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『言刃』 作者:銀 真 / ファンタジー 異世界
全角12364文字
容量24728 bytes
原稿用紙約40.3枚
言刃という名の魔法を行使出来るものを育てる、学校が当面の舞台。『無常の言葉屋』空音深夜と『道化の詐欺師』神無紫苑が織り成すファンタジー。
序幕



○○○
 


 言葉……それはそこの世界でも共通の意思伝達手段である。その手段により人は互いに自らの意思を伝えることが出来る。そして、言葉は同時に他人をも傷つける。これは周知の事実だ。あるとき、一人の人間が言葉によって相手の心ではなく相手の身体を傷つける術――所謂魔法に分類されるものと認識していただければ幸いだ――を編みだしたことで、言葉のあり方というのが一種の武器のように扱われるようになったのである。
 その編み出された術は『言刃(ことば)』と言われ、瞬く間に世界に広まった。獣の脅威にさらされ続けた辺境の村から、果ては各国の王にまで。誰もがその術の伝授を編み出したもの――今ではその人物は『始祖』と呼ばれている――にその『言刃』の教授を願った。彼は快く誰にでも教えたが、一つだけ条件をつけた。いや、条件というよりも……まさしく言刃の契約をさせた。
「……汝、人に属するものに危害を与える目的でこの術を使うこと無かれ。これ言刃の契約なり。今このときを以って言刃を使用し他人を傷つければ、それ即ち術者の死を意味する。ただし互いの技を競うための互いの同意に基づいた決闘はこの限りではない」
 それを聞いて、各国の王はそろって頭を悩ませた。もちろん、彼らはその術を戦争に利用できないかと考えていたからだ。逆に、辺境の村の人間は喜んだ。始祖は彼らにも術を快く教えたし、術の編み出し方も教えた。誰もが獣相手に自分の身が守れるようになったのである。



○○○



 そして、これはその始祖が言刃を広めて数百年後の世界を生きる者達の物語である。



○○○



『戦闘を宣言する』
 少年と少女二人の声が広いホールの中で響き渡る。
「さて、言葉の縛りはどうするんだい?」
 少年が少女に飄々と話しかける。随分と渋い掠れたような声。しかし、それはホールによく響いた。
「……束縛、拘束、殺」
 凛と響く声で少女は堂々と言い放った。まるで刃のような鋭さを秘めたソプラノヴォイス。うげっ、男が呻く。男は長めの前髪を掻き揚げた。
「俺の得意ジャンルばっかりなんだけど……」
「煩い。この変態めがっ!」
「……変態じゃなくてSなんだけどね」
 堂々と言い放つ男に少女が顔を紅くしながら言う。
「堂々とそういうふしだらな事を口にできるのが変態なんだ。クラスで噂になっているぞ」
「何?深夜(みよ)ちゃん妬いてるの!」
「ちっがーうっ! 貴様の脳は腐っているのか!?」
 怒りのため顔が赤くなっている深夜と呼ばれた少女を面白そうに見つめる男。彼は胸から懐中時計を取り出した。
「さて、深夜ちゃんで遊ぶのはこれくらいにして……そろそろ決勝戦始めないとね。深夜ちゃん、用意は良い?」
「無論だ。ところで紫苑(しおん)、お前こそ用意は良いんだな?」
 深呼吸を一つして、無表情を取り戻した深夜は背筋を伸ばす。ぴんと空気が張り詰めた。対して男……紫苑も少し猫背気味の背筋をただしはしないが、先程の飄々とした雰囲気はもう無い。数秒張り詰めた空気のまま世界が静止した。
「レディ、ゴッ」
 一人の人間の声が声を上げる。二人がいる舞台からは少し遠く離れているようだ。
暗き世界、照らす者、炎(くらきせかい、てらすもの、ほのお)……』
 深夜の口をついて出た言葉は、普通の言葉と何かが違っていた。誰に語りかけているかは分からない。しかしそれは誰でもない誰かへの語りかけだった。炎が彼女の言葉によって目の前に具現する。紫苑は口笛を一つ吹くと対抗するかのように低い声で囁き出す。
全てのものを育みし水よ、汝が慈悲、我を護る盾(すべてのものをはぐくみしみずよ、なんじがじあい、われをまもるたて)
 水が彼の眼前に具現する。そして、それは彼をすっぽり包み込んだ。水の壁である。深夜は彼の反応に笑みを一つ。紫苑は深夜の笑みにやる気のなさそうな半眼を見開いた。
其は光、光は雷、稲妻、汝、我が弓矢(そはひかり、ひかりはいかずち、いなづま、なんじ、わがゆみや)
 深夜の眼前に現れてた炎は太陽のように光を増していき、ふと掻き消えた。次に現れたのは紫苑の水の壁の上。稲妻が水の壁に向かって落ちた。
 これで、紫苑の壁は紫苑の動き自体を縛った。と深夜は結論付けて、次の言刃を考え始めた。
「あれ?何で紫苑先輩、水の壁を取り除かないの?」
 ホールからそんな声が上がる。よくよく見ると、大人数がホールには詰め込まれており誰もが息を殺して二人の対戦を見つめている。ほぼ全員が十代の少年少女たちだが、二十歳を超えた人々も十人ほどは控えていた。つまり、二人はこのホールのセンターの円形の舞台で戦っているのだ。深夜も紫苑も互いに舞台ぎりぎりのところに立っている。
「……もう、あの壁には深夜先輩の言刃が干渉してるから、紫苑先輩の魔力でアレを戻すことは不可能なのよ」
 ちゃんと勉強しなさいよね。溜息をつきながら、そう説明したのは一人の少女。
「へえ……」
 質問をした少女が感心する様を見て、説明した少女はまた溜息一つ。
「生徒番号、27.空音深夜(そらねみよ)無常の言葉屋(むじょうのことばや)』と生徒番号、7.神無紫苑(かみなししおん)道化の詐欺師(どうけのさぎし)』。この二人の戦いを見てる奴らを邪魔したらあたしら明日から村八分だからね」
「……き、気をつけまーす」
我が意思に従い道を開け水よ、汝が力、我を助ける糧とならん(わがいしにしたがいみちをひらけみずよ、なんじがちから、われをたすけるかてとならん)
 深夜は意外そうな顔をした。あの水の壁は自分の言刃と紫苑の言刃によって成りたっているため、彼一人の力ではあれから出るのは無理である。そんなことも分からんのか。そう思い、しかし警戒を解かない。何かある。彼女の第6感はそう告げていた。
 彼女が考え込むときの癖でつい俯き気味になった瞬間、彼女は見た舞台の端にある何かを。
「しまっ!」
 口にして、慌てて先程の言刃を解除する。
 そう、水の道は確かに出来ていた。細く長い水のロープ。それは紫苑から、円形状の舞台の端をつたい彼女のすぐ傍まで迫っていた。雷の言刃を解除しなければ、今頃感電していただろう。
「気づかれちゃったねえ」
「考えたものだな。壁に道を開けるのかと思ったが……これも確かに水が通る道だ。危うくペテンにかけられるところだった」
「深夜ちゃんの連鎖させた言葉も危なかったと思うんだけど……」
「たわけ。攻撃こそ最大の防御だ」
「二人とも、試合を再開しなさい! また、このままでは試合が長引きそうなので、この試合に限り縛りを無くします」
「……げ」
「もっと女の子らしい抗議の仕方しようよ」
 煩い。深夜はそう呟いて、紫苑の動きを待った。
人を現世につなげる因果の鎖、束縛するもの、我が呼び声に応えて踊れ(ひとをげんせにつなげるいんがのくさり、そくばくするもの、わがよびごえにこたえておどれ)
鎖が具現する。会場の中からおおっと驚きの声が上がる。
「ちょ、嘘!?」
先ほど質問をした少女がまた隣の子に問いかけようとした。
「先に言っておくけど、あれは現実だからね」
「でも、でも」
「本当はあの手の人工的なものを具現化するなんて不可能なんだけど……って言いたいんでしょう?」
質問をした少女が頷く。
「アレは紫苑先輩独特なのよ。人を世界につなぐ鎖を具現しているんですって」
「?」
「私もいまいちあの二人の概念は理解できないから聞かないでね」
首をかしげる質問者に回答者は答えられなかった。
つまり、言刃というのは概念に基づいて行使されるらしい。
我が心、揺らがざるもの、曲がらざるもの、我が呼び声、応えよ、刃(わがこころ、ゆらがざるもの、まがらざるもの、わがよびごえ、こたえよ、やいば)
そして、彼らの言刃合戦は続いた。



○○○



「なあな、昨日の『無常の言葉屋』と『道化の詐欺師』の決勝戦見たか!?」
「ああ、流石ここのトップのペアだけある」
「だよなぁ。でさ……」
 次の日、あの二人の対戦は学校中の話題となっていた。そう、彼らは学校と呼ばれる組織に属していたのだ。言刃という名の魔法を行使する言刃の使い手を育てるためのもので、学校と一般的には呼ばれている。
 そして、今日から彼らはまた新たなる学年に上がった。




第一幕




○○○



 始祖が言刃の存在に気付いたのはちょっとしたことがきっかけでした。



○○○



 朝早く人が少ない新しい教室――といっても、別に新築したわけではない。本日から自分の教室になるといった方の新しさである――に入った深夜は、席順をちらりと眺めて溜息一つ。彼女の名前の隣には「神無紫苑」の文字。彼女はもう一つこの世の終わりのような絶望に満ちたため息を落とす。
「おや? 深夜さん。そんなに深い溜息をついてどうなさったんです?」
「……(あきら)か」
「はい、彰です」
 にっこりと人好きのする笑み――深夜に言わせれば胡散臭い笑み――をうかべて気配無く深夜の横に立ったのは一人の男だった。開いているのか開いていないのかさっぱり分らない瞳。今日のファンタジー小説では脇役としてはおなじみの外見である。そして、昌もその類に外れず美少年であった。色素の薄いセピアの髪が彰の動きにあわせてさらりと揺れる。
「……お前の隣になるよりはましか」
「ああ、席ですか。ふふ、これであなたは3年連続神無君のお隣ですね」
「煩い」
 弓のような美しい眉を顰めて深夜は吐き出した。腰ほどの黒く長い髪を掻き揚げる様子は可愛らしいというよりは綺麗と形容するのが相応しい。不機嫌なのが玉に瑕ではあるが。
「まぁ、ここの席は成績順ですからね。仕方ないと諦めましょうよ。主席さん」
「……お前や紫苑が本気を出したら私は絶対に主席でいられないのだが?」
 不機嫌そうに続け彰をにらめつける深夜に、彰は肯定とも否定ともつかない笑みで答えた。彰が身長165に対し深夜の身長は159。根負けするのはまぁ、当然ながら深夜だった。彰を無視して、自分に割り当てられた席につく。
 深夜の後ろは女の子だった。ほっと、一息つく。去年も一昨年も深夜は主席の席で横は紫苑。後ろは二回とも男だった。あまり使用することが無いクラスといえど、同姓の方が話しやすいというのはあったので深夜は近くに女性とがいないかといつも気にしていたものだった。
 深夜は机に突っ伏している少女に声を掛ける。
「あの、はじめまして」
「……主席さーん。どーも」
 随分と、よく言えば穏やか悪く言えばどんくさい性格のようだった。だらだらした相手が苦手な深夜はうっと言葉につまる。暫し2人は見詰め合うも、少女は再び机に突っ伏した。
 い、いかん。そう心の中で呟いても深夜の口から言葉は紡がれない。少女の方はもうすでにすぅーっと幸せそうに寝息を立てていた。
「……深夜?」
「…………」
「何を不機嫌そうに……」
「……」
 不機嫌というか、悲しんでいるというか……一人の男が声を掛けてきて深夜の不機嫌度は更に上昇した。じとっと睨みつける。随分と無表情な男だった。
「何故私の周りには男しか居らんのだ?」
「……知るか」
「……私だって年頃の乙女だぞ! 親友と呼べる女子数人に囲まれて姦しく喋るというのが本来の役割ではないのか!?」
「……流石、言葉屋。『女子数人に囲まれて姦しく』上手い表現だ」
「誉めるな。そして話しかけるな」
「いや、そんなに克己(こっき)君をいじめなくてもいいんじゃないかい?」
「煩い。ふしだら紫苑が!」
「ふしだらって……昨日のふらちより酷くなって無いかい?」
 克己と呼ばれた男子生徒……外見的には相当に良い線を行くだろう。藍色の短髪と同色の瞳、そして高い背丈。女子の間では無愛想ながらもそこが良い。と熱烈なファンもいる。彼もまた深夜と紫苑と昌とは腐れ縁であった。
 その克己をいじめるというよりも、彼に対して八つ当たりをしていた深夜は紫苑の登場に優美な眉を顰めた。まあもちろん根っこの部分ではそれなりの信頼を紫苑に置いている――はずだが――。
「貴様の声と昨日の私に対する仕打ちのせいだ!!」
「昨日……だってアレは試合でしょ?」
「ほう、そうかそうか。試合でパートナーを鎖で拘束するのか己は! しかもうら若き乙女を拘束して今日は何の罪悪感も抱いてないと?」
「だって、深夜ちゃんだし」
 ねえ。と同意を求める紫苑にこくりと克己が頷いた。深夜の機嫌が更に悪くなっていくのが2人には手に取るように分った。
 深夜は……主席だが、所詮弄られキャラだった。
 因みに、深夜だけは気付いていなかったが……この教室の最前列を占める集団――もちろん夜魅たち主席から六席までだ――は物凄い美形揃いであった。深夜も例外ではない。
 紫苑も深夜にはふしだらだふらちだとか言われてしまっているが、彼も相当の美青年である。茶色がかった黒い眺めの髪にめんどくさそうに半分くらい閉じられた瞳。そして、彼の身体からいつも発せられるめんどくさそうな雰囲気。まぁ少し渋いというか深みのある顔なので、年齢より年上に見えるが……
 まぁ、何故こんな美形が揃ったかというと……全くの偶然というわけでもない。昔から、言刃を使いこなせる人間というのは総じて外見が良い者ばかりなのだ。なんというのだろうか……かといって外見があまり……という人間が言刃を使えないわけではない。そういう人間が言刃の使い手として名を馳せることもある。しかし、その類の人間も言刃の使い手として名を馳せる時は……外見が良いといわれるようになる。何があったというわけは無いだろうが……内面の変化が外面に影響を及ぼすというのだろうか?
 そう、言刃というのは内面が相当影響するものである。言葉で他人に伝えられない気持ちや心を言刃で他人に伝える――というか見せる――と一般的には言われる。
 つまり、言刃を使える人間は内面に――どういう形であれ――一本の筋が通っているのだ。



○○○



 そして、予鈴がなる。深夜たちが席に着いた。といっても、深夜の隣は紫苑でその隣は克己更に隣は彰。あまり話していた顔ぶれと変わらないのではあるが……要は気分の問題である。
 入ってきた教師は男だった。ま、また男……深夜ががっくりとうなだれた。なんというか、担任でもいいから女の人とお近づきになりたい。そう思っている深夜はある意味相当きているようだった。
「残念でした」
「……」
 がっくりとうなだれた深夜を見ていた紫苑が苦笑しながら言うと深夜はふいっと紫苑と反対方向を向いた。
「最前列は……まぁ例年通り美形が占めたのか。と、主席? どこを向いている?」
「……どこも向いてませんよ。世の中を儚んでいただけです」
 あさっての方向を向いている深夜を見咎めた教師が声を掛けた。すると真顔で悲壮な雰囲気を漂わせながら深夜は言った教師はそうか。と答えた。特に動揺はない。その光景が妙に面白く紫苑、克己、彰の三人は必死で笑いを堪え……クラスの人間も相当笑いを堪えていた。
「さて、新しいクラスで新しい学年だ。去年の成績を見て上から六人ずつ八クラスに振り分けたので知らない人間も多いかと思う。それでだ、本日この時間は自己紹介と共に一つ害のない言刃を見せてくれ」
 はて。クラス中の人間が内心で或いは実際に首を傾げた。自己紹介というのは例年通りだが、害のない言刃を見せろといわれたのは誰もが初めてである。
「……とりあえず、俺から紹介をするとしよう。これを基盤に皆も自己紹介をしてくれ」
「……」
「返事は無しか……やはり上級生になると、返事をだんだんしなくなるのだな」
 少し眉を顰めて哀しそうに言われては、生徒としては困るしかなくなる。深夜は澄んだよく通る声で、はいと返事をした。続けてクラスのそこらじゅうからはいと言う声が上がる。ただ、紫苑だけが返事をしなかった。
「ほぉ、お前等良い度胸をしているな。返事をだんだんしなくなるで返事のない否定を求めたとたん返事をしだすとは……」
 してやったりと、笑む教師。紫苑が笑う。嫌な二人組みだ。深夜はそう思った。
「……まぁ冗談はここまでにしよう。俺は、蓮看積(はすみせき)。二つ名は『確立の魔術師(かくりつのまじゅつし)』」
 『確立の魔術師』蓮看積。それを聞いたとたんクラス中がざわめいた。教師としては無名で誰もが始めてみる顔だったが、名だけは世間に知れ渡っている。言刃に少しでも関った経験のある人間ならば、その名を知らぬものはない。
 ごくり、誰かが生唾を飲み込んだ。静まり返ってしまった教室にその音だけが響く。誰もが彼の次の行動を真剣に見つめていた。
「そんなに見つめられると緊張するのだがな」
 全く緊張を感じさせない様子で、蓮看は呟いた。深く息を吸って吐く。息を吐き終わった後の雰囲気は先ほどまでの穏やかな様子は欠片もなかった。
焔の導き、火炎の演舞(ほむらのみちびきかえんのえんぶ)
 ぽぉっと薄く焔が数個浮かび上がる。鬼火のようにそれらが蓮見の周りを回った後蓮見はぱんっと手を叩いた。鬼火が突然変色する。周りの空気を構成する因子を操作したのまでは深夜にも分るが……しかしどうやればそういうことが出来るのかは分からない。深夜はあまり現実的な言刃――空気の中の水分を増やしたり、水の中で酸素を作ったり――が得意ではなかった。そういうのは、克己の得意分野だ。と心の中で呟いて、しかし蓮看の言刃に見蕩れた。
 紅色に全ての焔が統一される。すると、ぽんっと音を立てて焔がはじけた。
 自然と周りから拍手が沸き起こる。少し照れくさそうに蓮看は頭をかく。
 次は私か……どうするかな。そう思いながら立ち上がる深夜を蓮看は制した。
「これは出席番号が最後のものから始めてもらう。言っておくが猿真似は許可しないぞ」
 後ろの方の席から歓声が上がる。前のほうの席の人間は機嫌を悪くするかと思いきや、逆に楽しそうだった。おや、と蓮看は首を傾げた。てっきり前のほうの生徒の反感を買うと踏んでいたのだが……予想外だな。淡々と自らを分析する。
 深夜を始めとして、紫苑、克己、彰そして他の二人は随分と楽しそうに後ろを向いて次の自己紹介を待っている。彼等は言刃を純粋に愛しているのだろうな。そう思うと蓮看は自然と嬉しくなった。
 言刃を教えるものとしては純粋にそれを好いてくれる生徒がいるのが嬉しかったのだ。



○○○



 そして、とうとう順番が回ってきた。そう手前の6人である。6番目の生徒が立ち上がった。深夜が眼を見張る。今まで周りに気をとられて気付かなかったが、6番目の生徒は女子であった。深夜の眼が輝きだす。
「6番、霧咲三月(きりさきみつき)。二つ名は『三月兎の落とし子(さんがつうさぎのおとしご)』です」
 ぺこりと頭を下げる。三編みとメガネが印象的である。それでも野暮ったくは思わせず、清楚可憐な少女。そんな印象の少女だ。そして、もう一つ印象的なのは白に限りなく近い銀色の髪と紅い瞳。肌は深夜ほどでは無いが白い。顔のそばかすがチャームポイントといったところか。
 霧咲三月はどんな言刃を使うのか……深夜が興味津々といった風に見つめる……いや深夜だけではない、教室中のほぼ全員が注目していた。しかし、他の期待の眼差しを無視し、彼女はそのまま席に座る。
 蓮看が怪訝そうなまなざしを向ける。
「何か?」
「……忘れていないか?」
「いいえ、なにも」
 しれっと彼女は答えて、丸く大きいメガネを左手で直す。そして、担任である蓮看を睨みつけた。
「言刃は……子供の遊び道具に使っていいものではありません」
「そうだな」
「分っていらっしゃるのか、分っていらっしゃらないふりをしているのか……分りませんが、言刃は遊びのように気軽に使うものではありません」
「……それがお前の言刃に対するスタンスか」
「ええ」
 そうか。蓮看はそう呟いて。霧咲三月の自己紹介を終わらせようとした。しかし、それに対して彰が口を開いた。
「『始祖が言刃の存在に気付いたのはちょっとしたことがきっかけでした。目の前に泣いている幼児がいて、その幼児を笑わせる為に嘘をつこうと思いました。始祖は幼児に水があるよ。と言って器のようにした手を見せました。幼児は涙ながらに始祖を見上げました。始祖はもう一度、この手のひらに水があると思い込んで本当にここに水があるよ。と言いました。すると、始祖の手からは水があふれ出てきたのです。驚いて子供が泣き止みました。始祖も目を見開きました。次いで子供がすごーい! と笑みました。これが言刃の始まりです』……出展『創言記(そうげんき)』」
「だから、どうかしましたか?」
「言刃は……他人を傷つけるだけのものとは限りませんよ。兎さん?」
「……」
「言刃は本来ならば他人を笑ませる為にあるのです。それが言刃のはずだったんです」
 にっこりと、笑って言う彰。三月は唇を噛む。屈辱を絶えるように。そして、口を開いた。
「それでも……言刃による犯罪は増加傾向にあります」
「そうですね。でも、どこから犯罪の話が出てきたんですか?」
「……二人とも、そこまでだ。互いに互いの事情がある。こんな人の多い所での喧嘩は控えてくれ」
 二人が眼だけ笑ってない笑顔で喧嘩を始めそうな雰囲気の彰と三月をやっと蓮看が溜息を一つ落しながら止めに入る。
 すると、二人とも無言で席に着いた。ぎすぎすした雰囲気が教室内に充満する。
 そんな雰囲気のまま、深夜の順番まで回ってきてしまった。因みに、彰はあてつけとばかりに派手な言刃で皆をあっといわせ、克己は紫苑と共謀して天井に空を写して見せた。5番は理由あって欠席ということだ。
 すっと、深夜が立ち上がる。ざわざわとした雰囲気が一瞬で静寂に変わった。まるで、物音一つ無いような無音の世界。
「1番、空音深夜。字は『無常の言葉屋』」
 厳かにそう言い放つ深夜の雰囲気には、先ほどまでの弄られキャラのようなものは交じっていない。まるで、触れたら切れるような刃。言葉なのに、深夜の声を聞いたクラスメート達は言刃のように、思えた。
 長い付き合いの、紫苑、克己、彰の三人が息を呑む。深夜の本気は今まで見てきたが、今のこれは……深夜の今までの本気とはどこかが違った。
 思うところがあるのだろう。先ほどの、三月の発言に。すっと、深夜の黒曜石のような瞳が三月を射抜いた。まるで、虚無のような双眸に捉えられた三月は視線を逸らそうとするが、逸らせなかった。
原始、混沌、暗き世界……(げんし、こんとん、くらきせかい)
 朗々とさして大きくも無い彼女の声が教室内に響く。それは、言刃。一瞬で教室内が無に還る。流石に生徒達は、あわてて、立ち上がった。蓮看の眉間にも少し皺が寄っていた。
 それにも関らず、深夜は続ける。
生まれ出、炎、氷結、疾風(うまれいづる、ほむら、ひょうけつ、はやて)
 薄ぼんやり、深夜の頭上に炎が生まれあたりを照らす。雪のようなものが風にのって舞い踊る。誰かがほぅと溜息をついた。明かりには炎や言刃が主流のこの世界では雪をじーっと凝視するなどということはほぼしないと言っていい。
 ここまで、綺麗なものなんだ。誰かが、呟いた。
 炎の色が赤から蒼へ変化していく。真っ白い雪のようなものはふわふわと、風に揺られ……炎の色を受けて幻想的に輝く。
 誰もがその美しさから目を逸らせなかった。言刃は玩具ではないと言った三月ですらも。
 深夜は雪のようなものが地面につく直前に、指を鳴らす。俗に言う指パッチンだ。一瞬にして全ての言刃が無効化された。
 沈黙の中、深夜の後ろの席の少女――先ほど、深夜と話の途中で寝こけた少女だ――が随分と興奮したようすで立ち上がって拍手をする。連鎖するように我先にと他の生徒達も立ち上がり拍手を送る。蓮看も一本とられたという風に苦笑しながら手を叩いた。
「三月、言刃は……他人を傷つけることしか出来ないかもしれない。仕方あるまい、言刃は名の通り刃だ」
ただ、と深夜は続けた。いくらか苦笑気味に
「私は……もし、言刃で他人を笑ませられるなら、そういうことのために言刃を使いたい。これが、私のスタンスだ」
 まっすぐ、迷いの無い黒曜石の瞳と紅い三月の瞳がぶつかり合う。
 唐突に、三月が頭を下げた。
「……よろしくお願いしますね。これから……」
「こちらこそ」
 これが、友情の始まりだった。
 こうしてみると、随分と外見的に対照的な2人だ。白い三月に黒い深夜。
「でも、私は……やっぱりあのスタンスです。それは変わりません」
「む……」
「ただ、あなたのようなスタンスの存在を認めるのは……悪くないかもしれません」
「お前のスタンスも、認める価値があると思うさ」
 二人はそして、笑い合う。
「ふむ、二人だけで完結したところ悪いが……一つ言わせてもらおう。言刃に対してのスタンスは皆それぞれだ。1番の意見に賛成するものも居るし6番の意見に賛成するものも居る。はたまた、他の意見を持つ者達だって居る。誰が正しいということも無い代わりに、誰が間違っているということは無い。だから、言刃を使うに至って迷うことを恐れてはいけない。迷うなら迷いなさい。決してそれは悪いことではない。自分がこういう考え方なら言刃と付き合っていける。そんな考え方を皆見つけるように。これを以って俺の最初の授業としよう」
 そう上手くまとめて、笑む。このことを、この教師はこの授業で伝えたかったのか。誰もが気付いた。この異例な自己紹介の仕方についての意図に。そして、誰もがこの教師が担任になってよかったとこっそりと思った。気恥ずかしくて、本人に対して口にしたいとは誰も思わないだろうけど。
 随分と、波乱万丈な初日の授業だった。そして、この日は深夜が学校に来て始めて女友達が出来た日になった。



○○○



「さて、この後の授業だが……1〜6番までは演習だ」
「……げ」
「うわ」
「……」
 蓮看の発言に嫌そうな声が上がる。上から深夜、彰、三月である。三月は声は出していないが相当顔を顰めていた。もちろん、いまは授業中ではなく休み時間。深夜から三月までは蓮看に呼び出されていた。まぁ、もちろんこういうことを頼まれるだろうなぁと予想はしていたが、現実を突きつけられると辛いものがあるのだろう。
 克己と紫苑はあまり嫌そうには見えないが、内面はげっそりしているに違いない。なんと言っても誰も好きな者は居ない演習である。
演習というのはこの学校の特殊なシステムのうちの一つ、校外演習の略称である。この校外演習、どこが特殊かというと……生徒が雇われるのである。期間限定の雇用制度。
 この学園には、身寄りの無い人間が数多くいる。だから、将来世界に出ても傭兵のような存在でせめて生きる事だけでも出来るようにという学園の温厚。というのが表向きの理由。
「で、今回の仕事内容はどういうものなんですかね?」
「ランクか?」
「まあ。『確率の魔術師』さんの目算の方で」
「……俺の見立てか……ふむ、A級だろうな」
「で、学園からの通告ランクは?」
「E級」
 紫苑が溜息を一つ。こういう交渉術はあの無愛想な深夜とペアを組んでいれば自然と身につくものだ。我ながら、深夜ちゃんに振り回されっぱなしだねえ。と呆れてしまう。他の人間ならば振り回されることなど無いのに。
「学園さんはどうも俺達のことをよく思ってないみたいですねえ」
「……さてな」
 そんな紫苑の意図を知ってか知らずかふいっと蓮看は紫苑から視線を外す。
 2番か、去年のこいつ等の担任もこの2番に相当やり込められたらしい。扱い方を理解するまで関るのは危険。そう判断し蓮看は深夜に関連書類、及び使用許可が出ている言刃についての書類を押し付けた。
「失敗は、判っていると思うが許されない。しっかりとやって来い」
 不満げな顔をした5人を無視して蓮看は教室を出て行った。
 後に残された深夜たちはダルそうに寮に向かう。各々の武器やら防具やらを取ってこなくてはならないせいだ。
 途中で、女子寮と男子寮に寮が分かれるのだが……分かれる直前に紫苑が深夜に声を掛けた。
「書類、頂戴」
「ん」
 欠片の疑いも見せず、主席に預けられた書類を深夜は紫苑に渡す。それを失くしたりしたら厳罰ものなのだが……ある意味、彼等の信頼の証とも取れた。


2007/02/24(Sat)20:08:07 公開 / 銀 真
■この作品の著作権は銀 真さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ここまでお読みいただきありがとうございます。
第一幕第一話。
初めてのファンタジーということで、至らぬところも多々あるかとは思いますが……もしよろしければこれからもよろしくお願いします。
また、アドバイスなどございましたら……きつい言葉でも全く構いませんので是非教えてください。
2/8 名前と二つ名と言刃にルビをふりました。誤字も訂正。
2/24 第一幕第二話アップです。
この作品に対する感想 - 昇順
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