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『Ag【X】』 作者:J / 未分類 未分類
全角7361.5文字
容量14723 bytes
原稿用紙約22.8枚
崎村家の水槽の中で泳ぎ続けた次男。彼を成仏させるために主人公和也が奮闘する。 
 
 ※後段落が今回の新更新分になっております。
 
 
 
 
 和也は野村幸太と数時間を病室で過ごしたあと町へ出た。
 往きに通ってきた商店街を避けて迂回する。病院から普通に戻ったのでは、水島朝奈の花屋の前を通るしかなかったからだ。和也は、再び彼女の夫君の顔を見る気にだけはなれなかった。町一番の賑わいを誇る商店街を避けるとなると時間を潰せそうな場所は駅前あたりである。本屋やゲームセンターなどを巡ってうろつく間、幸太からの『お願い』がずっと和也の心を縛り続けた。が、いくら考えても和也の結論は出ない。購入した雑誌を手に古びた喫茶店に入り、再び幸太からの『お願い』について思案にくれるが、
 ――水島朝奈を助ける気力は自分には無い。
 というのがようやくたどり着いた和也の結論だった。やっぱり幸太には断ろう、と冷めたコーヒーをすする。
 喫茶店は老夫婦の経営する店で、ジャズが流れ、居心地は悪くなかった。和也は以前にもずいぶん来店したことがあったが、客に対する饒舌はこの夫婦には無い。彼らのような人ばかりだったなら、和也はもっと日数をかけて故郷にとどまりたくなるはずであった。しかし生まれ育った町に帰ってくるたび、和也の心地よさはいつも長いことはもたない。せいぜい数日である。最初こそは良いのだが、田舎ゆえの面倒くささや退屈が、帰省の安らぎを除々に食いつぶしていくことを毎回思い知らされるからだった。
 コーヒーを飲み干し、かたわらの窓の外を見る。いつのまにか夕闇が駅前をふさいでいて、そろそろ家に帰ろうかと腰を上げた。
 ――俺が水島朝奈たちにしてやれることなんか何も無いよな。
 店を出て、線路沿いの帰路を行く。
 鉛色の線路に意味もなく目を落としながら、和也は『お願い』の件を何度もむしかえして考えていた。が、結局は堂々めぐり。
 目を上げれば、前方から呻りを上げた電車が迫っていた。寸刻も置かずに電車がかたわらを通過する瞬間には、周囲の静寂を破砕する疾風にあおられる。ばらまかれる連結部の烈音。顔をしかめた和也の髪の先が乱舞する。電車が過ぎ、線路は何事も無かったかのようにまた褐色に凍り、鈍い金属光沢を放っていた。しかしさっきの疾風の残滓は新たな風を呼び込んで道の上はなお冷たさがそよぐ。
 手ぐしで髪を整えたあと和也の足がとまる。
 後方へ視線を送ると、あっという間に豆粒のように小さくなった電車が見えた。暮れていく家並みと山並みの隙間に電車が吸い込まれていく、その先、のもっと向こう側は在りし日へと続いている夢幻のようだ。後ろ向きに歩んでいったならばかつて通っていた高校へと確実に通じている線路だった。思いの強さによって追憶の支線はどうにでも伸び縮みする。
 ――風……。
 記憶をさかのぼれば、今のように冷たい風が吹いている春浅い校舎がある。
 教室の窓から身を乗り出す去りし日の幸太の姿を和也はふいに思い出していた。高校生の幸太だ。
『和也、見ろよ見ろよ。水島先輩だぜ! 来いって!』
 当時の台詞の記憶まで耳に蘇ってきて、線路沿いで立ち尽くす和也は破顔する。しばらくのあいだ目を細め、電車がかき消えた線路と景色の融点の奥をたどっていたら、セピア色の懐かしい場面が和也の脳裏でもう一枚めくられた。
 『水島先輩? ほんと? どこどこ?』
 ――俺もすぐに食らいついて、幸太と並んで窓から校庭を見ろしたっけ……。
 和也と幸太が高校二年。水島朝奈が高校三年。
 校庭には、水島朝奈が女友だちと下校する姿。それを幸太と共に見おろす和也。
 それを思い出しながら和也は踵を返し、線路沿いを一歩二歩と前進しだす。すべり始めた記憶の流れはもう止まることはなかった。和也は順ぐりにたどっていく。
 『ほんとだほんとだ。水島先輩だ』
 その時、漆黒の髪の艶やかさから、和也は点在する生徒の中でもすぐに朝奈を見つけたのだった。朝奈はどんな場所にいても優麗で独特なオーラをまとっていた。
 突然幸太が窓から大きく身を乗り出した。
 危ない、
 と和也が思った、途端。
 『水島せんぱ〜い! 好っきでーすっ!』
 幸太が叫んだ。
 校庭の朝奈が声に立ち止まる。
 彼女が振り返って校舎を仰ぐ瞬間、幸太がすばやく教室の床にしゃがみこんで窓枠からはずれる。結果朝奈の目はとり残された和也を捕らえていた。
 『え? いや……あの、俺が叫んだわけじゃなくって……』
 とつぶやいても、朝奈と目が合った和也の体は金縛りにあったように微動だに出来ない。
 そして、ふっ――と、朝奈の目元がほころんだのだった。口元に軽く手を当てて、和也を見ながら小さく笑った。
 花が揺れるように。
 『好きだ』と言われ、嫌がっている風ではなく。
 それは、恥ずかしがっているような、楽しんでいるような。
 甘やかで涼やかな笑みだった。
 人の心の奥底にあるどんな種類の鍵であっても、緩めてしまう魔法だった。
 その笑みによって時が止まり、和也の全霊は奪われる。
 やがて朝奈が踵を返して歩き始めるまで、和也は夢見心地で固まっていた。彼女を見送ったあとでやっと時間は動き出し、我に返った和也は足元でしゃがみ込んでいる幸太の頭を小突く。
 『――ったく、お前は』
 朝奈に『好きだ』と叫んで和也を取り残した幸太を、とりあえずなじってみせたが。しかし本当は怒ってなどいなかった。幸太のおかげでつかの間でも朝奈と見つめ合えたからだ。
 ――でも俺が水島朝奈に夢中だったのは高校時代がピークだったわけだし。彼女は今はもう正確には佐藤朝奈なんだし。俺は大学とかでカノジョを見つければいいだけの話なんだ。
 追憶から覚めればたちまち現実的な思考に切り替わる。夕風が強くなる。首をすくめる。奥歯をかみしめる。
 ――もう水島朝奈にこだわる理由なんか全然無いんだ!
 そして次に蘇るのはほんの数時間前に見た朝奈の笑顔だった。
 花屋の店の奥の横引きの扉から、ひまわりに対する夫の珍説にうなずいていた時の朝奈の、笑顔。
 ほんの数時間前のその笑顔は、女子高生としての笑顔ではなく、和也が学校帰りに見に行った新妻時代の笑顔でもなく、すっかり成長した大人の女性としてのそれだった。たとえ地獄の底までも夫を支えていこうという妻としての愛がにじんでいた慈雨のような笑みは、思い出しただけで和也の中では滴(したた)って滴って、胸をみじめに濡らしていく。
 今、帰路を行く和也の目に、三方の山に抱かれたネオンも騒音も無い町並み、故郷の寂れた夕景が映っている。
 和也のアパートがあるあたりの都心ではこれからが華やかになる時分である。
 実家への近道である公園へと入っていく。周りを取り囲む桜は憂うように降りしきり、しきりに花の躯を積んでいる。
 ――でも。……それにしても。近い……よなあ。俺のアパートと水島夕奈(ゆうな)の所って……。
 幸太からの『お願い』の内容は何度思い起こしても和也には途方もないことだった。
 
 

 幸太はざっくばらんに振る舞う面がある一方で、親しくなった相手に対してもどこか自分を見せない、食えないところのある男ではあったが、それにしても彼が水島朝奈と幼なじみとは全くの初耳であった。
 ――水島……夕奈、かあ……。
 訳あって朝奈と仲たがいしてしまった二卵性双生児の片われ、夕奈。
 その薄幸の水島姉妹を、和也の力でどうにか再会させてやって欲しい、というのが病室での幸太のお願いだったが。
 ――双子の、妹……。
 やはり幸太のお願いは途方もなかった。
「エイジ。ただい……」
 やがて和也が自宅に着き、玄関に踏み入った、その時。
「あ……れ?」
 エイジに声を掛けようとして、和也は凍りつく。
 玄関の下駄箱の上の水槽の中はもぬけのから。
 エイジも。
 水も。
 両方無い。
 全くの、カラ。
 あるのはカラの水槽だけ。
 ひどく嫌な予感がした。
 幸太の話を聞いて以来おさまらない胸のざらつき。その余韻に引きずられているだけだと自分をなだめても。それでも。ひどく嫌なさざめきだった。
 ――久美が別の容器にエイジを移し変えたんだ、きっと。
 理由をつくって無理矢理に胸に言い聞かせる。
 和也が大学に入って家を出たと同時に、エイジの世話は和也から妹の久美に引き継がれている。母親は保険のセールスレディで忙しいからだった。
「久美?」
 靴をぬいで居間に入ると久美の姿は無く、電気が無人の部屋を煌々と照らしている。しかし特別に変わった状況だというわけではない。なのにこのひどい胸騒ぎはなんだろう。和也は居間を横切って、庭への出入り口になっているサッシの窓へと近づいていく。
 ――久美。
 ガラス越しに薄闇の庭に見つけたものは、久美の背中。しゃがみ込んで丸まった背中だった。
 ――まさか。まさか。エイジが亡くなったんじゃ……。
 突拍子もない予感に襲われた。
 決して根拠があるわけではない。あろうはずもない。和也の出がけにはエイジはピンピンしていたのだから。予感を否定し不安を鎮めようと試みても勝手に鼓動は速くなる。ひざが震えだす。窓ガラスを開け久美に問いかけることさえ恐いほど。
 しばらく窓辺に立って久美の丸まった背中を見ていたが、やがて意を決し、和也は思い切って窓を開けた。
「久美」
 弾かれたように振り返った久美は――泣いていた。
 そして久美の体が動いたことにより和也の目に映ったものは、小さく盛り上がった土と、立てられた割りばし。
「お兄ちゃん!」
 久美が和也に寄って来た。和也が久美の泣き顔を見るのは、飼い犬の『銀次』が死んで以来だ。
 銀色の毛に覆われながら、背中の一部だけが茶色く色づいていた犬、銀次。銀次が死んだ夜、久美は身も世もあらぬほど泣いた。それ以来だ。
 そしてその銀次が死んだ翌日に、入れ替わるようにやって来たのがエイジだった。
 全身が銀色のうろこで覆われていて、背びれ付近だけが赤い姿。それが『銀次』を思わせて、付いた名前が『エイジ』。銀次の『銀』の化学記号であるAgからの連想だった。
『きっと銀次の魂が姿を変えて家にやって来たのよ』
 母親と久美はそう言って喜んだ。
 事実エイジの登場の仕方も奇妙であった。
 家の近くの側溝にたまたま停留していたエイジを、現在単身赴任中の父親が見つけて手ですくい上げ、『銀次だ銀次だ』と叫びながら家族に差し出した。偶然といえば偶然だが。しかし銀次への哀悼の思いがまだあまりにも生々しく家族を包んでいた時だった。
 ところで亡き銀次は犬であっても家族の一員であった。父親が単身赴任する前の四人で暮らしていた頃、離婚寸前までいった夫婦仲。そのことからくる家族全体の冷え切ったムードが銀次の登場で一変した。仮面夫婦、仮面家族は銀次を介在として蘇生した。笑顔が戻った。銀次は五番目の家族となった。それにより、四人では家族になれなかった崎村家が、五人でなら家族になれた。つまり銀次はかけがえがなく、そして銀次が亡くなったあとも、四人は家族であり続け、胸に残ったものは銀次への感謝と追憶。
 だから。銀次の魂が姿を変えて登場したと思われた、思いたい、エイジを、即日に家族の一員として迎えたのは道理だった。エイジは、銀次の現身としてやってきた崎村家の二男。和也も、エイジのことを銀次の時同様に弟と見立ててかわいがってきたのだが。そのエイジが――。
「エイジが……。エイジが……」
 久美は泣いて泣いて、なかなか説明ができない。
「……見たら……、水面に浮いてたの。突然。銀色の……お腹……わーん!」
 久美はとうとう和也の胸に飛び込んだ。和也は久美の背中をなでながら涙を浮かべる。そして久美を静かにひきはがすと、墓のところへ行って土を掘り始めた。
「やっ……! お兄ちゃん何すんのよ! やめて!」
 和也は土の中から取り出したエイジを手のひらに乗せ、
「エイジ。お兄ちゃんは今帰ったぞ。ただいま」
と言って肌をなでた。銀色の体にはまだ光があり、しかし二度と自発的に動くことのない流線になっていた。久美も近寄って来て、エイジをそっとなでる。
「ごめんね。私がもっと早く異変に気づいてあげられたら……。ごめんね」
 それから三十分後。
 エイジをおさめた木箱を持って、和也は川のほとりに立っていた。そこは数時間前に和也が橋の上から見下ろしていた場所。そしてタイ焼きが飛び込んで川に戻っていったあたりだ。あれはエイジとの別れの前兆だったのだろうか。さらさらとざわざわと川音は激しい。
「おふくろおせーなー」
 和也はつぶやいて、しゃがみ込んでいる久美の背中を見つめた。
 あたりはずいぶんと暗くなっている。土手の桜の樹列は、暮れがたの帳の中で彩度も明度も落として潜んでいる。遠くの団地の窓は低空の星のように灯っている。
 久美は水際でうずくまり、何やら地面をいじっていた。その姿が賽(さい)の河原で石積みをする子供を思わせ、和也をいっそう沈ませる。だから手元の木箱のふたへ目を落として、その木目のすき間が刻々と翳(かげ)るのを見守った。
 やがて久美がふいに振り返って土手の方を見上げる。
「あ! お母さーん!」
 と立ち上がって久美が手を振る方向には、土手をひた走る母親の姿。母親は和也と久美に気づき、すぐさま斜面を降りてきた。
 母親は和也からの連絡で、外回りの営業先から緊急に駆けつけてきたのだ。エイジの死は母親にとっても決して聞き置くことのできない事件だった。
「足元、気をつけろよー」
 薄闇のせいで細かい起伏が見えにくくなっているので、母親に注意した途端。
「あっ! ああああ〜っ!」
 案の定母親は足をとられ、斜面をごろんごろんと転げ落ちてくる。
「キャー! お母さん!」
 久美が悲鳴を上げる。
 母親は泥と草だらけになって川のほとりにたどり着いた。
「……お待たせ」
 立ち上がって母親は照れくさそうに笑った。それを見て和也も久美も思わず吹き出した。
「だ、大丈夫?」
 和也が声をかけたが、母親の目はエイジがおさめられた木箱にすでに釘づけだ。
「……この中に……エイジが?」
 母親は体や顔の泥を払おうともせず、和也の方へと歩み寄る。和也は木箱のふたを開け、変わり果てたエイジの姿を見せてあげた。
「あああっ!」
 母親は叫びながら、木箱を和也の手から勢いよく奪い取った。そして木箱を抱きしめた母親の目に、鬼気迫る光が現れる。
「やめましょう和也! やっぱり庭に埋めましょうよ! その方がいつも近くにいてくれるようで嬉しいじゃない! 川に流しちゃうなんて絶対にダメ!」
 母親には、エイジを川に流して見送ることを伝えておいたのに、この段になって母親は急に抵抗を示した。
 和也は反論する。
「でも庭に埋めといたってどうせ微生物に分解されるだけだよ」
「そんな身もふたも無いこと言わないで!」
「身もふたもないって……別に……」
 言いかけた和也は母親の強気の眼差しに気圧される。母親は一歩も引かない構えだ。ならば、と和也も腹に力を入れて言い放つ。
「タイ焼きだって川に帰りたいんだ。ましてやエイジは……」
 母親につられて頭に血が昇ったせいか和也の論旨も説得力に欠けたが。
「エイジは人間です! 崎村家の次男です! 私がお腹を痛めて産んだ子です! あんたたちの好きにはさせませんから!」
 無理を通して道理を引っこめようとする母親のめちゃくちゃさには歯も立たない。
「お母さん。エイジは人間じゃないわ。犬よ。エイジは銀次の生まれ変わりなんだから、姿形がどうあろうと犬なのよ。お母さんも言ってたじゃない。エイジは銀次の生まれ変わりだって」
 久美は久美なりに噛み付いてくる。
「あら! ひれの生えてる犬なんかいる? 犬かきをしない犬なんかいる? 非科学的なこと言わないで!」
「は? お母さんの言ってる方がずっと非科学的だと思うけど?」
 久美が参戦すると母親は、今度は久美と争い始めた。
 二人の押し問答を清聴しつつ、腕を組んで木箱をじっと見つめる和也。
「エイジが水が好きなのは確かじゃん。それにエイジの世話をしてきたのは私だよ。私の意見を尊重してよ」
「あら。エイジが暮らしたのは崎村家よ。崎村家の庭に埋められるのが一番なの。それにあんたらをまとめて世話してきたのは誰かしら」
 母親と久美の口論は果てしなく、たぶん出口など無いほどに続きそうだった。見送る寸でのところで家族の意見が割れるなどとは予想外の出来事。さらさらとざわざわと川音は激しい。
「休みの日だって、水槽洗うのも手伝ってくれなかったじゃん。お母さんに意見する資格なんて無いよ」
「それ以前にエサやりを忘れてばっかりだったくせに、何言ってんのよ」
 このままではらちがあかない。
 亡骸に手荒なまねをしたいわけではなかった。
 が、家の庭で微生物に分解されるより、生まれて生きた水の中へ還してやるのがやっぱり筋だと。生まれて生きた町に帰った和也は思い――。母親の抱えている木箱の中へと勢いよく手を突っ込んだ。そしてエイジを素早く取り出す。母親と久美の口論がふっと途切れて、二人の視線がそんな和也に集まる。
 和也は川へと向かって、ワンツースリーの助走をつけた。「ちょっ……! 和也!」
 えい、と強行突破。
「成仏しろよ!」
 和也はエイジを遠く高く放り投げた。
「あ」
「あ」
 母親と久美の口があぜんと咲いた。
 遠くで一瞬、ダンプカーの警笛が爆ぜる。
 エイジは薄闇を裂き、弧を描いて飛んでいく。エイジの銀肌が遠くの灯を映して光り輝く。エイジが最期の最期に見せる輝きだった。
「「「エイジー!」」」
 三人の声は一つになった。
 ――手荒なまねをしてごめんな。そして今まで、ありがとう。
 別れの挨拶を心で述べた和也は自然と合掌していた。母親も久美も思わず知れず黙祷する。
 エイジが川へ飛び込んだあと、波紋はすぐさま崩れ散り、闇にまぎれて流れていった。

                       

                                (つづく)
2007/03/12(Mon)07:32:23 公開 /
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