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『消えた王様トマト事件』 作者:文矢 / ミステリ 未分類
全角9391文字
容量18782 bytes
原稿用紙約28.15枚
学校のベランダで育てていたトマトが無くなった!?犯人は誰なのか、そしてどうしてそんなことをやったのか?事件の真相を照らすのはトマト学者、有辻興太!
登場人物紹介 ( )内は年齢

【学校内の人】 岡本夏也(11)……トマトを総合の授業で育てている少年。五年三組。
        黒部剛(11)……ガキ大将。五年三組。
        岸本由奈(10)……生き物係。五年三組。
        山田一郎(10)……五年三組。
        池田太(11)……御曹司。五年三組。
        菜々瀬達郎(29)……五年三組担任。

【学校外の人】 倉本高(26)……古本屋。私。
        有辻興太(26)……トマト学者


1.

「トマァト!」
 私の古本屋にその声が響いたのはおやつの時間の午後三時だった。私はまだ未読だった海外古典を読んでいる時だった。読みにくすぎて、朝から読み始めたのにまだ二百ページしか進んでない。
 私は顔をあげた。あげなくても、その奇声を発した奴が誰かは分かっていたのだが。私の店の入り口には、やはり有辻興太がいた。奇妙ないでたちの我が友人だ。
 まず、目につくのはその髪型だろう。アフロじゃないかってぐらいクルクルしてボリュームのある髪の毛。しかし彼曰く、この髪の毛は天然パーマらしい。天然パーマというのは私の記憶だと、幼い頃髪を傷つけたからとかだった気がするが、そうだとしたら彼は相当髪にダメージを与えたのだろう。次にその顔。顔立ちは整っている。どちらかというと格好いい方だ。そして、その服装に移る。真っ赤なシャツ、真っ赤なズボン。真っ赤な靴。全てを台無しにする服装。
「九月七日か……もう学生は夏休み終わった頃だね」
 有辻が本棚を眺めながら言う。私は返す。
「トマト学者と古本屋には関係ないだろ」
 トマト学者。この変な言葉は有辻の職業だった。もちろん、国に報告できるような真面目な職業ではない。実質的にはフリーターと呼ぶべきなのだが、彼は意地でもトマト学者と言い張る。トマト学者だからいつも赤い服を着るのだとか、トマト学者として本を出したりとかわけ分からないことばかりしている。後、無駄にトマトを使った料理が美味い。この前有辻がつくったトマトスープの鍋は無駄に美味かった。無駄に。
 時々、こいつの事が心配になってくる。「六十歳、古本屋です」は別に構わないが、「六十歳、トマト学者です」「トマト学者って?」「まあ、実質フリーターです」はマズイだろ。どう考えても。時々、有辻のことを「羨ましい」という奴がいるが、その「羨ましい」というのは「金持ちで羨ましい」とかの「羨ましい」とは違う「羨ましい」なのだ。ニートが毎日が夏休みとか言っているのを、働き疲れたサラリーマンが「羨ましいな、お前」と言うのと同じ「羨ましい」だ。有辻はそのことに気付いているのだろうか?
 有辻は本棚を眺めて、古い図鑑を一冊取り出した。表紙に野菜という文字が見える、ああ、そんな本仕入れたっけ、という感じの本だ。本棚で腐っていくような本だ。
 ボーッとしながら有辻に質問する。
「なあ、有辻。お前、暇な時は何やっているんだ?」
「学者に暇な時なんてないよ」
 イラっときた。
 それからしばらく、無言の時間が続いた。読んでいる本は二百五十ページまで進んだ。後百ページ。さっさと解決編に移ってくれないかな。そう思いながら私は本を読んでいた。
「あ、夏也だ」
 有辻が店の外を見ながら言う。私は本に栞を挟んで顔を上げる。
「夏也君?」
 確かに、外を見るとランドセルを背負って走って来る子供の姿が見えた。真面目そうだが何処かヤンチャそうな顔の少年、青いTシャツ。岡本夏也だ。小学五年生の、私と有辻の小さな友人の岡本夏也だ。
「おかしいな。トマトを持ってない。今日は収穫の日なのに……」
 有辻がそう呟いた。確かに、夏也の手には何も握られていない。
 そして、少年が全速力で私の店に駆けこんでくる。ハアハアと息を切らせながら夏也は私と有辻が話しかけるより先に言った。
「大変だ! 王様トマトが盗まれた!」

2.

 話は四月まで遡る。学生たちの新学年が始まってから十日程経ったある日だった。私の古本屋にその小学生がやってきたのは。その日、丁度有辻がいる時間に彼はやって来た。
 その小学生は私の古本屋の常連だった。漫画コーナーの。私は大して漫画は置いてないつもりだが、どうやら品ぞろえが良いらしい。そんな大したもん入れてたっけ?
「トマトの育て方を教えてください!」
 入って来るやいなや、少年は有辻に向けて大声でそう言った。私と有辻は一瞬、呆気にとられた。
「トマトを? どうしてだい?」
 そう言ったのは確か、私の方だったと思う。すると少年は総合のテーマ学習でトマトの育て方についての発表をするのだと言った。どうでもいいが、総合という教科は私や有辻が小学生の頃は無かった筈だ。ゆとり教育というやつか。
「どうしてこの店にやって来たんだい?」
 これを聞いたのも確か私だ。少年は一瞬の間もなく答えた。
「だって赤いおじさん、いつもトマトトマト言ってるから」
 それを聞いた時、私は思わず噴きだしてしまった。なんて恥ずかしい! しかし、私も有辻もまだおじさんと呼ばれるような年齢ではない筈だぞとも思った。有辻は苦笑いをしながら言った。
「別にいいけど……君、名前は?」
 その少年が、岡本夏也だった。小学五年生、この近くの小学校――私と有辻の母校でもある――の五年三組の十一歳。親もあまり心配しないようになり、遅くまで何も考えずにずっと遊んでいられる年頃だ。
 
 そして、唐突にトマト講義は始まった。私の古本屋で、私にイスと飲み物を持ってこさせて。
「そもそも、日本のトマトの栽培の歴史はそんなに古くない。日本にトマトが伝わったのは十八世紀……江戸時代なんだ」
「へえ」
 どうでもいいことを知っているな、と思いながら私は有辻の話を聞いていた。隣に座っている夏也はノートに鉛筆で一生懸命メモをしている。真面目だな、と思いつつコーヒーを啜った。
「しかし、江戸時代の日本ではトマトは食べる為に育てていたわけじゃなかった」
「え? じゃあ、どうしたの?」
 夏也が言う。有辻がすぐに答える。
「トマトの花は観賞用……つまり、今の僕達がチューリップの花を眺めるようなものだね。トマトの黄色い花はまるで星のようでキレイだし。そして、明治時代になってもあまり日本にトマト文化は根づかなかった。僕達日本人がトマトを食べ始めるのは戦後になってからなのだ」
「へえ」
 私はさっきと同じようにため息をつくような調子で感心した。そういうことは全く知らなかった。あれだ、一時期流行ったトリビアというやつだ。
「そして、現代にこれ程トマトが普及しているのはビニールハウスの登場のおかげなんだけど、まあ夏也君にとってはどうでもいいね。トマトの栽培と言っても、促成長期、促成短期、雨よけとか色々あるんだけど、まあそれは農家で育てる時用だからこれもどうでもいいでしょう。ということで、ここからトマトの環境、トマトを育てる時の流れに入る」
 有辻は一度、間を置いてコーヒーを飲んだ。そしてまた喋りだす。
「まず、トマトはナス科の基本植物で、基本的には温暖な気候で育てるのが合っているんだ。ビニールハウスの中とかで育てるのもそのせいだね。トマトを育てる時に適した温度は昼間は二十五度から三十度、夜中は十度から二十度が良い。三十度を超えた場所で育てるとトマトの品質が悪くなり、逆に低ぎると育たない。また、トマトは昼間と夜の温度に落差があった方がいい。良質なトマトはそうやって栽培されている。まあ、そんなところだけどこれは知識として知ってもらいたいだけでここの地域の温度には別に問題は無い」
 夏也はちゃんとメモをとれているのか? そう思いつつ、私はまたコーヒーを啜った。
「湿度に関してもそれは言える。六十五パーセントから八十五パーセントが適湿度だ。実はビニールハウスは多湿となる傾向が強いので、この点に関してはあまりトマト栽培に向いてないんだな。後、トマトは強い光が当たる環境というのも重要だ。光にたくさん当たったトマトはとても良い。太陽の野菜と、僕とかは呼んだりもする」
「ふうん」
 私はさっきから気の抜けた返事しかしていなかった。というよりもそれしかする気が無かった。正直、どうでもいい。
「トマトという植物は土に関しては適応力が凄い。また、根っこも強いんだ。良い育て方をすると深さ一メートル、幅一メートルになったりもする。まあ、こんなところでいいかな。トマトというのはこのような植物なんだ。これを前提にして、トマトの育て方に入って行こう」
「やっと本題か」
「うるさい倉本。まず、トマトに関してはこの時期から育て始めるなら苗を植え付けるのがベストなんだ。種からやり始めるなら、もうちょっと先に始めた方が良かった。そして、トマトの苗に関しては病気とかにも強い接ぎ木苗がベストなんだけど……まあ、僕が選んであげるからそこら辺は大丈夫だ。次に苗を植える前には、土を用意しなきゃいけない。ベスト――というより、色々な本に載っている定番――の土の一平方メートルあたりの量を言うよ。メモしっかりとね。化成肥料が八十グラム、油カス、熔成リン肥をそれぞれ百五十グラム、石灰質肥料が百グラム。後はたい肥だ」
 そんなものを暗記しているのか? こいつ。夏也が一生懸命それぞれの数字をメモしているのが微笑ましい。
「そして、トマトを育てる段階になったら必要外の芯を摘んだり、色々とやることがある。だが、一度に言っても覚えられないだろうからその時その時に言ってあげよう」
 有辻はここで喋るのをやめ、コーヒーを一気に飲んで夏也に言った。
「それじゃあ、今からトマトの苗を選びに行こう」

 そんな調子で夏也のトマト育てを有辻が指導することになったのだ。
 トマトは学校のベランダで(有辻は本当は学校農園を使いたいのだがと漏らしていた)丁寧に育てられ、その丁寧さから夏也は「王様トマト」とそのトマトのことを呼んでいた。そして、夏休みが終わった九月の七日にそのトマトを収穫する筈だったのである。

3.

「トマトが……盗まれただって!」
 有辻の体が震える。そして眼の色が変わっていく。ああ、キレるなこいつ。
「だ、誰に? 何時? どうやって?」
 凄い剣幕でその三単語を夏也に言う。夏也は少しビビりつつ、言う。
「分からないんだよ。朝、教室に行ったらトマトが無くなってて……」
「全部か? トマト、全部か? 生っていたのは三個あった筈だよな?」
「う、うん。全部やられた。ハサミで茎の部分を……」
 有辻の体が震えている。怒りで。そして夏也に言う。
「明日、その時ベランダにあったもの、トマトの写真、教室の写真、その時に来ていた人のアリバイとかを全部調べてきてくれ」
「は、はい……」
「絶対に、絶対に! 犯人をつきとめてやる。そして……グッチャグチャのメッタメタに……」
 おい、相手は多分小学生だぞ。
 
 そして次の日、夏也はしっかりと事件のデータを調べ上げてきてくれた。

4.

 夏也が学校生活を送っている大野原小学校五年三組は、角部屋の教室だ。教室もベランダも私や有辻がいた時とあまり変わっていない。前には黒板があり、前の隅の方には先生の机とテレビが置かれている。教壇と横黒板があり、机がズラリと並んでいる。窓側にはメダカがいる水槽があり、後ろにはロッカーと掃除道具入れ。場所は校庭に面した三階で、小学校の最上階だ。六年生の教室はもう一棟の最上階にあるらしい。そっちは中庭に面している。私が知っている限り、ごく平均的な小学校の教室だ。問題のトマトはベランダの端に置かれていた。
 まず、前日である九月六日の状況からの方がいいだろう。夏也が喋ってくれたのは色々と情報が混濁していたので私がある程度まとめたいと思う。
 九月六日。四時に一般生徒下校なのだが、この時二人の児童が教室に残っていたという。池田太と黒部剛だ。池田は係の仕事があって残っていたのだが、黒部の理由は分からないらしい。
 池田は四時半に下校、黒部は五時に下校となっている。つまり、児童で最後に下校したのは黒部ということだ。教室にはその二人以外誰もいなかったという。しかし、トマトの安否は見回りに来た担任の菜々瀬達郎と下校後校庭で遊んでいた児童によって確認されている。その時はトマトがあったのだ。
 事件が発覚したのは昨日、夏也が私の古本屋に駆けこんできた日のことだった。
 まず、最初に登校してきたのは生き物係の岸本由奈と山田一郎だ。二人は登校班が一緒で、学校に着いたのは午前七時五十分だったとのこと。
 五十五分になると、池田がやってくる。
 そして、八時。ふとベランダを見た池田がトマトが無くなっていることに気づき、それを八時十分に来た夏也に伝えて騒ぎになったとのことだった。
 参考までに、黒部が来たのは八時十五分だったらしい。先生が来たのは朝の会が始まる直前の八時二十五分。
 トマトはハサミで実のちょっと上の部分を切られていた。生っていた三個全部が。有辻のアドバイスで掛けられていた鳥避けのカバーもご丁寧にかけなおされていたとのことだった。
 ここで、夏也は話に出てきた人の紹介をしてくれた。
 黒部剛はガキ大将的な存在で、悪戯が好きな奴らしい。ただ、四年生まで一緒に遊んでいた奴が他のクラスにいってしまったので、今は一人でいることが結構多いとのこと。体は大きいらしい。
 池田太は金持ちの御曹司――ちびまるこの花輪君的な奴とのこと――で、かなりのイケメンと夏也は言っていた。毎日、ベンツでお出迎えをしてもらっていて嫌味な奴らしい。
 岸本由奈は真面目なタイプの女子で、先ほど書いた通り生き物係をしている。優しいことで評判らしい。
 山田一郎はいつもオドオドしているようなタイプで、クラスでの存在感は無いらしい。体は細く、勉強もそこまでできるわけではないとのこと。
 菜々瀬達郎は優しく、若い先生でクラスの為、児童の為に色々してくれる先生らしい。優しい一辺倒だけではなく、ちゃんと叱ってくれたりと、いわゆる理想の先生とのことだった。
 夏也が一気に喋ったことは以上のことだった。これが、トマト事件の概要である。

5.

「で、これがベランダに落ちていたもの!」
 夏也はそう言うとコンビニのビニール袋を取り出し、私の座っているレジに置いた。有辻がすぐに中身を取り出す。ボロ雑巾二枚に、マジックペン一つ、大分錆びついているハサミが一つ。
 有辻はハサミを手に取り、空を切り取るかのようにチョキチョキ動かした。自分のポケットから紙を取り出してそれを切ろうとしていたが、全然切れない様子だ。そして有辻が質問する。
「これじゃあキレイにトマトの茎は切れないかな……夏也、トマトはキレイに切り取られていたんだろ?」
「うん。多分ハサミで」
 夏也は答える。有辻はしばらく考えた素振りを見せると投げ出すようにハサミをレジに置いた。危ないだろ、ハサミを投げるな。ハサミを。そして有辻が今度はマジックペンを手に取る。
 キャップを取り、臭いを嗅いだりしている。何やってんだと思ってると、自分の腕にペンを走らせ始めた。有辻の腕に黒い線が走る。
「インクは出るな。というより、大分残ってるなこれ」
「あ、多分それはこの前の総合の授業で使ったヤツだよ。ペンが無くなって来たから菜々瀬先生が新しいの持ってきたんだ」
「ふうん……」
 有辻はペンのキャップを閉じ、また私のレジに投げ捨てた。だから物を投げるなって。有辻は雑巾には手を出す気配がない。
「ベランダには他に何も置いてなかったの? 学校のベランダって言ったら、植木鉢がたくさん置かれているイメージだけど」
「えっとね、五年生は米を育ててるから。米はバケツで育ててて、中庭に置いているんだ」
「成程」
 私の質問に夏也が答えた。米を育てている。私は小学生の頃、米を育てたりはしなかったような気がするのだが。まあ、これも時代の差だろう。食育って言葉を聞いたことがある。
 私もベランダにあった物を見てみる。しかし、特に何も変哲のない物にしか見えない。学校のベランダに落ちているといったら、こんなもんだろう。大した物が落ちているわけはない。
 そう思っていると、有辻が夏也に質問した。
「夏也……なんか様子がおかしい奴はいなかったか?」
「様子? あ、黒部だよ。黒部! なんかあいつ様子がおかしいんだよな。ビクビクしている感じ」
「それは……トマトが切られていることに驚いている感じ?」
「うん、まあ、そうかな」
「成程ねえ。後、何かある? 誰かがトマト好きとか」
「黒部と池田は学校の給食の大きいおかずでトマトスープ出た時に何かおかわりジャンケンしてた」
「へえ……」
 有辻が天パ頭をボリボリと掻きはじめる。
「他に何か気付いたことある?」
 私が聞くと夏也は少し考えて答えた。
「教室に塩があったよ。給食で返し忘れたやつ」
「じゃあ、それをかけて食べたのか? うーん……」
 私は唸るように言う。どう考えても、この情報だと情報が少なすぎる。こんなもの、本来的には分かるわけはないのだ。いや、待てよ。私は情報を思い返す。そして、最も単純な結論を言う。
「やったのは先生じゃないか? とりあえず、一番チャンスがあったのは先生だろ。トマトを最後に確認したのは先生なんだから……」
「でも、動機がないだろ倉本」
「菜々瀬先生はそんなことをしないよ」
 有辻と夏也がすぐさま反論してくる。うう、だから私もちょっと考えていたんだよ。動機。先生には動機はない。先生がトマトを食べる為に切り取るか? そんな人が先生になれるとは思えない。児童に慕われるとは思えない。
「あ、じゃあこんなのはどうだ? 岸本がトマトを食べたんだ。山田は臆病だからそれを言い出せない……もしくは、二人で共謀して食べたとか」
「いつ誰が来るか分からないのに、そんな危険なことできるか? トマトを食うのには――ましてや、大きくツヤ良く育ったトマトなら――結構、時間はかかるぞ」
 有辻が手でバツマークを作りながら言う。
「だから、そこは小学生だから……あまり物を考えずに」
「小学生だって色々考えてるよ」
 夏也が不貞腐れたような声で言う。いや、不貞腐れているのか。
「結局!」
 有辻が大きな声で言う。かなり冷めた口調だ。
「分からないな。何も。アリバイもかなり不正確だし、これで分かるわけがない……夏也、もう忘れていいよ。今度、僕が美味しいトマト料理を御馳走しよう」
 私は少し違和感を感じた。有辻はさっきまで、あんなに怒り狂っていたのに。
 夏也は少し納得できないような顔をしている。私も多分、同じような顔をしていただろう。
「ほら、帰りな。もう四時過ぎてる。遊ぶ時間も無くなって来たぞ。秋は日が落ちるのが早い」
「……はあい」
 夏也はスネたような口調でそう言うと、私の店から出て行った。ベランダにあった遺留品も持っていかずに。
 それを見届けると、私は有辻に言う。
「有辻、お前本当はこの事件で何か分かったんじゃないのか?」
「何かって?」
「だから……その、何というか……真相みたいなものを……」
 赤い服の我が親友は複雑そうな表情を見せて私の質問に答えた。
「まあ、一応はね」

6.

「じゃあ、犯人は誰なんだ?」
 有辻は面倒くさそうな表情をしながら答える。
「先生だよ、先生。菜々瀬先生。どう考えてもそうだろ? トマトをどの角度から見たってトマトであることには変わらない。どこからどう見てもハッキリしてるじゃん。さっき、お前が言った通りさ」
 有辻は一息つくと、続きを喋りだした。
「まず、どう考えてもトマトがやられたのは午後五時半から次の日の朝なわけだな。その間、例えば夜中に忍び込んだりとかをするか? 朝、親に嘘ついて早めに行ってそんなことをするか? 僕には考えられないね。小学生は面倒くさいことは嫌いな筈だ。となると、考えられる容疑者は先生のみだ。警備員のおっさんとか、他の先生とかはトマトがあることを知っているかどうかすら怪しいしな」
「根拠はそれだけか?」
「後、トマトを切るのにハサミを使った点だ。仮に、夜中に子供が侵入したとしよう。でも、それならトマトは多分、手でちぎり取るようにして取るだろ? ベランダに落ちているハサミじゃいまいち使えなかっただろうしな。こう考えてもガキがやったとは考えられないよ」
「成程……でも、動機は何だ?」
 そう、動機。さっきの話でも出てきた。優しい先生が、何で児童のトマトを切ったのだ? 納得できる理由など、私には思い浮かばない。
 有辻はアフロのような頭をポリポリと掻きながら、私の質問に答える。
「それについては、あくまで推測なんだけどね。理由については説明できるつもりだよ。一言で言えば、児童の為だね」
「児童の?」
「まず、どうして黒部が五時まで残っていたのかについて考えよう。ガキ大将の小学五年生といったら、もう遊びたくて仕方がない年齢じゃない? それなのに、どうして一人だけで五時まで残っていたか。これには何らかの理由があるに違いないと僕は思うわけだよ」
「何らかの理由ってなんだよ」
「多分、黒部はトマトに悪戯をしたんじゃないか?」
「悪戯ぁ?」
 予想外の返事が返ってきたので、私は驚いた。悪戯? どんな悪戯をしたっていうんだ? トマトを盗んだわけでもないだろうし……
「僕が予想するに、黒部はトマトにマジックペンで何か落書きしたんだ」
「何でまた?」
「僕がこの予想に辿りついたのは、このマジックペンからの想像なんだよ。まだインクのでるペンなんて、ベランダにそうそう落ちている物じゃないだろ? 小学生だった頃を思い出せよ。ボールペンとかが落ちていることはあっても、そのボールペンのインクは出たか? しかも、真新しいマジックペンだぜ? 誰かが意志を持って持ち込んだとしか考えられない。となると、ベランダにマジックペンを持っていく意味は何だ? ベランダにはトマト以外は何も無い。イコール、トマトに何かをする為だ」
 想像が飛躍しすぎな気はするが、一応は納得できた。
「そして、菜々瀬先生はその落書きされたトマトを見たんだ。ここで先生は考える。今は九月……つまり、運動会の直前だ。そんな時に、黒部が夏也のトマトに落書きしたと明らかになってみろ。喧嘩が起こってクラスがバラバラになる。それなら、事件が明らかにならない方がいいだろう。クラスの為に。先生はそう考えて、トマトを切り取った……というのはどうだい?」
 ああ―― 私は、納得してしまった。有辻のその考えに。成程、筋が通っている。
「黒部の様子がおかしかったのはそのせいだな。自分が悪戯したトマトが無くなったっていうんだから、驚くに決まってるさ」
「ああ、だからお前は夏也を帰らせたのか……先生がせっかく事件を隠そうとしたのに、それを夏也に言ったら台無しになるから……」
 有辻は照れ臭そうに笑うと、こう言った。
「でも、あくまで……想像だからな」
2010/01/16(Sat)07:47:30 公開 / 文矢
■この作品の著作権は文矢さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
トマト学者シリーズ第三作目となると思います。
今回はホワイダニットに近い感じです。
あまり堅苦しい話ではないので、どうか軽い気持ちでお読みください。
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは! 羽堕です♪
 無駄にトマト料理が上手い有辻というのが、何だか笑えてしまいました。そしてトマトの説明の時には、無駄に語尾のトマトとか言わず真面目なんだぁと感心したり。あとそれを、ちゃんと聞いてい夏也は偉いなと。
 トマト消失事件は夏也にとったらショックな事だと思うけど、真相うぬんより私も何が何でも探す必要はないのかなと思いました。ただ有辻の想像が正しいとしたら、やっぱり悪い事した生徒は、ちゃんと叱らなくちゃとも思ったり。
であ次回作を楽しみにしています♪
2010/01/16(Sat)15:25:150点羽堕
コメントありがとうございます。

夏也は偉い子です。
理想の小学生のつもりで書きました。

もし、先生が有辻の想像通りだったら、多分運動会が終わってから叱るんじゃないかな、と思ってます。
2010/01/22(Fri)16:38:320点文矢

話しがテンポ良く進んでいくのでとても読み易かったです。
ただ、この話しの核心(トマト泥棒とその理由)の結論が憶測で終わってしまったのは、なんだか残念でした。
トマト学者の今後に期待です。
2010/01/31(Sun)13:33:280点huhto
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