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『想像ゲーム 〜魔弾の射手〜』 作者:文矢 / ミステリ 未分類
全角9346文字
容量18692 bytes
原稿用紙約28.25枚
私の祖父は、死ぬ前に懺悔文を残していた。そこに書かれていたのは祖父が若い頃に犯したある出来事についてだった。その懺悔文に残されていたのは何なのか? 私の友人有辻興太はある驚くべき事実をこの文から読み取った―― 


 だからやめられない 狩りは男のロマン ――ウェーバー 「魔弾の射手」第三幕六場、狩人の合唱より

1.

 祖父は、かなりやつれていた。色黒で、年をとってもゴツイ体のままだった祖父。竹を切って、私に竹馬をつくってくれた祖父。畑で遊ぼうとした私にゲンコツを食らわせた祖父。そんな祖父の面影は、もうほとんど無かった。
 「お爺ちゃんがもう……」母からそんな電話が来たのは今日の五時だった。私はそれを聞くとすぐに自分の店――私は古本屋を経営している――を閉め、病院までタクシーで向かった。そして着いたのは午後五時半。もうすでに家族は全員揃っていた。
 病院の白い壁は嫌いだった。古くなってその壁が汚れていたり、傷があったりしているのも嫌だった。その傷や、汚れから何か魔物が飛び出そうにも思える。
「ああ……俺も……もう、駄目らしい……」
 祖父が言う。声ははっきりしていた。本当に、死んじゃうのかよ爺ちゃん。現実味がなかった。子供の頃を思い出す。祖父はいつまでも祖父として居続けると思っていたし、母も父もずっと今のままだと思っていた。でも、変わっていく。終わってしまう。全ては。
 母が震えた声で何か言おうとした。だが、言葉にならないらしい。祖父は、母方だった。母は、父を亡くすことになってしまうのだから、かなり辛いのだろう。
 父を見る。一家の大黒柱としてちゃんとやらなければならないと考えているのか、顔は冷静だった。だが、多分ショックを受けていることは受けているだろう。父とこの祖父が一緒に酒を飲んで笑い合っていたのを思い出す。父方の祖父母は私が物心つく前に死んでいた。
「恵津子、別に……俺は、怖くないんだ……四十年前に婆さんと結婚して……お前が生まれて……勝昭さんと結婚して……高が生まれて……幸せな人生だったと思う……婆さんももう死んじまったしな……」
 恵津子は、母の名前。勝昭は、父の名前。高は、私の名前……爺ちゃんのその言葉を聞いている内に何かが私の心の奥から込みあがってきた。
「ただ……一つ思い残したことがある……ちょっと、高と二人きりにしてくれないか? ……頼む」
「え?」
 私は思わずそう言ってしまった。
 母と祖父はしばらく話し合い、祖父は母を納得させた。医者は「何かあったらすぐに呼んでください」と言い残して出て行った。今のこの状況で何かあったら、って何だよ。そう心の中で呟いていたらいつの間にか祖父と私は二人きりになっていた。
「高……俺はな……酷いことをしたんだ……罪深いって……いうのかな」
「酷いこと? 罪深いこと? どういうこと?」
 祖父が何を言っているのか、私にはよく分からなかった。罪深いこと……どういうことだろうか。どれだけのことだろうか。
「人をな……殺したんだ」
「ひっ人を……?」
「いや、正確には俺がやったかもしれないって……言うべきか……」
「意味が分からないよ……爺ちゃん」
「これを……読んでくれ……」
 祖父はそう言うと、ベッドの隣にあった物入れから原稿用紙の束を取り出した。そして私に渡す。多分、この紙には懺悔の言葉がつづられているのだろう。祖父の言う、その罪深いこととやらが。
「早く……それを鞄か何かに入れてくれ……」
「あっうん……」
 私は持ってきた鞄の何かにそれを突っ込んだ。
「後で……それを……読んでくれよ……皆を呼び戻してくれ……」
 
 祖父は、家族に囲まれて安らかな顔で死んでいった……私に、懺悔文を残して……

2.

 
 私、倉本秀巳の懺悔をどうか聞いて下さい。私の七十四年の人生、片時もこれを忘れることはありませんでした。
 それは私が二十一歳の時でした。つまり、一九五六年の時となります。戦争が終わってから十一年経ちました。私が住んでいた地域は空襲などはされませんでしたが、それでも戦争直後は色々とありました。しかし、十年も経てば立ち上がって行き、その頃にはもう戦争の爪痕などはほとんど残っていませんでした。
 私には友人がいました。一人は中村太郎といい、気のいい大男でした。この中村は鹿狩りが上手く、彼の家から私たちの村の人は鹿肉を分けてもらっていました。ゴツイひげ面をしていて、目は輝いていました。私はどこかこの中村に憧れていたところもあったかもしれません。もう一人は森本といい、学校の成績は二人とも中程で、良くもなく悪くもなくといった感じでした。
 そんなある日、私と森本は中村に狩りに誘われたのです。本来なら、狩りをする者がそういうことをやってはいけないのでしょうが、私達は「狩りをしてみたい」という気持ちに勝てませんでした。中村は家から銃を自分の家から二丁余分に持ってきて、私達に渡しました。中村は自分一人が狩りをする、と親父さんに嘘をついてきたそうです。
 中村は銃の使い方を私達に教えました。銃は重く、ひ弱な森本は少し苦労している様子でした。
 そして、山に入りました。
「秀、怖くない?」
 森本がそう言ったのをよく覚えています。銃を持って入る山の中は、普段とは全く違いました。しかし、私は強がってこう返しました。
「怖くはないな。森本は怖いのか?」
「べっ別に怖いわけないじゃん」
 森本も強がって返しました。
「うちの親父が言ってたぜ。狩りをする者は山を怖がらなくてはならないってな」
 中村がガハハと笑いながら言いました。成程、山をナメてはいけないということか、と私は妙にその言葉に感心しました。
 中村が言うには、狩りは山の奥に行かなきゃやってはならない、ということでした。奥まで行かないと人を撃ってしまうかもしれないからです。今では柵か何かで猟の場所が決まっているのでしょうが、当時のあの山にはそういう風ではありませんでした。
 私達三人は、全員興奮状態にありました。私と森本は銃を初めて持ったことによって緊張していましたし、中村は父親に嘘をついて銃を持ってきたことで興奮していました。今思えば、それが間違いだったのかもしれません。
「そろそろ、狩りの場所に入るぞ秀、森本」
「ここから先は撃っていいってことだよな?」
「そうだよ秀」
 中村と私がそういう会話をしたことを覚えています。
「ここから?」
「うん」
 森本の言葉に中村が答えます。狩りの領域に入ったのです。ここで一回止まって、中村が狩りのやり方をもう一度教えます。
「本当なら狩りは犬が重要なんだけどな。獲物を追っかけたり、獲物の注意を惹きつけたり。だけど、俺の犬は今ちょっと風邪で調子悪ぃんだ」
 それでいいのか、と私は思いましたが言いはしませんでした。中村は犬がいなくても狩りはなんとかできるとか言っていたので、安心したのです。
「いた」
 突然、中村がそう呟いてゆっくりと銃に弾を装填し、構えました。そして、中村が引き金をひきます。
 銃弾は草の茂っている所に撃ち込まれました。そこから鳥が飛び立ちます。どうやら、外したようです。銃の音は大きく、耳に響きました。耳栓をするべきなのでしょうが、私はしていませんでした。今思えば、この狩りは手落ちが多すぎました。
「凄いなぁ、太郎」
「……外したけどな」
 森本の言葉に中村が答えます。中村の銃口から煙が出る様はかなり格好良く見えました。
 そこからしばらく歩いていると、ガサリという音が聞こえました。十メートル程先の草むらの中です。私達は顔を見合わせました。――獲物だ!
「一斉に撃ってみないか?」
 中村がそう言いました。私と森本は賛同し、銃を撃つ準備をして銃を草むらへと構えました。心臓の鼓動が早くなり、汗が流れ落ちます。私はこの時、かなりの興奮状態にありました。
 草むらの草はかなり長く子供の背丈ほどあり、獲物の姿は見えませんでした。鳥か、鹿か、と期待しながら銃口を向けます。
「今だ!」
 中村の声を合図として、引き金を引きました。草むらから鳥が飛び立ちます。私は誰の弾も当たらなかったと思い、呟きます。
「誰も当たんなかったかぁ」
「残念だね」
 森本が答えます。私と森本は苦笑いのような表情でしたが、中村だけは違いました。青ざめています。
「どうかしたのか? 太郎」
「今……人の悲鳴が聞こえた……」
「悲鳴?」
 中村が駆けだしました。そして、草むらの中を中村が見ます。中村が小さく声を出します。
「どうしたんだ? 中村」
「人に……人が……」
 私は慌てて駆け寄ります。そして、草むらの中、中村が指差している所を見ます。……そこには、一人の男が倒れていました。
 男は村の人じゃありませんでした。他所者です。だからここが猟の場所だと知らなかったのでしょう。男はかがんだ姿勢を保ったまま倒れていました。何かを拾おうとでもしていたのでしょうか。胸のところに血痕がありました。当たった弾丸は一つだけのようでした。
「どっどうした?」
 森本の声。私達二人は、その言葉にまともに答えられませんでした。森本は首をかしげ、私達の所へ駆け寄ります。そして悲鳴。
「どっどっどどうする?」
 私が言います。
「どうするも何も……親父達に言うか……」
 中村が一回言葉を切ります。
「埋めるか……」
 その時、私達はとんでもない興奮状態にあったのでしょう。埋める方を、選んだのです……
 中村は家から穴を掘る道具を持ってきて、私と中村で穴を掘り、死体を穴の中に放り込みました。そして埋めました。
 死体は、見つかりませんでした。五十九年の経つ今まで。ずっと。私は今でも悔んでいるのです。あの日、あの山に行ったことを。
 そして疑問を持ち続けています。一体、誰の弾が当たったのでしょうか――

3.

 祖父が死んでから、一週間が経った。私はその間、ボーッとして自分の店のレジに座っていただけだった。常連のお客さんは私の祖父が死んだことを知り、気遣う態度を見せてくれた。しかし、私がボーッとしているのは祖父が死んだせいではなかった。祖父の懺悔文を読んだからであった。
 そして、今日もボーッとしてレジに座っていた。そして正午前ぐらいに外から声が聞こえてきた。
「トマァト! 元気?」
 私の友人であり、世にも珍しいトマト学者、有辻興太だった。服の色はいつも通り真っ赤で、いつも通り目からは覇気が感じられず、いつも通り髪の毛は天然とは思えないぐらいクルクルで、いつも通り良い顔立ちで、いつも通りその顔の良さをぶち壊すテンションのままやって来たのだ。
 トマト学者というのは別に本当の職業ではなく、彼が自分で名乗っているだけである。本人がトマトを愛しすぎているだけだ。私と彼は小学校来の付き合いだが、未だに彼がどうしてトマトを好きになったのかがわからない。
 私はいつもの態度を彼にとれる気分ではなかった。だが、彼はいつもの態度で話しかけてくる。最初は「何考えているんだこいつ」と思ったが、よく考えたらこれは彼なりの気遣いなのかもしれない。態度を変えたら祖父のことをまた気にかけさせてしまうかもしれない、という。
「で、何かいい本ない?」
「ミステリ以外のって言うんだろ」
 彼の態度を見て、私はいつもの私の態度を取り戻していた。有辻の後ろのおじいさん、中元さんが安心した顔でこちらを見ていた。ああ、心配してくれていたんだ。ありがたい。
「なあ、有辻。ちょっと読んでもらいたいものがあるんだけど」
「何だよ、トマトトマト。トマトに関する本ならいくらでも読むぜ」
「そんな本、お前の本ぐらいしか知らないよ」
 私は、有辻にあの手記を見せようと思った。有辻なら。今まで、奇妙な謎をいくつか解決してくれた有辻なら私のよく分からないモヤモヤを吹き飛ばしてくれるかもしれない。そう、私は思ったのだ。有辻は今まで私が日常で疑問に思ったいくつかのことを解決してくれた。トマトに関係ない推理で。
 有辻は私の頼みを承諾した。


「なあ倉本、一つ聞きたいんだけど……トマトトマト」
「何?」
「倉本秀巳って書いてあるけど、母方の爺さんだろ? どうして名字がお前と一緒なの?」
「ああ、父さんと母さんは名字が一緒なんだ」
「成る程トマトトマト」
 有辻が手記を読み終わって最初にやった会話が上の会話だった。手記の内容が内容だけに、有辻もいつもよりは真面目な態度だった。
「倉本。お前がこれを僕に読ませたのはさ、誰の弾が当たったのか知りたい為?」
「まあ、そうだろうな」
「そっか……」
 何だ? この態度? 私は少し怪しんだが、有辻が話を続けるので気にしないことにした。
「じゃあ無責任に想像をするからな。いいな? もうトマトを潰しちゃうぞ。サラダには無理だからな」
 有辻はそう言うと指を一本立てた。
「それじゃ一つ目だ。あ、その前に前提としてこの森本、中村、お前のおじいさんの三人の内、誰か一人はその他所者に対して殺意があったと考えるよ。偶然と考えちゃあ、男が何処にいたかとか角度とかさ、証拠足りないし、あまり斬新な回答はできない。トマトトマト」
「ああ、いいよ」
 私がそう答えると、有辻はげっ歯類の様な顔でニヤリと笑い、話し始めた。
「僕はいくら仲が良いからってトマトの収穫に人を呼んだりはしない。プロの人が採った方が傷とかつかないからね。素人がグチャグチャにしたら困る」
「へ?」
 私は有辻のよく分からない話で少し考えた。素人を入れはしない? ということは……何とか検討がついた。私は有辻に言う。
「中村が不自然ってことか?」
「そうだよ。トマトトマト」
 中村太郎。祖父の友達。こいつが怪しい? 私に考える間も与えず、有辻は自分の話を進める。
「この手記を読むと……男の悲鳴みたいのを聞いたのは中村だけなんだ。森本とお前の爺さん――秀巳と呼ぶぞ――は悲鳴なんて聞いてない。……だったら、想像できるでしょ?」
「中村は他所者を殺してしまっていた。それをごまかす為、友達を誘って犯人のよく分からないような状況をつくったってことか?」
「そう、これが一つ目のトマト」
 中村太郎が人を殺してそれを誤魔化そうとした……ミステリとかでは結構ありえる展開なのかもしれない。だが、私はすぐに質問が浮かんだ。
「でも、死体が見つかった時に森本と祖父……秀巳が村の皆に知らせるのを選んだらどうするんだ? 五十年ぐらい前でも調べられれば何時そいつが撃たれたかぐらい分かるだろうに」
「気が動転してた……ってのは駄目?」
「駄目」
「まあいいや。じゃあ二つ目」
 有辻は指を二本立てた。
「秀巳が嘘をついている。この話は全部嘘」
「……死ぬ直前に、嘘を書いた手記を孫に渡すか? アホらしい」
 有辻の言葉に私は半分呆れて言った。もちろん、これが嘘だったら私のモヤモヤとかは吹っ飛ぶのだろうが、そういうことは無いんじゃないかと思う。祖父はそんな茶目っ気のある人間じゃない。
 有辻も本気で言っているわけではなかったらしく、すぐに指の三本目を立てた。
「三つ目。トマト農家の人にトマトを取らせてって百回土下座したら多分、トマト農家の人はトマトの収穫にその人をいれてあげるだろうね」
「……誰かが中村に狩りに連れてってって頼んだってこと?」
「そう。この説は森本が犯人。森本が他所に出かけた時に知り合った男に殺意を抱いた。どうやらったら殺せるか――自分に罪が被らないようにって意味でね――森本が考えた結果、それは中村の狩りに便乗して殺すのがベストだと判断した。中村とかと一緒にいけば、死体を隠すのに協力してくれるだろう、と思ったんだね。もしも人に知らせるようになってもそれは事故で済む。誰も怨恨とは考えない。狩りに連れて行ってと中村に何度も頼み込み、承諾させてそいつを山に呼び出して殺した……」
「ん? 何で森本なんだ?」
「この手記には中村に秀巳が何度も狩りに連れて行ってくれって頼んだようなことは書いていない。中村一人が犯人なら友達を誘っていく道理がない。だから森本。消去法だよ。トマトトマト」
「うーん……でもなあ、狩りができるような山ならもっと事故に見せかける方法があるんじゃねえの? 崖があったらそこから落とせばいいし、他にも色々……」
「まあ、そうだねトマト」
 有辻のその言葉はソウダネトマトという品種があるかのような口調だった。何で語尾にトマトをつけたがるんだ? トマトを愛しているというよりもフザけているとしか思えない。でも、本気でこいつはトマトを愛しているんだよなあ。普段の行動を見ている限り。
「まあ思いつくのはこれくらいかな……後、秀巳がちょっとした嘘をついている可能性もある。自分の手記だからな。あ、この嘘はさっきみたいな話全体が嘘ってわけじゃなくて、本当は自分の位置から人の身体が見えたとか、そういうことね」
 有辻はそう言うと私から視線を外し、店の本棚の方を向き始めた。カーネギーの「人を動かす」に何故か反応し、取り出して一秒ほど表紙を見てから本棚に戻す。深い意味は無いようだ。その本はかなりタメになる本なのに。
 中元さんが「アルジャーノンに花束を」を持ってレジにやって来た。有辻がどき、私が中元さんから本を受け取る。値段を確認してレジに打ち込む。どうやら中元さんはダニエル・キイスに興味を持った様子だ。「24人のビリー・ミリガン」とアルジャーノンは全然違うのに。そういえば、私はこの二つの本の著者が同一人物だと初めて知った時、かなり驚いた。イメージが全然違ったからだ。アルジャーノンは実話なのか? と疑ってしまったほどだ。
 有辻が元のレジの前の位置に戻って言う。
「まあ、この手記についての想像はこれくらいってことで終わりだな。ちょっとはモヤモヤが晴れただろ?」
 いや、全然消えてない。
「消えてないって顔しないでよ。こんなの可能性はいくらでもある。僕の仮説のどれかが当たっていたかもしれないし、もっと単純に完全な事故かもしれない。それじゃ帰るよ。トマァト!」
 有辻が後ろを向いて、店の出口の方向へと歩き出す。私は慌てて叫ぶ。
「有辻! ちょっと待て!」
 有辻の歩みが止まる。私は言葉を続ける。
「もしかして……他に気づいたことがあるんじゃないのか? もっと別なこと……」
 有辻はため息をつき、私の方を向いた。そして言う。珍しく、真面目な顔だった。
「聞いたら、損するよ」
 損? どういうことだ。その真相が、何に関わるっていうんだ? 私は思う。私の家族に関わる、ということだろうか? そんなに衝撃的なのか? 私は考える。しかし、どんなに危険なことだろうと、私は今、真相を聞きたいという好奇心に勝てそうになかった。愚かだ、と笑う人もいるかもしれない。
「いい、損してもいい!」
 有辻は私の目を見つめ、ため息をついた。
「本当にいいんだな?」
 そして、そう確認するとレジの前に戻ってきた。

4.


「トマトって何科だと思う?」
 有辻はまず、そう言った。
「何科? 植物のあれか? トマト科じゃないのか?」
「いいや、違う。トマトはナス科なんだ。つい最近まではトマト科だったけどね。僕の本に書いてあった筈だけどね」
 有辻が言う。私は有辻が書いた本のことを思い出した。確かに、そんな記述があったような気もする。私はその本をまともに読んでない。三百ページもトマトに関する雑学が続く本など、私には読む気になれなかったのだ! 
「で、それがどう真相に関係あるんだ? 有辻」
「人や物は見かけによらないってことさ」
「つまり? 単刀直入に言ってくれよ」

「……森本は、君のお祖母さんだ」

 その言葉を聞いた時、空気が止まったような気がした。空気が止まる、という表現はおかしいのかもしれないが、とにかく何かが止まったのだ。その場の何かが、止まった。
 私は有辻の言っている意味がよく分からなかった。グルリグルリと世界が回るような感覚もあった。口を必死に動かし、言葉を発す。
「どういうことだ……?」
「言ったまんまだよ。……まあいいや、説明するよ」
 有辻が話し出す。彼の目は、「本当にこの話を聞いて良かったんだな?」と私に問いかけている。
「人間が死ぬ間際に考えることは二つだと僕は思う。一つは、罪を誰かに伝えて清算したいということ。もう一つは家族のこと」
「つまり?」
「君のお祖父さん、秀巳は死ぬ間際にそう考えたんだと僕は思う。罪については、山に狩りに行って人を殺してしまったかもしれないということだ。しかし、その出来事全てを包み隠さず話したら、同時に彼はこれが妻の罪かもしれないということも語ってしまうことになる。死んだ妻を殺人者かもしれないとは彼は言えなかった。だが、嘘をついては悔いが残る。秀巳はそう迷った結果、一つの方法を考えたんだ。……自分の懺悔の手記を書き、その中で妻を男のように描写して自分の罪に無関係のように見せるという方法をね。お前が選ばれたのは多分、秀巳の思いやりだろう。お前の母親はそれを読んだら相当ショックを受けるだろうし、父親はお前の母親の近くにいた方がいい。信頼できる奴を探した結果、お前になったんだろうな」
 私の口から声にならない音が漏れる。その音をなんとか押さえ、私は言う。
「もっ森本が女だなんて何処にも書いてないぞ。嘘をついているってことじゃないのか?」
「その代わり、男であるとも書いてないだろう? 倉本、お前の好きな推理小説ではそういうトリックがあるんじゃなかったっけ?」
「叙述トリック……」
 祖父が、それをこの手記に仕掛けたというのか! あの祖父が! 馬鹿な、馬鹿な。私は考える。だが、有辻の言葉に反論はできない。思えば、不自然なところはいくつもあった気がする。
 有辻は私に追い討ちをかける。
「いいか、森本が女じゃないかと疑えるところはいくつもある。一つ目は、中村はちゃんと中村太郎とフルネームなのに、何故か森本は名字だけだということだ。しかも顔や身体の描写については、ひ弱だということしか見つからない。違和感がないか?」
「そっそれだけか?」
「他にもある。秀巳は秀、中村は太郎と呼ばれているな。だが、何故か森本だけは名字だ。女子のことを名前で呼びにくいってことはお前も経験あるだろう?」
「うっ……」
 有辻はさらに続ける。
「そして、最後の死体を埋める場面だがここもおかしい。スコップを持ってきたのは中村、穴を掘ったのは中村と秀巳。森本は何も協力していないんだ。森本が男なら、穴を掘ったりとか協力することはいくらでもあった筈だ。おかしいだろう?」
 有辻はここでためを入れた。
「ただ、森本が女なだけならこうやってその事を隠すような描写は必要ない。死ぬ間際にその正体を隠したいと思う程特別な関係は……彼の妻しか思い浮かばない……」
 私は衝撃を受けた。――確かに、聞かない方が良かったのかもしれない。
 しばらく、沈黙が続いた。外を歩く人の声や足音しか聞こえてこない。ただ、静かだった。有辻は何とも気まずそうな顔をしていた。
 その沈黙を破ったのは、有辻のこの一言だった。
「あくまで、想像だからな」
2009/11/13(Fri)14:52:48 公開 / 文矢
http://www.geocities.jp/monya0610/
■この作品の著作権は文矢さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして、文矢と申します。
トマト学者とかいう訳分からない探偵役が登場する変な話ですが、どうでしょうか。
このシリーズのコンセプトは探偵役の勝手な想像です。
有辻の勝手な想像が皆さんを納得できるものであることを願います。
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは! 羽堕です♪
 有辻のキャラの濃さが面白かったです。トマト学者だからって赤い服とか、語尾にトマトとか、あり得なそうなのに、居たら面白いだろうなって所が。それと真実は分からず、あくまで想像という所も、いいかもしれないです。祖父の気持ちって、結局の所は分からないもんなぁって思いますし。
であ次回作を楽しみにしています♪
2009/11/13(Fri)17:30:440点羽堕
文矢様こんにちは。はじめまして!頼家と申します。
作品を読ませていただきましたトマト。
非常に面白かったです^^本格的に『推理』に焦点を当てた作品をたのは久しぶりです(そもそも読んでいる数が少ないのですがww)。有辻は斬新なキャラクタですね(語尾がトマト^^;)。物語の流れも緊張から緩和、そして謎解きと心地良く、大変勉強になりました^^話が解決ではなく、推論で終わる所も良いですね♪『シリーズ』とのことで、次回作をお待ちしております!
                      頼家
2009/11/13(Fri)20:03:590点有馬 頼家
他の人はそうでもないかもしれないけれど、推論で終わる物語はなんだか肩透かしをくらったような感じです。
これだとやっぱり単なる事故の可能性もあるし、実は祖父さんが犯人で孫に秘密を暴いて欲しかったとか、なんでもありになってしまう。
推理小説の中で繰り広げられる誤った推理の展開という感じで、決して結末にはならないと思うのです。

それにしても、人を殺した後、共犯者を作り出すことで自分の身を守るというのはとてもいいアイディアだと思いました。
自分以外の誰かに「自分が殺した」もしくは「自分が殺したかもしれない」と思わせる。
そして自らの罪に怯えるその相手を優しくかくまう真犯人。
2009/11/14(Sat)07:09:500点プリウス
羽堕さん
トマト学者、気にいってくださって、ありがとうございます。
結構好き嫌い分かれるようなキャラだとは思いますが。

有馬頼家さん
推論といっても、かなり滅茶苦茶だと自分でも思うぐらいですが
ありがとうございます。
古本屋の倉本君とトマト学者はとりあえず、日常の変なことを解決する方針で書いてみようと思います。


プリウスさん
確かに、少し肩すかし気味ですね・・・・
事件の犯人をメインにするのは個人的に少し無茶かなと思ったので、別なところでやってみようと思ったんですが・・・
決着をつける形でやってみようと思います。

みなさん、ありがとうございました!
2009/11/14(Sat)09:31:470点文矢
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