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『なんら問題ございませんの』 作者:コーヒーCUP / ショート*2 未分類
全角5814.5文字
容量11629 bytes
原稿用紙約16.95枚
 手足を縛られてしまいました。
 いえ、正確に言いますと手足だけでなく口も同様にガムテープでふさがれてしまっているのですが、今はとにかく手足が動かせないのが問題なのです。なぜならさきほどからずっと鼻の下辺りがかゆくて仕方ないので、少し掻きたいのですが何ともできず、非常にもどかしく、少し苦しいのです。
 私は今、どこかも分からない薄暗い倉庫のようなところにいます。さきほどかしつこいほどに申している通り手足を縛られて、三角座りをさせられた状態でアスファルトの冷たさを臀部で感じながら、壁に背を預けています。
 どういうわけか、これほど拘束されているのに目だけは目隠しなどをされず自由です。行動に一貫性のない犯人に、呆れてしまいます。やるなら徹底的にやるべきではないですか。
 そして私を拘束、より正確に言うなら誘拐した犯人は今、私から少し離れたところで見るかに安っぽいパイプイスに腰かけながら、手に持ったナイフを凝視しています。
 頭が少しはげかかっていて、お肌も荒れている様子。黒縁のめがねをかけていて、服はよれよれのスーツで、きっと安物のチェーン店で買ったものを何年も使っているのだと思います。年齢は五十代前半といったところでしょうか。
 私がこの男性、面倒なので以後は禿と呼ばせていただきますが、とにかく彼に誘拐されたのは今日の夕方の話しです。
 私はある私立の女子校に通っている二年生なのですが、生け花や茶道、習字や家庭教師など習い事が多く、部活には入っておりません。しかしながら仲のいい友達はほとんど部活に入っているので、一緒に帰ることがあまりできません。
 数少ない私と同じ理由で部活ができない友達も帰り道が違うのでやはり一緒に帰れません。そういうわけで、私は小中学校の頃と変わらず、家の召使いの田口に車(ランボルギーニ)で迎えに来てもらっていました。
 高校ではあまりこういう行動はとりたくなかったのです。義務教育期間はずいぶんそのことでほかの同年代の子たちの妬みをかってしまいましたから。もちろん、貧民どもの言うことなど気にはしませんが、やはり敵は少ないにこしたことはありません。
 しかし帰る友達がいないとなると、やはり車で迎えにきてもらうしかありません。学校から家までは二キロもあります。夕方に一人で歩いて帰るのは危ないですし、そんな長距離を歩きたくないです。自転車という選択肢もあったのですが、よくよく考えれば、私自転車に乗ったことがないので無理でした。
 そういうわけで今日も迎えにきてもらおうと田口に電話をかけたら、車が故障したので少しお待ちくださいと言われました。しかしながら今日は茶道の先生が家にくるので、遅く帰宅するわけにはいきませんでした。
 帰る途中でタクシーを捕まえるので迎えは結構ですよ。ですから明日から来なくて良いです。そう田口に電話で言い、私は校門を出てタクシーを探していました。
 その時、ふいに私の前に寂れた安物の車が停まったのです。小さな四人掛けの普通乗用車。車体はシルバーで、どういうわけかスモークガラスになっていました。
 タクシーではないというのは分かりましたから、すぐに目をそらしたのですが、乗用車の扉が開き禿が勢いよく飛び出してきて、私の口元をハンカチでふさぎながら車の中に連れ込み、わき腹にスタンガンを当ててきました。
 そして気がつけば、現在のような状況に陥っていました。
 さて、とても困ってしまいました。気を失っていた時間がどれほどか分かりませんが、この倉庫には窓が一つありまして、そこから半月が覗いています。夜と言うことは、私は茶道を無断でサボタージュしてしまったことになります。これはいけません。きっと怒られてしまいます。
 まあ、茶道自体は中学二年生のときに極めていますのでかまわないのです。ようは先生の実のあるようでない話を聞かないで済んだということ。これだけ見れば良いのですが、あのヒステリー女のことですから母に告げ口をするでしょう。それが問題なのです。
 それに今夜は七時から見たいテレビがあるので、早く帰りたいのですが。
 禿はパイプイスに座ったまま、動こうとしません。彼の周りには私の鞄があり、そこから取り出された生徒手帳や財布、携帯電話が散乱していました。人の鞄からものを勝手に取り出すなんて、なんて常識のない禿でしょう。強い憤りを感じるのですが、声が出せないので怒りを表現できません。
「……ったく」
 急に禿が言葉を発しました。
「なんで世間にも出てないガキが十万も持ってんだよ」
 禿はそういうと足下にあった私の財布を軽く蹴りました。そういえば十万円ほど入れていましたね。買い物はほとんどカードで済ますので忘れていました。
「納得できねぇよな。こっちが汗水流して働いたって一日一万にもならねぇのによ」
 一日一万円。年間で換算すると三六五万円。この間買ったブレスレットがそれくらいだったでしょうか。あまり覚えていませんので無責任なことはいえませんね。
 禿が立ち上がって私の前まで来て、目を合わせるようにしゃがみ込みます。そのさいナイフを私の頬にあててきました。急に冷たい物を頬に当てられたので、びくっと体を震わせてしまいました。
 その様子を見た禿が、実に汚い笑みを浮かべました。
「へっ、怖いかい、お嬢ちゃん」
 いえ、冷たいのです、分かりませんか。
「そうだよ、温室育ちのお嬢様にはこんな物騒な物は怖いよな」
 えへへと笑う禿は勘違いを楽しんでいるようで、バカ丸だしです。
 勘違いされては困りますが、私が誘拐されるのはこれで七回目です。ラッキーセブンをこんな禿で迎えたのは非常に残念でなりません。できれば三回目のときのようなハンサムな誘拐犯さんが喜ばしたかったのですが。
 それと、私もナイフくらい見慣れています。ビーズや宝石といった光り物が好きなので、ナイフも集めているのです。
「安心しな、お前の母親がちゃんと金を用意したらお前が傷つくことはねぇ。母親の英断を期待するんだな」
 母なら私が危機だと知れば、下十桁くらいまでのお金なら用意するから心配ないでしょう。
 先ほど禿が私の携帯から母に連絡していました。娘は預かったという、定番の、見た目通り何の面白味もない言葉で母に身代金を要求していました。
 その額、なんと三億。今まで最高額です。さすがの私も大金だと思います。なにせ私の今年のお年玉と同じくらいなんですから、決して安くはありません。
「しっかし……お前はいいよなあ」
 禿が突然私の髪の毛をかきあげてきました。あ、あの……汚らわしいのでやめてもらえるとありがたのですが。
「若いくせに美容院でも行ってんのか、いい髪質してるぜ」
 だから触らないでくれませんか。それに美容院には行ってません。美容院が来てくれるのです。勘違いしないでください。
「通ってる学校も私立だろ、いいよな。俺も金さえあれば、娘をそこにいれれたのに……」
 確かに私立ですが、かなりの難関校ですよ。あなたの娘さん如きが入れるレベルではなかったと思います。
「お前は知らないだろう、底辺にいる人間がどういう人生を歩むか……。お前は生まれたときから恵まれてるけどな、俺は貧乏な家に生まれた。親父も母親も働いてたけど、両方とも中卒で、ろくな仕事にありつけないでいたよ」
 ……どこにでもあるお話しですね。聞いていて退屈です。しかし、どうせ動けないのですし、暇つぶしに聞いておくことにしましょう。
「俺を生んで、かなり生活も苦しくなった」
 じゃあ、あなたが生まれてこなければよかったのではないでしょうか。
「けどそれでも必死になって俺を育ててくれた。中卒じゃ苦労するからって、高校にまで行かせてくれた。感謝してるぜ、本当にさ。けどな、
やっぱり大学までは無理だった。けどなんとか職にはありつけたよ。どこにでもある中小企業だったけど、食って行くには苦労しなかった」
 今、ちらりと男が腕にはめている腕時計が見えました。見るからに安物と分かる、曇ったシルバーの丸形の時計。見にくい細い針が八時半を指していました。
 ああ、『VS嵐』がもう終わってしまっているじゃないですか。毎週毎週楽しみにしているのに。あとで録画を観ることはできますけど、やはりリアルタイムで観たかったです……。
 潤君、ごめんなさい。
「そのうち結婚して、娘もできた。金持ちのお前には分からないだろうけどな、金がなくても幸せだったんだ」
 ショックを受けているのに、こんな話を聞かされるなんて、かなり苦痛です。ああ、目頭が少し熱くなってきてしまいました。
 思ったのですが、この禿と結婚しようなどと酔狂な、あるいは発狂した思考の持ち主の女性とはどんな人でしょう。私はこれと結婚するくらいなら、死にます。どんな苦しい死に方でも。
「けどな……娘が倒れた。会社もクビなった……」
 そりゃあ、こんなのが父親だったら倒れるでしょう。私なら死にます。
「金がいるんだよ、分かるか」
 さっき金がなくても幸せだとほざいておきながら、このざまですか。
 というか何で三億くらい貯金しとかないんですか、管理能力ゼロですか。いい年した大人が、情けないです。
「だからしばらくつきあってもらうぜ。お前は娘と同じくらいの年齢だから、殺したくない。おとなしくしてろよ。もし暴れたりしたら、処女を奪ってから殺してやるよ」
 は、初体験というものですか!?
 いや、確かに私、かなり可愛いですし家柄も良く、性格もおしとやかなので男性にはもてます。しかし、今まで愚直にも私に告白してきた男の中には私に釣り合う奴がいなかったので、異性と交際をしたことがないのです。
 ですから、あの……その……まだ経験していないわけで、できればそういうものは好意のある殿方としたいわけで、間違ってもこんな禿とはしたくありません。本当に許してください。いやマジで。
 私の怯えた顔がおもしろかったのか、禿はまたにんまりと笑いました。
「怖かったらおとなしくしときな」
 おとなしくもなにも手足をふさがれている状態でなにをどうしろというのですか。縛ったのはあなたでしょう。記憶力もゼロですか。
 禿は立ち上がり、私に背を向けてパイプイスへ戻っていきました。ところで今日のニュースゼロには間に合うでしょうか。まさかあれまで見逃したくはないのですが。
 ああ、けど見逃してしまったらどうしましょう。あれこそリアルタイムで観て価値のあるものです。生放送です。生放送の翔君です。毎晩どれだけ楽しみしているか。
 ああ、想像しただけで悲しくなってきました。
 くすんっと鼻を鳴らすと、禿が驚いた顔でこちらに振り向きました。振り向いた顔がまた気持ち悪いことこの上ないので、首をこっちに向けないでいただきたいのですが、そんな私の要望など無視して禿がずしずしと寄ってきて、その脂ぎった顔を私の顔に寄せてきました。
 ああ、加齢臭がはんぱじゃない……。
「……泣いてるのか」
 楽しみを一度に二つも奪われたら、泣きたくもなります。
「怖かったか」
 いえ、怖いというわけではないのですが……。さっきから質問してますが、だったら口のガムテープだけでも剥がしてもらえませんか。
 すると禿は急に私の口のガムテープを剥がして、そして次々に私の拘束を解いていきました。口が自由になったというのに、予想外の展開にちょっと唖然としてしまい、何も言えませんでした。
 しばらくして完全に自由になり、棒立ちになっている私の前に禿が立つと、すごい勢いで「すまなかった!」と謝りながら頭を下げた。
「出来心だったんだ、苛々してて……怖がらせるつもりはなかった。娘が倒れたのも本当で……混乱してたんだ」
 禿はそのまま、何か色々と言い訳を始め、私はほとんどそれを聞き流していました。耳に入ってきた情報だと、娘が泣いてる姿と私が重なって我に返ったそうですが、こんな奴の娘と重ねられるなんて、屈辱的で言葉が出ません。
「本当に悪かったっ! この通りだ!」
 禿はそのまま土下座をして許しを請うてきました。しかし……私の苛々は正直限界を迎えていたわけで、こんな価値のない男に土下座されたところで、それが収まるわけもなかったのです。
 気がつけば、私は土下座していた禿の頭に踵を落として、もだえ苦しむ彼の腹に何度も何度も蹴りをいれました。何か、声にならない声で助けを求めていましたが、知ったことではありません。
 ぼろぼろになって動けなくなった彼を見下ろしたまま、このままでは過剰防衛で私が捕まる危険があったので、パイプイスを手にとってそれを折りたたんで、禿の頭に叩き落として息の根を止めました。これで証人がいなくなりました。
 死体を横目にカバンを拾い、そこら辺に散乱していた財布や携帯を中にいれていきます。全て拾い終えたところで、母に連絡をいれました。
『ああっ、ハナちゃん! 無事だったの!?』
 電話口で私の声を聞くなり、母が歓喜の声をあげました。
「ええ、母様、何とか逃げられました。ご心配おかけてごめんなさい。身代金の方ももう不要ですよ。そういえば、警察には連絡していませんよね」
『もちろん、犯人がするなっていうから』
 それなら大丈夫です。あとでこの死体と私が結びつきはしないでしょう。そうなったところで、父に頼めば何とでもなるので問題ないでしょうが、あの男に貸しは作りたくありません。
『とにかく急いで帰ってきてね、早くあなたの顔が見たいわ』
「はい。ところでお母様、録画はしてくれていますか」
『えっ、何の話しかしら』
「分からないのならいいです。死ねよ、役立たずが」
 電話を切って、またカバンに戻します。さて、ここがどこか分かりませんが、タクシーを拾って帰りましょう。
 倉庫を出ようとしたときに死体が横目に入り、そういえばお金がいると禿がほざいていたのを思い出したので、財布から十万円出して、それを死体の上にばらまいておきました。娘さんの治療に役立てるといいですよ。
 さて、母が言っていた通り早く帰りましょう。変なのに付き合ったおかげで、よけいな汚れがついてしまったのでシャワーが浴びたいです。
 そして何より、ニュースゼロに間に合わないといけません。
2011/10/11(Tue)23:13:25 公開 / コーヒーCUP
■この作品の著作権はコーヒーCUPさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
「お前何がしたかんの?」と聞かれても、はっきりとした答えを持ち合わせない作品であります。書いた自分が一番ビックリしたし、ようわからんかった。ただ今まで自分が書いてきた作品とは雰囲気が全く違うものだったから、面白半分で投稿しました。
 さて、はじめまして、ないしはこんにはコーヒーCUP。
 一応、この作品を経緯を説明させてもらいますね。別の作品で敬語で一人称の作品を書いていたのですが、その物語がどうにもならなくなってきて「なんでこんなことになってしまったのか……」と失敗の研究をしていたら「敬語キャラの使い方を間違えたかな?」と思ったのです。ですから、その失敗した作品では善人風の女の子が敬語で物語を進行指揮していましたが、この作品はもはや完全に性格の悪い女に歪んだ角度から物語を見てもらいました。長々と言ってますが「逆パターンをやりたかった」それだけです。
 たまにはミステリ以外の投稿もありだと思ったので、こうなってしまった次第です。どこか一つのセンテンスで読者のみなさんがクスっとしてくれたら大成功。
 それでは、ありがとうございました。
この作品に対する感想 - 昇順
どうもこんばんわ。お久しぶりです。というか二年ぶりですかね。
色々と諸事情が立て込んでいて、なかなかここに投稿できなかったサル道です。

拝見させていただきました。
まんまとしてやられました。最後の怒涛の展開にはクスリと笑ってしまいました。

正確の歪んだ女性の
呆れ→侮蔑→悲しみ・悔しさ→怒りと狂気
短い作品ながら全体的に纏まっていて面白い作品だと感じました。
自分は物語を短く纏めるのが苦手で、短編でも気付いたら一万字を軽く超えててそれでも、まだ中盤だったりということがざらにあって、こういう短く綺麗にまとめられる力が欲しいです。

主人公はモンスターペアレンツならぬ、モンスターチルドレンというか中国で言う小皇帝というか。なんというか、絶対に近づきたくない存在ですねw

ではでは、また時間がある時にほかの作品も拝見させていただきます。
2011/11/15(Tue)23:15:191サル道
合計1
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