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『星霜螺旋 』 作者:ベル / ファンタジー 未分類
全角9371文字
容量18742 bytes
原稿用紙約26.4枚
 0 ぷろろーぐ 

 −闇も病みも止み−

 午前六時の寒い空の下。一つの民家の窓の隙間から白い煙が吹き出している。
 ピカピカに輝いている窓から見えるのは、6畳半の部屋の中、茶色がかった髪の毛がピンと跳ねている少年の姿。キッチンに向かって立っている少年のそのフライパンの操り方は素人のものとは思えなかった。フライパンの中で油を跳ね飛ばしながら火あぶりの刑にされているのは一枚の太いステーキ。表面を焦がし過ぎないように何度もそれをひっくり返す少年。ちょうど良い頃合になったらしく、手元のコショウを手にとる。ひっくり返しはコショウをかけて、の動作を繰り返し繰り返し。部屋中に香ばしい香りが広がっていく。フライパンの中でこんがり焼きあがったステーキを皿にうつして、それをダイニングテーブルの上まで運ぶ。ナイフとフォークを傍らにセットし、食事の準備は整った。
 が、それは少年が食べるものではないらしく、調味料や器具を次々と片付けていく。一通り片付け終わった後、可愛いポイントの着いたエプロンをイスにかける。テーブルとは反対方向にあるトビラを開けて、続く廊下を歩く。つきあたりにある階段をリズミルに駆け上り、自分の部屋の前を華麗にスルー。一枚のトビラの前でその足を止める。トビラに打たれたクギに引っかかっているプレートには「E'l」と彫られている。そのトビラのノブを掴み、引っ張る。きっちりと整理された部屋の奥。開け放たれたカーテンから日差しが差し込んでいる。日差しが見事に直撃する位置に設置されたベッドが、こんもりと人の大きさ台に膨らんでいる。コンコン、と少年は壁を叩いた。
 「メシができたぞ」
 モゾモゾ、と布団は動いたが、やがて動かなくなり、反応が途絶える。ゴンゴン、と少年はさっきより強く壁を叩いた。
 「メシができたぞ」
 静かな声で少年は同じセリフを言った。ひょっこりと、布団から黒い髪の毛が姿を覗かせた。モゾモゾとまた蠢き始めたが、しばらくしてまた反応がなくなる。少年はベッドまで歩み寄ると、どこからともなく取り出した目覚まし時計のスイッチをONにし、布団の中へと投げ入れる。数秒もたたないうちにジリリリリリ! とけたたましく時計は泣き喚く。突然、ベキ、という破壊音が布団の中から飛びだして来て、破壊音と同時に目覚まし時計は泣き止んだ。布団の中から何かの塊が転がり落ちた。床に転がり落ちた塊は、ベコベコにへこんだ今は亡き目覚まし時計の亡骸。
 「メシができたぞ」三度目のセリフ。シン、と静まり返る室内。何の反応も示さないベッドの主。何秒か続いた沈黙を、プチ、と何かが切れた音が破り、次の瞬間には少年は行動に出ていた。ギュル、とベッドの主に背中を向けるように半回転し、足を振り上げてその勢いのまま真上へと飛び上がる。回転の勢いを殺さぬまま、振り上げた足を、否。カカトをベッド向けて振り落とした。その攻撃が着弾するか否や、と言う所で、布団の間から腕が伸び、少年の足首を掴んだ。チィッと少年は舌打ちすると、足を引き込み、腕を引きずり出そうとする。が、腕はたやすく足首を離し、また布団の中へと戻っていく。カカト落としを止められた少年は落胆せずに、すぐに次の行動へとうつっていた。ベッドからわずかにはみ出ている布団の端を掴み、それを思い切り引っ張った。布団は少年の頭を越して、少年の後ろへと力なく落ちる。ベッドの上で、一人の男が身をあらわにした。真っ黒い髪の毛と、ピンク色のパジャマ。布団を片手にゼイゼイと息を切らす少年。ベッドの上で丸まって尚も眠り続ける男。刹那、黒い髪の男の瞼がギョロリと開き、眼を剥いた。その眼が殺意に輝いた瞬間、少年は加速をつけてベッドを蹴っていた。
 ガシャン、と窓の割れる音と、窓の破片が同時に家の外へと飛び出した。窓を破って家の外へと飛び出す少年。2階の窓から躊躇なく飛び出した少年に向かって、窓の中から黒い奔流が伸びて襲い掛かった。まともにその奔流を受けたと思われたが、腕を交差している少年の目の前で、その奔流は二つに枝分かれしていた。背中から地面へと落ちた少年は、平然と起き上がり、横へと転がった。刹那、部屋の中からいくつもの光球が現れ、少年がいた位置へと振りそそいだ。小さな規模の爆発を起こし、砂塵が舞い上がる。煙の中からピンピンとして現れた少年は、2階の窓へと向かって大声を張り上げた。もう一度言おう、少年が落ちたのは2階からだ。
 「メシができたぞ!!」
 2階から落ちた事が、まるでなかったかのように少年は怒りを体全身から放出し、地面をダンと踏んだ。窓から顔を出した黒い髪の男は「イズ」と少年の名を呼んだ。
 「俺の眠りを妨げる者は、たとえ弟でも容赦はしないぞ」
 そのセリフに少年はさらに顔を赤くした。怒り心頭とはこのことであろうか。
 「お前が! 俺に! 今日の6時に起こせつったんじゃねーのか!!」と少年ことイズ。「朝っぱらから栄養つけたいからステーキ食いたいつったの誰だ!!」というイズの怒りに、イズの兄である黒い髪の男――エルダはしれ、と返した。
 「ああ、そういえばそんな事も言った記憶があるな」
 「いいからさっさとメシ食え! 冷めちまうぞ!」
 午前七時の少し暖かくなってきた空。一つの民家の窓から吹き出していた煙は完全におさまっていた。


 「なんだこれは、完璧に冷めてるじゃないか。俺にブタの餌を食わせるつもりか、作り直せ」
 とまるで貴族みたいな口ぶりでハン、と不機嫌丸出しの息を吐いたエルダは熱いブラックコーヒーをすすった。
 「お前が起きないから悪いんじゃないのか。目覚まし時計も叩き壊しやがって。自業自得だっつーの」
 エルダと対面するイスに座ったイズは、皿いっぱいのサラダに手をつけていた。
 「大体、今日は大事な仕事の日なんだろ? すぐに起きろよ」
 呆れたようにイズはトマトを口に放り込んだ。張本人のエルダはまるで人の話を聞かず、チ、と舌打ちをして、面倒くさそうに皿を掴みあげた。人差し指を冷め切ったステーキに向けて、精神を集中する。ポウ、と指先に紅色の光が灯ったと思うと、ボッと一筋の炎が噴き出した。ステーキの上で踊る炎に焼かれ、ステーキは作られた時の温度を取り戻した。多少のコゲが入ったが、それも気にせずにエルダはナイフとフォークを巧みに操り、口へと運んでいく。
 その様を見てイズが舌を出しながら気持ち悪そうに「うえ、良く朝からステーキなんて食えるな」と呟く。ロクに噛みもせずに細かく切ったステーキを飲み込んだエルダは「ばかもの、朝だからこそ血肉をたぎらせておかなければならないんだろうが。大体この程度で胃が痛くなるヤツが軟弱なんだ」と答える。厚さ1センチはあるステーキを常人が朝から食べて胃がおかしくならないはずがない。
 「お前の胃がおかしいんだ……」
 最後の一枚のレタスを口に放り込んだイズは、不可解な物を見る顔でエルダを睨む。自分の食事を終えたイズは、そそくさと立ち上がり食器を片付ける。「大体前から思ってたんだけどさー」と食器を水につけるイズ。
 「お前って人間じゃないよな、明らかに。どんなメカニズムで動いてるのか想像できない」
 「バカが、俺は全人類の上に立つ神たる存在なんだ。凡人と一緒にするなよ、愚弟が」
 言ってろ、とイスに腰をかけて、ホットミルクをすすった。
  
 積み重ね罪重ね
 
 ギッタギタの油が皿一杯に付着しているのを見て思わず「うえ」と眉をひそめた。自分で作ったんだから文句は言えないんだけれども。
 ガシガシと精一杯白い泡をまとったスポンジで薄汚れた皿を洗うイズの後ろで、黒髪黒眼の男、エルダは湯気の立ち上るブラックコーヒーを片手に新聞に目を通していた。「ふむ」と意味ありげに納得したように頷いてはいるが、実はどの記事にもまるで興味がないとイズは語る。雰囲気作りの為だけにこんな事をしているような兄を持つイズは、人前でこんなマンガでかっこイー紳士なおじさんがやってそうな事を実践されるたびに恥ずかしい思いをした。イズとエルダが踏みしめているラノワール大陸の中央部に位置する首都「ミドガルズオム」の中心部の広場でそれは起きたそうだ。
 証人Aの証言。
 「いやさ、誰もいない朝一番にランニングしてたらそいつはいたんだよ。この大陸にしちゃあ珍しい黒髪でさ。そいつの前を通り過ぎようとしたらいきなり『ほうほう』とか独り言言い出してさ。頭いっちゃってんじゃねえのかと思ったよ」
 証人Bの証言。
 「夜の広場でデートしてたらさ、新聞読みながら歩いてる奴がいたんだよ。街灯だけじゃ絶対見えないだろうに。近寄らない様にすれ違ったら『なるほどなるほど』とか呟きだして。薬やってんのかと思ったよ」
 証人Cの以下省略。
 ここまで並べれば分かるとおり、その奇人変人と歌われてる人物が自分の兄だと発覚したのはつい最近の事。10件を超える証言を耳に入れたイズは、恥ずかしさのあまり二日ほど不登校になったくらいで。後日「変人として見られてるからやめてくれ」と言ってみたものの。
 「ふん、自分の常識の外にいる存在を異端と見るような凡人の言葉に耳を傾けるほど俺は落ちぶれてはいない」
 などとさり気に論点が変わっていながらもそれらしい事をペラペラと、それこそまあどこから出てくるんだろうと思わず疑問を覚えてしまうほどの屁理屈の嵐。最後にエルダが付け加えた一言、人目を気にしたらカッコつけられないだろう、と言う発言でイズは完全に陥落した。納得出来ない部分があったのだが、何故か納得してしまったという。
 「ほー」とエルダが声を上げた。
 ――や、家にいるの俺だけなんだから。意味無いと思うんだけどな
 内心呆れながら、すっかり汚れの落ちた皿を水ですすぎ、軽く布巾で拭いてから食器棚へとしまう。タオルで手を拭いてから、イズもダイニングテーブルの椅子に腰をかける。チラ、と時計に目をやると、すでに7時半を過ぎている。
 「なあ」
 と、唐突にイズは口を開いた。
 「ん」
 「仕事8時半からなんだろ?」
 「お前こそ、学校は8時15分からだろう。行かなくてもいいのか」
 うぐ、と苦虫を噛み潰したような顔をして、エルダから視線をそらす。すぐに引きつったような笑みを浮かべた。「お、俺の事はともかくだな」と話題をそらそうと試みる。
 「その様子じゃあ何も用意はしてない様だな……まさかとは思うが、今日一日の授業全てをサボタージュするつもりではないだろうな」
 ……こ、こいつ。何故人の心が読める、と内心焦りつつ。必死で平静を保とうとする。
 「ん、んなこたああるはずが……」とイズ。
 「ならばさっさと準備をすませろ」とエルダ。「ここでお前が用意を済ませるのを見ていてやるから」せせら笑うようにエルダはアゴをしゃくり、ほら、さっさと用意しろと言った。どうやら観念したのか、イズはその場を後にして、階段を登った。
 イズが通う学校は、首都「ミドガルズオルム」よりも少し離れた場所にある学校で、そこでは人間の遺伝子に付着している「マナ(魔力)」を増幅し、服従させ、言うならば一人前の「魔法使い」へと仕立て上げるも機関である。当然、イズの細胞にもそのマナは付着しており、多少ならば操ることも出来る。
 だが本来ならば「魔法を操る」段階まで到達するには、かなりの長い時間をかけて、自身の細胞に付着したマナを「独立」させ、それを自分のマナタンク(魔力庫)と呼ばれる「器」に入れるところから始まり、そこから細胞が分裂するようにマナを分裂させ、増大化させ、自分が一通りの魔法を扱えるレベルになるまで繰り返す。
 しかし、ここで魔法を使えるというのではなく。今度はマナを飼い主である自分に「服従」させなければならない。この世の物質全てを構成しているマナにも自我は存在し、当然犬にしつけをするように、自分のマナを完璧に言うことを聞かせる段階まで行き、更にその自分に付着したマナが何を意味するのか。この世界にどんな自称を引き起こすのか。完全に理解した上で、それを別の魔法使いが指導し、マナが暴れないように調整し、自分の体に合ったマナを生かせるようにし。ここで初めて「魔法を操る」という段階にまで至る。通常の素人の生徒が0から全までを覚えるまでは、どんなに努力を積み重ねても10年以上の歳月を要する。
 学校で修行を積む期間は5歳〜20歳まで。つまり最低でも15歳からでないと、魔法を操る事は出来ないに等しい。
 そして自室から触媒になるリングと弁当を抱えてリビングへと走るイズの年齢は12歳。どう考えても習得できるはずの無い魔法を、何故イズがすでに未熟とはいえ扱えるのかというと。
 「この俺様が毎日毎日、お前に眠ってしまっている可愛そうな《才能》を生かすためなんだ」とエルダは鼻からふん、と息を吐きながらアゴを上げてイズを見下ろすように言った。「あーもういいからその話は後だ後」と、靴を履いて慌ててドアノブを引っつかんだイズは、ドアノブを引き、外の世界へと飛び出す。
 斜陽が照らし出す空、世界は今日も晴れ晴れしく輝いており、ついこの間まで冬だった事を忘れ去れるほど清清しい。すぅーっと鼻から酸素を取り込み、口で吐くと同時に「いってきますッ」と大声で叫ぶ。砂煙を巻き上げながら学校方面へととてつもないスピードで走っていくイズの後姿を見送り、エルダも「俺も行くかな」と家のドアを閉めた。

 @

 熱を吸収し、テカテカと日の光を反射させる、膝下まである黒いコートが青い空の下に一つ。カバンを一つ手にさげ、ドアのノブを閉めたエルダは仕事場へと足を踏み出す。10年以上かかる魔法の習得を、数年でイズに行わせたエルダが行う仕事は「請負人」であった。普通の請負人と違うところは、どんな請負人よりも魔法の才能を持っていた事と、請け負う仕事が国家専用であるという事だ。わずか3年しかイズと年齢が離れていない――15歳という歳で――宮廷魔術師の座に居座り、その身ひとつで戦争さえも終わらせてしまうという、魔法の素質も、頭の良さも、まさしく天からさずかった誰よりも秀でた才能を持っていた。
 本人いわく、魔法の孤立化、具象化、使役化をすべて終えたのは10歳との事。一体常人がかかる時間をどれほど短縮したのであろうか。何事にも秀でたものはどの場所にも必ず存在するが、彼の場合はそれよりも更に上回る天才ぶりであった。
 そんな彼の存在が、当時の12歳のエルダに追いつけていないイズのコンプレックスの一つであった。イズよりも頭がきれ、イズよりも魔法の素質があり、イズよりも身体能力があり、そして何気に俺よりもかっこいいし、俺よりも身長が高い。
 「俺ももっと才能があればなー……」などと、山のふもとに見える大きな大木の枝と枝の間から、エルダが家を出る様子を観察していたイズは、よっこいせとおっさんくさい声を上げて飛び降りた。3メートルはある高さを軽く飛び降り、スタッと軽い着地音が響く。きょろきょろと周りを見回し、自分と顔見知りな人物がいない事を確認すると、にんまりと口を輪切りにしたかまぼこのように吊り上げ、くっくっくと意味深長な笑い声をあげて、目の前を流れる川を見た。
 底まで透ける水が、どれほどきれいなものであろうか。魚が川の流れに抵抗して体をくねらせている姿を視認することができる。オレンジ色の光を帯びた水面は、ゆるやかな動きをもって流れ続ける。
 ポチャン、と水面で魚が飛び跳ねた。小さな波紋がどんどん広がり、広がり、消えていく。
 「釣り」をするのに絶好のポイントを探し回り、ちょうど座れるような石を見つけたイズはそこに腰を下ろした。肩にさげたリュックを自分の膝の上に乗せ、ファスナーに指をかけた。リュックに手を突っ込み、目的のブツを掴むとそれを引っ張り上げる。学校に行くはずのイズのリュックサックから出てきたのは、いかにも「釣り用具を入れるためのケース」だ。蓋のボタンを押すと、ケースの上側と下側をつなぎとめていた《留め金》のようなものがずれ、勢い良くケースは口を開いた。
 階段のように、3段の用具入れが飛び出した。ベルトにぶら下げてあったポーチから、《折りたたみ竿のような》棒を取り出す。カチリと柄のボタンを押すと、先端が飛び出した。先端から柄まで生えているわっかに、用具入れから取り出した糸を通していく。わっかすべてに糸を通すと、今度はそれを柄に着いているリールに巻きつける。入念に、丹念に、一ミリのズレもないように、力強く糸を巻きつけている。したたり落ちる汗が、自分の座っている岩に一滴落ちた。
 糸を全て巻きつけ、何かをやり遂げたような顔をする。用具入れから返しの着いた刺さると痛そうな曲線を描いた針にくくりつける。用具入れの一番下の段に収納してある透明の箱をあけ、そこから小さな針と大きさが同じくらいのエビを取り出す。そのしっぽに針を差込、頭まで貫通するように針を押し込んでいく。左手で竿の柄を持ち、右手で糸を持つ。
 ピュッと竿はしなり、糸は竿の先から水面めがけて飛んでいった。
 対岸とこちら側とちょうど真ん中当たりに落ちた浮きが、プカプカと静かにゆれている。
 ザア、と風が全てを撫でた。イズの体も、山の岩肌も、大きな木々も、川の水面も。少し強くゆれたが、再び静寂を取り戻した瞬間。浮きがピクっと川の中に引きずり込まれるように、沈んだ。その振動が糸を伝わり、竿を伝わり、イズの掌へと伝わる。その浮きの《ひき》が、獲物が掛かったものと本能で感じ取ったイズの目がギラリと光る。リールを指でつまみ、竿を思い切りひいた。弓の字にしなった竿から、ピンと張った透明の糸がきらりと光る。沈み、浮き上がりを繰り返す浮きは乱暴に揺られ、やがて水面に変化が訪れた。大小の波紋が広がり続けるばかりだった水面の上を、何かが踊りだしたのだ。
 水をかき乱しながら、エサに必死で喰らい着く銀色に輝く魚の姿。それを視界に入れた瞬間。リールを思い切り力の限りまわしながら、はちきれんばかりにしなる竿を、なおも引っ張り上げつづけた。
 「おぉぉおおぉぉぉおぉおおおおぉぉおおおおおぉぉおおおああぁああああ!」
 雄たけびを上げながら竿を引き、リールを巻き続けるイズ。対して、エサに喰らいつき、罠だと気付き、必死で逃れようと暴れ続ける銀色の魚。
 両雄の戦いに保たれていた均衡に、ついに終止符が打たれた。
 鬼神のごとき迫力で竿を引き上げるイズの力に、ついに魚がひれ伏した。恐ろしい勢いで水面を滑る魚の体。最早渦を巻きそうなほど回転するリール。叫ぶイズ。しなる竿。張る糸。
 ――パシャン
 水面から宙に吊り上げられた銀色の魚が暴れだし、水が四方八方へと飛ぶ。
 中々の大きいからだを持つ魚が咥える糸を掴み上げ、「だらッしゃあああぁぁああぁあぁぁあぁ」と叫ぶイズ。びっちびっちと暴れまわる魚を川原へと放り投げた。うわやべえ今回のはかなり大物だぜこんちきしょうひゃっほう。今日の勝利は晩餐でかざろう。どうやって食べる。捌くか、焼くか、揚げるか……。
 うへへとよだれをたらしながら笑みを浮かべているイズの斜め後ろで「おっほん」と誰かがわざらしく咳をした。
 「あー大きい魚だねえ」としゃがれた声で、そいつは言った。笑みを消さないままに「ええそうでしょー。何せ10分近くも粘った結果吊り上げた大物ですからねぇ。学校さぼったかいがありましたぜ!」
 ピク、とそいつの眉が釣りあがった。
 「ほう。君は学校には行かなくていいのかね?」
 「いやあ、今日はさぼりたかったんですよー。何せ今日は朝礼がありましたからねー」
 「ほお、どうしてかね」
 「いや、朝礼のたびに30分もベラ、ベラ、ベラ、ベラといらん事をくっちゃべる校長がいやですからねえ」
 「ほほお」
 「オマケにあいつ自分がヅラなのがバレてないって思ってるらしく。前の朝礼なんかヅラ忘れてましたもん」
 「それは、君が校長先生を嫌う理由にならないんじゃないのかい?」
 「いや、朝礼の時、朝日が反射してまぶしいんですよあのハゲ。太陽拳の使い手なんて聞いてねえぞ、みたいな」
 「なるほどなるほど。いやはや、君が私の事をそう思っていたなんてねえ」
 ……え。
 血の気が引く音が聞こえた。心臓が一瞬止まって、次の瞬間にはけたたましく鳴り響いているのが分かった。こめかみから冷や汗が流れるのが分かった。
 自分の後ろに立っている人物が、校長先生であるという事に気付いた。
 しん、と沈黙が当たりを包み込む。ビタ、ビタ、と魚が地打つ音がやけに大きく聞こえる。ピーヒョロローと木々の枝の上で小鳥が歌った。
 「……」
 パチン、とハサミで糸を切った。魚の口から針を外し、ケースへと針を戻す。竿からリールを外し、巻きついている糸を全て回収する。回収し終えた糸もケースに戻し、折りたたみ竿を元の短い棒へと縮ませる。腰にぶら下げたポシェットに竿とリールを入れ、ケースの蓋を閉じ、リュックサックへと戻す。
 キャッチアンドリリースと呟きながら大物の魚を川へと投げ込んだ。どぼん、と音を立てて魚は川の中へと帰った。
 無言のままにリュックを持ち、無言のままにその場に気をつけをして立ち上がり、無言のままに回れ右をし、無言のままに目の前にいる、頭が焼け野原と化している人物にビシっと敬礼をし、無言のままに深呼吸をし――
 走った。
 ――何で!? 何で何で何で何で! 何であいつがここにいるんだ!?
 チラと振り返ると、修羅がそこにいた。月のように口が裂け、鬼のような怒りの表情を浮かべ、輝く頭からは湯気が立っている。そしてイズのすぐ後ろを走っている。
 「ひいいいぃぃいぃぃッ!」
 悲鳴を上げながら逃げるイズ。キシャアアと奇声を上げながら追うハゲもとい校長。どこまで逃げても校長の勢いは止まらず、むしろ加速しているように見えた。否、イズが遅くなっている。
 ――なんて体力してんだこのハゲはッ
 ふと前を見ると、真っ直ぐ続く道が枝分かれするように、曲り道があった。そうだ、ここで全身全霊の力を振り絞れ。やつを振り切るんだ。カーブした瞬間、全てを出し切るんだ。
 曲り道をきれいなコースで曲り、直線が見えた瞬間。
 イズは風になった。
 信じられない速度で校長を振り切り始める。どんどんと校長が遠ざかっていく。しばらく走り続け、自分の家の裏の倉庫まで来ると、校長の姿はどこにもない。
 やった、勝った。勝ったんだ俺は。
 「いよっしゃあああああああ!」
 グッと天に向かって固めた拳を振り上げ、雄たけびを上げた。魚は逃がしちまったけどこの際関係ない。自らの保障が取れただけでもいい事じゃないかHAHAHA。
 「随分と早い帰りだな」
 ピシ、とイズの体が硬直した。
 イズの背後から、良く聞きなれた声が聞こえた。
 「学校は……どうした?」と、黒髪黒目の男。エルダは呟く。
 より一層大きな悲鳴が、青くなり始めた空に響いた。 

 
2005/12/29(Thu)14:59:32 公開 / ベル
■この作品の著作権はベルさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 
 久しぶりな人は久しぶりです。初めてな人は初めまして。
 激しく時間がない…。おなかが痛い…。
 さてさて、2件も感想が増えていたのに気付き、ヒャッホゥと声を上げて歓んだなんていえなy
 何とか今回は世界観の説明をチラと導入。京雅さんと甘木さんに何とか気に入ってもらえたらいいなあ。
 「人間じゃないよな〜」の部分にいたっては。
 目の前で朝っぱらからステーキを平らげているのを目にして思わずイズが「ありえねえ」の感情のもとに口にした言葉で、深〜い意味はこれからじょじょに明かされていくかと(謎
 その辺は企業秘密という事で。
 そして京雅さん、甘木さん、お久しぶりですです。ちょっと忘れられて悲しい気持ちもありますけれどもいやウチ程度忘れ去られて当然なんだよねそうなんだよねうふふあはh(ry
 ではではッ
 ノシ
 誤字upです
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