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『白妙の洞窟・後編』 作者:渡来人 / ファンタジー 未分類
全角25065.5文字
容量50131 bytes
原稿用紙約75.8枚
赤銅の髪と紅蓮の瞳を持つ青年ラウルと、その青年に付き纏う龍スルトの、果てない旅の物語。
 六つある大陸の中で、一番大きなリーヴル大陸の北東にある大陸であり、主に学業や芸術などの分野を中心に発展してきたアルベルト大陸。その北の海岸線沿いに在るこの町は、昔ながらの景色や家々が残る田舎町だ。特に、景色の方はその点の専門家達も絶賛するほどで、観光地ともなっている。
 だが、今日は生憎の雨模様で、この町の、遥か遠くまで透き通りこの星の果てを見渡せそうな蒼穹は見られない。赤銅の髪を持つ青年は宿屋のベッドのそばにある窓から見える海岸の景色を見ながら、青年は残念そうに嘆息した。心なしげか、海岸の岩にとまっている鳥の鳴き声も悲しそうだった。
 紅蓮の双眸でその様子を見て、青年は窓から離れベッドの上に寝転んだ。ぼふっ、と少し固めのベッドが青年の身体を包み込むように受け止める。心地よいベッドの感覚。
 この宿屋にチェックインして一晩過ごしたとき、質素な宿屋だが、サービスが行き届いていて別に不快な所は感じない、実に良い所に泊まったものだ、と少しだけ喜んだものだ。
 青年がこの港町へと訪れたのは、三日前の事だった。
 別に、特に理由は無い。というより、旅をしている時に町によるなんて事は特別な理由をつけてまですることでは無いだろう。精々、食料の補給とか、武具の調達とかその程度の事だ。……その程度、とはいっても重要なのだが。
 そんな旅の一部分、通過点でしかない。
 だから、もうこの町にとどまるのは今日までにしよう、と青年は心の中で決めていた。これ以上居ても、何も無いならば此処に留まる特別な理由など無いのだから。
 最後に、酒場でも寄ってこの町の思い出としておこう。いつまで頭の中に残るかは解らないけれど……残さないよりかはマシだろうから。
 青年は、そばに放っていたジャケットを手繰りよせ、白いTシャツの上に羽織る。そしてジーンズに全財産が入った財布を突っ込んで、青年は立ち上がった。
「スルト、スルト! ……居ないのか」
 何処をほっつき歩いてるんだか。
 青年は思いながら、扉を開けて階下へと降りる。そんな高級感溢れる宿屋ではない、むしろ質素な宿屋の木で出来た階段を一段一段踏みしめるように降りていく。カウンターに居た少女(恐らく店番を頼まれたのだろう)が、怪訝そうに此方を見てくるが、それを無視して外へと出る。
 雨粒が、土の地面に出来た水溜りを絶えずに撃っていく様を見ながら、青年は酒場へと向かった。
 ぐちゃり、ぐちゃりと地面がぬかるみ足を取る。
 幸い、酒場との距離が近かったので、そんなに濡れずには済んだ。
 焦げ茶色の木々で出来た、暗い感じの外見。その屋根には看板が在り、『ETERNAL NIGHT』とポップな字で書かれていた。
 泥がくっついて少し重くなった足を引きずるようにして酒場へと這入る。
 天井に暗めの電灯が吊るされた、少し薄暗い店内には紫煙が立ち込めていた。青年は別に気にした風もなく辺りを見回し、なにやら端の方で男達がカードをしているのを確認し、その席へと向かう。
 今日はツイてるな、という思いが浮かんだが一瞬で思考から消し去る。これから始まるのは、雑念を働かせてはいけないゲームだからだ。
「兄さん達、この席空いてるかい?」
 にこやかに言う青年を怪訝に見ながらも男達は席に座らせた。青年は笑顔のままで、店員を呼んで酒を頼む。そして、青年にもカードが配られていく。
 こういう席に座ったと言う事は、それはゲームに参加するという事を示している。勿論、『賭博』の事を指す。青年は自分からこの席に座ったので、つまり青年は何をされても文句はない、という訳だ。
 恐らく、男達のほうからすると絶好のカモが来た、と喜んでいるだろう、と青年は考える。
 ……ま、その油断はまだまだ持って貰いたいものだが。
 酒が届く。女性店員が怪訝な顔をしながら去っていくのを見て、ゲームはスタートした。
「兄ちゃん、旅人かい?」
 青年の向かって右に座っている、ガタイの良い黒のぼさぼさ頭の男が話しかける。青年は酒豪っぽいな、とイメージを固定した。
「ん、ああ、そうだね。三日前に此処に来たんだ、綺麗な町だな、此処は」
 話を合わせる。と、言ってもこれは青年が本当に思っている事だった。
「ああ、良かったら何日でも留まっていてくれ。此処から見える海は本当に素晴らしいし、空だって、今日は生憎の雨だがとても綺麗だからな」
 左隣のひょろっとした感じの男が言う。
 針金細工っぽいなコイツ。
「ま、結局は兄ちゃんが決める事だがな。チップ五枚」
 奥のサングラスをした男が言いながら、紙幣を五枚テーブルの真ん中に置いた。……レートは一枚につき百クローネか、安めのレートだな。でも十数回勝てば一週間は過ごせる金は貯まるだろう。だけど勝ちすぎてもアレだからな、気長に行くか。
 顔には出さないように手にある五枚のカードを見ていく。
 中々良い手だけど、こりゃ仕組まれた感じが強いな。
 青年は心の中で呟く。
 まず始めは良い手を送り、カモに、今日は自分にツキがあると思わせる。そしてある程度ゲームが進んだときに、死に手ばかりを回して金をむしりとっていく。カモにされた相手は自分にツキがあると思っているからだんだんと泥沼に嵌まっていく……そして最終的には抜け出せなくなり全財産さえも消えてしまう、という古典的な手段。
 賭博初心者にはよくある話だが……。
「オーケーかい、兄ちゃん」
「ああ、コール」
「んじゃ、ショウダウンだ」
 次々にカードをテーブルの上に並べていく。その中に今の青年の手に勝てるものは無かった。
 青年はカードを提示し、
「おっ、俺の勝ちか。悪いね、皆さん」
 素早くテーブル中央に重ねられた金を奪っていく。百クローネという八枚の紙幣が青年のポケットに収まり、にやりと笑う。それを見て、三者三様の表情を見せたが、その顔には余裕は消えない。まだ一回目だし、消えてもらっては困るのだが。カードが回収され、切られていきまた配られる。
 青年は五枚のカードを手に取り、男達に話しかける。
「そうだ、この町に不思議な場所とか、そういうのない?」
 青年が場に一枚のカードを捨てて、山札から同じ枚数だけ取る。
 このカードゲームのルールは単純だ。
 五枚のカードを一回だけ山札のカードと交換出来る(無論交換しない事も選べる)。そして、『役』というものを作りその強弱を競うというもの。
 しかし、このゲームは実に奥が深い。相手の顔色を窺い、ハッタリを掛け合う。時には役が出来ていないのに出来ている振りをして高額のチップを賭け相手を降参させたり、時には強い役だけどチップを控えるなど、駆け引きの連続だ。
 それ故に、このゲームで勝つには、どんな状況でも乱れない心と表情、そして駆け引きと勝負強さを身につけていなければならないという。
 因みに、今行われているのは、一応違法となっている賭博カードと呼ばれるもの。
 しかし、それほど厳しく取り締まっているわけでもないので酒場ならば何処でも行われているほど在り来たりな、日常的なゲームだ。
 青年の問いにガタイの良い男がカードを一枚捨て、山札からカードを取りながら答える。
「確か、この先の森に白く光る洞窟がある、ってのを聞いたことがある。チップ一枚」
 針金細工が続いて言う。
「おれも聞いたことあるな、それ。確か最近発見した奴が居るんだろ?」
 サングラスが呟く。
「確か、北東のらへんだったっけ。ま、信じる信じないは兄ちゃんの勝手だろうが」
 ふぅ、と青年は息を吐き、
「ありがとう」
 と感謝を述べる。そしてそのまま手札を見る。
 良い手が揃っている。恐らく今回も勝負に勝つだろう。
 ショウダウン、とガタイの良い男が宣言する。
 予想通りの展開だった。青年の二連勝。
 そして、三回目もそれが続く。
 だが、四回目以降は、回を重ねるごとに、一段階ずつ役のレベルが下がっていっているのが簡単に解った。
「いいかい、兄ちゃん」
 もう少し上手くやれよ。呆れながらも、しかし表情には出さずに青年は自身のカードを提示する。
「おっと、へへっ、今回はオレの勝ちみてぇだな。ツキが落ちてきたかい?」
「まだまださ」
 青年は諸手を挙げてまだまだ余裕だと表情で意思表示する。
「じゃあ、行こうか」
 仕掛けるか、これ以上調子に乗られても困るしな。
 先程勝った親の、ガタイの良い男がカードを配る。青年は配られたカードを見ながら、はぁ、と嘆息した。勿論、演技で、だ。その表情を見て、男達はしてやったりな表情を浮かべる。
 ……掛かった。
 あとは仕掛けるのみ……。
「んじゃ、俺からか。チップ三枚」
 親のガタイの良い男が言って、紙幣を三枚テーブルに放る。
「コール」
 サングラスが宣言する。
「チップ一枚」
 針金細工が小声で呟く。
「コール」
 そして青年が喋る。
「皆さんオーケーかい? じゃあショウダウンだ」
 青年がカードを提示したとき、その場の空気は一変した。ガタイが良い男の表情は驚愕を見せ、針金細工は一瞬にして青ざめた。そしてサングラスは表情こそ変えないものの、明らかに動揺しているのは見て取れる。
 それはそうだ。このカードゲームに置いて、最強の役、≪皇族≫の革命者、皇帝、女帝、側近兵、従者の組み合わせ。
 何故、それが青年の手にあるかなど、誰にも解らなかった。誰も、青年のイカサマをする所が見えなかった。
 見えないイカサマは、イカサマではない。
 全く誰が言ったのか、青年は思いながらもその人物へと感謝して、あくまで表情を崩さずに中央にある紙幣十枚をぱしっ、と奪い取る。その行動を呆けて見ていることしか出来ない三人に、青年はしらっと言いながらカードを集める。
「んー、ツキが戻ってきたっぽいね。さぁ、次いきましょー」
 カードを切りながら、三人の表情を窺う。
 ……マジモードだ、完璧に。身体から漂うオーラは既に此方を軽視しておらず、三人の双眸は赤銅色の髪を持つ青年を、完全なる強敵として見ていた。
 しかし、この今の状況は圧倒的に青年が有利だ。何故ならば、青年が今カードを持っているので、バレなければいくらでもイカサマが出来る。場の制圧権は青年にある。
 無論、青年はこの後もイカサマを続ける事だろう。そして、今の一戦で、青年のイカサマの技術は在り得ないほど上手だという事が解る。三人に止められる術は無いに等しい。
 いわゆる独壇場である。
 その事を考慮して、一気に青年は仕掛けたのだ。
「さーて、次はどうなるかな。ツキがまだこっちにあればいいけど……」
 恐らく男達は、何言ってんだこのイカサマ野郎、とでも思ってるのだろう。なんとでも言え、そっちもやってきたからおあいこだボケども。青年は心で呟きながら、カードを配っていく。針金細工が何かを呟いた気がするが、聞こえない事にしておいた。
 そして、一巡してカードを提示する。
 勿論青年の勝ちだった。
「悪いね、皆さん」
 そう言って、また紙幣をかっさらっていく。
「勿論、勝ち分を取り戻すまでやるよな?」
 青年の笑顔の挑発が、三人の神経を逆なでする。
 その後、もう其処には会話など存在せず、まるで荒野で対峙する四匹の獣のように、血なまぐさい空気のみが、酒場の中のこの青年達が座っている席には存在していた。お互いの喉笛をかっ喰らうために隙を窺う野獣達の戦いは、まだこれから始まったばかりなのであった。


 二時間後。
 結局は青年の一人勝ちに終わった。
 戦場跡、もといテーブルの上には男達の魂の抜けた抜け殻が横たわっていた。恐らく今、頭上に黒いローブを被って大鎌を振りかぶっている死神の幻覚でも見えているのではないだろうか。
 青年は、流石に可哀想に思い、ポケットから稼いだ金の半分をテーブルの上へと放り投げる。
 それを見て、青年との戦いで魂を抜かれた操り人形のようになっていた男達は、生気を取り戻した瞳で青年を見た。紙幣を指す指は震えている。
「ああ、情報代さ」
 にっこりと言って、青年はその席を後にする。
 その後、先程の席から悲鳴のような歓喜の声が上がったのは言うまでも無い。
 青年は微笑みながら扉を開けて、外へと出る。
 店内の紫煙が満ちた空気から開放された感覚を、青年は空気を吸って味わった。やっぱり、外の空気が一番だな、などと思いながら空を見る。
 雨は已んでいた。
 オレンジ色の空が其処には広がっている。ふぅ、と息を吐いて青年は歩を進める。
 多分、雨は已んだばっかりで、まだ水溜りがそこらじゅうに残っていて、地面もぐちゃぐちゃにぬかるんでいるけれど、こういうのも悪くは無いと、青年は構わずに宿と反対方向に下り坂を歩いていく。左右に連なる家々。昨日はかなり賑わっていたのに、今日に限って何故か人通りが少なく静かだ。
 雨だったのが原因だったのかもしれない。
 まぁ、その方が喧騒に包まれなくて楽だ……。
 青年は、右側の家々の間の通路へと這入っていく。狭くて、少し暗い道を十メートルほど行くと、其処には見渡す限り海岸が広がっていた。青年は堤防の合間の階段から、砂浜へと降り、砂の感触を自身の足で感じる。
 水平線に沈んでいく太陽は、赤々と燃えており、それはまるで青年の瞳のような紅蓮だった。空のオレンジ色は、太陽とは反対側からだんだんとダークブルーの空へと移り変わっていく。その境界線がなんとも美しく混ざり合い、糸を引いていく様は、絶景だった。
 ……百数十年前も、この景色は変わらなかったのだろうか。崩壊戦争と呼ばれる世界を巻き込んだ争いの最中も、この景色は今のように美しく煌いていたのだろうか。生きていた訳じゃないから、なんとも言えないけれど。
 ――崩壊戦争。それは当時オルトロス大陸を統べていたアルク皇帝が、世界に対して宣戦布告したのが始まりだったか。世界、つまりリーヴル、チュール、バーナ、ザイル、そしてアルベルト。この五つの大陸に向けて、戦争を仕掛けたのだ。
 オルトロス大陸は、そんなに力が在る大陸ではなかった。一番力を持っていたのはリーヴル大陸で、次いでチュール大陸だった。……アルベルト大陸は、その当時の最下の戦力だったと聞いている。……戦争を仕掛けた理由は今も定かではない。十数年に渡って、その争いは繰り広げられた。
 大きな、とても大きな破壊をもたらした。
 最終的に今もこの世界の中心となっているリーヴル大陸が勝利を収めたが、被害は甚大だった。様々な町が壊れ、崩れ、荒野と化した。沢山の人が死に、沢山の自然が汚染され、沢山の動物が息絶えた。
 だけど、その戦争が起こったことによって、魔術分野や科学分野などの技術が大きく発展したのも事実だ。
 ……戦争が在るから今の世の中もあるのかよ。
 実に皮肉だ。
 其処でラウルは考えるのを止めた。そんな事思ってたって、なにがどうなるってわけでもない。
 ふと、その空に一つの影を見つける。空を自由に飛び回る影。
 ……もしかして。
 その影は、一瞬止まったかと思うとまた移動を始めた――青年に向かって。ぐんぐんと影が青年へと降下していく。降下していくに連れて、露になっていく影の全身。
 可愛らしい、先の丸まった角。真ん丸な瞳が、ワニのぬいぐるみのような頭にくっついている。そして、身体を覆うのは群青色のふかふかそうな革。白銀が半楕円形に塗りつけられたような腹――全身がぬいぐるみのようだが……この姿から思い浮かぶ生物と言えば、一つしかいない。
 この世界の万物の頂点に立つ生物。
 人知を超え、その力は世界にまで影響を及ぼし、その気になれば人類など簡単に滅ぼす事の出来る生物。
 ――龍。
 それが今、青年の眼の前に存在している。在り得ない事だ。龍というのは、約二千から三千年の生涯を、多種族との接続を絶ちつつ暮らしていく、誇り高き種族だ。ましてや人間の前に現れるなど、学者から見れば、天文学的確率の現象が起こった! と狂喜乱舞さえ起こしそうな事態が、今此処に起こっている。
 ――だがしかし、世界に存在する龍という生物は、人間の十数倍の体躯を持ち、抑えきれない強大な力が、身体から溢れ出しているはずなのだが、この龍はむしろ人間より小さいし、そんな力など感じられない。
 全てを諸共含め、これは一体全体、どういう事なのだろうか?
 そして、青年は突然の龍の出現に慌てる事すらなく平然と突っ立ったままだ。普通の人間ならば、龍が出現した時点で逃げ出すか腰を抜かすかするはずなのに。……まぁ、この龍にそんな迫力が無いからかもしれないが。
 暫くの間、青年は眼前の宙に浮いた龍と対峙する。紅蓮の瞳と白銀の双眸の視線が交錯する。
 やがて、青年が呆れたように口を開く。
「スルト、お前何してんだよ」
 それに対し、龍――スルトは応答する。
『貴様こそ、何をしていた。ラウルよ。探したではないか』
「嘘付け」
 スルトが、青年――ラウルの肩へと留まる。およそ現実では在り得ないだろう光景なのだが、ラウルは動じるどころか、鬱陶しがっている。
「まぁ、今はそんな事どうでも良い。明日、この町を出るぞ」
 ラウルはそのまま、スルトの方を見ずに喋る。
『そうか。今度は何処へ行くのだ』
「ああ、三日通ってようやく酒場で仕入れた情報だが、森に光る洞窟があるらしい」
『其処へ行くというのか……もう、この町には戻らぬのだな』
「そういう事になるな」
 金をふんだくって、半分返したがそれでも一、二週間は暮らせるだけの金は在る。ならば、もう本当にこの町には用は無い。また、旅を続けるだけだ。
 ラウルは空を仰ぐ。
 太陽も沈み、世界はダークブルーへと染まりきった。青白い月の下弦が刃のように鋭く、全てを刻むナイフのようになっている。星々はきらきらと、月光とともに夜空を飾る。それらの光が海面で反射して、なんとも幻想的な風景を創り出している。
 ラウルは、思わず見蕩れて溜息を吐いた。
 明日には、この風景も見られなくなると思うと、少し名残惜しいが……。
 だからこそ、しっかりと見納めておこう。
 無言で佇む二人。
 やがて、その静寂を切り裂くように、軽々とした口調でラウルが口を開いた。
「んじゃまーもう一丁、旅でもしますかね」
 


 正式名称グリュンの森は、別に怪奇の森で近くに住んでいる人々が寄らないとか、そういう森では無い。寧ろ、町と町を繋ぐ重要な道となっている。……一部は、だが。
 その部分を除いた他は、猟師が狩りをしたり山菜などを採りにくる程度しか人が来なくて、あまり知られていない部分が多い。それ故に、今回の白く光る洞窟は今まで発見されてこなかったのだろう。お陰で、こうやって今現在探索できているのだが……。
 ラウルは、実にありがたいと思いながら木々の枝を折っていく。こうして、目印を残しておけば迷っても戻ってこられるのだ。……帰ってくる頃にその目印を見失わないという可能性は無きにしも非ずだが。ラウルは自身の中の不安要素を一挙に除去して探索を続ける。
 今の所の目標は北東。
 というか、これしか情報が無いから、この北東を頼りに探索していくしかないのだが。
 しかし……かれこれ二時間ほどこうしているのに、一向に見つかる気配がしないのはどういうことだ? ラウルは眼の前に垂れ下がったツタを引きちぎりながら考える。
 もしかして、方角を間違えているのか……? いや、その線は無い。ちゃんと、此処まで方位磁石で確認しながら来たのだ。今確認しても、ちゃんと北東の方角に進んでいる事がわかる。もう一つは、情報がガセだったという可能性。これも恐らく無いだろう。ちゃんと様々な人々に知られて、発見した人も居るという事だから、信じてもいいはず……。まぁ、どうせガセだったらガセだったで、日常茶飯事だから慣れたものだ。
 兎にも角にも、早い所見つけたいものだ。夜になったら、迂闊には動けなくなる。……もっとも、まだ太陽が天へと昇り始めた頃合だから、夜になるのはまだまだ先だろう。
 ならば、先は長い。
 ここらで一旦休憩を取った方がいいだろう。
「スルト」
 ラウルは、自分の右後方を飛んでいるスルトを呼んで、木の根元に座る。そして荷物の中から水筒を出して、水を口に含んだ。
『ラウル、疲れるのが速いのではないか? まだ二時間程度だろう?』
「適度に休憩を取ったほうがいい。モチベーションが何処まで続くかすらも解らんからな」
 パンを取り出し、齧って咀嚼する。
 たまには、こういう自然の中で食事をするというのも乙なものだ。空気は綺麗だし、景色は癒される。そよ風が吹くごとに枝々が揺れ、葉が擦れあい絶妙なハーモニーを奏でていく。木々というのは、自然界にある楽器だな、などとラウルは思った。
 しかも、こうして眼を瞑り、身を委ねていると自然と一体になった感覚に浸れる。なんとも言えない気分だ。
 ……なんか、もう洞窟なんてどうでもよくなってきた……。
 っと、それじゃあいけないか。
 苦笑して、再度パンを齧る。
『……ラウル。そう言えば訊いておきたい事があった』
 突然、宙に浮いているスルトが喋る。コイツが俺に質問するなんて珍しいかな、などと思いながらラウルはスルトを見た。
『貴様は、何故宝を求め旅をする?』
 一瞬の空白。
「俺がトレジャーハンターだから、って一番最初に言った気がするんだが?」
 わざとらしい微笑がラウルの顔に張り付く。スルトはその動作を見て、嘆息した。
『貴様が、話したくないのならばいい』
 気まずい沈黙が、あたりの空間に流れる。
 次に言葉を発したのはラウルだった。
「本当に、単純な理由なんだよ。人間ってのは、自分の幸せを……存在を感じられなきゃ生きてるって感じないモンなんだ。だから、色々試行錯誤をして、その存在を感じ取る術を見つける。友達を造ったり、仕事に就いたり、家庭を築いたり……それは人それぞれ違うものなんだと、俺は思ってる」
『それが……貴様の場合『宝探し』だったわけか?』
 ラウルは眼を瞑り、首を横に振る。
「……其処までは解らん。ただ、俺は今の生活に充実感を感じてるよ。生きてるって、ちゃんと感じてるよ」
 にっこりと微笑う。それはわざとらしく造り上げたものではなく、心の其処から、そう感じているからこそでる笑みだった。
 スルトはその笑顔を見て、ラウルに気付かれないように微笑し、話の軌道を元へと戻す。
 そんな時、スルトが辺りを見回しながら呟いた。
『妙な魔力の波動を感じる。此処からは気をつけて進んだほうがいいかもしれんぞ、ラウル』
「ふむ……まぁしかし、そういう所にお宝は多いという。その妙な気配に向かえば辿り着くかもな」
 と、いう事でその気配を辿ってくれ。
 ラウルはそう言って水を口に含み、立ち上がる。

 と同時に腰のベルトに引っ掛けているホルスターから拳銃を取り出してスルトに向かって発砲した。

 銃声とともに硝煙が銃口から立ち上る。スルトも何が来るか解っていたように回避し、その銃弾は枝々の影に隠れていた『何か』に着弾した。ラウルは手応えを確認した刹那、荷物を引っ手繰るようにして持ち、スルトに向かって合図を出しながら北東へと進んでいく。ザッ、と足許にある落ち葉を踏み鳴らし、さらに加速していく。……スルトの言った妙な気配とはもしかしてアレの事なのか? そうであって欲しくないもんだ……などと青年は思いながら、先程発砲した場所から影が落ちてくるのを視認した。
 人では無いだろう、この森の中で人と会うということそれ自体が稀有だと思うし、もし人が居たとしても木に登って隙を窺うなんてことはしまい。ラウルは影の正体を予測する。……恐らく山狗か、それか猿。
 しっかし、俺も中々に不幸だな。
 などと暢気な思考を働かせながら、かちり、と銃の撃鉄を起こし、そのまま動かない影へと狙いを定める。
 ――ラウルの拳銃は六発式リヴォルバー。銀色のボディが太陽の光を反射して艶やかに煌く。ラウルの愛銃とも言っていいもので、中古の武器屋で安めに購入したものだ。魔力加工(マナコーティング)もされていない旧式の銃だが、ラウルを魅了する何かがあったのだろう。
 実際、この銃はかなりの良品なのだが、それはラウルの知る由も無い。
 構えて数秒、影がのそりと起き上がる。
 影の正体は、猿だった。……無論、ただの猿ではないが。
 ラウルはすぅ、と息を吸い込んで一気に三回、引き金を引こうとする。
『ラウル、上だ!』
「――ちぃっ!」
 動作を中断して横っ飛び。瞬間、ラウルが立っていた位置に二匹の猿が着地する。
 一匹じゃねぇのか……!
 その二匹に向かって、片手だけで銃の引き金を引いて、発砲する。奇声が辺りに反響する。銃の反動が伝わり、一瞬よろけるがすぐに立て直して次の襲撃に備える。此処までくると、三匹だけで襲撃してきた考えにくい。恐らくあと数匹が息を潜めて此方に狙いを定めて殺そうとしているのかもしれない。
「スルト、一気に抜けるぞ」
『承知』
 スルトにそう言って、ラウルは呟く。
「我は纏う一陣の疾風(かぜ)」
 言い終わった後、ラウルの身体を中心にして、風が渦巻く。
 ラウルが呟いたのは、簡易詠唱と呼ばれる魔術。これは一般に、魔術の基礎の基礎となる魔術だ。
 ――魔術とは、簡単に言えば、想像を創造する力。自身の想像を、現実へと干渉させ創造する術。
 魔術にはある特定のキーワードというものがある。
 これは、そのキーワードと最低限の詠唱によって発動する魔術だ。
 この魔術の最大の利点は、自身の想像を簡単に反映させる事ができるという事にある。しかし、それ故に短所も在る。それはどうしても魔術の威力が低くなってしまうという事。
 何故か。
 詠唱というものは、自身の想像を固定し現実へと干渉させるものだ。大抵はその時間が長ければ長いほど、自身の想像をより細密に、細かい部分まで想像を固定し現実に干渉させる事が出来る為、威力や効果がより増加するというのが普通だ。……中には例外があるが。
 それに対し、簡易詠唱は手軽に発動できる反面、詠唱が短い。
 だから、威力が低くなるのも当然と言えば当然である。
 上方から、何かが来る気配を察知する。
 ラウルは反射的に手を上へと翳す。すると、その部分に風が集って、まるで楯の如く機能した。ぱん、という音と共に何かは弾け飛ぶ。小石だった。
 フェイント……?!
 刹那後、鋭い痛みが左の足に奔る。すぐさま見ると、猿が爪を立て、噛み付いていた。足にしがみ付いている猿を背後の木の幹に思い切り回し蹴りする事によってぶつける。気持ちの悪い嗚咽が漏れて、猿は足から離れ地面へと倒れた。
 注意一秒怪我一生ってか?
 ラウルは場違いなまでに暢気な考えを頭の中に浮かべる。
「こいつら頭良いな畜生」
『ちっ、傷を負ったのか。莫迦が』
「軽傷だよ……つってもムカつく……」
 ぎり、と歯軋りをするラウル。
 その苛ついている様子をみたスルトは、慌てて制止する。
『よせ、無駄な魔力は遣うな!』
「解ってるよ」
 だが、このままじゃ此方がジリ貧になってしまう可能性が高い。
 何処かに逃げ込める所は……。
 ふと、正面を見ると、木々の合間から漏れる光があった。……もしかして、光る洞窟……? だとしたら、一石二鳥だな。逃げ込めるし、なにより目的の場所に着いたわけだ。だけど、違う可能性だって無くは無い。ラウルは少しの間逡巡する。が、すぐに結論は出た。
「スルト、行くぞ」
 そう言うと、ラウルは足の痛みなど気にせずに加速して、木々の合間へと飛び込んだ。地面へと着地した際に一回転して、銃口を背後へと向ける。猿達は木々の合間から恨めしそうに顔を出したまま、それ以上猿達は襲ってこなかった。だけど、ラウルはさらに用心して数秒間、その体勢を維持する。そして、さらに数秒経ち、襲ってこないと解ったときようやくその迎撃態勢を解いた。と、同時に緊張が緩んだのか、その場にへたりこむ。さっき少し走ったから、微妙に足も痛くなってきた。
 ラウルは座ったまま、後ろを見る。
「うわぉ。ビンゴ。俺って中々運が良い?」
 其処には、大きな岩がくり貫かれたような形で捜し求めていた光る洞窟が存在していた。
 変な入り口の形だった。
 岩が重なり合って、まるで鳥の嘴が開いているような形で、その上には、双眸を思わせる空洞があった。そして、なによりも異様な雰囲気が張り付いている。スルトが言った奇妙な気配とはこれの事だろうな、とラウルは確信めいた自信を持って思う。
 だが、こういう所にこそ、お宝は眠っているのだ。
 これまでの経験からそういう事は解っている。
 だけど……危険が多いのも確かなのだ。
 恐らく此処から先は、常に死が付きまとう。
『ラウルよ……』
「ああ、解ってるさ。覚悟なんざ、旅に出たときからしてる。……けど、やっぱ躊躇っちまうわな。実際にこういう所に来てみると」
『では、戻るか?』
「真逆(まさか)」
『よろしい』
 ラウルは、荷物の中から錠剤を二つ取り出し、口に放り込む。水で喉の奥に流す。そして、さらに包帯で傷口をぐるぐると巻いて、補強しておく。腰のホルスターから銃を取り出し、シリンダーから空薬莢を排出、そして順番に一つずつ確認しながら弾を込めていく。
 そして腹ごしらえ。
 腹が減っては戦は出来ぬ、って言うしな。ラウルは思いながら、パンを齧る。暫くは咀嚼音だけが森閑とした辺りに響く。
 その間に、入り口を見ていた。
 見れば見るほど、不気味だ。
 まるで、怪鳥が大口を開けて、光る洞窟というもの珍しい罠を仕掛けて、這入ってきたものを喰おうとしているみたいだ。……そんな場所に這入っていくのか。
 ……また、海見れるかな……。
 ラウルはちょっとだけ感傷に浸り、すぐさま止める。
 何自分が死ぬみたいな事考えてんだろう。
 首を横に振って、立ち上がる。
「行くぞ、スルト」
『承知』
 ラウルは立ち上がり、洞窟へと這入っていく。
 その後ろを、スルトがついていく。
 洞窟に這入って一番最初に解った事がある。
 どうやら、洞窟の奥が光っているのではなく、洞窟の岩肌が直接光っているらしい。しかも、まるで心臓の脈動のように、明滅を繰り返している。ゆっくりと、規則正しく。耳を澄ませば、洞窟全体から鼓動の音さえ聞こえてきそうなくらいに。まるで、この洞窟が生物のように感じられた。ラウルは思わず近寄って触れる。ひんやりとした岩肌の感覚。……そうだよな、生きてるはずがない。これはれっきとした鉱物なのだ。
 ……ん?
 ふと、ラウルの頭の中にある情報が浮かぶ。
 確か、こういう特徴の鉱物を、何処かで聞いたような気が……? もしかして……!
「白晶石(はくしょうせき)……?!」
 もし、本当に白晶石だったら、すっげぇ高値で売れるぞ!? ……じゃなくて。
 ……冗談、何故、こんな森にこんな希少価値の高い白晶石の塊があるのか。しかも、恐らくこれはかなり純度が高い。こんな物を自分の荷物にありったけ詰め込んで首都の市場にでも出せば、豪邸が一戸買える値段になるかもしれない。いや、やっぱりそれはないけれど、普通の家一戸は買える。確実に。
 いやはや。
 しかし……削って少し品質が悪くなってもこの純度だ、買う輩は大量にいる。オークションにでも出せば、相場の十倍ぐらいの値段で買う奴もいるかもしれない。そうすると自分はつまり大金持ちということになって毎日毎日優雅な生活が出来る訳だ超高級料理や自家用プールなどでバカンス気分になったり気分転換に夜の首都に出て娯楽や賭博に走ったり貴族の社交会に招待されてよっしゃー! な展開が待ち受けているわけだ。
 いいだろう、甘んじて受け入れようではないかその素晴らしき理想郷(ユートピア)を!
 …………。
 妄想に突っ走りすぎた思考を元へと戻す。
 ガッツポーズまでしていた自分が情けない。
 はぁ、と嘆息して、冷静さを取り戻す。
「気ィ取り直していくぞ、スルト」
『勝手に騒いでいたのは貴様ではないか』
「うっせ」
 ラウルはあざとく、足許に落ちている白晶石の欠片を拾って荷物の中へと入れ、洞窟の奥へ向かって歩き出した。


 洞窟の奥に進むにつれて、だんだんと体感温度が下がっていく。だけど、普通の洞窟みたいに奥へ進むほど暗くなっていくなんて事は無いから、足場を踏み外すとか思わぬ失敗をするとか、そういう事が無くて、その点はすこぶる安心だ。全く、白晶石はなんて便利なんだろう、などと思いながら進んでいく。
 今の所、分岐点は無い。
 恐らく、これからも見られないであろう。
 もっとも、これはラウルの勘であるが。
 罠の気配も、今の所無い。
 しかし……この洞窟は、異様に大気中の魔力(マナ)の濃度が濃い。まぁ、洞窟という所のマナ濃度は、高くなるのが常なのだが(奥の方に行くとマナの逃げ場所が無いため、どうしてもそうなる)、それにしてもこれはかなり濃い。……その方が、ラウルにとっても負担が軽くなって良いのだが……。
 もし、戦闘になった時に、大気中のマナ濃度はラウルのような魔術師にはとても重要だ。
 その濃度が濃ければ濃いほど、それほど魔力を消費せずに魔術行使出来るし、逆ならばしにくくなる。これは、マナが濃ければ、発動者の魔力を大気へと放出し、現実へと干渉させるのが容易になるからだ。
 ……まぁ、一番良いのは戦闘とかにならない事なんだけど……。そうもいかないだろうな。
 ラウルは歩を進める。
 ……だけど、なんだかこの白晶石、深部へと進むにつれて、だんだんと明滅が力強くなってきている気がする。……確か、これも白晶石の特徴の一つ、だったっけか?
 ラウルは頭の中で、自分が知っている限りの白晶石の情報を探し出す。
 そうだ、この鉱物は大きな魔力を持つ物質に近づくにつれ、その明滅をより大きく、より力強く発するとかどっかの本に書いてあった気がする。子供の頃に興味を持って、そういう地学とかの分野に首を突っ込んでいて良かったな、などと今更ながらに思う。今、現にこうして役に立っているわけだし……。知識というものは、いくら得ても無駄にはならないものでよかった、などとも思ったりする。
 で、だ。
 この情報が正しければ、この奥には相当のお宝が眠っているに違いない。
 期待は高まっていく。
 と、同じく不安も増大していく。
 ローリスクハイリターン、なんてこのラウルが踏み込んでいる世界にはそうそう無い。大抵ハイリスクハイリターン、もしくはハイリスクノーリターンが常だ。
 罠を超えるだけ超えて、何も無いとか洒落にもならないからな……。
 ふと、地面に落ちている白晶石に眼がいく。
 拾っとくか、と気軽な考えでそれを手に取る。
 ぐにゃ、と世界が歪んだ。
 マズイ……!
 慌てて壁に向かって手に持っていたそれを放り投げる。がしゃん、と砕けて散り、嫌な音が洞窟内に反響した。
 足許がふらつき、ラウルは息を荒げながら壁へと凭れる。しかしそれでもまだ足許が覚束ずへたりこんでしまう。……なんだ今の……くそっ、まだ頭がぐらぐらする……。
『ラウルッ、どうした?』
「解らん……強いて言うなら頭が痛い」
 ラウルは頭を抑えながら答える。スルトはその返答に、少し考えてからこう言った。
『記憶破壊(メモリーバースト)か』
 メモリーバースト。
 簡単に言えば、相手の脳内に膨大な量のデータを、相手の記憶容量の限界を超えても強制的に送り続け、無理遣りに精神を破壊させるというもの。精神崩壊した相手は、まさに魂を抜かれた人の殻のように生ける屍となる恐ろしい精神操作系の魔術だ。
「罠って解釈でよろしいかい?」
『巧妙な罠だな、貴様のような俗物が引っかかるという訳だ』
「はっは、殴っていい?」
 そんな場に不似合いな軽い口調で会話する。
 ……しかし、危なかった。あのままだと確実に自我崩壊を招いていただろう。こういう何気ない所にまで罠を仕掛けなくてもいいのに……っと、それじゃあ罠の意味が無いか。
 この先、どんな罠が待ち構えているか解らない。
 ならば、少しでも死ぬ確率を減らそう。
 眼を瞑って精神を研ぎ澄まし、自らに流れる魔力を外界へ向けて放出していく。それと平行して、詠唱によって想像を固定する。
「悠久の刻を流れる穏やかな西風よ 今一度此方に集いて我が命を聴け 我との契約に従いて 我に仇名す脅威から我を守り抜かん」
 風が、ラウルを包む。
 着ていたジャンパーやジーンズがばたばたと音を立て靡く。
 スルトはそれを少し離れて見ていたが、やがて自身の翼にも風が巻いているのが解り、微笑んだ。
「“Zephyrus providence(西風神の加護)”」
 ラウルが両手を下ろし、スルトに微笑む。 
 スルトはそれを見て、嘆息する。しかし、その動作には何処かラウルに対する感謝の気持ちさえ表れている気がする。
『我に対する気遣いなど無用だというのに』
「何をっ」
 ラウルが笑いながらふざけて殴る真似をしてみせる。
 スルトはそれを宙を旋回するだけで軽く躱した。
 空振った勢いで体勢が崩れる。
「っとっと………………!?」
 咄嗟に地面に手を突き出し、受身を取ろうとした刹那、手を突く予定だったその地面はまるで無かったかのようにその存在を消した。
 は?
 どういう事だよ、これ。
 意味が解らない、意味が解らない。
 存在していたものが無くなる? 在り得てたまるかよそんな事。
 ……取り合えず、この状況をどう打破すりゃいい?
 この魔術はあくまでも『迫り来る何か』から身を守るのであって、此方から向かっていく場合に対しては発動しない。つまり、この状況は対象外である。
 地面につくまで残りは恐らく一秒弱。
 魔術詠唱はこんな短時間で済まされるものではないし、回避するなんて自分の反応速度では不可能だと解っている。
 結論、無理。
「のわぁ!?」
『ラウルッ!』
 ラウルの視界が真っ暗闇へと落ちていく。
 深く深く深く深く深く深く。
 深淵へと。


 と、思ったらそう深くなかった。
 落ちてくるときに多少岩とかで身体をぶつけ、落下時の衝撃はさほどでもなかった。まぁ、一応何とか擦り傷とかだけで済んだようでなによりだ。
 だけど、取り合えず先程より深い所へ来たのは確かだろう。ラウルは座りながら辺りを見回す。
 暗い。
 さっきまでの明るさが嘘のようだ。
 ラウルは上を見上げる。
「……ん? ありゃ白晶石の光……」
 あそこから落ちてきたみたいだな。ラウルは冷静に状況を観察する。――どうやら、先程の洞窟はあそこまでだったみたいだ。洞窟に満ち満ちるマナによって幻影でも見せていたのだろう。……何処かで見たようなやり方だけど、まんまと一杯喰わされたわけか。
 嘆息する。
 …………?
 もう一個鎮痛剤使うことになるとは思わなかったけれど、しょうがねぇか。
 ラウルはもう一度、未練がましく嘆息して、荷物の中から錠剤を一つつまみ、口へと放る。そしてそれを噛み砕くと同時に荷物を明日の方向へと放り投げ、

 駆け出した。

 同時に先程までラウルが立っていた場所が轟音と共に破砕される。あと一瞬反応が遅れていたら、あの砕け散る岩の破片と同様に肉片が飛び散っていたであろう。その事を想像して、ぞくっ、と身体が震えるのを感じた。止まると同時に振り向いて、その攻撃してきた何かを見やる。
 暗い空間に、ぼうと輪郭が見える。
 ラウルの数倍の巨躯。
 そしてラウルの胴回りの二倍は誇るであろう腕。
 詳細までは見えないが……恐らくは破壊人形(ゴーレム)あたりか?
「っと……」
 顔面に飛礫が飛んでくる。しかしその飛礫は風の障壁によってラウルには届かない。
 この“Zephyrus providence”によって創られた障壁は、飛び道具程度ならば弾けるのだが、先程のような膂力に頼った一撃を受け止められるほど頑強ではないのが玉に瑕だ。
 がぎぎ、と鈍い音と砂煙をあげながら、二つの光を此方に向ける。
 文字通り眼光、かな。などとくだらない思考を働かせて、銃に手を伸ばす。
 すると突如、ゴーレムが両腕を上げ、咆哮する。
 ――オォォオォォォオオオオオッ!
 同時に洞窟全体が一挙に明るくなる。あまりにも突然に明るくなったので、暗順応していた瞳は耐え切れずに瞼を閉じてしまう。
 しまった……!
 それは一瞬。しかし、あまりにも致命的過ぎる一瞬。突然の事に反応出来ず、無防備になった一瞬。そして待ってましたと言わんばかりに、ゴーレムはその無骨な右腕を振り上げて、ラウルへと振り下ろす。大気が唸った。
「障壁解除、弾けろッ!」
 その岩の拳が届く直前にラウルは叫び、右真横へと弾け飛ぶ。
 ラウルは咄嗟に自分を守る障壁の風を、今度は跳躍するための推進力として遣い、自身の跳躍力と合わせて普段の数倍の飛距離と速さで飛び、迫り来る豪腕を回避したのだ。
 こういう時に機転と応用が利くってのがトレジャーハンターってヤツだな、などとラウルは自画自賛した。そして明順応したその瞳で、ゴーレムの方を見る。
「……こういう時にこそスルトに居て欲しかった」
 全身が燻った炭のような色をした岩で出来ており、そして恐らく硬化のルーン文字が書き込まれている。……物質に直接文字を書き込み、その文字を媒体として物質に術を掛けるルーン魔術ならば、納得は出来る。普通に魔術を掛けるより、内部から魔力を通すから、効果は普段の数倍に及ぶはずだ。じゃなければ、いくら幾ら堅い岩で出来ているのであろうともそう易々と岩盤をぶち抜けるものではない、というかぶち抜かれてたまるか。
 円柱上の頭部に、お飾り程度に二つの光が灯って、此方を見据えている。
 一撃喰らったら死ぬな、こりゃ。
 勝てるかは解らんが――全力で行かないと勝機は無いだろう。
「我は纏う一陣の疾風ッ!」
 簡易詠唱を発現する。風がラウルの身体の周りへと衣のようになって付き纏う。障壁としての性能は先程の方が高性能だが、此方の方が詠唱が速く済むし、なにより応用が利く。
 ラウルはホルスターから銃を取り出し、ゴーレムの頭部で光っている瞳へ向かって発砲する。どうせ、銃なんて効かないだろうけど、唯一岩で防御されていないあそこなら、確率はある。
 銃声。
 それは動き出そうとするゴーレムの瞳に見事に直撃したが全く効果が無いようで、怯む事無く右足を踏み出した。どすん、と地盤を一歩ずつ砕きながら、此方に近づいてくる。もうちょっと臆して欲しかった。まぁ、相手は感情も痛みも無い、ただのゴーレム。退く筈が無いのだけれど……。嘆息する。魔術戦闘になると、まだお宝を見つけてないのに魔力を消費してしまう。しかし、生半可な魔術で倒せそうな奴じゃないしなぁ……どかん、と一発決めるしか無いって事か。
 大きく息を吸い込んで、右手を熊手型にし一気に後ろへと引く。
 ――魔術師の戦闘は、どれだけ短い時間で詠唱を終了させ、そしてどれだけ短い時間で現実に干渉させるか、である。これの内、どちらかでも相手より遅ければその時点で詠唱を中止させ回避するか、または魔術を遅れながらにしろ相打ちにさせるか、回避しながら応戦するかの三択になる。勿論、回避しながら魔術を放つのが最善だ。しかし、低位魔術、若しくは中位魔術ならばまだしも、上位魔術となると、回避するのも困難となってくる。その状況下でそれが出来るのは戦闘慣れした魔術師だ。
 そして、ラウルは明らかに戦闘慣れした魔術師であった。
「大気よ!」
 魔力を右腕の触れている空間へと流し込み、準備を完了させると共に詠唱を開始する。
 同時に、風がラウルの右腕に巻きつくように発生した。それは今ラウルが発動している障壁とは違う風。
「極限まで圧縮せよ 我が紡ぎ織り成すは兇刃(やいば) 風よ集え収斂せよ 我が創り出すは万象を穿つ杖(じょう)」
 ゴーレムはラウルの右腕に集中する魔力と風を全く気にした風もなく突撃してくる。ラウルはそれに合わせて右へと回避、ゴーレムが通り過ぎ、此方を振り向くまでの時間に詠唱を進める。
「交わりて全てを薙ぎ滅する矛と為れ」
 間に合う……ッ。
 そう確信した瞬間ゴーレムの右腕が無くなっている事に気付く。……何処にやった? まさか……っ。ラウルは慌てて周りの空間を見回す。
 ……してやられた、突進はフェイクで本当は此方が狙いだったか。
 周りの空間、ラウルの四方八方全てを石の飛礫が覆っていた。
 そして――
「疾風(かぜ)の叫喚」
 ――飛礫は放たれた。しかし、その飛礫は風の障壁によって弾かれていく。
 同時に爆風がラウルの右腕より発生する。
「オォおオぉおォッ!」
 怒号と共に、その腕を右から左へと。
 ごっ。
 鈍い音が鳴り、衝撃がラウルの身体を奔り抜ける。……ちぃ、もう障壁が破られたかよ、頼りねぇ障壁だ。しかし、鎮痛剤で痛みは和らぐ、まだ、耐えれる。
 まだ、押していけるッ。
 ラウルはさらに右腕を動かす。
 十数発の被弾はもとより覚悟の上。
 さらに右腕を動かす。
 爆風は腕により描かれた線に沿って、邪魔する障害物を破砕し滅する矛と為り、壁を破砕しながらゴーレムへと向かっていく。その間にも飛礫はラウルの身体へと襲い掛かる。しかし、ラウルは多少怯みはするものの、右腕は止めない。破砕された岩は破片となって空を飛び回り、壁に一筋の道が形成されていく。そしてその道の終点は無論、ゴーレム。距離あと二十もない、十五、十、五――終わりだッ!
 がぎぃ、と。
 矛はゴーレムに当たる直前で何かに阻まれるように止まった。否、反発した、と言う方が正しいか。
 相反(フランリクト)!? 風と対になる属性魔術をぶつけて相殺してるのか?
 こっちの最大級魔術の一つ、しかも濃いマナ濃度下に於いて威力増加しているヤツを軽々とフランリクトするってどういう防御魔術なんだよッ。しかも硬化のルーン文字と併用してるし。在り得ねぇ、こんな高度なゴーレム創れるとか、そいつは魔法遣い一歩手前、もしかしたら魔法遣いじゃねぇか、とラウルは思う。
 ――魔法と魔術は似て非なる。
 魔法とは理の力や世界を均衡に保つための物理的束縛や精神的束縛などを簡単に破戒し、自由に世界を思うがままにする事さえ出来る危険で強力なものだ。つまり、遣い方によってはこの世界を根底から覆し創り変える事だって、不可能ではない。しかし、魔法を遣える者は特別な例を除き(とはいっても魔法遣いの存在が特別なのだが)、ある決められた血統にしか生まれない。ゆえにその血統の一族を『神に愛されし者達』と称する事が多い。そして、その全体を通して魔法遣いと呼ぶわけだ。
 その点、魔術というのは才ある者ならば、努力しだいで遣えるようになる、いわゆる努力の世界だ。魔法のようなモノではない。だがしかし、それは人が創り出した不安定なものであり、魔法のように世界の束縛を破るような事は出来得ない。
 ……くそがっ、このままじゃジリ貧だ。
 そして、飛礫は狙ったのか偶然なのかは知らないが、先程猿達に付けられた、足許の傷へと直撃した。
 ――ッ。
 一瞬だが、鋭い痛みが奔り、体勢が崩れる。
 傷口に直接……流石に鎮痛剤を飲んでるとは言え、傷口に直接当たったら、痛みを遮断しきれねぇッ。
 直後、ラウルの右腕を被っていた暴風が勢いを失くしていく。……集中が途切れたからかッ……。ちぃ、と舌打ちした。
 絶体絶命、ってやつか?
 そんな事を考えている間にも、飛礫は迫ってくる。その一つがラウルの額をぶち抜こうとしたとき。
 刹那、蒼の閃光がゴーレムの頭部を打ち砕いた。
「……ッ」
 そのおかげか、飛礫の速度が急激に低下し、なんとか避けれた。その他の宙に浮いている飛礫も、一つ、また一つと勢いを無くし地面へと落ちていく。最後の一つが落ちたとき、ラウルの膝が地面に着いた。その後、中空に浮いているスルトに向かっていき絶え絶えながらにも言葉を投げかける。
「あー、お前が速く来ないから苦戦した。ちょっと一発殴らせろ」
『巫山戯(ふざけ)るな。全く、我がどれだけ心配したか解っておらぬな? 兎角傷は無いのか?』
 ラウルは全身を見回し、触って確かめてから言う。
「幸いにも骨は折れてないみたいだ。我ながら頑丈だなぁ、惚れ惚れするよ」
 ただ、最後の一撃を避けれなかったら恐らく死んでいただろう。この程度で済んだのもこれ幸い。……悪運の強さは天下一品といった所か。スルトに感謝しつつ、ラウルは立ち上がる。そして一番最初に放り投げていた荷物の方を拾って、スルトへと歩み寄る。
 スルトははぁ、と嘆息しながらラウルに近づき、蒼白い光をラウルへと浴びせかけた。
「サンキュ。助かるよ」
 数秒間、その状態でいると、ラウルは先程まで何事も無かったように動き出す。さっきまで引き摺っていた脚も完全快復して、猿に噛まれた傷さえ見つからない。
 ……スルトに治癒能力があって助かるね。
 スルトに訊く限りでは、これは有機物無機物問わずに対象を本人の記憶の状態へと戻す、らしい。この本人というのは無論スルトの記憶では在るが。まぁ、早い話があらゆる怪我を治せるということだ。全く便利な龍だ。……だが、こんな事が出来るのも人智を超えた龍だからこそなのだが。
 腕を振り、手を開いて閉じてを繰り返して、完全に快復したかどうかを確かめながら、ラウルは問う。
「奇妙な気配はどこら辺からするんで?」
『あそこだな、あの微妙に光り方が違う壁だ』
 ……確かに、スルトが言う場所は、この部屋の壁の中で一つだけ光り方が強い。明滅が速く、一層煌きが増している気がする。ラウルはそれを確認して、近づいてその壁に手をつける。
「おぉおっ?」
 その手はいとも簡単に壁をすり抜け、ラウルはその勢いで顔面を地面にぶつけた。痛い、ひりひりする。次いでスルトがその壁を通り抜けてくる。
 ラウルは鼻を擦りながら、立ち上がり部屋を見回す。
 ……成程、コイツは確かに大層なモンだ。
 眼前の白晶石で出来た壁にはラウルの体躯の二倍はあるであろう、巨大な魔術陣が彫られていた。
「……今回はハズレか」
 ラウルは嘆息して言う。
 そうだよ、そうだった。お宝が待っていない事だってある事を忘れてた。
 ラウルは魔術陣をぐるり、と見回す。大きな円の内側に少しだけ小さな円を描きその隙間にビッチリとルーン文字。さらに六芒星をその中へと入れてそれぞれの三角形に呪紋、加えて中心には大きく一文字、何かの言語で描かれている。……かなり昔に作られてるな、これは。失われた七番目と二十二番目があると言う事はそういう事だろう。……魔法遣い一歩手前レベル、と言ったけど多分正解だな。
 しかし、これほどの遣い手となると世界でもそうそう居ないはずなんだけどなぁ……。現代でこのレベルに達しているモノは、リーヴル大陸の法皇直属機関の魔術師ぐらいか。
 それほどのモノを封印してるのか。
 ラウルの脳内で即座に思考が為される。
 戻るべきか、それとも戻らないべきか……。
 結論は一秒と掛からずに出た。
「スルト、帰ろう。こういうのは安置しとくに限る」
 中空に停止し、魔術陣を凝視しているスルトに言って、ラウルは先程すり抜けてきた場所を通ろうとする。だが、スルトはそれについていかずそのまま陣を見ていた。ラウルは少し不思議に思ってスルトの横へと移動し、陣を凝視する。コイツがこれだけ集中しているのならば、何かがあるのだろう。
 出来れば、お宝であればいいのだが。
 と、思ったが違うようだった。
『気付いたか、ラウルよ。この結界、破られかけている』
 その言葉に多少驚きながらも、魔術陣全体をもう一度舐めるように見回す。……成程、よくよく見れば、あちこちにボロが出てるな……封結界の内部の魔力が漏れ出してるのが解る。
 ……だけど、だからと言って正直打つ手が無い。
 ラウルはこの手の封結界は全くもっての専門外だし、下手に手を出したら逆に封結界の寿命を余計縮める事になりかねない。だからといって、このまま何もしないでいるのも良心が咎める。この奥にあるのが何だか知らないが、恐らく解き放たれたら大惨事になる事は予想出来るから。
 誰か世界最大のレベルを誇る法皇直属の封結界専門魔術師を呼んできてくれ。なんて言っても誰も来るわけ無いのだが。
 うーん、と悩んでいる所で、
 ――人の子よ。
 脳に直接響くような声が聴こえてきた。
 ラウルは驚いて後ずさり、スルトの方を見る。スルトはラウルを怪訝な視線で見ていた。……この声はスルトには聴こえてないのか。……ったく、誰だよこんな事をする奴は。と、言ってもこんな事をするのはこの場には一人(?)しか居ないだろうけど……。
 ――我輩は、結界に封じられている者だ。貴様に危害を加えることは出来ぬ、安心しろ。
 ……だろうと思った。ラウルは嘆息する。
 ――我輩は貴様に頼みがあるのだ。
『どうしたのだ、ラウルよ』
 ラウルが真剣な表情でその言葉を聞いていると、スルトが不思議に思ったのか訊いてくる。ラウルはそれに対して、人差し指を口に当てて、黙ってろ、と意思表示した。スルトはそれを見て頷き、ラウルの横へと移動する。
 で、何をして欲しいんだい? ラウルは心の中で呟いた。恐らく、相手は此方と思念を共有して、脳に直接話しかけているのだろう。ならば、此方からも何か話しかける事が出来るに違いない。
 ――我輩を此処から出してくれ。魔術陣を少し傷つけてくれればいい。なに、礼はする。だが、我輩が現世に出てから、だがな。
 一部? 全部ぶっ壊しても良いんだろ?
 ――寧ろ、その方が有り難い。我輩の力を遣わずに済むからな。
 解った。少し待っててくれ。
 ラウルは心の中で呟いて、背中に背負っていた荷物を探る。……確か、此処らへんに保存しておいたはずだが(保存というほど丁重に扱ってはいないけれど)……。こつ、と手に当たったモノを掴んで取り出す。それは鮮やかな紅の球体だった。それをスルトへと放り投げる。スルトは慌ててそれを両手で掴み、ラウルに怒りの眼差しを向けた。
『莫迦者がッ、今わざとやっただろう、わざとッ!』
「スルトを信じていたんだよ。きっと受け止めてくれると思ってた」
 飄々と言うラウルに、憤りを隠せぬスルト。
 そんな事気にせずにラウルは次の言葉を紡ぐ。
「とまぁ冗談はこれ位にして。お願いがある。『アレ』、魔術陣を破壊するぐらいでかい奴でやってくれ」
『……先程一回撃った。この状態では一回しか撃てぬという事を貴様は知っているはずでは?』
「だからそれを持たせたんだろうが」
 ラウルは球体を指さしながら言う。
 スルトはばつが悪そうに顔を歪めた。
 当たり前だろう。この紅色の球体は、『竜眼』と呼ばれる宝玉なのだ。
 別名、奇跡の宝玉と呼ばれるそれは、幾百年もの間、太陽と月の光を浴び続けることによりほぼ無限に近いだけの魔力を内包するという代物だ。何故、そんなものをラウルが持っているのかは、また別のお話。
「んじゃあ、よろしく頼む。くれぐれも、一撃で」
 スルトは渋々と言った感じに頷いた。
 スルトが大口を開ける。丁度、ワニが獲物を喰らう時に開けるような感じに似ている。尖った牙が剥き出しになる。ラウルはその後ろで傍観者のように突っ立っていた。にやにやと笑いながら。
 やがて、その口の先に蒼白の光球が現れる。そしてその周りを囲むに、これもまた蒼く光る魔術陣が現れた。その魔術人は幾重にも重なり、光球の周りを囲みながら回転していく。その都度、中の光球がだんだんと巨大化していく。
 先程はゴーレムをブッ倒す程度の一撃だったけれど(それでも充分凄いけど)……今度はもっと凄い一撃をお見舞いしてやれ、スルト。
 まだ、大きくなる。既にスルトの小さな体躯の倍以上になろうとしているのに、それでもさらに巨大になっていく。
 まだ、まだ、まだ。
 その光球は、壁に描かれている陣の大きさと同等になった程度で肥大化を止めた。
 ……スルトの光球の正体は、単なる無骨な魔力の塊。だが、龍の膨大な魔力を圧縮し、それを打ち出せば、その威力はまさに必殺。山一つ吹き飛ばすことさえ出来る。ましてや、この描かれた陣を破壊し、中に居るモノごと滅する事など……
 それこそ、造作も無い。
 ――莫迦なッ、約束が違うぞ人間ッ!
 脳に直接響く声。……コイツ、まだ思考共有断ってなかったのか。いい迷惑だ。
 ラウルは嘆息して、言う。
「誰が約束なんて守るか。封印されてる時点で人に害を及ぼすに決まってんだろ。そんな事も解らないようじゃ、まだまだだね」
 ふぅ、と一拍置く。
「んじゃ、消えてくれ」
 ラウルはとても爽やかに死の宣告を告げた。
 その言葉と共に、蒼の閃光が空間を包む――。


 がさがさ、という音と共に、木々の合間を縫うように森から出てくる青年が居た。赤銅の髪が鈍く、太陽の光を反射していた。その光が眩しいらしく、手を翳して光を遮る。
 ようやく、でれた……。
 青年は嘆息しながらその場所に座り込んだ。そして背中に背負っていた大きな荷物を地面へと降ろす。洞窟から出てからかれこれ、森を彷徨って二時間半。正直迷うとは思わなかった……。
 しかし、こうやって出れたんだからよしとしよう。
 では、さてさて。お宝は手に入らなかったけれど、それと同等のものは手に入れてきたわけだし、いくらになるか計算してみようかね。
 青年は荷物を開き、中身を漁り始めた。
 暫くしてがさり、とまた森から、今度は群青色の革を持った小さな龍が現れる。その龍が最初に見た光景は、うつ伏せに突っ伏してしくしく泣いている青年の姿だった。その手には黒ずんだ塊が握られている。
「……嘘だッ!」
 その姿を見て、何をやっているんだという風に龍は嘆息する。そして青年はその龍を見て、仰向けになり同時にその黒ずんだ塊を投擲する。それを首を曲げるだけで回避する龍。
「……俺の、財源が……大金持ちの夢が……」
 そのまま腕を顔に被せて泣き声で喋る。
 それはなんとも情けない様だった。
「忘れてたんだ……こんなはずじゃあ……」
『ラウル、貴様は今とても情けないぞ』
「解っとるわボケッ! しかし、これが泣かずに居られるか!」
 ラウルと呼ばれた青年は唐突に起き上がり、近くにあった荷物を持ってきて中身を龍へと見せる。其処には、先程投擲した黒ずんだ塊がたくさんあった。
『それはなんだ?』
「白晶石の成れの果て……」
 あー、と声を上げながら、青年は呟く。その顔は生気を失っていた。
 忘れてた。
 そう言えば、この白晶石は日光に極端に弱かったのだ。日光に当たると、その儚い明滅も無くなり、ただの黒ずんだ、なんの変哲も無い塊となってしまう。こうなってしまったら、もう元には戻せない。価値なんて最早無いに等しい。
 ラウルは死神に魂を抜かれた如く、捨てられた人形のようになっていた。
『ラウル、もうどうでもいいだろう。過ぎた事は水に流しされ』
「そう簡単に出来るかよ……だいたいスルトォッ! お前があんな威力で放つから!」
『貴様がそう言ったのだろうがッ。我の所為にするな』
「はっ、俺は魔術陣を破壊する程度って言ったんだ! 洞窟全体をぶっ壊せなんて言ってねぇ! 畜生、もう取りにいけねぇじゃねぇか!」
 そうなのだ。
 あの後、スルトの所為で洞窟の奥にさらにぽっかりと大穴が開いてしまい、その所為で洞窟全体のバランスが崩れ、崩壊が始まってしまったのだ。お陰で上から落ちてきた石や形状を変えた地面などに躓いたりぶつかったりしてまぁ実に痛かったことで。
 そしてなにより一番の痛手はもう白晶石が手に入れられなくなったことだ。……正直、また金が無くなったら取りに来て金でも稼いでやろうかと思っていたのに……。それもこれもどれも、スルトの所為他ならない。そう思うとまたふつふつと怒りが奥底から湧いてきたが、なんとかそれを鎮める。
 そしてはぁ、と意気消沈と嘆息して、ラウルは立ち上がった。
「あー、もう! イチイチ気にしてたら負けだ負け、やっぱこういうのは切り替えが肝心だからな」
 ぱしん、と拳をもう片方の掌で受け止め、空を仰いだ。
 そうだ、この黒ずんだ塊だって、何かの役に立つかもしれない。誰かが欲しいというかもしれない(まず在り得ないけど)。それにムカついた時とかに破壊して楽しめば、ストレスも発散できるし一石二鳥だ。やはりモノは考えようだな、とラウルは一人で頷いた。
 そんなラウルに、スルトはやれやれといった風に首を振る。
 そんなスルトに、ラウルは荷物の中からもう一つ、黒ずんだ塊を取り出して投げた。勿論、簡単に躱される。そして、スルトの背後の木に当たり、破砕音が響いた。
 ちょっとストレスが解消した。
「行くぞ、スルト。此処に居る意味も無いしな」
『解った……しかし、行く宛はあるのか?』
「ないよ」
 スルトが呆れたように黙る。
 予想してたけど。
 ラウルは背伸びをしながら思った。
 だが……。
 旅というのは、そういうものだろう。
 例えるならば、真っ白な地図の上に、自分が過ごした町や海や森や野原を描いていくものなのだから。それには、行き先など不必要。自分が行きたい方向に、自分が行きたい距離だけ、歩けばいいのだ。そうしていれば、何処かには辿り着く。そしてまた、その場所を、その過程を、その地図へと書き込むのだ。そうして地図は彩り鮮やかに描かれ、地図は無限に広がっていくだろう。
 
 そう、旅が終るまで。
2007/01/30(Tue)18:29:08 公開 / 渡来人
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■作者からのメッセージ
どうも初めまして、またはお久しぶりです。さらにあけましておめでとうございました(過去形)前回からもう一ヶ月ですね……すいません、書くの遅すぎでごめんなさい(土下座
最初に、この作品は『群青の守護神』という作品の続きという形になります。だけど、読まなくてもなんとか読めるのではないかと思います。……未熟で申し訳御座いません。
ともあれ、なんとか後半も投稿できて、なんとかやったかな、と達成感を味わっております。
だけどまだまだ未熟な部分はたくさん見られると思うので、皆様方が読んで思った事をそのまま書いてもらえればと思います。
こんな長い作品を、此処まで読んでくださった方々に最上級の感謝を込めて、本当に有難う御座いました。

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