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『OUR HOUSE plus【1〜2話】』 作者:甘木 / リアル・現代 未分類
全角8940.5文字
容量17881 bytes
原稿用紙約28.55枚
北海道のある町に親子3人と猫1匹が住む家がある。その家は森泉家。森泉家の面々が引き起こす他愛のない小さな小さな事件をご覧あれ。
 俺の名前は森泉浩之(もりいずみ・ひろゆき)。北海道の公立高校に通うどこにでもいる高校生だ。自分で自分のことを言うのもなんだかくすぐったい感じもするが、クールでありながら熱い魂を持っている十七歳。ま、熱い魂が勉強の方に向かったことはないけどさ。
 自己紹介ついでに俺の家族も紹介しておこう。
 親父・正稔(まさとし)。食品会社の研究所に勤める四十一歳。己の欲することには努力を惜しまない性格。時には家族すら犠牲にしても自分の趣味を優先させる……て言うか、一人息子を実験台にしたり犠牲にしたりするなよ。
 母さん・諒子(りょうこ)。四十一歳。元国営放送のアナウンサーで映画にも出たことがある。世間では美人と言うことになっている。けど、息子から見れば常識が欠如した単なるおばさんだ。
 ペット・クルツ。体重六キロの虎柄の雄猫。何事にも動じない性格は大人の風格すら漂わせている。ツチイナゴの佃煮と茹でトウモロコシとベビースターラーメンを心より愛するナイスガイだ。なお、天敵はアメリカザリガニと酔っぱらった親父。
 この三人と一匹が暮らしているのが築五十年を超えるボロ家。床は抜け、窓枠はアルミじゃなくって木製という年代物さ。だけどこのボロ家には俺の十七年分の思い出が詰まっている。他人が見たら大した思い出じゃないだろうけど、俺にとっては大事な思い出なんだ。
 アクションもサスペンスもラブロマンスもない平凡な日々の記録。つまらないかもしれないけれど、俺の思い出に付き合ってくれよ。




 ■1 名前




 当たり前だがモノにはすべからく名前がある。名前を付けると言うことはモノの存在に意味を与える重要な技術であり、人類の発展はこの技術の賜である。だから言葉、特に名前は大切にしなければいけない──なんてことを中学校の時の先生が言っていたなぁ。と、思い出したのは、母さんが隣室の畳の上で大の字になっている猫に向かって「ふっふんふう、おいで」と、鼻炎患者のあえぎとも、腹話術の練習ともつかない、鼻息だけの音声で呼びかけていたのを目撃したからだ。


 ちなみに、この家には「ふっふんふう」なんて名前の生き物はいない。
 なのにソファーに座った母さんは「ふっふんふう」とか「ふっふんふう、おいで」と、謎の単語を何度も言っている。
 いったい何をしたいんだ?


「何してる?」
 俺は呆れから自分の声が硬質になっていることを実感しながら尋ねる。
「あっ、浩之! 帰っていたの?」
「ああ」
 そりゃあ、授業が終われば家に帰るさ。高校に入学してから部活には入っていないし、金もないのにこんな雨の日に外をうろついたってロクな目には遭わない。だいいち俺は帰ってきた時「ただいま」と言ったし、居間から母さんの「お帰り」って返事も聞いたぞ。たしかに母さんと顔は合わせないまま二階の自分の部屋に行ったし、小一時間ほど寝てたけど「帰っていたの?」はないだろう。
「で、さっきから何してる?」
「何って……浩之、のぞき見していたの? エッチ!」
「は?」
 俺は眩暈とも頭痛ともとつかぬ不快感に襲われこめかみを押さえた。
 あのなぁエッチってなんだよ。どういう状況になったら実の母親から言われなきゃいけない言葉だよ。四十過ぎた母さんがたとえオールヌードでいたって見たくもないし、見てしまったら自殺を真剣に考えるっうの! それに俺は女の鼻濁音(?)に興奮を覚えるような特殊な趣味は持ち合わせてない。俺はいたってまともな高校生なんだよ。
「頭なんか抑えて頭痛がするの? 風邪ひいた?」
「いいや、風邪はひいてない……ってか、俺のことはいいんだ。それより母さんは何してるんだ?」
 俺の言葉の意味を理解できなかったようで、母さんは「なに?」って顔で固まっている。
「さっきから『ふっふんふう』って言っているけど、それは何だよ」
「ああ、それね。それは、」
 母さんの表情が困惑から自慢気へと瞬時に変わる。
「凄い発見をしたのよ」
「発見?」
「クルツって色んな名前で呼んでも反応するのよ」
 …………はい?
「いま実験するから見てて」
 母さんはクルツの方に向き直ると、
「クウウ!」
 と声をかける。
 クルツは大の字のままシッポの先をぽてぽてと怠そうに振る。
「反応したでしょう」
 振り返った母さんの顔には、言った通りでしょうとばかり勝ち誇った表情が浮かんでいた。
「…………」
 あのなぁ……畜生なんてものは名前と似たような音で呼ばれたら反応するし。そんなこと、ペットを飼っている人間なら誰でも知っていることだと思うけど。
「驚いたでしょう」
 俺が無言でいることを感銘のあまり口がきけないと思いこんでいるようだ。いや、たんに呆れてものが言えないだけなんだが。
「クルツがソファーを引っ掻いていたから『クル助ダメでしょう』と言ったらすぐにやめたのよ。クルツじゃなくってクル助よ。そこで思いついたのよ。ひょっとしたらクルツは他の名前でも反応するんじゃないかと。だから色々な名前で呼んでみたのよ。そうしたらちゃんと反応するのよ」
 そりゃあ面と向かって飼い主に声をかけられれば、いくらバカ猫でも反応ぐらいするだろうさ。
「なによその目は。まだ信じていないの? だったらもういちどやってあげるわよ。見てなさい。クル太、シッポぱたぱた」
 クルツは寝転んだままピクリと耳を動かし、いかにもお義理という感じで弱々しくシッポを数度振る。
「ほら、ちゃんと振ったでしょう。クルちゃんでもクーちゃんでもウウウでも試してみたから間違いないのよ。きっとクルツは自分の名前をあだ名で呼ばれても理解できるの。でも『ふっふんふう』じゃ反応しないのよ。おかしいわね……」
 おかしいのは母さんの方だって……。
 ん? 母さんは俺が帰ってきてから、ひょっとして帰る前から、クルツ相手にこのバカげた実験を繰り返していたのか? だったらクルツが妙にぐったりしていることにも納得がいく。いくらクルツが他のネコと比べておっとりしているといっても、何度も何度も名前を呼ばれていたら嫌にもなるだろう。あの大の字になって寝ているのは、クルツなりの抗議のダイインなのかもしれない……そんなことはないだろうけどな。
「ふっふんふう、おいで。ふっふんふうったら。ふっふんふう!」
「母さん、動物における認識学の偉大な実験を邪魔して悪いけど、そろそろ夕飯の準備を始めてくれよ。腹減ったよ」
 ぺち──クルツも同意見なのかシッポを大きく振った。




 *          *          *




 猫という生き物はどうして人の邪魔をしたがるのだろう?
 俺が布団に転がって本日発売の雑誌を読んでいたら、開けっ放しのドアからクルツが入りこんで雑誌の上でごろんと横になりやがった──寝るのなら居間のソファーで寝ていればいいだろうに。わざわざ引き戸を自分で開けて階段を上ってきて二階の俺の部屋に来て、俺が読んでいる雑誌の上で寝る必然性がどこにあるんだ──それともこれは俺に対する抗議活動なのか。数日前、母さんの壮大な動物の認識学実験にクルツが付き合わされていた時に、同情するだけで助けなかった俺への意趣返しだとしたら言いがかりだぞ。あの件の責任はすべて母さんに帰結して、俺には一分の責任もねぇ。
 邪魔だからどかそうと手を伸ばせば、腹をだして寝ているクルツに猫キック見舞われること間違いなし。だってクルツの野郎はさっきから前足をちょんちょんと動かして誘っていやがる。誰がそのテに乗るか。
 読みかけのポーランドのパンクバンドのインタビュー記事は諦めて、どうやってクルツの前足をかいくぐって腹の柔毛をわしわしとしてやろうかと思案を巡らしていた時、
「浩之、お夕飯できたわよ」
 階下から母さんの声が響く。
 反応したのはクルツの方が早かった。
 ついさっきまで『小僧相手してやるぜ。早くかかってこい』みたいな表情をしていたのに、母さんの声を聞くや跳ね起き、シッポをぴーんっと立てて階段を駆け下りていく。
 おい、クルツ。おまえは呼ばれていないんだぞ。解っているのか?
「浩之、猫舌のクルツだって来たのよ、早く来ないと冷めちゃうわよ」
「ああ、すぐ下りる」
 でも、母さん言っておきたいことがあるぜ。炊きたてのご飯に熱々の味噌汁をかけた猫マンマに躊躇なく食らいつく生き物の舌を猫舌とは言わんぜ。




 *          *          *




「浩之、洗濯するから汚れ物持ってきて」
 風呂場の方から母さんの声がした。
 あっ、柔道着を学校のロッカーに入れっぱなしだった──週明けには香しき芳香を漂わせるだうことを想像し、俺は少々鬱に浸って動かずにいた。
「浩之、聞こえてるでしょう? 早く持ってきなさい」
 俺の代わりに風呂場に向かったのはソファーで寝ていたはずのクルツだった。
 なんでおまえが行くんだよ。夏に向けて変わり始めた冬毛を洗濯機で一気に洗い流してもらおうとでも思っているのか?
 それにしたってなぜ俺の名前で反応する? おまえにとって『ひろゆき』って音は、以前母さんが呼びかけていた『ふっふんふう』以上にクルツって音からかけ離れているじゃねぇか。いくら猫だってこの家で飼われて七以上経っているんだから、自分の名前と俺の名前の区別ぐらい付くだろう。それとも「おまえの物は俺の物。俺の物は俺の物」というジャイアンイズムなのか?
「クルツどうしたの? 洗って欲しいの? でも今日は毛製品は洗わないのよ。またこんどね」
 おい、おい。機会があったら洗うつもりかよ。洗濯機に猫を入れて柔軟剤入れてか?
 俺が呆れていると母さんはクルツを伴って居間に顔をだした。
「浩之、あんたが返事しないからクルツが代わりに来てくれたわよ」
 クルツの代理人を頼んだ覚えはないのだが……。
「クルツは偉いわよねぇ。ちゃんと私の言葉に反応してくれるんだから」
「褒めてどうするんだよ。母さんはクルツを呼んでないじゃん。クルツが勝手に行っただけだ」
「あら、浩之もクルツも一緒に育ってきたから義兄弟みたいなものじゃない。浩之とクルツは二人で一つよ。ほら生まれた時は違えども死ぬ時は一緒みたいな感じでね」
「それを言うなら一人と一匹だろう。で、クルツと義兄弟に契りを結んだ覚えはねぇよ」
 何が悲しくて猫と桃園の誓いをしなきゃいけないんだ。だいいち死ぬ時は一緒って、猫の方が寿命が短いじゃん。俺に早く死ねと言うつもりか。
「浩之、眉間にしわを寄せて変な顔してないで、早く洗濯物を持ってきてよ、洗濯できないじゃない」
 やべぇ、母さんの声に苛立ちが混ざってきた。早いとこ洗濯物を持ってこないと、怒りにまかせた創作料理が晩ご飯に並ぶのは間違いない。過去の母さんの創作料理が絶賛をもって受け入れられたことは、俺の十七年の記憶の中でも数えるほどしかない。可能な限り回避の方向にもっていかないと自分自身が後悔するだけじゃなく、親父から山程の嫌味を言われちまう。
「早くしなさい浩之」
「はい!」
 俺はソファーから飛び上がり二階に向かった。
 おい、クルツ。なんでおまえがついてくるんだ。いまの命令は俺に対する命令だぞ。おまえは関係ねぇんだよ。おまえの名前はクルツで、浩之は俺の名前なんだよ。




 *          *          *




「浩之、朝よ! 起きないと朝ご飯食べている時間がなくなっちゃうわよ!」
 えっ、もう朝なのか……昨日寝たのは二時過ぎなんだよぉ。頼むからもう少し寝させてくれ。
「浩之! 本当に起きないと遅刻するわよ!」
 う゛う゛……眠い。
「浩之、ご飯いらないの!」
 三度目の声で俺と一緒に寝ていたクルツが布団から這い出ていった。クルツもまだ眠いのか、ちょっとよろけるような足取りで開けっ放しのドアに向かう。
 …………クルツ、おまえは呼ばれていないって…………けど、今日だけは俺の名前をおまえにやるよ。ついでに朝食もな。だから俺の代わりに学校に行ってくれよ。




 ■2 春色モード




「浩之! 朝だ! 下りてこい!」
 世の中には色々嫌なことがある。なかでも日曜日の朝っぱらに親父の声でたたき起こされることは確実に不快ランクの上位にランクインしていると思う。
「浩之!」
 俺だってちょっと勝ち気でツンデレ気味の幼馴染みが『ヒロちゃん! 今日は買い物に付き合ってくれるって約束していたじゃない! いつまで寝ているのよ!』と、怒りながら布団を引っぺがし、俺がパンツ一丁で寝ているのを見て『きゃっ! バカ! スケベ!』なんて言って顔を赤らめる健全な男子高校生の願望的・妄念的な朝が起こりえないことは知っている。だいいち俺にはそんな幼馴染みはいないし、いくら幼馴染みでも他人の家にずかずか入りこんでくるような人間とは知り合いになりたくない──などと高校生の理想と現実などに思いを馳せながら、時計を見ると午前九時十三分の文字。
 げっ! まだ九時じゃん。日曜日ぐらい昼ぐらいまで寝かせてくれよ。
「浩之! 浩之!」
 ああ、うるせぇな。起きるよ。起きればいいんだろう。
「浩之!」
「いますぐ下りる!」
 おおかた母さんの代わりに朝食を作ったものの、俺が下りてこないもんだから親父がじれているんだろうよ。いい歳してガキみたく我が儘な男だぜ。いい加減にオトナになって欲しいね。


「どうだ、浩之?」
 居間に下りた俺を待っていたのは朝食ではなかった。
 親父はどうだとばかり自慢気な表情でソファーを指差す。
「なにこれ?」
「見て解らないか?」
「いや、見て解らないから聞いているんだけど」
 親父は──偉大な芸術家の父親が息子にはそれを継ぐべき才がないことに気がついた時のように──落胆の息を漏らして首を振る。
「おまえには美的センスがないのか? これを見て何も感じないのか?」
 俺の美的センスを育んだのは親父や母さんだと思うね。と言うことは俺に美的センスがないとしたら、製造者責任法の見地からも親父たちに原因があると思うのだが間違っているだろうか? というか、親父の美的センスがズレているだけで、俺自身はごく真っ当な美的センスを持っていると自負しているのだが。
 ま、そんなことはどうでもいい。いまは目の前にあるこの物体だ。
「で、なにこれ?」
「ねこねこグレープフルーツだ」
「はい?」
「だから、ねこねこグレープフルーツ」
 目の前にあるのはソファーの上で丸くなって寝ているクルツ。なぜかクルツの頭の上にはグレープフルーツが載っかっている。落ちないようにグレープフルーツを載せた親父を褒めるべきなのか、グレープフルーツの頭に載せられてもなお平然と寝ているクルツを褒めるべきなのか……。
「親父が器用なのは認めるよ。でも、これを見せるために俺をたたき起こしたのか?」
「甘いな浩之。クルツの顔の方に行って見て見ろ」
 親父が指差す方向に向かって回りこんで見てみると、グレープフルーツは猫だった。
 グレープフルーツの表面に黒い線でマンガチックにした猫の顔が──細い糸のような目、笑っているような猫口、猫耳、ヒゲ、そしてなぜか肉球の模様──描かれていた。さらには後ろにはシッポも描かれている。猫の上に猫の絵を描いたグレープフルーツがあるから『ねこねこグレープフルーツ』と言うワケね。
「上手く描けてると思うよ」
「描いただって」
 親父は煙草をくわえたままニヤリと変な笑いを浮かべる。
「手にとってよく見て見ろ」
 なんだよその笑い。気色悪いなぁ。
 言われるまま手にとって……えっ?
 よく見ると描いたワケじゃなかった。グレープフルーツの表面を浅く彫りこんで、彫ってできた溝に黒い塗料を流しこんでいる。プラモデル作りで言うところの『墨入れ』ってやつだ。元々親父は手が器用で絵心もあるし、墨入れが多い飛行機プラモデルを作ったりする方だからな。何というか器用の無駄遣いって感じもするけど……。
「可愛いだろう?」
「ああ」
 四十一歳の親父が作ったことを考えなければな。
「昨日よりも可愛いか?」
「昨日?」
 ああ、そう言うことか……。


 いくら俺の記憶力がキロバイト単位しかないとはいえ、さすがに昨日のことぐらいはまだ覚えている。と言うか、起きたばかりで他情報を入れていないから、まだ記憶野からデリートはかけていない。
 昨日──
「あら、クルツ。春色モードになって可愛いわね」
 庭に干していた洗濯物を取りこんでいた母さんの笑い声が混ざった声が響いた。
「浩之、お父さん、見て見て。クルツが可愛いわよ」
 ん? 何だ?
 開けっ放しになっていたベランダに目をやると、山ほどの洗濯物を抱えた母さんと一緒に散歩から帰ってきたクルツがのそりと居間に入ってきた。
 クルツは黄色くなっていた。首にはタンポポで編んだ首輪が、そして頭にはタンポポを編んだ冠が載っかっている。
 近所には草地の公園もあるし、タンポポもいっぱい咲いている。たぶん近所の女の子がタンポポで編んで作ってくれたのだろう。普通の猫ならば知らない子供に触られたり、首輪をかけられたり冠を載せられれば嫌がって外してしまうだろう。だが、クルツは鷹揚な猫だ。赤の他人が触ろうが首輪を付けられようが気にしない。俺はクルツが外で子どもたちになでられたりしている姿を何度か見たことがある。それに以前だって母さんが買ってきたミニチュアのカウベルを首に付けられても、気にせずそのまま外出していたくらいだ。金属でできたカウベルから比べればタンポポなど軽いしうるさくないから気にならないのだろう。
「クルツは女の子にモテモテね」
 どうして俺の顔を見て言う? 今さら母さんに言われなくても、自分がモテないことは自覚してるよ。大きなおせわだっていうの!
「今日のクルツは春の妖精みたいよ」
 母さん、それは錯覚です。妖精って小さくて可愛くてフワフワと飛び回っているイメージじゃん。クルツはでっぷり太っていて可愛げがなくって図々しくて……よくてノームとかコボルトとかのイメージじゃん。
「クルツ、可愛いからオヤツあげるわよ……」
 ──なんてことがあったのが昨日だ。


 そう言えばあの時、親父がクルツの姿をじっと見ていたような気もする。
 あのクルツの姿を見て何か親父の心の琴線に触れるものがあったのかもしれない。で、親父なりに対抗意識というか美的センスの競演というかもののスイッチが入っちゃったワケね……って言うか、いい歳した親父が近所のガキに対抗意識を燃やすなよ。
「で、昨日より可愛いか?」
「うーん、何というかな……」
 そんなに真剣な目で俺を見ないでくれよ。こんな時は息子としてはどう答えるべきなんだ?
「タンポポもグレープフルーツも植物であると言うことと色は黄色で似ているけどさ、昨日は首輪に冠だろう。目指すベクトルも違うし、数だって違うから比較できないよ」
「首輪に冠か……確かに数も違うな……」
 親父は眉間にしわを寄せ噛み潰さんばかりに煙草をくわえている。
「ところで朝飯は?」
「あ? そのグレープフルーツ食っていいぞ」
 ワンテンポ遅れて親父が心ここにあらずと言った声でこたえる。
「いらねぇよ。俺が柑橘系は苦手なの知っているだろう。他にないの?」
「冷蔵庫に何かあるだろう。適当に食え」
 親父は投げやりに言うと苦いものでも口に入れた顔をしてソファーに座る。
「食ったら出かけるから昼飯はいらねぇよ」
「ああ」
 親父の生返事を聞きながら、俺は台所に向かった。


 偶然に近所で母さんと会って一緒に帰宅したのは四時ちょっと前だと思う。
 帰るや俺はトイレに。だって駅からずっと我慢していたんだ。母さんの前で立ちションベンもできないからな。
「きゃーっ、可愛い」
 トイレから出てきた俺の耳に母さんの嬌声が聞こえた。
 おい、おい、きゃーっはないだろう歳を考えろよ。で、何だ?
「なにこれ? なにこれ?」
 居間を覗くと母さんがテーブルを見て笑っている。
 何が可愛いんだ?
 テーブルの上には方眼紙や筆記道具が散らばり、その上にグレープフルーツが五個並んでいた──そのひとつひとつに猫の顔が彫られている。今朝見たあのねこグレープフルーツだよ。よく見れば笑ったり、怒ったりと表情を変えてある。匠のワザかよ……と言うか、この方眼紙は何だ? 拾い上げて見てみると、それは、ねこグレープフルーツの三面図だった。
 笑う猫、怒る猫、威嚇する猫、招き猫みたいな猫、やたらとリアルな猫などなど何種類も描いている。さらには試作なのかマンガチックな犬、兎、鼠、狸、狐やウォンバットかタスマニアデビルか判断つかない生き物の絵もあった。
 開けっ放しの襖の向こうの和室じゃ親父が精も根も尽きたみたいな顔をして寝ている。ひょっとして俺が出かけてからずっと構図を考えたり彫ったりしていたのか? わざわざ方眼紙を買ってきてさ……。
 親父、せっかくの日曜日だろう、もっと建設的に過ごせよ。
「クルツ、にゃんこのグレープフルーツだよ。可愛いね」
 母さんはグレープフルーツを丸くなって寝ているクルツの鼻先に持って行って対面させようとしている。が、柑橘系が好きじゃないからか、単に眠いのか解らないが、当のクルツは一度顔を上げるとまた丸くなってしまった。
「クルツ冷たいわよ。もっと愛想よくしないと世間様から『ガンコ猫』とか言われて嫌われちゃうわよ」
 クルツの態度に文句付けてもしょうがないだろう。しょせん猫なんだからさ。クルツの弁護で言ってやるけど十二分に愛想はいい方だと思うぞ。と言うか猫相手に世間を説くなよ。
「ね、ね、浩之。見て、見て」
 冷蔵庫からウーロン茶を出してきた俺に声がかかる。
「なに?」
「にゃんこにゃんこ」
 そこにはグレープフルーツを頭に載せたクルツの姿が。
「…………」
「にゃんこにゃんこ可愛いでしょう?」
 あんたら夫婦は似たもの夫婦だよ…………あぁ頭痛ぇ。




 終わる
2008/07/22(Tue)22:01:44 公開 / 甘木
http://sky.geocities.jp/kurtz0221/
■この作品の著作権は甘木さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 この前投稿した『名前』の続編が思いついてしまったので『OUR HOUSE plus』と言うシリーズとして、ノンビリ更新していこうと思っています。シリーズと言っても一つの物語が続くわけではなく、基本的に1話読み切り形式で投稿していく予定です。

 これを書いているとほのぼの系4コママンガを描いている人を素直に尊敬したくなります。だってこの作品もたいした事件はないし、単なる日常の一コマを描く4コママンガみたいものですから。

 もし御時間がありましたら読んでいただけると幸いです。
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この作品の投稿者 及び 運営スタッフ用編集口
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