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『らせんかいだん。』 作者:sak / 異世界 ファンタジー
全角10296.5文字
容量20593 bytes
原稿用紙約30.75枚
 子供だけの世界。それは決して楽な暮らしではないけれど。それは決して俺達を見守ってくれはしないけど。それは決して暖かいばかりではないけれど――それでも俺達は、此処を好きでいることができる。

   プロローグ 『朝日を臨む丘』


 真冬で夜明け前という状況は予想以上に寒さが厳しかった。
 寒さに顔をしかめつつ着ているダッフルコートの襟を手繰り寄せてアンヘルは白い息を吐き、コートのポケットから煙草の箱と円筒形のライターを取り出す。箱から煙草を引き抜き、それを口にくわえながら先端にライターの火をつけた。それを吸いながらアンヘルは天を仰ぐ。
 吐き出した煙草の煙が風にのって、住宅地の方向へ流れていった。
 昨夜のように家を抜け出し、町外れの丘へ彼は足を急がせる。その表情はどこか楽しそうで、銀色の瞳もその感情を表すかのようにきらきら輝いていた。
 目的地まではそれなりに距離があるが、体力のことなど全く考えずに、とにかく走る。もはや着いた後のことしか頭にはない。
 走り始めて三分ほどたつと、冬だというのにアンヘルは汗を掻き始めていて、だんだんと息もあがってきた。十分ほど走って丘に辿り着いても、坂道にも関わらず更に足を速める。前のめりになって倒れそうになり、それでもアンヘルは速度を緩めない。
 はぁはぁと息をきらせながら丘の頂上に到着し、そこで初めて足を止めた。ルビーのような輝きをもった紅い髪は汗の所為でべったりと首筋に張り付いている。
 頂上には先客がいた。ブルーブラックの空を眺めていた顔がこちらの足音に気づいて振り返った。
「アンヘル、お疲れ」
 柔らかく穏やかな口調で声をかけてきた、アンヘルと同年代であろう少年。碧眼をもち、精悍で整った顔立ちをしているが、腰まで伸びたとても長い金髪は少女のような印象も与える。
 アンヘルは微笑んだ。
「セラ、久しぶり。――元気にしてた?」
「ああ」
 荒い息を整えつつ、セラと呼んだ少年の傍らに腰を下ろす。
 幼馴染であるセラと会うのは本当に久しぶりだった。変な意味ではないが、相変わらず綺麗な顔をしているなぁと思う。初めて会った時は女の子と間違えたほどだ。さすがに今ほどではないが、その時から髪は長めだったのも理由にある。
 アンヘルの方も決して顔立ちが悪いわけではなく、むしろ良いほうなのだが、自分ではそう思ったことが全く無い。セラの前では自分なんて全然大したことはないと考えている。
 久々に見る幼馴染の元気そうな顔に安堵しながら、アンヘルは訊ねる。
「これからは、ずっとこっちにいられるのか?」
 セラは微笑み、アンヘルの問いに答える。
「ああ。兄貴が父上の後を継いでおれの家も落ち着いたから、おれも比較的自由になったんだ。――ずっとかどうかは分からないけど、結構長い間はいられると思う」
 セラの両親は隣国でかなりの権力を持つ政治家で、この国に来ていたのも国の代表としての視察が目的だった。その視察には二人の息子――セラとその兄も同行したが、セラはほとんどの時間を自由に過ごしていて、その時に偶然アンヘルと知り合ったのだ。
 互いに暇を持て余していた二人は意気投合し、ほとんどの時間を共に過ごした。何かをして遊ぶというわけではなく、この国やセラの母国の話をしたりするだけ。だが、それだけでもとても楽しかった。
 しかしそんな穏やかな時間は二年で終わりを告げた。両親が視察を終え、国へ帰ることになったのだ。もちろん、息子のセラたちも一緒に。
 セラは国に帰る日の夜明け前にアンヘルを呼び出し、帰る旨を告げた。呼び出した先は朝日を見ることができる丘で、二人が始めて会った場所。
 突然のことに彼はとても驚いた様子だったが、女の子みたいに泣いたりはしなかった。すんなりとそのことを受け入れて、セラはそれに安心し、その後二人はそこで再会を誓った。
 ――この国気に入ったから、また戻って来たいと思ってる――
 ぶっきら棒で少しだけ照れくさそうな声。
 それは彼への気休めの言葉なんかじゃない。アンヘルが住み、自然がたくさんあり、綺麗な朝日と月が臨めるこの丘を抱く国。その国をセラは母国よりも気に入ってしまい、本心からそう言った。
 アンヘルは微笑んで、また来なよ。此処で会おう。待ってるからね。少し早口でそれだけ言って、やっぱり笑顔で見送ってくれた。
 いつ会えるかは分からなかったけど、セラは絶対に戻って来ようと心に刻んでいた。親の都合で出会えたとはいえ、その親の都合で二度とアンヘルに会えなくなるのは、本当に嫌だったのだ。
 だから今度は、一人で来ようと思っていた。
 それから七年後の、二人が十四歳になった冬のある日。セラの名前と、『戻ってくる』の文字だけが書かれた手紙がアンヘルの元に届いた。いつ戻ってくるかは書いてなかったが、何となくすぐに戻ってくる気がした。
 待ち合わせの場所は、とうの昔に決まっている。
 その手紙を受け取ったのは夜だったが、こっそりと家を抜け出してまで丘に行った。さすがにその時は誰もいなかったので、翌日の昼にも行ったが、やっぱりいなかった。予想はしていたのだが、どうしてもじっとしていられなかったのだ。
 そして今――三度目の正直ということなのか、久々に見る金髪の少年は、何でもないような顔をしてそこに座っていて、
 二人は、七年ぶりに再会した。

 ふと、二人の視線の先に光が昇る。
 約束をした日と同じように輝く太陽の光が、紅と金の髪に反射した。

「じゃ、またしばらくは一緒にいられるね」
 それだけ言って目前の朝日にしばらく見入り、二人の会話はそこで途切れた。
うれしいよ。という形にアンヘルの口が動いたが声は出てこず、セラの耳には聞こえなかっただろう。だが、それでも良かった。
 ダッフルコートのポケットから、再びライターと煙草を取り出す。その行為にセラは驚いた様子だったが、結局何も言わなかった。アンヘルは試しにセラにもそれを勧めてみたが予想通り丁重に断られたので、予定通りひとりで煙草をくわえる。
 ふーっと煙を吐き出したアンヘルの顔は、自分でも何となく分かるほどにとても晴々としていた。
 きっと、前みたいな幸せがこれから訪れるだろう。気楽にやっていける。そう思った。

 しかしその幸せは、戦争という抗い難い波によって、僅か二年で崩れることになる。



   第一話 『こどものせかい』


『この世界は、弱き者を切り捨て、強き者を幸せに導く世界なんだ』。
 相棒がそう語ったのは今から一年ほど前の、十六歳の頃だったと記憶している。
 その数時間ほど前に、相棒は唯一の血縁者だった母親を失った。俺はその四ヶ月前から母国に帰る方法を失っていたから、似たようなものだったかもしれない。
 全ては、戦争のせいだ。
 俺の母国と相棒の母国であるこの国――隣国である二つの国が、戦争を始めたのだ。俺が国へ帰れないのも、国境付近は陸海空全てにおいて衝突が激しく、一般人が近づくことを禁止されていたからである。
 ――それから二週間が経ってから、この国の暗殺者が、敵国の要人である俺の両親と兄貴を殺したとニュースで聞いた。
 その日、俺も全ての血縁者を失った。残されたのは、我が身と相棒だけ。
『セラ。これからどうする?』
 相棒は訊ねてはきたが、縋るような目は全くしていなかった。強い目をしていた気がする。
 俺は、相棒に全てを任せても良かった。やりたい事なんて、その時はなかった。その事をそのまま告げると、
 そうか。相棒はそれだけ言って、元来た道を振り返った。
 相棒の故郷を抱き、俺たちが初めて出会った丘があったその地は、戦争の影響で廃墟と化していた。相棒が家族と住んでいた家も町も、俺たちの思い出の場所となっていた朝日を臨める丘も、崩れ去ってしまっていたのだ。
 相手の領地を奪おうという、今以上を欲した二つの国の身勝手な行動の所為で。
 俺たちは、家族を、戻る場所を、相棒以外の全てを、二つの国に奪われてしまった。
 ただ一つ――
 廃墟の町の外れにある、爆撃の対象にもならなかった無人の建物――相棒が過去に通っていた、今では『母校』と呼ぶ場所。
 俺の知らない幼少時代を相棒が過ごしたその建物で、俺たちは時を過ごすことになる。

 * * * * *

「アンヘルぅー、セラぁー」
 教卓の上に座って足をぶらぶらさせながら太陽が昇るのを待っていた少年の耳に、幼い声で名を呼びながら廊下を駆けて来る足音が聞こえた。机の上に突っ伏して死んだように眠っていたもう一人の方もその声と音で目を覚ます。ゆっくり腰を上げると、その動きに倣って長い金髪がばさりと耳の横を垂れていった。
「おはよー」
 教卓の上に座っていた紅い髪の少年が微笑みながら声をかける。その声に反応して首が動き、金髪の髪の中から寝ぼけたような蒼い瞳が見え、思わず苦笑してしまった。
 がらがらと騒がしい音をたててドアが右にスライドされ、廊下側から茶髪の男の子が汗を流して息をきらせながら入ってきた。
「アンヘルぅ」
 名前を呼びながら、丁度教卓を下りた紅い髪の少年、アンヘルの胸に男の子は飛び込む。見ると、男の子は汗だけでなく涙も流していた。
 自分より一回りも二回りも小さい男の子の背に両腕をまわしてさすりながら、アンヘルはできるだけ優しい声をかける。
「おはよう、早いね。――どうしたの? 何があったか教えてくれるかな」
 自分の胸から僅かに離れた男の子に屈んで目線を合わせ、にこりと微笑む。
「あのねっ、じークとアスミがね……」
「ディーク」
 舌足らずで「ディ」と発音できずに「じ」となってしまうその口調に訂正を入れつつ、少し離れた場所に立っている金髪の少年に目配せする。
 ディークとアスミ。二人は、自分たちやこの男の子と同じように、この学校で共に暮らす家族のような存在だ。なかなか意見が合わない上に歳も近いということもあってか、この二人は何かと喧嘩が多い。その度に『家族』の中で一番幼いこの男の子――ツォンが、泣きながらアンヘル達に報告に来る。
 いつもの流れなので、そのいつもの流れにのってアンヘルは口を開き、
「セラ」もう一人の少年の名を短く呼ぶ。呼ばれた方はこくりと頷き、様子を見るため一足先に教室を出た。――教室といっても、今ではアンヘルとセラの部屋になっているのだが。
 セラの本名は、セラフィルイスと言う。セラフィルイスという名前が長いのと、親しみを込めてという意味で、此処の人たちは彼のことをセラと呼ぶ。
 アンヘルはなかなか泣き止まないツォンの髪を優しく撫でて、ぎゅっと抱きしめてあげた。
「大丈夫だよ。ツォンは何にも悪くないんだからね。泣かなくても大丈夫だよ」
 誰かが泣いたり感情が落ち着かなくなったりした時にこうして宥めるのは、いつもアンヘルの役目だ。最年長としての義務感がそうしているのだが、自分はひょっとしたらこうやって子供の世話をするのが好きなのかもなぁ、ということを最近感じていたりもする。
 ちなみに三ヶ月ほどはセラの方が年上なのだが、セラは何かにつけてそういうことをアンヘルの役にまわす。どうにもアンヘルと違って、人を宥めたりといったことが苦手らしい。
 ようやく落ち着いてきたツォンを両手で抱きかかえながらアンヘルは腰を上げた。
「じゃ、俺たちも行こうか。どうしてるか見に行かないとね」
 優しい口調でそう言いながら、セラの後を追って二人も教室を出た。

 * * * * *

 夜明け前とは思えない騒がしさにセラフィルイスは疲れ果てていた。少年のそれとは思えないほどに長い、腰まで伸びた金髪を右手で掻き回しながら溜息を吐く。
「うるせえぞー、ほら、静かにしろ。まだ朝じゃねえぞ、起きてる奴は飯でもつくれ」
 もちろん、そんな独り言で文句を言うような口調に皆が反応するわけもなく、ぎゃあぎゃあとした喚き声は未だに止まない。はやくアンヘル来ねぇかなぁと考え、再び溜息を吐いた。
 なんで俺が十一人の世話を一人でやんなきゃいけねぇんだよ……。
 心中で本当に文句を言いつつ、廊下の方にちらりと目をやった。まだ来ないのかよ。
 ――この学校で暮らしている子供たちは、アンヘルやセラも含めて合計十四人。始めはアンヘルとセラの二人だけだったのに、戦争孤児をアンヘルが何度も『拾って』来るうちに、人数は二桁になってしまった。
 感情だけで人を拾うな大体食料だってまともに入らないんだぞいつまでも配給アテにすんなっていうか餓鬼共に同情し過ぎだしそれに――
 アンヘルが子供を連れて来る度にセラはそう言って文句を言うが、そんなことを言ってもアンヘルはまた子供を拾ってきてしまう。
 そのアンヘルの行為は彼の『優しさ』から来るものだということは分かっている。そういう優しさを持った彼だからこそ自分は気に入ったというのも確かにあるのだが、時々その優しさには無鉄砲だとか後先考えないとか、そういう悪い面がついてきてしまう。それには思わず呆れと溜息が出てしまうのも正直なところだった。
 思わずその心中の溜息が表に出たとき、服の袖を誰かが引っ張り、そちらに目をやる。
「セラ、どうしたの?」
 きょとんとした大きくて丸い黒目を向けて来たのは、『家族』の一人、ユキアだった。自分よりも七つ年下の十歳だが、此処の人達は皆敬語を使わない(といっても「敬語は堅苦しい」という理由でアンヘルが使うなと言った)ので、彼女も同様だった。
 ユキアの傍らには、兄であるレナも一緒にいる。十四人の中では結構上の方に入る十五歳。二人は『家族』の中でも唯一本当の血縁者がいる存在だった。
 セラは苦笑しながら、目と同じ色をしたユキアの黒髪を優しく撫でてやり、何でもないよと小さな声で言った。本来こういう風にしてやるのはアンヘルの役目なのだが……。
「セラ、アンヘルは?」
「俺が聞きたい……」レナの問いに疲れたような声で答える。
 普段ならそろそろツォンも泣き止んで、アンヘルとこっちに来ても良い頃だ。
 中心ではまだ、ディークとアスミが取っ組み合いをしている。その二人を引き剥がそうと頑張っているのが、銀色の髪の少年。名前はランサードといい、アンヘルとセラの一つ下なので、この中では三番目に年上ということになる。こういう騒ぎの中心で何とかそれを止めようとするのはいつもランサードだ。黒い長髪のルビィや、ランサードと歳の近いファロスらも一緒に止めに入っている。それでも止まらないのだから、ディークとアスミもなかなか手強い。
 ――結局、アンヘルが来るまでの時間稼ぎ程度にしかなっていないのが事実。
 ランサードも随分疲れて来てるかなぁとセラが思ったとき、ドアががらりと開き――レナとセラが、ほっと胸を撫で下ろした。
 廊下側から入ってきたアンヘルは、抱いていたツォンを下ろす。それから彼に何か言っていたが、良く聞こえなかった。恐らく「ちょっと待ってて」とか、その類のことを言ったのだろう。
 その瞬間、アンヘルがキッと目を鋭くしたのを、セラは見逃さない。
アンヘルが四歩歩み出て、すぅっと息を吸い、

「――うるせえッ! てめぇらいい加減に黙れ!」

 そこで初めて十人ほどがアンヘルの存在に気づいたように、一斉に振り返る。取っ組み合った体制のままでディークとアスミの動きも止まり、明らかに「ヤバい」という顔をして、現にディークは、小さく「やべっ」と呟いていた。
 周りがしんと静まり返り、何も言わないままアンヘルはディークとアスミに歩み寄り、まずは引き剥がす。
 それから一発、二人の後頭部をごつんと殴りつけた。
「痛ッ」
 二人がほぼ同時に言い、その場に蹲る。悶絶するんじゃないだろうかと少しだけはらはらしながらその様子をセラが眺めていた。
 そんな二人を上から冷たい顔で眺めているアンヘルの顔は、本当に『鬼』のようだった。醜いという意味ではなく、とにかく怖いのだ。
 くるりとアンヘルが振り返り、その視線の先にいた『家族』たちがびくんと震える。――セラを除いて。
伸びてきた前髪の間から鋭い銀色の瞳が覗き、
「はやいけど、飯の準備にしよっか?」
 にこりといつもの微笑を浮かべながら、そう問いかける。
 ……キレた後の笑みは本当に怖いもんだと、最近はつくづく感じるよなぁ……。
 これさえなければ本当に優しくて穏やかなお兄さんなんだけど。相棒の変わりように、今日何度目かも分からない溜息を吐いてしまう。
 そんなセラの視線の先では、既に何人かが呑気な会話を交わし始めていた。
「今日の食事当番は誰?」
「シルとクラウナートとキルシュ」
「違う、ホワイトだよ!」
 灰色の短い紙をした男の子が答え、銀髪の女の子がそれを即座に訂正。普段ならまた此処でぎゃあぎゃあと騒ぎになりかねないのだが、アンヘルがいる場ではそうはならないので、やっぱり此処ではアンヘルが一番『強い』のだろう。
「あー、静かに静かに。クラウナート、おまえちょっと中心になって。ホワイトとキルシュはそれの手伝い。――いいね?」
「うん」「わかったー」
 深緑色のポニーテールをしたクラウナートと、先ほどの灰色の髪の男の子、ホワイトが同時に言った。朱色の髪をしたキルシュは「はーい」少し遅れて返事をする。アンヘルは他の子供たちにも幾つかの指示をしたあと、食堂の方へ向かわせる。わぁとまたちょっとだけ騒ぎながら、子供たちは廊下に駆けていった。
「廊下走るなよー」
 ドアの付近にいたセラが呼びかけ、はぁいという騒ぎ声にも似た返事がきた。アンヘルとセラは顔を見合わせて苦笑する。わかってないだろ……。
 ぼうっとしたままのツォンをアンヘルが再び抱きかかえ、騒ぎの間もずっとセラの傍らにいたユキアとレナに声をかける。
「ほら、おまえらもはやく」
「うんっ」
 ユキアが笑顔で答え、レナはその小さな手を引きながら廊下に出て行った。
 しばらくその背中を眺めていると、何かを訴えるようにしてツォンがぎゅっと首にしがみ付いてきた。
「ん、どうした?」
 真横にある小さな顔に声をかける。すると首から離れ、その丸っこい目はなんだか哀しげな色をしていた。
 ツォンは問う。
「アンヘル。どうしたらみんなはけんかをしなくなるの? どうしたらアンヘルは怒らなくてもよくなるの? アンヘルは怒りたいの?」
 次々に向けられてくる質問に、アンヘルは思わず再び苦笑してしまった。子供らしい質問だ、と思う。
 それには答えずに、アンヘルは問い返した。
「俺も聞くけど、ツォンは皆に喧嘩してほしくない?」
 ツォンは小さく頷く。
「俺が怒ってるの、ツォンは見たくない?」
 今度はちょっと迷って、やっぱり頷いた。
「じゃあ、皆が喧嘩したままなのと、俺が怒ってるのと、どっちがやだ?」
 すると、考えたまま黙りこくってしまった。何だか泣きそうな顔をして、ちょっとだけ震えている。その身体をぎゅっと抱きしめ直してから、アンヘルはツォンの頬に自分の頬を押し当てた。「ごめん、意地悪な質問だった」そう言いながら。
「でも、喧嘩をするってことは、仲が良いってことだから」
 ツォンが驚いた顔をし、それでもアンヘルの首にしがみ付いたまま。
「ディークもアスミも、ちょっと不器用なだけなんだよ。なかなか素直になれなくて、ちょっと話をしたいだけでも、ついつい喧嘩になっちゃうんだ。――でも、大丈夫」
 茶色い髪に自分の顔を押し当てながら優しく撫でてやると、少しだけ首に絡まった腕の力が弱くなった。
「二人とも大人になったら、もうちょっと器用になると思う。それまでは俺たちが何とかしてあげるしかないけど……いつかはきっと、今より仲良くなれるから」
 ツォンが首から離れ、真正面からアンヘルを見つめる。
 少しの期待と、たくさんの不安が入り混じったような、複雑な表情。
「ほんとに?」
「ほんと。――それまでは、待てる?」
 しばらくツォンは俯き、それでもしっかり顔を上げなおした。
「……うん」
「よしっ!」
 良い子良い子といいながら、ツォンの髪をくしゃくしゃと撫で回す。それから片手で抱え直して、もう片方の手で、何も言わずに待っていたセラを手招きした。
「行こうぜ、飯」
「ああ」
 二人に歩み寄り、大丈夫だからな、という意味を込めてセラもツォンを撫でる。セラにこんなことをされるのはツォンにとってとても珍しいことだったので驚いた様子だったが、それでもちょっと照れ臭そうに笑っていた。
 アンヘルが先に部屋を出て、セラは後から出てからドアを閉め、それからふと思う。
 ……そういえば。
 故意かは分からないが、ツォンの幾つかの質問をアンヘルは見事にはぐらかした気がする。


 * * * * *

 この学校は二階建てで、階段の造りは全てが螺旋階段。階段は校舎の東側と西側に一つずつの計二つで、その途中には踊り場が設けられている。
 子供たちが集まっているはずの厨房と食堂は学校の三階にあり、三人は東側の螺旋階段を使ってようやく三階まで上りきったところである。
「さつまいも」
 アンヘルに抱かれたツォンが突然そう言った。それで気づいたが、薩摩芋を蒸かしているような匂いが僅かに廊下まで流れてきている。
「もうそんな季節か」
「はやいもんだな」
 此処で暮らし始めてから一年と少しが経過し、二度目の秋が来ていた。
 大人が一人もいない、子供だけが暮らす学校。傍目から見たらとても不自然な光景ではあり、セラも最初はそう思っていたが(人数をこんなにしたのはアンヘルなので、彼は当然変だなんて思っていないらしい)さすがに一年も経てば慣れてしまった。
 ここ何ヶ月かはアンヘルも子供を拾ってきていないので、人数も変わっていない。――いや、正確にいえば拾う子供がいないのだ。この辺りは廃墟となって戦闘機が飛んでくるようなことはほとんどなくなったが、生き残っている人々は自分たち以外にいないだろう。
 そんな虚しいことを考えているうちに、気がついたら食堂まで入ってきていた。
 食堂では子供たちが騒いでいて、キルシュやランサードが彼らを席につかそうと必死になっている。
 セラも協力しながらようやく全員を席につかせたあと、水に入った麦と薩摩芋が運ばれてきた。テーブルの端から渡され、流れ作業のようにそれが反対側の端まで回ってくる。こういった配り方をするのは、ひとりひとりのところに配っていくという面倒な作業より、こちらの方がはやいからだ。
 配られる側と反対の端に座っていたアンヘルとセラはやることがないので、回してくる子供たちの手の動きを何となく眺めていた。
 全員の元に食事が回ってから、一同が揃ってアンヘルとセラの方を見る。二人とも既に、歪な形をした木製のスプーンを手にとろうとしていたが、その物言いたげな視線に気がついて動きを止めた。
「なに?」いつものことなのだが、とりあえず訊ねる。
「お祈り。しないの?」
 皆を代表して、銀髪の少女、シルヴィアが尋ねた。アンヘルは僅かに首を傾げる。これも、いつものこと。
「しない」
「なんで?」
「したくないからー」
 確かに、戦争が始まってまだアンヘルに母がいた時は、『戦いの守護神へ祈りを捧げる』とか母に言われて、食事の前には祈りをしたものだ。それはどの家庭でも同じだったらしく、皆にとっては義務のようにやらされていたものらしい。
 しかしこの学校で暮らすようになってからは、アンヘルもセラも、食事の前に祈りをしたことがない。
 それは彼らなりの、神への反抗のようなものだった。
 そもそもアンヘルとセラは、神を信じていない。いたとしてもそれは無能な神だろうと思い、祈りなんか捧げたくないと思っていた。
 ――神がいるのなら、何でこんなに醜い争いをいつまでもさせておくんだ、と。
 戦いの守護神なんて馬鹿馬鹿しい。戦いから身を護るのではなく、戦いを終わらせてくれる神がいてほしかった。それだったら、毎日毎日厭きるほどにでも、喜んで祈りを捧げていたというのに。
 アンヘルは今度こそ木製のスプーンに手をやって、水に入った麦を食べ始めた。
 それを見た子供たちが次々と真似をするかのようにしてスプーンをとり、食べ始める。
そのうち騒がしくなり始め『食事中は喋るな』と食堂の壁の張り紙に書かれたルールなどは完全無視し、それぞれが楽しそうに会話を始めた。その話し声に混じって、がちゃがちゃという食器がぶつかり合う音もきこえる。
 アンヘルも食事中の会話を咎めることはなく、とりあえず自分が食べることに集中することにした。
 味わって食べることもなく、喉に流し込むような感じで水と麦を一緒に口に運ぶ。戦争中の食事というのはこういった物が主食であり当たり前だったので、これに文句を言う者は誰一人としていなかった。
 スプーンを置いて薩摩芋を食べながら、アンヘルはふと思う。
 ――戦争始まる前って、どんな物食べてたんだっけ。
 時々こんなことを考えることがある。今より平和で今よりマシなものを食べていたのは確かなのだが、その『マシ』なものがどんなだったか、どうしても思い出すことができない。
 食事中って、もっと楽しく会話してたっけ?
 これより味気のあるものって、なんだったかな?
 今以上の楽しさって、どんな感覚だった?

 漠然とした平和というものを長く感じていないことと、今は今でそれなりに楽しいということ。
 その二つの点が、アンヘルの中の何かを鈍らせているような気がした。
2006/04/06(Thu)13:23:36 公開 / sak
■この作品の著作権はsakさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 お初にお目にかかります、sakという者です。

 「弱さ」と「優しさ」。
 この二つの言葉を見て、皆さんは最初に何を思いますか?
 これを見て僕が最初に思いついた言葉は、「傷の舐め合い」というものでした。
 互いの弱さを、優しさで受け入れる。それはある意味、「傷の舐め合い」という言葉に通ずるものがあるのではないかと。
 僕はこの結論を、間違ったものだとは思っていません。哀しい答えだとも思っていません。
 答えがこれだけと言うつもりも全くありませんが……。

 「傷の舐め合い」――このじゃれ合うような言葉に、嫌悪感を抱く人も皆無ではないでしょう。
 しかし、この言葉が「らせんかいだん。」のテーマにもなっています。
 人は幾らでも弱さと優しさを持っているはずです。
 登場人物たちの、弱さと優しさを最大限に出してやって、満足いくまで「傷の舐め合い」をさせてあげようではないか。
 それが今作を書く上で、僕が最初に思ったことです。

 ここまで読んで下さったあなた、有難う御座います。
 長々と失礼しました。どうぞ最終話までお付き合い下さい。


4月6日:第一話を加筆しました。
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