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『コミュニケーションノイズ[T]』 作者:蒼惟諒牙 / ファンタジー アクション
全角18258.5文字
容量36517 bytes
原稿用紙約59.45枚
ヴェレニス王国首都郊外の町に住む青年リフ。彼は数年前に「ヴァンパイアの始祖」を名乗る男に噛まれ、吸血鬼にされそうになるが、友人の医師であるジェイドに抗体を打ち込まれて難を逃れる。そして現在。今もジェイドの元で、検診を続けているリフ。「もう吸血鬼と関わることなんて無いだろう」と思っていた矢先に、事件は起こった…。
[T‐T]赤い瞳と再会
 
 ヴァンパイア、と呼ばれている人型がいた。人より優れた知能や身体能力を持つ特殊な種族。しかし彼らは、その命を保つために人を狩った。各地で相次ぐ吸血鬼事件。繰り返される殺戮。

――――最早、地に積まれた其の亡骸は、人とも吸血鬼とも区別がつかぬものだった


黒陽暦・一四五年『現在』

 ヴェレニス王国。首都の郊外、此処は城下とはかけ離れた…場所。それでも城門の外にある町や村よりは、数百倍は安全だった。首都ともなると、町の護りは万全。城壁の中では、ヴァンパイアの脅威に晒される事はまず無かった。
 たとえそれが、王城から離れた郊外の町であっても…。

「はいよ。今回も異常なしだ」
 町の小さな診療所、診療室の中から其の声は聞こえた。
 書類が満載に積まれた机を背に、煙草をふかしている白衣の女性『ジェイド・カルロナ』ともう一人。
「だから、大丈夫だって言っただろう?」
 黒のジャケットを着た長髪の青年『リフ』
「な〜にが大丈夫、だ!この馬鹿たれ!」
「いたっ!」
 リフの言った台詞が気に入らなかったのかジェイドは、脳天に一発お見舞いしてやった。殴られた当の本人は抗議の目を向けるが、煙草の白い白煙でかき消されてしまった。
「ちょ、ジェイド!お前、仮にも医者だろう!いい加減煙草を…」
「あ〜はいはい。相変わらずリフは煩いね〜。アンタはアタシの姑かい?」
 最後まで聞かず煙を細く吐き出すと、悪態までついてきた。
「せめて換気しろ!換気を!」
 窓を指差し、主張するリフだったが。
「あら、換気なんてしたら書類が風に巻かれちゃうじゃない」と、窓の手前にある机の上を指した。
「だったら片付けろ!」とリフが言えば「片付けてくれるの?」とジェイド。其の会話はあまりにも不毛で、なかなか終わりが見えないものだった…。


「おや、ミリカちゃんお買い物かい?えらいねぇ〜」
 リフがジェイドと不毛な争いをしている頃、町の商店街で一人の少女が紙袋を抱えて歩いていた。
「うん。お兄ちゃん今日は検診の日だから、ミリカがお買い物なの」
 そう屈託の無い笑顔を向けるのは『ミリカ』という少女。そして彼女が言う『お兄ちゃん』とはリフの事である。
 おばさんに手を振り再び歩き出すミリカ。荷物の背が高く、前は辛うじて見えるだけだったが何とかころばずには居た…が。
「あっ」
 よろめいた拍子に、荷物の中から何かが一つ零れ落ちた。てーんと鞠の様に跳ねたそれは、そのまま路地へと続く坂をコロコロと転がっていった。
「まって〜」
 転がる其れを追いかけて、ミリカも路地へと入っていく。上手く荷物を抱えて、どんどんスピードを上げていく。ワンピースの裾がひらひらをうねっていた。
 坂の終わり目で其れは勢いよく跳ね上がり、路地の更に奥の闇の中に消えていった。
「あっ」
 一瞬そのまま追いかけることを躊躇したミリカだったが、結局足を止める事無く転がった其れを追いかけていった。
「(ごめんね、お兄ちゃん)」
 リフには『あまり路地には近づくな』と釘を刺されていただけに、多少の罪悪感はあったのだろう。心の中で、血の繋がらない兄に小さく謝った。


「すみませーん。モップって何処ですか〜」
 何をやっているのですかリフさん…って掃除です。
 何があったのか、リフは診察室の中を掃除している。ジャケットを脱ぎ、灰色の髪は邪魔にならないように、ポニーテールに結んで…。
「って…なんで俺がこんな事せにゃならんのじゃー!!」
 叫んでみたものの、やり始めたことを途中で投げ出すわけにはいかず、しぶしぶバケツの水にモップの先を突っ込んだ。乱暴にするものだから、バケツの周辺は水浸し。しかしリフは全く気にしなかった。
「どうせ後で拭くし…」
 そりゃそうだ。
「よう、どうだ?進んでるか?」
 ドアを開けて入ってきたジェイドは、バレッタで止めてあった金の髪を下ろしていた。両手には、湯気のたったコーヒーカップが二つ。其のうちの一つをリフに手渡した。
「ん、さんきゅ」
 モップに寄りかかり、コーヒーに口を付けるリフを見てジェイドは…。
「もう、二年になるのか。早いな」
「んぁ」
「何だ其の返事は、自分の事だぞ」
 自分の事に関して無頓着な彼は、自分が過去にヴァンパイアにされそうになった事すら半分忘れかけていた。
 吸血鬼の始祖と名乗るヴァンパイアに噛まれたのが、二年前の出来事。ミリカと出会う少し前の出来事だった。
「もしかしたら、お前は今此処に居なかったかもしれない」
「不吉なこと言うなって。マジで俺もヤバイと思ったよ、あの時は」
 
 生活費を稼ぐために運び屋の仕事を請け負って、城門の外に出た俺。
 丘を越えた辺りで、ボロボロのローブに身を包んだ男に会って…。
 それから、フードの隙間から見えた赤い目が、たまらなく怖くなった。
 人間の本能で『逃げろ!』と警告された、自分が自分にそう警告していた。
 だけど…逃げたくなかった、赤い目に慣れてしまって、それで…。

「襲われた」

 あの男は言っていた『私は吸血鬼の始まりだ』と。
 あの男はこうも言った『会いたかった。レリナ』と。

「分からないな、誰なんだその〜『レリナ』って奴」
「俺が知るか!」
 未だに謎を残したままの其の事件。混乱を避けるために、一般の市民には知らされていなかった。ただ一人、リフに抗体を打ち込んだジェイドを除いて…。 
 コンコン
「誰か来たぞ?」
「患者か?」
 しかし叩かれた扉は裏口のもの、何かを察知したジェイドはリフに目で合図を送った。リフもカップを置き、モップを構える。
「オイ、それモップだぞ…」
「モップって意外と強いぞ」
「あっそ」
 呆れ顔のジェイドを尻目に、モップを剣のように構えるリフ。さまにはなっているが、構えているのがモップじゃ…ねぇ。
「開けるぞ」
 ジェイドも、ベルトの後ろに刺していた銃を片手で構える。
「いつでもどーぞ」
 次第にドアを叩く音が強くなり、怒号まで聞こえ始めた。もう一度頷き合う。
「おら!貴様ら開けんか!!国王軍の命令だぞ!開けなければ即刻…」
「今、開けてやるよ!」
 バァン
 ドアを勢いよく開けたジェイドは、間髪いれずに先頭の兵の頭に鉛玉をぶち込んだ。
「貴様ァ!何をする!」
「オイ、大丈夫か?」
「ちっ。オイ、リフ!こいつらしっかり武装してるぞ!」
 ジェイドの言う通り、目の前の兵士達は鎧に身を包み、手には槍やら剣を構えていた。撃たれた兵士も弾が跳弾しただけで、なんら外傷は無かった。
「「手加減は、なしだ」」
 二人の言葉が重なった。
「っく、この二人を捕らえろ!!」
 隊長らしき男が、大声をあげた。其れを合図に一気に兵士達は、中になだれ込もうとするが…。
「アタシの城に、汚い足で入るんじゃないよ!!」
 ジェイドの後方に居たリフは、彼女の脇をすり抜け兵士達に突っ込んでゆく。狭いなかでモップを器用に扱う。頭と首の隙間に柄の先を差し入れ、上に持ち上げると…。
 ガシャン
「ああ!?」
「ナ〜イス、リフ」
 ジェイドは心底うれしそうだった。リフは次々に同じものを外してゆく。
「さぁ、アタシの銃の腕前見たい人〜」
 ニッコリ微笑んだジェイドだったが、背後にあった謎の黒いオーラに全員やられてしまった。次の瞬間には武器を持っている鎧はただ一人。
「武器を捨てて下さい。ジェイドがイキナリ発砲した事はお詫びしますので…」
「何で謝んのよ〜」
 子供のように抗議をするが、リフには無視されてしまった。
「流石に強いな」
 最後の男は、自ら頭の其れを外した。現れた茶髪の男はリフにとっても、ジェイドにとっても、見知った人物だった。
「っ、バルザック…お前…」
「生きてたのね」
「酷くない?ジェイド」
 顔見知りと知るや否や、一気に緊張の糸は切れた。
「ところで…」
「何?」
「何で部下を連れて襲撃なんてしたんだよ」
「あぁ、新兵の訓練もかねて…二人を吃驚させようと思って」
「「……」」
 『バルザック・アイリーズ』正直、友人でもよく分からない男である。
 バルザックは、二人に散々しごかれた兵達を解散させた後、自分も普段の軽装に戻り、本題に移った。
「はぁ!?」
「なんだそりゃ!?」
 バルザックの口から告げられたことは…。
 
『この町にヴァンパイアが入り込んだ』

「幸いそいつは、逃走中に多くの血を流している。捕まるのも時間の問題だろう」
 だから心配は要らないよ。と言われても、リフの不安は拭えなかった。何か、何かが…。
「やばっ、ミリカの奴買い物で外だ!」
「巡回中の兵達に捜させようか?」
「いや。自分で捜しに行く!」
 ミリカの事を思い出し、血相を変えるリフ。それだけ彼にとって、ミリカは大切な存在であり、たった一人の家族だった。
「お兄ちゃん!!」
 バンッ
「へ…ミリカ、無事だったのか。って何だ其の血は!?」
 飛び込んできた彼女のワンピースは、血で汚れていた。
「ミリカちゃん、どっか怪我でもしたのか?」
 そう尋ねるジェイドに、ミリカは首を横に振った。
「違うの、ミリカじゃなくて別の人のなの!お兄ちゃん、早く来て!助けて!」
「ちょ、ちょっとまて。まず、そいつは何処いるんだ」
 危機が迫ったような状態の彼女を宥めすかし、まず場所を尋ねるリフ。ミリカは、躊躇したようだったが、路地の更に奥でその人を見つけたことを告げた。
「ごめんなさい…」
 しゅんとする、ミリカの頭をリフは優しく撫ぜて微笑んだ。
「ジェイド、ミリカを頼む」
 しゃがんでいた彼はそう言うと、立ち上がって出口に向かった。
「リフ。死にかけのソイツ、もしかしたら…」
「分かってる、黒だったらちゃんと始末してくる」
「なら、いいよ。行っても」
 すれ違いざま、リフとバルザックはそう言葉を交わした。ジェイドには聞こえていたかも知れないが。ミリカには聞こえないように。
 後には、髪を結っていたものだけが残された。
 リフは、まだ恐れていた。あの赤い異形の目を、あの血によく似た紅の瞳を、まだ恐れていた。
 赤をベースに、縦に割れた鋭い瞳孔。象牙のような、美しいようで、異質なあの肌。
 拒絶するには十分な要素が既に、満ちていた。


 灰色の髪と瞳。いつも同じ黒のジャケット着ていて、練術に長けた青年がリフ。
 金髪金目の妖艶な美女。見た目の割りにずぼらで、それでいて優しい女性がジェイド。
 茶の髪と青の瞳。つかみどころが無くて、軍人にしては優しすぎるのがバルザック。
 彼らはいつも一緒だった。
 練術を生かし、何でも屋を営むリフ。秀でた技術を生かし、医者になったジェイド。国を牛耳ると言い、軍人になったバルザック。
 進む道も、生い立ちも、歳も、性別も、考え方も、出身地も違う彼らはいつも一緒だった。これからもそうでありたいと、切に願いたい。
「大丈夫だ、今は一人じゃない。大丈夫だ…。」
 ミリカが言っていた路地の更に奥を目指し、リフは沈みかけた日を背に疾走していた。
 正確な場所は、聞いていない。なのに、何故か足は正確な方向へと、リフを導いていた。何かに、呼び寄せられるように…。
 リフ自身、とても気味が悪かった。
 しばらく走っていると、ふと、鼻に付く鉛の臭い。直感的にリフは悟った。
「血だ!!それに、硝煙の臭いも…もう始まってるってわけか」
 吐き捨てるようにそう言うと、更に速度を上げる。
 近づけば近づくほど、血の臭いは濃くなってゆく。
 次第に耳にも、拳銃の発砲音が届くようになり、リフは耳を塞ぎたいと心から思った。それらに混じって、確かに人の断末魔が、届いたから…。
「くそっ」
 そして、滑るように角を曲がると…路地の更に奥に入る必要は無くなってしまっていた。
 目の前に奴がいたから。
 ミリカが助けてと叫んだ奴が。
 バルザックが殺せといった奴が。
 二人が言った奴が、同一人物かどうかは聞いていない。知らない。
 だけど、赤い瞳は目の前にいた。
 縦に割れた猫のような瞳孔をぎらつかせ、鋭い爪で、目の前に立ちふさがる軍人達を切り裂いてゆく。細い糸のように血飛沫が舞っていた。
「やめろ!!」
 軍人を切り裂いていた奴の目が、リフを捕らえた。
 其の瞬間、リフは後悔に後悔を繰り返していた。なぜ自分に注意を逸らしてしまったのだろう、と。後悔してもしきれない、もう腹を括るしかなかった。
 絞めていた襟首を投げ捨てると、名も知らぬヴァンパイアは、リフに向かって突進してきた。
 一瞬身を捩り逃げ出しそうになったリフだったが、自分が逃げ出せば標的は民間人に切り替わり、ジェイドやバルザック、ミリカまでも危険に晒してしまうことになる。だったら、自分の番で止めれば万事オッケー…。
「なんて、簡単にいくかな…」
 やや自嘲気味に笑ったリフは、突進してくる猛獣を迎え撃つべく、拳を構える。元々、武器を選ばないリフは、日頃から武器なんて常備してはいなかった。
 最も、民間人の武器の所持は基本的には違法行為で、拳銃を常に装備しているジェイドの方が少しばかりおかしい。銃を乱射する乱暴な女医の姿を思い出し、緊張気味だったリフの表情は少しだけ和らいだ。
 目を上げればすぐ其処に、敵は迫っていた。
 獰猛な爪を振りかざし、リフに襲い掛かる。体を逸らしかわすが、軌道を逸らしたそれは、リフを真っ直ぐ狙ってくる。
 掌底で相手の手首を弾き、更に軌道を逸らす。光を微かに反射したものに、リフは苦い顔をした。
 嫌でも思い知らされていた。ヴァンパイアというこの存在に、怯える自分の存在を…。
『情けない』リフは心の中でそう吐いた。
 鋭い五本の刃が槍のように空をきり、血の糸をひいた。
 僅かに切れた傷口からは、赤い血が、涙のように頬を伝う。リフは其れを袖で乱暴に拭った。
 対峙するヴァンパイアは、切り裂いた血を紅い舌で舐め、弧を描く口元をリフに向けた。其れとは対照的に、リフの顔は歪んでおり、弱気になっていた。
 やはり、武器なしでこんな猛獣に挑むのは無謀だった。
 軽装とはいえ、戦闘装備を整えた軍警察でも歯が立たなかった相手。
「(素手で勝てるわけが無い!!)」
 そんなことを考えながら、詰め寄る相手から逃げるように身を引くリフ。ふと、ブーツの踵に何かが当たる。落とした視線の先には、黒く光る銃身があった。其の傍らには、血を流して倒れている男が一人。更に視線を逸らすと、いくつもの肢体が転がっていた。
 だがその全てが、死んではいなかった……否、全て生きていた。深くそしてゆっくりと、胸や肩が上下に揺れていた。
「(こいつ、致命傷を避けてたのか…!?)」
 再び戻した視線の先の奴は、逆光を背に、ゆっくりと近づいていた。
 よく見れば、灰銀の髪をした吸血鬼はあまりにも弱弱しかった。獰猛に思えた其の瞳も、どこか寂しさや怯えを感じさせた。
「お前……」
 感傷に浸ってしまったリフは、戦闘態勢を解き、ゆっくりと相手に近づいた。
 名も知らぬ吸血鬼は、近づいてくるリフに対し何も仕掛けなかった。自分よりも少し低い相手を見下ろすだけ。
 リフも視線を上げ、相手の瞳を凝視する。
「!?」
 視線がかち合った瞬間に、リフの動きは完全に止まった。
「目が…」
 そう、目の前の人間を上から覗き込む其の瞳は赤くなかった。
薄く開かれた瞼の間から見えた眼球は、髪と同じ灰銀だった。瞳孔も、縦には割れておらず、人の丸いものだった。
「人間……なのかお前は」
「………」
 返事はなかった。
 返事の代わりのように、リフの頬に手を伸ばす。其の手には、もう鋭い刃はなかった。
 繊細な指先は、自らが傷つけた傷を辿った。其の瞬間、ヴァンパイアの顔は苦渋に満ちていた。何かに耐えるように…。
「おい…」
 傷に触れたまま、動かなくなってしまった相手に声を掛けるが、反応はない。どうする事もなく、リフも動かず…動けずその場で硬直していた。
 正直、目のやり場に困っていた。傷を見つめる吸血鬼は、とてつもない美貌の持ち主だったからだ。見慣れていないものを直視することなど、リフには出来なかった。
 視線を巡らせていると、ふと脳裏にバルザックが言っていた言葉が浮かぶ。『幸いそいつは、逃走中に多くの血を流している』と…。
「血…」
 目の前のそいつは、血を流してはいたが其れは『多く』とは言えない量だった。ミリカのスカートに付いていたぐらいの量…。
 バッと視線を上げると、目の前の男は、不思議そうにリフを見つめた。
「違う、のか?お前は、軍に追われていたのか?違うのか?」
 まくし立てる様に一気に言う。
 相手は無言のまま首を横に振った。
 その無言の返事を聞いたとたんに、リフは一気に安堵の息を吐いた。
 よかった、ミリカが言っていた奴とバルザックが言っていた奴はおそらく別人だ。目の前の奴が、前者の方…おそらくは。
「よかった」
二つの人物が被っていたら……と思うと、リフは胸を締め付けられた。ミリカが必死になって助けを懇願した奴を、もしかしたら殺さなければならなかったから。其れを考えると、心から別人でよかったと思えた。
では、目の前のコイツは一体何…?バルザックや軍が追っていた奴ではないのなら、また別の…。
「ヴァンパイア……か?」
 思わず口に出した問いを、意外にも一言も喋らなかった目の前の美丈夫が拾った。
「半分は」
「はい?半分?」
 耳に届いた其の声は、知的な深さをもっていた。
「半分はそう」
「半分……混血種か?」
「そう」
 深く頷く男は相変わらず、下を向いたまま。
「じゃあ、何で軍警察を襲ったか、教えてくれるか?」
「『怪しい奴だ、連行する!!抵抗はするな!!』といわれて銃を向けられた」
「……あ、そういうこと」
 軍警察の、あまりの横暴さに呆れかえってしまった。
 まぁ、確かにこの辺りでは見かけない奴だから、過剰に反応するのは分かるが、対処が乱暴すぎだ。
「自業自得って奴か…」
 苦笑いしながら、背後に転がる奴らを眺めた。当初の同情は、リフの中で削除された。
「さて、でアンタは何者?誰?」
 一気に冷めたリフは、投げやりに問いかける。
「旅を、していて」
 顔と声は一級品なわりに、口調は子供並み。
 吸血鬼との混血では、まともな教育も受けられなかったのだろう。
「此処についた」
「あ…そう」
 リフは其れしか言えなかった。あまりにも簡潔すぎだ…。
「まぁ、いいや。え〜っと、多分もう少しであいつ等の応援が来ると思うから、アンタは逃げた方がいいな」
 じゃあ、俺もさっさと逃げるから、と男に背を向け、ジェイドの診療所に向かおうとしたリフだったが。
「ん?」
 何かに引っかかるように、体が引きとめられた。右腕が付いてこない…。
「うん?」
 腕を辿ると、さっきまで向き合っていた美人さんがリフの腕を掴んでた。何か言いたそうな視線を加えて…。
「離せ!」
 怒鳴ったが効果はなく、腕はがっしりと掴まれたまま。上下に激しく振っても取れない。だんだんイライラしてきたリフは、相手の手に自分の手をかけ、引き剥がそうと奮闘する…が外れない。
「何なんだ!一体!!」
 男を睨んだが、リフは後悔してしまった。純粋な視線が自分を見ていたからだ。一瞬たじろいだリフは、このテの押しに弱かった。要するに、子供には甘い。
「うっ……」
 目の前の男は、子供とは言えなかったが、それに近いものがあった。
 純粋に誰かを求めること。リフやジェイドやバルザックが、とうの昔に無くした美徳。其れを目の前の男は持っていた、そうリフには感じられた。
 ミリカを拾った時も似たような状況だった。
 戦場にただ一人取り残された少女、あまりにも彼女は幼かった。小さな手で、リフの手を掴み離さず、一生に一度の我侭を聞いてと、ミリカの心に言われた。
 結局、彼女を連れて行くことで、救われたのはリフ自身だったのかもしれない。そのまま置き去りにしていけば、きっといつまでも罪悪感に苛まれそうだったから。
「あ〜、分かったよ!頼むからそんな顔すんな!」 
 苦手なんだ、とリフは掴まれていない方の手で顔を覆った。
「ほれ、分かったら其の手を離す!」
 意外にもアッサリと手は離され、気をとりなおして診療所に向かおうとしたが、リフはあることを思い出す。
 くるりと振り返り、男に向き直り口を開く。
「アンタ、名前は?」
「ジル」
「ん、ジルな。俺は…」
 リフの顔が一瞬曇った。心配そうにジルが覗き込むが、曇りは一気に消え失せ
「リフだ」
 何かを振り切ったようにそう名乗った。
「リフでいいのか?」
 一瞬の沈黙をどう解釈したのか、ジルは問いかける。
「そうだ、皆そうよんでる」
 あの始祖のヴァンパイアを除いて。
「分かった」
「じゃ、行くか」
 ジルは無言で頷いた。
 診療所に向かう途中リフは、得意の練術でジルの傷を癒していた。
 軽症とはいえ、ミリカに心配の上乗せはさせたくなかったリフは、着く前に傷を完全に塞いでしまった。ついでに自分の頬の切り傷も。
 其の様子を、ジルは物珍しそうに眺めていた。
「練術、見たことないのか?」
「ああ、初めて見る」
 自らを癒す光に触れたジルは、初めてリフの前で笑った。
 現在発動しているのは、風塵系練術<ウィド>ほんの初歩的な練術。
 練術には六つの属性がある、風塵系・水唱系・紅焔系・恵地系・蒼氷系・響雷系(ふうじんけい・すいしょうけい・こうえんけい・けいちけい・そうひょうけい・きょうらいけい)だ。
 リフは、蒼氷系・響雷系を得意とし、それぞれに反属性である紅焔系・恵地系は必然的に不得意。風塵系・水唱系に関しては、初歩的なものしか使えない。
 ちなみに、治癒系は風塵・水唱系にしかない。
 癒しを得意とするのは意外にもジェイドで、上級の治癒術を行使できる。その次には一体いくらふんだくられるか、分かったものではないが…。
「よし!終わり」
 治療が終わったと同時に<ウィド>の光を収束させ、立ち上がり再び歩き出す。高い位置からの殺気にも気付かないまま……。


[T‐U]それはまるで対曲の様に

 空を羽ばたく鳥は、其の両翼で自由に世界を飛び回る。
 空を見上げた人は、其れを見て追いかけるように地を駆ける。
 瞳に空を映す影のものは、憧れこそ抱くものの、叶わぬ夢だと目を逸らす。

 ――――たとえ、この命が灰となろうとも……

 路地を抜け、人が行き交う表の道に出たリフとジルは、真っ直ぐにジェイドの診療所を目指していた。
 道行く女性達はジルの美貌に振り返り、小さな悲鳴を上げたりしていた。だが、当の本人は全くの無関心。装っているだけなのか?とリフが尋ねると、興味が無い、と両断されてしまった。
「何で?男なら、女の子は好きだろう?」とリフが茶化すと、ジルは表情を歪め静かに言った。
「俺は人間じゃないからな……」
 地雷を踏んでしまった。リフは自分の馬鹿さに呆れた。
 混血、というのは、どの種族においてもはみ出しものだった。人にしても吸血鬼にしても、人狼、エルフ、鳥獣、竜人、この世界に数多存在するといわれているどの種族においても、それだけは全てに共通することだった。
「はぁ」
「どうした?行かないのか?」
 自分に呆れ、落ち込んでいるところにジルの顔が入り込む。
「ごめん」
「いいよ、慣れた」
 ジルはきれいな顔で、そう笑った。周囲の女性陣はざわめく。
「それに…」
「それに?」
「今はリフが一緒だから」
「………」
 もの凄い殺し文句。リフは無意識のうちに、顔を赤くしていた。そういうことは、女に言え!!心の中でそう叫んだ。しかし、本人に自覚は無いだろう。無垢な子供と同じだ、何も知らない真っ白な状態。
 リフには、ミリカやジルが羨ましかった。もう、自分にそんなことなんて言えなかった。
「じゃ、行くか」
 気を取り直して、二人で並んで歩き出す。端から見れば、年上であろうジルが年下の様で、リフも其の逆に見えた。
 灰と灰銀が並んで歩く、似ているようで似ていない二つの色は、それぞれに光を反射していた。
「リフ…」
「んあ?」
 唐突に、ジルの顔が強張る。瞳には、焦りと恐怖が入り混じっており、周囲に注意を注ぐ。
「ジル?どうし…」
 ドンッ
 何かに突然、全身を締め上げられた感覚に二人は襲われた。一瞬息が詰まり、目を見開くと、周囲から人は消えていた。リフとジルだけが、その場に立ち尽くしていた。
 金縛りが解けたように、ジルは周囲を見回す。
 リフの方は、ジルよりも状況を把握できているようで、目の前の一点を睨んでいた。
「何これ」
 何かの気配には気付いていたようだが、この世界で広く認知されている練術を知らなかったジルが、この状況を把握出来るはずも無かった。口をついて出てきたのは疑問の声。
「<干渉結界>だ」
 リフは、目を一点から逸らさないまま、ジルに言った。
 <干渉結界>とは、練術の隠れコマンドの様なもので、空間を歪め、特定の座標に存在するものを、術者の作り出した亜空間に引きずり込むというもの。
どの属性にも属さず、かつては、ヴェレニアとその敵国であるアイズリーンで共通の禁止法が定められたこともあった。互いに、国の重要人物の誘拐や殺害を恐れたのだろう…。
 最も、五年前の黒陽暦一四〇年の各軍の小競り合いが発端で、その法は破棄されてしまったが…。
 法の締結には、多くの労力と時間を費やしていたが、破棄には、さほど時間はかからなかった。元々、敵国同士と認知していた両国が、仲良く共通禁止法など…長くもつ、なんてありえなかったのだ。
「オイ!誰だ!出て来い!!」
 怒鳴るリフの目は、変わらず一点を凝視していた。
「気配には、気付かなかったのに。練術に関しては強いのね」
 ふと、リフの目線の先の空間が波紋を広げる。ジルも其の一点に目をやる。そして姿無き声の主は、其の波紋の中心から、這うようにして其の身を現した。
 出てきたのは一人の女。艶のある長い黒髪に、全身黒の服を着た美女。異様にも、その美女の肌は白すぎたものだった。開かれた瞳も、赤に切れ長の瞳孔……吸血鬼。
 しかも、ジルとは違う。純粋な吸血鬼、白すぎる肌や紅の瞳があのヴァンパイアと酷似していた。
「ふふふ。こんにちは坊や達」
 女は顎にその手をあてて、妖艶に微笑んだ。弧を描いた口の端には微かに鮮血がこびりついていた。
「まさか…お前が」
「酷いのよ、奴らったら。私を殺そうとしたのよ〜。血がたくさん流れたわ。でもね、此処にはうじゃうじゃと人間共がいて助かったわ〜。たくさん血が吸えたもの」
 女が言う『奴ら』とは、バルザックの部下達であろう。女は、口端の血を、舌で舐めとった。
「おかげで傷も完治したわ」
 呆然としていたリフは、背筋が凍った。
 <干渉結界>の中に獲物を引き込んでしまえば、後は相手の思うがまま。非力な民間人が、優良種である吸血鬼に抵抗できるはずが無い。
「あぁ、逃惑う獲物を追い詰める、なんて素敵なのかしら」
女は恍惚とした表情で、再度笑みを浮かべる。
 其の光景を思わず想像してしまったリフは、必死に嘔吐感を堪えた。腹から何かが競り上がってい来る異様な感覚、目の前の女ヴァンパイアはあまりにも危険すぎだった。
 傍らのジルは、苦い表情をするリフの肩に手を置き、声を掛けた。「大丈夫」と言うものの、顔が青ざめている。比喩ではない。
「軍本体が、わざわざ動くワケだ」
 軍警察だけではなく、軍部そのもが兵士を送り込んできている。バルザックが診療所にこれたのは其れが理由だった。
「ねぇ、おねぇさんとイイ事しない?」
 悪魔が微笑む。
 手を体の前に翳し、軽く振る。
「!!!」
 女の指先から、火炎が噴出した。紅焔系練術<ベベル>が放たれたのだ。ヘビの様な炎は、地面すれすれを滑空し、真っ直ぐに二人に向かってきた。
 隣のジルを反対方向にリフが突き飛ばし、左右に割れる。後ろを振り返ると、炎が旋回し、再び狙いを定める。
「其方の穢れた混血は、練術が使えないそうね」
 女は問いかける様に言った。そうだ、ジルは練術が使えない、防御の術が無い!!
「テメェ!!」
 再び女の方を向くと、手首をくねらせ、炎を操る姿がリフの目に入った。
 銃弾が飛び出すかの勢いで、火蛇がジルに放たれる。即座に反応したリフは、それぞれの間に入り込み、両手を翳す。
 直後に、リフが水唱系練術<エルカ>を展開、水のベールが女の<ベベル>と相殺しあった。白い水蒸気が後に残った。
 間髪いれずリフは、女の方をめがけて、蒼氷系練術<クリシプル>を放つ。槍の様に伸びた氷解が、女に刺突する。
 女はかわさず、再び展開した<ベベル>を氷の槍に巻きつかせ、水に変えていった。
「子供だましね」
 女は嘲笑すると、今度は片手を真上に翳し、円を描くように一振り。
「此れは防ぎきれるかしら?練術師サン?」
 リフは残酷な笑みを無視し、背後のジルを捕まえ後方へと跳躍する。彼には、女が次に何を放つか予想がついた。
 おそらくあの女ヴァンパイアは、紅焔系練術のエキスパート。対してのリフは、その反属性である蒼氷系の使い手。<ベベル>ぐらいのものなら、低級の<エルカ>でも防げたが、恐らく次はそう上手くはいかないだろう。
 リフの予想では、次に放たれるのは<ベベル>アップグレード版<ベリグレイン>だった。
 <ベベル>の時は一つだった火蛇の頭がいくつにも別れ、獲物に殺到し、炭化させる。捕まれば、一貫の終わりである。
「リフ…」
「なん……ぎゃぁぁぁぁ!!」
 意外と冷静だったジルは、後方に視線を促した。視線を辿ったリフは、視界いっぱいに広がる黒炎、もとい<ベリグレイン>の群れを見てしまい、絶叫を上げる。
 だが、怯んでいる暇など無い。片手で放った氷の霧<コフィン>で、飛び散った炎を防ぐと、地に着いた足で再跳躍。
 呑気にも隣のジルは、連発される練術の嵐に目を輝かせていた。
「くそっ、こんなことだったらジェイドに、水唱系練術習っとけば良かった!!」
 水唱系を得意とする女医の顔が、脳裏を掠めた。そして、彼女の顔がリフにある閃きをもたらした。
「そーか、この手があったか!!」
 着地と同時に振り返るリフ、眼前にはおびただしい数の黒炎が迫る。
 手を掲げ、目の前に水唱系練術<アリシー>で水の小竜を召喚する。
「そのような矮小なもので一体何をしようと?」
 余裕たっぷりに、遠く離れた女がリフに語りかけた。
「まだまだぁ!!」
 <アリシー>の小竜に手を翳し、リフは創作系練術<レラージュ>を発動。
 創作系練術とは、各術者がおのおので発案した練術のことで、<干渉結界>の様に属性はもたない。<レラージュ>発案したのはジェイドだったが、なぜかリフが覚えさせられていた。
 <レラージュ>はいわば増幅機の役割を果たし、威力では劣るものの、本来放てないはずの練術まで発動させる…なんとも狡賢いものである。
 増幅された<アリシー>は、見る見るうちに姿を拡大してゆき、巨大な水竜に姿を変えていった。
 水唱系練術<アリシニオン>の完成。本来のリフでは絶対に放てない代物だ。
「やった!成功した!?」
 ……そう、一か八かの賭けでした。
 意外にもあっさり成功した<レラージュ>の能力増幅に、歓喜の声を上げるリフ。しかし、喜んでばかりもいられず、リフは<アリシニオン>を<ベリグレイン>に突進させる。
 正面から衝突した二極の術は、互いに悲鳴を上げる。
 炎と水の二重奏は、大量の水蒸気を生み出し、互いの消滅というカタチで終わったかのように思えた…が。
「なっ!?」
 どうやらあの女ヴァンパイアの錬気は、リフの予想を遥かに凌駕していたようだ。霧の群れを突き破り、三分の二になった黒蛇達は其の姿を再度現した。
 相殺ぐらいできるだろう…というリフの甘い考えは、見事に打ち砕かれてしまった。
 元々専門外だったリフの水唱系の錬術と、其れを専門とする女吸血鬼の紅焔系錬術。二つがぶつかり、相殺できるかどうかは五分と五分。運命に全てを託したリフは、其の賭けに見事に敗北したのだった。
 目の前の光景に立ち尽くすリフ。其の瞳は黒く塗りつぶされ、大きく見開かれていた。
「まだだ」
 リフの後方から、自信に満ちたジルの声がした。其の手はリフの肩を掴み、自らの背に隠すように庇い、更に言った。
「今度は俺が相手だ」
 其の声は、何処までも自身に満ちていて、力強いものだった。
 突然の出来事にリフは混乱しながらも、変貌したジルの背にすがった。一瞬振り返ったジルの瞳は赤く、出会いがしらの風貌だった。
 思わず、距離をとろうとしたリフだったが、ジルの手が其れを許さなかった。いつの間にか腰に回された手が、二人を引き付けた。
「逃げるなって、何もしねーよ。相棒に誓って、な」
 リフは言葉を失った。近い位置で悪戯っぽく笑った其の顔は、ジルのようで彼ではなかった。顔は全く同じ、だが、決定的に何かが違っていた。双子が別の人間であるように。
 其れに何より、ジルは錬術を知らない、使えないはずだった。だが目の前のジルは、掲げた指先から術を紡いでいた。青白い光が表すのは、水唱系錬術発動の合図。
「消えろ」
 指先から放たれたのは、水唱系錬術<ヴォーデン>大量の錬気を消費する、上級の術だ。
 唖然とするリフを尻目に<ヴォーデン>の水の球体から、無数の水の鞭が発生し<ベリグレイン>をありとあらゆる位置から貫き、その威力を確実に殺していった。ついには、黒蛇は全滅し、残った<ヴォーデン>の球体はその場で弾け、リフとジルに降り注いだ。
 口をぱくぱくさせながら、ジルに驚愕の視線を注ぐリフ。目の前の彼はやはり自身に満ちていた。
 水に濡れた灰銀の髪は、美しく輝いていた。
「どうだ?驚いたか?相棒には出来ない芸当だからな」
 リフの顔を覗き込む赤眼のジルは、嬉しそうに笑いかけた。異様に顔が近いのは気のせいだろうか…リフはそんなことを思っていた。
 未だに状況が把握できず、目を白黒させるリフ。赤眼のジルは、笑ったまま、リフを離さなかった。
「貴様!!何をしたぁぁぁぁ!!!」
「!!」
「うっさいおばさんだな」
 軽く存在を忘れていた女ヴァンパイアが、怒りの声を上げ、リフは硬直、人格が入れ替わってしまっているジルは、とんでもない暴言を吐いた。空いている方の手で、頭を掻く其の表情は、至極めんどくさそうだった。
「来たっ!」
 離れていた位置から一気に跳躍し、距離を詰めようと迫ってくる敵に反応し、リフは後退を謀ろうとしたが、また体が動かない。
「ちょっと前にも言ったけどな……」
怒りをわなわなと堪え、相手を睨み、一言『離せ!!』と怒鳴ろうとしたが、ジルは言葉を阻み。
「離さねーよ。逃げるぞ!!」
 そう一蹴すると、リフを抱えたまま跳躍。途端に追うものと、追われるものの構図が出来上がっていた。
重力に逆らい宙に浮くリフと、其れを抱えるジル。其れを追う、鬼の形相の女吸血鬼。その『おいかけっこ』は、無人の民家の屋根上までにおよび、人外の様を見せ付けていた。人間では、まずこの跳躍力はありえない。
 ただ逃げることに専念しているジルは、更にリフを捕まえていた手に力を込める。
「なぁ?ジル…なのか?」
 抱えられているだけのリフは、赤眼の主にそう問いかけた。
 少しの沈黙を破り、其の答えは帰ってきた。
「ああ。そうだ、俺も相棒も同じ奴だ」
 前を見据えたまま、混血の吸血鬼は静かに答えた。
「……じゃあ、先刻までのジルとは?違うのか?」
「同じだ!…と言いたいトコロだけど、な」
 哀しそうに、もう一人のジルは微かに笑った。
「逃がすか!逃がさんぞぉぉぉ!!!」
 折角存在を忘れかけていた後方の敵は、唸るような声を上げ、再び錬術を放ってくる。
 紅焔系錬術<バッシュ>の炎の爆炎が、逃げる二人の背中を叩き、ジャケットの背を少し焼いた。焦げ臭い臭いが鼻に届くまもなく、爆風によって飛ばされたリフは、目の前に迫っていた交差点向かいの民家の二階に、窓ガラスから盛大に突っ込んだ。吹き飛ばされた勢いで、ジルの腕から離れ、背中から突っ込み、ガラスの雨を浴びる羽目になった。
 追って、ジルも二階に侵入。ガラス破片の中で蹲るリフに駆け寄った。
「おい!生きてっか!?」
「このくらい、どーってことない」
 腕や足で破片を潰しながら起き上がるが、処何処を切った痕が隠せなった。傷は無視し、小さな画面の向こうから迫る敵だけを見据える。
 未だに攻撃の手を緩めない女は、二度目の<バッシュ>を放つために掌に錬気を集中させてゆく。赤い光が収束していくのが目に見える。
「またかよ!!」
 膝をつくリフは、再び<レラージュ>での応戦を試みるが、先ほどの打ち合いで完全に敗北した事を思い出し、手を握ると共に、展開しつつあった術の構成を握りつぶす。
 傍らのジルは、そんなリフを見たまま何も言わず、彼に背を向けた。
「おい!ジル!?」
「さっきも見ただろう?俺の技を」
 顔がお互いに見えないまま、言葉を交わす。
 いつまでも、ぐずぐずしてはいられない。敵は、一秒たりとも待ってはくれないのだから…。
「俺が相手してやるよ!腐れ吸血鬼が!!」
「穢れし混血が、何をいう!!」
 赤い目の両者は、互いに一歩も引かず、真っ直ぐに眼前の障害物のみを睨んでいた。
 ジルの背に庇われていたリフは、何も出来ず、体や顔から血を流して、呆然としていた。
「死ぇ!!」
「そりゃ、こっちの台詞だ!!」
 女は再び<ベリグレイン>を放ち、其れを見たジルは吐きしてるように言った。
「同じ術とは…芸がねぇなぁ〜」
 ジルは其の指先の光から水唱系錬術<アーバレス>を発動。
 放たれた濁り気味の水流は、怒涛の勢いで、黒炎を飲み込み、殲滅。其の勢いは留まらず、後方の女ヴァンパイアにも迫る。水流の勢いに呑まれる様に、女は絶叫を上げた。
 そう<アーバレス>は唯の水流ではなく、強い酸を含んだ水。其れを直に浴びた奴の皮膚はただれ、髪も抜け落ち、先ほどまでの美貌は見る影もなった。
「あああぁぁああうるぁあああ!!!」
「っ―――」
 何ともいえない雄叫びに、リフは思わず耳を塞いだ。
 ジルは、目を逸らすことも無く、其の光景を唯見つめていた。


 其の戦闘のあと、リフとジルは、元の場所に戻っていた。
 何事もなったかのように、時間は再び動き出した。


 嫌な予感がしたのは、俺の気のせいだろうか…。



[T‐V]相互の思い

 嘆く必要などあっただろうか?
 否、悲しみに暮れ、哀しみの雫を流すのみ
 嘆く必要などなかったのだ
 ただ一瞬に自らの骸を晒したと
 ただ一瞬に自らに紅の花弁を舞わせたいと

 ――――そう、ただ一瞬の気の迷い

 一体何が目的で、何をしたかったのか分からないまま、リフとジルを襲ったヴァンパイアとの戦闘は幕を閉じた。
 リフが呆けている内に、別人となったジルが、上級錬術を駆使し撃退。
 <干渉結界>と言う名の亜空間から生還した二人は、人目を避け、路地で歩みを進めていた。
「………」
 靴音だけが、静寂の中で響き、二人の間を行き来していた。
 錬術による治療も行わず、小さいながらも、複数の傷や火傷を負ったリフ。そんな彼の背中を追うようにして、ジルが後に続く。
 ふと、リフが歩みを止めた。おって、ジルも止まる。
 静寂に包まれた路地には、買い物や仕事帰りの人々の声が表通りから漏れて届いていた。
 リフが振り返る。自分よりも長躯な美形を睨んだ。
 落ち着いていて、真っ白なジル。自信たっぷりで、遊び人っぽいジル。外見が全く同じでも、性格や性質こそ真逆。
 美しい顔や艶のある灰銀の髪。見つめたものを捕らえて離さない同色の瞳。前者のジルなら、それらは、美術品のごとき最高の評価を受けるだろう。後者のジルなら、それらは、女を引っ掛ける道具にしか見えない。やたらに自信満々な性格も、上手くその部品を引き立てている。
 リフは、後者のジルがどうにも苦手。
「何で、付いて来るんだ」
 声を低くし、下から睨みつけるリフ。長身のジルが恨めしかった。
「何で?って。お前、相棒の事は拒まなかったじゃねーか」
 覗き込むようにして、リフに視線を合わせるジル。今は其の行為が、余計にリフの神経を逆撫でしていた。
「拒んだ!でも、アイツが!!」
「相棒が?」
 しばしの沈黙。
「とにかく!何か、お前といるのは嫌だ!」
「何だそりゃ!?其れが命の恩人に対する礼儀か!?」
「それは、そっちが勝手にしたんだろう!抱えて離さなかったし!!」
「お前に怪我させたくなかったんだよ!!」
 途端に会話、もとい怒鳴りあいが中断された。
 リフは目を見開き『信じられない』といった表情のまま固まり、発言者本人は、赤面していた。撤回を要求するように、顔の前で手をあたふたと振り、しどろもどろになっていた。
「あ!いや!その……さっきのはだな…」
「失言だと言ってくれ」
 我に返ったリフは、頭を抱え項垂れていた。彼の発言に助けられたように其れを拾い、先刻の発言を撤回した。
「はぁ…(こいつらは揃って唯のアホか…?)」
 失礼な心の声を打ち消し、再びジルを睨むリフ。視線の先で、混血のヴァンパイアは、まだおろおろしていた。
「(あぁ。成るほど、な)」
 二人のジルに何ら違いなど無かった。素直で落ち着いている子供と、意地っ張りでかっこつけな子供。
「本質は同じって事か…」
 そう、呟いた。
「やっぱり、痛いのか?」
 呟きに呼応するように、背中を向けたままのジルが問う。
「何が?」
「怪我」
「まあ、な」
「ゴメン」
「…おい。はっきり言うけどな、お前変だぞ?ものすごーく」
 先ほどまでとは打って変わって、静かになったジル。リフは不審に思い(失礼)背後から近づき、背中越しに顔を覗き込んだ。
「真面目に答えろよ」
「へいへい」
 真面目に向き合う二人。(リフが少々投げやりなのは、無視して)
「お前さ、俺たちのことどう思う?」
「別に?混血なんて珍しくないし」
 リフの解答に、不満げな表情を向けるジル。しぶしぶリフは続ける。
「混血だろうと、それこそ生粋のヴァンパイアだろうと、俺は、自分が安全なら気にしない。相手が何者だろうと関係ない。それだけだ」
「何者でも…?」
「そうだ。自分自身の命を脅かすものは、同種の人間だろうと倒す。でも、ただ生きたいだけの奴はどうもしない。自分勝手な答えだろう?」
「そうだな。自分の事しか考えてない、自己中な答えだ」
 自分ではそうは言ったものの、他人に言われると、やけに腹が立つ。其の感情を削除したりリフは、視線を彷徨わせていた。
 巡る思考の中で思い出されるのは、二年前に会ったヴァンパイアのこと。

「生きているだけ。人の命も、生の為の糧」
 吸血鬼たちも、人と同じことをしているに過ぎなかった。他の命を奪い、生を繋ぐ。人と何も変わらない、変わらないのに…。
 
 思考を中断したリフは、自己嫌悪に陥った。どんなにそんなことを考えても、自分がヒトである以上、そちら側にしか立てない、其れを思い知らされただけだった。
「でもさ……」
 しばらく黙っていたジルが声を発していた。自分の足を見たまま、視線は下。
「自己中な考えも思いつかないなんて、人間って変だな…」
 上げられた其の顔は、直視できないほど痛々しかった。瞳に写った悲しみや痛みの全てが、正面に立つリフに向けらていた。
 リフも視線を逸らす事無く、赤い瞳を見つめ返した。
「そうだな」
 軽く返すと、突っ立ったままのジルに、背を向けもう一度歩き出そうとするリフ。二度にわたりこの状態で、腕を掴まれたリフは『また掴まれるか?』と内心で思いつつ、手は宙に遊ばせていた。
「……行くな…」
「うお!?」
 腕は掴まれなかった、腕は。
「離せ!この馬鹿!!」
 背後からジルに抱きしめられたリフは、唯一自由な口で抵抗を試みていた。効くわけ無いが…。
「はぁ…」
 全てを諦めてしまう様に、リフは無言になる。
「置いて行かないでくれ、頼む」
 お互いの表情が見えないまま、ジルが強く呟いた。リフは、ジルの二言目を促すように無言のまま。肩越しに、顔を伏せたままのジルを見つめた。
「今の俺たちには、お前みたいな奴が必要なんだ…連れて行ってくれ」
「本当か?たまたま、俺という馬鹿が都合よく転がっていたから、拾っただけなんじゃないのか?」
 自らを蔑む様に、リフは自嘲する。
「本当だ!信じてくれ!!俺も相棒も、お互い以外の奴の傍に居たかったんだ!!」
 顔を上げて、必死に懇願するジル。
 下から顔を覗き込む様にして、リフは「それって誰でも良かったってことじゃ…」と言い、少しジルを追い詰めていた。
しかしジルの口からは、即座に弁解の言葉が発せられた。相変わらずしどろもどろな口調だったが。

続く


2006/04/17(Mon)17:31:57 公開 / 蒼惟諒牙
■この作品の著作権は蒼惟諒牙さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめまして、ですね。
まず始めに、読んでくださった方々に感謝を捧げます。
オリジナルのネット公開初!です。ので、感想をよければいただきたいです。

アクションと分類しておきながら、戦闘シーンが少ないです。力不足、ですね。
次回の更新は早めにしたいと思います。(できるかな〜;
でわ、失礼いたします。有難うございました。

4/10[T‐U]とりあえず前半更新
4/11[T‐U]更新(短かった)
4/17[T‐V]前半更新
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