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『ふたりいっしょに』 作者:トーラ / ファンタジー 未分類
全角8710文字
容量17420 bytes
原稿用紙約26.75枚
設定とか、世界観とか、そういうものを取っ払って、男の子と女の子の掛け合いをメインに書いてみた短編になります。



 わたしは眠っていた。浅い眠りだった。地の底まで引きずりこみそうな心地のよいベッドに横になっていて、わたしの手は誰かに握られていた。枷をつけたみたいに。
 わたしの手から伸びるもうひとつの手を目で追うと、深く瞳を閉じた少年が横たわっていた。
 完全に意識は沼の奥底に沈みきっているように見える。だけど、私の手を掴む指は、確かな意志を持って絡み付いているようだった。
 上半身だけを起こして、視界に入り込んでくる物をすべて受け入れていく。
 四角い窓の外には何も見えない。真っ白な壁、天井、感情のない空間。
 わたしと、男が眠るひとつのベッド。
 何故、わたしはここにいるのだろう。眠る前までの記憶を探るが、わたしの中は空っぽだった。わたしを包むこの空間のように。
 もう一度横になろうとは思えなかった。
 ベッドの上からでは見えないものもあるかも知れない。そう思い、ベッドから降りようとした。邪魔になった彼の手を振り解く。見た目とは裏腹に、シーツを除けるくらいにあっけなく指は外れた。
 だが、それと同時に彼は目を覚ました。
「――きみは……誰……?」
 横になったまま、払われた手を再度わたしの腕に絡ませて引き留め、薄く瞼を開いて彼は言った。
「それはわたしにも分からないの。ごめんなさい。なら、あなたは誰?」
 もう一度手を払おうとは思わなかった。わたしに遅れて起き上がろうとする彼を見守る。
「ぼくは……、誰だろう。ぼくも分からない」
 酷く頼りなさそうな声で彼が答える。心細さが腕を掴む力を強めているようだった。まるでわたしに縋り付いているように見えた。わたしがいなければ立ち上がれないのではないかと思えるくらい弱々しい。
「きみは、何処へ行こうとしているの?」
「ここではない何処かへ。何故だか分からないけれど、ずっとここで眠っている気にはなれないから」
 分からないことばかりだ、と彼は呟く。そのとおりだな、とわたしは思った。
「ぼくも一緒にいっていいかな……」
「どうして?」
「一人は嫌なんだ。ここにはぼくときみしかいないんだ。きみがいなくなったら、ぼくだけになってしまうから。だから……」
 必死に訴えかける彼の姿が、空っぽだったわたしの中に入り込む。
 何となく、漠然と、わたしは彼の望みを叶えなくてはいけないのではないか、と思えた。何も知らない。記憶も何も空っぽの私にでもできること。彼を一人にしないこと。
 彼の望みを叶えることで、わたしの中が空でなくなるかも知れない。
 自分を探っても何も見つからない虚しさがなくなるかも知れない。
「いいわ。一緒にいきましょう。一人が嫌なら、わたしと一緒にいればいい」
 断る理由はなかった。自分のためにも断る理由はない。
 ここにはわたしとあなたしかいない。
 わたしは、あなたを一人にしてはいけない。
 わたしにあるのはそれだけだ。たった今生まれた私の欠片。
「ありがとう。よかった」
 顔を大きく歪ませてあなたが笑った。あなたが、すごく温かく見えた。わたしの顔が歪んでいくのが分かった。



 歩き続けることで、見える景色が変わることがある。歩く目的が見える風景を変えることではないけれど、あなたが歩くというのなら、わたしはあなたと並んで、離れぬように一緒に歩かなくてはいけない。あなたを一人にしないと決めたから。それだけが、私の動く理由だった。
 いつの間にか世界は足元までも白く染まり、わたしたちの歩みを妨げていた。
 一歩進む度に足を飲み込み牙を立てる。冷気によって足の感覚は殆どなくなっている。
 繋いだ手から、あなたの手の温もりを感じられない程、わたしの身体は冷え切っていた。
 あなたの存在を確かめるように、感覚の薄れた手で強く、手を握る。
「きみと、ちゃんと繋がっているかな?」
「大丈夫。あなたはわたしの隣で歩いているわ。あなたと離れないように、わたしたちは繋がっているから」
 よかった、と安心しきった声であなたが言った。わたしは何も答えずに、ただ足を動かした。
 そして、わたしたちは歩き続けた。足元は白いままで、頭上は暗く黒く変わった。だが、一点だけ、円状に漂う砂色をした光がわたしたちを照らしていた。
 やわらかな光に見惚れていた、意識を頭上に向けている間に、腕に激痛が走った。
 何かが突き刺さる痛みと、生暖かい何かが肌に付着し、立っていられない程の衝撃と重みを感じ、わたしは倒れていた。白く染まった地面がわたしを受け止める。
 あなたの手を、握れているのかしら。
 ぼんやりと考えながら、耳に聞きなれない音が伝ってくる。喉を震わすような、怒りに満ちた、わたしとあなたには到底出すことのできない音。
「――大丈夫?」
 わたしが離れたことにあなたが気付いたのか、あなたの声が聞こえてきた。
「すご」
 答えようとした。声が続かなかった。
 すごく痛いわ。そう言いたかった。
 喉元に何かが食らいついていた。腕に傷を負わせたのも多分、同じ物だ。
 三角の耳、毛深い体、長い顔、鋭い牙……。暗闇の中で、間近でそれを確認する。明らかにわたしたちとは違う何かだ。
 身体はもう動かなかった。気付けば、わたしに襲い掛かった物の数は増えていた。腕、足、身体、手当たり次第に切り裂いていく。
 擦れていく視界であなたを見た。あなたも、わたしと一緒だった。幾つものの何かが群がって、倒れて、切り刻まれていく。
 もう、何も見えない。



 背中に当たる針が刺さるような痛みを感じて、目を開いていた。意思を持って瞼を持ち上げたのではなくて、開いていた。
 わたしはくすんだ赤色が広がる綿の真ん中に横たわっていた。まるでわたしを飲み込もうとしているみたいにわたしを受け入れて、深くに沈めようとしている。
 わたしは眠っていたみたいだ。眠る前は確か、身体中に息も止まるような痛みに襲われて、立っていられなくなって、それで横になった。それは記憶している。
 だけど、今は痛みもなく、切り裂かれた跡も見えなかった。

 ――あなたは?

 自分の手に何の感触がない。あなたはどこにいるのか。
 探すまでもなく、あなたはわたしの隣に横たわっていた。初めてあなたを見た時のように、深く瞳を閉じ、二度とその瞳は開かないのではないかと思えるくらいだった。
 あなたもわたしと同じように切り刻まれ、赤い水を流して倒れていた筈なのに、残っているのはあなたの身体の周りに染み込む赤色だけだった。
 あなたの手を取り、握る。あなたの指が、何よりも温かく感じた。
 上手く動かない身体を何とか動かして、あなたに近づいて、あなたの身体を抱き寄せる。
 あなたを一人にしない。それがわたしの誓い。わたしの唯一点。
 一度は手を離してしまったけれど、まだ手の届くところにいてくれて、本当によかった。
 わたしの胸の中で、あなたが微かに動いてみせる。
「――ぼくは、どうして……」
 そして、あなたは目覚める。逃げ込むようにわたしの胸に縋り付いた。あなたの手は震えていた。
「凄く怖い夢を見たんだ……。きみがいなくなる夢だよ」
「大丈夫。わたしはここにいるから。あなたと離れたりしない。だって、あなたがわたしと一緒にいたいと言ってくれるもの」
 あなたがわたしを求めるのに応えて、あなたを包む。
 あなたを抱きしめながら思う。何故わたしは目を覚ますことが出来たのだろうか、と。瞳を閉じた時、もう起きられないだろうという気はしていた。あなたの存在も感じられなくなって、何も出来なくなっていく感覚は今も残っている。わたしの身に何が起こったのかが疑問に残る。
 その中で、ひとつ分かったことがある。
 すべてを失うような深い眠りでさえ、わたしとあなたを引き裂くことは出来なかったということ。
 その程度では、わたしはあなたから離れられない、ということだろうか。



 わたしたちが歩き、眺める世界は形を変えていく。わたしたちの歩みよりもゆったりと。
 歩いていることに誰も気付けない。歩いた長さを実感し、初めて世界は動いたのだなと理解する。
 世界は変化し、わたしやあなたと同じような男と女を見かけるようになった。彼らは、わたしたちをヒトだと言った。そして仲間だとも。
 だけど、彼らはわたしたちとは違っていた。景色が移り動くにつれ彼らは姿を変えた。最後には動かなくなった。
 いつか、わたしが体験したような、身体に切り傷ができたり、穴が開いたりして、赤い水を流し続けたヒトも、動かなくなった。
 同じなのはきっと見た目だけで、わたしとあなたは彼らとは違うものなのだ。
 今は足を止めていた。一つの場所に留まって、どのくらいになるだろうか。何もない場所を歩き続けるよりも穏やかに感じる。
 そこで一人の女の子と出会った。世界が移ろえば、わたしと似た姿になるに違いない。そして、彼女も動かなくなるのだろう。
 風に撫でられ頭を下げる草原の中で、彼女と隣り合って座っていた。
「お姉ちゃんとお兄ちゃんは、ずっと一緒にいるの?」
 水に濡れた青い葉のような唇を動かし、木漏れ日のような柔らかな髪の毛を揺らし、小さくうねる小川の流れのような瑞々しい声で彼女が言った。
「うん。ずっと一緒にいるよ。一緒に歩いてきた」
 いつもと変わらない穏やか声であなたが答えた。あなたの言うとおり、ずっと一緒だった。離れていることなんて今まで一度もなかった。
「そうなんだ。凄く仲良しなんだね。お兄ちゃんはお姉ちゃんのこと好き?」
「好きって、どういうことなのかな。よく分からないや」
「分からないの? えーっとね、一緒にいると楽しくて、凄く大切にしたいって思うことかな。だからずっと一緒にいるんじゃないの?」
 あなたは彼女の言葉に黙り込んだ。
 わたしは、あなたのことが「好き」だから一緒にいるのか。違う。あなたが一緒にいてほしいと願ったからだ。ならば、わたしはあなたのことが好きではないのか。大切にしたいと思わないのか、楽しくないのか。
 わたしはあなたを、どう思っているのだろうか。
 わたしの中の柱が揺らいでいるのが分かった。
「そうなんだ。だったら、ぼくはきみのことが好きなんだと思う。ぼくはきみと一緒にいられて幸せだし、楽しいから」
 わたしの曇天のような気持ちに対して、あなたは曇りのない笑顔で答えた。
 何故、そんなにも自信を持って言えるのかがわたしには分からなかった。
 あなたはわたしと違って、たくさんの物が詰まっているのかも知れない。わたしとあなたの違いは、見た目だけではない。



 彼女の言葉はずっとわたしの中に渦巻いている。わたしが歩き続けた時間と比べれば、彼女と一緒にいた時なんてほんの一瞬に過ぎないけれど、彼女の姿や声は薄れても、その言葉だけは薄れることなく刻まれている。彼女はもういないのに、彼女の言葉だけが存在している。
 あなたが願ったから一緒にいる。

 わたしの気持ちはどこにあるのだろう?

 あなたがわたしと一緒にいようと言わなかったら、きっとわたしは今も一人でいるに違いない。
 あなたはわたしを好きと言った。大切とも、一緒にいられて幸せとも。
 どれもわたしにはわからないものだ。
 あなたと一緒にいることで心の空洞を埋めた気になっていたけど、それはあなたから与えられたもので、わたしが生み出したものではない。
 わたしのものではなく、借り物の紛い物。そこにわたしの気持ちはない。知らなければよいものを、わたしは知ってしまった。
 ずっと、きっかけなんて忘れてただ一緒にいるのが当たり前なのだと思っていた。初めからわたしとあなたしかいなかったのだから。
 今まで必死に手を離さないように握り続けた時間は何だったのか。あなたと離れてはいけない。一人にしてはいけないと自分を戒めてきたのはわたしの意志からではなくて、あなたの一言から生まれたものだった。
 わたしを支えてきたものが崩れかけている今、あなたと一緒にいる理由なんてないに等しい。
 何故あなたと一緒にいるのだろう。
 一緒でなければいけない理由なんてないのに。
「どうしたの?」
 あなたが言った。わたしたちは暗い空に浮かぶ光を見ていた。数え切れないほどの光。こうして見上げている最中に光の数が増えているかも知れないし、減っているかも知れない。不思議な眺め。
「なんでもないわ。ごめんなさい」
「そう。だったらいいんだ。――ねぇ、あの星が見える?」
 あなたが腕を上げ、光を指差した。
「あの、青色をしている光だよ。綺麗だね」
「ごめんなさい。どれのことを言っているのか、分からないわ。青い光は幾つもあるけれど、どれのことなのかしら」
 あなたの指が示す空を見上げたけれど、あなたの指す光を見つけられなかった。
「あれだよ。分からない?」
「……ごめんなさい。分からないわ」
 何度も目を凝らした。だけど、青い光が更に見つかっただけだった。あなたの指す光が遠ざかっていく。
 あなたは、「そう」とだけ言って腕を下ろした。酷く残念そうで、寂しそうな声だった。
「ごめんなさい」
 もう一度あなたに謝った。本当に申し訳ないと思ったから。あなたの傍にいる理由をはっきりと理解出来ないことにも後ろめたさがあった。
「いいよ。仕方がないよね。ぼくときみは、違うところから空を見ているんだもの。同じ景色は見られないよね」
 わざと明るく振舞っているような笑顔であなたが言った。
 わたしたちはずっと並んで、同じ方向に進んできた筈なのに、わたしたちの歩みはずれ始めていた。
 いつから、こんなことになったのだろう。むしろ、最初からわたしたちの歩みは別々のものだったのかも知れない、とも思える。わたしとあなたは違うのだから、進む方向だって、違って当たり前だ。
 今までずっと気付かなかったけれど、ずれはもう認識できるほどの大きさになっていた。



 わたしが変わっていくのと同じく、あなたも変わっていった。痛みを伴うような触れ合いを求められたことなんて一度もなかったのに。
 こんなにも強く腕を捕まれたのは初めてだ。身動きが取れなくなるような密度の濃い視線を送られるのも、何もかも。
 声も出ない。あなたも何も言わず、そのままわたしを押し倒した。
 背には雑草茂っていて、背中から倒れてもそれほど痛みはなかった。あなたの気遣いのおかげなのかも知れない。
 空があって、空を遮るようにあなたの身体が見える。あなたの顔がわたしを見下ろしている。手首を握るあなたの手が鎖になって、わたしを地面に縛り付けていた。
 あなたはわたしを見ていた。わたししか見ていなかった。わたしだけを見据えて、身体をわたしに近づけていく。寄り添うよりも近く、触れ合うまで近くに。
 あなたの唇がわたしの唇を塞ぐ。あなたの吐き出す息がわたしに入り込む。これがあなたの香りなのだろうか。
 あなたの吐息が、わたしの身体を組み替えていく。力が抜けていく。
 わたしに入り込んだのは息だけではなく、あなたの舌も一緒に潜り込んでくる。
 乱暴に口内を動く。あなたという存在をわたしに刻みつけようとしているようだった。
 蹴った小石がやがて転がるのをやめるようにゆっくりとあなたの動きも止まる。わたしの内側からあなたのものを引き抜き、そのままわたしに覆いかぶさった。
「――ぼくは……」今にも崩れてしまいそうな声であなたが言う。
「きみと一緒にいるだけじゃ満足出来ないんだ。ぼくはきみとひとつに、なりたい」
 あなたの願いに何と答えたらいいか。答えるべき言葉が見つからない。
 ひとつになんて、なれるのだろうか。さっきの口付けも、繋がっているように、ひとつになったようにも見えた。だけど、それだけだった。わたしの口内に入り込んだあなたの物を、わたしははっきりと異物だと認識していた。あなたと繋がることを拒絶したかのように。
 そんなわたしとひとつになれるのだろうか。
「きみのことが好きなんだ。だから、ぼくはきみと同じ景色を見たい。並んで見るだけなんて寂しいだけだ。きみが見ている景色が見たい。同じ星を眺めたい。きみと同じ気持ちになりたい」
 初めてわたしに「一緒にいてほしい」と願ったあの時のように、心の底から引きずりだしたような声で訴える。
 何もかも過去のようにはいかない。空っぽな中身を埋めてくれた言葉も、今度は逆に隙間を作った。
「何で――出来ないのかな……?」
 それは、多分わたしに向けられた言葉ではない。あなたもきっと、わたしに投げかけても仕方がないと分かっているのだ。
 わたしには何もできないと、あなたは分かっている。
 もし、あなたが悲しんでいるのなら、わたしも同じ気持ちだと思う。だけど、同じようにも感じる気持ちでさえ、わたしとあなたの間にはずれがある。埋めようのないずれが。
「……きみと一緒にいてもつらいだけだ。きみのことが好きなのに、どうしてこんなにもつらいのかな」
 わたしを求めたあなたが、はっきりとわたしを拒絶する。
 わたしたちはもう、同じ方向を向いていない。このまま歩き続ければ、わたしとあなたはどこまでも遠ざかっていくだろう。
 あなたがいなくなる。わたしの中からも、あなたは消えていく。わたしには何も残らない。

 ――残らない筈なのに。

「無理して一緒にいることなんてないわ。つらいのなら、ひとりになればいい。わたしは大丈夫だから」
 この気持ちはどこからきたのだろう。
「ここであなたを待ってるから。また、ふたりで一緒にいたいと思ったら戻ってきてくれれば」
 まだ何か残っているのか。あなたの残り香か、それとも、新しくわたしに芽生えた何かか。
「また、一緒に歩きましょう」
 わたしの中に渦巻く何かが言葉を選ぶ。選ばれた言葉は水が上から下に向かっていくように口から滑り出て行く。
 突然現れたあなた以外の何かを拒絶することなく、わたしは自分の一部だと受け入れていた。受け入れてもいいと思った。
 これでわたしは空っぽではなくなるから。自分の意志で、あなたと一緒にいたいと思えた気がするから。



 こうして、あなたはわたしと違う道を行くことになる。






 あなたと離れてから、わたしの身体に異変が起こった。酷い渇きに襲われた。今まで一度もそんなことはなかった。対処のしようのない痛みにも襲われた。
 あなたと別れてから徐々にわたしの身体は壊れ始めた。乾いた土のように崩れていく。身体の端から、少しずつ、時間をかけて、悶えるような痛みを伴って。
 もうわたしの指はなくなった。崩れ、砕けて、零れ落ちた。足がなくなるのも時間の問題か。
 あなたと別れたことが引き金になって、わたしの身体が崩壊し始めた。
 崩れいく自分を他人事のように眺めながら思う。わたしはあなたと一緒でなければヒトの形でいることも出来ないのだな、と。
 あなたの傍にいたから、ずっとわたしはわたしでいられたのだろう。こうして、身体が崩れ落ちることもなく、ヒトの形を留めていられたのはきっと、あなたがいたからだ。
 だから、わたしはあなたと一緒にいなくてはいけないと思い込んでいたのかも知れない。
 あなたと一緒にいる理由。それは最初からわたしの中にあった。
 だけどもうそんなことはどうでもよかった。過去のように、空であるのが嫌であなたと一緒にいたいと願った訳でもない。今のように、崩れ去りたくなくてあなたを求めた訳でもない。
 あなたと一緒にいたいから、そう願うだけ。理由なんてない。そんなものは必要ないのだ。

 ごめんなさい。わたしはあなたに嘘をついたわ。

 眠りについた。あなたのことも忘れて、痛みも乾きも、すべて忘れて瞳を閉じた。

 自分が消えていく心地よさを感じながら。






 ぼくは歩いた。きみのいない世界をひとりで。ひとりでいると世界の表情が変わっていくことにも鈍感になった。それはとても悲しいことだと思う。きみとひとつになれないことよりももしかしたら悲しいことなのかも知れない。それでもぼくが選んだ道だから、ぼくは歩き続けた。
 大きな建物も増えた。馬車は車になった。星は見えなくなった。ヒトも増えた。
 きみの代わりにぼくと一緒にいてくれるヒトもいた。だけど、皆ぼくにはついてこられなかった。気付けばいつもぼくひとりで歩いていた。
 皆ぼくとは違うのだ。ぼくのように、永遠に歩き続けるヒトはいない。いるとすれば、きみだけだ。
 今も、きみの代わりがぼくの隣にいる。きみと同じようにぼくの手を握り、肌を寄せる。
「どうかした?」
「なんでもないよ。気にしないで」
 偽りの笑みで彼女を納得させた。それに、彼女はどうせ気付かない。
 何故ぼくはきみの代わりに彼女を求めたのだろう。いや、ぼくが求めたのではなく、彼女がぼくを求めた気もする。一緒にいる理由も希薄だった。明日も、明後日も、景色が変わり行くまで一緒にいたいとも思わない。
 なんて乾いた繋がりだろう。空しいだけの日々。過去を懐かしむだけの空っぽの自分。
 氾濫した川のようなヒトの流れを見ながら、きみのことを想う。
 きみはぼくを待っていると言った。いまも、きみと別れたあの場所で待っているのかも知れない。だけどもう、駄目だ。ぼくはその場所がどこにあるかを覚えていない。

 こんなくだらない時間を過ごして、歩き続けて、いつかまた、きみに会える日をぼくは夢見る。
2008/08/15(Fri)22:10:20 公開 / トーラ
■この作品の著作権はトーラさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めましてになります。2、3年前にアタベとかいうHNで利用させてもらっていたものです。
また、こちらを利用させて頂こうと思っております。

読んでくださってありがとうございます。
ちょっとでも、小説の中の二人に共感してもらえれば書いた意味があったかなと思います。
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この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
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