オリジナル小説 投稿掲示板『登竜門』へようこそ! ... 創作小説投稿/小説掲示板

 誤動作・不具合に気付いた際には管理板『バグ報告スレッド』へご一報お願い致します。

 システム拡張変更予定(感想書き込みできませんが、作品探したり読むのは早いかと)。
 全作品から原稿枚数順表示や、 評価(ポイント)合計順コメント数順ができます。
 利用者の方々に支えられて開設から10年、これまでで5400件以上の作品。作品の為にもシステムメンテ等して参ります。

 縦書きビューワがNoto Serif JP対応になりました(Androidスマホ対応)。是非「[縦] 」から読んでください。by 運営者:紅堂幹人(@MikitoKudow) Facebook

-20031231 -20040229 -20040430 -20040530 -20040731
-20040930 -20041130 -20050115 -20050315 -20050430
-20050615 -20050731 -20050915 -20051115 -20060120
-20060331 -20060430 -20060630 -20061231 -20070615
-20071031 -20080130 -20080730 -20081130 -20091031
-20100301 -20100831 -20110331 -20120331 -girls_compilation
-completed_01 -completed_02 -completed_03 -completed_04 -incomp_01
-incomp_02 -現行ログ
メニュー
お知らせ・概要など
必読【利用規約】
クッキー環境設定
RSS 1.0 feed
Atom 1.0 feed
リレー小説板β
雑談掲示板
討論・管理掲示板
サポートツール

『背中』 作者:六六 / 未分類 未分類
全角5881.5文字
容量11763 bytes
原稿用紙約17.05枚
背中を、とんとん、と叩いてくれたのは。
 がぶり、と喰らいついて、そのまま引きちぎる。欠片というよりは屑と言った方がしっくりくるそれが、辺りに散らばった。しまった、皿を下に置くのを忘れた、掃除機わざわざ出すのも面倒くさいな、等と思いながら二口目。この辺りから、一口目にはおぼろげでわかりにくかった食感や味が、段々と自分の中で霧が晴れてゆくようにはっきりとしてくる。しかしそうして明らかになったことといえば、ぱさぱさとしていて硬いなということと、お世辞にも美味しいと笑顔で言えるようなものではないということだけ。気付かなきゃ良かったと、後悔にも似た気持ちがうまれた。
 食器棚の奥の方に押し込まれていた何時のものとも知れぬ開封済みの食パンにかぶりつきながら、俺はこの部屋にたったひとつの窓の傍に佇む一匹のねこの背中を見ていた。今は丁度、陽の色に関係無くいうならば、俺の家の日当たりが一番良好になる時間だった。もともと、この物件は俺の決して高いとは言えない給料でなんとかまかなっていけるだけの金額だったから選んだだけで、住みやすさや日当たりなんかは特に気にしなかったつもりだ。おかげで、ワンルームしかない居住区域である畳部屋は、そのほとんどを安値で買った敷布団に占領されている。その脇にある押入れには本来その布団が収納されるのだろうが、俺はしまおうとは思わない。毎日必ず使う布団を、わざわざ毎日寝る前に出して、朝起きてから畳んでなおすなんて面倒くさいことをわざわざする気にはならない。机なんかは折りたたみ式の物を買った。布団の脇に立てかけておいて、使うときにちょっと手に取って4つの脚を開けばそれで済むのだから、布団をわざわざ畳んでなおすよりもよっぽど楽だ。と、俺は思っている。
 そんなわけで年中広げっぱなしのその布団の上にあぐらをかいて、俺はねこの背中を見ていた。ちなみにいうと、彼は俺に養われているねこではない。はじめはいつの間にか玄関の前にいて、いつの間にか俺の家に住み着いていた。食事は外にいる間に済ませているようだ。何を食べているかは、彼がどうやら野良の身であることを考えると知りたくも無いが、とりあえず俺にたかってこないのは助かる。手を煩わせなくて、俺が声をかけても返事をしなくて、そしてじっと見ていると吸い込まれてしまいそうな位真っ黒な毛を持った、ねこだった。
「なにしてるの」
 なんとなく、話しかけてみる。口の中には、飲み込んだつもりのパンがまだいくらかへばりついていた。ねこは振り向きもしなければしっぽを揺らすこともなく、ただ窓の外を見つめていた。何があるんだろうと思って、パンをくわえたまま四つんばいでねこの近くまで行って、ねこの顔と同じ高さまで頭を下げて窓の外を見上げた。眩しさに目を細める。なんとか薄く開いたまぶたの隙間から見えたのは、赤みがかった空に何本も引かれた黒い電線と、その高さに追いつかんとばかりに背伸びをする高層住宅。それと、その間から突き出るクレーンの先端。そこを鳥が飛んでいるわけでも、虫がこちらに腹を見せて歩いているわけでもなく、いつものけしき。ただそれだけだった。
「なにか、いるのか」
 訊くけれども、やはり返事はなかった。気にはしない。出会ってこのかた、ただの一度だって彼に返事をされたことはないのだから。それなのに話しかけてしまうのは、やはりどこか寂しさというのもあるのだろうか。――気にはしていない。
 数歩下がって、また彼の背中を見る。だらりとだらしなく下がった肩(猫に肩という部位が存在するのかはわからないが)、本家本元の猫背、僅かに下がった三角の耳。後ろなので、顔も見えない。体中真っ黒で首輪もつけてはいないから、首の位置もわからない。生き物というよりは、毛と耳の生えた黒い壺のようなそれは。どうしてか、随分とくたびれているように見えた。まるで、仕事に疲れた人間みたいな。
「……哀愁、漂ってるよ」
 苦笑いして、半分まで食べてしまった食パンを一度引きちぎる。右手にそれを持ったまま、布団の脇に置いておいた牛乳を左手に取って口の中に流し込んだ。口の中にへばりついていたパンは、抵抗することなくあっさりと流れてゆく。すっきりした。
「そういや、これっていつ開けたんだっけ」
 牛乳で軽く口の中を漱ぎながらふと思って、完全に飲み込んでしまってから、さっき無造作にゴミ箱へと放り込んだ包装を引っ張り出す。くしゃくしゃになっていたそれを丁寧に伸ばして、書かれている文字を読んだ。6枚入り。国内産小麦使用。一枚ずつラップに包んで、冷凍庫に入れて保管してください。ふわふわもっちり! 賞味期限は――。
「ん?」
 一度そのデジタル数字に目をとめて、それから顔を上げて部屋を見渡す。部屋の隅っこに置かれた小さな冷蔵庫に、銀行でもらった壁掛けのカレンダーが、コンビニで買ったお茶のおまけで付いてきたマグネットで留めてあった。開かれたその月で、唯一赤ペンで丸印のついている日。食パンの賞味期限日。 今日の、四日前。
「……ああ」
 カレンダーを見つめながら、ため息と一緒に声が漏れ出る。あれから四日も時が流れていたのには、正直驚いた。こうして改めて時を目で見ていると、俺が過ごしてきた四日という時間は、実は止まっていて、存在していなかったのではないかと錯覚してしまうくらい虚無に等しかった。消えた時間。そして、今も。
 振り向く。そこには変わらず、哀愁漂うねこの背中。どうしたの、と肩を叩いてやりたくなるような、どこか物悲げな背中だった。同居する俺が見る限り、のうのうと食っちゃ寝しているだけのようにしか見えない彼が、果たして苦労なんてしていたのか、本当に疲れているのかなんていうのはわからない。でも、
「俺の方がずっとずっと苦労してるし、疲れてるんだ」
 ねこへの負け惜しみのような、自分へのなぐさめのような。そんな言葉が、ぽつりと口から零れ落ちた。



「お前は、もうダメだな」
 なにが悪かったのか、なにがいけなかったのか、なにがダメだったのか。訊きたくて、たまらなかった。でも、そのため息交じりの言葉に、哀れみを含んだその顔に、問う勇気なんてもの残念ながら俺は持ち合わせて無いのであって。持っていたものといえば、
「わかりました。――今まで、有難う御座いました」
 素直に肯定する諦めと、礼を言う気力だけだった。ちょうど、四日前のこと。その日、寝坊して食べられなかった最後の一枚の食パンを、帰ってから食べようと思っていた。
 正直、かなり落ち込んだ。俺が今まで生きてきて初めて、この仕事で食べていければいいな、と思うほどだったのだから。頑張った、つもりだった。言うとおりにしてきた、つもりだった。なのに、見捨てられた。悲しみも怒りもあった。でもそれらは、次第に諦めの一部となる。悲しみは仕方が無いと押さえ込まれ、怒りはもういいじゃないかと諫められた。どうしてこうも諦めの勢力というのが強いのか、と自分でもたまに思うときがある。しかしそれは、考えてみれば至極簡単な話だった。――――“面倒くさい”。ただ、それだけなのだ。



 そういえば、
「この四日間、俺、誰にも心配されなかったな」
 記憶を辿って思い出した小さなこと。ちょっと気になって、考えてみる。
 この四日間で出会った人といえば、ゴミ出しに出た時偶然出くわした近所のおばちゃんと、コンビニの店員さん、あと一緒に飲みに行った級友と、それから
「昨日、実家で会った両親、と」
 最後に言って、何だか無性に悲しくなってきた。久しぶりに帰った実家で、にこにこしながら田舎料理を次々とテーブルに運んでくる母さん。座敷で砂嵐を写すテレビを盛大に叩き鳴らしながら、「おかえり」とだけ言った父さん。ああそうさ、鮮明に覚えている。ちょっと寄っただけだよなんて笑いながら、実際はどこか心の拠り所を探していたであろう、俺自身すらも。期待は、していたのかもしれない。しかし結果的に、夕飯をある程度堪能してから五万円の入った茶封筒を握らされて、その日のうちにここへ帰ってきた。俺が期待していたものは、そこにはなかった。
「……隠してるつもり、ないんだけどな」
 ねこの背中をひたすら見つめながらひとり言。何かがふつふつとこみあげてくる。俺にも、こんな背中あればと。なんで一日のほとんどを食べるか寝るかで過ごしているこの生き物が、こんな背中になるのかと。どうしたの、と声をかけたくなる背中になるのかと。さすがに、言葉にはしなかったが。……悔しかった。
 手をねこの後頭部に向けて伸ばす。人差し指を親指の先に引っ掛けてチャージ。発射。何か堅いものが、人差し指の爪に衝撃を伝える。ねこの頭が少しだけ揺れた。彼は振り返らない。めげずに連射。チャージ、発射、チャージ、発射、チャージ、発射。ぐわんぐわんと小さな頭が揺れる。でも、彼は振り返らなかった。背中をこちらに向けたまま。「お前なんか相手にしてられるか、面倒くさがり」。その背中に、そう言われているような気がした。
「ちくしょう」
 小さく呟いて、俺は残ったパンを口の中に押し込んだ。流石に入りきれなかった分が、少しだけ口から突き出ていた。しばらく、噛み締めてみる。ゆっくりゆっくり時間をかけて、最後のミミまで口の中に収まったのは、もう空の上の辺りが暗くなり始めた頃だった。ねこは、まだ窓の外を見ていた。
 残っていた牛乳を一気に流し込む。大分ぬるくなっていた。口の中に残っていた物は流れてしまったが、かわりに乳臭さがそこに染み付く。すっきりとは、しなかった。




 ただ、背中が欲しかった。――いや、というよりは、人恋しかったのかもしれない。誰かに心配してほしかった。肩を叩いて、優しい言葉をかけてほしかったのだ、俺は。……情けない。なんて、子供じみた願い。
 そこまで思い至ったとき、俺は左手に受話器を握って電話の前に膝をついていた。右手には、インクのきれかけたボールペン。そして足元には、裏に殴り書きで何かが書かれているパチンコ屋の広告が一枚、落ちていた。これは果たして今まで自分が生きてゆく中で使っていた言語なのかと疑ってしまうくらい乱雑な文字が、光沢のあるその紙の上で暴れまわっている。よく見てみると、それはどうやら数字と漢字のようだった。
 “明日 八時 事務所”
「…………」
 虚ろな意識のままそれを見下ろす。いつからこうしていたのかは覚えていない。フックスイッチから離れた受話器は、すでに沈黙していた。
 どこに電話をしたのかも、どういう言葉を交わしたのかも、覚えていなかった。まるでその時だけ時間が止まっていたのではないかと錯覚するくらいに。それなのに、今から自分が何をすべきかはわかっていた。意識が、戻ってくる。
「さてと」
 自分に言い聞かせるように呟いて、まず今着ている白いタンクトップの上に、その辺に落ちていたしわくちゃのシャツを羽織る。下はジーパンだから着替える必要は無い。ボタンは留めずに、そのまま玄関まで行って裸足にスニーカーを履きながら、靴箱代わりに使っているダンボールの上に置いてあった財布を後ろのポケットに突っ込んだ。これで準備は終わり。
 振り向いて、玄関から部屋の中を見る。ねこが珍しくこちらを向いていた。見開かれた金色の目。俺を見て、驚いている風にも見えた。――「行くの?」
「うん。朝早くなるから、パンと牛乳買ってこなくちゃ。……面倒くさいけど」
別に口に出してそう言われたわけでもないのに、俺は自然と応えていた。彼が、本当にそう思っていたのかどうかは別として。
ねこの返事を待たずに、俺は扉を開けた。どうせ、返事なんてしないだろうから。くるりと彼に背を向けて、外に出る。そのときの俺の背中は、彼に一体どう見えていたのだろうか。 
 時が、動き出す。





 かわいそうに。
 扉の向こうへと消え行く、いつもよりどこか活気のある青年の背中を見ながら、彼は思っていた。がちゃりと音がして、扉が完全に閉まったのを確認してから再び窓の外に目をやる。しかしその薄暗い空に、彼がさっきまで見ていたものは見当たらなかった。あの青年を追っていったのだろう。観察したところ、それはどうやらここを狙っているようだったから。青年には見えていないようだったので、それがこの世の物ではないことはすぐにわかった。そして、危険であることも。
 それが一体何だったのか、彼は一応気になりはしたが、それを追求しようとは思わなかった。それが追っていった青年の行く末も、また。それは何故か。……答えは簡単だった。“面倒くさい”から。
 観察するものもいなくなったことだし、と彼は畳の上に横たわる。――同時に、どこからか大きな鉄の塊のようなものがぶつかり合いながら落ちてゆく音がした。大分近い。ちょっと考えてから、そういえばこのあたりの道沿いに工事現場があったことを思い出した。クレーンが、大きな鉄の棒を運んでいたのを覚えている。多分それだろう、と勝手に決めつけて、彼はすでに閉じかけていた瞼をゆっくりと下ろす。ああ、暇だなあ。






 少し離れたその場所で、彼もまた、重く重くなった瞼を閉じようとしていた。その隙間から垣間見える、赤い景色。地面が、近い。あれ、今って夕方だったっけ、等と思いながら、それでもこの激痛だけははっきりと今の彼の状況を物語っていた。遠くから、悲鳴のような声もする。それは、どんどんと遠ざかっていって――。
あれ……俺は、どうして。
「どうして、死ぬんだろう」
 ひとりごとのようにそう言って、彼はすでに閉じかけていた瞼をゆっくりと下ろす。薄れ行く意識の中で、なんだか鉄くさいな、と思った。それがついさっき彼の頭上から落ちてきて現在彼の身体を押し潰そうとしている「それ」の臭いだったのか、それとも今彼の頭から溢れ出る「赤」の臭いだったのか。彼自身にも、わからなかった。
 そういや明日朝早かったな、とも思ったが、今の自分にはもう関係のないのだということも直後に理解した。瞼が、完全に閉じられる。


 暗闇の中で、耳障りなサイレンの音や人々の悲鳴やざわめき等という音はやがて消えた。代わりに聴こえてきたのは
「だいじょうぶですか」
 酷くしゃがれていて、空洞の中から聴こえてくるような声だった。人間の声では、なかった。
 暗闇の中で、俺の肩を叩いてくれたのは、
 
 
 






 時は、動き続けていた。



 了
2008/11/01(Sat)15:43:34 公開 / 六六
■この作品の著作権は六六さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは。一応二度目ましてです。六六(ろむ)といいます。
飼っている猫の背中にうっかり哀愁を感じてしまって、思いついたお話です。ちなみに黒猫です。かわいいです。
こういうお話って、ジャンルを選ぶときに困ります。リアル現代っぽいけど最後微妙にファンタジー…うーんどっちだろう。
迷った挙句、未分類になりました。無難だ。
前回頂いたアドバイスを参考に、違和感無く仕上げようと頑張ってみたつもりですが…どうでしょうか。
まだ技量足らずな部分は多々あると思います。ご指摘や批判などが御座いましたら遠慮なく言ってやってくださると幸いです。

それと、前回のお話で丁寧にご指摘して頂いたにも関わらず手直しが出来きないままで、申し訳御座いませんでした。
あまり執拗に上げると迷惑になると思いまして…; 

ここまで読んで頂き、有難う御座いました。

*11月1日:羽堕様、マサ様からのご意見と注意を参考に、修正加筆いたしました。
この作品に対する感想 - 昇順
感想記事の投稿は現在ありません。
名前 E-Mail 文章感想 簡易感想
簡易感想をラジオボタンで選択した場合、コメント欄の本文は無視され、選んだ定型文(0pt)が投稿されます。

この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
スタッフ用:
投稿者用: 編集 削除