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『誇りの戦士』 作者:ペン / リアル・現代 ファンタジー
全角18825.5文字
容量37651 bytes
原稿用紙約68.8枚
真っ白な病室。
目の前には眼鏡をかけ、深刻な表情をした医者。
その医者が発した言葉に、俺は耳を疑った。
「今……なんて言ったんですか?」
俺は目を見開き、医者の顔をもう一度見る。
冷や汗が頬をなぞり、聴覚に意識が集中する。
「妹さんは早急に手術しなければ、命にかかわる事態になります」


―1―

俺は朦朧とした意識で、病院の廊下を歩いていた。
3000万、その途方も無い数字が俺の頭を駆け巡る。
「冗談だろ……」
俺は足を止める。
幼い頃に両親を失い、俺と妹の玲子は親戚の家をたらい回しにされた。
昔から図体の大きい俺は忌み嫌われ、病弱な玲子はいじめの格好の的になった。
それでも、二人で支え合い暮らしてきた。
そして、1年前に俺は格闘家としてデビューを果たした。
親戚の家を出て、やっと自由な生活が始まると思った矢先に玲子が倒れてしまったのだ。
「……」
病室の前で深呼吸をする。
落ち着いて、いつも通りに接するんだ。
手を伸ばし、ドアを2回ほどノックする。
間もなく「どうぞ」と中から小さな声が聞こえた。
「入るぞ」
病室の中に入る。
真っ白なカーテンに囲まれたベット。
そこに、玲子は横たわっていた。
「お兄ちゃん、おはよう」
「おはよう、玲子」
俺はベットの隣に腰掛ける。
すると、鉄製の椅子がミシッ、と嫌な音を出した。
「この椅子は俺のことが嫌いらしいな…」
「お兄ちゃん、体が大きいもんね。椅子さんが悲鳴あげるのも無理ないよ」
玲子は俺のほうを見ながら、くすくすと笑う。
俺は「根性の無い椅子だ」と、笑顔で言葉を返した。
「それより、体の調子はどうだ?」
「すこぶる快調だよ! お薬もちゃんと飲んでるし、もうすぐ退院かなぁ」
俺は「そうか」と笑みを浮かべ、答える。
そんな玲子を見て、頭の中に医者から言われた言葉が浮かんでは消えていく。
「お兄ちゃんも、私の相手ばっかりしてないで修行しないと体がなまっちゃうよ!」
「何、心配しなくても毎日トレーニングしているさ」
玲子は「ほんとかなー?」と言いながら俺の腹を軽めに叩く。
無邪気にはしゃいでる玲子を見て、俺は不意に目頭が熱くなった。
「お兄ちゃん……どうしたの?」
「……! いや、なんでもない。ちょっと飲み物を買ってくるよ」
俺はそう言い、病室を足早に出た。
廊下に出た途端、溜め込んでいた涙がぽろぽろとこぼれ出す。
「……う……くっ……」
できることなら、俺が変わってやりたい。
あの笑顔をずっと、守ってやりたい。
「畜生……畜生ぉ!」
俺は無力な自分を嘆く。
何もできない…俺は、手術代すら払えない無力な男だ。
神様、俺の体がどうなってもいい。
――玲子を、助けてやってくれ……


―2―

夜の町並みを失意のまま歩く。
偽りの明かりが照らす下で、人々は混沌とした空間を作り出している。
「3000万……くそ、何処かで借りるにしても額が大きすぎる」
自分の貯金はせいぜい50万ほどだ。
デビューして1年ほどの俺にとって、3000万という額はとても払える金額では無かった。
肝臓を売る、という手も考えたが、俺の肥大化した肝臓などたいした値段にならないだろう。
「君、いい体してるね」
群集のざわめきの中、後ろからハッキリした声が聞こえた。
振り返ると、そこにいるのはサングラスをかけ、スーツを着た怪しい男。
「失礼、私はこういう者だ」
男は懐から名刺を取り出し、俺に手渡した。
そこには、「Gファイター」と見るからに怪しそうな名が印刷されている。
「KOB主催者、Gファイター……?」
名刺に書かれた肩書きを口に出す。
Gは、口元を緩ませ微笑んむ。
「そうだ、Gでいい。……君、お金が必要なんだろう?」
俺は驚き、顔を上げた。
何故、そんな事を知っているのだ。
Gは困惑した俺の顔を見、怪しげな笑みを浮かべ、続けた。
「実は、この街の地下でKOB……ザ・キング・オブ・バトルという格闘技大会を開催しているんだ」
「ザ・キング・オブ・バトル……?」
聞いたことの無い大会名だ。
「非合法のショーでね。ルール無用のデスマッチを行っている」
「…その主催者が、俺に何の用だ?」
俺はしかめっ面をしながら、Gの顔を見る。
非合法の大会、という言葉が少し癇に障った。
「エキシビジョンマッチの出場者を探しているんだ。どうかな、君も出場してみないか?」
Gはそう言い、両手を広げる。
くだらない誘いだ。
小僧共の格闘技ごっこに参入だと? 笑わせてくれる。
「悪いが、そういうのは他を当たって……」
「優勝賞金は5000万円だ」
Gの言葉に、俺は足を止める。
5000万、だと?
「悪い話では無いと思うが、どうかね?」
……5000万あれば、手術代を払ってもお釣りがくる。
玲子を、十分養ってやれる金額。
しかし、非合法の大会で素人と戦うなど、格闘家としての誇りは間違いなく失われる。
それでいいのか? 俺はそんなチンケな大会の為にトレーニングしてきたのか?
俺の中で、二つの思考がぶつかり合う。
プロの格闘かとしてのプライドと、玲子を助けたいと思う感情。
しばしの間、俺が葛藤していると、Gは俺への興味を失ったかのようにため息を吐いた。
「……どうやら、他を当たった方がよさそうだね」
Gが踵を返す。
思考より先に、口が動いた。
「参加させてください」
誇りなど、どうでもいい。
玲子のためなら、プライドなど惜しくはない。
俺には時間が無いんだ。 手段など選んでいる余裕など無い。
「そうですか。では、詳しいことはこちらをご覧になってください」
Gは俺に2、3枚の紙を渡すと、夜の町並みに消えていった。
俺の手には、開催時刻や場所などが書かれた紙。
「3日後か……」
俺は、眠っていた闘志を呼び起こす。
拳を握り締る。くしゃり、と持っていた紙が音を立てた。


真っ白な廊下。
消毒液のつんとした匂いが漂っている。
102と書かれたナンバープレート。
その病室の前で足を止め、コンコン、とノックをする。
「どうぞ」
中から、可憐な声が聞こえた。
「……おう」
俺はゆっくりとドアを開け、病室内に入る。
「なんだ、お兄ちゃんかぁ」
「俺だと不服か?」
いつものように、ベットの隣にある椅子に腰掛ける。
体重を乗せると、椅子はぎしぎしと嫌な音を発した。
「ううん、そうじゃないの。また注射かと思って緊張してたから……」
「なんだ、その年になってまだ注射が怖いのか?」
俺は小ばかにするように微笑むと、玲子は「もう、そんなんじゃないよ!」と頬を膨らませた。
「ははは、そう怒るな。ほら、プレゼントやるから」
「え?」
そう言うと、俺は後ろに隠していた一束の花を取り出した。
凛とした綺麗な白い花が顔を出す。
「綺麗……」
玲子はその花を受け取ると、うれしそうに眺めた。
花を眺める横顔は、兄弟ながら実に可憐だと思う。
「エーデルワイスって花だ。まあ、病室に花も無いんじゃ殺風景だから買ってきた」
「ありがとう。お兄ちゃん」
「いつもお前には家事をして貰ってたからな。お礼もこめて、だ」
俺は花を花瓶に入れる。
窓から吹いてくる風が、白い花をゆらり、ゆらりと揺らした。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「私、いつまで生きられるの?」
花を整える俺の手が止まった。
窓から差し込んでくる光が、玲子の横顔を照らしている。
覇気の無い、何かを諦めたようなその横顔は、いつも笑顔で優しい玲子とは別人のようであった。
「何、言ってるんだよ…。お前はそんなんじゃ――」
「ごまかさないでよ!」
玲子の叫びで、俺の言葉は途切れる。
今まで聞いたことも無いほどのヒステリックな声に、思わず俺は体を奮わせた。
「私……なんとなくわかるの」
玲子は、涙をぽろぽろと流しながら、震える声で話す。
「身体が……思うように動かなくて……夜に…急に苦しくなったり、呼吸ができなくなったり……」
「玲子、落ち着け!」
俺は、嗚咽する玲子の手を握る。
「玲子。大丈夫、大丈夫だから」
しかし、玲子は首を横に振った。
「私……死にたくない……いやっ……」
玲子は泣きながらも、無理やり身体を起こそうとする。
瞬間、まるで糸を切られた人形のように、玲子の上半身は前のめりに倒れこんだ。
「玲子、おい……玲子! しっかりしろ!」
俺は玲子の身体を起こしてやるが、目を瞑ったまま動かない。
額に手を当ててみると、ひどい熱が伝わってきた。
「誰か、誰か来てくれ! 早く!」
ナースコールを何度も押す。
やがて、看護婦が病室に現れ、玲子は集中治療室へと運ばれていった。


―3―

薄暗い廊下。
俺は頭を抱えながら、医者が出てくるのを静かに待っていた。
「……俺は馬鹿だ。本物の大馬鹿野郎だ」
玲子は、自分の病気に気づいていないと思い込んでいた。
病状だって、たいした事は無いだろうと軽く見ていた。
一番、近い位置にいたのに、どうして玲子の苦しみに気づいてやれなかった?
どうして、もっと支えてやれなかった?
「くそ……何を見ていたんだ、俺は」
拳を握り締める。
爪が刺さり、血が出るほど握り締める。
痛い。いや、玲子の苦しみに比べたら、こんなものは痛さの内に入らない。
やがて、何時間経っただろうか。
コツコツ、と足音を立てながら、医者が姿を現した。
「先生……玲子は、玲子は大丈夫なんですか!?」
俺は勢い良く立ち上がり、医者を問い詰める。
医者は慣れた様子で「落ち着いてください」と、一言だけ放った。
「病状から言って……あまり良い状態とはいえません」
医者の言葉の一つ一つが、俺の思考を揺さぶる。
「熱はすぐ下がりますが、2週間は発熱を繰り返し、苦しい時期が続くでしょう」
「そんな……嘘でしょう? だって、今まであんなに元気で、病気なのか疑うくらい快調で……」
俺は医者の目を見る。
だが、医者は表情を変えず、沈んだ顔で続ける。
「2週間以内に手術を行わなければ、生存確率は20%未満になります」
俺の目の前が、一瞬で真っ暗になる。
頭の中でこの現実を否定する言葉が幾多も浮かび、身体は震え、涙が無意識の内に溢れ出す。
玲子が死ぬ?
ありえない。まだ20年も生きてないんだぞ?
玲子が、死ぬ……?


通常の病室に戻された玲子は、静かに寝息を立てている。
その横で、俺はいつものように椅子に腰掛けていた。
「なあ、玲子。俺、気がつかなかったよ。お前がこんなに苦しんでたなんてさ」
俺は玲子の手を握る。
その小さな手から、暖かい体温が伝わってきた。
「俺、兄貴失格だよ……。でもさ、せめてもの償いに、名誉挽回するチャンスをくれないか?」
返事は無い。それでも、独り言のように話し続ける。
「KOBに勝って、手術代を持ってきてやる。……約束だ」
俺は小指を玲子の指に絡める。
そして、静かに立ち上がり、病室を後にした。
目指すは、夜の街……秋葉原。
負けられない想いを背負い、俺は決戦の舞台へと向かった。


―4―

秋葉原の裏路地にひっそりと佇む、小さな酒場。
その店の奥にある扉を開けると、そこには地下へと続く長い階段がある。
一歩一歩、降りていくたびにどこからか歓声のようなものが聞こえてくる。
やがて一筋の光が見えてきた。
「K・O・B! K・O・B!」
興奮のるつぼと化した観客の視線の先。
中央に位置するリングの上に、俺は立っていた。
「レディースエンジェントルメ―ン! 俺は司会のジョンソン。そしてこちらが解説のミッシェルさんだ!」
「よろしくお願いします」
妙なマスクをした司会役がマイクで紹介を始めると、会場の熱気は一気に上がった。色のついたライトがリングを照らし、思わず目を細める。
「さて、今回は3on3によるエキシビジョン!」
「ツワモノが揃ってますねー」
観客席の上部から、司会役が慣れた口調で進行をする。
何百人という観客の視線が、リングに釘付けになっていた。
観衆の注目の中、俺はただ、じっと立っていることしかできなかった。
未だかつて、こんなにも人に注目されたことは無い。
緊張のあまり、視線は宙を舞い、頭は熱をもったようにぼーっとしている。
「ねえ君、見ない顔だね」
ふと、隣で妙な機械をいじっていた男が話しかけてきた。
小柄な体で、見たところまだ未成年と言った所か。
「ああ。俺は今回が初出場だ」
「そうなんだ。僕は同じチームのドク。よろしくね」
ドクは右手を前に出し、握手を求める。
恐らく、ドクというのはリングネームだろう。餓鬼はいつだって横文字を使いたがる。
俺は心の中で苦笑いを浮かべつつ「俺はタフガイだ。よろしくな」と、軽くドクの手を握り答えた。
ちなみに、リングネームは今思いついた。
タフガイ。我ながら単純なリングネームだと思う。
「馴れ合ってんじゃねえよ。餓鬼とデカブツが」
「……何?」
腕を組みながら、こちらを睨みつけている男が言った。
その背には翼のような物を装着している。
この大会はコスプレも兼ねたショーのようなイベントなのだろうか。
気合を入れていた自分が、馬鹿らしくなってきた。
「今回は楽勝みたいだな。相手は馴れ合い野郎と新参デカブツ、そしてジジイだ」
背中に翼をつけた男は、見下すようにこちらを見ながら、隣にいる少女に話しかける。
「うん、そうだねー。あ、初めまして。今回対戦させて頂くアヤカ・ワタナベです。この人はキングさん♪」
緊張感の無いしゃべり方で、ワタナベはぺこりと頭を下げた。
馬鹿にしたような微笑み。餓鬼っぽい挑発だ。
「なんだと! お前ら……なめるなよ」
ドクが睨み返す。
こんな挑発に乗るとは、若いな。
対し、キングは鼻で笑い
「餓鬼は家でママに甘えてな。ギコハハハッ!」
「ッ!」
ドクの顔色が一気に変わった。
瞬間、拳を握り締め笑っているキング目掛けて振りかぶる。
「馬鹿が。引っかかってんじゃねえよ糞餓鬼」
キングの右腕には、チェーンが握られている。
俺は咄嗟にドクを止めようとするが、間に合わない。
「ドク! ちっ――!」
ドクの拳が振り下ろされようとした瞬間、キングも攻撃動作に入る。
銀色に輝くチェーンがその姿を現し、蛇のようにドクへ襲い掛かった。直撃する、誰もがそう思い歓声が挙がる。
だが、二人の攻撃は重い音と共に止められた。
「――ッ!?」
二人の間には、さっきまでリングの後ろで静かに座っていた男。
両手には野球のグローブを装着し、二人の攻撃をものの見事に受け止めていた。
「お前ら、まだ試合開始の合図は鳴ってないぜ……」
明らかに30代、いや40代であろう男性だ。
ドクは驚いたような様子で、その男の名を呟いた。
「一茂……さん」
一茂と呼ばれた男は、静かに立ち上がりズボンを掃う。
「一茂……。チッ! 命拾いしたな、糞餓鬼」
キングはばつが悪そうに自分のコーナーへ戻る。
一茂は、ドクのほうに振り返ると「落ち着いていこう」と笑顔で言った。
「……すいません。興奮し過ぎました」
俺はすれ違う一茂を横目で見る。
一茂は小声で「肩に力が入ってるぞ」と俺の肩を叩いた。
何者なんだ? あの落ち着き様と身のこなしからして、相当な大物だろう。
というか、いい年した大人が何やってるんだ。
いや、人の事は言えないか。
「えー、試合開始したいのですが、秋葉選手がまだのようですね」
司会が首をかしげながらマイクで話す。
会場の歓声は、直ぐにどよめきへと変わった。
「えーっと、どうしましょうか……少々、話し合いの時間を頂きたい」
強烈なブーイングが会場を包む。
「まだ来てない選手がいるみたいだね」
ドクは落ち着いた様子で、呟く。
「遅刻か」
遅刻と聞いて、苦い思い出が頭に浮かぶ。
どんな理由であれ、試合に遅れれば罰は免れない。
(思えば、あの時も玲子は気付いていたのかもな)
……おっと、今は思い出に浸っている場合じゃない。
集中、しなければ。
「あれれ〜試合が始まらないよぉ?」
ワタナベが退屈そうに呟く。
「面倒くせぇ……おい、司会! こっちは二人で十分だ。さっさと始めろ!」
キングが司会席に向かい、大声を張り上げる。
司会の人はひっ、と小さく悲鳴をあげ、
「で、では。試合を始め――」
ゴングを鳴らそうとした時だった。
「もるすぁぁぁっぁあっぁああああ!」
奇声と共にドアが蹴り開けられた。
会場の誰もが、その音の方へ視線を移す。
「な、なんだあいつは……」
会場に入ってきた男を見て、俺は開いた口が塞がらなかった。
アニメのキャラが印刷された紙袋を手に持ち、妙な服に身を包んだ男がそこにいたのだ。
男はふん、と小さく気合を入れ、跳躍しリングの上に降り立った。
「ふ……アニメイトは俺を狂わせるぜ。秋葉、ただいま参上!」
秋葉が手を高々とあげる。
すると、静まり返った会場が再び興奮に包まれた。
「あ、あいつが相手チームの三人目か?」
その滑稽な見た目に、俺は我が目を疑う。
華奢な体に、猫背。どう見ても格闘家には見えない。
「おー、なんかでっかい人もいるねぇ。楽しみ楽しみ!」
秋葉は品定めするように俺を見つめた。
俺は思わず、顔をしかめる。
「秋葉、てめぇ遅れやがって……一言くらい――」
キングが秋葉の胸倉を掴む。
だが、その手は瞬く間に捻りあげられた。
「痛っ――! は、離せ!」
「あ〜やだやだ、文化を知らない奴は」
観客から、また歓声があがる。
「ええっと、選手も揃ったようなので、それではファイト!」
収拾がつかないリングに、甲高いゴングの音が鳴り響いた。
とりあえず、奴らを叩き伏せればいいのだろうか。
俺は素早く構え、戦闘体勢に入る。
しかし、隣にいた一茂が、俺より先に走り出した。
「……いくぞ、二人とも」
一茂は、争っているキングと秋葉を目掛けて突進した。


―5―

一茂は、獲物を狩る獣のように低い姿勢で秋葉とキングを狙う。
「!?」
秋葉が気付いた瞬間には、すでに一茂は体を二回転させ遠心力をつけていた。
一茂の体が秋葉とキングの足元に現れ、強烈な回し蹴りが放たれた。
「ハァ――!」
「うっ!」
強烈な一撃がキングの下腹部に襲い掛かった。
衝撃に耐え切れず、キングの体が宙を舞う。
「ち、あぶねー奴だ」
秋葉はサイドステップで回りこみ、その場から退避する。
「な、なんなんだ……」
俺は思わずそう呟いてしまった。
強烈な蹴りの威力。俊敏なフットワーク。
こいつら、本当に人間か?
呆然としていると、ダメージを受けたキングが、ゆっくりと立ち上がる。
「キング君、大丈夫〜?」
ワタナベが笑いながら言った。
「ぐ……。油断したぜ、一茂ぇ……!」
まともにあの蹴りを喰らって起き上がるとは、達者なのは口だけではない様だ。
関心している場合ではない。俺も参戦しなくては。
俺はこの機会を逃すまい、とキングに向かって突進する。
「ふんっ!」
体重を乗せたフックを、まだふらついているキング目掛けて振り下ろす。
直撃――そう思った。
だが、俺の右腕は見事に空を切った。
「危なかった〜」
「ワタナベ……余計なことを、くっ」
ワタナベがギコを抱きかかえ、回避したのだ。
冗談だろう。あの細身の少女のどこに、そんな俊敏さと怪力があるというのだ。
「タフガイさん、ドンマイです! 見てろよ……レオパルト、起動準備!」
ドクは謎の機械を足に装着し操作をしている。
機械で出来た、ブーツのようなそれが何なのか俺にはわからなかった。
一茂の方へ視線を移す。
そこには、秋葉と一茂が激しい打撃戦が繰り広げていた。
「ふっ!」
一茂は素早いステップインからのワンツーを繰り出す。
だが、秋葉はその一撃を寸前で見切り、カウンターを放つ。
「俺の拳で死ね!」
強烈なストレート。
だが、その拳が直撃するより先に一茂はガードを固める。
「軽い……!? 下か!」
「糞ッ!」
一茂が反応するより先に、秋葉のローキックが一茂の太腿に打ち込まれた。
鈍い音がリングに響き渡り、一茂の表情が苦痛で歪む。
「お前との決着、ここにて完結だ! 俺の勝利と言う結果でなぁ!」
観客からの激しい秋葉コール。
まるでショーのように振舞う秋葉。
だが、その動作はまったく無駄が無く、あの一茂が押されていた。
「余所見してていいのか? デカブツ」
いつの間にか立ち上がっていたキングは、ライターを取り出し自らの体に火をつける。
一瞬でキングの体は燃え上がり、周囲に熱気があふれ出した。
「な、お前……馬鹿か! 死ぬぞ!」
自らに火をつけるなんて、狂ってる。
だが、キングは燃えさかる炎を纏い、笑った。
「クックッ……いい具合に燃えてきたぜ。力が、沸いてくる!」
キングの翼が炎に包まれ、やがて不死鳥の如く、その炎は巨大な物へと変貌した。
「冗談だろ……」
目の前にいるのは、幼い頃何かの漫画で見た、不死鳥そのものだった。
炎に包まれたキングは、苦しむ所か水を得た魚のように笑っている。
「た、大変だ。このままじゃ僕らも炎に巻き込まれる!」
「ちっ、なんなんだこいつは!?」
炎から逃げるように、俺とドクはリングの端へと走る。
燃えさかる火炎は、見る見るうちにリングを覆い始め、逃げ場を塞いでいく。
「俺は不死鳥族の末裔……かつてKOB四強と言われたフェニックスの孫の孫の孫だ!」
「なんだそのとってつけたような設定は!」
俺は逃げ惑いながら、キングに突っ込みを入れる。
まるで漫画かアニメのような事だ。しかし、現実として起こっている以上どうしようもない。
「くそ、タフガイさん! 掴まってください! これで上空に行けばリングアウトにはならないはずです!」
「あ、ああ」
ドクに言われるがままに、俺はドクに掴まる。
炎の渦は、寸前にまで迫っている。
「レオパルトU、発進!」
同時に、ドクの足につけられたブーツから火が噴出された。激しい音と共に、ゆっくりとドクの体が上昇する。
「な、なんだこの空飛ぶお手軽ジェットブーツは!? 世間の科学はここまで進化していたのか!?」
俺は思わず突っ込みを入れる。しかし例によって現実に起こっている以上、突っ込んでも意味が無かった。
異変が起こる。赤いランプが点灯し警告音が鳴り響いた。
「重量オーバー!? く、こんな時に!」
レオパルドUは激しく揺れ、炎の渦がドクの足元に襲い掛かる。
制御を失ったレオパルドUは、その飛行能力を奪われ、衝撃と共にリングの上に落ちた。
「うおっ!」
「うわぁ!」
俺とドクがリングの上に転がる。
「終わりだ」
キングが両手を空高く掲げ、巨大な火の玉を作り出した。
俺は夢でも見ているのだろうか。目の前に、魔法使いの如く火を操る男が居るのだ。
しかし、火の熱さといい痛みといい、やはり今起こっていることはリアルのようだ。
話を戻そう。その火の玉の大きさから計算して、俺達が避けられないのは確実だ。
「くそ……ドク、俺の後ろに隠れてろ!」
「で、でもタフガイさん。そんなことしたら」
「いいから早く! 俺なら耐えられるかもしれん!」
俺は腰を落とし、両手で顔をガードする。
火の玉の強烈な熱気で、体中から汗が噴き出ている。
「この星ごと、消えてなくなれぇぇぇぇ!」
キングが火の玉を発射。
俺はぎゅ、と拳を固める。
「うおぉぉぉぉぉ!」
迫り来る火の玉を両手で押さえ込む。
熱い。手が焼けそうになる。
だが、その重みは俺の体を押しのける。
「無駄だ無駄だ無駄だぁぁぁ!!」
キングはクンッ、と力を入れると、火の玉の重みがさらに増す。
「うがぁぁぁぁぁ!」
徐々に体は後退し、リングの表面が剥がれ始める。
掌は熱さに、足はその重みに悲鳴を上げている。
「タフガイさん!」
「ドク……! に、逃げろ!」
俺の足は、また一歩後ろに下がる。
もう、限界が近い。
このままでは二人共々あの世行きだ。
「そ、そんことできないよ……。タフガイさん、タフガイさん!」
「馬鹿野郎! 早く、逃げ……ぐっ!」
左足が嫌な音を立てる。
俺はバランスを崩し、火の玉の圧力が一層増す。
「タフな奴だ。だが、ここまでだ。死ね!」
キングが気合を入れ、纏っている炎が燃え上がった。
(ここまでか……。玲子、すまない。俺は……)
頭の中を、いろんな想いが駆け巡る。
もう……駄目だ。こんな超人に、勝てるはずがない。
「諦めるな!」
声がした。
その声は、近くから聞こえたようで、しかし遠くて。
「か、一茂……さん!?」
声の方を見ると、向こう側で秋葉と戦っていた一茂がこちらへと走って来る。
それは、まるで離陸前の飛行機のように素早く、飛ぶように。
「な、一茂!? 秋葉はどうした!?」
キングの疑問に対し、一茂は笑いながら答える。
「奴なら今頃、俺の幻術にはまっているだろうな」
「幻術……だと!?」
キングは秋葉の方へ視線を移す。
そこには、頭を抱えて倒れている秋葉。
「蒼星石のマスターになれたらいいのにぃぃ!」
秋葉は意味不明な言葉を発していた。
「タフガイ! ドク! 今、助けてやる!」
一茂は空中にいるキングに向かい跳躍する。
「く、来るな来るな来るなぁ!!」
「ファザーズ・レインボー(父親の七光り)」
強烈な閃光が会場を覆う。
七色に輝く一茂の拳が、ギコの翼を貫いた。
「ば……か……な」
力を失ったキングは、纏っていた炎を失いリングへと落下した。
「ぐ……はぁ、はぁ……」
キングのダウンと共に、燃えさかる火の玉はその姿を消した。
俺は一気に力が抜け、その場に膝をついた。
「タフガイさん! 大丈夫ですか!?」
ドクが心配そうに駆け寄ってくる。
俺は「大丈夫だ……」と言い、一茂の方を見た。
「よく頑張ってくれた。タフガイ」
「一茂さん……」
一茂は親指を立て、俺の前まで来る。
その笑顔に、俺もつられて頬がゆるんだ。
「タフガイさん……本当にありがとう。 僕、タフガイさんがいなかったら……」
「何、ドクのレオパルドUに助けられたんだ。これでお互い様だ」
そう言うと、ドクは笑顔を浮かべた。
まだ幼い顔立ちのドクを見て、玲子の事が思い浮かぶ。
「二人とも、まだ戦いは終わっていない。タフガイ、立てるか?」
一茂さんが右手を差し出す。
俺は「すいません」と言ってその右手を掴む――
「戦闘中に、油断はいけないよね〜」
背後に、茶色のギターを持ったワタナベ。
一茂が振り返る。
だが、その瞬間にはもう、楽器は振り下ろされていた。
「ちくしょぉ〜くらえぇ〜新必殺・ライトハンド奏法ッ!」
頭蓋骨の割れる、鈍い音。
一茂は、ゆっくりと、リングに倒れこんだ。


―6―

目の前で起こっている出来事が、スローモーションで再生される。
掴もうと伸ばした手は、届かない。
「一茂……さん?」
ゆっくりと、まるで吸い込まれるように一茂の体はリングへと沈んだ。
俺は何が起こったのかわからず、呆然とその様を間抜け面でただ、見つめていた。
「一茂さぁぁぁぁぁん!」
俺の叫びは、歓声によってかき消された。
「強烈な一撃――! 一茂、耐えられずダウンです!」
「これは強烈ですね。おもしろくなってきました」
司会者が、興奮した様子で叫んだ。
ワタナベの一撃に、歓声がリングを包む。
俺とドクはすぐに一茂の元へ駆け寄り、声をかけた。
「一茂、聞こえてるんだろ!? おい、しっかりしろ!」
「一茂さん……! 死なないでください!」
俺とドクは必死で一茂に呼びかける。
一茂の頭からは、大量の出血。
「ドク……タフ、ガイ……」
「一茂さん!?」
一茂は、体を震わせながら声を絞り出す。
その声から、もはや一茂の命が長くないことを悟った。
「お前達……は、よくやった。お、俺の……最高のチームメイトだ……」
「一茂! わかった、わかったからもう喋るな! 今、病院に……!」
俺の言葉に、一茂は吐血しながらも首を横に振る。
そして、ゆっくりと口を動かし続ける。
「いや……自分の体だ。もう、もた……ないのは、自分が、よくわかって……グッ!」
一茂の呼吸が荒くなる。
俺とドクは、目に涙を溜めながら一茂の顔を見続けていた。
「俺の……為に、泣いてくれるとは、な」
「やめて……くださいよっ! そんな、死ぬような言い方……」
一茂は、泣きじゃくるドクの頭を、ゆっくりと撫でた。
俺はもはや涙を堪えることは出来ず、ぽろぽろと涙をこぼす。
「俺ァ……幸せ者だ……」
――その言葉を最後に、一茂の呼吸はゆっくりと止まった。
リングの外からドクターが駆けつける。
ドクターは脈と心音を確認し、心臓マッサージを行う。
「早く病院へ!」という叫び声。
運ばれていく一茂。
何故だ。
何故……こんな、ことに。
「あはは〜。なーんだ、思ったより手ごたえ無かったなぁ」
背後から、ワタナベの小ばかにしたような声。
俺の頭に血が昇る。
「貴様ァ――――!!」
怒りに身を任せ、突進。
許せない、こいつだけは……!
「あ〜あ、冷静さを失ったらだ・め・だ・よ♪」
ワタナベまで後2歩の位置。
不意に、ワタナベの背後から秋葉が跳躍し、強烈な蹴りを放つ。
「ソニックブームショットガン!」
その足から放たれるのは大気を打ち破るほどの蹴りだ。
刀の姿をした、気合による衝撃波の波が襲い掛かってくる。
「何ッ!?」
俺は咄嗟に足を止めるようと試みる。
だが、勢いは直ぐには止まらない。
瞬間、頭をハンマーで殴られたような衝撃。
俺の体はサッカーボールのように回転し、リングに叩きつけられた。
そのあまりの衝撃に、一瞬、視界が歪む。
「タフガイさん!」
ドクが、駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫だ。多少効いたがな……」
俺は立ち上がり、秋葉とワタナベを睨みつける。
一茂を餌に、俺の怒りを誘い不意打ちを叩き込むとは。
「外道め……!」
俺は唇を噛む。
それを見て、秋葉はふ、とため息を吐きながら
「でも、世の中ってそういうものよ」
その一言。
その一言が、俺の魂に火をつけた。
「お前は……俺が倒す」
会場の雑音が聞こえなくなる。
すっ、と腕を上げ、構える。
頭の中が完全にクリアになり、相手の動きが完全に見える。
この感覚……何度か経験したことがある。
完全なる集中、そう言った表現が一番しっくりくるだろうか。
「あぁ、最早何も言うまい。久々に楽しめそうだ、タフガイとやら」
戦いは、己の為に。
戦いは、愛する者の為に。
悲しみは牙へ、想いは拳へ。
「うおぉぉぉぉぉ――!!」
――俺は咆哮と共に、拳を繰り出した。


―7―


会場に響くは壮烈な打撃音。
リングの上に立つは、二人の熱き戦士。
突きが、蹴りが、互いの体をぶつけ合い衝撃音を放つ。
「らぁぁぁ――!」
「イァァァァァッ!」
超越した速さの打撃戦。
2手先を読み、その裏を狙う。
否。その手を読み回避。
「ふんっ!」
俺の渾身の蹴りを読み、秋葉は突きで潰しにかかる。
鈍い音と共に、腰の効いた突きが俺の顔面を打ち抜く。
「っ!?」
だが、俺は蹴りの起動を強引に秋葉に合わせる。
秋葉は咄嗟に頭を腕で庇うが、体重の乗った蹴りはその腕ごと吹っ飛ばした。
「ハァ……ハァ……」
「ヒュー…ヒュー…」
互いに荒ぶる呼吸を整えつつ、次の手を思考する。
奴の動き、攻撃パターン、癖……あらゆる情報を頭に叩き込み、計算する。
「嘘……あんな巨体で、秋葉のスピードについていけるなんて……」
リングの端で、呆然とその戦いに見入るワタナベ。
次元が違う――そう、彼女は本能で感じ取った。
「ありえない! 私がナンバー1……リングのアイドルでなきゃ嫌っ!」
ワタナベは地面を勢いよく踏み、タフガイの方へ走り出す。
血のついたギターを握り締め、一心不乱に飛びかかる。
「戦いに油断は禁物でしたよね?」
「!!」
ワタナベの目の前に現れるはドク。
否、レオパルドUを装着した勇敢なる戦士だ。
「一茂さんの仇だ……! くらえぇぇぇ!」
レオパルドUの前部が展開し、銃口のような物が姿を現す。
瞬間――凝縮されたエネルギーがワタナベ目掛けて発射される。
「――ああぁぁぁッ!!」
ワタナベは横へ回避。
だが、光線はワタナベの左腕を捉え、焼き尽くした。
「痛いぃぃ! う、うう……」
ワタナベは左腕を押さえながら、苦痛の表情を浮かべている。
光線をまともに受けた左腕からは夥しいほどの出血。
「……痛いか?」
ドクはレオパルドUを操作しながら、再びワタナベに標準を向ける。
「一茂さんが……一茂さんが受けた痛みは、まだまだこんな物じゃない」
「何を……」
「お前だけは、たとえ神が許そうと俺が許さない――!」
レオパルドUの銃口に、再びエネルギーが集まる。
だが、ワタナベは跳躍し、宙に浮いたドクの足元までせまる。
「私怨って訳ね。いいよ〜別に。だって、私は――」
強烈な金属音。
ワタナベがスイングしたギターが、レオパルドUに激突。
レオパルドUは音を立てて割れる。
「あなたに負けるつもりなんて、これっぽっちもないもん」
ワタナベはギターの前部分を蹴る。
すると、表面が剥がれ、銀色――明らかに今までとは違う、戦闘用のギターが姿を現した。
「本気でいっくよ〜」
ワタナベは銀色のギターを構え、レオパルドUに飛び掛っていった。

リング中央。
俺の拳は未だに秋葉の顔を捉えることは出来ない。
「シャァァァ――!」
「くッ!」
秋葉の突きが顔面をかすめる。
やはり、さっきの一撃を受けた分、こちらのが分が悪い。
秋葉は口調とは違い、格闘に関しては計算高いタイプだ。
こちらの手を初期動作から読み、最小限の動きで避けてくる。
ならば、打つ手は一つ。
「ぬおぉぉぉぉ――!!」
腕を適当に振り回す。
何も考えず、かつ相手に反撃の余地を与えない連撃。
「な……何ぃ!?」
戸惑う秋葉。
瞬間、骨と骨がぶつかり合う打撃音。
俺の拳には、たしかな感触。
「ぐっ!」
「はっ……やっと拝めたぜ。あんたの苦痛に歪む表情……」
秋葉は血の塊を軽く吐き出す。
そして、俺の目を見て軽く微笑む。
「何がおかしい」
「クク……一撃を喰らわせたことには敬意を払おう。 その集中力、見事だ。いや、見事すぎるが故に弱点にも成り得るかな」
「何……?」
その言葉の意味を理解したのは、背後から声が聞こえた後だった。
「ずるいよ〜。注目の的に相応しいのは、わ・た・し♪」
光を反射する、銀色のギター。
振り向いた瞬間、風を切る音。
強烈な衝撃と共に、俺の視界は流転した。


―8―


「う……くぅ」
ドクは、リングの端で仰向けになって倒れていた。
全身に傷を負い、体力も底をついている。
「僕は……痛っ! そうだ、ワタナベにやられて……!」
ドクは己の身体に鞭を打ち立ち上がる。
すぐさまリングを見渡し、戦闘状況を目視した。
「あっ!」
ドクの視線の先――リング中央。
そこには、ワタナベと秋葉を同時に相手するタフガイの姿があった。

「ハッ――!」
「リャッ! トゥル! ヨンソッ!」
左右から打ち込まれる打撃の嵐。
俺は後ろに下がりながら、必死にガードを固める。
「ほらほら〜どうしたの? さっきの勢い、は!」
ワタナベのギターが俺の腹に打ち込まれる。
あまりの痛みに、自然と歯を食いしばる。
(クソ……二人相手じゃ防御が精一杯だ!)
だが、こちらのチームで戦えるのは、もはや自分一人。
ひたすら攻撃に耐え、解決策を頭の中で探る。
「カットカットカットカットカットォォ!」
秋葉はリズム良く連続フックを繰り出す。
対し、俺は顔面のみを重点的にガード。
ボディーへの攻撃はノーガードだが、これは策の一つでもある。
「シャッ!」
秋葉が姿勢を低くし、俺のボディー目掛け蹴りを放つ。
重い衝撃が体中に響く。
「ぬんっ!」
「つぁッ!?」
蹴り足の戻っていない、無防備な秋葉の顔面へ肘を放つ。
骨に当たる鈍い音。秋葉のまぶたが切れ、俺は返り血を浴びる。
「秋葉っ!」
ワタナベの攻撃が止まる。
その隙を逃さずに、俺はタックルをぶちかます。
「うっ!」
ワタナベは勢い良く吹っ飛ぶが、ダメージは少ない。
ぶつかる瞬間、バックステップで衝撃を逸らしたのだろう。
「ぐ……はぁ……はぁ……」
血を流しすぎたせいか、集中力が途切れる。
体力も限界を超え、体中が悲鳴をあげている。
「タフガイさん!」
「はぁ、はぁ……ドク、無事だったか」
頭から流血しているドクが、俺の元へやってきた。
「あいつは……秋葉は?」
「恐らく、この程度でくたばる奴じゃないだろう」
視線を前に向けると、ワタナベが倒れている秋葉の身体を起こしている。
秋葉の顔もまた、血だらけになっている。
「う、あぁぁっぁぁっぁあああ!」
突如、秋葉の叫び声がリングに響き渡った。
体を大きく反り、飢えた狼の咆哮の如く声をあげる。
「あ、秋葉……?」
「どけっ!」
秋葉はワタナベを突き飛ばし、こちらへと迫ってくる。
その目に満ちるは狂気――バーサーカー、そう呼ばざるを得ない姿であった。
「ドク、なるべく離れていろ!」
「は、はい!」
ドクを安全地帯まで逃がし、俺は再び拳を握り、構える。
対して、秋葉は構えも取らず、ただこちらへと向かってくる。
「求めていたのはこれだ、これだよ。 自らを最強と名乗る為の、最強の相手。我が拳を高みへと昇天させる興奮。 超えていく、私はお前を超え高みへ――逝く」
瞬間、体中に幾多もの衝撃。
俺は何が起きたのか確認する間もなく、次なる衝撃。
正拳、裏拳、掌底、ロー、ミドル、ハイ。
ありとあらゆる打撃が襲い掛かってくる。
「ぐ…ぁっ!?」
ガードがガードの役割を果たさない。
その連打に耐え切れず、俺は膝をつく。
「波動弾っ!」
超越した速さで間合いを取った秋葉は、手の平に意識を集中している。
手の平の上に現れるは赤い球。
「は、は、波動弾……!」
ワタナベは座ったまま後ずさる。
秋葉の手の平に現れた赤い球は、みるみる内に巨大化する。
何かが来る、そう直感した俺は立ち上がり、回避動作に入ろうとする。
「う……!?」
だが、足に力が入らない。
それどころか、もう片方の膝も地面についてしまう。
「さらばだ」
強烈な波動がリング内に吹き渡る。
秋葉の手から、それは投げられた。
「くっ!」
俺は覚悟を決める。
これで最後……。全てに悔いが残る結果で終わるのか。
しかし、放たれる赤い球の軌道は、俺を狙ったものじゃない。
「え……!?」
その軌道の直線上にいるのはドク。
俺は目を見開き、瞬時に脳へ指令を送る
(動け、動け、動け、動けぇぇぇ!)
必死に体を動かそうとするが、足がもたついてうまく動かない。
「あ、あああぁぁぁぁ!」
迫る赤い球。
ドクは恐怖の声をあげる。
ダメだ、ドクは回避することが出来ない。
「ドク―――ー!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
ドクは死を覚悟し、目を瞑る。
強烈な閃光。
そして、リングを揺るがす衝撃。
動け。
護れ。
護るんだ。
人一人護れなくて、玲子を護れるか。
動け!
「あ……あ……」
「馬鹿な……!?」
「な、なんで?」
誰もが目を疑った。
その男は、どう考えても移動することは出来ない位置にいたのだ。
だが、現実として、彼――否、俺はこうして、守ってやれたじゃないか……。
「ドク、危なかった、な」
ドクを守るように仁王立ちし、波動弾を受け止めた。
俺は、全ての力を使い果たし、その場に倒れこんだ。
「タフガイさん!」
「ああ……怪我は無いんだな、ドク」
「タフガイさん、どうして……どうして僕なんかをかばったんですか!」
ドクの目から溢れ出す涙が、俺の頬へ落ちた。
ああ、なるほどな。
今、一茂さんの気持ちがわかった。
「誰かが、自分の、為に、泣いてくれるってさ……いいもんだ、な。ドク」
「……っ!」
ドクは嗚咽しながら、俺の体を揺さぶる。
「タフガイさん……勝手ですよっ! そんな、かっこつけちゃって……」
「はは、す、少しかっこつけすぎた、かな」
会場を静寂が包み込む。
聞こえるのは、俺のかすかな声と、ドクの泣きじゃくる声。
「秋葉……いる、か?」
「ああ」
秋葉はすでに戦闘モードを解除している。
戦いの終わりを悟ったのだろう。
「お前、が、最強だよ。最後に、格闘家として、お前と、戦えてよかった」
「……私もだ、タフガイ。お前と拳を交える事が出来良かったよ。久々に本気が出せた」
「すまない、が、Gを、呼んで、くれないか?」
俺はまだ、言い残すことが多すぎる。
秋葉は静かに頷き、会場の上部、主催者席へ目を向けた。
「呼んだかね?」
しばらくすると、Gがリングへとあがってきた。
「ああ、G。こ、今回は、俺達のチームの、負けだ。ギブアップ、するよ」
「わかった。だが、一つだけいいかな?」
「ん……?」
Gはふぅ、と息を吐き、続ける。
「今回のKOBは、近年稀に見る熱戦だった。 君のチームは負けたとは言え、健闘した。その健闘を称えて、君達にも賞金を与えたい」
Gは早口で、まくし立てるようにそう言った。
「それ、は、規約違反、じゃ、ないのか?」
「馬鹿を言え。KOBに規約なんてあって無いような物だ。 ……妹さんが大変なんだろう?」
「な、なんで、それ、を?」
Gはふん、と鼻を鳴らす。
「何でもお見通しだ。私はKOBの主催者だからな」
「はは……意味、わかんねぇ……あ、後、一茂さんは無事、かい…?」
「心配するな、KOBで死人は出さん。優秀な闇医者によって一命を取り留めたよ」
「そう、か。よかった……」
俺はゆっくりと、体を起こす。
話すべきことは、全て話した。
「ま、まだ起きちゃだめですよ! 今、ドクターがきますから――」
「ドク、もし……よければ、俺の代わりに、妹の見舞いにいってやって、くれない、か?」
俺はドクに病院名と、病室Noを書いた紙を渡す。
「あいつ、病弱で、素直じゃなくて、寂しがり屋で……。ドク、と、友達になって、やってくれないか?」
俺の言葉に、ドクは泣きながら頷く。
「……はい」
ドクは、静かに紙を受け取る。
俺はドクの頭を軽く撫でてやり「またな」と挨拶をする。
痛む身体を動かし、会場の出口へと向かう。
「タフガイさん! そんな体でどこへ行くんですか!」
「何、妹への手術代、は、アテができた…。手術前に、妹は不安だろうから、 ちょっと、い、いってくる」
俺は、最後にリングを振り返り、一礼した。
それと同時に、試合終了を知らせるゴングが鳴り響く。
会場は静かな拍手と共に、しめやかな閉幕となった。
「タフガイさん……」
「最強は、私なんかじゃない。彼だよ」
「え?」
秋葉は静かに、呟く。
「あの時、君を庇う為に動いたタフガイのスピード。躊躇無く飛び込む、心の強さ。……私には、真似できない」
秋葉はふう、とため息を吐き、上を見つめる。
「タフガイ……最強、いや、誇りの戦士として記憶に留めて置こう」


夜の街は、相変わらず賑やかだった。
そんな大通りから離れた、薄暗い路地。
俺はゆっくりと、その道を歩いている。
「っと、ちょっとキツイな……」
息を切らし、俺は路地の隅に座り込む。
もう立つこともないだろう、と思うと、何だか寂しい気もした。
「今日は夜空が綺麗だ……」
空を見上げる。
そこには、雲も無く、いくつもの星がはっきりと輝いている。
玲子もこの星を見ているのだろうか。
「玲子……」
ふと、口から名前が出る。
「玲子、玲子……」
やさしいけど、少し素直じゃない妹。
辛い環境でも、自分を見失わない強い妹。
辛い時、苦しい時、一緒に乗り越えてきた、自慢の……
玲子の顔が、不意に頭を過ぎる。
そして、走馬灯、というのだろうか。
今までの思い出が、まるで映画のように頭の中で再生される。
小さい頃、俺と遊んで笑っていた思い出。
落ち込んでいる時、喝を入れてくれた思い出。
病気になっても、俺に対して笑顔であり続けた思い出。
「玲子」
気づくと、俺は涙を流していた。
でも、何故だろう。
泣いているのに、悲しくない。
一人なのに、寂しくない。
――ああ、これは、きっと、玲子から貰った思い出のおかげなんだ。
今まで、ありがとう。 そう言おうとしたが、どうやら時間切れのようだ。
もっと、一緒にいてやりたかった。
もっと、玲子の笑顔を見ていたかった。
でも、俺は満足だ。
勝手かもしれないけど、お前が幸せに生きてくれれば、悔いは無い。
神様、願わくば、玲子に、幸せな未来を。


―エピローグ―

真っ白な病室、私は静かに窓の外を見ていた。
手術から1週間経ち、私の身体は順調に回復に向かっているらしい。
「ふぅ、それにしても暇……」
お兄ちゃんも、あれから姿を見せていない。
高額な手術代をどうやって払ったのかも、未だに謎のままだ。
「連絡くらいくれればいいのに」
早く会いたい。
そんな気持ちが、ずっと私の中で引っかかっている。
あの日、お兄ちゃんに不安をぶつけてしまったことを謝りたい。
そして、いつものようにたわいも無い話をしたい。
「……」
そして、私はもう一つ言いたいことがある。
ありがとう、その言葉をちゃんと伝えたい。
「玲子さん、こんにちは〜。調子のほうはどうですか?」
看護婦さんが部屋へ入ってくる。
「全然元気です。看護婦さん、私、まだ退院できないんですか?」
「うん、まだ体力も回復してないからね」
「そうですか……」
「んー、どうしてそんなに退院したいのかな?」
「そろそろ、お兄ちゃんに手料理食べさせたいなって思って。きっと、コンビニのお弁当とかばっかり食べてますから」
「そうなんだ。玲子ちゃんはお兄さん想いなんだね」
窓から吹いてくる風が、病室を駆ける。
花瓶に添えられた白い花が、ゆらりゆらりと揺れている。
「あら、可愛い花ね。エーデルワイスかしら?」
看護婦が白い花を見て、そう言った。
「それ、お兄ちゃんが買ってきてくれた花なんです。 お兄ちゃん、お花なんて全然知らないのに、変に気取った花を買ってきちゃって」
「あら、そんなこと無いわよ。素敵な花じゃない」
看護婦は、そう言いながら玲子へ微笑みかける。
玲子も、静かに頷いた。
「えっと……確か花言葉は――」
『大切な思い出』
ベットの隣に置かれている椅子が、ぎしぎしと音を立てていた。


―了―
2008/01/08(Tue)21:41:58 公開 / ペン
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