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『闇との決別』 作者:恋羽 / ショート*2 未分類
全角4967.5文字
容量9935 bytes
原稿用紙約15.4枚
   

 
 
 闇が、僕という存在を満たしていた。
 その年、僕は両目を一時的に失明してしまった。角膜の損傷、医師にはそう告げられていた。
 絶望、怒り、そんな感情はほとんど持たなかった。もとから僕など、生きている価値のない人間なのだと自覚していた。神がそんな僕に宣告したのだ、お前は光の無い世界を生きるべきなのだ、と。全てが暗闇に満ちた世界に生きることこそが、お前の下らない人生の運命なのだ、きっと神はそう僕を嘲笑っているのだ。心から、そう思っていた。
 角膜移植のドナーが現れるまで入院しているように言われた時には、一体何の冗談なのかとあきれ笑いを浮かべてしまっていた。もう放っておいてほしかったのだ。僕のことは放っておいてくれ、どうせろくな人生は送れないんだから、と。病院から追い出されて、凍える街角で野たれ死んでしまうのが僕の運命なのだから。
 彼女に出会うまでは、そう思っていた。
 


 その年は、桜が、水しぶきが、紅葉が、雪が、綺麗な年だった。僕はそう伝え聞いている。



 手に触れられることが少し嫌になっていた。顔も知らない他人に手を触れられることが。
 僕は、顔を見たことすら無い看護婦に強引に手を引かれ、外の空気を感じられる場所へと連れ出されていた。
 院内の中庭にポツリとただ一本、忘れ去られたように揺れている桜の木。そのゴツゴツとした無骨な感触が僕の手の平に浮かび上がってくる。春のほこりを舞い上げる強い、生命の薫りを帯びた風の中、僕はその幹に手を触れていた。そこに、確かに生命の息吹を感じた。
 いや、それは少し違うのかもしれない。僕がそう感じたのは、彼女がこう伝えてくれたからなのだろう。
「桜の花びらが、風に舞ってますね」
 その言葉と同時に、僕は自分の頬に触れる微かな、優しげな、柔らかな花びらを感じた。
春、僕の心は少しずつ絶望とは違うものに満たされるようになっていた。
僕の手を引く彼女の手の平に、もっと深く触れられることを望んでいた。
その春、僕は光の失われた心に、違った光が注がれる感触を確かに感じていた。



 夏は僕の暗闇にさえ息苦しい暑さをもたらしていた。
 冷房の効いた室内にいても、夏のジリジリと照りつける日差しが窓から感じられ、僕の肌は夜の間も海に行った後の日焼けのようにひりひりと痛んだ。それでも僕は、窓を開けておくように彼女に言っていた。
 不思議な感覚だった。僕の瞳からは光が失われているのに、この僕の腕や顔には今も光が照り付けている。肌を焦がすほどに強い光が。
「今日も暑いですよ。外。それでも散歩に行くんですか?」
 もちろん、僕はいつも彼女の問いかけにそう答えた。心からそう思っていた。彼女との大事な散歩の時間を僕が欠かす訳が無かった。
 エレベーターで一階へ降りる時も、中庭へ続く廊下を歩く時も、彼女は僕の手を握っていてくれた。暑さのせいで手の平にかいた汗に、僕のこの気持ちがあふれ出て彼女に伝わってしまうんじゃないか、そう思うと恥ずかしくて、でも人混みを歩く時にギュッと強く手を握ってくれる彼女に、僕は心から感謝していた。そして、手を触れられるのに姿を知らない不思議な関係性が、もどかしくて苦しくて仕方ないと思いつつもずっと続いてくれることを願ってしまってもいた。
 中庭の小さな噴水が、その日から稼動を開始する、という話を彼女から聞いていて、僕は少し楽しみにしていた。
 もちろん僕の目は見えない。春の桜の淡い色彩を実際に目で見ることは出来なかった。
 でも、それは本当に辛いことなんだろうか? 目が見えていることが、そんなに幸せなんだろうか?
 遠くから聞こえてくる噴水の、その雄々しく吹き上げる音と、しぶきがタイルに叩きつけられる軽快な音。そして時折吹く熱風になびく夏の桜の木。目が見えていた時、これらの音の作り上げる世界を感じることが出来ただろうか? 
 そして、人の言葉の持つ美しさに、僕は気付いていただろうか?
「水しぶきが、綺麗です」
 ただそれだけの言葉が僕の体中を駆け巡り、ただそれだけの言葉に僕は体を震わせる。彼女の、時間にすればたった数秒間の言葉達が、僕の暗闇に美しい光に満ちた水の柱を浮かび上がらせ、僕は吹き上げる水の偉大さに感動するのだ。
 そしてその偉大なる水の前に立ち尽くす僕の傍らには、空白に身を固めた彼女が確かにその手を握り返していた。



 秋は雨が多く、散歩で外へ出ることが出来ない日が続いた。
「今日は、喫茶店に行きますか」
 陰鬱な、ただただ降り続く雨の音響の中、彼女は僕にそう声を掛けた。三日もベッドから動いていない。そのせいで随分と落ち込んでいた僕を見て気を使ってくれたのだろう、本来は看護婦と患者が一緒に入ることが許可されていない最上階の食堂兼喫茶店に僕を誘い出してくれたのだ。
 いつもとは違う場所へ向かう緊張感があった。エレベーターまでのいつもと同じ廊下ですら、どこか違う国を歩いているような不安感に押しつぶされそうになる。聞き慣れた看護婦の声ですらいつもとは何か違うような気がして、僕は気が気じゃなかった。
 そんな時、僕はただ彼女の手の平をいつもよりも強く握り締めていた。あまりにも強く握ったので、彼女は小さく「痛いです」と僕に言った。
 喫茶店に入ると、僕はコーヒーの、彼女は紅茶の食券を買った。パジャマ姿のままだった僕はお金を持っていなかったので、彼女がおごってくれた。
「遠くの山が、紅葉してますよ。すごく綺麗です」
 窓際の二人用の席に腰を落ち着けると、彼女は微笑みの混じった声でそう言う。僕は彼女の方を向いて軽く笑った。
「何かおかしいですか?」
 彼女が訊いても僕は笑顔をやめなかった。
「こうしてると、恋人同士に見えるのかな、と思って」
 僕がそう言うと、彼女は黙り込んでしまう。どうしたんだろう、彼女の表情がわからないから不安になる。
 僕は彼女が今どんな表情をしているのかわからなくて、彼女の手を探して両手を前の方に差し出す。
 その差し出された右手を、彼女は両手で捕まえて、そして引き寄せた。
 僕の右手が、引かれるままに彼女の胸元へと誘われる。手の甲がそこに触れると、柔らかな感触の中にいつもよりもずっと近い彼女の鼓動があった。その胸の鼓動は激しく、早鐘のように高鳴っている。そして、その振動が伝播したように、僕自身の鼓動も早まっていく。
 何か言わなければならない、そう思えば思うほどに頭は空回りしていく。何も思いつかない。彼女の鼓動を、僕の鼓動が追い越してしまいそうだ。
「コーヒーと紅茶をお持ちしましたぁ」
 その声が、二人の距離をいつも通りの患者と看護婦に戻してしまう。僕はテーブルに肘を突いて、行き所を失った手の指を組み合わせていた。
 鼻にコーヒーの香りが届く。苦味に酔ってしまうほど濃厚な、久々に嗅ぐその香りに僕はしばらく言葉を失ってしまった。
「砂糖は、いくつ入れますか?」
 彼女は何事も無かったかのようにそう言うとテーブルの上でガラス瓶を小さくカチャカチャと鳴らし、自分のカップに砂糖を入れた。
 小さな、シュッという音が、店内で談笑する男女の声にまぎれて聞こえてきた。
「……角砂糖?」
 僕は彼女にそう問いかけた。彼女はええ、と答える。
 そうか、今の音は、やっぱり角砂糖の溶ける音だったんだ。様々な声が行き交う中に、ただ一瞬起こった角砂糖の溶ける音。
 それは悲鳴だったんだろうか。角砂糖が角砂糖で無くなる時、彼らが発する悲鳴のようなものだったんだろうか。
 いや、違う。角砂糖が甘味に変わるとき、彼らが発するのはきっと歓喜の声なのではないか。自らの役割を全うできる喜び。彼らの役割はガラス瓶の中で煌くことではなくて、コーヒーや紅茶にその身を溶かし、一服の時間に甘味を加えることなのだから。
 そんなことを考えていると、テーブルの上で組まれた僕の手に、冷たいガラス瓶が触れる。ガラス瓶の中で、小さな角砂糖が揺れる感触が伝わってきた。
「自分で入れられますか?」
 僕は頷いてみせると、瓶の蓋を開けて小さなスプーンに一つ角砂糖を乗せると、自分のカップを手探りで探してそこに角砂糖を落とす。
 ポチョッ、シュッ。角砂糖が溶ける。
 僕はガラス瓶からもう一つ角砂糖を取り出すと、それを自分の口の中に放り込んだ。



 冷たい窓ガラスの感触が、冷ややかな外気を僕に感じさせてくれた。秋は雨音を伴って通り過ぎ、木枯らしの吹きすさぶ音だけが僕の暗闇には残された。
「いよいよ、明日ですね」
 彼女は僕の衣類をかばんの中にしまいながら明るくそう言ってくれた。
 そうだ。明日、いよいよ明日。
 僕の目に光が戻される。運命の悪戯に惑わされ、失われていた光が。一度は全てを諦めさせた暗闇が晴れる日が、とうとうやってきた。
 ある日は心から待ち望んだ光。ある日はもういらないと叫んだ光が、また僕の目を満たす。
 何も心配が無い、とは言えなかった。眼球の痛みは無いのに、彼女を呼びつけて困らせた日もあった。一度失われたものをもう一度手にする不安が、僕の心を支配していた。
 彼女を知りたいと望んだ。彼女を自分自身の確かな光の中で見つめ、いつも手を引いてくれた彼女の手を、今度は僕が握り締めたいと望んだ。そして彼女を見つめ、抱き締めたいと。
 だが、不安で仕方がない。もしかしたら僕は、暗闇の中に生きていたからこそ彼女を愛しいと思ったのではないか。本当は、心の中で勝手に作り上げた幻想の彼女に酔っているだけなのではないか、と。闇が僕の眼から取り除かれたとき、僕は目の前に存在している彼女を本当に愛することが出来るのか。
 そして、その日は不安な闇の中で震えている僕を無視して訪れた。
 診察室に足を踏み入れる時も彼女は僕の手を握っていてくれた。いつもは心強く思えていたその手の平が、今日は遥か遠くに感じられた。触れているのに、いつもならばそこから感じられる彼女の想いや優しさが、何一つとして感じられない。
「では、包帯を取りましょうか」
 医師がそう言うと、僕の頭に巻かれていた包帯が、彼女の手によって少しずつ緩められていく。目に加えられていた微かな圧迫が徐々に消えていく。
 やめてくれ! そう叫びたい気持ちを、僕は何とか抑えつけていた。
 一度は暗闇の中で一生を終えるのも悪くはないと呟いた。それが運命なのだから放っておいてくれと望んだ時もある。孤独な暗闇の中で死んでいくのが自分にはお似合いの人生なのだ、と。
 しかし、いつの間にか慣れてしまったこの暗闇が、今僕から奪われようとしている。失いたくない、そう願ってしまう。いつまでもこの暗闇で日々を暮らしていく生活を心から願ってしまう。
 包帯は僕の目から離れ、心許ない、自分の意思で開くことの出来る目蓋だけが僕の瞳の前に残されていた。もうすでに眼球は目蓋の裏に赤い血潮を感じている。
「さあ、開けてみてください」
 医師がそう呼びかける。僕はその言葉を受けてもまだ躊躇していた。まだ自らの内を満たす暗闇に縋ろうとしていた。


「大丈夫ですよ、さあ、目を開けて」


 声が、いや、声ではないのかもしれない。僕の手の平に触れたその感触こそが、僕にそう訴えかけているのかもしれない。
 いつも繋いでいたその手の平が、手の平ではなく僕の心に直接触れ、そして僕を励ましている。
 ああ、僕は何を躊躇っていたのだろう。
 何を怖がっていたのだろう。
 震えるこの目蓋を押し上げて、僕がこの手を握り返すのだ。
 

 さあ、光を求めて。


 そして、僕の前に降ろされていた帳は開かれる。
 優しい闇から光に満ちた世界に、僕は歩み出す。



 光に満ちた朝、僕は煌く世界で、自らの瞳に彼女の姿を宿した。
 僕を導いたその手の平、優しげなその顔立ち、思い描いていたよりもずっと美しい、その姿を。
 何も恐れることなど無かった。ただ彼女を信じればよかった。導きのままに進めばよかったのだ。
 満ち足りた闇から抜け出した時、僕は大いなる光を、傍らでいつも輝いていた光を、自らの眼ではっきりと見つめていた。
 


                  完


2006/01/09(Mon)20:53:36 公開 / 恋羽
■この作品の著作権は恋羽さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 ええ(恥 お読み頂きありがとうございました。
 ええ。たまには僕だって純愛物を書いてみたりするんだぞ、という(恥 
 映画では描けない感覚と思考の世界を、つまり小説ならではの空間構築を主眼に書いてみたいと思い書き上げてみたのですが、いかがでしたでしょうか。角膜移植の為に一年間も入院させられることは無い、という部分については、一応設定はあったのですがいまいちしつこかったので省きました。気にならないように書いたつもりですが、もし気になりましたなら一言頂けるとうれしく思います。
 それではお読み頂きありがとうございました。お気付きの点について、感想、批評等、頂けましたら喜ばしく思います。
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