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『“CASE” [中]』 作者:コーヒーCUP / ミステリ 未分類
全角90449文字
容量180898 bytes
原稿用紙約266.8枚
『“CUBE” [上]』をお読みください。
第四章【毒薬の小瓶 -A Dram of Poison-】


 翌日、私と春川は約束の時間通りに協会へ出向いた。驚いたことに、警備員が増えていた。以前は入り口に立っていただけだったのに、その数も二人から四人に増えていたし、中にも警備員が配備されるようになっていた。物々しいな。
 建物の中へはいると、素早く受付の矢倉さんが反応してくれた。私達の方へむかって一礼する。彼女へ近づくと「ようこそ」とまた頭を下げられた。
「お待ちしておりました」
「あなたが案内してくれると聞いてるんだけど」
「はい。少々お待ちください」
 矢倉さんは受付カウンターの中の電話をとり、内線をかけた。そしてしばらく「はい、はい」と誰かと会話した後、受話器をおいた。
「もう会議は終わっているそうですのでご案内いたします。ついて来てください」
 彼女がカウンターから出て歩き出す。思えば、彼女がここから出てくるのを初めてみた。いつだってここに鎮座していて、それが当たり前だったからすごく新鮮だ。
 エレベーターに乗ると矢倉さんは最上階のボタンを押した。
「会議と言っていたくらいだ、ここには会議室があるんだろ? そして私は今からそこに行く」
「会議室ではなく、大きなホールです。集会など人が集まる場で使用されています」
「へえ。勝手な想像だけど、てっきり最上階は教祖がいるのかと思っていた」
「教祖様の部屋は、別の階にございます。申し訳ありませんがお教えできません。極秘のことですので」
 そうかいと返事をしながら、おかしなはなしだと思った。私に教えてくれないということは、つまり秘密事項ということだ。おそらくは一般の信者にも。当たり前だけど、社長室を隠す企業なんてそうはない。
 そうしないといけないのか、単にそうしてるだけか。どっちにしても胡散臭い。
 最上階につくと矢倉さんの案内通りに進み、『Cross Hall』というところへついた。大きな両開きの立派な木目の扉を、矢倉さんがノックした。そして「どうぞ」という返事が聞こえてから、それを開けていく。
 中には五人いた。合計三十くらいあるであろう長テーブルが綺麗に並べられていて、そして彼らはそこらにちらばって座っている。私たちが入ってくるのを待っていたのか、一気に目が向けられた。
 一人は若い男。おそらく私とそこまで歳がかわらない、メガネをかけた男性だ。
 二人目はおそらくは父より年上の女性。紫の口紅が唇に塗りたくられている。
 三人目も女性。四十くらいだろうか、どこかつかれた顔をしている。綺麗に輝くピアスが遠くからでもよくわかった。
 四人目は男性。父と同じくらいの年齢。眉間によったシワが波打っているせいで、ひどく厳つい。顔のシミが目立っていいぇ、ブルドックに似ている。
 そして、ただ一人立って私達を出迎えたのが、立浪さん。
「急に呼びつけてすいません。ただ、いい機会でしたので」
「構わないよ。ねえ?」
 私が春川に同意を求めると、春川がええと簡単に答えた。
「では、まずお二人の紹介をさせて」
 立浪さんの言葉が遮られたのは、野太い声が横入りしたからだ。
「いいよっ、そんなの。さっさと終わらせるべきだろっ」
 怒鳴り気味にそう提案したのはブルドッグ似の男性だった。なぜかわからないけど、怒っている。
「そうですか。では、お二人の紹介は省かせていただきます。よろしいですか?」
「名乗るほどの者じゃないしね。問題ないよ」
「ありがとうございます」
 あの男性のああいう態度に立浪さんは慣れているのか、特に動揺することもなく対処した。そういえばいつの間にか案内してくれた矢倉さんが室内から消えていた。
「では、代表代行のことを私から紹介させていただきます。先ほどの男性が大蔵さんといいます。大蔵茂雄さん」
 あのブルドッグが大蔵さん。なんというか、お似合いの名前だな。
「次に、女性の紹介を。あちらに座っているピアスの女性が、守島さん。守島秋さんです」
 紹介をされると守島さんは座ったままぺこりと頭をさげてきた。
「今度は代表代行の最年長の江崎さん。江崎かな子さんです。代表代行でも最年長ですが、この協会の信者としてもかなりの古株です」
「立浪、年の話はするなと言っているでしょう」
「そうでしたね、失礼しました」
 聞き流すように立浪さんがその江崎さんの捨てきれない女性のプライドを処理した。
「最後に、今度は一番若い方を。あの男性が桐山さん。桐山彰さん。実を言いますと、蓮見さんたちの大学の先輩ですよ。そして年も二つしか違わないはずです」
「違うよ、立浪さん。細かく言うと僕は彼女たちの先輩じゃない。なにせ僕は中退したからね」
 桐山さんが立ち上がって、こちらに寄ってくる。そして私の前に立つと私に握手を求めてきた。
「紹介にあずかった、桐山だ。一応君等と同じ大学には行ってた。ただ、あんまりおもしろくなかったから三年の途中でやめた。なにかの縁だ、よろしく」
「先輩に出会えるとは思わなかった」
 私は握手に応じる。私との握手が終わると今度は春川にももとめた。彼女もいつもの笑顔でそれに応じる。年が近いこともあったし、代表代行の中で唯一私達に挨拶してきてくれたこともあった、好感がもてる。
「おいっ、時間がないんだよっ、同窓会なら別のところでやってくれ」
 ブルドッグ、もとい大蔵さんがその様子をみてまた怒るが、桐山さんが「うっさい」と返した。
「静かにしろよな。さっきの会議もそうだけど、あんたうるさすぎる。でかい声だしてばっかりでろくなこと言わないし」
「……あいかわらずうるさいぞ青二才」
「うるさいのはあんただっての老害。ったく、なんであんたなんかが代行なんだよ。教祖様もよくわかんないな。ああ、教祖様がわかんないのはいつものことか。わるいね、蓮見くんに春川くん。あれは無視していいよ。とにかくいつもああなんだ、無視してたらそのうち黙るから」
 桐山さんは言いたいことだけいうとウィンクして、近くのテーブルの上に座った。二人のやりとりのせいで、この広いホールに緊張感が走った。どうも落ちつかないな。桐山さんは口笛でも吹き出しそうな雰囲気だけど、大蔵さんはまだいいたいことがいっぱいありそうだ。
 代表代行、なんだか私が想像していたのと違っている。
「どうもお忙しいみたいだし、さっさと本題に入ろうか」
「そうですね。では皆さん、脅迫状のコピーを出して下さい」
 四人がそれぞれなにか紙を取り出す。男性二人は胸ポケットから、女性二人は足元においてあったカバンをテーブルのあげるとそこから封筒を取り出す。私は手始めに一番近くにいた桐山さんに寄って行き、それを渡してもらう。
『代行をおりろ。地獄にいくぞ』
 また新聞の切り抜きでつくられた脅迫状だ。この一文だけ。
「ほかにはある?」
「ないんだよね。僕のところへ届いたのはその一通だけ」
 肩をすくめる彼を傍目に見ながら、また疑問が生まれた。水島さんは数通もっていた。代表代行の中でも送られてる枚数に差があるのか。
「ちなみに、これが届いた時、何か気づいた?」
「違和感はなかったかな。ついに僕のところへも来たんだって、ちょっとおもしろかったくらいだよ。一応、ポストの周りとか色々と調べたけど、なんにも不思議なところはなかったね」
「僕のところへもきたんだっていうのは?」
「ああ、聞いてないのか。僕だけ脅迫状もらってなかったんだよ。水島さんとか大蔵さんには届いていたのに、なんでか僕だけもらってなかった。おかげで一時は二人に疑われたなあ。けど、しばらくしてからこの一通だけ届いた」
 だから水島さんはたくさん持っていて、彼は少ないのか。しかしそれにしたって根本的な解決は何もできていない。
「俺は今でも疑っているぞ」
「うっさい、はいってくんな。寝とけよ」
 大蔵さんが横槍をいれて、それに桐山さんが応じる。諌めたりしても無駄なんだろうな、あの立浪さんが仲介に入っていないところをみるといつもことで相手にするだけ時間がもったいないんだろう。
「これ、いただくよ」
「どうぞ。コピーだしいくらでも持って行ってくれよ」
 さて、次は誰にしようかなと思った所で、視界の端に面白いものがはいった。春川がピアスの女性の側に立っていて、すでに預かった脅迫状のコピーを面白そうに見つめていた。
「レイ、こっち」
「はいはい」
 春川に寄って行くと彼女はその用紙を差し出してくる。五枚もある。これはこれで多いな。そして中身を確認する。
『代行を止めろ』『ひどい目にあうぞ』『許さない』『天罰がくだる』『あそこに近づくな』
 なるほど、内容は大きく変わらないな。私は守島さんに目を向ける。
「これ、届き始めたにはいつ頃?」
「一年くらい前から。あとは不定期的に少しずつ。最後に届いたのは一ヶ月くらい前ね。大村さんの事件の少し前だったから」
 大村さんという名前が突然でてきたけど誰か分からないということはなかった。おそらくは大村庄司さんのことだろう。春休みに殺された協会の関係者、立浪さんの友人だったという方だ。どういう人かまで知らないが、基本情報くらいは調べた。
「そうか。ちなみにやっぱり家のポストに?」
「いいえ、私の家ポストないから。新聞もとってないし、チラシとか邪魔になるの。私宛に何か届くとしたら、ここ。この協会に届くようにしてるわ、矢倉さんがうまく処理してるはず」
「じゃあ、これはどこに?」
「家のドアに封筒にいれて糊付けされてたわ。ちょっとドアが汚れて、イライラしたわね」
 イライラしたか。どうやら、こういうのが届いたことに対する恐怖はなかったようだ。というか、さっきの桐山さんといい、本当にどこか他人ごとだと思っているんだな。
 脅迫状なんかものともしないというか。確かにこんな映画みたいな脅迫状を送られてもいたずらと思うか。
「レイ、気づかない? それ、おかしいわよ」
 春川がそんな指摘をしてくる。少し笑っている。私はコピーをまた見る。なにかおかしなところはあるだろうか。
「……あっ。これはケアレスミスだね」
「そうね。ちょっと恥ずかしいわ」
 春川が最初に気づいたのは、いかにも彼女らしい。優等生特有の着眼点だ。
 立浪さんが「なにかわかりましたか?」とこちらに近づいてくるから、私はさっき五枚のうちの一枚を彼に差し出す。『代行を止めろ』と印刷されたもの。彼はそれを受け取るが、何が言いたいかわからないのか「これがなにか」と首をかしげる。
「誤字だよ。代行を止めろと書いてあるけど、『やめろ』の漢字が違う。正しくは辞表の『辞』という字で『代行を辞めろ』としなきゃいけないんだよ。細かいことだけどね。けどテストなら間違い無く減点対象だね」
 解説するとわかるけど、細かいことだ。細かいというか、些細というべきだね。どうでもいいように思える。
「ああ」
 と声を漏らした立浪さん、自分に届いた脅迫状なのにまるで興味がなさそうな守島さんに、はははと笑い声をあげた桐山さんに、不本意なことに私と同じ感想をもったのは大蔵さんだったようで「どうでもいいだろっ」と声を荒げた。
「まあ、ただのミスだろうね。この犯人、国語は苦手なのかもね。守山さん、ちなみにこれが届いた時、何か感じた?」
「別に。イタズラと思ったから、相手にしなかったわ。今も相手にしてないけどね」
「そうかい。ならコピーだけはいただいていくよ」
 春川に五枚の用紙と、さっきの桐山さんのををすべて渡した。彼女はそれを比較するために、近くの席に腰を下ろした。すごい眼力でそれらを見つめ始めた。さて、彼女なら他にもなにか気づくかもね。
 私は、次の方へ移行しよう。
「おい小娘、いつまで待たす気だ」
「急かすね。血管がきれちゃうよ」
 すでに大蔵さんのもとへと足を進めていたのにそんなことを言われたので、憎まれ口で返しておいた。
「目上を敬え、どんな教育をうけてきたんだ」
「厳格な父と、破天荒な母による、見事な教育だよ。あなたの知る必要ないことだ。早く終わらしたいなら、無駄口を叩くべきじゃないと忠告してあげよう」
 大蔵さんがムッとしたのが威圧でよくわかるが、申し訳ないけどそんなのでひるんでやるほど私は弱くない。なにせ、もっと怖い男が父親で、それと二十年も一緒に住んでいるんだからね。大声だけで脅かそうなんて、百年早いよ。
「ははは、蓮見くん良いね。そのおっさんにはそれらいで丁度いいと思うよ」
「黙れっ、若造が」
 私は二人のことは無視することにして、大蔵さんがテーブルの上に出していたコピー用紙を手にとった。こちらも五枚。内容を確認する。また新聞の切り抜きだ。芸がないな。
『協会から離れろ』『やめろ』『あそこに近づくな』『つぐなえ』『地獄におちろ』
 内容はほぼ一緒か。ただ一人一人微妙な差異はあるみたいだね。さて、これになんの意味があるのか。それともそうしたかったから? 深い意図があるのかないのか、イマイチわからないな。
「届いたのは守山くんの証言と同じ時期だ。私の場合は普通にポストに入っていたな。なにか感じることもなかった」
「なるほど。一人暮らし?」
「ここにいるものは全員そうだ」
 家族がいるなら彼らにも何か聞き出せるかもと期待したが、どうもそう甘くいかないらしい。
「小娘、俺からも忠告してやろう。立浪がなにを思ってお前にこんなことを頼んでいるのかわからない。私は反対した。ただ教祖が許可を出したから今日だって付き合っている。しかし、お前に何かできるとは思ってない。いますぐこんなことやめろ。警察が動いているんだろ、お前が出る幕などないぞ」
「ありがたいお説教ありがとう。なら私からも一言」
 私は彼にぐっと顔を近づけてみた。ブルドッグみたいな彼が、少し身を退いた。
「余計なお世話さ」
 彼が顔を赤くして何か言い出す前に、私は最後の人のもとへ向かった。彼の言葉は正しい。私には何もできない、それは正解だ。ただ私は何かするためにこんなことしてるわけじゃない。これはあくまでこの協会と関係を保つための代償だ。私は一貫して春川の事件を優先している。
 最後の人、江崎さんは私が近づくと上目遣いでこちらを伺った。高そうな老眼鏡をしている。
「はじめまして、お話しは伺ってますよ、蓮見さんよね。あちらがご友人の春川さん」
「ええ、そうです。はじめまして」
 すごく落ち着いている雰囲気だ。さっきの大蔵さんとは態度というか雰囲気がまるで違うので、ちょっと戸惑ってしまう。物腰穏やかだけど、どこか逆らえない空気を醸し出している。嫌だな、こういう空気を出す人。
 なんか、落ち着かないんだよ。
「大蔵さんはああ言っていますが、あなたが協会のために動いてくれいることは変わりないわ。私、感謝してますよ」
「そう言っていただけると助かるよ」
「期待しているわけではないけどね」
「……そりゃ賢明だね」
 この人、大蔵さんよりよっぽどやりづらいな。彼は自分が上だということを頑なに顕示しようとするぶん隙があるけど、この人はそういうことはない。あくまで自分が上だと決めこんだうえで、それを疑わない。だから、何もしない。ゆえに隙が生まれづらい。
 嫌いだな。
「さあ、お仕事をしてちょうだい」
 江崎さんがコピー用紙を差し出してくる。早く終わらせたいので、それを黙って受け取る。やっぱりこれも五枚。もう届いた時期なんて聞くだけ野暮になりそうだね。そして切り抜きのメッセージをチェックする。
『過ちを犯すな』『やめろ』『協会をやめろ』『罪をつぐなえ』『地獄におちろ』
 また同じだ。これから差異を見つけ出すことは無理。というか、使い回しもあるのか。
 問題はどうしてそんなことをしているのかだけどね。
 メッセージそのものに意味があるなら、もっと長くなるし、一人一人違うものを送るだろう。けど同じ物を使いまわしたりしてるあたり、問題は文面じゃない。脅迫状を出す、これこそが犯人の目的とみるべきだ。
 そして一貫して言っているのは「協会から離れろ」と「償え」だ。意味があるとすればこれだけだ。あとは蛇足とみるべきだね。共通してるメッセージはこれだけだから、犯人としてこれだけは伝えたかったんだろう。
「どうかしら、なにかわかった?」
「おや、期待してないんだろ?」
「ええ、念のためよ」
 全く都合のいい。
「まあ、今から話すよ」
 私は預かったコピー用紙を持って、春川のもとへ向かった。彼女へそれを渡す。彼女はそれらをじっくり見つめる。
「駄目ね、私には何にもわからない。あなたは?」
「少しだけ」
 私は体の向きをくるりと変えて、立浪さんの方へ向いた。
「立浪さん、あなたに送られてきたのも五枚かな?」
 彼は静かに一度だけ頷いた。彼のは後で見せてもらおう。時間もない、というか、あまり長居したくもないし、さっさと話を進めるのを優先させたい。空気が悪いところは嫌いなんだよ。
「さて、まず私の方から質問だけどね、この脅迫状の送り主に心当たりとかあったりする?」
 誰も応えない。立浪さんは変なリストを作っていたらしいから、それが答えだろう。ちなみにそのリスト、ほとんど役にたたなかったと父が嘆いていた。
「誰も何もないのかい?」
「小娘、そんなのイタズラと私たちは思っていたからな。馬鹿な奴らが協会に嫌がらせをしてくるのは初めてじゃない」
 大蔵さんが腕を組みながら、バカが多いからなと締めくくった。
「イタズラは今までいっぱいされてきたの?」
 それに答えたのは立浪さんだった。
「近隣住民が協会を嫌がって、怒鳴ってきたりすることはあります。そういうものの延長線で、信者と住民が揉め事を起こすこともあります。ですが、そういった方々はリストに載せました。お父様が確認なさっているはずです」
 確かに、こんな立派だけどどこか不気味な建物を本拠地とする宗教団体が近所にあったら落ち着かないだろう。しかし、それだけで脅迫状なんか送るものかな。送るとしても代表代行にひとりずつなんて手間はとらないだろう。
 予想通りだね。
「じゃあ、やっぱり内部の人間だよね」
 私の一言に張り詰めていた部屋の空気にまた一層緊張が走ったのがよくわかる。
「どうしてそうなるのよ」
 守島さんが睨みながらそんな抗議をしてくる。
「脅迫状があなたがたに届いたからだよ。自宅のポストに犯人自ら届けている。ということは、犯人はあなたがたの住所を把握しているということになる。あのね、そんなの内部の人間じゃないとできないだろう。立浪さん、相談室のパソコン、あそこにはそういったデータがいっぱい入ってるんじゃないのかな?」
 立浪さんははいとだけ答える。彼は多分私がこういうことを言い出すと予想していたんだろう、特に驚いている様子はない。静かにことの成り行きを見守ってる感じが、不気味だけど。
「で、そのデータは簡単に見れるのかい?」
「いいえ、限られた人間にしかアクセスできません。教祖、そして私達、矢倉さん。そして大村だけでした」
 ここでも大村さんの名前が出てくる。一ヶ月前に殺された彼も、情報には触れられたわけだ。
「じゃあ、そのメンバーに脅迫状の犯人がいるとみるのが妥当さ。大村さん、水島さんは亡くなってるから、あなた方五人と、残り二人の合計七人の中の誰かが犯人さ」
 バンッという大きな音が部屋中に響いた。突然のことで目を丸くしてしまうが、その音をたてた人、守島さんが「ふざけんじゃないわよっ」と大声で怒鳴るものだから、更に面食らってしまう。彼女は立て続けにテーブルを拳で叩きながら、声を張り上げる。
「教祖様が犯人ですって!? ふざけるんじゃないわよ、このガキッ。そんなことあるわけないでしょう、あの方は誰より私達を信じてくださってるのよっ、部外者が知ったような口をきくんじゃないわよっ。そんなのはありえないっ」
 ものすごい形相で睨まれてしまっているが、肩をすくめたくなった。全く、どうかしている。私は今、教祖だけじゃなく、この場にいる全員にあなたがたは容疑者だと宣言したのに、彼女はそれを無視して教祖のことだけを怒っている。
 優先順位が理解できない。
「まあ、それには僕も賛成かなー。蓮見くん、教祖は外していいと思うよ。あの方はよくわからないことが多いけど、脅迫状なんてことはしない。うん、断言できる」
「若造の言うとおりだ」
 守島さんの怒りの声明に桐山さん、そして大蔵さんまで賛同する。ちらりと江崎さんを一瞥すると彼女は私の目を見てから、静かに、一度だけ頷いた。初めて、この集団が団結してるのを目の当たりにした。
 教祖、とんでもなく信頼されているらしい。これはタブーだな、触れると面倒だ。
「なるほど、なら教祖のことはおいておこう。では、あなた方は自身が犯人でないと証明できるのかな?」
 質問を変えると一気に静かになった。全員言葉に詰まる。
「立浪さん、データにアクセスするのは簡単なのかい?」
「ええ、少なくともここにいる代表代行なら誰でも簡単にできます。パソコンさえあれば」
「閲覧履歴とかは残ってる?」
「残っていますが、データは私達よく利用するので履歴は役にたたないかと思います。確か、警察の方にも同じ質問をされました」
 やっぱり警察もわかっているみたいだ。で、特に進展がないということは少なくともそこからは辿れなかったとみるのが妥当か。彼らは自身の無罪を証明できないようだけど、同様に警察も彼らの有罪を立証できない。
 データだけじゃなんともならないみたいだね。残念。
「ふーん……なら、この話題はもういい。あ、よくない。大村さんだ」
「大村がどうかしましたか」
「彼が殺されたことと、今回の水島さんの事件を無関係と考えるのはあまりにも無理がある。しかし関係性が見つからないのも事実、しかし私が犯人なら大村さんの事件は警告にしたはずだ」
 私が何を言っているのかわからないのか、全員が眉間にシワをよせる。
「つまり、あなたがたも大村さんみたいになるぞという、脅しさ。しかし当たり前だけど、それはあなた方だけに伝えたかったはずなんだ。なにせそんなあからさまな脅しを警察にまで知られたら、いざというときあなた方に手が出せなくなるからね」
 だから犯人としては警察には知られない方法で、脅迫状の犯人こそ大村さんを殺した者だと、協会に伝えているはずだ。しかしそれに協会は気づかなかった。結果として犯人は行動を起こした。そう見るのが妥当だ。
「だから犯人は大村さんとあなたがたしか見ることのできないところへメッセージを残した可能性がある。そしてパソコンのデータは、まさにそれにあたる」
 大村さんと彼らがアクセスできる。いわば秘密基地のようなもの。私が犯人なら、そういうところへメッセージを残す。
「……蓮見さん、それはどうでしょう。データにはよくアクセスしますが、大村の死後も大きな変化はありませんでした」
「だから、もっと調べてくれないかという話さ。別にデータだけじゃない。あなたがと大村さんしか見ないような場所、そういうところが他にもあればそこかもしれない。とにかく、二つの事件を結びつける何かが、必ずあるはずだよ」
 これには自信がある。二つの事件、必ずつながりがあるはずだ。そして代表代行でなかった大村さんが殺されたのは、最終警告だったはずだ。犯人はそれを無視されたと感じ、水島さんに手を出した。
「なるほど。わかりました、できるだけのことはしましょう」
 立浪さんが良い返事をくれたので私は満足した。しかし大村さんの事件が起きてから一ヶ月経っている、見つかるかどうかは微妙なところだな。それは犯人とっては見つかって欲しいものであったけど、もう第二の事件を起こした以上、役に立たない。それどこか、うってかわって見つかってほしくないものになってるはずだ。なにせ、手がかりになるものなんだから。
 証拠隠滅なんてされていたら、無駄骨になる。そして可能性は結構高い。
「じゃあ、データの話は終わりさ。続いて、この脅迫状。ねえ、あなたがたは何をしたのかな。犯人はどうやら何か償ってもらいたいようだけど」
「ただの脅しだろう」
 大蔵さんの実に間の抜けた指摘。
「これだけ償え償えって言ってるんだ。脅しなら、それこそ『殺す』とかにするさ。けど不思議なことに、犯人はそういったことは残していない。というか天罰とか言ってるあたり、どこか他人任せだね。けど償えっていうのだけは、メッセージに共通してる。犯人は明らかに、あなたがたになにかされたと思ってるんだよ。そしてそれが、許せない」
 それは人を殺すほど、大きな怒りであり恨み。
「水島さんは協会を恨んでいるような人間はいないと言っていたよ。皮肉な話しさ、じゃあ彼は一体誰に殺されたんだよ。贖罪せよなんてメッセージまで残されてるのに」
 恨まれていない人間なんていない。いたとしたら、それは異常だ。わたしはそう思っている。そして水島さんにもそう伝えた。彼があの時なにを思ったかは知らない、しかしその数時間後、彼はそれを思い知らされたわけだ。
「立浪さんはリストを作っていた。あなた方だって、覚えがないはずないだろ」
「蓮見くん、僕はこの代表代行の中じゃ一番若いし、まだ代行になって半年ほどしか経ってないけどね」
 桐山さんが突如して話し始めるので、耳を傾ける。
「恨まれているかどうかといえば、些細な恨みならいっぱいあるだろうね。ここの信者の家族とかがそうだよ。信者の家族が、家族を返せと言ってくるのはよくある。僕も対処する時があるからね。あとさっきもでたけど近隣住民も。この本部を建てるときなんて、すごい反対があったそうだよ。立浪さんがなんとかしたらしいけどね。けど、僕たちは犯罪に手をだしたことはないし、誰かを傷つけようとしたこともない。あくまで僕らの目的は布教であり、信者の安寧だよ。だから、恨みはあっても、殺意に出会うことなんてないんだよ」
「蓮見さん、私からもいいかしら」
 桐山さんが話し終えると同時に江崎さんが口を開いた。私がどうぞと促すと、彼女はこほんとせきをした後、穏やかな口調で、どこか諭すように話し始めた。
「桐山くんの話は本当にその通りなの。私たちは、理解されないことのほうが多いけど、あくまで一番に考えているのは信者なの。だから、信者の家族だって大切にしているわ。いざこざがないとはいわない、けどね、それがこんな事件に発展するとは思えないわ」
 水島さんは恨みなんてないと言ったけど、二人は違うらしい。あることはあるが、それがこんなことになるとは思えない。確かに、人を殺すほどの悪意や恨みなら、彼らが気づかないのもおかしい。そしてそれを隠すのもおかしい。以前ならともかく、今命の危機にさらされているのは彼らなんだから。
 だからこれは嘘じゃない、本心だ。
「……OK、わかった。納得しておこう。ただなにか思いだせば、すぐに警察に言ってくれ」
 これ以上聴きだしても何も得られない。あとはもう警察に任せてしまおう。どうせ似たような質問をもういっぱいされているだろうし、彼らは私ほど優しくない。これからもしていくだろう。素人はここで退くのが一番だ。
 では、一番気になってることに移行しようか。
「じゃあ、拡大派と維持派について、教えてもらおうか」
 ガタッという音が鳴った。それは立浪さんを除いた四人が、椅子をひいた音だった。明らかにそういう質問をされることを想定していなかったようで、驚きをかくせなかったようだ。なんだか、ようやく一矢報いた感じがする。
 この協会を現在二分化している、二つの派閥。協会を大きくしていくべきだという主張の拡大派と、このままの状態で今の信者を大事にしていくべきだという維持派。春川が最初協会を危惧したのはこの派閥争いがあったからだ。
「水島さんは拡大派だと言っていたね。じゃあ、拡大派の人、手をあげてくれるかい」
 私が片手をあげてみせるけど、誰も何の反応もしない。強いて言うなら春川だけが、私の方を心配そうに見つめていた。やだ、惚れちゃうね。
「あれ? いないのかな?」
「おい小娘、どうしてそれが今関係してくるっ、それは内部の問題だぞっ」
「話を聞いてなかったのかい。あなたがたは容疑者でもあるんだよ。事件は内部の問題なんだよ、派閥争いなんて無視できるはずないだろう」
 協会の関係者が死んで、次は内部の人間が死んだ。そして関係者は口をそろえて恨みなんか身に覚えがないと証言していて、犯人は内部にいる可能性が高い。そうなると、この問題こそ最も重要じゃないか。
「蓮見さん、それはデリケートな話題ですので、よければ私が後で個人的にお教えします」
「立浪さん、少し静かにしてくれ」
 彼が場を収めようとするのを、私は許さなかった。あとで教えてもらってもいいけど、今はこの人たちのリアクションがなにより大切な情報だ。大蔵さんの態度を見る限り、触れて欲しくなかったみたいだし、丁度いい。
「調べればすぐわかることなんだから、嫌ならさっさと済ませてしまおうよ。ほら、拡大派の人は手を挙げてくれよ」
 しばらく反応はなかった。しかし、桐山さんが大きなため息をついた後、「はいはい」と口にしながら手を挙げた。
「桐山さんだけなのかな?」
「守島さんと立浪さんもだよ。ふたりとも、俺だけなんて嫌だから、手を挙げてよね」
 桐山さんに促される形で守島さんが片手を挙げて、続いて立浪さんもそうした。なるほど、この三人が拡大派。信者を増やすべきだという主張をしているのか。水島さんもそうだから、代表代行六人のうち四人が拡大派だったわけだ。
 そして残った二人、大蔵さんと江崎さんが維持派。今の信者を大切にすべきだと主張してるのか。
「ありがとう、もう手をおろしてくれて結構だよ。さて、じゃあ維持派に訊くとしよう。大蔵さんに江崎さん……あなたがた、水島さんが邪魔だったかい?」
「おいっ、ふざけているのかっ!」
 私の単刀直入な質問に大蔵さんが立ち上がって、顔を真赤にしながら抗議してくる。
「ふざけていないよ。むしろ大真面目だ。だって拡大派が殺されたんだよ、維持派を疑うのは当然じゃないか。邪魔だったかどうか、答えてくれないかな」
 大蔵さんがぷるぷると震えながら、怒りを表しているけど、こんなの警察にも訊かれたはずなんだよね。きっとその時もこうやって怒ったんだろうけど、慣れなきゃいけない。この人達、本当に当事者という自覚があるのかな。
「蓮見さん」
 今度は江崎さんだった。さっきまでの声とは違い、どこか刺がある。
「少し常識がかけてるわよ、そういう質問は」
「常識? 面白いことを言うね。人が殺されているこの状況で常識なんて通用すると思ってるなら、非常識だよ」
 私の返答に江崎さんは言葉を詰まらせた。
「いいかい、ここにいる全員、わかっているのか。あなたがたは容疑者で、被害者候補だ。常識もなにもない。なにせ、相手にしてるのが非常識なんだから。倫理観とか、道徳観とか、そんなものに構っていたら――死ぬよ?」
 最後の一言だけは強調したくて、少し間をおいてから冷ややかな声で告げた。
「死にたくないなら情報提供くらいしてくれないと困るわけだ。それともなにかな、話したらまずいのかな?」
 挑発気味に、わざとらしく首をかしげてみせる。そんな私の態度に大蔵さんは拳を強く握って震わせている。短気だなあ、絶対に損をするよ。まあ、気長が得をするかといえば全然違うんだけどね。
 部屋中に緊張の空気が張り詰めていたとき、コンコンとドアをノックする音が響いた。立浪さんが「入って」と扉の向こうの誰かに声をかけると、自分が通るぎりぎりのぶんだけドアを開けた矢倉さんが、静かに入ってきた。
 手にはミネラルウォーターのペットボトルが握られている。
「守島様、お時間です」
「ああ、もうそんな時間なの」
 矢倉さんが守島さんのところへ行き、そのペットボトルを渡す。守島さんはカバンの中から、何かを取り出していた。よくみると錠剤がはいった小瓶だ。
 せっかくいいところだったのに、なんだか台無しにされてしまった。そんな恨みの気持ちをこめて立浪さんへと視線を向ける、どういう状況か教えてくれないかと意図も込めて。彼は私の視線に気づくと、こちらに来た。
「守島さんは持病を患っておられて、定期的に薬を飲むんです。さっき矢倉さんに水を買ってくるように命じられてました」
「ああ、そうかい」
 なんだか緊張が途切れて、締まらない空気になってしまった。その元凶の二人は平然としている。守島さんは何か錠剤を飲み終えるとペットボトルを矢倉さんに返して、彼女はそれを受け取る。
 さて、仕切り直しだなと思ったその時だった。
「……うっ」
 なんだから、カエルの鳴き声みたいな、野太い声が聞こえた。そして次に、バタンッという大きな音がする。音の発信源、守島さんの方を見ると、彼女が喉を抑えながら立っていた。さっきまで座っていた椅子が倒れている。
「も、守島様?」
 一番近くにいた矢倉さんが彼女の元へ駆けより、大丈夫ですかと声をかけるが、守島さんは喉を抑えたまま下を向いている。
 そして「えっ……」という矢倉さんの声が室内に響くと同時に、ようやく全員が事態を把握した。下を向いたままの守島さんの口元から、ぽたりぽたりと、紅い血液が滴っていた。全員が一斉にたちがある。
 ようやく守島さんが、スローモーションのような動きで顔をあげた。そして目の前にいる矢倉さんと目を合わせる。
「や、や……あな、た」
 なにか言おうとしたのに、それはもう続かなかった。次の瞬間、彼女は今まで聞いたことのないような音のせきをした。そして、それは鮮血をともない、矢倉さんの顔を赤く染めた。
 そして。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!」
 彼女は雄叫びのようなうめき声をあげて、その場に倒れ込んだ。
 室内を静寂が包む。誰も何も発しなかった。全員、時間がとまったみたいに、一時停止していた。ただ一人、顔を守島さんの血で染めた矢倉さんが目をぱちくりとさせた後、その場に膝をつき、震えだした。
「きゃあああああああああっ」
 今度は矢倉さんの悲鳴だった。それでどうにか私は我に返ることができて、急いで倒れた守島さんの元へと駆け寄る。
「立浪さんっ、救急車だっ! 春川っ、父上に連絡してくれっ!」
 声を張り上げると二人もそれで我に返ったのか、同時に携帯を取り出す。他の人達も動き出そうとするが、私はそれを大声で止めた。
「動くなっ、全員その場を動くなっ!」
 守島さんは仰向けになって、喉を両手で抑え、唇の端から血液を流しながら倒れていた。私はそっと彼女の手首に触れ、脈を確認する。そして目を覗きこむ。
 ああ……。
「お、おい、蓮見くん……」
 支持に従ってその場を動いていない桐山さんが震えた声をかけてくる。私はふうっと息を吐いて、全員を見渡した。そしてゆっくりと首を左右にふる。
「……もう、駄目だ」


 2


「なにか言い訳はあるか」
「うーんと、ないね」
 あれから一時間ほど経ち、私と春川は相談室にいた。パトカーと救急車がかけつけてきて、警察が現場保存、救急隊が守島さんの蘇生措置を施したが、結果として彼女は私の見立て通り亡くなった。
 それからは代表代行、そして私達、それぞれの聴取がはじまった。代表代行は今別室で聴取を受けているだろう。矢倉さんはとても何か話すことができる状態じゃなかったので婦人警官がどこかへ連れて行った。
 そして私と春川は相談室で、父を目の前にしている。正確に言うと、激怒している父の前にいる。父はソファーに座っていて、私たちは立たされている。
「お前はあの時、事件にはもう関わらないと言わなかったか?」
「そういえば、そんなこと言ったね」
「ならなんで今ここにいる?」
「ええーと……運命?」
 とたんに父が「バカやろうっ」と大声をあげ、拳でテーブルを叩いた。
「ふざけてる場合かっ、この馬鹿娘っ!」
「いやもうなんというか、今回ばかりは言い逃れ出来なくて、自分が何を言っているのかはっきりと自覚してないんだよね。いやほら、ショッキングな状況だったし」
 未だにあの絶叫が耳から消えないし、血で染まった矢倉さんの顔が忘れられない。絶対しばらくは夢に出る。というか、一生もののトラウマ確定だ。
 春川も同様みたいでさっきから口数が少ない上、顔が青い。
 父は私達二人の様子を見て、怒るのをやめて大きなため息をついた。
「こういう目に合わせたくなかったから、ああ言ったんだぞ……」
「そうだね。ごめんなさい」
 言い訳できそうにないので、素直に頭を下げた。横で春川も「ごめんなさい」と謝る。
「……もういい。過ぎたことを責めても仕方ない。頭をあげなさい」
 私一人ならもっと怒られていただろうけど、これは春川に助けられたね。
「レイ、お前は今度時間のあるときにじっくり話しをするからな、覚悟しておけ」
 父を甘く見ていたようだ。トラウマがもう一つ増えそうだね。おめでとう、私。
「で、何があったか話してくれ」
「ああ、分かった。春川、私が話すよ」
「お願い」
 私は昨夜、立浪さんから連絡があったところから、できるだけ細かく父に話しはじめた。私が彼らにした質問、そして彼らの返答までとにかく私が覚えているかぎりのことは全部父に伝えた。
「で、矢倉さんが入ってきた。あとは……電話で話したとおりだよ」
 これ以後の説明は父が到着するまでの間に電話で説明していた。だから父もそれ以上は何も訊いてこなかった。
「今鑑識が色々と調べているからまだ答えは出ていないが、おそらく薬の方に毒が混入されていたんだろうということだ」
「水のほうじゃないんだね?」
「お前の話では守島さんは倒れるまでタイムラグがあるからな。多分、体内で毒が溶け出すまでに時間がかかったんだろう。水ならそうはならない……という話だ」
「なら、矢倉さんは無実だね」
「はっきりとは言えないがな。彼女の水が原因じゃないことは間違いないだろう」
 ただあの死の直前の守島さんの言動を見ていると、水に原因があると思っていたように思える。たぶん最期の瞬間、自分を殺したのは矢倉さんだと考えたんだろう。状況的にしょうがないとはいえ、さすがに矢倉さんに同情してしまう。
 あの機械的な女性がああも取り乱すとは。彼女も女性、いや、人間だったんだね。
「矢倉さんは?」
「心的ショックが大きいからな。今はまだ聴取できそうにない」
 さすがに顔に血がかかれば、そうなってしまっても仕方ない。というか気絶とかしてないだけ強いのかもしれない。したほうが、彼女のためだっただろうけど。
「春川くん、君は大丈夫か?」
「はい。さすがにちょっとショックですけど、落ち着いてきました」
「今夜は一緒に寝るかい?」
 二割の良心と八割の下心で提案したのに二人に睨まれた。こんなはずじゃなかった。
「黙りなさい」
 二人が声を揃える。これじゃあどっちが親子かわからないな。
「ったく……レイ、今日はもういい。どうせお前もゆっくりしたいだろう。家に帰って休め。証言はお前たちより、他の奴らのほうが重要だからな。外にタクシーを待たせてあるから、それで帰りなさい」
 ありがたい話だ。私と春川は礼を言ってから相談室を出た。建物内では何人もの警察官が忙しそうに行き来している。おそらく、今回の事件のこと以外にも調べてるな。警察からすればいい口実ができたというわけだ。
 私と春川は話すこともせず、エレベーターに乗り込んだ。
「捜査、やめるの?」
 エレベーターの扉が閉まるなり、春川がそんなことを質問してきた。
「なんでかな?」
「お父様が怒っていらしたからよ」
「……ふっ、あれが怒っているのはいつもだよ。それにね春川、父はもう事件に関わるなとは言わなかっただろう。つまり、そういうことさ」
 もしも事件と関わりを切らせたいならあの場でそれを約束させたはずだ。けど父はそうしなかった。私の正確を一番理解している人だしね、それが無駄ってことが分かっている。
「君こそ大丈夫かい。ここからは私一人でもいいよ」
「馬鹿言わないで」
 馬鹿ではないよ、そう返してくるのはわかっていたからね。
 エレベーターの扉が開き、私たちはそのまま正面玄関から外に出ると、野次馬がいっぱい集まっていて、それを警察が[KEEP OUT]というテープを利用してせきとめていた。そのすぐ近くにタクシーが停まっていて、私たちはそれに乗り込もうとした。
 春川が先に乗り込み、それに続こうとした時、初めて私がこの本部へ足を運んだ際に奇妙な警告をしてきたあの女の子が野次馬の中で必死に背伸びをしているのが目に入った。
 そして私と目があうと、突然後ろ向きに歩き出した。
「春川、申し訳ないけど今日は一緒に寝れない。先に帰っておいてくれ」
「えっ?」
 私はタクシーに乗らず、扉だけ閉めて野次馬の中へと入っていく。そんなこっちの様子に気がついた彼女が、驚いた表情をした後、一気に駈け出した。
「追いかけっこは得意なんだけどね」
 そんなつまらない独り言をつぶやいてから、私は彼女の背中目掛けて走りはじめた。
 しばらく彼女を追いかけて走っていたけど、お互いスピードを落とすことがない。走りながら、すごいなと感心した。明らかに体力じゃ私のほうが勝っているはずなのに、こんな長時間追いかけっこができるとは、すごい。
 少し息切れした時、彼女がちらりと後ろをみて、失速しそうな私を確認すると更にスピードをあげようとした。ただ、それが失敗だったんだろう。
「あっ――」
 彼女の声だったか、私の声だったか定かじゃない。ただ彼女が体のバランスを崩して、前に倒れ込んでいった。
「危ないっ」
 転んでしまうと危惧したのに、そうはならなかった。なにせ彼女が転ぶ前に、その体を誰かが支えたからだ。彼女も私も目を見開いて、その人物を見る。
「楽しそうね、私も混ぜてくれない?」
 春川が彼女の支えながら、私の方を見て微笑んでいる。
「……瞬間移動が使えるとは知らなかったよ」
「先回りしただけよ。あなたがこの子を追いかけて走りだしたから、タクシーで少し先まで行っただけ」
 彼女が少し離れたところに停まっているタクシーを指さした。なるほど。本当に頭の回転が早いな、敵わない。
「さて……怪我はない?」
 春川が支えている子にそう問いかけるけど、彼女は突然登場した人物に驚きを隠せない様子だった。しかし、すぐに我にかえって、また逃げ出そうとする。
 が、しっかりと春川に手首を掴まれて結局未遂に終わった。
「ちょっと、離してよっ」
「こう言ってるけど、離していいの?」
「だめだよ。せっかく捕まえたのに。怖がることはないさ、食べたりなんてしないよ。別の意味で食べたいけど」
 この子には分からない冗談を笑いながら言ったのに、春川がすごく怖い目で睨んできた。
「この子、誰なの?」
「さあね。私も知らない。だからそれら含めて、教えてもらおうと思ってね」
 春川から必死に逃げようとする彼女に近づいていき、目線を合わせる。
「お久しぶりだね」
「だ、誰よ、あんたなんか知らないんだから」
「そうかな。その割には二度も逃げたけど。それに覚えてないわけないよね、君の忠告、見事に的中したよ」 
 私がはっきりと彼女のことを覚えていたのが致命的だったんだろう、彼女は「そ、それはっ」と反論しようとしたまま、その後の言葉が続かず、結局私から目をそらした。
「忠告ってなによ?」
 春川の質問に、初めて協会に来た日の帰り道、この子に会ったこと、そして「あそこに関わると大変なことになるから」と別れ際に言われたことを説明した。
「どうしてそれを警察に言わないのよ」
「どうしてだろうね。勘みたいなものだよ。女の勘だよ、大切だろ?」
 せっかく同意を求めたのに春川はそれにのってくることはなく、ただため息をついた。
 そんな春川に捕まっている彼女が、さっきと違う表情になっている。当然彼女がどのタイミングで表情を変えたかも見てた。春川の口から「警察」という単語が出てきた時だ。
「さて……ここじゃゆっくりお話しできないな。春川、君の部屋に行こうじゃないか」
「これって誘拐じゃないの?」
「同意のもとでのデートだよ。ねえ?」
 彼女が反論しようとするが、それより先に私は言葉を続ける。
「これが誘拐だとすれば君は大声をあげればいいんだよ。面白くないことに、警察は近くにいっぱいいる、すぐ駆けつけてくれるよ。そうなると私の悪行はおしまいさ。ただ当然だけど、君は身分を明かさないといけないし、保護者の方が来るまで保護されるわけだけど、そんなの誘拐されることに比べたらなんてことはないよね。さて、これは誘拐かな?」
 たたみかけるように彼女に問いかけると、彼女はただただ奥歯をかみしめて、悔しがって何も言わなくなった。交渉成立だね。
「じゃあ、春川行こうか。いざゆかん我らが愛の巣へ」
「……犯罪者」
 春川が小声でそんな糾弾をしてくるけど、私は鼻歌をして聞こえないふりをした。

 3

 春川の部屋につくまでの間は静かだった少女だが入室した途端、「離してっ」とまた暴れ始めた。
「もう逃げないってば、いいでしょう」
「離してあげていいよ、春川」
 私が許可を出すと春川は「ごめんね」と謝ってから彼女を開放した。そして同時に少女は私達から距離をとってから、威嚇するようにこちらを睨んでくる。すごく失礼かもしれないけど、野良猫を思い出してしまった。
「さて、私達も離したんだから、君も話してくれるかい?」
「あなた、最近ギャグのセンスがひどいわよ」
 春川の容赦のない指摘に心に傷を負いつつも、私は自己紹介をすることにした。
「まず、私は蓮見レイという、現在二十歳だ。大学生だよ。で、こちらのお姉さんが春川」
 続いて春川がまた自分で丁寧に自己紹介をする。
「さて、次は君の番だよ? 子猫ちゃん」
「だ、誰が子猫だっ、この変態!」
 これは言われてしまったものだなあ、別に否定はしないけどね。
「じゃあ、名前を教えてくれよ。まあ……知ろうと思えば、知れるんだけどね」
 そう言ってポケットから携帯を取り出した。可愛い白の子供向けの携帯だ。それをみた少女は、えっと声をあげた後、自分のポケットに手を入れて顔を青くした。
「不用心だよ、いついかなる時も気を抜いちゃいけない。お姉さんからのアドバイスさ」
「返してよ!」
「もちろん、そうしよう。だから名前を教えてくれって言ってるじゃないか」
 ここに来るまでの間、彼女が隙を見せた時に拝借した。彼女には気づかれなかったけど、やっぱり春川には見つかってしまって、きっと後で怒られるんだろうと覚悟している。
 この子、気が強そうだ。素直にお話できるとは思えない。だからこちらが有利な方向に持っていくのが得策だ。本当、さっきから犯罪じみてるけど、大目に見て欲しい。
「……あ、彩愛(あやめ)」
「彩愛ちゃんね。素敵な名前じゃないか。……フルネームじゃないのはなぜかな?」
「別にいいでしょ! 名前は教えたんだから、ケータイ返してよ!」
 うーん、どうしようか。確かに私はフルネームとは言わなかったけど、なんかこうされちゃうと気になるんだよなあ。
 じゃあ、こうしよう。
「あっ、ちょっと!」
 彩愛ちゃんが抗議の声をあげるけど私はそれを無視した。携帯を開け、『プロフィール』をチェックする。名前どころか誕生日まで登録されている、便利で怖いフォルダだ
「――え」
 自分から見ておいて、私は驚きのあまり一瞬固まってしまい、変な声をあげた。その様子に春川が首をかしげるので、彼女も『プロフィール』を見せてみる。彼女は声こそあげなかったが、目を丸くした。
 そんな私たちのリアクションが理解できなかったのか、彩愛ちゃん本人は「な、なんなのよ」と混乱している。
 プロフィールには彼女のフルネームが記されていた。――『立浪 彩愛』と。
「君、立浪さんの……娘さんってことかい?」
「やっぱり、あんたたちあそこの信者なのね。言っておくけど、私とパパは関係ないから!」
 本当に立浪さんの娘らしい。なにから驚くべきか分からない。彼に子供がたこと? それともその子が私に警告してきたこと? あとこんなに可愛いとこ? いや、全部か。
「彩愛ちゃん、私たちはあそこの信者じゃない。ただ、君のお父さんのことはよく知っているとうか、知り合いというだけだよ」
「知り合い? 嘘よ。パパ、あそこと関わってから仕事しかしてないもん」
 彼がいつあそこに関わったのか知らないけど、どれだけ貢献、いや献身してるんだよ。
「本当だよ。私は君のお父さんに――」
 説明しようとしたけど上手くできない。まさかこんな子供に脅迫状の話をするわけにもいかない。ましてや事件のことなんて。
「彩愛ちゃん、私たちはあなたのお父様にある仕事を任されてるの。信じられないかもしれないけど本当なの。それに信者ならあなたが立浪さんの娘とわかった段階で、解放してるわ。そう思わない?」
 私が困ってるのを見かねて春川が助け舟を出してくれた。彩愛ちゃんは彼女の言葉に納得したのか、ちょっと不服そうな顔はしているけど、反論はしなかった。
「レイ、もう携帯を返してあげなさい。いくらなんでもやりすぎよ」
 切り札だったけど、彼女にそう注意されては仕方ない。私は彩愛ちゃんに近づいていき、彼女にそれを差し出した。彼女はキッと睨みつけた後、それを奪うように受け取る。
「しかし分からない。君が立浪さんの子だというなら、なんでいつも協会の外にいたんだよ。中に入ればよかっただろう」
 立浪さんの娘というだけで、協会は手厚くしてくれるだろう。しかし彼女は「そんなのいや!」と声を張った。
「私、あそこ嫌いなの! 本当は近づきたくないんだからっ!」
「けど近づいてたよ。目的は?」
 追求してみると、彼女は「うっ」とだけ呻いて下を向いてしまった。
「君、さっき自分と立浪さんは関係ないと言ったよね? あれ、どういう意味かな?」
「どういう意味って……そのままよ! 私はパパの子だけど、もう関係ないの! パパは……私のことなんか、忘れてるの……」
「忘れてるってそんな」
 馬鹿なと言葉を続けようとしたのに、顔をあげた彼女の表情を見てそれはできなかった。涙を含んだ両目を、精一杯鋭くしていた。
「あんたなんかにわかんないわよっ!」
 ただの反抗期というわけではなさそうだ。それならこんな悲しそうな表情はできない。
「……そうかい。それはすまなかった」
 素直に謝ると、彼女は何も言わなかった。部屋に重たい沈黙がおちる。
 しかし、それはすぐに打破された。
「さて、お茶でもいれるわ。可愛いお客さんもいることだし。レイ、手伝って」
 春川の臨機応変な対応は、いつだって健在ということだ。

 私と春川はコーヒーを、そして彩愛ちゃんにはココアをいれた。彼女は「飲まない!」と突っぱたが、春川がクッキーも差し出すとさすがに心が揺らいだのか悩み始めた。
「君が食べないなら私がいただくよ。君の前でおいしく食べるよ?」
 私がそんなよくわからない脅しをかけると、彼女は結局両方受け取り、そのやり取りのおかげでさっきの気まずい空気は室内から消えた。
 ココアを飲む彩愛ちゃんは本当に可愛いというか、幼くみえた
「彩愛ちゃん、何歳だい?」
「十二」
 ということは小学六年生か。小学生をリアルに誘拐したことになるのか私。今更ながら、とんでもないな。
「君、いつも協会の外にいたよね」
「いつもじゃないもん。時間があるとき……だけ」
「そうかい。目的は立浪さん?」
「言ったでしょうっ、パパは関係ない!」
「じゃあどうしてだい?」
 関係ないはずがない。事実、彼女は私の質問に答えられない。つまり素直になれてないだけだ。
 さっきからまともな回答はほとんど聞けていないけど、どうやら我が家のように良好な親子関係はない感じがする。というか、これはきっと悪いね。
「……お父様とは最近お話しをした?」
「してない。だって、最後にパパと会ったの冬休み明け、もう三ヶ月も前だもん」
「は?」
 素っ頓狂な声をあげたのは私だった。いやだって仕方ない。小学六年生の娘と、その父親が出張してるわけでもないのに三ヶ月も会ってないというのは正常じゃない。
「だから言ったでしょ。パパと私は、関係ないの」
 親子というだけで関係ないなんてことはないのだけど、この話を聞くと彼女がこう解釈するのも仕方ない。
「パパ、あそこと関わってからもう……ずっとそう。私のことなんか見てない。ママが死んで、そのせいでパパおかしくなっちゃったの。ずっと塞ぎこんでたのに、あそこに関わってからは、もうあそこのことばっかり……。私や、おじさんやおばさんの言うことなんか、全然聞いてくれないの……」
 彼女は下を向いたまま、今にも泣き出しそうな声でそう告白した。
 立浪さんは確かほぼあそこに在駐していると水島さんが言っていたけど、どうやら本当にそうみたいだ。しかもそれは家族を犠牲にして。てっきり私は彼に家族はいないだろうと思い込んでいたけど、全くとんだ見当違いだったわけか。
 私の中で彼という人間の評価が落ちた。どれくらいかというと、落ちるところまで。
「辛いことを訊くようだけど、お母様は」
「うん。五年前に病気で死んじゃった。すっごい、優しかったんだよ」
 この時初めて、彼女は私たちに笑顔を向けた。すごく嬉しそうな、本当に歳相応な可愛い笑顔。よっぽど母親のことがすきだったんだろう。
「今は、おじさんとおばさんの家にいる。パパ、家にいないから私家に一人になっちゃうでしょ。それでおじさんとおばさんが、来なさいって言ってくれたの」
 親類に恵まれていたのが幸いした形だな。最も、確かにこれは良い話ではあるけれど、最良のお話しじゃない。最良は、親子二人で暮らすことだ。
「だから、私はパパと関係ない」
 明るかった声が、また暗くなった。彼女がそう言うのは仕方ない。この場合の関係ないというのは、関わりがないという意味合いじゃなく、繋がりがないという意味だ。
 けど、ようやくわかったことがある。
「だから君は、関係を持ちたいわけだね?」
 繋がりがなくなってしまったから、それを修復したい。だから彼女は協会に足を運んでいたわけだ。
 彼女は答えなかった。ただ、否定もしなかった。できなかったのかもしれない。
「……無駄だった。会いたいって言っても、いつもいつも……いっつもっ! 忙しいって! 顔だって見せてくれないっ!」
 静かだった彼女の声が、途中で豹変した。怒りと悲しみが入り混じった悲鳴のような声。
「私はっ……パパに会いたいのにっ! 話したいのっ、パパが何考えてるかわからないから! けどパパには……私より、私なんかより大切な何かがあって……会ってくれない。会って……あって」
 限界だったのか、言葉の途中で彼女の涙腺が決壊した。しゃっくり混じりなり、涙が頬を伝っていく。両目を抑えて、体を揺らしながら泣きだした。
 そんな彼女に春川が近寄って行き、抱きしめた。彩愛ちゃんは最初それに驚いたけど、春川がいつもの笑顔で彼女の背中をさすると、完全に耐え切れなくなったのか、彼女の胸に顔をうずめて、声をあげて泣き始めた。
 本当に子供の泣き声だった。正直、聞いているのが辛い。そんな私と相反して、春川は至って冷静で、彼女をあやしている。本当にすごいな。彼女が居てくれて助かった。
 しばらくして彼女が泣き止んだ。目を真っ赤にした彼女が春川に「あ、ありがと……」と照れながらお礼を言うと、春川は慣れた手つきで彼女の頭を撫でた。
「気にしないで」
「私の胸も貸そうか?」
 いい雰囲気のところに割って入った私に二人は仲良く、似たような視線を送ってきた。どういった視線かは傷付くから言わない。
 私がふざけたのはちょっとしたごまかしだった。自分の中で燃え上がりそうな怒りを抑えるための。もしそうしないと、春川の部屋の壁に穴を開けてしまいそうだ。
「君と立浪さんの関係はわかった。じゃあ、質問を変えよう。君がした警告についてだ」
 まだ目が赤い彼女が、少し肩を震わせた。
「あ、あれは……嘘だったの」
「嘘?」
「私、別にあんたにだけああ言ったんじゃないもん。あそこに行って、信者になりそうな人がいたらそう言ってるの。だから、嘘っていうか……なんていうか……」
「つまり、君はあそこに人を近づけないために、皆に怖いことを言っていたってこと?」
 彼女はこくりと頷く。ええーと、これはどういう反応をしたらいいものか。非常に迷いどころだ。彼女が嘘をついてるようには見えない。しかし彼女が警告して、実際事件が起きた。これを偶然か。
「……本当?」
「ほ、ほんとっ、ほんとに本当なの!」
「君、事件は知ってるかい?」
「事件って……協会の? 知ってるけど。大村さんが殺されて、あと誰だっけ……あの太ったおじさんが殺されたって事件でしょ?」
 どうやら協会が関わっている事件は把握しているみたいだ。知らないわけないか。なにせ立浪さんは事件の関係者なのだから警察が本人だけでなく、親類にも会いにいくはずだ。彼女はともかくとして、彼女を引き取っている夫婦には聴取に向かっているはずだ。
「じゃあ、事件を知っていて、それを利用したのかい?」
「…………」
 彼女は答えず目を逸らす。そういう仕草は本当に子供だ。春川はクスクスと笑っている。
「決して良い事ではないけど、君には君の言い分があるだろうしね。まあいいよ」
 さて、これで彼女についての謎は解けた。立浪さんの娘だからあそこにいて、父親に会おうとしていた。そして私に警告してきたのは、いわば協会への風評被害を目的。事件を利用していただけで、水島さんの事件はたまたまその後に起きた。
 全く、振り回してくれるね。
「ねえ、私にも質問させてよ、私ばっかり答えて、なんかズルい」
「いいよ。スリーサイズくらいなら答えてあげよう」
「レイ、蹴るわよ」
 せっかく私がすごく寛容な答えをしたのに、どうして彼女は怒っているんだろうか。
「事件。事件のこと。おじさんもおばさんも、全然教えてくれないから。ねえ、あんたたちなんか知ってるんでしょう?」
 確かに小学生に殺人事件のことなんか話さないだろうな。けど、彼女からすれば父親が関わっている事件だ。気にするなというのが無理だろう。だが、これって私から話していいものか。うーん、迷いどころだね。
 私が迷っている間、春川が彩愛ちゃんを注意していた。曰く「年上の人をあんたなんて呼んじゃ駄目」とのこと。本当に優等生だな。私は気にしないけど。彩愛ちゃんはちょっと不服そうにしていたけど、わかったと返事していた。
 完全に春川にのまれたな。さよちゃんの件といい、本当に年下の扱いがうますぎる。
「さて、分かった。彩愛ちゃん、事件について私たちの知る限りを教えよう」
 私の返答に彩愛ちゃんは目を輝かせた。話していいか悪いか迷いどころだけど、彼女から色々と訊き出した身としては断り切れない。
 私はできるだけ、優しく、そして易しく、事件について彼女に教えることにした。


 つい先程の事件を含めて、少なくとも私の知る限りを全てを話し終えた。聞き終えた彼女のリアクション戸惑っている。驚いたり、ショックを受けたりすることは多少覚悟の上で話したわけだけど、彼女の反応は私の予想を超えていた。
 話の途中から顔がだんだんと青くなり、今は小さく震えている。春川が「大丈夫?」と心配と問いかけるけど、それにノーリアクションで反応しない。
 春川が少し批判めいた視線を向けてくる。
「え、い、いや、私、かなりオブラートに包んで説明してただろ?」
「やっぱり話したのが間違いだったんでしょう」
 それを言われてしまうとぐうの音も出ない。けど黙っているのもかわいそうじゃないか。
 それにしても、ここまでショックを受けるのは予想外だ。彼女の場合、父親が容疑者であり、同時に被害者になるかもしれないと聞かされたわけだから、平常心でいろというのが無理な話しか。
「いや、彩愛ちゃん、そんなにしんぱ――」
 慰めようとしたのに、最後まで言えなかった。俯いてた彼女が一気に顔をあげて、私のところへ寄ってきたからだ。突然の行動に私は困惑してしまい、春川も呆然としている。
「ぱ、パパはっ、パパは大丈夫なのっ!?」
 相当立浪さんのことが心配らしく、すごい形相で訊いてくる。
「あ、ああ、大丈夫だよ」
 今のところはという言葉を続けなければいけないところなんだけど、さすがに控えた。
「言っただろう。今日は確かに守島さんという人が何者かに殺された。だけど、立浪さんは無事だ。安心するといい」
「け、けど、あのおばさんとパパって……なんていうか、その」
 言葉が出てこないのか、それとも言いたくないのかはっきりしない。ただ言いたいことはわかる。つまり「仲間」ということだろう。
 ただ、あのメンバーのやり取りを見ている限り、どうもそれは違うだろうけどね。
 私は彼女の頭にぽんと手をのせて、彼女を落ち着かせる。
「君のお父さんは大丈夫だ。心配なのはわかる。けど、安心するといいよ」
「ど、ど、どうやってよ?」
「うーんとそうだねえ……じゃあ、こうしよう」
 私は彼女の目の前に小指だけ立てた右手をさしだした。
「指切りだよ。最近の小学生はやらないのかい? 君のお父さんは、私が守ってみせよう。それをここで約束してあげる」
 ニッコリと笑いながら私は彼女にそんな提案をした。
「守るって……どうやって?」
「ようは犯人を捕まえればいいのさ。あ、信用してないね。実は私、できる女というやつなんだよ。特に、可愛い子との約束は破ったことがない」
 いつもの調子でそうふざけてやると、彼女は顔を赤くした後、馬鹿じゃないのと言いつつ、私と指切りをした。
「約束……」
「そう、約束だ。だからそんな顔をするんじゃないよ。笑って」
 子供は笑うために生まれてきてるんだから。そんな青い顔をするものじゃない。
「春川、お話したらまた喉が渇いたね」
「手伝って」
 彩愛ちゃんにちょっと待っててとお願いして、私と春川はキッチンに行った。
「私はブラックコーヒーで。悪いけど、ちょっと外で一服してくるよ」
 私は胸ポケットからタバコを取り出して、それを彼女に見せる。彼女はそれについては何も言わず、さっきの話に戻した。
「安請け合いじゃないの?」
「別にたいしたことじゃないだろ。ようは犯人を捕まえればいいのさ。私じゃなくても警察がやってくれるかもしれない。それにね」
 私は背を向けてキッチンから出ていく。そして最後に少し振り向いて、笑ってやる。
「女の子の涙が安いなんてことはないよ」
 春川のリアクションや返事を待つこともなくそのまま外にでた。彼女は責任感が強い、それは逆に無責任なことが嫌いということだ。今の約束は彼女にそう見えたんだろう。
 タバコを咥えてそれに火をつける。ニコチンが体にめぐることで少し冷静が戻ってくる。私の中に沸き上がっていた感情が、一時的に鎮まる。それは同情であり、怒りだ。
 彩愛ちゃんの話には同情し、そして同時に立浪さんに腹がたった。その二つの感情に任せての約束をした。春川が無責任と糾弾したけど、そんなことわかってる。
 ただ彼女と私の感じ方は違う。春川は「本当にそんなことができるのか」という意味で心配している。私は少し違う。私が最も恐れなければいけないのは、立浪さんが犯人だった場合――。
 そうなれば彼女はきっと、今よりずっと辛いことになる。そうなれば私は何もできない。
「……厄介だね」
 煙を吐き出して、そんなことを愚痴った。



 桐山彰はその日、仕事を休んだ。電話口で上司がなにか嫌味を言ってきたが、そんなのを聞き流して電話をきった。
 彼が仕事を休んだのは昨日のできごとが原因だ。目の前であんな死に方をされれば、脳天気だと言われる彼でも少しは引きずるし、そもそも彼は血が苦手だった。昨日のあのシーンが未だに脳に残っている。
 ただ、それだけではなかった。今日は恋人の月命日だったというのもある。彼の恋人。三年前に事故で死んだ、彼の最愛の人。高校一年のときに出会い、そのままあまり時間をかけずそういう関係になり、高校の三年間、ずっと一緒に過ごした。彼にすれば、色褪せない最高の思い出。
 もちろん一緒の大学に進学した。そして大学でも二人仲良く過ごしていたが、悲劇は彼の目の前で起こった。大学の帰り道、二人でいつもどおり駅まで歩いていたとき、後方からバイクが走ってきたのだ。
 あまりに突然のことではっきりとしたことは覚えていない。ただ、彼の記憶には手をつないでいた彼女が急に吹き飛んだのと、アスファルトに頭を打ち付けて血を流していた姿が今でも焼き付いている。
 バイクは飲酒運転で暴走だった。その犯人も彼女をひき、そのままの勢いで電信柱にぶつかり、おそらくは自分が人を殺したこともわからず死んでいった。
 別れの言葉もない。彼女は即死、なんで自分が死んだのかもわからなかっただろう。
 愛した人も、恨むべき人間もいない。彼は事故直後、生きた屍だった。友人たちや親族が慰めてくれたが、毒にも薬にもならなかった。彼は彼らがなんと言ってくれたか、まるで覚えていない。それくらい中身のないものだった。
 ただ一人を除いては。
「死ぬのか?」
 ある日、彼がなんの活力も持たず、ただ大学に行かなければという義務感だけで通学していた時、そんな言葉をかけられた。目の前には黒い服で全身をまとった、自分より少し年上の男が、ポケットに両手をいれたまま立っていた。
「いや、死ぬというより殺しそうだな」
「なんだよ、お前」
「何者でもない。気にするな。そもそも何者かであったところで、そんなものは些細な問題だ。それよりお前だな。暗いぞ、暗すぎて見えない。お前も自分が見えてないだろ?」
 意味がわからなかった。どうしてこんな男に話しかけられたのかもわからない。無視して通りすぎようかとも思ったが、あまりに失礼な言葉に苛立っていたせいで、男の言葉に噛み付いた。
「うざいなあ。ほっとけよ。蹴飛ばすぞ」
「なにをそんな苛立っているんだ? 俺か? いや、俺にもだろ? お前は今、ずっとどうしていいかわからない怒りを飼っている。だが手懐けてはいないようだな。忠告してやる。そのままでいてみろ、お前はいずれ、誰かを、お前を、破滅させるぞ。なあ、それはお前の、いやお前を想う誰かの望むところなのか?」
 どこまでも余裕で、見透かしたような口調が桐山の苛立ちを加速させる。この男はなにを知ったようなことを言っているのか、そんな怒りで頭がいっぱいになる。
 気づけば、桐山はその男に殴りかかっていた。彼はそれをよけることもなく、抵抗することもなく桐山の拳を頬で受けた。
「満足か?」
 少し赤くなった頬を気遣う素振りも見せず、男が微笑を浮かべながら問いかけてくる。
「なあ、満足なんかしてないだろ。どうだ、もっと殴ってもいいぞ」
「なんだよお前。気持ちわるいよ」
「俺のことなどどうでもいいと言っただろう。問題はお前だ、お前の気持ちだ。どうだ、今ので満足したのか。なあ、お前の怒りは、悲しみは、こんなもので消えるのか?」
 男が一歩だけ足を踏み出し桐山に近づく。
「未だにお前の瞳に光はない。真っ暗だ、暗黒だ、これは深刻だな。あの程度ではお前の傷は癒えないだろ?」
 また一歩、彼は桐山に近づく。
「な、な、なんだよ」
 男の余裕が不気味で、急に逃げ出したくなったが、どうしてか足が動かなかった。
「お前の傷を癒せるのは、俺じゃないよな。じゃあ、誰だ。お前はそれをよく知ってるだろ?」
 桐山の傷を癒せる人間は、この世に一人しかいない。しかしそんな彼女ももはや「この世」にはいない。そう思うと彼は頭を抱えたくなった。それはただの絶望だった。
「お前に光を、希望を、救いをやろう」
「……は?」
「今、お前の頭にはお前を救える人間がいるはずだ。なあ、そいつに会いたくないか?」
 愚問だ。会いたいに決まっている。彼女に会えるのならなんでもできる。
 男が一歩近づく。男と桐山の間には、もうほんのわずかな隙間しかなかった。男はその距離から桐山の瞳を覗きこみ、満足したように頷いた。
「答えはでたようだな。ついてこい」
 急に男が背中を向けて、どこかに歩き出した。そして呆然とする桐山に振り返り、不敵に笑った。
「会わせてやろう――彼女に」
 その後、桐山はそのまま男について行き、怪しげな建物の一室に連れ込まれた。
 そしてそこで、彼女と再会した。

 協会と関わりをもったきっかけを思い出しながら、彼は墓参りの支度を終え家を出た。つい数日前まで三寒四温だった気候も安定してきて、春の陽気を演出している。これが夏の暑さに変わらなければ最高なのだが。
 家を出てからしばらく歩いたところで、反対側の道から一人、誰かがこちらに向かって歩いてくるのに気がついた。その人物は桐山が驚いて立ち止まってしまうと、微笑みながら手を振って、小走りで近づいてきた。
「桐山さん、一日ぶりだね」
 彼女、蓮見レイはそう挨拶してきた。

 5

「突然現れて驚かせてしまったかな?」
「まあ、ちょっとね。けどいいよ、気にしないでくれ」
 桐山さんにちょっとしたドッキリをした後、私たちはその近くの喫茶店に入った。彼の行きつけの店らしく、味は保証するとのこと。
 彼はどうやら知人の墓参りに行く途中だったようで、出直そうかと遠慮する私に「構わない」といってくれた。
「けど、昨日の今日でいきなりか。昨日はお互い大変だったね。あれはきつかっただろう。僕なんか血が苦手でたまったものじゃなかった。ちょっとならいけるんだけど、ああいう大量出血は夢に出るよ。実をいうと昨日だって蕁麻疹がでたし、吐いたよ」
「そいつは大変だったね。私もショックはショックだったよ。だから今日は一人なんだ」
 別に春川は昨日のことがショックで寝込んでいるとか、そんなのはでない。彼女は今日、デート。誰とかって彩愛ちゃんと。二人でお出かけするそうだ。もちろん私も誘われたが、断って彼に会いに来た。美女二人の誘いを断るなんて、苦渋の決断だったけどね。
「大変だったといえば、たぶん私たちよりそちらだろう。警察から色々と訊かれただろ?」
「色々訊かれたなあ。けど初めてじゃなかったからね。それよりこれからのほうが大変かも。二人も立て続けにああなると、協会がまわらなくなる」
 ここに来ても協会の運営が第一か。桐山さんはあのメンバーの中じゃ一番、まともそうだったがそうでもないな。いやまともな方でこれか。
「ショックじゃないのかい、仲間が死んだんだよ?」
「蓮見くん、昨日の僕らの様子を見て気づかなかったわけじゃないだろ。あそこは仲良しクラブじゃない。協会のために尽力している人らの集まりさ。慣れ合いはない。ショックじゃないと言えばひどいかもしれないけど、正直守島さんと知り合ってそこまで経っていなかったし、僕としてはそこまでかな」
 正直な感想だな、そっちの方が助かるけど、聞いていて気持ちいいものじゃない。
 ウェイトレスさんが私たちの注文の品を持ってきて、テーブルに置いて去っていった。
「知り合ってそこまで経ってないっていうのはなんだい。代表代行は定期的に会議をすると聞いているけど」
「僕の場合、代表代行になったのが半年くらい前なの。あそこじゃ新参。だから大蔵のおっさんがうるさく言ってくるわけなんだよ」
 それにしては真っ向から対立していたけどね。父にもあのことは報告したけど代表代行の仲がよくないのは警察も把握していた様で、驚かれることはなかったけど。
「じゃあ、あそこの人たちとは全員知り合ってそこまで経ってないんだ」
「全員じゃないよ。立浪さんは知ってた。というか、協会で教祖の次に有名な人だし。けど代行で知ってたのはあの人だけだなあ。あとの四人は代行になって初めて顔をあわせた」
 どこにでも顔をだすな、立浪さん。そりゃあ娘にかまってる暇なんかないわけだ。
「で、蓮見くん、今日は僕になんの用?」
「話が早くて助かるよ、先輩。拡大派と維持派について聞きたい」
 本来なら昨日済ませておきたかった話だ。それがあの件で流れたけど、大蔵さんのあの様子じゃ無視していい問題じゃないのは明らか。立浪さんも何か言いにくそうにしていた。
 というか桐山さん、一番口が軽そうだ。何か弱みを出すかも。
「うーん、やっぱりそれか。大雑把になら知ってるの?」
「協会を大きくしていこうというのが拡大派、現状を維持して今の信者を大事にするべきだというのが維持派。知ってるのはそれくらい」
「そうだね。拡大派と維持派はそれであってる。じゃあなにを知りたいのさ?」
「どうしてそれが協会運営に影を落とすくらい大きくなっているんだい?」
 拡大派と維持派が争いをおこして、それに積極的に参加していた協会に深く関わっていた人間が殺された。しかし、これを聞いたときから私は疑問を持っていた。
「教祖が一声かければいいだけじゃないか。あなた方は、教祖にまで楯突かないだろ?」
 そう、教祖がどうしていくか決めれば争いなんて終わる。
「そうだね。蓮見くんの言うとおり。けどそうはいかなかった。そもそも、教祖が僕らに投げかけてきたんだよ。これから協会をどうしていくか決めろって。あの人は、その判断を僕らに任せた。結果として派閥争いなんて醜いことになった」
「じゃあ、教祖は今でも何も言ってこないのかい」
「事件があるから今は議論を控えろって命じられているけど教祖自身、どっちにしろとは言わない」
 背もたれに体重をかけて、腕を組む。ちっとも教祖の目的が読めない。自分が築き上げたものが壊れそうなのに、まるで無関心じゃないか。
「で、教祖がそんなこと言ったもんだから、割れた。俺と立浪さん、あと殺された二人は拡大していくべきだって主張した。けど、江崎さんと大蔵のおっさんは反対した。これ以上大きくなる必要はない、今を大切にすべきだって。いかにも年寄りらしい意見だと思わない?」
 同意を求められたけど適当に答えを濁した。どっちでもいいよと言うわけにはいかない。
「しかし意外だね。立浪さんは中立という立場をとりそうだけど」
「なに言ってるの、立浪さんは拡大派の筆頭株だよ。というかもともと小さかった協会をあの人が大きくしたようなもんなんだよ? 確か、あの人と教祖が会ったのが五年前。そのときはまだ小さい組織だったみたい。でも僕が教祖に会ったのが三年前で、その時にはもう協会結構な大きさだったからね。聞くところによるとあの人がそうしていったって話しだよ。もともとエリートだったみたいだし」
 彼の経歴は昨日彩愛ちゃんに教えてもらった。一流の企業で活躍していたのが彩愛ちゃんの母親、つまり彼の奥さんが亡くなったことがきっかけでおかしくなっていったそうだ。
「蓮見くん、君が僕らにどういった感想を持っているかは知らない。ただ冗談抜きで僕らはあそこに救われた。だからあそこを広めたい。大切な人を亡くした人っていっぱいいる。そんな人達を、教祖なら救えるんだ。だから広めるべきだ」
 急に熱く語られてしまったけど、「そうかい」と聞き流すような返事をした。死者と会える。それが『クロスの会』だ。彼もまた誰かに再会できたことで救われたんだろう。
 私から言わせればそれは救いでも光でも希望でもなく逃亡なんだけどね。
「けど大蔵さんたちは違う」
「そうだよ。あの二人はこれ以上大きくしてどうするって言ってる。どうするもこうするもねえよって話しだよ。結局、今でも話し合いは平行線だ。こっちは二人味方がいなくなったし、やってらんないね」
「そう、それなんだけどね」
 私が口をはさむと桐山さんは「うん?」と首をかしげた。
「殺された二人は拡大派なんだ。ねえ、正直な話しをしてくれ。維持派の犯行と考えているかい?」
「いや、それはないんじゃないかな」
 私の質問に桐山さんは驚こくほどすばやく、そしてはっきりと否定した。
「だって最初に殺された大村さんは維持派だからね。明言していなかったけど、明らかにあっちよりだった。正直、それが問題をややこしくしていたんだよね。立浪さんと大村さんって協会では盟友関係だった。立浪さんが教会内のことを片付けて、それ以外を外で大村さんがこなしていたんだ。その二人まで意見が割れたから、派閥なんてできてるんだよ」
 そういえば春川と一緒に教会にいったとき、立浪さんが言っていたな。殺された男と自分は仲が良かったって。なるほど、こういうことか。殺された大村さん、そして立浪さん。実質二人の派閥だったわけだ。
 けどそうなると最初に殺されたのが維持派のリーダー格、そしてその後に拡大派の主要メンバー。うげっ、滅茶苦茶じゃないか。
「最初に疑われたのは拡大派の僕らなんだ。警察だけじゃなく、大蔵のおっさんにも色々言われたよ。今じゃお互いさまになっちゃったけどね」
 桐山さんがはははと一人で面白そうに笑うけど、全然笑い事じゃないだろう。
「だから蓮見くん、多分派閥は関係ないと思うよ。ていうか、これだけははっきり言わないといけないね。……僕らは、教祖に迷惑がかかるようなことはしないよ」
 今までの明るい声じゃなく、トーンを落として真剣にそう断言した。
「僕らはあの人に救われた。あの人のためならなんでもできる。代行のメンバーはまとまりはないかもしれないけど、志は一緒だ。教祖のため。それだけは絶対だよ。あの人がやれといったらなんだってやる。きっと死ねって言われたら喜んで死ぬだろうね、あのメンバーは」
 昨日、教祖が犯人の可能性もあると指摘すると守島さんが眼の色を変えて反論してきたのを思い出した。それに桐山さんと、彼と犬猿の仲の大蔵さんまで同意した。やっぱり、特別な存在なんだな、教祖というのは。
「……わかった。とりあえず今日はこれだけでいいや。時間を頂いて悪かったね」
「いいよ。ああはいったけど、君だって協会のために動いてくれているんだ。僕でよければなんだでもやるよ」
「そうかい、ありがとう」
 なら代行をやめてくれと言ったら辞めるのかと質問をしてやろうかと思ったけどやめた。
 私、時間の無駄は好きじゃない。



 胡桃沢さよは布団の中にいた。時刻は午後の一時を回っていたけど、そんなの関係なく彼女は布団から出られなかった。頭が痛いし、体が熱い。全身にだるさがある。朝起きた段階で「あ、やってしまった」と自覚できるほど立派な風邪だった。
 大学は休むことにした。友人に「休みます」とメールで連絡すると「帰りにお見舞い行くねー(^^)v」と返信が来たのが、今日さよが笑えた唯一の出来事。
 一昨日、蓮見レイと関わってからさよの日常は激変した。翌日、大学に行けば急にたくさんの知らない人たちから声をかけられるようになった。
「レイと知り合いなんだって? 仲良くしてね」
 みんな口をそろえてそう言ってきた。どうも蓮見が学部の友人たちにさよをよろしくと世話をやいてくれたらしい。人見知りの彼女からすれば驚きと戸惑いばかりだったが、そのことも伝えられていたらしく、誰ひとりそれを責めることもなかった。
 結果としてさよは数名の友人を学部内にもつことになった。彼女は大学に入学した時、友達を作っている自分なんて想像できなかった。高校までは透という幼馴染がいたからなんとかなっていただけ。大学では無理だと諦めていた。それがこんなことになるなんて。
「……本当に、すごいなぁ」
 さよは思わずつぶやく。蓮見は春川とは何か違う雰囲気を持っていたけど、信頼のされ方では負けていなかった。
 ごろんと寝返りをうつ。体はだるいし、動きたくない。だけど午前中ずっと眠っていて、もう眠気はなかった。お腹が空いたけど、今は何か作る気にもなれない。空腹は空腹だけど、なんか食欲がないという病気特有の矛盾が体を支配していた。
 額に張った冷却シートがぬるくなっていることに気づいたので、とりあえずこれだけ替えようと布団から出た時、インターホンが鳴った。
 大学の授業はまだ終わっていないので友人じゃないのは確か。さよは少しクラクラする頭を抱えながら、パジャマの上に一枚上着をはおり、はいと返事をしながら扉をあけた。
「やあ」
 そこにいたのは蓮見レイだった。驚きのあまり、扉をあけた姿勢のまま固まってしまう。
「君が風邪だときいてとんできたよ。どうだい、体の調子は?」
「ぁ。えっと、だ、……大丈夫、です」
「うん、大丈夫じゃなさそうだ。お邪魔するよ」
 蓮見はさよに制止する間も与えず、家の中に入っていった。さよは慌てて扉を閉めてから、家の中に戻る。
「は、蓮見先輩、風邪、風邪うつっちゃいますよ」
「大丈夫だと思うよ、私、病気に強いし風邪って感染力はそこまでだし。キスでもすれば別だろうけど、する?」
 蓮見が笑いながらそんなことを訊いてくるので、さよは顔を真赤にした後、首を左右にふる。そのリアクションが面白かったのか、蓮見はクスッと笑った。
「いいリアクションだよ。最近私のこういう冗談にみんな慣れすぎて面白くなかったんだ。春川なんて怒るし」
 春川にもこんなことを言っているのかと、さよからすれば衝撃的なことをさらっと口にした蓮見の手にはビニール袋があった。この近所のスーパーのものだ。
「さよちゃん、君、お昼はなにか食べた?」
 さよはまた首を左右に振る。その返答に蓮見は口をへの字に曲げた。
「だめだよ、ちゃんと食べて栄養を摂らないと風邪だって治ってくれやしないよ」
「ご、ごめんなさい……」
「ま、いいよ。動くのが辛いんだろう。だからこそ私が来たわけだし」
 彼女はそういうと持っていたビニール袋をさよにみせつけるように持ち上げた。
「こう見えて、私というやつは家庭的でね。おかゆをつくってあげるから、君は布団で待ってるといいよ」
「そっ、そんなの悪いですっ。私も」
 手伝いますと続けようとしたのに、その口を蓮見に塞がれた。
「病人はじっとしてなさい」
 ちょっと厳しくそんなことを言われてしまい、結局さよは指示通り布団に戻って、蓮見の料理をじっと待つことになった。
 蓮見さんも今日大学のはずなのにと思ったけど、そういえば学部の先輩たちが「ハスミンは大学にいる日が少ないから」といっていたのを思い出した。いないのにこんなに知り合いがいっぱいいるんだと驚いたものだ。
 しばらくしてから、台所から蓮見が現れた。小さな鍋を自慢げに持っている。
「簡易的なおかゆだよ。病気の時はこれが一番さ」
 テーブルをだし、そこに鍋をおいて蓋をあけると、おいしそうな卵粥ができあがっていて、思わずよだれが零れそうになる。
「おかゆを作るの久しぶりだったから、ちょっと不安だね。うちの家族、私含めて病気と縁遠くてね」
「ぃ、いぇ、おいしそぅです」
「そうかい。ほら、遠慮せず食べておくれ」
 蓮見のすすめもあり、さよはおかゆを食べることにした。お世辞ぬきで、本当においしい。口に含んだ瞬間は熱かったがそれを忘れるくらいのさっぱりとした味が、口いっぱいに広がって、自然と箸が進んだ。
「ずっごく、おいしいです。料理が趣味なんですか」
「いいや。ただ家事は私の仕事でね。母上が家をあけていることが多いから。趣味ではないけど、得意ではある。一人暮らしなんだから君もうまいだろ?」 
 さよは小さく首を左右にふる。
「全然です。最近は毎日、インスタントとかコンビニとか、大学の食堂です」
「あのね君、そりゃあ体も壊すよ。これは先輩としての助言だけど、これから四年間、君は一人暮らしをするわけだから、ちょっとはそういう能力もつけないと。まあ、今はまだ大学になれるので精一杯か」
 ちょっと怒られてしまった。蓮見さんでもこういうことを言うんだと、知り合って間もないのにそんな失礼な感想を持ってしまった。
「体が治ったら、私が教えてあげよう。ちょっとは力になれると思うよ」
「いっ、いえっ、そんなの大丈夫です」
「大丈夫じゃないから君はこうして風邪をひいているわけだけどね」
 そう言われてしまうと後が続かなかった。教えてもらうのが嫌とか、面倒だとかそんなのではなく、単純にさよはこういう誘いを自然と断ってしまうという性格なだけ。
「君、まだ春川に自分のこと言ってないんだろ?」
「……はぃ」
「言わなくて正解だったかもね。彼女なら今の私くらいじゃすまないよ、ここに泊まりこむかもしれない。料理だって君がいくら断っても徹底的に教えこむよ、鬼のように」
 さよは約三年前、春川と別れたあのシーンが思い出す。信じられないほど冷たい雰囲気を出した彼女から、告げられた決別の言葉。そこにはあの優しさは、ぬくもりはなかった。しばらくして春川は変わってしまったんだと受け入れた。いや、受け入れるしかなかった。
 けど結局未だに未練があるのでここにいる。大学での春川を見ている限り、あれは以前の彼女だった。だからもし自分が風邪と知ったら、蓮見のいったようにしたかもしれない。
 たださよは疑わしかった。本当にそうしてくれるのか。さよの中には未だにあの冷たい春川がいて、またあんな態度をとられるんじゃないかと怯えている。
「とにかく、教えてあげるよ。私の場合は優しいから安心するといい。授業料もとらないし。ああ、ただエプロンをつけるのが絶対条件だ。私はもう、それだけでいい」
 蓮見が怪しげな笑みを浮かべて、さよはそれでまた風邪とは違う寒気を覚えた。なんだか遠慮とかではなく、単純に身の危険を感じるので断ったほうがいいんじゃないとかさよが思案したとき、蓮見が「うん?」と声をだした。
 彼女はベッドの近くにある写真立てをみていた。そこにはさよが大切にしている一枚の写真が収められている。
「あれは君と春川と……」
「透くんっていう、私の幼馴染です」
「ああ、君のお話しに出てきた男の子か」
 その写真は高校の入学式の写真だった。春川のあとをおって入学したさよと、まるでさよの付き人のように一緒に入学した透。そしてその二人に挟まれる形で、先輩の春川がいる。三人とも笑顔で、すごくいい写真だからさよはずっと大切にしている。 
 蓮見は写真を手に取ると、それをまじまじと見つめだした。
「君と透くんはとっても仲が良いんだよね?」
「ぇ、あ、はい。ずっと一緒でしたから」
「ふうん」
 蓮見はさよが声を掛けづらくなるほど真剣だった。おまけにさよに聞こえない程度の小声で何かぶつぶつと呟きだしたのでどうしていいかわからない。
 この写真に何かおかしいところがあるのかなと疑問を持ったが、そんなのがあるはずもなかった。さよにとって特別な思い出というだけで、それはどこにでもある一枚。
 蓮見は急に写真を手にしたまま立ち上がった。その動作にさよはびくっと驚いてしまう。
「さよちゃん、これ、少し借りていいかな?」
「え、え、ええ、大丈夫です」
 デジカメで撮ったものだからデータが手元にあったし、そもそもさよはこの写真をスマホの壁紙にしているので特に問題はなかった。
「そうかい、ありがとう。必ず返すよ」
「はい、お願いします。で、でも、どうかしたんですか?」
 さよが質問すると蓮見は少しバツが悪そうな表情をした後、すぐにそれを取り消すかのように笑顔になった。
「いや高校時代の春川というのもいいなと思ってね。それに君も可愛いし」
「は、はぁ」
 イマイチ納得のできない返答だったが、なにか聞き返しづらい。
「おっと。さよちゃん、申し訳ないけど私はこのへんで失礼させてもらうよ」
「あ、はい。今日はありがとうございました」
「いいよ。おかゆ、台所に作り置きをしてるから晩御飯もそれにしたらいいよ。見送りとかはいいから薬を飲んで休んでね」
 蓮見はさっきまでそんな素振りは見せなかったのに急ぎだした。荷物をまとめるとさよに手を振って、部屋から出ていこうとしたが扉の前で急に止まって、振り向いて最後の質問をしてくる。
「よければ透くんの苗字を教えてくれないかな」
「透くんのですか? 上杉、ですけど」
「上杉透くんね。わかった、ありがとう」
 蓮見が出て行くと家の中は一気に静かになった。さよからすれば謎だらけだ。蓮見はあの写真を見て何を思ったんだろう、透について何か気になっているようだったが。
 しかしあまり深く考えられなかった。やっぱり頭が少し痛い。おかゆを片付けて、薬を飲んで布団に戻るとさよは微睡みに戻った。
 
 7

 その人物は一人でそこに立って、目の前の風景を見つめていた。そこには海があり潮の匂いがする風がその人物の全身をなでる。その人物はそれを受け止めてながら考える。
 引き返せないところにきてしまったと、少し後悔している。こんなことになるはずじゃなかったと言い訳はできるが、それはしょせん言い訳で、それ以上のものにならない。
 ため息をつき、どこで自分の計画が狂っただろうかと思い返すと思わず笑ってしまった。狂ったというのなら、それはもう最初、計画の第一段階だ。全く予期しないことが起きた。
 今更そんなことを反省しても仕方ない。もうここまできてしまったのだから。
 ポケットからある物を取り出す。折りたたみ式のナイフ。自らが犯行に利用したもの。今の今まで残していたのが間違いだった。ただ凶器を捨てるというのもリスクが伴う、それを回避していただけだ。
 それを右手で強く握ると、助走をつけて、力いっぱい海に向かって投げた。しばらく宙に舞ったナイフが、ぽちゃんっとあっけない音をたて、波紋を作って海に沈んだ。
 これでいい。まさか警察もあんな事件で海に潜ったりするわけもない。一つ、証拠が消えた。安心していいとは言えないが、不安材料が一つ減ったことは間違いない。
 あとはもう何もできない。犯行が露見するにしても、しないにしても、あとはもう時に任せるしかなかった。神のみぞ知るといったところだった。
 あとの不安材料は……言うまでもない。一人の女性、彼女だけだ。
 くるりと海に背を向けて歩き出す。一筋の潮風が背中を押した。

第五章【シンプル・プラン –A Simple Plan–】

 立浪さんは約束の五分前に家に来た。
「お邪魔して大丈夫なんですか」
「邪魔なら呼ばないさ。安心してくれ」
 守島さんの事件から三日経った今日、私は立浪さんを自宅に呼びつけた。昨日連絡して大丈夫かと確認すると、承諾を得られた。
「わざわざ呼びつけて申し訳なかったね。けど協会、人があれだから」
 協会の本部は今、マスコミがよく囲んでいるせいで人がいっぱいいて、信者もよく訪れるのでとても落ち着ける場所ではなくなっている。
「ええ、わかっています。そういえば今日は春川さんは?」
「ああ、ちょっとね。彼女も忙しいから」
 立浪さんをリビングに入れて、ソファーに座るように勧めたあと、キッチンへ行きお茶を用意した。
 お茶をさし出すと立浪さんはお礼をいって受け取った。
「さて、あなたもお忙しいだろうしさっさと話をしようか。三日前、守島さんが殺されてから、どうなった?」
「お父様からどこまで伝えられていますか」
「残念、何も教えて貰ってないんだよ」
「そうですか、ではまず事件の詳細を。守島さんは毒殺でした。警察の推測どおり、薬に毒が仕込まれていたそうです。で、その薬ですが彼女が常にカバンに入れていたもので、いつ毒が混入されたかは分からないそうです」
「そうなるだろうね。ましてや錠剤だ。一種の時限爆弾みたいなものだね、一粒入れているだけでいつか勝手に被害者が飲み込む。いつ混入されたかを調べるのは無理だろうね」
 警察も捜査はするだろうけどカバンの中に仕込まれた瓶にいつ毒が仕込まれたかなんて調べるのは至難の技だ。普通に考えれば水島さんの事件の後とみるべきだけど、それも断言はできない。
「そして脅迫状が、彼女の自宅の中から見つかったそうです。コピー、持ってきました」
 立浪さんが紙を取り出して、それを渡してくる。広げると毎度おなじみの新聞の切り抜きで作られたメッセージがあらわれた。
『厳罰がくだった』
 まったく、いつも意味ありげでそのくせ何のことかさっぱり分からないメッセージだね。
「自宅ねえ。警察が捜索に入るのを見込んでそうしたのかな。どのみち、やっぱり犯人はあなた方によっぽど詳しいらしい。家に入れるなんてね」
「警察もそう言っておられました。守島さんの家に入れる人はいないかと質問されましたが、少なくとも私は知らない。彼女、一人暮らしです。天涯孤独で家族もおられません。恋人などもいないはずです。そうなると合鍵を持っているような人はいなかったはずです」
「まあ、カバンに忍ばせていた瓶に毒をいれる犯人だ。同時に鍵をとって、合鍵つくって、また戻すなんて離れわざもできたかもね。ピッキングということも考えられる。これは考えるだけ無駄だ」
 犯人がいつ行動したのかわからない限り、可能性は無限大だね。
「蓮見さんの方は、桐山さんに会われたそうですね」
「情報伝達がすばらしいね。ああ、そうさせてもらった。駄目だったかい?」
 立浪さんはそんなことはないですよと言ってくれるが、私としては断られたってするんだけどね。意地悪なことに。
「その桐山さんに聞いたよ、あなたと最初の被害者、大村さんとの関係を。盟友と聞いた」
「そうですね。少なくとも、私はそう思っています。今となっては大村がどう思っていたのか、私にはわかりません」
「申し訳ないけど、大村さんの事件について詳しく教えてくれないか」
 事件について最低限は調べているけれど、それはあくまで資料から何があったかを知識として得ているだけだ。関係者になにがどうなったかを聞いたことはない。
 立浪さんは少し迷った素振りを見せた後、わかりましたと答えて、話してくれた。

 被害者は大村庄司さん、協会の関係者。関係者という名目ではあるが実質、協会でかなりの地位を築いていた人だったそうだ。信者ではなかったけど、協会の発展に貢献していた。入信していなかったため、代表代行などの役職にはつかなかったけど、協会内でのポストは立浪さんと同等。
 もともと立浪さんが協会を大きくしていく活動をしていたときに出会った弁護士で、協会の厄介事などを解決していたらしい。
 教会を大きくしていくことが立浪さんの仕事で、その際に生じる障害を排除していたのが大村さん。そういう役割でうまく活動していたらしい。大村さんは、立浪さんの話しによると教祖から相当な報酬をもらっていたらしい。
 半年ほど前、教祖が代表代行に「協会を今後どうしていくべきか」と投げかけたとき、立浪さんは今までのこともあり拡大していくことを推し進めた。
 しかしそれに反対したのが大村さんだった。これ以上大きくしていくことに、反対し現状を維持するべきだと主張した。二人が知りあってから初めての、真っ向からの対立だったそうだ。
 結局大村さんに賛同するメンバーも出てきて、協会には二つの派閥ができた。
 意見が割れた後も二人は仕事上では協力していたそうだ。ただ意見の対立は二人だけの問題じゃなくなり、代表代行の中でも争いが起きて、それが一部信者にも普及してしまった。教会内に不協和音が響き始めていた。
 そして、そんな日々が続いたある日、大村さんが何者かに自宅で殺害された。刺殺、胸を包丁で一突きされてみつかった。
 事件を受けて協会内には衝撃がはしった。もちろん、維持派からすれば拡大派の仕業だと考えるのが自然だ。警察の捜査が協会に及んだときも、維持派のメンバーは一貫して拡大派こそが怪しいと証言したそうだ。
 警察は証言をうけて拡大派に重点をおき調べてみたが、何もでてこなかった。
 時を同じくして教祖から信者全員に「しばらく派閥争いは禁止する」という旨の通達がされた。どちらの派閥にも教祖に歯向かうものなどいなかった。
 警察の捜査は虚しく終わり、今現在に至る。それが最初の事件だ。

「なんで大村さんは協会を大きくしていくことに反対したんだろうね」
「おそらくですが、仕事量の問題でしょう。大村は優秀で非常に仕事のできたやつでした。故に教祖からの信頼も厚かった。外部の仕事は大村にほとんどまわしていました。しかし、やはり大きくなるとその量は増えるばかり。弁護士としてそれなりのキャリアがあり、資産もあった大村からすれば、これ以上忙しくなるのは避けたかったんでしょう」
 ふむ。忙しいのが好きな人間はいないだろうけどさ……。
「なら、協会から距離をとればいいだけじゃないか。維持派になった理由はなんだよ」
 私の質問に立浪さんは少し間をおいて、そして告げた。
「協会に関わりすぎたから、そう簡単にやめさすわけにもいきませんでした。教祖もなんとしてでも引き留めろと仰っていましたから。協会が大きくなればなるほど、力ももちます。大村はそれも恐かったんでしょう」
 つまるところ、彼は深入りしすぎた。良い商売だったがそこから抜け出せなくなってしまったわけだ。距離をおいても協会の力で何をされるか分からない。弁護士なんて風評被害が出れば商売にならないからね。
 まあ、これはもういいや。話しをかえよう。
「桐山さんは事件と派閥問題は関係ないと言っていたね。あなたはどう思う?」
「わかりません。ただ、もしかしたら桐山さんも言っていたかもしれませんが、こういったことは協会、ひいては教祖に迷惑がかかります。そういったことを信者がするかといえば、私は違うと言いたい」
 なるほど、意見は一致している。教祖に迷惑はかけない。本当に絶対的な存在なんだな。
「そういえば大村さんについてだけど、私が言っていたこと調べてくれたかい」
「はい。警察にはわからないように協会に宛てたメッセージがあるかもしれないということでしたよね」
 立浪さんはそこで表情を曇らせた。
「どうしたんだい」
「いえ……代表代行や大村は協会の全データを共有していました。そしてその中には信者の情報も入っているのですが、その名簿、狂っていました」
「狂っていた?」
 オウム返しをしてしまったが、彼はこくりと頷いた。
「大村が管理していた名簿から数名信者の名前が消えていました。あなたに言われて調べて気づいたんです。しかし、それが事件に関係しているかどうか……」
 名簿から名前が消えていた。確かに信者が五千人もいれば、それに気づかないのもおかしくない。問題はなんで消えたかだ。
「信者の情報は厳しく管理してるよね?」
「もちろんそうです。ただ外に漏洩しないという点では完璧ですが、まさか内部から消されるというのは想定していませんでした」
 それはそうかもしれない。企業ならそうして当然だけど、ここは宗教。内部を疑うということに関しては意識が低い。それはよく痛感している。
「その信者の名前、教えてもらえるかな」
「はい。いざというときのために矢倉さんが手書きでも信者の情報をとっていましたから、それで判明しました」
 五千人以上のデータを手書きの紙で管理していたのかと少し驚いた。なんだか漫画でそんなのみたことあるな。
 立浪さんはまた別の紙を取り出し、それを見せてくる。一応「極秘情報ですので」と前置きをしてきた。
 紙にはその消されていたという信者の詳細な情報が載せられていた。個人情報がいっぱいだ。名前、生年月日、住所、電話番号という基礎情報から家族構成まで書かれている。なんだか悪いことをしている気分になる。
 しかし、そんな意識が吹っ飛ぶ。紙を見つめて、一人ずつ信者の名前を読み上げていく。
「佐々木……井澤……柴田……結城……梅川」
 それは信者の苗字だけ。ただそここそが私の気になったところだった。
「剣持……伊藤……香田……久米山……代田」
 一人で急に苗字だけを読み上げだした私に、立浪さんは怪訝そうな表情を向ける。私は自分の考えに間違いがないかを確認するため、もう一度紙を凝視する。他に気になるところはない。
 偶然か。いやそれはないだろう。明らかに意図してこの十名が名簿から消えて、それこそメッセージだったんだ。
「立浪さん、お手柄だよ」
 私はそれだけ告げて、ポケットからスマホを取り出す。急いで父に連絡するがこんなときだけ繋がらない。イライラしながら留守電に「かけ直してくれ」と伝言を残した。
「なにかわかったんですか?」
「気づかないか。さっきの苗字。一応、順番通りに読み上げたよ。まったく、くだらないことをしてくれる犯人だよ。子供だましだ。もともと新聞の切り抜きなんか使ってるんだから、子供みたいなものなんだけどね」
 そう、本当に子供だましだ。クイズ番組に出てきそうなほど、単純なメッセージ。だからこそ早めに気づくべきだったのかもしれない。犯人もそれを期待したのだろう。
 立浪さんがさっきの苗字を小声で復唱しているが、どうやら気づかないらしい。
「頭文字だよ、さっきの苗字の頭文字だけ並べると……こうなる」
 私はゆっくりと、そのメッセージを口にだした。
「さ、い、し、ゆ、う、け、い、こ、く、だ」
 それでようやく立浪さんが気づいて、目を見開く。そうメッセージはこれだけど。これこそが犯人の伝えたかったこと。
『最終警告だ』
 事件がようやく、つながった。

 父からの電話がすぐにかかってきたので、詳細を丁寧に教えた。あとで警察の方から再度、ちゃんとした調査がおこなわれるだろうが、こういう事実がでてきただけで十分だろう。事件の関係性さえあれば、捜査の幅も広がる。 
 あとは警察がこの名簿がいつどこで改竄されたか調べてくれれば最高なんだけど、さすがに犯人もそこはしっかりしてるだろうな、手がかりを残す様なぬかりはないだろう。
「では、私は協会の方でまた仕事がありますので」
 今の事態を受けて立浪さんは忙しくなるようだ。立ち上がって去ろうとする。
「うん、そうだね。ただちょっと待って欲しい」
 私が彼を止めると同時に、隣の部屋の扉がゆっくりと開いた。そして二人の人物が出てくる。その姿を見て、彼は本当に驚いたようで言葉をなくしていた。
 一人は春川。そしてもう一人は、彼の実の娘の彩愛ちゃん。
三ヶ月ぶりの親子の再会だった。
「……蓮見さん、これはどういうことですか」
「なんてことはないよ。私が自宅に二人友人を招き入れていた、それだけさ」
 今回、話し合いの場を自宅にしたのはまさにこのためだった。人がたくさんいるからなんて言い訳にすぎない。この演出をするためにわざわざ彼をここに呼びつけた。
 彩愛ちゃんは春川の隣で、久しぶりにあった父親にどう声をかけていいかわからずにいた。そんな彼女の背中を、春川が励ますようにぽんぽんと優しく叩いている。
「……蓮見さん、私はあなたに脅迫状の件は依頼しまいたが、これは」
「そう、これはそれとは別だ。けどあなたに止める権利もないな。私は小さな友だちのため動いているに過ぎない」
 別件逮捕なんて言葉があるけれど、いわばそれみたいなものだった。ようは口実だ。
「パパ……」
 ようやく彩愛ちゃんが声を絞り出した。それに立浪さんは困った顔をする。彼女と同様に、彼もまたそれにどう応えるべきかわからないんだろう。
 親子ってこんな複雑なものじゃないはずなのにね。
「……パパ、私ね、パパとお話しが」
「彩愛、今パパは忙しいから、また今度にしよう。おばさんたちの言うことをちゃんと聞いているか」
 娘の言葉を遮って彼がそうまくし立てると、彼女は悲壮感にあふれた表情になった。
「こ、今度って……いつ?」
「ちょっとわからないな。今、パパは忙しいんだ。知ってるだろ。時間はとるから」
「前も、そう言ってたじゃん。私、ちょっとだけで」
「彩愛、何度も言わせないでくれ」
 立浪さんがふうっとため息をはいた。この場にいるのがとても嫌なんだと肌身で感じる。
「そ、そうやって、いっつもいっつもじゃんっ。パパ、ママが死んでから私のことなんて見てくれてない! 忙しいのはわかってるよっ、だけど私は……私はっ」
 せきを切ったかのように彩愛ちゃんが声を張り上げて、最後にはそれを震わせていた。
「私はっ……パパが心配で、ただそれだけなのに」
 彼女の瞳から大粒の涙が溢れる。それを見ても、立浪さんは表情を変えなかった。ただ、少しだけ目を伏せたのは見逃してやらなかった。
「……心配ない。時間はいつかとるから」
 これ以上話すことはないというように立浪さんは彩愛ちゃんに背を向けた。そして数歩進んでから、立ち止まる。
「蓮見さん、できれば今後はこういったことはやめていただきたい」
「そうかい。なら、そうしよう」
「これは親子の問題ですので。親子の問題は、親子で解決すべきでしょう」
 決してこちらに顔を向けず、そう問いかけてくる。
「そうだね。今回は私の余計なお世話だったようだ。ただ最後に、もう一つだけ余計なお世話を言わせてもらうとね」
 小さく息を吸い込み、彼の背中を睨みつけながら、その言葉を投げつけた。
「娘を泣かすような父親が、親子のことなんて語ってくれるんじゃないよ。虫酸が走る」
 立浪さんはそれに応えることはなく、そのまま立ち去った。
「レイ」
 静まり返った室内で春川が私に呼びかける。
「スッキリしたわ。ありがとう」
 春川も相当腹を立てていたようだ。というか彼女かなり怒っていたからな。さっきは親子二人で話し合うべきだと思って口を出さなかったけど、見ていた限り、彼女は何度も何か言おうとしていた。よく抑止したものだ。
 彼女の隣では彩愛ちゃんが泣いていた。彼女はその背中をさすりながら慰めている。
「彩愛ちゃん、今回はこうなったけどまたなにか仕掛けてみよう。ちゃんと君の力になるから」
 彼女に寄って行き、その頭を撫でながらそんな無責任なことを言ってみる。
 彼女は服の袖で両目をこすりながら、こくこくと何度も頷く。できれば子供の泣き顔なんて見たくないんだけどね。私、涙には弱いんだよ。
「……なんで、こうなっちゃったのかな」
 彼女が涙声でそんな疑問を口に出した。
「ママが生きてた頃は、パパ、優しかったのに……。絶対、絶対、あそこのせい」
 あそこというのは協会だろう。彩愛ちゃんの話によると立浪さんは五年前、奥さんを亡くすまでは非常に良い父親だったらしい。しかしそれ以降はおかしくなって、彩愛ちゃんにかまうこともなくなった。
 そして協会に関わってからは仕事も辞めて、協会のことだけに専念しはじめた。
「会いにきてくれるんだよ、時々。だいたい……三ヶ月に一回くらい。けど、その時だって、あそこのことばっかり。パソコンで仕事ばっかりして、私のことなんて相手にしてくれない……おじさんとおばさんに言われて、来てるだけ……」
 自分で語っていてまた悲しくなったのか、彼女の目から一度止まっていた涙がまた流れだして、それを春川がハンカチで拭く。
「……ケースだね」
 私がぽつりとつぶやくと、二人が顔をあげて「ケース?」と聞き直してくる。
「そう、ケース。正確にいうならガラスケースだ。彼ら、立浪さんを含めた協会の人たちっていうのは、今そこの中にいるのさ」
 これはあくまで私から見た、あの教会への感想だった。
「彼らは閉じこもってる。現実が受け入れられなくて、逃げてしまっている。そして同じ傷を負った仲間たちと寄り添うように、そのガラスケースの中に篭って、身を守ってる。ガラスケースだからね、中身はクリアなものさ。中にいればお互いの顔もちゃんと認識できる、外の光も入ってくる。一見すると何の変哲もない」
 けど、実は大きく違う。
「ただそこは逃げ道、彼らの砦。外側からこじ開けることはできない。彼らからすれば自分たちは正しい。間違っているのは、曇った景色のむこう側にいる私達だ」
 透明なガラスケースの中にいる自分を想像してみる。真っ白な部屋で、大きなガラスケースがある。私はその中に入り、外を見る。光の屈折で、外の景色は歪んで見える。しかし、ケースの中はクリアで綺麗だ。
「人間は綺麗なものを信じたがる。だから彼らからすれば、閉じこもっている人間からすれば、間違っているのは私達なのさ。どんな言葉も無駄かもね。ようは、最終的に彼らが、自分たちがおかしな場所いると自覚して、そこを抜け出さないといけないと覚悟して、外に踏み出す以外はないんだよね」
 ガラスケースの中からの風景は歪んで見える。けど実は歪んでいるのは中に入った彼ら。
「……よく、わかんない」
 彩愛ちゃんが私の長ったらしい語りに、率直な感想を述べる。上手く説明できなかったかな。けどそれでいいさ。
 私が協会をガラスケースと例えたのは、透明で歪んでいるからじゃない。
 ガラスケースは、しょせんガラスだ。ちょっとした衝撃でヒビがはいり、いつしか完全に砕けてしまう。協会は今、そんな危ういものだ。もしそうなれば中にいた人間は無傷じゃすまない。そして最悪の場合は――。
 私は彩愛ちゃんを見つめる。
「外にいる人間も……ね」
 そのつぶやきは二人には聞こえなかったようだ。
「さて……彩愛ちゃん、君、アイスクリームはすきかな」
 唐突な質問に彼女は当惑したようだったけど、うんと返事をした。
「なるほど。じゃあ、美女二人と美少女でおでかけといこうか。なんだか辛気臭くてたまらないよ。暗いことが続きすぎてるし、ここはガールズデートで気分転換しようじゃないか。近くにアイスクリーム屋さんができたらしいんだよ。どうだい、これから?」
 私の突然の提案に最初二人はぽかんと口を開けていたが、しばらくしてから春川が「そうね」と笑顔で返事をしてくれた。
「予定はないし、私はいいわよ。彩愛ちゃんは?」
 春川が確認すると彩愛ちゃんは急に変わった私達二人の変化に少し戸惑っていた。当然、意味もなくこんな提案したんじゃない。彩愛ちゃんにはちょっと楽しませることが必要だ。彼女は、色々と抱え込んで、張り詰めている。子供らしくないからね、そんなの。
「この前は春川と二人で出かけたんだろ。今度は私も混ぜてほしいね。心配いらないよ、お姉さん二人の奢りだ。君は楽しめばいいのさ。春川がいなければ、自棄酒でも教えてあげられたんだろうけどね、ちょっと恐いからやめよう。感情が爆発しそうになったら、何かにぶつけるのが一番だよ。今日は自棄食いするといい、お腹を壊さに程度にね」
 彩愛ちゃんはしばらく迷っていたがけど、春川が「いこ」と催促するとうんと返事をして、私の計画どおりガールズデートは決行されることになった。もちろん彩愛ちゃんのためではあるけど、その恩賞を私がちょっとは受けてもいいよね。私最近がんばってるし。
「ああ、レイ、言っておくけどね」
 さて出かけようと心踊らせながら準備をしていた私に、春川が声をかける。
「提案した以上、あなたのおごりよ?」
 彼女はニッコリと笑って、隣の彩愛ちゃんに「ね?」と同意を求めた。彩愛ちゃんも彩愛ちゃんで、意地悪そうな笑みを浮かべたあと、そうだねとさっきまでの泣き顔が嘘のように元気よく春川に同調した。
 どうやら、春川には私の下心もばれていたみたいだ。
「……降参だよ」
 高いデート代になりそうだ。
 まあ、二人が笑ってくれるなら、安いものなんだけね。



 スマホのアラームではなく、着信音で目が覚めた。
 むくりと起き上がって、近くにあった時計を見ると午前十時だった寝過ぎたね。昨日は結局三人でアイスを食べた後、ボーリングやカラオケに行ったりして、遊び疲れてしまったようだ。いい気分転換にはなったのだけど。
 未だに震えるスマホを手にとって、応答した。
「もしもし」
『おはようございます、蓮見様。協会の矢倉でございます』
 意外な人物からのモーニングコールに少し驚いてしまう。
「あ、あぁ、おはよう。驚かされてしまったよ。というか、矢倉さん、大丈夫なのかい」
 彼女は守島さんの死を目の前で目撃して、血まで浴びてしまった。警察が聴取できないほどショックを受けていたと聞いていたけど。
『はい、心配をおかけしました。もう大丈夫でございます。あのときは見苦しいものを見せてしまい、申し訳ありません』
「いや、見苦しいものを見たのはあなただと思うが……まあいいや。それで今日は何かな」
『蓮見様、これから何かご予定がなければ『Cross Hall』に来ていただけませんか』
「行けることは行けるけど、何かな」
『それではお越しください。お待ちしております』
 私の質問に答えることはなく、彼女は電話をきった。相変わらず機械的だ。しかし、本当に何の用だろう。よくよく考えれば、彼女からの連絡って初めてじゃないのか。
 もしかしたら昨日私があんなことをしたから、立浪さんがなにか気をかえてしまったのかもしれない。
 素早く着替えて、カロリーメイトを片手に私は家を出た。

 協会の周辺には物々しい警備がしかれていた。一体何社の警備会社と契約したのか。警備服のいかつい男たちが建物の外にも中にもいた。
 中に入ると驚いたことに受付には誰もいなかった。あの閑散とした玄関が、さらに静まり返っている。なんだか余計に落ち着かないなと思いつつ、私は『Cross Hall』へ向かった。
 ホールの前について、大きな扉を数度ノックしたが中から返答がない。全く、今日は一段とおかしなところになってるな、ここ。
 意を決して扉をあけて中に入ると、そこには一人の人物がいた。
 その人物は若い男だった。若いといっても私よりは年上の、おそらくは三十歳くらい。肩くらいまで伸ばした長髪に、細長い顔。十字架のピアスにネックレス、そして全身黒一色の服装。
 彼は私が入ってくるのを待っていたようだが、出迎えの言葉はかけてこなかった。少し遠目に私の顔をまじまじと見つめた後、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
 そして私の目の前で立ち止まると、急に微笑んだ。男のほうが長身なせいで、見下されるかたちになる。
「想像していたのとは違うな。平凡な容姿だ。しかし……面白い目をしている」
「……いきなり失礼なことを言ってくれるね」
「安心しろ。褒め言葉だ。いや、どう受け取っても構わん。言葉などそんなものだ。平凡が嫌なら、平常と言い直そう」
 それに大差はないように思えるのだけど、そう反論する前に男が言葉を続けた。
「問題は容姿などではない。俺は飾りになんて興味はない。目だ。お前は想像していたより、面白い目をしている。曇りのない、綺麗な瞳だ。そんな人間は少なくないが大抵の場合はただ脳天気なだけだ、だから雲などない。しかしお前は違うな。雲を晴らそうとしている。結果としてその目をしている。強い人間の、いや、強くあろうとしている人間の目だ。ここでは見られないものだから、珍しい」
 何が面白いのか、男は「ははは」と笑った。そして急に握手を求めてくる。私は差し出された手をとらず、男の目を覗きこんだ。黒い瞳からは男の心情は一切読めない。
「はじめましてなんだ。自己紹介はいらないのかな?」
「お前のことなど立浪からさんざん聞いている。あれは報告でミスをするような無能じゃない。俺はお前のことをもう知り尽くしている」
「そうかい。なら、自己紹介してくれ。名前も教えてもらってないからね」
 男は鼻で笑うと、差し出していた手を引っ込めてポケットの中にいれた。
「つまらないな。名前など求められるとは。名前なんてただの記号だ。記号なんてただの印だ、重要だが必要ではない。そんなものを求めるな。俺をがっかりさせるな蓮見。好きなように呼べ、それが俺の記号で印だ。お前が決めろ」
 全然本心が掴めない。会話が合わない。目の前にいるのに真っ黒のベールで覆われているようだ。男から一方的に私に話しかけてきているだけで私の言葉は全て受け流される。
「……私から言わせてもらうと、あなたは想像以上にめんどくさいし、うさんくさい」
「慧眼だな。そういう目は大切だ」
「あだ名やニックネームで呼ぶのも悪くはないと思うけどね。私、そういうことは仲の良い友だちとしかしたくないんだよ。だから私も、みんなと同じように呼ばせてもらうよ」
 私は睨みつけるように男を見上げ、彼を「記号」で呼んだ。
「――教祖様」

「信者以外にそう呼ばれるのにも慣れたが、お前に呼ばれるとしっくりこないな。だがそれでいい。それが俺の一番の記号だ。どうせ長い付き合いにはならないのだからいい」
 長い付き合いにならないというのは、私からしてもいいことだ。
「しかし、会ってもらえるとは思っていなかったよ」
「会う必要性を感じなかったからな。俺としてはお前のことは立浪がかけた保険だと考えている。しかし、思いの外話を聞く限り面白そうだと思って呼んだ。期待通りであり、期待はずれであり、期待以上だ。中々面白い」
 この男が私に何を期待していたのか知らないが、何にしても相手が勝手に期待していただけで、私が気にするところじゃない。
 しかし、何が可笑しいのか、この男、ずっと微笑を浮かべていのが奇妙だ。
「で、朝一から叩き起こして、私に何か用事があったのかい」
「別にない。いや、俺としては全くないと言ったほうが正しい。しかし、どうせ暇だ。お前は俺に用があるだろう、付き合ってやる」
 どこまでも上から目線で話していて嫌になる。けど教祖の言うとおり、私は彼に訊きたいことがある。
「じゃあ、そうさせてもらおうか。まず、あなたは事件についてどう考えているんだい?」
「事件。それはどの事件だ。大村が殺された件か、水島が殺された件か、守島が殺された件か、それともお前の友達が襲われた件か。どの事件だ?」
「それら全部だよ」
「なるほど。どうでもいいな」
 即答だった、短くきっぱりと答えられて、思わず次の言葉が出なくなってしまった。
 この男今、なんて言った……。
「どうした、次の質問はないのか」
「い、いや、ちょっとまってくれ。あなた今、どうでもいいと、確かにそう言ったか?」
「二度言わせるな」
 こっちだって二度と聞きたくない。けど、確認せざるをえない回答だろう。
「春川の件はまだいいとしよう。しかし、他の事件は協会の、あなたの協会の関係者が殺された事件なんだよ、それをどうでもいいって……」
「人は死ぬ。それが遅いか早いかだけで、奴らの場合はそれが今だっただけだ。嘆くことも悲しむこともない。摂理に従い、運命は廻った。それだけのことだ。そしてそんなことは毎日起きていて、今俺たちがこうして話している間にもそうなっている。なあ蓮見よ、お前は一々それに構うのか?」
「そんな馬鹿でかい話はしてないよ。あなたの腹心が殺された、あなたはそれに対して何も感じないのかって聞いてるんだ」
「馬鹿でかくないぞ。むしろ小さいだろ。人の死など、ありふれている。お前は警官の父がいるんだろ、なら交番に行け。交通事故で死んだやつが、黒板に数字として羅列されているぞ。死はありふれていて、溢れかえっている。そしてそれが今回、この協会を取り巻いている。運命というのは、命が運ばれるという意味だ。それが立て続けに起こった。不思議はない、不可解でもない。謎も解もない。そういうことだったというだけだ。それに何か思うなど、無駄だ」
「話が長いよ、鬱陶しい」
 イライラしてきたという言葉で納めればまだ良い方だ。私が想像していた回答と違った以前に、私が想定した常軌を逸している。なんだこの人……何を考えている、これが本心かどうかもわからない。
 実際こうして私が怒りのせいで言葉遣いが荒くなり、奥歯を噛み締めている間も、相手は表情を崩さない。余裕のある微笑をうかべたまま、見下ろしてくる。
「大村は信者でもなかった。立浪との連携がよくできた有能な奴だった、金さえ出せばいくらでも仕事をしてくれたのも助かった。しかしそんなやつは、ここまで協会が大きくなればいくらでも探し出せる。水島と守島も代行にはしたが、代わりはいくらでもいる。矢倉でも昇格させたらなんとでもなる」
「……あなたは、代表代行をどう思っているんだ? あなたを信じて、全てをあなたに託している。そんな人たちを」
「それは奴らが勝手にやってることだ。やってくれるから、やってもらっているだけだ」
 言葉が通じないというとおかしいか、日本語として会話は成り立っている。これがもし小説で、文字だったなら違和感のないやりとりにみえるだろう。けど実際はそうじゃない。言葉は通じていても、想いは通じていない。会話は成り立っていても、そこにコミュニケーションは存在しない。
 私達二人のやり取りは、そんなものだ。中身がない。
「……もういい。次にいこう。言葉も時間も無駄だ。あなたはこの先どうするつもりだい?」
「この先? ああ、事件をうけて協会としてどうするのかということか。さてどうしようか。またそれもあいつらに決めてもらってもいい。俺としてはそれもどうでもいい。強いて言うなら、さっさとこの厄介事は片付けたい。なにせ外野がうるさすぎる」
 どうやら事件解決は望んでいるらしい、理由は私や他の人と大きく異なるみたいだけど。
「それもあるけど違う。この協会をどうするんだい? 大きくするのか、このままにするのか。いや、こうなったら大きくはできないだろう。こんなに連日マスコミに騒がれたら」
「悪評などどうとでもなる。もう二十年ほど前にテロをおこした、あの宗教組織。お前も名前を知っているだろう、あのひげをたくわえた不審者を崇めていたあの組織だってな、今は名前を変えて別団体となってはいるが、信者は増えている。悲劇は悲劇を上回る。悲しいことを抱えた奴らが現実に目を背けるのは変わらない。悲劇がある以上、ここはなくならない。大きくなり続けるだろう」
「そんな上手くいくものかな」
「蓮見、甘い。甘すぎて、吐き気がする。二度言わすな、死は溢れかえっている。そしてそれを受け入れられないやつも同等か、それ以上だ。そしてそんなやつらは藁をもすがる。取り込むことなど簡単だ。俺が協会をたちあげて、今年で十年。立浪と会って五年。今の信者は五千人。いいか、どうとでもなる」
 甘いのは彼か私か。それは分からない。本当なら彼だと断言したいけど、実際にここまでこの怪しげな組織を大きくした実績を考えると彼が過信しているとは言い切れない。
 拳をぎゅっと握り締める。
「どうしてあなたは協会を割るようなことをしたんだい。あなたが方針を決めれば拡大派も維持派も生まれなかった」
「退屈だろう。今までは大きくしていくことを考えた。しかしもうある程度大きくなった。なあ蓮見よ、俺は経営者じゃない。無尽蔵に組織がでかくなることだけを考えればいいような、無能ではない。大きくなることが目的ではない、そんなことは手段でしかない。大きくなればその分、可能性も増える。しかしもう十分だ。俺はその可能性をどう使うべきか、やつらに問うた。連中、こっちの真意には気づかなかったがな」
「……さっきから違和感しかない。あなたはまるでこの協会に興味が無いように思える」
 私の率直な感想に教祖は声をあげて笑って、手を叩いた。
「蓮見、やはりお前はいいな。女子大生のトラブルシューターなんて安っぽい枠に収まっているのが惜しい。もっとも、お前と関わりをもってそんな評価しか下せないやつは無能に違いないが。いやしかし、この短い会話でよく気づいたな。否定はせん、俺はこの協会にさほど興味はない。ここがなくなろうが、栄えようが知ったことではない」
「ここは、あなたが立ち上げた宗教じゃないのか。どうしてそんな」
「俺が立ち上げたものだ。しかし、だからこそどうでもいい。蓮見よ、お前は今まで色々な厄介事を解決してきたらしいな。お前がそれを始めたきっかけはなんだ?」
 きっかけ? 私が色んな人の厄介事に介入して、解決に協力するようになった理由……。なんだっただろう。きっと、警官である父や兄の影響だったと思う。ようは私なりの正義の味方ごっこだった。そして思いの外うまくいき、今現在も継続してる。
「そのきっかけに深い意味はあるか? いや答えなくてもいい。知りたくも、興味もない。それに俺は表情から読み解くのは得意だ。お前がそれを始めたきっかけに大層な意味はなかっただろう。当たり前なんだ蓮見。人が行動をおこすきっかけなど、気まぐれか気晴らしだ。時々自称成功者が大層に自分の体験を語ってくれるが、あんなのただの虚言だ。ようはほとんど思いつきだ。それにツキがあっただけだ」
 ツキがあっただけという言葉は少し同意できた。私が色々なトラブルを解決できたのは私が優秀だったからじゃなくて、運が良かっただけ。時々そう思うことがある。
「かく言う俺もそうだ。ここを立ち上げたのは、面白いことになりそうだという動機だ。そして事実、面白かった。この十年、退屈しなかったからな。ただ今は退屈だ。ある程度大きくなると仕事ばかり増えてきて、それも飽きた。今後ここを更に大きくしても同じかと思うと、なんだかつまらない。そこであいつら、代行の連中に言ったわけだ。今後ここをどうすべきか。面白い意見でもあればよかったのだが、見込み違いもいいところだ。やつらは維持するか大きくするかしか案を出さなかった。まったく……使えない」
 代表代行はこの教祖に心酔していたが、これがその正体か? 彼らにはまた別の姿を見せているのか。そもそもこれが本心かどうか分からない。掴み切れないなんてものじゃない、さっきから私は彼という人間と触れ合ってさえいない。
「だから興味が無い、この協会に。気まぐれで立ち上げたものに飽きたというだけだ。別に珍しいことでもあるいまい。お前にもそういう経験くらいあるだろ。それだけだ」
「それだけって……」
 それだけ? 信者が五千人いるのに? そしてその中には全てを捧げた人もいるのに、もう飽きたからどうなっても構わない。この男は本気でこう言っているのか?
「なにを呆けている。そもそもこの協会が未来永劫存在するはずもあるまい。言っただろう、人は死ぬ。それが早いか遅いかだけだと。ここもそれと同じだ。それが今かもしれないというだけだ」
「き、詭弁だ。あなたはただ無責任なだけだろう」
「詭弁でも真実だ。なら蓮見、未来永劫存続するものが世に実在するのか? ないだろ。あるわけないし、あっていいはずもない。誕生し、消滅するのは世の摂理であり、運命であり、理だ。それが受け入れられないというのなら蓮見、お前は――」
 教祖は唇の片側を釣り上げて、すごく邪悪な笑みを浮かべた。
「この協会の連中と同じだ」
 世の流れを受け入れられないなら、死者に縋るここの信者と同じ。確かにそれはそうかもしれない……いや違う違う。落ち着け私、会話のペースを持っていかれるな。この男はそれらしいことを言いつつ、話題をそらし、誤魔化しているだけだ。のまれるな。
「……随分とおしゃべりなんだね、ちょっと想像と違っていたよ」
「そう言って俺の口数を減らす気か?」
 思わず自然と舌打ちがでた。よめないだけじゃなく、よまれてまでいる。
「……もういい。さっさと話を終わらせよう」
 このまま話していても、この男から有益なことは聞き出せない。それどころか怒りのせいでこっちが思わず何か口走ってしまいそうになる。
 とにかく私は今、完全に教祖にのまれかけている。なるほど、教祖というのも伊達じゃない。こういう能力を発揮して、ここを大きくしたんだろう。これだけ口達者なら誰かを亡くして心を弱くした人間を取り込むなんて簡単だったろう。
「なら最後の質問をさせてくれ。確認だけど、質問はなんでも答えてくれるよね?」
「ああ、ただ答えるだけならそうしてやる。それが嘘か本当かはお前が見極めろ」
 一々面倒な付け足しがはいる。しかし、黙秘がないだけでいい。
 これはそういう質問だ。
「じゃあ……大村さん、水島さん、守島さん。この三名にあわせてくれないか?」
 最初、教祖はきょとんとした表情をした。初めてこの男の意表をつけたことに、ちょっとした喜びを感じる。
「『クロスの会』は死者と交信できる宗教なんだろ。そして死者は誰でも構わない。なら、殺された三名とも交信できるはずだろ? 私、前々から思っていたんだよ。ならその三名と交信して、真実を聞き出せばいいと。被害者なんだから犯人の顔くらい見てるはずだろ?」
 今度は私が意地悪な笑みを浮かべる。この質問はいずれ協会関係者の誰かにしてやろうと考えていたものだ。教祖にできるなんて、ラッキーだ。本当にいやらしい質問だからね。
 できるといえば犯人がわかることになるし、できないといえば協会の存在意義に関わる。
 教祖はしばらく黙って私の目を見つめたままだったが、少ししてからまた笑い出した。最初は小さな笑い声だったのが、しだいに大きくなっていき、最終的にホール全体に響くほどの高笑いになっていた。
 思わぬリアクションにこっちが戸惑ってしまうが、教祖は相変わらず笑い続け、本当に愉快そうに手を叩いている。
「蓮見、お前は本当に面白いな。最高だ。立浪がお前が事件に介入させることを同意を求めてきたときは、なにを考えているのかと思ったが、なるほどこれはいい」
 教祖は笑い終えるとポケットからPHSを取り出し、それでどこかに電話をかけだした。
「矢倉か、俺だ。今空いている部屋はどこだ? ……そうだ、ホールから近い方がいい。あとなるべく近くの部屋が使われていないところだ。……ふむ。……あったか。……ああ、そこでいい。そこの鍵をあけておけ……あと、しばらくその付近は立入禁止だ、お前もな。わかったか?……ならいい。『交流』の用意だけしておけ」
 どうやら矢倉さんに連絡していたらしく、それが終えるとPHSをポケットにしまった。
「蓮見、お前の要望に応えてやる。ただ邪魔はされたくない。携帯の類の電源はきれ」
 仕方なくポケットからスマホを取り出し、それの電源を落とす。もちろん、その様子を教祖にも見えるようにした。画面が真っ暗になったスマホを、再びポケットにしまう。
「よし、じゃあ従いてこい」
 教祖はそのままホールから出て行く。ちょっと私の予想していた展開と違っていて、戸惑ってしまうがとにかく従うほかない。
 しかし、あの笑いに、あの余裕……もっと焦ったりしてくれるかと思ったが、全然違っていた。本当に死者に合わせることができるのか? まさか……できたなら、もっと早くやっているだろ。あの質問は彼にとって、不都合なはずだったのに。
 一体、なんだっていうんだ。

 案内された部屋は畳四帖ほど小さな部屋だった。そこにあるのは、仏壇――いや普通の仏壇ではなくて「仏壇に近い何か」だった。仏壇より大きくて、広げられた状態で、部屋にぎりぎり収まっている状況だ。そして派手に西洋風で装飾が全体に施されていている。
 そしてその「仏壇に近い何か」の前に、一枚の座布団が敷かれている。
 部屋全体にはなにかの匂いが充満していた。なんの香りか分からない。いや、世の中の香りという香りを混ぜたような、そんなもの。
「こんな部屋がこの建物の中にはおよそ三百ある。信者は主にここで『交流』――つまり死者と交信する」
「なんだか……匂いがきつすぎないかい」
「いい線香だぞ、お前の好みの問題だな。ただ俺もあまり好きじゃない。しかし必要なものだ。グダグダと話していても仕方あるまい。蓮見、まずは練習でもしてみろ」
 教祖はポケットから数珠を取り出すと、それを片手に持ち、仏壇の前に立つ。
「そこに座れ」
 言われたとおり、座布団に正座する。やっぱり匂いがきつい、少しクラクラするほどだ。しかも部屋の照明が薄暗いせいで、なんだか気分が悪くなりそう。
「練習って……そんなのがいるものなのかい、『交流』というのは」
「死者も人だからな。人間とコミュニケーションをとるわけだ、訓練とまで言わないが場慣れというのは必要だ。ましてや人であって人でないからな。まあ、指示通りやれ。どうとでもなるし、どうにもならんときもある」
 相変わらずの遠回しで、煙にまいた答えだ。しかし、なんだかよくわからないけど、とにかく私は今、この協会の深部を見ている。深部というか芯部か。
「わかった。じゃあ、どうぞ」
「まず蓮見、邪念を消せ。邪念というのは心だ。何も思うな、何も感じるな、何も考えるな。全てを無にしろ。頭を真っ白にするんじゃない、心を空白にしろ。そこに、来る」
 目をつぶって、彼の言うとおりにする。とは言っても、なんだかそれはひどく難しい。
「……今、お前の頭にはお前さえいない。そういう状況をつくれ。早い話しが、眠ってしまえ。もちろん睡眠しろと言っているわけではない、意識を飛ばせと言っている。深呼吸しろ、鼓動を整えろ」
 深呼吸をするとあの匂いが体に入ってきて、不快になる。なんだろう、このラベンダーとか、ハーブとか、とにかくありとあらゆる香りを混ぜたような匂いは。私が愛するニコチンより悪質だ。
「できたか? なら次だ。会いたい人間を思い浮かべろ。あの三人じゃない、お前が個人的に会いたいが、もう会うことができない人間だ。誰でもいい。死に別れたやつだ。いるだろ? 高校の同級生とかな」
 最後の言葉で集中が切れそうになるがなんとか踏みとどまる。協会は私のことを調べ尽くしている。だから私が高校時代、一人の同級生を亡くしていることも知っていて当然か。
「そいつでも、どいつでもいい。会いたい奴を浮かべたか? なら、あとは簡単だ。そいつのことを想え、強く思い出し、思い馳せろ。お前がそいつを思っているなら、そいつと会いたいと思うなら、降りてくる。俺はもう黙る……あとはお前次第だ」
 それっきり教祖は本当に黙った。あれだけ騒がしかったのに、まるで死んだように。それどころか、気配さえ消してる。目を瞑っているが目の前には彼がいるはずだ。なのに、あの一言で、そこから消えたかのように気配がない。
 匂いがきつい。頭がクラクラする。
 それでも言われたとおり、やってみる。頭のなかに会いたい人物を思い浮かべてみる。高校時代、ろくに話したこともない一人の同級生だった。高校三年生のときに交通事故で亡くなった、一人の少女。話したことはなかったけど、故に話したい人物だった。彼女と私の間には、彼女の知らない因果があった。
 会いたいと思ってみる。彼女のことを思いうかべみる。…………。
 ――――。
 ――――。
「……駄目だ」
 しばらく、瞑想みたいなことをした後、私は目を開いてそうつぶやいた。久々の視界には、数珠をもった教祖が堂々と立っている姿が飛び込んでくる。
「何もない。何も起きない。申し訳ないけど、私に『交流』はできなかったみたいだよ」
 しばらくずっと、教祖のいうとおりにしたが何も起きなかった。それどころか、集中力がきれそうだったし、なにより匂いの影響で身体的にどうかしそうだった。ここで長時間過ごすなんて、信者はすごいな。
 教祖は何も言わない。ただ私を見下ろした後、仏壇にあった線香を消した。おかげで匂いが少しマシになった気がする。
「扉、開けてくれないか」
 この部屋、窓がない。だから換気が扉を開けることしかできなかった。
「駄目だ。ただ空気の入れ替えはできる、待て」
 教祖はそういうと壁に寄って行き、そこにあったボタンを操作した。すぐに涼しい風が部屋全体に吹く。空気清浄機が始動したらしい。おかげで少ししたら、体が楽になった。
 突然、教祖が壁に向かって笑い出したのはその時だった。この小さな部屋に、不吉な彼の高い笑い声が響く、それは匂いとは別になにか気分の悪いものだったが、彼は抑えられないらしく、笑ったまま壁を数回平手でバンバンと叩いたあと、頭を抑えた。
「はははっ、はははははははっ」
 なんだか壊れたみたいに笑う。何が何だかわからなくて、きょとんとしてしまう。
「はははははっ。ははははははははっ」
 一通り笑ったあとも、彼はしばらくクククッと不気味に笑いながら、再び私の前に立った。
「会えなかったか?」
「……ああ」
「そうだろうな。当たり前だ、会えるわけがない。死者に会えるなどありえるはずがないだろう。蓮見、お前はまともだな。安心した。そうだ、それが正解だ」
 一瞬、自分が何を言われたのかわからなかった。正解? 
「死者に会えるんじゃないのかい?」
「そんなわけあるか。死者は死者だ、もう逢えないから死者なんだ。どうしてそれと会える、馬鹿言うな」
 頭が真っ白になる。そんな私を無視して、教祖は饒舌に語りはじめた。
「お前が不快といった匂い、あれには頭に刺激を与える成分を含んでいる。だからお前の反応は正常なものだ。ここの信者の連中はもう慣れたらしいがな。この部屋は俺がデザインした、なんというか、雰囲気がでているだろう。この二つと、弱った心、脆弱な人間。それだけあれば、死者は作り出せるんだ」
「死者を、作る?」
「そうだ。蓮見、お前も薄々わかっていただろう。死者に会えるなんてあるはずないと。そうだ、その通りだ。そんなわけない。会えない、だったら作ればいい。ここはそういう宗教だ。いや、それを理解してるやつがいるかは知らんがな。少なくとも俺は何もしてない。こういう場所を提供して、死者に会えたかと信者に問うてるだけだ。そしてやつらが会えたと言う。会えるはずないのにな。やつらは自分の頭の中に、自分の都合のいい死者を創りだして、そしてそれと会話してるんだ」
「ちょ、ちょっとまってくれっ」
 頭が混乱しそうなったので、思わず声を大きくして彼の話を制止した。目の前の男は「ふむ」と黙る。彼が何を言っているのかわかっているのか。この男は、ここの教祖は、いまここは偽物だと、虚像だと言ったに等しい。
「……死者に、会えるんじゃないのか?」
「何度も言わすな。会えない」
「じゃ、じゃああなたは……五千人もの信者を、騙してるのか?」
 私の質問に教祖は「ふんっ」と鼻で笑った。
「騙してる? 俺が? 違うな。俺は場を、雰囲気を提供しているだけだ。死者に会えそうな、交霊できそうな場所を作り出し、貸しているだけだ。だから俺は信者に会えるとは言わない。会えたかと質問しているだけだ。会えたとあいつらが勝手に答えているだけだ」
「ふざけるなっ!」
 勢いそのまま立ち上がって、彼の胸ぐらを掴んだ。
「それは騙してるんだろっ! どうせ、その口で適当なことをのたまって、会えたとかしか答えられない状況を作り出してるんだろっ!」
 たとえば「お前が死者のことを愛していれば逢えるはずだ」とか。そういえば会えなければ愛が足りないことになる。そんなことを受け入れられない人は結果として存在しない死者を作り出す。会えたという答えを出すだけのために。
「おいおい、勘違いするな。ここへの入信希望の奴らは多い、結構な数の人間がお前と同様の反応をした。いいか、正常なやつらは普通にそんなことあるはずないと答えを出す。出せなかったやつらが五千人いただけだ」
「だからそれは、あなたが騙した――」
「じゃあ、お前はやつらを救えるのか?」
 唐突な質問に思わず口が止まってしまう。教祖は胸ぐらを掴まれているにも関わらず、微笑をうかべたままだ。
「なにを言っている?」
「だから、救えるのかと質問している。冷静になれよ蓮見。ありもしない死者との再会。そんなことを脳内で演出しなきゃいけない連中だ。相当追い詰められているんだよ。なあ、そんなやつらに少しでも生きる希望を与えることは罪か? 罪というなら、お前はそんなやつらを救う他の方法を提案できるのか?」
「そ、それは……」
「できないだろ。できるはずもない。誰かを失ったという心の穴はその誰かしか埋められない。そしてその穴が大きい奴が、そこから抜け出せない。立浪など今はああしているが、俺が出会ったときは今にも死にそうだった。それをああしたのは、ここだ。この宗教だ。お前が騙したと糾弾するなら、正当法でやつらを救える方法を俺に教えてくれ。蓮見よ、誰も救えない正義など悪だ。同時に誰かを救うことができれば悪もまた正義になる。お前の言い分は美しい、美しいだけにそれだけだ。綺麗だ、正しい。それだけだ。それでやつらが救えると思うのか」
 大切な誰かを失った悲しみを、正当法で癒す方法と言われてもあるはずない。それは乗り越えるものだ。だから歯を食いしばって生きていくしかない。
「激励の言葉などやつらはさんざん受け取った。しかしそんなもので穴が埋められるはずもない。だから、ここが栄えたんだ。確かに騙したと受け取れるかもしれない。で、それで誰か傷ついたか? むしろ、傷を癒されたやつだっているんだ。蓮見、お前はこれを一方的に悪だと、間違っていると言うのか?」
「……嘘は嘘だ」
「嘘は嘘。その通りだな。で、真実はなにをしてくれるんだ?」
 胸ぐらを掴んでいた私の手首を持ち、彼はそう問いかけてくる。まっすぐとこちらの目を見つめたまま。
「蓮見、さっき言っただろう。お前は強い。いいことだ。だがな、みんながそうじゃないんだよ。弱いやつだっている。それを知らないわけじゃないだろ」
「……あなたは、その弱みにつけこんで、金を儲けてるだけだろ。戯言でごまかしてるだけだ」
 彼の手を振りほどいて、一歩引いて距離をとる。
「なら告発でもなんでもしてみろ。今俺が言ったこと、信者に教えてやれ。お前のいう真実が、どういうことをするか、その目で見ろ。想像くらいはつくだろ? 戯言だ、虚言だといっても、結局それで救われているやつがいる。それもまた真実だ。告発したところで信じない奴が大半だろうし、もし信じた奴がいても、そいつらが今後生きていく希望をお前は与えられるのか?」
 頭の中でこの協会の、この眼の前の男を盲信している人たちを思い浮かべる。彼らに真実を告げたところで、きっとなにもならない。彼の言うとおりになるだろう。
 もちろん私に、そんな彼らに代わりとなる希望なんて与えられない。
「ほら、お前だってわかってるじゃないか。そもそも死者に会えないなんて、みんな心の何処かでわかっている。それでも会えたと答えるやつらの精神状態を鑑みてやれよ。もう普通じゃないんだ、普通じゃいられないんだ。普通になったら……わかるだろ?」
「…………」
 答えられないというより、答えたくなかった。それは確かに彼の言い分を正当化していたが、どうしても受け入れられなかった。
「さて、時間も時間だな。この協会の種明かしも、お前の質問にも答え終わった。死者には会えない、ゆえに死んだ三名とも当然話せない。事件はやはり生者だけで解決するしかない。当然だがな。以上で話し合いは終了にしようか。なにか他に用はあるか、蓮見」
 余裕たっぷりの笑みでそんな確認をしてくる。言いたいことは山ほどあった。きっと今日一日じゃたりないくらい、彼に文句があった。しかしそれを口にしたところできっと何もならないし、私は言い負かされるだろう。
「ないようだな。俺も用事がないわけではないから、これで失礼する。面白い時間だった、久々に楽しかったぞ」
 彼はそう言うと私の横をとおりすぎていこうとした。しかし、わずか三歩進んだところで不意に足をとめて「あ、そうそう」と、まるで興味がないことのように喋り始めた。
「せっかく時間を割いてくれた礼をしてやろう。一つだけいいことを教えておいてやる」
 また足を進めだした彼は、本当にどうでもいいと言わんばかりの口調で、一言告げた。
「この事件の犯人は俺だ」
「……え」
「二度はいわん。ま、せいぜい頑張れ」
 呆然とする私をおいて、彼は静かに部屋から出て行った。
 静寂に包まれた部屋は、牢獄を想起させた。



『自分が犯人だと名乗ったのか?』
 電話口で父は信じられない様子だった。私だって未だにそうなのだから、当然だけど。
「間違いなくそう言ったよ。聞き間違いってことはない」
 あの後、しばらく放心状態で部屋に留まっていたけど、教祖が戻ってくるはずもないので協会を後にした。頭の中の整理がつかず、少しの間自分を落ち着かそうと協会の外にある公園のベンチに座り、心を落ち着かせていた。
 そして今、とにかく父にあの発言のことを報告しなければと考え、電話した。
『しかし……そんなことありえるのか?』
「知らないよ。とにかくそう言われてしまったんだ。……父上、あの教祖に会ったことはあるかい?」
『いやない。ただ別の刑事があっていて噂はきいている。変わったやつだとな』
 変わっている……か。的を射ているというか、的に当たっているだけの感想だな。
「そうかい……とっても疲れる相手だったよ。ずっと煙にまかれている感じだった」
『お前がそうまでいうのは珍しいな』
「あんな人間、初めて会った。なんだか異次元だったね。終始会話のペースを持っていかれた。おかげで、今も混乱してるよ」
 額に手をあててため息を吐く。私が一度でもあの会話で有利だったことはなかった。今度会ってもきっと似たようなものだろう。なんだか、物の見方が違いすぎる。そのうえ私はそれを一方的に拒んで、向こうは受け入れつつそれを否定してきた。
 向こうのほうが一枚どころか、何枚も上手だった。
『なんだか随分とやられたみたいだな』
「コテンパンさ。ちょっと回復に時間がいるくらいにね。今日は自棄酒でもする。とにかく報告だけはしておくから、あとは警察にお任せするよ」
『ちょっと待てレイ。お前に以前言われていたこと、調べておいたぞ』
 電話をきろうとした私を父が急いで引き止める。
『上杉透くんのことだ』
「ああ、調べてくれたのかい。で、どうだった?」
 ちょっとだけ元気が出る。さよちゃんの幼馴染の上杉透くんのことが気になったのは、彼女を看病しにいった時のことだ。ある可能性が考えられると思った。
 私が考えた可能性は二つ。幼馴染を傷つけられた怒りと、幼馴染をとられたという嫉妬。どちらも無視はできないと考え、父に彼について調べてくれないかと頼んだ。
 父は嫌がっていたが、春川の事件に関係あるかもしれないと頼み込むと承諾してくれた。
『上杉透くん。たしかに春川くんと同じ高校の生徒だったようだが……レイ、彼は事件に関係ないぞ、断言できる』
「おや、それはどうして? 明確なアリバイでもあるのかい?」
『アリバイといえばアリバイだが……うーん』
 電話口で父がなんだか煮え切らないことを言い、回答を渋っている。
「はっきり言ってくれよ」
『じゃあはっきり言うが……この彼、もう亡くなっている』
「……え?」
 想定外の回答に頭が一瞬真っ白になるけど、父が続ける。
『二年前の冬、だから彼が高校二年のときに病気で亡くなっている。間違いない、確認がとれた。だから春川くんの事件に関係あるはずない』
 亡くなっている? ああ、そういえばさよちゃんの話で彼は病弱で、入院していたというエピソードがあった。しかしまさか、そこまで重病だったとは予想外だった。
『レイ、聞いているか?』
「ああ、聞いてるよ。どやら当てが外れたみたいだ。わざわざ調べてくれてありがとね」
『別に構わん。声が疲れているぞ、今日は早めに帰れ』
「ああ、善処させてもらうよ」
 電話を切って、今日何度目になるかも分からないため息をつく。期待が外れてしまったせいで、元気がなくなってしまった。なんだか今日はいいことがない。
 しかし亡くなっているというのは予想外だった。彼女もそんなことは言っていなかったし……。言わなくて当然か。会って間もないのに、幼馴染が死んでるなんて話さないよね。
 ベンチから立ち上がり、スマホをポケットにしまったところで、頭の中に雷が走ったような衝撃がした。そのまましばらく動けなくなる。
 あの事件について今、ある答えが出せた。それが間違いないかを確認するため頭の中を整理する。そして、浮かんだ一人の少女の顔。さよちゃんの顔が頭から離れない。
「……まさか、彼女」
 


 その人物は夜道を歩いていた。いつもどおり自宅に帰るため、少し足早に街頭の下を歩きながら、明日のスケジュールを頭のなかで組み立てていた。
 人の気配を感じたのはそんな時だ。振り向く前に向こうから声をかけてきた。
「あの事件で奇妙なところは、被害者が襲われただけということだ」
 聞き慣れた声。思わずそれに足を止める。
「目的がわからなかった。殺意があったなら、きっと事件の後もチャンスを伺うだろうし、そもそも大声をあげられる前に殺してしまう。じゃあ殺意がなかったと仮定すればどうなるか。事件そのものが矛盾する。単純に脅かしたかった、そんなところか。けど、それもおかしい。脅かす方法ならいくらでもある。なんで犯人はあんな犯行に及んだのか、分からなくなる」
 彼女の声がゆっくりと近づいてくるのに、その人物は動かなかった。走って逃げたりすることは可能だが、そうしたところで何もならないことを理解していた。
「なら犯人の目的は何か。そう考えた時、こんなことが思い浮かんだ。事件が起きたことで犯人にとって得なことが起きれば、それは犯行動機になりえる。単純に襲うことが目的じゃない、傷害事件を起こし、警察が動きだすことこそが犯人の目的なら、あの事件の謎は全て解ける」
 いつの間にか彼女は自分の真横にいたが、その人物はそれでも動かなかった。いずれこうなることを予想も覚悟もしていたからだ。極めて冷静だった。
「上杉透くんの死……それが原因だね?」
 そこまで調べたのかと驚くことさえできない。彼女は目の前にきて、その人物と向き合う。なんだかいつもより疲れた顔をしていたが、目は鋭かった。瞳には怒りと悲しみが入り交じっているように見える。
「答えてくれ……春川」
彼女、蓮見レイの問いにその人物――春川は、小さく頷いた。



 バシンっという大きく乾いた音が夜道に響く。私の振り上げた平手が、春川の頬を打つ音だった。彼女は打たれて赤くした頬を片手で抑える。
「……痛いわ」
「ふざけるんじゃないよっ! なにが痛いだっ!」
 怒りのまままた腕を振りあげるが、頬を赤くした彼女の姿を見て、その手を振り下ろすことができなかった。だけど怒りが収まるわけもないから、近くにあった電信柱を殴った。
「君も私も男だったら良かったのにねっ、そしたら遠慮無く、もっと力強く殴れるのにっ!」
 ここが夜道ということも忘れて叫ぶと春川は頬をさすりながら「そうね」なんて呟いた。
「……あなたまで、騙す気はなかったのよ」
「そんな話じゃないっ、私を騙したことなんてどうでもいい! どうしてこんな馬鹿なことをしたんだよっ、私はそれに怒ってるんだよ! 君ならわかるだろ!」
 春川の事件が、彼女の自作自演だと気づいたのは父との電話を終えた直後だった。未だに信じられないが、彼女が認めた以上、もうそういうことだろう。
通りで彼女の証言通り犯人を捜しても見つからないわけだ。あんなの全て偽証だったのだから当然だ。そして彼女が時々自分の事件の捜査をやめろと進言したのも、犯行が露見するのを恐れてのことだろう。 
「透くんのことまで調べてるんだから、どうしてかってことくらい分かってるでしょ……」
「……さよちゃんのためかい?」
 春川がふふっと弱々しく笑った。
「やっぱり会ってたのね。高校時代の話をされたとき、さよから聞いただろうなって思ってたわ」
「やはり君は、さよちゃんが同じ大学に入学してたことを知っていたんだね?」
「当たり前……あの子は、特別。私がちゃんと自立させなきゃいけない子だった……」
 春川がさよちゃんの存在に気づくきっかけはいくつかあった。あんな目立った格好で春川の調査をしていた彼女だ、春川が気づいても不思議じゃない。けどおそらく、春川は彼女が入学する前から彼女が自分の後を追ってくることを知っていたんだろう。
 そう、春川は言っていた。私が彼女から高校時代のことを聞いた夜、時々OBとして高校を訪ねていたと。きっとそのときにさよちゃんが自分の後をおって同じ大学に入学することを聞かされたんだろう。
 そして、上杉透くんの死も。
「さよは……元気?」
「春川、それは自分で確かめろ。いいかい、これは命令だ。君にはその義務がある」
 おそらく出会って初めて私は強い口調で春川にそう命じた。
「……意地悪ね。私がそんな勇気ないこと、気づいてるんでしょう?」
「だから勇気を出せって言ってるんだ。いいかい、彼女は君を追ってここへ来た。そして君は……君は、彼女のためにこんな事件まで起こした。……方法の是非はどうあれ、もうわかってるだろ? 彼女は君を恨んでなんかいないんだよ」
 春川がさよちゃんの存在を知りながら会わない理由は想像できる。さよちゃんが春川との再会に怖がっているのと同様だ。春川もまたさよちゃんに許してもらえるだろうかという恐怖があった。
「君は……さよちゃんを守りたかったんだろう」
 春川は答えない。それでも私は続けた。
「なにからかなんて愚問だろうね。『クロスの会』、あの教会さ。君は透くんの死と、さよちゃんの入学を同時に知ったんだろうね。そして、透くんを失ったさよちゃんが『クロスの会』と関わりを持つことが、怖くなった」
 それが、春川が自作自演の事件を起こした動機。彼女はさよちゃんの入学を知り、それ自体は喜んだかもしれない。しかし、透くんの死も聞かされた。
 さよちゃんにとって、透くんはただの幼馴染ではなくいつも一緒にいるパートナーみたいなものだった。それは春川のほうがよく知っているだろう。だからこそ彼女は、その存在を失ったさよちゃんがどれだけ傷ついているかもよくわかったはずだ。
 そして同時に、『クロスの会』のことを思い出した。大学の自治会長である彼女のことだ、学内でも布教していたり、生徒の中に信者がいる協会がどういう宗教か知っていたんだろう。そう、死者に会いたいと願っただけで会えるという、あの教会のことを。
 だから春川は焦った。今までは大学に迷惑もかかっていなかったので、見過ごしていた宗教だったが、入学したさよちゃんがもし『クロスの会』のことを知り、そしてそこに入信してしまったら……彼女はこれを危惧した。
「ええ。怖かったわ、本当に。別にあの教会がってわけじゃなかったわよ……さよが、あの子が現実から目を背けるかもしれないって考えると、ゾッとしたのよ」
「そう。だから君は、さよちゃんと協会が繋がらないようにすることにした。本来なら、君がさよちゃんとすぐに再会して、協会と関わらないように導くべきだったが、君はそうしなかった」
「違うわよ、できなかったのよ」
「いいや、しなかったんだよ、春川。君は怖くて逃げただけだ。かつて自分が傷つけた後輩にもう一度会うのが、もしかしたら今度は自分が拒絶されるかもしれないというのが、怖くなったんだ。だから望めばすぐにそうできたのに、会うことを拒んだ」
 今度は春川も反論してこなかった。自覚がなかったわけじゃないんだろう。
「だから君は考えた。自分が見ていなくても、彼女が協会と関わりを持たないようにするためにはどうすべきか。そして君は、大学から協会を追い出すという極論を導き出した」
 もっと他に手段はあっただろう。しかし春川は絶対に彼女と協会を近づけたくなかったので、徹底的にすることにした。だから大学内から協会の排除ということを選んだ。
「しかし正当法でいっても協会がはいそうですかというわけもない。だから君は、大村さんの事件を利用することにした」
 彼女のことだ、排除するにしてもいくつかプランは用意しただろう。しかし一人の大学生ができることなんて限られている。例え彼女が自治会長でも限界がある。だから、彼女はその範疇でできる、最悪の方法を選んだ。
「……どうせ警察が調べれば、あの事件とは無関係と分かったはず。それも計算だった。お父様には申し訳ないことをしてしまったわ」
「私でも父上でもなく、自分が誰に一番ひどいことをしたか、言わなきゃ分からないかい?」
 私や父、警察を騙したことに怒りを覚えていないというと嘘になる。けどそんなものを圧倒する激怒を感じているので、今はどうでもいい。春川は私の怒気を感じ取ったのか、それには答えなかった。
「少なくとも殺人事件が関係しているかもしれない宗教というのは怪しい。しかしそれだけじゃ大学から排除はできない。大学にそう提言しても協会とのいざこざを疎ましくおもって腰をあげなかっただろうし、協会は協会で自分たちの自由を主張しただろう」
 事実、春川が立浪さんにそうして欲しいと要請しに行ったが、受け入れられなかった。あの時は彼女には残念な結果になったなと同情していたけれど、実は違ったようだ。
 あの出来事さえ彼女の予想通りで、計画通りだったんだ。
「君は正当法じゃいくらやっても無駄なことを察し、強硬手段にうってでた。どうすれば大学が協会に布教活動を止めるように要請するか、そしてまた協会がそれを受諾するにはどういう状況が必要か。事件を知った君ならすぐに思い浮かんだはずだ。もう一件怪しい事件が起き、その被害者が大学の生徒ならば、大学も協会も自分の思い通りに動くとね」
 もちろん都合よくそんなこと起こるはずもない。だから起こすしかない。……どんな理由があろうと、私はその理屈を理解しない。いや、したくない。
「私と君が協会に行った日、君の目的は立浪さんと会うことなんかじゃなかった。君の本来の目的は、自分があそこに訪れていて協会を敵視したという事実を作ることだったんだ」
 今思い出せば、あの日の彼女は随分と疲れているように思えた。だからこそ声をかけたんだけど、あれは疲れていたんじゃない。これから自分がすることに、不安を覚えていたんだ。いくら彼女でも警察を騙すとなると、平常心ではいられなかっただろう。
 それに立浪さんとの話し合いもそうだ。あの時彼女は彼の話にいとも簡単に黙ってしまい、反論もろくにしなかった。いつもの彼女ならもっと食って掛かっただろうに。そうしなかったのはそうする必要がなかったからだ、あの時すでに彼女の中では腹は決まっていたし、計画も動いていた。
「そしてその日の夜、自作自演の事件を起こし、警察に通報した。そして警察に何か思い当たるフシはないかと質問され、協会のことを答える。警察がそれを無視するわけもない」
 そして警察は当然協会に連絡する。協会だけじゃない。彼女が大学の自治会長として協会に足を運んでいた以上、大学にも確認に行ったはずだ。自治会長が、危険を提唱していた協会に足を運び、その日の夜に何者かに襲われたとなると大学も動かざるをえない。
 そしてそんな状況では協会も真っ向から対立するということもできない。
 なにせ結果として本当に大学は協会に学内での布教活動の自粛を要請し、協会はそれを受け入れている。あの出来事こそが春川の計画で、計算で、望みだったんだ。
 これで協会は学内から排除され、さよちゃんと協会が関わることもない。彼女はさよちゃんさえ気づかない場所で、後輩を守ってみせたんだ。……方法は歪んでいるけど。
「……あの日」
 春川が自分の上にある街頭に視線を向けて話し始めた。
「私とあなたが協会に出向いた日。私の計画じゃ一人で行くつもりだった。けど、あなたに声をかけられた」
 あの日、確か私は部室で春の風景を楽しみながらビールを飲んでいた。そしてたまたま彼女のことが目に入り、追いかけた。
「あの時よ。あの時ね、ああダメだって思った。計画の最初なのに、そこで失敗したって確信したわ。だから……いつか、こういう時が来るんだろうなって覚悟はしてたわ」
 春川の計画に私は入っていなかった。当たり前だ。だけどあの日、私は彼女に声をかけて、そして彼女が向かおうとしている場所に同行すると言い張った。彼女にとっては最悪だっただろう。
「……でも、思いとどまらなかったんだね?」
 春川がこちらに目を向ける。今にも泣き出しそうな表情だった。
「私は、さよを傷つけた。そしてあの子が一番傷ついていたときに、側にいてあげられなかった。改めて自分がやったことを後悔したわ……だから、償いが必要だった」
「それが償い? はは、馬鹿にするんじゃないよっ! あの子を、自分が大切だと思う後輩を言い訳にするなんて、いつから君はそんな奴になったんだよっ」
 幻滅だった。春川は、少なくとも私の知っている彼女はそんなことを言う奴じゃない。
「……言い訳。そうね、あなたの言う通りだわ。けど私には、もうあれしかなかったのよ」
「君ほどの人が、考えて出した結論がそれかい?」
「レイ、買いかぶらないで。私は特別な人間じゃないわ。どこにでもいる、弱い人間よ」
「強いか弱いかなんて話じゃないだろうっ……」
 絞りだすようにそう叫ぶけど、彼女には響かなかったらしく、悲しそうな顔をしたまま首を左右に振った。
「弱いのよ。だから、あなたが言った通りさよから逃げた」
 春川が一歩、前に進み私に近づいてきた。そして、ふふっ微笑む。
「覚悟はできてるわ。警察にいうんでしょう?」
「…………」
 ドキッとした。それは彼女より、私のほうが怖いと思える現実。彼女はさっき言ったように、私に声をかけられた時点である程度、こうなることを覚悟していたのかもしれない。だからこそ、ここまで余裕なんだ。
 でも私は違う。このことに気づいたのは数時間前、そして未だに心の何処かで信じたくないという想いがある。
 警察……彼女を、突き出せっていうのか?
「……どうしたの?」
「動機はどうするんだい? まさか、そのまま喋ったりはしないだろう」
「さよのことは言わない。誤魔化すわ」
 それだけは譲れなかったんだろう、彼女は強い口調になった。
「そうかい。なら私は何もしない」
 くるりと彼女に背中を向けた。
「真実を隠すのなら、贖罪にならない。どうせ警察は君の事件の捜査を早々に打ち切っている。そして事件そのものも、君の計画通り、君以外誰も傷ついてない。自首なんかするだけ無駄だ。やりたいなら一人でやってくれ。もう付き合っていられないよ」
 どうせ物証もない。彼女のことだ、凶器に使ったものくらいもう処分してるだろう。海にでも捨てたに違いない。そうなると本当に彼女の自白のみが証拠になる。馬鹿馬鹿しい。
 これ以上話すことはないと思って、私は歩き出した。これ以上、感情を抑えられる自信もない。あれだけ大声を出しておいて言うのもなんだけど、これでもよく抑止したものだ。
 それに今、私は逃げた。春川を自首させるのが正しい。けどそれから目を背けた。正義に背信した。その後ろめたさが、心にずぅんとのしかかっている。
「レイ、私は――」
「春川、わかって欲しいね。私は今……」
 春川が何か言おうとするのを瞬時に遮り、振り返ることはなく、はっきりと、冷たく、言葉を続けた。
「――君の顔も見たくないんだ」
 それは出会って初めて、私が彼女に示した、明確な拒絶だった。



 胡桃沢さよは目覚ましを設定していた時刻よりも五分前に目を覚ました。むくりと起き上がり、そのまま窓辺によっていき、カーテンをあけると朝日が部屋に差し込んでくるのと同時に、彼女は大きく体をのばした。
 昨日まであった熱はひいて、全身が軽い。気持ちのいい朝だった。
 着替えをして、朝食のパンを食べる。昨日までは消化にいいものをと考え、おかゆやうどんしか食べていなかったので、トーストとバターの味が懐かしく、非常においしかった。
 朝食を摂りながら、彼女は蓮見にメールを送った。『全快したので今日から大学に行きます』とだけ書いておいた。
 さよが彼女にメールを送ったのは、この二日間、彼女からは定期的に『体は大丈夫かい』というさよを気遣ったメールを送ってきてくれたからだった。
 しかしながら、そのメールもどういうわけか昨日の午後から送られてきてはいなかった。何かあったのかなと少し心配になったさよだが、きっと忙しいんだろう考え、あまり深く考えないようにしていた。
 朝食を食べ終えると、さよは大学に行くことにした。ただその前に、机の引き出しを開けて、一枚の写真を取り出してそれを見つめる。
 それは中学の卒業式の写真だった。さよと透が二人、笑顔で卒業証書を片手にしながら並んで笑っている写真。撮ってくれたのは、卒業式にかけつけてくれた春川だった。さよにとっては蓮見に貸したあの一枚と同じくらい、大切で思い出深い写真。
 彼女はそれを胸にあてる。
「行ってきますね、透くん」
 そう挨拶して彼女は写真を机の中に戻して、カバンを持って家をでた。
 大学から近いアパートに住んでいるので、通学時間は短い。少し早く起きた彼女は、余裕をもって通学路を歩いていた。久しぶりの外が、少し嬉しかった。
 しかし、それも長くは続かなかった。大学に近づいたところで、反対側の道からさよに向かって歩いてくる人物がいて、彼女はその人物を見て思わず足を止めてしまった。
 静止したさよにその人物、春川はゆっくりと近づいていき、目の前に立った。さよは驚きのあまり目を丸くして、声が出なかったが、春川はそんな彼女のリアクションを予想していたかのように、優しく笑った。
「大きくなったわね……。ひさしぶり、さよ」
 三年ぶりに聞く春川の声。それはあの時、最後に彼女と話した時の冷たくトゲのある声ではなく、懐かしい、あのいつもの声だった。
「せ、せ……せんぱぃ」
 さよがなんとか声を出すと、春川がまた嬉しそうに笑う。
「相変わらずね、照れ屋さん。けど、成長したわ。一人でここまで来てくれるなんて……頑張ったわね、偉い」
 そう言ってさよの頭を撫でる。思わず、涙がこぼれた。一番言って欲しい人に、一番言って欲しい言葉をもらえたのが、彼女の中で嬉しすぎた。
「わ、私……先輩に」
「それ以上言わないで。あの時のこと、許してなんて言わないわ。あれは全部私が悪かったのよ。あなたを傷つけてしまったこと、ずっと後悔してた……ごめんなさい」
 嫌われているかもと恐れていた。それが怖くて、入学してからも春川とは会わず、ずっと遠目で見ているだけだった。しかし、それが杞憂だったとわかると、また涙が出てくる。さよにとってそれはなにより嬉しいことだった。
「ぁ、謝らないで……ください」
「ふふ。そう言ってくれると、嬉しいわ。ありがとう」
 春川はさよを優しく抱きしめた。
「……透くんのこと、残念だったわね。辛かったでしょう」
 春川もどこかで透の死を知ったのだろう、心の底から残念そうな声を出した。
 透が死んだ時、当然さよは悲しかった。辛くて、耐えられなかった。どれだけ泣いたかも分からない。しかし、春川や他の人達が想像しているより、彼女は絶望はしなかった。
「透くん、言ってくれてましたから……ずっと前から」
 さよは子供の頃からずっと、透の病気のことは知っていた。だから繰り返し入院する彼を、誰よりも心配していたが、同時に覚悟もしていた。なにせ、透本人から、最悪そういうことになる病気だということを聞かされていたから。
『さよ、普通にいよう。僕はそうしたい。さよと普通に過ごしたい』
 病気のことを心配するたびに透はそう言っていた。だからさよも透の病気のことは誰にも言わず、なるべく普通に暮らした。
 そして高二の冬、透が入院し一気に体調が悪化した。さよは毎日病院に通い詰め、ずっと彼の側にいることを選んだ。衰弱した彼は会話するのも苦労していたが、それでもさよが顔をだすと、いつも笑顔になってくれた。
「来年受験だね、さよ。どこか希望校とかある?」
「ない。ねえ、透くんはどこ行くの? 私もそこにする」
 当時のさよに希望校なんてなかった。だから、もし叶うのなら彼と同じ所、それだけだった。しかし、彼は弱々しく首を横に降った。
「僕は……さよが行きたいところに行きたいな。だからさよ、どこがいい? あるはずだよ。なんでぼくたちがあの高校に入ったのか、覚えてるよね?」
 それは忘れるはずもなかった。憧れの先輩を追いかけて、さよは高校を選んだ。けどその先輩は……。
「さよが春川先輩にされたこと、僕は正直、許せないんだ。けど、さよは違うよね?」
 さよは思わず黙る。
「先輩のこと、まだ信じてるでしょ。だからね、僕はそれを確かめるべきだと思う」
「……透くんも、一緒?」
 さよがそう質問すると彼は笑顔になった。
「うん。さよがそうするなら、また一緒だよ」
 だからさよは頷いた。
 しかし透はその約束の二ヶ月後、さよと彼の家族が見守る中、静かに息を引き取った。約束は果たされなかったが、さよは決意した。ずっと自分を助けてくれた幼馴染の最後のアドバイスをちゃんと活かそうと。だから一人で遠く離れた大学に進学することを選んだ。
 今ようやく、亡き幼馴染との約束を果たせた。

「強くなったわね、すごい……私と大違い」
 さよの話を聞き終えると、春川は意味深にそう呟いた。
「また同じ学校ね。仲良くしてくれる?」
 春川の質問にさよはこれ以上なく力強く頷いた。
「じゃあ、一緒にいきましょう」
 思えば時間がだいぶ過ぎていて、始業には間に合わない時間になっていたけど、そんなことはどうでもよく思えた。
「ああ、さよ。聞き流して欲しいけど……ごめんなさい」
「え?」
「だから聞き流して。私はあなたが強くなってることを知らず、余計なお世話をしたみたい。それはとても失礼なことだから謝っておかないといけない。きっと、あの子もこのことを一番怒っていたんだろうし」
 全く理解できなかったが、とにかく聞き流せということなのでそうすることにした。春川が自分に何をしたのか、そして「あの子」が誰かも、さっぱりわからなかった。
 大学までの道のりを、さよと春川は思い出話に花を咲かせながら、楽しく歩いた。
「そういえば蓮見先輩に会いましたよ」
 さよがそう切り出すと春川は急に表情を曇らせた。
「そう……」
 あまりに突然の変化に戸惑ってしまうが、それと同時にさよはあることに気がついた。
「先輩、あの……ほっぺ」
「ああ、これ。なんでもないのよ」
 春川の頬が少し赤みを帯びていたが、さよに指摘されると春川はそれを隠すように右手で頬を覆った。ただ、さよが見つけたのはそれだけではなかった。
「あの……目も、赤いですよ?」
 その指摘に春川は動揺を隠せないようで、目をぱちくりとさせたあと、それを隠すために顔を覆って顔を背けた。こんな焦った彼女をさよは初めて見た。
「どうかしたんですか?」
 さよの質問に春川は答えず、何か言い淀んでいたが、しばらくすると弱々しく微笑んだ。
「なんでもないの……なんでも。一人……そう、一人」
 春川はうつむいて、風にでもかき消されるんじゃないかという声で続けた。
「一人、友達をなくしてしまっただけよ」

第六章【さよなら、愛しい人 –Farewell,My lady-】

「レイ姉、機嫌悪い?」
 今日何度目になるかも分からない質問を彩愛ちゃんにされて、私は顔をしかめた。思えば朝は父にも言われたし、大学に行けば友人が全員口を揃えただけでなく教授まで「なんだ不機嫌なのか」と言ってきた。
「……なんでもないよ。ちょっと、あれなだけさ」
「あれってなに? そういえば昨日はハル姉が元気なかったけど」
「さあね。私は知らない」
 彩愛ちゃんが可愛らしく首をかしげた。私たちは今、協会の近くにある公園のベンチに座っている。私はこの後立浪さんと会う約束があって、彼女はいつもどおりここで協会を見張っていた。
「喧嘩?」
「違う違う。君が心配することじゃないよ」
 喧嘩じゃなくて、絶交なんだよって言えば彼女はどんなリアクションをするだろうか。
「ならいいけどさ。喧嘩はよくないよ」
「だから喧嘩じゃないよ」
「うん、それでいいよ。けど覚えておいて欲しいから」
 小学生に説教をされる大学生というのは、世界広しといえど私くらいかもしれない。情けないと思うけど、今回ばかりは向こうに非がある。
「レイ姉は喧嘩とかしないイメージだった。ハル姉もそうだけど、優しいから」
「おやおや嬉しいことを言ってくれるじゃないか。抱きしめていいかい?」
「だめ……って、やだ、だめって言ったのにっ」
 彼女の拒否を無視して私は彼女の頭を胸に包んだ。そうやってまっすぐほめられると、さすがの私も照れるんだよ?
「君は喧嘩はしないのかい?」
「あんまり……学校でたまに」
 私が彼女くらいのときは兄と父が主な喧嘩相手だった。毎日、どちらかとは必ず喧嘩をしていた記憶がある。彼女の場合、その相手がいない。喧嘩はいいことじゃないが、それが「できない」というのも決して良いことではないね。
「パパとは……あれって喧嘩なのかな?」
「どうだろうね。けど喧嘩ってことでいいんじゃないかな。大抵の場合、親子喧嘩ってのは丸く収まるのさ。だから、喧嘩でいい」
「じゃあ、私も喧嘩中なんだ」
「あのね君、さり気なく私と春川を喧嘩中ってことにするのをやめてくれるかい」
「あれれ、私は一度もハル姉となんて言ってないよ?」
 彩愛ちゃんがしてやったりという笑顔をする。全く……一本とられたな。
「ははは、レイ姉って単純。ハル姉はずっとなんでもないで通してたけど」
「あれは冷たいやつだからね。そうできるのさ」
 もう隠し切れないのでばっさりと批判してやる。どうせ彼女のことだ、私とこうなることだって予想していただろう。だったらこっちが何か感じるだけ無駄ってものだ。もうお互い、知ったことではありませんってことにしたらいい。
「もうっ、やっぱりそーなんじゃん。レイ姉子供みたーい」
「子供でいいよ。若くいられるんだからね」
「はは、今度はおばさんみたーい」
 好き勝手言ってくれる彩愛ちゃんにぷいっと顔を背ける。
「けど二人は喧嘩なんてしないと思ってたなー」
「するよ。曰く、私たちは水と油らしいからね」
 春川とわかれた後、私は少し前に教授とした会話を思い出した。教授は私と春川のことを水と油で、似てるけどそうじゃないと言った。あの時は何がなんだかわからなかったけど、今になって痛感している。
 本当、よく見ていたんだな。
「水と油?」
「仲良くできないってことさ」
「ふーん、そうなんだ。でも、私はそうは思わないな。レイ姉とハル姉、そっくりだよ?」
「そうかな」
二日前までなら喜んでいた言葉だろうけど、今は素直に受け取れなかったので誤魔化したのに、彩愛ちゃんは「そうだよっ」と力強く念押ししてきた。
 私は春川みたいに絶対的なリーダーシップもないし、あのありすぎる責任感も持ち合わせていない。そして目的のためなら手段を選ばない覚悟も、非常識さも。
「結局さ、二人共優しすぎるんだよ。私のことがそうじゃん。普通ね、関わらないよ?」
「君が可愛いからね。私は可愛いものに目がない」
「レイ姉、それ好きだね。絶対にいつかオオカミ少年みたいになるよ。とにかく二人共似てるから。断言してやる」
「されてもねえ」
「優しくて、自分のことを顧みないでしょ? そういうところ、そっくりだよ」
「彼女はそうかもしれないけど、私はそうでもないよ」
 彼女の場合は極端にそれだね。なにせ後輩のために自分の腕を傷つけて、警察や協会相手に大立ち振舞を見せたのだから。しかも最悪捕まることも、友達をなくすことも、覚悟してたんだから。
「ハル姉もそうだけど、レイ姉も自覚ないね。ハル姉も昨日、無茶苦茶元気なかったのに私と遊んでくれた。レイ姉もそういうところあるよ? 自覚ないんだね」
「ないよ。私は自分のことしか考えてない」
「拗ねてる? いやいいけどさ。じゃあ教えてあげる。レイ姉が『クロスの会』に関わったのってハル姉のためなんでしょ? ハル姉、すごくそのこと気にしてたよ」
 色々ありすぎて記憶が飛んでしまっていたが、そういえば私が協会に関わったのは春川の事件を探るためだった。
「そうだけど……」
「それ、まさに私の言った通りでしょ。レイ姉はハル姉のために危険ってわかってるところに関わったんでしょ? 人のことばっかりで、自分のことは二の次にしてる証拠じゃん」
 思わず言葉に詰まる。指摘されるまでそんなこと考えたこともなくで、意表をつかれた。
 そんな私をよそに彩愛ちゃんはしゃべり続ける。
「誰が水と油って言ったか知らないけど、それは違うよ。そうだね……火と油かな? 相性バッチリ、二人揃うと怖いものなしって感じ」
「はは、危険物だね」
「危険人物だよ、特にレイ姉は。けど片方だけだと……ちょっと寂しいかな」
 その時、彩愛ちゃんの携帯電話が鳴った。可愛らしい、最近の流行曲が彼女のポケットから聞こえてきて、彼女は慌ててそれにでる。
「はい、もしもし」
 電話口の誰かと彼女が話してるのを眺めながら、私は今言われたことを脳内で反芻してみる。この二日、春川の身勝手さに憤ってばかりでストレスしか感じていなかったけど、言われてみれば私もやってることは彼女と変わらないのかもしれない。
 身の危険を、自身の大切さを蔑ろにしてるのは一緒かもしれない。
 ぶんぶんと首を左右に大きくふる。いや違う違う、絶対に、全然、違うっ。私にそういうところはあるかもしれないけど、彼女ほどじゃない。
「うん、わかった。じゃあすぐ帰る」
 通話を終えた彩愛ちゃんがベンチから立ち上がる。
「おばさんから。早く帰ってきなさいって。だから帰るね」
「うん。気をつけて帰るんだよ。怖い人を見つけたらすぐに近くの人に助けを求めること、わかったかい?」
「はいはい。レイ姉も、仲直りしときなよ、わかった?」
 したり顔でそう言ってくる彼女の頭に軽い拳骨でも落としてやろうかと思ったのだけど、彼女のほうが素早く「バイバーイ」と手を振って、背中のランドセルを揺らしながらそのまま帰っていった。
 彼女の姿が見えなくなると同時に、ふうっとため息をつく。みっともないな。あんな小さな子に、私よりずっと悩みとか辛さを抱えている少女に世話をやかせるなんて。
 腕時計を見ると、まだ約束の時間ではなかった。どうしようかと考えているとき――。
「あれが立浪の娘か」
 聞き覚えのある冷たい声が背後から聞こえて思わずすごい勢いで振り返る。
 教祖が相変わらずの黒ずくめの服装で立っていた。
「……心臓に悪い登場の仕方はやめてくれ」
「それはすまなかった。立浪の娘と仲がいいのか?」
「あなたには関係のないことさ」
「なるほど、それはそうだな。俺もそこまで興味はない、戯言だ。いやしかし、立浪に娘がいることは聞いていたが初めて見たな。あれに似ず、中々面白い空気をまとっている。母親似か、そのくせ母親を求めないあたり、ガキながら魅力はあるか」
 独り言のように彩愛ちゃんを評した後、どうでもいいがな、と締めくくった。
「……先日のことだけど、あなたが自ら犯人だと言ったことについて訊きたいことがある」
「なんだ?」
「あれは本当かい?」
 教祖はしばらく無表情のままで何も言わなかったが、すぐに「ふっ」と小さく笑った。
「それはお前が確かめろ。言葉の真偽を一々解説していたら、こんな立場になっていない。嘘でも本当でもそれに大差はない。真実と幻想など紙一重だ。現実と物語の距離は、わずかだと知っているか? 物語に行きたいなら本を開けろ、現実に戻りたいならそれを閉じろ。本当に紙一重だ。俺の言葉も似たようなものだ」
 相変わらずよく分からないくせに長い言葉だ。しかもそれ以上は何も言わない。まるでそれが全てだと言わんばかりだ。
「嘘かもしれないってことかい?」
「嘘か本当かだけで物事を測るな、そんなのは杓子定規だ」
 一体何が言いたいんだよっと怒鳴ってやろうかとした時、車のクラクションが聞こえてきた。公園の入口に方に黒いセダンが一台停まっている。目を凝らしてみると、運転席には矢倉さんが座っていた。
「来たようだな。それじゃあな蓮見、せいぜい頑張れ」
 教祖は別れを告げるとそのセダンへと向かい、乗り込んでどこかへ走り去っていった。
 肩に重たい何かがのしかかったような疲労を感じた。あの人と話すのは嫌だな。正直、何を考えているかどころか、何を言ってるかも分からない。
 もやもやとした気持ちを抱えたまま、協会の本部へと向かった。

「今日はお一人なんですね。おや、何かご機嫌が悪いんですか」
 『相談室』へ入るとまずそう言われた。思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。
「どうかなさいましたか?」
「いやなんでもないよ」
 立浪さんの気遣いを軽くあしらって、私はソファーへと腰掛けた。彼はパソコンの前で何か書類を作っているのか、カタカタとキーボードをたたいていた。
「それで今日の要件は?」
 昨日、急に電話がかかってきて今日会うことになっていた。
「はい、脅迫状の件なんです。一応、私に届いた全てのものと、時系列をまとめてみました。それを見ていただきたくて」
 立浪さんはパソコンの前から立ち上がり、六枚の書類を渡してきた。脅迫状のコピーが五枚、そして立浪さんがまとめた書類。それにじっくりと目を通してみると、脅迫状のコピーの上には小さく1から5までの数字が書かれていた。その順番通りに読んでいく。
『協会から離れろ』『代行をやめろ』『あそこは危険だ』『つぐなえ』『協会は危険だ』
 他の代行と変わったところはない。やっぱり「代行をやめろ」と「償え」ってことだけを念押ししている。
「この数字は何?」
「届いた順番です。なにか参考になるかと思いまして」
「ふーん。まあ、他の代行のものではわからなかったやつだし、参考になるかもね。けど文章に意味がない以上、あまり期待しないほうがいい」
 意味が無いというか、意味があるように思えないというのが正しいのだけど。
 次の書類、彼がまとめた時系列を見てみる。

『一年前(2010年3月14日) 最初の脅迫状
2010年5月5日 二通目の脅迫状が届く
2010年10月12日 三通目の脅迫状が届く
2010年10月27日 桐山さんが代表代行に昇格
2010年11月16日 教祖様が代表代行に今後の方針をどうすべきか尋ねる
2011年1月8日 四通目の脅迫状が届く
2011年3月3日 最後の脅迫状が届く
2011年3月20日 大村庄司、殺害される(データを改竄?)
2011年4月10日 蓮見さん、春川さん、協会を訪問。春川さんの事件発生
2011年4月17日 水島さん、殺害される
2011年4月23日 守島さん、殺害される』

 まとめてみるとそんな感じに書かれていた。
「この短い間に色々あったもんだね。疲れるわけさ。あなたもよく耐えられるね?」
「私の場合、今より忙しい社会人生活をしていたことがありますので」
「それは体力の問題だろ。私が言っているのはこの極限状態における精神力の話さ」 
 普通の精神じゃどこかでおかしくなってるけど……言ったって仕方ないか。それこそ教祖の言葉だね。もうまともな精神状態じゃない。だからこそ、ここにいるわけだ。
 私の言葉に立浪さんは曖昧な笑みだけ返した。
「……あなたはこの時系列で何か思い当たるふしはあるかい?」
「作っておいてなんですが、何も」
「そうかい。あなたがそうなら、他の代行も似たようなもんだろうね」
 それでもいつか何か思いつくかもしれないと思い、私はそれを折りたたんでカバンの中へ入れた。
「もし今の時系列で何か感じろというなら、犯人、焦っているのかな?」
 私がそう口に出すと「どういうことですか」と返された。
「だからそのままさ。脅迫状が届いたのは一年前から。そして五月に二通目、さらに十月に三通目。ここでラグが五ヶ月あるんだ。けど年が明けて、三月になると急に動き出した。もっとも、一度殺人なんて始めたらそうなるのは当然なんだけどさ、三月の頭に最後の脅迫状……それから大村さん殺害は、わずか三週間しかない。これって不自然だろ?」
 立浪さんに同意を求めると、彼は神妙な顔つきで「確かに」と頷いてくれた。
「なにか急用ができたみたいにこの二ヶ月は動いている……なんでだろうね?」
 尋ねてはみたものの、回答が返ってこないことはわかりきっていた。彼は難しい顔のまま考え込んでいる。三月、犯人にとって何か大きなことがあったのかもしれない。しかし、協会はそれに身に覚えがない。犯人の一方的な都合かもしれないし、最悪気まぐれだ。
『人が行動を起こすきっかけなど、気まぐれか気晴らしだ』
 不意に二日前に教祖に言われたことを思い出した。嫌な声だし、嫌味な言葉だ。
 立浪さんが私と反対側のソファーに座る。そして「ところで」と切り出してきた。
「教祖様とお会いしたそうですね」
「二日前と、あとここに来る前にも会ったよ。得体が知れないから好きじゃない」
 はっきりとそう口にすると、彼は苦笑をうかべた。
「あの方はそういうお方です。しかしながら、ここの者たちは絶対の信頼をおいています」
「それが余計に怖いんだよ……まあいい。それで、あの人と会ったのがどうかしたかい」
 立浪さんは真剣な表情に戻る。
「教祖様が、自ら犯人だと供述したというのは本当ですか?」
 にわかには信じられないということだろう、彼は今までにないくらい重たく暗い声で尋ねてきた。
「私も信じられないけど、本当さ。どこでその話を?」
「警察の方からです。いやしかし……そんな馬鹿な。ありえない……」
 私が父に報告したことで警察に知れ渡り、それで協会関係者にも確認をとったんだろう。彼はよっぽどショックだったのか、頭を抱えている。顔が青い。
「昨日教祖様ともお話ししたんですが、細かいことはあなたに聞けと」
 それで急に呼び出されたわけだ。
「ねえ、さっきその張本人にも訊いたんだけど、その発言の真偽はどうなんだろうね?」
「ありえません。あの方は、犯人ではありません」
「断言できる?」
「できます」
「何をもって?」
「あの方にはアリバイがありますよ。水島さんが殺された夜、教祖さまは一人の信者に付きっきりになって『交流』の手助けをしていました。あの方があの夜、この建物から出てないことは監視カメラが証明してくれるでしょう」
 なるほど、それじゃあ納得するしかない。だとしたら、何のためにあんな嘘をついたんだ? 自分が犯人だなんて供述することは、例え嘘でも自分を不利にするだけだ。
「じゃあ、あの人がなんでそんな嘘をついたか、わかるかい?」
「……いえ。ただもしかしたら」
 その後のセリフは完全に独り言だった。「あの方は、もしかしたら」と何か意味深なことを呟いた彼はすぐに我に戻ったのか、首を横に振った。
「なんでもありません。最悪、蓮見さんをからかっただけかもしれません」
「それは迷惑この上ない。もうやめてくれって伝えてくれ」
 今の彼は、明らかに何か隠した。今の今まで忘れていたけど、彼は協会の人間で代表代行だ。つまり、何か隠していてもおかしくない。全てをオープンにしてはいない。
「さて。ねえ、立浪さん、実は私からもプレゼントがあるんだよ」
 私はカバンからあるものを取り出して、それを彼の前に差し出す。それは一封の大きめの封筒。彼はそれを受け取ると、中身を取り出す。瞬間、彼の表情に曇りがでた。なんともいえない、複雑な顔になる。
 渡したのは十数枚の写真だった。写っているのは、主に彩愛ちゃん。先日、彼女と春川と私とで出かけた時に撮ったものだ。
「可愛らしい娘さんだよ。それでいてまっすぐだ。親として鼻が高いだろ?」
「…………」
 何も答えない彼を尻目に私は続けた。
「彼女の言葉、聞いてなかったわけじゃないだろう。あなたと話したがってる。幸せなことだよ。私があの子くらいのときには、父上とは一切話したくなかったくらいだ、反抗期でね。……気持ち、汲んであげてくれ」
 写真の彩愛ちゃんは本当に可愛い。父親ならそれは数倍増しだろう。
「蓮見さん……私は、父親失格ですよ。そんな人間が今更、あの子と話すことはないです」
「父親失格か合格かを決めるのは、あなたじゃなくて、彩愛ちゃんだよ。そして彼女はあなたのことずっとパパと呼んでいる。その声に応えてやるべきだ。立浪さん、これはもうお願いだよ。一度いい、彼女とちゃんと会って話してほしい」
 私は頭を下げてそう頼み込んだ。プライドもなにもかもどうでもよかった。彼女の泣き顔が、私の脳内から消えない。子供はあんなに悲しそうに泣くべきじゃない。
「……あの子が七歳の頃、妻が死にました。御存知の通り、私はそこからこの協会に付きっきりで、あの子ことを気にとめなかった。はっきり申し上げて、合わす顔がないのです」
 立浪さんは立ち上がり、窓辺に歩いていった。そして外を眺める。
「あの子が毎日ここへ訪れていたことも知ってます」
「なら」
「だから、会えないのです。その気持をずっと蔑ろにした私に、会う資格などないのです。幸い、親戚の家でうまくやれているようです。私はもう元には戻れません。彩愛は、今のまま、私など忘れるのが一番幸せでしょう」
「ちょっとまってくれっ。頼むからそうやって彼女から逃げないでやってくれ。彼女はあなたと会いたがってる。それだけが重要だ。元に戻れない? そんなことはないだよ」
 私も立ち上がって、彼がテーブルへ置きっぱなしにしていった写真の中から一枚手に取り、それを片手に彼に詰め寄っていく。そしてその写真、彼女がアイスを片手にピースをしている写真を彼に突きつける。
「あなたは奥さんを亡くし、ここへたどり着いた。それは傷ついてのことだろう。けどわかってくれ、あなたと同じだけ傷ついた少女が、すぐ側にいた、今もいるっ。傷は分け合えないけど、分かち合えるんだよっ。良い父親でいろなんて言わない、ただ……ただ、親子でいてやって欲しい」
 なんで自分でもこんなに必死になっているのかわからなかった。多分、私は彩愛ちゃんに相当同情していたし、そして後ろめたさがあった。私は幸せな家庭環境で、ぬくぬくと育った。それを思うと、彼女を見るたびにどこか責められている気がした。
「……すまない、熱くなった。最近感情的になることが多くてね」
 彼から一歩距離をとって謝ると、彼は「いえ」と応じた。
「……写真、置いていくよ」
 私は写真を彼の机において、部屋から出ようとしたのに後ろから彼に呼び止められた。
「なんだい」
「あの子を……彩愛を、よろしくおねがいします」
 振り向くと彼が深々と頭を下げていた。高ぶっていた感情が一気に冷めていく。
「はは、やっぱり私は男がよかったのかな。それなら彩愛ちゃんをお嫁にもらったのに」
「蓮見さんなら、お任せ出来ます」
「冗談さ。それに例え私が本当に男でも、女性にとって、ましてやあのくらいの女の子にとって一番頼りになる男は父親だよ」
 私はまた足を進め始める、そして部屋を出て行く寸前に一言だけ残した。
「よろしく任されてあげるよ」

 2

 江崎かな子が自宅のリビングで晩食を終えたところで、インターホンが鳴った。壁にかけた時計を確認すると八時半で、遅い訪問者に彼女はちょっとした不信感を抱いた。
 それでも出ないわけにもいかないのでドアスコープで外を確かめると、そこには見知った人物がいたので、彼女は安心して家に招き入れた。
「こんな時間にどうかしたの?」
 彼女がそう質問しても、その人物は何も答えなかった。さも当然のように家の中に入り、なにか確かめるように彼女の自宅を眺めだした。
「どうかしたんです?」
「……計画変更だ」
「は?」
 加齢のせいで聴力が衰えていた彼女には、その人物が何を言ったのか聞き取れなかった。しかし、その人物は彼女の反問には何も返すことなく、ポケットから何か取り出した。
 思わず彼女はその人物から離れる。なにせ、その手にはこの場にはそぐわない、トンカチが握られていた。ただのトンカチではなく、明らかに家庭で使うようなものより大きい。
「ちょ、ちょっと!」
 一歩一歩、震えながら後ずさる。その人物も彼女を追って、一歩ずつ進む。いつの間にか彼女の背中は部屋の壁にあたった。彼女はそのままその場にしりもちをつく。そして目の前の人物を見上げる。
「あ、あなた……」
「あの世でな」
 その人物がその凶器をめいっぱい振りかざして、力強く彼女の頭部へと振り下ろした。
 鈍い音がした。



 カーテンを開けると、気持ちのいい朝日が一気に室内に入ってくる――というのが理想的だが今日はそうならなかった。窓をあけて空を見上げると、灰色の雲が空を覆っていた。
「こりゃ、降るね」
 そんなことをぽつりとつぶやく。ベッドの近くに転がっていたスマホを手にして、天気のアプリを起動したしたところで、急に着信が入った。相手は父。
「はいもしもし」
『レイ、落ち着いてきけ』
 急にそんなことを、かなり上吊った声で言われてしまえば、落ち着いていた気持ちも焦ってしまう。自然とスマホを握る手に力が入った。
「な、なんだい」
『今朝、江崎さんが殺害されているのが見つかった』
 自然に老婆の顔が思い浮かぶ。代表代行で最年長だという彼女……。
「なんてことだい……」
『レイ、それだけじゃない。いいか落ち着けよ』
 父は少し間をおいて、電話口でその残酷な事実を告げた。
『立浪さんも殺害された』

 現場にかけつけると、野次馬と警察でいっぱいだった。そこは寂れたビルで、日頃なら誰の目にもとまることがないような外装だったが、今日ばかりは付近にパトカーが数台停まり、赤いパトランプというライトが浴びせられていた。
 なんとか野次馬をかきわけて、最前列へと進む。長細く古びたビルの入口は、狭く暗かった。そこに父が立っていて、私に気づくと寄ってくる。
「……見るか?」
「いいのかい?」
 父は一度だけ頷き、『KEEP OUT』というテープを上げると私をいれた。父の背中を追い、ビルの中へと入っていく。ビルの中はとても汚れていたし、廊下の蛍光灯もピカピカと点灯を繰り返していた。
「ここは協会が管理するビルの一つだそうだ。週に一度、信者の一人がなにか変わりはないかチェックするという管理体制をとっていたそうだ」
「それでそれが今日だった……というわけか」
「ああ、意図したことか、偶然かはわからん」
 二人で階段を降りていく。私と父が一歩進むたびに、その足音が響く。
 地下二階のある部屋の前に、警察官がたくさんいた。
「お前は昨日立浪さんに会っているんだろ。何か変わったことがないか、見極めてくれ」
「遺体は?」
「そのままだ。顔は隠してある」
 私は覚悟を決めて頷いた。警察官がふさいでいた入り口をあけていく。私はその中へ、ゆっくりと足を踏み入れる。
 まず目に入ったのはひどく荒らされた室内だった。もともと、ここも『交流』に使っていたのか、あの仏壇のようなものがあったが、それが倒れていたし、その中身も床に散乱していた。そして立浪さんが持ち歩いていたカバンがその近くに転がっていて、中身の書類も部屋中に散らばっていた。
 そして部屋の真中付近に彼は横たわっていた。
 昨日と同じスーツとネクタイ。顔は布で覆われているので見れない。仰向けに倒れていて、その左胸にはナイフが突き刺さっていた。ただ、それだけじゃなく、彼の近くをはじめとして、この部屋には大量の血痕があった。
 立浪さんにはいくつものは刺し傷があり、血まみれだった。滅多刺しか……。
 思わず目を背けたくなったが、なんとかそれを直視する。
 彼の側にいき、片膝をついてゆっくりとその顔を覆っていた布をはがした。右頬に昨日までなかった切り傷がある。殺されているわりに、表情は穏やかなものだった。なにか成し遂げたように、ちょっとした充実感さえ伺える。
 布を戻して静かに合掌したあと、ゆっくりと立ち上がる。
「……父上、ご家族には」
「もう連絡してある」
「そうかい……」
 きっと彩愛ちゃんにも伝えられたことだろう。
「なにか気づいたことはあるか?」
「特にないんだよ、役に立てず申し訳ない。しかし、かなり争ったみたいだね」
 荒らされた室内を見て率直な感想を述べると、父は「ああ」と頷いた。
「詳しく調べてみないことにはわからないが、もしかしたら犯人も傷を負ったかもしれない。そうなれば一気に追い詰められるが……」
 部屋の至る所に残っている血痕、それに立浪さん以外のがあれば決定的証拠になる。ただ父も口に出さないがそれは望み薄だろう。それなら一晩かけてでも血痕を消すなり、死体を動かすなりするはずだ。
「滅多刺しというやつか……きついね」
「もう出るか」
「いや、あと少し」
 この室内の光景を目に焼付けておかなければ。何か手がかりがあるはずだし、そしてなにより、これは私が背負っていくべき十字架だ。目を背けるわけにはいかない。
 ふと、昨日彼に言われた言葉を思い出した。
『あの子を、彩愛をよろしくおねがいします』
 そう頭を下げた彼の姿が脳裏から離れなくなった。なんだかまるで、こうなることを予見していたかのような、あの言葉。昨日は普通に受け取ってしまったけど、あれには何か意味があったのかもしれない。
「なにか、警察が見つけたものはないの?」
「ない。今のところ、脅迫状さえ見つかってない」
「脅迫状も?」
 犯人がメッセージを残さなかったということか。いや、確か守島さんの場合は自宅に置かれていたし、彼の場合も似たケースが考えられるか。
「江崎さんの方は?」
「あっちは別の班がやっていて、状況だけはきいている。撲殺だそうだ、トンカチかなにかで頭を殴られて亡くなっていたらしい。ただ向こうは脅迫状が見つかっている。たしか……『償え』だったらしい」
「『償え』……水島さんが『贖罪せよ』だから、似てるね」
 犯人は一体、この協会になにを償ってもらいたいんだろう? いや待て、何か引っかかる。なんだ、この違和感。なにか……なにか。
「どうした?」
「いやちょっと……なんだか、喉元まで出てるんだけどね。何か、おかしい」
 そう、私が、いや私達がもっと早く何か気づけることがあるはずだ。絶対、なにかがおかしい。メッセージか? いや、そうじゃない。そんなことじゃない。
 その時、足音が聞こえてきた。激しく早い、だけどどこか軽い足音。同時に「ちょ、ちょっとっ!」という男性の制止の声もする。そして足音は部屋の前で止まった。
 彩愛ちゃんが息を切らしながら、目を真っ赤にしてそこに立っていた。彼女は最初私を見た後、すぐさまその足元に横たわっている立浪さんの遺体に目を向ける。顔は覆われているが、実の娘がそれを誰か分からないはずもない。
「…………」
 彼女は最初、あまりの絶望に言葉が出せなかったみたいで、唇を小さく震わせ、何かを否定するかのように首を左右に降り、大粒の涙が続々と滴り落ちていく。
「彩愛ちゃん……」
「……嘘つき」
 見ていられなくなった私が彼女に言葉をかけたけど、返ってきたのはその言葉と、鋭く尖らせた視線だった。
「嘘つきっ! 守るって言ったのにっ! 約束したのにっ! 嘘つきっ、嘘つきっ、嘘つきぃっ!!」
 そう叫び終えると彼女は泣き声をあげながら、どこかへ走り去っていった。現場にいた全員が言葉をなくす。あんな悲痛な声を、私は聞いたことがなかった。
 そしてそれが私の胸をえぐっていた。あの叫びが、その中身が、鋭利な刃物のように心に刺さる。
「知り合い、だったのか?」
「うん……やってしまったよ。私の責任だ。自業自得だよ」
 父が気まずそうにするが、私は強がってなんてことないと嘯いてみた。
「私軽率な行動のせいさ。あの子は悪くない。むしろ……強いね」
「強い?」
「ああ。言っておくけど、父上がこんな目にあったら、私はあんなのじゃすまない」
「……バカをいうな」
「だね。ちょっと、血の匂いにやられたよ。外に出る。なにかわかったら、教えてくれ」
 血の匂いだけじゃなく、この部屋の空気、そしてあの叫び、それら全部だけど。
「ああそうだ、父上」
「なんだ」
 私はフッと笑ってみせた。
「長生きしてね」
 逃げるように退室して、ビルの暗い雰囲気が嫌だったので、外に出ることにした。外では野次馬がまだいたが、その中に思わぬ人物がいたことに驚いた。
「は、蓮見先輩?」
 野次馬の最前列にさよちゃんがいた。なんでここに彼女が? と思いつつ、近づいていく。彼女も警察が保存している事件現場から私が出てきたことに驚いている様子だ。
「さよちゃん、どうして君がここに?」
「先輩こそ……ぃえ、あのそうじゃなくて。春川先輩と一緒に大学へ行こうとしてたんです。その時に先輩に電話がかかってきて、そしたら先輩が急に走りだして、ここに」
 どうやら春川にも事件の連絡がいったようだ。多分父だろう。
「で、その彼女は?」
「さっきまではここに一緒にいたんですけど、ビルの中から女の子が走って出てきたのを見るとその子を追いかけてどこかへ行っちゃいました。私も追いかけたいんですけど……」
 彼女は周りの野次馬のせいで身動きがとれなくなっているみたいだった。春川は彩愛ちゃんを追いかけるために押しのけていったんだろうけど、彼女にそのバイタリティはないね。そもそも何がどうなっているかもわかってないだろうし。
「先輩はどうして? と、というか、どういう状況なんですか?」
「落ち着いて。簡単に言うとある事件に私と春川は関わっていたんだ。細かいことはまた今度にしよう。今はとにかく、君は大学に行くといい」
 今事件を最初から説明する暇はないし、そもそも私にその精神的余裕がない。彼女はどこか納得していない様子だったけど、最終的には頷いてくれた。そしてなんとか野次馬をかき分けて去って行った。
 彩愛ちゃんを追いかけないといけないと思っていたけど、春川がいるのなら大丈夫だな。彼女は春川に懐いていたし、春川なら私なんかより気の利いたことができるだろう。
 春川には会いたくないし、彩愛ちゃんには合わす顔がない。私が出る幕はないね。
『安請け合いじゃないの?』
 彩愛ちゃんと約束した時に春川にそう指摘されたことを思い出した。全く、本当にその通りさ。弁明の余地が欠片もない。
 そうこうしている間にぽつりぽつりと雨が降ってきて、次第にその勢いを増していくと野次馬が雨を嫌がって散っていった。私はそのすきをみて、ビルから少し離れた、今はもう閉店していてシャッターがおりたままになっている商店の雨よけに避難した。
 そしてポケットからタバコを出して、それを吸おうとしたときに黒のセダンが目の前に止まった。そして後部座席から、教祖が出てくる。
「……遅いね」
「早いほうだ。少し遠方に出向いていてな。これでも急いできたほうだ。その様子だとお前はもう立浪と会っているようだな。どうだった、やつの死に顔は?」
「そんなもの、自分で確かめろ」
「なるほど、そうさせてもらおう。しかし凹んでいるな、顔が青いし、心が暗い。らしくもないな。そんなにショックだったか? お前は死体を見るのは初めてじゃないだろう」
「二度目でも三度目でも、慣れるものか」
「そうか、そういうものか」
 まるで理解できないとでも言いたげだ。いつもの笑顔こそ浮かべていないが、教祖は飄々としている。代行が二人も死んだ、その連絡を受けているはずなのに、そんなことなんてことないような表情だ。
「あなたこそショックじゃないのか。立浪さんは、あなたの右腕だったんだろ?」
「そうだ。あれのおかげで協会は大きくなり、俺は立場を確立できた。今の教会があるのは俺よりあいつの功績のほうが大きい。だが――言ったろう、人は死ぬものだ。それが今日だった、それだけだ。あとはこちらが受け入れればいい。人の死はありふれていて、溢れかえっているのだから。あいつは俺の右腕だった。だから、ちょっと体のバランスが悪くなる。しかし、すぐに慣れるだろう。そういうものだ」
 拳で思い切り、名も知らない店のシャッターを殴ると、周囲に大きな音が響いたが、教祖は何のリアクションも示さなかった。
「なんであなたはっ、そうやって命を軽く見るんだよっ!」
「激情か? そうやれば何かなるか? 感情は何かするきっかけにはなるが、何もしてくれないぞ。命の重さの感じ方は人それぞれだ。それを正したいなら人権団体にでもなれ。俺は俺の感じたままのことを言っているだけだ。そういう意味においてお前と大差はない」
「ふざけるなっ」
「立浪は優秀な人材だった。亡くして惜しいとは思っている。それが俺なりの悼みだ。江崎も長く協会のために尽力してくれた、年のせいで体がそこまで自由ではなかったからな、そういう信者のケアはお手の物だった。守島のおかげで女性信者が爆発的に増えた、少々ヒステリー気味だったのが残念だったな。水島はがさつな男だったな、片付けや整理整頓が嫌いな奴だったが、そんな男でも協会の中では見事に役割を果たしてくれた。仕事で忙しい中、社会人の信者を増やしたやつの功績は素晴らしい。――しかし、もう死んだ以上、何か思うだけ無駄だ。あとはせいぜい、向こうで幸せになればいい。俺は興味が無い」
 まくし立てるように教祖が亡くなった幹部たちへの思い、いや評価を口にしてる間にも雨は強くなっていき、傘をさしていない彼を濡らしていく。運転席から矢倉さんが出てきて、すぐに教祖のために傘を広げて、そして自分が濡れるのをいとわず教祖にさした。
「蓮見よ。人なんて、そんなものだ。呆気無く死ぬし、そしてそれはすぐ忘れられる。忘れられるし、忘れるんだ。人はそうしてきた。それに従ってるだけだ」
「本当に……なんとも思わないのか?」
「心から悼んでいるぞ。心が痛んでいないだけだ」
 もう話すことはないと言わんばかりに教祖は事件現場のビルへと向かっていき、警察と何か話したあと、中へと入っていった。
 彼らが消えた後、思いっきり黒のセダンのボディを蹴った。



 胡桃沢さよは自分の選択を後悔していた。蓮見の指示に従い、大学へ向かうのが正解だったと反省している。というのも、彼女は人見知りがゆえに、他人の喧嘩や、激情といったものと接するのが苦手だったからだ。
 彼女から少し離れたところには、二人の人物がいた。春川と、ビルから飛び出してきた少女。
 あの後、さよはやはり二人の行方が気になったので周辺を軽く捜索した。すると二人があの現場から少し離れたところにある駐車場の隅にいたのを見つけた。
 少女が嗚咽を漏らしながらうずくまっていて、その背中を春川が優しくさすっていた。彼女はさよに気づくと、人差し指を唇へ持って行き、静かにするようにと伝えてきた。
 少女の泣き声が耳に届くたび、居心地が悪くなった。彼女がなぜこうなっているのかわからないが、事件現場から飛び出してきたところからさよなりに嫌な予想はできた。
「彩愛ちゃん……」
 少女の泣き声があまりにたたまれなかったのか、春川が自然と名前を口に出した。彩愛と呼ばれた少女は相変わらず泣いてばかりで、それに応えることはない。
 春川はさよを手招きで呼ぶと、彼女にポケットから五百円玉を出して渡した。
「なにか、冷たい飲み物を買ってきてあげて。あなたのも」
 さよは頷いて足早にそこから離れ、道なりにあった自販機へと向かった。あそこから離れられるというだけで、ひとまず落ちつけた。泣き声は苦手、誰のでも。
 彼女が自販機でジュースを三本買ったところで、雨が降ってきた。彼女の頬に冷たい雨粒があたる。
「……傘、いるかな」
 彼女は予定を変更して近くのコンビニに出向き、そこでビニール傘を三本買って、二人のいる駐車場に戻った。
「先輩」
 さよがジュースと傘を差し出すと、春川は「ありがと」と小声で礼を言い、ジュースを少女に渡した。気づけば少女はもう泣き止んでいて、真っ赤な目をこすっている。春川がそんな少女と自分の上に傘をさした。
「落ち着いた?」
「……ぅん」
 少女がまだ少し震えた声で答える。
「立浪さんのこと、聞いたわ。ごめんなさい、力になれなくて」
「ち、違うよっ。ハル姉は悪くないもんっ。ハル姉も……レイ姉も……」
 どうやらこの少女、彩愛ちゃんは二人の知り合いのようだった。
「レイとは、会った?」
「ぅん……どうしよう、ハル姉。私、レイ姉にひどいこと言っちゃった。レイ姉が悪くないことわかってたのに……」
「大丈夫。落ち着いて、なかないで」
 春川がぽんぽんと焦りだす彩愛ちゃんの頭を撫でて、落ち着かせる。
「レイも彩愛ちゃんが本心からそう言ったとは思ってないわ。あなたがショックを受けて、平常心じゃないことくらい、分からないわけないもの」
「でも」
「大丈夫。私が保証する。今度謝ってあげればいいだけよ。許さないわけないもの」
「……ハル姉も一緒にしてくれる?」
 彩愛ちゃんが上目遣いで春川にそう尋ねると、春川はなんともいえない表情になった。笑っているようで、悲しんでいるようで、そして困っているような。
「そうね……そうするわ」
 ただ最終的にはそう答えていた。
「立浪さん、お父さんとはあれから会ったの?」
 彩愛ちゃんが首を左右に振った。
「ううん。あれが最後」
「そう……」
「ハル姉、私……私、許せない」
 さっきまで震えていた声が、ここにきてしっかりした。ただ今度は彼女自身が全身を震わせていた。
「誰がっ、パパにあんなことをしたのか、わかんないけど、そいつが――許せない」
 彩愛がその計り知れない怒りを口に出しても春川は落ち着いていた。頷いたあと、少女を抱き寄せる。
「気持ちはわかるわ。でも大丈夫、犯人はきっと捕まって、罰を受けるわ。世の中は勧善懲悪なの。きっと、大丈夫よ」
「かんぜん、ちょーあく?」
「ふふ。悪いことをしたら、懲らしめられるってことよ。難しかった?」
「うん、ちょっと……」
 春川が彩愛を放して、彼女の目元を拭った。
「戻りましょう。おじさんやおばさんが心配してるわ」
 彩愛がこくりと頷くと、春川は彼女に傘を渡した。彼女はそれを受け取るとゆっくりとした足取りで歩き出す。さよは濡れる春川にまた別の傘を差し出した。
「ありがとう。ごめんね、こんなところに付き合ってもらって」
「ぃえ、それはいいんですけど……」
「さよ、ここまでしてもらってなんだけど、あなたは大学へ行くといいわ。ここからはまたややこしくなるだろうし」
「先輩は?」
「私はあの子を送り届けていくから今日は休むと思う」
 さよは今度ばかりは指示に従うことにした。春川に別れの挨拶をして、そこから去ろうとしたのだけど、その時突然、春川が「え」と声を漏らして、口元を覆った。目は大きく見開いている。
 さよには何があったのか分からないが、とにかく目の前の春川は何かに驚いていた。
「せ、先輩?」
 そう呼びかけても返事はない。ただしばらくはその状態で固まっていて、そして「ああ」と何か納得したように息をはくと、そのままポケットから携帯を取り出すと突然それを操作しだした。
「……だめ、出てくれない」
 誰かに電話をかけたようだが、その人物は出なかったようで春川は目に見えて落胆した。
「先輩、どうしたんですか?」
「ちょっと待って……え、嘘よ、そんなことって……」
「先輩?」
「――駄目」
 さよの呼びかけに一切答えず、なにか一人でぶつぶつと呟いた後、春川はいきなり走りだした。あまりに突然のことに、さよはその場に取り残されて、立ち尽くしてしまった。
「な、なに?」
 混乱してどうなっているかわからなかったが、なんとなく春川を追った方がいいと思い、彼女も雨を気にせず駈け出した。



 春川からの着信があり、一瞬でるかどうか迷ったが、結局拒否した。自分がまだまだ子供だと思い知らされる、情けない行動だ。それでも未だに静まらない怒りがそうさせた。
「電話じゃないのか?」
「なんでもない」
 私と父は今、パトカーの中にいた。運転席に父が、助手席に私が座っている。今は父の勤め先である警察署に向かっていた。
「江崎さんの現場もさっき撤収したそうだ。向こうにいけば、それなりに情報があるはずだ。お前も知りたいだろ?」
「そうだね。教祖は?」
「現場を見て、俺にわかることはないって一言だけだ。協会に戻ると言っていたな。奇妙なやつだ。本当に落ち着いていた。あんな現場を見てよく平気でいられるものだな」
「あれは、そういう人間なんだと思うよ」
 他人の痛みに興味ない。だから、傷ついたりすることはない。彼は本当に形式上、あそこに行っただけだろう。
 警察署につくと「受付で待ってろ」という父の指示通り、私は受付付近のベンチに座って、事件について考える。
 さっきから、ずっと気持ちわるい。それは現場を見て気分が悪くなったというわけじゃない。なんだか、言葉が出そうで出ない。魚の小骨が喉に刺さったような、どうにかしたいけどどうしようもない違和感がずっとある。
 なんだろう? 私は何を感じている? 明らかに、感じなきゃいけないことを、今日の今日まで感じていなかった。そんな気がする。ただそれが何か分からない。違和感があるはずなのに、それが自然になってる。
 違和感は存在する。いや、存在しなきゃいけない。それ程の矛盾があるはずだ。
「なんだ、これ」
 自然とそう漏らす。一体、私は何を感じているんだろう。
「レイ」
 うんうんと頭をひねっていた所に、なにか大きなファイルを持った父が声をかけてきた。
「江崎さんの事件のデータ、もらってきたぞ」
「父上、そのファイルってこの事件のこと、全部載ってる?」
「これか? 大体な。俺が自分で作っているやつだから大雑把なものだが、第一の事件から詳細を書いてる」
「見せてくれ」
 父は訝しげに私にファイルを差し出してきた。それを受け取って、復習を始める。とにかくこの違和感の正体を明かさないといけない。きっとこれは、勘違いなんかじゃない。私は何かに気づいている、それに気づいていないだけだ。
 ファイルを開けて、事件のことを頭の中で整理しはじめる。 
 最初の事件、大村庄司さん殺害。今年の三月二十日に発生。自宅にて胸をナイフで刺された状態で発見され、殺人と断定されている。彼はクロスの会の顧問弁護士であるとともに、協会の発展に大きく貢献していて、特に立浪さんとは深い仲にあった。
 警察は当初、この事件は協会が関係している可能性があるとして捜査を始める。協会の関係者、主に幹部である代表代行と、教祖を中心にアリバイ調査などをするが、全員のアリバイが証明される。このような結果から警察は「大村さん殺害事件と協会は無関係」と決定づける。
 しかし、後になって『最終警告だ』というメッセージが見つかる。これで再び大村さん殺害事件は、協会関係していると判断された。
 その約三週間後、四月十七日に代表代行の水島さんが殺害される。焼殺、手首と足首に手錠をされた状態で隣の市の空き地で燃え盛る姿が発見され、近隣住民たちの手でなんとか炎は消し止められるが、結局助からなかった。
 彼の体内からは微量の睡眠薬が検出され、警察は「犯人は睡眠薬で眠らせ体を拘束し、炎をつけた」と判断している。
 そして事件現場から『贖罪せよ』というメッセージが見つかった。
 その六日後、私と代表代行が顔をあわせた日、その場で守島さんが毒殺される。彼女が常備していた薬の小瓶に毒が仕込まれていた。いつ毒が瓶に混入されたかは判断不能。
 そして自宅から『厳罰はくだった』というメッセージが見つかる。これもまたいつ置かれたかは不明。ただ犯人は守島さんのカバンに入っていた小瓶に毒を仕込めたことから、そこから鍵を持ちだした可能性もあるとされている。
 そして、本日、江崎さんと立浪さんの殺害された。
「父上、江崎さんのところにはメッセージが残っていたんだよね?」
「ああ。なんでも『償え』だそうだ。コピーがこれだ」
 そういって父はそのコピーを差し出してくる。確かに『償え』とあった。
「そして立浪さんのところにはなにもなかった……妙だね」
 メッセージは犯人がいままでずっと残してきたものだ。犯人にとっては手がかりを現場に残しているのだから、とんでもないリスクをずっと背負ってきた。それでもそうしてきたのは、それがどうしても伝えたかったことだからだろう。
 それなのに今回はそれがない。なぜだ?
 違和感の正体がまだ分からない。私はまたファイルを見返す。

 補足をしていくのなら、春川の事件の直後、私は立浪さんの元へ訪ねる。当初はあの事件について協会を調べるのが目的だったが、あれは既に解決しているのでもういい。
 そこで立浪さんから協会を調べる権利の代償として、脅迫状の犯人を突き止めてほしいと依頼される。彼いわく「警察という国家権力が介入するのは協会にとってよくない」とのこと。私はそれを承諾し、本格的に事件に参入した。
 そして水島さん殺害の日の昼間も、私は彼と会っている。そこで協会について質問して、脅迫状を見せてもらった。
 そうだ、私はあの時にも何かを感じた。そして今もその正体がわかっていない。ただ「足りない、欠けている」と感じた。なにが足りなかったのか、欠けていたのか。
 守島さん殺害の時も、あそこに私はいて、彼女を含めた代行から脅迫状を見せてもらっていた。ファイルにはそのメッセージも載っている。

●守島さん宛のメッセージ
『代行を止めろ』『ひどい目にあうぞ』『許さない』『天罰がくだる』『あそこに近づくな』   
●桐山さん宛のメッセージ
『代行をおりろ。地獄にいくぞ』
●江崎さん宛のメッセージ
『過ちを犯すな』『やめろ』『協会をやめろ』『罪をつぐなえ』『地獄におちろ』
●大蔵さん宛のメッセージ
『協会から離れろ』『やめろ』『あそこに近づくな』『つぐなえ』『地獄におちろ』
●立浪さん宛のメッセージ
『協会から離れろ』『代行をやめろ』『あそこは危険だ』『つぐなえ』『協会は危険だ』

 そういえば、どういうわけか桐山さんには一通しか届いていなかったんだ。さて、それはどうしてだろう? 他の人達は全部五通届いていたのに。
 しかし、こうして改めて見返してみると、本当にこのメッセージに意味があるのかどうか分からなくなってくる。似たようなものばっかりだ。これをリスクを犯して残しているのだから、犯人は何を考えているんだよ?
 そしてこのメッセージに加え、事件現場に残された三通。あれが全てか。事件解決に絶対に必要なものだ。なにか、なにかあるはずだ。
 意味があるはずといえば、教祖だ。
 三日前、私と教祖が初めて対面したあの日、彼は別れ際に「この事件の犯人は俺だ」と宣言した。言葉の真偽はわからないが、彼がそう口にしたのは間違いない。あれも何か意味があることだったのか。それとも、でまかせか。でまかせなら、どうしてあんなことしたのかってことになる。

「……振り返ってみると、色々ある事件だね」
「そうだな。そのくせ今現在、犯人のしっぽも掴めない」
「いや父上、手がかりはあると思う。さっきから何か感じているだ。きっと、この資料から、ないしは私達が経験したことから大きなことがわかるはずだよ」
 私はそれを確信している。父は何も言わない。信じてくれているんだろうけど、確証がないものだから、はいそうですかと言うわけもいかないんだろう。なにせ父は本物の刑事、証拠がないと動けない。
「蓮見刑事」
 ストライプのはいったスーツを着た若い男性が、受付まで走ってきて父を呼んだ。父は立ち上がり、その刑事に寄って行くと、彼は父の耳元でなにか伝えた。こっちには何も聞こえない、ただ父の表情が見る見るうちに厳しくなっていく。
「なんだと。本当か」
 父が確認すると若い男が何度も頷く。それと私のスマホが震えだした。こんな時に誰だと、ちょっと苛立ちを覚えながらも液晶を見ると、『着信:胡桃沢さよ』と表示されていた。
 私はすぐに電話にでる。
「さよちゃん、申し訳ないけど今少し忙し――」
『せ、先輩っ、助けてっ!』
 通話をさっさと終わらせようとしたのに、電話口から切羽詰まった彼女の悲痛な声が聞こえてきた。息が荒く、はあはあという息遣いまでこっちに聞こえてくる。
「さ、さよちゃん? どうしたんだ? なにがあった?」
「レイ、大変だ。桐山が犯行を自供した」
「父上、ちょっと待って――え、自供?」
 父がこくりと頷く。頭が真っ白になるが、また電話口でさよちゃんが叫んだ。
『せ、先輩がっ、春川先輩がっ!』
「ちょ、ちょ、ちょっとまってくれ。さよちゃん、なにが起きているの?」
『春川先輩がっ! 大変なんですっ!』
「なにがどうしたんだよ? 落ち着いて話してくれっ、君は今どこにいるんだっ」
 父が電話をする私の様子を見て、ただ事じゃないことを悟ったのか「どうした?」と訊いてくる。私は首を左右に振って「わからない」と返答した。
「さよちゃんっ、聞こえるか?」
『先輩がっ、せ……先輩がぁっ』
「なんだよ春川がどうかしたのか。しっかりしてくれっ」
 今にも泣きだしそうな声で、何度も彼女は「先輩が」と繰り返した。
「春川がどうかしたのっ?」
『拐われたんですっ!』
 ようやく会話らしい会話が成立したが、彼女の返答は私の予想をはるかに超えたものだった。春川が、拐われた? え、誰に? 何のために? というか、なんで?
 頭が真っ白になってしまって、口が動かせなくなった。しかし電話口でもはまださよちゃんがなにか叫んでいる。そしてその声に混じって、もう一人の声が聞こえてきた。それは彩愛ちゃんの叫びだった。
『レイ姉っ! ハル姉がっ、ハル姉が殺されちゃうっ!』
2013/06/25(Tue)00:33:23 公開 / コーヒーCUP
■この作品の著作権はコーヒーCUPさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
2013/06/25 一部訂正&タイトル変更。
この作品に対する感想 - 昇順
すまん。本当にすまん。死にそうやねん。死んでしまいそうやねん。時間全然ないねん。溶けてしまうでホンマ。こうして社畜は死んでいくんだ。去年働き始めた友達が既に自分の年収を大幅に超えている。ショック死しそうだ。学歴と地域と会社の差ってデカイわマジで。おい頑張れよカフェオレ。自分の分まで幸せになってくれ。
というわけでようやく全部一括して読んだ。
ところで、あれ?春川の孤立した理由てそれだったっけ?あれ?作品名何か忘れたけど、クラスを一致団結させるために孤立してうんたらかんたらって、あれ春川じゃなかったっけ?別人の話?てっきりあれ春川だと思ってたんだけど。それとこれって連動してるのか。ごめん、時間なくてそれを読み返せないのが心苦しい。
キャラ付けはええんでないだろうか。おばさん二人の区別は正直よく判らないところもあったけど、ええんでないだろうか。さっそく一人死んだし、それはそれでありだと思う。さてはて、物語はトントン進んでいるようで何より。これからも期待して待ってます。
しかし遅えよクソ。何が一週間で1回ペースだ、自分の連載時を見習って三日にしろよ甘ったれるんじゃねえよ叩き潰すぞ。
2013/04/22(Mon)16:31:370点神夜
 こんばんは、コーヒーCUP様。
 御作の続きを読みました。
 おお、新キャララッシュですね。事態が一気にすすんだなあ。
「だって拡大派が殺されたんだよ、維持派を疑うのは当然じゃないか」
 という蓮見さんの発言に――、だがちょっと待ってほしい。閉鎖的なコミュニティにおいて怪しいのはむしろ同派閥ではないか? 『今日から俺様がデストロンのニューリーダーだ!』というスタースクリーム様が紛れ込んでいても不思議ではない! なんて考えた私はスレてるかもしれませんw
 さて、ポイントとなるだろう脅迫状ですが。

 桐山が『代行をおりろ』
 守島が『代行を止めろ』
 大蔵が『協会から離れろ』
 江崎が『過ちを犯すな』

 やはり守島さんに送られた文面が気になります。
 代行が「代表代行」の資格なら辞めろですが、「〜という行為の代行」なら止めろで辻褄があいますし。
 週一ペースで更新を続けられるなんて羨ましい。今回も面白かったです。
 続きを楽しみにしています。
2013/04/22(Mon)21:52:260点上野文
神夜様
 なんだその関西弁は……。というかここで現実の恐い話しとかしなくていいから、マジで。登竜門でくらい俺を現実から逃避させてくれよ。いらないよ年収のリアルな話しも、社畜の実態も。やめてくださいおねがいします。
 春川の孤立した理由は確かにそれだけども、あれは一応、別作品とはいえ物語の核心で、ミステリでいう真相なんだよ。だからこの作品の中でそれを書くわけにもいかんかった。言い訳をするなら、春川はあの作品で語ったような目的を持っていて、さらにこの作品で語ったような思いも秘めていたってことだ。
 キャラのこと感想ありがとう。そうか、あれでいいか。若いヤツらのキャラ付けって簡単だけど、どうも歳をとってると誰も彼も一緒になってしまう。
 週一で遅いとか贅沢言うなよ。そもそも週一で読まないだろいい加減にしろ。これでも限界に近いんだぞ、がんばってるんだぞ。そうだ、ここで言うべきかわからんけどピンクさんの作品読んでよ。あなたが命運を握ってるんだよ。
 では、感想ありがとうございました。よければ次回もお読みください。

上野文様
 いいですね! そういう推理の仕方は大歓迎です。なるほど、自分がのしあがるために、まずは同じグループの連中を殺すというわけですか。いいですね。では、作者的に反論を。ここは宗教団体で、彼らには確固たるリーダー(教祖)がいるわけです。たとえ代表代行を殺しても、それがいるかぎりリーダーにはなれません。どうですか? いや推理の否定ではありません。こういう謎も是非解いてください。
 脅迫状の比較といい、上野さんの推理に作者としてはゾクゾクしておりますよ! やっぱり、色々考えるのが推理小説ですので、色々考えてください。それらすべてをひっくり返せるようにしますので。ヒントにもなりませんが、脅迫所の比較は本当に大事です。
 「代表代行という行為をやめろ」なら「止めろ」ですか。言われてみればそうですねけどそれなら、言葉足らずのような……。
 週一更新は大学生だからできることですw
 では、感想ありがとうございました。よければ次回もお読みください。
2013/04/28(Sun)00:43:250点コーヒーCUP
 こんにちは。
 文章のおかしいところは特にありませんでした。テンポよく読めてたいへん良かったです。ただ、今回は脱字が多いなあと……。仮名がひとつ抜けていたりするところが非常に多いです。お気をつけて。前回、文章長いよなどと言ったのは……何となく文章が情緒的といいますか、勢いや独特の魅力はあるんですが、推敲が少し足りていないのではないか、と思ったからです。お気を悪くされたらごめんなさい。ですが今回、冗長な面は感じられませんでしたので、その点ではよかったと思います。人の作品に感想を残すときは作者さんのお役にたてるようにと、どうにか改善点を見つけようと努力しているので、しょうもないことを言ってしまうことも多々あるかとは思います。それを割り引いて反映していただければと思います。
 さて内容についてですが、ストーリーが進展して非常におもしろかったです。細かいことですが、代表代行の容姿描写はもうちょっとほしかったかなあ、とも思います。一言だけではちょっと寂しいです。むしろ描写は完全に省き、言動のみでキャラ付けするのもアリかとは思いますが……。脅迫状について考えてみたんですが、『協会から離れろ』とか『ひどい目にあうぞ』って、彩愛ちゃんが言ってることと同じだなあ。『止めろ』の誤字も小学生なら、と思いましたがさすがに小学生をバカにしすぎですかね。それが彩愛ちゃんの仕業にしても『つぐなえ』『贖罪せよ』系列のものは別人の仕業でしょうし。いや、でも。うーん。もうひとつ細かいことですが、代表代行の一人は専業主婦ではありませんでしたか? でも代表代行は全員一人暮らしだと、大蔵さんが言っています。一人暮らしの専業主婦って、ただのプー太郎じゃないですか(笑) 年金生活ってことかな……とくだらないことを考えつつ、次回の更新を楽しみにしています。
2013/04/30(Tue)01:45:180点ゆうら 佑
 こんばんは、上野文です。御作の続きを読みました。
 彩愛ちゃんが可愛かったですね♪ 彼女の涙を見た以上「では、後は警察に任せて」とはいかなくなったわけか。
 一人暮らしの専業主婦については、「ふむ、ナマポか」とスルーしてましたorz
 個人的経験のせいか、新興宗教にはろくなイメージがないんですよね。

>たとえ代表代行を殺しても、彼らに確固たるリーダー(教祖)がいるかぎりリーダーにはなれません。

 え? 別に引退させてもいいし、bQの立場でTOPを傀儡化してもいいし、悪党ならまずは派閥を私物化するところからはじめるよね…などと考えてしまうあたり、どうもシニカルに見ているようです。
 いやあ、あるんですよ。調子に乗ったヤツがセフレ増やして、教祖のお手つきにまで手をだして粛清(追放)されて、そういったイザコザを週刊誌にすっぱぬかれたりw
 上手いため回だったと思います。続きを楽しみにしています。
2013/05/03(Fri)18:55:210点上野文
ゆうら佑様
 脱字があったとの指摘、ありがとうございます。どうも削ることに集中してしまい、誤字脱字チェックが甘くなってしまいました。ご迷惑かけて申し訳ない。ただ文章に特別おかしなところがなかったのはよかったです。
 いえいえ、あのアドバイスは全くその通りだと思います。作者ながら本当に長いと感じていました。毎回の更新が40枚を過ぎるなんて異常なんです。ただ、それこそ蓮見のキャラだしと思っていたんですけど、枚数削って維持できないキャラっていうのも情けない話しです。あのアドバイスのおかげで踏ん切りがついたというか、すっぱと切る覚悟ができました。本当にありがとうございます。
 キャラ描写、やっぱ不足でしたか。うーんいけませんね。脱字の件もふくめ、時書き直しをしていこうかと思います。あと彩愛の推理について。いい推理だと思います。小学生なら間違えてもしょうがない。問題は次かもしれません。なんで彼女はそんなことをしたのか、そしてじゃあ事件現場のはなんなのよってことです。自分は作者ですので否定も肯定もできません。
 専業主婦は江崎のことだったんですが、言われてはっとしまいた。確かに一人暮らしならそうならない。なんでだろう、設定が甘かったとしか言い訳できない。書き直そうかな。はい、ごめんなさい。けどこれだけは断言しておかないとフェアじゃない。真相にはなんの関係もないです。
 色々とアドバイス、指摘ありがとうございました。よければ次回もお読みください。

上野文様
 彩愛をかわいいと思っていただけてよかったです! びっくりすることに、小学生を書いたのが今まで書いた全ての作品を含めて初めてだったので、このキャラクターはかなり不安を抱えながら書いたんですよ。けど可愛く思えてもらったのなら万々歳。
 ただでさえ困ってる人を無視できない蓮見ですから、自分より年下の女の子に泣かれてはああってしまうんです。春川の言うとおり安請け合いだと思うんですけどね。まあ、そのへんふくめ彼女らしさです。
 ナマポ! そうだそれでいこう! なんちゃって……。はい、あの辺はたぶんいつかどさくさに紛れて書き直すと思います。その間はナマポということにしといてください……。
 宗教はいいイメージないですね。まあ、うさんくさいの多いですから、特にこの国は。
 なるほど教祖をどけて自分がTOPに、ですか。推理として十分成り立っていますね。最悪教祖だって殺せばいいわけだし、問題はない。いいと思います。問題は教祖にそれができるか、ですね。
 雑魚がやらかして組織が崩壊でしていくというのは何度か見たことありますね。今回もそれかもしれないですね。所詮、立ち上がって十年くらいの宗教ですし。
 感想ありがとうございました。よければ次回もお読みください。
2013/05/05(Sun)02:31:040点コーヒーCUP
連休が終わった。もうダメだ。もうダメなんや。連休明けたらこの物語が完結してて、テンションが上がることを期待してたのに、まだ全然終わってない。もうダメや、カフェオレなんて溶けてなくなってしまえばええんや。
春川の作品を改めて読んで来た。まぁカフェオレの言うことも最もか。そこはもうそれで納得してやろう。感謝しろよ。
さて、いよいよ面白くなってきたぞ。この流れはそう、本当にキューブを思い出す。このまま綺麗にいってくれよ。「氷の天使」だったか、あれみたいに消え去るなよ。期待してるんだぞ。物凄く期待してるんだぞ。ロリコンさんは最近姿を見せないから作品の続き見れないし、今の登竜門の楽しみはこれと「図書館」だけだ。おまけに二人揃って更新おせえし何やってんだ馬鹿野郎共。
視点が切り替わってることを心配してるみたいだが、今回に関しては問題なかった。読み易かったしOKだと思う。ていうか最終話手前まで書いてんのならもう一気に投稿しろよ。こちとら絶望の中で唯一の楽しみを捜してるんだ。とっととしろ。
物語の感想全然書いてねえな。しかし、ここから加速して行くのなら期待は高まるばかり。キューブのときみたいに、後半からは点数を加算させ続け、最後には綺麗に「2」で終わるような物語を楽しみに続きをお待ちしております。
ところで話は変わるんだが、あれはダメだ。読んでねえし読む気もない。やるには構わんし止めもしないけど、筋を通してないモノを好き好んで読むほど暇でもない。自分は一切関与しないよ。
2013/05/07(Tue)11:33:310点神夜
神夜様
 連休が終わったくらいで絶望してんじゃないですよ。そんなに休みてえなら辞表だせ辞表。そしたら書けるし読めるだろぉ。と、言っておきます。がんばれ社会人とは思うけど、学生にはなんもできんわ。
 わざわざ読み返させてすまない。けどまあ、そういうことってことで。別にあの二つの動機が同居できないわけじゃない。
 「氷の天使」みたいにはならんよ、そこは安心してほしい。というか書き終わったし、あとは推敲したのを毎週出せばいいだけなので、ここでいきなり消えるということはない。「CUBE」のように着地できるかわからんが、着地することは間違いない。
 そしてロリコンさん(使っていいのかこれ)と中村さんは自分よりずっと忙しいんだ、文句を言うな。文句をいっていいのは学生暇ライフを送ってる自分だけにしろ。
 視点の切り替えに大きな問題がないようなので安心した。いや、やっぱりこの枚数で視点を四つ出すっていうのは必要だったとはいえ、なかなかやってしまった感が強かったんだ。そう言ってくれると安心できる。しばらくしてからまた視点変わるシーンあるから、ここで失敗は嫌だった。
 読まないのか。まあそういうスタンスなら仕方あるめえ。自分が言えることはなんもないし。
 それでは感想、ありがとうございました。よければ次回もお読みください。
2013/05/12(Sun)17:47:360点コーヒーCUP
良い流れだ。すまん時間がないから今回は素直にこれだけ残していく。
次回からの期待を込めて今回は加点する。楽しみに待っているよ。
2013/05/13(Mon)11:21:421神夜
神夜様
 どうやらこの流れを気に入ってくれたみたいで安心した。たぶんだけど、しばらくはこんな流れが続く予定だから。続くといっても、若干時間はかかるが、スピード感はもっていくつもりだ。うん。
 かなり忙しいなのに感想とポイントくれたこと感謝する。死ぬなよ社畜。
 感想、ありがとうございました。よければ次回もお読みください。
2013/05/19(Sun)00:28:510点コーヒーCUP
 ある事件の真相……考えてみましたがわからないのでさじを投げます。すみません。さよさんが関わっているとしたら、やっぱり春川さんが切りつけられた事件? それと透ちゃんの何がどう関係しているのやら……。第四章でナイフを投げ捨てた謎の人物、あの人が実行犯なんですよね? 誰だろう。春川さんは自分より背が高かったと証言したけど、あれを疑ったほうがいいのだろうか。そして狙われたのは本当に春川さんだったのだろうか。もしや人違い? などと疑いだすときりがないので、このあたりで。
 教祖さんについては得体が知れなさすぎて、この人いったい何なんだと思ってしまいますね。街頭に出て布教?してるわりにクロスの会自体に興味がないとは。失意の桐山さんのもとに教祖が直々に現れるというのは都合がよすぎると思うんですが、逆に、教祖が直々に勧誘した人を代行に据えてるってことなのでしょうか。
 誤字はかなり減ったなあと感じるのですが、まだいくつか見えました。まあ、些細なことですのでお気になさらず。では続きをお待ちしております。
2013/05/21(Tue)01:25:030点ゆうら 佑
ゆうら 佑様
 「ある事件」については今週の更新でしっかりと記述しました。お察しのとおり、あの事件のことになります。疑いだすときりがないですか? 個人的にはゆうらさんなら惜しいところまでいっていたので、しっかりと推理すればたどりつけたと思いますが、どうだったでしょうか?
 教祖がなにを考えているのか、これは物語の核心にも繋がりかねないところですよね。不気味さを編出できていたら成功だといもっています。得たいがしれなさすぎるというのは、だからちょうどいいのかなと。作者的にも掴みきれないやつです。
 桐山を勧誘していたのは三年前の描写ですし、あの頃とは教祖も心情が変わっているのでしょうね。都合がよすぎるといいますが、桐山はあのとき大学生で、協会の本部はその近く。そして教祖の仕事柄、ないしは情報網をつかえばできないことはないでしょうね。本当にたまたまみかけただけかも。代行は、気まぐれかもしれませんね。
 誤字については本当に申し訳ない、見つけて直しておきます。
 では、感想、ありがとうございました。よければ次回もお読みください。
2013/05/26(Sun)08:57:160点コーヒーCUP
また更新を一回見逃しているな。というのは実は言い訳だ。更新を見逃しているんじゃない、「感想を書いたと思ったら書いてなかった」だけだ。あまり神夜を見縊るなよカフェオレ!!だからごめん。本当にごめん。忙しかったんだ。忙しかったんだよ。忙しかったんだから仕方が無いだろ!!文句言うんじゃねえよ!!
さて、教祖との対峙。これに関しては実に面白かった。蓮見との対話でここまで終始ペースを握った人物なんていなかった。おまけに最後の台詞も良い。教祖が犯人であれば、それもいい。これからの展開に大いに期待できる。
そして今回分は本当にひとつの事件が解決したな。春川の自作自演だったのか。ミステリーに詳しい人なら看破出来た内容だったのだろうか。相変わらずの神夜ではまったくの予想外だった。だからこそ面白かった。ここでまさか蓮見と春川間で亀裂が入ることになろうとは思ってなかった。最終的にはそら仲直りはするのであろうが、それまでの葛藤と、その魅せ方、これによってこの物語の終盤の盛り上がりと、総体的な評価がガラリと変わる気がする。つまりそこがちゃんとしていれば拍手喝采で「やるじゃねえかカフェオレ!!キューブと同じくらい面白かったぜ!!」って2p入れるし、逆にちゃんとしてなければ唾を吐きかけながら「ないわー、、、ここまでいい材料を散りばめてこれとかないわー、、、死んだ方がいいんじゃないでしょうか?」と−2pを入れる。そんな訳で、大いに期待して待っている。カフェオレ作品共通の、後半からの「加速」に楽しみが倍加で広がる。
2013/05/30(Thu)11:32:201神夜
神夜様
 いや別に感想を書かなかったことはなんとも思っていない。こうして適度にくれるんだから、それだけで感謝してる。問題は感想を書いたかどうかもわかってないあなたの精神状態だ、もうダメだろ。死ぬの?
 教祖は書いてて面白かった。彼については類似キャラをまた作りたいとさえ思ってる。そう、蓮見とこういう対話できたやつって前作でさえいなかった。敵キャラとして良い仕事をしてくれて、それを楽しんでもらえたのなら最高だ。
 あの事件の真相は、どうなんだろう。犯人自体は看破されてもいいと思ってた。難しいもんじゃないなとは。個人的には動機のことろをうまく隠せればいいなって感じだった。彼女が犯人って予想するのはたぶん、結構簡単だ。もちろん解けてくれなくて、全然いい。
 さてどうだろうね、仲直りするのかな。別にせんでもいいと思うのだよ。生き方や考え方が根本的に、そそて絶対的に違うし。今までうまくやってこれたのが奇跡だったってことで終わるかもね。どうなるかは知らん。もちろん、このままにするってわけではないけど。
 マイナスをつけられないように善処します、はい。
 では、お読みいただきありがとうございます。よければ次回もお読みください。そして体壊すなよ。では。
2013/06/02(Sun)03:32:560点コーヒーCUP
朝っぱらから我慢の限界で上司に喧嘩売って三悶着くらいあったせいで何もやる気出なかったから、これ読んで、ついでにキューブを全話読み返してきた。やっぱキューブ面白いわ。小野の「どちらですか」っていうところ、あれカッケーな。あれを楽しみに読んでて、「あれ小野刺されたぞ、いつ言うんだけっけ?削除された?」とヒヤヒヤしてしまったぞ。記憶って曖昧だよね。ところで焼死体。そう焼死体。あれが茜の焼死体じゃないって、普通判らないもんなのか。状況的に茜しか考えられないと、詳しく調べたりしないのか。歯型が無理でもなんかいろいろありそうな気はするんだけど。ごめん素人考えだけど、そういうのないのだろうか。ただそんなもんを差し引いてもやっぱり面白かった。ありゃ名作だ。神夜と同レベルで誤字脱字が多いところさえ除けば、うん名作だ。今回だってなんかいっぱいあったぞ。特に蓮見の台詞、「それが余計に怖いんよ……まあいい。それで、あの人と会ったのがどうかしたかい」――怖いんよ、ってこれは「怖いんだよ」って言いたかったのか?それともどっかの方言的な喋り方したのか?どっちだ?おいコラカフェオレおい?
さて、今回はまた最後に一気に動いたな。面白かったかどうか、と聞かれたら素直に神夜がつけているポイントで判断しろ。だからキューブで上がったテンションをそのままに、真面目な指摘をする。
江崎さん。江崎さんて誰だ。血吐いてくたばったババアが江崎さんじゃなかったっけ。ごめん、あの時は確かにキャラ付けはOKだと言った、言ったがあそこで出番が終わってコロっと死なれると、誰が誰だか解らん。怒鳴ってたオヤジとあの先輩青年は覚えているのだが、女二人、どっちがどっちだったか覚えられない。これが小説と漫画の違いだな。自分の記憶力の無さも原因であるのだろうが、それでもしっかりと下地を作らなかったカフェオレにも責任があると思う。あるだろ。なあおい。しかし立浪も逝ってしまうのか。小野もそうだったが、なんだ、ミステリーやサスペンスはこうならないとダメなんか。全員がハッピーエンドになれる道はないんか。おいこらカフェオレ。
長々と書いたが、それでもやはり非常に楽しみにしている訳で、続きをお待ちしております。
春川と仲直りがなければお前マジで叩き潰すぞ。キューブの最後の絆はどこいった叩き潰すぞ。
2013/06/03(Mon)21:17:141神夜
神夜様
 上司と何があったか知らんけどおよそ八〇〇枚の長編を読み返すとは正気の沙汰とは思えない、いや嬉しいけども。そこまで気に入ってもらってて心底喜んでるけど、大丈夫なのか。色々と。小野君、キャラ好きだったから彼女主人公にしたやつも書きたかったのに、結局設定だけ考えて終わってしまったな、書きたい。気に入ってもらってなにより。
 焼死体の件で注釈をしておこうか。あれは一応、転落してるんだ。一章の最後でそう描写したはず。マンションから落ちたらまず歯形の確認なんてできないだろうね。そして次に、彼女って真相編でわかったと思うけど二ヶ月監禁させられてたわけ。犯人も暴行したと自供してる。二ヶ月だぜ? 歯形なんて変えるのわけないな。というのが真相だ(ドンッ!
 誤字については正直すまんかった。この作品、かなり気をつかってるんだけども、やぱりなくならない。すいません勘弁して。時間を見つけてちゃんと直すから。
 そう、きっと指摘されると思ってた。江崎さん登場シーンと殺害シーンしかでてこないってどうなのよって。やっぱり言われたから、これはもう猛省する。しょうもない描写を増やしすぎて、肝心なところを枚数的に圧迫してしまった。やるならやるで江崎さんをもっと濃いキャラにすべきだった……。
 立浪のことはしゃーない。既定路線だし。殺人事件が起きてるんだ、ハッピーエンドにはならん。けどあれと小野君を同列に語るのはやめて。言っておくけど、小野君は死ぬ予定で書いてた。あのカップルは二人とも殺すつもりだった。けど書いているうちに情がわいて、結果小野君だけ生かしたんだ。自分から言わせれば最上級のハッピーエンドだぜ
 仲直りはどうんんだろうね。本当に二人の生き様にさえ関わってるところでずれが生じてるから、難しいんじゃないかと思うんだよ。そもそも、仲直りできるのかな、この状況。
 てなわけで、感想やアドバイス、ありがとうございました。よければ次回もお読みください。仕事辞めたらあかんで。
2013/06/08(Sat)23:29:270点コーヒーCUP
 おひさしぶりです。
 春川さんの事件については、うーんそういうことか……。そこまではちょっと疑いきれませんでした。けれども納得。ただ、動機が意外ではありました。蓮見さんの言葉ではないですが、やっぱり常識的ではないなあと。
 さて事件も佳境に入ってきましたね。続きはこれから読むところですが、やっぱり教祖の自供(?)が真相なのかなあと思っています。桐山さんが自供しましたが(これを信じていいかどうかわからないのですが)、彼の犯行も狂信のせいであり、結局のところ黒幕は教祖、ということかなと。会員の狂信っぷりは作品中のそこかしこで強調されていますし。
 しかし人は死ぬものだとか何とか、そういう教祖の言い分にもある程度真実は含まれており、それに真っ向から反抗していく蓮見さんとのやりとりにむずがゆさをおぼえます。客観的に見ればどっちが正しいともいえないし、これどう収束していくんだろう、という。やっぱり蓮見さんが勝つのかな? いやそもそも収束しないのでしょうか。
 相変わらず会話がテンポよく、練られた台詞もちょくちょく飛び出すので読んでいて楽しいなと思います。けれど全体的に台詞・心情独白やできごとが主体で進んでいくので、もう少し場景の描写や背景の説明があってもいいのではと思いました。このような一人称の作品では不自然になってしまうかもしれませんが。ではでは、続きも読ませていただきますね。
2013/07/04(Thu)07:56:370点ゆうら 佑
[簡易感想]
2013/07/14(Sun)19:37:200点鋏屋
感想は完にてw
2013/07/14(Sun)19:39:302鋏屋
ゆうら佑様
 おひさしぶりです。
 ゆうらさんは春川が怪しいという発言をしてましたから、もしかしたらたどり着けるかもしれないと恐れていましたが、どうやら最後までは行けなかったようですね。確かに、彼女の動機を推測するのは難しい。なにせ、本当に常識的じゃない。方法論としてはありえるくらいの話しですよね、あれ。ただ、それをやってのけるのが彼女なのです。
 教祖の自供にもなにも無意味ではあえません。それが真相だと思うのはまことにいいのですが、ではどうしてそんなことを言ったのか、考えてくださったでしょうか? 難しいですが、意味はあります。桐山のことをまるで信用してないのはいいですねw どうですね、まるで説得力がない。
 教祖の主張してることは、物事の一部分をかなり偏った見方をした結果なんですよね。ただ、あくまで物事の一部なので間違ってはいない。蓮見の言い分もそうなんですが、どうして教祖の方が強い。これは冷たい現実の方が明るい現実の方が力を持ってしまいますからね。
 会話を褒めてもらえるのは毎度嬉しいですね。そこが売りのシリーズですので。ただ、やっぱりそこに文章をあてすぎて情景描写が少ない。枚数多いくせして、本当に独白に枚数をさきすぎなんですよね。最後までバランスをとれなかった。次回作にはこのアドバイスを活かしたいと思っております。
 では、感想ありがとうございました。

鋏屋様
 了解です。簡易感想、ポイント、ありがとうございます。
2013/07/15(Mon)01:23:310点コーヒーCUP
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