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『苺飴』 作者:花弦海 / 恋愛小説 リアル・現代
全角14984.5文字
容量29969 bytes
原稿用紙約47.35枚
甘い甘い、苺飴。今蘇る。初恋の……記憶。


   1


 恋って、どこから恋というのかな。
 
 出会ってから?
 心に触れてから?
 相手を知ってから?
 
 幼稚園の頃、ある身近な男の子がとても眩しく見えて、母親によく協力してもらってバレンタインデーみたいな国民的恋愛行事に参加していたっけ。
 あの頃の気持ちを、初恋と呼ぶには相応しいと言える。

 優しくて、とても笑顔が眩しい彼。あどけなく、純粋で……。彼が私に笑顔を向けてくれる度にとても嬉しかった。毎日が楽しかった。

 ある日、幼い私は隣町の夏祭りへと、親に連れて行ってもらった事がある。
 色とりどりの浴衣を着た大きな大人達に、私は母親に手を繋がれながら目を回していた。
 ふと、当時五歳の私の小さな頭に、ある予想が浮んだの。

 このお祭りのきっとどこかに、彼も来ているに違いない。

 そう思うと目を回していたのが嘘のように私は人ごみの中へと飛び出していった。
 着なれない金魚の浴衣にふわふわのピンクの帯。愛らしく結ってもらった二つのおさげはいつの間にか崩れてボサボサになっていた。

 どこ? どこにいるの?

 息を切らして、小さな足で走る私。

 気がつくと、お母さんはいなかった。
 周りは全て知らない大人。知らない人たち。急に怖くなって、私は動けなくなっていた。足が重くて持ち上がらない。大きな声で「お母さん」って叫びたいのに声さえ上手くでない。段々大人たちが、鬱蒼と茂った樹木のように見え始めてきた。楽しい笑い声は草木のざわつきに。下駄の音は獣の足音へ……。

 怖い。
 みんなどこにいるの?
 私を置いていかないでよ!

 自業自得って事なんて、幼い私にはわからない。とにかくその場から逃げ出したくて、私は動き出そうとした。だけど人ごみに飲まれて上手く動けない。そしてついに人に当たって地面へとこけてしまった。

 いやだ。
 私、このまま人ごみの中に消えちゃうの?
いやだ……。いやよーー!!

 涙で前が滲んでよく見えない。鼻水も出てきて顔が真っ赤になっていく。せっかく綺麗にしたのが台無しになってしまっていた。
「う〜〜〜〜」
 もう泣き叫ぶことでしか自分の存在を示す事が出来なくなった時だった。
「ひなちゃん!」
 涙で滲んだ瞳に一番に飛び込んできたのは息を切らした小さな彼。頬を高潮させて、肩で息をしていたの。
「まーくん?」
 私は突然の事で涙がピタッと止まり、ポカンと口を開けていた。なんであなたがここにいるの? こんな人ごみの中、なんで私がここにいるってわかったの?
 色々な事がごちゃごちゃになって、涙が溢れてくる。最後に強く感じたのは嬉しいと言う感情だった。そんな私を彼が小さな体でキュッと包んでくれた。きっと私が脅えていたと思ってたんだね。
「もう怖くないよ。僕がずっと側にいるから。約束するよ」
 小さな少年から発せられた一言に、幼い私はそのまま暫らく彼の小さな腕の中で泣いていた……。

【ずっと側に居る】
 その言葉を幼い私は信じていた。
 あぁ。彼は私側にずっと居てくれるんだって純粋に思っていたし、彼自身もそれから私の側にずっと居てくれた。そして隣で笑ってくれる。そんな彼に私は感謝の気持ちを表したくて何度も頬にキスをしてあげた。
 
 だけど、彼はアメリカへと引っ越す事になった。
 幼稚園卒業と同時に、彼はアメリカへと行ってしまったの。

 引っ越す前日に、私は家族で空港まで見送りに行ったわ。両親も彼の両親と仲がよくて、あの夏祭り以来よく一緒にキャンプとかも行った程の仲だった。
 大人達が頭上であいさつをかわしている間、下では私と彼の別れ。
「ひなちゃんにこれあげるよ」
 そう言って渡してくれたのが苺味のキャンディーがギッシリ詰まったビンだった。その中から私はひとつ取り出して、彼と一個ずつ舐めたの。何も言わず、見つめ合って。
 甘酸っぱくて、大好きな苺。
 その味に、私は零れそうな涙を必死に堪えていた。
 口の中の飴が完全に溶けた頃に、彼の家族は飛び立つ時間となった。彼は両親に手を繋がれて私に背を向けようとしたの。すると、私は弾かれたように飛び出して、彼の小さく赤い唇に初めて唇を重ねた。
 
 初キス。それは甘酸っぱい苺の味。
 今でも、苺キャンディーを舐めると思い出してしまう。あの時の気持ちを。切なさを。
 幼い私の一生懸命の初恋。あの頃は全てが輝いていた。

 飯野雅也(いいのまさや)。それが、私の初恋の人。
 時は過ぎ、十六歳、六月。
 終わったはずの恋が梅雨と同時にまた私の元へと訪れてきたの。





   2


 放課後の校舎裏。
 私は彼氏をメールで呼び出してこう告げた。
「別れる」
 その一言に彼は衝撃を受けて暫らく立ち尽くしていた。無理もないか。あれだけ自意識過剰な性格ならこんな話をされるはずがないとでも高をくくっていたに違いないしね。
「じゃ」
 私はそれだけ告げると踵を返してその場を後にしようとした。すると彼がやっと正気を取り戻したらしく、私の左腕を掴んできた。
「なんでそんなこと言うんだ!? だって俺たちあんなに……」
 すがるような目。あーもう見るのもいやだ。
 「俺たちあんなに」って何? 「愛し合っていたのに」とでも言いたいの?だって付き合ってまだ二週間よ。
「ちょっと離してよ……」
「なぁ! なんでだよ? 俺、何か嫌われるようなことでもした? 」
 段々、掴まれた腕に力がこもってくる。もう、これだからコイツと付き合うの嫌だったのよ。後々面倒くさそうだし。菜緒子が興味本位で進めてきたから試しにと思ったけど、とんだハズレだ。もう少し男らしい奴だと思っていたのに。
 セックスはともかく、キスもしなくてよかった。

「アンタじゃときめかないの」
 
 私は言いすがるこの男に本音をぶっ掛けてやった。
 当然のごとく、彼は放心状態になって自然と掴まれた腕の力も和らいでいく。その隙を狙って私はスルリと彼から抜け出した。そして校舎裏を後にした。


   *


「ひゅー。今年に入って3人目ですか。陽菜(ひな)やるね〜」
「……なんだ。菜緒子か」
 誰も居ない教室で荷物をまとめていると、柳 菜緒子(やなぎ なおこ)が入ってきた。
 菜緒子とは中学校時代からの親友で、つい最近ゆるくパーマを宛てた茶髪の女の子だ。カッターの第二ボタンまで開けているのがポイントで、小さなハートのネックレスが輝いている。大学生の彼のプレゼントだそうだ。唇はいつもグロスで潤っている。睫毛もアイロンで巻かれていて放課後だというのに綺麗にカールされていた。

「『アンタじゃときめかないの』かぁ……」 
菜緒子は私の前までやってくるとさっきの私の真似をする。そして堪えるようにお腹をかかえて笑い始めた。
「ホント純粋よね。陽菜って」
「そんなことないわよ。おかげで心は寂れちゃっています」

 そう、私がこの高校に入学してからの男をフッた数はすでに三人。特に好きでもないけど、なんとなくで付き合ってみた。付き合っていれば、いつか好きになるって思っていたし。
 だけどそんなに恋って簡単に出来るものじゃない。
 一体私はなんでこの人と付き合っているのだろう?
 なんでこの人とキスしているのだろう?
 どうしてこの人の隣で笑っていないといけないのだろう?
 そんな想いが次々と渦巻いてきて、最終的にはさっきのような形で偽りの恋に終止符をつけてきた。さっきの男みたいにすがってきたり、理由を聞かれたりすると必ず最後に言ってしまうのがこのセリフ。

【アンタじゃときめかない】だった。

 家で使う分だけの教科書を詰め込むと、私は教室を出ようとする。廊下に出ると、窓から差し込むオレンジ色の光りによって廊下が色を変えていた。その時に、ベージュ色のカーデガンのポケットに飴が入っていた事に気がついた。
丁度二つあったから、一個は一緒に帰る菜緒子に。もうひとつは自分用に再びポケットに忍ばせた。
「苺味か。陽菜これ好きだよね」
 菜緒子は飴の袋を破く。そこから香る、苺の甘い香り。菜緒子は香りを楽しまずにずに口の中へと放り込んだ。
「しっかし、陽菜ってモテルよね〜。今までの屍たち合わせて告白してきた男って合計五人でしょう?」
「六人」
 【屍】という言い方に私は軽く笑い、少しウンザリ気味で数の修正。まぁ、なんでもいいけど。
「よく男子に聞かれるのよ。『中野 陽菜は一体どんな男が好きなんだ!? 』って。その度に私なんて答えればいいのかいつも困るのよね〜」
 菜緒子はまじまじと頷きながら口の中の飴を転がしている。私は短い黒髪を耳に掛けながら言った。
「じゃあこれからこう言っておいて。『中野 陽菜はときめきを求めている』って」


   *


 菜緒子と駅で別れてから、私は電車に揺られている。差し込むオレンジ色の夕日が暖かい光りのように気持ちよくて、立ったまま隅っこにコツンともたれかかった。
 もうすぐ梅雨がやってくる。こんなに綺麗な夕日を見られることはひょっとして今日で一旦見納めかしら? 確か天気予報で梅雨前線がどうとか言っていた。天気予報なんてめったに見ないけど、テレビの中のお天気お姉さんが今朝そう言っていたのを覚えている。
 梅雨……か。やだなぁ。髪の毛とか湿気で広がるし、ワックスの効き目も落ちるんだよね……。時には台風とか物凄く荒れた天気になる日がある。そんな日は傘をさすことがとてもおっくうになる。まだ三ヵ月ほどしか着ていない新品の制服が雨で濡れてしまうと思うと、私の気分は落ち込んでいった。それでも、外に見える太陽はまだ輝いていたから少しはマシだった。
 
 そんなことを思っていると、一人の男が声を掛けてきた。
「中野陽菜……さん? 」
 振り向くと、その男はうちの高校の制服を着て私の顔を覗いてくる。本当に『中野陽菜』なのか、品定めするかのように私を見てくる。
「……何? 」
 露骨に嫌そうな表情を作り、声を掛けてきた男に少し鋭い視線を浴びせた。そんな怖い私の顔に怯みもせず、男は愛想よく話しかけてきた。
「やっぱりそうかぁ! 俺、2年3組の早川礼司(はやかわれいじ)って言うんだけどさ。今日君が男をフっているところを見ちゃったんだ」
 あぁ。放課後校舎裏であったことをね。いくら人気が少ないって言っても見ていた人っているんだ。
 興味がないように顔を横に背けて、私は早川礼司の話を聞いている。すると早川は、無理やり私に視線を合わせてきた。何かを瞳に秘め、嫌そうにしている私にこう告げてくる。
「今フリーなんだろ? だったら俺と付き合わない? 」
 なんともストレートに用件を告げてきたから、私は驚いた。恥ずかしさも見せず、にっこりと笑って私の返答を待っている。
 というか、今日私が元彼をフッた現場を見ておいてよくそんなことが言えるわね。その早川の度胸に関心した。だけど、こんな男お断り。入学した手の頃、つまり始めて高校に入って出来た彼氏もこんな奴だったような気がする。自分に絶対的な自信を持っていて、自分の欲求に従わなければ何をしてでも手に入れようとする執念とかが似ている。
 現に私は逃げたくても逃げられない状態に立たされていた。隅のほうに立っていたから、早川は私が逃げないように素早く近寄ってきたのだ。動こうとすると、早川は壁に手をつけて私を車両の隅に閉じ込められてしまう。その度に、私は無理やり早川のきつい香水の匂いを嗅いでしまう。

 次の駅まであと数秒。あー。いっそのこと弁慶の泣きどころにでも蹴りを入れてやろうかしら!?
 停車まで30秒。私は右足で蹴りやすいようにちょっとずつ動かしはじめた。蹴ったらすぐ逃げてやろう。そう決意していたのに、早川はこの言葉で私の構えを止めてしまった。

「俺なら君をときめかせてやれるけど? 」

 電車がホームに入っていく。そして扉が開いた。二人ほど私の隣から降りていくけど、私は降りなかった。こんな男タイプじゃないって事ぐらいわかっている。香水もきついし、自信家だし。
 だけど、そんな事よりも私はその言葉に心を惹き込まれてしまった。
「どう? 悪くないと思うけど」
 電車の発車ベルがホームに鳴り響く。だけど私は動かない。それどころか構えた体をゆっくり元に戻し、早川を見上げてこう言ってしまった。
「いいわ。付き合ってあげる」
 
 交渉成立。それと同時に、電車のドアがしまった。


   *


 駅から降りて、自宅へと向かう道。閑静な住宅街を一人で歩いていく。
 不意に、さっきポケットに入れた飴の事を思い出し、私はカーデガンのポケットに手を入れてみた。
 飴を取り出した私は、すぐに袋を破かず、少し夕日に翳してみた。逆光で、飴の袋が黒く見える。そのくろく影を帯びた飴から、約十年前に恋した相手の顔が幼い顔つきのまま甦ってくる。
「元気にしているかな……? 」
 夕日に翳した飴にただ意味のない質問を投げかけ、飴の袋を破った。苺の甘い香りは衰えなく、私に香りを運んでくる。その香りを少し楽しんでから、口に放り込んだ。
 フワッと広がる甘酸っぱさ。忘れていた気持ちが戻ってくるみたい。だけど本当に戻ってくることはないの。思い出しそうで、思い出せない。ボンヤリと、霞がかっている。

 私、中野陽菜。
 恋することを忘れた16歳です。


   *


「早川礼司と付き合うことになったぁー!? 」
 いつものショートホームルーム前の休息。毎日顔を合わすクラスメイトが、次々と教室へと入ってくる。教室ではすでに何人か女子も来ていて、それぞれ仲のいい子と様々な話で盛り上がっている。昨夜のドラマ。新譜のCD。それがこの日常。
 だけど私はグループとかって苦手。だからいつも親友の菜緒子とふたりでいる。菜緒子は私に比べて愛想もよく、誰とでも仲良く出来る子。気分が落ち込んでいたりするときとか、菜緒子の明るさで何度か救われた事があった。
 その菜緒子は、今まで私に彼氏が出来ても「よかったね」とだけ言ってにっこり微笑んでくれていた。たいていの女子って、そのあと散々問いただして大げさに祝福する。だけど菜緒子のその一言に意味がたくさん詰まっているって知っているから、私も特に何も言わなかった。こうやって人のプライベートに入り込もうとしないところが菜緒子の大人なところなのかも知れない。
 だけどその菜緒子の様子が今日は違った。教室の机に手をつき、立ち上がっている。私もそんな菜緒子を下から見上げていた。
 はっと我に返った菜緒子は恥ずかしそうに椅子に着席。なんだか面白くて、私は小さく声を立てて笑ってしまった。
「早川礼司ってあのサッカー部のエースでしょう? 」
 周囲に聞こえないように顔を近づけてくる菜緒子。いやいや。今更そんなことに気を使ってもバレバレだからさ。私は普通の声の音量で答えた。
「そうなんだ」
「そうなんだってあんた……」
 私の気のない返事に菜緒子は顔を離していく。
「全校女子のアイドルだよ? 今までの男はたいして外見もよくないし、スポーツも得意とかなかったし……」
「早川礼司ってそんなに人気なの? 」
「陽菜。あんた早川礼二のこと、ほんとに何も知らないの? 」
 まさしくファイナルアンサー。躊躇もなく、私は俯いた。そんな私に菜緒子はがっくりと肩を落す。
「まぁ……陽菜らしいって言えば陽菜らしいけどね」
 だって、興味ないものは興味ないんだもの。菜緒子は私のいつもの調子を理解して、早川礼司について話し始めた。

 早川礼司。我が高校サッカー部のエース。誰もが目を追ってしまう魅力的な男子……らしい。
 彼の所属するサッカー部にはいつもグランドを囲む人でいっぱい。その中のほとんどが早川礼司の追っかけ。アイドルフェイスで、シュートを決めたものなら黄色い声が一斉に湧く。そしてその声たちに早川礼司は手を振るのだ。そして追っかけたちはまた彼を虜となっていくらしい。

「それってただのキザ野郎じゃない」
 冷たい視線でそう分析した私。菜緒子はもはやあきれ気味だった。それでも淡々と話を続けていく。

 その人気がついにファンクラブを作るまで至ったみたい。主に取り仕切っているのがある三年のお姉さま方。彼女達は試合の時に、まるでアイドルのコンサートみたいに、蛍光色で早川の名前を書いたうちわを持って彼を応援するらしい。
『早川礼司はみんなのアイドル』
 そんな早川礼司に抜け駆けでタオルとかあげようものなら酷い仕打ちにあう。だから、私の身が危ないらしい。どうしてかって? それは私が彼の彼女となったから。

「やっかいなのに引かかたわね……」
 ここでようやく、自分が早川礼司と付き合うという意味の重大さに頭を抱えた。そんな私を菜緒子は納得したかのように頷いている。
 ここまでが一般的に流れる話。なんと菜緒子はその裏の話まで知っているのだ。

 表ではアイドルのように扱われている早川礼司。しかし部内では評判が悪いらしい。
 思い通りにいかないとすぐカンシャクを起こす。一年生の扱いはまるでパシリ。グラウンドでは爽やかな笑顔で指示しているみたいだけど、部室ではいじめに近い事をやっているみたい。
 決め付けは同級生暴行。
 一年の時に、エースを競っていた同級生がいたみたい。大事な試合の選抜試験の前日に、早川礼司は人のいないところで彼の腹部をなんども蹴り殴った。その事件をきっかけに同級生は自主退部。競う相手がいなくなった早川は、なんなく今のエースの座に登りつめた。
 欲しいものは必ず手に入れる。
 それが彼を動かす原動力のようだ。そう考えると、昨日の電車で私を逃がさなかったのもわかる気がする。
 これで、菜緒子が知っている早川礼司についての話は終わり。それにしても、どこからそんな情報が入ってくるのだろう?

「だからさ。そんな厄介な奴別れなよ。今なら陽菜も苦労しないって」
 菜緒子の言う事は正しかった。私でなくても、早川にはたくさん女の子もいるし、選り取りみどりじゃない。私だって、三年生のお姉さま達に睨まれるのはゴメンだし。
 だけど。
 だけど……。なんで私、彼と別れようとしないのだろう?

『俺なら君をときめかせてやれるけど? 』

 早川礼司のその言葉が、頭から離れない。私の心を引きとめてしまう。
「陽菜? 」
 黙りこむ私を、菜緒子は心配そうに覗き込む。私は正直に自分の気持ちを打ち明けた。
「……早川が言ったの。『俺なら君をときめかせてやれる』って」
「陽菜……」
 私がときめきを求めているのは菜緒子も知っている。全てを悟ったかのような表情で、目を外に逸らしている私を見ている。
「試してみたいの。彼なら本当に私をときめかせてくれるのか」
 本心だった。後から被る被害とか関係なしに、私はときめきを求めた。
「……そうか。なら仕方ないわね」
 菜緒子の溜め息と共に、始業のチャイムが学校中に鳴り響いた。

 すべての生徒が席に戻り、担任の若林先生が教室へと入ってきた。
 若林 洋子(わかばやし ようこ)。すでに結婚済みの女の教師。顔が丸くて、穏やかな性格なので、私達生徒に優しい印象を与える。その分怒ると怖いけどね。
 いつもなら、連絡事項だけで済むはずの朝のショートホームルーム。だけど今日は違った。
「転校生を紹介します」
 その若林先生の一言に、目が覚めていなかった教室が一気にざわつき始めた。みんな新しいもの興味津々。私も騒ぐとまではいかないけれど、どんな感じの子が入ってくるか興味があった。
「入ってきて」
 先生の声に、扉が開く。
 長い学生ズボンを着用した足が覗くと、まず落胆したのが男子。どうやら女の子を期待していたみたい。下心見え見えだ。その逆で更に興味を湧かせるのは女子。期待するのはもちろん、カッコイイ男の子。
 そして彼は教壇へと上がった。彼の顔がはっきり見える。

 え?

 驚きのあまり、私は瞬きをするのも忘れて彼に見入った。
 見覚えのある顔立ち。
 表情。
 身長とかすごく伸びていて大人っぽくなったけど、それが誰なのか私はすぐに分かった。

 いちいち黒板に名前も書かず、若林先生は口だけで彼の名前を紹介した。
「飯野 雅也(いいの まさや)君。先週アメリカから戻ってきたばかりだから、分からない事とかたくさんあると思うけど、みんな教えてあげて」

 いいの……まさや?
 その懐かしい名前に、心が震え、幼い頃の記憶が甦る。 
 一緒に砂遊びをしたり、絵を描いたりした男の子。私にとって他の子たちとは違う存在。

『もう怖くないよ。僕がずっと側にいるからさ』

 そう言って、私を祭りの人ごみの中から探し出してくれた。
 どうしてあなたがここにいるの?
 アメリカから帰ってきたの?
 十年ぶりに会った彼は、背が高くて肩もがっしりしていた。スポーツをしているのか、白地に黒のラインが入ったエナメル鞄を肩にかけていて、肌は小麦色に焼けていた。今時の男の子と同じように髪の毛を丁寧にワックスで立たせてある。制服もルーズな着こなしで、クラスの女子の反応も好印象だ。落胆していた男子も、その着こなしに感心して興味を湧かせている。
「よろしく」
 慣れないことをさせられているからか、彼はおずおずと頭を下げ、中心辺りに用意された席に座った。静かな教室の中で、みんな彼を見ている。私もその内の一人。若林先生がそれから連絡事項を話し始めたけど、全く耳に入ってこない。十年ぶりの彼の後姿に、私は心をつかまれたままだった。


   *


 それから飯野雅也の周りにはたくさんの人だかり。
 転校生って新しい刺激だから、みんな彼についての興味が耐えない。
 声をかけてみたかったけど、あの人の中に混じるのは嫌。それに、彼が私の事を忘れているかもしれないという不安もあった。教室にいる間も、彼と私の目が合うこともなかったし……。それでも、十年ぶりに見た彼の姿を私は自然と目で追ってしまうんだ。悔しいけど。
 
 そんな感じで授業はあっという間に過ぎていき、放課後となってしまった。
 結局、声をかけることのないまま彼は教室からすでに姿を消してしまっていた。丁度掃除当番だったから、ほうきを手にしたまま彼の座っていた席を自然と見つめていた。

 飯野、物凄く人気者だったな……。

 昔はよく『まーくん』と呼んでいたから、今この歳で『まーくん』と呼ぶのはなんだが恥ずかしい。だから飯野という呼び方にする。だって、『まーくん』なんて呼んだらすごく彼との距離を近くに感じてしまうから。
 彼は私の初恋の相手。もう帰って来るはずがないって思っていたから、変に意識してしまう。
 なんだか馬鹿みたい。彼は私のこと忘れているだろうに。私だけなんでこんなに……。

「陽菜!! 」
 菜緒子の呼びかけに、私は我に帰る。気がつくと、目の前で手をヒラヒラと振っている。
「菜緒子」
「伝言頼まれてきたんだけど……どうしたの? 飯野の席なんか見つめちゃって」
 え? 私そんなに見ていたの!? 鋭い指摘に私は恥ずかしい気持ちを抑え、澄ました顔で菜緒子の話を逸らす。
「伝言って? 」
「さっき廊下で陽菜の新しい彼とすれ違ってさ〜。一緒に帰ろうだって」
 私の彼……? あぁ。そうだ。私、早川礼司と付き合うことになっていたんだっけ? 別にそんな遠まわしな言い方しなくてもいいんだけど。
「わかったけど……部活は? 」
「さぁ? アイツは何も言ってなかったけど。とにかく、それ終わったら校門に行きなさいよ。そこで待ってるんだって」
 校門って、またそんな目立つところに待っていなくても……。私完璧追っかけの子に目つけられちゃうじゃない。
「じゃあ、あたしそろそろ帰るわ。これから彼氏とデートなの」
 菜緒子は嬉しそうに頬を赤らめ、鞄を片手に教室から飛び出していく。その姿こそ、『恋する乙女』と呼ぶにふさわしい姿だった。
 菜緒子の彼は大学生。しかも医大生。どこでどう知り合ったかなんて私も深く聞かないからよく知らない。けど、いつも胸に光っているハートの小さなネックレスと、さっきみたいな笑顔を見ていると、どれだけお互いに真剣に付き合っているかがわかる。そんな大事にされている菜緒子が羨ましいし、私と違って真剣に恋愛できるのが尊敬してしまう。

 私って、いつからこんなに卑屈になっちゃったんだろ?

 今だって、学校のアイドルと呼ばれる男と待ち合わせが控えているのに、全然なんとも思わない。彼は私をときめかせてやるって言っていたけど……こんな調子じゃ無理かな?
 
 特に掃除を早く終わらせようともせず、私はのんびりと校門に向かった。


   * 


「ねぇ。部活サボってよかったの? 」
「いいのいいの。俺、なんてったってエースだから」
 駅前通りにあるファーストフード店に、私と早川礼司は向かい合って座っていた。小さな二人用のテーブル。早川との距離が近くて、なんだか少し居心地が悪い。
 早川は私の為に部活を休んだらしい。自己紹介らしいものも全くしていなかったし、私の顔をもっと見たかったからという理由で。たいていの女の子は、この全校的アイドルとこんなところで放課後デートなんかする事になったら舞い上がってしまうだろう。だけど私は至って普通。薄いメイクを直そうとも思わなかった。強いていうなら髪を直したくらい。そんな私は自慢話を語り続ける早川を内心気だるそうに見ていた。さすがに外に出す事は控えたけど……。一応私の為に時間を作ってくれているわけだし。
「でさー。この前の試合で俺がシュート決めてやったんだ! あれはホントに俺が入れないと負けていたね! 」
「そうなんだぁ」
 彼の会話に相槌を打つくらいしか私はしない。そんな感じの会話が一時間ほど続いた。
 さすがに一時間も向こうの輝かしい自慢話を聞いていたら、力んで話す早川が子供のように少し可愛く見えてきた。……あ、これって一種の情ってやつ? でも好きって気持ちとは違う。その様子が可愛く思うだけで、話の内容はイマイチだもの。

 彼の話が終わる頃には、外の天気は悪くなっていた。灰色の雲が空を覆い、暗い雰囲気を漂わせている。私達は雨が降らないうちに帰ることにした。ファーストフード店を出て電車に乗り、家の最寄りの駅まで乗っていく。
 その車内で、早川と並んで座っていた。その時に、早川は私と右手を繋いできた。そして肩にもたれかかってくる。どうやら甘えられているみたい。電車ががたつく度に彼の香水の匂いが漂ってくる。だけど私は安らぐ事が出来ず、なんだかすごく複雑だった。

 電車を二人で降りて、帰る前に公園に寄る事にした。本当は早川から早く解放されたかったんだけど、彼に押されるかたちでベンチに座らされた。
 公園には誰もいなくて静かだった。風に揺られるブランコの音だけが、公園に小さく響いてる。私達は特に何も話さないまま無言でその光景を見ていた。
 すると、私の手を握っている早川の手がピクリと動く。

 なんだろう?

 そう思って、顔を傾けて見るが特に何もなし。見上げると、早川がじっと私を見つめていた。そして、ゆっくりと早川は顔を近づけてくる。

 あ。

 そう思った時、すでに私は早川と唇を軽く重ねていた。
 ……というか、奪われたのかな? 彼だけが目を閉じ、小さなキスに酔いしれている。
 なんだろ。この感じ……すごく変。私、早川の事まだ好きじゃないのにキスなんかしちゃっている。

 唇を離した彼は、満足そうに笑って立ち上がった。向けられる表情に、私は作り笑いで答えた。

 どうやら今日の彼の目的はキスまでだったらしい。
 目的を達成した早川は、いそいそと公園に私を取り残して帰ってしまった。

 私、一体何してるんだろう? 早川は私をときめかせてやるっていっていたけど、キスの時ですら甘い感じがしなかった。手を繋いでいた時でさえ、安らいだ気持ちにならない。
 ……なんだ。答えは簡単じゃない。
 私が彼を好きじゃないからそんな気持ちにならないんだ。彼の誘惑にのって付き合うと決めた私。だけど実際はそんな簡単にときめかない。逆に自分が磨り減っていく感じ。
 ……馬鹿みたい。

 溜め息を一つつき、公園のベンチから腰をあげる。とりあえず帰ろう。見上げると、雲の量はさっきより増えている。なんだか今にも降り出しそうな空模様だ。まるで私の心みたい。
 
 入り口へと向き直る私。しかし公園の入り口には誰か立っていた。近づくにつれて、それが見覚えのある人物だとわかってくる。どうやら早川との一部始終をその人物に見られていたみたい。

「おあついね〜。陽菜ちゃん」
「飯野……雅也! 」
 目の前で手をヒラヒラ振っている飯野雅也。なんで、なんで彼がここにいるの!?
 かなり私は驚いた顔をしていたのか、尋ねる前に彼は答えてくる。
「俺の家、この辺りに引っ越してきたんだよ。朝、おばさんたちに聞かなかった」
 聞いてないわそんな話。この辺りって……じゃあ結構近所じゃない? なんでうちの親黙ってたんだろう。ビックリさせる為? そんなの迷惑よ!

 すると、急に恥ずかしくなってきて、私はその公園から逃げようとした。
 初恋の男の子に他の男と、しかも好きでもない男とのキスシーン見られたんだよ? 一般人ならまだしも、見られた相手が彼だなんて……。例え今はなんとも思っていないとしても、最悪だ。
 そう思っていたのに、彼は私の腕を掴んで引き止めてきた。
「待ってよ。陽菜ちゃん! ちょっと話そうよ」
「は……話って? 」
 掴まれた腕がそのまま硬直している。メイク直しさえしていない顔を見られるのが嫌で、私は振り向かずに尋ねた。
「せっかくこうやって再会したんだしさ。俺、陽菜ちゃんに話したい事色々あるんだ」
 彼はそう笑顔で答えた。昔と変わらない、彼の屈託の無い笑顔。私はその笑顔に折れ、公園のブランコへと向かって歩いていく。
 やっぱり駄目だ。なんか悔しいよ。
 怒ったようにブランコに腰を下ろす私。だけど彼はニコニコと笑って隣のブランコに腰掛けてきた。
 数秒の沈黙の間。彼は唐突にこう尋ねてくる。
「さっきの人って、陽菜ちゃんの彼氏? 」
 いきなりストレートに聞いてきたなぁ……。悪いけど、今あの人について話したくないんだよね。
「……帰る」
 私はすっと立ち上がったけど、すぐにまた彼に腕を掴まれてしまう。
「待って。なんでそんなに冷たいの? 陽菜ちゃん」
 掴まれた手を振り払おうにも、ビクともしない。そんな飯野雅也の成長ぶりに、私はまた戸惑ってしまった。仕方ないから、私は観念して再びブランコに座りなおした。彼は相変わらず満足そうに笑っている。

 ……さっきの質問。どうしても答えなきゃダメなの?

 心の中で彼に聞いてみる。彼は相変わらずニコニコ笑っていた。
 昼間は結構、彼と話したいって思っていたのに……今は帰りたい。
「そうだよ」
 ただ一言。私はそう答えてしまった。
「それにしては、陽菜ちゃん気だるそうだったけど? 」
「え」
 鋭い指摘に、私は小さく声を上げる。彼は真っ直ぐ私を見ていた。私の心の奥を見透かすような瞳。確かに、私は早川といる時は気分的には安らげない。だけどあえて安らいでいる自分を演じていたはずだった。今まで付き合ってきた男にも、同じ態度を振舞ってきたし、こうやって見抜かれたのは飯野が初めてだった。
 真っ直ぐな彼の心に、私は不思議と本音が零れ始める。
「そうだよ。私、あの人の事好きじゃないもの」
「じゃあなんで彼氏なの? 彼氏とかって好きな人になってもらうものじゃん」
 開き直り気味の私に、彼はそう投げかけてくる。その言葉が私の心に重くのしかかった。
 分かってる。ほんとはこんな事するもんじゃないって。
 デートもキスもセックスも、大切な人とすべき行為だって事。そんなの恋愛の基本。
 彼の言葉に、私は黙り込んでしまった。
「好きじゃないならさ、別れたほうがいい。だってそんな事続けていたらさ、陽菜ちゃん自身が最後に傷つくんだよ? 」
 私が……傷つく?
 なんで飯野はそんなこと言うの?
 十年ぶりに会ったっていうのに、なんで私こんな説教みたいな事言われているんだろう。益々、自分が惨めに思えてくるじゃない。

 もう黙って。

 次の瞬間、私はブランコから思いっきり立ち上がって飯野に叫んでいた。
「だって彼、私に言ってくれたんだよ!? 私をときめかせてくれるって……! 」
 あ。
 そう思った時にはすでに遅かった。突然激した私を、飯野は口を開けて見ている。
 やだ。ついカッとなってこんな話! 菜緒子は親友だからいいけど、なんで飯野なんかに口を滑らせっちゃったんだろ!? 仮にも『初恋相手』だよ? こんな汚れてしまった自分を、見られたくなんかなかったのに。
 頭に上った熱が、一気に下がってくる。冷や汗が出るんじゃないかと思うくらいの変わりように、私は力なく再びブランコに座りなおす。……っていうかそのまま逃げてしまえばよかったのに、私なんでまた座っているんだろう?
 
 飯野はそれ以上、私に何も言わず前を見て黙っていてくれた。私にとってもその気遣いはありがたく、暫らくの沈黙の中でいつもの自分を取り戻そうとしていた。
 その間に、なんだか彼と私の距離を感じてしまう。
 十年前はあんなに二人で遊んで笑いあっていたのに、なんで今はこんなに気まずいのだろう? 彼はあの頃と全然変わっていないのに……。変わってしまったのは私。つまらない事に意地を張って、そのまま悪い方向へと行こうとしている。純粋なまま成長した彼と対照的に、私はかなり汚れてしまった。
 並んで座っている距離よりも、彼との距離は遠く思えてしまう。もう、あの頃のように二人で笑えないのかな?
「俺にも彼女いるんだ」
 突如沈黙を破った飯野。
 え? 飯野にも彼女が?
 どんな子なの? アメリカに住んでいたから、外国の子?
 どれくらい付き合っているの? 遠距離恋愛?
 飯野のたった一言で、私の中に生まれるたくさんの疑問。だけど口にするつもりはない。そんな権利もないのだから。
「そう」
 興味なさ気に私はそれだけ言った。彼も特に反応は見せず、ただ前だけを見つめていた。

 また暫らく、沈黙の空気が流れた。湿っぽい風が、私の頬を掠めていく。
 話がしたいってそう言ってきたのは飯野の方なのに、結局私の彼氏についての話しかしなかったじゃない。これ以上ここにいても無駄……か。
 私はそんな風に、この状況に見切りをつけ、立ち上がろうとした。
 だけど飯野が素早く私の前に立ちふさがってくる。え? 何? 目をパチパチさせて、私は立ちふさがる飯野を見た。
「帰る。雨も降りそうだし……」
 下からそう言うけど、飯野は私の言葉に耳を傾けていない。そしてこんなことを言ってくる。
「陽菜ちゃんってさ、今ときめき求めているの? 」
 な! まだその話を蒸し返す気!? やっと冷めた頭が、また熱くなっていく。
「ちょっと……! 」
「答えて。陽菜ちゃん」
 どうして? なんでそんな事聞くのよ。彼は私が答えるまで、そこを動かないみたいだ。あ〜〜ほんと今日は厄日だ。
「そうよ! 答えたんだからそこどいて! 」
 私は素直に自供。なんでこんなこと彼に答えてしまうのだろう。飯野も、いちいち聞いてこないでよ。
 私は質問に答えたから、彼はそこどいてくれると思ったのに一向に動かない。
「飯野!? どいて……」
 そう私が言ったら、彼は私を真っ直ぐ見て微笑みながらこう口にした。

「じゃあこうしたらときめいたりするの? 」

 その言葉の意味を理解する間もなく、飯野は突然顔を近づけてきた。

 え!?

 頭の中が真っ白になる。
 遠かった距離が近づく瞬間。
 どくん。
 そして私の中で大きく心臓が波打つ。
 このままじゃ、キスしちゃう……!

 彼との距離が数センチ。
 そんなタイミングを見計らってか、とうとう雨が降り出してきた。
 目を見開いて、硬直していた私を放っておいて、飯野は顔を離し、暗い空を見上げて呟いた。
「とうとう降ってきたな……」
 手を掲げ、落ちてくる雫を手で受け止める。その仕草に、私ははっと我に返った。
「ちょっと飯野! 今の何……」
 バカみたいに怒る私に、飯野は鞄から素早く折りたたみ傘を取り出して私に渡してくる。
「どうせ陽菜の事だから傘とか持ってないんだろ? これ使えよ」
「え? あ! ちょっと飯野!?」
 そう言うと、彼は颯爽と公園から姿を消して行った。

 何? 何が起こったっていうの?
 私今、飯野にキスされそうになった?
 遊び? それとも本気?
 なんでそんな……ああもう! 一気に事が起こりすぎて頭の中混乱状態よ!
 飯野に差し出された傘を握り締めたまま、私は小雨の中で暫らく立ち尽くしていた。


2008/01/21(Mon)22:06:44 公開 / 花弦海
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■作者からのメッセージ
 久しぶりに投稿版という場所に来ました。初めまして。花弦海(かげんかい)といいます。
 今回投稿させていただいたのは、私の作品で完結しているものです。再び、小説を書いていきたいと思っており、リハビリを兼ねて投稿させていただきました。
 こんなものでよければ、どうぞお読みください。
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