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『死神〜Ill-treat〜(後編)』 作者:上下 左右 / リアル・現代 ファンタジー
全角9499.5文字
容量18999 bytes
原稿用紙約27.1枚
(前編)




 もうすぐ秋だというのに、その山にある木々はまだ力強く、青々とした葉を茂らせていた。
 そんな光景を、傾いている太陽から発せられる真っ赤な光が見事なまでに緑を打ち消し、まだ少し早い真っ赤な葉を作り出している。何も、本当に色が変わっているわけではない。葉を生やしている木も、草も、人間に森林伐採され、剥き出しになった大地も夕日は分け隔てなく照らしている。
 まるで、絵に描いたような光景だと人が見たら言うだろう。
 それだけ美しい光景の中に、不釣合いなものがあった。目からとめどなく涙を流し、泣き崩れている少女。歳はまだ小学生に入学したぐらいだろう。近くに落ちている黄色い帽子。それが、彼女が低学年だということを表している。
 少女は、いつの間にこんなところまで来てしまったのだろうか。彼女の住んでいた場所からは山など見えることはなかった。それなのにその場にいるということは、それなりに遠くに来てしまったということになる。
 昨日はたしか、家に帰るのが少し遅くなってしまい親にとても怒られたような記憶がある。それも、一般家庭で行われている説教など比べ物にならない。それはもう、虐待といってもいい。罵声を浴びせられたあげく、暴力を振るわれる。
 世間にはあまりわからないように顔にだけは暴力を振るわれなかったが、服で隠れる体には、無数という言葉だけでは少ないくらいの痣や傷が生々しく残っていた。
 友達に何度もどうしていつも長袖なのかと聞かれたことがあったが、寒がりだからという理由以外答えることがなかった。親から言われているだけではなく、彼女自身もそれを見られるのが嫌だった。だから、今のところ体操服に着替えなければならないような授業に出たことがなかった。学校には体が弱いから、とだけ言ってある。
 今までそれにも我慢していた彼女も、昨日はついに爆発した。どうして自分はこのような仕打ちをされなければならないのか。少女はよく人に大人びているといわれるが、そういう家庭環境にいればそうなってしまうものなのだろうか……。
 泣くのをやめ、冷静になって思い出してみると、彼女はひとつの光景を思い出した。それは、包丁を持っている母親。その人が自分に向かって歩いてくる姿だった。
 いったい、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。かなりの量の涙を流しているというのに、なんだか流していないような気もする。何故かそのような錯覚に陥ってしまう。
 とにかく、早く家に戻らなければまた昨日のように暴力をうけてしまう。もう、あんな思いはしたくない。
 そう思い、前に進みだした彼女は不思議な感覚に襲われる。地面を踏んでいるのに踏んでいないような矛盾した感覚。体に重みというものを感じない。
「待て、どこに行こうというんだ」
 突然、彼女の後ろから声がした。今まで風が葉を揺らすような音しか聞こえなかった静寂の中でその声は何よりも大きく、何よりも少女を驚かせた。その証拠に、彼女の体はバネが仕掛けられていたかと思えるほどにビクっと反応した。
 恐る恐る後ろを振り返ってみる。そこには今までなかった影があった。いや、それは影ではない。影のような格好をした人間だった。いくら小学生だからといって後ろに人が立っているのに気が付かないわけがない。
 少女の感覚には何の問題もない。あるのは影のような人間のほうだ。黒い服に長い髪。そしてその人物の名前の由来にもなっている真っ黒な瞳。光に溢れる都心部でも立つ場所によっては全く気が付かないかもしれない。
 歳は彼女よりも四、五上だろうか。人形をそのまま人間にしたかのような顔立ちをしている。不思議なことに、夕日でほとんどのものが赤く照らされているというのに、彼女はこの世の光に当たっていないかのように真っ黒だ。
 その小さな体では持っているだけでも大変だと思われる大きな鎌。それを当然のごとく背負っている。その刃は加工する際に何かを混ぜたかのように少し黒い色をしていた。
 少女は何を言うことも無く後ずさりする。親から、知らない人とは口をきいてはいけない、という言いつけを必死に守ろうとしているのだ。
 そんなことをまったく気にしないで影は近づいてくる。そして、先ほどと同じ質問を彼女に言った。
「今から……、家に帰ろうかなって……」
 思ったように声が出ない。なんというか、その人物からはプレッシャーにも似た雰囲気が滲み出ている。
 無表情のまま、黒い服の少女はため息をつく。
「お前はもう、家に帰る必要などない。というか、帰ることはできない」
 少女らしい透き通った声なのに、男性のような口調で、しかも感情がこもっていない。それゆえに相手に違和感を抱かせるような動きで意味のわからないことを口走った。
「どういう……こと?」
 二人の少女が正面から向き合う。その光景を他の人が見れば姉妹のように見えるかもしれない。
理解できないことを言われた背の低い少女は、その言葉を発した本人に聞き返す。
「お前はもう普通の人間には見えない。私と、ある一部の人間にしかな」
 せっかく聞き返したというのに、またも意味のわからない答えが返ってくる。もしも、少女のことを本当に一部の人間にしか見えないのなら目の前にいる年上の女性も特別な人間ではないのか。先ほどの説明で自分と特別な人間をわけた理由は、人生経験をあまりつんでいないこの子には考える知識がなかった。
「簡単に言えば、お前は死んだ」
 理解できない少女に一言で説明する。それが、説明と呼べる代物とはとうてい思えなかったが……。
 その言葉を聞いて、さらに意味のわからなくなる少女。混乱させた原因である少女は追い討ちをかける。
「私はお前達がよく死神と呼ぶやつだ」
 死神。昔、絵本か何かで出てきたことのある単語。たしか、人の魂を地獄とかいう場所に連れて行くといわれる者。だが、いくらそんなことを言われても絵本で見たものとは似ても似つかないのだ。それには頭が髑髏、その体は人間など比べ物にならないほど大きな体。一致しているといえば彼女の背負っている大きな鎌だけだ。
 だが、どうやら信じる信じないは相手にはなんの関係もないようだ。整理の付いていない少女に対して死神はさらに何かを言おうとした。
「ちょっと待って!」
 しかし、少女も負けてはいない。これ以上混乱しないようにその言葉を強制的に止める。
これだけ信じられないようなことをたくさん言われたのだ。大人でもパニックになるというのに、少女である彼女が簡単に理解できるわけがない。
 到底信じることはできないが、目の前にいる自称死神に少し待ってもらえるように要求する。すると、思っていたよりも簡単に了解を得ることが出来た。想像ではもっと融通がきかず、問答無用で相手を連れて行くものかと考えていたので、少し死神に対する考えが変わった。少しの間、両者の間に沈黙が流れる。片方は考え事を、もう片方は何を考えているのか分からない表情で自分よりも背の低い女の子を見下ろしているだけ。補足説明を入れるつもりは全くない。
 死人の少女は死神に何も質問をしない。ということは、まだ理解していないということだ。
 傾いていた日がだんだん山の中に吸い込まれていき、ついにはその姿を消す。その役目を引き継ぐかのように浮かんでいる月は、太陽のような勇気の出る強い光ではなく、その淡さ故に包み込んでもらえそうなやさしい光を放っている。
 二人の沈黙はまだ続いている。死神は、少女がいったい何を考えているのか、自分の持っている力を使って知ろうかと考えたが、やはりそれは止めた。いくら死神といえども相手の心に土足で踏み込んではいけないと彼女は思っているからだ。
「お姉さんは私を地獄に連れて行くの?」
 少女が口を開いたのは真っ暗になってからすぐのことだった。二人とも闇黒の中にいるというのに、まるで自らが光を放っているかのようにはっきりと見える。
「ああ、少し違うがそれが私の仕事だからな」
 悲しそうな声で言った少女に対して何の感情もなく言い返す。
「連れて行かれる前に、ひとつだけお願いしたいことがあるんだけど」
 元々死神は「生き返る」と「人を殺す」という願い以外、ひとつだけ望みを叶えるという自分なりのルールがある。それさえなければ彼女は、死者に話かけることなどない。いつもなら死神自らそれを説明するのだが、今回はそれをしなかった。
「なんだ?」
 叶えられないことはないが、叶えるつもりのない二つの願いのことを毎回欠かさず言ってきたが、その必要はないと判断した。このぐらいの少女ならどちらの願いも言わないと思ったからだ。もしもそれを願ったとしても、それは無理だと言えばいいだけの話し。
「私……、お母さんに……会いたい」
 少女の言葉は震えていたがはっきりと発せられた。
 死神は少し不思議そうな顔をしたが、すぐにオーケーを出した。彼女がそのような顔になったのも仕方がないことだ。この少女を殺したのは母親。それが分かっているというのにその相手に会いたいとは変わった思想の持ち主だ。まさか、あった瞬間に呪い殺そうとか考えているのではないか。少しそのような不安があったが、それよりもどうして彼女が親に会いたいといったのかに興味があった。
「目を瞑っていろ」
 いくら死神とて相手の全てを把握しているわけではない。死んだ原因や場所などはわかるがそれ以外の情報は自分で聞き出したり、心を読んだりして収集しなければならない。本心では嫌がっていてもこの時だけは仕方がないと諦める。
 少女が言われたとおりに目を瞑ると、死神は接近していく。そして、なでるようにやさしく相手の頭に手を置くと、自分も同じように目を閉じた。
 頭の中に少女の記憶が、まるで吸い取っているかのように流れこんでくる。この力も万能ではないので考えている部分だけを見ることができない。今考えていることを読もうとしても関係のない記憶まで流れ込んでくる。
 少女の頭の中。記憶。楽しいものもいくつかあった。友達と遊んでいる時、学校にいる時。それは本当に楽しそうだった。しかしそれを中和。いや、ぶち壊して彼女を苦しめているもの。それは家にいる時間だった。
 親と一緒にいる時間。それは見ているほうにも苦しみが伝わってきそうなほどにひどいものだった。
 そこまでで死神は頭の中を見るのを止めた。この子の住んでいた場所はわかった。あまり多くの情報を得すぎてしまうとまた相手を連れて行くときに無駄な感情が湧いてしまう。それのせいで危うく、自分が消されそうになったことがあった。もう、そんな失敗は繰り返したくはない。
 目を瞑っている少女は死神が頭の中を見るのをやめた今でもその行動を持続させている。瞬間移動をするのに、いちいち何かを言われるのは面倒なので、今のうちにそれを済ませてしまうことにした。
 自分にしか聞こえないような声で何かをいうと、それと同時にまわりの景色が一瞬歪む。そして、それが元に戻ったときには先ほどとは似ても似つかない場所になっていた。いやというほどあった木がほとんどなくなり、代わりにコンクリートで舗装された道がどこまででも続くかのような勢いで伸びている。緑は、その脇に綺麗に立ち並ぶ人間の住居。そこの間からわずかに見えているぐらいだ。
 商店などは見あたらない。家だけが延々と並んでいる住宅街というやつだ。周りには人影というものは全くなく、立っているのは二人の少女だけだ。瞬間移動といっても、二人はほとんど動いていない。移動というよりは強制転移のようにも見えた。



(後編)



「もう、目を開けてもいいぞ」
 何かされると考えていたので、少し脅えたように少女はゆっくりと目を開ける。まず、第一に目に飛び込んだのは自分の家だった。彼女にとっては約一日ぶりの帰宅だ。見慣れた玄関。見慣れた道。たった一日見なかっただけで数年も見なかったかのような懐かしさを感じる。しかも、その場所を二度と生きて通ることができないと考えると、少し悲しくなってくる。
 生きていた時と違い、ドアを開けることなく中に入る。屋内はシーンと静まり返っており、まるで誰もいないような、そんな感じがした。しかし、今の彼女には自分の母がどこにいるのかわかっていた。
 壁があることをきにすることなく、目的の人物がいる部屋に向かっていく。人間、無意識のうちに歩き方を覚えているのと同じで、少女は誰に教えられたわけでもないのに上手に空を飛んでいく。
 その人物は二階にある自分の部屋にいた。隅っこのほうで音をたてないように荷造りをしていた。どうやら、どこかに行く予定だったようだ。
 少女はその光景を何も言わずに見つめている。相手は人間。こっちは幽霊なのだ。先ほど死神は自分と一部の人間以外にしか見ることはできないといった。その一部の人間というのはテレビなどでよく見る霊能力者のことだと思っていたからだ。
その解釈の仕方はどうも間違っていたらしい。なにかを感じ取ったからなのか、後ろを振り向いた相手は、少女と目が合った。作業が完全に止められて、空耳が聞こえてくるほどの静寂が広がる。
 人間、あまりにも現実離れしたことが起こると思考が一時とまるというが、まさにそんな状態。無表情のまま母親は時間が止まったかのようにじっとしていた。
数十分、いや、実際には数秒しかたっていなかったが、それだけ長く感じられた。
「ママ……」
 彼女はうれしかった。いくら自分を殺した人物だったからといって、少女にとっては大切な人。いくら暴力を振るわれようとも、そばにいなくてはならない存在なのだ。うれしさのあまり、またも涙が出てきた。本当は出ているのかどうかわからない。この体になってから感覚というものがほとんどなく、もしも何かに触れることができたにしてもおそらくわからないだろう。
 その言葉を合図にしたかのように、母親は恐怖に支配された顔になり、壁まで休むことなく後退してく。途中、進行方向にあったスタンドに引っかかり、その場に腰を下ろす形になってしまった。
 赤みを帯びた顔が嘘だったかのように一瞬で真っ青になる。アニメでよく、瞬時に顔色が変わることがあるが、まさにそれが現実に見られるなど思ってもみなかった。
 感動の再会ができると思っていたのは少女一人であった。相手はそんなことを微塵とも思ってはいない。表情からして心の中は恐怖という感情しかないに違いない。もしも彼女が心を読むことができても、その必要はないだろう。
「なっ、なん、なん、なっ……」
 あまりの驚きと恐怖により上手く舌がまわらないのか。何度もその言葉だけを傷ついたレコードのように繰り返している。
 だが、どうも彼女にはその感情があまり伝わっていないらしい。母親に、自分の姿が見えることがわかってうれしかったのだ。このまま、気づかれることなく見ているだけかと思っていたのでその喜びは大きい。
 その感情を抑えることができなくなった少女は、親に向かって飛んでいく。
「来るな!」
 その叫び声と共に投げられた地面に転がっていた本。それが彼女の体をすり抜け、後ろにあった箪笥に鈍い音をたててぶつかった。
 べつに、それが痛かったわけではない。彼女のような存在は基本的には現実にあるものに触れることができない。それでも、少女の動きを止めるには十分すぎるほどの効果があった。
 壁をすり抜けることなど人間にはできない。自分が人間であれば、今のように本が体をすり抜けることもない。母親から浴びせられる化け物を見るような視線。それにより、少女はようやく気が付いた。
「いったい何が悪いって言うのよ。お前が生まれたおかげで私がどれぐらい苦労したと思っているのよ!」
 歳はまだ二十代中盤といったところだろう。このような言い方をするということは、彼女は望んで子供を身ごもったわけではないようだ。娘の年齢を考えるとそれはおそらくまだ十代の頃。一番遊び頃の年齢だ。
 自分が望まれて産まれたのではない。それは、心のどこかでわかっていたのかもしれない。だが、いくらわかっているとはいってもそれを実際口にされると今まで振るわれてきた暴力など撫でられていたと思えるほどに心へダメージを彼女に与えた。
 その場に浮いたまま前に進もうとはしない。
 母親の方はまだ何か言っているようだが、少女の耳にそれが届くことはない。心が、これ以上精神的ダメージを受けるのは危ないと感じて入ってくる言葉を無意識に拒否しているのだろう。それほど、今の言葉は彼女に対して威力のあるものだった。
 どうして自分には父親と呼べる人物がいないのか、昔一度だけ聞いたことがあった。もちろん理由を教えてくれるはずもなく暴力を振るわれたが、その時の母親の顔はとても悲しそうだったのを覚えている。
 母親はそんな考えている少女の横を全速力で通り越し、部屋から一気に飛び出していった。今の彼女は身なりなど気にしている余裕はない。少女の霊は自分のことを殺しにきたのだと思い込んでいるのだ。だから、決して捕まるわけには行かないのだ。
 階段を本当に転がるようにして下りていく。もう、玄関は目の前だ。後は、全力でお寺に逃げ込めば何とかなるだろう。
 完全に霊から逃げるための計画ができた彼女は靴を履くこともなく勢いよく外に飛び出した。真っ暗だった家の中に街灯の光が入り込む。いつの間にか、玄関の近くに置かれていた安物の瓶が割れている。おそらく、彼女が勢い余って倒してしまったのだろう。
 勢いよくドアを開けたわりには、彼女はまるで時間が止まったかのように動きが停止している。その視線は、たった一点に向けられている。そこにいるのは、先ほど少女をここまで連れてきた死神だった。
 見た目は少し悪趣味な服を着た顔立ちのいい普通の少女だ。だが、見た目とは裏腹に周りに漂う雰囲気、彼女の存在自体が自分達人間とは何かが違うのだ。霊感が無い彼女でもそれがわかるということは、死神という存在はそれほど大きなものだということなのだろう。
 今まで呆然と空を見ていただけのその少女は、突然女のほうに顔を向け、そして小さいのだがはっきりとした声で話しかけてきた。
「今のやり取り、しっかりと聞かせてもらった」
 透き通ったその声は、歌わせればきっと人の心にそれが染み渡るに違いない。それは、男性のような言葉遣いでも変わることは無い。
 相手が何者なのか、彼女にわかっていない。ただ、声を出そうにも黒ずくめの少女を怖がるようにして出てくれない。
「私が見えているようだが……。ということはお前、もう少しで死ぬぞ」
 そのことが、まるで当然のようにその言葉を何のためらいも無く言い放つ。
 わけのわからないその言葉に、女性は少しずつ後ずさりしているようにも見える。自分の殺した相手よりも、目の前に立っている謎の少女の方がよほど恐ろしいのかもしれない。だから恐怖のあまり飛び出した家の中にまた戻っていっている。
「まあ、詳しい話はその時でいいだろう」
 それだけを言うと、少女は女をすり抜けて家の中に入っていってしまう。
 信じられないような顔をして止まった女は、その場に倒れてしまった。

「もういいのか?」
 奥の部屋で何かを考えるようにして立っている少女に、来たばかりの死神は声をかけた。
「ありがとうお姉ちゃん。もういい」
真っ暗な空間に一人だけで浮いている少女は必死に小さな声で答えた。その声は弱々しく、今にも消えてしまいそうなほどの声。諦めたような言い方だった。
死神はそんな彼女に同情の言葉をかけるわけでもなく、何を言っているのかわからないほどの小さな声で何かを唱える。すると、今まで壁のあった空間が一瞬にして崩れ、地球上には存在しないほどの暗い空間が現れた。
「ねえ、私って生まれてきちゃいけない子供だったのかな……」
 その作業を終えて一息ついた死神に、少女が小さな声でそう尋ねた。だが、その問いに死神は答えない。
 下を向いたまま泣いていた少女は突然、少し背が高いぐらいの死神に抱きついてきた。これにはできるだけ感情を表に出さないようにしている彼女も驚いた。霊体は現実のものに触ることはできないが、同じ者同士なら触ることができるらしい。
「さっき、ママに言われたの。私は、生まれてこなければよかったって……」
 直接その言葉を発したわけではないが、この歳でもそれぐらいの解釈はできたらしい。いくら母親で、殺したいくらい憎いからといってあの言葉は、子供に対して言ってはならないものだ。
 死神は今まで涙というものを流したことが無い。だから、どうして自分に抱きついている少女が泣いているのかははっきりとはわかっていない。しかし、今まで人間に接してきた彼女は心のどこかではわかっているのかもしれない。それゆえ、このような言葉が出たのだろう。
「そんなことはない。この世にもあの世にも、生まれてくる者には全ての意味がある。お前も、そして私も。きっとお前の生まれたのにもちゃんとした意味があるはずだ。大丈夫。きっと次生まれてくるときはもっとしっかりした使命をうけている」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
くっついている少女を離し、顔を見合わせる。そして、今までに無いほどの微笑を小さな子供に向けた。それは、妹を安心させるために見せる姉のような笑みだった。
 少し難しい説明に小さく頷いた少女は、理解しているのかしていないのか、とりあえず泣くのを止めている。そして、先ほど死神の開けた空間の穴に向かって歩いていく。まだ何も説明していないのに、彼女はあれを潜ればいいことをわかっているようだ。
「私、お姉ちゃんに会えてよかった。ねえ、名前を教えてよ。絶対に忘れないから」
 それは無理だということを死神はわかっていた。人間は生まれ変わる際、生前の記憶と死後の記憶は全て消えてしまう。だから、今までに受けてきた苦しみも死神の名前も全て消えてしまう。自分が生まれ変わったということもわからない。それでも、彼女はその名前を口にした。前に、唯一の友達につけてもらったせっかくの名前。聞かれたからには名乗るようにしている。
「私はクロミ。忘れないようにな」
 あえて相手の名前は聞かない。死霊達は全員自分の名前を言うことができない。覚えていないわけではない。何故かわからないが名乗ることができないのだ。だから、それを知っているクロミは聞かない。
「じゃあね。クロミお姉ちゃん」
 別れの言葉はそう多くは無かった。その一言だけを言うと自分をお姉ちゃんと呼んだ少女は真っ暗な空間の中に消えて行ってしまった。
 先ほどまで話し声の聞こえていた部屋には静寂のみが支配していた。誰も話す者のいなくなったそこは、何年も人が住んでいなかった廃墟のようになってしまっている。
 そんな中に、真っ黒な服を着た少女が一人で佇んでいた。
「人間というものは不思議なものだ。望みもしない命を生み。そして要らなくなればそれを廃棄する。本当に、興味の絶えない生き物だ」
 無表情の中にちょっとした悲しみを秘めたその顔は、次第に薄れていき、そして闇の中に溶けるようにして消えていった。後には家の主によって散らかされた部屋と永遠に続きそうな静けさだけが残った。






2005/08/26(Fri)18:59:57 公開 / 上下 左右
■この作品の著作権は上下 左右さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは〜。上も下も右も左も上下 左右です(はい?)
前回はちょっと理由があり削除させてもらいましたが、今度は本当に復活です(誰も望んでない!)久しぶりに書いた死神シリーズ。なんというか「変」にも見えてしまいますね。お見苦しいすみません。それでも読んでもらえればうれしいです。それでは、また後々会いましょう。



後編を更新で御座います。いや〜、なんかありきたりかもしれないラストで申し訳ない。もと期待していた方々すみません。それでも少しでも楽しんでくれればうれしいです。それでは、読んでいただいた方々、有難う御座います。
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