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『実録/嘘吐いたら針千本』 作者:木村一彦 / リアル・現代 未分類
全角38775.5文字
容量77551 bytes
原稿用紙約105.95枚
この小説はフィクションのスタイルをとった純文学ですが、実際、東京都豊島区南長崎一帯で、平成二十一年五月現在進められている大掛かりな「振り込め詐欺犯罪組織」の泳がし大捜査と、その捜査に巻き込まれた一市民の苦悩や葛藤を描いた実録です。ドラマ「踊る大捜査線」の百倍は有に上回るであろう大捜査線が敷かれており、警視庁特捜本部の動きや、泳がし不法大捜査の全容を知る、一市民である主人公の口封じのために暗躍する警察庁の実態をも赤裸々に綴ったノンフィクションです。
実録/嘘吐いたら針千本
一般市民に殺人電磁波を照射する殺人集団である警察庁の実態を暴く



木村一彦



プロログ
この小説はフィクションのスタイルをとった純文学ですが、実際、東京都豊島区南長崎一帯で、平成二十一年五月現在進められている大掛かりな「振り込め詐欺犯罪組織」の泳がし大捜査と、その捜査に巻き込まれた一市民の苦悩や葛藤を描いた実録です。ドラマ「踊る大捜査線」の百倍は有に上回るであろう大捜査線が敷かれており、警視庁特捜本部の動きや、泳がし不法大捜査の全容を知る、一市民である主人公の口封じのために暗躍する警察庁の実態をも赤裸々に綴ったノンフィクションです。


 僕、安藤信一が、薄汚れた下衆な男女を練馬区のデニーズ江古田店まえで見送ったのは夜明けまえだった。男女はそれぞれ二台のマウンテンバイクに跨り、漆黒の闇の中に呑み込まれた。浮気者の阿婆擦れ女は振り返りながら嫉妬深い男の眼を盗んで僕に投げキスを送ってきた。男女とは今生の別れだと思った。二度と戻ってほしくないとも思った。恩知らずで性悪な犯罪者とはいえ、ともかく凶悪な犯罪グループから二つの命を救ったという達成感があった。
その頃、犯罪グループの奴らは裏切り者で下衆な男女を捕らえようと、男女のアジト兼住まいのマンション白梅(豊島区南長崎5−17−5)周辺で待ち構えているはずであった。僕は直後から男女の尻拭いを危険承知でやらないといけない残務処理が待っていた。
伝統的に危機管理に長けた家系で育ったこともあり、政府や政治がらみの大きな事件に巻き込まれたときのことを想定して、シミュレーションを二十年まえに済まし、更に追加して書き換えてきた。これが結果的に冤罪を着せられることなく、警視庁始まって以来の大掛かりな組織犯罪捜査に導けたことは自分でも誇らしく、ご先祖様たちは、きっとよくやったと誉めてくれていると思っていたが、警察当局の不法犯罪捜査の全貌を知る僕は警視庁特捜本部にマークされて二年以上も二十四時間監視される酷い目に今も遭っている。警察庁が現場に直接乗りだし、指揮を取りだして僕の口封じのために殺人電磁波を照射して殺害を度々企てた。
更には僕の携帯電話は不法盗聴(裁判所に通信傍受の申請がされていない)された上に、玄関には人の出入りを二十四時間監視するための隠しカメラが設置され、自転車に発信機を巧妙に取り付けられて、僕の全ての行動が把握されている。
とても一般の人は信じられないことだろうが、僕の口封じのために携帯電話に殺人電磁波を民間の携帯電話会社のアンテナから携帯電話に逆送信され、脳に激痛が走り、何度も死ぬ思いをした。
更には警察庁が現場を直接指揮するようになってから、僕の在宅を確認した上で、部屋に超強力な殺人電磁波を浴びせかけるなど常軌を逸した行動にでた。
僕の居住する部屋への殺人電磁波攻撃を知った根拠は、DVDやビデオが、突然、全く映らなくなり、調べた結果、テレビに繋ぐケーブル端子が強力な電磁波で電荷を帯びていたことからであった。
体制に批判的な学者や評論家やキャスターらを秘密裏に殺人電磁波装置で電磁波を照射して発ガンさせたり、脳梗塞などを引き起こさせて殺害する話は聞いてはいたが、僕自身が殺人電磁波攻撃の標的になるとは思わなかった。
恐らく、ガンで亡くなった筑紫哲也氏は明らかに殺人電磁波攻撃を受けたことは確かであり、ガンと闘っている辛口キャスターの鳥越氏も電磁波攻撃を受け続けているものと思われる。


本編

深夜、マンションの玄関のドアを潜り、男女が入ってきた。黒色のスーツ姿の男女は白いシーツに包まれた布団を両手で抱え、何とも不自然で不恰好な姿だった。
 悪事が初夏の生温い一陣の風と共にマンションに侵入した瞬間だった。
僕は振り向きざまに男女と眼が合ったが、これがポッカリと口を開けたブラックホールに吸い寄せられた瞬間だった。
 このときの男女との出会いは、宇宙物理学的に表現すれば、ちっぽけな宇宙船が、突然、ブラックホールとでくわしたと言った方が的を得ている。
互いに会釈を交わし、くたびれ果てた顔をした中年の男は、「引越しのご挨拶に参りますから」と無精髭の隙間から笑顔を覗かせた。
「皆静かに生活していますから挨拶はいらないですよ」
僕は階段を上がる男女に無碍な言葉を発した。
今考えれば、そのときの無碍な言葉通り、得体の知れない男女を遠ざけていたらブラックホールに易々と呑み込まれることはなかった。
  しかし、何処かの大いなる何者かに託された指令を自らの意思で断ち切ることはできず、パソコン機能のように初期設定されたプログラム通りに二年間、サスペンス劇の舞台でギャラなしの三文役者を演じなければならなかった。
僅かではあったが、プログラムの向こうに見え隠れする答えが垣間見えたことが救いではあった。 


男女の歳の差は歴然としていた。想像を膨らまし、上司と部下の不倫関係で情事を楽しむために部屋を借りたのだと推理した。深夜にスーツ姿で布団を抱えた男女は一刻も早く睦み合いたい一心だと思った。
  僕のツーポイントの眼鏡はそのとき確かに曇っていた。
  平日の昼間に男女を商店街で見掛けた。僕に気付いていなかった。男女共、黒色のスーツ姿だった。男はダークな色のネクタイを締めていた。会社は休みをとって町の様子を見て回っているのかと思ったが、それにしても休みの日だとしたら、ネクタイを締めた男のスーツ姿が奇異に映った。
  数日して深夜にゴミ袋を持って階段を下りてきた女と出会った。会釈もせず、無言で済ますべきだったのだが、手強いプログラムに抗い切れなかった。
  「ゴミ置き場を知っていますか」
僕はゴミ袋を二つ提げた女に声を掛けた。
  女は前回見たときと同じ黒色のスーツを着ていた。深夜にスーツ姿とは不自然というしかなかった。朝方、出勤まえにゴミ袋をゴミ置き場に持っていく人を見掛けることはよくあるが、深夜にスーツ姿でゴミだしする人を見たことはない。何か訳ありの男女であると、常識的に判断して関わりを持つべきではなかった。
謎の器官といわれる僕の脳内の松果体は普段の動きをしない僕に最初の警告サインを送ってきた。
  「ああ、知っています。通りの向こう側ですよね。町内会の掲示板の貼り紙に燃えるゴミをだす日は明日になっていました」
  女はゴミ置き場の方向を見ながら言った。
  「いつでもゴミ袋を置ける場所知っていますからお教えします」
僕は旧知の仲のような言葉使いになった。
仕事熱心な松果体が僕に対して警告を連続して発したことは分かった。
自信に満ちたプログラムは僕の松果体を取るに足らない存在と見下しているようであった。
僕までもが煩い警告を発する松果体を疎ましく思った。それでもプログラムを優先すべきか、松果体の警告に素直に従うかを迷った。
極めて慎重な性格である僕はこれまでは松果体の支配下にあった。松果体が勝手に暴走することはなかったし、ほぼ間違いを犯したことはなかった。それほど信頼してきた。今回も明らかに現状では松果体が正しいことは理解できた。
しかし、僕はこの数年、退屈な人生を送ってきた。自分でも飽き飽きしていた。無意識の内に何か刺激的なことや、冒険的なことを求めていたに違いなかった。
これは明らかに僕が松果体に反抗するように巧妙にプログラムされているとしか考えられなかった。
女を近くのゴミ置き場まで案内した。数年まえまで、僕が住んでいたマンションのゴミ置き場だった。大きなゴミ置き場のためにマンションの住人以外も深夜にこっそりゴミ袋や古新聞の束を置いていた。会社組織のマンション経営のために煩型の大家とかはおらず、ゴミ置き場には故障した洗濯機や古いスキー板などが捨てられたりする一種の無法地帯となっていた。
「よい場所を教えて頂いて助かります」
女は礼を言ったが、常識ある普通の女性なら不法なゴミ捨てには躊躇するはずであった。女は小柄で額が秀でて賢そうに見え、黒色のスーツがよく似合っていたが、見た目と中身の違いは歴然としていた。松果体は順を追って僕に説明してくる。
「208号室は愛媛に引揚げた内田くんという若い画家が住んでいたんですよ」
暗がりの中で何か喋らないといけないような気がした。
「そうなんですか。夫も画家なんです。その方、どんな絵をお描きなっていたんですか」
女は少し挑戦的な口調で言ったが、男の黒色のスーツ姿を思い浮かべて、画家らしくないと思った。
「油絵ですよ。お向かいの樋口さん宅の玄関に彼の絵が一枚掛けてあります。今度見てください」
内田くんが愛媛に引揚げてから二年が経ち、無償だったが樋口さんに油絵の譲渡を仲介したのは僕だった。彼を懐かしみながら言った。


季節は確実に真夏に向かおうとしていた。日差しも日一日強さを増してくる。
男女の入居した208号室は二週間経っても窓のカーテンは取付けられていなかった。208号室の間取りは分かっており、エアコンが取付けられていても西日の日差しが強いことを知っていた。
僕は数年間、箪笥にしまっていた新品同様の二組のカーテンを208号室の男女に譲ろうと思った。 
訳ありの男女は金銭的に余裕がないのだろうと勝手に考えた。捨て切れない物のリサイクル品にしょうと思いついた。ほかにもまだ充分に使える中古の日用雑貨や家具類もたくさん持っており、この機会に手放そうと決心した。
 208号室のドアをノックした。直ぐに返事はなく、ドアの向こうの誰かを窺っている様子だった。極端に警戒心の強さが現れており、何かある男女であることは理解できた。
 名前を名乗ると中から女が返事をして、ドアが少し開けられた。女は男物の白いワイシャツを着て、黒いパンティー一枚だった。髪も梳かし、いつもの黒色のスーツ姿とは別人のように見えた。女の別の一面を見る思いがした。 
 「日差しが強くなったので、まだ充分に使えますから、このカーテンを使ってください」
僕は紙袋に入れた二組のカーテンを差しだすと、女は少しためらいながら紙袋を受取り、「有難うございます」と言った。
「テレビはありますか。炊飯器は」
僕は矢継ぎ早やにリサイクル品にしょうとする物をリストアップした。
「テレビはありませんし、炊飯器もありません。本当に何にもないんです」
女は屈託なく言った。
部屋には二週間以上もカーテンが取付けられていないことから、ほとんど物がないことは理解できていた。入居すれば、何はさて置き、カーテンを真っ先に取付けることが普通である。
女の笑顔から僕のお節介が歓迎されたようなので、気をよくし、階段を下りながら208号室に渡すリサイクル品をあれこれ思案した。
 その日以来、テレビや炊飯器などの中古の電家製品から衣類や家具類を数限りなく渡した。それでも物に溢れ返った僕の部屋は見た目にも、一向に変わり映えしなかった。
 数日してから男から託されたという手紙を女が僕の部屋のドアのまえで手渡した。貰い物に対するお礼と、お茶のお誘いが書かれてあった。便箋に万年筆で書かれた、何とも大仰な手紙だった。いまどきこんな大仰な手紙を書く人はいない。松果体も何か裏があると読んでいるようであった。
豊島区の西武池袋線の「東長崎駅」前のマクドナルドは連日大勢の客で大繁盛していた。この店は開口部が広くガラス窓越しに通りをいき交う大勢の人が見える。カフェテラスがあり、一見するとフランスの田舎町のカフェテラスを思わせた。
 このカフェテラスがサスペンス劇の一つの舞台にもなったが、この東長崎の町を暗雲が次第に呑み尽くすことなど、その頃は道いく人の誰も知る由もなかった。
カフェテラスの椅子に腰掛けて男女を待った。待ち合わせ時間に少し遅れて男女はいつもの黒色のスーツ姿でやってきた。今年の流行カラーも黒が主流なために黒色のシャツ姿や黒色の上下のスーツ姿の者が町中に溢れていた。
「やあ、少し遅れたね。ここでいいのかい。俺たちも、ここではカフェテラスをよく使うんだ」
 男は二十年来の友のように馴れ馴れしく、洋画の日本語吹き替えのようなアクセントで言った。
「今日は涼しいからここがいいと思って」
僕は常々、洋画の日本語吹き替えは、おかしなアクセントだと思っており、自分流の台詞と口調で答えたが、男は僕にも日本語吹き替えの口調を期待しているようだった。
男は始めから本領を発揮しだした。僕と松果体とは同意見だった。吹き替え日本語とは、鳥肌が立つような違和感だった。松果体が更に警告の度数を上げるときは全身を痒がらせる。孫の手が必要なほど全身のあちこちが痒くなった。
カフェテラスは男が白い椅子に腰掛けた瞬間から独演会場と化した。憑かれたように自分の生い立ちや、女との出逢いから今日に至るまでのことを事細かに喋りだした。話の中で本人が詐欺罪で八年間、刑務所に服役していたことまで話す。それも求刑が十一年で、判決が八年だったと自慢げに話す。地検の検事の名前までだして事件が大掛かりな詐欺事件だったことも自慢する。新聞に俺が悪者としてデカデカ載っているので機会があったら読んでくれ、と念を押す有様で、テープレコーダーでもなければ、とても記憶に留めることはできそうにないほどの大量のヘドロを吐きだした。
僕はこれまで服役歴がある人間と直接私的な会話を交わしたことはなかった。男女が熊本から駆け落ちして東京まで盗んだ自転車を何台も乗り継いで逃げてきた経緯を聞かされた。そもそも、こんな話を知り合って間もない他人に話すことではない。女は傍で男の話を黙って聞いているだけ。懺悔にも似た告白話で、僕は神父ではない。これ以上、こんな与太話を聞いていいものだろうかと心の中で迷った。
男は女に頭がいいと擦り込むために一杯のコーヒーを飲むときも、何やかやと哲学的に語り、俺は賢いのだと自分で吹聴したが、至る処に稚拙さが滲みでていた。男の嘘が露見するたびに女は僕の眼をジッと見て、「信じてください」を繰り返した。
知人が女性が相手の眼を見つめて、信じてください、と言うときは、心理学的に嘘を吐いているときだと教えてくれた。僕はまだまだ勉強不足だと思った。
僕は奇しくも、詐欺師の男女を身近で観察することができたが、そこで分かったことは、詐欺師とは人は誰でも嘘を吐くと思っていることであった。人が言うことを全く信じない。本人たちの為になることすらも信じない。嘘と本当のことの見分け方を失っているようであった。この詐欺師の男の騙し方は簡単である。本当のことを言えばいいということであった。
僕が詐欺師の騙し方を学んで何の役も立たないが、詐欺師の見分け方が分かったことと、詐欺師は騙す相手を見定めると、下準備を入念にやり、憑依霊のように取付く技に長けていることであった。
僕は知り合いの舞台女優の芝居を観にいこうと男女を誘ったが、幸いなことに犯罪グループから逃げる日と重なり、芝居を観にいくことは実現しなかった。男女が犯罪グループから逃れる過程で古本屋に持ち込んだ書籍に高価な演劇の本が一冊混じっていたことを隣町の古本屋の店主から聞かされ、背筋か寒くなってしまった。
僕は芝居を観にいっていたら女優を男女に紹介したであろうから、男は演劇論でもぶって女優に取り入り、何事か企んでいたことは確かだった。
松果体は男女の正体を僕に晒すチャンスとばかりに、何ら警告らしきものをださなかった。賢い松果体は既にプログラムとしっかり手を結んでいるのではないかと思った。
 男は名前を佐藤慎一と名乗り、数日して八木晋太郎と名乗り直した。女の名前は彩と言った。僕の人生で僅か数日で偽名から本名に名乗り直されたことは始めてのことだった。
後で分かった男女の正体は詐欺師に輪をかけた驚愕すべき性悪な犯罪者だった。男は画家ではなく元カンプライターだった。広告ポスターの下絵を描く、ペンキ絵の看板屋だった。女は画家と看板屋やカンプライターの違いを、よく理解していなかった。
男女の歳の差は三十歳ほど離れているようだった。男は女を曳き寄せるために画家だと女に擦り込んだようだった。コピーライターが作家と称するようなものだ。女を廃鉱の壊れたトロッコのようにヨタヨタ曳きずっていくためにセメント不足のコンクリートで嘘を塗り固めていた。直ぐにもコンクリートが剥がれ落ち、瓦解する嘘を積み重ねてきた。
男は女を曳きずっていくために医大に入学させてやるという約束をしていた。女は精神病院の入院歴があり、それまでは神戸の国立大の学生だった。文学部哲学科を専攻していたが、そこでパンクしたらしい。男は女がちょっと離席した際、そう話した。
女が医者になって無医村で村人を診療し、仲良く暮らすメルヘン話を男はこさえて、女に子守唄のように、ことあるごとに聞かせていた。
犯罪で得た汚れた金で医者になり、無医村で村人の診療をし、平和な余生を送る。天が許すはずもないが、童話作家らが聴いたら激怒するようなお伽噺話に、僕は頭がこんがらかってしまった。男はそんな嘘っぱちストーリーを平気でこさえる底知れないペテン師だった。
もっとも、精神病院の入院歴のある者をペーパーテストの結果だけで、医学部に入学させてくれるほど、日本の大学の医学部は甘いものではなかった。
僕は男女と何度目かお茶したときに、女に医学部入学の淡い期待を抱かせているのも、嘘の極みと思い、女に精神病院に入院歴がある者は、どこの大学の医学部も入学をシャットアウトするシステムになっているから諦めた方がいい、と言ったら、男が傍から「嘘だ。嘘だ」と声を荒めて否定した。僕は「入学できないんだ」とキッパリと言い切った。
女は黙っていたが、少し納得していたようだった。ショックを受けた様子はなく、初めから架空のメルヘン話と思っていたように見えた。
女は虚言癖で熊本の精神病院に入院した。措置入院か、自主入院かは男の口からは聴けなかった。女は入院していた精神病院で、男と知り合って一ヶ月ほどで強力接着剤のようにくっついて入籍した。お互い作為に満ちたドサクサ入籍だった。
俺たちは信頼関係で結ばれ、隠しごとなどはない、と男は言うが、ドサクサ入籍して、一年足らずの男女が、お互いのことをどれほど知り得て、信頼関係を構築できるものかを理解していないようだった。
誰からも祝福されず、結婚とはいいがたい、ドサクサ紛れに入籍の法的手続きが済まされたに過ぎない偽装結婚そのものだった。処女だった女はセックスを覚え、不自由な精神病院からも抜けでたかった。男はロリータ顔の女の体が欲しかった。虚言癖の女と詐欺師が見事に融合した相性ピッタリの関係だった。こんな男女が融合すれば、おのずと、日々の行いと近未来は分かり切っていた。
女は大学を中退して精神病院に入院し、一度も就職したことがなく、生活力は全くなかった。男に取付いて生きるしかなかったが、男がいつ沈没するかも知れない泥舟であることは充分承知していた。乗り移れる舟があれば、いつでもその舟に乗り込むつもりだったが、得体の知れない女を乗せてくれる奇特な舟など易々とは見付からなかった。
男は鼻の横に大きな歪な黒子があり、見るからに如何わしい風貌をし、語らずともペテン師そのものだった。
教育者である女の両親は当然のことながら男女の入籍には激怒し、男の素性を調査会社に依頼して徹底的に調べた。男には詐欺罪で八年の服役歴があることがバレてしまった。刑事あがりの調査員が、俺の前科を警察機関から情報を得た、と男はその調査員を非常に憎んでいた。
熊本の女の両親は様々な手を使って別れさせようと試みた。薬物を使って女をセックスに溺れさせていると刑事告発され、刑事に部屋に踏み込まれて逮捕されたこともあったらしい。男が濡れ衣だった、と言っても、とても信じる気にはなれなかった。
男女は女の実家から逃れるために熊本県内を転々としたらしいが、調査会社の追跡で移転しても住まいが割りだされた。女は妊娠七ヶ月だったが、母体がB型肝炎にかかっているからと堕胎させられたらしい。
男の話を聴いていて、更正不可能な犯罪者の男女には、新たな生命の誕生を担うことが、人の権利として許されることとは、とても思えなかった。
女は男の子供をもうけることが、ベストとは考えておらず、男は子供が欲しいことを、僕のまえで女に哀願したことがあった。女の気持ちを変えることは、とても無理であることが見て取れた。いつ沈没するかも知れない泥舟男の子供をもうけても、益々、明日などなくなることを知っていた。男の前妻の子供が知的障害で施設に入っており、そのことも懸念していたようであった。
女が男から離れない訳は極めてシンプルで、原始的でもあった。男がサーベルタイガーから命の危険を犯してでも、マンモスの新鮮な肉を掠め盗り、洞窟の住家まで持ちかえってくるからであった。
しかし、女が懸念することは、男がサーベルタイガーなどの猛獣に倒されることであった。女にとって足らないものは、安心、安全、安定であった。
何れも求めない女性などいるはずもなく、女は乗り移れる丈夫で未来まで漕ぎだせる舟を待ち望んでいた。
女は泥舟男が沈没した後、僕をそれに換わる舟と考えていたようで、男の眼を盗んで、僕にそれなりの接し方をしてきた。これが男の言う男女の信頼関係であった。


男女が漆黒の闇の中に逃れた直後、犯罪グループのボスの失態で、一味は警視庁の特捜本部にマークされ、大掛かりな捜査線上の獲物になっていた。ボスの失態というのが、奇跡に近いものだった。
男女が犯罪グループから住まわして貰っている208号室を自分たちのものにすべく、一芝居を打った直後、芝居がバレて男女は犯罪グループから追われる立場になり、僕に助けを求めてきた。隣町の練馬にあるファミリーレストランのデニーズ「江古田店」で男女と待ち合わせした。男女は深夜十二時過ぎ頃、ファミリーレストランにきたが、男はヤクザもどきに黒色のサングラスを掛け、痩せ細ったゴキブリそのものだった。
男はコーヒーを啜りながら一芝居がバレたことの経緯や、自分たちが犯罪グループの手下であることを、何から何まで全て吐きだした。大皿に盛り切らないほどの呆れた犯罪話に、僕は付いていけそうになかった。
しかし、僕がここで、このまま男女を見捨てれば、間違いなく犯罪グループに捕まり、リンチに掛けられて、凄惨な殺し方をされ、山の中にでも埋められることになると思った。
思慮の足りない男であるために易々と犯罪グループに捕まることは火を見るよりも明らかだった。
犯罪グループは埼玉の暴走族あがりの犯罪集団であることを男から聞かされた。連中の殺人の手口は、山中で穴の中に放り込んで石油を掛けて焼き殺して埋めるのが相場だった。暴走族が仲間割れから仲間を火炙りにして山中に埋めるといった凄惨な殺人が、よく新聞報道されていた。
男は逃げてきた疲れから女に膝枕をさせて長椅子に足を投げだした。そのだらしなさは公共道徳など微塵も持ち合わせていない男の正体を如実に物語っていた。
女がマンションの208号室に戻り、拵えたばかりの男の眼鏡や大事な物を取りに帰ると言うので、慌ててしまった。
「いま帰ったら連中が待ち構えていることは確かだから駄目だ」
僕はありったけの語気を強めて言ったが、女は耳を貸さず、マンションに一旦戻ることを譲ろうとしない。
「君たちには、とてもじゃないが、付いていけない。僕は帰る」
僕は大声をだして席を立った。ハッタリではなく、僕はそのまま帰るつもりだった。
「安藤の言う通りだ」
男は椅子から起き上がりながら女の方を見て言った。
時計を見ると午前三時を少し回っていた。男女に、この後、近くのホテルに泊まることを勧めると、男はホテルには泊まらず、マウンテンバイクで中野までいき、中野サンプラザの庇の下で仮眠を摂ると言った。
僕はこのとき男女が208号室にくるまで、ホームレスだったのだと分かった。こういう場合、サスペンスドラマではホテルに逃げ込むのが筋立てである。日本のテレビドラマで追われる者が、ビルの庇の下で仮眠を摂ったらドラマを台無しにしてしまう。普通の人が、無理やり考えても、ビルの庇の下で仮眠を摂るなどの考えは及ばない。
ファミリーレストランで男女と別れ、僕は電動自転車を漕ぎながら思案した。マンション周辺には必ず犯罪グループの奴らがいることは分かり切っていた。僕一人では不安であるために、どうするか思案した。僕の傍に身の危険が漂っていた。松果体が間髪を入れずに作戦を立案した。
僕は松果体の指示通りに駅前交番経由のコースを取った。交番には幸運にも、知り合いのノッポの若い警官と、もう一人の若い小柄な警官が、交番の中にいるのが見えた。午前四時まえだったが、交番勤務のローティションによっては、警官は奥の休憩室で仮眠を摂っていることもあり、早朝はいつの時間に警官が交番に立っているのか分からない。本当に幸運と言うしかなく、犯罪グループのボスの失態に繋がるターニングポイントであった。
これが、僕も含めて、犯罪グループや男女らの運命を根底から変えることになった。
「マンションの周りに数人の不審者がいるので見回ってください」
僕はマンション周辺に犯罪グループの奴らが張り込んでいるかは確認もしないで、警官にパトロールして貰おうと、真っ赤な嘘を吐いた。詐欺師直伝の嘘吐きだった。交番から二人の警官に同行して貰い、マンションに向かった。途中、ノッポの警官が、「不審者は何人いましたか」と訊くので、僕は「二人か三人だったように見えました」と少し自責の念にかられながらも、二度目の嘘を吐いた。朱に交じあえば赤くなる、という例えがあるが、僕も詐欺師の男女と交じあっている間に、知らず知らずの内に詐欺師の朱に染まっていたのかも知れない。
この二つの真っ赤な嘘が、警視庁の捜査史に残るほどの大掛かりな捜査に繋がる嘘だった。嘘は嘘であって、真実では永遠にありえない。世の中には嘘も方便、と仏教用語の蛇足を付けて、正当化することもあるが、死語にすべきものだと思っている。
二人の警官は懐中電灯を照らし、マンションの周辺を見回ってくれた。奴らの姿はなかったが、小柄な方の警官が二軒隣りの民家のレンガ壁沿いの道路にチャックが全開された黒色のビジネスバッグがあるのを見付けた。ビジネスバッグは持ち主が落としたというよりも、置いていたと言った方が適切だった。
警官はビジネスバッグを懐中電灯で照らして、中身を確認しようとしていたので、僕がビジネスバッグに触れようとすると、「駄目」と鋭い声をだして制止し、警官は本人の指紋が付かないように手袋をはめだした。ビジネスバッグには数冊のファイルが詰められ、小型のノート型パソコンが見えた。
犯罪グループの奴らは警官のパトロールに驚いて周辺から離れていると思い、僕は最後のチャンスに賭けることにした。松果体もゴーサインをだした。
ファミリーレストランで男女と別れるまえに頼まれた本人たちの三個のバッグや女の常備薬や拵えたばかりの眼鏡や、僕が男に渡していたノート型のパソコンなどを素早く回収する尻拭いだった。作戦名は付けていなかった。作戦立案から実行まで十五分足らずで、作戦名を付けるなど考えも及ばなかった。後付けなら、「暁の尻拭い作戦」とでも付けることができる。作戦を立案した松果体には作戦名はうけていた。
208号室の電気は点けず、懐中電灯の光を片手で殺して、回収する物を手際よく僕の部屋に移し換えた。その間、十分間もかからなかった。
僕の中学時代の友人が、某政党本部に十五年近く勤務しているが、高校生の頃、その友人がFBIの技である懐中電灯と拳銃を一緒に持つときの心得を僕に伝授してくれた。拳銃を持ち、片手に懐中電灯を持つときには、懐中電灯を体から可能な限り離すために斜め上に高々と挙げて、懐中電灯の明かりで、相手に易々と位置確認される標的リスクを避ける技だった。
このような危機管理の概念が、僕の中に蓄積され、実際の場で役立った。
208号室に入ると、先ず眼に入ったのが、二組の万年床の上に置かれた電源が入っている僕のノート型のパソコンと男女の脱ぎ捨てたパンツやパンティーなどの下着や靴下やストッキングなどが散乱するパニックルームだった。女は教育者の父を持ち、普通以上に躾られていたはずである。男に連れ回されている間に犯罪者に転落し、身も心も完全に破壊されたようであった。整理整頓という概念をかなぐり捨てたような部屋の有様だった。女は自堕落さを謳歌していたようであった。男やもめには蛆が沸くという例えがあるが、女が同居していて蛆が沸いていた。女のだらしなさは筋金入りだった。
僕のパソコンは偽造免許証をつくるために使っていたようだった。女が僕のパソコンに何かのソフトを入れてあげたいので渡してほしいと、どちらがパソコンの所有者か分からないような口振りで、僕のパソコンを持っていった。まさかそんなことに使っているとは思っていなかった。そのパソコンにしても、後で分かったことだが、男がリサイクルショップで性能の良い中古のノート型のパソコンと交換し、その上で、僕を上手く誘導して、リサイクルショップ屋と謀り、僕にそのパソコンを買わせたものだった。リサイクルショップにパソコンの予約の電話を入れるときに、男は自分の携帯電話を使うことを躊躇し、僕の携帯電話を使った。僕は男がデカい話をする割には携帯電話の料金をケチるなど細かいところがあると思ったが、実際は犯罪に使っている携帯電話の番号を残さないためだった。男がそのパソコンを所有していたときは、偽造の私文書や公文書づくりの共犯にさせられたパソコンだった。ズボンの裾直しをするのでアイロンを貸してほしいと、女がアイロンを持っていったが、偽造免許証のパウチをするためだった。
仰天したのはガスコンロの高さを上げるために、僕の貸していた映画のビデオを何個も積み重ね、ガスコンロを乗せて使っていたことであった。人から借りたビデオテープでガスコンロの高さを調整するなど、九九のできない小学生でも思いつかないだろう。
常識という名の駅を停まらずに通過した居眠り運転手のような男女だった。
恩知らず度なら世界のトップクラスで、ギネスブックに載ることは、先ず間違いなかった。世界を広く見渡しても、こんな恩知らずな人間はこの男女しかいないだろうと思った。
二人の警官が黒色のビジネスバックをどうしたかは分からなかったが、夕方、駅前交番にいって、ビジネスバックのことを、ほかの警官に尋ねると、目白警察署の方に確かに上げた、と言ったので、取り敢えず安心した。
僕は犯罪グループのボスを二度見たことがあり、当初は男女の真っ当な仕事仲間かと思っていた。そのボスと手下の女が208号室を訪問し、帰りしな大きな声で、有難うございます、宜しくお願いします、とビジネス関係を思わせる声がして、階段を下りてくる、その二人の男女の横顔を見た。そのとき男の方は黒色のビジネスバッグを肩から提げていた。それから二週間ほどして、マンションからでていく同じ男の後ろ姿にも、黒色のビジネスバッグが肩から提げられていた。
そのときの記憶があるので、警官が取得物として東長崎駅前交番に持っていったビジネスバッグは犯罪グループのボスのものではないかと思った。
翌日、僕は池袋寄りの隣町のマクドナルドの椎名町店でコーヒーとハンバーガーをカウンターで注文していると、髪の毛の短い若い男が、注文カウンターの横の壁に貼ってあるポスターをシゲシゲと見ている。マクドナルドに入る客は喉が乾いているか、お腹を空かしているかである。注文したモノが間髪を入れずにトレーで渡されて、直ぐに飲食できるのが魅力である。ポスターをシゲシゲと見ている男が奇異に映った。僕は昨日のこともあるので、携帯電話を取りだして携帯電話内臓のカメラで、その男の横顔を撮影して、二階にあるテーブル席に腰掛け、男が上がってくるのを待ったが、その男は上がってこなかった。
僕は絶対何かあると思い、二階のガラス窓から外を窺うと、中年の白髪が目立つ男が、小さな紙バッグを提げて椎名町駅の切符売り場の横に立っている。自然さを装っているが、それが返って不自然さを如実に表現していた。
僕に尾行者二人が付いていることが分かった。二人の男はヤクザ風ではなく、普通の男に見える。昨日のことから推理すると、犯罪グループの奴らかと思った。それにしても、二人の男からはヤクザや犯罪者の匂いはしない。それが逆に僕に恐怖心を抱かせた。こんな普通の男たちが、犯罪グループの手下かと思うと、凄い犯罪組織だと思った。僕の命は持って半日ほどだと思った。
僕は店を直ぐにでて椎名町駅前交番に飛び込み、交番の警官に変な男たちに付けられていることを訴えた。僕が警官と交番で話をしていると、切符売り場の横に立っていた白髪の中年の男が、僕と警官の近くまできて、僕らの話を立ち聞きしている。
僕は凄い恐怖心を抱いた。警官にも動じず、交番に近づけるほどの度胸のある犯罪組織の手下かと思うと、改めて僕の命は数時間も持つまいと覚悟を決めた。
こうなったら目白警察署に助けを求めるしかないと思った。そのまま電動自転車を漕いで、目白署に向かった。目白署の捜査課の刑事に事情を話すと、何か上の空で、僕の話を真剣に聴こうとしていない。僕はやはり何かあると思った。
僕は目白署の受付け横の長椅子に腰掛けていると、捜査課の二人の刑事が玄関先でニャニャしながら話をしている。ここの刑事は不謹慎だと思いながら、やはり何かあると思ったが、刑事には男女からの預かり物があるので、証拠品になるかも知れないので、明日、目白署に持ってくると言った。
マンションに帰り、三個のバッグの中身を確認することにした。バッグの中には偽造免許証をつくるためのプロが使うような道具類のほかに、偽造免許証の写真を記録したであろうDVDや、つくり掛けの偽造免許証などがいっぱい詰まっていた。つくり掛けの偽造免許証は近くの住所になっていた。リサイクルショップで買わされたパソコンと同機種の操作マニュアルも入っていた。僕が乗せられて買ったパソコンは元々は男のものだったことが、そのマニュアルから分かった。米国製のパソコンで、日本ではそんなに普及した機種ではなかった。
翌日、目白署にバッグを証拠品として持っていった。目白署には早朝、タクシーでいったので、受付け横の長椅子に腰掛けて時間を潰した。出勤してくる署員は皆フリーパスで署内に入っていく。一人だけ上着の内ポケットから警察手帳か、身分証らしきものを取りだして受付けの署員に見せて、エレベーターで捜査課のある上の階に上がっていった。その男は大柄の中年男で、SPあがりの警察幹部のようだった。
東長崎駅前交番の警官から二年まえに捜査課に移動した知り合いの山本刑事に、ことの次第を話して、男から託されたバッグの中身を見せた。山本刑事は何故、俺を指名したのかと怒り半分で迷惑顔をした。手柄を立てさせようとしたのに、山本刑事から返ってきた言葉がそれだった。
山本刑事は僕を受付け横の部屋に残して、上の階に上がっていった。一時間ほどして戻ってきて、バッグ類は捜査課では受取れないと言う。何故こんな凄い証拠品を受取れないのか、山本刑事に詰問した。山本刑事と受取れ、受取れないの押し問答の末、山本刑事は再び上の階に上がっていった。山本刑事が戻ってきて生活安全課だと受取ってくれるからと、生活安全課にいかされた。そこの署員に一時間ほど説明したが、その署員が離席して戻ってくると、俄かにうちでは受取れないので、捨ててくれ、と言う。呆れたというよりも驚きと怒りで、ここの警察はどうなっているのかと怒鳴りたくなった。
生活安全課の署員は分からないように証拠品を遠くのゴミ捨て場に捨ててくれ、と念を押したが、僕は腹が立ったので目白警察署内にある自動販売機の横にあるゴミ箱に叩き入れた。
山本刑事との押し問答の間に読売新聞社の社会部に携帯電話を入れて、ことの経緯を話し、証拠品を渡すので、目白駅まえに記者を寄越すように言った。読売新聞社会部の体格のいい若い記者が乗ってきたハイヤーに同乗し、目白警察署に戻り、ゴミ箱から証拠品を取りだして記者に託した。ハイヤーの中でことの次第を全て記者に話して、僕の住むマンションの近くまでハイヤーを走らせた。記者に部屋の写真を撮るかと聞くと、記者は、まだいいです、と言った。
ハイヤーには記者のものと思われる大きな登山用のザックがあり、いつでも長期取材に対応できるように備えているようだった。その大きなザックを見、先ほど目白警察署から受けた仕打ちに打ちのめされていた僕は、少し心が安らいだ。気合の入った読売新聞記者に特ダネを取らせようと思った。
目白警察署で見た大柄な警察幹部らしき中年男は、警視庁の特捜本部の幹部であることが推察できた。特捜本部は僕が渡す証拠品は受取らないように目白警察署の署長や捜査課にクギを刺しにきたことが理解でき、僕を尾行していた男二人は特捜本部のデカであることが鮮明に分かった。
東長崎駅前交番の警官が見つけた黒色のビジネスバッグは犯罪グループのボスのものであることも分かった。バッグの中には、小型のノート型パソコンも入っており、犯罪グループの犯行の全てが、宝の山のように入っていたことだろう。特捜本部は犯罪グループの下っ端の男女を逮捕しても、一味を一網打尽できなくなることを懸念した。そのために僕が持っていった偽造免許証をつくる道具などには眼もくれないことが分析できた。
犯罪グループは池袋に本拠地のアジトを持ち、このほかに都内数ヶ所に出先のアジトがあり、僕の住むマンションの近くにもアジトがあることを男が語っていた。特捜本部は全てのアジトを割りだし、警視庁総掛かりで犯罪グループを遠巻きに包囲し、証拠固めや余罪の追求、追跡のために大勢の制服、私服の警察官を動員した。
特捜本部が犯罪グループを泳がしていることは、一味はその間も詐欺犯行を続けており、一斉検挙を長引かせれば、それだけ被害者が増えることを意味していた。特捜本部の都合だけで捜査が続けられており、どちらの方が加害者なのか分からなくなった。
犯罪グループのボスのものと思われる黒色のビジネスバッグを見付けたのは警官だったが、現場に警官を導いたのは僕であり、特捜本部は僕を第一発見者とし、特定人物と見なしているようであった。更には長引く捜査で詐取されている大勢の被害者を特捜本部は量産しており、僕の動向が気になっていた。不当捜査として、東京地検に訴えられたり、人権弁護士団や人権団体に事件の全貌を洩らされでもしたら、特捜本部や総括責任者である警視総監の立場が悪くなり、被害者らに損害賠償を起こされかねない状況でもあった。
男女がやっている不正薬物売買の悪事も、特捜の主任デカには伝えたが、特捜本部は捜査する気が全くなく、その薬物の飲み方を誤ると生命の危険があり、死者をだす可能性まで残されていた。
特捜本部は僕の携帯電話を数ヶ月も傍受した上に、携帯電話から発する電波で、僕の位置追尾もしていたようだった。本当に腹の立つ、迷惑なことであった。
普通の制服警官に化けている特捜の主任デカと駅前交番で立ち話をしているときに、僕の携帯電話には余り電話が掛かってきていない、と口を滑らしたことがあった。本人は口を滑らしたことには全く気が付いておらず、この程度の人間が、警視庁の特捜の主任デカかと思うと、警視庁の捜査力の底が見えた思いがした。
僕に好意的な年寄りの警官が、僕の携帯電話を時代遅れだと言って、公衆電話の方が進んでいると、意味不明の意味深なことを突然言ったことがあったが、暗に僕の携帯電話が、特捜本部から傍受されていることを匂わしたことが、しばらくしてから分かった。
この年寄りの警官は気のいい人間で、捜査上のことは惚けて話したがらなかったが、僕がマクドナルドでハンバーガーをよく食べることを知っており、ロッテリアも百円のハンバーガーを販売しだしたことを自慢半分に、情報だよ、と教えてくれた。
事情が事情だけに捜査の定石として、僕の携帯電話の傍受を特捜本部がしていることは理解し、僕の許容範囲の中に収めていた。二台目の携帯電話を傍受していることが分かったときは、これは傍受ではなく、明らかに盗聴だと思った。傍受の手続きが裁判所に申請され、許可が下りていない不法盗聴の可能性もあった。仮に裁判所が盗聴の許可を特捜本部にだしていたら、その基準は非常にデタラメなものと言うことができた。特捜本部が盗聴申請を裁判所にだした内容を見たいものであった。虚偽の申請だったとしたら、特捜本部はとんでもない犯罪組織だと思った。
僕は特捜本部の盗聴を逆手に取り、僕の一台目の携帯電話から二台目の携帯電話に入れ、特捜本部に、これ以上は僕の残りの人生でも怒鳴り尽くせないほどの罵詈雑言を浴びせた。その罵詈雑言を盗聴していた特捜本部の人間は、少なくとも勤労意欲をなくすほどの凄まじい内容であった。
僕が特捜本部を二台の携帯電話を使って怒鳴り捲くったことは、東長崎駅前交番の下っ端の警官らの間では話題になり、特捜の上をいっている、と僕はちょっとした英雄になっていた。自分の携帯電話に何を喋ろうが、罵詈雑言を浴びせようが、名誉毀損には当たらない。捜査妨害にもならない。筋の通らない盗聴には正義など微塵もないことを特捜本部に教えてやった。
この事件のことを民間人で、ほとんど全てを知っているのは僕一人であると、特捜本部は取越し苦労をし、捜査を長引かせれば、詐取された多くの被害者がでており、人権弁護士団にでも訴えられると警視総監の立場も危うくなり、特捜本部は僕を黙らせるために、僕の携帯電話に死に繋がる電磁波を逆送信して殺害するか、濡れ衣を着せてでも逮捕する計画を立てたことは確かだった。
実際、電動自転車に乗っているときに高圧の電磁波を浴びせ掛けられたことがあり、左耳の後に凄い衝撃を感じ、熱っぽくなつて痛みが暫らくひかなかった。
しかし、犯罪に無縁な僕を逮捕しょうがなかったし、易々と冤罪を着せられるほどの間抜けではなかった。
それでも、危機管理に長けた家系で育った僕はこの事件の顛末を四百字詰の原稿用紙で百枚ほどのレポートに纏めて、可能な限り各方面にバラ撒いた。
僕の携帯電話の盗聴がバレた後も、特捜本部は僕の動きが気になり、僕の携帯電話を二十四時間盗聴して、位置追尾も怠りなくやった。僕が携帯電話を持ち歩かなくなると、位置追尾がてきないために、僕の電動自転車に電波発信機を巧妙に取付けたようであったが、最近の発信機はナノテクノロジーを使った超小型のものであるために発見することは困難であった。その対抗策として電動自転車を使わないか、自転車を乗り代える手を使うプランを考えた。
警視庁の特捜本部は僕が特捜本部の主任デカに犯罪グループのボスの顔は見たことがあるので、そのボスに警視庁総掛かりで包囲され、大捜査線上の獲物であることを、そのボスに教えて自首を勧めて、この事件を一気に終わらせることもできると脅かしたことも、特捜本部が僕に神経を尖らせている原因になっていたようであった。
警視庁特捜本部にとって、巷間、警察の捜査力の低下が叫ばれ、この事件を拡大させた上で、一挙に一味全員を検挙する腹づもりだった。犯罪グループのバックには池袋に本拠地を持つ組織暴力団であり、詐欺犯罪以外にも麻薬売買もやっていたようで、その組織暴力団の壊滅までも狙っているようであった。時代を遡れば、江戸時代の北町奉行所の大岡越前の成績を上回る手柄になることは確かであった。
僕は特捜本部の盗聴の対抗手段として、一台の携帯電話は友人に貸し、もう一台の携帯電話は部屋に置いて外出した。携帯電話なしで外出することは、非常に不便で、直ぐに僕との連絡が付かず、他人に大迷惑を掛けることになった。
僕は特捜の主任デカに、こういう状態が長引くと、精神的に限界があると訴え、東京地検に僕の窮状を訴えると脅かした。東京地検が知ったら警視庁の特捜本部は笑い者にされるよ、とクギも刺したが、その主任デカはことの深刻さを理解できないようであった。
僕を消すか、冤罪でも着せかねない警視庁特捜本部の手足を縛るために可能な限り事件の全貌をことあるごとに人びとに話して聞かせ、事件の経緯を書いたレポートをばら撒き続けた。これは僕が、ご先祖様から受け継いだ危機管理のなせる技だと自負した。
僕のご先祖様の一人には千石船を繰りだして、日本で初めて東南アジア地域と手広く海外交易をした人物がおり、地元の中学校の歴史教科書には海外交易のことが詳しく掲載されている。こんなご先祖様の遺伝子を受継ぐ僕が柔であるはずがなかった。

このサスペンス劇が、ややこしくなったのは、男女がマウンテンバイクに跨り、漆黒の闇の中に消えてから、しばらくして居心地のいいねぐらに舞い戻る野良犬のように男女が町に戻ってきた。この町が気に入ったのだろうが、僕にとって迷惑なことであった。疫病神のように災いをもたらす男女はごめん蒙りたかった。
男女は町に戻ってきても路上生活をしばらくしていたが、犯罪グループのアジトである208号室のガラス窓を破って部屋に侵入した。
男女が、深夜、208号室のガラス窓を破って部屋に侵入するまえに僕のドアをノックし、男から預かっていた208号室の鍵を返してくれと言ったが、部屋には僕が男女に貸している百本近い名作映画のビデオテープやガスコンロや家具類がそのままになっていた。時期を見て取り返すつもりだった。無用な混乱を避けるために鍵は大家に返した、と男の十八番を拝借して嘘を吐き、男女を追い返そうとした。直後、男は階段を掛け上がり、ガチャンとガラスの割れる音がした。
女は日焼けし、何日も風呂に入っていないようだった。顔全体が薄汚れていた。女に相応しいメイクだと思った。
「こんな処にくると、連中に殺されるぞ」
僕は混乱した頭で女に忠告した。
「死んでも構わない」
女の口から切羽詰まった言葉が返ってきたので、更に混乱した。部屋には命の危険を犯してまで、取りに戻るほどの貴重品などはないはずであった。男女は一歩でも部屋をでるときには現金や貴重品などはセカンドバッグに入れて持ってでた。どう考えても、危険を顧みず、窓ガラスまで破って部屋に侵入する意味が分からなかった。
警視庁特捜本部の捜査の最中に疫病神の碌でなしの男女と関わりたくなかったので、直ぐには二階に上がってガラスが割れた有様を見ることは控えた。三十分ほど経った後に110番した。110番してから素早く二階に駆け上がって状況を確認した。208号室の廊下側の窓ガラスが割られ、ガラスの破片が廊下に散乱していた。破ったガラス窓から手を差し入れて内鍵を外し、男が窓から室内に侵入し、ドアを内から開けて女を中に入れたのだと思った。
特捜本部は208号室が犯罪グループのアジトであることは分かっており、一味を泳がしている関係上、数人の警官がマンションに到着するまでには随分の時間が経っていた。お座なりにパトカーもきたが、特捜本部からの指示がだされており、割れた窓ガラスを一通り見ただけで、警官らは本気で対応する気がなさそうであった。
女が死んでも構わない、とやつれた野良犬のような表情をして言った言葉が、しばらく耳に残った。
それから数日して、偶然通りで男女と出会い、男の口から208号室に入った意味を聞かされたときは呆れて、この男女は狂っていると思った。
208号室に入った目的は、お腹を空かした男女は部屋に残してきた電気炊飯器と通販会社から偽名を使って騙し盗った、お米のコシヒカリを取りに戻り、その上、布団の上でセックスするためだった。
男は一味をだし抜いて部屋でセックスしたことを、まるで大手柄のように自慢した。僕は男が底知れない阿呆だと思った。
男女はその後も、町を離れようとせず、ゴミあさりなどして路上生活をしていたようであった。僕が電動自転車に乗って、池袋寄りの隣町にいく途中にある大きな公園を見渡すと、男女が黒色の戦闘服を着て、ベンチに腰掛けて日向ぼっこをしていた。とても命を犯罪グループから狙われ、逃げ回っている者には見えなかった。
「こんな処に何故いるんだ」
僕は語気を強めて、呆れ半分に言った。男女は動ずることなく、僕の顔を見ながら笑顔すら見せた。やはり、この男女は狂っていると思った。ベンチの横には台車に三段に積まれた食品ケースに古本の山があった。盗んだ台車と食品ケースにゴミあさりをして集めた古本だと思った。傍には僕が渡した二台のマウンテンバイクと違う、盗んだであろうマウンテンバイク二台があり、一台のマウンテンバイクには、僕の渡したマウンテンバイクに取付けていた点滅ライトと同じものが取付けてあった。
「僕の自転車は捨てたのか」
僕は怒りを隠して質問した。
「あれは品川に置いてきた」
男はそう言ったが、ドブ川の中にでも放り投げたことは分かっていた。
僕はこの男女の正体をもっと知るために、僕の腹は見せないように我慢した。大切にしていた二台のマウンテンバイクを、こうも易々とスクラップにできる男の底知れない恩知らずな非情さには、腹わたが煮えくり返った。
男女の命を救ってやるために渡したマウンテンバイクであり、用が済んだらドブ川にポイとは、絶対許すことはできなかった。
「この自転車盗んだのか」
男に詰問した。
「二台とも買った」
男は飽くことのない嘘を吐いた。二台のマウンテンバイクには登録シールは貼られておらず、シールを剥がしたことがバレないように巧妙に剥がしたことが見て取れた。
服役中に受刑者仲間から様々な犯罪の手口を教わっていたようで、シール剥がしも、その一つだったようだ。供述調書の取られ方から、米軍が使う高性能爆薬の「C4」のつくり方まで知っていた。「C4」は何と何を混ぜてつくるんだ、と女のいるまえで僕に自慢した。女は眼を輝かせて爆薬のつくり方を黙って聞いていた。爆薬のつくり方を聞いて眼を輝かせる女性など世間にはザラにはいない。僕は高性能爆薬を必要としていなかったので、右から左に聞き流した。
「これがサイダーを飲みたがっているので百円くれ」
男はベンチに足を投げだして、億面もなく言った。男女は物乞いにもなっていた。
時代がかった飲料水の固有名詞に吹きだしそうになった。サイダーの固有名詞を知る年代であるならば、人生の佳境に入り、人生の何たるかを考える時期に、ケチな自転車ドロをやり、飽くことのない犯罪の上積みを性懲りもなくやっている。本当に哀れな男だと思った。
僕は松果体の助言もあり、財布から千円札を一枚抜いて、女に渡すと、女は千円札を丁寧に折り畳みながら黙って頭を下げた。
「このまえファミレスで、僕に睡眠薬を一服盛ったろう」
僕は男に聞えないように、女に小声で言うと、女は表情を変えて俯いた。
「マルボロを買うなよ」
僕はベンチでふんぞり返っている男の顔を見ながら言った。男はヘビースモーカーでマルボロを日に三箱ほど吸っていた。
「煙草はかっぱうから貰った金では煙草は買わないよ」
男は真っ赤な本当のことを言った。僕の渡したお金で食べ物を買うことは分かっていた。男の口から本当のことが語られるのは、何千回に一度くらいかなと思いながら男女を見、この社会には全く必要としない人間だと思ったが、プログラムにはキャストとして組み込まれており、プログラムが、この男女をいつまで起用するのかは分からなかった。
公園を見渡しても、門らしきものはなかったが、映画の羅生門の世界に迷い込んだ思いがした。男女の黒色の戦闘服は埃だらけで、薄汚れており、羅生門に登場するキャストそのものだった。

男女は数日置きに盗んだ自転車に乗り換えており、被害に遭った自転車の数は数十台に昇っていることは確かだった。特捜の主任デカに男女がやっている自転車窃盗のことを話して、男女を早く逮捕しないと被害が更に増えるよ、と言っても、特捜本部が犯行の重さを天秤に掛けている以上、男女を泳がしているというよりも、お構いなしにしていた。
犯罪グループは偽造免許証を使い、キャッシュカードやクレジットカードを手に入れ、オレオレ詐欺などのありとあらゆる種類の詐欺犯罪を繰り返していた。
一味の前身は埼玉の暴走族グループで、始めは車上狙いから犯罪に手を染め、暴走族仲間を呼び集めて組織暴力団の傘下に入り、大掛かりな詐欺犯罪グループと化したようであった。
犯罪グループは特捜本部にマークされていることを露とも知らず、下衆な裏切り者の男女を手下を繰りだし、本業そっちのけで捜し回っていた。
そんな最中に男女は布団の上でセックスしたさにアジトに舞い戻ってきたのだが、何度考えても理解しがたい男女の行動であった。松果体とて呆れ果てていたようだった。松果体は見ての通りとばかりに、僕に警告をださなかった。本当に見ての通りだった。こんな下衆な男女と会話を交わしたことすら、自分で恥ずべき、情けない行為だったと反省した。
男女は昼夜を問わず、いつも黒色の衣類を纏っていた。パジャマといった寝巻きは着ず、黒色の戦闘服か、黒色のスーツの何れかを着て寝ていた。それには意味があり、変装としての服装であり、たちどころに逃走できるための備えだった。男女は変装の達人でもあった。ヘアスタイルも幾通りも持っていた。女はいつもホイッスルを首から提げていた。防災用のものかと尋ねたら、警察にガサを打たれた際に男に危険を知らせるためだ、と女の口から聞かされたときは、余りにも現実離れした答えに次の言葉を失ってしまった。
男女は一緒に寝ることはせず、必ず、どちらかが起きて警戒シフトを敷いていた。いつでも逃げだせるためだった。
男女は別々に逃げたときのことを想定して、都内に二箇所、合流する場所を決めていた。更にお互い連絡を取る手段としてファックス通信の方法も持っていた。
ファックス通信は防災用のシステムなのだが、このように犯罪者の連絡手段としても使われており複雑な気持ちになった。
中華そばを男女と一緒に食べたときのことだった。全部食べずに残す意味を教えてくれたが、腹八分で一度では大食いはしないということだった。いつもスープを残さず啜る僕とは大変な違いだと思い、健康のため、と訊いたら一蹴されてしまった。お腹がいっぱいだと俊敏に逃げられないからだという答えが返ってきた。既に僕は幾つも言葉をなくしていたが、腹八分の意味を知ったときには、男女の二つの丼を黙って見つめことしかできなかった。
人間、摂るものは摂らないと健康を害してしまう。男女は一日中、牛のように少しずつ何かを食べているようだった。携帯電話に入れる度に、男は何かを口に入れているのだろう、口をモグモグさせながら話した。人との対話のマナーも持ち合わせていなかった。男女は日々、昆虫型の妖怪人間に進化しているようだった。
それは男女が熊本以来、身に付けた行動規範であり、妖怪人間への進化の過程でもあった。男女の逃げ足の速さは想像をはるかに超えていた。戦国時代の忍者並みだった。皇居の半蔵門は忍者の服部半蔵の名前に由来にしている。服部半蔵は夫婦で活躍したらしい。人に生まれ変わりがあるとしたら、明らかに男女は服部夫婦の生まれ変わりだと思った。
普通の警察力では捕らえることは、まず不可能ほどの逃走能力を身に付けていた。暗闇に蠢く捕らえどころのないゴキブリと化していた。
夜間も電気を点けず、居留守を装うことをごく普通にできる男女ではあったが、今年の余りの夏の暑さにエアコンは点けていた。ほとんど二十四時間、室外機の音が聞えており、頭隠して尻隠さずの間抜けさを露呈していた。電気料金は相当掛かっているはずであったが、男女は208号室を安住の住まいとは考えておらず、始めから電気料金やガス料金は踏み倒すつもりだったようだ。
プログラムはこの事件に最適な人物として、歴史上の人物でもある服部半蔵夫婦の生まれ変わりの男女を時空を超えてキャスティングしたと思った。
男女は208号室から行方を晦ますとき光熱費はもちろん水道料金、一般電話料金、携帯電話料金、大手のクレジット会社のカードで購入した商品代金、通販で購入した商品代金まで、全て踏み倒した。男が自らつくった偽造免許証を使って、携帯電話やクレジットカードや通販の商品などを手に入れていたに違いなかった。
208号室にしても、犯罪グループのボスが偽名で偽造された戸籍謄本や印鑑証明を使い、不動産屋を通して大家と賃貸契約を結んでいる、と男が教えてくれた。
男女が姿を晦ましてから208号室の郵便受けには、入り切らない分厚い通販カタログに混じって、大手のクレジット会社や名の知れた通販会社などから郵送されてくる請求書のスタンプが押された封筒の束が郵便受けからはみだしていた。ちょっと見ただけでも、宛名がそれぞれ違っており、男女はどれほどの偽名を使い、どれだけの数の踏み倒し詐欺を働いていたのか想像もつかなかった。
マンションの近くに鍵の壊れた二台のママチャリが留められており、男女が盗んで乗り換えた自転車であることが直ぐに分かった。自転車のカゴの中に商品説明書らしきものがあった。読んでみると薬局で売られている睡眠導入剤の説明書だった。自転車のカゴに説明書があるということは、自分たちが飲むために買った睡眠導入剤ではなく、僕に一服盛ったように、誰かに睡眠導入剤を盛り、眠らせて目的のものを手に入れようとしていることが分かった。その目的のものとは、現金ではなく、免許証番号と生年月日の情報か、銀行のキャッシユカードと思った。この数年の運転免許証にはICチップが埋め込まれ、偽造免許証ではキャッシユカードはつくれないために、他人のキャッシュカードを手に入れようとしていたことは確かだった。
男女は、裏切り、欺き、騙し、捨てる、盗む、壊すかして、全てを自分たちのモノにしていた。こんな底知れない悪党の男女が、世の中に存在する必要性は全く見当たらなかった。
しかし、プログラムには、この町での男女の役割が書き込まれているのだと思った。男女が、この町でのプログラムの役割を終えた後、少なくとも安心、安全、安定の理想郷は用意されていないはずであった。
アラブの諺に嘘吐きは蛇の脱皮のように繰り返す、というものがあるが、男女の嘘吐きの数は蛇の脱皮の数さたではなかった。
日々、男の口から飛びだす薄汚れた言葉の全ては嘘っぱちであったが、自分の犯した犯罪の数々は大手柄だと思っているようで、多少の脚色はしたとしても真実に近いものだった。
男の脳の回線は到る所でショートしているか、コードが繋ぎ間違いされているに違いなかった。
僕は男女を知るまで、これほどの大嘘吐きが、この世の中に存在すると思ったことはなかった。嘘吐き度をメジャーや計量器で計れないが、男女の嘘吐き度を言葉で表現するなら、太陽がサンサンと降り注ぐ炎天下に土砂降りの雨が降っていると真顔で大嘘を吐ける者たちであった。

犯罪グループの全てのアジトは、警視庁総掛かりで、二十四時間、二重三重に包囲され、通信を全て傍受され、所有している携帯電話が発信する電波からも、一味全員の位置追尾がされ、放し飼いされている食用家畜そのものであった。そのことを知らないままに犯罪グループの奴らは、毎日、早朝から深夜まで男女が208号室に入り込んでいないか確認に手下を走らせていた。
昼間、男女が208号室でセックスの最中に犯罪グループのボスと鉢合わせして、男女は窮地に追い込まれた。本当に都合のいいことだが、女は自分たちの身の危険を感じて、携帯電話で110番し、警官やパトカーが駆け付ける騒動になった。警察の介入で犯罪グループは、そのときは男女には手はだせなかった。
特捜本部が泳がせている犯罪グループの手下であったために駅前交番に連れていかれた男女は簡単な事情を訊かれただけで済まされた。男女は交番でも、偽名を名乗った、と親しくしている警官が耳打ちしてくれた。
特捜本部は犯罪グループ全員の身元は全て割りだしていることが理解できた。
男の指紋を照会すれば、熊本県警から詐欺罪で手配されている逃亡犯人であることが簡単に判明するのだが、あくまでも特捜本部は犯罪グループを泳がす作戦を変更するつもりはなく、既に男女の素性は全て割りだされているようだった。
しかし、どう考えても逃亡犯人が、110番を入れて警察に助けを求めることは、何かのルール違反のように思えた。
警視庁総掛かりの包囲網は微塵も解かれておらず、特捜本部が、いつ一味全員を一挙に逮捕するのかは分からなかった。
特捜本部は既に一味の全貌を解明しているが、時間を掛ければ、掛けるだけ、余罪や手口を根こそぎ掴めるために欲をだしていることが分かった。その一方で詐取されている被害者は相当な数に昇り、被害金額にしても七桁か八桁は下るまいと思った。
松果体はことの成りゆきを黙視していた。松果体はプログラムの背景や意味を次第に理解する方向に傾いていた。
町に舞い戻ってきた男女は犯罪グループと何度かのドタバタ騒動の末、どう話が付いたのかは想像の域をでないが、一ヶ月ほど208号室に住みついた。それまでは男女は犯罪グループの隙をついて、208号室に侵入しては布団の上でセックスを重ねていた。犯罪グループとて呆れ果てていたと想像できる。
俺は横浜地検の若狭検事の密偵をやり、横浜地検の捜査に協力している者だ、と男は嘘の極致をコーヒーを啜りながら真顔で語ったことがあった。テレビドラマの「鬼平犯科帳」に登場する島帰りの者を密偵として使うストーリーではあるまいし、こんなペテン師を横浜地検の検事が密偵として雇うはずもなかった。そんな時代劇のドラマごときのことを横浜地検ともあろう組織がするはずもなかった。
若狭検事とは実在する検事だったようだが、男が詐欺罪で捕まり、公判を担当したときの検事ではないかと思った。横浜地検に電話を入れれば、若狭検事が在籍しているか分かるだろうが、敢えてしなかった。男の全ての嘘話に付合うのも、うんざりだった。
男は犯罪グループのボスに横浜地検の若狭検事直属の密偵だから、これ以上、自分たちに手をだすと、横浜地検が動きだすとかの嘘を並び立てて脅かし、208号室を放棄させて自分たちが住みついたのだろう。
したたかな男女は更に漁夫の利を得ようと、犯罪グループが警視庁の特捜本部からマークされ、捜査線上の獲物になっていることは、犯罪グループのボスには一切教えず、一味が一網打尽され後に、何れかの住み心地のよさそうなアジトを自分たちのものにしょうと企んでいるようであった。


男は女の衣食住の面倒を全て見なくてはならず、困っていると口を滑らしたことがあった。
小泉政権以来、国民の貧富の格差は頂点に達しており、ワーキングプアという言葉も生まれ、一人食べていくのにも大変な時代に男は逃亡しながら女の面倒を見なくてはならない。
往年の米国のテレビドラマの「逃亡者」の主人公のリチャード・キンブルは、劇中、女を背負って逃げる、そんなストーリーはなく、愛をせがむ女を踏み台にし、フレンチキス一つで、無残に女を捨て去り、町を立ち去るのが常だった。毎週、キンブルは女を捨て去り、捨てられた女の数は星の数ほどだった。
キンブルと詐欺師の男の違いは、キンブルは冤罪であるために逃亡し、何の因果か、いく先々で女を泣かせた。男は詐欺罪で刑事訴追を受け、犯罪を重ねながら逃亡しているが、ロリータ女を背負い込んでいた。キンブルと詐欺師の男の評価が分かれるところだが、松果体は意識して答えをださないようにしていた。
キンブルにしてみれば、女が勝手に俺に惚れるだけで、女を毎週捨てようが、俺の勝手だ、と言うだろうが、女が惚れなくする方法は幾らでもある。キンブルとてペテン師の食わせ者に過ぎないことが分かった。
犯罪者の男女を身近に見て思ったことは、よく言われる、犯罪とは割に合わないということであった。追跡者に日々怯え、ちょっとした物音に驚いては神経を尖らせ、暗闇で過ごす不自由な生活を強いられたりもする。捕まれば投獄され、死刑にもなる。犯罪者とは単純な足し算、引き算のできない愚か者に違いないと確信が持てた。
男は熊本県警から詐欺罪で手配され、女の実家が雇った調査会社からも追跡されていた。男女が生きていくためには不法行為で日々の糧を得る道を安易に選択した。ネットカフェ難民でもあったが、もっぱら公園などで野宿し、宮司のいない神社に勝手に入り込んで寝泊りしていた。熊本から逃げてくるとき墓地で野宿したこともあったと男が語っていた。
男女は何から何まで一般常識を覆すほどの概念を纏っていた。人の物は自分の物。自分の物は自分の物。借りた物と貰った物の区別すらも全くなくしていた。そして必要なものは全て盗んだ。持ち金に窮するとゴミ捨て場をあさり、程度のいい古本を集めては古本屋で小銭に換えていた。古本屋に古本を持ち込むときは、男女は黒色のスーツに着替えて身なりを整えた。高値で古本を引き取って貰おうと、有名大学の教授から頼まれた、と真っ赤な嘘を吐いた。隣町の古本屋の店主が教えてくれたが、詐欺師の男と虚言癖の女が見事に融合していた。
犯罪グループの追っ手から逃げ回りながら、男女は古本で実入りが少ないときは、書店の新刊の高価な書籍を狙い、何冊もの新刊書籍を万引きし、古本屋に持ち込んでいた。
僕は古本屋のまえで男女と偶然でくわした。
「この本を古本屋に売りたいんで、君はこの古本屋とは馴染みだろうから、仲介してくれないか」
男はそう言いながら値段の高そうな黒色のバッグのチャックを開けて中身を見せた。持ち物も全て黒ずくめだった。トムクルーズ主演のスパイ映画もどきを、自ら演出しているようであった。男女はペアルックで黒い戦闘服の上から黒色のメッシュのベストをはおり、黒色の帽子を被り、真夏だというのに黒色の手袋までご丁寧にはめていた。見ていて息が詰まるほどの、黒、黒、黒ずくめだった。バックの中には新刊の専門書が十冊ほど入っていた。書店で万引きした書籍だと直ぐに分かった。黒いバッグにしても、黒い衣装にしても、アメ横あたりでかっぱらったものに違いなかった。
古本屋に足元を見られないためにバックも小道具として使った。男の究極の小道具はロリータ女だった。見るからにペテン師そのものの顔をした男だけでは騙せる相手には限りがあったが、虫も殺さないような顔をしたロリータ女が、黙って傍にいるだけで、相手を易々と騙すことができた。
男は女のことを、この子と言うことがあったが、この子がいないと、中々、と言ったことがあった。男女共、それぞれ自分たちの役割を充分理解していたようだった。
僕は万引きした書籍の売買を仲介をするほど間抜けではなかった。男女に相当みくびられているようであった。哀れな男女に同情していたに過ぎなかった。
翌日、古本屋の店主に幾らで書籍を買い取ったか尋ねた。男が三千八百円と言ってきたので、うちでは引き取れない、と断わったと言った。店主は八十過ぎの高齢だが、無慈悲が売り物の年寄りだった。追い剥ぎ顔負けの商いに徹していた。店主は八百円程度の値を付けたはずだ。つくづく古本屋とは因業な商売だと思った。古本屋を五十年以上もやっていれば、真新しい専門書籍を見て、明らかに万引きされた書籍であることは一目瞭然なはずである。その盗品書籍を買い叩こうとは、これも人間のできる技ではなかった。
因業な古本屋は天国の門が見える処までも、とても辿り着けることはない。地獄で赤鬼や青鬼に鉄棒で、買い叩いた書籍の数ほど、どつかれ、叩かれ、幾らだ、幾らする、と鬼たちにいたぶられることは間違いなかった。
松果体も大きく頷いていた。僕と松果体はときどき物事によっては、直ぐに意見が一致した。
僕はこの町で事件を通して色々学んだことは、人間の本質とは、カメレオンのように擬態と嘘を演じて生息する生物ではないかと思った。
ときを同じくして日本の政治の世界は酷いものだった。安部政権は首相や閣僚共々、擬態と嘘で合成されているカメレオン集団に見えた。
本物のカメレオンが聴いたら怒りそうだが、カメレオンは純粋に生存のためのカムフラージュであり、政治家らのそれは足りることを知らない貪欲を隠すカムフラージュであった。
安部は敗北した参院選後も擬態と嘘を塗り固めて、首相の座にしがみ付き、華麗な外遊を夫婦同伴で済まし、外遊に伴う莫大な税金の無駄遣いをした。
安部夫婦は政府専用機のタラップの上り下りでは、国民から顰蹙をかい、うけない夫婦の手繋ぎをテレビ画面で見せ付けた。帰国した途端に自分勝手に辞任して、政界を大混乱に陥れ、日本国中で大顰蹙をかいながらも、今後も議員活動は続けると宣言していた。呆れてモノが言えない性懲りもない男だった。少なくとも、安部の正体が早期に分っただけでも、国民にとっては幸運なことではあった。
インド政府やマレーシア政府から安部夫婦への贈り物は、ダイヤやルビーなどの宝石類が散りばめられた超豪華な宝飾品であったはずである。
参院選の敗北後、直ちに安部が辞任しなかったのは、婦人同伴で賓客として外国の超豪華なパーティーに出席し、更には宝飾品のプレゼントを掠め盗るためであったと思う。
 松果体は国民を蔑ろにし、貴族趣味の安部夫婦に大変怒っていた。安部夫婦の薄汚い正体を暴露しないマスコミの体たらくさにも怒っていた。
僕も松果体と同意見で、怒りとて松果体に負けるものではなかった。僕の怒り度を表現すれば、恩知らずな男女よりも、憤怒という語句を使ってよいほどだった。安部のような食わせ物を首相に担いだ国民の民度の低さを改めて嘆きたくなった。
男女と安部夫婦の悪辣度を秤にかけたら、明らかに安部夫婦の方が秤の針が振り切れるだろうと思った。松果体は秤の針が振り切れたビジョンを見せてくれた。これまで松果体が鮮明なビジョンで示すことはなかった。松果体は安部夫婦には、相当、激怒していることが窺えた。
有権者が真に政治を自分たちのものにするには、政治家らが拠り所にし、平然と嘘を吐く根拠にしているマキアベリの「君主論」を徹底的に暴き、悪書の烙印を捺すことから始めなければならない。これまで選挙公約である約束は破るものと政党や政治家らは決めているようだった。真っ当な政治家は「君主論」をゴミ箱に叩き捨て、マキアベリの呪縛から逃れなくてはならない。この数年、マニフェストという概念が登場してからは、政党や政治家らは易々と公約を破れなくなった。公約破りは詐欺行為であり、詐欺犯罪そのものである。結婚詐欺ですら罪に問われるというのに、選挙公約破りが、お咎めなしでは辻褄が全く合わない。国民は政治家らに碌でなしのマキアベリの呪縛から解放されるように働きかけないといけない。それは来るべき衆議院選挙で試されるだろうが、松果体も同意見だった。
これまでは政治家の資質とはテレビカメラのまえで、真顔で擬態と嘘を演じられるカメレオン人間であることだった。
しかし、明日からはそうはいかなくなったようだ。松果体も頷いていた。松果体は政治にかなり関心があるようであった。
この時期、次から次に食品偽装が明るみにでて、呆れ果てるばかりだった。

男は服役中にパソコン操作を習得した。法務省は服役者が出所後、知能犯罪に使うかもしれないパソコンの高等技能を学ばせている。盗人に追い銭のようなものであった。
男女は本業も持っていた。それは薬の不正売買だった。薬事法の裏をかき、小さな精神科や内科病院に飛び込み、出張中で薬を切らした、と嘘を吐き、偽名を使い自己負担で精神治療薬を医師に処方箋を書いて貰い、処方箋薬局で薬を手に入れ、インターネットで集めた複数の客に高値でバラ売りして儲けていた。
その薬は覚醒作用のある「リタリン」だった。知り合いの薬剤師から「リタリン」に関する資料を入手して読んでみた。それによると脳内の神経伝達物質の働きを強めて中枢神経系を刺激して覚醒の程度を高めたり、気分を高揚させたりする作用があり、鬱病の治療に用いられている。ほとんど覚醒剤と呼べるものであった。こんな危険で麻薬とも呼べる薬が自己負担で簡単に医師から処方箋を書いて貰える。
僕が「リタリン」を飲もうものなら、松果体がハイになって、饒舌に喋りだしたり、混乱してどんな警告をだすか見当もつかなかった。
男が一回飛び込んだ病院は二度と使えず、処方箋薬局にしても月に何度も処方箋を持ち込むことはできなかった。東京中で処方箋を直ぐに書いてくれる病院を探し回り、「リタリン」の処方箋を書いて貰い、「リタリン」の錠剤を掻き集めていたようであった。
これは薬事法の裏をかかれているというよりも、厚生労働省は一種の覚醒剤ともいえる「リタリン」の不正売買に寄与していると言った方が適切だった。
俺は月に二、三十万円になる仕事を持っている、と男は豪語していたが、犯罪グループから逃げる、その日に薬の不正売買をやっていることを打ち明けられた。客とのEメールのやり取りの内容も携帯電話を開いて読ませてくれた。その上、百錠以上はあると思われる、「リタリン」の白色の錠剤をファミリーレストランのテーブルの上にブチまけた。男は秘めごとでも何でもブチまける習性があるようであった。
男は底の抜けた樽のようだった。何でもペラペラと止めどなく喋った。聴く方の僕は繰りだされる、余りにも常識とかけ離れた世界に呆気にとられるしかなかった。
女は精神治療薬については非常に詳しかった。米国から輸入されている精神治療薬である「ワイパックス」のことが話題にのぼり、男が女にちょっと促しただけで、精神安定剤であることを直ぐに答えたときは、僕は正直驚いたというより、不気味さを覚えた。薬の不正売買は女が男に入れ知恵したのだろう。
薬物に長けた男女は昏睡強盗の手口も心得ており、僕がファミリーレストランでご馳走になったときに、ドリンクバーのオレンジジュースに睡眠導入剤を一服盛られ、眠りこけている間にビジネスバッグの中の免許証番号と生年月日を盗み見られ、システム手帳に書いてあった僕の秘密のあれこれを読まれてしまった。薬物に長けた忍者並の手口だった。
僕の免許証情報から男の写真に差し替えた精巧な免許証を偽造したことは確かだった。結果的に確認のしよがなかったが、僕の戸籍謄本や住民票などを区役所で手に入れ、更には、その偽造免許証を使って携帯電話も不正に入手したに違いなかった。区役所で戸籍謄本や住民票の申請手続きがなされたかを区役所に問い合わせたところ、本人の申請でも個人情報保護法に触れるとかで、確認は取れなかった。
これもおかしな話で、自分の公文書が他人から申請があって取られていることを確認するために、本人の申請であっても、個人情報保護法に触れるとかで公開できないとは、全くの矛盾であった。法律そのものが個人情報保護法とは別の次元で機能しているように思えた。
僕が男女に睡眠導入剤を一服盛られたことが分かったのは、偶然から生じた誤解からだった。
僕が駅前に停めていた電動自転車を撤去された。電動自転車は愛媛に引揚げた内田くんから譲り受けたもので、自転車の防犯登録のシールが貼られていなかった。この機会に大切にしている電動自転車を登録しょうと、免許証をコンビ二でコピーを取ったのはいいが、免許証をそのままコピー機の中に置き忘れてしまった。免許証が財布の中に入っていないことに気付いたのは、男女が逃げた翌々日だった。てっきり免許証を男女に盗まれたと思った。誤解であったが、激怒した僕は男の携帯電話にメールを送り、免許証を盗んだことを叱責した。男とのメールのやり取りの中で、オレンジジュースに睡眠導入剤が入れられて、僕が眠り込んでいる間にシステム手帳を読まれていたことが分かった。システム手帳に書いてある誰も知らない僕の秘密のあれこれが、男からのメールで少し触れられていたからだった。この偶然の誤解がなければ、睡眠導入剤を一服盛られたことは永遠に分からなかった。
これは明らかに松果体が直接的に僕に働きかけた結果だと思った。初期設定で偶然と誤解が重なるようにプログラムされているようだった。このとき僕は改めてプログラムに逆らうことは、とうてい不可能なことを知った。
男はねぐらにしていたネットカフェでパソコンの技術をかわれて、犯罪グループにスカウトされて、大儲けになると手下になった。精巧な偽造免許証をつくれる腕をかわれてのことだった。宿無しの男女は仕事場兼住まいとして、犯罪グループに208号室を提供されて転がり込んだ。  

日々、プログラム通りことが進んでいった。それは、おぞましい得体の知れない渦の中に僕が身を委ねるということであった。
日が経つに従って、何処かの大いなる何者から、僕に課せられた大役であることを松果体の助言ともいえる行為から、はっきり認識できるまでになった。
上下巻の小説としたら上巻の主人公は僕だった。僕の存在なくして、このサスペンス劇は成立していなかった。僕は警視庁の特捜本部に無理やり協力させられた。この大事件は特捜本部が指揮を執った。警視庁総掛かりのシフトが敷かれた。目白署の捜査課は全くお呼びでなかった。それほどの大事件であった。住まいからほど近い東長崎駅前交番には制服警官に化けた本庁の特捜のデカや特殊部隊のサット隊員が配置され、パトカーが東長崎駅前交番に常駐し、通信傍受車までも配備された。普通の外勤課の警官は東長崎駅前交番を中心に周辺の交番勤務からは外され、常にベテランの警官と精鋭のサット隊員とが組み、有事に備えていた。隣接した警察署もアジトを四方から取り囲むように精鋭の警官を各交番に配置した。
可笑しかったのは、緊張して東長崎駅前交番のまえに立つ、ベテラン警官やサット隊員は、犯罪組織から交番が襲撃を受けると懸念しており、市民の生命財産を守るために東長崎駅前交番に配属されている意識は全くといってよいほど欠落していた。
その一方で、数ヶ月まえにサット隊員が撃たれて死亡しており、汚名返上とばかりにサット隊員の士気は高かった。背後に組織暴力団の影が見え隠れし、警視庁はほとんど臨戦体制で臨んだ。
犯罪グループは暴走族出身であるために、機動力は優れており、排気量の大きな黒色のシャコタンのクラウンを数台持っていた。それに対抗するために特捜本部は交通機動隊の排気量の大きなパトカーを駅前交番にほとんど常駐させていた。犯罪グループと交通機動隊とのカーチェースも見物だと思った。
犯罪グループのバックには組織暴力団が付いており、当然、大型の銃器も揃えていることが想像できた。一味の結束力は暴走族あがりの一団であり、血の結束を結んでいるようだった。サット隊員との大規模な銃撃線も考えられた。
僕は犯罪グループのアジトと隣合わせに暮らし、間接的に関わりを背負わされ、大いなる身の危険に晒された。時間の許す限り、東長崎駅前交番の警戒シフトを見て回った。そうすることで、僕の身に何かあったらパトカーがサイレンを鳴らして駆け付け、サット隊員が大型拳銃を構えて突入してくれることを期待し、気持ちを落ち着かせたが、特捜本部と僕とは不仲になっており、110番を入れても、警官隊が直ぐに駆け付けてくることなど期待できないと思った。
彼ら警官には非番があるが、僕には全くない。二十四時間、危険と隣り合わせで生活している。僕と気の合う警官が、パトカーに乗車し、電動自転車に乗った僕と擦れ違うことがあると、僕に向かって目礼や敬礼をしてくれた。
初期の段階で僕の関与がなかったら、男女は確実に犯罪グループから下衆な裏切り者として捕らえられ、山中にでも生き埋めにされて腐乱死体に変わり果て、闇から闇に葬られていたことは確かだった。
そもそも男女が犯罪グループから追われることになったのは、男女が208号室を自分たちのものにしょうと一芝居打ったことから始まった。女がトラブルを起こし目白警察署で取り調べを受けている、と犯罪グループのボスに目白警察署の電話を借りて電話を入れた。女が財布を落としたと嘘を吐き、目白警察署の電話を借りただけで、トラブルも起こしておらず、取り調べを受けている訳でもなかった。犯罪グループのボスに目白署にコールバックされ、女が財布を落としたので電話を貸しただけと回答され、男女の一芝居がバレてしまった。警察沙汰を起こしたということで、一味に208号室を放棄させて、自分たちが、ちゃっかり住みつこうと企んだ一芝居だった。
僕は男女の動きなどは制服警官に化けた特捜のデカに、逐一、情報として流していたが、男女が208号室から姿を晦ました後も、特捜本部は警戒シフトは緩めるどころか、制服、私服の警官を増強していた。
僕には、警官を増強する意味が、直ぐには分からなかった。日々の特捜の動きから、犯罪グループは本拠地を池袋から僕の町に移したようであった。アジトでの公文書や私文書の偽造だけではなく、詐欺の実行部隊も移ってきているようであった。
特捜本部も慌しく、東長崎駅前交番の警官も緊張の色を隠せなかった。日増しに警官らは眼光が鋭くなり、交番から鋭過ぎる視線を道いく人に注いでいた。特捜本部の幹部が東長崎駅前交番の警官らの激励のために訪れていた。ポロシャツ姿の、ただのオジサンに化けてはいるが、日焼けもしておらず、本庁のデスクで指揮を執っている幹部に違いなかった。テレビドラマの「踊る大捜査線」との違いは、ドラマでは本庁の特捜のデカはスーツをパリッと着こなし、覆面パトカーなどで颯爽と現場にくるが、この事件の特捜のデカやサット隊員は目白警察署経由で、目白警察署のパトロール用の自転車か、ママチャリを漕いで東長崎駅前交番にやってきた。特捜本部の幹部は東長崎駅前交番には、パトカーで送迎して貰っていた。警察幹部の送迎に市民を守るパトカーを使っていいとは思わなかった。
呆れるのは日中、通信傍受車を東長崎駅前交番に留めることであった。駐車料金を使う予算がないのか分からないが、こんな大捜査に犯罪グループと眼と鼻の先にある東長崎駅前交番に通信傍受車を留めるとは、特捜本部は間抜けな組織に見えた。
僕が久しぶりに、早朝、マクドナルドにコーヒーを飲みにいく途中、東長崎駅前交番のまえを通ったときに通信傍受車が東長崎駅前交番のまえに留まっていた。一晩中、犯罪グループの通信傍受をしていたことが分かった。明らかに特捜は犯罪グループの動きに合わせて、警戒シフトを強化したことを意味していた。
しかし、特捜の動きで分からないことがあったが、土日や祝祭日に平日よりも、数多くの制服、私服の捜査員を町に投入していることであった。犯罪グループに対応しての動きなのだろう。一味は週末や祝祭日に何かの詐欺行為を重ねているのだろうが、僕の立場で詳しい詐取内容が分かるはずもなかった。

男女は208号室が犯罪グループから様々な犯罪に使われていることを探りだし、自分たちの安住の住まいでないと判断した。男は208号室を放棄することを僕の部屋のドア越しに告げ、それから数週間して男女は姿を晦ました。
僕は大きな犯罪に巻き込まれ、無理やり特捜本部に協力させられており、気持ちの晴れない鬱積した日々を送っていた。プログラムが気を使ってくれたかのように、女が一人だけで208号室から姿を晦ます最後の日に偶然鉢合わせさせてくれた。
悪事が一陣の暑い澱んだ風と共にマンションの中から外へ吹き抜けていくところを、奇しくも目撃できた。
ともかくも、僕の住むマンションは悪事の抜け殻になったが、近くには犯罪グループのアジトが複数あるようで、依然、東長崎一帯は暗雲に呑み込まれたままであった。
女は頭からつま先まで黒づくめで、黒色のバックを重そうに肩に掛け、マンションを後にした。僕は駅の方角に向かう女を追うようにして、玄関先から後ろ姿を見た。女は男との待ち合わせ場所に向かったのだろう。これで男女とは本当に今生の別れだと実感できた。生涯二度と顔を合わすことはないと思った。
恩知らずな男女は騙す、欺く、盗む、壊す以外に、捨てて逃げることも日課であり、生活の一つだった。
男女は隣町が気に入り、次に越すときは隣町にしょうと言っていたが、マンションから姿を晦ます女の服装や持ち物から、隣町には越さず、東京の近郊だろうが、遠方に居を構えたようだった。偽造した免許証を使って戸籍謄本や住民票や印鑑証明を入手し、住まいの賃貸契約を不動産屋と結んだに違いなかった。僕の公文書が使われた公算があった。
女はマンションの階段を下りてくるときに、僕が階段下にいることに気付き、ゴキブリのようにガサガサ音を立てて後ずさりして、やり過ごそうとした。女の動きは本当にゴキブリそのものだった。ここまで昆虫型の妖怪人間と化したかと思うと悲しいものがあった。傷口に塩でもあるまいと、一旦、僕の部屋に入り、殺虫スプレーも噴きかけないで、雌ゴキブリを逃がした。
男女はこの町でプログラムに書き込まれた役割を全て演じ終えたように思えた。
男女は夏場でも黒色は保護色と思っているようだった。この日の気温は三十五度近く上がっていた。女はいま流行の黒色のニット帽を被り、スラックスに長袖のセーターを着ていて、さぞや暑かろうと同情した。真夏に全身黒ずくめでは返って目立ってしまう。その判断力すら失っているようだった。男女は変装の達人であることを返上すべきだった。松果体も情けなく頷いていた。
男女は、日々、処かまわず、人の恩に報いず、裏切り、欺き、盗み、捨て、壊し、昆虫型の妖怪人間と進化していく過程で、人間の感情を少しずつ喪失していったのだろう。ごく普通の人間のモノの見方や考え方の概念すらも失っているようだった。男女は触手が発達した昆虫型の妖怪人間に進化する一方で、脳細胞は鈍化の一途を辿っているようであった。
男女は妖怪人間として進化していくのが目的ではあるまい。更正できる余地は極めて少ない男女だが、底辺の人間としてでも、ごく普通の人間に戻ってほしいと思ったところで、真人間に戻ることなど100パーセントもないことは明らかだった。
この先、男女は追跡者に怯えなから逃亡生活を続けても、何の益にもならず、逃げる先々で様々な悪事を働き、罪を重ねることしかできない。
今後、プログラムが男女を起用することは端迷惑であった。僕のような被害者が累々とでることを意味していた。プログラムは一刻も早く、男女を降板させて引導を渡すべきであった。
この件に関して松果体は黙秘した。松果体はプログラムに逆らうことは許されていないはずであったが、僕の困難な立場に同情はしてくれていた。それが分かっていたので、自分自身で宥めてはいたが、それでも僕のストレスが頂点に達すと、東長崎駅前交番の下っ端の警官にあたっても仕方ないのだが、怒鳴り散らすこともあった。事情の分かっている警官たちは、怒りもせず、僕を宥めてくれた。

 僕の住む町は池袋駅から二つ目の駅。このほど東長崎駅はエレベーターとエスカレーターが備わり、近代的な駅に生まれ変わった。以前は古くうらびれた駅舎だった。町は昔から流れ者が一時しのぎするための場所として知られていた。パチンコ店とゲームセンターが繁盛し、グルメの店は直ぐに廃業に追い込まれる不思議な町でもあった。
 この事件の渦中にチェーン店の中華ソバ屋が客の入りが悪いとかで店じまいした。本当に、この町でグルメを気取って出店した店はことごとく閉店に追い込まれた。近く閉店に追い込まれるであろうインド・ネパール料理のレストランが閉店のカウントダウンを打ちだしていた。商売人にとっては呪われた町でもあった。
僕はこの町に引越ししてきてから八年が経つが、何軒のグルメの店が潰れたのか、数え切れないほどであった。これからもグルメの店が出店してきても、無残に閉店に追い込まれる歴史を辿るのだろう。
 犯罪グループが本拠地を、この町に移したことは、犯罪者にとって居心地のいい町なのだろう。町には病んだ一面があり、犯罪者を曳き寄せ、悪事に走らせる悪事磁石と悪事の素でもあるのかも知れなかった。
中国産の野菜を国産と偽って売る、町一番売り上げのある線路沿いにある八百屋がニコニコ顔でお客を欺き、平然と商売をしていた。主婦たちを易々と欺けるはずもなく、主婦たちの間では、あんな安い値段で国内産の野菜が売れるはずがない、としっかり噂になっていた。
208号室を取次いだ九十八歳の不動産屋の婆さんは、八十八歳の婆さんの大家をボケたと侮って、敷金、礼金、まえ家賃までネコババし、本物のネコババ婆さんになってしまった。大家は泣き寝入をしていた。腰がくの字に曲がった不動産屋のネコババ婆さんは、いつも白髪を黒々と染めていたが、自分のしでかした罪の重さに耐えかねてか、白髪を黒々と染める気力もなくして、本来のくの字のネコババ婆さんに戻ってしまい、東京都に不動産屋の廃業届けをだして店じまいした。
それで罪が永遠に消えることはない。数年もすれば、ネコババ婆さんは地獄に旅立ちをするのだろうが、待ち構えている鬼たちは、懲らしめがいのあるネコババ婆さんを舌なめずりして待っていることだろう。松果体は年の功などあてにならないと一蹴した。
一事が万事、この町は映画「バットマン」の悪の巣窟と化したゴッサムシティーのようであった。町からいつ悪事が去り、平和が訪れるのかは想像もつかなかった。バットマンはこの町を見捨てたのかのように姿を一度も現したことがなかった。
ゴッサムシティーにあるマクドナルドも例外に漏れず、悪事に染まり、夏の暑い盛りに店員たちの反乱に遭い、真面目に仕事をしてきた老齢の店長が飛ばされてしまった。この店は数年まえからモラルハザードを起こし、店長の眼を盗んで、既に退職しているが、若い女のマネージャーがタイムカードの不正押しを常習的に平然とやり、店員の休憩室が卑猥な遊び場になっていた。

僕は特捜本部が当面は男女を逮捕する気がないことが分かり、多少の危険を承知で男女から情報を取るために誘われるままにマクドナルドでお茶した。
いつも開口一番、男の自慢話から始まった。話題は多岐に渡ったが、男は自分のことを芸術家だと思っているようであった。カンプライターの芸術論は、先ずは著名な画家や作家を貶すことから始まり、自分の描いたペンキ絵の看板を芸術作品として評価した。
男が依頼されて描いた看板に戦艦大和と天草四郎があることを話した。聴いたとたん違うだろうと思った。まともな画家が描く題材ではないからであった。所詮、看板屋の描く題材だと思ったが、一応、頷きながら黙って男の話を聴いた。
男は手元に自分の描いた看板を一枚も持っていなかったので、女に誇示するために看板が必要だった。そのため看板の依頼者を訪ねて、女にその戦艦大和と天草四郎を見せて回った。絵の分からない女は、その二点の看板を見、感動したことを口にだした。看板はどこまでいっても看板であって、芸術作品ではない。
女が天草四郎の看板を見たとき天草四郎の表情が変わった、と言い、「凄いのよ」と余り口を利かない女は感情を昂ぶらせた。
僕は男がこれ以上、看板の話を続けると大和の主砲が火を噴いた、と言いかねないので、話を逸らした。
初めて男女とマクドナルドでお茶したときに、男のいまの仕事のことを尋ねると、曖昧に答え、結局、何を何しているのか、さっぱり分からなかった。数日して電通にコネで入り、何局かの営業をしていたことがあると言ったが、真っ赤な嘘だった。熊本にいた頃は熊本大学に勤めていたことがあるとも語ったが、これも真っ赤な嘘だった。
人は人生で幾つもの職業遍歴をすることはあるが、働いてもいない組織名をだしての経歴詐称は許されるものではない。男は何から何まで真っ赤な嘘色で加工された毒入りの駄菓子だった。
男は広告関係のカンプライターを過去にやっていたに過ぎず、これが唯一、男が履歴書に書ける職業であった。これ以後は手に職とはいいがたい、前科者、逃亡犯人、詐欺師、ペテン師、昏睡強盗、かっぱらい、万引き、ゴミあさり、公文書や私文書の偽造師、薬物不正売人、犯罪組織の手先。住所はネットカフェ、何れかの路上か公園、屋根のある駐車場、宮司のいない神社仏閣。性格は恩知らず。健康状態はほとんど病気。趣味はロリコン。特技は盗みのできる詐欺師、と履歴書には書かないといけない下衆な男であった。
これらの経歴をかわれて犯罪組織にスカウトされたわけだが、芸は身を助く、と言われるが、芸とはいいがたく、何と言って表現した方が適切であるのかを迷ってしまい、職人と解釈しょうとしたが、少々、無理があるために、「恩知らずで、飽くなき犯罪を性懲りもなく繰り返す、性悪で盗みのできる、薄汚れた下衆な詐欺師」と長々と表現するしかなかった。
男はアルコールを余り飲まないようであったが、引っ切りなしにマルボロにライターで火を点け、マルボロのヤニで薄汚れた前歯は男の持ち物に相応しかった。
男は首からIDカードを提げていた。男は自ら一流会社のIDカードであることを自慢した。本人が偽造したものだろうが、何でもありの男の持ち物に興味を持っても意味がないように思えた。
半年経っても警視庁特捜本部は振り込め詐欺犯罪集団の一斉検挙には至らず、僕に殺人電磁波を僕に向けて照射し、自転車に発信機を取り付け、二十四時間、僕を追い回すので、検察庁に事件の全容を書いた文書を託した。
検察庁の上位の検事が週刊誌に流した方が早いと助言してくれたが、僕は超有名人になりたくなかったので、いつでも、ボタン一つで各方面にバラせるシステムを構築しているに留めている。
事件から一年が経ち、法務省と警察庁が合同で振り込め詐欺犯罪摘発に乗りだし、警視庁は警察庁に指揮権が移り、警察庁の警視クラスの人間が現場の内偵や張り込みに繰りだされたが、どいつも内偵や張り込みが下手糞な奴らで、お笑いな連中で、日本の警察力の底を見る思いがした。
平成十九年六月九日の事件発覚から既に二年が経ち、平成二十一年五月十八日現在、警察庁は振り込め詐欺犯罪組織の大包囲作戦を継続し、僕の口封じのために殺人電磁波を照射しており、あと二年は続けるように思えてならない。
各方面に、この事実を流せば、法務大臣や警察庁長官や警視総監らのクビが確実に飛び、関わっている警察幹部らはよくて更迭や左遷が待っており、自民党政権も吹っ飛び、鳩山代表になった民主党に取って代わられることは確かだろう。


                                 了
2009/05/31(Sun)23:49:14 公開 / 木村一彦
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 はじめまして、上野文と申します。
 殺人電波とか、これは被害妄想を扱ったノンフィクション風ノベルでしょうか。
 警察が大掛かりな振り込め詐欺操作を行った事実は存在しますし、報道もされました。
 ただし相手は「中国の犯罪結社」でしたが。
 現在、振り込め詐欺の犯罪者の多くは、日本人ではなく、中国及び朝鮮半島からの犯罪出稼ぎ人? が多くを占めています。記事を逐一追えば、名前が三文字の容疑者が多いことが、すぐわかるはず。
 ノンフィクションだの純文学だのを標榜するなら、少しぐらい資料を調べるくらいの前準備をしましょう。
2009/06/01(Mon)13:01:010点上野文
 ×警察が大掛かりな振り込め詐欺操作
 ○警察が大掛かりな振り込め詐欺捜査

 要の部分に誤字があったことをお詫びします。
2009/06/01(Mon)13:14:010点上野文
7〜8年前になりますが、この歳の離れた頭のおかしい夫婦とは交流がありました。熊本です。
男の方はまさにこの名前が本名で、何となく気になって検索したらこの小説?が出てきて物凄く驚いている次第です。

男は私にも自分は画家だと言っていました。かなり胡散臭い雰囲気ではあったのですが、羽振りは良く、確かに一時は熊本大学で福祉関係の事業?関わってたはずです。身なりも良かったです。
熊本に来る前はニューヨークに住んでいたと言っていました。
前の奥さんにもダウン症の子供にも会ったことがありますし家に行ったこともあります。

それが出会って数年経った頃に、突然凄く若い女を連れてきて結婚すると伝えられて凄く驚きました。
教師である女の子の両親に凄く反対されているが、今通っている哲学科を辞めさせて医学部に通わせると。
まさにこの小説で書かれている通りです。

それから暫くして会ったときには、突然薄汚い格好になっていて、すぐ返すから金を貸してくれ、と言われました。貸しませんでしたが。明らかに数日風呂に入っていない雰囲気でした。

男が言うには、男の絵に魅せられたパトロンが長崎にいて男の為にアトリエを用意してくれるのでそこへ引っ越すと。それ以来会っていません。
別れの際は、確かに二人ともマウンテンバイクに乗っていました。

どこまで本当か分からないようなでかい話ばかりする胡散臭い男でしたが、若い女と再婚したことによって転落したのか、元から嘘塗れだったのかは分かりません。
この小説?を読んでやはり詐欺師だったか、とちょっと混乱しています。

殺人電波云々はともかく、この二人の存在に関しては本当です。余りに驚いたので書き込ませて頂きました。
2014/07/15(Tue)21:02:200点KYT
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