていると野宮が指導を終えて車に戻ってきた。
「お疲れ様です」
「中学生にきれいなお姉さんって言われちゃいましたよ」
 野宮は笑いながらそう言っていて、照れている様子は特に見られなかった。言われ慣れてるからかな、と不意に高本は思い浮かんだ。
「野宮先生はモテモテなんですね」
「高本先生まで私のことをからかうんですか?」
「からかってませんよ。実際、学校では人気者なんですよね?」
 野宮は近くの中学校で国語を教えていて、巷では美人教師として名が通っているとか通ってないとからしい。
「まぁ人気じゃないと言ったら嘘になりますかね。保健室の先生の方が似合うってことで有名みたいです」
 野宮が保健室の方が似合う事実を高本はあながち否定できなかった。それくらい彼女には大人の色気があった。
「それより越本先生はどうにかならないんですか?」
 話題がギャンブラー越本に変わった。彼は人間性に問題があるので彼の話題ならば自然と浮かび上がってくる。
「野宮先生、ギャンブルってハマるとああいう風になるものですよ」
高本はエンジンをかけてアクセルを踏み始めた。
「ギャンブルなんて教師としてどうかと私は思いますが」
 車はそのまま直進していく。この時間帯は帰宅ラッシュで交通量が多いので気をつけて運転しなければならない。
「教師以前に男なんですから大目に見てやってください」
 男=ギャンブルというイメージが高本の中では強いらしい。全ては越本の影響かもしれない。野宮は「そうですかぁ」と小さく呟きながら少し微笑んだ。
「じゃあ高本先生が私の代わりにお金を貸してあげるんですね、どんなに踏み倒されても」
「それとこれとは話が別です」
「ふふっ、そうですか」
 車内に小さな笑いが起きた。まだまだ車は直進していく。
「越本先生も高本先生を見習って欲しいですね」
「僕なんて教師としても人間としてもまだまだ未熟ですよ」
 高本の顔が少し赤らんだ。彼は普段から褒められる事が多いがやはり照れてしまうらしい。なおさら冷たい印象の野宮から褒められるのはたまらないだろう。
「高本先生は確かサッカー部の副顧問でしたっけ」
「そうです。仕事が忙しくてあまり練習に出られませんが罪滅ぼしのつもりで試合にはついていってます」
 高本は学生時代はずっとサッカーをしていた。現在の彼の肉体美の原点はそこにある。他にも趣味でジムに通って筋トレしているので年齢を重ねてもあまり衰えはしていないらしい。
「宮坂学園のサッカー部の若い方の顧問がカッコいいって私の中学校で噂になってまして。生徒からもお母様からも絶大な支持がありますよ」
「えぇ……」
 野宮がとことん高本を褒めまくるので彼は困惑して引きつった顔になっていた。しかし野宮にからかわれるのは嫌いじゃなかった。むしろ嬉しかった。
 単刀直入に言うと高本は野宮に惚れている。TPメンバーになった当初から気になっていた。彼は職場に恋愛感情を持ち込むことに賛成していないが、人間の本能には勝てないでいる。
 車は一旦赤信号で止まる。
 高本はこれ以上褒められると調子が狂いそうだったので話題を目に入った工事現場へと強引に転換させた。
 学園都市の中では中くらいの大きさのオフィスの工事現場だが、一つ異常な光景が見えている。
「あれがマーヴィラスですか、すごいですね」
 工事現場では六〜七メートルの物体が建築材を持ち上げていた。その物体はクレーン車とは言い難い、言うならば「ロボット」のようなものだった。人間がマーヴァラスと呼ばれる機械の四肢を操作しているのだ。
 今後、日本のロボット産業はこのマーヴァラスを中心に展開していくらしい。
「あそこは第三学区で初めてマーヴァラスが導入された工事現場ですね。これが広まれば効率が良くなりますね」
 車は再び走り出してマーヴァラスの姿がだんだん小さくなっていく。遠くから見てもその迫力は伝わってきた。男に生まれてきたならば一度は巨大ロボットに憧れるものである。それが今、巨大とまでは行かないが実現されようとしている。
「今日はやけに渋滞してますね」
 高本が止まっている前の車を見つめながら呟いた。ところどころから愚痴をこぼすようにクラクションが鳴り響いている。
「そういえばそうですね、何かあったんでしょうか」
 ピピッ
 TP内の無線の音が突如車内に鳴り響いた。二人は何か事件が起きたのだろう、と息を飲んで無線の内容を待った。
「第三学区にて事件発生。日本総合科学研究所西東京支部が何者かによって襲われました。TPは至急現場に向かってください。もう一度繰り返します……」
 無線が終わらないうちに高本がすぐにTPについているサイレンを鳴らしてタイミングよく反対車線から前へと進んでいく。その間に野宮が無線の対応をする。
「こちら野宮と高本。渋滞を抜けていくので五分ほどかかります」
 車はスピードを落とさずにスキマを華麗に通り抜けていく。高本の握るハンドルが生きているように暴れまわる。
「監視カメラによると襲撃者は若者の男女複数人。研究所から見て北の方向に逃走した模様。野宮、高本は逃走者を追え」
 その言葉を聞いて高本がさらにアクセルを強く踏み込む。現場に近づくと、研究所から黒い煙が立ち昇ってるのが目に入った。この騒ぎのせいで渋滞になってしまったのかもしれない。先に到着したTPが混乱する道路を整理していた。
「高本先生、その先の電柱で車止めてください」
 高本は野宮に指示されるがままにスピードを落とした。こんな時でも歩道に車をこすらせる事なくぴったりと車を止めていた。
 車から見て左側には大きな建物が並んでいて、建物の隙間はあまり広いとは言えなかった。ここ一帯は暗くて狭い道が多いので犯罪者から見れば逃げやすい環境である。
「研究所から北に逃げるルート、隠れる場所は大体限られてるの。ここは二手に別れて一人でも多く確保しましょう。高本先生はこの路地から行って」
「了解です!」
 高本は自慢の脚力で闇が支配する路地へと走っていった。

「ここは隠れる場所が多そうだ……」
 高本がゆっくり警戒しながら進んでいく。手には拳銃がしっかりと握られていた。
 いつもは不良が暴れるのを止めるのが仕事だった。そんなことにまさか拳銃なんて使わない。
 だから高本自身にとって久しぶりに実戦で拳銃を握ることになる。
 緊張した状態が続く。
 そして彼は急に立ち止まった。立ち止まった前はボロボロの建物。かろうじて印刷会社の看板が見えるくらいのボロボロ加減の建物だった。
 彼は中から気配を感じた。音がしたわけではない、が彼の身体が何かを感じ取った。
 拳銃を前に構え、中へとゆっくり足音を殺して入っていく。
 壊れているドアを抜けるとオフィスの名残なのか、ホコリがかったデスクがたくさん転がっていた。
 時間は限られているのでアバウトに捜索する。残りは狭い奥の休憩室のみ。いっそう緊張感が高まる。
 休憩室のドアの陰で一旦息を整える。そして自分の合図で一瞬で飛び出して拳銃を構えた。
「……ハズレか」
 そこにはボロボロの冷蔵庫と台所から発している不快な匂いしかなかった。高本は拳銃をしまってその場をあとにしようとする。
 フッ
 突然、休憩室の床の下が開いて人影が高本に襲いかかる。
「ぐふっ」
 声を漏らしたのは高本ではなかった。高本は振り返って放った中段キックが誰かの腹にクリーンヒットした。意外なことに漏れた声は女性のものだった。
 暗くて顔はあまり見えないので、腰のポーチから懐中電灯を取り出して照らす。襲撃者は高校生、大学生くらいの普通の女性だった。力も普通の女性だったのか、高本の一発でノックアウトされていて体が動かせない。
「君は研究所の襲撃者の一人か?」
「……!?」
 女性は痛みとはまた違う驚きの表情を浮かべた。反撃してくるかもしれないと思って高本は拳銃をつかもうとしたが、その必要はなかった。
 高本も女性と同じように気づいたのだ。
「高本先生……?」
「お、荻野……なのか?」
 高本は思わず拳銃を落としてしまった。しかし荻野と呼ばれる女性はその隙を付くようなことはしなかった。二人とも固まって動けないのだ。
 ピピッ
 TP内の無線が静かな建物の中に鳴り響いた。高本はどうしていいかわからず、無線と荻野の顔を交互に見るだけだった。
「で、出ていいよ……」
 その言葉を聞いて高本は無線に答えようとする。
「こちら野宮、こっちには逃走者は見当たりませんでした。高本先生の方は居ましたか?」
 焦る。
 高本は野宮からの質問に焦る。
 荻野が逃走者であることには確証はないが、高本に襲いかかった事実は曲げられない。そしてなんの関係もない一般人がこんな場所に潜り込んでるとは思えない。つまり逃走者である可能性が非常に高い。
 どうする。
 普通ならここで野宮に逃走者らしき人を発見した、と報告しなければならない。だが高本を迷わせる事情があった。
 荻野絢は高本のかつての教え子である。ただの教え子ではない、もっと深い関係にあった存在であった。高本は痛みに耐えている荻野をじっと見つめる。無線からは「どうしました!?」という野宮の声が聞こえてくる。
 どうする。
 正義を貫くか、貫かないか。
 高本はもう一度荻野の姿を見てから決心した。
「こちらは見当たりません、一旦車に合流しましょう」

 ウソの報告をした高本は通話を切ると荻野を見て無言で近づいていく。荻野は息をのんで堂々と歩いてくる高本に恐怖を感じていた。しかし彼は何も害を加えることなく、荻野の足や腕に傷があることを確認しただけだった。
「大丈夫か?」
 その言い方は生徒を心配する先生のようであった。
「あんなキック喰らったら、男でもダウンしちゃうよ……」
 サッカーで鍛えられた高本から繰り出されたキックは残像が見えるほど早く重かった。か弱い女の子だったら骨が折れても不思議ではない。
「……それもそうだな。キックしてすまなかった」
 怪しい人物に対して暴力行使をしただけなのだがなぜか謝ってしまった。そして謝って済むような被害には納まっていない。
「とりあえず、なんでこんなところにいるんだ?」
「うっ……」
 荻野は答えたがらない。しかし高本は察しているので黙っていても問題はない。そして荻野は歯を食いしばるように仕方なく口を開いた。
「……早く」
「ん?」
 荻野が何か小さく呟いた。顔をさっきより下に向けているため高本の耳には届かなかった。
「痛みで声が出せないのか?」
 この時の言い方はさっきのような心配している素振りはなかった。何か冷たく言い放っていた。
「……早く、逮捕しないの……?」
 荻野は諦めかけていた。声の調子から絶望しか感じなかった。
「……なんでだ?」
 さらに冷たく問い詰める。
「もうわかってるでしょ。私は襲撃者の一人だよ……」
 荻野は自分から名乗り出た。今日の事件の原因であるとわざわざ名乗り出た。あのキックを受けて逃げる体力がもう残ってないのだろう。
「……そうか」
 高本は急にポケットに手を入れて、タバコとライターを取り出しておもむろにタバコを吸い始めた。きっとそのタバコはいつもよりマズイのだろう。
「なんで、なんでさっき無線で嘘ついたの?」
「……」
 答えられなかった。高本は本能で判断したので嘘をついた理由なんて存在しない。いや理由の答えは本能で正しいのかもしれない。
「とりあえず俺は車に戻らなければいけない」
「……そう、私の事はどうするの?」
「……今は逃がしてやる。だからあとは自分で考えてくれ」
 タバコの吸殻を床に落として足で踏んだ。この街の治安を守る人とは思えない行動だったが荻野はそんなことに気が回っている状態じゃない。
「……え?」
 高本の言葉の文脈がおかしかったので荻野は目を丸くして驚いた。自分はここで高本に捕まって連行されると思っていたのでなおさら意外な答えだった。
 荻野が驚いている間に高本は先ほど落とした銃を拾い上げて建物から出て行った。荻野にはその背中がたくましくも見えて、同時に少し震えているようにも見えた。
「……私を。私を、守ってくれるんだね」
 荻野はゆっくり、しっかりと足をついて立ち上がった。
 そのころ歩道に止めておいたTP車の助手席で野宮が先に待っていた。高本はほとんど車がない車道側から運転席に座る。
「どうやらここ一帯にはいないようですね」
 高本がそう発言した。もちろんそんな保証はない。全ては荻野を逃がすための、守るためのウソ。
「今回の事件は何の目的で襲撃されたか情報は入ってきてますか?」
 日本でも最先端の研究を行ってる施設を襲撃したのだから相当な理由があるに違いないと高本は踏んでいた。そしてなぜ過去の教え子の荻野が絡んでいるのか知りたかった。
「まだ入ってきていません。私個人の推測に過ぎませんがおそらくマーヴァラスに関する事じゃないかと思われます」
「マーヴァラスか……」
 高本は荻野とマーヴァラスの関連性がよくわからなかった。しかし今は考えるより動いたほうがいい。
「ひとまず第五学区と第三学区の境界線付近まで車を走らせましょう。何か情報が入ってきてるかもしれませんから」
「逃走者の情報もないですし、そうしましょうか」
 高本がハンドルを握りアクセルを踏んで車を走らせた。
 曲がり角からその車を見届けて、車が去ったことを確認してから道路をゆっくりと横切る少女がいた。
 捜索のヘリが上空を飛び始めたころ、野宮と高本は第三学区・第五学区の境界線付近を捜索していた。境界線の幹線道路は第五学区担当のTPによって交通規制の準備がされていた。
「こっちに逃げてきた可能性は低いと思うぜ」
「わかりました、ありがとうございます」
 交通規制の準備をしていたTPが言うには、第五学区には逃走者は潜り込んでいないらしい。野宮はガッカリしながら高本の待つ車に戻る。
「うまく逃げられたようですね、悔しいです……」
 悔しさを現わにしている野宮の隣で高本は次の目的地にすぐに向かうためにエンジンを入れていた。一刻を争っているので迷っている時間はない。
「越本先生からは情報はないんですか?」
「監視カメラのチェックをしてますがあの人の事ですし期待はできませんね」
 さらっと越本の悪口を言った野宮だが、高本は特に気にしていない。
「どうするんですか? このまま闇雲に探しても意味がないと思います。上からの指示を待った方が得策かと……」
「目的はわかっているのに足を止めているのはイヤです。第三学区と第四学区の境界線付近にも行きましょう」
 野宮の同意を得る前にすでに車は走り出していた。
「そ、そうですか。わかりました」
 こうして高本と野宮は直感だけを信じて第三学区・第四学区の境界線付近に向かった。
 この第三学区の北東は地形的に言うと尖っている。なので車であれば短時間で三つの学区を行き来することも可能である。
 高本と野宮を乗せた車は境界線手前で止まった。そして近くには公園の入口があった。
「ここは第三学区東地区公園ですか……」
 アスレチックがたくさんあるとても大きい公園で休日にはカップルや子供が見られる人気スポットである。そしてこの公園の真ん中には大きい噴水があって夏には主に子供が水遊びしている。
「この公園、大きいアスレチックが噴水の近くにあるじゃないですか」
「ありますね」
「そこによく不良が隠れて溜まってる時があるんですよ。あとは家出した少年少女とかもよく聞きます」
「……私はあまり聞きませんが」
 野宮は首を傾げた。情報の食い違いができているらしい。
「しかし手がかりもないですし、捜索する価値は一応ありそうですね」
 野宮が高本の意見に納得して静かな夜の公園の中へと入っていった。
 歩くこと三分、昼間は吹き上がっている噴水が静かに眠っていた。休日はこの時間帯も動いているが平日は早めに眠る。そのため平日のこの時間帯はあまり人を見かけない、実際に人は数えるほどしかいなかった。
「じゃあまた二手に別れますか」
「いや、今回は一緒に探した方が効率が良さそうです。大体隠れやすい場所は把握していますので」
「そ、そうですか。わかりました」
 強引に物事を進めていく高本に少し疑問を覚えながら野宮は後についていった。

 二人は公園の噴水付近を茂みの中を中心に捜索していく。しかしこの公園は端から端まで相当な距離を持つ。全てを回るのは時間的に難しいので一定の範囲内で動くしかない。
 途中、ポイ捨てしている若者を注意したりしながら二人はどんどん捜索していく。
「……あれ?」
 高本が呟いた。その言葉に野宮は反応して立ち止まった。高本もある方向を向いて動きを止めている。
「どうしましたか?」
「あそこのトイレの裏、誰かいますね」
 高本が狙いをつけたのは公園にある公衆トイレの裏側。この時間帯では暗すぎて遠目からでは何があるのかも確認できない。
 高本が慎重に歩みを進めていく。そしてトイレの裏側を懐中電灯で照らす。彼の察した通り、そこには人がいた。足に傷を負っていてボロボロの少女。
 荻野絢。
 先ほど高本を襲った荻野がなぜかこの公園にいた。
「大丈夫ですか!? どうしてこんなケガを……」
 野宮が慌てて荻野に駆け寄る。高本も驚きが大きくて固まっている。彼女はまだ荻野の正体を知らないので一目で襲撃者だとは思わない。
 荻野は公園に隠れていた。それを偶然高本が見つけた、というわけではないのだ。
高本が去る寸前、素早くメモにある事を書いてオフィスの中に落としていったのを、荻野が見つけて読んだのだ。メモに書いてあった事とは。

 “三十分後、第三学区東地区公園の噴水広場の公衆トイレの後ろで隠れておいて。今なら地下通路まで警備が貼り巡っていないから安全に行けるよ”

 高本が強引に公園を捜索させたのである。
「すいません……転んだら鋭い木が足に刺さって痛いんです……」
 荻野の足には刺し傷があり、そこから血がにじみ出ていた。見てるだけで痛みが伝わってくる。
「……とりあえず車で支部まで連れて行って手当てしましょう。今は救急車がスムーズに来れるとも思えないんで」
「え? ……あ、そうです、ね」
 高本は動揺しながら承諾して、足を動かせない荻野をおんぶする。
「じゃあ越本先生に連絡しておきますね」
 こうして荻野は高本に回収された。
 もちろん、荻野は転んでケガをしたわけではない。高本に回収されるために自分で足に木を刺したのだ。高本の指示ではない、自分から考えてやったのだ。だから高本は荻野を見て驚いて固まったのである。
「さて、本部にも連絡したので支部に戻りましょう」
 高本は荻野を優しく後部座席にのせて、運転席に座った。そして野宮も助手席に座ってシートベルトを締める。
「じゃあ出来るだけ早く向かいますので、シートベルトをしっかり締めていてください」
 高本、野宮、荻野。
 警察二人と犯罪者一人をのせて車は遠くへと走っていく。

 高本は混乱していた。大切な存在であるかつての教え子だからと言って犯罪者の荻野を自分たちの仕事場にあげていいのか。
 本当は車で家まで送っていくつもりだったが、想定外のケガのせいで支部まで連れて行くことになってしまった。
もちろん問題だらけである。
 犯罪者を逃がすだけでなく自分たちの秘密を見せるようなものだ。このことがバレたら高本がどうなるかは恐ろしい想像しかできない。
「……よかったら、お名前を教えてくれるかしら?」
 野宮が後ろで横になっている荻野に話しかけ始めた。高本は心臓をバクバクさせたまま運転を続ける。彼からすれば荻野には黙ってもらいたい。沈黙は金、という言葉が意味するとおりだ。
「……絢です」
 荻野は名前だけ答えた。会話が続く。緊張も続く。
「絢ちゃんね。なんでこんな夜遅い時間に一人で公園にいたのかな?」
 夜遊びとでも言ってくれ、と高本は心の中で祈っていた。
「……親とケンカしちゃって、家を飛び出してきたんです」
「まぁ、そういう年頃っぽいものね。高校生かしら?」
「はい、でもこの頃学校には行ってなくて……」
 お願いだからこれ以上話を広げないでくれ、と高本は口から出しかけていた。彼には荻野が何を目的にしゃべっているのか全く理解できていない。
 野宮もカウセリングの先生のようにどんどん会話していく。
「私も高校生の頃は真面目とは程遠かったよ。いつも学校をサボっては夜の街で遊んだりしてね」
 この話は高本も初耳だった。そして意外な過去だった。彼はもっと真面目な学生時代を送っている人だと思っていたため何かショックを受けていた。しかし運転に集中するフリをして動揺は顔に見せない。
「でもそんなダメな生活を送っていたときに起きたある事をキッカケにこの仕事を目指すようになったの」
 聞きたい、高本は単純にそう思った。野宮の事をもっと深く知りたい、できれば自分の事も深く知ってもらいたい。
そんな感情を忘れようとしたのか、車のスピードがどんどん上がっていった。
「まぁ話すと長くなるから今はしないわ。さて、そろそろ着くわ」
 第三学区TP支部がだんだん大きく見えてきた。高本はスムーズにバック駐車で車を車庫に入れた。
 そして運転席を降りて後部座席にいる荻野をおんぶしようと体勢を低くした。
「もう、一人で歩けます……」
 荻野は自力でゆっくりと地に足を着いた。そして手すりをしっかり掴んで階段を一段ずつしっかり踏みしめていた。
 とうとう荻野が中に入ってしまう、高本のドキドキは最骨頂に達している。正義と悪が混じってしまう、とても大変な事が起きるような気がした。いやきっと起きるのだ、と彼は繰り返し自分に言い聞かせる。
 そして我に返った頃にはすでに荻野は目の前にはいなかった。高本も慌てて車にロックをかけて荻野の後を急いだ。
「ただいま帰りました」
「よーっす。その子がさっき言ってたケガしてるお嬢ちゃんか」
 越本はいつものテンションで三人を出迎えてくれた。そして荻野を見るなり、あらかじめ用意しておいた救急箱の中を開けて色々と探っている。
「逃走者の情報は何か入りましたか?」
「ダメだ、何も手がかりが掴めない状態が続いてる。検問をたくさん置いちゃいるが何も引っかからねーな。現場検証は警察がしてるから俺たちの仕事は交通整理とかしかないね。今のところ命令は支部待機だし」
 これを聞いて荻野は安心しているのだろうか、仲間の無事を喜んでいるのだろうか。荻野は顔を下に向けたままだ。
「どうせ俺がお嬢ちゃんの足を触るとセクハラとか言われるから野宮ちゃんがやってあげな」
 救急箱は越本から野宮の手へと渡った。
 言われなくても私がやりますよ、と皮肉を言いながら野宮はソファに座ってる荻野の足の処置を始めた。荻野は顔をしかめて痛みに耐えている。
 荻野の処置は順調に進み、越本が暇そうにアクビを二回したころには終わっていた。
「さて、これで良し。じゃあ車で家まで送っていくわね」
「あ、僕が送っていきます!」
 高本が慌てて声に出した。その声に全員思わず驚いた。
荻野と二人きりで話をしたい、話をしなければならない、という思いが高本に襲ってきて衝動的に出てしまった一言だった。
「じゃ、じゃあよろしくお願いします」
「高本」
 慌てて荻野を連れて建物から去ろうとしている高本を越本の一声が止める。
「まだ就業時間だけど帰っちゃっていいぞ」
「え?」
 就業時間の終了にはもう少しあるが、今は緊急事態が発生している。そんな時に帰っていいぞ、と言われると何か疑問を浮かべてしまう。
「だって行って戻ってくるの面倒だろ、あとは二人でやっておくからさ」
「あ、ありがとうございます」
 高本は久しぶりに越本に感謝して、外に出て行った。
「……今日はありがとうございました」
 続いて荻野も感謝の言葉を述べて出て行った。
 取り残された野宮と越本は互いの顔を見合わせて首をかしげていた。そして先に越本が口を開いた。
「高本、ロリコンだったのか」
「バカな事言ってないで仕事しますよ」

2013/06/01(Sat)02:00:14 公開 / ayahi
■この作品の著作権はayahiさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
この頃お引越ししたayahiです。新生活に慣れない中、時間を見つけて書きました。そろそろどの作品の続きを書くか決めていきたいです。感想、意見をくれたらとても嬉しいです。
この作品に対する感想 - 昇順
 読みましたー。
 SFですからもっと描写をしっかりして欲しいというのが一点。現実の世界を舞台にしているのなら別にいいのですが、特殊設定である以上、それは細かくやっていかないとなにがなんだか。最初の学園都市の説明にしたって雑です。
 次に、これはこの作品じゃなくあとがきの「どの作品の続きを書くか決めていきたい」という発言について。決めてから書きましょう。「true force」「シンメトリー」にも読者がいたわけですから。信頼をなくしてしまう可能性があります。もし長編を書くのであれば、どれか一つに集中するか、まんべんなく更新していくかしかないです。
 小言は終了。聞き流してくれて結構。感想いきます。相変わらず、この短い枚数ながらキャラはしっかりしてますし、そのキャラたちのかけあいもしっかりできていて、すらすらと読めました。これはまだ物語始まってないのですから、そこらへんの感想は言えないのですが、荻野という子がキーパーソンになるんだろうなあくらいしか。
 あ、荻野が「かつての教え子」って話しですけど、最初の方高本は二年前に学校ヘきたってあるんですよね。これはつまり、それ以前の学校の教え子だったってことでいいですか? 最初の説明だけでてっきり高本は新任だと思ってしまったもので。
 なにはともあれ、更新楽しみにしております。
2013/04/26(Fri)22:49:520点コーヒーCUP
 コーヒーCUPさん、感想ありがとうございました。まず「どの作品の続きを書くか決めていきたい」という私の発言について。この頃、こんな風に小説を短く書いてばっかりいたら面白いものは書けないと気づいたので、予定ですが「marvelous」と「true force」に絞って書いていきます。そして「設定が雑」という点について。これは他の作品を見て勉強しながら考えようと思ってます。あとは荻野は高本のそれ以前の教え子です。伝わりにくかったみたいなので修正しようと思います。
 まとめとして、こんなに丁寧に感想をくれてとても嬉しいです。この頃、私は良い評価、感想を得たくて急いでいるような気がします。そんな私を抑えながら、しっかり書いていきたいです。
2013/04/27(Sat)01:04:560点ayahi
 こんにちは。シンメトリー書かないんですか! でもこちらのほうが断然おもしろかったので、応援いたします。しかしやはり、続きを書く気はない、みたいなことを堂々と言うのはだめですよ。途中まで書いて放り出してる人もたくさんいますから、あんまり注意はできないんですけどね(笑)
 描写に難はあるかもしれませんが導入としては上手いと思います。洋画なんかでは、よくこういうふうに冒頭に緊迫シーンがあって、惹きつけられますよね。短い感想ですみません。では。
2013/04/30(Tue)01:54:230点ゆうら 佑
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