- 『つぶやき』 作者:壽 / リアル・現代 ショート*2
-
全角2196文字
容量4392 bytes
原稿用紙約7.55枚
※この作品には、よりリアリティを出すために文学として誠実ではない表現を多様しております。現代に生きる若者の、とある一ページ。
-
御茶ノ水駅を通り過ぎたあたりで、車内は随分と静かになった。
アルコールのせいで火照った体には、中央線の蒸し風呂は、寒さの厳しいこの季節においても不快でしかなかった。いなくなった人の代わりに、彼の乗る五号車は冷気に満たされる。
心地よい。
額にまで垂れた汗が忽ちのうちに引いてゆくのを感じ、思わずため息をついた。長いとは言えない脚を、ぐっと伸ばす。
両隣に座る人間がいないので、自由に動く右腕でポケットの仲のスマートフォンを取り出した。画面をつけると、数十分放置し続けたSNSが賑わっているのが見えた。
よくもまあ、こんなに盛り上がれるものだ。
学校でもあんなにはしゃいでいたのに、と半ば呆れながら、キーを叩く。
程なくして、電車は目的地にたどり着いた。ここから電車を乗り換えて、地元へ向かうことになる。……が、
「あっ」
意図せず、口から漏れたのは驚嘆の音だった。
―――……線、上下線共に最終電車は終了しております。繰り返します……
「あ、ああ……」
終電、逃した。
そう理解した彼の頭には、明日の授業のことだとか、家で仕上げる予定だったレポートのことだとか、浮かんではぐるぐる回った。それよりも一番問題なのは、この季節この寒空の下で一夜を明かさねばならないということだった。つい先程の飲み会で泣けなしの小遣いを使い切っていた彼は、カプセルホテルや漫画喫茶のような選択肢を取ることはできない。タクシーなど、以ての外だ。
まずい、と思った。焦りが次第に深まってゆく。
そうして、彼はスマートフォンをポケットから取り出し、画面を叩いた。
『終電逃したなう\(^o^)/』
「こんなことをしている場合じゃ、ないんだよ!」
叫んでから、しまったと周りを見渡す。ほぼ無人の構内に虚しく反響するのを確認して、安堵の息を漏らした。
それから、スマートフォンを操作して、最寄りのファミリーレストランを探した。明け方まで開いていて、一人でも滞在出来る場所などそれくらいしか思いつかなかった。居酒屋は開いているだろうが、再び入る気にはなれなかったようだった。
「げ…結構歩くな」
これなら途中の駅で降りていたほうがましだった、と後悔もそこそこに、彼は駅を出た。
終電がなくなるような時間とはいえ、ここは都心である。一晩を過ごすことなど何の問題もないだろう……と、彼は考えていた。
しかし生憎にも、彼の立つ場所はオフィス街であった。彼の期待を裏切りめぼしい宿も見つからない。彼がスマートフォンで探し出したのは、二駅も歩かなければならない場所にあった。
それでも歩かねばならない。駅構内なら風はしのげるだろうが、プライドが許さないのである。
昼間の喧騒は微塵も感じられない。交通もなければ、光も少ない。そんな道を、トボトボ歩く。
なるべく大通りを歩いた。裏道はそれこそ灯りの一つもなく、とても入る気にはなれなかった。入ったら最後、強面の男たちがこの身を連れ去ってしまうように思えた。
三十分は歩いたか。
誰ひとりとしてすれ違うこともない。まるで、世界から取り残さてしまったかのような、言いようのない孤独感に苛まれて、気が滅入る。
身体はすっかり冷え切り、足取りも徐々に重くなっていく。
後悔ばかりが頭の中を駆け巡り始めていた、その時。
ポケットの携帯が軽快な機械音を鳴らした。普段は喧騒に紛れて気づかないこともあるそれは、この闇夜にはよく響いた。
……そうか、これがあった。
男は、すぐさま画面を開いた。暗闇に慣れた目は、突如飛び込んだ光を拒絶しようとする。だが構わず、画面をお気に入りのSNSに移した。
タイムラインには、先程の彼のつぶやきに対する反応がいくつか確認できた。嘲るもの、心配するもの、多様であったが彼の孤独感を払拭するには十分であった。
『だっせwwwだから早く帰れって言ったじゃんwww』
『うるせー! そもそもお前が酔っ払って、電車一本逃したのが原因だろ(`ェ´)』
『大丈夫? 今どうしてんの』
『街をさまよってるなう。勘弁してくれー』
他愛のない、つぶやきあい。
それが今の彼にとって、何よりもかけがえのないものに感じられたのは、恐らく気のせいではなかった。
いつの間にか目的のファミリーレストランに着いて、適当なものを注文し終えてからもそれは続いた。
暇つぶしに開いたはずの画面に、気がつけば虜になっていた。
そして、おはようの朝はやってくる。
帰宅せず、睡眠も摂っておらず、もはや学校に行く気など毛頭ない彼にとっては、そういうわけにはいかないが。
『始発動いた! 帰るなう^^』
画面をタップして、送信する。
会計を済ませ、店を出ようとしたところではっとしてまた、画面を叩く。
『お前ら、ありがとよ(´;ω;`)ブワッ』
『おう、お疲れwww』
『今日は学校さぼるわ、また明日』
『不良だ!』
『うるさい!ヽ(`Д´)ノ おやすみなさい』
暗黒の街はすっかり活気が戻り、数刻前の様相は既に消え去ろうとしている。
トラックやらの音が忙しなく響く。これから益々喧騒に満ちてゆくことになるはずだ。
鼻歌交じりに、駅を目指す。
右手が触れたポケットの中に確かな繋がりを感じながら、帰宅の途についた。
-
2012/12/19(Wed)04:17:51 公開 / 壽
■この作品の著作権は壽さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
お久しぶりです。
滅茶苦茶久々の投稿……にしても、ベリーショートな上に、即興です。
思い立ったままに書き上げた作品ですが、せっかくなので投稿しました。
作中に出てくるのは、あえて明言はしませんが、みなさんもよくご存知のアレ。
この話は、若干わたしの体験談を基に作り上げたものです。
面白いかどうかはさておき、一部の方に既視感のようなものでも感じていただけたなら、この作品は大成功です。