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『春爛漫』 作者:深海 / ショート*2 未分類
全角1536.5文字
容量3073 bytes
原稿用紙約7.9枚

狂おしいほどに恋しくて

殺めたいほどに愛しい―――。






春は暑くもなく、寒くもない。曖昧で歯がゆい季節。
桜の花が精一杯に自分の存在を主張して、空が薄いピンク色に染まる。
それは
まるで
一時の幻
一瞬の幻想
それに魅せられて集まる人々―――。



カーテンの隙間からこぼれてきた春の日差しは思った以上に強く
やわらかい日の日差しに包まれて爽やかに目覚めるというには程遠い。
それでも
額に汗をかくほどの暑さでもないのに、汗がダラダラと流れてくるのは
布団を行儀良く、爪先から肩を隠す形で眠っていたからだろう。
一体、誰から身を隠していたのかは検討もつかないけれど…。

でも
きっと
隠していたんだ。
きっと

多分…。

額の汗を指で払って、気だるくベッドから起きると鈍いギシっという音がした。
それは、体からも聞こえていて自分がどれだけの時間眠り続けていたのだろうか?
っと少しだけ疑問に思った。


カーテンをゆっくりとあけると一面が春だった。…また、この季節が来た。

遠慮なく目の奥に飛び込んでくる、淡く鋭いピンクに眩暈がする。
痛いぐらいに鮮やかすぎて吐き気がした。

そうか
僕はこいつらから隠れていたんだ。


ガラス越しに春が咲き誇る公園には朝だというのに人々が溢れていた。
まるで
甘い春に群がる蟻のようだ。―――そう思った。
だけど
本当は誰も、何も見ていない…胃がムカムカした。


僕が少しだけ窓をあけてみると待っていたとばかりに
いきおいよく
そして
どこか曖昧な風が土足でなだれこんできた。

カーテンがヒラヒラと踊る。
僕はただ無心でそれを眺めていた。







太陽が死んだ。

そして

月が生れた。






吹き止まない風と耳にこびりつく他人の音。

外から聞こえてくる音が少し止んでから、僕は春の咲く公園に足を運んだ。

園内では、まだ数名の他人が存在していた。
ほとんどアルコールに飲まれていて、僕が横切っても誰も気づきはしない。

目的もなくあるいていると、ひと際大きい桜の気に目を奪われた。
僕は魅せられるようにそれに近づいて…空を見上げた。

月の光を浴びて、怪しげに咲き誇る春―――。息が出来ない。
降り止まないハナビラに鳥肌が立つ。


誰かが言っていた。


桜のハナビラは嬉しそうに、楽しそうに散っていくのだと。
だから
散る様は綺麗で美しいのだと。


本当にそうだろうか…。
僕はその時頷くことができなかった。

さっきまで咲き誇っていた春が、あっけなく地面に落ちて
無数の蟻たちに踏まれる。死んでいく。黒く――くろく――――。
そんな惨めな死に方をするなら、初めから生れてこなければいい。咲くことなく死んでいけばいい。

僕は強く思った。だって…あまりにも悲しすぎるから。





月は闇に飲まれた。

そして

暗黒が生れる。




気づくと僕はベッドにもたれかかるかたちで眠っていた。体がミシミシと音をたてる。
カーテンを揺らす風がとても暑くて、僕は確かめるようにカーテンと窓を一緒に端によせた。


目の前に広がるのは赤い海。チリチリと音を立てている。

――――チリチリチリ―――――。

鼻につく焦げくさい臭いと、それを宥めるような甘い匂い。


あぁ…春が死んでいく。燃えて――もえて―――灰になる。

身動きが出来ない。否、する気もなかった。
瞬きさえ忘れてしまうほど
ただ
眺めていた。



開け放った窓から入ってきた春が力なく僕の頬を掠めて息絶えた。

何故だろう。涙が止まらない。

その時
僕は初めて気づいた。




狂おしいほど、愛していたのだ




殺めてしまうほど、愛しいかったのだ





僕が
「 」を殺した。





春はまだ燃え続けている。


僕はまだ瞬きが出来ずにいた――――。





春が


消えた






2005/11/07(Mon)22:19:33 公開 / 深海
■この作品の著作権は深海さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
今回は自分には珍しく長めになったと思います。
まだまだ、至らぬ点ばかりですのでご指摘など頂けたら幸いです。
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