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『ペイさん』 作者:トニー / リアル・現代 お笑い
全角4334.5文字
容量8669 bytes
原稿用紙約15.2枚
ペイとは何かというところから出発しました。どうぞ、ご覧ください。
 
 朝になった。
 すると、僕は目が覚める。なぜかというとそれまで寝ていたからである。変な夢をみたが何の夢かまでは覚えていなかった。変な夢だということがかろうじて記憶に残っていたので良かったが、下手をすると夢をみたということしか覚えていなかったかもしれない。
 変だった。
 この感情を、夢から目覚めた現実までにひきずっているのだからよほどのものなのだろう。だが、それをうまく言い表せない自分が歯がゆい。
 あまりにも無力な自分が歯がゆくて、絶望感にうちひしがれて、また寝たくなるほどであった。
 とはいっても、別に寝ても良かったのだった。
 今日は特に予定がないからだ。友人と遊ぼうか。と思って頭に浮かぶのは越君だけだった。越君はホームベースみたいな顔をしたオタク青年である。彼は、漫画やアニメのことになると熱狂的に語り始めるが他のことになるととたんに寡黙になる。それでいいのか。と思うときもあるが僕にしてからがあまり他人のことを注意できないようなご身分だったので、仲良く一緒につるんでいた。電気街を彷徨い同人誌やゲームを買い、僕の部屋や越君の部屋でオタクざんまいな楽しいひとときを過ごしていた。
 枕もとの携帯に手がのびる。折りたたみ式だったのを、パカッと開き、着信履歴をみると、

 越君 着信アリ
 越君 着信アリ
 越君 着信アリ

 と連発していた。
 それも、午前五時とか、早朝にである。
 こんなことはありえるはずがない。
 なぜなら、越君は夜型の人間だったからだ。
 僕は不吉な予感に襲われる。
 そして、ドアが叩かれたのは、その数秒後だった。

 素早く叩く強迫的なノックに薄気味悪さを感じながらドアを開けると、青白い顔の男が転がり込んできた。
「越君!」
 越君は、もう瀕死のようであった。医学的な知識がなくてもすぐにわかるような衰弱ぶりである。越君は、目を見開いたまま紫色の唇をあけて何やらつぶやく。
「……、ペイ」
「えっ、どうした?」
「パイ……」
「えっ」
「ぺ……イ」
 越君の口から血が吹き出る。
 それでも、越君は残り少ない体力のすべてを使うかのように必死になって話をしようとする。
「ペイ、ポ、パイ、ペイ、ペイ、パ、パイ……」
 とつぶやく。
 そして、目を見開き、
「ポイ!!」
 と絶叫して、伏したのだった。
「大丈夫か」
 と言ってもまったく返事がなかった。
 僕は困惑する。
 越君の脈は完全に止まっており、どうやら本当に死んでしまったようだ。
「越くぅぅん」
 僕は涙ながらに叫んだが反応はない。
 この世にただひとり親友といえるような友人の死であった。

 僕は、涙を拭いてから警察に電話しようとするとそれを止める手がある。
「やめろ」
「はい?」
 見てみると、ペイさんだった。
 
 ペイさんというのは誰かということから説明しなくてはいけないようである。
 僕は学生時代に友人が四人しかいず、本当に信頼できるのは今目の前で死んだ越君だけだったのであるが、ペイさんはその信頼できない友人の内の一人だった。といっても、別にペイさんに何かおかしなところがあったわけではない。ただ、ペイさんは僕より2歳ほど年上だったので友人というよりは先輩と扱ったほうが良いのではないかと思って、つまり遠慮して信頼しないことにしたのである。
 彼は、小柄で少し太っており頭は天然パーマで眉毛は濃く目は悪戯っぽかった。
 で、しゃべることが常にシニカルだったのである。
 いつか、ペイさんと学祭で一緒に他の大学に行ったことがあった。
 ある文芸サークルの連中と気が合って打ち上げのときに一緒に飲みに行ったんだけれども、ペイさん一流のシニカルなトークで周りを爆笑の渦にしてから会が引けて帰ったときに、
「もう、あの連中とは会わないだろうね」
 と言い出したのであった。
「どうして?」
 ってきくと、
「だって、僕は基本的に、バカどもたちとは付き合いたくないんだよ」
 そう、答えたのである。
 じゃあ、あの人たちの前で楽しそうに語っていた明るいペイさんは何だったのだろうか?
 僕は、あまりといえばあんまりな彼の性格に、寒気を感じたのであった。

 その彼が、いきなり現れて越君の死体を前にして警察に電話をかけようとした僕を制止したのだった。
「どうして、ダメなのですか」
 いや、そもそも彼じゃなくても、不思議に思うであろう。その上、彼が止めたのだから不思議は倍加した。
「それじゃあ、電話してみろよ」
「はい」

 僕は警察に電話する。
 しかし、反応がおかしかった。
 普通なら殺人事件ということで警察がすっ飛んでくるはずなのに今回に限って、救急車を呼んでくれと言ってきたのである。
「どうしてですか」
「えっ?
 何が」
「どうして、ダメなのですか」
「あ、それには事件性がないからだよ」
 と向うは、幾分かうんざりとしたように答えたのである。
「だって、これは、明らかな殺人でしょう」
「あのねぇ。
 殺人じゃないとは言っていないんです。
 事件性がない、って言っているんです」
「えっ、どういうことですか」
「あなたもわからない人ですね」
 何故か警官はキレ気味であった。
「えっ、ちょっと……」
 そしてひと呼吸おいてから、
「もう、それはペイでしょ。
 だから、ダメなんです」
「ガチャン」
 と電話は切れてしまった。
 
 僕は、彼の顔を見つめる。
 彼の目は真空だった。
「どういうことなんですか」
 窓から、西日が差し込んできて、越君の青ざめた顔を陽光が照らす。
 ペイさんは、しばらく石のように押し黙っていたが、つぶやくように答えたのだった。
 「……ペイ、だからかな……」

「あのー、ペイって何なのです」
「いや、それはよくわからないよ」
「わからないのに、どうしてこんな仕打ちを受けて納得してしまうんですか」
「いやいやいや」
 ペイさんは、首を振る。そして、欧米人のように肩をすくめる。
「それは、全然違うよ。
 俺はペイってものをわかりはしない。ただ、ペイがどのような扱いを周囲から受けるのか、ってことは知っているんだ。それに関しては、勿論、納得などはしやしないよ。むしろ、諦めていると言った方がいいのかもしれない」
「そうなんですか。
 まあ、いいや。
 それはともかく、おいときましょう。
 今は、越君の遺族に電話をしなきゃいけないし。
 携帯でも持っているんじゃないかな」

 僕は、越君の上着のポケットを探る。すると、『ほぼ日刊、心の手帖』と題されている小さな手帖が出てきたのであった。
「これは」
「手帖だね」
「何か書いてあるかもしれない」
 僕はいささか行儀が悪いが、テーブルに座り、手帖を見ることにした。ちなみに、ここはマンションの3LDKの一室で、両親が僕の大学生活を快適に過ごせるように借りてくれたものであったが、僕は卒業してもこのマンションの一室に住んで怠惰な生活を送っていた。
 越君の手帖は日記になっていて、細かい字でびっしりと、その日、その日に、印象が残っているようなことが記されていた。今は、そんなことを詮索するような気はないから、最近の日記を見ることにした。


 八月○日(事件の二日前)

 今日は、暴れん坊将軍について、三時間考えた。
 結論。やっぱりおかしなネーミングだ。


 八月○日(事件の前日)

 水戸黄門の、黄門って、どういうことだろうか?赤門だったら知っているが。


 八月○日(つまり今日)

 今朝、不思議なことがおきた。そいつは、いきなり机の引出しを引くと、目を剥
いて、
『ペイ!』
 と絶叫した。
 そして、俺のまぶたにキッスする。
 ハネムーンな気持ちでペイ。

 日記はそこで終わっていた。
僕はこの手帖を読んで唖然とせざるをえなかった。

「何が書いてあったの?」
 とペイさんがきいてくる。
 黙って、僕はペイさんに手帖を渡した。
 ペイさんは、読む。
 そして、僕に手帖を返した。
「確かに、変だ。
 コメントもできん」
 僕は腕を組みながら、コメント力を鍛えたいねとぼんやり思った。

 僕はそれから、越君の死体を探ってとうとう携帯電話を見つけたのであった。
「よし、これだっ!」
 携帯の画面を見ると留守録があった。
「何だろう」
 再生してみる。

『どうも。
 このメッセージは、呪いのメッセージです。
 このメッセージを聞いた者は、
 口から血を噴出して、
 パイ、ペイ、ポイ、パイ、ポ、ペイ、ポイ
 と絶叫して
 13分間、仮死状態になりますよ』

「えっ」
 時計を見ると越君が死んでから丁度、13分だった。
 さっきから倒れていた越君は、いきなり起き上がる。
「あれ……、俺は何をしていたんだろうか。
 確か、君と『ロードス島戦記』と『指輪物語』はどっちがすぐれているか、議論をしにやってきたんだけれどもねえ」
「い、生きている」
 越君はけげんな顔をする。
「そりゃ、そうだよ、生きているよ。
 だって、死んでないもの」
「わーい、わーい」
 僕とペイさんとは大喜びだった。

「なるほど、そういうことだったのか」
 ペイさんは納得したようにつぶやく。
「何が」
「多分、日本中で、このようなわけのわからない事件が頻発しているんだよ。
 だから、警察も相手にしてくれなかったんじゃないかな」
「そうか」

「ってことは……」
 二人は、顔を見合わせる。
 お互いの唇から血が流れていた。
 そして、
「パイ、ペイ、ポイ、パイ、ぺ、パイ、
 ペェェェェイ!!」 
 と絶叫して、僕の意識は遠くなってしまったのであった……。

 目が覚めると、越君が僕を心配そうに眺めている。
 どうやらしばらく床で寝ていたようだった。
 越君が上から僕を見下ろしている。
 不思議なことにペイさんがどこにもいなかった。
「あれ……、ペイさんは?」
「えっ、誰、それ」
 越君はきょとんとした顔をする。

 それから、色々な人に聞いてみたのだが、誰もペイさんの存在を知るものはなかった。
 そして、あの、謎の携帯のメッセージの事件も誰も知らなかったのである。
 越君に至っては、かたくなに自分が血を吐いて倒れていたことを否定していた。
 しかも、僕の部屋には血が出ていた痕跡もないのである。

 あれは何だったのだろう。
 今でも僕は散歩などをしたときに心の中で、ペイさんの顔を空の上に描いて考え込んでしまうときがある。
 何やら知らないが自分の中で、ペイさんがとても愉快な人だった記憶だけが残っているのだ。
 そして僕は、空に向かってつぶやくのだった。

「ペイさん……、
 フォーエバー」

 
                                おしまい
2005/09/12(Mon)09:19:17 公開 / トニー
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