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『“CASE” [上]』 作者:コーヒーCUP / ミステリ 未分類
全角92760文字
容量185520 bytes
原稿用紙約274.4枚
大学三年の蓮見レイは同級生であり大学自治会の会長である春川に巻き込まれる形で、ある宗教組織に関わりをもつことになる。その宗教ではある内部抗争がおきて、それは殺人事件にまで発展していて――。望まない形で蓮見は事件に介入することになるのだが……。
〔プロローグ〕

「約束を違えるというのか」
 目の前の人物に対して、そう糾弾するとその人物は、複雑な表情をした。申し訳なさそうな、それでも強い決意に満ちた、しかしながらどこかで自分を哀れむような顔だった。
「いったい、どうなるのかわかっているのか」
「覚悟できている」
 ばかばかしい。覚悟できている、なんて言葉は最初に聞いた。今とは違う意味合いだが、確かに「覚悟できている」と言った。しかし今の彼の言葉は、それを裏切るということに直結していた。
 なんて不遜な覚悟だろうか。
「やらなければいけないことがあるんだ」
「それは、我々の目的ではないのか」
 やらなければいけないこと。それは自分も持っている。そしてこの人物も同じものを抱えていたはずなのに、それを否定するのか。あり得ない。
「すまないとは思っている」
「そんな問題ではない」
「わかっている。けど、仕方ないんだ」
 長いつきあいをしてきた。話し合えば、わかってくれるかと思っていたが、どうやら決意は揺るがないようだ。今はどんな言葉も無意味だろう。
 だが、決意が揺るがないのも、覚悟しているのも、自分も同じだ。
 だから、これしかないなと思った。
 ゆっくりとポケットからナイフを取り出していくと、その人物は驚きもせずにじっとこちらを伺っていた。まるでこうなることをわかっていたかのようだ。
「やめよう」
 優しい口調でそう言ってくる。
 それが、最期の言葉になった。


一章【女には向かない職業 “An Unsuitable Job for a Women”】

 
 春が悪い。
 ビール業界と税金のいたちごっこの産物、第三のビール。値が安いことが強みであるが、本来のビールのうまみが失われてしまっているのが残念なところだ。
 そんなビールの缶が五本入ったビニール袋を足下においてある。最初は十本入っていたのだが、消えた半分は空になって目の前の机の上で転がっている。
 大学の部活棟の一室であるここ、一応写真部の部室ということにんっている私の寝床兼休憩室。置いてあるものは机と、キャスターのついた回転イス。私は今、イスに座ったまま、窓の外を眺めていていた。
 手に持っていた缶を口の上で逆さにしてみるが、もう一滴もでてこない。空になったみたいなので、またテーブルの上に放り出す。そしてイスの足下へ置いていた袋からまた一本取り出す。
 プルタブをあけると、心地いい音が鳴る。
 大学の中での飲酒は原則禁止されている。もう何度も破ってきた規則なので、破ることに罪悪感はない。しかし今日に限っては、私は悪くないんだと言いたい。
 春が悪い、と。
 この部屋は部室棟の三階にあり、そこから大学を見渡せる。今日、春休みがあけて初めて、睡眠のために訪れたら大学内にある桜が満開を迎えているのが窓の外からよく見えた。こうなると、一杯呑みたくなるのは仕方ないことである。
 だから、次の授業は休むという連絡を友人にして、出席点だけは稼いでもらうことにして、私は大学の近くのコンビニでビールを買い込んで、そして今現在、桜をあてにして酒を楽しんでいるというわけだ。昼間から飲み過ぎたとは思っているが、それもひっくるめて、春が悪い。
 もとより、私は数日前まで少し遠出をしていて、その間禁酒を強いられていたので少しだけ暴飲したかった。
 程良く体が温まってきたところで、外の様子をゆっくり眺めていたら、部室棟の前を歩いている女性が目に入った。長い黒髪を優雅に揺らしながら、真っ直ぐとした背筋のきれいな姿勢で歩いていく姿。
 春川だ。一目で分かったのはさすがだろう。私が彼女を見間違えるはずがない。この春でお互いに三回生になった、まだ二年のつきあいだが、かなり深い交流の仕方だから。
 けど、明らかにいつもと様子が違う。彼女を見かけるのは久しぶりだが、それでもおかしいとは分かる。上から眺めるだけなのでなんともいえないが、彼女はうつむいて歩いていた。
 これはとんでもないことだ。春川という女性はそんじょそこらの二十歳とは違う。何か悩みや困難があっても、それをどんな手段を使っても解決できる精神力の持ち主だ。だから彼女がうつむくというのはすごいことだ。
 これは放っておけないなと思って、イスから立ち上がるとやはり酔いが少しきているようで、立ち上がった瞬間によろめいてしまった。
「おっとっと」
 バランスを整えて、空き缶を部室のゴミ箱へつっこみ、のこっているものは鞄につめた。部室からでて、急いで春川をおいかけねばと考えていたため、少し早歩きで廊下を歩いていたら角から出てきた人物とぶつかりそうになったのを、何とか回避する。
「すまないね」
 ぶつかりそうになったのは、私より身長が低めの女だった。見たことがないので、もしかしたらこの春に入学してきた生徒かもしれない。青のジーパンに、黒の上着を着こなしながら、大きなサングラスをかけている姿はずいぶん派手だ。
 彼女は別に私のことなど気にしてないのか、こちらこそと一言無機質に答えて、そのまま歩いていった。私もかまっている時間がないので、そのままその場を去った。
 部室棟から出てしばらく歩くと、大学から外へでる西門がある。日中はほとんど解放されているので門という感覚はないが、夜間は一応ふさがる。
 そこから外へでると、車道横の歩道を歩いている春川の後ろ姿をとらえた。どうやら見失わずに済んだようだ。
「ハニー、待っておくれ」
 そんな声を彼女にかけるのは、私だけだから彼女は振り向くこともせず、ただ立ち止まってため息をついた。
「相変わらずね、一ヶ月ぶりなのに」
「そんな時間で私の君に対する愛が冷めるわけがないじゃないか」
「恥ずかしいから、やめてよね」
 そこでようやく彼女が振り向いた。同じく二十歳だというのに、彼女の方が大人っぽい。私が子供っぽいというのなら別にいいのだが、彼女がずば抜けて大人っぽいのだからうらやましい。
「お久しぶりだね、会いたかったよ。感動の再会?」
「残念ね。あなたにあげるほど、私の涙は安くないの」
「あはは、つれないね。安心したよ」
 春川が私のおちゃらけを相手にしてくれないのはいつものことだ。それでこそ彼女だ。多少、顔色がよろしくないように見えるが、彼女は変わっていない。
 顔色がよろしくないと思ったのは、色白の彼女だからよく目立つのだが、目の下にくまが見えたからだ。
「さて、どこへ行くのかな。まだ授業中のはずだけど。まじめな君らしくないね」
「授業中だというのならあなたもよ。それにその顔の赤さ、また校内で呑んでたでしょう。禁止だって、何回言えば分かるのよ」
「顔が赤いのは君がいるからさ」
「真剣に言ってるの」
「じゃあ真剣に答えよう、春が悪い」
 もう何を言っても無駄と分かったのだろう、彼女は肩をすくめて「もういいわ」と会話を終わらせた。真剣に答えたのにこんなリアクションって、あんまりじゃないか。
 彼女がこういう規則ごとにうるさいのは、根の性格がまじめだというのが一番の理由だが、彼女の役職も問題だ。彼女は去年の冬、見事に大学自治会の会長となった。この大学の生徒のトップということになる。好き好んでそんな面倒な立場になるというのだから、彼女はずいぶん変わっている。
 私なんかはそういう面倒なことは避けて生きているので、理解できない。けれど、大学自治会など一般の生徒からすればあってもなくても同じだが、トップが彼女だということだけで個人的のは安心できる。リーダーシップと、冷静沈着すぎる性格はそういう役職にはもってこいだろう。
 無駄に世話焼きなのはなんとかした方がいいと思うが、これを言う度に「あなたにだけは言われたくない」と返されるので何とも言いがたい。
「まあ、私のことが気になるのは分かるけど、私としては君のことの方が気になるね。せっかくの美人がもったいないくらい、疲れた顔をしているよ。しんどいのなら私の胸の中で眠るかい。安心してくれて大丈夫だよ、変なことは少ししかしないから」
 ちなみに少しのさじ加減はこちらにゆだねてもらう。
「……私、そんな顔をしているかしら」
 私の誘いを見事に無視した彼女は、自分の頬をさすった。
「少なくとも私には元気には見えないね。弱ってるように見える。けど安心するといい、弱っている君もまた可愛いから。私が男ならちょっとあぶなかったね」
「今日いろんな人にあったけど、そんなこと言ってきたのはあなただけよ」
 ああ、悪癖がでたな。彼女の顔色は確かに悪い、いつもの調子では絶対にない。きっと彼女はそれを無意識に隠したのだ。人のことはさんざん心配するくせに、自分の心配はさせない性格なのだ。
 私が気づけたのは、彼女が油断していたからだろう。
「みんな真剣に君を見ていないのさ。私はいつだって真剣だからね。今だって胸の高鳴りが止まないよ」
 三回目でようやく彼女がリアクションをしてくれた。チョップを額に当てられただけだが。
「恥ずかしいことばっかり道で言わないでよ」
「恥ずかしがることはないよ、ハニー」
「そのふざけた言い方もやめなさい」
「分かったよ。けどね君、冗談でもおふざけでもなく、君の顔色は悪いね」
 じゃなきゃ一人花見を中止してまで追いかけてくるものか。
 彼女は少し困った顔をしていた。たぶん、疲れそのものは彼女だって自覚しているだろう。ようはそれを指摘されるなんて思っていなかったんだ。性格的に、倒れるまで動くタイプだから。
「友人としてのアドバイスさ。今日は家に帰って休みなよ。私の胸の仲でもいいよ」
「そういうわけにはいかないわよ」
 彼女はそういうと左腕にした腕時計を見た。
「誰かと待ち合わせでもしているのかい」
「そうなの。やっと話し合いの場を設けてもらったのよ。ここで断ったら次いつになるか分からないわ」
 誰との約束かはしらないが、どうやら会うのにわざわざアポイントメントをとらなければいけないほどの人物らしい。しかも断ると次いつになるか分からないなんて、彼女はどんな大物と会うつもりなのか。
「一体誰と約束しているのさ?」
 そんな当たり前に気になることを尋ねると、彼女は口ごもった。答えたくないということか。
「まさか私というものがありながら男かい?」
「あなたというものって何よ。大した約束じゃないわ」
「なら教えて欲しいね。それとも何かい、私にストーキングして欲しいのかい。君が相手なら地獄の果てまでだって追いかけてあげるよ」
 こんなふざけた感じで言っているが、彼女が教えてくれないなら追いかけることくらいのことは本気でする。気になる気にならないの問題じゃなく、放っておけない。
 彼女は私の発言が本気だと察してため息をついた。
「……お節介ね、本当に」
「ほめ言葉と受け取っておくよ、お互い様だけどね」
 彼女はまた腕時計を見て、何かに納得しように頷いた。
「時間はまだあるし、どこかでお茶でもしながら話しましょう」
「できればお酒がでるところがいいね」
「分かった。おいしい喫茶店が近くにあるわ」
 なるほど、笑えない冗談じゃないか。

 冗談ではなく、本当に喫茶店だった。私の小さな抗議は「さんざん呑んでるんでしょう」と指摘され却下された。さんざんといっても、缶をたったの五つなのに。
 彼女ももう二十歳なのだから一度ゆっくり呑みたいのだけど、彼女は私とはあまり呑みたくないようだ。あなたにあわせたら、倒れちゃうという。倒れたら介抱するくらいしてあげるのに。もちろん、介抱のやり方は私に一任してもらうことになるけれど。
 彼女は店の一番奥にあるテーブルを選び、二人でそこに腰掛けた。注文したコーヒーは、確かにおいしかったので文句はない。
「さて、こんなところで話さないといけないくらい人に聞かれたくない話なのかな」
「少なくとも聞いたら気持ちよくはないわ。おいしいコーヒーがもったいないわね」
 どうやら彼女は私たちの話を聞かれたくないというより、聞かしたくないらしい。それほど気を遣う話とはなんだろうかと思っていると、彼女がテーブルの上に一枚のチラシを出した。
 コーヒーを片手にそれを見ると、見たことのある、ある組織の名前が大きく書いてあった。
「これは『クロスの会』のチラシだね」
 カラーのチラシに目立つように大きく『クロスの会』と書かれていた。この系統のチラシなら私も入学してから何度か配られたことがある。
 『クロスの会』はこの周辺の地域で根強い人気を持つ宗教団体だ。
「そう。今年の入学式に配られたものよ」
「毎年のことじゃないか」
 この辺で強い人気の宗教なので、大学内、ないしは周辺で布教活動を熱心にしている。昔からそういうことが行われていたので、学生の中にも信者が少数だがいる。サークルの勧誘活動に紛れて、布教しているのだ。
 けれど、言ったとおり毎年のこと。私が入学したときもそうだったし、それ以前もそうだったのだ。春川がこんなに頭を抱える問題ではない。
「一応、大学としても抗議しているわ。けど向こうにだって権利があるの。校内での布教活動は確かに控えてもらってるけど、信者が勝手にやったことなら、それを向こうの責任にはできない。入学式でこれをくばっていた生徒も、勝手にやったって言ってるし」
「校内での布教活動は原則禁止にしてるんだ」
「ええ、それが今までの大学と教団との約束ごと。けど今年から変えるべき。私は、少なくとも今年だけはこの宗教を大学に関与させるようなまねをさせてはいけないと思ってる。そして大学側にも自治会としても提案したわ」
「そりゃまた大きく出たね。けどね春川、向こうの肩を持つようで悪いけどそれは横暴だと思うよ」
 確かに大学内で布教活動をやられるのはあまりいいことではない。右も左も分からない新入生だっているんだ、そういう人たちが怪しげな組織に誘いこまれるのは避けなければいけないだろう。しかし『クロスの会』はただの宗教だ。
 確かに、この国では宗教というと何か怪しげに聞こえてしまうが、別に特別なことじゃない。平たくいってしまえば、信じてるものがあるというだけで、布教活動とはそれを分かちあえる同士を見つけるためのものだ。
 それを一方的に停止させるというのは、たとえ大学内だけとはいえ、ちょっと乱暴に見える。
「そうね、かなりの横暴よ。けど仕方ないの」
「君のことだからちゃんとした理由はあると思っていたよ。是非、聞かせてもらいたいね」
 彼女はそういうと少し顔つきを変えた。顔が堅くなった。
「レイ、あなたが東北から戻ってきたのは一昨日だっけ?」
「ああ、なんとかギリギリまでいたんだ。さすがに授業が始まってしまったら、学生の身としては帰ってくるしかなかったけどね」
 私は三月に東北を中心に起きた災害のボランティアに一昨日まで行っていた。きっかけはこの大学のボランティア部の知り合いが「人手が足りない。来てくれないか」と誘ってきたからだ。個人的に何か力になればと思っていたので、彼らの追随する形で約三週間、向こうに滞在した。
「そう。なら、知らなくても仕方ないわ」
 春川は今度は小さな新聞の切り出しをテーブルの上に置いた。三面記事扱いの、小さなものだが殺人事件を報じているものだった。日付は三月の二十日。
 記事の内容は男性が何者かにナイフで刺し殺されたというものだ。発見されたのは自宅の一室で、家の中は荒らされた様子もなかったという。悲しい話になるが、よくあることだ。
「最後の一行が問題なの」
 彼女のいう最後の一行は簡潔だった。まるで、そういえば言い忘れてましたけど、というような感じで書かれていた。
「被害者は『クロスの会』という宗教に入信していた」
 それが春川のいう「問題」だ。なるほど、おおかた彼女の言い分は理解できた。
「なるほどね。つまり君は、殺人事件なんて物騒なことがおこる宗教団体を大学に近づいてもらいたくないというわけだね」
「ええ、それが安全上、最善と思うの」
 思わず唇をつり上げて笑みをつくってしまったのは、彼女の口から最善という言葉が出たからだ。彼女が一番好きな言葉にして、私とは一番遠い距離にある言葉。私の口癖には「最悪」がある。
「言いたいことは分かるけど、この事件解決してるのかい」
「いえ、犯人はまだ捕まってないわ」
「なら、君の要求ははねのけられる。君の意見は、被害者が入信していたから被害者になってしまったという理屈でなら成り立つ。けど、犯人が捕まってないんじゃそれは無理だ。むしろ、入信していた者がたまたま被害者になったと考えるのが自然だろうね」
 冷たい言葉になるようだけど、それが真理というものだ。いやむしろ、こんなことは私が言う前に彼女なら理解しているはずだ。私の知り合いの中ではずばぬけて頭がいいんだから。
「ええ、大学にも同じことを言われたわ」
「だろうね。大学という組織としては、宗教だという理屈で彼らの活動に規制をかけることはできない。もしも何か問題になったら、ややこしいことこの上ないから」
 もともと大学内での恐怖活動を制限しているという約束ごとが双方の間で合意されているのだ。そして大学内でそうした活動をしているのは「クロスの会」だけじゃない。
 規約に反し「クロスの会」だけを排除するなど、できるはずがないんだ。大学に関わらず、学校関係者は面倒を避けたがる。それは経験上、身にしみている。
「けどね、それくらい分かってたわ。だから同時に「クロスの会」の代表と話し合いの場を設けてもらうように向こうに掛け合っていたの」
 大学への要求はあくまで彼女が本気だという姿勢を示すためのものだったのか。相手がただのクレーマーではなく、ちゃんとした「生徒代表」であると分かれば、無視はできない。むしろ説得して厄介ごとをさけようとするだろう。
「それで、その代表に今日あえるのかい」
「ええ、代表といっても幹部の一人らしいけど、とにかくこちらとしての意見を聞いてもらわないと」
「……ちょっと聞きたいのだけど、君は大学自治会として行くんだよね?」
 彼女はアイスコーヒーをストローで飲みながらうなずく。
「なら聞くが、君は自治会のほかのメンバーにこのことを話したかい?」
「いいえ、ちっとも。もともとみんな私がそういう要求するって言ったところで乗り気じゃなかったもの。自治会なんてまじめにやってる人いないわ。みんな就活対策よ」
 当たり前だ。大学の生徒数は数千で、自治会はたしかにそれの代表としてあるが、それを意識したことなど生徒にあるはずない。高校などと違って学校あげての行事も少ないのに。ほとんどの生徒は自治会がどういう仕事をしてるかも知らないはずだ。
 みんな適当にやっている。それでいいんだ、そういう組織なのだから。
「つまり君は大学自治会という名前を使って、個人的に教団と関わろうとしてるんだね?」
 よっぽど、無謀にもという言葉を付け足してやろうと思ったが控えた。
 彼女はそんな私の優しさなどどこふく風で、涼しい笑顔をしてみせた。
「とらえ方の問題よ」
 額に手をあててため息を力一杯吐いた。彼女らしいといえば彼女らしい行動だ。まじめすぎて、理解できない。私から言わせたってそんな殺人事件無視すればいいのにと思うが、彼女の脳内ではそうはいかないのだろう。
 責任感があるというか、ありすぎるというか。
「それで顔色が悪かったわけだね」
「それを含めて、最近は結構どたばたとしていたから疲れてたのよ。心配させてごめんなさい、けど私は大丈夫よ」
「あのね、君」
 私はそこでびしっと彼女の顔を指さした。
「心配させて申し訳ないと思ってるなら、今すぐキャンセルの電話を入れてくれ」
 彼女のその行動力はすばらしいと思うし、見習わないといけないかもしれない。けどそれは反面、彼女が危険だという問題を無視している。
「君が『クロスの会』のメンバーが殺されたことを危惧して、生徒を守ろうとしている。君の中で『クロスの会』は危険なんだろ? ならどうして、それに一人で乗り込んでいくのさ」
 少し、怒っていたのかもしれない。だから最後の方になると声を大きくしてしまっていた。春川はそんな私の言葉に、なんと言っていいかわからないという表情を浮かべて、それでも口を開いた。
「私の言い出したことだもの。ほかの人間を巻き込むわけにはいかないでしょう」
「そうだよ。はっきり言ってあげよう、君は言い出さなくてよかったんだ」
「……無視しろというの?」
 春川が怒ったようだ。声や表情には出さないが、雰囲気で分かる。
「そうだよ。うちの大学内で信者がいたり、布教活動をしたりする宗教団体の信者が殺された。それだけだ。大学に危害が加えられる可能性なんて少ない。はっきり言って、君が何をそんなに危惧しているか、私は分からないんだよ」
「もめてるのよ」
「は?」
「『クロスの会』は今、内部で二つに分かれているの。意見の違いらしいわ、詳しくは知らない。けど殺された男が、その抗争に熱心に参加していたのよ」
「それで殺されたとしても、大学には」
「レイ、あなたは甘いわ。今、そんな危うい組織を大学に入れて、生徒の間で諍いが起きたらどうするのよ?」
 突拍子もない発想だと言えば、彼女は否定するだろう。彼女が説いているのは可能性の話だ。可能性に突拍子も何もない。可能性は、あるかないかだけだ。
 彼女は可能性があるので、それを排除したいと言っているのだ。私から言わせれば、いや私じゃなくてもこう思う、心配性すぎると。
 それでも今彼女の瞳に見えるのは、まっすぐと私を見つめ、意見を曲げるつもりはないと伝えてくる、強い意志だった。
 また、ため息を吐く。多分、言葉をどれだけ費やそうと彼女を止めることはできない。言葉は所詮言葉。今彼女の目に宿っている想いにはきっと勝てない。
「いいよ。分かった、君のその熱心さには負けたよ。けどね。一人では行かせない。私も同行するからね」
「危ないとあなたが言っておいて?」
「そうさ。私のこのナイスバディになにかあったら君が責任をとるんだよ。やさしく看病して、同じベットで寝て、熱いキスをするんだ、ディープね。それで許しあげよう」
 少し投げやりになっているのは自覚できた。けどどうしたって彼女が我を通すというのなら、私だってそれに右に倣えをするわけだ。これでお互い文句無しだろ。
「けどちょっと心外だよ。あのね君、私に一声くれてもいいじゃないか。なにも一人で抱え込むことじゃない」
「あなたは疲れてると思ったのよ」
 そりゃ、確かに疲れはまだある。三週間フルに働いてきたのだから当然だ。けどそれを耐えれないほど老いてない。十代はもう終えてしまったが、まだぴちぴちの二十歳だ。
「疲れていたって、君のためならなんとかする。これはおふざけで言ってるんじゃないよ、真剣だ。私は友人として、君を大切にしてる」
 私の身を考えて遠慮したのなら、それはそれでやっぱり嫌だ。私は彼女という友人とはまだ二年のつきあいだが、それでもとてもいい関係を築けていると思っているから。
「私だってそうよ。けど、いいの?」
「何がだい?」
 彼女が上目遣いで尋ねてくる。
「もしかしたら変なことに巻き込んじゃうかもしれないわよ」
 なんだそんなことかと拍子抜けだった。大丈夫さと答えて、私はテーブルの上にあった、『クロスの会』のチラシを人差し指でこつこつと二度叩いて、自嘲気味に笑って見せた。
「厄介ごとと、怪しげな組織に関わるのは慣れてるよ」


「立派な建物だ。一見するとどこかの企業かと思うね」
 春川とともに着いた『クロスの会』の本部の建物を見上げながら、私は素直にそんな感想を漏らした。ガラス張りの高いビル。そしてその周りにはいくつか小さな、小さなといっても一軒家くらいの大きさの建物があった。
「私も来たのは初めてだけど、すごいものね」
 さすがの春川も驚嘆していた。ここまで大きなものだとは思っていなかったらしい。
「君、『クロスの会』についてはどのくらい知ってるのかな」
「おおざっぱなことばかりよ。今の信者は五千人弱、ほとんどこの周辺の人間よ」
「ここが本部ってことは、支部もあるのかな」
「いえ、この周辺に根付いた宗教だから、そういうのはないみたいよ」
 つまり、ここにある建物は城だ、この周辺を統べる組織の。今にも怪しい霧でも立ちこめるじゃないかという雰囲気は持っている。ミステリ小説が好きな人間ならよだれを垂らすところだろうが、私からすればちょっと悪趣味に見える。
「変なことにならないことを祈るよ」
 本心からそう思う。さすがにここまで巨大な組織と何か問題を起こすのは、得策じゃないどころの騒ぎではない。向こうからすれば私たちなど小さな存在だろう。
「心配いらないわ。話し合いだけよ、今日は」
「それは向こう次第だけどね」
 本部であるガラス張りの建物の中へ入る。回転ドアを通って、正面玄関に入るとそこには広大な空間があった。きれいなタイルの床に、日差しがよく差し込んでくる窓、そしてところどころにある植物とベンチ。
 そしてその空間に一人の女性がいた。受付カウンターの中に、毅然として座っている。彼女へと近づいていくと、丁寧に頭を下げられた。
「ようこそ、『クロスの会』へ。入信希望でしょうか」
「いえ、そうではないんです。立浪さんと約束をしていた者なんですけど」
「立浪様と」
 ふつう、訪問者は人の名前に敬称をつけるが、身内はつけないだろ。それを「様」という最大級の敬称をつけるあたり、ここがやはりふつうの場所ではないということ表していた。
「確認いたしますので、お待ちください」
 彼女はカウンターの中にある電話に手にした。
「何か大物が出てきそうだよ」
 私が春川に耳打ちすると彼女は澄ました顔でうなずいた。
「望んでいたことよ」
 この物怖じしない姿勢、素晴らしいね。怖いもの知らずというやつだ。私もこういう図太い神経を持っていたかったものだよ、まったく。
 カウンターの中の女性、胸に小さな名札がついていて矢倉というのが分かった。矢倉さんは電話に向かってはいはいと応答を繰り返し、最後に分かりましたと締めくくり、電話を置いた。
「立浪様がこちらにいらっしゃるそうです。しばらくお待ちくださいませ」
 よかったらあちら方でと、ベンチの方を指さした。春川がいいですと断ろうとしたのを遮り、私は「ありがとうございます」と礼を言ってベンチの方へ向かった。
「何、足がふらついてるの?」
「さすがにそこまで弱っちゃいないさ」
 私はベンチに腰掛けて、春川を隣に座らせた。
「いいかい、君。心得ていてほしいけど私たちはまだ二十歳の女だ。何かあったら何もできない。今日は本当に話し合いだけだ。決別したら、素直に退くんだよ」
「何よ急に。分かってるわ」
 なんで私がこんな釘をさしたかというと、妙にこの建物に漂う空気に嫌な感じがしたからだ。静かすぎる。この空間に女性一人しかいないのも異様だし、その彼女がそれをいやがっていないのも少し怖い。
 彼女が「様」という言葉を使ったとき、この人たちはお金でつながってるんじゃないと理解した。そしてそれが怖かった。何か見えないものでつながっていて、それで主従関係が成り立っているんだとすれば、何をされてもおかしくない。お金なんかよりずっと束縛する力が強い。
 ましてや、ここは言うならば敵陣だ。気をゆるめちゃいけないだろう。
 無駄に広い空間に、静かで落ち着いた靴音が響いた。私たちよりも先に矢倉さんが立ち上がり、そちらの方へ体を向けて深いおじぎをした。
 エレベーターから一人の男性が降りてきて、こちらへ向かってきていた。私たちも立ち上がって頭を下げる。若くはない、もう四十代手前だろうという男性だ。前髪に少し白髪が混じっている。
「わざわざこちらまで来ていただいてすいません」
 それが向こうの第一声だった。
「いえ、会いたいと言ったのは私ですから」
 春川が屈託のない笑みを浮かべる。彼女のあたりさわりのない返事に、彼はそうですかと言った後、私の方へ目を向けた。
「今日はおひとりだと伺っていましたが」
 春川が何か言う前に私が口を開いた。
「初めまして、蓮見レイです。今日は『クロスの会』の見学と春川の付き添いなんですけど、ダメだったでしょうか」
 隣で春川が目を見開いて驚いていた。私が丁寧口調で話すのがそんなに驚きかな。私としていつものハートフルな口調の方が可愛らしくて好きなんだけど。
「いえ、それなら構いません。どうぞこちらに」
 彼は私たちを連れてエレベーターに乗り、十五階のボタンを押した。ボタンをみる限り、この建物は二十階まであるらしい。どうりで大きなわけだ。
「ずいぶんと大きな建物ですね」
「ええ、莫大な費用がかかりましたが信者が増えていたので仕方なかったんですよ」
「信者が多いと部屋数も必要に?」
「はい。『交流』はできるかぎり一人でやりたいでしょうし」
 いきなり『交流』という単語が出てきた。この宗教で行われてる儀式か何かだろう。
「そういえばお名前を伺ってません」
 『交流』について聞きたかったのに春川が口を挟んできた。
「ああ。申し遅れました、立浪、立浪ェ司と申します。この『クロスの会』の代表代行です」
「代表代行ということは、かなり上位の人ですね」
 いえいえと彼は苦笑いで首を横に振った。
「ここは基本的に上下関係はありません。ただ代表、つまり教祖が選んだ六人が代行を勤めています。その一人だということです。信者たちからは頼られますが、教祖があまり外へ出たがらないのでその代わりをやっているだけですよ」
「つまり、代表代行が六人もおられるんですか?」
「はい。おかしな話でしょう?」
 おかしな話だというのなら、代行が六人もいるということより、代表である教祖が外に出たがらないということだ。教祖なのにそんなのでいいのだろうか。いや、これだけ大きくなるとそっちのほうが神秘的なのかもしれない。
 しかし、六人組の組織か……。なんとなく、不吉な数字だと思ってしまう。
 話しているうちにエレベーターが止まった。降りてから案内されたのは「相談室」と呼ばれている部屋で、彼が扉を開けてくれたのでそのまま入る。
「ここは私とほかの代行、そして教祖が話しあったりする場所です。ただ私が信者の悩みなどを聞くので相談室と呼ばれることが多いですね」
「悩みの相談までやるんですか」
「邪心や迷いがあっては『交流』がうまくいきません」
 また出た。春川は不思議そうな顔をしてない。おそらく彼女はここに乗り込むにあたって、この宗教のことはおおまかに調べているんだろう。予習復習しっかりするまじめタイプの人間だから。
 相談室は何かのファイルが並べられた本棚が壁を覆っていて、部屋の真ん中にソファーがテーブルを挟んで設置されている。
 私と春川が並んで座り、立浪さんが向かいあうように座った。
「お話ししたいことは、先日文書でそちらに送っていますよね」
 春川が口火をきって、立浪さんが神妙な顔でうなずく。
「大学内での布教活動をやめろというものですね」
「はい。大学自治会として、失礼は承知でいいますが、ここの宗教は学生に悪影響を与えかねないという決定を下しました。教えの問題ではありません。事件が解決していなからです。最低限、事件が解決するという期限を設けたいと思っています」
「そちらの大学には信者がいると思いますが」
「はい。確認しているだけで十人を越えています。もちろん、そういった生徒に何かすることはありません。ただ大学内、その周辺での布教活動をやめてください。先に言っておきますが、譲歩してこの要求をしています」
 彼女としてはもっと制限したいということだろう。ただ宗教側には宗教側の言い分はある。だからそこは理解している。その上でこの条件。
「悪影響とは、やはり事件のことが気になりますか」
「はい。無視できません。まだ解決していませんから」
 春川がとても二十歳の女とは思えないしっかりとした態度で挑んでいる。さすがだなと思うと同時に、私は立浪さんの出方に注視していた。彼女の言い分はむちゃくちゃだが、彼がそれをどう片づけるのか興味があった。
「あの事件には私どもの協会は関与していないというのが公に出しているコメントです」
「しかし、殺されたのはここの信者ですよね」
「ええ、ここの信者です。そして私の友人です」
 隣の彼女がえっと声を漏らして口元を右手で隠した。不意の告白に驚いたのは彼女だけでなく、私もだ。ただ本人はきわめて落ち着いた物腰で座っている。
「いい男でしたよ。この協会の発展にも尽力していた。そういった経緯もあって、警察も当初は我々に目を向けていましたが、今は関係ないと見限っているみたいです。私とも個人的に親交があり、二人で飲んだことだってある。断言できますよ、殺されるようなことをする男じゃない。だから、内部分裂の問題であろうと、協会の人間があの男を手に掛けるわけがないと。ですから、あの事件はこことは無関係です」
「そ、それはあなたの感想でしょう」
 なんとか冷静を取り戻した春川の反論。彼女の言うとおり、それは感想だ。しかも事件当事者の希望的な。けど、彼女も分かっているだろうが、それを否定はできない。
 相手が完全に肯定できないだけだ。
「しかし、警察はもう協会を疑っていませんよ。だから建物も静かなものでしょう。事件直後は周りにも中にも警察の方がたくさんいらして大変でした」
 警察から言わせれば被害者がここと深い関わりがあったなら、無視できないだろうし、はっきりマークもするだろう。殺人事件なんて初動捜査が命なんだから、かなりの人員を出す。協会が怪しいと思えば、それに見合った人員を送り出しただろう。
 そうなるとたしかにすごい数になったはずだ。けど、立浪さんの言うとおり今は静かだ。隠れて監視しているにしても、直のセッションをしてないということは、疑いを弱めている証拠。
 うん、これは……。
「春川さん、あなたの言い分は分かりますが、協会としてあなたの言い分を認めるわけにはいきません。今日お会いしたのは、こちらとしての誠意を見せたつもりです」
 ただの否定なら文書でできるのを、わざわざ六人いる代行の一人に時間をとってもらい、話を聞くことができた。確かに誠意だろう。
 同時に、受け入れてたまるかという、決意。明確な、拒否。それらの表明。
「…………」
 春川が口を閉ざした。彼女としては色々と理論武装していたはずだ。何とか説得できるよう、完全に拒否されないよう、一部でもいいから受け入れられるよう、様々なシナリオを用意してきただろうがすべては立浪さんが早々に事件の秘密をさらしたことで主導権を奪い、封じられた。
「この協会にあの男を殺すような不届き者はいないと信じておりますし、そもそも殺人などに手を汚す異常者がここにいるとは思えません。それとも、あなたは何かそういうものがあると?」
 あるはずない。もともとはいきすぎた彼女の心配性の暴走だ。美点であり、欠点でもある、どうしようもない彼女のチャームポイントの暴発なんだ。
 春川が黙ったまま私に視線をくれた。あきらめの色が浮かんでいる瞳。どうやら約束通り、退いてくれるらしい。
 本来なら私は口を挟むつもりはなかったのだけど、少し言いたいことができた。
「今日はこれで失礼させてもらいますが、一つご忠告を」
 私はなるだけ穏やかな笑顔をたもちながら立ち上がって立浪さんを見下ろした。
「殺人は私たちからすれば異常です。ですが、場合によってはそれを異常と感じない人間もいる」
 そしてそんな人間に限ってふつうに生活して、ふつうに日々を過ごす。異常を異常と感じない本当の「異常者」は、きっと隣にいたって気づくことが難しい。
「今回の事件、そういう人間が関わっていたら、今みたいな楽観的なこと言ってると――死にます」
 いきなり訳の分からないことを言われた立浪さんは呆気にとられていたが、私は構わず頭を下げて部屋を出た。春川もその後をついてくる。
「あなたがあんなこと言うなんて珍しい」
「危うい事件が起こってるのにのんきに過ごしてると痛い目にあうって言っただけさ。体験談だよ」
 エレベーターで下まで降りると、カウンターの女性がこちらを見てきた。
「お帰りですか」
 頷くと、最初から用意していただろうパンフレットを二つ渡してきたので、断るわけにもいかず受け取った。
 建物から出ると春川が深々とため息をついた。幸せが逃げちゃうよ、君。
「散々だったわ。成果なし」
「仕方ないさ。というか、なにをそんなに心配してるんだい?」
「別に。ただ可能性があるなら無視できないのよ」
 厄介な性格をしているね。人のことは言えないか。
「私は大学に戻るけど、あなたはどうするの?」
「今日はもう帰るよ、なんだか疲れちゃったしね」
「そう。ありがようね、付き合ってくれて」
「君のためならお安いご用さ。ほっぺにキスでいいよ」
 別れの挨拶にすねを蹴って、彼女は大学へと戻っていった。お礼を言ったり攻撃してきたり、やはり彼女は忙しい。キスくらいいいじゃないか、減るもんじゃないんだから。
 さて、私は帰宅するとしよう。今日は父から珍しく早く帰ると連絡が入ったので、ひさしぶりに手料理を振る舞ってやらなければいけない。
 協会の建物から出てしばらく過ぎてから、人の気配を背後に感じた。振り返ると、中学生くらいの女の子が私の後ろにたっていた。どこかの私立の学校の子だろう、小ぎれいな制服を着ている。よく見るとランドセルをしているので小学生だ。
 体全体が細いので少し不健康に見える。多分平均より身長は高めだろう。
「私に何か用かな?」
 彼女が私を見上げてきた。鋭く細い眼をしていて、眼光が年端もいかない少女のものではなかった。
「あんた、あそこの信者になるの?」
 まだまだ幼さの残る声で、しかも結構な身長差があるのに、いきなり「あんた」呼ばわりされて驚いてしまった。彼女の方は早く答えなさいよという態度で腕を組んでいる。
「いいや、ちょっと用事があっただけだよ。というか、お姉さんと呼んでほしいね」
「誰が呼ぶか、バーカ」
 彼女は私のたった一言の回答に満足したのか、もう用はないといわんばかりに背中を向けて走り出した。背負っているランドセルが激しく揺れる。
 そして私からずいぶん離れたところで立ち止まって、また振り返った。
「あそこに関わると大変なことになるからね」
 唖然とする私を無視して彼女はまた走り始めた。その小さな背中を見つめながら、私は何か表現仕様のない胸騒ぎを覚えた。


 2


「おまえ、それで今日何本目だ」
 自宅のリビングで父が私に向かって訊いてきた。今はテーブルに二人で夕食をとっている。メニューは私特性のシーフードカレー。こいつのレシピを完成させるのに三ヶ月もかかった、私の料理人生最高傑作。
 今日は父が珍しく早く帰れると聞いていたのでこういう用意ができた。いつもは帰ってくるのが不定期すぎてできない。
 そしてそんな父が訊いてきたのは、私の手にある缶ビールについてだ。今はロング缶を片手にしている。
「一本目だよ」
「本当か」
「本当さ。愛娘の言うことを信じなきゃいけないね」
 ただし二リットルペットボトルに換算するとだ。そこまでは言ってやらないけどね。
 父は成人を迎えたとはいえ、未だに私が飲酒と喫煙を愛していることをよしとしていない。もとよりストレスの多い仕事に就いているくせに「体によくない」と若い頃から控えていたらしいから、アルコールとニコチンを恋人と評する私の考えは理解できないんだろう。
 私は中学一年のときには両方に手を出していたので、今じゃもう欠かせない存在になっている。
 ロング缶のプルタブをあけて、冷水の入った父のコップと乾杯をした。特に意味なんかない。ただ久々に家族で食事ができているということだけだ。
「お仕事、忙しいみたいだね。何度も言うようだけど、体には気をつけなきゃダメだよ。この前みたいに倒れられたら困るんだからね」
 昨年の冬、父は過労で倒れた。幸い大したこともなく、数日入院をしただけで無事帰れたが、父が倒れたという連絡がきたときは心臓が止まるかと思った。
「分かってる。だが、仕事に手を抜くわけにはいかないだろう」
 シーフードカレーを頬張りながら父が譲れない一線を主張する。父らしく、それが妙に嬉しかった。私だって父が無理をしないという返事するのを期待してたわけじゃない。そんな返事は死んでもしないということくらい、もう二十年も娘をやっているのだから分かる。
「まあね。けど程々にお願いするよ」
「俺は大丈夫だ。それよりお前こそ、大学はどうなんだ」
「優等生を捕まえて何を言ってるんだい。大丈夫に決まってるじゃないか」
 事実、大学に入ってから単位を落としたこともないし、単位数だって問題ない。授業に出ている回数は平均よりずっと下だが、出席点が重要視される授業では友人たちに身代わりを頼んでいるし、そもそももう卒業していった先輩たちから「とりやすい単位」を教えてもらっているから。
 今日のカレーは上出来だ。今まで作ったものの中でもトップクラスだろう。事前にちゃんと準備しただけある。父もがつがつと食べているので、きっとおいしいんだろう。疲れているのだから、家ではゆっくりおしいものを食べないといけない。
「そういえば父上、今日『クロスの会』に行ってきたよ」
 父がスプーンを止めた。そしてゆっくりと顔を上げて、私の目を見つめ、最後にため息を吐いた。
「どうしてお前はそうやって危ないものばかりに近づく」
「あのね、今回は細かく言うと私のせいじゃないよ」
 そういうわけで私は今日の出来事を事細かに父に説明していった。どうして父にこんな話をするかといえば、父なら事件について何か知ってるだろうと思ったからだ。
 父は勤続四十年近くになるベテラン刑事だ。警察内でも厚い信頼を得ている。きっと最近忙しいのも『クロスの会』絡みだろう。
 私の話を聞き終えた父は渋い顔をしていた。
「その春川って子はもっと危機感を持つべきだな」
「そこは同意だね。危なっかしいったらない」
「お前が言うな」
 あらら、言われてしまったか。
「それでちょっと具体的に『クロスの会』について教えてほしいんだけどね」
 父上は渋い顔でさらに眉間にしわを寄せて悩み始めた。こういう態度から見るにやはり最近の父の多忙は『クロスの会』の事件だったみたいだ。
「安心してよ、今回は事件に介入する気はないからさ」
 今回はと安心を促したのは、私は過去に大きな事件に巻き込まれたことがあるからだ。しかも二回。去年の夏と冬。命があるだけ感謝しなきゃいけない状況にもなった。
「……どの位のことを知ってるんだ」
「事件については新聞報道だけ。『クロスの会』についてはパンフレットを読んだだけだ。初めて知ったんだけど、あそこは神様を信じてるわけじゃないんだね」
「ああ、あそこが拝み奉っているのは――死者だ」
 そのとき、急に家の電話がけたたましく鳴った。どきっとしてしまったが、席を立とうとしている父を止めて、私が電話にでることにした。はいもしもしと応答すると、聞き慣れない男の声がした。
 どなたですかと問う前に向こうが切り出した。警察の者ですと。
「蓮見レイさんですか」
 てっきり父に用事があるんだと思ったが、どうやら私に用件があるらしい。しかし、父と兄以外の警察に世話になるようなことはしていないはずだ。
「はい、そうですけど」
 冷静になってくださいねと前置きをしてから、電話の向こうで警察の男が努めて落ち着いた声であることを報告してきた。それを聞いた瞬間、頭の中が真っ白になって放心状態になったが、すぐに意識を取り戻し聞きなおした。
「春川が……刺された?」


 私はすでに飲酒をしてしまっていたので、父の運転する車で病院までかけつけた。走ってはいけないと分かりつつ、その動揺を隠しきれずに入り口から走ってしまった。
 ただ、私の足はすぐ止まることになった。夜の病院の静かで薄暗く広い待合室に春川が一人で座っていた。そして足音で私に気づくと、うっすらと笑みを浮かべた。
「焦りすぎよ、レイ」
 彼女の細い腕の肘から肩くらいまで白い包帯が巻き付けられていた。そして彼女はそこをさすり、大げさなのよとつぶやいた。
「君が刺されたって聞いたんだけど……」
「刺されたんじゃないわ。刺されそうになっただけ。正確には切りつけられたのよ」
 それにしたって大変な事だ、全く大げさではない。
 それでも刺されたと聞いていたものだから、もっと悪い状況を想像してしまったけど、彼女は今ふつうに話せている。それだけで安心できた。
「ごめんなさいね、夜遅くに。今日の行動を警察に説明したら、あなたにも話を聞きたいって言われて連絡先教えちゃった」
「それくらい構うものか」
 後ろから話し声が聞こえるので振り向くと、制服姿の若い警官と父が何か話していた。多分、父が身分を明かして細かく話を聞いているんだろう。
 私は彼女の前に立ち、しゃがみこんで包帯を触った。
「痛むかい」
「もう大丈夫よ。通報だって自分でしたんだから」
 顔色は良くはないが、彼女が残痛で苦しんでる様子もない。
「一体、何があったんだい」
「私にもよく分からないわ。暗くて犯人もよく見えなかったのよ。ただ刺されそうになったのをなんとかよけたんだけど、そのときに切られちゃったのよ。そこで叫び声をあげたら急いで逃げて行ったわ」
「君を狙ったのかい」
「そこまでは分からないけど、人の気配はずっとあったのよ。それが嫌で人気のない道に入ったんだけど、それが間違いだったみたい」
 彼女をつけて、隙を狙って襲撃したんのなら明らかにターゲットは彼女だったはずだ。つまり、犯人は明確に彼女に悪意を持った人間だ。なるほど、警察が私を呼んだ理由が分かった。
 事件当日に彼女と行動をともにしていたなら、十分に怪しい。
「レイ」
 呼ばれたので振り向くと、父と警官が並んで立っていた。
「話が聞きたいそうだ。大丈夫か」
「ああ、存外元気そうだ。もう落ち着いたよ」
 そこから私は若い警官に業務的な事情聴取を受けた。父が身分を明かしたせいか、少し向こうの方が緊張していた。私がされた質問は、春川が語ったことの裏付け。
 彼女とは大学の近くで合流し、そこからお茶をしてから『クロスの会』に行き、そしてそこで別れた。それをことこまかに説明すると、どうやら春川の証言と一致したようで問題なく処理された。
「ところで、その帰り道に怪しい人物などはいませんでしたか」
 そう言われて記憶を呼び起こすと、帰り道に一人の少女と出会ったことを思い出した。怪しげな警告をしてきた彼女。そういえば、あの警告通りになった。
 それを話そうかと思ったが、どうしてか、私は自然と首を左右に振っていた。自分でもどうしてかわからない。あんな小さな子が関係しているはずがないと、身勝手に解釈したのか、それとも本能的に言わない方がいいと咄嗟に判断したのか、自分でもわからなかった。
 ただ全く何の根拠もないけれど、これが間違っているとは思わなかった。
「あとそれと申し訳ないですが……」
 警官が父に目をやりつつ、言葉をつまらせた。アリバイを聞きたいのだけど、父の目の前で娘をあからさまに疑うのに気が引けているんだろう。
 ただ父ははっきりと「アリバイが聞きたいんだ」と言った。父らして、笑いたくなる。
「事件の起きた時刻は八時半頃だそうだ」
「なら私は料理の準備をしていたんじゃないかな。父上も家にいたけど」
「まあ、身内だからな」
「だね。そんな証言意味ないか」
 私と父が親子で納得していたら、レイじゃないわよと春川が否定した。
「私より身長高かったから。レイ、私と同じくらいでしょう」
 被害者張本人が否定したので、警官はそうですかと納得していた。
「君をおそった奴というのはどういう人物だったんだい」
「さっきも言ったけどはっきりと見てないの。つけられてるって思ったとき、とにかくそれが勘違いかどうか確認したくて、人気のない道へはいたのよ、そこまでついてくれば間違いないと思えるかなって考えたのよ。それで道に入った瞬間に足音が早くなって、驚いて振り向いたら帽子を深くかぶった誰かがナイフを持って突進してきたの。そこはなんとかよけて、けど切りつけられた。相手がまた振り向いて襲ってきそうになったから、叫んんだの。そしたら一目散に逃げていったわ。そんなぎりぎりの状況だったから見てないのよ」
「素直に人通りの多いところを通っておけばよかったんだ」
「いくらなんでも、刺されるなんて想定してないわよ」
 そこから私と春川の口論が始まった。彼女が無事だったことに安心して、その反動がきたのか私はあからさまに彼女の不用心を注意した。しかし彼女は彼女で痴漢対策にスプレーを用意していたので、全くの不注意じゃないと主張した。
「君は他人に対しては無駄なくらい心配性のくせして、自分を大切にしてないよ。一歩間違えたら死んでたんだよ」
「私の性格をどうこう言われたくないわ。不注意だったと言われるのは仕方ないけど、まさか殺されるなんて思えるはずないでしょう」
「危ない夜道に入るなんて自殺行為なんだよ。考えたら分かる」
「正論だけどとっさの行動でここまで言われる謂われはないわ」
「いいやあるね。夜道は気をつけろ、人が少ないところには行くな。今時小学生だって理解してることだよ。君は何歳だい」
「理解してたって行動できるかどうかは分からないわね。常識という机上の空論だわ。どこかの機関にどのくらいの人間が咄嗟の時にその常識通り行動できるかどうか調べてもらったらどう?」
「ああ言えばこう言うね」
「あなたにだけは言われたくないわ、絶対に
「私がどれだけ心配したか理解してくれないのかい」
「それは悪いと思ってるわよ。けどそれとこれは話が別」
「別なものか」
「別よ」
 そんなやりとりがしばらく続いたが、最終的には父の「二人とも落ち着きなさい」という鶴の一声で舌戦は終わった。私も彼女もたぶん緊張のせいでイライラしていたんだろう。けど素直に謝るのは嫌だったから、お互いに謝らずに気まずい空気が流れた。
「春川さん、申し訳ないがもう少ししたらまた警察がくる。お役所仕事で申し訳ないが、もう一度話を聞くことになると思うが我慢してくれ」
 父がそうお願いすると彼女ははいとおしとやかに答えた。
「父上、あとからくる警察っていうのは『クロスの会』の事件の担当者かい」
 私たちからすれば大事でも警察からすれば女子大生が襲われただけだ。殺されたわけでも、性的暴行を受けたわけでもない。そんな事件にわざわざ応援がくるということは、やはり彼女が今日『クロスの会』に関わっていたからだろう。
「妙な勘を働かすな。タクシーを呼ぶから、お前はもう帰るんだ」
「ひどいね。私も友人に付き添いたいんだけど」
「お前の証言はもうとってあるから大丈夫だ」
 どうやら父としては私にこれ以上関わって欲しくないらしい。どうせここで言い合いをしたって父が折れるはずもないから、おとなしくここで引き下がることにしよう。
 私は最後に春川に声をかけた。
「明日は休むんだよ、優等生。無理は禁物だ。何かあったらいつでも連絡してくれ。いいかい」
「やっぱり、心配性はあなたの方よ。けど、分かったわ。言う通りにする」
 彼女が素直に了承してくれたので、私は満足した。おやすみと手を振って帰ろうとしたのに、今度は彼女が私を引き留めた。
「レイ、あなた変なことしたらダメよ」
「変なことというのは分からないね。私はいつも常識的さ」
「嘘。あなた、明日にでも『クロスの会』に行く気でしょう」
 彼女の指摘は見事すぎた。私は今まさに、明日はそうすると脳内で決定していたところだ。
「おいレイ、それはダメだぞ」
 春川の指摘に黙ってしまった私に父が追撃をする。しかしながら、この二人の言葉を聞く気は、少しもみじんもこれっぽっちも、なかった。
「いくらお二方の命令でもそれは聞けないね。分かりづらいかもしれないけど――」
 私はそこで言葉を区切って、二人にこれ以上ないという笑顔を向け次のせりふを強調させた。
「私は今、ぶちぎれてるんだ」

 3

 昨日の建物に乗り込むと、まず一つ異変に気がついた。昨日はいなかった警備員が出入り口に立っている。ただ怪しげな行動をしたわけではないので、私が入っても一瞥くれるだけで何にもしなかった。
 カウンターには昨日と同じく矢倉さんがいる。私と目が合うと、昨日と同じように頭を下げてきた。
「立浪さんに会わせてもらえるかい。アポは取ってないけど、緊急なんだ。呼び出して欲しい」
 矢倉さんは一度こくりと頷くと、電話をとっておそらくは立浪さんにかけた。そして「いらっしゃいました」と一言。短い会話がすぐに終わり、彼女は電話を置いた。
「昨日と同じ部屋で立浪様がお待ちです」
「気になるんだけど、いらっしゃったとはどういうことかな」
「あなたが来るかもしれないという連絡が入ってました」
 それ以上言う必要はないということか、彼女はそれで黙った。本当に機械的だ。私は礼も言わずエレベーターに乗って昨日と同じ部屋「相談室」に向かった。
 ノックをして中から「どうぞ」という返事がきた。扉を開くと、ソファーの前に立った立浪さんがいた。
「いらっしゃると思ってましたよ」
「ということは、春川の事件のことは聞いてるんだね」
「ええ、今朝警察の方が事情聴取にきました」
「なら単刀直入に伺うけど、あなたがたは自分が無関係だと思っているのかい?」
 攻めるように質問すると、立浪さんは少し黙ってから「はい」と答えた。
「警察にもこちらは無関係だと主張しました」
「ふざけてるね。なら昨日たまたまこの怪しげな協会に足を踏み入れた二十歳の女が、たまたまその夜に襲撃されたと? 言っておいてあげるけどね、彼女は刺されるほど恨まれるようなことはしない!」
 声が大きくなってしまったが、譲れない主張だったから仕方ない。
「いいかい、彼女は明らかに悪意を持った人間に襲われたんだ。それがこの協会と無関係だとは、私は絶対に思わない」
 彼女が襲われた事件と、彼女と私がここに昨日訪れたことは、無関係だとは思わない。なにかしら、ここに原因がある。
「言い分は理解させていただきますが、こちらとしても困っています」
「困ってる?」
「あなたがたが昨日ここに訪れたのは、私と矢倉さん、そして教祖くらいしか知りません。しかしこの三人には全員アリバイがあり、それは警察も確認していきました」
 確かに、こんな大きな建物なのに私たちが会ったのは二人だ。教祖という言葉がでてきたが、業務連絡としてだろう。
「けど失礼な言い方になるけど、あなたが信者に命令することはできるんじゃないかい?」
 私は宗教というものをあまり深くはしらない。ただ九十年代初期には教祖の馬鹿げた発想から、日本史に残るような大事件を起こした宗教団体があったという記憶があるため、信者は盲目的だというイメージがある。
 そしてあの受付の彼女、矢倉さんがこの立浪さんを様をつけて呼んでいたので、この宗教もそうではないかという疑いがあった。
「警察の方々もそれを疑っています。ですが、この前の事件ならともかく、昨日は違います。春川さんはただただ大学での活動を控えろという要求をしてきました。しかし、ご存じの通り私たちはそれを拒否し、彼女も身を退きました。私たちが信者を使って彼女を襲うメリットなど、ないのです」
 もっともな言い分だった。というのも、私も昨日からそれを考えていた。協会にメリットがない。春川は身を退いていた。その彼女を襲撃したところで、なにもならない。もし協会に牙をむいたということで攻撃されたのなら、彼女が書類を協会に送ったときに狙われているはずだ。
「……それでも、私はあなた方を疑う。あなたじゃなくても、可能性はあるからね。自分たちが疑わしいことまで、否定はしないだろ?」
「ええ。ですからこそ、あなたをお待ちしていたんですよ、蓮見レイさん」
 彼は私に座るように促した後、自分も座った。
「失礼ながら、昨日あなた方が帰った後、二人については調べさせていただきました」
 やっぱり、そういうことができる組織力はあるわけだ。口には出さないが、私の中で疑いが濃くなった。
「蓮見さん、私どもも今回の件で対策を講じることを決めました」
「前回からそういう動きはあったのかい」
「前回より、ずっと前からです」
 彼はそういうと一度立ち上がり、デスクへ向かった。そこの引き出しをあけて、何枚かの封筒を取り出した。そして再びソファーに腰掛け、それを差し出してきた。
「去年の暮れから私に届いた脅迫状です。ほかの代行のところへも似たようなものが届いています」
 封筒を手に取り中から紙を取り出すと、ドラマで見るような新聞の切り抜きから作った文章が現れた。文面は「すぐに代行をやめろ」というもの。
「最初はいたずらだと思っていましたが、あの事件です。それでも彼の元には脅迫はいっていなかったので、警察にはこの事実を話していません」
「それはまずいね。どんな些細なことでも何かの手がかりになり得るんだ。……いや、私のことを調べたというなら、もう隠す気もないのかな」
 この協会がどういった手法で、どのくらい私について調べたかは聞きたくもないが、家族構成くらい把握してるはずだ。父が刑事であることはちゃんと知っているだろう。
「ええ、あとで警察に話してください。さきほど話しても良かったのですが、そうするときっと持っていかれてあなたに見せられないと思いまして」
「私に?」
「蓮見さん、あなたは今まで何度か、いろいろなトラブルを解決していますね」
 そこまで調べてるのか。確かに高校時代から周りから厄介ごとを持ち込まれることが増えて、それを解決していった。けど高校の頃は校内限定の活動だったし、大学生になった今でもそのスタンスは変わっていない。
「まさか、たかが二十歳の女に事件について調べろとでも言うつもりかい」
「そのまさかです。さきほども言いましたが、あなたについては調べました。去年母校で起こった事件を解決されていますね」
 つい舌打ちをしてしまった。彼が言っているのは、去年私の母校の高校で起こった悲劇のことだ。別に忘れていたわけではないが、思い返して気持ちいいものでじゃない。
「それだけじゃありませんね。この前の冬も――」
「その話はやめてくれ」
 私が素早く遮ったので彼もそれ以上は言葉を続けなかった。私としては、もうなかったことにしたい出来事だ。それに昨日会ったばかりの人間にあの件について何か言って欲しくはない。
「失礼しました。しかし、あなたには実績がある。ですからこれは『クロスの会』としての依頼です。殺人事件を解決しろとはいいません。この脅迫状の送り主は誰なのか、なにが目的なのか、それだけでもつきとめていただけませんか」
「私にメリットがないんだけど」
「春川さんの事件を調べるのにいろいろと、我々との連携が必要かと思います。あなたがきたらどんな質問にも答えるよう、全ての協会関係者には連絡しておきましょう。教祖の名前を出せば従うはずで、すでに教祖の許可はとっています。……悪い話ではないと思いますが」
 協会としてはあくまで春川の事件は無関係だと主張している。そして容疑者たちにはアリバイがある。不利なのはこっちだ。しかし、事件をうやむやにする気はない。そんなことはさせない。
 解決するための調査にここの協力は必要不可欠。
「ここの出入りも自由にさせていただきます」
 まるでVIP待遇してやると言われている気分だ。普通の店なら嬉しいんだろうね。
「……これを拒否したら、どうなるのかな」
「さあ、そこはわかりません」
 誤魔化してくれるね、絶対に非協力的になるに決まってる。これはいわば契約だ。春川の事件を調べたいなら、こっちの言うことを聞いてもらうという、非常に身勝手な代償を要求されている。そして腹立たしいことに拒否すれば、私の負けだ。
「どうして警察に素直に頼らなかったのか、知りたいんだけど」
「警察を悪く言うつもりはございませんが、協会に権力が入ることを私はよしとしません。それは教祖の意向でもあります」
 協会としては警察につきまとわれるより、無害な大学生に動き回ってもらっていた方が目障りではないんだろうか。それとも、イメージとしてそっちの方がいいのか。
 どっちしても、私には選択肢はないのだけど。
「脅迫状の送り主と目的。それを調べればいいんだね」
「はい。もちろん、そこから派生していろいろなことを調べてもらって構いません。あなたについては話を通しておきます。代行のほかのメンバーにも、すでに脅迫状のコピーをとってもらっています。警察に本物を預けても、あなたに見せられるはずです」
 最初から私がこの依頼を引き受けると分かっていたんじゃないか。もとより、拒否させるつもりなどなかったということか。
「依頼を受けるよ。けど、私の一番の目的は春川を襲った犯人を突き止めることだ。それが最優先だから」
「それは構いません。私たちも、無関係だと証明したい」
 契約が結ばれたということで、立浪さんが立ち上がり握手を求めてきた。私はそれに座ったまま応じる。心を許したわけではないという、自己アピールだ。
「ところで、脅迫状の犯人が分かった場合、私はまず警察に言うからね」
 もしも素直に報告したら、この組織がなにをするのか分かったものじゃない。
「ええ、構いません」
「あと、あなたの連絡先がほしい。あとほかの代行にも会いに行きたいから、できれば住所か電話番号を」
「用意しましょう」
 立浪さんがデスクの上のパソコンを開き、何か作業をし始めたので、その隙を狙って携帯をチェックすると着信が一件入っていた。誰からかというと春川からだ。
 少し失礼するよと断ってから部屋を出て、廊下の壁に背を預けながら彼女に電話をかけた。
「ハロー。ハニー。ラブコールに答えられなくてすまなかったね。お詫びになにをしたらいいかな。抱擁?」
 電話にでた彼女に間髪入れずそんなことをまくし立てた。返事はため息だったけど。
『ふざけて誤魔化してもだめよ。あなた、やっぱり「クロスの会」に行ったでしょ。お父様や、大学の方に確認はとれてるんだからね』
 いつの間に父とそんな仲良しになったのか、そして父も連絡先を教えたのか……。なんだか友人と親が親密になっているというのは、変な感じだ。
 大学の方には一応午前の授業はでたが、午後は友人に託してきた。彼女の人脈ならそれを確認するのはわけないか。
「ふふん、その通りだけど、手荒なことはしてないよ。暴れてないし、浮気もしてない。安心していいよ」
『やっぱり誤魔化そうとしてるでしょ。一体どうなったのか、説明して』
 少しは私のジョークにつき合ってくれる優しさを持ってくれてもいいと思うね。けど、どうやら彼女は真剣らしいから、嘘偽りなく立浪さんとのやりとりを説明した。
 これからは脅迫状の調査をすることになったと明かすと、彼女の「もうっ」というあきれた声が電話口でして、色っぽかった。
『どうしてそんな危険な契約するのよ。危ないじゃない』
「君には言われたくないけど、どうしてかっていうのは、なにも言わずに分かって欲しいね」
 電話の向こうで彼女がどもってしまう。私がこんなことをする理由は分かってるはずだ、彼女の、友達の為だということは。 
「……結局、あなたはこういうことが向いてるのかしら」
 こういうことというのは、変な事件に首を突っ込み、調べていくということだろうか。向いてないと思う。私はたぶん、巡り合わせが悪いんだ。
『私もできる限りのことするから。あなたが言ったことだけど、私たちは二十歳の女なの。大してなにもできないことを、忘れないで』
「ああ、分かってるよ」
 彼女が「手伝うからね」と念をおして通話を終えた。携帯をしまってから、ぼんやりと思いを巡らす。
 私には事件を調べる才能なんてない。母校で起こった事件だって、たまたま解決できただけだ。彼女の言うとおり、私たちは二十歳の女で、ふつうはこんなことをするべきじゃない。
 だけど、私はこういうことに平気で関わる。
 だから、私は単純に、女という性別が向かないだけだ。
「……イヤになるね」
ニコチンが欲しいなと思って胸ポケットに手を入れるのと、壁に張り出されていた「禁煙」というポスターを見つけたのが同じタイミングだったことが、私の不幸を象徴している様に思えた。

第二章【火刑法廷 ―The Burning Court― 】


 昼間なのに薄暗くて、人の気配を感じない、どう考えても通るを避けたい道だ。確かに両側に家はあって、挟まれる形になっているが、たぶん空き家だろう。
「よくこんな道を通ろうと思ったね」
 後ろをくるりと振り向いて、デジカメを手にしている春川に言った。今日は二人で彼女が襲われた道の現場検証をしている。警察の方はもう完全に彼女の事件と『クロスの会』は無関係だと決定したらしい。だったら私たちが独自で勝手に調べることにした。まあ、元々そうするつもりだったけど。
「ここなら本当につけられているか確信が持てると思ったのよ」
 確かに広くこの道だ。夜中、自分の後ろにもう一人いたら、すぐに気づけるだろう。
「それに、街灯がきれてるなんて予想外だったのよ」
 彼女はそう言うと頭上の電信柱についた街灯を指さした。今は昼なのでもちろん光ってないが、夜中はこれが光ってこの危ない道を照らす。しかし、彼女が襲われた日はきれていたという。今はもう事件を受けて大丈夫だそうだ。
「暗くて驚いてるうちに、やられちゃったわ」
「やられちゃったわ程度ですんで何よりだよ、本当にさ」
 下手すると「殺られちゃった」になっていたんだから。洒落にならない。
「犯人の顔は見てないんだよね」
「ええ、突然のことでナイフをかわすので精一杯だったし、混乱してたから。とにかく誰かを呼ぶことだけ考えてたのよ」
「なるほどね。ところでつけられてるなって、感じたのはいつ頃?」
「みんなと別れてからしばらくしてから。具体的にはここから百メートルくらい離れたところね」
 彼女の当日の行動はだいたい聞いている。私と別れた後、大学に戻りふつうに授業を受けた。サークルの新入生歓迎のチラシ配りに顔を出した後、数日前から約束していた通り大学自治会のメンバーと食事に出かけた。一次会で食事をした後、カラオケに行こうという流れになったらしいが春川は明日は一限目から授業があるからという、いかにも彼女らしい理由で断って一人で帰路についた。
 そしてその道中、襲われたという。
 この事実がまた事件をややこしくしている。食事の主催者は春川で「『クロスの会』の関係で春休みに何度か大学に呼び出したから」という自治会メンバーへのお詫びのしるしで開催されたものだ。そして春川をのぞくメンバーは二次会に参加している。
 つまり、ここでも彼女と『クロスの会』を結びつける人物たちのアリバイがとれてしまったわけだ。ほとんど疑われる要素など皆無に近いが、一応彼女が『クロスの会』に不信感を持っていたということを知る人物たちだ、捜査上無視できない。けどアリバイがとれた。
『クロスの会』で彼女のことを認知していた人物たちからもアリバイがとれている。つまり、彼女は全くの第三者に襲われたと推測できる。さて、それは誰か。
 第三者を作りだすには協会が怪しいが、立浪さんの言うとおりメリットがない。メリットがないというなら自治会もそうだ。そもそも彼らに依頼する力があるとは思えない。
 早速八方ふさがり、誰が何のためにしたのか、さっぱりだ。
「レイ、あなたはやっぱり私の事件が『クロスの会』の事件と関係あると思ってるの」
 一応現場を写真に収めたいという私の意向で、この場の写真を撮ってくれていた春川がデジカメを私に渡してからそう尋ねてきた。
「君は被害者としてどう思うんだい」
「はっきり言って、関係ない気がするの。だって私を殺したところで、協会は得をしないわ。それどこか私がこんな目にあったおかげで、大学は重い腰をあげたのよ」
 そうだ、むしろ春川の襲撃事件は『クロスの会』からすれば大損害になった。彼女の両親が事件後、彼女の言い分を聞き入れなかった大学側を糾弾。生徒に被害者が出たかもしれないと焦った大学は、あわてて今年度の布教活動の休止を協会に求めた。
 協会として聞き入れがたい要求だったが、ここで大学ともめるのは得策でないと思ったのか、要求を受け入れた。立浪さん曰く、これもまた「誠意」だそうだ。私へのポーズに利用したというところだろう。
 しかし、ここまでくると確かに『クロスの会』は無関係という、警察が出した結論が現実味を出す。
「確かに事後事実だけ見れば、協会は無関係だろうね」
「けど、あなたはまだ疑ってるんでしょう。私のことを心配してくれるのは嬉しいけど、固執した考え方はまずいと思うわ」
「ねえ春川――君は殺されそうになるほどの恨みを買ったことはあるかい?」
「……何よ、急に」
「事後事実は確かに協会の無実を証明してるように見える。けど、事前が問題だ。協会が無関係となると、犯人は君への個人的な恨みを持っていたということになる。さて、君を殺してやりたいほど恨む人物は誰だろう」
「…………」
「贔屓でしゃべるけどね、君はいい奴だよ。そりゃ性格の合う合わないっていうのはあるだろうけど、君が誰かに殺されるほど恨まれるようなことをしたとは、思えないんだよね」
 春川は私が出会った同年代の中で最も有能だと思う。いや、効率がいいと言うべきか。何をするのがベストかをいつも考えていて、その答えを出すのも早い。そしてたいていそれが当たっているのだから、恐ろしい。
 そんなことができるから、大学でサークル、自治会、ふつうの授業だけじゃなく教授の手伝いなどをそつなくこなし、バイトにまで手を出している。ふつうの学生なら倒れているところを、彼女は計算をして効率よく動いているので大丈夫。
 それでいて、性格が真面目だから色々な問題と出会うとそれを解決するために全力を尽くす。ふつうの人間なら無視する問題も、彼女はそうしない。彼女のそういうところを煙たがる人間は多いが、私はむしろそこが彼女の一番の魅力だと思う。
 私はそんな彼女が恨まれるとは思えない。いや、彼女なら恨まれるという状況は作ってしまっても、ガス抜きはうまくやるだろう。
「……警察にも同じことを訊かれたわ。わからないっていうのが私の答え」
「いないだろう」
「わからないわよ、本当に。私だってそこまで恨まれるようなことをした覚えはないわ。けど、受け止め方なんて人それぞれでしょ」
「まあね」
 それでも私はこの可能性はないと考えている。だから、『クロスの会』に拘るんだ。
「さて、今日はとりあえず現場がどういうところか見たかっただけだから、そろそろ引き上げようか」
 春川だって長居したい場所ではないだろう。彼女は私の提案に、少し影のある微笑でうなずいた。もしかしたら、今の質問は彼女にとって何か嫌なものを想起させたのかもしれない。
 そういえば、彼女の昔の話をあまり聞いたことがない。一度だけどういった高校生活を送っていたのかと質問したことがあるが、そのときは「ごく普通のものよ」の一言で片づけられた。言いたくないのかと思い、それ以降は触れないようにしている。
 私が「恨まれるような人間じゃない」と断言できるのは、大学生の彼女だ。それ以前は、何もいえない。
「それで、この後はどうするのかしら」
 腕時計を見るとまだ三時で、約束の時間まで少しあった。
「まあ、時間もあるし歩いて行こうか」
「いいわね、今日は絶好の散歩日和だもの」
 私たちはこの後、『クロスの会』の代表代行の一人と会う約束をしていた。ここから少し離れていたので電車で行く予定だったが、春川の言うとおり、今日の天気なら歩いてもいいだろう。
 
 歩きながら私たちは『クロスの会』について思うことを口にしていた。
「宗教っていうと、何かの神様を崇めているっていうのが私の想像だったんだけどね」
 私の中で宗教というと世界三大宗教くらいで、どうもそのイメージしか浮かばない。だから『クロスの会』がどういうものかを知ったときは、少し驚いたものだ。
「私もそうね。けど、そんな断定的なくせに曖昧なものじゃなくて、むしろそれとは逆の物をあがめているから大きくなれたんでしょう」
 確かに、一神教にしても多神教にしても、とにかく「神」というものは春川のいうとおり、断定的で曖昧だ。存在する、こういうものだ、そう教えられる。しかし当然だが、その姿を見た人間はいない。
 『クロスの会』はそういうものを信じる宗教じゃない。信者はたしかにあの宗教を信頼しているが、崇めているのは神じゃない。
「死者を崇める宗教……変わってる」
「正確に言うなら崇めてるんじゃないの、ただただ死者と交信をする。それだけよ」
 『クロスの会』のクロスとは、この世とあの世が交わるというところからきている。あの宗教のウリは「死者と再び合うことができる」というものだ。
「カルトというより、オカルトだね」
「けどそれが五千人以上の信者を出すまでに成長したのよ、驚異的なことに」
「死者って言うのは、誰でもいいらしいね」
「ええ。家族、恋人、友人……誰でもいい。ただ本人が強く合いたいと願えば、合うことができる。そういう話よ」
「それは……なんとうか、都合のいい話じゃないか」
 ただただ願うだけでもうあえない人と無条件に会える。それは確かに夢のような話だ。夢のような話だけに、しょせんは夢想だとしか思えない。
「そうね。けど、だからこそ、信者が増えたんでしょ」
「都合がいいということは、それだけ希望にあふれてるということだからね」
 現実では必ず見返りを求められる。そして見返りを払っても、それにふさわしいものを手にできるかどうかはわからない。下手をすれば何一つ得られない。
 そんなひどく冷酷なものに比べたら、ただただ願うだけで死者と会えるというのは理想的だ。
「しかし……本当にそんなことができるのかな、死者との交信なんて」
「できるんでしょう。だから信者がいるのよ。体験入信でもしてみる?」
 あの協会については色々と調べなければならない。春川は冗談っぽく言っているが、本当に体験してみるのもありだろう。
 私も是非とももう一度会いたいという人がいないわけじゃないからね。
「それで、これからあう代行の一人は、いわゆる狂信者なのかしらね」
「さてね。詳しいことは会って確認しようと思ってる。鬼がでるか蛇がでるか。楽しみじゃないか」


「蓮見さんと春川さんですか。話は聞いてましたが、本当に女子大生とは……」
 目の前の男、水島修は私と春川を交互に見てから驚いた。
「私はてっきり立浪君が何か冗談を言ってるものだと思っていたよ」
 私たちが訪ねたのは、彼の自宅だ。西洋風の家の作りで、立派な門扉が風格を醸し出していた。その門扉を通してもらい、玄関に入ったところで家の主が姿を現した。
 小太りのあごひげをたくわえた五十代の男。どこにでもいそうだなというのが、私の第一印象。
「別に女子大生なんて珍しくもないでしょう。協会には私たちくらいの信者だっているでしょうに」
「そりゃあ、信者では珍しくはないけど、脅迫状の件なんだろう?」
 一般的に考えて二十歳の女二人が脅迫状や、傷害事件を調べるというのはやはりおかしいみたいだ。そもそも、依頼をしてきた立浪さんが変わり者なのだろう。
「本格的な調査は警察がします。私たちは保険みたいなものですから」
 春川がにこやかに答える。
「君が襲われたという子か。けがは大丈夫なのか」
「ええ、傷はだいぶ癒えてます」
「そうか。ぶっそうな世の中だからね、気をつけなきゃいけない」
 まるで他人事。まあ、実際彼にしたら他人事なのかもしれないが、彼女が襲われて犯人が協会の人間である可能性が高いということは伝わっているはずだ。
 それでこのリアクションか。まるで身内を疑っていない。
 玄関には特にものが置かれていなかった。強いて言うなら、靴箱の上にガラス細工で作られた招き猫が一匹寂しそうに置かれているくらい。これでは福を招いてくれそうにはない。
 一人暮らしのせいか、靴も玄関に出てるものは革靴が二足と、サンダルが一足。
「とにかく君たちは丁重に迎えるようにと立浪君に言われているからね。どうぞ上がってほしい。大したものは出せないけれど」
「いえいえ、お構いなく」
 春川がさすがに社会慣れした感じで対応してるのを横目に見ながら私は靴を脱ぐ。
 さて、彼がいう大したものが何かは知らない。ケーキなのかコーヒーなのか。そんなことは期待してないので大いにかまわない。
 ただ、それが情報だというのなら、お構いなくとはいかないな。
 玄関から案内されたのは応接間。四人掛けのゴシック調のテーブルに、それにあわせた背もたれの高いイス。テーブルの上の真ん中には、写真たて。
 彼と、一人の女性が写ってる。ちょうど彼と同い年くらいの女性。仲の良さそうに二人で微笑んでいる。
「どうぞ、おかけください」
 どこに行くのか、彼は私たちを案内した後、応接間から出ていった。
 春川と二人仲良く隣同士に座って、さてと彼女の方が先に口を開いた。
「今日はあなたにおまかせしていいのよ?」
「え、なに、エスコートの話しかい? 私が君の手を引いていけばいいのかい? お任せだけど」
「ここでまで冗談を言えるあなたは、本当に肝がすわっているわね」
「冗談じゃないって。なんならここで証明してあげようか」
「本当いい加減にしないと膝蹴りをいれるわよ」
 えらく具体的に脅されてしまった、しかもいい笑顔で。あれだね、私がじゃなく、彼女が冗談でないことはよくわかった。
「そうしてくれるとありがたいね。なに、お話を伺うだけさ。いわば簡単なQ&A。君ほどの人がでる幕じゃないよ。寝ててもいいよ、肩は貸してあげるから。あ、胸でもいいよ、君なら」
「この家を出た後、覚えておいて」
 あれ、なにこれちょっとした死刑宣告みたいなものかな。いやまあ、ご褒美として受け取っておこう。
 そんなやりとりをしていたら、水島さんが戻ってきた。手にコップの載ったおぼんを持っている。
「いや、貰い物なんだが最近お茶をもらってね。その友人曰く、おいしいそうだよ。よかったらどうぞ」
 彼は私たちの前にコップを差し出した。ありがたくいただくことにする。
 うん、たしかにおいしい。こういう状況でなければ、どこで買ったものなのか聞き出したいところだけど、今日はこのお茶の産地より、知りたいことがたくさんありすぎる。
「さて水島さん、話をさせていただくよ。ああ、先に言っておきたい、というか言っておくけども、少々失礼なことを聞くかもしれない。かもしれないだからしない可能性もある。けどしないという断言はできない。だからもし私がそうしたときは、できるかぎり押さえて欲しい。安心していただきたいのは、謝罪や訂正といった常識行動は隣の彼女がやってくれるはずだよ」
 なんてさっそく切り出しから明らかに失礼なことを言っているのに彼は「どうぞ」と平気な顔をしている。そして隣の彼女も別に何も言わない。それはもう「最初からそのつもり」と言わんばかりだ。
 どうやら、お互い話が早そうじゃないか。
「じゃあ早速おたずねしよう。脅迫状はあるかな?」
 彼は頷くとズボンのポケットから四つ折りにされた数枚の用紙を出した。
「本物は警察が持っていってしまってね。ただ、事前にコピーをしておいてくれと立浪くんに言われていたからね」
 そういう契約だからね、私との。
 私は出された紙を手にとって、それを広げる。用紙は全部で五枚。おおかた内容は立浪さんのと一緒だ。新聞紙の切り抜きを利用して、代表代行をやめることが警告されている。ほかには「協会はサギ師だ」と協会そのものを糾弾するものもある。
 隣の春川が気になるのかのぞき込んでくる。私は紙をすべて彼女に渡して、視線を戻した。
「届いたのは一年くらい前で間違いないかな?」
「そうだね。具体的な日にちは覚えていない、申し訳ない。一年くらい前から不定期的に届いた、それしか覚えてないな。そもそもそれも処分するつもりだったんだよ。しかし、定期的にある代行会議でほかのメンバーにも届いてるとわかってね、立浪くんが念のために残しておこうと提案したんだ。今思うと、いい判断だったわけだ」
「どうも先ほど聞いていると、立浪さんは代行のリーダーみたいな扱いなんですね。水島さんの方が年上だと思いますけど」
 見た限り水島さんは五十くらい、立浪さんは三十代だろう。年の差にすると結構あるはずなのだけど。
「いえいえ代行にリーダーとか、そういうものはありません。ただ立浪くんは常駐してますからね、あの本部に。そうなるとどうしても彼を頼りにしてしまう、私やほかの代行は仕事もありますから」
 それは初めて聞く情報だった。常駐って、あそこにか。どうりでいつ行ってもいるわけだ。
「代行の六人は、立浪さんを除いて全員お仕事に就かれているんですか」
「いえいえ、一人は専業主婦ですからそうでもないはずです。ほかの四名は仕事に就いてます」
「代行というからには協会からお金が出ているものだと思ってたんだけど」
 つまり協会が彼らの生活を支えているものだとばかり思っていた。しかし、どうやらそうでもないらしい。
「とんでもない。立浪くんは教祖様の計らいでそうなっていると聞きますが、私はそんなことありませんよ。ほかのメンバーも同じはずです」
「……では、まさか皆さんは代行と普段の仕事を平行してやってるということですか。しかも、無償で」
 私の質問に水島さんは当然ですと、誇らしげに頷いた。
 理解できない。これが私の感想だった。無償。つまり彼らはボランティアをやっていることになる。いい大人が時間をつぶして。暇じゃないはずだ。事実、この水島さんと会うのだって私としてはもっと早くしたかった。それを今日まで待たされた形だ。忙しいに決まってる。
 ボランティア精神とは違う。これは信仰心。
「毎日忙しいですよ。けどそれでもかまいません。私はあそこに救われた。ほかのメンバーもそうです。教祖様がいなければ、私など生きていないでしょう」
 彼がそういってテーブルの上にたててあった写真を見つめる。彼と女性が写った写真。立浪さんから話は聞いている。彼は六年前、奥さんを殺された。
 通り魔におそわれた。彼は奥さんの死に立ち会うこともできなかったと。子供に恵まれなかったこの夫婦は、双方の存在が支えだったらしく、それを突如失った彼はいきる意味をなくした。
 しかし『クロスの会』と出会い、助かったと。
 その恩を返している。
「口を挟んで申し訳ないですけど、代行というのは何をしてらっしゃるんですか」
 少しの沈黙の後、春川が律儀に片手を少しだけ挙げて質問する。
「教祖様があまり外には出たがりませんので、それの代わりが主な仕事ですよ。信者のケアや、あの本部、いろいろな企業と契約もしていますから、その関係者と会談したり。あとはやはりあそこをもっと知って欲しいので広報活動も」
 組織が大きければそれだけ関わるものは増えるのか。一見しただけではわからないが、何かいろいろと契約しているらしい。たしかにあの建物の管理維持は協会だけでできそうにはない。
 しかし、春川、ナイス質問だ。彼女としては純粋に気になっただけだろうが、おかげでいいことが聞き出せた。
 思わず唇を曲げてしまう。
「広報活動と言いましたね?」
 私がその言葉をピックアップしたのがいやだったのか、ここにきて初めて、彼があからさまに顔をゆがめてみせた。いいリアクションだね。それでこそ会いに来た甲斐がある。
「つまり水島さん、あなたは拡大派なわけだ」
「……ええ、そうです」
 言いたくなかったことなのか、彼は目をそらしながら答えた。
 そもそも春川が最初に言っていた「内部でわれている」ということ。それが事件に関係している可能性がある、だからあそこは危険だと彼女が判断した根拠の大元。
 「拡大派」と「維持派」との派閥争い。それが内部紛争の原因だった。『クロスの会』を大きくしていくことを目指す「拡大派」と、現状を維持し今の信者を大切にするべきだという「維持派」。
 それが前まで内部で争っていた。事件のせいで今は沈静化しているらしいが。
「今はそこまでしていませんよ。教祖様から控えるようにと伝えられていますから」
「ええそうですか。そこまで、してないんですね」
 いやらしく、そこを強調してやった。彼はばつが悪そうに、だが何か反論するわけでもなく、ええと答えた。
「いいです。派閥の問題は実をいうと私はさほど興味ありませんよ。私が立浪さんに頼まれたのは脅迫状の件ですから」
 そう、さほどはね。
「ところでもう一つ、お伺いしたいのですけどこの脅迫状はそのままポストに投函されていたんですか」
 春川が追加で質問すると、水島さんは首を左右に振った。
「いや封筒に入れられていたよ。それは警察に渡してしまったね。申し訳ない、あれはコピーをとってなかった」
「いやいいよ。つまりコピーをとる必要性を感じなかった、何も書かれていない普通の封筒だったんだろ?」
 私が確認すると少し驚いた顔をされた。
「まあそうだよ」
「ふぅーん」
 つまり、まあ予想通りだが郵便局は通していない。この家に直接、犯人自らの手で届けたわけだ。そしておそらくは水島さんだけではなく、ほかの代行全員がそうだろう。
 つまり――。
「普通の封筒にこれが入ってた。……さて、どうやら雲行きは怪しいね。あっ、そういえばこの本物を預かるとき、警察は何か言っていたかな」
「いや特別何も」
「そうかい。それはいい情報だ」
 警察の皆さん、考えは同じか。そうなって当然だけど。
「この脅迫状が届いてから、何かあったかい?」
「いやない。届いただけだ。だから我々も無視していた。ただのいたずらだろうと。だから事件とも結びつけなかったんだ」
「実害はない脅迫状ねぇ」
 脅迫状と殺人、簡単に結びつけてはいけないだろう。しかしもしこの二つが関係あるのなら、どうもおかしい。この脅迫状は代行に送られて、殺されたのは代行ではない。
 代行は確かに脅迫を無視したが、それならそれでまず殺人なんて大きなことをせず、もう少し小さいことで脅しをかけてやればいい。それでも無視したら殺人と移行すればいいだろう。
 なんでいきなり殺人なんてやったんだ。
「じゃあ、この脅迫状の送り主について何か心当たりはないかい? いいや言葉を濁すのはやめようか。協会に恨みをもっている人間はいないかい?」
 水島さんの目が少し細くなった。その瞳に奥に少し攻撃性を覗かせて。私はそれにひるまずにっこりとしてやる。
「……私は知りません。少なくとも私のしる限り、そんな人間はいないと思いますよ」
「なるほど、そうかい」
 予想通りの回答に拍子抜けもしなかった。どうせこんなことだと思っていた。
「なら、最後の質問だ」
 私はお茶を最後に一口飲んだ。
「一週間前の夜、どこで何をしてた?」
 それは春川がおそわれた日。脅迫状のことなんて建前だ。お膳立てだ。前菜みたいなものだ。最重要課題はこの質問で、これだけだ。
「仕事をしてたと思いますよ。八時過ぎに会社を出て、その後帰りました。あとは家で協会の仕事をしてました。ただごらんの通り独り身ですから、証人はいません。ただ会社から出た時刻くらいなら調べられると思いますよ」
「会社の名前と場所を教えてくれるかい」
 水島さんは口で説明するのが面倒だったのか、ポケットから財布を取り出すとそこから一枚の名刺を出すとそれを少し乱暴に私に差し出した。私としてもこっちの方が楽だ。
「職場に迷惑をかけないでくださいね」
 そう釘を刺されたが、私は曖昧に頷いて誤魔化した。人様に迷惑をかけるなとは父の教えであるが、困ったことに人様がどこからどこまでの行為を迷惑ととらえるのかは大きな個人差が生じる。
 そして私はそんなことを考えれるほどいい子ではないし、今の私はあまり考えないようにしている。
「さてもうお邪魔しようか、春川。長居しては迷惑だ」
「そうね」
 二人そろって立ち上がる。聞きたいことは聞けた。
「ろくなおもてなしもできず申し訳なかったね。時間があればもっとゆっくりとしてもらってもいいんだが、実を言うとこの後私も人と会う約束をしていてね」
「気にすることはないよ。私たちだって、立浪さんとの契約できてるだけだ。仕事だよ。お互い、気を遣うのはおかしい」
 そもそもおもてなしなんて期待してなかったし、されても困る。
 立ち上がった時、自然とこの部屋の全体像が目に入った。壁にかけられたアンティークのような古時計が、塵一つかぶることなく静かに時を刻んで、目がおかしくなるんじゃないかと思うほど白い壁が部屋を覆っていた。
 テーブルには相変わらず、写真だけだ。
 ……なんだか、不気味に思えてきた。
「水島さん、今日はこれでおしまいだけどもしかしたらまた世話になるかもしれない。それがどういう機会かはわからないけど、そのときもよろしくお願いするよ」
 今のところ私としては調査は個別訪問でいこうかと考えている。そっちの方が一人一人をよく見えるからだ。それに一つにまとまられたら、なんだかこっちが不利な気がする。
 ただ何かあれば全員集まってもらうこともあるだろう。
「ええ、かまいませんよ。立浪くんからそういう指示もでていますし」
 そういえばそんなことも契約したかな。
 私と春川はその後一応お礼を言った後、玄関に向かった。律儀なことに玄関まで水島さんは見送りにきてくれた。
「それでは、失礼しました」
 先に靴をはき終えた春川が改めてお礼を言って頭を下げた。そして私より一足先に玄関から出て行く。
「まあ、一つだけ、最後に言っておくよ」
 遅れて靴をはき終えた私は無表情で私を見ている水島さんを見返す。
「なんですか」
「世の中に恨まれてないものなんかないよ。私だってあなただって、今の彼女だって誰かから嫌われ、恨まれているさ。それが平常だ。もしあなたがいうように協会が何者にも恨まれてないとすれば、それは協会がすばらしいんじゃない」
 言葉を区切り、私は断言した。
「異常なんだ」
 相手が何かを言う前に私は玄関から出た。門扉の前で春川が携帯をいじっていた。
「すまない、待たせてしまったね」
「いいわよ。それで、どんな皮肉を言ってきたの?」
 春川が少し意地悪な笑顔を向けてくる。なんでもお見通しと言うわけか。
「別に。思ったことをそのまま言ってきただけだよ」
 適当に誤魔化したのは黙っておきたかったとか、秘密にしたかったわけじゃない。彼女ならそれさえ予想してそうだったから、言う必要もないと感じた。
「私、バイトで応援いくことになっちゃった。あなたはこれからどうするの?」
「なぜかわからないけど教授から呼び出されてるんだ」
「なぜかわからないわけないでしょ。どう考えてもさぼりすぎなのよ、新学期から」
「失礼するね、私がさぼりすぎなのは新学期からじゃないよ。もうずっと前からだ」
「……よくよくお説教されるといいわ。知らないんだから」
 とにかく私は大学、彼女はバイト先に行くために近くの駅に行くことになった。そしてそこまでの道、私と彼女はさっきの水島さんとのやりとりを話題にした。
「どうかな。君を襲ったのはあの男だったかい?」
「勘だけど、違うと思うわ。もっと若い気がするの」
 春川は犯人の顔を見ていない。だけど何かが彼女の中で水島さんではないと答えを出している。これはもう現場に居合わせた人間じゃないとわからないことだ。
 とにかくもらった名刺をもとに後で細かく調べるだけ調べてみよう。
「で、脅迫状のことはあなたとしたらどうなの?」
「おやおや、不思議なことを訊くね。私も君も、答えは同じだろう?」
 あの情報から推測されることは一つだけ。とても重要だけど、当たり前のことだけに、重要に見えない。そんな情報だけ。警察としてもそれをわかっていたから、特別行き巻くこともなかったんだろう。
「脅迫状の犯人が、協会の内部にいるってことね」
 そう、春川の予想通り。私も答えは同じだ。
「あの手紙は郵便局を通してない。犯人が自ら届けたものだ。ということは、犯人は代行六人の少なくとも住所と名前くらいは把握している。協会内部の人間なら、実にたやすいことだろうね」
 もちろん協会の外部の人間の可能性もあるが、内部の方が可能性が高いのは言うまでもないこと。
 そういえば私が代行六人の住所などが欲しいと要求したとき、立浪さんは何の迷いもなく、近くのパソコンからデータを引き出していた。つまり、あのパソコンの中にはデータがある。脅迫状を出すのに苦労しない程度の。
 問題はそのデータをどれだけの人間が共有しているかということ。
「君、ハッキングとかできるかい?」
「あなたは私をなんだと思ってるのよ。パソコンは詳しい方だけど、そんなの無理よ」
「そうだよね」
 実を言うと私は少しできる。高校の頃、そういうのに詳しい同級生がいた。彼の悩み事を解決してやったら「礼はこれしかできない」とハッキングの技術だけ教えられた。私としても物珍しいものだったから、今でも鮮明に覚えている。
 問題はこういうのをできる人間がどれだけいるのかということか。
「それにそういうのって対策できてるでしょ。ああいう大きな組織ならどこかのセキュリティー会社と契約してるはずよ。たやすくデータなんてもっていけるはずがないわ」
「そうだね。やはり、外部の人間の可能性は低いか」
 確認してみないとなんとも言えない。あとでまた立浪さんに連絡してみることにしよう。いつでも連絡していいだろう。どうやらそういう人らしいし。
 駅についたところで、私はふと足を止めた。
「何よ、どうしたの?」
 春川が怪訝そうに尋ねてくる。私は眉間にしわをよせて、それに首を振る。
「いやなんか言葉にできないな……今思うと、何か……」
「何か、なによ」
「――たりなかったと思う」
 そう。どうして今思い出したのかわからないが、私はとにかくそう感じていた。足りない、欠けていた。
「足りないって、何が?」
「わからないんだよ、それが」
 そう、それはまるでわからなかった。言葉にできなかった。それでもそう感じた。
「あの家は……ないといけないものがなかった気がする。それが何か、私にはわからないんだけど」
 春川が首を傾げる。どうやら彼女もわからないらしい。そもそも彼女はそういうのを感じなかったみたいだ。けれど、私は確かに感じた。気のせいとかではない。
 あそこは、何かが欠けていた。




 春川とわかれたあと、私は宣言通り大学へ出向いた。そこで教授のお説教を聞くはめになったわけだけど、さすが教授、お説教に無駄がない。ちゃんと私のどこがだめか、今後どう直していくべきかを、ゆっくりと論理的に説いていた。
 しかし、誠に残念で残酷な真実を告げるのなら、このお説教を私が聞くのはこれで十五回目ということだ。そして私がこれをもとに大学生活を見なおしたかというと、これもまた残念でしたとしか言いようが無い。
「馬の耳に念仏だと思うよ、教授」
「わが校はいつから馬を入学させるようになったんだ」
「たまには受験をパスできる馬もいるものさ」
「今すぐ生物学部に連絡してモルモットにしてやろうか」
 そんな怖い脅し文句さえも念仏の一つなのだから、本当に報われない人だと思う。
 教授は私が一回生のときから私に目をつけている人物だったりする。、一回生の頃からうまいこと授業を抜けだしたり、出席点だけ稼いだり、そのくせテストの点数は高かったりと、色々と目立つことはやってきたら目を付けられるのは仕方がないことだった。
「お前みたいな生徒は稀にいる。けどだいたい原因は不真面目だ。だから俺はそれはもうどうにもならんと思ってる。それはもう生き方だからな。けどお前は違う。不真面目じゃないくせして、真面目じゃない。どうなってるんだ」
「さあね。私は私なりに、私がやりたいように生きてるだけだからねえ。私の、私による、私のための人生ってところだ」
「偉人の名言を汚すんじゃない」
 お説教は今日も無駄に終わったと判断したのか、教授はもういいとなげやりになった。
 ここは教授の研究室。室内には図書館の一部でも持ってきたように、ところせましと本棚が並べられていて、そしてなんとか教授の机と、椅子がある。私は椅子に、教授は机に座っている。教授がタバコを胸から取り出すものだから、私も真似させてもらうことにした。
「お前はおれの生徒の中で初めてタバコの銘柄があった生徒だ。だから目をかけてるんだ。良心なんだぞ」
「ふふん。それはどうも。けどあれだよ、お気持ちだけでってやつだ」
「減らず口だな、本当に」
 教授がタバコをくわえて煙を吐き出す。たしか今年で五十を迎えると聞くけど、見た目は十歳ほど若く見える。タバコは健康を害するぞと私を脅してくる人は数多くいる。しかし教授を見ていると、大丈夫だろうと言いたくなる。なんでももう三十年ほどヘビースモーカーらしいが、病気にかかったことがないとか。
 私が理想とするスモーカーの形。
 しかし、タバコを吸って吐き出すという動作だけでも、かっこいいものだな。教授には風格ってものがある。ちょっとうらやましい。
「お前は卒業できるのか、今から不安だ」
「あらら教授、それは心外だよ。私こう見えて単位を落としたこともないし、提出物の期限を破ったこともないんだよ。そこらの生徒よりずっと真面目じゃないか」
「おれがお前の成績書に判を押す気になれるか、今から不安なんだ」
「そこは仕事してくれ」
「だったら気持ちよくさせてくれ」
 教授が灰皿にタバコを押し付けてから、「そういえば」と話題を切り替えた。
「お前は春川君と仲が良いらしいな?」
「うんそうだね。ただ一つ異議あり。なんで春川は君づけで、私は『お前』なのかな。私は教授のゼミ生だよ?」
「出来のいい生徒とそうでない生徒には差をつけないといけない」
「私だって彼女ほどじゃないにしても成績は良いんだけどね」
「人間性のはなしだ」
「なるほど。納得しよう」
 ぐうの音も出ないよ。というか、そこで彼女と比べられて肩を並べられる人はいるのかな。
「で、私と春川がなんだって? 言っておくけど教授、彼女には確かに恋人はいないけどだめだよ。教授にとって彼女は生徒なんだから、許されざる恋ってやつになっちゃうよ。それに教授には奥様とお子さんもいらっしゃるだろ。そしてなにより、これが一番、この世で最も重要だけども、彼女には先約がいるんだ。私という」
「くだらんこと言ってるんじゃない」
 一蹴されてしまった。結構格好良く言ったつもりだったのに、ひどい話じゃないか。
「じゃあまじめに話すよ。仲いいよ。実をいうとさっきもラブラブでデートしてきたところだ」
「やはりお前には真面目という言葉を勉強させる必要があるようだな」
 おかしいなあ、真面目なのに。なんでこんなに相手にされないんだろう。しかもこれ、教授だけじゃなくてきっととうの彼女にも相手にされないだろうから恐ろしい。いやはや、片思いとは切ないものだね。もしかしてこれを小説化したら感動超大作になるんじゃないか。
 私は二本目のタバコに火をつけ、そしてそれを咥えながら、いい加減話を進めることにした。
「じゃあ、春川がなにかな? 教授、彼女と知り合いだったっけ?」
「知り合いというほどの交流はない。会う度に挨拶はされるけどな。いつも『レイがご迷惑をかけていませんか』って尋ねてくる」
「失礼なやつだな」
「いや、素晴らしい気遣いだ。俺もそういうところでしかつながりがない。しかしあれだ、彼女、あの事件があっただろう」
 あの事件とはもちろん春川が襲われた事件。教授の耳にもそれは届いていたらしい。彼女は自治会長で有名だし、大学側も色々と対応を迫られた事件だから、教授の耳に入っていないわけもないか。
「実はな、変な奴の噂を聞いた」
「へぇ……。それは興味深いよ、教授。ぜひ聞かせくれ」
「いや俺も会ったことはないんだが、最近春川君について聞いて回っている生徒がいるらしい。知り合いの生徒から聞いた話しでな、今の自治会長について聞かせて欲しいといろいろな生徒に聞いて回っている生徒がいるそうだ。なんで知りたいのか聞き返すと、言わずにそのままさっていくとか」
 なんだか都市伝説にでてくる幽霊みたいな子だなというくだらない感想をいだきつつ、私は警戒心を強めていた。この時期、春川について訪ねて回るなんて命知らずすぎる。彼女を知ってる人間なら彼女の事件を知っているんだから。
「教授は見てないんだよね、その子」
「ああ。ただそういう子がいるらしいと聞いてるだけだ」
「誰から聞いたのか教えてもらっていいかな。できればその子たちから話を聞きたいんだけど」
 春川の事件が『クロスの会』と無関係である可能性は低いとみているものの、もしもの可能性を無視はできない。もしかしたらその春川を嗅ぎまわっている子が協会の人間なのかもしれない。とにかくなんとしてでも目的を突き止めないといけない。
 教授はなぜか質問に答えず、机の引き出しを一つ開けると、そこから手帳を取り出した。そしてそれを広げたまま渡してくる。
 受け取って見ると、思わず笑みがこぼれた。
「さすがだね」
「二度手間はとらせん」
 手帳のメモの欄に、『春川くんを調べている生徒について』という項目があり、そこに事細かに教授が聞いた話しが記されていた。細くて綺麗な字で、調べていた子の見た目、雰囲気、出会った時間や場所、された質問などが書かれていた。
 そして質問された生徒がどう答えたか、彼女に対して他に何を言ったかまで。ご丁寧にその子たちの名前と連絡先まで書かれていた。
「聞けることはだいたいこっちで聞いておいたぞ。まあ、その子たちに直接話しを聞きたいなら止めはせんがな」
「いや、これだけあれば十分だよ。このページいただいていいかな?」
 好きにしろというありがたいお言葉をもらったので、そのページだけを切り取ってポケットにいれた。家に帰って吟味する必要があるだろうな。もしかしたら、この質問された子たちから直接尋ねたいことができるかもしれない。
「しかしわからんな。お前と春川君は水と油に見えるんだが、どうもお前とは彼女はかなり仲がいいと色んな生徒から聞く」
「私と春川が水と油?」
 確かに似ている部分より似てない部分のほうが多いけど、そこまでかけ離れたものではないと思うんだけどね。
「ああ、お前は真面目じゃないけど不真面目でもない。春川君はなんというか、不真面目じゃないが真面目じゃない」
「おいおい教授正気かい? あれは真面目の権化みたいな子だよ」
「いや違うな。こればかりは学生にはわからんだろう。もうずっとこんな立場に立っているからわかることだからな。真面目ってのは真剣と誠実という意味があるんだ。彼女は真剣だが、誠実ではない。たいしてお前は真剣ではないが、誠実ではある。長い教師生活だが、お前たちみたいな組み合わせは初めて見た」
 なんだか小難して、そのくせ全く褒められている気がしない話しだ。教授が何を言いたいのか、さっぱりわからない。春川は真面目なやつだと思うけどね。それは真剣であり、誠実という意味で。それはこの二年の付き合いで間違いないと確信してる。
 教授はなにを思って、春川をそう分析してるんだろうか。
「まあ、年寄りの戯言だと思って聞き流せ。これはもう説教でもないから忘れて構わん。いいか、似たもの同士でも何かごく小さな、本当に目に見えない程度でも決定的な違いがあれば、それはもうそれだけで似たもの同士じゃなくなる。決定的な違いっていうのはつまり、ここだけは譲れないって主張する部分だ。そしてそれは感情や論理で決めるんじゃない、理性で決まっているものなんだ。いいか決めるんじゃない、決まっているんだ。それはもうお前の、いやお前だけじゃない春川君や私の、つまるところ人間の根本だ。そこで食い違えば、おそらく人間関係は揺らぐ。ただここを受け入れられたら、強固な関係が築ける」
 教授は窓の外を眺めながらそんな長いを話をして、語り終えるとしずかに立ち上がった。そして座ったままの私を見下ろす。
「お前はどっちだろうな?」


 3


 教授のよくわからない話を頭の中で反芻しながら私は帰路についた。大学から自宅までの道のりの間に父と兄からメールが届いた。要件は同じ、メールを開くまでもなかった。つまり夕食はいらないということだ。この時間に届くメールといえばこれしかない。
 現在、我が家の家事全般は私に任されている。母は旅行中。一年間、家にいることのほうが少ない母親、そして仕事で忙しい父と兄。そうなると私しかいないというわけだ。
 私は二人に「お勤めご苦労様」というメールを送って、今晩は一人なら適当に冷蔵庫のものを食べて済ませることにした。
 だからスーパーにもよらずまっすぐ家に帰り、ひとまずリビングのソファーに身を預けた。そしてカバンからまずデジカメを取り出す。春川が襲われた事件現場の写真を収めた大切なカメラ。撮った写真をじっくりとみてみるけど、やはり何か変わっているところは発見できない。
 あんまり期待してなかったとはいえ、これじゃあ収穫ゼロか。ちょっと凹む。しかし、あとで何かしら発見できるかもしれないからちゃんととっておかないと。
 次は手のひらサイズのメモ帳を取り出す。これは私のじゃない。春川が別れ際に渡してきたものだ。彼女が水島さんとの話し合いをメモしていたもの。マメなことをするなあと関心している。私は面倒だったからポケットに忍ばせていたスマートフォンの録音機能ですませていた。
「録音は私もしてたわ。けど、手描きのメモってあとで見返しやすいじゃない?」
 なにやらとても女子大生らしくない会話のあと、彼女は「きっと何かに気づくならあなただから」とこのメモ帳を渡してバイトの応援に向かった。
 何かに気づくなら私か……随分な期待をされてしまっているな。
 けど残念ながらやはり春川と話したこと以上のことはわからない。もとより、まだ代表代行六人のうち二人しか会ってない。まだまだこれからだ。これもまた大切に保管だ。
 そして最後はポケットから教授からもらったページを取り出す。
 春川について色々と聞いて回っているという子のこと。どうやら性別は女。ただ顔はわからないという。トレードマークは大きなサングラスをかけているということ。服装は日によって違う、当たり前だけど。
 した質問は「春川について」がほとんど。どこのサークルに属しているか、自治会にはいつから入っているか、どういう授業に出ているか、仲のいい人はだれか。
 うーん、これはストーカーか? 春川は確かに魅力的だからストーカーができても別に驚きはしないけど、こんなあからさまなストーカーが大学にでるものかな。もっと隠密行動をとると思うんだけどね。これじゃああからさまに「こいつのことを徹底的に調べています」と公言しているようなものだ。
 この彼女の目的は春川について調べることだろう。それをなんのためにしているかというのはおいておくとして、ひとまずそうなのは間違いない。それなのに複数の生徒にこんなことを聞いて回ったら、いずれその目的を達成できなくなる。
 しかもサングラスだという。もう目立ちまくりじゃないか。春川について聞きたいなら、それはもう本人にアタックするのが一番だ。だけどそれをしてないということは、春川に知られてはまずいということだろう。それなのにどうしてこんな目立つことをするのか。
 さっぱりわからない。
 ひとまず、事件と関係あるにしてもそうでないにしても、この彼女のことは突き止めないといけないようだ。まったく、最近日に日に仕事が増えていっている。どうしてこう、私に平穏な日々がこないのか。嘆きたくなる。
 むくっと起き上がり、冷蔵庫へ向かった。中から缶ビールを取り出して、再びリビングへ戻る。プルタブをあけると気持ちのいい音がした。この音を聞くだけでなんとなく生きる気力ってものが出てくるのだから不思議だ。
「うん?」
 そう、ビール。何か思い出したぞ。そうだ、あの日――私と春川が初めて『クロスの会』にいった日、私は彼女に会うまでビールを部室を飲んでいた。そして彼女を見つけて部室から飛び出した。その時に誰かにぶつかりかけた……。
 あの子はサングラスをしていなかったか?
 していたはずだ。そうだ、じゃあ私はこのストーカーちゃんに会っていたことになるじゃないか。そうかそうか、なるほどねぇ……。
「存外、これは楽な捜査になりそうな気がしないでもないね」
 しかし、偶然なんだろうか。私がストーカーちゃんを目撃した日と、春川と私が『クロスの会』に出向いた日と、春川が襲われた日、すべてが同じ日だ。偶然としてはできすぎてるし、運命にしては悪趣味じゃないか。
 カバンからスマートフォンを取り出して、これはもういっそのこと春川に直接訊いてみるのが一番手っ取り早い気がするから電話でもしてみるかと考える。
『やあ春川、ところで君、君をつけ狙っているサングラスの子がいるって知ってるかい?』
 さて、こんな感じで訊いて彼女は素直に答えるのか。知っていても答えない気がする。そして知らなければ、知ろうとするはずだ。なんかそれは危険な予感がするんだよなあ。彼女、多分このこと知らないだろうから。知っていたら私に教えるはずだし。
 教えたほうがいいのか、黙っておくべきなのか、非常に迷いどころだ。
 スマートフォンをカバンの中に戻す。少なくとも今は報告しないでおこう。ひとまず私が個人的に調べて、全貌が明らかになって彼女に教えても問題ないと思ったら教えよう。なに、ちょっと秘密にするだけだ。悪気はない。
 缶ビールを煽り、ごろんと寝転がる。天井を見つめながら、私を渦巻く数ある問題について思考を巡らす。わからないことだらけで嫌になる。殺人、脅迫状、襲撃、ストーカー。はは、なんだこれ、悪行のオンパレードじゃないか。
 まったく、笑えない。


 スマホの震える音で目を覚ました。リビングの壁掛けどけに目をやると、驚いたことに十二時を回っていた。どうやらアルコールのおかげで、ぐっすりと気持ちよく眠ってしまったらしい。晩御飯も食べていないので、一気に空腹を感じた。
 そんなことよりさっさと電話に出ないといけない。スマホを手にすると、着信相手は春川だった。
「やあ、モーニングコールにしては早すぎるよ」
『……その様子だとテレビは見てないわね』
「うん、テレビ? なに、一緒に深夜のポルノ番組でも見るのかい?」
『冗談言ってる場合じゃないわよ。すぐにニュースをつけて』
 彼女の電話口の様子からただごとじゃないことが伝わってきたので、急いで指示通りテレビをつけた
 

 4


 立浪が仕事をやめたことを話すと、多くの人がなんて馬鹿な真似をしたんだと怒った。彼が務めていたのは一流の商社、そして彼もまた有望な人材だった。順調にいけば出世は約束されていたし、将来も安泰だった。
 それでも彼がそこをやめた理由は一つだけだ。仕事がきつかったとか、人間関係につかれたとか、そんなものではない。そもそも彼はそんなものは感じないタイプの人間だった。仕事はきついものだと理解していたし、人間関係はつかれるものだと妥協していた。だから、何があっても「そういうものだ」と割り切れる性格だった。
 そんな彼が仕事をやめたのは、そこで働き続けることにメリットを見いだせなかったからだ。そう、彼がそこでは頑張り、それを応援し、それを支えてくれる人物がいなくなったからだ。
「私はあなたを愛すけど、あなたは別に構わないわ。あなたは、あなたらしく生きて」
 結婚式の日、これからずっと君を愛そうと言った彼にしたいして彼女が返した言葉だった。純白のウェディングドレスで、真っ白な心で、彼にそう言った。
 そんな彼女のため、立浪は頑張り続けることができた。
 しかし、彼女はいとも簡単にいなくなった。彼が彼女のためと頑張り続けいるあまり、彼女のことを見ていなかったせいで、彼女は死んだ。進行性の病気に彼女が蝕まれていると彼が知ったのは、彼女が死ぬ三ヶ月前だった。
「あなたの生き方の足を引っ張りたくなかったの」
 彼女が自分に嘘をついてまで彼を偽り続けた理由がそれだった。結局、彼女は死ぬその時まで自分の体の事より、その他のことを心配し、申し訳なさそうにしていた。そして最期はまるで達観したように彼に微笑みかけて「あとはよろしくね」と残し、旅だった。
 そこからはもう何をしてもダメだった。彼は自分がなんのために生きてるのか見出すことができなかった。
 最初は妻をなくしたショックだろうと周囲も彼に対して同情的だったのが、時が経つにつれ「あいつはもうダメだ」という評価に変わった。気づけば与えられていた役職は奪われていた。
 いっそのこと、自分も死んでしまおうとか考えていた時だった。
「死にそうな顔をしているな」
 街を歩いていた時だった、そんな声をかけられた。声の主は若い男だった。
「ほっといてくれないか」
「何があったか話してみないか。いっそすっきりするぞ」
 それに、と男は付け加えた。
「それに、もしかしたらあんたの望みを叶えてやれるかもしれない」
 そんなことを言う男の表情はいたって真面目だった。やはり自分はおかしい、なぜか今のこの男の言葉に魅力を感じてしまった。いつもなら、いやこの前までなら馬鹿馬鹿しいと一蹴するような誘惑を、なぜか全く無視できなかった。
 気がつけば立浪はすべてを男に話していた。話の最中、男は一言も発することもなく、ひたすら立浪を聞いていた。時折頷くだけで、表情をかえることもなかった。
 彼が話し終えると、初めて表情を変えた。朗らかな笑顔だった。
「嘆くことはない、悲しむこともない。それは悲劇じゃない」
 男が何を言っているかさっぱりわからなかったが、なぜか反論する気にはならなかった。
「――会わせてやる、その女に」
 男が急にそんな不可解なことをいうと、立ち上がって「ついてこい」とだけ命令して歩き出した。なぜだか彼はそれに黙って従った。自分の精神が弱っていたというのが最も大きな理由だろうが、あの男にはもとよりなにかカリスマ性がある。
 そして男に連れて来られたのは、小さな部屋だった。座布団が一枚あり、そしてその目の前に大きな仏壇のようなものがあるだけだった。仏壇ではない、なにか他にも色々と装飾されている。原型は仏壇だったのだろうが、それは仏教とかけはなれたものだった。
「座って、女のことを思い出せ。そして何を言いたいか、何を聞きたいかを考えろ」
「……それで会えるのか?」
 男は不敵に笑った。
「お前が彼女を思っているなら、会えないはずがない」
 そして立浪は男に言われたとおりにする。
 そして――会えた。




「立浪様」
 そんな声で現実に引き戻された。視線をあげるとお盆を持った矢倉さんが、相変わらず物静かに立っていた。お盆の上には水のはいったコップがのっている。
 『相談室』にこもって書類を整理していたら、どうやらパソコンの前で少しうたた寝をしてしまったらしい。目の前のパソコンにはご丁寧に製作途中の書類が表示されていた。
 しかしおかげで懐かしい夢を見た。自分とこの協会の出会うきっかけになった出来事だ。まだあの頃は小さかった協会も、今じゃここまで大きくなった。そう、あのあとすぐに仕事をやめてこの協会のために尽力した甲斐があって。
「ああ、君も夜遅くまでご苦労だね」
 そんな気遣いを彼女は首に左右に振るだけでなんてことないと表す。
「どうぞ」
 差し出されたコップを受け取り、一気に飲む。ほどよい冷たさが体に染み渡り、眠りかけていた脳も少しだけ目をさます。
「少しお休みになってはいかがでしょう。最近、気疲れすることが続いておりますし、一度しっかりおやすみになったほうがよろしいかと」
「いいや大丈夫だよ。これよりきつい仕事をずっと続けていたからね。それに今は休んでる場合じゃない」
 そう、とても休んでいられる状況じゃない。脅迫状の件を警察に報告してから、また色々と仕事が増えた。代行の他の五人には仕事があるので、自分が一人でこなさなければいけない。しかも、藁をもすがる思いでほぼ無関係の女子大生まで巻き込んでいるのだから、ここで休むわけにはいかなかった。
「ならいいのですが。ただ、教祖様より立浪様のことは時より気をかけるようにと言われております。教祖様もやはり立浪様が心配な様子でした」
「大丈夫だよ。教祖にもちゃんとそう報告しておこう」
 立浪と出会った頃の教祖はまだ活発的で自ら布教活動に勤しんでいたのに、最近はなぜか外に出たがらなくなた。それでも今の信者のことなどがあるので、教祖も忙しい。
「そういえば、今度の会合ですが全員ご出席ということになりそうです」
「そうか。よかったよ、さすがに今回の話し合いは重要だからね」
 会合とは代表六人が全員集まり、定期的に話し合う場だ。時々教祖も出席するが、そこは教祖の意思にまかせているので、その時になるまでわからない。しかし教祖を除いたとしても、全員が揃うことは少ない。全員がそれぞれ事情を持っているので強制はできない。
 しかしやはり事態を察してか、今度のは全員集まるらしい。
 パソコンで時刻を確認すると、もうすぐ日付が変わりそうな時刻だった。
「私は今日もこっちで過ごすけど、矢倉くん、君は?」
「私はそろそろ失礼させていただきます」
「そうか。気をつけて帰るんだよ」
 はいと彼女が返事をしたところで、机の上の電話がけたたましく鳴った。こんな時間に電話があるというのは、非常に珍しいことだった。
「誰だ。非常識だな」
 そんなことをこぼしながら電話に出た。
『夜分遅くに申し訳ございません。警察です』
「ああ、ご苦労様です。しかしなんでしょうか、こんな時間に」
 さすがに警察ともなればあからさまに文句を言うわけもいかないので、早く会話を切り上げることにした。
『確認したいのですが、水島修さんはそちらの関係者でしたよね?』
「ええ、間違いなくそうです。あの、水島さんが何か?」
 妙な胸騒ぎがする。それはどうやら矢倉も同じのようで、何事にも無関心な彼女が珍しく電話をする立浪を興味深そうに見ていた。
『非常に心苦しいのですが……亡くなられました』


 5


「なにがどうなっているのか、私にはさっぱりなんだけど、どこかの美人女教師がわかりやすく教えてくれたりはしないのかな?」
 私の率直な感想と、愚直な欲望を父は相手にしてくれなかった。冗談を言っている場合ではないと言わんばかりに思案顔。いやこれはどちらかというとしかめっ面だね。とにかく機嫌が良くないことは、娘でなくともわかっただろう。
「水島修さんが殺された……簡単にいえば、そうなる」
「簡単すぎてわからないっていうのが私の意見なんだけどね」
 私たちは今、自宅のリビングでお互い座ることもなく一般的な親子らしくもない会話を繰り広げていた。どこの娘と父親が、朝一番から殺人の話をするのか。
 時間は朝の七時。父がさきほど帰宅したばかり。帰宅といっても別にくつろぐために帰ってきたわけではなくて、これから仕事で泊まりこみが多くなるので着替えを取りに帰ってきたというわけだ。事前に家に連絡が入っていたので、私はそれの準備も兼ねて早起きしていた。
 水島さんが殺されたという知らせが入ったのは、日付が変わったころ。春川のあの電話だった。ニュースをみてみると男性が一人殺されているのが見つかった、被害者は水島修さんだと報じられていた。あまりにも唐突なことに、しばらく何も考えることさえできなかった。
 もちろんその後色々と情報を得たかったので立浪さんに電話をかけたりはしたんだけど、彼が応答することはなかった。予想できたことだけに落胆もしなければ、別に腹も立たなかった。
 とにかく今日からのことに備え、できるだけ早く眠り付き、今にいたる。
「正直夜中でも父上に電話をしようとしたよ。ただどうせまだ事態全部を警察が把握してるとは思えなかったから控えた。どうだい、一晩たってなにかわかったい?」
「捜査はそれこそこれからだ。レイ、確かに水島修は『クロスの会』の代表代行の一人だった。しかしお前がこだわっている春川君の事件とあの教会は無関係というのが警察の見解だと何度も言っているだろう。関わるんじゃない」
「なんとありがたいお言葉だろうね、娘を心配する父親の愛がひしひしと伝わってくるよ。ここはあれかな、泣くところかな。しかし残念だねえー、私はそういうキャラじゃないんだよ。そして何より、春川のことを無視しても今回私はその事件に介入することになるんじゃないかな。私の意志じゃなく、父上たちがそうするはずだよ」
 私のそんな言葉に父が顔を険しくさせる。
「どういうことだ?」
「どうもこうもないさ。水島さんと最後に会ったのは、もちろん犯人を除いてだけど、私と春川が最後の可能性がある。私たちは貴重な証人で、下手すると容疑者かもしれない」
 父の顔色が一気に悪くなる。決して若くない父の心臓に負担をかけたくないのは山々なんだけど、こればかりはもうどうしようもない事実だし、調べればすぐにわかることだから。
「お前と水島さんは昨日、会っているのか?」
「会って、お話をしたよ。私と春川と水島さん、彼の自宅で色々と聞かせてもらった。これ多分、立浪さんに確認とってもらえればすぐわかる。春川の連絡先は……そういえば父上は彼女の連絡先知ってるんだったね、ならあとで直接聴取すればいいよ。嘘はついてないよ。さて父上、私は無関係でいられるのかな?」
 挑発にも近い私の質問に、父はあからさまに苛立った。「ああっ」と頭をかくと、私が用意した服をつめた紙袋を手にすると、リビングから出て行った。
「今日一日はすぐに電話に出られるようにしておけっ、春川君にもそう伝えておくんだぞっ」
 そんな捨て台詞だけ残して、音をたてて玄関のドアを閉めて出かけていった。
 死体が発見されたのが昨日の夜だから、父が言うように捜査はまさにこれからということだろう。どうなるのかはわからないが、今私が証言したことはすぐに裏がとれるはずだから、きっと早めに連絡がくるだろう。
 細かいことはその時に聞き出せばいい。こちらはこちらでできることをするだけだ。
 リビングから自室に戻り、テレビを付けてニュースをかける。事件の報道はしていない、どうでもいい芸能ニュースが流されているが、いつか報道するかもしれないのでチャンネルは変えず、次はパソコンの電源をつけた。
 そしてパソコンが立ち上がる数分を利用して、電話をかける。相手は一コール以内に出た。
『おはよう。よく眠れた?』
「うーん、眠気は残っていたけど今の君の声で吹き飛んだ。ねえ一日百円払うから毎日モーニングコールしてくれないかな、君の声ならすぐに目覚められる気がするよ、春川」
 短く簡潔な彼女の挨拶に対して、長々と返すと彼女はいつものようなリアクションをとってくれなかった。
『冗談言ってる場合?』
「冗談言ってる場合じゃないけど冗談でも言わないとやってられない状況ではあるんじゃないかな?」
 実際問題、私こう見えても結構混乱してるんだけど。昨日会って話した人が死んだなんて聞かされて、平常心でいられるわけがない。例えそれが私にとって初めての経験じゃなくても。
『まあ、その通りかもしれないわね』
「君こそどうだい、ちゃんと寝たのかな? 睡眠不足はお肌の大敵だよ。気をつけなきゃいけない、君の肌は君だけのものじゃないんだ。将来的に私のものにもなるんだよ」
『なんで?』
「私の体だって君のものにしていいから。というか、今でも君の好きなようにしていいんだよ」
「遠慮しておくわ」
 私の下世話な冗談のラッシュを簡単に片付けたあと、彼女はため息をついた。
『昨日はあなたに連絡したあと、早く寝たから大丈夫。睡眠時間が短いのはしょっちゅうだし』
 確かに彼女の場合、日々のスケジュールが常にハードモードなのでそういうことも平気なんだろう。しかし、睡眠不足は冗談を抜きにして決してよくはないのだけど、今はそんなことを話しても仕方ない。
『あなたはどう?』
「私も君と似たようなものさ。昨日の晩は一応立浪さんに連絡をとろうとしたけど、返事はない。今もないところを見ると、きっと忙しいんだろうね。さっき父が帰ってきたよ、事件のことは聞き出せなかった。というか警察も事態をまだ全部は把握してないんだろう。とにかく私と君が昨日水島さんに会ったことは報告しといたよ。問題ないよね?」
『むしろ報告しなかったら問題よ』
 その通りだね。かなり重大なことだ。下手をすると生きている彼の顔をみたのは私達が最後なのかもしれないんだから。警察としては決して無視はできないだろう。変に隠したりしたらそれこそ問題だ。
「今、君はなにをしてるのかな?」
『あなたと同じだと思うわよ。パソコンの前にいるわ』
 なるほど、こちらが取るであろう行動はよまれていたか。というか、これくらいしかないんだよね、できること。
「まあ、テレビとパソコンくらいしかないからね、私たちの情報獲得手段」
『大手新聞社の記事の見出しを一通り見たけど、有益なものはないわよ。昨日の晩から続報はないようね』
「まあ、そんなことだろうと思ったよ」
 期待してなかったけど、ちょっとヘコむね。どうせ父から連絡が入れば詳しい情報は手に入るんだけど。
「我が父上がね、今日は一日はすぐに電話に出られるようにしてろってさ。君にもそう言っておけって」
『お父様からそう言われてしまっては、今日の予定はやっぱり全部キャンセルして正解だったわね』
 どうやら今日がどんな日になるかはわかっていたようで、予定はすでにキャンセル済みらしい。本当に行動が早くて的確。
「さて、今は……七時半か。春川、君、朝食はとったかい?」
『まだね。情報を優先したから』
「私もそうだよ。どうせ父に呼び出されるのは二人セットだろうから、どうだい、朝食でも」
『いいわね。……何を食べても味は同じでしょうけど』
 そうだね、今日ばかりはどんなものを食べても美味しくは感じないだろう。
『マンションに来て。軽食なら用意してあげるから』
 あれ、私はなんとか食事を楽しめそうな気もしてきた。不思議だね、愛の力かな?



 春川のマンションにつくとインターホンだけ押して、特に返事を待つこともなく中に入った。
 彼女の実家は遠方なので、彼女は大学に入ってからここで一人暮らしをしている。別に彼女の実家の近くにも近いレベルの大学はあったはずだけど、彼女は「一人暮らしがよかったのよ。一人で生活する難しさを知りたかったの」という、いかにも真面目な彼女らしい理由でここまで来ている。  
 彼女のマンションにはよく訪れているので、こういう入り方をするわけだ。春川曰く「確かに数多く友人を招いているけど、そんな入り方を許してるのはあなただけよ」とのこと。嬉しい言葉だけど、そのあとに「いつか訴えてあげるから覚悟しておいてね」とつくので笑えない。
 しかしそれもまた一興だと思っているので、気にしない事にしている。
 1LDKのマンションのキッチンに彼女はいた。ガスコンロの前でヤカンに火をかけている最中だったようで、私が入ってくるのを見ると、優しく微笑む。
「おはよう。また罪状が増えたわね」
「鍵をしめていなかった君にも責任はあるね。私が猛獣だったらどうするんだい?」
「あなたが来るとわかっていたからあけておいたのよ。というか、あなたはもう猛獣みたいなものでしょう」
 いやいや、私は小動物だよ。か弱く可愛い生き物だ。チワワみたいなものだ。
「サラダとトーストよ。そんなに食べないでしょう」
「できればブラックコーヒーもお願いしたいね」
「珍しいわね。冗談じゃなくてもあなたがお酒以外の飲み物を欲しがるなんて」
「さすがに今日は禁酒だよ。どうせすぐに呼び出される。それに私だって聞きたいことがありすぎるくらいなんだ」
 お酒を飲んだほうが個人的には頭が回るし、なによりこの嫌な気分を忘れられそうな気もするんだけど、それには少々の量では足りない。かといって大量に飲んだ状態で人に会うわけにもいかないという、非常に複雑な矛盾。
「そうね。私もそうだし。しかし今は、とにかく食べましょう。朝ごはんを食べないと、本当に何も考えられなくなっちゃうわ」
 ちょうどヤカンが湯気を吹き出し始める。彼女がすでに用意していたコップにそれを注いでいく。インスタントコーヒーでも彼女が入れるだけでずいぶんいい匂いがする。
 リビングで二人で食事をとる。何かあったときのためにテレビをつけたままにしているが、水島さんの事件どころか、他のニュースも報じない。延々と昨日あったサッカー代表戦のことを伝えている。こんな気分でもなければ楽しめただろうに。
「何もすることもないし、状況を整理してみる?」
 春川が両手でコップを持ちながらコーヒーを飲みつつ、そんな提案をしてくる。
「そうだね。まず昨日の出来事。言うまでもないけど、私と君は一緒に出かけ、まずは君の事件現場に行った。そこで写真を撮ったり、現場確認をしたりしたあと、『クロスの会』のことを話しながら水島さんの家に向かった」
「間違いないわね。水島さんの家であなたがいくつか意地悪な質問をした。たしか時間にすると三十分くらいだったね。その後私たちは駅まで一緒で、そのあとは別れた。私はバイト、あなたは大学」
「何か引っかかる言い方があったけど、まあいいよ。大目に見てあげよう。さて、水島さんが何時頃どうなったかまではっきりとわからないけど、少なくとも私たちは中々重要な証人だと思うんだ。ああ、念のため、君アリバイはどう?」
 アリバイなんていい方をするとまるで彼女が容疑者みたいだけど、警察にきっと確認される。彼らはアリバイとは言わないだろうけど、アリバイだ。
「昨日はあのあとすぐバイトにいって、十時まで働いたわ。確認はすぐとれるはずよ。その後は家に帰って、シャワーをあびてそれでテレビをつけて、事件のことを知って急いであなたに電話したのよ」
 バイトをしていたというのなら証人なんていくらでもいるだろう。事件が報じられていたのが日付がかわったところだったから、たぶん事件そのものはその数時間前に起きていたとみるべきだ。となると、彼女には変な心配はしなくてよさそうだね。
 コーヒーを飲みつつ、問題は私だなと自覚する。
「私の場合、夜のアリバイがないんだよね。夕方は教授と仲良くおしゃべりしていたから大丈夫なんだけど」
 あの後は帰宅して、よりにもよってテレビすらつけることなく寝てしまった。
 春川がサラダのプチトマトをフォークでつつきながら、不安そうな顔になる。
「疑われるということはあるの?」
「さあね。そんなものは警察が決めることさ」
 ブラックコーヒーの苦さを味わいつつ、私は挑発的に笑ってみせる。
「どうしたんだい、心配してくれるのかい?」
 私の余裕に彼女は不安そうな表情を崩してちょっと呆れた顔をした後、同じように笑ってくれた。
「どうやらそうしても無駄みたいだから、もうしてあげない」
 あらら、ちょっと損をしてしまったみたいだ。
「いいよ。たぶん大丈夫さ。疑われたとしても、悲しいことに、私そういう経験初めてじゃないんだよね。あの時みたいに女神様が助けてくれることを祈るだけださ」
 私は去年、一度警察に殺人犯じゃないかと疑いをかけられて拘束されるという、もう二度とごめんだと思う経験をしたことがある。ただその時は目の前の女神様が、とんでもない手法で助けてくれた。あの時は惚れなおしたものだと懐かしくなった。
「あんなのは二度とごめんよ。すごい賭けだったんだからね」
 彼女が首を左右に振りながら、心底嫌そうな顔をする。私からすればすごい手法ってだけだったけど、彼女からすればかなりの博打だったからね。
「なるようにしかならない。無駄な心配はおいておこう。それに……君も覚えているだろ、それより重要なことがある」
 春川が神妙に頷く。私自身のことも重要ではあるけれど、水島さんの件で一番重要なのはそこじゃない。さすが彼女、ちゃんとそれを覚えていたらしい。
「水島さんが言っていたわね、人と会う約束があるって」
 そう、私達が家を出て行く時、長居しては迷惑だという私に彼はこう言った。
『実を言うとこの後私も人と会う約束をしていてね』
 誰とは言っていなかったけど、その誰かが事件と無関係だとは思えない。いやもしかしたら、もう警察の方で裏がとれているのかもしれないけどね・
 トーストを食べ終えたところで、ポケットに入れていたスマホが震えだした。取り出してみると「着信:父上」と液晶に表示されている。
「はいもしもし」
『今どこだ?』
 さっきと変わらず不機嫌な声。いやヘタするとそれ以上かも。
「恋人の家って言ったらどうする?」
 そんな相手に冗談を言ったのに、どうしてか聞き耳をたてていた春川にすごい目で睨まれた。
『冗談言っている場合か。すぐに出られるか』
「そうしろって命令だったからね。問題ないよ」
『ならすぐに来い。春川君には俺から――』
 父上の声を最後まで聞き取ることはできなかった。春川が私の手からスマホを奪い取って、自らのものにしてしまったからだ。
「お父様、お久しぶりです。春川です」
 きっと不機嫌な父上はびっくりしただろう、いきなり話題にしようとしていた人物が電話に出たのだから。
「はい……。はい、ではすぐに。……ええ、わかってます。それで場所は……はい、わかりました。……わかりました、では後ほど」
 会話を終えて彼女が携帯電話を返してくる。それを受け取り、ポケットにしまいつつ私は素直な感想を言う。
「父親と友だちが知り合いで、しかも目の前で話されたら落ち着かないよ」
 すごく変な気分になる。できれば二度とごめん。
「直接お話ししたかったのよ。お父様もそのほうがスムーズに話が進んでいいんじゃない?」
「父上め。母上に報告してやる」
 母に「父上が女子大生に鼻の下を伸ばしていたよ」と教えてあげたらどうなるだろうかと少し想像してみる……あっ、地獄絵図だ。
「とにかく来いということだから、行くとしようか」
 食器を重ねてキッチンへ持っていく。春川は戸締りの確認をしだした。
「そういえば、どこに行けばいいんだい? 場所、聞いていただろ」
「『クロスの会』ですって。相談室で待ってくれているらしいわよ、お父様と立浪さんが」


 6


 驚いたことに『クロスの会』の建物も入り口には前はいなかったガードマンが二人立っていた。しかも若くて、大きな男だ。格闘技でも経験していたのか、顔が傷だらけ。しかも腕や胸の筋肉がもはや常人離れしている。
 私と春川が入り口に近づいていくと、すごい眼力でこちらを睨んできた。しかし私達を止めたりはせず、ただいたすら視線を送るだけだった。
「……前はいなかったわよね、あんな人達」
 春川が声でそう確認してくる。
「いなかったよ。まあ、事態を受けて呼びつけたというところだろうね。そういう会社と契約してるみたいなことは水島さん言っていたし」
 しかし見るからにそういう会社の中でも選りすぐりの人材だろう。そういうのをすぐに呼びつけることもできる財力もあるってことか。やっぱり、どこか常識離れしているな、ここ。
 しかし中はあまり変わっていなかった。だだっ広い玄関ホールに受付がひとつ、そしてそこにいつもの女性、矢倉さんが座っていた。この前と違うところといえば、目元にくまがあるところと、喪服のところ。
 彼女は私達に一礼すると、相変わらず感情のない案内だけをしてきた。
「相談室にて立浪様と警察の方がお待ちです」
 それ以上は何も言わない、むしろ早くいけと言われているように思える。だから私たちも礼だけ返して、すぐにエレベーターで相談室に向かった。しかし、かなりの信者を抱えているはずなのに、どうしてこう人がいないんだろうか。
 ノックして相談室に入ると、ソファーに腰をおろした父上と、自分のパソコンの前にいた立浪さんがこちらに視線を向けてくる。
「お待たせしたね。堂々の登場さ」
 そんな冗談も通じない。部屋の空気が重すぎる。誰も突っ込んでくれないし、もう嫌になった。
「蓮見さん、昨日は電話にでることができず申し訳ありませんでした。すこしこちらもばたついてまして」
「構わないよ。あんまり期待していなかったしね。それに、ちゃんとここで色々と教えてくれるんだろ?」
 最後の質問は父に向けて言ったものだ。父は「まあな」と曖昧な返事しかしなかったけど。
「とにかくおかけください。立ち話で済ませられるほど、短くはありません」
 立浪さんの勧めで私と春川はソファーに座った。そして立浪さんも父上の横に腰掛ける。
「まず言っておくけど私と春川はニュースで報じられていることしかしらない。だから私達からも昨日のことはちゃんと話すけど、それに見合った情報が欲しい。いくらなんでも昨日会った人が死んだ……いや、殺されたことが気にならないわけがないんだよ」
 隣の春川がうんうんと頷く。それに呼応して立浪さんが「わかってます」と返事をする。そういえばこうして彼と座って向かい合うのは二回目だ。彼と春川のあの話し合い以来。こういう形で再現されるとはね。
「で、父上、私たちは何を話したらいいんだい?」
 腕をくんだまま座っていた父がため息をついた後、話し始める。
「お前と春川くんが昨日水島さんと会っていたのは、立浪さんの証言があったし、押収された水島さんの携帯のスケジュール帳に書いてあったから確認はとれた。その前後の出来事を、できるかぎり細かく話すんだ」
「わかった。私からでいいかな」
 隣の春川に確認をとると彼女はしずかに頷いた。というわけで私は、昨日の出来事を事細かく説明していった。春川の事件の現場検証をして、そこから水島さんの家にいきちょっとした調査をしたこと、そしてその後の私の行動。
 水島さんとどういう話をしたかも詳しく話した。私の話の最中、父は熱心にメモをとっていて、立浪さんはただただ聞いていた。
「――それで春川に起こされて、ニュースを見て事件を知った。これが昨日のことだよ」
 一通りすべて話し終えてから、春川に視線を向けた。彼女は「じゃあ、次は私が」と切り出して、私とほぼ同じ内容のことを話し始めた。
 昼間はほぼ一緒に行動していたから話の中身は大きく異なることはなかった。ただ春川の場合、私と違って水島さんと話すことは少なく、彼女はその分彼をよく観察していたらしく、彼がどういった質問にどういう反応をしたかを細かく付け加えていた。
 そして夜の彼女の行動はさっき朝食をとりながら確認したとおり、隙がない。おそらくバイト先に確認をとればいとも簡単に証明されることだろう。
「私からは以上です」
 わざわざ話し終えてから小さく頭を下げるあたりを、私も見習わないといけないのかな。
 ただ私も春川も、あの重要な部分を話していない。話し終えた春川が私の膝を叩いて、それを話すように促してくるので、私はこほんっと咳払いをしてからここばかりはいつになく真剣に語り始める。
「以上が私と春川の話しだったわけだけど、実を言うと重大なことがあるんだよ」
 私は昨日水島さんの家を出る直前に彼が誰かと会う約束をしていると言っていたことをちゃんと伝えた。どうやら警察も協会も把握していない情報だったらしく、父上はいつになく目が鋭くなり、立浪さんは驚いた後、すぐに立ち上がって彼の机の上にあった内線の電話をとって誰かと話し始めた。
 さて、警察が把握していないというのは大変な事態だった。なにせ父上はさきほど私と春川が水島さんと会っていたのを立浪さんの証言と、押収した水島さんの携帯のスケジュールで確認したと言っていた。つまり、水島さんはスケジュールを細かく管理するタイプの人間で、そんな人がその後の予定は書いていなかったということになるんだから。
 可能性はいくつかある。まずその約束が急にできたことだったというパターン。例えば昨日の朝、いきなりきまったことだったということ。
 次に、そのスケジュール帳にはたまたま私たちの予定だけが書き込まれていたということ。日頃はそんなにスケジュール帳を使わないが、私たちの約束だけは忘れてはいけないと考えて厳重に管理した。
 更に、この逆パターン。その誰かと会う約束というのは別に大したことではなかったから、わざわざスケジュール帳に書かなかったというパターン。
 そして最後にもうひとつ。今までのは私達から見たらという考え方だ。第三者、つまりこの場合では警察からみたらもう一つだけ可能性がある。
 そう、私達が偽証しているとうパターン。
 もし警察がそういう色眼鏡で捜査を始めたら、すごく面倒だな。春川はともかくとして、私には夜の予定が空白で、『クロスの会』に対する恨みがあるとみられても仕方ない人間だ。さて、そんな人間がこの協会の代表格の人間と会った日に、その人物が殺された。アリバイはない。こんな偽証をするには十分な根拠だ。
 一緒に証言している春川も、なにせ私が協会を恨むきっかけになってる当事者だ。共犯とみられても、あんまり文句は言えない。
 なにせ、私が春川の事件で協会を疑っているのも、すごく似たような経緯があるからだ。これはとんでもないブーメランじゃないか。まったく、笑えないブラックジョークだよ。
 内線電話を終えた立浪さんが、ソファーに再度座った。
「ただいま矢倉さんに確認しました。そういったことは聞いてないとのことです」
「矢倉さんは水島さんのスケジュール管理なんてしているのかい?」
「彼女はこの協会の事務職みたいなものです。信者の誰が何時に来訪するか、どういった業者がいつくるか、あと教祖様が非常に気まぐれでありますからそのマネージャーみたいなものも。すべてそつなくこなしますからね。代表代行のメンバーは緊急の呼び出しなどもありますから、彼女にスケジュールを教えていたりします。そうすれば連絡が楽になりますからね。彼女は代行のスケジュールは基本的に私にも教えてくれるのですが、他の代行が立浪には教えるなといえば、そうしますから。しかし今回はそういったこともない様子です。彼女は完全に寝耳に水といった感じでした。言っておきますが、彼女は仕事上でミスをしたことはありません」
 あの機械的な女性。ただの受付じゃなく、どうやら立浪さんの右腕のような役割をしていたらしい。どうりで彼女もいつもいるわけだ。つまり彼女が窓口になってすべての情報を管理して、それを立浪さんに報告している。
 これだけ見ると、普通の企業みたいだね。
「厄介ね」
 そう端的に言ったのは春川。彼女もどうやら状況を理解しているらしい。私達以外、この証言の裏付けがとれないのは、彼女が言ったとおり、いや彼女が言った以上に、厄介だ。
「だね。まあ、これはもうお任せするしかないね。……さて父上、私たちのお話は今ので終わりだ。次はそちらの番だと思うね」
 父上は当たり前だが、あまり乗り気ではない。娘とその友だちに殺人の話しをするのだから乗り気でも困るのだけど。
「そうだな……どこから話せばいいだろう」
「ここはもう最初から話してほしいね」
 最初からと言ったものの、最初がどこかも私はわからない。
「そうだな。じゃあ、警察が掴んでいる時系列ごとに説明していこう」
 それはきっと今わかっている「最初」からの説明。それ以前に最初があって、それが最初でない可能性もあるのだけど。
「まず事件があったのは昨日の夜十時。場所は隣の市だ」
 隣の市はここから二駅ほど離れている。
「水島さんが見つかったのは、ニュースでも見たと思うが、町外れの空き地だ。土木業者の土地で、いつもは機材やらをおいているんだが昨日は出払っていた。そこで見つかった……燃えている姿が」
 そう、それはニュースで聞いたとおり。
 昨晩、その空き地の付近の住人は男の叫び声を聞いた。あまりにも苦しそうな、雄叫び。それが続いた。驚いた住民たちは家から飛び出して、その声の元へ向かった。そこには男がいた。そう、燃えている男が叫びをあげながら、全身に炎をまといながら、苦しみあがき、もだえていた。
 まさに地獄絵図な状況に住民は一瞬言葉を失ったが、そこからは素早かった。一人は急いで水を近くから調達するために奔走し、一人は警察に通報した。何人かの住人が水をかかえたバケツをもって、その男へ近づいて水をかける。近くの家から園芸用の長いホースを借りて、それを用いたりもした。
 男の身をまとう炎はそのおかげで消し止められたが、その頃にはもう男は叫ばなくなっていた。
 警察が到着し、現場を封鎖。男は病院に搬送されたが、救急車の中でもうすでに心肺停止状態。病院について、正式に死亡が確認された。
 男は両手と両足に手錠をはめられていて、自由に動ける状態ではなかった。
 警察が現場検証をしたところ、その男が燃えていたすぐそばから男の持ち物とみられるものが見つかった。一つのカバン。中には財布や携帯が入っていた。そして財布の中には免許書が入っていて、その男が「水島修」である可能性が急浮上した。
 もちろん、正式に調べなければならない。警察は免許証の写真と、死体を見比べた。近隣の住人のおかげではやめに消された炎は、顔を焼ききってはいなかった。警察が見ても、その男は水島修で間違いないように思われた。
 しかし、それだけでは当然足りない。警察は彼の身寄りを頼ったが、彼が天涯孤独であることがわかると、すぐに彼に近い人物を頼ることにした。
 そして彼がつい最近事件のあった、それに関係しているんじゃないかと疑われた宗教団体の代表格の一人であることがわかると、その事件で一番警察とセッションした人物に連絡した。つまりそれが立浪さん。
 そして立浪さんが身元確認をした。どうりで昨晩連絡がとれなかったわけだ。もちろん彼のことだから協会関係者などに事務的連絡もしないといけなかったんだろうけど、なにより焼死体を見た直後に誰かと冷静にやり取りするなんて、そうそうできるものじゃない。私も一度だけ、焼死体は見た。はっきり言って、死んでももうあんなのは見たくない。
 結果として警察的には焼死体にしては最速といっていいほどのスピードで被害者の身元が判明することになり、私達が見た報道につながる。


「問題はその前後、いや特に、その前に何があったかだよ」
 ここまでの話はおおむねニュースでも聞いているからね。
「一晩あったんだ、それで今は……十時か。どうだい、彼の生前の行動はどこまでわかってるんだい?」
 少なくとも私たちと別れてから、彼がどうしたか。これがなにより重要で、私達が知りたい部分ではあった。
「まだほとんどつかめていない状況というのが真相だ。もちろん、わかっていることもある」
「焦らすね。日頃の私ならそういうのを楽しめるんだけど、今日はそうともいかないよ」
「司法解剖の結果が出た。俺達はてっきり何者かに襲われ、気絶させられたりしたのだと考えていたが、大きな傷などは見つからなかった。ただ、微量の睡眠薬が胃の中から検出された」
 なるほど。穏やかじゃない話になってきた。いや人が死んでいるのだから穏やかなわけはないんだけどね。
 つまり暴力的に拉致されたりしてはいない。どこかでゆっくりお茶での飲んでいた。ただ、そのお茶にお薬が入っていましたということだ。そして水島さんが眠っている間に手足を拘束し、空き地へ連れて行き、火を放った。
 ――生きたまま。
「相当恨まれていたとみるのが妥当かい?」
「通り魔的とも思えない。周到に用意された計画だからな。犯人は水島さんを狙って犯行をした。そして方法をみると、その線が強い」
 私は昨日、水島さんとした会話を思い出す。協会に恨みをもつ人間はいるかという私の真っ直ぐな質問に、彼はいないと答えた。私はその後、ちょっとした嫌味を言ってやったわけだけど、なんというか、あんなこと言うんじゃなかったな。
 変に責任を感じちゃう。
 しかしもしも彼の回答を真に受けるとしたら、これは彼個人への攻撃となるわけだ。さて、それはどうだろうか。
「前の事件、つまり三月に殺された協会関係者の事件との関係はありそうかい?」
 あれは協会関係者が殺された事件だけども、警察は協会は無関係だと結論づけ、そして協会もそうだと主張していた。しかし、もしも今回の事件とその事件が何か繋がればさすがに協会は無関係とはいえない。
 はっきり言うなら、協会は何者かに恨まれているという結論が出る。
「今丁度水島さんの自宅を捜索してるはずだ。そこから何か出るかもしれない。ただ、現場から二つの事件をつなげるものは出ていない」
 なるほど。しかし、そうなると望み薄だな。犯行現場からそういうのが出ないのに、自宅から出るということはそうないだろう。
 その時、春川が私の袖を引っ張ってきた。
「ねえ、レイ」
「なにかな」
「あなた、昨日なにか言ってたじゃない。水島さんの家のこと。そう確か……足りないって」
 思わず「あっ」と声を漏らした。そうだ、なんで今までそのことが頭から抜けていたのか自分でもわからない。これこそ本当の間抜けというやつかもしれない。
「なんだレイ、何かあったのか?」
 父が春川の言葉に興味を示して、身を乗り出してくる。
「何かあったんじゃない、何かなかったんだ」
「なかった?」
 父にも聞き返されてしまう。そしてやっぱりうまく返せない。うーんと頭を捻る。
「いや昨日春川にも言ったんだけどね。あの家、何かなかった気がする。何かが明らかに足りなかった。ただそれが何かわからない。ただ、絶対になくちゃいけないものが欠けていたと思うんだ」
 私は当然だがあの家に昨日初めて行った。だからいつものあの家というのを知らない。だけど、この感覚だけは間違いとか、勘違いとか、思いすごしではないと確信している。ただ、これだけ自信があるくせに「なにか」はやっぱり分からない。
「わからないってお前、それがわからなきゃどうともならんぞ」
「わかっているさ。けどわからないものはわからないんだよ。言葉にできない……いや違う。ああもうっ、わからない!」
 いくら考えても、どれだけ思い出しても、やはり答えは出ない。しかし感じたことは間違いない。
「父上、だから捜索で何か変わったことがあったら逐次連絡くれるかい? それで何か思い出すかもしれない」
「それでって……そんなあるかもどうかもわからないものを。しかもお前が感じただけで、春川くんは感じなかっただろ?」
 父の指摘は見事に的を射ている。そう、私が感じただけ。しかも立場的に私は少し弱い。
「お父様、お言葉ですがレイのこういうところは侮れませんよ。私も出会ってから何度も驚かされています。いや、そういうのはお父様のほうがよくお分かりでは?」
 春川が笑顔でそんな反問を返すと、父は言葉に詰まった。
「確かに私とレイの立場は少し弱いです。しかし、無罪であることはお父様が確信してくださってると思ってます。それにそういうところを抜きにしても私たちは昨日の水島さんを見た数少ない証人。そういう人間の感覚や直感は大切ですよね? だって、警察の方々はよく言うじゃないですか。どんな些細なことでも構いませんって。レイの証言は確かに曖昧ですけど、決して些細なことではありませんよ? この曖昧ながら些細なことではないことを解決するためには、レイへの情報提供が必要不可欠だと思います」
 春川は一気にまくし立てるようにそう述べた後、生意気を失礼しましたと父に頭を下げた。そしてその頭をあげるときに視線だけ私に向けて、綺麗なウィンクをしてみせた。
 本当に恐ろしい友人だ。目の前の父は今の春川の言葉でだいぶ気持ちが揺らいだらしい。父は四十年も警官をやっている人間だ。そんな人間を相手にして、ひけをとらず、相手を誘導しようとしている女子大生。はは、絶対に敵にはしたくないものだね。
 警察の言質を取られた父はしばらく悩んだ後、わかったと答えた。
「なにかわかったらお前に教えよう」
 今度は私が春川にウィンクする。あとでご褒美にキスでもあげようかな。きっと絶交されるけど。
「で、父上。わざわざ私と春川を協会に呼んだんだ。しかも立浪さんも同席させてね。まさかこれだけで話は終わりじゃないよね?」
 協会に来いと呼ばれた時点でなにか、この事件とは別の用件もあるんだろうと予想していた。事件のことだけなら警察でもいいからね。立浪さんが同席しているのを見ると、目的は明らかだけど。
 父は仕切り直しだといわんばかりに一回咳払いをしてから話しだした。
「事件の現場から、こんなものがみつかった」
 父がポケットから四つ折りにされたA4の紙を取り出した。それがなにか、この段階で少し予想はしていたのだけど、私はそれに手をとって広げた。春川が覗きこんでくる。
 それにはあるものがコピーされていた。そしてコピーされた文面を読み上げてみる。
「贖罪せよ」
 新聞の切り抜きでつくられた四文字のメッセージ。『贖罪せよ』というその短い一文だけがプリントされている。春川と一瞬目を合わせる。彼女もちょっと驚いたらしく、顔に少し動揺がうかんでいた。
「それが現場にあった。お前たちなら、それがなにかわかるだろ?」
 わからないはずもない。なにせ昨日も似たようなものを見せられたんだから。
「……前の事件と関係ないって話しじゃなかったかい?」
「前の事件と脅迫状を結びつけるものはない。前の事件は前の事件だ。今回は脅迫状と水島さんの事件が重なっているというだけだ」
 つまり、やはり前の事件は無関係だと。いくらなんでも無茶すぎるだろうと思うが、どうせ父のことだ、同じ事を思っているに違いなく、ここで私がとやかく言う必要もない。きっと自分や仲間でちゃんと調べるに決まっている。こればかりは素人が口をだすべきじゃないね。
「脅迫状はもともと協会に対して、いや代表代行に対して送られていたものだ。それと酷似したものが今回あった」
「そうだね。じゃあもう結論は出ているじゃないか……この事件は協会を狙ったもの。そして――」
 私が言葉を濁そうとしたが、隣の彼女がはっきりとその冷たい未来予想を口にした。
「まだ続いていく可能性がある、ということね」
 容赦の無い彼女の言葉。しかし、それこそまさにここが直面している問題だった。
 ……まったく、本当に穏やかじゃない。
「立浪さん、あなたの意見を聞きたいな。どうせ父からもう質問攻めされているだろうけど、協会を恨む人間に覚えはないの?」
 一貫して沈黙していた立浪さんに尋ねてみる。
「そういう可能性がある方々のリストはすべて提供しました」
「……引っかかる言い方だ。リストって……まさかあなた、最初からそういうものを作っていたのかい?」
「私個人的にもしものときのためにつけていただけですよ」
 水島さんは恨む人間などいないと盲信していた。それに対して、この人はそういう人はいる、だからいざというときのための対処法を考えていた。はっきり言って、どちらも決してまともだとは思えない。
「父上、きっとそのリスト、私の名前が載ってるよ。記念にコピーしといてくれ。額縁に入れてリビングに飾ろう」
「蓮見さんの名前は消してますよ。私たちはすでにパートナーですから」
 消してますよってことは載せていたのには変わりないわけだ。おそらく私と春川が来た日、即日でリスト入り。彼の言い分を信じるなら翌日には消されたことになるので、わずか一日だけども。
「私は残っていますか?」
 そう尋ねたのは春川だった。そういえば今彼は「蓮見さんの名前はけしている」と答えた。おそらく私と同時にリスト入りしたであろう春川はどうなのか。
「消していますよ。ご安心ください」
「そうですか。けど、今の言葉、安心してくださいって言葉ですけど、つまりリストから外れれば安心できる。そうじゃなければ、できない。そういうリストなんですか?」
 春川が彼の言葉尻をとらえて詰問していく。なんだか、今日の彼女は冴えている。つまり、いつもどおりということだけど。
「いいえ。そんな考えをしないでください。リストに載っていれば、警察の方に目をつけられる可能性があり、あなたにはそれがないという意味ですよ。他意はありません」
「残念ながら、警察の方にはもう目をつけられているんだけどね」
 私はそう言いながら、目の前の父に目をやった。
「それで父上、何が言いたいのさ?」
「わかるだろう。手を引けと言っている。さっき約束したとおり、お前に情報は提供しよう。しかしそれはお前を重要な証人としてだ。もうこれ以上、水島さんの件に深入りはするな。こういう事件が危険なのは身に染みているだろ? お前たちは水島さんに何か関わりを持ったかもしれない、しかしそれだけだ。これ以上の関与は、許さん」
「うん、わかったよ」
 父の言葉が終わると同時に、瞬間的な間をおくこともなく、即座にそう返事をした。横の春川、そして向かい側の父と立浪さんも驚きの顔をしている。なにをそんなオーバーリアクションを取る必要があるのか。
「なんだい皆さん、面白い顔をしているね。スマホで撮りたいね。あとでTwitterに投稿しておくよ」
「い、いや、まさかそんな素直に返事するとは思っていなかった……」
 三人の中でも一番驚いているのは父だった。私が父の忠告に了承したのが、よほど信じられないらしい。長い付き合いになるけど、父がここまで驚いているのは久々に見た。
「お前はこういうことになるとどこまでも強情だからな。母さんに似て」
「母上は強情なんじゃなくて、強引なんだけどね。いやいや、正直私一人なら素直に聞いてないだろうね。けどほら、今回は私、パートナーがいるものでね」
 私は親指で隣に座っている春川を指さした。
「彼女の身を危険に晒すわけにはいかないんだよ」
「あら、感動的なことをいってくれるわね」
 私のこんな感動的で格好いい言葉を春川はそう褒めてくれたのだが、その表情は全然嬉しそうじゃない。言葉もどこか棒読みだ。素っ気ないというより、愛がないね。
 その時、急に携帯の着信音が室内に響いた。どうやら父のだったらしく、父はそれに出るため立ち上がった。
「呼び出しだ。俺はここで失礼させてもらう。ふたりとも、また連絡する。気をつけて帰るんだぞ」
 父はそんな気遣いを残して電話に出ながら退室した。
「で」
 三人になった部屋で最初に口を開いのは、私の横の美女。声から少し不機嫌な様子が伺える。
「私をダシに使ってお父様を騙して、あなたはどうするつもり?」
 どうやら不機嫌な原因は私のようだ。いや、それしかないんだけどね。
「ダシに使うだなんてひどいなあ。私が君の身を心配しているのは本当だよ。私のモノだし」
「私今、おふざけは受け付けないわよ。あなたがああも簡単に引き下がるなんて、絶対に裏があるに決まってるじゃない」
 信用されていないなあ。いや、信用されているともとれるかな。どっちしろ、一緒だけど。
 しかし、彼女のこの言い分、実を言うと当たっている。私には裏がある。父を騙し、彼女をダシに使ったのも大正解。けど言い訳をさせてもらうなら、良心が痛んだよ、少しはね。
「君は騙せないね。けど私、嘘はついてないんだよ。父の言ったように、水島さんの殺人から身を退く。危険だし。それに私でどうこうするより、警察が調べたほうがいいに決まっている」
 推理小説なら探偵が警察より優秀なんだけど、残念、そんなのはフィクションさ。探偵の頭だけで、警察の組織力や科学調査を上回ろうなんて、十九世紀初頭のイギリスで終わってる。シャーロック・ホームズが、最初で最後だ。
 ただ、ただ。
「私は水島さんの殺人から身を退く。しかし、立浪さん、私はあなたからの依頼を破棄するつもりはないんだよ」
 立浪さんの依頼。脅迫状の送り主を特定して欲しいというもの。私はそれから撤退するとは言ってない。そもそも言えない。なにせ、私はそれと引き換えに春川の事件を調べられる権利を得ている。破棄なんて、死んでもするものか。
「私は脅迫状の件は諦めない。調べ尽くす。ああ、そういえば水島さんの事件で新しい、同一人物が送ったかどうかは定かではないけれど、似たような脅迫状があったらしいね。そうかそうか、なら調べないといけないなあ。あくまで脅迫状を。脅迫状を調べていく過程で水島さんの事件そのものに少し関わってしまうかもしれないけど、これは不可抗力だよね?」
 わざとらしい言葉の後、私は春川と立浪さんに同意を求めた。リアクションはそれぞれ。立浪さんは少し呆気にとられた後、そうですねと小さく笑った。
 春川は、私の足を踏んだ。


 立浪さんに「現場に残っていたあの『贖罪せよ』ってやつのコピーが欲しいんだ。私から父上に頼むわけにもいかないから、なんとか警察からデータでもなんでもいから貰って、横流ししてくれ」とだけ頼んで、私たちは協会を後にした。
 立浪さんはこの後も色々と忙しいらしい。しばらくは連絡がとれないかもしれないとのこと。ただ、次の連絡はこっちからするということなので、それに従うことにした。
 春川の不機嫌が治らない。彼女からすれば自分をダシに使われたのがよっぽど不名誉だったのか「あんな言い訳つけなくてもよかったじゃない」と憤慨している。
「まあまあ、ああいえばすんなり納得してくれると思ったんだよ」
 そんな風に春川を宥めながら協会から離れていたときのことだった。私は視界の端に何かをとらえた。私達から三十メートルほど離れた場所で、協会の建物を見上げている人物がいた。赤いランドセルを背負った、可愛い私服の女の子。
 私が初めてここを訪れた帰りに私に奇妙な警告をしてきた、あの少女だった。
 私が彼女のことを見つけたことに彼女も気づいたらしく、私の顔を見た途端、あからさまに「まずい」という顔をして、走ってどこかへ消えた。追いかけようかともしたけど、なぜか足が動かなかった。
「なによ、あの子、知り合いなの?」
 そんな春川の質問に、
「いいや、まだだよ」
 なんて、不明瞭な答えだけ返した。


第3章【春にして君を離れ −Absent in the Spring ―】


 胡桃沢さよをひとことで表すなら、それは「人見知り」だった。ただそれはオブラートに包んだ言い方。正確には「極度の」とつけなければならない。
 それはもう生まれ持ったものだとしか言い様がない。彼女自身、それが自分の短所であることはわかっていたから、それを治すために様々なことをしてきた。それはどれも本に書いてあることであったり、ネットで調べたことであったり、テレビで見たことであったりした。つまり成功の前例があった。
 しかし、彼女にそれは効果がなかった。彼女が「なるほど、私にはこれは治せない」と現実を受け入れることができたのは、つい二年ほど前のことだ。それまで、つまり高校二年の春までは、彼女はそれと必死に戦った。
 幸いにも彼女は人に恵まれていた。彼女のそういうところを受け入れてくれる人のほうが多かった。彼女は本当にこればかりは世界でもトップクラスでも幸運だったと感謝している。人に恵まれた人生とは、こういうことをいうんだろうなあなんて、十八歳にしてそんなことを思っていた。
 そんな彼女が、一世一代の決断をしたのは、一年前のことだった。高校3年生になった彼女は進路希望で、地元から離れた大学に進学すると決めた。これには彼女の周りは騒然となった。なにせそれは、一人暮らしするということで、周りからすれば彼女にそんなことができるはずがないと思っていたから。
 しかし、おそらくさよはここで生まれて初めて周囲の反対というものを押し切った。両親が年明けまで反対したが、そこを祖母が「さよちゃんを信じなさい」と諌めてくれたおかげで、彼女はこの春めでたく希望していた大学に入学した。
 周囲の友人たちは彼女のこの決断を驚いていたし、やめておいたほうがいいと忠告していたけれど、夏には「しょうがない、じゃあ協力してやろう」と、彼女を応援してくれた。
 それからは受験勉強を一緒にしながらも彼女の人見知りをマシにするために色々と協力してくれた。おかげで彼女は人見知りは治せなかったが、緩和できた。それだけでも彼女からすれば初めてのことだった。
 そしてこの春、彼女は地元から出た。
 ある人と再会を果たすため。


 緩和したとはいえ、彼女が極度の人見知りであることにかわりなかった。だから彼女はこの知らない人しかいないという、もはや彼女からすれば異次元に近い世界に未だに対応できていなかったりする。
 だけど、彼女はその緩和した人見知りを活かし、入学早々から一年前の自分では考えられないような行動をした。
 そして結果として、彼女は今大学のある校舎の三階にいた。ここは彼女の学部でもない。だから彼女からすれば余計に知らない人ばかりの世界なんだけども、さすがに連日こればかりだから少し耐性がついていた。
 彼女はその校舎の窓から外を見下ろしていた。そこにあるのはテニスコート。テニスサークルの人たちが、試合をしたり素振りしたり、談笑したりしている。まさにキャンパスライフというやつだった。
 しかし、彼女は別にテニスに興味があるわけでも、サークルに憧れていたわけでもない。彼女の目的は一人の人物だった。
「……あ、いた」
 自然と声が漏れた。彼女は窓に張り付くようにして、コートを見下げる。彼女の視線の先には、今まさにコートに来たばかりの生徒がいた。長身で、ストレートの黒髪が綺麗な女生徒。彼女がこの大学に入った目的。
 彼女がコートに入ってくると、そこにいた全員が彼女に声をかけてはじめた。あいかわらずすごく多くの人達から慕われているんだと、彼女は素直にすごいと思った。
「先輩……」
 さよはそれからしばらくずっと彼女のことを目で追い続けていた。彼女はいろいろな人に声をかけていき、時々練習を教えたりしていた。
 ちなみに、さよは何かに没頭すると周りが目に入らなくなるタイプの人間だ。これは天性のものではないが、それに近いものだった。彼女は人見知りなので人が多くいる場所などでは、それから逃れるために他の何かに集中するということを小さい頃からずっと繰り返してきた。
 そうしている間に、とんでもない集中力が培われていた。
 だからこの時、彼女は気づくことはできなかった。
 自分のすぐ後ろにある人物がいたことを。
 さよが我に返り、自分の背後に誰かの気配を感じ取ったときには、彼女には振り返る余裕もなかった。口をふさがれて、同時に胸のあたりももう片方の手で拘束されて、身動きどころか、当然声をだすこともできなかった。
 あまりに突然の出来事に、彼女は衝撃あまり最初は暴れることもできなかった。体が固まって、体中から冷や汗が一気に流れ出る。
「楽な捜査になるかなとは思っていたけど、こうも簡単に捕まえられるとはね」
 混乱するさよを差し置いて、後ろの人物はそんなわけの分からないことを言っていた。
 さよが「なにかよくわからないけど、逃げなきゃ」と考えにいきつき、身をよじらせてみるけれど相手の力が強いせいで逃げられない。
「ああ、暴れるのかい。別にいいよ。なんだったら叫ぶかい? それも構わない。ただ……」
 後ろの人物はクスっと妖艶に笑った後、続けた。
「聞こえちゃうかもね、下のテニスコートまで。そうなるときっとあそこにいるみんな、こっちを見上げるだろうね、春川含め」
 思わずまた体が硬直する。どうしてこの人は春川先輩のことを知っているのか、いやそもそも、どうして春川先輩がこちらを向くことが脅しになるとわかっているのか。
「君にしてはいいことじゃないだろ?」
 ここで初めてさよは自分を拘束している人物と目を合わせることができた。彼女がさよの顔を覗き込むように見下ろしてきた。
 女性だった。黒髪がロングでストレートというところは春川先輩に似ているけど、それ以外は、まとっている雰囲気も何もかもが違っていた。彼女は人を拘束しているとうのにどこか楽しそうで、唇を曲げて笑っていた。
「君ね、一つだけアドバイスさ。誰かを調べるなら、そんな派手なサングラスはすべきじゃない」
 彼女はそういうとさよがかけてたサングラスを外してきた。
「あっ、やめっ……」
 さよがサングラスをかけていた理由は陽がまぶしいとか、おしゃれとか、そんなものではなく単純にそうすると周りが見えにくくなるからという、いかにも彼女らしい理由だった。だから彼女にとってそれをとられるということは、裸にされるのと同等に近い。
「おや、可愛い顔をしているじゃないか。こんなものつけていると、もったいないよ」
 まっすぐ顔をみられて、しかもそんな褒め言葉をもらったものだから、さよの精神は限界に近づいた。いっきに顔の体温が上昇する。おもわず目を伏せてしまう。
「さて、ずっとこうしていても不審者に思われるね。君はちょっと付き合ってもらうよ」
 彼女はそういうとさよを拘束したまま移動し始めた。その間さよは何度も逃げようとしたのだけど、やはり逃げられない。そもそも廊下に出ても平然とさよを拘束したまま移動する彼女を、ほとんどの生徒が疑問に思ってないのか、自然としていた。
 この時彼女は初めて、この大学に入ったのは間違いだったんだと、深く後悔した。
 結局、彼女はそのままどこかも分からない部屋に連れ込まれた。そしてその部屋にはいると当時に解放された。
「はい、もういいよ」
 しかし相反して、さよは即座にその部屋から逃げようと扉の方に走ったが、どうしてか扉が全く開かない。
「ああ、無駄だよ。ここの部屋、外から鍵をかけられたら中からじゃ開けられないんだ。しかし最近の大学教授というのはどうかしているね。ちょっとある子とお話ししたいから、その子を軟禁するのを手伝ってくれないかなって言ったら、本当に協力してくれるんだから。それだけ私が信頼されているってことかな?」
 さよが扉の前で悪戦苦闘しているにも関わらず、彼女はそんなよくわからないことを言ってくる。よくわからないけれど、自分がとにかくここから出られないということだけは、理解した。
「別に食べたりしないよ。いや、君可愛いから本当は食べちゃいたいんだけど。けど今日はそんなことを言っている場合じゃないね。君は誰で、何の目的で春川を調べて、しかも付け回しているのか、色々と教えてもらいたいんだよね」
 全身に危機感がはしる。完全にさよがしていることがばれている。決して隠密な行動じゃなかった。けど、人見知りの彼女が精一杯の勇気を振り絞って聞き込みなどして、なんとか春川先輩が大学で何をしているのか調べた。
 けど、どうしてそれを、この誰かもわからない人に突き止められて、しかも問い詰められているのか、さっぱり分からない。
 さよが混乱して黙ったままいると、目の前の彼女は「ああ」と手をうった。
「そういえば自己紹介をしてなかったね。私はこの大学の三年、春川の友達で蓮見レイという。みんなからはレイと呼ばれることが多い。好きに呼んでくれていいよ」
 蓮見レイと名乗った彼女はそういうと、屈託のない、すごくいい笑顔を向けてきた。
 春川先輩の友達?
「心配しなくても君のことは春川には知らせてないよ。これは私が勝手にしてることだから安心してくれ、胡桃沢さよちゃん」
 また体に衝撃が駆け抜けた。今彼女はたしかにさよのフルネームを口にした。
「簡単だったよ。そのサングラスをもとに辿っていったのさ。色々な学部の友達に最近サングラスをかけた子を見なかったかいとメールをしたら、理工学部の友達がそんな一年生がいると教えてくれた。で、理工学部に出向いてみたら、君の目撃情報はいっぱいあった。ただ君、誰とも関わってないみたいで、名前まで知ってる子がいなかった。さてどうしようかなと思ったけど、大学の特性を利用した。君、昨日の授業を真面目に出てたね」
 さよは一年生だから授業はたくさんとっている。だから昨日と言われても、どれか分からないけど、確かに昨日は履修している授業は全部出た。
「大学ってさ、こういうところ不用心だよね。出席確認のために点呼するだろ。あれじゃ名前なんてすぐ手に入る。胡桃沢さよさんって呼ばれて、君が手をあげるのを、ちゃんとこの目で見たよ」
 そこまで言われてどの授業かわかった。年配の教授がやっている授業だ。
 けど、ということはこの蓮見さんというのは昨日、同じ教室にいたということだ……全然気が付かなかった。
「失礼ながら、君のマンションも知ってるよ。昨日は君のあとつけてたから」
 さっきから驚かされてばかりだけど、これには思わず腰が砕けそうになった。あ、あとをつけられていた……。
「いや、念には念をいれるタイプの人間なんだよ、私。さて、さよちゃん、昨日一日かけて私は君のことを調べつくした。そして今日春川を監視していることを現行犯逮捕というわけさ。つまり、言い逃れできないよ? さっさと白状してもらおうか」
 ニッコリと笑っているが、彼女から威圧を感じた。知らない間に包囲されている。ここから逃げた所で、すぐまた捕まる。
「……えっと」
 初めて声を出そうとするけど、緊張で唇が動かない。ただでさえ人見知りで誰かと話すのは得意じゃないのに、ここまで追い詰められてしまっては、彼女には正常にしゃべるというのは至難の技になった。
「……あの、えっと……その」
 自分が何を言おうとしているのかさえわからなかった。ただ何か言わなくちゃいけないと思って口を動かそうとするけど、唇が震えるばかりで、言葉にならない。そもそも頭が真っ白なこの状態では、きっと言葉になったところで、相手には伝わらない。
 思わず下を向いてしまう。そんな彼女の行動に、蓮見は何か察したようだった。
「君、まさか恥ずかしがり屋さんかい?」
「……はぃ」
 ようやく出した言葉は、たったの二文字だった。しかも相手に自分の性格を正確に見ぬかれた。
「そうか。なるほどね。じゃあ次の質問。タバコは好きかい、それとも嫌い? 好きなら頷いて、嫌いなら首を振ってくれ」
 思わず首をかしげたくなるような、全く意図のわからない質問だったけど、さよはとりあえず首を振った。吸ったことはないけど、煙を吸うだけで正直嫌な気分になった。
「なるほど。じゃあ、これでいいや」
 彼女は何か一人で納得すると、急に胸ポケットからタバコの箱を取り出した。そしてその中から一本取り出すと、口にくわえて火をつけた。そしてそれをくわえたまま、さよに近づいてくる。
「さあどうぞ」
 彼女はさよの顎を持ち上げると、そのタバコを咥えさせて、まだ未成年の彼女に強制的に喫煙させた。
 あまりに突然のできごとに「えっ」と自然と声が漏れたあと、タバコのあの匂いや味が彼女に襲いかかってきた。思わず即座にそのタバコを吐き出す。おちたタバコは蓮見が踏んで火を消した。
「な、な、何するんですか!」
 気がつけばさよは目の前の彼女を先輩にも関わらず大声で怒っていた。
「ひ、非常識ですよ!」
「不思議とそれよく言われるんだよ。けどいいじゃない。少し、話しやすくなっただろう?」
 そこでウィンクをされた。そして気がついた。そういえばさよは、会ったばかりの人間にこんなに声を張ったのは初めてだ。いや、会ったばかりどころか、そもそも他人に対して声をあげて怒るという経験さえ彼女は初めてだ。
「人見知りとか、恥ずかしがりは、自分を見せるのが怖いというのがあるんだよ。だから、一度自分を見せてしまえば、実は後は楽なんだ。君、今までそういう経験したことなかっただろう?」
 まるで見透かしたようにそう指摘してくる。
「怒るというのは、見せたくない感情の一つ。だからごめんだけどそうさせてもらった。許して欲しい。君とは色々と打ち明けて欲しいからね」
 そんなことを言われてしまえば、許すしかなかった。それに確かにさよは体から緊張が消えているのを体感している。さっきまで唇が震えていたのに、今では自然と口が動いた。
「無茶苦茶です……」
「それもよく言われる。さて、私のことはどうでもいいよ。君のお話を聞かせてくれないかな、さよちゃん。君は何の目的で春川を調べてるのかな?」
「……春川先輩とは、中学のときから知ってます。私、先輩の後輩なんです」


 2


「春川の中学の後輩ってことかい?」
 ようやくまともに話せるようになったさよちゃんの言葉をそう理解したけど、彼女は首を左右に振った。
「りょ、両方なんです。中学と高校。どっちも先輩と同じなんです」
「ああ、そうなのかい。けど確か、春川の地元ってここから結構離れていたよね?」
 そうだ、彼女はわざわざ一人暮らしを経験するために地元進学ではなく、こっちに引っ越してきたと聞いている。となるとさよちゃんもここが地元ではないわけだ。
「はぃ……。ただあの、その……」
「春川と同じ所へ進みたかったのかい?」
 そう質問すると、顔を真赤にして「はぃ」と蚊のなくような声で答えてくれた。モテモテだね、春川。妬いちゃうよ。
「けどそれなら早速、春川に会いにいけばいいじゃないか。彼女だって後輩が自分と同じ大学に入ってきたら喜ぶよ。ましてや、長い付き合いなんだろ?」
 私と春川が三年で、彼女が一年。彼女が中学の先輩だというから、もう六年の付き合いじゃないか。それなら早く彼女と会って話せばいいのに。いくら恥ずかしがり屋でも、一緒の大学に入りたいと思ったほどの人と話せないということはないだろう。
 しかし、彼女は私の率直な疑問に顔を曇らせた。そしてうつむいて、また言葉を出せなくなった。
「なんだい、まさか喧嘩とか?」
 自分で言っておいてなんだけど、それはないだろう。春川が喧嘩するというのは想像できない。ましてや私とか同い年ならまだしも、年下の後輩相手にとなるとなおさらだ。
「……怖いんです、会うの」
「怖いって。君は彼女と会いたくてここに入ったんだろ? というか、春川はここに君が入ったことを知っているのかい?」
 よくわからないことだらけになってきた。最初は春川の事件とこのさよちゃんが関わっているかもと思って調べてみたが、どうもそんな感じじゃない。春川は私より背が高いやつが犯人だと言っていた、彼女は明らかにそれから外れる。
 そしてこの性格。とてもあんな事件を起こせるとは思えない。というか、この様子だと事件のことを知ってるかどうかも怪しい。
「知らないとおもいます。い、言ってないし、会っても……ないですから。もう、三年も」
「三年? 君、高校も一緒だったんだろ? 彼女が卒業してからは二年しか経ってないだろう」
 なにがなんだかさっぱりだ。整理してみよう。さよちゃんは中学の時に春川と会って、高校も一緒だった。彼女は春川に会いたくてここへ進学したが、そのことは春川に言ってないし、春川もそのことを知らなくて、そして三年会ってない。
 なるほど、わからない。
「……先輩と仲いいんですよね?」
「うん、誇張でもなんでもなく、かなりいいよ。だから君が彼女に会いたくて、ここへ進んだというのも納得してる。彼女、いい先輩だっただろうから」
 というか、彼女は現在進行形でいい先輩なわけだけど。サークルや自治会の後輩たちからの人望がすごいことになっていたはずだ。
 そういうことも含めて彼女に教えてあげると、彼女はようやく表情を崩して笑顔になった。
「そうですか……よかった」
 前半はともかく、後半はもう返答というより独り言に近かった。
「だから分からない。君は何を怖がって、春川に近づかないんだい?」
「……こ、これから話すことを、誰に言わないでくれますか?」
 上目遣いでそんなことを訊かれてしまったら、頷くしかないじゃないか。
「春川先輩と私は、中学の時に会いました。い、今もそうなんですけど……私、とにかく人見知りで、誰かと関わること……ずっと避けてました」
 そして静かに、時々言葉を詰まらせながら、彼女はゆっくりと語り出した。
 彼女と春川の邂逅を、そして別れを。





 胡桃沢さよはその日、一人だった。こんな言い方をすると彼女が常日頃は大勢で行動しているように思われるかもしれないけれど、彼女は基本的に一人でいることが多い。ただいつもは幼馴染が一緒に行動することもある。その彼も休みだったので彼女は一人だった。
 中学に入学して一ヶ月近くが経っていたが、さよは未だに中学に全く慣れていなかった。もともと適応能力というものがろくない彼女にとって、六年も過ごしてきた小学校の感覚がそう簡単に抜けるはずもなく、また急に中学校に対応できるはずもなかった。
 人見知りの彼女にとっては、知らない顔が一気に増えたのも悩みの種だった。同じ小学校出身の友達たちがフォローしなかったら、彼女は倒れていたと思う。
 そんな彼女にしたら、学校というところは決して気が休まる場ではなかった。むしろ長居すればするだけ、彼女に何らかの影響を出す場所だった。
 だから彼女はその日、授業が終わってすぐに帰ろうとしていた。帰りのホームルームが終わって、カバンに教科書の類を詰め込んで、さあ帰ろうと席を立った時に、担任に声をかけられた。
「胡桃沢、悪いけどこれを図書室に返しておいてくれないか」
 担任がそう言って差し出してきたのは授業で使った本だった。さよとしては断りたかったが、彼女にそんな勇気があるはずもなく、はいと口で返事をすることもなく、ただ担任の目を見ないように本を受け取り、そのまま教室を出た。
 さよはあまり本が好きではない。それは小説とか、漫画とか、そんなジャンルは関係ない。本が好きになれなかった。理由は簡単で、彼女は小難しいことが嫌いだったのと、物語の中の登場人物たちがいつも誰かに慕われていたりするのが、彼女からすれば遠い世界だった。遠すぎて、羨望を抱くこともできない。
 だから図書室も場所は知っていたけれど、入室したことはなかった。
 音を極力たてずにそこの扉をあけて入室してみるが、中は静まり返っていた。カウンターの中に司書さんさえいない。その代わり『返却の書籍はこちら』と書かれた小さな、図画工作の授業で作られたような本棚があった。
 どうやら司書さんは席をはずしているらしい。それは彼女にとっては朗報だったので、彼女はほっと息をはいた。
 早く用事をすませて帰ろうとしていた時だった。
「いらっしゃい」
 そんな声を後ろからかけられて、心臓が口から出そうになるほど驚いた。そのままの勢いで振り向くといつの間にか誰かが立っていた。
 そこにいたのは一人の女生徒。制服をこれ以上ないといわんばかりに着こなしていて、それには汚れどころかシワひとつ見当たらなかった。そして整った顔立ちに、川のように綺麗に流れた黒い長髪。
 自然に綺麗だと思った。
「見ない顔ね。一年生?」
 思わず自分が彼女の顔を見つめてしまっていたことに気がついたさよは、すぐに目を伏せて、とりあえず小さく頷いた。
「そう。私は春川というの。図書委員長よ。別に、何か仕事をしているとうわけでもないんだけど」
 彼女はそう自己紹介をすると、ごく自然に「あなたは?」と訊いてきた。
「ここにきた一年生の顔はもうだいたい覚えているけど、あなた初めてよね? 名前、教えてくれないかしら?」
 どうしようかとさよは混乱した。彼女は初対面の相手に自己紹介ができるほどの度胸など持っていなかった。
 しばらく黙ってしまっていると、彼女が先に口を開いた。
「あなたの持っている本、堺先生の借りていった本ね。ということは、三組?」
 思わず「えっ」と声を漏らしてしまう。
「言ったでしょ。図書委員長だって。放課後はいつもここにいるの。だから誰が何を借りていったかは覚えてるわ。堺先生、いつも本の返却を生徒にさせるのよ。しかも断れない生徒を狙ってね……今度がつんと言わないといけないわね」
 さよには図書委員長の仕事なんてわからないけど、そんなことができるのかという疑問は普通に持てた。
「三組ね……」
 彼女はそう一人で納得するとカウンターの中へ入り、そしてカウンターの中から薄い本、というか冊子みたいなものを取り出した。よく見るとそれは名簿のようだ。
「うーん……。ああ、胡桃沢さよさんでいいの?」
「ふぇっ」
 声を出すつもりなんてなかったのに驚きのあまり、みっともない声をあげてしまった。
「三組で貸出と返却の履歴がないのって少ないわ。あなたを含め十人だけ。うちの学校、漫画の貸出もしてるからここ人気なのよ。で、あなたを除いた九人は知ってるから。部活とかで知り合ってるの」
 だからあなたは胡桃沢さよさんよねと、確認してくる。もう頷くしかなかった。
 さっきからの言動でわかったけど、この人、春川先輩というのか、とにかく彼女はすごい記憶力なんだということだけは混乱する頭でなんとか理解した。
「そう。さよ……いい名前ね。これからよろしく」
 それがさよと春川の出会いだった。


「むしろさよ、よく春川先輩を知らず生活してたよね」
 翌日のお昼、さよは幼馴染の透とお弁当を食べてた。透は幼稚園に入る前からさよと仲良しで、彼女としては彼なしでは学校生活が送れないというほど、彼を頼りにしていた。この人見知りの彼女がとくに悪意に晒されずにいるのも、透がいるからだったりもする。さよとしては彼に感謝してもしきれないけど、彼はお礼を言うといつも顔を真赤にして「気にしないでいいからっ」となぜか逃げてしまうから、はっきりと感謝を表せたことはあまりない。
 そしてそんな透に昨日のことを話すと、透は春川にではなく、さよに驚いた。
「……有名な人、なの?」
「有名だよ。超をつけてもいいね。三年生で、図書委員長なんて役職にいるけど、本当はもっと色んなことをしてるよ。彼女が関わってないものなんて、この学校にないんじゃないかって言われてるくらいだから」
 透のその説明はおよそ信じられないものだったけど、納得はできた。だからこそ春川は昨日、瞬時にさよの名前を特定できたんだろう。
「先生たちからの信頼も厚いみたいだからね。僕も一度会ったことあるけど、本当、なんかとても中学生って感じがしないよ」
 たしかに、とても大人びて見えた。しかも先生からも信頼されてるのか。だから、堺先生にがつんと言うなんて言えたんだ。
「……スゴイ」
「うん。だからいくらさよでも、知ってるものだと思っていたよ」
「……ごめんね」
「い、いやっ、僕の方こそごめん! 知らなくてもいいよ! そうだよ、むしろさよが自然だよ!」
 透がすごく焦りだしたのを傍目に、さよは「世の中すごい人がいるんだな」なんて純粋に驚嘆していた。彼女からすれば、それはどんな物語よりも遠い世界で、信じられないものだったけど、昨日の彼女を思い出すたび、あの人なら可能なんだろうなと納得した。
 それからしばらくさよはいつも通りの生活を送った。変わったところといえば、校内でよく春川を見かけるようになったということ。いやもともと彼女は目立っていたのだけど、さよがそれを意識してなかっただけで、一度その存在を知ると無視できないものだった。
 いつも誰かと話していて、その誰かも非常に楽しそう。やっぱりさよからすれば遠い世界の人だった。
 そんなある日、さよは失敗した。
 いつもは透と登下校していたけれど、その日透はまた休んでいた。そもそも彼は少し病弱だったから、さよとしては帰りにお見舞いにいこうと考えながら歩いてた時に、失敗してしまった。
 廊下ですれ違いざまに三年の男子とぶつかってしまい、その生徒の持っていたペットボトルのお茶が、見事にその生徒にかかってしまった。
「おいっ! なにすんだよっ!」
 即座に謝ろうとしたさよよりもずっと早くその男子が怒鳴って、さよはその恐怖で足が震え、口も開けなくなった。
「ふざけんなっ! なめてんのかっ!」
 男子生徒の大声と怒りの形相にさよは声がでなくなり、ただその場に立ちすくむ形になった。怖いと思った、逃げなきゃと感じたのに、彼女は何もできなかった。
「なんか言えよっ!」
 男子生徒がさよに掴みかかろうと手を伸ばしてきて、恐怖のあまり目を閉じた。しかし何も起きない。恐る恐る目を開けると、目の前に誰かの背中があった。
「一年生の女の子を怖がらせて、恥ずかしくないの」
 その声で彼女と男子生徒の間に立ってくれているのが春川だとわかった。
「すぐにこの子に謝りなさい」
「どけよ春川。邪魔だ。てか、なんで俺が謝るんだよ、ざけんな」
「どかないし、ふざけてもいないわ。謝る理由が分からないの、相変わらず鈍いのね」
 彼女の声はこの間の優しいものとは違っていた。どこか冷たさがあり、言葉には刺があった。
「はあ? この真面目野郎が。お前のそういうところ、本当にうぜえ。女だからって手ぇ出さないとか思ってんだろ? 調子のんな」
「調子に乗ってるのはどっちかしら。廊下で大声をだして、みっともない」
 春川はそこでまた声音を変えた。さっきの冷たさが、さらに冷たくなる。
「もう一度言うわ。謝りなさい」
「嫌だって言ってんだろがっ」
「わかった。じゃあ、ちょっと耳を貸しなさい」
 春川は男子生徒に寄って行くと、そばにいるさよにさえ聞こえない声で彼の耳元で何かささやいた。その瞬間、彼の顔色が変わる。さっきまでの怒りが瞬時に消えて青くなる。信じられないという表情で春川を見ていた。
 とうの春川は笑顔になっていた。そしてもう一度繰り返す。
「謝りなさい。じゃないと……わかるわよね?」
 男子生徒はどういうわけか、悔しそうな表情で春川を睨みつけていた。ただそれに彼女が怯むことはなく、まっすぐと彼を睨み返していた。そして「……悪かったよ」と、日頃のさよとあまり変わりない声量で謝った。
「声が小さいけど、いいわ。忠告しておくけど、二度とこの子に近付かないで。わかったわね?」
 男子生徒は一回だけ頷き、そして足早にその場から離れていった。まるで彼女から逃げるように。
「まったく、世話のやける」
 一度そうため息をつき、彼女はくるりと振り向いた。
「大丈夫? さよ」
「……あっ、えっ、は……はぃ」
 さきほどの威圧的な冷たさはどこかに消えて、春川はいつも見かける彼女に戻っていた。その一瞬での変化に戸惑いながらもなんとか返事をする。
「気をつけてね。ああいう子、多いから。血の気が多いというか、単純とかいうか。とにかく思いやりが足りないわね。けど、あなたもダメよ。前見て歩いてなかったでしょ」
 どうやら見られていたらしく、注意されてしまった。
「あなた、いつもうつむいて歩いてるわ。危なかっしいくて、ドキドキしちゃう」
「そ、それは……」
 言い訳になるはずもない、人と目を合わすのが怖いなんて。
「透くんに聞いてるわよ、あなたの人見知りのこと」
 どうやら春川は透とも知り合いのようだった。
「天性のものなのよね、あなたの場合。なにかきっかけがある子なら協力してあげられるのだけど、そうなると難しいわ。天性ってそういうものだし。なんというか、治すとか治せないとかじゃないのよ。あるかないかだからね」
 それは春川に言われるまでもなく、さよが自覚して、絶望していた事実だった。みんな口をそろえて「いつか大丈夫になる」なんて言うけど、そうならないことは今もなんとなくわかっている。もちろん諦めたくないから、抵抗はするけれど。
 ここまではっきりと言ってくれたのは春川が初めてだった。
「受け入れて、生きるしかなないのよ。だからね、さよ、まだ会ってそんな経ってないくせに偉そうなこと言うけどね――」
 彼女はそこでさよの顔を掴んだ。決して痛くはしないように、持ち上げるように。強制的に春川と目を合わすことになった。いつもなら逸らすのだけど、できない。それは掴まれているからとかではなく、彼女の目線から直感的に逃げられないと感じたからだ。
「――生きていく覚悟しなさい」
 それは当たり前だけど、さよがどこかで逃げていた言葉だった。
「治せないのなら、それを持って生きていくしかないわ。そこから逃げてはダメよ。あなたは逃げてる。受け入れようとしてない。いい、いつも透くんや私がいるわけではないわ。きついことを言うけどね、甘えてちゃダメよ」
 甘えてる。……わかってた。周囲に、透に、自分に甘えている。
 自然と涙が出てきた。声をあげることもなく、彼女の瞳から一滴ずつ涙がこぼれだし、それが頬に伝っていく。弱いなと自分でもわかってた。けど、今日はそれを思い知らされた。一人で帰ることもできないなんて、脆弱にもほどがあった。
 春川はさよのなみだを拭き取り、彼女と目線を合わせるように膝を折った。
「泣かせるつもりはなかったんだけど……ごめんね。私が悪かったから、責任を取らせて」
 思わぬ言葉にさよは泣きながら首を左右に振るが彼女はそれを無視した。
「あしたから図書室に来るといいわ。あそこは、あなたと私の砦にしましょう。なにか力になってあげる」
 春川はその後も泣き続け、しまいには嗚咽まであげはじめたさよを慰め続けた。
 結果としてさよはそれから春川になついた。彼女の誘い通り、毎日足蹴なく図書室に通った。そこでは春川と話したり、図書委員の手伝いをしたりした。決して、人見知りが治ったというわけではない。ただ、以前ほど人に恐怖を感じなくなった。
 透は「春川先輩にさよをとられた」と何かよくわかないけど、そう嘆いた。そして時々部活をさぼってまでしてさよに同行しては、部活の先輩に連れ戻された。春川はその様子を「彼も大変ね」と笑いながら見ていて、さよが部活をどうしてサボるんだろと疑問を口にすると、絶句した。
「あぁ……これは大変ね、透くんに同情するわ」
 結局、それ以上のことは言ってくれなかった。
 そんな感じでさよはほぼ毎日を春川と過ごした。しかし当たり前だけども、月日は経ち、春川は卒業した。卒業式の日、彼女はあの日以上に泣いた。一緒にいた透が必死になだめてくれたけど、それでも泣いた。
「さよ、また会えるわ。そうでしょう?」
 涙を流しながら、鼻もたらしながら、目を真っ赤にしてハンカチに顔を埋める彼女に春川はいつもどおりの優しい態度でそう問いかけた。必死に何度も、もう何度も頷いた。
 春川が卒業してからさよはまた普通の生活に戻った。ただ違うところといえば、やはり一年前より人を怖くなくなったこと。
 そしてさよは春川を追いかける形で彼女と同じ高校へ進学した。春川もそれに素直に、嬉しいと言ってくれたし、入学してからも中学のときのように世話をやいてくれた。それはさよにとっては至福と時だった。
 一緒に進学した透は「なんだか、春川先輩に勝てる気がしない……」とこれまたよくわからないことを言っていた。
 しかし、その時間は長く続かなかった。
一学期の終わりが近づいてきた頃、学校に不穏な噂が流れたからだ。春川は中学の時と変わらず、高校でもみんなに頼りにされていて、有名人だった。先生に意見を言えたりもしたから、中には彼女のこと「女王陛下」なんて呼ぶ子もいたくらいだ。
 その春川が急に態度を変えたというのだった。みんなに冷たくなった、と。
 丁度のその時、透が入院していた。彼はもともと病弱で、入院することも珍しくなかった。そしてさよは彼のお見舞いなどで春川に会う時間がなかったから、しばらく顔をあわせなくなっていた。噂が彼女の耳に届いたのはそんな時だった。
 そんなことあるはずないじゃないと、珍しく物事に対して馬鹿馬鹿しいという感想を持ったさよだったけど怖くなって、春川に会いに行った。
「もう近寄らないで」
 開口一番、そう冷たく言われた。今までの会ったことのない春川だったけど、それは確かに春川で、さよにはそれが何より信じられなかった。どうしてですかと問う間さえ、彼女は与えてくれなかった。
「私もう疲れたのよ。誰も彼も私任せ。いい加減にして欲しいの。だから、もう誰も相手をしないことにしたの。みんなも、透くんも……もちろん、あなたもよ」
 立ちすくむさよに春川は心底うんざりしたような声で続けた。
「世話がやけたわ、あなたは……。もういいでしょ? いい加減にして。随分前に言ったわよね、甘えないでって。これでおわかれよ。さよなら、二度と会いたくないわ」
 春川は言いたいことだけいうと、さよの返答など聞きもしないでその場から立ち去った。たちすくむさよを、まるで目に入らないという態度で無視して、戻ってくることはなかった。
 さよはしばらくそこに立ったままだった。現実を受け入れられず、独り言みたいに「うそ、うそ」とだけ壊れた機械のように繰り返し呟いた後、涙を流し、静かに嗚咽し、次第にその声を大きくしていき、最後には号泣していた。
 いつかの時のように、誰もその涙をふかず、慰めもしてくれなかった。
 結局、それが春川との別れになった。





 今日も家に一人だ。兄も父も仕事だから帰ってこれないという。忙しいのだから仕方ないし、むしろ二人には悪いが今日ばかりはそれでよかったと思っている。一人でじっくり考えたいことがあった。
 今日、さよちゃんから聞いた話。
 彼女を突き止めたのは春川の事件と関係があるかと思ってのことだったけども、どうやら見当違いだったらしい。なにせ彼女は春川に会う勇気がない子だ、襲うなんてできるはずもない。それに春川は犯人は私より身長が高かったと証言している。彼女は私より低かった。
 それに別れ際に確認のために春川の事件を尋ねてみたら、初耳だったらしくひどく驚いていた。あのリアクションは演技じゃないだろう。春川のことを心配していたけど、大丈夫だと伝えおいた。
 さて、春川のストーカーの犯人、胡桃沢さよちゃんは事件とは無関係と決定だ。本来なら残念だなあと思うところかもしれないが、彼女から聞いた話が大きな収穫だった。
「あの春川がねえ……」
 私と春川の出会いは大学一回生の時のGW明けになる。そして当時から一貫して私の彼女に対する評価は変わっていない。真面目で世話焼き。だから彼女を信頼している。故にそんな彼女が自分の可愛がっていた後輩にあんな残酷な仕打ちをするなんて信じられなかった。
 だけどさよちゃんが嘘をついているとは思えない。辛そうに過去の話をする彼女の目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。あれを疑えというのは無理な話だ。
 それに全く思い当たるフシがないかというと、それは違った。私は春川に高校の頃の話を聞かされたことがない。一度私からどういった高校生活だったか訊いたけど、はぐらかされただけだった。
 しかしさよちゃんの話しが事実なら、言いたくないのも理解できる。
 自室でテレビもつけず、しずかに自分でいれたコーヒーを飲みながら、頭のなかを整理する。私が春川の事件を『クロスの会』と関係があると考えている大きな要因は二つ。一つは、事件があった日、彼女と私があそこに行ったから。それが偶然だとは考えられない。
 次に、春川が襲われるほどの恨みを買うわけがないという、信頼。それは彼女を人として評価しての信頼であり、恨みを買ってもガス抜きくらいうまくうやるだろうという、彼女の聡明さへの信頼でもあった。
 しかし、二つ目が今日みごとに揺らいだわけだ。
 春川は恨まれるようなことをしていた。しかもかなりの数の人間に。この事実は無視できない。というか、警察はこれを把握しなかったのか……いや無理か。春川が証言したわけもないし、そうなると警察が彼女の地元まで行って調査したかといえば、そうはしなかっただろう。あの時は警察も『クロスの会』と事件が関係あると考えていたから、きっとそっち方面に力をいれて、春川の身辺は最低限しかやらなかっただろう。
 さて、じゃあ揺らいだ二つ目の信頼。言っておくけど、強調しておくけど、私の彼女に対する評価は変わっていない。過去に何をしていたかはわからないけど、私の知っている春川が偽物だとか、そんなはずもない。
 けど、彼女が大勢の人間から恨まれているという事実は無視できない。さよちゃんに「地元に春川を恨んでいる人間はいるのかい」と訊いたら、彼女は非常に答えづらそうに頷いた後、唇を震わせながら「たぶん、たくさん……います」と続けた。
「……気に食わない」
 自然とそんな苦言を呟いていた。
 私はコーヒーを一気に飲み干すと、スマホだけをポケットにいれて、家を出た。時間は夜の九時、今から春川の家にいけば十時前になってしまうけど、そんなことは構わない。こうなれば、色々と納得いかないし、彼女に直接尋ねるのが一番だ。
 さよちゃんに「私のことはまだ、春川先輩に話さないでください」とお願いされたので、彼女のことは内密にしないといけない。
 さよちゃんは気弱だけど、弱気でないなとその時に感じた。というか、あの自分の弱さと向き合っていきてるあたり、そこらへんの人間よりよっぽど強い。
『生きていく覚悟をしなさい』
 まだ中学三年だった春川が一年生のさよちゃんに言ったという言葉。重いな、二十歳を過ぎた私でさえ、それは難題だよと逃げたくなる。生きていくっていうのは、それくらいのことじゃないか。それにさよちゃんの場合は、私よりずっと重い負荷があった。とんでもない覚悟が必要だ。
 それでも春川はそう言ったのだから凄まじい。私にはできない。私はきっと、さよちゃんの周囲にいた人たちの同じことをしただろう。優しく彼女に接することばかり考えて、彼女の問題と向き合うことはしなかっただろう。
 すごい覚悟がいるからこそ、彼女は早めにさよちゃんにそう忠告したんだろうな。そしてそれだけじゃなくて、その責任として彼女の側にいることを選んだ。とても中学生の考えじゃない、ほんと、子供の頃からとんでもないな。
 問題は、あの彼女が、その責任を途中で放り出したことだ。
 春川という人間は私が出会った人間の中でもずば抜けて責任感が強い人間だ。自分の役目を最後まで全うすることに、命でもかけてるんじゃないかと訊きたくなるほど、全身全霊だ。そして彼女は、きっとこれもまたさよちゃんと同じで天性のものなんだろうけど、リーダーシップがある。
 ありすぎる、というのが私の評価だ。彼女の場合、私が知っているだけで自治会長、サークルの部長、バイトのリーダーなどといろいろな役職についている。別に彼女が立候補しているわけではない、自然とそうなる。彼女の日頃の行いが、周りを彼女に期待させてしまう。そして彼女もまたそれに応えない人間じゃない。
 要領と頭の良さから日頃から無駄のない行動をし、世話焼きの性格が他人を無視できなくて色んな人に手をさしのべ、そして責任感の強さからそれらを全うする。結果としていつの間にか彼女は人の上にたつことを、人から期待されるようになる。
 それが春川という人間だ。そして彼女もまたそれをわかって生きている。
 覚悟して生きているのは彼女もだ。
 春川のことを思い巡らせている間に、彼女の家についた。インターホンを鳴らしてドアノブを引いてみるけど、開かない。一度首をかしげてもう一度インターホンを押す。やっぱり応答がない。
「……やっぱり事前に連絡は入れるべきだったかな」
 もう一度インターホンを押そうとしたときに「レイ?」と声をかけられた。
 コンビニの服を手にした春川が近づいてきた「やっぱり」と続けた。
「どうしたのよ、こんな時間に」
「ああ、ちょっと話したいことがあってね。いやしかし、こんな時間にというなら君もだよ。夜中に一人でおでかけなんて、実はとっても危険さ」
「すぐ近くのコンビニに行ってたのよ。それに、それはあなたもでしょう……とにかく、家に入りましょう。すぐ開けるわ」
 春川は鍵を取り出すと、すぐに扉をあけて「どうぞ」と言って招き入れてくれた。お言葉に甘えて、彼女の後につづきお邪魔した。彼女の家に来たことは今までたくさんあるけど、そういえば事前に連絡しなかったのは初めてだったかもしれない。
「なにか飲む? その様子じゃ、今日はまだお酒はのんでいないみたいだけど」
「いや、いいよ。けど、とりあえず水だけもらえるかな」
「珍しいわね」
 春川がキッチンに入り、私はリビングへ向かった。このマンション、家賃いくらなんだろ。一般的な一人暮らしの大学生よりはずっといい部屋に住んでるよ。彼女、バイトはしているけれど他にも色々としているから、きっと家賃は両親からのしおくりなどがあるんだろうな。
「なにを立っているのよ。座ればいいのに」
「ああ、そうだね」
 キッチンから出てきた春川が水の入ったコップを差し出してくるので、ありがたく頂戴した。
「それで、お話って何かしら。真面目な話しみたいだけど」
「よくわかるね」
「わかるわよ。あなたが事前に連絡もなしに来るなんて初めてだし、ましてやお酒もいらないなんて、尋常じゃないわよ。それに顔が堅いわ」
 よく見られてるなと照れる場面か、よく見てるなと驚く場面か、非常に迷いどころだ。彼女の観察力っていうのは本当にすごい。
「まあ、真面目な話しだよ。君の事件についてだ」
 春川が少しだけまゆを動かした。
「なにかわかったの?」
「残念ながら何も。ただ、怒られるのを覚悟して言うけど、私君について調べたんだ。高校時代のことをね」
 調査方法なんか聞かれたら適当にはぐらかすつもりだったのだけど、どうやらその心配もなかった。なにせその一言で、春川が動きを止めたのだから。体を静止させて、目だけをこっち向けていた。大きく見開いて、信じられないという表情をしている。
 そして何か言おうとしたが、首を左右にふってそれをやめた。
「……呆れた。どこまで調べるのよ」
「どこまでとは愚問だね。犯人がわかるまで、だよ」
 それははっきりとしている。別に地の果てまででも構わない、そこに犯人がいるのなら。
「すまないと思っている。ただ、なんというか」
「いいわよ、別にあなたは悪くない。悪いというなら私ね。私が悪かったのよ」
「……君が高校三年生の時に多くの生徒に恨みを買ったって聞いた。春川、気分を害するようなことを立て続けに訊くけどね。その中に」
 私が言葉を続けるのを春川が「馬鹿言わないで」と遮った。
「レイ、あなたがどこまで調べたかはわからない。ええ、白状するけど私、結構な数の高校の同級生から恨まれているわよ。同級生だけじゃないわ、後輩にもね。ただはっきりと言えるわ。その中に犯人はいないわ。断言する。私が――」
 春川はそこで言葉を区切ると、自信の篭った強い視線を向けてきた。
「私が、彼らを忘れるわけない」
 普通の人なら何を根拠にと笑い飛ばす発言だったかもしれない。けど、春川を知り、彼女と交流のある人間ならこれが冗談でも、過剰な自信でもないということはわかる。さよちゃんの話でもわかったが、彼女の記憶力というのは桁外れなんだ。
 ましてやそれが、三年間一緒にいた人物たちとなると、彼女がここまで断言できるのもうなずける。
「私を襲った奴は彼らの中の誰でもなかったわ」
「……なるほど。なら、その言葉、信じさせてもらうよ」
 そもそもその中の誰かとしたら、きっと春川は通報なんかしないだろう。
 一口だけ水を飲み、少し心を落ち着かせる。実を言うと、春川にこうして彼女自身のことを訊くというのは初めてだし、彼女が自分を語るのも初めてだ。もっとこう、明るい話題だったならそれも楽しかったんだろうが、そうもいかない。
「君を襲ったやつは高校の知り合いじゃない。それは信じる。なにせ、君の言葉だ、信じないわけにはいかない」
 冗談でもなんでもなく、私はそう思っている。彼女が嘘をつくメリットがないというのもあるが、彼女が嘘をつくはずもないと信じているのが大きい。
「じゃあ、これはもうただの好奇心で質問するけど、高校三年生の時、なにがあったんだい?」
 彼女の言葉を信じるのは本当だ。そこに嘘はない。ただ、彼女が気づかなかっただけというのを、私は少し考慮していた。高校の頃の友人達を忘れていないけど、それに気づかなかったことはあるだろうから。なにせ、状況が状況だし。
 私の質問に春川はしばらく黙ったままだったけど、小さく、なにか諦めるようにため息をつくと、ゆっくりと話しだした。
「高校三年生のとき、私はクラスメイトをはじめに、今まで関わった子たちと縁を切ったの。もちろん、今思うと本当にありがたいことに、それを嫌がった子もいてくれた。けど私はそうした。みんなに冷たくあたって、今まで使ったこともないような、今後二度と使いたくないような言葉を使って、みんなから距離をとった。ひどい仕打ちもたくさんしたわ。そうして、孤独になることにしたの」
 今の春川からは想像もできない行動だった。それは想像してくださいと言われても、無理だ。なにせ私のしる春川は、私と出会った二年前からもうずっと誰かが側にいたし、今はもう囲まれているといっても過言でないくらいに人望がある。
 そして彼女もその彼らをひとりずつ大切にしている。
「なにか、嫌なことでもあったのかい?」
「別になかったわ。嫌なことなんかなかった。あったのは、良いことよ」
 春川はソファーに腰掛けて、天井を見上げた。
「高校三年生のあるとき、一人で本を読んでたの。別にその本は重要じゃないわ。ただなぜかそのときに、私ってこれでいいのかなって、生まれて初めてそんな疑問を持ったの。私、あなただってわかるでしょうけど、人に頼られること好きなのよ」
「まあ、それはわかるよ。私が知るかぎり、君は世界一の世話焼きだからね」
「そうね。けど私の知る限り、世界一はあなただけど」
 そんなことを言い合って、小さくお互いに笑った。
「子供の時から、ずぅっーとそうだった。人に頼られるのが好きだった。誰かのため、みんなのために動くのが大好きだった。嘘臭いけど、嘘じゃないわ。詭弁に聞こえるかもしれない、偽善と思われるかもしれない、けど私にはそれが本当に自然なことだったの」
 彼女を知っていれば、それが嘘じゃないことくらい、ましてや詭弁や偽善でもないことくらい、簡単にわかる。
「小学校も中学校も、もちろん高校もそうやって過ごしてきた。ありがたいことに私にはリーダー的な役割がよくできた。いつの間にか、いつでも誰かに頼られるようになってた。それが当たり前になってた。嬉しかったわ。幸せだった。だからずっとそうやってきた。けどね、高校三年生のあるとき、ああこうやって学生でいられるのももう少しだなあって思ってたら、なんかね、私このままでいいのかなって思った」
 ずっと誰かに頼られることを当たり前としてきた彼女が、初めてその行為そのものを疑った。それはなんというか……。
「衝撃だったかい?」
「ええ、すごい衝撃だったわ。雷にうたれたみたいだった。そう思ってしまってからは、もう駄目だったわ。もう何をしても虚しいだけだった。その行為が全部、余すところなく全て、無意味に思えた」
 これはもうほんとうに勝手な想像だけど、春川だって子供だったということだと思う。彼女はずっと誰かに頼られることを、それに応えることを当たり前としてきたから、それが彼女の中の大きなアイデンティティだったんだろう。大きなというより、それがほぼ全部だった。
 その彼女をつき動かしていた、彼女を支えていた根本が揺らいだ。他にもアイデンティティがあればそれで正気は保てたかもしれない。けど彼女はそれができなかった。彼女に、他なんかなかった。
 そして根っこかが駄目になった木は、もう倒れるしかない。
「気づけば、私はみんなと縁を切るという選択をしてたわ。恐ろしいことに、それさえどうやればいいか簡単に考えついた。すぐに実行したわ。……本当、思い出すのもいや。私、自慢じゃないけど記憶力はいいの。何があったか、覚えるのは得意。けど未だに、あの時自分が泣かせた人の数だけは覚えてないわ」
 それは興味が無いから数えてなかったのか、本当に数えきれなかったのか、本能のどこかで数えたくなかったら数えていなかったのか。
 きっと春川に甘えていた生徒はさよちゃん以外にもいただろう。同じような仕打ちをされたんだろうな。ただ今の話を聞く限り、春川を恨むのは、無理難題だが、やめてあげて欲しい。
「結局、逃げるようにこっちの大学に進学して、地元から離れることを選んだわ。一人暮らしがしたいなんて嘘よ。あそこにいられなくなっただけ」
「ふふっ、なら私は悪いけど、君の高校三年生のときの悪行を責められないね」
 春川が首をかしげる。全く、鈍いなあ。
「君があの大学に来なきゃ、私と君は出会わなかったわけだ。君の地元の人達には悪いけど、私にとっては運命みたいなものだよ」
 冗談めかしで言っているけど、彼女との出会いというのは本当に良かったと思っている。大学では色んな人達と関わりを持ったが、彼女ほどの出会いはない。いい友人をもてたと、それだけで私は大学生活に価値を見いだせる。
 春川は一瞬に呆気に取られたあと、またため息をついた。
「呆れるわ……ありがとう。――結局、みんなと縁を切った後一人の時間が増えた。そこでまた気づいた。とんでもなく、虚しかった。なにもしないなんて性に合わなかったし、誰にも関わらないなんて辛かったし、一人は……怖かったわ」
 当たり前だ。人は一人で生きられない。一人で生きられるという人は強いんじゃない、壊れているんだ。孤独は嫌なものだ。ただ、彼女の場合は子供の頃から誰かがずっと側にいてくれたからそういう恐怖とも無縁だったんだろう。
 そしてそれを知った時、目がさめる。
「そこで初めて、間違ってたって気づいた。だけどもう後の祭りだったわ」
 彼女が具体的にどんなことをしたかは、怖くて訊けないし、聞きたくもない。彼女も口にしたくないだろう。しかし、それだけの人を傷つける行為をしたのだから、もう取り返しはつかなかったはずだ。
「だから、大学に入ってからはまた元に戻った。それがあなたの知っている春川という人間よ」
 全部失ったから、ここでやり直した。そういうことか。彼女にしたら辛い一年だっただろうな。もちろん、彼女以外にとってもそうだろうけど。
 春川は笑顔を向けて「どう?」と尋ねてくる。
「これが私のエピソード。はっきり言うわ。恨まれてるでしょうね。どう、軽蔑した?」
「軽蔑? まさか、むしろ萌えたよ。君の意外な一面を知れたんだから」
 私はソファーに座る春川に詰め寄り、顔をうんと近づける。
「私を舐めないでくれ」
 たかがそれだけのことと言うと、さよちゃんをはじめとした春川の高校時代の友人たちを怒られてしまうだろうが、私から言わせればそれはもう本当にそれだけのことだ。私が知ってる彼女は、大学時代からの彼女で、そしてその彼女の姿は彼女がそうあろうと思い、そうありたいと願った姿だ。
 どうしてそれを軽蔑する必要があるのか、私にはわからない。
 春川は私の顔をしばらく見つめた後、照れたように微笑んだ。
「あなたは、やっぱりすごいわ」
「そうだよ。ちなみに脱いだらもっとすごい」
 下世話な冗談を二人で笑った後、私は彼女の隣に腰掛けた。
「君からそういう話を聞く日が来るとは思ってなかった」
「私だって、あの時のことは誰にも話さないつもりだったわよ」
 やはり春川はその時の行動をひどく後悔しているようだった。
「地元には戻らないのかい、後悔しているのなら尚更」
「今でも時々戻ってるわよ。高校だってOBとして訪問することがあるくらいよ。一人、未だに私を頼ってくれる後輩がいたの。その子にも相当ひどいことをしたのだけど、去年、その子が卒業するまではそのツテで地元に帰るたびに高校へは行っていたわ。けどね、もう私がなにをしたって以前の関係に戻すなんてできない。それはもう、罰なのよ」
 罰。彼女がした罪に対するもの。彼女自身がそう感じてるのなら、それはもう私がどれだけ言葉を費やそうとそうなのだろう。人と人とは繋がれる。しかしつながっていた縁を切って、修復するのは存外難しい。
 彼女のことだ、なんとかできないかくらい考えただろう。結果として彼女が考えて出した答えがそれなのだから、もうそういうことだ。
「……レイ、あなたが何を疑っているかくらいわかるわよ」
 そりゃそうだろうね。私もそれくらいわかっている。
「私たしかにひどいことはいっぱいしたけど、あれが殺されるほど恨まれることだったかはわからないわ。人を傷つけておいてそんなことを言うのは、本当に勝手だけどね」
 いや、それは私も考えていた。確かに彼女に恨みを持っている人間がたくさんいるというのは大きな手がかりになるけれど、彼女が犯罪にでも手を染めていないと襲われるほどのことに発展するだろうかという疑問はある。
 そもそも彼女が恨みをかったのはもう三年前のことだ。高校の関係者だとしたら、どうして今になって行動したのかという疑問だって出る。
「君、あれから誰かの気配を感じたりはしたことないかい?」
「ないわよ。そういうのにはアンテナを立てているけど全くないわ」
 春川を襲った犯人に明確な殺意があったのなら、計画は失敗しているのだから再びチャンスを伺うということもありえるが、少なくともそれはないか。今はおとなしくしているだけかもしれないが。
 しかし、犯人が殺すなんてことは考えてなくて、春川を脅かすことを目的としていたらどうだろう。もう犯行は成功だ。犯人に殺意なんかないとなると、高校時代の友人たちが容疑者でもおかしくない。
 しかし、それでも……。
「難しいね。なんだか、私はとんでもない難題に手をだしてしまったようだよ」
「ねえレイ、これは冗談でもなんでもなく、私の事件はもう無視してもいいのよ。あなたは立浪さんとの契約があるのだし」
「その契約だって、君の事件を調べるのと引き換えだよ。ここで君の事件を諦めるなんて本末転倒さ」
「状況が、違うじゃない。人が死んでいるのよ。そしてあなたは、いいえ私もだけど、それに介入しているわ。今はそれに集中するべきよ」
 確かにもうこの間までとは状況が違う。最初は脅迫状の調査ということだったけど、水島さんの件で状況は一変した。それに集中しなきゃいけないのはわかる。
 春川が腰をあげて、私の前に立った。その目にはいつもの春川らしい、強さがある。
「レイ、割り切ることだって大事でしょう。警察は協会と私は無関係だと結論づけているわ。正直、私もそう考えてるの。そして高校の友だちだって違うわ。いいえ、例えそうだったとしてもそれならそれで自業自得だから、仕方ないのよ」
 どことなく、彼女は諦めているようだった。彼女が私に事件を諦めろというのは初めてじゃない。彼女自身、きっとどこかで高校のことは頭にあったんだろう。だからこそ、傷を負わされたのに、恨み事ひとつ言わない。
 ただ、残念でした。
「嫌だね。断る。自業自得だって? ふざけるんじゃないよ。なにがどうあろうと、人を襲っていいわけあるものか」
 春川の過去なんて今日知ったばかりだけど、これは私の正義感のはなしだ。犯罪がいいわけない。そこに妥協点なんかない。
 春川は一度ため息をつく、ご自慢の長髪をふわりとかきあげた。
「そう言うと思ったけどね」
「わかってるじゃないか」
 その時にポケットに入れていたスマホが震えだした。確認すると『着信:立浪さん』と液晶に表示されていた。春川に断って、電話にでることにした。
『もしもし。夜分遅くに申し訳ありません、今大丈夫ですか』
「大丈夫だよ。しかし、随分待たせてくれたね」
 私と立浪さんが最後に会った日からすでに三日が経っていた。なにかあればこちらから連絡すると立浪さんに言われていたので、ひとまず私から何もしなかった。その時間を活用してさよちゃんを調べたというのが裏話だ。
『ええ、それについても申し訳ない。突然ですが、明日なにかご予定はありますか』
「あってもキャンセルするから、早く言ってくれ」
『お会いして欲しいんです、他の代表代行と』
「他というと、あなたと水島さんを除いた四人のうちの誰かってことかい?」
『いいえ、全員です』
 思わず「ええっ」と声を出しそうになるのをなんとかこらえる。いきなりで驚いたものの、展開としてよめないわけではなかった。しかし、いきなり明日と言われると、ちょっとは驚いてしまうし、なにより計画と違う。
 私の計画では時間がかかってもいいから、一人一人会いたかった。
『明日は代行全員が揃って会議をします。その後、少し時間をとって蓮見さんに会ってもらおうかと考えています』
「会議というと?」
『定例会議です。気になさないでください』
 この時期に協会のトップに近い人間が集まって会議……どう考えても事件について語るつもりだろうけど、それを聴かせるつもりはないだようだね。まあ、私はあくまで脅迫状のことを調べるという役割だからそれが当然か。
 私は一度電話を耳から離した。
「春川、明日は忙しいかい」
「あなたと同じ。あってもキャンセルするわ」
 なるほど。ならもう断る理由もない。腹を決めようか。
「わかった。時間は?」
 立浪さんから時間を聞き、それを春川に伝えた。彼女は素早くポケットからスマホを取り出すと、リビングから出て行った。おそらく入っていた予定をキャンセルするために連絡をとるんだろう。全く、もっと早く言ってくれれば良かったのに。
『いつもどおり協会におこしください。受付に矢倉さんがいますので、彼女に声をかけください、案内してくれるはずです』
 私と春川、そして水島さんを除いた代行五人の合計七名で話し合うとなると、さすがにあの相談室では狭い。どうやらもっと大きな部屋に案内してくれるらしい。
「わかった。じゃあ、明日」
『はい、お待ちしております』
 通話を終えて、はあっと息を吐く。なんでこうも急に……。まあいいや。とにかく止まっていた事態が動き出したと前向きにとらえないといけない。
 春川がリビングに戻ってきた。
「大丈夫、明日の予定はスッキリさせたわ。いざというときのために、そんなに予定いれてなかったし」
「準備の良さに感心するよ」
「あなたは大丈夫なの」
「私はその日暮らしなものでね」
 実際ああは言ったが予定なんか入っていない。だからと言って暇かと言われればそれは否定する。一応、やらなきゃいけないことは山積みだからね。それを片付けるつもりでいた。具体的になかっただけだ。
「さて、じゃあ明日のこともあるし。私はこれで失礼するよ」
 私が立ち上がって春川に別れを告げようとしたのに、急に両肩を掴まれた。そしてそのまま再びソファーに座らされる。きょとんとする私に、彼女は壁にかけてあった時計を指さした。時刻は十一時半。
「あなた、人が十時前に少しコンビニに買い物へ行っただけで危ないと注意しておいて、こんな時間にそんな格好で帰る気?」
 そういえば、そんなことも言ったね。
「いや、私は護身術とか使えるから」
「油断大敵ね。どうなるかわからない。そもそも私が襲われたときもさんざんそれを怒ったくせに、自分はいいと、そう主張するの?」
 なんだか彼女怒ってない? 気のせいかな。いや怒るか。だって「君は駄目で私は良い」なんて言われたら、そりゃ怒るね。うん、どうしよう、すごく怖いんだけど。
「いやでも、ほらそうなると私は君の家に世話になるわけだ。私、あまり理性を抑えられる気がしないんだよ。君と夜を二人きりで過ごすなんて」
「冗談で誤魔化そうとしているでしょ。帰ってもいいわよ。その代わり、私いますぐにお父様に、レイがこんな時間に無防備な格好で出歩いてますって連絡するけど」
 父上のお説教に慣れているとはいえ、慣れているだけで好きじゃないし、むしろ嫌いだ。なにせ長いのがたまったものじゃない。春川の件だけじゃなく、協会の件にまで関わっているときにそんなことをしてると父が知ったら……長くなるな。
「いいの?」
「……わかった。君の勝ちだよ」
 両手を挙げて降参のポーズをとると、彼女が満足そうに微笑んだ。全く、とんだ言質をとられたものだ。今度から迂闊に彼女に注意できない。
 結局、春川は寝室で、私はソファーで眠ることになった。私は「二人でベッドというのもアリだろう」と万が一の可能性にかけて提案したのだけど、彼女がすごく冷たい声で「ベランダがいいの?」なんて返してくるものだから、押し黙るしかなかった。
 深夜、真っ暗なリビングのソファーで横になりながら、考え事をする。
 春川の事件。協会の人間でも、高校の知り合いでもないとない。そして殺意があったかどうかわからない。あったとしたら、再犯を計画するはずだが、そんな気配もない。そしてなかったとしたら、イマイチ目的がわからない。
 しかし、どちらにしても……。もし、春川が恨みをかっていなくても、彼女が狙われる理由というのは存在するんじゃないだろうか。彼女の行動が目障りとか、性格が気に食わないとかじゃない。彼女の行為に腹を立ててもいない。
 存在が邪魔だと考えたら?
 立ち上がってベランダに向かう。窓をあけると、涼しい風が全身にあたった。ベランダの手すりに体をあずけるようにして、タバコを取り出して、一本咥えて火をつける。ニコチンが肺に入り、気持ちいい。
 もしも、春川の存在そのものが犯人にとって障害になったらどうだろうか。彼女には何の意志もない。ただ犯人とってはそこに彼女がいるだけでデメリットだったら、どうだろう。犯行をする動機になるんじゃないだろうか。
 目の前には夜の街が広がっている。こんな時間だけど結構な数の車がライトをつけて走行しているし、よくよく見ると歩いている人もいる。街頭やビルの明かりに照らされた、この街を見渡しながら頭を巡らせる。
 悪意じゃない、恨みじゃない。犯人としても防衛に近い犯行動機があったとしたら……そして、この中に、そんな人間がいたら――。
 煙を吐き出すと同時に、どこかで車のクラクションが鳴った。
2013/06/25(Tue)00:31:18 公開 / コーヒーCUP
■この作品の著作権はコーヒーCUPさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
2013/06/25 一部訂正。タイトル変更。
この作品に対する感想 - 昇順
こちらではお久しぶりです。作品を読ませていただきました。
意味深な冒頭部の言い争い、そして一転、昼間っからビールを煽っている主人公と、前作のワクワク感を彷彿とさせますねw
ハスミンは相変わらずハスミンで、あの人を食ったような台詞の言い回しも懐かしく感じて良かったです。前作を読んでいるのでスゥっと入っていけます。でも前作を読んでいなくとも、今のところは不具合無く読めるんじゃないかなぁ。最後の台詞も、前作を知っている人間であればニヤリとするところですかねw 知らなくても「そうなんだぁ」と、違和感なく読み進められるし。
前に書いたかも知れないけど、蓮見は完全にコーヒー殿の代表キャラになってますねw 久々にまたこの世界に浸れる事に感謝の意と、今後の期待を込めて、景気づけにポイントを送ります。
あ、あと人のことは言えないんですが、以前より誤字が目立つかな?って感じました。『書けなインフルエンザ』だったみたいなので仕方ないかも知れませんが、細かいこと気にしないズボラな私でそう感じたのでちょっと気になりました。もしかして私のようにiPhoneやiPadで書かれてるのかなぁ……なんて思いましたw
それでは、前作に負けないお話になることを期待しつつ、イチファンとして更新お待ちしております(←ハードル上げw)
鋏屋でした。
2012/07/25(Wed)15:21:051鋏屋
始めましてでないことを祈りつつこんばんは。テンプレ物書きの浅田です。
前作は読んでいないのですが、個人的には主人公の一貫した性格(セクハラ)がとても魅力的でした。
鋏屋さんの言うとおりいくつか誤字が見られましたが、まあ私もあんま人のことは言えませんしね(汗
とりあえずどうしても気になったものを一つだけ。大学生は生徒ではなく学生です。細かいところではありますが、どうしても気になったので一応。
それでは続きを期待して待ってます♪
2012/07/27(Fri)20:25:350点浅田明守
鋏屋様
 前作に引き続き読んでいただきありがとうございます。
 蓮見に変化をいれるかどうか、結構悩みました。一応作品の設定上では蓮見は前作から一年ほどの時間を過ごしていることになります。前回の事件、そしてその間にも色々あった(これはまた書きます。実はちらほら作品内でにおわせてます)わけで、ちょっと前回とは違う感じに書こうかと。ただ、まあ彼女の場合は変化していてもそれを他人に見せるタイプじゃない。あれは言い方は悪いですが、ピエロの達人ですからね。ですからあまり前回と変わらないように、けど所々で変化を見せれたらと思ってます。
 持ちキャラ……そうですね。一番扱いやすいやつにはなってます。それでも産みの親としてはまだ春川の方に愛着があったり(笑)。
 誤字脱字については本当もう毎度毎度すいません。また直しながら更新という形をとらせてもらいます。ただ今回の更新分からチェックを強化したので、まだマシになってる……はず。
 期待に応えられるようかんがばります。読んでいただきありがとうございました。

浅田明守様
 初めましてではないはずです。どこでかは分かりませんが言葉を交わした記憶があります。
 前作を読んでない方にも読んでいただいて嬉しいかぎり。ただ登場人物たちが使い古しになっているので、ちゃんと説明するつもりですが、どこかで説明不足になってしまうかもしれません。そういうときは遠慮なくつっこんでください。
 主人公の性格(セクハラ)はたぶんとまりません、ずっとこんな感じです。ですのでそこを気に入ってくださったのなら今後も楽しめるかもしれません。というか楽しませないといけませんね。
 ご指摘ありがとうございます。ちょくちょく治していきます。またありましたら報告していただけるとありがいです。
 では読んでいただきありがとうございました。よければ次回更新も読んでください。
2012/08/07(Tue)05:43:230点コーヒーCUP
どうも、鋏屋です。続きを読ませていただきました。
今回は春川メインの回でしたね。私としてはもう少し春川と立浪の舌戦を期待しましたが、考えてみれば、立浪側に非があまり無い感じだから仕方ないのかな。
ただね、これは私の個人的な意見であり、この物語とは殆ど関係無いのですが、どうも春川が『女王の剣』に登場する春川と同一人物とは思えないんですよねw あの頃の春川の方がもっとキレ者だった様な気がするんですよ。全ての悪意を一身に受けてまでクラスを一つにしようと考えた彼女が、ああも簡単に論破される様なイメージが湧かなかったので……
ま、気にしないでください。ファンの戯言ですwww
さて、まさかの春川が刺される異常事態に「ここで切るかぁっ!」と怒鳴りたくなりましたが、これは次回に期待せざるを得ませんな。展開が早くて飽きがこないし、なかなか良い感じす。次回更新もお待ちしております。
鋏屋でした。
2012/08/10(Fri)00:07:530点鋏屋
おいコラ、カフェオレかハサミムシ、これの新作出す時は連絡しろって言っただろ舐めてんのか。なんで騒いでねえんだよふざけんな。
そういう訳で遅くなったが拝見。
今回は言っている通りに展開が早くて何より。前作のような膨大な枚数にはならない、とは思っているのだがどうだろう。ただ膨大になったらなったで、ハスミンなのである。特に問題無く読ませてくれるであろう。これの一つ前の物語にも書いたと思うのだけれども、ハスミンを使うのであればどうしてもキューブと比較してしまうことになるのだが、そこはほれ、カフェオレのことだ、ちゃんと盛り上げて「キューブと同じくらい面白かったぜ!」と拍手させてくれるに決まっている。なぁおいそうだろう。蚤の心臓しか持っていないカフェオレだがプレッシャーを押し退けて楽しませてくれるんだろう。
心より続きを楽しみにしております。だからとっとと更新しろっつってんだろ。
2012/08/20(Mon)11:20:400点神夜
鋏屋様
 春川には春川の考えがあるのでしょう。というか、実を言うと、というか実を言わなくても、彼女は情に弱いところがあります。あれは自分の身はいくらでも傷つけられますが、他人が傷つくことは全力で避けます。そんな制約のついた生き方をしてるから、ああなっちゃう。
 立浪は論理では勝負してません。情に訴えたわけです。春川にしたらそれを否定することは二人の仲を否定することになるわけで、彼女としてはそれを避けたかった、論理と論理の勝負ならあれに勝てるやつはそういません。
 なんつって。長い長い言い訳でした。舌戦、確かにもっとヒートアップするべきですね。修正できるようなら修正します。
 春川はあの頃とそこまで変わってません。それもいづれ物語を続けているうちにわかると思います。今のままで終わる女ではありません。
 さて、いいところできりながら今更の更新になってしましました。是非、読んでください。
 でゃ、感想ありがとうございました。

神夜様
 毎日登竜門をのぞけば解決する問題ですよ。スマホでもPCでもいいからちょっと覗けばいいじゃない
べつに読まなくても「あ、××さん投稿してる」くらいのことは把握しなさい、それでも古株か。
 前作よりは長くするつもりはない。自分にそんな体力がない。できれば前作の半分くらいと思っていたが、すでに一章の長さが前作の一章と同じくらいになってしまってるから、これはもうどうなるかわかりません。
 ハードルあげるのはNG、マジでつぶれちゃうよ自分。そりゃあ前作よりおもしろくはしたいが、どうなるだろう。……まあ、楽しみに。
 更新、ようやくできた。これで満足? 次回がいつになるかは知らん! 先に言っておく。
 では、感想ありがとうございました。
2012/12/26(Wed)03:24:140点コーヒーCUP
 コーヒーCUP様。
 御作を読ませていただきました。ピンク色伯爵です、初めまして。
 この作品はガチのミステリと最近流行りのライトなミステリの中間なのでしょうか。キャラクター性を重視されているようで、ややライトよりなのかな、とか思ったり。『珈琲店タレーランの事件簿』とかほどライトではないみたいですが(警察とか出てきちゃってますものね)。主人公が司法関係の職員、もしくは公務員ではなくて、父親が刑事というところは、山村美紗の『狩矢父娘』シリーズを彷彿とさせます。あれも父娘の会話はこんな感じだったような気がします。ただし、狩矢和美(主人公)は蓮見とは違ってノーマルです。仕事大好きです。
 物語の展開に関しては、とりあえず『死体は転がった』けど、それ以上はまだこれからって感じですかね。どうやら前作があるようで、前半をファンサービスに費やしているからか、まだブーストはかかっていないのかな、って思いました。今後に期待です!
 うーん、あまり中身のある感想を書けていない気がします(笑)。まあ、僕がいつも中身のある感想を書けているかと言われると、だいたい書けていないのでやっぱり平常運転なのかもしれません(笑)
 次回更新、頑張って下さい。でも全部忘れて新たな一歩を踏み出すのもありだと思うよー(小声)。読者に石投げられるかもだけどねー(殴)。
2012/12/29(Sat)14:10:350点ピンク色伯爵
うるせえぶっ飛ばすぞカフェオレ、おせえんだよ更新が。そのせいで内容忘れてまた最初から読む羽目になるだろふざけんな。
今回は物語の展開が早くて何よりだ。しかしカフェオレ作品のいいところというか悪いところというか、先が読めない分、ここからどれだけ長くなるかという「予測」が建てられない。スパッと終わりそうな気もするし、このままいつまでも二転三転していつまでも終わらないんじゃないかと心配もしてしまう。
キューブんときみたいな壮大なハラハラするラストの緊迫感がいつまでも続けられるのであれば引き延ばし大いに結構なんだけれども、今回はどっちに転ぶのだろう。
相変わらずハスミンシリーズは安定した面白さがある。思い出補正がかかっている可能性も否定はしないけど、それでも素直に楽しめる。願わくばこの思い出補正と感じるこれを、「思い出なんてとんでもねえ、やっぱりハスミンシリーズは現役で面白いじゃねえか」と思わせてくれ。
2013/01/17(Thu)14:44:200点神夜
拝読しました。水芭蕉猫ですにゃん。
おまえ遅いにもほどがあるだろうと言うほど今更感満載ですが、読ませていただきました。
だからミステリは苦(ryo と言いたいところですが、今回の話、面白くてするする読ませていただきましたよ。前作を読んでから大分たってしまってますけれど、やっぱりハスミンはキャラが良いよなぁとうなずいてしまいます。春川ちゃんとのやり取りがやっぱり良いですよね。ライト百合?(おい
宗教団体も気になりますが、あの小学生も気になるし、伏線がいっぱい張り巡らされていてちょっとワクワクしてしまいますね。これがミステリを読む楽しみなんでしょうかね。
次回も楽しみにしています。
2013/02/02(Sat)23:12:581水芭蕉猫
ピンク色伯爵様
 まずはお読みいただきありがとうございます。そうですね、ライトミステリという形になるかと思いますが、たとえにあげておられる作品『タレーラン』とか、まあ最近でいったら『ビブリア』とか、そういうものはライトミステリではあるんですが、同時に「日常ミステリ」とも言ったりします。自分はどちらかといういうと日頃はそっちを書いてます。
 ライトミステリというのは今現在定義が残念ながらはっきりとされていません。あれが「気軽に読めるミステリ」だとするなら、そのジャンルにあたるかと。
 山村さんの作品は読んだことないのでわからんすが、父親が警察っていうのはミステリではもうよくあるパターンですね。ベタでいいじゃない(開き直り)。
 まあ、ほんと前作引きずってますから、さっさと切り替えていきます。
 投げ出すわけにはいかないですねー、投げ出さずこれやりつつ新作書くみたいなことはやるかもしれないですが(笑)。
 感想ありがとうございました。

神夜様
 いや何回でも読んだらいいじゃないか、なに忙しいみたいに気取ってんだ。どうせ暇だろ。ミステリなんだが読み返して伏線探すのもアリだと思うよ、一章ほとんど伏線ないけどね。
 神夜さんの感想で怖くなて色々試行錯誤してた結果が今回更新が遅れた。なんとか色々と、前作とは違う盛り上がりを提供できたらなあとは思ってる。二番煎じはつまんないよ、書いてる方が。
 思い出補正はあるだろう。自分としては前作を超えないといけない作品だけに慎重に鳴ってるし、わかるかわからんが燃えてるんだ。「CASE>CUBE」にしないといけないし。
 お読みいただき、また感想、ありがとうございました。

水芭蕉猫様
 いや遅いのは自分の更新もですから気になさらないでください。
 猫さんのミステリ嫌いはもう熟知しておりますが、やはりこれは矯正させたいですね。どうかこのジャンルをそんな冷たい目で見ないでやってほしいですね。
 蓮見と春川はライト百合なのかどうなのか。彼女たちってどうなんだろう。いや、個人的に去年末くらいから百合いっぱい読んでるんで、これもしかしたら影響出ちゃってるのかもしれませんが、そういう空気は出すかですが、そっち路線にはいかないでしょうね。
というかはたとえどんな形であれ彼女たちが誰かの恋人という立ち位置になることが、作者ながら想像できない。
 一章は細かい伏線というか、前振りがありますから、そこを楽しめていただけたならよかったです。特に小学生は重要です。
 では、お読みいただき、また感想、ありがとうございました。
2013/02/14(Thu)02:15:360点コーヒーCUP
 こんにちは。
 どうやらシリーズもののようですが、初めてでも難なく楽しめました。
 前作以前をまったく読んでいないのでどうこう言えないのが残念なところです。コーヒーCUPさんの作品は、今までほとんど読んでこなかったので…orz
 春川さんと蓮見さんのキャラが立ってていいなあと思います。でもそれ以外はオッサンばっかりなのでちょっと残念かなと(すみません)。
 個人的には、蓮見さんの「さて、彼がいう大したものが何かは知らない。ケーキなのかコーヒーなのか。そんなことは期待してないので大いにかまわない。ただ、それが情報だというのなら、お構いなくとはいかないな。」みたいなちょっと言葉をひねるような言動が好きです。これは作者さんの好みでもあるのかもしれませんが。
 展開として引っかかったのは、立浪さん(クロスの会)が蓮見さんに寛大過ぎないか??ということなんですけど、これはまあ、あまり気にしないでおきます。
 ぼくはミステリを読み慣れていないんですが、ぼちぼちと推理しつつ読んでいけたらいいなあと思います。だんだん盛り上がってきそうなので、次回を楽しみにしております。
2013/02/22(Fri)23:00:010点ゆうら 佑
毎度毎度遅せえんだよ!!いい加減にしろっ!!だから自分も読むのが遅くなるだろ馬鹿にしてんのか!!
さてはて、着実に進んで行くようで何より。このままとんとんとんと流れていって、どこかで山場にぶち当たって「やっぱり蓮みんやで!!」となることを大いに期待。その期待を込めてポイントを入れようかと思ったけど、今回はまだ慌てる時間じゃないからストップ。そして足りないものが何かなんてさっぱりわからん。やめろよこういう謎掛け。自分が判る訳ねえだろ。舐めてんのか。
そして次回更新をもっと早くしろ頑張れ頑張れカ フ ェ オ レ !
2013/03/07(Thu)16:28:570点神夜
ゆうら佑様
 シリーズものを書いてて1番気を遣うというか、注意しなきゃいけないのは「初めての人でも違和感なく自然に読めるものにする」ってことで、それがどうやらできているみたいで、安心できました。今後違和感を感じるようなことがありましたら、是非とも言ってください。
 蓮見と春川は相変わらずの人気で安心。おっさんばっかり……たしかに。いやでも重要なおっさんたちですので(笑)。次の次くらいには、女の子の新キャラがでてきますので、お待ちください。
 蓮見のひねくれた言動はたぶん、この物語のウリの一つだと勝手におもってます。自分がそういうのが好きなのが1番ですが。ですから、少なくとも今後もいっぱいあると思いますよ。
 寛大すぎる……良い着眼点ですね。では、おっしゃるとおり、それを踏まえてぼちぼち推理してください。やっぱり読者の皆様に考えてもらえないと、盛り上がりません。自分のテンションが。
 お読みいただき、また感想まで書いていただきありがとうございました。よければ次回もお読みください。

神夜様
 更新したよ? どうだ、文句なかろう!! 遅いのは仕方ないよ、こればかりは俺じゃなくて就活っていう社会システムに言ってよ。幻さんだってそんなスピーディーに書ける方ではないだろ!
 物語はゆっくりだがちゃんと進んでるよ。流れは遅いし、曲がりくねるが、その間に伏線はったりしてるから見つけてくれればいいよ。山場な……ちょっと先だけど、ちゃんと用意してるよ。蓮見は今作だいぶまいってもらおうかと思ってるし。
 足りないだろ、絶対ないものがあるよ。この謎明かすのだいぶ先だから考えて。普通に考えればわかる。自分の家と比べたりすればいいかも。大ヒントだよ!
 あとがきにも書いたけど、更新早めにするよ、要望通り。だからついて来てね。
 感想、ありがとうございました。よければ次回も読んでください。
2013/03/08(Fri)03:32:590点コーヒーCUP
拝読しました。水芭蕉猫ですにゃん。
おお、物語が動き出してきたぞ!! というわけで、ワクワクと読ませていただきましたよ。実は謎解きはさっぱりなのですが、こうしてストーリーを追いかけて行った後に待っている真相がミステリの醍醐味だよねうんうんうんうん。もっともっとデカい裏のありそうな立浪さんにまだ姿を現さない教祖様。教祖様は本当に居るんだろうかというのも大きなポイントなのかな? と邪推しつつ読んでおります。色々緊迫した状況になって来ましたが、一番最後の「あれ、私はなんとか食事を楽しめそうな気もしてきた。不思議だね、愛の力かな?」で思わず顔がにやけてしまいましたよ。ほんとにライト百合っぽい所もハスミンシリーズの良さなのかもしれませんね。
次回も楽しみにしております!!
2013/03/17(Sun)01:05:341水芭蕉猫
 こんにちは。
 また転がりましたね……。ぼくも謎解きをしようと頑張ってはいますが、さっぱり。ぼちぼち推理します。
 ところで立浪さん視点にはふいをつかれました。まずい、これは立浪さんに同情してしまう……! このエピソードがここに入った理由はちょっとわかりませんが、春川さんの電話の内容が明かされるまでの、なんというかいい引っ張り具合で、構成の妙を感じました。
 教授との対話には一挿話とは思えないほどの力の入れようが感じられるのですが、これがあとあと活きてきそうなので楽しみです。戯曲? と思うくらい会話のテンポもよくて、おもしろくて、読んでいて笑ってしまいました。ここで評価をつけたいところではありますが、次の更新分を待たせていただきます(笑)
2013/03/22(Fri)23:38:180点ゆうら 佑
水芭蕉猫様
 ちんたらではございますが、よーやく動きました。こっからは少しスピードをつけつつ書いていこうかと思っておりますよ。猫さんの謎嫌いはもう仕方ないですが、できれば、「あれ、こいつなんかうさんくさい」くらいの予想はして欲しい。まあ、勘でいいんですよ。仰るとおり真相を待つのも醍醐味ですけどね。
 立浪さんもまだまだ奥深いやつですし、それ以上に教祖はもっとですね。立浪さんの回想シーンでちらっと顔見せはありましたあ、本格的な登場はずいぶん先ですね。ただ、いますよ、ちゃんと存在します。
 蓮見と春川の掛け合いはこっちも書いてて楽しいです。前作ではこういうことできなかったんで。
 感想、ありがとうございました。よければ次回もお読みください。

ゆうら佑様
 まだまだ謎解きができるほどの伏線がないですね、ぶっちゃけると。ただ予想はたてられるはずです。事件はいっぱいおきてますし。
 立浪さんの視点、あれをいれたのはぶっちゃけ立浪さんのためっていうか、ちらっとでてきた教祖のためなんですけどね(ぶっちゃけ)。登場がかなり先になりそうだったので、ここで挨拶がてら出てきてもらおうかなって感じです。しかし、気に入ってもらえてよかった。それに、あの電話から引っ張りを褒めてもらえて嬉しい。そういうのは計算して書いてるんで。
 教授との会話はたしかに力をいれた、というか入った。書いてる内に面白くなったんです。あとで活きてくる……のか? 教授と蓮見の会話自体は、たぶんあれが最初で最後なんですけどね。
 では、感想ありがとうございました。よければ次回もお読みください。
2013/03/24(Sun)00:00:480点コーヒーCUP
すまん、普通にデスマーチだった。一回分見逃しているな。すまん。信じられないくらいの安月給でここまで酷使されるなんて世の中酷い。気をつけろよ。適当に内定出て「ここでいいや」なんて考えると人生詰むぞ。自分はもう八割方人生詰んでるぞ。死んでしまいたい。どっかにいい仕事転がってないかなぁ。
判った。「ないもの」の正体。「傘」や。「傘」がないんや。そうや、そうに決まっとるんや――!! 神夜はこの考えを信じて読み続ける。こんな自分が予想するものが当たっているはずはねえんだろうけど、だからこそ「やすがカフェオレ、やってくれるぜ」と思わせてくれ。的中してしまって「カフェオレ……マジでないわ……」とか思わせないでくれよ。ぐるんぐるん引っ張り回すのがカフェオレ作品であり、蓮見だと思ってる。楽しみに待ってるよ。
ていうかチョコの方で言ってたけど、披露宴呼んでやるからてめえはとっととメール送って来いよカフェオレ野郎。
2013/03/25(Mon)14:18:530点神夜
 シャーロック・ホームズが出てくると、素人目には俄然推理小説っぽく感じられます。
 いえ冗談は置いておいて、いよいよ話が進んできたようで何よりです。ストーリーの大きな進展はないのですが、やはり登場人物の会話や独白で読ませますね。個人的には話がさくさく進んでいただけるとうれしいのですが……ただ、あとがきを見ると次章で新キャラが出るとのこと。まだまだ始まったばかりのようですので、今後の展開を楽しみにしています。
 章タイトルの意味がようやくわかりました。とすると、やはりこの死に方にも意味があるのか……そして部屋に欠けていたものって彼の死とどう関わるんだろう……。現状の登場人物は限られているので、この中に犯人(?)がいるのであれば結構絞られますよね。でも新しい登場人物の中にいるというパターンもあるんでしょうか。とりあえず続きをお待ちしております。
2013/03/27(Wed)23:54:381ゆうら 佑
神夜さま
 おいここでそんな現実の話しするのはやめろ、登竜門はあくまで癒やしの場だろ、社畜の現実なんて聞きたくないんだよ。やめてくださいまじで。これ以上を自分をブルーにするな。就活だけで精一杯だ。
 あと死ぬのはよせ、死ぬならミクコレクションを自分に郵送してからにしてくれ。
 「傘」か……うんどうしよう、コメントできない。というかこれに関しては自分がコメントしちゃダメな気もする。けどミステリマニア視点で言わせてくれ。確かに傘はなかった、描写しなかった。けど折りたたみくらい鞄に忍ばせている可能性あるよ? 正解かどうかは絶対に言わんけど。この発言がミスリードだったりして。思わせぶりなこと言っといて核心つかれたから誤魔化してるだけかもね。
 ぐるんぐるんと引っかき回す。そこは安心して欲しい。
 披露宴マジで呼ばれもひとりとか寂しいな。他の登竜門の方も呼ぼう。それかおいしそうな料理だけタッパにつめて送ってくれ。
 感想、ありがとうございました。

ゆうら 佑様
 やはりミステリに親しみがないかたにとっても、シャーロックホームズという存在は大きいですね。あればっかり一人歩きしてるようでミステリファンとしては複雑ですけど。まあいいや。
 そうなんですよ、さくさく動いて欲しいという意見は全くその通りで、こればっかりは申し訳ない。なんか書いているうちに長くなって、終わりが見えなくなってます。早く進めろよというのはほんと、ほんとうに、その通りですね。なるべくスピードアップしていきたいです。まだ重要キャラが全員そろってないあたり、絶望ですよ。
 章題は今回の作品の更新がないと意味不明ですね。死に方に意味があるのかということですが、意味がない死に方なんてないですよ? 良い着眼点ですのではっきりと申しあげますけど、大いにあります。ただ現状それがどういう意味を持つのかは、推理できるような、できないような。
 感想、ありがとうございました。
2013/04/04(Thu)00:13:390点コーヒーCUP
 こんにちは。
 ここでグラサンの正体が明かされたか、と思ってテンションが上がりました。でも三章の1はさよ視点にする必要あったのかな? と思わないでもないです。いえもちろん読者としては「この子誰?」→「あいつかあ!」というカタルシスがあっていいのですが。関係ない話ですが、ぼくもさよはいい名前だと思います。
 あとがきを読んで、過去作品のあらすじをつらつらと眺めてみたんですが、春川さんって別作品のキャラだったんですね。蓮見さんとの出会いのお話はまだ書かれてないんでしたっけ。そちらも気になります。
 今回の更新分を読む限り、さよさんが物語にどう関わってくるのか、まったく読めません。ただあとがきから察するに(という邪道なことをさせていただきますと)、キーパーソンは透ちゃんですよね? ですよね? 違うかな…。
 …書き散らし失礼しました。何回も感想書いてる割にまったくお役に立てていない気もしますが、とにかく続きをお待ちしています。
2013/04/09(Tue)21:39:400点ゆうら 佑
 こんばんは、コーヒーCUP様。上野文です。
 御作を読みました。
 蓮見さんは本当に事件に縁のあるようで><
 ただ、こうめぐり合わせが悪い以外にも、正義感や義理堅さが彼女を女性には向かない職業へと招き寄せているのかな、という印象を受けました。むしろ煙草ふかして酒をウワバミ並に飲んでる中年的男らしさが…げふんっ。
 さて、春川さんですが作中でも語られてるとおり少し危うい部分があるなあ、と思いました。さよちゃんを突き放した理由はある程度想像できるし、宗教組織にツッコミ入れに行く気概もわかるのですが、ややもすると誤解や逆恨みをしょいこみかねないかなって。でも、そういうところもまた、彼女の魅力、かな。
 まだ犯人は想像もつきませんが、パズルのピースをはめ込むように彩られてゆく事件が大変興味深く、また面白かったです。続きを楽しみにしています!
2013/04/10(Wed)21:22:400点上野文
ゆうら佑様
 グラサン登場にテンションあがりましたか、良かったです。「1」をさよ視点にする必要あったかということですが、たぶんなかったと思います。いや意味がなかっただけで、狙いはあったんです。ゆうらさんがおっしゃているカタルシスであり、同時に「蓮見を第三者視線で描く」というのがあります。なんでこうしたかっていうと、「飽きの防止」です。ずっと彼女の一人称だと飽きられるんじゃないかという恐れがあるので、こうしました。
 春川は自分の作品ではレギュラーみたいなものでしていっぱいでてます。春川と蓮見の出会いのお話は、ぶっちゃけ話をするとこの作品と同時進行『CHESS』という中編を書くつもりだったのですが、思いの外これが長くなっているので、いつになることやらって感じです。プロットはもうできあがっているのですけど。
 透に着眼するとはいいですね、そうです彼もキーパーソンです。目立たないように書いたつもりだたけど、そうか見つけられたか。まあいいです、それでこそってやつです。
 感想は毎度役にたっております、本当にありがとうございます。よければ次回もお読みください。

上野文様
 こんばんわ。蓮見の場合は事件に縁があるというか、全体にて運がないというべきか、探偵役なのですが星の巡り合わせなんですが彼女に限って言えば毎度ややこしいものばかりで作者としても同情します。
 蓮見は中年のおっさんでいいんですよ、なんというかそういうやつです。中年のおっさんというとかっこわるいですがどこか達観していると考えるといいんです。あれのコンセプトはそれですから。
 春川は全く危なっかしい。彼女の場合は危険なことを危険と理解しつつ「必要ならやるしかない」と割り切ってしまいます。宗教組織へのツッコミがそれです。危険と分かっていますが、危険を自覚はしてないというべきか、自覚していてそうしているか余計危ないとみるべきか。
 犯人はまだ特定はできませんが、一部事件については解けるほどの伏線がそろいました。どうかお時間があれば、お考えください。
 では、感想ありがとうございました。よければ次回もお読みください。
2013/04/12(Fri)02:00:430点コーヒーCUP
 こんばんは、コーヒーCUP様。上野文です。
 御作の続きを読みました。
 蓮見さん、自分では気づいていない?かもだけど、結構な推理ジャンキーの気がします。
 さて、今章は二人の友情話でしたが、いいダチやなあ、と感じられて良かったです。
 春川さんもちょっと弱さが見えて、人間味が増して一層魅力的になったと思います。ただ、彼女自身も違うと言ってましたが、過去の友人が犯人というのは考えづらいですね。冷たくされたので、何年も経って襲いました。有り得はしますが、だいぶ粘着師な相手となります。それよりは直近のトラブルの方が怪しいか。
 面白かったです。続きを楽しみにしています。
2013/04/17(Wed)00:11:420点上野文
上野文様
 蓮見は推理ジャンキーでしょうね。探偵気質といえばいいのか、とにかく物事を深く考える癖があります。で、たぶん自覚なく、自然とやっています。だからこそ、こんなややこしい性格になったのかもしれない。
 いいダチだと思っていただけたなら書いて良かったと思えます。この二人、いかんせん事件のことばっかりでこういうの少なかったんで。蓮見にしても春川にしても、とても女子大生とは思えない。もうちょっと人間味が欲しかったんです。そういう意味で蓮見はまだ日頃ふざけているからいいんですが、春川はそういうのがちょっと薄かったですからね。
 直近のトラブルとなると協会になりますね。さて、協会はどうして彼女を狙ったんでしょうか。
 感想、ありがとうございました。よければ次回もお読みください。
2013/04/20(Sat)00:45:280点コーヒーCUP
 とりあえずこちらだけ読んだ感想を。
 うーん、考えさせられる終わり方(章の切り方)ですね。謎の解明に一歩進むようで進まなさそうな、物語が展開したようでしなかったような、中途半端な雰囲気なんですけど、読者にとってはここで考えの整理ができますね。春川さんを狙ったのが誰であれ、今はもう狙っていない?ようだから、目的は達成されてるんでしょうね。襲ったのは、その直後に計画されていたことについて、春川さんが邪魔だったから、とか。直後に何があったんだっけ……読みかえさないと、ちょっと覚えていないのですが。あ、ひとつ誤字です。春川さんが出てきたところで、コンビニの袋が服になってました(たぶん袋ですよね?)。
 更新分の内容についていわせてもらいますと、やっぱり会話がよかったです。二人の会話に和みます。ただ、蓮見さんの語り(地の文)が冗長だなあと、少し思ってしまうんですよね。一つの特徴になっていて蓮見さんらしいといえばらしいのですが。何でだろう。別に長すぎることもないと思うのですが。
 立浪さんの電話で、ここから急展開を見せるのかな? と期待しております。続きもできるだけ早く読ませていただきますね。
 今回で春川さんの過去が明かされたわけですが、逆に春川さんが疑惑の存在になってきたなと思います。自分の中では。正直、蓮見さんの相棒というふうにしか見ていなかったのですが、まだ怪しいところがありそうだな、と感じました。
2013/04/21(Sun)01:23:520点ゆうら 佑
ゆうら佑様
 章の切り方には拘っています。こうすれば色々と考えてくれるだろうなあと。どうやらそうなっているようなので作者的には満足です。そして誤字の指摘ありがとうございます、また手直しするときに訂正させていただきます。
 二人の会話を楽しんでいただけたようで良かったです。この二人、自分でいうのもなんですが、良い友達同士で、良い間柄で、ナイスコンビだと思うんですよ。ですからこういうプライベートな話題をもっといれたかったわけですが、どうも事件のせいでそれができない。だから今回たまっていたそれを爆発させた感じです。
 蓮見の語りが長いということなので、今週の更新(2013/04/28現在)から地の文を削っていくことにしました。まだ多かったら遠慮なく言ってください。
 春川を疑いますか? それこそ目的がよくわからんくなりますが、しかし理が通る道があるかもですね。可能性があるならそれを考えるのが推理小説ですし。
 では、感想、指摘、ありがとうございました。
2013/04/28(Sun)00:17:130点コーヒーCUP
こんにちは江保場狂壱です。
初めて感想を書きます。
最初蓮見レイが女性だとわかりませんでした。コメを読むと前作があるようですが、そちらは読んでおりません。なのでこの作品単体で語ります。
昼間から酒を飲む女子大生が探偵のまねごとをやる。そのくだりが自然で読みやすかったです。
あと一人称なら蓮見だけがよかったかもしれません。さよの視点に変わった時はいささか混乱しました。
それ以外は会話のテンポもよく、面白かったです。謎もゆったりですが徐々に核心に近づいている感じですし。では。
2013/05/26(Sun)14:11:400点江保場狂壱
江保場狂壱様
 作品、お読みいただきありがとうございます。長いのを、本当にお疲れ様です。
 なるべく女性であることをわかる描写をもっと増やすべきでしたね。女っぽくないというのが、この蓮見というキャラクターの一つの特性なのですが、足りなかったようです。猛省します。
 さよの視点はやっぱり分かりづらかったようですね。ちょっと、書いてるものとしても混乱したというのが実情です。蓮見以外の視点が後半どうしても必要になってきたので、そのために彼女の視点を出したのですが、やっぱりうまくいかなかったか。
 会話のテンポがいいと言っていただけて嬉しいです。この作品のウリの一つですので。
 では、感想ありがとうございました。
2013/06/25(Tue)01:05:550点コーヒーCUP
[簡易感想]
2013/07/14(Sun)19:36:450点鋏屋
感想は完にてw
2013/07/14(Sun)19:38:471鋏屋
鋏屋様
 わざわざ「上」「中」のほうまで感想ありがとうございます。
2013/07/15(Mon)01:24:070点コーヒーCUP
合計5
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