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『群神物語U〜玉水の巻〜1−2』 作者:玉里千尋 / リアル・現代 ファンタジー
全角71580文字
容量143160 bytes
原稿用紙約209.55枚
これは、神と人の世が混じり合う物語……。◎あらすじ◎ 二千年前。三つの神の国、三つの神の宝の伝説を信じ、新天地を求め、東の海を渡ったニニギたち。降り立ったのは、豊かな実りに溢れたオホヤシマという土地だった。火の国クマソの国主となったニニギは、そこで、神の宝、八尺瓊勾玉と、それを護るサクヤヒメを見出す。美しいサクヤヒメに恋したニニギだが、彼女はニニギの愛を拒否し、川の神に自らを捧げ、姿を消す。直後、山が火を噴き、ふもとのクマソに、火の手が迫る……。一方、現代日本の宮城県仙台市。サクヤヒメの血をひく上木美子は、いつもと変わらぬ日常を送っていた。
※管理者様の許可を得て、投稿者名を「千尋」から「玉里千尋(たまさと・ちひろ)」に変更しました。
◎目次◎
一『夢、一』 二『課題』(十一月二十一日二分の二更新)

◎主要登場人物◎
【古代編】(第一章)
★ニニギ 初出第一章:大陸は平原の部族の長。神の国の伝説を信じ、仲間を率いて東の海を渡り、オホヤシマにたどり着く。サルタヒコを倒して、クマソの国主となり、サクヤヒメに惹かれる。
★イシコ 初出第一章:ニニギと同じ部族出身で、ニニギの片腕。忠誠心厚い男。
★ウズメ 初出第一章:ニニギと同じ部族出身で、ニニギの片腕。美しく気性の激しい女。
★スクナヒコ 初出第一章:ニニギの前に現れ、オホヤシマへの道を示した小人の神。
★サクヤヒメ 初出第一章:クマソ国主サルタヒコの妹。巫女として、クマソの国宝、八尺瓊勾玉を護っていたが、国と宝をニニギに奪われ、火の山の裾野に流れる川へ入水する。
【現代編】(第二章)
★上木美子(かみき みこ)初出第二章:萩英学園高校二年三組在籍。十七歳。O型。宮城県遠田郡涌谷町の自宅がなくなってしまったため、仙台市内の躑躅岡天満宮宿舎に居候中。特技は年齢あてと寝ること。
★ふーちゃん 初出第二章:ケサランパサランから成長した、金色の霊孤。現在は小型犬サイズ。美子の心のオアシス。
★土居龍一(つちい りゅういち)初出第二章:土居家第三十九代当主。躑躅岡天満宮宮司、萩英学園高校理事長兼務。二十六歳。A型。一見、物腰は柔らかいが、本心をなかなか明かさない。
★築山四郎(つきやま しろう)初出第二章:躑躅岡天満宮庭師、萩英学園理事長代行。六十一歳。A型。趣味の料理はプロ級。世話好きの子供好き。
★結城アカネ(ゆうき あかね)初出第二章:萩英学園高校二年三組在籍。美子の親友。B型。好奇心旺盛な女の子。
★田中麻里(たなか まり)初出第二章:萩英学園高校二年三組在籍。美子の親友。AB型。将来の夢はバイオリニスト。
★大沼翔太(おおぬま しょうた)初出第二章:萩英学園高校二年一組在籍。スポーツ推薦で入学した野球部のホープ。

一 『夢、一』
                         ◎◎
◎◎◎◎馬に乗った一人の男が、どこまでも続くススキの野を駆けていた。秋の長い日を受け、ススキの穂は、それ自体が光源であるかのように光り輝いている。
 男は、飽くことなくあちらこちらに視線を移しながら、馬を走らせる。男の首から肩、手綱を持つ腕、馬の背をはさんだ腿、すべてが鍛えぬかれた筋肉でおおわれている。日に焼けた壮年の顔には短いあごひげをはやしており、理知的な広い額と、意志の強そうながっしりとしたあごをもっていた。目は常に見るものを射ぬくような鋭い光を放っているのだが、今は特に、少年のようなきらきらした好奇心で輝いていた。
 男は思い出したように愛馬の首をちょっと撫でた。青い斑をもつ葦毛だ。体全体の毛並みが渦を描くように流れているのが特徴で、たてがみも、くるくると旋毛(つむじ)のごとく巻きながら連なっている。男に劣らずたくましい体をもつ馬は、男の愛撫に首を少し振って答えたが、即対歩の規則正しい走りを乱すことはなかった。手綱はだらりと垂れたままである。男は馬の思うままに走らせているようだった。しかし、実のところ、馬と主人の心は一体となっているのだった。
 白金に輝くススキの波をかき分けるたびに、赤い背をもった無数のトンボが宙に舞い上がる。それを見て、男は子供のように笑った。巣をおびやかされた野の鳥たちが、慌てたようにそこかしこで飛びたつ。男は反射的に背中に負った弓に手を伸ばしたが、思いとどまった。そして、近くの丘、遠くの山々にまた目をやる。金と赤と緑の複雑な織物のような紅葉の季節がどこまでも広がっていた。
 ふと、男は後ろを振り返った。やがて丘の向こうから、しっかりした蹄の音とともに、栗色の馬に乗った同じ年ほどの男がやって来た。そして、葦毛の馬の左側に自分の馬をつけると、言った。
『ニニギ様、ここにおいででしたか。ずいぶん探しましたぞ』
 ニニギは、部下に、にっこりと笑みを返すと、また辺りの景色に視線を戻した。二つの蹄の音が規則正しく響きながら続く。
 ニニギは大きく深呼吸をしたあと、言った。
『イシコよ。ようやくたどり着いたな』
『はい』
 イシコの声にも、深い感慨がにじみ出ていた。そして、主人の横顔を眺める。この一人の男につき従った部族の者たち、その長く苦しい旅路の果てに、ようやく今この場にいるのだ。
『ニニギ様のおっしゃったとおりの国でございますな』
 ニニギが、答えた。その声は、誰もが耳を傾けたくなるような深い魅力的な響きをもっている。
『そうだ。いや、俺の想像以上だ。誰がこんな国がこの世にあるのだと、想像できただろう? 見よ、イシコよ。なんと俺たちの住んでいた場所と違うことか。野山はすべて花や木で彩られ、泉があちこちで湧き、空も地もけもので満ちあふれておる。
 昨日の狩りは、みなぞんぶんに楽しんだようだったな。しかし、俺たちにとって、あれは狩りなどというものではない。この地の動物たちは、狩られることなど知らぬようではないか。無邪気にこちらの懐に飛びこんでくるかのようだ。捕りすぎないように、注意しなければならないほどだ。
 そうだ。太陽すら、違うもののようではないか? 俺たちの知っている太陽は、刺すような熱を浴びせるか、白く冷たい風を呼ぶかだった。今朝の日の出を見たか? あの海から昇る太陽を? あれほど神々しいものを俺は見たことがない。そして、こんなに高く昇っても、ぎらぎらするどころか、かえって優しく我らを包みこんでくれるようではないか。
 一番違うのは、ここの空気だ。なんという、かぐわしい匂いに満ちていることか。そして、常にしっとりと露を含んでいる。俺には分かる。目に見えぬこの大気こそ、この国を護り養っている親、護り神なのだと。この国は、確かに神に愛でられた地よ』
 ニニギにはこんなふうに、ひどく詩的になる面があるのだった。これがこの男の特徴だった。喜怒哀楽が激しく、戦闘では誰よりも多く敵の血を浴び、必要とあれば狼のように残忍になれるその同じ男が、うっとりとした表情で自然の美しさや遠い世界への夢を語るのを、イシコは昔から何度も聞いていた。
                         ◎◎
 イシコは、故郷の満天の星星を仰ぎながら、ニニギが熱を帯びたように話した、この世のどこかにあるという、神の国の話を思い出していた。それは、大人たちが子供の寝物語に聞かせてやるような夢のような国の話だったのだが、ニニギはそれが本当にあるのだと信じていた。あの時は、二人ともずいぶん若かった。
『イシコ。今日、あの西から来た商人の話を聞いたか』
『黄金の島の話でございますか』
『ああ。海を渡った東の果てに、何もかもが黄金でできている国があるという。その国では家や椀も金で作り、子供は金の毬で遊んでいるそうだ。商人の故郷に、その国を見て帰って来た人間がいるというのだ』
『何もかもが黄金でできているなど、信じられませぬな』
『まったくだ。しかし、あの中原の僧が聞かせてくれた話と不思議に符合するところがあるではないか。中原の伝説では、東の海の上に蓬莱山という仙人の住む山が浮かんでいて、そこに行けば不老長寿の秘薬を手に入れることができるということだった。中原の王は実際に、その山を探すため莫大な費用をかけて人を送り出したそうだ』
『しかし、結局誰も帰っては来なかったそうではありませんか』
『そいつらは、仙人の山にたどり着いたが、帰りたくなくなったのかも知れぬよ』
 ニニギは、いたずらっぽく笑った。
『こうなると、この地に伝わるあの話も、まんざら嘘ではないと思えてくるのだ』
『三つの神の国に、三つの神の宝の話ですか』
 イシコは、自分の声に疑念の意をにじませたつもりだったが、ニニギはそれにそ知らぬふうで夜空を見上げたまま、自分の話を続けた。
 二人は草原に仰向けに寝転がっていた。辺りにはニニギとイシコ以外、誰もいない。少し離れた場所から、二人の乗ってきた二頭の馬のひそやかな鼻息が時折聞こえるだけだった。空はきらきらしい大小の星でぎっしりと埋めつくされている。二人は、大地と天にはさまれているように存在していた。
『東の果て、太陽が生まれる海に神の島が浮かんでいる。その島には三つの国があり、それぞれの国に一つずつ神の宝がある。そのすべての宝を手に入れた者は、神の国の王、神の中の神になれるという。我らの一族に昔からいい伝えられている話だ。みなは、これをただのおとぎ話だというが、しかし、東の海の向こうには、確かになにかがある。人が求めてやまないものが。ある者にとっては、それが黄金であり、またある者にとっては、不老不死なのだろう』
『ニニギ様は、そこに何を求めに行かれるのです?』
 ニニギは、天空を眺め、しばらく黙っていたが、やがて答えた。
『俺か? 俺は、ただ、神の国を一目見たいだけだ。人の足でたどり着ける場所にあるのなら、必ず行ってやる。神が住む国というのは、どんな国なのか。そこにはどんな人間が住んでいるのか。神の宝というのは、どんなものなのか。俺は見てみたいんだよ』
『それらを見たあとは、どうされるおつもりですか?』
『そのあとか? ははは。それが気に入ったら、手に入れてやるさ。俺はいつだって、そうしてきた』
 イシコは、もう何も言わなかった。ニニギの決心が固いことが分かったからだ。そうであれば、イシコが東への旅に出発することもまた決まったことだった。子供のころニニギに命を救われてから、イシコは、ニニギの行く場所ならどこであろうとも一緒について行こうと決めたのだった。例えニニギが天竺へ行こうと言ったとしても、イシコの心は落ち着いたものだったろう。決めるのはニニギで、イシコはただそれに従うだけなのだから。
 しかし、ニニギは、ただの夢想家ではもちろんない。まだ少年といっていいころから、イシコたちが属する部族の長(おさ)としての役割を果たしてきた。
 ニニギは部族の男たちを率いて、家畜のための草や水をほかの部族と争い、領土を広げようと定期的に北へ上がってくる中原国の軍隊を蹴散らし、ときには東西を横断する商人の隊列を襲って物品を略奪した。
 ニニギには、決断力と勇気と明るさという、長に不可欠な資質が余すところなく備わっていたので、もとからニニギと同じ部族にいた者たちはもちろん、戦いに負けて吸収されたほかの部族の者たちも、喜んでニニギに従った。また、ニニギのもとに行けば、食いはぐれがないという噂を聞きつけ、部族の一員に入れてほしいと自らやってくる者たちもいた。ニニギは、来る者は拒まない主義だったので、部族は次第に大所帯になっていった。ニニギは彼らを食べさせるために、より広い地域を駆け回るようになっていた。
『神の国は豊かだろうなあ、イシコ』
 特に寒さが厳しかった冬の終わり、せっかく秋まで守りぬいた家畜たちが、飢えと寒さで半数に減ってしまったのを見ながら、ニニギがつぶやいたことを、イシコは思い出していた。
 確かに自分たちには新天地が必要なのかも知れない。神の国への長い旅。ニニギの決断に、従う者もいれば、従わない者もいるだろう。しかし、それでいいのだ。自分の長を決めるのは、自分自身。この地に生きる者は、昔からそうしてきた。余りに厳しい自然の中で暮らしてきたため、自由すら、生きるための術なのだった。
 あれから七度の季節がめぐり、今、本当に自分たちは海を渡り、ニニギの言ったような豊かな実りにあふれた地に立っている。そのことがイシコには信じられなかった。
《ここは、本当に神の国なのか……》
 正直いえば、イシコはニニギが行く方向に一緒に従っただけで、その先にたどり着くべき場所があるなどとは想像もしていなかった。確かに、イシコ以外の者たちは、ニニギが鮮やかに描き出してみせる豊かな神の国の存在を信じてついて来たようだったが、イシコは、何となくこの旅が旅のままで終わるか、自分たちは荒れ狂う海のもくずと消えるだろうくらいに思っていた。
 ところが、ニニギは、言ったとおりにイシコたちを素晴らしい新天地へ導いたのだった。他の者は素直に感嘆し、ニニギを褒めたたえていたが、イシコは怪しくなる心地を抑えられなかった。
《我らは、本当に現実の地面を踏んでいるのか? それとも、ニニギ様の壮大な夢の中に入りこんでしまったのではないか?》
                         ◎◎
 イシコがそんな自問自答をしているわきで、ニニギはひそかに思い出していた。
《あの夢は、間違いではなかった。となれば、俺が話をしたのは、本物の神だったのだ》
 ニニギたちは、自分たちの故郷である平原を出て、数年かけていくつかの国をたくさんの戦いを経て通りぬけたあと、ようやく船に人間と馬とわずかな食料だけを積んで海へ漕ぎ出した。ところが、海に出て何日もしないうちに強風が吹き始め、すぐにひどい豪雨と雷と高波がニニギたちを襲った。人間と馬はただ木の葉のように頼りない船にしがみついているしかなく、そのうちのいくたりかは弾き飛ばされ、海の中に消えていった。
 それまでニニギを信じてついて来た者たちも、ついに疑い始めた。かといって、今さらどうすることもできない。上と下、水と空気が、泡だつように入れ替わるような嵐の中、船はただ、風に煽られて、いずことも知れない場所へ押し流されていった。
 ニニギは帆柱につかまりながら、次第に意識がもうろうとしていくのを感じた。
《俺は死ぬのかな》
 ニニギは、生まれて初めて死を意識した。怖くはなかった。ただ、ひどく残念だった。自分がみるべきもの、やるべきもの、知るべきもの、これらを何一つ終わらせていないという気がした。
《あれは何だ?》
 激しい波しぶきの向こうに、わずかな光を見たように思った。
『おい、みんな、あそこに何かがあるぞ! 島だ、島がある。あっちへ船を向かわせるんだ!』
 ニニギは、仲間に向かって叫んだが、ほかの者は船から吹き飛ばされないようにすることに精いっぱいで、返事をするどころではないようだった。どちらにしても、この嵐の中で船を操ることなど、人間の力の及ぶところではないことも明らかだった。
 ニニギは、せめて光を見失わないように、できるだけ目を凝らした。不思議なことに、船は引きよせられるように、次第にその島へ向かっているようだった。そして、ほどなく島にたどり着いた。ニニギは塩で固まったようなまぶたを無理にこじ開け、島を見上げた。それは島というより、海に浮かんだ山のようで、断崖絶壁が波間から高く立ち上がっている。嵐はいつの間にかやんでいた。辺りはひどい霧で、来た方向も、島の全貌も何も分からない。ニニギは仲間たちの無事を確認しようと、船の中を見渡した。みな、床の上に倒れこんでいる。
『おい、大丈夫か』
 近くにいた者を揺すってみるが、ぴくりとも動かない。死んでいるのではない。深い眠りについているのだ。馬すらも、静かな寝息をたて、うずくまっている。どんなに起こそうとしても、無理だった。
 ニニギが途方にくれて顔を上げると、崖の上に、先ほどの光がまた見えた。ちらちらと誘うように動いている。ニニギは決心して、一人、船を出、光を目指して崖を登り始めた。
 崖を登り終えると、濃い緑の森が広がっていた。その木々の間を、光を追ってニニギは歩いた。光は、気ままに瞬きながら、遅くもなく早くもない速度でニニギを導く。やがて、森が小さく開けた場所にたどり着いた。中央に清水が湧き出している。ニニギは夢中でその水を飲み、顔や手を洗った。体中の塩を洗い流すと、すっかり生き返った気持ちになった。
 気づくと、目の前の、泉をとり囲んでいる岩のうち、一番背の高い真ん中のものに、今までに見たこともないような大きな白い蝶が、ゆっくりと羽を動かしながらとまっていた。蝶の羽は、細かいりんぷんでたっぷりとおおわれており、はばたくたびに金色の光を辺りにまき散らしている。これが、ニニギが追ってきた光の正体のようだった。
 ニニギが思わずその蝶に手を伸ばそうとすると、蝶は激しく羽を動かした。光がニニギの目を刺す。ニニギが思わずあとずさりをし、もう一度岩の上を見直すと、そこには蝶と同じ大きさの、小さな人間が座っていた。長く白いあごひげが腹の上までおおっているが、顔は紅い頬をもった童子のようであり、若いのか、年をとっているのか分からなかった。
『お前は、恐れを知らぬらしいな、ニニギよ』
 小人は、ニニギに向かって、笑い顔で言った。
 ニニギは、内心の驚きを隠しつつ、あぐらをかいて泉のそばに座り直すと、落ち着きをとり戻そうとしながら、小人に向かって言った。
『そういうお前は、何者だ? 何故俺の名を知っている? そして、ここはどこだ? 俺を呼びこんだのはどうしてだ?』
 小人は、相変わらず笑った表情のまま、それに答えた。
『ずいぶん問いが多いのう……。まず、わしの名はスクナヒコじゃ。お前の名を知っているのは、わしが神だからじゃよ』
『神だと? では、ここが神の国か?』
『神のいるところが、すなわち神の国。そう考えれば、ここはそうだといえるが、しかし、ここはお前の目指している国ではない。いうなれば、ここはお前の夢の中なのだ』
『夢? 俺は今、寝ているのか?』
『夢をみている状態が、寝ているのだといえば、そうじゃ。しかし、人は起きているときでも、夢をみていることもあるでのう……』
『神ならば教えてくれ。俺は海の向こうから神の国を探してやって来たのだ。神の宝がある神の国は、本当にあるのか?』
『三つの国の、三つの宝のことかの?』
 ニニギは、勢いこんで、言った。
『そうだ、それだ。それを探すことに、俺は俺の人生のすべてをかけると決めたんだ』
 スクナヒコは、にこにこしながら、あごひげをしごいた。
『お前は、生まれながらの探究者じゃ。わしはお前が気に入った。それに、お前には大いなる役割がある。そのような者に、言葉を与えるのが、わしの役目でもあるのじゃ。
ニニギよ。目が覚めたら、日に向かって船を走らせるのじゃ。ほどなく大きな陸地が見えてくるじゃろう。しかし、そこで船を下りてはならん。朝日と、海と、陸とが一直線に重なる場所まで、さらに船を進めることだ。その地からこそ、お前が探す宝がある国へ、通ずる道が開けるじゃろう。その宝を手に入れられるかどうかは、お前次第じゃがの……』
 ニニギは、立ち上がった。四肢に力がみなぎってくる。
『神の国、神の宝は本当にあったのだな。であれば、俺は必ずそれを手に入れてやる。神の宝をすべて手に入れれば、神の王になれるというのも、本当か?』
 スクナヒコは、ほっほっほっ、という笑い声をたてると、まばゆい光とともにもとの蝶の姿に戻りながら言った。
『神の宝をもつものは、神のみという道理ならば、そのとおりであろう。ただし、神の宝とはなんぞや、それをもつとはなんぞや、そもそも神とはなんぞや……』
 高く天空に昇っていく光に向かって、ニニギは叫んだ。
『スクナヒコ。みていてくれ! 俺は必ず神の国も、神の宝も手に入れて、神の国の王になってやる。この世には望んで手に入らないものはない。そうだろう?』
 ニニギは、空を仰いだ。光はやがて点となって消えた。
                         ◎◎
《それから、俺は、船の上で目が覚めた。そして、夢の中の神のいうとおりに船を進めて、この地に降り立った。ここは俺に約束された国なのだ》
『ニニギ様!』
 右の丘向こうから甲高い声がしたかと思うと、たちまち真っ黒い毛並みをもつ馬に乗った女が近づいてきて、イシコの反対側からニニギの隣に並んだ。高い頬ときりりとした眉をもつ女で、頭を布でおおっているが、そこからはみ出したくせ毛がくるくると顔の周りにはりついていた。その激しい気性と美貌ゆえに、イシコとともにニニギの片腕となっている女性である。
『ウズメか』
 ニニギが声をかけた。ウズメはニニギに命じられ、この土地の調査をおこなっていたのである。ニニギとイシコは馬をとめ、鞍上のまま、ウズメの報告を聞いた。
『では、私が調べた結果を報告いたします。まず、この地は、大きな島の一部だそうで、人々は島全体を、オホヤシマと呼んでいます。オホヤシマには大小含め、無数の国々が散らばっているそうですが、その中でももっとも大きい国の一つが、ここから西の方角、深い山と渓谷を越えていった先の、火を噴く山のふもとにあるそうです。国の名はクマソ、長はサルタヒコと呼ばれているとのこと』
『うむ』
『クマソには、大変な霊力をもつ玉の首飾りがあって、国の巫女がそれを護っているそうです』
 ニニギは大きくうなずいた
『それが、神の宝の一つだろう』
『どうなさるおつもりですか』
 イシコは訊ねた。ニニギはちらりとイシコを見て、言った。
『決まっている。国も宝も奪いに行くまでよ。ウズメはどう思う?』
 ウズメは、興奮したように息をはずませた。
『ここは、ニニギ様が王となるべき地。であれば、クマソも宝もニニギ様のものです。それに、ここに住む者たちは馬のことすら知りませんでした。またどうやら、オホヤシマには戦争というものがほとんどないため、国といっても、軍はなく、城壁もないことが通常のようです。大国のクマソもその例にもれず、国主の城を守るわずかな衛兵がいるのみとのこと。そのような国など、我らの騎馬術と弓矢があれば、簡単に攻めとることができましょう。明日にでもクマソに向け、出発なさることをおすすめします』
 イシコが口をはさんだ。
『おい、ウズメ。明日にでもなどと軽々しく言うが、我らが上陸してからまだ半月ほどしか経っておらん。クマソへの道のりや辺りの地形もしかと把握してはいないし、そもそもクマソとはどんな国なのか、長のサルタヒコとやらの力量もほとんど分かっておらんではないか。このような状態のまま見知らぬ地で戦いを始めることなど、無謀もいいところだぞ』
 ウズメはいきりたって、イシコに反論した。
『何を言うか。クマソは今でこそ我らの存在にまだ気づいておらぬが、時が経てば、いくら蛮族とて危険に気づき、防備を固め始めるに違いない。我らに必要なものは、疾風のような素早い攻撃だ、行動だ。見知らぬ土地だからこそ、時を先んじることが最大の武器となるのだ。イシコ、お前こそ臆したのではないか。我らが苦しく長い道のりを越え、この地にやって来たのは何のためぞ。ニニギ様とともに新しい国を作るためではないか』
 イシコはむっとした表情で答えた。
『むろんだ。ニニギ様の行くところが、俺の行くところ。そのようなこと、お前に言われるまでもない』
 ニニギが、二人の口論に終止符をうった。
『よし。二人ともやめるのだ。戦いに必要なものは、機をみ極めること、そして情報だ。どちらが欠けてもいかん。イシコとウズメは、明朝暗いうちにクマソへ向けて発て。時をおいて俺が隊を率いて出発しよう。二人はクマソの様子を窺ったあと、いったん引き返して隊と合流し、報告をしろ。あとは俺たちのいつもの戦い方、攻めるも逃げるもその場の判断で臨機応変にすればよい』
 それで、イシコとウズメも納得し、隊に作戦を伝えるため宿営地へ向け、馬を走らせた。
                         ◎◎
 それから半月後、ニニギたちの軍勢は、上陸した地に流れていた川をさかのぼるような形で、険しい山の中をひたすら西へ西へと進んでいた。
 平野の中で悠々と流れていた川も、山々に押しせばめられるように次第に細くなり、今では渓谷の中で、深い藍色の神秘的な流れとなっていた。
 これ以上の高い山が続けば、とうてい馬は越えられないのではないか、そう人間たちが考え始めたころ、先にクマソの偵察に行っていたイシコとウズメが、ようやく戻って来た。
 ニニギは、隊から少し離れた山の上に二人を呼んだ。山の太陽は早々と傾き始め、そのふところにあるものすべてを赤く染め上げている。黒く日に焼けたイシコの顔すら、火が灯ったように輝いているのを眺めながら、ニニギはその報告を聞いた。
『クマソらしき国を発見いたしました。この険しい山なみはもうすぐ終わります。ここを越えますと、急に視界が開け、白い煙を吐いている山が見えます。それがここの者たちがいう、火の山だと思われます。火の山の周りは毒の煙のせいか、草の一本も生えていず、近づくのは危険かと思われます。火の山の周りはぐるりとさらに別な山の尾根が輪のように囲んでおります。この部分はあまり森も深くなく、見晴らしもよいので、この尾根沿いに火の山を回りこむように進むのがよろしいかと思います。火の山の向こうには、川がいく筋にもなって流れる林と湿原が広がっておりまして、この一帯が、クマソと呼ばれておるようです。人々が住む村と国主の城はその地方の北よりにあります。道は分かりましたので、全軍を率いても、あと半月もあれば到着できると思います』
 ニニギは、うなずいた。
『よくやった、イシコ、ウズメ。あとはそれぞれの隊に戻り、これからの道のりを指揮してくれ。今夜はゆっくり休むがよい』
 イシコとウズメは、ニニギに一礼をすると、馬を巧みに操り、軍が野営をしている山あいのわずかな土地へ向けて斜面を滑り下りた。広々とした平原で暮らし、地平線を見るのに慣れていた人と馬も、このひと月で深い山中を行き来する術にだいぶ長けるようになっていた。
 イシコとウズメが去ったのを見届けると、ニニギは彼らが来た方向に向け、一人馬を進めた。確かにここがもっとも山頂に近い部分らしい。ということは、ここがもっとも険しい場所だということだ。
『サリフよ、大丈夫か』
 ニニギは、自分の馬に声をかけた。
 馬は、そんなことを訊かれるのは心外というように、鼻を鳴らし、足を交互に動かし続ける。
 やがてニニギは、辺り一面を見わたせる頂きにたどり着いた。西の方向には、なるほど、山々の向こうに、空に向かって伸びているひとすじの雲が見える。あの下にあるのが火の山なのだろう。そして、あの山を越えた先にクマソがあるのだ。
 ニニギは、空を見上げた。日は落ちたが、まだそのなごりの光を世界に留めている。昼と夜の間の、このわずかな時間、天空は、もっとも高貴な色、瑠璃色に輝くのだ。
ようやく空が近づいた。
 故郷の草原では、常に空がこのように近かった。この国では、高みに上らないと空に近づけない。故郷の人々は、空に神が宿っていると考え、空を崇めていた。しかし、神は常に空におり、地に降りてくることはない。人間にとって神はいつも見上げる存在だった。
 ニニギは、神の住む場所まで上がりたかった。神を地上に下ろしたかった。だから、神の国を目ざしたのだ。この国の空は遠い。しかしそれは、神が地にもいるからなのだ。ニニギはそう感じた。神が地に、大気に、木々に、生き物すべてに、住まう国。それが神の国という意味なのだ。このような国でこそ、人も神になれる余地が生まれるのだ。
 イシコやウズメ、そのほかニニギについてきた者たちは、ニニギの言うことをどこまで信じているのだろうか。ニニギは、にやりとした。イシコすら、ニニギが本当に神になろうとしているなどとは考えてはいまい。ニニギ自身も、海を渡る前は、『神の国、神の宝』というのは、単なる抽象的な言葉としてか考えることができなかった。しかし、夢の中でスクナヒコと会い、実際にこの地に立ってみて、神という存在が身近に、まるでサリフのように身近に感じられるに至って、ニニギは自分の言葉が初めて具体的に感じられるようになったのだった。
 スクナヒコは『人は起きているときも、夢をみることがある』と言っていた。
『それならば、俺は夢を現実に引き出してやる』
 ニニギは、闇に沈まんとする世界を眼下に見ながら、天の神に宣言するように、声に出して言った。
                         ◎◎
 半月後、ニニギの軍勢は、クマソの城を見下ろす丘の上に立ち並んでいた。
 クマソは、火を噴く山の西側に広がる平野につくられた国だった。北にも、火の山から続く山地がそびえている。軍は、イシコたちの案内で、火の山をすぎたのち、人目につきやすい平野を避け、山沿いをぐるりと回って、クマソの国主がいるという大きな村の近くまで来たのだった。
 クマソ国の中には、火の山に端を発した大小いくつもの川が縦横無尽に流れているのだが、クマソ人はその川とうまく同居しているようだった。というよりも、人々の生活は川を中心に設計されているようで、高台から見わたせば、クマソの村は、大きな川を真ん中に通すようにつくられているのだということがよく分かる。そして、その川から水を引くために、さらに村の中にいくつもの堀が走っているのだった。
 ニニギたちは、初めての異国の風景に見とれた。クマソの建物はいずれも、奇妙にも床が地面から高々と持ち上げられた造りをしていて、それがひどく不安定にみえる。人々は、家を出入りするのに、長い梯子のような階段を使うのだった。川のそばには家だけでなく、田や畑がところ狭しとつくられている。そこで農作業をしている者、家の階段に座って何か楽しげに談笑している者、川の中で裸で泳ぐ子供たちなどが、ニニギたちのいる丘の上からもよく見えた。一見して、クマソの国は人口も多く、人々の暮らし向きは豊かのようだった。
 国主がいると思われる屋敷群は、山側に作られているので、ちょうどニニギたちの眼下となっていた。中央にある、一番大きな建物が、国主の住まいなのだろう。ほかの建物よりもずっと太い木の柱を組み合わせて作られ、またほかのどの建物よりもずっと床が高かった。その大きな屋敷の周りには、大小いくつもの建物が建てられ、これらの敷地は、大きな広場をはさみ、村とは区域を異にするような設計になっている。しかし、ウズメが言ったとおり、城壁はない。
 そうこうしているうち、さすがに丘の上に立つたくさんの騎馬兵に気づいたのか、城の周辺が慌ただしい気配に包まれてきた。兵らしき男たちの姿もいく人か見える。が、これもやはり、ろくな軍備はもっていないようで、彼らは剣すら帯びず、弓とわずかな矢を背に負い、長い棒を手にしているのみであった。
 そんな城内の動揺とは対照的に、広場の向こうでは、これらの異変に気づかぬのか気にしないのか、村人たちの動きに変化はない。逃げも隠れもせず、ただ、変わらぬ日常の生活を続けているようだった。
 ニニギはこれだけのことを見てとると、両わきに忠実な男鷹と女鷹のように控えているイシコとウズメに、言った。
『お前たちは、この丘いっぱいに翼を広げるように陣を敷け。俺が合図をするまで動かすなよ』
『ニニギ様。いったいどうなさるおつもりですか』
 イシコは、不安そうにニニギに言った。
 ニニギは、にやりとした。
『俺か? 俺は、ちょいとサルタヒコとやらの面を拝みに行くのさ』
 ウズメも、思わず声を上げた。
『お一人で、ですか? 相手が戦い方も知らぬ蛮人とはいえ、いくらなんでも危のうございます。それよりもこのまま隊を進め一気に村ごと蹴散らせば、一刻ほどで片がつきましょう』
『ウズメよ。俺たちの目的は、国をとることであって、国をつぶすことではない。商人を襲ったり、中原の軍隊を追い払うのとはわけが違うのだ。いたずらに村を破壊すれば、住む者の恨みをかうだけだ。民というものは、どこの国でも同じよ。自分らが平和に暮らせれば、上が変わってもたいして気にせぬものさ』
 そう言うと、ニニギはサリフに一鞭入れ、単身丘を駆け下りていった。
                         ◎◎
 クマソの国主、サルタヒコは堂々とした体躯と赤ら顔と真っ黒に密生したひげをもつ偉丈夫だった。
 近衛兵が真っ青な顔をして、サルタヒコの居室に駆けこんできた。サルタヒコはすでに鎧を身につけていた。
『サルタヒコ様。敵の大将と名のる者が城の前に現れました。見たことのない大きなけものにまたがっております。国主様を出せと言っております』
『敵の大将だと? 一人か?』
『はい』
 サルタヒコは、カシの木で作った長くて太い棍棒を手にとると、大股で建物を出て、ニニギが待つ、城と村との間の広場に立った。そして、辺りの空気がびりびりと揺れるような大声で言った。
『俺の国を騒がすのは、どこのどいつだ』
 ニニギは、馬に乗ったまま、答えた。
『そういうお前は、何者だ』
 サルタヒコは、どすんと棍棒を地面に突き立てた。
『俺は、クマソの国主、サルタヒコだ』
 ニニギは、傲然と名のった。
『俺の名はニニギ。海を渡り、この国をもらい受けにやって来た』
 サルタヒコは目をむいた。
『海を渡って来ただと? この国をもらいに来ただと?』
 そうして、腹を揺すって笑った。
『馬鹿も休み休みいえ。この国は、火の神と水の神の生まれし神聖な場所。そして我らはその神々より、この地を代々治めることを許されてきた一族だ。よそ者が入りこむ余地はない。痛い目にあわぬうちに、そうそうに立ち去るんだな』
 ニニギは、村人たちが騒ぎを聞きつけ、広場の周りに次第に集まって来たのを意識しながら、声を高めた。
『ほう。お前が神から許された者というのなら、話は早い。俺も、神に導かれてこの地にやって来たのだ。どちらがこの国の長として神に選ばれた者か、この場で決しようではないか。俺の軍はすでにこの国をとり囲み、俺の合図一つでいつでもお前たちを皆殺しにできるが、俺は、俺をこの地に呼んでくれた神に敬意を表し、あえて一人で、お前と決闘するためにこの場に来たのだ。さあ、国主の座をかけ、俺と戦う勇気があるか、サルタヒコよ。今、屈すれば、命だけは助けてやらなくもないぞ』
 そう言って、ニニギは馬から地面に飛び下ると、腰に帯びた剣をすらりと抜き、構えた。秋の陽光を受け、刀身が金色のまばゆい光を放った。それを合図とするかのように、村を囲む丘に陣どったニニギの騎馬隊が、いっせいに弓矢を構えた。村人や兵士たちは怯えたように、広場と丘の上を交互に見つめた。
 サルタヒコは、怒って顔をますます赤くしながら、棍棒を引きぬき、木の幹ほどもある太い毛むくじゃらの腕で持った。サルタヒコの背はニニギよりも高く、棍棒はそれよりもさらに長かった。
『神がこの地にお前らを招いたなどと、嘘を並べ、神と我らを侮辱する奴め。いわれずとも、お前など、カシの霊木から削り出したこの棍棒で、叩き潰してくれるわ。お前の仲間もお前たちのけものも、血へどを吐いたお前の姿を見れば震え上がって、もといた場所へ逃げ帰るだろう』
 そう言うと、サルタヒコは鈍重そうな見かけによらず、素早い突きを繰り出してきた。ニニギは剣でそれを払ったが、ニニギの予想に反し、棍棒は少しも傷つかず、かえってニニギの手もとにじんとしびれるような感覚が残った。サルタヒコは、ニニギの態勢の崩れを逃さんとさらに棒を振り下ろしてくる。ニニギはそれをかわすと、剣を真っ直ぐ突き出したが、サルタヒコの鎧をわずかにかすっただけだった。
 その後、それぞれの部下や、クマソの村人たちが固唾を呑んで見守る中、ニニギとサルタヒコの長い戦いが続いた。日が徐々に傾き始めた。丘の上のウズメは、何度も矢を放とうとするのを、イシコにようやく押しとどめられていた。
 ついに、ニニギの剣がサルタヒコの棍棒を二つに断ち割り、ニニギは足でサルタヒコの胸を蹴飛ばして地面に転がすと、その胸もとに剣を突きつけた。
 さすがに荒い息をしながら、ニニギは言った。
『降参するか、サルタヒコ』
 サルタヒコは、にやりと笑って、答えた。
『ニニギとやら。俺の負けだ。神は確かにお前を選んだらしい。とどめを刺すがいい。この国に国主は二人もいらぬ。しかし、覚えておけ。もしお前が神の意志に反すれば、神は、たちまちお前を滅ぼすだろう。この国の神は気まぐれだ。そして祟る。それをよく肝に命じておくのだな』
 ニニギの剣が、サルタヒコの胸を深く貫いた。丘の上のニニギの部隊がいっせいに歓声を上げた。
 イシコは機を逃さず剣を抜いて高く掲げると、全隊を率いていっきに丘を駆け下りた。騎馬隊はたちまちクマソの兵士が右往左往する城内に侵入し、次々と矢を放ち、剣をふるった。イシコは大声で叫んだ。
『抵抗する者だけ殺せ! 盗む者、犯す者は厳罰に処すぞ!』
 ニニギはサルタヒコから剣を引きぬくと、サリフに飛び乗り、そのまま城内へ走らせた。敷地内の中央にある、一番大きな建物の前で、イシコとかち合った。
『イシコ! 神の宝はどこだ?』
『ウズメが巫女を探しております。この奥へ向かいました』
 ニニギはそれだけを聞くと、すぐに奥へ馬を走らせた。やがて小高い場所に木立に囲まれて建つ、小さな建物が見えた。ほかの建物と違い、柱がすべて朱色に塗られている。正面近くにウズメの青毛の馬が草を食んでいた。
 ニニギが馬を下りるのと同時に、ウズメが建物の中から出てきた。
『ウズメ。宝はあったか』
『はっ。こちらです』
 言いながら、ウズメは何故か苦々しげに顔をゆがめていた。ニニギは胸を高鳴らせながら、階段を駆け上がり、ウズメの案内する部屋へ足を踏み入れた。
 うす暗い部屋の入り口で、ニニギはちょっと立ち止った。白い服を着た女が後ろ手に縛られ、立っている。ニニギが入って来たのに気づき、女はちらりと顔を上げた。ニニギは、はっとした。こんなに美しい女は今までに見たことがなかった。ぬけるような白い首に大きな真紅の玉がいくつもついた首飾りをつけている。
 ニニギは女のそばまで行くと、手を伸ばした。ウズメが慌てて後ろから声をかけた。
『ニニギ様。その玉にさわってはなりません』
 そうして、ウズメは自分の手の平をニニギに見せた。それは、ひどいやけどをしたように赤くただれている。
 それまでうなだれたように横を向いていた白い服の女が、勝ち誇ったように真っ直ぐに顔を起こし、言った。
『この八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)は、クマソの地の神の力を現す国の宝。神に選ばれた我が一族の中でも清き巫女のみがもつことができる神聖なものです。ましてや、あなたたちのようなよそ者など、ふれることすらできません』
 女の声は、りんりんと鈴のように響いた。
 ニニギは、おそるおそる玉の一つをつついてみた。何ともない。思いきって飾りごとつかんでみても少しの痛みもなく、手も傷つかなかった。
 ニニギは、唖然としている巫女に向かって、にやりとしてみせた。
『どうやら俺も、この地の神に選ばれたようだな』
 女は、がっくりとうなだれた。
 ニニギは、女のあごを持ち、顔を上げさせた。
『お前の名は、何という?』
 女は、力なく答えた。
『……サクヤヒメ』
『サクヤヒメ。知ってのとおり、俺はサルタヒコを倒し、つい先ほどからこのクマソの王となった。クマソの国も、宝も、民も、そしてお前も、今日から俺のものだ』
 そう言って、ニニギはサクヤヒメのふっくらとした紅い唇に口を合わせたが、すぐにうっ、と言って離れた。サクヤヒメがニニギの唇を噛み切ったのだ。
『女、何をする!』
 ウズメが怒って、サクヤヒメに強く平手うちをくらわせた。サクヤヒメの体はぐらりと大きく揺れ、八尺瓊勾玉がしゃらしゃらと音をたてた。女の白い頬に、くっきりとウズメの手の跡が浮かび上がる。
 ニニギは、ぺっ、と床に血を吐いた。
『もうよい、ウズメ。ここを厳重に見はっておけ。巫女が逃げないようにな。しかし八尺瓊勾玉は、俺が持っておいたほうがいいようだ』
 そう言ってニニギは、無造作にサクヤヒメの首から八尺瓊勾玉をはずし、自分の懐に入れた。ウズメはサクヤヒメの胸もとをのぞきこむと、ニニギに言った。
『ニニギ様。こやつ、もう一つ何か首にかけております。これもとり上げますか?』
 確かにサクヤヒメの首には、細い革ひもでくくられた白い真珠の玉が一つかかっていた。ニニギは、部屋を出ようとしながら、ちらりとそれを見て言った。
『それは、その女自身のものだろう。放っておいてやれ』
 そうして、ニニギは、足音高く建物を出て行った。
                         ◎◎
 その日以来、ニニギは毎晩のように神殿へと通ったが、どうにもサクヤヒメが思うようにならないので、ほとほと困り果ててしまった。無理に思いを遂げようとすれば、サクヤヒメは舌を切って死のうとまでするのだった。
 ウズメは、腹をたてて、ニニギにサクヤヒメを殺そうと提言したが、ニニギは許さなかった。そうして相変わらず、夜になると神殿に通い、サクヤヒメをかき口説くのだった。
『サクヤヒメ。おぬし、いったい何が気に入らないのだ』
 ある晩、ニニギは寝台の上にうず高く積み上げられた毛皮の上に、半分、身を預けながら、サクヤヒメに言った。
『お前はクマソの巫女。クマソとクマソの国主に仕えるのが仕事であろう。俺は征服者とはいえ、クマソの民に残酷なことはしておらんぞ。殺したのは、サルタヒコと、何人かの兵士どもだけだ。村も、だんだんと落ち着きをとり戻しておる』
サクヤヒメはただ、ニニギの腕の中で小鳥のように震えていた。いく晩も無駄な時を経て、ニニギももう、答えをあまり求めていなかった。そしてサクヤヒメのつややかな黒髪をゆっくりと撫でながら、独り言のように続けた。
『なあ、サクヤヒメ。俺たちがいた土地は、食料も少なく争いが絶えない厳しいところだった。みな飢えと隣り合わせで生きていた。だから、新しい土地を求めて故郷を出、長い長い道のりを経て、ここまでたどり着いたのだ。
サクヤヒメよ。俺たちの国にはな、東の海には豊かな神の国があるという伝説があったのだ。三つの神の国に、三つの神の宝があり、宝を三つとも手に入れれば、神の国の王になれるという伝説だ。この地はまさに神の国にふさわしい美しさだ。それに、宝も伝説どおりあった』
 そうして、ニニギは、懐から八尺瓊勾玉をとり出して、ゆっくりと眺め始めた。それは、血のように深い真紅の、胎児のような形をした玉が八つ連なった首飾りで、確かにめったにない見事なものだった。玉の一つ一つは、大きさが子羊の心臓ほどもある。
『これが、神の宝か。不思議なものだ。いったいどういういわれがあるのだろう……』
『むかし、むかし、この地の火の神と水の神が結婚なされたときに、その愛の証として、お二人が協力しておつくりになったものと聞いております』
 ニニギは、驚いてサクヤヒメを見た。
『サクヤヒメ。今宵初めて口をきいてくれたな』
 サクヤヒメは、ちょっとうつむいたが、思いのほかニニギを真っ直ぐに見つめ返すと、言った。
『このクマソの国の中でも、八尺瓊勾玉にふれることができたのは、代々の国主と巫女しかおりませんでした。この国の国主と巫女は、その地位に就く際、八尺瓊勾玉にふれることで、資格があるかどうかを試す儀式をおこなうのです。ところが、あなた様はクマソの人間でないにもかかわらず、それをお持ちになることができました。私にはどうしてなのか分かりませんが……、やはりそれは、あなた様がこの地の神に受け入れられたということなのだと思います。
 八尺瓊勾玉は、いのちを癒す力をもっているといわれております。清き水に浸せばその水は霊水となり、人々の傷を治すことができます。また、ゆっくりと飾りを振れば、霊音を生じ、神々と交信することができるのです』
『ほう!』
 ニニギは、サクヤヒメの声に耳を傾け、むさぼるようにその顔を見つめた。はたから見れば、ぴったりとより添い合い、密やかに会話をする二人は、仲のよい恋人同士のようにしか見えなかっただろう。あまりニニギがじっと見るので、サクヤヒメは恥ずかしそうにまたうつむいた。
 ニニギは、もっとサクヤヒメと話を続けたくて、言った。
『クマソは、神がつくったというこの宝を代々受け継いできたのだな。ほかの二つの国というのは、どこにあるのだ? その国々にも、神の宝がやはりあるのか?』
 サクヤヒメは、うつむいたまま、何も答えなかった。
 ニニギは、たまらずサクヤヒメを抱きしめた。二人の間で八尺瓊勾玉がさらさらと風のような音をたてた。
『知らぬのか? 答えたくないのか? いいんだ。俺も、もう、ほかの二つの宝のことなど、どうでもよいのだから。この国と八尺瓊勾玉と、お前さえあれば』
 そうして、サクヤヒメの柔らかい頬を両の手ではさんで、その目をのぞきこんだ。
『俺のそばにいてくれ。お前を愛する。だからお前も俺を愛してくれ』
 サクヤヒメの黒い瞳から、大粒の涙がこぼれ、玉のようにほろほろと頬を伝った。ニニギは、固いままの女の体を乱暴に揺すった。
『何故だ? 何故、そんなにも俺を嫌うのだ?』
『……サルタヒコは、私の兄でした』
 ニニギからそっと目をそらし、細い声でサクヤヒメが言った。ニニギは、思わず手を放した。そして、ぎゅっと固く握られた、女の白い手の甲を見た。
『そうか。そうだったのか』
 サルタヒコを殺すのではなかったかと、ニニギは思ったが、もう遅い。いや、たとえ知っていたとしても、ニニギはサルタヒコを生かしておくわけにはいかなかっただろう。サルタヒコが言ったとおり、一つの国に二人の国主は、いてはならないのだ。しかし、それは男の論理であって、女の論理ではない。
 ニニギは、体を起こすと、かたわらの台に置かれた壺から杯に酒をなみなみと注ぎ、たて続けに何杯もあおった。それは晩秋の空気で冷やされ、ニニギは霜を飲んでいるような気がした。
                         ◎◎
 翌日の午後、ニニギがサリフにまたがり城内を見回っていると、ウズメが馬で駆けて来た。
『ニニギ様! あの巫女の姿が見えません』
『何だと?』
 ニニギは、自分でも驚くほど動揺した。
『見はりはどうした? 逃がすなと言ったはずだぞ!』
 ウズメは困惑したような表情を浮かべながら、答えた。
『見はりはつけておりました。どうやって逃げたものか……。今朝までは確かにいたのですが、先ほど婢が食事を運んで行きましたら、消えてしまっていたそうです』
『消えただと? そんなばかなことがあるか。辺りをよく探してみろ』
『今、兵士どもに探させておりますが……』
 そうしてウズメは唇を噛んでいたが、意を決したようにニニギに言った。
『ニニギ様。もう、あの女のことはおあきらめください。たかが巫女ではありませんか。しかも、前の国主の血を引く者です。本来ならば、サルタヒコと一緒に殺しておくべきだったのです』
『黙れ』
 しかし、ウズメにも、ここまでニニギについて来たという自負があった。
『いいえ、言わせていただきます。あなた様はもう我らが部族の長というだけではございません。クマソという一国の王です。クマソの民は今のところ我らに抵抗を示してはおりません。これは、ひとえにニニギ様が無駄に血を流さず、兵も厳しく律せられ、民には温情を示されているためでございます。また、民の間には、ニニギ様は神より使わされた方という噂もございます。
 ニニギ様。あなた様は、約束どおり私どもを新しい土地に連れてきてくださいました。しかし、この土地を本当の神の国にし、あなた様がその神の国の王におなりになるのは、これからです。まだまだお働きになっていただかなくてはなりません。美しい女など、ほかにも掃いて捨てるほどあります。ですが、この国の王は、ニニギ様、あなたしかいないのです。どうか、目をお覚ましください』
 ニニギは、思わずうなだれた。ウズメが女の嫉妬で言っているのではないことが、充分分かったからだ。
 そこへ、歩兵が走って来て、ニニギたちに報告した。
『サクヤヒメ様のお姿を見た者がありました。川伝いに、上流へ歩いて行かれたということです』
 ウズメが兵に訊いた。
『川の上流には何がある?』
 クマソ生まれらしき兵は、ぐるぐると目を回しながら答えた。
『なんも、あるわけでもございませんです。だんだん、険しい山道になっていくだけでして。川は、火の山の近くにまで続いておるそうですが、森は深いし、熊やら狼やら山賊やらがうろついているもんで、村の者もめったに近づきませんです。あのう、森の中を大勢で探したほうがよろしいでしょうか? このままでは、サクヤヒメ様がけものに襲われておしまいになるかも知れんです』
『ニニギ様。どうされます?』
 ウズメが、ニニギを振り返った。ニニギは、奥歯を噛みしめながら、言った。
『逃げたものは仕方がない。今は冬に向けての準備で、人手がいくらあっても足りない時期。動ける兵の数も限られておる。女の足ではどこにもたどり着けず、行き倒れになるだけだろう。放っておけ』
 ウズメは、ようやく明るい表情になり、兵に命じた。
『国主様のおっしゃったとおりだ。巫女の捜索は中止だ。森に兵をつぎこんで、逆に人を失う愚を犯すわけにはいかん。ほかの兵にもそう伝えろ』
『かしこまりました』
 兵は、ちょっと複雑な表情を浮かべたが、素直にうなずき、もとの持ち場へ走って戻っていった。
 ウズメも自分の仕事場へ向かうため、ニニギに一礼をすると、馬を走らせた。
 半刻ほど経ったころ、ウズメは村はずれで、イシコと会った。
『ウズメ。ニニギ様を見かけなかったか』
『さあ。城内におられるのではないか?』
『それが、いらっしゃらないのだ』
 ウズメは、ちょっと眉をひそめて考えると、言った。
『……もしかすると、火の山の森に入られたのかも知れぬ』
 イシコは、驚いて訊き返した。
『どういうことだ?』
 それでウズメは、サクヤヒメがいなくなったことをイシコに話した。
『ニニギ様が、けものや山賊どもに万が一でもやられるようなことはないと思うが……』
『神に選ばれた英雄も、たった一人の女に、かたなしだな』
 二人は同時にため息をついた。イシコは言った。
『熱が冷めるまで待つしかあるまい。なあに、いずれ憑きものが落ちるように目を覚まされるさ』
『そうだといいが』
 そう言って、ウズメは、うすい白煙を吐いている火の山と、そのふもとの広大な森を見上げた。
                         ◎◎
 ニニギは、剣で小枝をなぎ払いながら、険しい山の中を、川の上流を目ざしてひたすら上っていた。ずいぶん前に馬は乗り捨てていた。肩には、城を出る前に持って出て来た八尺瓊勾玉をかけていた。
 サクヤヒメを追いかけてどうするのか、八尺瓊勾玉をどうして持って来たのか、ニニギ自身にもはっきりとはしなかった。
 川はほぼ真東、火の山の方向へ伸びていた。流れは、いくつもの滝を経ながら、徐々に激しいものとなり、川岸はせり上がり崖となってゆく。果たしてこの先にサクヤヒメがいるのだろうか。男の足でも困難な山道である。そして日は傾き始め、森の中は急速に夕闇に包まれていった。
 ニニギは、ふと立ち止まった。川岸の、柔らかい苔が一面に生えている場所に、点々と赤いものが続いている。ニニギは、それを指でなぞってみて、ぞっとした。
『血だ』
 血の跡をたどり、さらに上流を目ざしながら、ニニギは、
《もうサクヤヒメは死んでいるかも知れない》
という、暗い泡のような絶望感がふつふつと湧いてくるのを感じていた。
 ウズメにいわれずとも、ニニギにも、最近の自分は我ながら正気を失っているとしか思えなかった。しかし、サクヤヒメを求める気持ちは、単なる肉欲ではなかった。そうならば、こんなにも狂おしく、せつない思いにとらわれることはなかっただろう。それは、故郷で夢みた神の国への憧れにも似たもの思いで、まるで自分の根源にかかわるかのように切羽つまったものだった。
《頼む、生きていてくれ》
 もう、ニニギは、それしか考えていなかった。
 いくつ目の滝を越えてきただろう。深い谷に隠され、川を見失いそうになってきたので、ニニギは直接川の中を歩いていた。途中から、まるで押し戻すかのように上流から冷たい風が吹き始め、ニニギはそれに逆らうようにして歩き続けた。
やがて、急に視界が開けたかと思うと、下流のように川幅が広く、水深の浅い場所に出た。川の底全体がまるで、大きな亀の甲羅のようにひび割れた岩肌でおおわれ、その上を、これは渓流そのままの強い流れが滔々とゆきすぎている。その流れに囲まれ、川の真ん中にまるで舞台のように置かれている大きな岩を見た瞬間、ニニギの心臓がぴくりと動いた。岩の上に、サクヤヒメが立っている。
 サクヤヒメは、うつろな目を西の空に向け、ニニギが現れたことにも気づかぬようだった。左手を胸もとにやり、首からかけた真珠をしっかりと握っている。素足は岩や草に傷つけられたのか、血に染まっていた。白い服が、はたはたと破れた翼のように風にあおられている。
一瞬、サクヤヒメの体がふらりと前へ揺れた。思わずニニギは叫んだ。
『サクヤヒメ!』
 サクヤヒメは、ぼんやりとニニギのほうを見た。ニニギは、八尺瓊勾玉をつかんでサクヤヒメへさし出した。
『さあ。八尺瓊勾玉をお前に返す。俺はもう、お前に何も望まない。お前は好きに生きていくがいい。お前を閉じこめたりもしない。何をしようと、どこへ行こうと自由だ。だから、そこから降りるんだ』
 サクヤヒメは、不思議そうにニニギを見つめたあと、また、空へ目をやった。
『サクヤヒメ!』
 ニニギは、もう一度声を上げた。
 サクヤヒメが、歌うように言葉を紡ぎ始めた。
『かけまくもかしこき つくしの ひむかひの くくりのかわに まします くくりひめのおほかみ 
 あまのはらにうかぶ ゆふづつの よいのはじめのひかりのごと 
 おほうなばらより とりいだしたる しらたまのひかりのごとく 
 わが やみをてらしたまひ つみをはらひたまへ
 くらき ものおもひより ときはなち あたらしきみちを しらしめたまへ
 うつしよの みは はかなしといえども とこしへの たまのよありと さとしたまへ
 すべてのみは はなよりうまれ すべてのはなは たまよりさきいでる
 ねがわくは わがたま わがはなより み うまれいでんことを
 ねがわくは わがち わがみ つきはつるとも このち このみ とわに のこらんことを
 みをつくし こころをつくしの つくしのくにの ちのかわ ときのかわ たまのかわ たまのねがひを ききとどけたまふ くくりひめ 
 わがみにひきかへ わがねがひをききとどけたまへ』
 そうして、サクヤヒメは、ひらりと大岩の上から身を躍らせた。白い鳥のようなその姿は、ゆっくりと舞うように落ちていく。ニニギの頭の中が真っ赤に染まった。何か自分でも分からない言葉が口からついて出たが、絶え間ない水音にかき消された。必死に前に足を出したが、激しい水流に阻まれ、いくらも近づけなかった。
 サクヤヒメの体が直下の岩肌にぶつかると思われた、その刹那、川底が大きく二つに割れ、サクヤヒメの体を飲みこんだ。白い影が闇の中に消えてなくなると、またそれは、何事もなかったかのように、ぴたりと閉じた。
 ニニギは、何度も転びそうになりながら、サクヤヒメが消えた場所にたどり着いた。ささくれだったような黒い岩を、叫びながら何回も叩いたが、岩は二度とその口を開くことはなかった。
『八尺瓊勾玉よ。サクヤヒメを呼び戻してくれ。お前が神のつくった宝なら、今こそその力をみせてくれ』
 ニニギは涙を流しながら、川の中に半身を浸したまま、八尺瓊勾玉を宙に掲げ、祈った。サクヤヒメに教えられたままに、八尺瓊勾玉を水に浸し、また、振ってみる。赤い玉は空気と水に触れ、奔流の音と共鳴して、不思議な音色を奏で始めた。音の輪がニニギを、辺りを包む。ニニギは期待をこめ、長い間待った。
 どれくらいの時が経っただろう。森はすでに暗闇の中に沈んでいた。
 ふとニニギは、足もとの岩が震えるのを感じた。ニニギは、わずかな星明りの中、必死で川底に目を凝らした。サクヤヒメの姿が、今にもどこかに現れるかという気がして。
 急に地の底からどうんという、宙に湧き上がるような振動が起き、山全体をぐらぐらと揺り動かした。ニニギは、異変を感じて、目を上げ、息を呑んだ。
『おお。山が、山が火を噴いておる……』
 真っ暗な空の中に、真っ赤な舌のような炎を噴き出して、火の山の火口が、思いのほかすぐ近くに浮かび上がっていた。
ニニギが、呆然と火の山を見つめている間にも、次第に地面の振動は大きくなり、やがて大気を震わすような爆音とともに、真っ赤に焼けた岩がいくつも火口から吹き出し、天高く舞い上がり、そして、まるで子供の毬遊びのように気まぐれにあちこちに落ちた。巨大な岩が地に落ちる度に、地が割れそうな衝撃が山肌を走った。
                         ◎◎
 火の山のふもとの国、クマソでは、人々が恐慌をきたしていた。
『ウズメ! ニニギ様は、まだ帰って来られぬのか!』
 人間との戦いなら、けしてあとにはひかないイシコも、初めて見る山の噴火に対しては、どうしてよいのか分からなかった。それは、同じ部族出身のウズメも同じだった。故郷の平原には火を噴く山などなかったのだ。乗っている馬も動揺し、落ちつかなげに小さな輪を描いている。
『イシコ! あれを!』
 ウズメが、震える指で東をさした。
『何ということだ……』
 イシコも、青ざめた。火の山から噴き出した燃える石が、ふもとの森に落ち、木々が燃え始めていた。折り悪く、宵から強い風が出てきていた。ちょうど山からクマソに向かって吹き下ろすような、北東の風だった。
『森は今、乾いている。どんどん燃え広がるぞ』
『イシコ様、ウズメ様』
 昼間、ウズメとニニギに、サクヤヒメの報告をした兵士が駆けよってきた。
『村人たちが不安がっております。どげんしたらよかとでしょうか』
『騒ぎが起きないよう、兵を村に配備しておけ』
 イシコが命じた。
『はあ。それは、わたしどもクマソ出身の者たちで、なだめておりますが……。しかし、火の山がお怒りになったのは、よそ者を国に入れたからだ、などと言う者も出てきておりまして、兵たちの中にも動揺する者もおる始末でして』
『何だと? よそ者というのは、我らのことか?』
『イシコ、ウズメ。村の者と兵士たちを、城の前の広場に集めろ』
『ニニギ様!』
 ニニギが、いつの間にか二人の後ろから現れていた。サリフに乗り、八尺瓊勾玉を首にかけている。ニニギがクマソの兵に声をかけた。
『お前の名は何という?』
 歩兵は、地面に平伏しながら、大声で答えた。
『クメ、と申しまする』
『クメ。あの、北側に見える丘の向こうは、どうなっておる』
『はっ。少し上ったあとは、若干の谷地になっておりまして、沼や小川がたくさんございます。アシやガマばかり生えている湿っぽい場所でございます』
『北は風上だ。村の者は、兵に守らせながら、その地へ避難させる。荷物は持たせるな。足が遅くなる。クメとやら、村の者全員をできるだけ早く広場に集めるのだ。ウズメとイシコは、同じように馬と兵を集めよ』
『かしこまりました』
 ニニギの指示を受け、三人は安心したように動き始めた。
 四半刻後、クマソの民全員が、城の前の広場に集められた。山の火は風の勢いにのり、着実に村に近づきつつあった。その赤い線は、まるでなにものかの触手のようにいくすじにも分かれ、じわりじわりとクマソのほうへ伸びてきていた。
 月のない夜だったが、広場は兵の持つたいまつと、森の火からの照り返しで、ぼんやりと赤く明るく、集められた人々の不安そうな顔を闇の中に浮かび上がらせていた。
 ニニギは、床の高い城の上から、大声で広場の人々に向け、話した。
『クマソに住まうすべての者たちよ。よく聞け。
我は、あの高き天のほど近くにある広く平らな原より、すべてのものを統べたもう神の命を受け、この地を治めるよう使わされたものである。それは、この地の不浄を払い、この国をさらに豊かにし、この国に住まう民に平穏と幸を与えんがためである。
 この国が大いなる天の神より嘉された国となるためには、古き血を断ち、長年の間にたまった穢れをとり除いて、新しく強い力を呼びこまねばならぬ。
 そこでまず、我は、古き血であるサルタヒコを、我が太刀で斬った。またもう一つの古き血である巫女のサクヤヒメは、この国の生まれ変わりのため、先ほど自ら水の神にその身を捧げた』
 村人たちがざわめいた。イシコとウズメは、そっと互いの目を見合わせた。
 ニニギは八尺瓊勾玉を高く掲げた。八尺瓊勾玉は山の火よりも赤く煌煌と輝いている。
『見よ。サクヤヒメは八尺瓊勾玉を我に託し、古き神を鎮めるため、自身を神への生贄としたのだ。これにより古き神の力はほぼ我が手の内に収められ、我がもつ新しく強い神の力と一つとなった。
 そして、今、このように山が火を噴き始めたのは、まさにこの国の古き神が、新しき神に抵抗せんと、最後の戦いを我に挑まんとしているのである。
 しかし我はお前たち民草を、神の戦いに巻きこむことは好まぬ。
 わが兵たちが、お前たちを守り、火の来ない安全な地へ連れてゆこう。足の不自由な者、幼き者、身重な者などは、馬に乗れ。
 我が力が、古き神を倒し、この地を神の御国に変えるまで、北の芦原にて待つがよい』
 そうして、ニニギは、兵たちに目くばせをした。事前にイシコたちに指示を受けていた兵たちは、てきぱきと村人たちを北への道へ誘導する。村人たちは素直に従った。ニニギの迷いのない自信の満ちた声と、兵たちの具体的な行動に、不安が消え去ったようだった。
 広場がからになると、兵たちを指示していたイシコとウズメが、城にいるニニギのもとに戻って来た。風はますます強くなり、生木の燃える嫌な臭いが風下のクマソの村にまで漂うようになってきていた。
『ニニギ様。全員、村を出ました』
『うむ』
 ニニギは、剣の柄を床に立てて持ち、じっと火の山を見つめていた。山の頂上には相変わらず、赤い炎がゆらゆらと燃えている。
『ニニギ様。ニニギ様もお早くお逃げ下さい』
 イシコは、焦りを隠せなかった。思ったよりも火脚が速い。
『俺は、ここを動かぬ』
『何とおっしゃられます?』
 ニニギは、口をゆがめた。
『先ほど、みなに言ったとおりだ。ここで神が逃げては、神の国が完成しないではないか』
 ウズメが、ニニギの袖をつかまんばかりに、つめよった。
『ニニギ様。先ほどのニニギ様のお話で、国中に混乱を起こすことなく、みなを避難させることができました。しかし、ここでニニギ様が火に巻きこまれては、もとも子もありません。民の目につかぬ場所などいくらでもございます。さあ、私たちがお守りいたします。ひとまずこの国を出るのです。火は何日かすれば収まりましょう。人と馬さえ無事であれば、国など、そのあとにいくらでも作れます』
 ニニギは、ウズメとイシコをちらりと見ると、また宙へ目を戻した。
『お前たちは、おれの話を作りごとと思っているのか』
『えっ』
 ウズメは、思わずイシコの表情を盗み見た。イシコも戸惑ったような顔をしている。ニニギは、淡々と話した。
『俺はこの国にたどり着く前に、本当に神に会ったのだ。そして、その神の導きでクマソを見出すことができ、八尺瓊勾玉を手に入れることができた。サクヤヒメが自ら入水したことも本当だ。その直後、山が火を噴き始めた。これをお前たちは、何とみる?』
『さあ……』
 武人の二人は、どうにも言葉を知らなかった。
『もし、この国の山の火により、俺が簡単に死んでしまうなら、俺はこの国にとってその程度の存在だったということだ。しかし、俺が夢で神にいわれたとおり、神に選ばれた、大いなる役割をもつものだというのなら、この国は俺を滅ぼすはずはない。俺は、それをみ極めたいのだ』
 そうして、ニニギは、じろりと二人の部下を見た。
『分かったら、早くここを去れ。これは、俺とこの国の神どもとの戦いだ。お前たちは邪魔だ』
 口々に反対しようとするイシコとウズメに向かって、ニニギは剣をさっと抜き、その刃を向けた。
『俺の邪魔をする奴は、たとえお前たちでも、斬る』
 イシコは、ニニギの燃えるような目を見て、悟った。
《ニニギ様は、本気だ》
 そして、ウズメをうながした。
『分かりました。さあ、ウズメ、ここを去ろう』
『何を言うか、イシコ。ニニギ様をこのまま置いてゆくのか』
 イシコは、無理やりウズメをニニギのそばから引き離し、城の階段を下りながら、言った。
『聞いただろう。我らは邪魔なのだ』
『馬鹿な。今の世迷いごとを本気にする気か、イシコ』
『世迷いごとといえば、故郷を出て、神の国を探しに行くというニニギ様について行こうと決めたことこそ、そもそも世迷いごとよ』
『…………』
 二人は、それぞれ駆けよってきた愛馬の上にまたがりながら、お互いを見つめた。
『ウズメ。ニニギ様は、あの乾いた大地から、この新しき地へ我らを導いてくださった。それが本当に神の御心によるものなのか、我ら凡人には一生分からぬことよ。我らにできることといえば、戦うこと、そして、互いを信じることのみ。我らは、ニニギ様のお言葉を信じ、ここまで来た。であれば、最後までニニギ様のお言葉を信じようではないか。ニニギ様の思うとおりにさせてさし上げようではないか。ニニギ様は、幼きころより、我らのために働いてきてくださったのだ。我らがニニギ様を信じなくて、どうするのだ?』
 ウズメは目をしばたたかせた。そして、黙って馬に一鞭くれた。青毛の馬は、待っていたかのように、さっと風上へ走り出した。イシコの栗毛もすぐあとから続いた。
                         ◎◎
 ニニギは、二つの馬の蹄の音が遠く消えていくのを確認すると、どさりと床にあぐらをかき、座った。そして、階段下を見下ろす。自分の馬と目が合った。
『サリフ。お前もここを出ていっていいぞ。お前にも、サクヤヒメと同じように自由をやろう』
 サリフは、怒ったようにいななくと、蹄で深く地面をかき、胸をそらせた。
『ふふ、怒ったか。よい。去るも去らぬも、お前の自由だ』
 そうして、ニニギは、赤く燃える山にまた目をやった。森の火は、徐々にその面積を増やしつつ、着実にふもとに降りてきている。それはまさに、山の神から命ぜられて進軍を続ける火の兵隊たちのように見えた。
 ニニギは、ふと気がついて、民に高く掲げてみせた八尺瓊勾玉を首からはずし、床に置いた。これをもっていたサクヤヒメは、ニニギの知らない遠い世界へいってしまった。
 ニニギには、どうしても知りたいことがあった。それを知るまでは、ここを動けないと思った。
《サクヤヒメ。お前の願いとは、何だったのだ》
 ニニギは、サクヤヒメの最後を、何度も何度も思い浮かべた。
《お前が命を賭して叶えたかった願いは、俺を滅ぼすことなのか。この国はもう、俺を必要としていないのか》
 そして、迫りくる山の火を見上げる。
《来るなら来い。俺は何ものも恐れぬ》
 ニニギの目にも、いつの間にか山の火が乗り移ったかのような炎が燃えたっていた。それは、闇の中に揺らめく溶岩の火にも似た、暗き炎だった。
                         ◎◎
 その時、風が変わった。◎◎◎◎

二 『課題』
(二分の一)
                         ◎◎
 上木美子(かみき みこ)は、何だか生暖かい風を感じて、目を覚ました。布団に入ったまま、真っ直ぐ上を見る。見慣れた天井だ。
 宮城県仙台市躑躅岡(つつじがおか)にある神社、躑躅岡天満宮上社内の一棟。これが美子の今の住まいだ。宿舎と呼ばれるこの建物に住んでから、一年と少しになる。美子は、ここから自転車で十分程度の場所にある萩英(しゅうえい)学園高校に通う、高校二年生だ。両親はすでに亡くなって二人ともいない。
 こうして自分の現状を心の中で反すうしてみたのは、ひどく長い夢をみていて、まだ現実にきちんと戻ってきていないような気がしていたからだ。そのくせ、今さっきまで入りこんでいた夢の内容は、少しも覚えていない。最後に暖かい風を感じことだけが、かろうじて記憶の隅に引っ掛かっていた。
(風。暖かくて強い風……)
 一生懸命に夢の内容を思い出そうとして、ふと横を向くと、すぐわきに、美子に鼻を押しつけるようにして眠っている一匹の霊孤が目に入った。
(ん? なあんだ。暖かい風っていうのは、ふーちゃんの息だったのかな)
 そうして美子は、『ふーちゃん』と名づけた霊孤に、彼と同じように鼻をこすりつけてから抱きしめた。ふーちゃんは眠そうにしながらも、美子の頬を少し舐めて返事をした。温かく柔らかい舌触りを感じた。しかし、ふーちゃんは動物ではなく精霊なので、その舌は、犬や猫のそれとは違い、湿っぽくなく、ふんわりとした陽だまりのような温かさである。美しい金色の毛皮はふわふわと柔らかく、光の線を集めたように繊細に輝いている。大きくてぴんと立った耳と、ほっそりとした四肢、そしてたっぷりと太い尻尾、これらの先っぽだけが、墨にちょっと浸したように、ほんのり黒い。
 美子が自分の実家の敷地内で、ふーちゃんを最初に見つけた時には、手のひらに乗るくらいの大きさだったが、今では小型犬ほどに成長していた。しかし、大きさは変わっても、美子とふーちゃんとの間柄は変わらない。初めて会った時から、ふーちゃんは美子にとって一番大事な存在だったし、片時も離れることはない。寝るときも、こうして一緒だ。
 美子は、枕もとの時計を見た。もうすぐ六時半だ。そろそろ学校に行く準備をしたほうがいい。美子は、愛情をこめて、ふーちゃんにキスをすると、布団から起き上がった。
 ふーちゃんは、美子の姿を、片目を開けて一度確認したあと、また眠りについた。ふーちゃんは夜行性らしく、朝は苦手のようなのである。
 美子は、くすりと笑うと、ふーちゃんをおいて、寝室を出た。
                         ◎◎
 身支度を整えたあと、美子は西向きのリビングに入った。
 布団を片づけられたふーちゃんは、仕方なさげに、リビングの隅で丸くなっている。ふーちゃんは、美子と一緒に学校にもついてくるが、その姿は美子以外には誰も見ることができない。ふーちゃんがもっと小さかったころは、美子はふーちゃんを携帯電話のストラップ代わりにしていた。そのときは、友人たちにも(単なる金色の毛の塊として、だが)ふーちゃんの姿は見えていたが、今ではまったく見られることはなくなっていた。とはいえ、将来、バイオリニストを目ざしている美子の親友の一人、田中麻里は感性も敏感らしく、ときおり、『今、なにか通りすぎなかった?』と訊くこともあるのだが。
 躑躅岡天満宮の宮司、土居龍一(つちい りゅういち)によれば、霊獣は、その霊格が高くなればなるほど、普通の人間には、その姿は見えにくくなるという。そうすると、美子は『普通の人間』ではないということになる。
 美子は、リビングボードの上に置いた、ひと振りの短刀を鞘からすらりと抜いて、その冷たいほどに銀色に輝く刀身を眺めながら、思った。
(確かに、あたしは『普通の学生』では、ないよね)
 『飛月(ひつき)』と呼ばれるこの刀は、怨霊や悪霊を祓う強い霊力をもつ霊刀だ。美子は、躑躅岡天満宮に来て間もなく、この飛月の護持者となった。
 美子は、一度だけだが、この飛月を使って、退魔を経験したことがある。それは、ほかならぬ美子自身の父、上木祥蔵の死の原因となった怨霊を祓う、というものだった。
 祥蔵は、表向きは大工をなりわいとしており、美子も中学を卒業するまでは、それを信じて疑わなかった。しかし、父が死んだあと、土居龍一が、美子に祥蔵の本当の仕事を教えてくれたのだった。上木家は、東北に五つある『守護家』という、霊力によって東北の霊場を護る役目を何百年にもわたり務めてきた家柄の一つで、祥蔵は、守護家の当主『守護者』と呼ばれる者であったということ。すべての守護家の上に立つのが、『土居家』であり、土居家の当主『守護主(しゅごぬし)』であること。そして、現在の守護主が、土居龍一なのだった。
 土居龍一は、天涯孤独となった美子を、上木家のあった宮城県遠田郡涌谷町から、自分が宮司を務める、ここ躑躅岡天満宮につれて来て、敷地内にある建物の一つを住居として提供した。美子がそれまで住んでいた上木家の自宅は、突如開いた巨大な穴の中に飲みこまれて、なくなってしまったからだ。美子が、今、萩英学園高校に通っているのも、土居龍一がその理事長をしている関係からである。
(といっても、あたしは、龍一ほどは変わっていないと思うけどね)
 美子は、一年前に龍一がしたように、飛月の刀身をかえしつつ、じっくりと眺める。
 龍一は、今年二十六歳になる。幼いころから霊力に優れていた龍一は、それをみこまれて、将来土居家の跡を継ぐために、子供のいなかった土居家先代の第三十八代目の当主、土居菖之進(つちい しょうのしん)に養子として迎えられたという。
 もともと龍一は、孤児だった。但し、これは京都の菊水可南子(きくすい かなこ)からそっと聞かされたことで、美子は知らないということになっているのだけれど。
 孤児といえば、美子だって孤児には違いない。美子は、肌身離さず首からかけている赤い石をそっとさわった。美子の母、咲子は、十五年前に亡くなっている。真珠のような不思議な輝きをもつ赤い石は、母の唯一の形見だった。美子は、祥蔵からずっと、咲子は交通事故で亡くなったと聞かされてきていたが、今では違うことを知っている。
 美子は、一年前の、あの霧の夜を鮮明に覚えている。大切な人を連れ去ったものを見た夜、大切な人を二度目に失った夜、そして大切な人を失いそうになった夜のことを。
 美子は、赤い石に、そっと口づけをした。あの夜を思い出すと、なにかに心から祈りたくなるのだ。恐れと感謝の気持ちで心がいっぱいになるせいだ。
 それから美子は、飛月を両手で持って北を向き構えると、静かに秘文を唱え始めた。
「謹而奉勧請(つつしみてかんじょうしたてまつる)
 御社(みやしろ)なき磐境(このところ)へ 降臨鎮座し給ひて
 神祇(じんぎ)の祓 可寿可寿(かずかず)を 平(たいら)けく 康(やす)らけく 聞食(きこしめ)て
 願ふ所 感応納受なし給へと
 誠恐誠惶降烈来座(せいきょうせいこうこうれつらいざ) 敬白(うやまってもうす) 大哉(おおいなるかな) 賢哉(けんなるかな) 乾元享利貞(けんげんこうりてい) 如律令(りつりょうのごとし)」
 この『降来要文(こうらいのようもん)』は、美子が知っている四つの秘文の中の一つだ。美子は、毎朝、飛月を持ち、秘文を一つ唱えることにしていた。特に誰に言われているわけでもない。ただ、いざ、怨霊を祓う退魔などに秘文を使うとなれば、常日ごろの練習が欠かせないことを、知っていたからである。
 ところで、このいざ、というときがいったい、いつになったら訪れてくれるのかということだが、それに関しては、まったくの龍一任せであるのだった。
 これらの秘文を教えてくれ、美子が属する上木家の上にたつ龍一は、どうも美子が退魔に関わることをこころよく思っていないようだった。祓いや霊視などに必要な秘文も、一年前に四つ教えてくれたきりで、美子がもっと秘文の種類を覚えて、退魔修業をしたいと言っても、何やかにやと理由をつけては、それを避けていた。そんなわけで、祥蔵が生きていたころは、土居家の指示のもと上木家によってひんぱんになされていた、飛月を使った退魔も、今やまったくおこなわれなくなっていた。美子は、それが不満だった。それを龍一に訴えると、龍一は『まだ、早い』と言うのだった。
『美子は、まだ高校生だ。学生は、学生らしくしていろよ』
『そりゃ、あたしはまだ高校生だけど、お父さんがいない今、上木家の唯一の人間で、飛月の護持者でもあるのよ。少しは退魔のことも教えてくれたって、いいじゃない』
 龍一は、じろりと美子を見た。こうなると、龍一は誰よりも頑固だった。
『そうだな。確かに美子は飛月の護持者だよ。しかし、まだ上木家の当主になったわけでも、ましてや守護者≠ナもない。それには、守護主=Aつまり私の承認が必要だからね。そして、残念ながら、まだそれは得られていないんだ。私は、成人にもなっていないような人間に、守護者を名のらせるつもりはない。だから、今の君の身分は、あくまで単なる学生なんだ。学生に退魔なんて危険なことをさせるわけにはいかないね』
 美子は、むっとして言い返した。
『龍一だって、十八歳から守護主≠セったじゃないの。十八歳だって、未成年よ』
『それと、これとは別だよ』
《どこが別なのよ》
と、美子は言いたかったが、ぐっとこらえた。そして、その代わりに龍一には黙って、毎朝秘文の練習をしているのだった。
(今に、龍一にあたしの力を認めさせてやるんだから)
 四つの秘文のどれを唱えるかは、その日の直感で選ぶことにしている。四つのうち、三つまでが祓詞(はらへのことば)で、退魔で使う頻度も多いと聞いているので、美子も自然とそれらを選ぶことが多いのだが、今朝は何故か『降来要文』が頭に浮かんだのだった。龍一は、これを『神の魂に訴えかけるときに唱えるもの』と説明した。美子は、この秘文が実際にどのように使われるのか、よく知らなかった。
(龍一は、降来要文を使って、神様と話したことがあるのかしら)
 秘文を覚えて、唱えることは比較的簡単だ。しかし、いつ、何を、どのように使うかを判断するのは、難しい。しかも、 美子は、実戦では、まだたった一つの秘文しか使ったことがないのだ。その際も、秘文の唱えかたやそのタイミングなどを、すべて龍一がこと細かに指示してもらい、さらに大きな力を飛月におろしてもらって、ようやく退魔を成し遂げたのである。だから、秘文を一生懸命練習しているからといって、美子は、『日本で一、二を争う霊能力者』といわれている龍一に並ぼうなどと思っているわけでは、けしてない。
 ただ、龍一に認めてもらいたい、 そんな一心から、だけなのだった。
 美子は、飛月をそっと鞘の中に納めて、もとの場所に戻した。
 そして、マーマレードを塗ったトーストと、紅茶という簡単な朝食をとる。いつものようにリビングのガラス戸から外へ出るときには、紺色のブレザーの制服を着て学生かばんを持った、どこから見ても普通の高校生の姿となっていた。
 美子は、上着のポケットから携帯電話をとり出し、時間を確認した。七時四十五分。いつものとおりだ。去年、躑躅岡天満宮に来てからもらった携帯電話は、ふーちゃんとそっくりな色あいの金と黒。今、美子はこれに、金色の毛でできたストラップをつけていた。ちょうどふーちゃんが丸くなって携帯電話に尻尾をからませ、くっついていたときと同じように。だから、学校の友人たちは、ストラップが変わったとは気がついていない。
 それで、親友の一人、結城アカネからは、よくからわれる。
『まだ、そんなダサいストラップをつけているの?』
 そういうアカネは、携帯電話やストラップを、しょっちゅう変えている。流行りもの好きで、好奇心旺盛な女の子だ。
「じゃあ、ふーちゃん。行くよ」
 美子は、リビングのガラス戸を閉めながら、言った。ふーちゃんはあくびを一つしたあと、素早い動きで、ガラス戸が閉まる前にさっとすり抜けた。
 外は煙るような白い雨がしとしとと降っている。美子は傘を広げた。足もとの白い玉砂利が、さりさりと鳴った。
 鳥居をくぐる前に一度振り返って上社全体を見渡す。これは、毎日する、美子の癖のようなものだった。
 この時間はいつもそうであるように、上社は、誰もいないかのごとく、しんとしている。天満宮の庭師である築山四郎はまだ来ていない。しかし、北の一番奥まった部分にある本殿には、『竜泉(りょうせん)』と呼ばれる霊泉が今も休みなく湧き出でているはずだ。
 竜泉は、土居家の当主が毎晩、東北の霊場視をおこなう際に使う霊泉であり、土居家が六百年にわたり守り続けてきたという、天満宮でもっとも大事な霊宝である。竜泉がある本殿内には、土居家の当主しか入ることができないため、美子もまだ竜泉を見たことはない。
 また、本殿と渡り廊下でつながっている、北東にある黒い板葺き屋根の建物は、宮司舎で、ここが龍一の住まい兼執務室になっている。この時間の宮司舎は、ほとんどいつも雨戸が固く閉められている。夜中から明け方まで霊場視をしている龍一は、午前中はずっと休んでいるからだ。
 いつもの上社の様子を見てとったあと、美子は鳥居をくぐり、石段を下り始めた。
 石段を下りきったところには赤く塗られた大きな木の扉があり、そこを開けると、下社の境内で、大きな拝殿の裏手に出ることになる。
 拝殿は一般客が参拝するための建物で、賽銭箱や太い麻縄でぶらさげられている大きな鈴、絵馬が飾られているあたり、普通の神社と何ら変わるところがない。躑躅岡天満宮は梅の名所としても知られており、観光客も多い。また祭神の菅原道真は学問の神様というので、受験生の合格祈願の対象としても人気だ。
 仙台駅から徒歩圏内の躑躅岡天満宮は、市民の身近な神社として親しまれているのだった。
 実際、天満宮の上社と下社は、雰囲気もがらりと変わり、同じ神社とは思えないほどだ。
 上社には真っ白な玉砂利が一面に敷きつめられ、建物も簡素で、周りを鎮守の森が囲んでいるほかは、桜の古木が一本植えられているだけである。全体を静けさが支配しており、『神さびた』という表現がぴったりに思える。
 しかし一歩上社の鳥居を出ると、下社への石段、下社境内、そしてその下にさらに続く石段沿いに、ずらりと梅の木が植えられ、開花の時期を問わず、夜には灯篭が点って華やかで美しい景観を誇示している。
 下社は、その景観に惹かれてやって来る人々も含め、常に賑やかな雰囲気をもっているのだった。
 美子は、拝殿をとり囲む瑞垣の一角から、先ほどの石段の下にあったのと同じような赤い扉を開け、駐車場に出た。この駐車場の扉と、上社へ通じる扉は、一般の人には開けることはできないので、躑躅岡天満宮に上社があるということ自体、知らない人が多い。
 上社へ入ることができるのは、龍一、美子、築山以外は、許された客のみで、それはたいがい、龍一に霊視をしてもらうために訪れる依頼者である。
 美子は、駐車場に置かれた自分の自転車のほうをちょっと見た。雨やホコリを避けるためのカバーがかけられている。梅雨入りしてからは、ずっと乗っていない。
 美子自身は、雨が降ろうと、雪が降ろうと、傘を片手に自転車通学をしようと思っていたのだが、それを龍一や築山に反対され、やむなく断念したという経緯がある。
 まず、築山が言った。
『ただでさえ、滑りやすくなっている路面の上を、片手で運転するなんて、とんでもありませんよ』
『でも、みんなやっていますし、あたしも涌谷にいたころはよくそうしていましたから、大丈夫ですよ。それにかばんも重たいし、徒歩だと大変なんです』
『朝の通学路は混みあいますからね。涌谷の道とは違います。それにかばんが重いなら、ふらついてなおさら危険です』
『じゃあ、傘をささずに雨合羽を着て行くというのは、どうです?』
 美子は、仕方なく妥協案を出した。しかし、それにも築山はいい顔をしなかった。
『視界が狭くなりますから、おすすめできませんね。龍一様に訊いてごらんなさい』
 そこで美子は、たいして期待もせず、龍一に訊いてみた。
『龍一。自転車で通ってもいいでしょ?』
 龍一は、素っ気なく答えた。
『横着しないで、雨の日くらい歩いて行けばいいじゃないか』
『でも、遅刻しちゃうよ』
『少し早く出ればいいだろう』
『なかなか、そうもいかないのよ』
 龍一は、肩をすくめた。これは、もう議論は終わり≠ニいう合図である。
『多少学校に遅れたって、何も死ぬわけじゃないんだ。私は築山の意見に賛成だね』
 これで美子は引き下がるしかなかった。そばで築山が、我が意を得たりとうなずく。そもそも美子の自転車は、去年、築山が誕生祝いとして贈ったものだ。築山にしてみれば、その自転車で美子に万が一のことがあっては大変だという気持ちもある。
 龍一も築山も、自分の身を心配してくれていることが分かるので、美子もそれ以来はおとなしくいうことをきいて、天気の悪い日は徒歩通学にしているのだった。
 美子の自転車のほか、駐車場に停められているのは、今のところ黒のBMW一台きりだ。これは龍一の車である。雨に濡れてつやつやと鏡のようになっている車体のわきを通りすぎる。
「ふーちゃんは、雨に関係なくていいよね……」
 美子は、そばのふーちゃんに話しかけた。ふーちゃんのふわふわした金色の毛は、雨の中でも少しも濡れたりすることなく、かえってその美しさがあらわになるようだった。ふーちゃんは美子の前や後ろを飛び跳ねて歩きながら、気の毒そうに、美子の持つ傘と重そうなかばんを見上げた。
 そこへ、エンジン音が近づいてきて、緑色のジープが駐車場へ入って来た。窓を開け、築山が顔をのぞかせた。
「築山さん。今日は少し早いですね」
 築山の出勤時間は八時だ。
 築山は、いつもの愛想のよい顔で、美子に笑いかけた。
「早いというほどでもないですよ。美子様こそ大丈夫ですか。よろしければ、学校まで送っていきますが」
「大丈夫です。八時十五分までに門をくぐればいいんですから」
 美子は、築山に会釈をすると、駐車場をあとにした。
 ツツジの花が雨にうたれて、しんなりとしている。えぐいほどに強いその蜜の匂いも、雨とともに重く沈澱していた。
 天満宮の丘を出ると、美子は、少し歩調を速めた。確かに八時十五分前に学校の門をくぐれば、遅刻にならないことになっている。八時十五分かっきりに門が閉められてしまうのだから、遅刻者は一目瞭然だ。間に合わなかった生徒は、当番の教師が開ける通用門から入るのだが、そのあと、名前とクラスをチェックされる間、全校生徒の視線の下、しばらく中庭で居たたまれない時をすごさなくてはならない。
 龍一の言うとおり、遅刻したくらいで死にはしないが、かなりばつの悪いものであることは間違いない。
                         ◎◎
 始業ベルの十分前、二年三組と表示された教室に入ると、中は制服の湿っぽい匂いでいっぱいだった。
 美子は、窓際の席につき、ほっと息をついた。
「おっはよ!」
 美子の肩を勢いよく叩いて挨拶をしたのは、結城アカネだ。
「おはよう、アカネ。あ、麻里も、おはよう」
「おはよう、二人とも」
 麻里がいつもの涼しげな顔で、美子の隣の席に着く。アカネは、美子の後ろの席にそのまま座った。二年生になってから、決まった席順というものはなくなっていたので、生徒は自由に好きなところに座っていいことになっていたが、おのずと、定位置というものはでき上がっている。
 萩英学園高校は、少人数制と男女別々のクラス編成が特徴だ。一学年に男子、女子のクラスが二つずつしかない。一組と二組は男子、三組と四組は女子で、三年間組替えはされないことになっている。
 とはいえ、一年生のうちはすべてクラス単位でおこなわれていた授業も、二年生以上になると八割以上が選択科目となるため、自然とほかのクラスの生徒と一緒に受ける機会が多くなる。逆に、同じクラスの生徒同士でも、必ず顔を合わせるのは朝のホームルームと一部の必修科目だけになっていた。
 ホームルーム前のざわついた教室の中で、美子とアカネと麻里は、短い時間を惜しむように、頭をよせ合うようにして話をした。
「美子。あんた、次は何の授業?」
 アカネが自分の時間割表をにらみながら、美子に訊いた。美子は携帯電話を開いてスケジュールを確認した。
「日本史。教室はここだから、移動しなくてもいいわ」
「あたしは英会話だから、視聴覚室に移らなきゃ。あそこ、遠いんだよね。麻里は?」
 麻里は、何も見ずに、すらすらと答えた。
「今日は、午前中は、数U、物理、英Uで、午後は、数Bとコンピュータ理論よ」
 アカネが、のけぞった。
「げげ。何、その理系のオンパレードは。最悪じゃない」
 麻里がにっこりとした。
「最高よ。だって、何も考えなくていいんだもの」
「えっ。どういうこと?」
「私、ともすれば、バイオリンのことばかり考えちゃうの。今だって譜面が頭に思い浮かんできて、昨日うまくできなかったところを早く練習しなくちゃ、何てことばかり考えているから、ちっとも落ち着かないのよ。でも、数学の問題を解いているときには、何にも考えずにいられるから、すごく楽なの。だから、理数系の科目ばかりとっているのよ」
「へえ。あたしには、ちょっと理解できないけどね。でも、あたしたち、全然選択科目が合わないよね。今日だって、必修の英Uだけしか一緒にならないじゃない。美子は、歴史と国語系ばっかり。国語の教師にでもなる気なの?」
 美子は、首を振った。
「別に。ただ、興味がある授業をとってみたら、こうなっちゃっただけ。試験の点数もほかの科目よりはましだし」
 美子は、将来、自分がどんな職業についているかなど、まったく想像がつかなかった。
(守護者って、やっぱり職業じゃないよね。上木には神社の宮司っていう家業もないし)
 麻里が、アカネの時間割表をのぞいて、言った。
「アカネの選択科目が一番分からないわよ。あんた、いったい何になりたいの」
 美子も、アカネの時間割を見て、ちょっと笑った。今日のアカネの授業は、英会話、政経、英U、簿記、音楽史である。
「興味の方向がてんでバラバラじゃない」
 アカネは、きっぱりとした口調で答える。
「中身はバラバラでも、目的ははっきりしているんだよ」
「目的って、何?」
「麻里と一緒よ。なるだけ、楽な科目ってこと。あたし、事前に全部調べたんだから。英会話は宿題もほとんどないし、何といっても先生のマイクが超かっこよくて面白いの。政経はテストが簡単で有名。簿記は出席すれば単位をくれるって。まあ、簿記検定を受けようとする人は大変だけどね。音楽史は、ほとんどの時間、クラシックを聴いているだけだし」
 美子は、半分呆れて、言った。
「はあ。確かに一貫してはいるねえ」
 麻里も苦笑いする。
「そうね。それにしても、アカネのリサーチ力には、毎度のことながら、呆れる、ううん、感心するわ。案外、そういう職業に向いているんじゃない?」
「そういう職業って、どういうの? スパイとか?」
 と、アカネが訊いたので、美子と麻里は爆笑した。麻里が涙をふきながら、言った。
「私は、マーケティング調査とか、探偵なんかのつもりで言ったんだけど」
 美子も、肩を震わせた。
「いや、スパイだって、リサーチ力は必要だよ。でも、スパイってどうやって就職活動するんだろ。そもそも日本にスパイって、いるのかな」
「さあ。公安調査庁とか内閣調査室というのは聞いたことがあるけれど、スパイといえるかどうか。そうそう、それこそアカネに調べてもらえばいいんじゃない?」
「ちょっと。二人とも、あたしを馬鹿にしているでしょ」
「あはは。ばれた?」
 三人で笑っているうちに、担任教師が教室に入って来て、ホームルームが始まった。
 教師が、クラス全員に資料を配る。
「おはようございます、みなさん。さて、今お配りしているのは、来月に行く修学旅行の資料です。よく確認してください」
 生徒たちの間に嬉しげな歓声があがる。七月一日から三泊四日でおこなわれる京都への修学旅行は、二年生が楽しみにしている行事のうちの一つだ。
 美子は、旅行の日程表を確認した。しかし、記載されているのは、往復の電車の時刻と、宿泊する旅館名のみで、あとは全部『選択行動』とのみ書かれている。萩英学園らしく、修学旅行で行く場所も、すべて生徒自身が選ぶことになっているのだった。
 担任は、生徒たちのざわめきが収まるのを待ったあと、きびきびと話した。
「以前からお話していましたとおり、修学旅行の予定は、各自で決めていただくことになります。配った資料の中に、スケジュール表のひな形がありますね。今はそこに何も書かれていません。六月二十日までにそこを埋めて、私に提出してください。
 京都は歴史の深い、興味深い場所です。景色もよい場所がたくさんあります。日帰りで行ける場所なら、自由に行き先を決めて構いません。単独行動でも、グループ行動でも結構です。
 修学旅行の結果は、課題として、夏休み前までに出していただくことになります。基本は論文形式ですが、たとえば京都の景色を絵にするなどの方法でも構いません。写真などの資料をつけるのもよいですね。この課題は必修ですから、単位を落とした方は、来年、下級生と一緒にまた修学旅行に行っていただくことになりますよ。
 ポイントはテーマを決めることと、下調べを充分にしていくことです。行く前に図書館を利用したり、詳しい先生にお訊きしていくのもいいでしょう。ただし、あくまで旅行先での実地調査の結果発表がメインであることをお忘れなく。過去には、京都を舞台とした短編小説を書いて提出した先輩もおりましたよ。色々ご自分で工夫して、楽しく、充実した修学旅行になるよう、計画してみてください」
 ここで、一時間目の予鈴がなったため、旅行への興奮が冷めないまま、移動が必要な生徒たちは、慌ただしく立ち上がらなくてはならなかった。
「バイ、美子。またあとで」
 そう言って、アカネはダッシュで教室から出て行った。麻里も何冊かの本を持って立ち上がり、美子に手を振ってしばしの別れを告げた。
 麻里に手を振り返したあと、美子は、頬杖をついて修学旅行のことを考えた。
(京都か……)
 去年、出会った菊水可南子のことを思い出す。京都で芸妓(げいこ)をしている可南子は、美子の大好きな人のうちの一人だ。
(可南子さん、元気にしているかな)
 メールではやりとりをしているが、もう一年以上、会っていない。修学旅行の間に、可南子にも会えるかも知れない。そう考えると、美子はわくわくした。
 空想にふける間もなく、日本史の教師が入って来たので、美子は慌てて教科書をかばんから出した。教室内は、七割以上、顔ぶれが変わっている。日本史を受ける生徒は、男子のほうが多い。上級生も何名かいた。麻里が座っていた美子の隣の席に、大沼翔太がやって来て、
「ここ、いい?」
と訊いたので、美子はうなずいた。翔太は日本史の授業のときには、ほとんどこの席に座る。そして、席に着く前に必ず美子に座ってもいいかどうかを訊ねるので、美子はいつも落ち着かない気分になるのだった。
 日本史の授業が始まった。
 美子は、そっと横目で隣の翔太の顔を窺った。翔太は、授業を真剣に聞いているようだ。隣に座っても、最初の一言以外、翔太が美子に話しかけることはない。かえって自分だけ翔太のことを気にしてしまっているようで、美子は、肩がこるのだった。
 翔太のことを意識するのは、アカネのせいもある。アカネは、入学当初から野球部のスター選手である翔太のファンで、『学校が一緒になったからには、絶対、翔太の彼女になる』と宣言していたくらいだった。
(だけど、最近はあんまり翔太の話を聞かないな)
 美子はそう思ったが、それはアカネと別々の授業が多いため、話す機会が少なくなっているせいかも知れない。
 そんなこんなで、この授業の始まりは、いつも何だか集中できないことが多い。しかし、日本史は好きな授業なので、美子もしばらくすると、翔太の存在が気にならなくなる。
 そういえば、この授業の一番初めに、担当の教師が、
『これから、日本史の授業を始める。教科書は二百五十六ページだ』
と言ったので、美子はびっくりしてしまった。そこは、『現代の日本と世界』という題の最終章だったからだ。
 生徒たちのきょとんとした顔を見て、教師は、にやにやした。
『みんな、あっけにとられているな。予習をしてきた者は、あてが外れて残念だった。
さて、俺の授業は、教科書の後ろから前に進めていく。つまり、時間でいうと、現在から過去にどんどんさかのぼっていく形だ。
 そもそも、歴史を学ぶのは何故だと思う?』
 急にさされた男子生徒は、びくりとして、自信なさげに答えた。
『はい。えーと、教養として必要だからでしょうか』
 教師はうなずいた。
『うん。そうともいえるな。では、何故現代人として、歴史を知っていることが必要な教養になるのか。
数年後、君たちが大人になり、社会に出ていったとき、他の人たちが当然知っているような漢字の読み方や書き方を知らなかったら、仕事をする上でも支障が出て困るだろう。つまり、漢字というのは、他の人間とコミュニケーションをする上で、必要な手段だから、学ぶ必要性があるわけだな。だから、漢字は日本人にとって必要な『教養』だといえる。
 さて、俺たちが今暮らしているこの時代は、最初からこの姿だったわけではない。
 君たちは『バブル景気』という言葉を聞いたことがあると思う。これは、一九八〇年代後半から一九九〇年代前半の日本の好景気のことをいっているんだが、このバブル景気の崩壊によって、日本経済はその後十年以上にわたって停滞し、企業の倒産と再編、リストラ、デフレーション、自己破産の増加などの原因となった。そしてそれは、今の日本の社会構造にも直接的に関係している。
 たとえば『フリーター』という言葉が広まったのはバブル景気のころだが、そのときはあえて正社員として就職せずにアルバイトをしながら夢を追う若者、という肯定的なイメージだった。しかし、バブル崩壊後は、就職氷河期のために非正規雇用者としてしか働くことができない若者が増えて、『フリーター』は社会問題となった。
 またこの時期は、ちょうど『団塊ジュニア』の大学卒業時期にあたっていた。実は、俺もこの『団塊ジュニア』の世代にあたるんだ。当時、俺の周りにも就職できない奴らがたくさんいた。ようやく就職した会社が二、三年後に倒産したなんて話もたくさんあった。銀行や証券会社なんて、それまで潰れないと思われていた大企業がどんどん潰れていった時代なんだ。今でも一九七〇年代生まれに非正規雇用者が多いのは、だからバブルの後遺症といってもいい。
 今もよく使われている『バブル景気』、『フリーター』、『団塊ジュニア』という言葉には、ちょっと話しただけでこれだけの意味や背景をもっている。辞書だけみてもそれは分からない。裏にある歴史を知らなければ、その言葉がもつ本当のニュアンスを知ることはできないんだ。
『教養』を身につけるというのは、他の人との共通言語を身につけるということだ。そういう意味で、お互いが共有している過去、つまり『歴史』を知ることも、大事な教養ということになる。
 ところで君たちは、バウムクーヘンというお菓子を知っているかな? 俺はあの皮を上から一枚一枚はがして食べるのが好きなんだがね。
 実は、俺たちは全員、歴史という巨大なバウムクーヘンの上に立っているともいえるんだよ。このバウムクーヘンがいったいどれだけの厚さがあるのか、下にどんな味の皮があるのかは、下に向かって掘ってみなくちゃ分からんことだ。面白いことにこのバウムクーヘンは、場所によって味が変わったり、層が厚かったりする。掘ってみたら、ずっと昔からおんなじ味が続いていたってこともあるんだ。
 この歴史のバウムクーヘンには、法則がある。第一の層と第二の層との間には必ず因果関係があるという法則だ。時と人間の意識が連続している以上、やっぱり歴史の層にも連続性があるんだよ。
 歴史というのは、どこか遠い星の、俺たちと関係ない宇宙人の物語なんかじゃない。俺たちは、おぎゃあと生まれた時から、否が応でもどこかに属している。家族、地域、国、そして地球という星に。もし現在を知りたかったら、過去を知らなければならない。もし自分を知りたかったら、自分が属しているものを知らなければならない。
 ゴーギャンという画家が描いた絵の題名に『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』というのがある。これは、人間の根源的な問いなんだよ。思春期になってこの問いが心の奥底から浮かんでこない者はいないんじゃないかな?
 みんなが知りたいのは、本当は、『われわれ』じゃなくて、『自分』が『何者』で『どこへ行くのか』なんだ。人間が一番関心をもっているのは、ほかならぬ自分自身だからね。
でも、『自分』を知るためには、『われわれ』も知らなくてはいけないし、『どこへ行くのか』を知るには、『どこから来たのか』も知らなくてはならない。
 歴史を学ぶ一番大きな理由というのは、だから、自分を知るためだと俺は思っているんだ。
 さて、俺の歴史の授業は、時間をさかのぼる形でおこなうと言った。それは、今も言ったとおり、人間が一番関心のあるのは、自分自身だからだ。だから、君たちが居眠りをしないためにも、君たちにもっとも近い位置から授業を進めていく。しかし、現在から一年一年さかのぼっていったのでは、あまりにも分かりにくいので、時間を区切って、つまりバウムクーヘンの層を上から一定の厚さで切りとっていき、その区切りの中の出来事を時系列で追っていく方法とする。
 しかし、歴史は連続しているのだから、どこで時代を切ったとしても、切りとられた時代は前の時代と無関係ではない。だから、教えるほうとしては、ときとして一番前から教えたいという誘惑にかられるがね。でも、歴史の一番前なんて、本当は誰にも分からないのさ。それに、人には、分からない部分があるほうが、より興味を惹かれるという傾向がある。推理小説だって、いきなり殺人事件が起こって、種明かしは一番終わりにあるだろう。君たちも、俺の授業を、推理小説を読むように聞いてもらえれば、嬉しい。
 それから、物理的な時間の速さというのは一定だが、歴史の中の時間の流れ方は、必ずしも一定ではない。歴史的な重要事件は、ある時期に連鎖反応的に重なって起こることが往々にしてあるし、ターニングポイントとなる事件や時期というのがあるものだ。しかし、歴史のターニングポイントをどこにするかというのは、考える人によって違うことが多い。例えば、日本の近代の始まりと終わりをどこにするかなんてことも、人によってバラバラなんだ。
 よって、この授業で、歴史のバウムクーヘンのどの部分で切り目を入れるかは、俺の独断と偏見で決める、ということになる。だから、教科書の章の区切りとも違うところも出てくる。
 歴史というのは、物理や数学のように厳密な学問じゃないんだ。もちろん、基礎となる過去の資料はなるべく詳細で信頼のおけるものを選ぶことが必要だが、資料は資料であって、生の事実でもないし、ましてや絶対的な真実などではない。
君たちが教科書で読むことができるのは、その作者が資料に基づいて事実だろうと考えている推論の積み重ねにすぎないし、俺の授業は、必ず俺の歴史観に影響されている偏見的なものなんだ。
 だから、君たちは俺の授業を受けるときには、必ず疑いの目をもって受けてほしい。いや、世の中に出回っているすべての情報には、必ず嘘や間違いや偏見が含まれている。そこからどれだけより真実に近いものを汲みとることができるか、俺は、その力を君たちに養ってほしいと思っている。
 つまり、歴史を学ぶ効果としては、様々な資料から真実に近づく判断力を身につけるということも、あるわけだ。これは人生の上でもっとも役にたつ能力の一つだよ。
 さあ、ここまでいえば、俺がやりたい授業が、単に年表を君たちの頭につめこむことでないことだけは、分かってもらえたと思う。何年に何が起こったかをただ追っていく、なんて無味乾燥な勉強は、義務教育に任せておけ。俺たちが今からやろうとしているのは、『高等教育』なんだ。
 俺が君たちに学んでほしいのは、人類の共通言語であり、人類が何度も失敗を繰り返しながらも今日まで歩んできた記録であり、主観と偏見に左右されながらも真実に近づこうとする人間の努力の足跡なんだ。これら人類の遺産を学んで、世界を理解する力を身につけていってほしい』
 こんなふうに、日本史の教師は、最初に美子たちに語った。
 そして、今日の授業は、こんな具合に始まった。
「おはよう。さあ、今配ったのは、先週、みんなに出してもらったレポートのクラス全員分だ。『現代日本と世界各国との関係』と題して、テーマを『経済』、『政治』、『文化』の中から選んで書いてもらったものだ。自分のものだけでなく、ほかの人のものも読むと、色々な考え方があると分かって興味深いと思うので、あとでじっくり読んでみてくれ。
 さて、先週で日本の現代史、つまり太平洋戦争終結後の部分は終わった。第二次世界大戦、あるいは太平洋戦争というのは、日本にとって非常に大きな影響を今でも残している。ある意味、戦後と戦前の日本は、まったく別ものといってもいい。同じことは、明治維新後と維新前にもいえる。
 だから俺としては、日本史における現代を太平洋戦争後とし、明治維新後を近代と考えている。
 さらに、近代日本は、一九〇五年の日露戦争終結をもって、前半と後半に分けられると考える。
 戦後に生まれ、現代に生きる俺たちがよく疑問に思うことは、なぜ日本は太平洋戦争を引き起こしてしまったのか、ということだ。
 一九四一年一二月一日の御前会議で、最終的に開戦が決定されたわけだが、この開戦決定の直接的な出発点は、一九三一年の満州事変だった。
 満州事変とは、日本陸軍の一部である関東軍が独断で中国東北部、日本が満州と呼ぶ地域の占領を始めた事件だが、結局日本政府も、後日になってこれを容認することになる。この事件をきっかけに日本は国際連盟を脱退し、国際的に孤立を深めていくんだ。
 その後、日中の武力衝突をきっかけに、一九三七年、日中戦争が始まるが、この戦争は長期化、泥沼化して日本全体を疲弊させていった。
 また、国内では、国民に経済面や労働面で有無をいわさず戦争に協力させる内容の国家総動員法が、一九三八年に成立し、日本は名実ともに本格的な戦時体制へ突入していった。
 一方、ヨーロッパでは、一九三九年九月、ナチスドイツのポーランド侵攻に対して、イギリスとフランスが宣戦布告をしたことにより、第二次世界大戦が勃発した。
 当初、日本は、このヨーロッパ大戦に不介入の態度をとっていたんだ。しかし、結局ドイツの提案にのって、一九四〇年九月、日独伊の三国で軍事同盟を締結し、さらに様々な道すじをたどって、一九四一年一二月、太平洋戦争開戦を決定した。なお、この決定の最終的なあと押しをしたのが、アメリカから突きつけられた最後通牒である『ハル・ノート』であった。
 ここまでの経緯を、日本はけして一枚岩で突き進んできたわけではない。むしろ国内指導者間の争いや、突発的な事件を経て、混乱の中でいきあたりばったり気味に、戦争への道のりを歩んできている。
 しかし、俺が、この日本史の授業の初めに言ったとおり、歴史上のすべての事柄には因果関係がある。だから、その場その場でおこなってきた日本の選択の一つ一つ、また日本が当時おかれていた環境、これらの中に、やっぱり戦争へと進む要因があり、そして当時の人間が、あらゆる可能性の中から一つ一つを取捨選択しておこなった結果、太平洋戦争開戦にたどり着くんだ。
 俺は何も、太平洋戦争は、日本のやむを得ないただ一つの選択だった、などとまで言う気はないよ。それは、戦争終結のためには、アメリカによる広島、長崎への原爆投下は不可避であり唯一の方法だったと言うことに等しいのだからね。結局のところ、戦争とは、天災ではなくて、人災だ。しかし、これは戦争に限らないことだが、歴史の流れというものは、非常に多くの要因が複雑に絡みあってでき上がっているため、全体をみ極めるのは、とても難しいんだ。ただ、だからこそ、歴史の研究には、推理小説を読み解くような面白さがあるんだがね。たとえば、一九三七年の日中戦争は、日本と中華民国との間の戦争だが、この開戦の背景には、アメリカやソ連ら諸外国の利害、そして意志も密接に絡んでいて、単純な二国間の勢力争いなどというものではないんだ。歴史をみつめるには、多面的な見方ということが不可欠だということだけ、今は覚えておいていてくれ。
 ところで、日本が太平洋戦争を決断することになった直接的な事件は、満州事件だと言ったが、戦争への志向を日本が形作ることになったのは、これよりもっと前にさかのぼることができると、俺は考えている。つまり、それが、今日の最初に言った、近代日本の後半部分のメルクマール、日露戦争だ。
 何故、現在でも、もっとも近しい関係であるはずの中国人や朝鮮人の多くから、日本人がことあるごとに非難されたり、嫌われたりしているのか。彼らの反日・抗日運動の様子を、君たちもニュースでよく見たことがあると思う。
その理由には色々あるが、そのうちの最大の原因は、この一九〇四年に始まり、一応日本の勝利で一九〇五年に終わった日露戦争以後、帝国主義を強めていった日本が、特に隣国である中国や朝鮮を植民地化しようとしたことにある。あるいは、そう思われている。
 こういう言い方はあいまいかな。しかし、最初にも言ったとおり、俺が教えることができるのは、『史実』というよりも、色々な人々の『歴史観』なんだ。絶対的な真実など、誰にも分からない。しかし、人々が動くのは、彼らが『これが真実だ』と信じている考えによってなんだ。だから、もし君たちが、他人の行動の理由を知りたければ、彼らの信じている考えを研究しなければならない。そして、その考えの基礎にあるものの多くは、過去にあるんだよ。
 俺たちは、思っている以上に、過去にしばられている。これを頭の中に入れておいてくれ。
 さて、以上のような理由から、これから夏休み前までにおこなう、近代日本史授業の第一部は、一九〇五年九月の日露戦争終結後に締結されたポーツマス条約から、一九四五年八月の太平洋戦争の敗戦に至るまでを扱うこととする。
日本の帝国主義とは何だったのか、日本にとっての太平洋戦争とは何だったのか。現代日本人にとって、考えることを避けて通ることのできない重要な勉強に、これから入っていくことになるね。
 そして、夏休みの課題をもう発表してしまうと、テーマはずばり、『二〇世紀の日本における戦争の意味』だ。日本の二〇世紀の幕開けは、日露戦争で始まったといっていい。そして、大きな戦争、小さな戦争、勝った戦争、負けた戦争、国内での戦争、国外での戦争、これらたくさんの戦争を、半世紀の間に日本は経験してきた。戦争は日本に何をもたらし、戦争によって日本は何を失ってきたのか。それを、夏休みの間に君たちに考えてほしいんだ。
 また、戦争というのは、自分一人ですることはできない。必ず、相手がある。経済戦争や受験戦争だって、自分の邪魔をする相手との軋轢によって生まれるわけだろ。
 長い鎖国から解かれた日本は、否が応でも、自分以外の色々な国と向き合わなければならなかった。みな、自国の利益が一番優先すべきだと思っている。おまけに、日本が直面した一九世紀の世界は、イギリスを中心とするヨーロッパ各国によって、アジアやアフリカの国々が次々に植民地化されていった、やるかやられるかの帝国主義の世界だった。
 そんな中で、日本が国際社会で生き残るために必死に近代化を推し進め、日露戦争にまで至った経緯は、夏休みあとの近代日本史第二部までのお楽しみだ。
 また、俺の世界史の授業をとっている者なら、日本が出会った国際社会とはどんなものだったのかが、より詳しく分かるはずだろう。俺の世界史の授業は、特に一九世紀以降の部分は、日本史の授業と歩調を合わせて、進めていくようにしているからな」
 美子はうなずいた。一学年の終わりに、美子たちは、二、三年生で受けることができる全授業の説明書を渡された。それをもとに、自分で授業日程を組んだのである。
 その説明書には、各担当教師からの授業内容の案内文が掲載されていたのだが、この教師の日本史の授業説明には、『なるべく自分の世界史の授業も同時にとること』とあった。そのため、美子を含むほとんどの学生が、この日本史の授業と一緒に、同じ教師の世界史の授業もとっていた。
 美子だって、アカネほどではないが、科目についての様々な噂は聞いていた。この日本史と世界史の授業は人気があって、希望しても二年生では受けられず、三年になってから入ることができる場合もあるそうだったが、美子は幸い、二年生のうちに二つとも受講することができた。
 ただ、翔太は、世界史の授業は受けていなかった。世界史の授業時間帯が、野球用のカリキュラムに重なっているから、のようだった。

(二分の二)
                         ◎◎
 その日の午前中、三時限目の英語Uの授業で、美子とアカネと麻里は、また二年三組の教室で一緒になった。英語Uは、美子たちの担任教師の受けもちでもある。
 いつものピリピリした授業が終わって、ようやく昼休みだと美子がほっとしたのもつかの間、アカネが勢いよく立ち上がり、美子と麻里に切羽つまった様子で、言った。
「さ、二人とも、図書館に行くよ」
 美子は、驚いてアカネを見上げた。
「どうしたの、アカネ」
 麻里も、いぶかしげな表情になって、言う。
「図書館になんて、今までほとんど行ったことないじゃない」
 アカネは、呆れたように二人を見た。
「何言っているの、二人とも。京都よ、京都の旅行の下調べよ」
 美子と麻里は、顔を見合わせた。
「京都? 修学旅行のこと? なんでそんなに急いでいるの。計画提出までにも、あと二週間以上あるじゃない」
 アカネは、美子を半分引きずるようにして立ち上がらせた。
「馬鹿ね。直前になったら、図書館中の京都関係の本は、全部貸出中になっちゃうに、決まっているよ。みんな考えることは同じなんだから。早く早く。あたし、去年行った先輩からも聞いているの。情報入手は素早さが命よ」
 それで美子は、なるほど、とうなずいた。
 麻里は、落ち着いた様子でかばんの中から楽譜をとり出しながら、片手をちょっと上げた。
「私は、パスするわ。修学旅行の課題は、もうだいたい考えているから」
「オーケー。美子、行こ」
「うん」
 しかし、二人が息をきらせて図書館にたどり着くと、昼休みにもかかわらず、中は同じ考えと思われる二学年の生徒たちであふれかえっていた。みんな、『京都』と名のつく本を探してうろうろと歩き回っている。
 館内を一回りしてみたあと、入口付近で、美子とアカネは、また落ち合った。
「あった?」
「ううん」
 美子は、首を振った。
 その様子を見ていた、図書館司書が、カウンターの中から二人に声をかけてきた。
「あんたたちも、修学旅行の資料を探しに来たの?」
「はい」
 ここの図書館の司書は、六十歳くらいの女性だが、真っ赤に髪の毛を染めて、丁寧に磨かれた手の爪も、いつも真っ赤に塗られている。それまで読んでいた分厚い本をぱたんと閉じると、彼女は、ひらひらと手を振りながら、言った。
「ここに来ても無駄よ。『京都』って字が入っている本は、一冊残らず借りられちゃったから」
「それ、本当ですか?」
 アカネが、カウンターに駆けよった。美子はちらりと、司書が読んでいた本の題名を見た。『錬金術と神秘主義』という本だった。
「いつの間に? いつごろ、本は戻ってくるんですか?」
「まあ、返却はだいたい、二週間後ってところね」
 美子とアカネは、がっくりと肩を落とした。
「それじゃあ、予定表の提出に間に合わないよ」
「アカネより、情報が早い子がいたってことね」
 赤い髪の司書は、にやっと笑った。
「借りていったのは、二年生じゃなくて、三年生たちだけどね」
「どういうことですか?」
 美子が、訊いた。
 アカネも、憤然として、言った。
「そうよ。今、一番その本を必要としているのは、二年生なのに。なんで三年生が借りていくんですか」
 司書は、長く白い指をぴんと伸ばして、マニキュアの塗り具合を確かめながら、答えた。
「ところが、二年生よりも、京都の本を必要としている三年生がいるのよね。実は学校始まって以来のことなんだけど、去年の修学旅行の課題を落とした子たちが何人かいてねえ。今年も課題を落とすと、留年になっちまうからね。その子たちは必死なのよ。まあ、そんなわけで、京都関係の本は、三日も前にここから消えちゃっているのさ。あんたたちも、ここはもうあきらめて、市民図書館にでも行ってみたほうがいいよ。市民図書館には、まだ何冊かあるようだから」
 美子とアカネは、顔を見合わせた。図書館の司書がそう言うのなら、仕方がないようだ。二人は、司書にお礼を言った。
「がんばってね」
 司書はそう言うと、また、『錬金術と神秘主義』をとり上げた。そうして、金の凝った透かし模様のあるしおりがはさんであった場所を開くと、本の中ほどから、読み始めた。
 アカネは、図書館を出ながら、美子に言った。
「どうしよう」
「うーん。やっぱり市民図書館に行くしかないかなあ」
 二人は、昼食のパンを買うため、売店に向かいながら、話した。
「それにしても、修学旅行の課題を落とした生徒がいたなんてね」
「いったい全体、誰なんだろ」
 美子は、今朝の担任教師の話を思い出した。
「あっ。ということは、もしかして、今年の修学旅行に、その三年生たちも一緒に来るんじゃない」
「うわあ。じゃあ、担任が言ったことは、具体例があってのことだったんだ。その人たちも、気まずいよね」
 二人は、それぞれにパンを持ちながら、二年三組に帰って来た。そして、いつものように、麻里と三人で机をよせ合って、昼食を食べ始めた。麻里は、いつも弁当持参である。
 食べながら、二人は麻里に、図書館で聞いた内容を、話して聞かせた。
「あたしたちも、課題を落としたら、来年、下級生と修学旅行だよ。それだけは、避けないと」
「それにしても、修学旅行の課題採点って、そんなに厳しいのかな」
 美子は、何だか不安になってきた。半分以上、観光気分の軽い気持ちでいたのである。
 すると、麻里が言った。
「ううん。その三年生たちが、特別だったみたいよ」
「麻里。何か知っているの?」
 麻里は、きれいな層を描いているだし巻き卵をぱくりと食べたあと、うなずいた。麻里のお母さんがつくるお弁当は、いつもすごくきれいで美味しそうだ。
「その人たち、修学旅行中、先生には内緒で、大阪でやっていたロックのコンサートに行っていたんだって。三日間とも。そうして、課題には、そのコンサートの感想や、ロックバンドについて書いて出したそうよ。それで、先生方の間でも、その課題を通すかどうかで、何回も職員会議があったらしいの。でも、事前に出していた予定表の内容とも、まるきり違うし、そのコンサート自体、京都じゃなく大阪でおこなわれていたものだったから、結局単位を与えないっていうことになったんだって。そういうわけで、その四人の三年生が、今回、私たちと一緒に修学旅行に行くことになったらしいわ」
「麻里。何で、そんなこと知っているの?」
 いつもの情報発信係のお株を奪われて、アカネがちょっと驚いたように、訊いた。
 麻里は、にこりとした。
「修学旅行の課題について、担任に相談しに行ったら、教えてくれたの」
「えぇー。なんで、麻里にだけ、教えるのよ? ひいきじゃないの」
 アカネが、大げさな感じで、むくれた。麻里は笑った。
「そうじゃないわ。私の好きな作曲家の一人に、『武満徹(たけみつ とおる)』という人がいるの。彼は、オーケストラ音楽から映画音楽まで、色々な曲を作曲していて、基本的には、西洋音楽の形なんだけれど、雅楽、つまり日本の伝統音楽の作曲なんかもしているのよ。笙や琵琶という、雅楽楽器を使った曲もいくつかあるし、そうでなくとも、東洋音楽から影響を受けている部分が多いといわれているの。だから、私も雅楽に前から興味があったんだけど、なかなか本物を直接聴く機会がなかったのよ。でも、ちょうど修学旅行の最中に、武満徹が作曲した雅楽のコンサートが、京都であるの。それで、できればそれを聴きに行って、その感想を修学旅行の課題にしようと思っているのよ」
 美子は、ちょっと考えたあと、言ってみた。
「でもさ、それって、去年単位を落とした人たちと、同じようなんじゃない? 大丈夫?」
「うん。私もこういう課題でいいかどうか、心配だったから、担任の先生に訊いてみたの。でも、まったく問題ないって。雅楽は日本の伝統音楽で、京都にも関係があるし、ちゃんと事前にコンサートの予定と課題テーマを提出しておけば、大丈夫だって。そのときに、去年の修学旅行の話もしてくれたのよ。その人たちは、前もって学校に全然言わないで、しかも、夜にこっそり旅館を抜け出して行ったんだって。きっと最初から言ったら、禁止されると思ったのね」
 アカネは、頬杖をつきながら、言った。
「でも、単位を落とすかも知れないのに行くなんて、よっぽどそのコンサートを聴きたかったのかなあ」
「そうかもね。まあ、その気持ちは、分からないではないけれど」
 麻里は、そう言うと、また楽譜を広げて、眺め始めた。
 美子は、ため息をついて、アカネに言った。
「アカネ。どうする? 今週末にでも、市民図書館に行ってみようか」
「うーん。そうだねえ」
 麻里が、二人に訊いた。
「ところで、二人の課題のテーマは何なの?」
「決まっていたら、こんなに困っていないよ」
 アカネの言葉に、美子もうなずく。麻里は、呆れたような顔になった。
「じゃあ、図書館に行っても、何を借りたらいいか分からないじゃない」
「だから、京都に関係するものを片っぱしから借りてみて、考えるのよ」
「ふうん」
 麻里は、それきり何も言わなかったが、美子とアカネは、不安そうにお互いの顔を眺めた。
 ここで、四時限目の授業の予鈴が鳴ったので、三人とも教科書を持って立ち上がった。午後は三人とも、移動が必要なのだ。
 美子は、重い足どりで、次の教室に向かった。修学旅行が、急に憂鬱なものになったようだった。
(麻里みたいに、好きなものや得意なものが、あたしにもあるといいのに)
 それで、美子は、ちょっと躑躅岡天満宮や飛月のことを考えたが、すぐに首を振った。さすがに、守護家や退魔のことは課題のテーマにできない。
(やっぱり、お寺回りになるかな)
ほかの生徒は、だいたい、京都にあるお寺や神社をいくつか回ってその由緒書を写してくる、というような計画をたてるつもりの者が多いようだった。
                         ◎◎
 放課後に美子が、また二年三組に戻ると、アカネが興奮した様子で手招きしている。麻里も美子を待っていた。
「美子。早く早く。新情報を入手したんだから」
 美子は、嬉しげなアカネを見て、笑いながら、二人に近づいた。麻里もいたずらっぽく美子に目配せした。アカネの本領発揮らしい。
「どうしたの、アカネ」
 アカネは、美子が席に着くと、待ちかねたように話し始めた。
「あたし、分かっちゃった」
「何を?」
「修学旅行の課題を落としたっていう、三年生よ。なんと、あの『HORA‐VIA(ホラ・ウィア)』の四人だったのよ」
 アカネは、得意そうにそう言うと、二人に対する効果を待つかのように、言葉を切った。が、美子と麻里は黙ったままだ。
 アカネは、いらいらしたように、言った。
「まさか、二人とも『HORA‐VIA』を知らないわけじゃないでしょうね」
 麻里が、苦笑いをする。
「ごめん。その、まさかよ」
 アカネが、美子をにらんだ。
「美子は、知っているでしょ」
 美子は、頭をかいた。
「誰だっけ、それ」
 アカネが、ぷりぷりと言う。
「去年の文化祭で、一緒に『HORA‐VIA』のライブを観に行ったじゃない。体育館で」
「ああ……」
 美子は、ようやく思い出した。去年の秋の文化祭のときに、アカネに引っぱられるようにして観に行った軽音部のバンド名が、確かそんな名前だった。
「そういえば、結構、人が集まっていたね」
「当然よ。『HORA‐VIA』のメンバーは、みんなまだ高校生なのに、インディーズで何枚もCDを出しているし、外でやるライブもすっごく人気があるんだから」
「昼休みから、この二時間の間に、どうやってそれが分かったの、アカネ。ちゃんと授業に出ていた?」
 麻里が、不審げに訊いた。アカネは、鼻をふくらませた。
「失礼ね。……実はね、音楽史の授業で、『HORA‐VIA』の四人と一緒なの。ま、あっちは先輩だし、今まで話をしたことはなかったんだけど。それで、あたしが四組の子と、麻里から聞いた去年の修学旅行の話をしていたら、タニグチさんが後ろを通りかかって、『それ、俺たちのことだよ』って、言ったのよ!」
「タニグチさんて?」
「『HORA‐VIA』のヴォーカルよ」
 アカネは、その時のことを思い出したらしく、真っ赤になって、頭を抱えた。
「ああっ。本人の前で話しちゃうなんて。まったく、気まずかったわ。でも、タニグチさんは、笑っていたけどね。『今年、俺たちも一緒に京都に行くから、よろしく』だって。ああ、素敵。彼らと三泊四日の京都旅行なんて……」
 うっとりとした表情のアカネに、さすがに、美子も呆れた。
「ちょっと、アカネ。しっかりしてよ。その素敵な先輩たちが、図書館中の京都の本を根こそぎ借りていったんだからね。おかげで、あたしたちは、課題のテーマどころか、まだ一冊の本も手に入れられていないんだから。それに、三泊四日の京都旅行といっても、みんな別行動なのよ」
 アカネは、自信たっぷりな様子で、答えた。
「あたしは、課題のテーマも決まったわよ」
「えっ」
「音楽史の授業中、一生懸命考えたの。……いつもは寝ているんだけど。あたしも、麻里や『HORA‐VIA』を見習おうと思って」
「何かのコンサートを聴きに行くの?」
「違うよ。どうせなら、自分の興味のあるものや、得意分野をテーマにすべきだってこと。せっかくの旅行だもん。課題だって、楽しいものを選ばなくちゃ」
 麻里が、驚いたように、言った。
「アカネにしては、素晴らしい意見じゃない。で、アカネの興味のあるテーマって何なの?」
「二人とも、京都といったら、何を思い浮かべる?」
「お寺とか、古い歴史とか……」
 美子の言葉に対し、アカネは、きっぱり言った。
「京都といったら、舞妓さんよ」
 美子は、麻里と顔を見合わせた。
「まあ、そうかもね」
「そう、断言するほどでもないけれどね……」
 アカネは、二人の言葉に斟酌することなく、宣言した。
「あたしは、京都の舞妓さんを、徹底的に取材することにしたんだ。題して、『舞妓さん二十四時間密着レポート』よ。京都に関係あるし、面白そうだし。それに、今朝、麻里に、調査の才能があるって言われたしね。あたしにぴったりのテーマだと思わない?」
 美子と麻里は、ちょっとの間、絶句していたが、ようやく、麻里が遠慮がちに口を開いた。
「確かに、アカネにぴったりのテーマだと思うけれど、舞妓さんに丸一日も密着するなんて、無理なんじゃない? だいたい、どうやって舞妓さんを取材するの? 京都の街中で、歩いているところをつかまえるの?」
 美子も、言った。
「そうだよ。舞妓さんに、そう都合よく会えるとは限らないよ。それに、舞妓さんのいるお店は、たぶんすごく高いし、『一見さんお断り』が多いっていうよ」
 ところが、アカネは、まったくひるまなかった。
「大丈夫。だって、美子がいるもん」
 美子は、唖然とした。
「何言っているの、アカネ」
「だって、美子の『親戚のお姉さん』は、京都で舞妓さんをしているんでしょ。その人に取材させてもらうから、大丈夫よ」
「可南子さんのこと? 可南子さんは、『舞妓』じゃなくて、『芸妓』よ」
「似たようなものでしょ」
「まあ……。舞妓を卒業すると、芸妓になるそうだけど」
「じゃ、決まりね」
 アカネは、明るく美子の肩をぽんと叩いた。
「その人に、お願いしておいてよ、美子。それで、美子も一緒に舞妓をテーマにすれば、一石二鳥じゃない」
 美子は、
『だから、舞妓じゃなくて芸妓なんだって』とか、『可南子さんは、すごく忙しいから無理よ』などと言おうとしたが、
(これを理由に、京都で可南子さんと会えるかも知れない)という考えがちらりと頭をよぎったので、
「じゃあ、とりあえず可南子さんに訊くだけ訊いてみるね」
と言ってしまった。麻里は美子に向かって、
(大丈夫?)
という顔をしたが、アカネは、にこにことして、大きく伸びをしながら、
「やった! これで修学旅行の課題は万全だね」
と言ったのだった。
                         ◎◎
 その夜、美子は、可南子に電話をかけ、修学旅行の課題のことを話してみた。
 久しぶりに聞く可南子の声は、変わらず、甘くかすれた、なつかしいものだった。
 可南子は、笑いながら、言った。
「京といえば舞妓か。なるほどねえ。それで、課題のテーマにするから、舞妓を取材したいゆうわけやな」
「そうなんですけど、でも、可南子さんは忙しいですよね」
 美子が、遠慮がちに訊ねると、可南子は、明るく答えた。
「夜は、お座敷があるから、それなりに忙しいけど、昼間はそうでもないよ。七月の初めは大きな行事もないから、ちょうどよかったわ。ま、二十四時間はちょっと無理やけど、せっかく舞妓や芸妓に興味をもってくれはるんやから、協力しないわけにいかへんやろな」
「えっ。じゃあ、いいんですか」
「ええも悪いも、美子ちゃんと会えるんを、私も楽しみにしているんやから、そんな課題がなくったって、どっちにしても会おう思うてたんよ」
 美子は、可南子のにっこりと笑う様子が、目の前にありありと浮かぶようで、自分も思わずにこにこした。
 可南子が続けて、言う。
「私の妹が現役の舞妓やから、その子の取材をしてもろたら、よりええんやないかと思うんや」
 美子は、びっくりした。
「可南子さんに妹がいたんですか?」
「あ、血のつながった妹ということやないよ。同じ屋形出の、妹分という意味や。でも、単に『先輩・後輩』の間柄というだけやなくて、『ねえさん』ゆうのは、公私ともに色んな相談にのって、その子が一人前になるのを助けてあげる立場やから、実の姉妹よりも濃い関係ともいえるかも知れへんね。花街での名前も一字あげるんよ。私の妓名(ぎめい)は『たま乃』やけど、その子は『こと乃』ちゃんゆうんや」
「ふうん」
 美子は、その『こと乃』という舞妓が、ちょっとうらやましくなった。
「ところで、美子ちゃんも、修学旅行の課題テーマは、『舞妓』にするん?」
 可南子が訊いた。
「えぇ、たぶん」
「でも、『舞妓』ゆうんは、アカネちゃんという子のテーマなんやろ?」
 美子は、ちょっと決まりが悪かったが、
「そうなんですが、正直、ほかにいいテーマが思い浮かばなくて。もし、可南子さんたちが迷惑でなければ、あたしもアカネのテーマに便乗させてもらおうかな、と思っているんです。そうしたら、可南子さんとも会えるだろうし」
 すると、可南子が、はきはきした様子で、言った。
「ほんならな、私がもっといいテーマを、美子ちゃんにあげたいんやけどね。『京の伏流水』というテーマなんやけど」
「『伏流水』?」
 美子の問いに、可南子は、まったく別な問いを出した。
「ところで、美子ちゃんは、『初島 圭吾(はつしま けいご)』を知ってはるかな?」
「え? 知りませんけど」
「そう? たぶん、二、三日中に、躑躅岡天満宮に、圭吾ゆう奴がよると思うから、伏流水についても、その子から詳しく聞くとええよ。私は、これこそ美子ちゃんにぴったりのテーマやと思うな」
 そう、可南子は、自信たっぷりに断言したのだった。
                         ◎◎
 翌日、美子が、可南子が取材に協力してくれるということを話すと、アカネは、大喜びだった。
「よかった! 美子も同じテーマにするんでしょ?」
「あたしは、たぶん別なテーマにすると思う」
 と美子は答えたが、その歯ぎれは悪かった。可南子にもらった『伏流水』というテーマの内容が、まるで分かっていなかったからだ。可南子は、『圭吾』から説明させるから、大丈夫だと言った。美子としては、可南子の言葉を信じて、その『初島圭吾』が来るのを待つしかなかった。
 初島圭吾は、案外にも早く躑躅岡天満宮に現れた。
 美子が、その日、学校から帰ると、天満宮の上社境内にある庭師小屋から、築山が顔を出して、美子を呼びとめた。
「美子様。今夜、龍一様のところにお客様がいらっしゃいますが、よろしければ、美子様も一緒にご夕食をとられてはいかがでしょうか」
 美子は、濡れた傘をたたみながら、庭師小屋に入った。築山は、入口のすぐ右にあるピカピカのシステムキッチンで、今夜の夕食の準備に精を出している最中だった。大きなボウルの中に、大量の鶏肉を切って入れ、タレに漬けこんでいる。
「お客様って、どなたですか?」
「初島圭吾様という方です。美子様もご存じでしょう?」
 美子は、目を丸くした。こんなにも早く、『初島圭吾』が来るとは思っていなかったのだ。
「昨日、可南子さんから名前だけ聞いていましたけど。どんな人なんですか?」
 築山は、今度は大鍋の煮だった汁の中にどんどんとつみれを作って入れながら、言った。
「可南子様に? ああ、なるほど。圭吾様のご用事は、京都でしたものね。京都へ行かれる前に、天満宮におよりになるということでした。圭吾様は、津軽の守護者、初島正道(まさみち)様のご子息です」
 美子は、どきどきした。東北の五つの守護家のうち、今まで美子が会ったことがあるのは、白河の守護者である中ノ目隆士だけである。
 そういえば、龍一に教えられた五つの守護家の名は、北から津軽の初島家、北上の沢見家、涌谷の上木家、出羽の蜂谷家、白河の中ノ目家であった。
「初島圭吾さんって、守護家の人だったんですね」
 築山は、美子のほうをちょっと振り返って、にっこりした。
「ああ、美子様は、圭吾様とはまだお会いになっていませんでしたね。圭吾様は、正道様のご二男でして、ご長男は、正見(まさみ)様とおっしゃいます」
「圭吾さんの京都での用事って、何なんでしょう? やっぱり『伏流水』というのに関係あるんでしょうか」
「可南子様がそう言われたのですか? そうですね、圭吾様は、可南子様に何かの調査を依頼されて、京都に行かれるのだとは、伺っておりますが、その内容までは私は聞いておりませんでした。京都へ行く途中で、龍一様へのご挨拶のため、仙台に立ちよられるそうですよ。今夜は、この庭師小屋にお泊りになるご予定です。京都でのご用事の詳しいことは、ご夕食の際に直接お訊きになってはいかがでしょうか。夕食は、宮司舎の客間に運ぶことになっておりますので」
「分かりました」
 そうして、美子は、ちょっと築山の夕食の準備の様子に見とれた。築山は、今度は素早い動きで、米を研いでいた。美子は、ボウルの中の米の量を見て、言った。
「今日は、三人だけなんですよね。ちょっと多いんじゃないですか?」
 築山は、口もとをほころばせた。
「圭吾様は、よくお食べになりますからね。足りないことがないようにしませんとね」
 築山は、普段から、龍一があまり量を食べないことに気をもんでいるのだが、その反動か、よく食べる客を喜ぶ傾向があるのだった。
 そして、築山はちょっと時計を見て言った。
「今、四時半ですね。圭吾様は六時に着く予定です」
                         ◎◎
 夕方六時ぴったりに、庭師小屋の黒電話の呼び出し音が鳴るのが、宿舎のリビングにいた美子にも聞こえた。
 そして、築山が圭吾のために、上社へ入る扉を開けに石段を下りていく音が続く。
 美子が、築山に呼ばれて宮司舎の客間に入ったのは、それから十五分ほど経ったころだった。
 圭吾は、下座にかしこまって正座をしていた。濃いブルーのスーツとネクタイを着こんでいる。きつい糊のかかった真っ白いワイシャツが、何だか窮屈そうだった。
 客間に入ったとたん、圭吾がくるりとこちらに向き直って手をつき、大きな声で挨拶を述べ始めたので、美子は目を白黒させた。
「龍一様。お久しぶりでございます。この度は、突然お邪魔しまして申しわけありません。本当は津軽から真っ直ぐに京都へ向かうはずだったのですが、父がついでだから、龍一様にお会いしてから行けと申しましたものですから。と申しますのは、わたくしごとですが、去年ようやく成人いたしました。が、龍一様にそのご挨拶をさせていただくのを怠っておりましたものですから。龍一様には成人のお祝いまで頂戴しながら、ご挨拶が遅れまして、大変申しわけございませんでした。龍一様には変わらずお元気そうで……」
「あのう……」
 美子は、無理やり圭吾の言葉を遮った。圭吾は、顔を上げて、そこにいるのが見知らぬ少女だと分かって、ひどく驚いた表情になった。
「あれっ? 龍一様は?」
 圭吾の顔と声が、それまでのものと打って変わり、間の抜けたものになったので、美子は思わず笑ってしまった。
「まだですよ。今、障子を開けたのは、あたしです」
「あ、なあんだ」
 圭吾は、一気に力が抜けたように、息をついた。
 美子は、圭吾の後ろを通るようにして、空いた座布団の上に座った。そして、先ほど圭吾がしたように手をついて、挨拶した。
「上木美子です。初めまして」
 圭吾も、慌てて手をついた。
「失礼しました。オレ……いや、私は初島圭吾といいます」
 そのあとで、圭吾は、突然気がついたように、言った。
「上木? あ、じゃあ、君が祥蔵さんの娘さん?」
「はい」
 圭吾は、そのまま言葉を探すように、しばらく、じっと美子を見ていたが、やがて遠慮がちに口を開いた。
「一つ、聞いてもいいかな?」
「何ですか」
「飛月は、今、君がもっているって、本当?」
「ええ」
「守護主様の管理から、飛月がはずれて、上木家が直接もつようになった、って聞いたけど、それも本当なの?」
「本当ですよ。だから、今は、あたしの家に置いてあるんです。といっても、場所はこの上社にある宿舎ですけど」
 すると圭吾は、興奮して言った。
「マジ? じゃあ、あとで飛月を見せてもらってもいいかなあ。オレ、まだ飛月を見たことがないんだ」
「うん。いいよ」
 美子は、笑いながら言った。圭吾のざっくばらんな話し方に、美子もいつの間にか、つられていた。
 そこへ、奥の廊下からつながる障子が開いて、龍一が客間に入って来た。
 圭吾は、また急に背すじを伸ばしたかと思うと、
「龍一様。お久しぶりです!」
と言って、平伏した。
 龍一は、ゆっくりと圭吾と美子の正面に座った。
「おっと、圭吾。それ以上は、言わなくてもいいぞ。お前の声は、隣の部屋までちゃんと聞こえていたからな。挨拶は二回も不要だ」
 圭吾は、続きを言おうとしていた、口を開けたり閉じたりしていたが、やがて恐縮したように短く刈った頭をかいた。
「申しわけありません、龍一様。実は先ほど、この美子ちゃんを龍一様と間違えてしまいまして」
 龍一は、にこにこして、圭吾を眺めた。
「ずいぶん、きちんとした格好をしているじゃないか、圭吾。見違えたよ」
「はっ。ありがとうございます」
 そう言う、龍一は、青地に黒の模様がある夏用の着物を着ていた。うす青にゆらゆらと揺れるような模様が、まるで川面に墨汁を一面に流したように見えた。
 すると今度は、玄関側の障子が開いて、築山が夕食を運んで来た。美子も立ち上がって、築山を手伝う。
 今夜の献立は、明らかに圭吾のために考えられたものらしく、いつもの天満宮の食卓に並ばないものが多い。鶏の唐揚げ、具だくさんのつみれ汁、肉じゃが、マグロやイカ、ウニなどの刺身盛り合わせ、水菜ときゅうりのサラダなどが次々に並んだ。最後に木のおひつから、白いご飯を茶碗によそって、圭吾と美子に渡したあと、築山が龍一に訊ねた。
「龍一様。お酒はいかがなさいますか。京都の花泉(かせん)様から、伏見のお酒が届いておりますが」
「京都から? ああ、いづみ乃さんだな。いや、今日の料理に伏見の酒は合わないだろう。それはまた別の機会に開けるよ。礼状はあとで私から出しておく」
「かしこまりました」
 築山はいったん下がると、しばらくして冷えた徳利と杯を持ってきて、杯を龍一と圭吾の前に置き、
「では、ごゆっくり」
と、部屋を出て行った。
 龍一は、手酌で自分の杯に酒を満たしたあと、圭吾のものにも注いでやった。圭吾は恐縮してそれを受けた。
「さあ、圭吾。長旅で疲れただろう。せっかく築山が用意してくれたんだ。遠慮なく食べろよ」
「は、はい」
 杯を乾すと、圭吾の顔が一気に赤くなった。それを、龍一は面白そうに見ていた。圭吾は、遠慮がちに、唐揚げに箸を伸ばして、一つ、二つ食べた。
「そんな格好では、窮屈だろう。足を崩して、ネクタイもとったらいい」
「はい」
 圭吾は、素直に龍一の言葉に従った。龍一は、ゆっくりと酒を飲みながら、圭吾が食べる様子を楽しそうに眺めていた。
 美子も、圭吾の食べっぷりに思わず見とれた。圭吾は、大皿に盛られた鶏の唐揚げをあらかた片づける間に、わきに置かれたおひつから、自分でご飯を二度お代わりをし、次に肉じゃがにとりかかっていた。龍一が追加で注いでやった酒は、いつの間にか忘れているようだった。
 つみれ汁を飲み終わり、五杯目のご飯をよそった圭吾の茶碗とおひつが空になったころ、圭吾の箸の進みがようやく遅くなった。
 圭吾は、満足げな顔で言った。
「いやあ、美味しかったです。実は、電車の乗り継ぎの関係で昼飯抜きだったもので、白状しますと、目が回りそうでした」
 そうして、ぬるくなった酒をちょっと舐めたあと、今度はマグロの刺身を口に入れた。
 龍一が言った。
「そんなに腹が減っているなら、天満宮に着いてから、二十分も下で待っていることはないじゃないか」
 圭吾は、驚いて、イカの刺身をつまんだままの姿勢で止まった。
「龍一様。な、何故それを。いや、確かに約束よりずいぶん早く着いてしまったので、しばらく時間を潰していたのですが」
「これからは、気にせず上がっていいからな。こっちも気になるじゃないか」
 圭吾は、真っ赤になって、頭を下げた。
「はい。ありがとうございます」
 龍一は、そんな圭吾を見て、にっこりした。その龍一の顔を見て、美子は、龍一は圭吾をずいぶん気に入っているんだな、と思った。いつもの皮肉めいた態度もあまりない。
「ところで、可南子から頼まれごとをされたんだって?」
 龍一が聞くと、圭吾は、ため息をついて、箸を置いた。
「はあ」
「なんだ、気のりしないのか」
「はあ」
「ため息ばかりじゃ、分からないぞ。そのために京都まで行くんだろう?」
「す、すいません。親父から、いえ、父から命令されて行くんですが、何でオレが、いえ、私が、水質調査の手伝いなんかしなくちゃいけないのか、腑に落ちないもので」
「水質調査?」
 美子が訊いた。
「それは『伏流水』というのと、関係がある?」
 圭吾は、美子のほうを見て、答えた。
「うん。伏流水って、つまりは地下水脈のことなんだけど、京都は地下水がとても豊富な場所なんだ。京都人は、それをすごく誇りに思っているらしいね。信じられないことだけど、京都市内の家や店ではいまだに井戸水を使っているところも多いんだ。京都の水の味は最高だっていうんだな。
ところが、可南子さんは、特にここ一、二年、京都の水の味が変わってきたと思っているらしい」
「水質汚染ということ?」
「いや。そういうことじゃないんだ。行政の水質検査でも問題は出ていないし。もちろん、年々、井戸水の水量が減ってきたり、今までよりももっと深く掘らないと、水を得にくくなってきていることは確からしいけど、数値的には汚染を示すものは何も表れてはいない。それでも、京都の水の味が変わってきているという人は、ほかにもいるらしい。それで、可南子さんは、京都中の色々な場所で水のサンプルをとって、調査をしようとしているんだ。数値に表れないものをみつけ出すために」
「ふうん。水の味って、そんなに違うものなの」
 圭吾は、首を傾げながら、ちょっと水菜をつまんだ。サラダ以外の皿は、すっかりからになっていたからだ。
「正直、オレには、水の味の違いなんて分からないんだけどね。水は水じゃないのかな。そりゃ、水道水のカルキ臭さは、オレにだって分かるけど」
 そう言うと、圭吾はコップの麦茶を一気に飲み干した。
 美子は、龍一に訊いた。
「龍一は、京都の水って、飲んだことがある?」
 圭吾が驚いたように、美子を見た。
 龍一は、酒を一口飲んだあと、答えた。
「そうだな。そんなには多くはないが、 何ヶ所かのものは、飲んだことはある。それに眞玉の水だって、京の水じゃないか」
 龍一は、去年可南子が、白河で龍一に飲ませた、眞玉神社の湧き水のことにふれた。
「あ、そうか」
「京の水の特徴は、とても柔らかい、ということなんだ。飲んだ瞬間は、するりと喉を通って、何だか頼りない。しかし、何故か、忘れがたい印象がある。味のない味とでもいうのかな。そうそう、京近郊の地酒として有名な伏見の酒は、米の味より水の味が優った不思議な酒なんだよ。私は、伏見の酒を飲むと、水よりも水らしい味がすると、いつも思うんだ」
「米の味より、水の味がするお酒? へえ。何だかよく分からないけど。でも、龍一はいつだって、お米よりお酒にばかり親しんでいるから、そう思うだけじゃないの?」
 美子が、そう言うと、龍一は、楽しそうに声をたてて、笑った。
「ははは。なるほど、そうかも知れないな。美子に一本とられたよ」
 圭吾は、そんな二人の様子を、目を丸くして、見ていたが、やがて、恐る恐る言った。
「あの、この上木美子さんは、『守護者』なんですよね?」
 美子が口を開くより先に、龍一が答えた。
「いや、美子はまだ守護者ではない。まだ高校生だからね。学校を卒業したら、私も考えるが。だから、今は涌谷の守護者は空席ということになる」
 不満そうな美子を横目で見ながら、龍一は、そう言った。
 圭吾は、不思議そうな顔をしながらも、
「はあ、そうでしたか」
とだけ、答えた。そのあと、思い出したように美子に向かって、訊いた。
「そういえば、夕べ、可南子さんから電話がかかってきて、美子ちゃんの修学旅行の課題にオレも協力しろって言われたんだけど、どういうこと?」
 美子は、自分でも何故か分からないまま赤くなった。龍一と目が合うと、龍一は、美子に穏やかに微笑み返した。それで美子は、圭吾に答えた。
「実は、七月の初めに修学旅行で京都に行くんだけど、そのとき自分のテーマを決めて、あとで課題として学校に提出しなければいけないの。それを可南子さんに相談したら、『京の伏流水』というテーマがいいんじゃないかって、言われたの。詳しいことは、圭吾さんに訊けばいいって」
 圭吾は、にこっと笑った。
「ああ、そういうことか。じゃあ、君も七月には京都に来るんだね。それは楽しみだな。何せ、京都中の川や井戸や泉を、百ヶ所以上も回らなくちゃいけないから、一ヶ月は京都にいる予定だからなあ」
「そんなに? 大変ね」
 圭吾は、また、ため息をついた。
「そうなんだよ。オレだってそんなにヒマじゃないんだ。それなのに、親父が可南子さんからの電話に出て、オレの代わりに勝手にオーケーしちゃってさ。バイト料も出るし、いいじゃないか、って。でもなあ、それが退魔とかなら、やりがいもあるけど、水を汲んで回るだけなんて、つまらないよ」
「えー。あたしなら、喜んで行くけどなあ。一ヶ月も京都にいられるなんて、素敵じゃない。可南子さんにも会えるし」
 うらやましそうに言った美子に、龍一が言った。
「まあ、美子には、修学旅行までの一ヶ月間は、しっかり勉強に専念してほしいね。この間の中間考査の結果は散々だったからな」
 美子は、真っ赤になって、龍一に抗議した。
「なんで、龍一が、あたしの試験の結果なんか知っているのよ?」
 龍一が澄まして言う。
「私は、萩英学園の理事長だからね」
「理事長だからって、人のテストの点数まで見るのは、権限外だと思うわ」
「そうかな? 私は、美子の保護者でもあるんだからね」
 ふくれっ面の美子を見て、龍一は、軽く笑った。圭吾が、ようやく納得したようにうなずき、
「ああ、なるほど、美子ちゃんの保護者に、龍一様がなっていらっしゃるんですね。すごいね、美子ちゃん」
と言ったのだが、美子は、それに返事をしなかった。
(その『保護者』っていうのが、気にくわないのよ)
と思っていたからだ。
 龍一が、圭吾に言った。
「では、圭吾。今日はゆっくり休んでいってくれ。明日の午後は、私は外出の用があるので見送ることはできないが、築山に空港まで送るように伝えてあるからな。来月は、この美子の面倒までみてもらうことになって悪いが、よろしく頼むよ」
 圭吾は、慌てて座り直すと、深々と龍一に頭を下げた。
「とんでもございません、龍一様。こんなにご馳走をしていただき、本当にありがとうございました。今夜は、お世話になります。それから、美子ちゃんの課題の手伝いは、私に任せてください」
 龍一は、笑いながら立ち上がった。
「よかったな、美子。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさいませ、龍一様」
 圭吾は、龍一が、廊下に出て障子を閉めて見えなくなるまで、頭を下げていた。そうして、ようやく顔を上げると、
「ああ、緊張した」
と言って、また、あぐらをかき直し、何杯目かの麦茶を飲み乾した。
 そうして、美子に、言った。
「今夜、美子ちゃんが一緒にいてくれて、よかったよ。オレ、龍一様と二人きりでさし向かいの食事なんてしたら、ろくろく食べ物が喉を通らないところだったよ」
「ふうん」
 美子は、座卓の上を眺めながら、多少疑問形で応えた。並んだ皿は、見事にからになっている。ほとんど圭吾が平らげたものだ。
「美子ちゃんは、毎日、龍一様と一緒にいるから、緊張なんてしないだろうけど、オレは今日、二年ぶりにお会いしたんだから、まったく、汗をかいちゃったよ。前は親父や兄貴と一緒だったし」
 美子は、皿を片づけながら、うつむいたまま、言った。
「……別に、あたしも、毎日、龍一に会うわけじゃないわ。一緒に食事するのだって、これが三回目だし」
「え、そうなの? でもさ、龍一様を呼び捨てにできるのなんて、この世に美子ちゃんと可南子さんくらいじゃないの。あ、勅使河原の椿様がいたか。でも、あの方は、別格だからなあ。なにせ、先代の守護主様の妹、つまり龍一様の叔母様にあたるわけだからね。美子ちゃんは、椿様にお会いしたこと、ある?」
 美子は、首を横に振った。
「あ、そう。オレもないんだ。でも、兄貴もないからな。うちじゃ、椿様を知っているのは、親父だけだよ。……あ、オレも手伝うよ」
 築山は、庭師小屋で作った料理を、龍一のいる宮司舎に持ち運ぶために、大きな木製の岡持ちを使っていた。そこで、からの食器類をその岡持ちに入れ、それを圭吾が持って、庭師小屋に運んだ。まだ細かい雨が降り続いていたので、美子が圭吾に傘をさしかけてやった。
 庭師小屋には、築山がまだ帰らずに、いた。
「ああ、食器を運んでくださったんですね。ありがとうございました。美子様、あとの片づけは、私がやります。圭吾様、狭くて申しわけありませんが、今夜はそこの囲炉裏のわきでお休みいただいてよろしいでしょうか。布団はそこのものをお使いください」
 築山が言うとおり、庭師小屋の唯一の畳敷きの部分は、中央に囲炉裏が切ってあるため、あとは布団を敷くといっぱいになってしまいそうだった。
 本来なら、躑躅岡天満宮に泊まる客は、宿舎に寝起きするようになっているのだが、今は、そこに美子が暮らしている。
 大柄な圭吾が、囲炉裏の横に窮屈そうに寝るのが気の毒で、美子は、言ってみた。
「もし、よかったら、圭吾さんには宿舎に来てもらったら、どうですか? リビングなら広いですし」
 築山は、ちょっと迷ったように、美子を見たが、圭吾が、きっぱりと言った。
「いや、オレはここで充分だよ。やっぱり、女の子が一人でいるところに、泊まるわけにはいかないしね。でも、明日はお邪魔してもいいかな? 飛月を見せてもらいたいんだけど」
「うん。もちろん、どうぞ」
 築山は、安心したように、圭吾に言った。
「それでは、圭吾様。風呂場は、その戸の向こうです。お湯は、もう沸かしてございますので」
 圭吾は、笑顔になって、言った。
「いやあ、ありがとう、築山さん。実はオレ、今日は、雨に濡れたり、汗をかいたりしたもんだから、早く風呂に入りたかったんだ」
「じゃあ、あたしはこれで」
 それで美子は、二人に挨拶をして、庭師小屋をあとにしたのだった。
                         ◎◎
 翌日は土曜日で、学校は休みだった。その日の午前十一時ころ、約束どおり、圭吾が宿舎を訪れた。
 上社の玉砂利が、走るように鳴ったかと思うと、宿舎の西側のガラス戸を小さく叩く音がしたので、美子が開けると、少し肩を濡らした圭吾が立っていた。昨日とはうって変わって、ラフなTシャツとジーンズ姿である。
「こんにちは、美子ちゃん。お邪魔します」
 そうして、圭吾は、部屋に上がりながら、中を見渡した。ここは、今は美子がリビングとして使っているのだ。
「うわっ。ここ、すごい変わっちまったなあ」
 美子は、圭吾に椅子をすすめながら、答えた。
「可南子さんも、同じことを言っていたわ」
「だって、この部屋、前は何にもなかったんだぜ。道場みたいだったんだよ。オレと兄貴で走り回ったり、とっ組み合いのケンカをしたりして、親父に引っぱたかれたりと、まあ、そういう思い出の場所なんだけど、その面影はまったく今はないな。すっかり女の子の部屋だね」
 そう言って、圭吾は、美子に笑った。
 美子は、圭吾に紅茶を出しながら、訊いた。
「あたし、守護家の人は、白河の中ノ目隆士さんしか、会ったことがなかったの。圭吾さんは、ほかの人たちに会ったことがある?」
「うん……。ところで、その『圭吾さん』っていうの、やめてくれないかな。だいたい、龍一様は呼び捨てで、オレをさんづけにするのも、おかしなものだぜ」
 美子は、赤くなった。
「じゃあ、『圭吾君』で、いい?」
「まあ、いいか。じゃ、オレも『美子ちゃん』でいいよね」
「いいよ」
 そうして、二人は、にっこりと笑い合った。美子はふと、龍一と初めて会った日のことを思い出した。
 圭吾が、言った。
「守護者の話の続きだけどね。ええと、まず津軽の守護者、これは、うちの親父の初島正道だろ。
それから、北上は、沢見邦安(さわみ くにやす)さんだ。沢見さんは、いつもにこにこしている、気のいいおやじさんだよ。
 南に下がって、涌谷の上木家。これは、いわずもがなだね。
 白河の中ノ目隆士さんには、美子ちゃんも会ったことがあるって、言ったよね。数年前に中ノ目の先代が急に亡くなって、隆士さんが跡を継ぐことになったんだ。まだ若いのに大変だよな。確か、兄貴と同い年のはずだから、オレより二つ上だよ。
 あとは……、出羽の蜂谷か。蜂谷家の今の当主は、蜂谷万道(はちや まんどう)。この人は、オレはちらっと見かけたことがある程度だけど、親父の話じゃ、陰気でつき合いにくい奴だって。出羽の山奥からも、ほとんど出て来ないらしいよ。奥さんは少し前に亡くなっているけど、子供が二人いるらしい。」
「圭吾君は、しょっちゅう、天満宮に来ていたの?」
「いやあ、そうでもないよ。親父が守護主様へのご挨拶のために伺うのに、何度かついて来たことがある程度さ。親父たち、守護者全員は、必ず年に一度、年始の挨拶に、ここに集まることになっているからね。今年の正月も行ったはずだぜ。美子ちゃん、そのときにみんなに会わなかったの?」
「お正月は、涌谷に帰っていたの」
「ああ、そうか。親戚の人のところにでも帰省していたんだね」
 美子は、黙ってうなずいた。
 去年の大晦日から今年の正月にかけては、美子は、涌谷の守屋のおばさんの家に泊まっていたのだった。守屋のおばさんは、美子の親戚ではないが、上木家の隣の敷地に住んでおり、美子の父が生きていたころから、親しく行き来していた間柄で、以前から正月には是非帰っておいでと誘われていたのだった。美子も、久しぶりに涌谷に戻り、中学時代の友人たちとも遊んだりと、楽しい冬休みをすごすことができた。
 それに、実際、美子が天満宮を留守にすることで、宿舎を守護者たちの控室として利用できるメリットもあるのだった。
 それを聞くと、圭吾も納得した顔になった。
「そうか。今は東北各地からでも日帰りで往復できるけど、年始の挨拶には、家族と一緒に来る人も多いから、結構大人数になるものな。オレは、今回は行かなかったけど、うちではお袋や兄貴は行ったし、沢見さんは奥さんと、隆士さんはお母さんといつも来るしね。蜂谷家の二人の子供は、来なかったらしいけど。でも、男と女の双子だってさ。オレはまだ会ったことがないんだ」
 美子は、初めて知る守護者たちの話に興味しんしんで聞き入った。龍一は、ほとんどこのような話を美子にしてはくれないのだった。
 圭吾も、ちょっと首を傾げた。
「そうだなあ。親父もてっきり今回、龍一様から美子ちゃんの紹介があると思っていたらしい。今年は、上木家新当主のお披露目があるだろうと言っていたからね。でも、昨日の話を聞く限り、龍一様には、少なくとも美子ちゃんの卒業まで、そのお考えはないらしいね」
「守護者って、学生や未成年のうちはなれないの?」
「いや、そんなこともないようだよ。そもそも、それぞれの一族の当主は、その一族の中で決めるんだ。たいがいは、前当主からの指名や遺言があるんだけどね。うちはもう、兄貴が親父から指名を受けている。そして一族として、その当主をその地の守護者として任命してもらうように、守護主様に奏上するんだ。それで結局は、一族の当主イコール守護者になるわけだけど。
 ああ、でも上木家の当主は、またちょっと違う選び方らしい。上木家は、当主の選定から守護主様が関わるようなんだ。もともと上木家が土居家から分かれた一族だったからだろうね。だから、守護主様が『上木家の当主は当面不在のまま』とお決めになってしまえば、そういうふうになってしまうんだ」
 美子は、がっかりした。では、美子は卒業したとしても、龍一の許可がない限り、当主にも守護者にもなれないのだ。
 圭吾は、慰めるように言った。
「美子ちゃんがやる気があるのに、まさかそんなことはないよ。だって、美子ちゃんは、当主でも守護者でもないのに、飛月の護持を任せられているんだろう? 飛月は今まで、使い手の上木家ですら、守護主様の許可なしでは、さわることすら許されていなかったんだぜ。その飛月を普段から自分の家の中に置いておけるなんて、まったく前例のないことなんだから」
 そうして圭吾は、首をのばすように、リビングボードのほうに目をやった。さっきから、その上に乗せられている飛月らしき短刀が気になっていたのだ。美子はようやく気がつき、慌てて立ち上がった。
「あ、ごめんなさい。飛月を見に来たのよね。ここに置いてあるの」
 二人は、リビングボードの前に並んで立った。
 圭吾は、興奮を抑えられない様子だった。
「これが飛月か。すげえや」
 そうして、あらゆる角度から飛月を観察していたが、けしてふれようとはしなかった。美子はすすめてみた。
「別にさわってみても、いいよ」
 圭吾は、ぴょんと顔を上げた。
「まさか! 飛月は、守護主様と守護者しか、さわれないような秘文がかけられているっていうぜ」
「あ、そうか」
 圭吾は、あくなき視線を飛月に浴びせながら、口の中で、もごもごと言った。
「『守護者』というからには、上木家以外の守護者でも大丈夫なのかも知れないな。しかし、そんなことを試してみた守護者たちが今までにいないわけだから、どうだか分からない。そもそも、オレは守護者ですらないし」
「圭吾君がさわったら、どうなるのかしら……」
 思わず美子がつぶやくと、圭吾はちらりと美子を見た。
「さあ……。でも、この飛月には、何百年にもわたって代々の守護主様がかけてきた守護秘文の力が積もりに積もっているんだぜ。悪いけど、オレはあえて実験台になりたくはないなあ」
 美子は、急いで謝った。
「ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃなかったの」
 そして、ふと思いついた。
「そういえば、あたしも、まだ『守護者』じゃないのよね」
 圭吾は、ぽんぽんと美子の肩を叩いた。
「だから、美子ちゃんは特別だっていうのさ。ね、飛月を抜いて見せてくれないか?」
「うん」
 美子は、すっと目の前で飛月を鞘から抜いた。美しい銀の光がさっとこぼれる。
 圭吾は息をはっと呑んだ。そうして、しばらくじっと飛月を見つめていたが、
「ありがとう、美子ちゃん」
と言った。
「もう、いいの?」
「うん。しまってくれ」
 美子は、また、飛月を鞘の中に戻した。
 圭吾は、黙ったまま、もとの椅子に戻って座った。美子も、その向かいに座った。圭吾は、一つ大きなため息をつくと、美子に言った。
「美子ちゃんは、本当に何ともないの?」
「え、何が?」
「飛月さ。あの飛月を持って、何にも感じないの?」
「もちろん、何にも感じないなんてことはないわよ」
「じゃあ、どんなふうに感じる?」
 美子は、一生懸命に説明しようとした。
「飛月には、すごく温かくて強い力がいっぱいつまっているの。普段は、眠っている大きな動物みたい。鞘から抜くと、飛月は、ちょっと目を覚ますの。あたしが構えて秘文を唱え始めると、飛月もはっきり目覚めて、秘文の力が流れてくるのを待ち構えるのよ。あたしの秘文の力が弱ければ、飛月の力もあまりたち上がらないし、あたしがうまく秘文の力を流すことができれば、飛月も喜んで大きな力が湧いてくるみたい」
 圭吾が、驚いたように、訊いた。
「飛月が、喜ぶの?」
 美子は、ちょっと恥ずかしそうに笑った。
「あたしが勝手にそう思っているだけなのかも。でも、飛月をあたしに渡してくれた三沢初子さんも、『飛月を可愛がれ』って言っていたし。あたし、飛月は刀の形をしているふーちゃんみたいなものだと思っているの」
「ふーちゃん?」
「そうよ。ふーちゃん、出ておいで。この人は大丈夫よ」
 すると、ふっと宙から生まれ出てきたかのように、いつ間にか美子の膝の上に、金色の毛をもった霊孤が姿を現したので、圭吾は、驚いて体をのけぞらせた。
「うわっ。どこから出てきたんだ?」
 美子は、ふーちゃんの頭を撫でてやりながら、圭吾に言った。
「本当は、さっきから、あたしたちの近くにいたのよ。でも、圭吾君が初めて会う人だから、姿を消していたみたい。結構、人見知りするのよ、この子」
 圭吾は、まじまじとテーブルの向こう側の霊孤を、見つめた。濡れたような大きな黒い目が、圭吾を真正面から見つめ返したが、それが心なしか値踏みをされているように感じるのは気のせいだろうか。
「これ、なんなの?」
 圭吾は、恐る恐る訊いた。
「もとは、ケサランパサランで、もっと小さかったの。手のひらに乗るくらい。一年前に、涌谷の家の近くで、初めて会ったのよ。それからずっと一緒なの」
「ケサランパサランだって? これが? ウソだろ」
 ふーちゃんは、その圭吾の言葉を聞いて、機嫌を損ねたように、ふんと鼻を鳴らして横を向いた。美子は、ふーちゃんを抱き上げて、あやすように、ちょっと顔をすりよせてやった。
「本当よ。一年の間にだんだん大きくなったの。でも、龍一が言うには、ふーちゃんはすごく珍しいタイプなんだって。普通はケサランパサランって、色も白いし、大きくなったりもしないんだってね」
「うーん」
 圭吾は、呆れたようにうなった。そして、そうっと、ふーちゃんを撫でようと手を伸ばした。ふーちゃんは、それから逃れるように、美子の肩に飛び乗った。
 圭吾は、苦笑いした。
「何だか、嫌われたみたいだな」
 美子は、ふーちゃんのふさふさした尾を撫でた。
「おかしいね。どうしたの、ふーちゃん。可南子さんが来たときは、喜んでいたじゃない。築山さんも大好きでしょ」
「ふーちゃんは、学校にもついてくるの?」
「うん。でも、みんなには見えないみたいだけど」
「だろうなあ……」
 そして、圭吾は、大きく息をついた。
「何だか、美子ちゃんが飛月を任せられた理由が分かった気がするよ」
「え、どういうこと?」
 圭吾は、頭の後ろで手を組みながら、言った。
「つまり、そのふーちゃんに選ばれたように、飛月の護持者にも美子ちゃんが選ばれた、ってことさ!」
 美子は、また膝の上に戻ったふーちゃんの目をのぞきこみながら、もごもごとつぶやいた。
「龍一も、そう言っていたわ」
「龍一様も? いいなあ」
 美子は、顔を上げた。
「どうして?」
 圭吾は、手を戻すと、きょとんとしたように言った。
「どうしてって、つまりそれは、龍一様に力を認められているっていうことじゃないか」
「うん……」
 美子は、また視線を下に戻した。
(あたしが龍一に認められている? 本当にそうなのかしら。あたしを選んでくれたのは、ふーちゃんや初子さんよ。龍一は、あたしをいつまでも子供扱いして、秘文や守護家のことも、ほとんど教えてくれない……)
 圭吾が続ける。
「それに、龍一様自ら、美子ちゃんの保護者役になってくださっているし。天満宮に住んだことがある守護家なんて、いないもんなあ。龍一様は、美子ちゃんを自分の子供みたいに大事に思っているんだね」
 美子は、震える唇をそっと噛みしめた。
 それから、美子と圭吾は、互いの携帯電話の番号を教え合った。
「圭吾君、ごめんね。忙しいのに、あたしの修学旅行の課題まで手伝ってもらうことになっちゃって」
 圭吾は、笑って、答えた。
「そんなこと、気にしなくていいよ。親父のいうとおりさ。オレ、本当はヒマなんだ。普段から日本中を歩き回っているし」
「日本中を?」
 圭吾は、ちょっと照れくさそうに、言った。
「昔から、山に登ったり、歩き回ったりするのが好きでね。今年の正月に天満宮に伺えなかったというのも、実をいうとバイクで日本一周旅行の最中だったんだ」
「日本一周? すごいじゃない」
 圭吾は、にやっと笑った。
「まあ、まだ一周はしていなくて、半周ってとこだけどね。親父には、いつもふらふらほっつき歩きやがって、って言われているよ。でも、オレなりに修行のつもりでもあるんだ」
「修行?」
 圭吾は、うなずいた。
「日本中の霊山と言われている場所を回って、少しでも霊力を高めようと思っているんだ。親父は兄貴以外には初島家の修行をしちゃくれないからね。自己流だけど、退魔も少しはできるようになったんだぜ」
 そうして圭吾は、ごそごそとジーンズの後ろポケットから、木の枝のようなものをとり出した。先が二股に分かれていて、間にゴムひもがはられている。
「これが、オレの退魔の武器だよ」
「なあに、これ」
「パチンコさ。これで念をこめた弾を、祓いたい相手や場所に打ちこむんだ。もちろん、飛月の力には遠く及ばないけど、下級霊だったら、これで充分だよ。それに飛月は、やたらに手に持って外を歩いたりできないだろ。警察に見つかったら、やばいもんな。その点、パチンコだったら平気だよ」
 美子は、うなずいた。去年、飛月を新寺の善導寺から、躑躅岡天満宮まで持って来るのに、服の中に隠しつつ、冷や汗をかきながら運んだことを思い出す。
「これ、圭吾君が作ったの?」
「うん。これは、長野の山奥に生えていたヤマザクラの枝で作ったんだ。このほかにも何本か持っているよ。だいたいは、桜で作っているね。パチンコには桜や椿なんかのねばりのある木がいいんだ。弾は、たいがい霊山なんかで拾った小石を磨いて使うことが多いな」
 美子は、すっかり感心してしまった。
「すごいんだね、圭吾君」
 圭吾は、頭をかいた。
「そんなこと、ないよ。美子ちゃんのほうが、本格的な退魔を経験済みだろ」
「でも、それは、ほとんど、龍一と飛月の力を借りてやったのよ」
「そりゃ、当然だよ。オレが勝手に退魔をしたことが初めて分かったとき、親父はすごい剣幕で怒ってさ。退魔をなめるなって。霊力が小さい相手だって、何かの拍子で逆にとりつかれたりする場合もあるんだぞって、さんざん説教された揚句に、それまで作ったパチンコを全部とり上げられちゃったよ」
「えっ? でも、それは?」
 美子は、圭吾のパチンコを見た。圭吾は、いたずらっ子のように笑った。
「こいつは、そのあとの何代目かのものだよ。ま、オレが懲りずに作り続けるんで、親父もさじを投げたっていうか、黙認しているんだろうな。オレだって、軽い気持ちで霊と向き合っているわけじゃない。だから、全国の霊山を回って、自分の霊力を強くしようともしているんだ。親父は立場上、例え自分の息子であっても、次期当主の兄貴以外の者に退魔法を教えるわけにいかないんだ。初島家のきまりでね。それはオレも分かっているから、自己流さ。親父も、オレが小さいころはやかましく言っていたけど、高校を卒業したら、何も言わなくなったよ。自分のことは、自分で責任をもて、ってことだろうけどね」
「そっか……」
 美子は、龍一に不満を抱いていた自分が恥ずかしくなった。龍一は、美子に秘文の唱え方や退魔の仕方を教えるときは、必ず、丁寧にこと細かく説明してくれたし、実際でも、けして美子を一人で放っておくようなことは、なかった。当たり前だ。美子は、まだまだ半人前もいいところなのだから。
 圭吾は、優しく、美子に言った。
「焦るなよ、美子ちゃん。美子ちゃんが本当に望んでいるなら、それは龍一様がいつか必ず叶えて下さるよ」
 美子は、頬を赤らめながら、うなずいた。
「ありがとう。……圭吾君は、昔から龍一のことを知っているの?」
 龍一のことをもっと知りたかった。美子と同じくらいの時のことや、もっと小さいころの龍一のことを。しかし、圭吾は、首を横に振った。
「オレが初めて龍一様にお会いしたのは、高校を卒業した年だから、二年前かな。もちろん、それまでにも何回もここに来たことはあったけど、そもそも、守護主様に挨拶のために宮司舎に入るのは、守護者だけだし。オレたち家族は、ここで待っているだけさ。小さいころは、築山さんの正月料理を食べる機会としてしか、考えていなかったしね」
 圭吾は、笑った。
「そうそう、先代の菖之進様には、小さいころ、一度だけお会いしたことがあるよ。七歳のお祝いの時かな。親父に連れて来られて、わけも分からず頭を下げさせられたね。菖之進様にお子様がいるっていうことは、知っていたけど、ずっと話に聞いていただけさ。しかし、親父は何度もお会いしたことはあったようで、菖之進様の生前から、オレたちに向かってしょっちゅう、『龍一様は、すごいお方だ。土居家の将来は安泰だ』って、言っていたよ。オレは、それを聞いていて、龍一様は、すごく恐ろしい方だと思いこんでいたんだ。でも、実際にお会いしたら、全然、そんなことなかったよ。……それにしたって、今回たった一人で、天満宮に来て、龍一様と食事をすることになったと聞いたときは、どうしようかと思ったけど」
 美子は、くすりと笑った。
「食事中は、そんなに緊張しているようには、見えなかったわよ」
 圭吾は、ぎょっとしたように目を丸くした。
「え、そうかい? オレ、何か失礼なことをしたかな?」
「それは、大丈夫だと思うわ。龍一も、機嫌がよかったみたいだし」
 圭吾は、ほっとしたような表情を浮かべた。
「なら、いいけど。ただでさえ、親父には、『お前は、粗忽ものだから、注意しろ』って、ことあるごとに言われているんだ。本当は、『龍一様』という呼び方だって、怒られるんだ」
 今度は、美子が驚いた。
「えっ、どうして?」
「守護家の者にとって、守護主様の呼び方は、『守護主様』以外にない、とさ。龍一様は、もう土居家を継いで、守護主様におなりになったんだから、そういう呼び方はいけないと言われた。でも、最初にオレが間違って名前で呼んでしまったとき、龍一様は、『別に構わない』と言って下さったんだ。だから、それ以来、オレは、『龍一様』と呼ぶことにしているんだ。何故なら、龍一様は、オレが一番尊敬する方だし、この世でたった一人のお方だからさ。『守護主様』は今までに何人も存在していたけれど、『龍一様』は、あとにも先にも一人しかいらっしゃらないんだからね」
 そう言って、圭吾は、胸をはった。美子は、何だか、嬉しくなった。そして、心の中で
(そうよ、そうよ。龍一は、この世でたった一人の人なのよ!)
と叫んだ。
 美子と圭吾は、お互いに知己を得たように、にっこりした。
 その時、圭吾の腕に巻いたダイバーズウォッチのアラームが鳴った。圭吾は、それをとめた。
「あ、もうこんな時間か」
 次に、圭吾の携帯電話が鳴った。圭吾が出る。
「はい、はい。分かりました。申しわけないッス、お手数をかけまして。ええ、すぐ下りていきます」
 圭吾は、電話を切ると、慌てたように立ち上がった。
「築山さんが、駐車場で待っていてくれているから、行かなくちゃ。美子ちゃん、お茶、ご馳走様。それから、飛月を見せてくれて、ありがとう」
 美子は、圭吾と一緒に外まで出た。圭吾は、走って庭師小屋まで行くと、すぐに中から荷物が固くつまったリュックを背負って出て来た。
 上社の鳥居の前まで、圭吾を見送る。
「じゃあね、美子ちゃん。次は、京都で会おう」
「色々、ありがとう、圭吾君。またね」
 美子は、小雨の降る中、駆け足で石段を下りていく圭吾が、赤い扉の向こうに消えるのを最後まで見届けた。
 そのまま、しばらく待っていると、築山のジープが駐車場を出ていくエンジン音が聞こえる。
 美子は、振り返って、雨の上社を眺めた。宮司舎は、静まり返っている。龍一は、もう出かけたのだろうか。それとも、まだ眠っているのだろうか。
 それから、美子は、ゆっくりとした足どりで宿舎に戻った。
2012/03/04(Sun)09:17:22 公開 / 玉里千尋
■この作品の著作権は玉里千尋さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 明鏡の巻に続く第二巻目となりますが、一巻目を読まない方でも大丈夫なように(一応)したいと思っております。
 二重カッコが気になると思いますが、今巻は現在と過去が入り交じる構成になっているため、区別の意味で、過去の部分は、全部二重カッコを使わせて頂いておりますので、ご了承ください。
 超長編になる予定ですが、多角立方体のように、世界は、見る角度で様々な姿をもっていると思っているので、一つ一つのエピソードが互いにつながりながらも、やっぱりそこに固有の物語がある、というふうに書いていけたら、と思っております。
 つたなく読みづらい点が多々あるかと思いますが、よろしければ目をとおしていただき、ご感想・ご批評などいただけると、大変嬉しいです。
 よろしくお願いいたします。
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは! 羽堕です♪
 突然のニニギの過去の話で、吃驚しながらも面白く読めました。そして、やっぱりニニギに対してのイメージも大分、変わりました。ここまで夢や野望に燃えていると気持ちが良いぐらいで、好青年だったんだなとw
 もちろん侵略者でもあるのですが、そういう負い目を感じさせない上に立つ者の資質のようなもを感じれました。サルタヒコとの対峙からの決闘は、少しあっさりとしていて、もう少し武器を交えながらの会話などあっても嬉しかったかなと思います。
 ニニギのヤクヤヒメへの一途さというか態度が、ちょっと可愛らしくもあって国を治める者としての立場との鬩ぎ合いも良かったです。でもこうなってくるとサクヤヒメの娘である美子の事が、胸騒ぎじゃないですけど心配になってきました。
 ニニギの決心の固さなど、ちょっとどころでなくカッコ良く見えてしまうから困ります。次は現在に一旦もどるのかな? とてもワクワクとする構成だと思いました。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/10/19(Mon)13:30:160点羽堕
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。おお。ニニギの話かー。前話でニニギは悪役でしたが、今回は主役ですか? ともかく、好青年っぽい感じと、どことなく覇王的雰囲気が出ていて良かったです。サルタヒコとの戦いは、羽堕さんも言ってますが、もうちょいボリュームがあっても良かったかなーと思いますが、それでもあわせて第一話でこの大ボリューム。ちっとも不満ではありませぬ。サクヤヒメとの話で、ニニギがすっかり王様でありながら女性に傾く一途な殿方という感じも大変好みですが、それよりなによりどっかに消えてしまったサクヤヒメが大変気になります。これからどうなるんだろう。そして現実はどうなっているのか? 大変気になるところです。
そしてこんなボリュームを一度に読ませてしまう文章力は流石ですにゃ。
2009/10/19(Mon)22:45:281水芭蕉猫
 こんばんは、千尋様。上野文です。
 御作を読みました。
 驚きました。ニニギの前作における超越者然とした傲慢さが、探求者としての野心に。悪役然とした意固地さが、不器用さに。視点と時代を変えることで、キャラクターの魅力や世界観をいっきに掘り下げられたと思います。前作でも異彩を放っていた彼ですが、今作ではどのような立ち回りを見せるのか、第一話から期待で胸が高鳴りました。とても面白かったです! 続きを楽しみにしています。
2009/10/20(Tue)23:40:110点上野文
>羽堕様。コメントありがとうございます。
 ニニギが実在していたら、やはり人を惹きつけるような魅力的な人間だったのではないかと思って書いたので、そのように感じて頂けたなら、大変嬉しいです。『壮年』と書きましたが、昔のことで、たぶんまだ二十代でしょうから、今でいえば確かに『青年』でしょうね。実は龍一と同じ年くらいだったりして……。 
 サルタヒコとの戦いは、自分でも(足りんな〜)と思いつつ、やっぱりアクションシーンが苦手なので、こうなり、それでやっぱりご指摘を受けてしまいましたーー; あ、でも会話を盛り込むってのは手ですね! なんか光明が見えた気がします。ありがとうございます!
 英雄の恋というのは、一途ですが、ちょっと傲慢です。美子は、サクヤヒメを介してニニギとつながっています。その辺、これから書ききれるとよいのですが……。
 ワクワクと言って頂け、大変嬉しいです。ありがとうございました!

>水芭蕉猫様。コメント&ポイントありがとうございました!
 一巻目でニニギを書いているうちに好きになってしまい、今回思いきりスポットを当てることになりました♪ 王様ニニギの雰囲気が出ているとのお言葉、大変嬉しいです。なにせ王様にも英雄にも会ったことがないものですからw 
 一杯目から山盛飯ですいません! 今後も、食傷気味と言われぬよう、頑張ります! そして戦いのシーンだけオカズ不足だったこと、申し訳ありません。いや、文章力などないのです。ムツカシイ言葉が使えないだけでして……; 
 英雄には恋物語がつきものですよね! 永遠に憧れの対象である女性、それが男性にとっての女神様、なんでしょうね。
 現在編もよろしくです。ありがとうございました! 

>上野文様。コメントありがとうございます。
 前作でも神と思えぬ人間くさいニニギでしたが、今作では更にパワー全開になっております*
 お褒めのお言葉に負けぬよう、頑張りたいと思います!
 古代編は神話ベースになっているので、妄想おもむくままにノビノビ書けて楽しいです♪
 ありがとうございました!
2009/10/21(Wed)08:00:130点千尋
こんばんは。辞書を片手にのっそり現れました、木沢井です。
 ニニギが人間臭い、というか今回は完全に『人間』ですか。いやいや、言動や行動に風格が現れていて、まさしく英雄といった感じですね。それにしてもニニギが海を渡ってきたのは意外でしたが、そこはそれ、ファンタジーというものですね。でなければ、海から来るのはスクナヒコでしたでしょうし。スクナヒコといえば、彼(?)はニニギの質問に答えているようで答えていないような言い回しが印象に残りました。
 ウズメ、サルタヒコやサクヤヒメなど、私でも知っているような神々の名前が出てくると、いよいよ御作のタイトルの実感がわいてきます。
 スクナヒコが出たということは、彼が助力したという……といった空想の垂れ流しを、次回への期待に代えさせていただきたく思います。
 以上、久石中毒から抜け出す気もない木沢井でした。いやもうほんと、あの御方はジブリに関係なく素晴らしいですよ。
 
2009/10/24(Sat)23:26:230点木沢井
うほほ。
読ませていただきました。うーん、ニニギ様。なんかどっちも魅力的ですが、やっぱ個人的には龍ちゃんと対峙していたニニギ様により惹かれますね。この作品を読み、日本神話を読み、日本の神々を知り、想像し、想いを馳せていると、「ああ日本に生まれてきてよかったな」「日本っていいな」と、こういうときばかりは思います。サクヤヒメも気になるけれど、実はやっぱし美子ちゃんが出てきてないとさみしかったりも(笑)
ともあれ続きを楽しみにしていますね。新型インフル続々流行中!!ですので、千尋さんもお体には気をつけて。ゅぇはさっそくやられましたので。笑 ではではまたの更新をお待ちしております。
2009/10/26(Mon)21:54:070点ゅぇ
>木沢井様。コメントありがとうございます。
 スクナヒコも確かに『海を越えてやってきた』神と言われていますよね。そこら辺の設定も実はあるのですが、もっと先に出す予定です。
 ニニギについては、『火の鳥』でも採用されていた騎馬民族説をとってみました。でも、おっしゃる通り、あくまでファンタジーなので、学術的突っ込みはどうかご勘弁ください;; ニニギに風格があるとのお言葉、とても嬉しいです!
 スクナヒコの言い回しは、ちょっと工夫したいところだったので、気づいて頂いて嬉しいです。
 えー、たぶん今後の展開は、神話以上に荒唐無稽になっていくと思いますので、ご覚悟をw
 ありがとうございました!

>ゆぇ様。コメントありがとうございます。
 きっちりとした悪役というのを、私はもしかしたら書くのが苦手かも知れません。人間には色々な面があるって、すぐに考えてしまうので……。
 でも第一巻の印象をよく思って頂いているようで、ほんとに嬉しいです! 第二巻でガッカリされぬよう、ドキドキながら頑張って投稿したいと思います。もちろん、龍一も美子も忘れとりませんので、どうか今後ともよろしくお願いします。
 普段は意識していないのですが、やっぱり私もバリ日本人なんだなって思います。故郷は故郷。あ、映画の『ターミナル』を思い出しましたw
 新型インフル! 大丈夫ですか! 体調不良って、生活のリズムが狂って本当に嫌ですよね。お大事にしてください! 私もインフルエンザではありませんが、ここ数日調子を崩し、レスが遅くなりましたことをお詫びいたします。
 ありがとうございました!
2009/10/28(Wed)07:23:450点千尋
作品を読ませていただきました。大王の資格を持った人物としてのニニギは面白い。歴史は好きだけど本来文献史料が残っている時代以降が好きで史料がハッキリしない時代はあまり好きではないのですが、この作品は楽しく読めました。昔読んだ古事記を思い出しながら読んでいましたよ。では、次回更新を期待しています。
2009/11/01(Sun)16:26:580点甘木
>甘木様。コメントありがとうございます。
 ビビりなので、文献史料がハッキリしている時代には、恐ろしくて手をつけられない、というのが、正直なところなのです。(二千年前のことだから、誰も本当のことは分からないだろう)と自由気ままに書いております。大陸から渡って来たばかりのニニギたちの言葉の問題なども、思いきり棚上げさせていただいております;
 人間ニニギを楽しんでいただけたら、本望です。ありがとうございました!
2009/11/01(Sun)20:10:330点千尋
初めまして、鋏屋と申します。御作を読ませていただきました。
またしてもこの作品も別で連載されていたシリーズ物だったのですか……
いや、いかに自分が人様の作品を読んでなかったのかがよくわかります。こんな面白い作品があったんですねw 私はここからなので、各キャラの立ち位置というか、役みたいな物が他の皆様よりよくわかっていませんが、とても面白く読めました。キャラの紹介があったのもここから読んだ私にはありがたかったですw はじめの夢の話で神話のような印象を受け(いや、『様な』じゃないのか?)とても神秘的なイメージがありましたが、途中現実側(あってるよな…汗っ)になって『オヨ?』っと思いました。すみません、近いうちにログって追いつきますねw
でもそう思わせるほど面白かったです。やはりちゃんとした実力がある方の文章は安心して読めるなぁ…… 次回更新までに過去の分も読まなくちゃ!
鋏屋でした。
2009/11/04(Wed)18:43:291鋏屋
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
まってました美子ちゃんパート!!!というわけで、じわっと読ませていただきましたが、まず最初に美子ちゃんの起床時間にびっくりです。六時半かー。早いな。私も八時十五分までに自転車で十五分の職場に行かなければならないのですけれど、起きるじかんは七時だったりしますので、そう思うととても早いなと。でもやっぱり早起きは苦手なのよー嫌いなのよー朝は寝てたいのよーとじわじわ寝坊してます(おい)でもやっぱり、雨の日に自転車はやめたほうが良いと思います。危ないです。アレは。
選択授業は、やっぱり楽な道を選んでしまいますので、アカネに同意。でも、簿記も結構おもしろいですよ? と。
美子ちゃんがとった日本史の授業ですが、先生の始め方と考え方が良いなと思いました。もっとも、私は自分というものは他人があってこそだと思っているので、自分で決めれるものではないので、そのあたりの齟齬はありましたが、概ね同意します。推理小説のように読み解くというのは納得です。
でも、世界史も日本史も苦手だったなぁ……。授業には萌えが無くて(おい
文章面ではやっぱりとっても読みやすくてよかったです。これから彼ら、彼女らがどうなってしまうか楽しみにしてます。
2009/11/04(Wed)21:38:530点水芭蕉猫
こんにちは! 羽堕です♪
 ふーちゃんと美子の寝ている所が、頭に浮かんできて「うわっいい」なんて、気持ち悪くもハシャイでしまいました。私も、ふーちゃんがめちゃくちゃ欲しいです! 簡単に手に入らないのは分かってるし、どちからかと言えば、ふーちゃんに選ばれないもんな。
 龍一って、やっぱり優しいんだなって思いました。ただ凄く不器用なんだなって、それと築山や可南子の事など、朝の風景と上手く前回の話などもあって、とても入り込みやすかったです。
 アカネのスパイって発想は、ちょっと笑ってしまいましたw それと学校のシステムなんかいいなぁ、私もそういう高校に通って見たかったかも。翔太が登場したと思っていたら、アカネは興味がなくなったのか? なんだか微妙な空気が流れてるなって、ちょっと思いました。日本史といえば、高校の時の先生が、めちゃくちゃ主観をいれて話すので、教科書と違うんじゃんって何回も思ったの思い出しましすwやっぱり歴史が好きだからこそ、そう熱くなってしまうのかなって。それにして夏休みの課題のテーマが、高校時分の私(今もですが)に、出来たかなって思いながら、高校生の時に真剣に、そういう事を考えるのも大事なのかもなって思いました。
 細かいのですが「それを龍一や四朗に反対され」ここは築山かな? あと歴史の先生の話は、もう少しスリムにしても良かったかもなと。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/11/05(Thu)13:58:580点羽堕
>鋏屋様。コメント&ポイントありがとうございます。
 初めまして! 拙作をお読みいただき感謝感激でございます。登場人物紹介や、二章の初めにハリポタ風な説明を入れた甲斐がありましたw 
 『夢』の章は“神話”なのかな? 自分でもよく分かりませんが……(コラ。 スクナヒコ風にいえば「神についての物語を『神話』というならば、これは『神話』だが、そもそも『神』とは、そして『現実』とはなんぞや?」……などとモッタイをつけましたが、『夢』の部分は、どんどんストーリーを巻いていきますので、あまり深く考えずに楽しんでいただければ、これ幸いです。古代編も現代編も、当人にとっては『現実』、そんなふうに考えて頂ければいいかなと思います。
 面白かったとのお言葉、大変嬉しく励みになります! ありがとうございました!

>水芭蕉猫様。コメントありがとうございます。
 美子は、特技が寝ることだけあって、寝るのが好きなはずですが、秘文の練習だの、天気が悪い日には徒歩通学だのという事情があり、やむを得ず六時半起きになっているようですT T
 歴史の教師に概ね賛同いただいたこと、嬉しいですー。歴史を遡りながら教えるというアイデアは、知り合いの弁護士さん(ちなみに戦前生まれの方)が言っていたことで、なるほどと思い使ってみました* 私も高校の歴史の授業は好きではなかったですよ。まさに『年表詰め込み式』でしたから。そ、そして、簿記って面白いんですか? 龍一ほどではないですが、私もお金の計算が不得手なもので、会計関係は近づかないことにしてます;
 他人の中に自分を見るか、自分の中に他人を見るか。それにしても『他人あっての自分』とは、猫様は大人ですねー。私はひたすら自己中心的な人なので、みんなもそうだと思ってました(恥ずかしい……。
 読みやすかったとのお言葉にホッとしています。ありがとうございました!

>羽堕様。コメントありがとうございます。
 人間同士の恋愛模様が遅々として進まない中、この話で一番ラブラブなのは、じつは美子とふーちゃんなのです。とにかくベッタリなのです。だから添い寝、口づけは当たり前なのですー* なぜ美子がふーちゃんに選ばれたのかは、もちろん理由があります! でもしばらくヒミツです^^。
 龍一の不器用さを感じていただけ、嬉しいです。古典的ですが、男の不器用さに萌えを感じてしまうものですから* 背景紹介もマズマズうまくいったようで、ホッとしています。
 熱い歴史教師、いいじゃないですか! まあ、学校という枠の中でどれだけ自分の史観を教えるべきかっていうのは、難しいところですが。今作ではガラにもなく理想の学校教育とは?なぞというものを考察したかったのでした。とりあえず『ゆとり』でないことは、確かだなと。それで萩英も修学旅行にまで課題をつけるビシバシ教育です^^。日本史の夏休みの課題は、私も書けるかどうか分かりません!
 歴史教師の話は、おそらく、いや絶対に『長い』と言われるであろうと思ってまして、半分削ろうかとも考えましたが、(やっぱり削れない)とそのまま載せてしまいました; うーむ。でも、やはりどうにかせねば……。これは、私の『課題』ですね。
 「四郎」は「築山」の間違いでした! ありがとうございます。次回更新で訂正いたします! あ、ちなみに築山四郎の『四郎』は、『仙台四郎』からとったんです。話の筋にはまったく関係ない情報ですが……。
 ありがとうございました!
2009/11/06(Fri)20:47:170点千尋
読ませていただきました。いやあやっぱり、私このシリーズ大好き(しつこいって)
特に美子ちゃんが出てくると、自分でも不思議なほどテンションがあがります。あれから一年も経ったのね。ふーちゃんがまだ小さかったころ……という書き方に、なんだか過ぎた時間を感じてすこし切なくなりました。ふーちゃん。この物語はほんと、ふーちゃんがいなかったら成立しないのではないかというくらい存在感があるなあ。今回は結構、歴史の先生の話でかなりのボリュームを使われましたね。羽堕さんもおっしゃっているとおり、もう少しスリムでもよかったかなというか、その合間合間にもう少し地の文をいれたほうが読み手はほっとするかなというような気がしました。それか、そうだなあ、一話にがっつり入れるのではなくて、数話にわけて彼の持論・授業を小出しにしていくとか。そのほうが個人的には読みやすいかな、という感じ……ではありますが、歴史バウムクーヘン論には肯かされるものがありました。これから京都修学旅行ですね。そちらもとても楽しみです。次回も首を長くしてお待ちしておりますー!!
2009/11/07(Sat)20:36:350点ゅぇ
こんばんは、何があっても目が覚めるのは六時二十分の木沢井です。いえ、だから何というわけではありませんが。
 歴史教師の説明は確かに長々としていますが、どれも重要かと思われますので、削られなかった千尋様は正しいと思われます。分を弁えない私見ではありますが、台詞の間に教師か生徒らの動作など挟まれてみてはいかがでしょうか?
 修学旅行に課題と聞くと、三年ほど前に行った語学研修を思い出しますが、萩英はよりハードですねぇ……。
 修学旅行の行き先といい、美子を取り巻く人々といい、次回での展開が非常に楽しみです。あ、もしかして、次回はニニギらでしょうか? ううむ、それはそれで楽しみですね。
以上、バウムクーヘンは丸かじりが基本の木沢井でした。
2009/11/07(Sat)20:46:460点木沢井
>ゆぇ様。コメントありがとうございます。
 いやいや、『大好き』なんてお言葉は惜しみなく何度も言っていただいて構いませんのですよーw 今作は登場人物も多いのですが、やっぱり美子とふーちゃんは自分に一番近いキャラには違いなく、それを気に入っていただいているというのは、自分を褒めてもらっているのと勘違いしちゃうくらい嬉しいのでした!
 歴史教師の話は、確かに熱くなりすぎでした。落ち着けって、私; そうですね、同じ調子が続くと読みづらい。フムフム納得です。アドバイス、ありがとうございます! 今後の修正に生かしたいと思います!
 京都、行きますよ! 待っていてください^^。
 ありがとうございました!

>木沢井様。コメントありがとうございます。最近、生活のリズムが乱れて、起床時間もバラバラの千尋です。
 なるほど! 削らずに、読みやすさをプラスする。勉強になりました! なんかやれそうな気になってきました。ありがとうございます。
 旅行に課題は、確かにめんどくさいですよね。でも、私も大学時代にひと月の語学研修に行ったことがありましたが、遊んでばかりでまったく身につかなかったので、やはり最低限の緊張感は必要のようです……;
 昔のバウムクーヘンは、ボロボロ皮がはがれましたが、今はシットリ系が基本のようですね。
 ありがとうございました! 
2009/11/08(Sun)06:54:310点千尋
 こんばんは、千尋様。上野文です。
 御作を読みました。
 おおー、先生がちゃんと先生してる!?
 いいこと言ってるなあ、と思わずのめりこんでしまいました。
 一作目は、どうしても「説明パート」という感じで乖離間を感じてしまったのですが、二部に入って以来、以前以上にうまく絡めめられて、魅せられています。
 続きがどうなるのか、一部出演キャラとの再会はあるのか。続きがとても楽しみです。面白かったです。次回更新を心待ちにしています。
2009/11/12(Thu)22:59:220点上野文
>上野文様。コメントありがとうございます。
 そーなんです、ちゃんと先生している先生を書きたかったのです!
 ちなみに、この歴史の先生には、ちゃんと名前もありますが、あえて載せておりません。内田百關謳カの『生徒にとって教師とは現象にすぎない』とのお言葉に、なるほどと思ったからで、彼が美子たちにとって現象にすぎないうちは名前を出さないことにしております^^。
 ほんとですか〜、最初に比べてちょっとは成長してますかね。嬉しいです。今作では、登場人物も前作の数倍になる予定です。よろしくお願いします。
 ありがとうございました!
2009/11/14(Sat)10:21:330点千尋
はじめましてプリウスと申します。
コノハナサクヤヒメがいると聞きつけて参上しました。
歴史の授業のくだりは『カラマーゾフの兄弟』における『大審問官』のようなものですね。
物語全体よりもその部分が一番強調されていて、一番繰り返し読まれるようなところ。
田中角栄研究で有名な知の巨人、立花隆氏も『大審問官』の部分は何度も読み返し、そこだけ異常に手垢で汚れていたそうです。
ただ他の方が指摘されているように、歴史談義に力を入れすぎたという感がありますね。
物語全体を食いかねないという意味で、少し抑えた方が良かったのだろうと思います。
「俺が教えることができるのは、『史実』というよりも、色々な人々の『歴史観』なんだ。絶対的な真実など、誰にも分からない。しかし、人々が動くのは、彼らが『これが真実だ』と信じている考えによってなんだ。だから、もし君たちが、他人の行動の理由を知りたければ、彼らの信じている考えを研究しなければならない。そして、その考えの基礎にあるものの多くは、過去にあるんだよ」
この部分だけを抜き出し、例をひとつ挙げるくらいで丁度いいなというのが僕の意見。

僕は前作を読んでいないからかもしれませんが、過去パートと現在パートがどのように繋がるのか、まだ見えてきていません。
主人公は霊感があるようなので、いずれニニギとも語り合うときがくるのかなと。

実は僕も日本の神話とかが大好きな人でして。
伏見の稲荷大社とかは夕方近くに何度か足を運んだりしています。
なので千尋さんが今後どんな風に神話を物語に変えていくか楽しみにしています。
それではまた。
2009/11/21(Sat)19:48:240点プリウス
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
うーむ。相変わらず読み応えがあって嬉しかったです。そしてぐいぐい引き込まれるこの吸引力が素敵まくりですにゃ。学校の課題とか、懐かしいなぁ。私は修学旅行はほとんど一人ぼっち状態が多かったので、友達とわいわいするというのはとても羨ましいです。あ、でも美子ちゃんも個人で自由に課題を持ってあちこち回るのでしたよね。良いなぁ。京都は私も行きましたけど、メチャメチャ時間が無くて、結局清水寺でお守り買ったくらいか。また行きたいなー。京都。可南子さんがくれた課題によってどのような京都旅行になってくるのか、今から楽しみです。
そして圭吾くん。憎めなくて良いキャラだなと思いました。何か大型わんこみたいな雰囲気が出てますね。凛とした龍一とは良い感じに対称になってて引き立っているな。と感じました。
それから美子ちゃんってやっぱり凄い能力を持っているんだなぁと思いました。
ちなみに、簿記はきちんと習えば中々に奥深いですよ。確かに私もニガテ科目ですけれど、授業で習う分には面白かったです。実際に使うとなると……責任がおそろしやorz(おい
2009/11/21(Sat)22:17:510点水芭蕉猫
こんにちは! 羽堕です♪
 修学旅行で課題とかあったら、行くと土地の事とかも興味がでるし知りきっかけにもなって、いいななんて思ってしまいました。それから、こと乃を羨ましく思う美子の気持ちって分かる気がします。自分が好きな人に大事にされてる人の事を、嫉妬に近い感じで思ってしまう事ってありますから。
 圭吾と美子、龍一との、短いやり取りの中にも、圭吾の人柄がすごく出ていて、明るく物おじしないけど、ぎこちなくも礼儀正しくて、お年寄りとかに可愛がられるタイプかなって思いました。
 美子の底力みたいのは、周りの反応があるとすごく伝わってきます。圭吾(周りからみたら)が美子の事を龍一が、どう思ってるから語った時の、美子の反応とか色々と思う事が出来て良かったです。
 ふーちゃんには避けられた圭吾ですが、美子とは仲良くなれたようで、これから京で何がまっているのかワクワクします。
 細かいのですが「じゃ、オレも『美子ちゃん』でいいよね」って改めて言うのも、冗談ぽく言ってるようでもないので変なかなと、少し思いました。
であ続きを楽しみにしています♪
2009/11/22(Sun)15:47:380点羽堕
読ませていただきました。うーん、前回も思ったんだけど、修学旅行の課題提出ってわりと厳しめ?な印象で、ちょっと新鮮でした。京都関連でテーマ決めてレポート書くとか、いいなあー♪今回は新しく圭吾くんが出てきて、ちょっとどきどきしました。実はあんまりいい印象を持てなくて(笑)これから変わっていくのかな。美子ちゃんは相変わらず利発で可愛くて、わたし彼女のことが大好きです。そして彼女も龍一の情に少しずつ気づいていくんですねー。伏見のお酒は飲んだことないんですけど、なんとなく言いたいことはわかるような気がしました。先日、伏見大社に行ってきたのですが、やっぱりお稲荷様のフォルムってほんとに美しいですね。好きです。京都編を首を長くしてお待ちしています!
2009/11/22(Sun)20:38:571ゅぇ
>プリウス様。コメントありがとうございます。
 ドキリ、です。確かに、歴史談義の部分を書くにあたり、『大審問官』を念頭においてました; しかし、さすが立花氏ですね〜。私も『カラマーゾフ』は好きですが、あそこにくるといつも眠気が……。つーか、そんな奴が真似しようとするなってーー; まあ、長説明は私の癖なので、前作をお読みいただいている方々には、(また、こいつの悪い癖が始まった……)くらいに思われているでしょうが。そして私は、そんな作品にお付き合いいただいている皆様を心から尊敬申し上げております! いやいや、貴重なご意見、本当にありがとうございます!
 過去と現在……、本当にちゃんと、つながりますかねw まあ、ニニギは前作の現在パートで、すでに出現しているので、つなげようと思えばつなげられますけど、そこに物語の連続性がなければいけないわけで。でも歴史教師の言うとおり、どっかでは、つながっているでしょう!(無責任)とりあえず次回更新は過去パートになりますので、チラとでものぞいてみてやってくださいー。
 伏見の稲荷大社! いいですねぇ。私はまだ行ったことないんですよ。行きたいとは思っているんですが、なにせ東北在住なもので、えいや!というふうにしか関西方面には行けなくて。この間京都に遊びに行った時も、結局無理でしたT T 次回は是非訪れたいところの一つですね。でも、夕方の伏見大社。雰囲気ありすぎで怖そう……。それにしても、日本神話が好きな人って思っていたより多いんですね♪
 ありがとうございました!

>水芭蕉猫様。コメントありがとうございます。
 ありがたいお言葉です。なにせ、更新のたびに(こんな大量の言葉の垂れ流しをして、本当によいのだろうか……)と自問しているものですからT T
 私も、高校の修学旅行は京都だったんですが、中に『大学めぐり』という訳のわからない予定が組まれていて、しかもそのせいで時間がなくなり、楽しみにしていた嵐山観光がカットされてしまったという悲しい思い出がありますT T だから、萩英の修学旅行は、そんな私の苦い記憶の反動から生まれたといっても、いいのでしたーw
 圭吾が大型犬というのは、絶妙なたとえですね! 確かに、木の枝を放り投げたら、水の中まででも追いかけて行って、とってきそうです^^。
 ちなみに、最近、ようやく、『貸方借方』の意味が分かってきました私です!
 ありがとうございました!

>羽堕様。コメントありがとうございます。
 そうですよねー。嫉妬の対象って、異性、同性、関係なく感じちゃう時ってありますよね。それに、美子は可南子に肉親に近い感情を抱いているので、余計かも知れません。
 あ、そうですね、圭吾は年上に可愛がられるタイプかも。そして、羽堕様の『年寄り』という言葉に、これから書こうとしていることを言い当てられたようで、ちょっと(オオ?)と思ってしまいました。いつもながら、鋭い……。
 確かに、美子は、自分を龍一と比べてばかりだから、自己評価が低くなりがちということは、あると思います。その点でいっても、圭吾といると楽ということはあるかもなあ。
 そして、ご指摘、ありがとうございます! そうですよね、(あんた、すでにそう呼んでいるじゃん)って感じですよね。その辺、ぜひ修正したいと思います。
 毎度毎度、的確なご批評、ありがとうございます!

>ゆぇ様。コメント&ポイントありがとうございます。
 どうも、萩英の先生方はハリキリ型が多くて、生徒は大変のようです。
 そして、ゆぇ様は、圭吾があまりお好きでないとは、ふーちゃんと同意見のようですね^^。圭吾に悪気はないんですけどねー。
 美子は、我ながら、(うーむ、地味な奴め)と思いつつ、いつも書いているので、そう言っていただけると、大変嬉しいです! 龍一は、確かに情があるんですが、美子は、まだ不満のようです。
 ゆぇ様も伏見大社に行かれていたとは! うらやまし〜!! はい。私の、次の京都旅行での目標は、伏見に行って、お酒と稲荷大社を堪能してくることです♪ でも、日本酒は、なんだかんだで、やっぱり東北が一番ですよん。なんて、基本、地元愛ですから、お許しを^^* 楽天も、ベガルタも、浮上してよかった〜。
 ありがとうございました!
2009/11/23(Mon)12:02:260点千尋
どうも、鋏屋でございます。
ブログにて前作から一気読みをしてやっと追いつきました。結構ボリュームがあってとても満足です。私は読むのが普通の人より若干早いのですが、PCですので横書きということ、また通勤電車内と言うこともありトータルで3時間ほど掛かってしまいましたw
先にここの夢の部分を読んだせいか、ニギギがあまり悪者(いや、神様だから違うのかな?)には感じられなかったですw やはり先に過去作品を読んでから読むべきでした……
設定、世界観、キャラクター、そして文章。そのどれもが完成されていて、普通にすげぇ!!とか叫びたくなりましたw そして飽きさせないストーリーが素晴らしかった。
私は最近小説が純粋に楽しめなくなってました。何というか『書き手』視線で読んでしまうんですよ〜 例えば「このシーンにこの台詞は変じゃね?」とか「この構成は上手い」とか「この表現は素敵だ」とか…… ふと気が付くとそんなことばかり考えて読んじゃってる自分がいます。高々書き始めて2年弱の奴がなに生意気なこと言っちゃってるんでしょうねw
自分の勉強のためって思えばそれもアリなのでしょうけどね。でも純粋に『物語を楽む』という小説を読み手にとって一番重要なファクターのピントがぼやけてしまっていました。でも、御作を読んで、久しぶりに熱中しました。私の好きな表現で『物語に浸かる』というのがあるのですが、まさにそれです。珍しく余計なことを考えずにこの世界にとけ込んだ気がします。実に気持ちよかったです。
日本神話には疎い私ですが、とても勉強になりましたよ。様々な史跡? や土地の名前(躑躅岡天満宮って本当に有るんですか? 私の脳内ではすでに実在してますがw)もリアルですし、凄い研究されててとても素人の小説とは思えませんでした。
美子の家を無くしてから天満宮での生活に至るまで、そこでの生活と天満宮に訪ねてくるお客や、龍一の親戚。まるで読んでる私自身が龍一の親戚になったように感じてしまって、読み終わってからももう少し余韻に浸るため、お気に入りの部分を読み直したりしてしまいましたw キャラ作りが繊細で丁寧ですね。思いっきり感情移入するキャラばかり。私などキャラづくりはホント乱暴なので見習いたいものですw リアルなのにリアルすぎないキャラつーか、地に足着いたキャラつーか、なんかそんな感じです(上手く表現できません)ただ1点だけ、台詞の中の句読点『、』が若干多かった気がするんですが、コレはこういう書き方が一般的なのかな? いや、私に学がないのでこの辺のルールがわからないんです。もしかしたら故意でやっておられるのかとも思ったんですけどどうなんでしょう? 良い悪いとかじゃなくて純粋な疑問です。あと仙台って方言とかってあるんでしょうか? 私は親父の実家が弘前なので津軽弁が凄くて…… あの、コレも純粋な質問ですw もし津軽弁の様だったら、それで書かれたら何言ってるんだかわからなくなりますからww 可南子さんが京都の言葉を使っていたのでふと思っただけです。御作には全く関係ないですから気にしないでください(←じゃあ書くな)
そういや私の好きな可南子さんが人物紹介に居なかったのが残念だw
全作からの感想を一気に書いてしまったので長くなって仕舞いました、スミマセン。もう文句なしに面白かったのでファンになりました♪ また前作を読んで退屈な通勤時間がとても楽しい時間にして頂いたことに感謝いたします。是非続きも読ませて頂きます。
鋏屋でした。
2009/11/25(Wed)13:15:172鋏屋
 こんばんは、千尋様。上野文です。
 御作を読みました。
 今回の更新分は2番打者というか、新展開への準備部分なのですね。
 圭吾君のキャラを中心に手堅くまとめられたなあ、という印象をうけました。
 龍一君が術者として強すぎるため、逆に新鮮で面白かったです。
 続きを楽しみにしています。
2009/11/26(Thu)20:48:180点上野文
>鋏屋様。コメント&ポイントありがとうございます。
 拙ブログを訪問頂き、しかも読了、そして三時間ですか! 早っ! 私だってもっとかかりますよw ほんとにほんとに、ありがとうございます! 私のブログなんて、皆さんの美しいHPと違って貧相だし、おまけに登竜門で修正したところも反映忘れがちの、放置ブログで、とっても読みにくかったでしょうに……。鋏屋様がブログをご覧になるというので、慌てて登場人物なども更新したくらいで(汗)。はい、可南子は追加しときました! 重ね重ねありがとうございます。
 ほんと、PC横書きは読みづらいですよね。私も原稿の最終推敲は、縦書きでプリントアウトしてやっています。それでも、誤字脱字が散見されるのは、何故……。
 『書き手視線』とは、すごいですね。私は、思いきり『読み手視線』ですよw 笑ったり、泣いたり。なので、感想が上滑りがち(アハ。とにかく、まるっと素人ですから! え、セリフ中の読点が多すぎる? すみません、まったく故意ではありません。一般的な書き方とか、ルールとか、ほんと分からなくて見よう見まねでして。なにせ、まるっと……ry
 『物語に浸かる』なんて、嬉しすぎるお言葉ですー。そしてリアルなのにリアルすぎないキャラとは、なるほどです。私の話って、ほとんど自分の夢が発端になっているんですよ。この作品も、最初に美子と祥蔵と龍一が枕元に立ちまして、『書け〜』とのたまうものですから、仕方なくw たぶん、現実の社会生活で出せない自分を消化するためなのかなあ。まあ、一種の心理療法みたいなものですかねーー。なので、キャラも全部自分の分身だと思っています。おぉ、鋏屋様が龍一の親戚、ということは、私と鋏屋様も親戚?(違うって)
 地名なんかは全部実在しています。私、数々の苦手分野があるのですが、固有名詞を創造するというのも、超苦手で、人名もなかなか出てこないくらい。圭吾は、友人の子供の名前ですし; 躑躅岡天満宮ももちろんありますが、鎮守の森とか上社とかは創作です。まあ、理想形の躑躅岡天満宮ですね。字も現在は『榴岡天満宮』ですが、これは当て字で、意味も読みも本来とは違うので、昔と同じに直しています。さらに言うなら、現在仙台は区政が敷かれていて、『仙台市宮城野区榴岡』となっていますが、「仙台に区なんて必要ないさー」とばかりに、はずしております。
 この語尾に「さー」をつけるのは、仙台弁ですね。突然ですが、狩野英孝という宮城県出身の芸人さんがおりますね。私は彼に何の悪意ももつものではありませんが、仙台弁で言いますと「あのよー、狩野英孝って芸人いるべ? あいつ仙台出身って言ったりしてるけどよー、ほんとは宮城県栗原市の出身なんださ。栗原はこの間の地震で大変だったんだからよ、堂々と地元の名前をテレビで言って宣伝してやればいいのによ、まったく肝の小せえ男だっちゃ」というふうになります(狩野さんゴメンなさい)。でも『仙台弁』といっても、これは現在の『仙台市』の範囲ではなく、『仙台市及びその周辺郡部を含む地域で話されている方言』という意味合いです。『宮城弁』と言わないのは、廃藩置県前の藩名が『仙台藩』だったからでしょうか。今の仙台中心部に住む若い世代は、ここまでなまっていません。私も中学までは『〜だっちゃ』を多用していましたが、今は言いません。『〜さー』くらいはたまに言います。あと語彙で割によく使うのは、『いずい(しっくりこない)』『ゴミを投げる(捨てる)』『米をうるかす(水に浸けておく)』とか。仙台もテレビや核家族化の影響で、イントネーションは別として、方言は段々うすくなっているようです。もともとの仙台弁も、東北弁の中では、だいぶゆるやかなほうだと思います。なお、圭吾は津軽出身の設定ですが、鋏屋様もご存じのとおり、本当に津軽弁をしゃべらせたら、翻訳文付きでないと分からないことになるでしょうね^^;
 可南子がちゃんと京都弁になっているかどうか、非常に不安なところがあります。一応京ことばのCDや本を参考にしたり、果ては『舞妓Haaaan!!!』まで観たりして(!)書いているのですが、たぶん地元の方が読んだら、『全然違うやろ!』ということになっている気がします;; 
 おっと、地元ネタが楽しくてつい長くなってしまいました〜。この作品のコンセプトとして一つに『全国的にいまいちジミ〜な仙台を紹介する』というのもあるので、鋏屋様のご感想にムフフでございます♪ 登竜門は全国の方々が集まっているので、みなさんの『お国自慢、地元紹介』なんか色々お聞きしたいな、などと思ったりするのですが、ここの掲示板は、なんか熱い小説談義の場のようですしね。実は、仙台の地理談義というのも、先に用意しているのですよん。また長説明かよ!と思われそうですが、興味がない場合は、思いきりすっ飛ばしてくださいませ。
 ではでは、本当にありがとうございました!

>上野文様。コメントありがとうございます。
 おっしゃるとおり、今回更新分は、圭吾の紹介&次回への布石となっております。
 確かに、龍一の立ち位置というのが、きっちりしているので、それとの比較でキャラが作られていくっていうことはあるかも知れません。
 まとまっているとのお言葉に、ホッといたしました。
 ありがとうございました!
2009/11/28(Sat)12:56:340点千尋
続きを読ませていただきました。全編を通して丁寧に書かれていて非常に物語世界に入りやすく、また情景も浮かびやすくて良いですね。ただし仙台に関しては一度しか行ったことないし、夜に着いた途端友達と飲んじゃってどんな街か解らないまま翌朝には離仙して印象がなかった。でも、この作品を読んでもう一度行ってもいいかなと思いました。歴史の解説の部分は読みやすいけど冗長感がありました。歴史学など役に立たない学問ですよ。歴史が嫌いなワケじゃないですよ、だって私は大学では文学部史学科ですから。でも、人間なんて歴史から何も学ばないし……史学じゃなくって死学ですよ。さて戯れ言はおいて作品の感想。全体を通して読み直してみると文章のリズムにやや波を感じました。龍一のシーンなどは波が強いというか……キャラの個性の強さかもしれませんが、そんな風に感じられました。では、次回更新を期待しています。
2009/11/28(Sat)23:48:310点甘木
>甘木様。コメントありがとうございます。
 物語に入りやすいとのお言葉にホッとしております。とりあえず伝わることが第一ですものね。
 わが町仙台に興味をもって頂き嬉しいです! それでこんなことを言うのは何ですが、正直仙台は観光に来ても面白くないですよ^^; 雄大な自然も、由緒ある史跡も、熱い祭りもありませーん。ただ、気候が温暖で、食べ物が美味しく、物価のバランスがとれていて、競争も激しくない、住むととっても楽チンな土地なのです。あんまり楽なので、人間がダメになりそうですw 仙台に傑物が出ないのは、そのせいという気がします。伊達正宗は米沢の出身ですしね。
 史学は死学かあ。そうかも(コロッと)。ただ、一時期私は歴史関係の本を読みまくったことがあって、その前は生物学についてまとめて読んでいました。たぶん、自分の立ち位置を確認したかったんだと思います。その後、この話がババーっと出てきたんです。自分で体験したことしか本当に自分のものにはならないとは、思っています。でも、その自分って、何か? 人生分からないことだらけですが、書きながらそれを考えているのかも知れません。なので、この作品は私のメモ的な要素があるため、そのメモが長いと冗長になるという……。でも作品の完成度としては下がりますよね。
 正直、龍一というキャラには振り回されています; 前作ではそれで苦労したので、それで今作では登場人物を多くして、ヤツの影響力をうすめようという魂胆が……。だから、というわけではありませんが、次回からは、しばらく過去パートに逃げます!
 ありがとうございました! 
2009/11/29(Sun)19:53:300点千尋
合計5
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