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『過ぎた時間に思いをはせて』 作者:うぃ / リアル・現代 未分類
全角7647文字
容量15294 bytes
原稿用紙約22.55枚
「――勝負あり」

 中学三年間を掛けて磨き上げてきた技術は、その一言に全てを奪い去られた。
 頬の隣を涙が過ぎていく。防具を着けた今の状況なら誰にも見られる事が無いのだと油断して、次の瞬間には堰を切ったように涙が流れてきた。
 礼を済ましてお互いの仲間の元へと戻っていく。相手の選手は全国制覇でも果たしたかのように大袈裟に喜んで、意地汚そうな胸糞の悪くなる笑みを張り付けて、こちらの方へと視線を向けてきた。
 友人の一人が、僕の肩を叩いてありきたりな慰めの声をかけてくる。会場係の生徒達の、バタバタという騒々しい音が聞こえてくる。八個ある会場の一つで、誰かの敗北を告げる忌々しい審判の声が聞こえてくる。誰かの笑い声が聞こえる。誰かの泣き声が聞こえる。涙の落ちる音が聞こえて気がして、振り向いても後ろには誰もいなかった。
 気の遠くなるような三年間が消えていく。
 この時間の中で、僕は何かを残す事が出来たのだろうか。


     /


 引退試合が終わってから一ヶ月。中学生活の全てをぶつけたと言っても遜色ない試合が終わっても、僕の日常は一切変わることなく回り続けている。
 地区大会ベスト四。
 同じ地区の人間からは一目置かれるが、県大会への出場は叶わない微妙な立ち位置。それが、僕の中学三年間を掛けた部活の最終成績だった。
 小学校時代から剣道を続けてきた同級生に勝つ為には、彼等の倍練習するしか無かった。事実してきたし、同区に在籍している二強選手以外には、僕はこの三年間で一度も負けた事が無かった。団体戦では弱小校ながらも大将を任されており、僕まで試合がまわってくれば仲間達は勝利を確信した得意顔で相手校の選手たちを睨みつけて、相手の大将はいつだって肩を落として大きなため息を吐いてきた物だった。
 地区大会ベスト四。
 結果に不満が残る筈もない。僕の様な初心者から始めた人間からしてみれば、むしろ力量以上の結果だと言っても良い。
 では、この心の中に残る歪な空白は何なのだろうか。世界の果ての荒野でたった一人で立ち竦んでいるかのような、悲しみよりも先にある諦めにも似た空虚感は、一体どこから湧いてきているのだろうか。

「んー、何かお前も燃え尽きたって感じだな。
 俺も先週あたりに引退試合があってさ。なんか、今まで部活に割いてきた時間が全て消えていくっていうのは、どうにも落ち着かない物だねぇ」

 隣の席の元サッカー部の友人が、悔しさなんて少しも見えない軽い笑いを浮かべながら、僕にそう話しかけてきた。
 割いてきた時間が、全て消えていく。
 その一言に、初めて面を被って稽古をした夏の日を思い出すような眩暈を起こされた。
 やはり、そこなのだろうか。僕がこうして泣き出しそうになっているのは、失った時間に向けられた悲しみの為なのだろうか。

「おい、大丈夫か? なんかお前、今にも首吊って死んじまいそうな顔してるぞ?」

 彼は先程までのにやけ笑いを止め、意識が薄い人にするみたいに僕の肩を揺らしてきた。
 自覚は無かったが、きっと僕は病人みたいに青い顔をしていたのだろう。彼の思いやりの気持ちはありがたいのだが、肩に感じる力はいい加減痛みを感じる程にまで達しており、激しく揺られた喉元は今度こそ本気の吐き気を催していた。 
 
「……ん、ごめん。大丈夫、僕は平気だよ。
 いやさ、やっぱり三年間かけて打ち込んできた物だからさ。それが終わったとなると、やっぱり少し感慨深くもなるって物だよ」
「ん、大丈夫か。そりゃ良かった。
 ……そいえば、お前は部活だけは真面目だったよなぁ。そのくせ、やれ部活が辛いとか、やれ部活を辞めたいとか、毎日のように愚痴ってたんだからわかんねーよな」

 再び僕が気を落とす事を懸念しているのだろうか。彼は、いつもの大袈裟な笑いを控えて、普段の態度から考えれば到底似合わない薄い笑みを浮かべた。
 その笑みに急かされて、沈みかけた想いを無理矢理掬いあげた。毛穴程の油断でも見せればその瞬間に叩き落とされそうな心をどうにか立て直す為に、雲より軽い彼の気性に身を委ねて、他愛もない会話を交わしていた。
 それでも、空いた心は満たされない。埋められた心は掬いあげられない。
 日々は暖かで穏やかに流れていく。焼けつく様な青春を投げ捨てさせられた僕には、少しばかり温く感じられる程度の物だったのだが。


     /


「あ、先輩! 久しぶりです!」
「ん、久しぶりだね。元気にやってるかい?」

 放課後、最後の挨拶と荷物の整理を済ませる為に立ち寄った格技場で、素振りを始めていた一学年下の後輩が僕の元に駆け寄ってきた。
 彼女が近寄ると、道着特有の鼻に残る汗の臭いが感じられた。決して良い香りとは言い難い臭いだが、しかしそれはそれだけ真摯に稽古に打ち込んでいる証拠でもあった。
 一礼して格技場に入室する。入口の壁に立て掛けられている時計を見ると時刻は三時半を示していた。いつもならば、もう先生が来ていてもおかしくない時間帯なのだが。

「えっと、もしかして先生って今日は来ない日?」
「いえ、今日は先生は予定が入っているらしく四時半からいらっしゃる事になってるんですが……。
 急ぎの用事でしょうか? でしたら私、すぐに先生を呼んできますので!」

 彼女は僕の返答も待たずに、慌てて格技場の出口へと走っていった。僕は先生が来るのが早いのに越した事は無いのだが、現役生の彼女達からしてみれば、それはあまり都合の良い事ではないだろう。

「あー、いや良いんだ。先生が来ると稽古が筋トレ重視になるし、やっててあんまり楽しくないでしょ?
 それよりさ、まだ暫く時間あるみたいだし、ちょっと僕も稽古に参加して良いかな? 久しぶりに格技場はいったらさ、なんだかやりたくなってきちゃって」
「稽古と言いますと、それは切り返しから始めて一通りの稽古を済ますという事でしょうか?」
「いや、そこまでやるのは引退した身としては気が引けるから遠慮しとくよ。
 稽古開始まであと二十分はあるでしょ? だから、その時間だけちょっと地稽古に付き合ってもらえたら嬉しいかなぁって」

 そう言うと、彼女は僕の方まで慌てて戻ってきて、花の咲いたような満面の笑みを浮かべて、

「是非お願いします! いえ、先輩が稽古をつけてくださると言うのでしたら二十分なんてケチな事は言わず、一時間でも二時間でもお願いしたい位です!!」
「ははは、他の子達の事はどうするんだい?」
「追い出します! むしろ邪魔です!」

 冗談とも本気とも取れない物騒な事を早口でまくし立てて、準備運動を始めてしまった。

「じゃぁ五分もあれば着替え終わると思うから、ちょっとだけ待っててね」
「はい! よろしくお願いします!」

 浮足立った言葉に背を向けて、男子更衣室へ向かった。
 毎日の様に通っていたほんの少し前までは全く気にならなかったが、久しぶりに入ってみると、雑巾を連想させられる雑菌の臭いと、咳きこみそうな位に酷い埃が鼻につく。しかし、その匂いの元凶となっている纏めて端に押しやられている学校所有の防具や、ロッカーの上に日陰干しされている各部員の道義を見て、不思議と少なからず心が跳ね上がっているのを感じられた。
 久しぶりの稽古に胸が躍っているのだろうと判断して、いつまでも後輩を待たせる訳にはいけないのですぐに着替えを始めた。道着から匂う染みついた汗の臭いは、彼女の物よりもずっと強い。一番大きなロッカーに丁寧に畳まれて置いてある防具を取り出して、そのすぐ横に置いてある竹刀を一緒に持って外に出た。
 ――熱い。
 身につけた道義が、手に持った竹刀が、目の前に置いてある防具が、火傷しそうな位に火照っている。
 永遠にも思える程久しく感じていなかった熱に、耐えきれなくなって笑いが零れる。待たせている事なんて忘れて丁寧に防具を身に付けて、準備運動をして、目の前でしつこい位に素振りを続けている彼女の肩を叩いた。

「待たせたね。僕はもう準備できたから、いつでも始めても良いよ」
「あ、はい。 じゃぁよろしくお願いします!」

 喰いかかってきそうな位勢いのある返事とは裏腹に、彼女は僕から距離を取ろうとせず、何か言い辛そうに俯いて、僕に聞こえるか聞こえないか程度の小声で呟いてきた。

「でも、先輩はたしか稽古をなさるのは一週間ぶり位ですよね? 始める前に軽く面打ちと切り返しでも始めた方が良いんじゃないでしょうか?」
「んー……いや、良いや。
 先輩としてこういう事言うとダメだと思うんだけど、やっぱり基礎練よりも稽古の方がやってて楽しいしね」

 そんな僕の我儘をに異議を唱えるでもなく、彼女は 「はい、判りました!」 と元気の良い返事をして、今度こそ小走りで僕から少し距離をとって礼をした。
 久しぶりの感覚に、それだけで背筋に汗が流れていく。相手は僕よりも技術、筋力共に劣っている女子の後輩なのだが、それでも一ヶ月のブランクと言うのは油断ならない。相手に向ける敬意と警戒の為に、本来良いと言われている角度より深い礼をした。
 剣先を合わせて、一呼吸置いて気合の雄たけびをあげた。その一声で溜まっていたモヤモヤや、僕の心を沈めている重石を少しだけ外に吐き出せた気がした。




「――なんだ、もう引退試合が終わったのに稽古とは関心だなぁ!」

 彼女との稽古を終え、その後も次々にやってきた後輩達との稽古を半ばまで終えた頃、豪快にガハハと笑っている顧問の教師が、玄関の前までやってきていた。
 時刻を見てみると、既に時計の針は四時四十五分を示していた。僕の相手をしていた後輩達はマラソンでも終えてきたかのように大袈裟に息を荒立たせて、ようやく迷惑な先輩のしごきが終わったのだと、深い深い安堵のため息を漏らしている。
 僕も体が重いのだが、先生を前にして座り込む事は出来ない。地面に融けこんでしまいそうな位鈍い体の節々を無視して先生の方へ向き直ると、先生は満足そうに二、三度頷いて、履き散らかした靴を片付けもしないでずんずんと僕の方へ近寄ってきた。

「でもな、先生としてはやっぱり待ってるんじゃなくてこっちに来てほしかった訳だよ!
 いや、だってねぇ? 俺が今日こんなに稽古に来るのを遅れたり理由は、お前と一対一で話し合う為だった訳でして!」
「……そうだったんですか? それは申し訳ない事をしました。
 先生も何か用事をお持ちなのかと思っていましたので、急かしてしまうのも難かと思ったのですが、裏目に出てしまったみたいですね」
「がはは! 許す、許すぞ!
 その心づかい、例え言い訳だとしても有難い物だ!」

 本音を見透かされたみたいで居心地が悪くなったので作り笑いを浮かべるのだが、先生は僕の笑いを吹き飛ばしてしまう様な豪快な笑いを吐きだしながら、背中が痛くなる位の力強さでバンバン叩いてきた。
 一見して直情型で頭の悪そうだが、僕の心の暗い部分を、先生は常に見通してきた。ある意味では先生は僕以上に僕の事を知っていると言っても大袈裟では無い。
 先生ならば、僕の心の空白の理由が判るのだろうか。

「ちょっと、良いですか」
「おぅ、ちょっとどころか長くても良いぞ! 俺は、その為に来たんだからな!」

 そう言って、先生は格技場の奥にある、男が二人で入るには少しばかり息苦しさを感じる六畳程度の個室へと僕を導いた。

「……ありがとうございます」

 先生が促すままに個室へと入ると、先生は普段の豪胆さから考えれば違和感を感じてしまうほど柔らかく扉を閉めた。扉と壁のぶつかり合う音すら聞こえない内に出来た境界線の内側で、普段の陽気な先生の表情が厳格な武道家の物へと変わっていく。
 この部屋は、折檻部屋と呼ばれている。
 音楽室さながらの防犯設備と、否応なく近づかなくてはいけない狭苦しい室内が特徴的だ。壁には、中にコンクリートが詰められており通常の竹刀の三倍の重さを誇る素振り用の竹刀と三尺七寸のカーボン竹刀、それに脇差を模しているのだと思われる通常の半分程の大きさしかない竹刀が飾られている。
 凶器とも言えるような武器と、何が起きても外には何も知らされる事の無い防音性。それを面白がって生徒達が折檻室というあだ名をつけたのだが、その実は生徒と教師との間で差し迫った事件があった時にだけ使われている部屋なのだった。

「熱は、まだ残っているか?」

 突然の言葉に息が止まった。
 先生は半分閉じた瞳の先で、刃の様に鋭い視線でこちらを睨みつけてくる。視線をやると言うよりは、むしろ威嚇という言葉の方がしっくりくる圧迫感に圧されたのでは無く、僕は、先生の質問の予想外の切り込みに眩暈がして息が止まったのだ。

「風邪は、引いてませんが」
「そんな事を聞いているんじゃない」

 強引に近づけてきた顔が、僕の瞳を除いてくる。鋭いままの視線が、気付いている事に布をかぶせて誤魔化そうとしている僕の心の深奥を見通してくる。
 隠しきれない。
 元より、全てを暴いてもらうつもりだったのだ。

「……熱は、残っていません。僕の心は死んでしまったかのように冷え固まっていて、所々抉り取られた様な空虚感を覚えています。
 僕が抉り取られたものは、一体なんなのか僕自身判りません。先生には、その相談をしていただきたく思っています」

 そう言うと先生は満足そうに頷いて、不敵に吊り上げられた唇をこちらに見せつけた。
 止まった時間に滞在している。いつまでも流れる事のない時間の挟間の中で、先生はさも当然だとでも言うかのような口ぶりで、

「それを取り戻すのは、はっきり言って無理だ」

 幼児にでも諭すかのような、至極判りやすい言葉を口にした。

「それは、諦めろと言う事でしょうか?」
「過ぎた時間は戻らない。お前が過ごした時間が戻らない。お前がやってきた物は、今のお前にとっては全て無駄な物でしか無かったって事だ。
 諦めるとか諦めないとか、そんな次元にある物じゃない。
 お前の中にあったのは、不要な火種だったんだ。無い状態が普通なのだから、後はその現状に慣れて、妥協していくしか方法はない」

 先生は依然変わらないふてぶてしい笑みで、僕に死刑宣告をする。
 心臓の音が叫んでいる。三年間で作り上げられた岩の様に固くなった力瘤が、丸太の様に太くなったふくらはぎが、生ゴミでも詰め込んだかのように熱くなった胸板が、声を荒げて口にする。
 無駄な事なんて無かったんだと。
 残した足跡は、僕の敷地を汚しただけでは無かったのだと。

「……違います」
「違わない」
「違います!!」

 叫んだ言葉のに含まれた強い怒気に、他の誰でもなく自分自身が驚かされた。それでも気持ちは止まらずに流れており、尊敬するべき人間に向けられた敬意の壁をぶち破って氾濫していく。

「初めて竹刀を握った時のときめきが、初めて防具を着けた時の苦しさが、初めて一本を取った時の踊りだしてしまいそうな位の嬉しさが、無駄な物だった筈がないっ!!
 過ごした時間が無駄だったら、僕が残した引退試合の結果だって、無駄だったって事に」

 そこまで口にして、出所の判らない冷汗が僕の首筋を通っていった。
 先生は呆れたように眉間に皺を寄せ、面倒くさそうにバリバリと後ろ髪を掻き毟しっている。僅かに唇が開いていく。言わないでほしい。でも確かめたい。知っている、知っているのに、僕が今まで目を逸らし続けてきた当然の事実を、貴方は暴くと言うのですか――――?

「お前自身、もう判ってるんだろう?」

 言葉が続いて出てこない。先生の続きを促すべき言葉が、舌の上で怯えて尻込みして出ていこうとしない。それでも、先生は言葉を飲み込もうとしてくれない。

「お前が負けた相手は次の試合で負けた。そいつが負けた相手は市大会の準決勝で負けた。そいつが負けた奴は決勝で負けた。全て、二本を取られての華麗なストレート試合だ」
「それが、何だと言うんですか?」
「お前が弱いって事だ」

 口から出てきた言葉は、まるで達人の一閃の様に鮮やかな物だった。三年間かけて作り上げた自信が、偽物の翼だと気付かされた瞬間に叩き落とされた。
 頭のネジが一本抜けてしまったかのように思考が回らない。何か反論をしようとしても言葉が浮かんでこない。それでも目を逸らしては負けなのだと気付かされて、視線をあげた先では、先生が父親の様な力強い笑みを浮かべていた。

「だから、これから強くなれば良い」

 右手が差し出される。その腕の本意が掴み取れなくて先生の眼を見てみると、照れくさそうにはにかんで、少しだけ視線をずらした。

「お前がここに入ってきたばかりの時は、今よりもずっと弱かった。それが、普通の弱い程度になったんだ。
 それは、普通の人間が駆け足で進んでいってもたどり着けない位の距離があった物だ。そこまで辿り着く事が出来たお前がさ、まだ残っている高校の三年間で、更に進む事が出来ない訳がないだろう?」

 いつまでも何もできずに立ち尽くしていると、先生の左手が僕の右腕を掴んで、無理矢理握手の形を作らされた。先生は如何にも不満そうな仏頂面でこちらの事を睨みつけているが、だけどその瞳には先程までの刃の様な鋭さが失われている。
 止まった時間が流れていく。出来上がった空白が元に戻る事はないけれど、冷えた体の指先が、僅かだけど動きだした気がした。

「ここで止めれば、お前の過ごしてきた時間は戻らない。無駄な、長すぎる空白の三年間になってしまう。
 だけど、お前は進むんだろう? ならば、一先ずの節目を終えて残った空虚感も、死んだように凍ってしまった体も受け止めてやれば良い。
 どうせ後半年もすれば、また嫌でも灯される火なんだ。なら、今の死んだ体と心でしか浸れない怠惰な日常を過ごしていくのも、別に気にする事はないと思うぞ」

 全てを許してやっても良いのだと言う聖人の様な一言に、涙が出そうになる。涙を堪える作業に必死になっている僕の姿を見て、先生はいつものように豪快な笑いを飛ばしている。
 何で笑うんですか、何で一度突き落したのですか、何でそんなに下品な笑いを浮かべるのですか。
 口にしようと思った言葉の数々は、喉元から飛び出してきた一言に尽く先を越されていく。瞼に涙を溜めて、震えそうな声に気を遣いながらも、その一言だけはこの上なく爽やかな響きで流れてくれた気がする。

「……ありがとう、ございました」

 俯いた視界の先で、笑顔の先生の咳ばらいが聞こえてきた。


     ■


 用事を終えて外に出ると、焼けつく様な夏の暑さを誇っていた。
 内にくすぶっている火種とどちらが上かと考えると、答え辛い物になってしまう訳ではあるけれど。
2008/05/28(Wed)21:49:22 公開 / うぃ
■この作品の著作権はうぃさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
次こそ長編を書いてみようと思って、最後に一つ短編を書いてみたら、何だか急ぎ足になったり途中で面倒くさくなったりで酷い作品になってしまいました。申し訳ないです。

ところで、長編を書くにあたって、今のところ案が四つほど有るのですが、僕はどれを書くのかを少しばかり決めかねています。ですので、できればこれを見てくださった方がもし少しでも次の作品が気になったりとかした場合は、この四つのどれが良さそうか感想にでも書いてくだされば嬉しいです。

1、正義の味方がまともな仕事になっている世界で、正義の味方に憧れた女の話。

2、自分のストレス如何で地球を破壊してしまうかもしれなくなった人間の話。

3、中途半端な二人の不老不死の話。

4、ありきたりな学園物。

最後以外は少し恥ずかしくなる位の中二物になるかと思いますが、少しでも興味のある項目があった場合は、言ってくださると有難いです。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。眠くて死にそうなので文章がおかしいかもしれませんが、もしそうだったらごめんなさいです。
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