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『真夜中の非常階段で』 作者:こーんぽたーじゅ / リアル・現代 未分類
全角4311文字
容量8622 bytes
原稿用紙約12.3枚
真夜中の非常階段で出会った男女の奇妙な物語。
 午前二時半。
 私は携帯電話で時間を確認する。もうここに居座って二時間になる。
 今日、医師の国家試験に三年連続で落ちてしまった。医師の夢は投げ捨てて、ふらふらっと立ち寄った居酒屋で酒をあおった。明日は二日酔いだろう。
 今、私が居座っているのは私が住む十階建て賃貸マンションの非常階段である。私はちょうど三階と四階の間のフロアにいる。
 この賃貸マンションは外見こそは古いが、部屋の中が綺麗であることや、駅から近いという好立地なのだ。我ながらいい家に住んでいると思う。
 普通、十階建てのマンションならエレベーターがあるはずだ。だが、このマンションにはエレベーターがない。いや、無いというよりは動いていないと言った方が正しいだろう。半年前に隣の県でこのマンションのエレベーターと同じタイプのエレベーターが事故を起こした。そのせいで人が一人亡くなったそうだ。そこで、同じタイプであるこのエレベーターは使用禁止となったのだ。
 階段で六階にある自室に行こうとしても、アルコールのせいで階段を上手く上がれない。だから途中で諦めた。すぐに踏み外してしまうのだ。でも、本当に踏み外したのは人生かもしれない。……笑えないジョークだ。
 明日からはどんな人生を送ろうか。この一年は医師になるために勉強に明け暮れて、彼氏を作る暇さえもなかった。以前はたくさんいたボーイフレンドも次第に連絡を絶った。
 そして、傷ついた私を慰めてくれるような人は誰もいない。友人もほとんどいない。父は私が生まれてすぐ事故で死んだ。だから私は父の姿は写真の中でしか見たことがない。写真の中の父はすごく男らしい人だった。母は五年前、癌でこの世を去った。私は母が癌で死んだとき、医者になることを決意したのだ。兄弟もいない。
 人生なんてどうでもよくなった。このまま、消息を絶って全国を放浪してしまいたい気分だった。というより、むしろ死んでしまいたい。
 今の私は抜け殻である。それも、蝉の抜け殻のような生命感に満ち溢れたものではない。魂だけが抜けてしまった生命感のない抜け殻である。
 この殺風景なコンクリートの壁と階段と、切れかかった照明に照らされた三と四の数字。三の横には下向きの矢印が、四の横には上向きの矢印が書かれてある。ならここは三・五階になるのだろう。三・五階の住人、私。……これまた笑えないジョークだ。
「あぁ、気持ち悪い」
 私は突然の吐き気に思わずうねり声を上げる。駄目だ、本当に吐きそうだ。だが、ここにぶちまけてしまったら大惨事だ。私は「うー」、ともう一度うねり声を上げて平静を保つようにする。

 しばらくうねっていると下の階からコツンコツンとドアをノックするような靴音が聞こえた。どうやら誰かが上がってくるようだ。しかしまたこんな真夜中に? おそらくどこかのサラリーマンだろう。おつかれさま、と心の中で呟く。
 コツンコツンという音は次第に大きくなる。そしてその音は徐々に私へと向かってくる。じっと、音の正体を待つように下の階を見下ろす。
 しばらく靴音が続いた後、それは正体を現した。
 男だ。それも中年の男である。
 疲れきったような表情の男は、ベージュのスーツを羽織っていた。そのお腹は丸々としていて、ズボンがきつそうだ。世に言うメタボリック・シンドロームである。顔も丸々としていて頭はうっすらと禿げかかっている。それに度のきつそうな眼鏡。
 その男は私を見るなり、顔を引きつらせて足を止めた。私が幽霊にでも見えたのだろうか。でも、幽霊と思われてもしょうがないかもしれない。長くのばした髪の毛はぐちゃぐちゃだし、酔ったせいで表情もおっかないだろう。それに、私は抜け殻である。
 私がこんばんは、と挨拶すると、その男はやっと目の前にいる女が幽霊ではないことに気付いたのか、再び階段を上がり始めた。
「だいじょうぶですか?」
 男は私を見て尋ねた。そんなに私は大丈夫そうに見えないだろうか。
「ええ……何とか。飲みすぎただけです」
 私は精一杯の笑顔で答えた。
「何でそこまで飲みすぎるんですか?」
 男は不思議そうな顔で尋ねた。鬱陶しいオッサンだ、と内心思った。こっちには言いたくもない事情があるというのに、何で言わなければならないんだ。
「ちょっと嫌なことがあって……」こう答えれば大抵の人間は気を使って立ち去ってくれるだろう、そう確信していた。
「恋人と別れたりしたんですか?」
 このオッサンは例外だった。空気読めよ。思わずため息が出てしまった。
「いえ、医師の国家試験に落ちたんです」あぁ、腹が立つ。
「それは残念でしたね。実は私、今日、会社をクビになってしまったんです」男はそういうと、私の横に座り込んだ。これで何かされたら警察を呼ぼう。
 私の横で男はゆっくりと語り始めた。
「小さな会社だったんですけどね、それなりに気に入っていたんです。会社のために尽くす毎日でした。なのに……」
 男は言葉を詰まらせて私の横で子供のように泣き始めた。
 私はこの男が煩わしくてたまらなかった。男が泣くなよ、それも女の前で。この男と付き合っていたら酔いも醒めてしまいそうだ。いや、それも好都合かもしれない。でも、我慢できない。
 私が立ち上がろうとした瞬間、男は涙を拭って話を続けた。
「クビになったんです。世間は景気回復だって言ってるくせに、全くじゃないですか。不条理ですよ」男はそう言うと、まためそめそと泣き始めた。
「本当に世の中は不条理ですよね、私もやるせない思いでいっぱいです」
 早くこの男を泣き止ませて立ち去ろう。帰ってもう一度飲みなおしとしよう。
「ありがとうございます。で、医者を何で目指していたんですか?」
 男はけろっと泣き止んでこちらを見た。妙にでかい目をしていて、その目は魔力を持っているようだった。
「母が癌で死んで、母みたいな人を助けたかったんです。マンガの中みたいな話でしょう? なれるはずもないのにね。今まで頑張っていた自分が馬鹿みたい。いっそのこと死んでしまいたい気分です」
 私はいつの間にか、この男に愚痴をこぼしていた。何でだろう。私はこの男が嫌で、早く立ち去りたいと思っているのに。
「いえいえ、馬鹿みたいじゃありませんよ。それって立派な親孝行です。私なんか一度も親孝行らしいことは出来ていません。実は私、莫大な借金を背負っているんです。それも三千万円ですよ。友人に連帯保証人になってくれと言われて、渋々了承したんですけど、その後その友人は失踪して私にその借金が降りかかってきたんです。私はお金がなかったものですから、両親が所有していた山を無断で売却しました。それで親父に、勘当されて。今でも借金は残っていて、利子を返すだけで精一杯なんです」男の声は涙ぐんでいた。そして何より声が凄まじかった。その声は、非常階段を突き抜けて近隣住民の耳へと届かんばかりの声だった。

 しばらく非常階段に沈黙が流れた。時が止まったような時間だった。男は黙り込んでしまって私の横でうずくまっている。
 やはり、この男は苦労人だ。私は思った。話を聞く限り、この男の人生には決して良いものではないように思える。ようやく回復しようとしている日本経済の中。世間では景気回復やプチバブルだといっている間に、この男にはその景気回復の恩恵も受けられずにひたむきに頑張っている。そして、逆境にぶつかってもそれを必死で乗り越えようとしている。この頑張る姿が連想させるのは『父親』という存在ではないだろうか、と思う。
 私は生まれてすぐに父親を亡くしているので父親という存在は漠然としかわからない。でもこの男からにじみ出る『父親』のオーラが私を不思議な気持ちにしているのだ。きっとこの男にも家庭があるのだろう。どんなに厳しくても頑張ってほしいと思う。
 すると突然沈黙を破るように男は立ち上がった。そして、スーツに付いた砂埃をはらい、私の方を見て、笑顔を作った。
「あなたはまだ若いんだから、夢を諦めるとか言っちゃ駄目だよ。立派なお医者さんになりなさい。それまで死ぬとか考えちゃ駄目だ。死んだらそれこそ親不孝者だ。私みたいな人間が言えるのはこれだけです」そういうと男は階段を上り始めた。
 やっぱり。この男の笑顔からは厳しくも優しい『父親』がにじみ出ている。
 私は温かい言葉を誰からもかけてもらえなかった。しかし、この見ず知らずの男はそんな私を温かい言葉で励ましてくれた。
 私は男の温かい言葉に胸がいっぱいになる。そしていつしか涙を流していた。試験に落ちたときの冷たい涙ではない、温かい涙だ。
「待ってください!」私は涙を堪えて男を引きとめた。感謝の気持ちを伝えたかったのだ。
 私の言葉に男は足を止めた。そして私の方を振り返る。
「ありがとうございます。それと、出来ればお名前とこのマンションのどこに住んでいるかを教えていただけませんか?」
「ヤマナカツトムです。『山』に真ん中の『中』に勉強の『勉』で山中勉。それと、私はこのマンションの住民じゃありません。隣町の一戸建てに妻と二人の子供と暮らしています」
 山中は私に微笑むと、踵を返して階段を上がっていった。靴音が耳の奥に響く。
 五分ほど過ぎただろうか、非常階段の扉が開閉するときの音が聞こえた。山中はどこかの階に辿り着いたようだ。
 ここで私に一つの疑問が浮かぶ。
 待てよ。山中はこのマンションの住民ではないのに何故、家から遠いこのマンションにいるのだ。誰かの家を訪ねるにしてもこの時間では遅すぎる。では、何故。
 ここで私は一つの結末が頭をよぎる。それは、あまりに残酷で凄惨な結末だった。私の頬を流れる涙の温度が変わる。鳥肌まで立ってきて、全身が震えだした。しかし山中の過去と、彼の今日の出来事、そして十階建てのこのマンションということから考えるとその結果しか出ないのだ。
――ドン。
 下で何かが地面にぶつかる音がした。石が落下したときのような音ではない。何かが軋みながら潰れていくような音。首筋に悪寒が走る。立ち上がろうとしても足がすくんで立ち上がれない。
 私の予想は確信に変わった。そう、山中はこのマンションのおそらく十階からから飛び降りたのだ。
 ふと、山中の言葉が頭に浮かぶ。
――夢を諦めるとか言っちゃ駄目だよ。立派なお医者さんになりなさい。それまで死ぬとか考えちゃ駄目だ。死んだらそれこそ親不孝者だ――
「死んだら駄目って言ったのはどっちなのよ……」
 私は固く冷たいコンクリートの上で泣き崩れた。


 <了>
2007/02/11(Sun)22:55:58 公開 / こーんぽたーじゅ
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■作者からのメッセージ
どうもです。今、書いている長編の合間に書いた作品です。当初、設定はエレベーターの中だったのですが非常階段ということにしました。

誤字脱字や内容の矛盾点の指摘、批判など、どんな感想でもお待ちしています。
最後に、読んでいただいた方々に心から感謝いたします。
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