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『カタリナギ 〜優罪の記〜 第2話』 作者:影舞踊 / ファンタジー ファンタジー
全角15260文字
容量30520 bytes
原稿用紙約46.8枚



――優しさは罪だ 相手に対しても 自分に対しても
       けれどもそれには罰がないから 僕らは罪を繰り返す――






プロローグ  「ドラム缶の焚き火とともに」



 少年と少女、まだ成人していない顔つきの二人が、明らかに酒のにおいがする場所で寄り添っている。
 腰掛けているのは古いコンテナで、手をつけば錆がついてしまう。座っている部分にはダンボールを敷いてあるから大丈夫なのだが、迂闊に動くとひどく汚れてしまう。少年はぐいとコップを口に運んだ。
 バックミュージックもない瓦礫の町は静かでありながら、そこにいる人々は和気藹々と安い酒を酌み交わしている。夜空には星を隠す薄い雲と、刺々しい形の三日月がぼんやりと浮かんでいる。
 唐突に、思いつめた表情をしていた少年が口を開いた。
「どうなんだろうね……」
 覇気のない声に少女は首をかしげた。
「時々思うんだ。『笑う』ってなんだろう? って。泣くのも、怒るのも理由があるだろう? だって悲しいから泣くんだし、辛いから怒るんだ。けれどもね、笑うのはいつでもできるだろう? 悲しいときも、辛いときも、何にもなくたって笑うことはできるんだ。すごく薄っぺらで、けれどもすごくわかりにくい感情だと思うんだよ」
 少年の目は鬱々として、それでもその顔には一抹の光を宿して語る。
 少年よりずっと小さい少女はぼんやりとその顔を見ながら言った。
「それでいいんじゃない? 嬉し涙だってあるし、照れ隠しに怒ることだってあるもの。笑うだけが特別なことじゃないわ。ナギは考えすぎなんだよ」
 少年は顔を上げる。焚き火の光で火照ったような頬をすっと水滴が湿らせる。
「そうかもしれないね。僕は考えすぎなんだと思う」
「雨、降ってきたね……」
 少女は躊躇いがちに言った。赤い炎が一瞬小さくなる。
「あぁもういこうカタリナ。ごめんね、君は僕と違って雨が嫌いだったね」
 少年は申し訳なさと嬉しさが入り混じったような表情をして立ち上がった。ドラム缶を囲っていた輪に空きができる。だがすぐさまその輪は修復した。
「違うよ。濡れるのが嫌いなの」
 少女は少年の肩口から伸びたマントの切れ端のような布を引っ張ると、すっと少年の背中に飛び乗った。
 少年は突然重くなったわが身を可愛がりながら焚き火を離れる――雨が本降りになる前に。
「同じだよ」
 ちらちらと燃えているドラム缶の焚き火はまもなく消えるだろう。
 少年は苦笑して言った。
「きっとね」





第一話  「空は青いよね」





 春風になびく雲間に見えるのは、まるで穢れのない青空。窓辺から除くその景色に見飽きては、また見上げる。
 そんな本気で意味のないことを何度か繰り返し、やっと退屈したような顔をして少年は部屋の中へと向き直った。開いた窓から春風が舞い込む。
 黒く高級感漂う回転椅子に腰を落としながら、少年――ナギは面白おかしく日々をすごしている少女へと目をやった。
「これはきっと運命なんです。私はあなたに憧れて、あなたは私を見つけてしまった。好きです、お願い。私をだい――」
 じっと自分を見つめるナギに少女は気づいたようだった。急に顔を赤くしてむっとする。
「なによ」
「いや、別に」
 ナギはくるりと向き直って、再び窓のほうへと椅子を回転させた。高級感溢れる椅子である。きぃと回転した拍子に出た音も高級感溢れていた。
 みし。
 聞こえなかったようにナギは口を開く。
「こうして空を見ていると思うことがあるよ。空が青いのは光の波長のせいだけど、やっぱりそんな理屈よりも海が青いからとか、青は明るいからとか、そんな理由のほうがいいよね――人はロマンを持ってないと生きていけないと思うしさ。
 僕は思うんだよカタリナ。君がたとえどんなに夢を見てもさ、すごく非現実的なことを言っても思うんだ。ロマンだなぁってね。それはすごくいいことなんだよカタリナ。僕らは今仕事をしてる。それは全部現実のことで、そこに含まれたロマンなんてないに等しい。そんなありふれた毎日が退屈だからこそロマンを求めるんだろう?
 けれどもね、時々こうも思うんだ。ロマンを追い求めすぎると現実逃避につながるんじゃないかなぁってね。いつだって人は夢を見るしさ。僕だって見るよ。
 そうそうこの前は仕事でへまをする夢を見たかな。依頼人の人がすごく綺麗な女(ひと)でね、ついつい仕事そっちのけにしちゃった夢だったよ。僕も若いなって思っちゃった。
 でね、そんな夢を見た後は思うんだ。見なきゃよかったって。だってね、起きたらそこにあったはずの幸福がないんだよ。温かいご飯も、柔らかいすべすべの肌もさ。全部ないんだ。もうね、むなしさがこみ上げてくるんだよ。
 カタリナ、空は青いよね。」
 むぅと頬を膨らます少女――カタリナは、ナギの長科白を聞いているうちに結局何を言っているのかわからなくなって、最後の問いにだけ答えた。
「空は青いよ。今日は快晴だもの」
 ふぅとナギはため息を零した。
「カタリナ、今日の予定を教えて」
 そう言われるとカタリナはてくてくてくと本棚――いや、そう見えるだけでどうやら食器棚らしい。コップや、お皿が置かれている――まで行って、小さな赤い手帳を手に取った。
 あほ毛とでも言うのだろうか。カタリナの黒髪はところどころぴんぴんと毛がはねている。幼い顔をしてほほにはゆるゆるとしたお肉をつけている。すらっとした体躯には凸凹などなく、スマートこの上ない。もっともそのことをナギが褒めると激怒するのであるが。
「今日は特に用事はありません」
「そうか。じゃあ明日は?」
「明日も特にありません」
「ふむ、これは二連休だね。じゃあ明後日は?」
「以下同文です」
「なるほど三連休か。こいつはいいね、どこか行こうかカタリナ。連休明けはどうだい?」
「以下同文」
「なるほど、どうやら僕の夢は切実なものだったらしいね。二つの欲求が表れていたらしい。さて、どうしようかカタリナ。どうしたらいいと思う? お願いだからそんな目で僕を見ないでくれるかな。カタリナ、やめてくれ。そうか、そんなに僕が好きかい? ……ほぉらはずした。はずしたねカタリナ。前から言おうと思ってたけれど、そうやって露骨に人を嫌うのはよくないよ。僕は自分のことに自信がもてない人間だけど、矮小とかそんなふうには思ってないのだから、その見下した視線はやめてもらえるかな。うん、カタリナ――その蔑むような目もだめだよ」
 ナギの青く繊細な髪の毛が流れた。
 窓から流れ込む春風ではない。違うところからの風の流れがそれを引き起こしていた。
 一つしかない部屋の扉が開き、けして広くはない部屋の中へと新しい匂いが混じる。甘くさっぱりとした、果物でたとえるならば若々しいスモモのような、そんな匂い。
 女性特有の気品を背中越しに感じ、ナギは振り向いた。
「こんにちは」
 ぴっちりとして体のラインがわかるシャツを着ているのは自信の表れだろうか。その上に薄手のカーディガンを羽織っているとはいえ、健全な未成年男子――つまりナギ――にはちょっとした挑発である。ロングヘアーでも明るい亜麻色のせいか重さを感じない。ふわふわとした印象を受けるスカートに、麦藁帽子をかぶった女性は、ナギよりも少し大人っぽく見えた。
「いらっしゃいませぇ。どうぞどうぞ」
 カタリナが細面の美女をソファに通す。薄い緑色で柔らかなソファだ。カタリナは彼女をソファへと案内して、台所へと姿を消した。
 腰を下ろした美女を見てナギは軽い挨拶の後名前を聞いた。そして聞いてからまだ自分が名乗っていなかったことに気づく。慌てて名乗ろうとしたが、美女は不審な顔もせずごく普通に答えてくれた。
「わたくしはケルト=アーノイド。ケルトと呼んでください」
「僕はナギ、ナギ=ナミマです」
 栗色の瞳は捉えることができないぐらいふわふわしていて、鋭いのだが挙動不審な印象を与える。少し長めの青髪は珍しく、町に出れば人目を引くのでいつもは帽子をかぶっている少年。それがナギだ。
 鼻筋は通っているけれど、どこか不恰好に見えてしまうのは服装のせいで、だぼだぼよれよれのシャツと、穴が開きまくったジーンズなんかを履いているからそんな風に見られてしまう。ナギは決して貧弱で卑屈な男ではない。けれども彼のこういった風体は、初対面の相手にけしていい印象を与えなかった。
 現にこの時訪問者は『虚弱そうな優男だ』と、ナギを判断した。
「お若いんですね。びっくりしました」
 ケルトの丁寧な言葉遣いに少し違和感を覚えながらも、ナギは「はい」と返事をした。
「突然の訪問ですいません。わたくしレンガ街の出身で、この辺の地理は詳しくないんですけれども、ここはすぐに見つけることができましたわ。綺麗なおうちなのですね」
 部屋の中を見回してみる。山積みの本、しみだらけの絨毯、つぎはぎのソファ。とても年季が入っていて好感が持てるね。
 近くに眼科はない。
 ナギはしょうがなくその件をスルーした。
「わたくし、こういうところは初めてなんです。どんな風にすればいいのかわからなくて……」
 ナギは「とりあえず上着を脱ぎませんか?」と言おうとしてやめた。あまりにも自分が馬鹿だと思ったのである。
「大丈夫ですよ。どんな依頼も承ります」
「ありがとうございます」
 ケルトがそこまで言った瞬間、今度は耳鼻科を探さなければいけないことが起こった。
「もちろんですゎ! 私達『ばいおれっと』にご相談下されば、どんな悩みもちょちょいのちょいです。ね、ナギ!」
 カタリナである。彼女が奇を衒ったように出現した。
 麦茶か何かわからない――おそらく飲めるものである、ことを祈る――飲み物を差し出してにこりと笑う。いきなりの話の割り込み方にケルトも戸惑っているようだ。目が点になっている。
 ナギが冷静にかつ強引に話を戻した。
「それでどのようなご依頼で?」
「あっ、あたしはカタリナです。カタリナ=ルル、気軽に読んでください」
「うるさいよカタリナ」
 すごくしみったれて呟きつつも、ナギは正面を向いてケルトを捉えた。
 いやに美しいが、どこか悲しげだ。唇のかすかな震え、視点の落ち着かなさ。緊張しているのとはまた違う、何か隠し事をしているのが見て取れた。何となく――別に見比べたわけではないが――カタリナに目をやると、「秘密は女を高めるのよ」と言いたげな視線を送ってきたので、「それじゃカタリナには無理だろうね」と送り返しておいた。
 アイコンタクトは苦手らしい。カタリナはえへと笑った。馬鹿だと思った。
 ケルトが話し始める。
「わたくし、すごく不安ですの――」
 ケルトの不安は言葉を聴かずともわかるほどだった。
 わなわなと震え始める彼女の仕草は可憐で、男ならば誰でも抱きしめたい衝動に駆らせる。ナギよりも幾分年上であろう彼女の指にはきらりと光るものがあったけれども、そんなことはあまり重要ではなかった。
 ナギは態度を改めた。カタリナもそれに倣う――隣でもぞもぞと動いたから、そうであってほしいと願う。
 黒皮の回転椅子が軋む。
 不安とともに紡がれたケルトの依頼は変わったものだった。





第二話  「そして二人は街に出た」





「『連続死体誘拐事件! ダンピンググラウンドに何が!?』うわーすごい見出しだよ」
 新聞の一面を声高らかに読み上げる少女は、夏になく蝉のようだ。特に変わらない日常でも騒がしくしてくれる。何もなくても、何かありそうな気を起こさせてくれる。相手をしなくとも退屈させてくれないのだ。
 底なしに明るい。絶え間なくうるさい。つまるところ鬱陶しい。
 もちろんナギはそんなことは微塵も顔に出さず、蝉に話しかけた。
「へぇ、珍しいね。カタリナが新聞を読んでるなんて」
 むぅとこちらを見返してくる蝉、もといカタリナ。何かを言おうとしたみたいだが、すんでのところで口を閉じる。おそらく否定したかったのだろうが、事実であることを理解したのだろう。何気に蝉もといカタリナは賢かった。
 それでもやはり時間がたつに連れその欲望は高まってくるのか、一分も経たないうちに新聞を机の上において彼女はナギのほうに顔を向けた。
「私だって『ばいおれっと』の副社長なんだから。これぐらいは当然です。ケルトさんの話を聞いたんだから、なおさらです」
 狭い木造の一軒家。探偵とはまた違う、プレゼント事務所『ばいおれっと』のお茶汲み係兼副社長は断固として言い切った。珍しくやる気である。ナギは苦笑して謝った。
「ごめんごめん。で、新聞にはなんて書いてあるの?」
 ナギはその事件をカタリナよりずいぶんよく知っていたが、改めて訊ねた。そうしたほうがいいと視覚が伝えたのだ。
「さすがナギ! ケルトさんの話に関係あるもんね!」
 カタリナが得意そうに胸を張る。ナギはなぜかケルト夫人のグラマーな姿を思い出し、同時に彼女の依頼にも思いを馳せた。
 ケルト夫人の依頼は実際変わったものだったが、お助け事務所に運ばれてくる依頼にまともなものはないからさして驚きもしなかった。ただ今回の依頼は少々大々的に取り上げられているもので、数日前から新聞沙汰にもなっているものであったから、そのことを考えるといつもと少し違っているかもしれない。いつもはもっと小さな事件であったり、些細なことであったりするのだ。
 そもそもレンガ街の住人が人を頼るのは珍しいから、そういった意味でも変わった依頼だった。
「えぇとね。ちょっと待って――」
 カタリナが再び新聞を手に取った。
「――よいしょ。じゃあ読み上げますよ!
『今回の連続死体誘拐事件は実に奇妙である。今回で六人目の被害者(彼らが被害者と呼べるかどうかはこの際問題としない)となったわけだが、その全てが七歳から十歳までの子供である。当事件は二週間ほど前からダンピンググラウンド(以下DG)内で発生しているものであり、概要は次の通りである。
 二週間前、一人目の犠牲者ノット=キルシュ(9)君が亡くなった。そしてその死後数時間以内に彼の死体が何者かによって連れ去られたのが事件の始まりである。連れ去られる死体は全て七歳から十歳の子供のもので、そのどれもが自然死の状態であるらしい。殺されたり、事故死した死体は連れて行かれないという。
 また、共通しているのは事件は被害者の死後数時間以内(長くても三時間)ということであり、連れ去られた死体が全てまだ見つかっていないことを考えると同一犯による犯行だと思われる。
 事件は一貫してダンピンググラウンド内でのことであるので、安心している人も多いようだがここまで連続してくるとその異常さが何を引き起こすのかは十分危惧せねばならない。犯人によって殺人が行われないことはいまだ唯一の救いであるが、これがいつ破られるかはわからない。』だって〜」
 ナギはふぅむと頷いた。カタリナが偉く真面目な顔をしてこちらを向いている。得意そうだ。
 ナギは新聞記事をほとんど丸暗記状態まで読み漁っているからたいした発見はなかったが、カタリナのその得意そうな顔を見ると驚いた表情をせずにはいられなかった。それが期待されている自然的対応なのだからしなければいけない。ナギは目を見開いてみせた。
 カタリナがふふんと鼻に指をやる。
 うまくいったのだ! 事実ナギは驚いていた。カタリナが漢字の読み間違えや、つっかえずに読むことができたのがすごく意外だったのだ。
「ナギ、この犯人ってさ……」
 仕事をやり終えて満足そうに、そしてまだ自分は余力を残しているぞといわんばかりに、カタリナ。
「うん、ケルト夫人の話が本当だったら――いや、僕は信じているんだけどね。犯人はケルト夫人の元夫という話だろ」
 ケルト夫人の話によると、その犯人は彼の夫らしい――もっとも、今彼女はレンガ街のアーノイド夫人であり、別れてからのことはわからないという。けれども元夫を犯人だと言うケルト夫人の顔は真剣そのものだったから、ナギは信じている。
 ケルト夫人がアーノイド家に嫁いだのも二週間前。そこに嫁ぐ前の話で、自分の息子が死ぬ前の話だ。泣く泣く別れたのか、もう既に終わっていたのか。どちらかまで深くは聞かなかったが、そう話す彼女の瞳はとても切なかったのが印象的だ。別れる間際、少しおかしかったのだと言う。
「すごい変な事件だよね、これ」
 カタリナが言う。ナギは軽く頷いた。
 トーマス=キルシュ。それが彼女の元夫の名前で、つまりはこの事件の第一被害者ノット=キルシュの父親であり(推定)犯人の名前だ。ケルト夫人の話では医者だということだが、DGの医者だから無免許だということには間違いない。人望はあったらしかった。
 DG――ダンピンググラウンドというのは裏町とは名ばかりの瓦礫置き場。無法者も潜んでいるし、衛生環境は基本的に悪い。けれど、貧乏人はそこにすまなければいけないからなくならない。
 レンガ街など言うまでもなく、ネオンストリートの表町――ばいおれっとはここにある――ですら彼らには手が出せないのだから。世の中金だということを、一番よく知っているのは彼らだと、ナギは信じて疑わない。疑わないが、時にそれが悲しかった。
 黙りこむナギを見て、再びカタリナが声をかけた。
「ナギ、聞いてる?」
 ナギは黙り込んだまま動かない。
 時々こういうことがあるのをカタリナはよく知っていた。集中しすぎて言葉が耳に届いても、脳にまで伝わっていないのだ。ナギ自信もそれを自覚しているから、そんな時は何をするかいつも決めている。ナギとの協定である。
 カタリナはぽんとピンク色のコンテナ椅子から飛び上がった。ガラス玉状態のナギの瞳に小鳥が一羽羽ばたいた。
 ぱすっ。
「ん?」
 ナギは頭の上にのっかたものに手を伸ばす。柔らかな羽毛が指の間に入り込んだ。
「痛い痛い! 痛いよナギっ!」
「あぁごめんカタリナ」
 漸く気づく。ナギは頭の上に乗った小鳥を自分の目線までそっと下ろした。
 とても小さい、ぴんぴんとはねたあほ毛を弄繰り回してみる。つつかれた。
「ナギ、どうするの? 調べに行くんでしょ? 私も行く」
「う〜ん、でも依頼は『犯人を捕まえて』だからね。カタリナは危ないよ。ただでさえあそこは女の子が行くようなところじゃないんだ」
 小さな小鳥はその嘴でナギの親指の爪をはがそうとした。
「いたっ! 痛いって、何するんだよカタリナ」
「私も行くの!」
 小鳥はナギの爪に食いついて離れない。まるで牙があるように鋭く食いついている。
 このままでは本当に爪が剥がされてしまう、ナギは観念してため息混じりに言った。
「わかったよ。わかったから! もぅ……。とりあえず情報集め。それからだからね」
 カタリナが嘴を離し、ようやく親指が自由になる。
 どうしてカタリナがそこまでこだわるのか皆目見当はつかないが、ナギはとりあえず安心した。一時しのぎの可愛い嘘はカタリナだけの得意技ではないのだ。
「はいは〜い」
 ぽんと音がして、ナギのぼろっちい机の上にカタリナが現れる。机の上に乗せてあった本やらペンやらインクやら、はたまた非常用食料の飴玉が不衛生な木床へと滑り落ちた。
 カタリナがそれを見てえへっと笑った。
「カタリナもう一度変身してくれないかな?」
「や〜ん」
 抱きしめればよかったと、ナギは後悔した。


 基本的にナギは出歩かない。
 だから自宅兼事務所であるばいおれっとの中にいる以上は座っていることが多くなる。
 つまりは黒皮の回転椅子は酷使されている――ということなのだろうか? いや、聞くことではない。
 ついに――だから『ついに』という表現を使うが――ばいおれっと結成当時から連れ立った友が悲鳴を上げたのはカタリナとの会話が終わって少ししてからだった。情報を手に入れに外に出かけるのをナギが渋っていた時である。
 ナギは椅子が壊れたことが寂しく辛く、だがしかし直してやればまだ使えると意気込んだ。カタリナも付き合いの長いナギの気持ちをわかっていた――はずだ。
 形あるものはいずれ壊れるのだよと、カタリナは笑ってナギを慰めた。その笑顔に他意はなかっただろう。
 しかし頷いては見たが、ナギにはどうにも軽い言葉に聞こえてしょうがなかった。
「社長の椅子が壊れたんだから買いに行くのは当たり前でしょ」
 他意はなかった、だろう。すごく当然なことを言ってのける従業員兼副社長兼秘書は、「別にまだ治せば大丈夫だよ」という社長の意見をあっさり無視。終始笑顔で言い切った。
 黒皮の回転椅子がゆっくりと窓から放物線を描いたのはその直後のことである。
 ナギは淡々と進められる作業を、淡々と見ているしかなかったが、カタリナの小柄ながらに力強い動作は機敏で、窓から飛んでいく相棒は全力投球に身を任せているようだった。
「大変だょ、トラックが踏んじゃった!」
 カタリナは半べそで言った。
「さあ、ごーごー。椅子も買わなきゃならないしっ」
 カタリナは笑いながら言った。
「あれ、大丈夫ナギ? 花粉症? 花粉症?」
 カタリナはすごく優しかった。
 ナギには彼女の優しさがわからないほどに優しかった。
 そうして二人は街に出た。


 どうしようもない。
 ナギは今立っている目の前の建物を見上げた。高い大きなビルだ。飛び降り自殺の名所でもある。ここの屋上から人を突き落とせばまず助からないだろう。思わず上ってみたい衝動に駆られた。
「やっぱりピンク色にしようよ」
 上を見続けるナギの隣でカタリナが言った。
 ネオンストリートの一角、店内に大量に詰め込まれた家具は痛々しいほどに魅力的で、触れたいのだけれど触れればこちらが傷ついてしまう。そんな『刺々しく繊細』という一本のバラのような表現がふさわしいお店『カング』。高級家具屋さんという世界が今ナギ達の前に広がっていた。
 視線をおろして目に飛び込んでくる数字をナギは冷静に無視した。
 バラの花も束になれば凶器になるとナギは知っている。以前それを凶器にした事件を経験したのだから知っている。
「思いとどまろうか、カタリナ。僕は思うんだけれども、やっぱりこういうところはもう少し大人になってからのほうがいいんじゃないかと思うんだ。ほらあそこを見てごらん。僕らなんかよりもずっと大人な人だ。きっとお金持ちなんだろうね」
「コスモス色かなぁ」
「あのでっぷりとしたおなかの肉はすごく動きにくそうだけれども、ある意味便利だとも思うよ。きっと極寒の『キタウミチ』でもティシャツ一枚でいられるだろうね。細くて鋭い目からは傲慢さが窺えるけれど、猫背で落ち着きがないのは根が臆病なんだろうね」
「わぁ、この姿鏡可愛い!」
「…………」
 きっとカタリナも見たことのない数字に戸惑っていたことと思う。しかしその意味を完全に把握できなかったか、それを嘘だと思ったのか、はたまた見間違えたのか。
 ナギの購買意欲をそぎ落としたそれに、カタリナは真っ向から向き合っていたのだからそのどれかに間違いない。間違いないはずだ。ナギは自分に暗示をかけた。
「あっ、さっきの人がこっち見てるよ。ほらカタリナ、こっち見てる」
「ちわきにくおどるよねっ!」
 ナギの言うことなど馬の耳に念仏状態だった。牛に経文、犬に論語状態だった。
 カタリナはいつも馬耳東風状態……は関係ない。
――カタリナ……
 ナギはすごく勇敢だと思った。視線を逸らさず品定めする彼女の背中を小さいとは思えない。
 もしかすると社長の椅子にピンク色をというハイセンスな彼女にはちょうどいい相手なのかもしれない。初めて敵を見つけた、そんな感じなのかもしれない。
 しかし、ナギには到底勝ち目のない戦いに見えた。とても見ていられなかった。とんでもなかった。
「カタリナ、やっぱり要らないよ。アレだって直せばまた使えるんだし」
「だめ。大体ナギのアレいつから使ってるのよ。もういい加減に買い換えないと。大丈夫、お金はあるんだから」
 カタリナが先ほど手に入れたばかりの紙幣をちらつかせる。
 ケルト夫人からもらったものだ。そのあたりの一連の流れを見ていたはずだ。
「いや本当にいいよ、カタリナ。僕には椅子よりも今日の御飯のほうが大事だ。骨を断つ前に、僕らには切らせる肉がないじゃないか。腹が減っては戦ができぬとも言うだろ。だからやめよう。無謀だよ」
「めっ」
 小さな子供を諭すようにカタリナは言う。ナギはもう一言二言言ってみたが無駄だった。
「めっ。ナギちゃん、めっ」
 ついに、頑として聞き入れぬカタリナは意を決したように店の中へと入っていってしまった。止めるには追うしかない。しかし、追えば無傷では出てこれないのがわかっていた。ナギはしばし考える。
 ひどく憂鬱な気分になった。
「ナギちゃん! 早く!」
 ナギはおとなしくその声に従った。





 ネオンストリートは夜になるととても綺麗で、たくさんの人が行きかう。レンガ街とクラストシティをつなぐ一本の道であるから、そこには数多くの飲食店と娯楽施設が整っている。でかでかとした風俗店もネオンストリートの特徴の一つ。人工的に作り出された原色系の光が通りを埋め尽くすのはある種幻想的でもある。
 がらがらがら。
 行きかう人々はそれぞれに目的地への思いを隠し、時折隠し切れなかったそれは恍惚の表情や鬱のそれとなって現れたりする。
 酔っ払いもいればカップルもいるネオンストリートでも、この辺りは少し雰囲気が違った。裏町が近いのも理由の一つであるが、風俗店が密集しているのもそれに多大な影響を与えている。
 がらがらがら。
 ナギは何度目かのビラ配りを断ってぽつりと声を漏らした。
「あのさぁ」
「む?」
 ナギの呟きに前を歩いていたカタリナは振り返った。口いっぱいに頬張ったソフトクリームがぽたりと落ちた。
「僕の分は?」
 がらがらがら。
 ナギが地面を削るかのごとく引きずっている椅子は超格安品。黒皮ではなく白皮なのが嫌なのだが、ピンクよりはましだったのでこちらを選んだ次第である。
「むぅ……」
「そうか。うぅん、いいんだよカタリナ。僕は別に要らないんだ。聞いてみただけさ。それよりもよかったよ、カタリナがあそこで買うのを諦めてくれて。やっぱり僕らにはこういう格安セール品が似合ってるんだ。おかげでソフトクリームも買えたわけだしね。ところで、おいしいかい?」
「んむぅ……」
 溶け始めたソフトクリームは柔らかくカタリナの口を汚す。返事はないが、ナギにはとてもおいしそうに見えた。
「カタリナ。女の子なんだから口の周りを汚しながら食べるのはやめようね。いや、まぁそういう趣味の人もいるけれども――さっきの人みたいに。それにしてもラッキーだった。ああいうことはあんまりないよ。確かにいい気分じゃないけれど、僕はそれでもいいと思うんだ。結果的に恵んでもらったという形だけれども、僕はそれでいいと思うんだ。
 恥だと思うのはそれぞれだけどね。恥っていうのは僕らの中にあるもので、人が決めるものじゃないんだ。僕らがそれを恥だと思わなければ、どんなことをしても胸を張れる。そういうものなんだよ。
 けれどもね、やっぱりみんな格好よく生きたいから見栄を張る。そうやって手に入るものを捨ててしまうんだ。いや、僕はそれをだめだといってるわけじゃないんだよ。プライドっていうとても気高いものだから、それはすごくいいことなんだ。でもね、だから自分の中の恥をより高い位置に設定してしまう、そういうのってあると思うんだよね。
 だからさ、僕みたいに恥のレベルが低い人間ぐらいはさ、こうやってかっこ悪くてもいいんじゃないかって思うんだ。おこぼれを貰いたくても貰えない人のために、僕が代わりにね」
 ナギは夕焼けに染まり始めた空を見て、徐にカタリナへと視線を移した。言いたいことがすり変わっていたことに自分で唖然とする。
「ナギの言ってることわかんない」
 カタリナの返事はいつもの本当にわからないではなく、わかりたくないというニュアンスを含んでいるように聞こえた。
「わからないよね」
 ナギは無理やり話を終わらせた。





 あの時店内は騒然としていた。
 ナギは何も喋らず見ているだけであるが、カタリナは鬼気迫る表情で――若干それは言い過ぎだが――そういう店においての禁忌を犯そうとしていて、それは他の利用客にとっても店にとっても当たり前に迷惑な行為だった。
 ナギとカタリナが店内で騒いだ様子はそんな風に監視カメラに映り、ブラックリストにも自然記帳される。そんなことは百も承知で、けれどもナギはもうこの店には来ないだろうということで傍観していた。カタリナと店員の間に割り込むことに少し恥ずかしさもあった。できるなら他人の振りをしておきたかったのだ。
「すっごい綺麗ですよねぇこれ。でもちょっと高いなぁ」
 カタリナが五倍の大きさになっても映しきるであろう巨大な姿鏡を『おまけ』として買うならば、今手にしているピンク色の社長椅子などいくつ買えることだろうか。ナギは考えてみるが、そもそもその社長椅子ですら買えないのだから、そんなことを考えるのは意味がない気がした。そもそもそれほど大きな姿鏡は必要ないし、事務所にも入りきらないのだ。
 彼女は大きな声で注目を集める。
「何とかならないですかぁ?」
 こんな店で値切り交渉などありえないことである。常識がないというのは便利だなと、ナギは感心した。
「申し訳ありません。当店ではそのようなサービスはいたしておりませんので」
 当然のごとく突っぱねられてもしつこく食い下がる。鳥になったときの牙が垣間見える。店員のお姉さんはとても困っている。ナギがいい加減止めようかなと思った――
 その時、
「お嬢ちゃん。おじさんが買ってあげようか?」
 突然背後から不審な声がかけられた。
 カタリナがカウンターに乗り出していた身を強引な――とてもスカートを穿いた少女とは思えない動作で戻し、訝しげに振り向く。ナギはその光景にカタリナという少女のこれからを危惧しながらも同様に、訝しげに振り向いた。二人とも声だけでその人が怪しいかどうかは判断できる。
 が、二人には決定的に違うところもあった。カタリナは素直で、ナギは偏屈だ。
「いや、そんなに疑った顔で見ないでおくれよ。おじさんは別に怪しいものじゃないさ」
 おじさんはおじさんだ。それだけで十分に怪しい、そんな風にカタリナは思っている。ナギは若干思っている。
 おじさんはよく見ると先ほどナギ達の方へと近づこうとしていた人物だった。
 近くで見ると、ナギがカタリナに伝えた情報はどれ一つとして間違っていなかったのがわかる。さらに新しく、代謝がいい体でもしかしたら小さくて可愛い馬鹿な子供には優しいのかもしれない、ということもナギの頭にインプットされた。
「おじさんはお金持ってるよ〜。知ってるかい? 最近おじさん有名になったんだけどなぁ、カノウって言うんだけどね。知らないかなぁ、カノウ=ミスリード。有名なお医者さんだよ〜」
 おじさんは凄く酔っていた。ふらふらとした足取り、仄かに赤い頬。顔に出にくいタイプだから遠くからはわからなかったが、おじさんは酔っていた。
 細い目から見える虚ろなガラス玉は幻想混じりに現実を見せているのだろう。ナギは後ずさり酒臭さに顔を顰めた。ついでにカタリナをつれて帰ろうと思った。
「買ってくれるの!?」
 掴もうとした手は簡単にナギの掌からこぼれていった。なんだか悲しくなった。
「いいよ〜、その代わりお医者さんごっこしてくれるかい? おじさん最近嬉しいことがあったんだけど忙しくてね〜」
「お医者さんごっこ……? うん、いいよぉ。買って買って〜」
 よくないよカタリナ。
 聞きようによってはすごく危ない会話である。
「有名になっちゃうとこの辺のお店にも入れなくてねぇ。かといってDGみたいな汚いところは嫌だしねぇ」
 酔った状態で、こんな場所で、そういうことを言っているのだからあまり関係ないだろう。有名な医者がこんな場所で明らかな犯罪を犯そうとしているのだ。店員のお姉さんも目を丸くしている。ナギは本末転倒なおじさんを馬鹿だと思った。
 カタリナに目をやる。
 カタリナは怒っていた。
「いいです! やっぱりいりません!」
 おじさんは驚いてカタリナを見る。
「え? どうしてだい? お金あげるよ」
「いりません! そんなの汚いお金欲しくありません!」
 おじさんは怒ったようだった。
「なんだとっ!」
 カタリナがさっとおじさんから離れる。けれども図体が違うのだ。一瞬で腕を掴まれた。
 ナギはそろそろと近づく。カタリナはキスされそうだった。
 カタリナを押さえつけるおじさんの腕を掴む。血走った赤い瞳がこちらを睨んだ。完全に酔っ払っている。
「おじさん、ごめんなさい。僕らDGのもので」
 ナギがそう言うとおじさんはびくりと震えてカタリナの腕を汚らわしそうに離した。
「はっ! DGのガキがこんなところうろついてんじゃねぇよ!」
 おじさんの酔いが幾分醒めたようだった。
「……ほらよ!」
 おじさんは不機嫌そうにいくらかの札をばら撒くと、代謝のいい体に滲み出した冷や汗を拭いながら出て行った。ナギは殴られなかったことに安心しつつ、ばら撒かれた札を拾うために腰を曲げた。
 カタリナはじっとしていた。押し付けられた柱に背を預けて、ナギがお金を拾い集めるのをぼんやりと見ていた。
 やがて拾い終える。
「あの、これで買えるだけ下さい。一番安い家具でいいんで」
 それは騒然とさせてしまった店へのできうる限りの謝罪の気持ちでもあったし、お金はお金というナギの根本的発想からでもあった。
「こちらの椅子三点で宜しいでしょうか?」
 店員のお姉さんが聞き返してきたのは簡素な、こんなブランド店で買わなければものすごく安く手に入るであろう木の椅子だった。
「はい、お願いします」
「お届け先は?」
 ナギはちょっと迷って、
「DG八丁目八番地、中古家具屋『バレット』で」
 店員のお姉さんは唖然としていた。
 その後二人はその店を出て、行きつけの激安家具屋で白い社長椅子を購入した。





 ナギは順調に説得を試みていた。
 しかし順調は順調だったが、単調でもあった。カタリナはいくら言っても首を縦に振らない。
「あぁ、えぇと、だから情報収集だけだしさ……。やっぱりカタリナは帰っててよ。この椅子も持って帰らないといけないでしょ。ご飯も作らないといけないし、僕一人で大丈夫だか――」
 瞬間口が動かなくなる。
 流石に鷹揚なカタリナも怒ってしまったのだ。続けて二度『僕一人で大丈夫だから、帰ってて』と言い、それでも黙っていたので調子に乗って三度目を言おうとしたらソフトクリームを口に突っ込まれた。
 怒る気はしなかった。二度も我慢したカタリナは鷹揚なのだ。
 ナギは口の中に広がる乳製品を味わう。味覚はおいしいと伝えた。暫しソフトクリームの味を堪能してからゆるりと目をやると、カタリナがこちらを上目遣いで睨んでいるのに気づいた。
 ソフトクリームを取り出して、一息つくとカタリナが叫んだ。
「馬鹿! やだ! 絶対行く!」
 ソフトクリームを口に運ぶ。カタリナの食べ残しだったが、まぁ問題ない。溶けてとろとろだが問題ない。
 それよりもカタリナのこだわり方がいつもよりも切実なものであることを意識してナギは驚いた。夕方になってくると大抵カタリナは家に帰りたがるから、この現象は珍しかった。
 どうにもカタリナの考えていることは読めないナギである。先ほどの家具屋でのことにしてみても、カタリナの怒った理由はわからない。
「カタリナ、そうは言ってもね――」
 何度か話して聞かせたことはある。カタリナのような特異能力者であってもDGは関係なく危険である。もちろんそこに住んでいるものがいるから、行けば死んでしまうというような場所でもない。けれども精神的にきついものがあそこには少なからずあるのだ。ナギはそれをカタリナにまだ見せたくなかった。
「僕だって行きたくないんだ――」
 ナギは言い聞かせる。カタリナは黙って聞いている。DGに行かせないために、大袈裟に嘯いている自分が嫌だった。
「無法地帯だ」それは正しい。「みんな頭がおかしい」それは嘘。「獣がいっぱいいる」本当だ。「人間を襲うんだ」嘘だ。「病気が蔓延してる」ちょっと嘘。「他の者を受け入れようとしない」かなり嘘。
「友達がいるの!」
 突然、カタリナが恥ずかしさを押し隠したような声で言った。ナギは驚いた。
「友達? カタリナに友達なんていたっけ? いつできたの?」
 ナギは聞いていながら自分でおかしなことを聞いているなと思う。
 しかしカタリナに友達ができたのは初めてだった。
「この前……」
「今度紹介してよ」
「六つ年下なの、体の弱い子でね」
 カタリナは俯いたままだ。
「八歳か。どこに住んでるの?」
「――……DG……」
 いつの間にか引きずる音がしなくなっていた白椅子は、カタリナが一緒に持っていたからだった。とりあえずこれを事務所にもって帰らなければいけない。
 ナギは沈もうとしている太陽から目をそらし、空を探した。もうすぐ夜が来る――月が見えないだけで不安になった。
 今日はもう遅い。
「カタリナ――」
 ナギの声に反応する。小さな肩が柄にもなく震えた。
「明日紹介してね」




2005/08/01(Mon)23:05:33 公開 / 影舞踊
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■作者からのメッセージ
はい、二話はいきなり長くなりました。ごめんなさい、影舞踊です。ある程度の長さをつけようとか思ったら、こうなってしまって。今回が長くて嫌だと思った方、まぁちょうどよかったと思った方、短いとかありえないことを思った方。次回はどうなるかわかりませんが、反動で短くなる可能性は大です。そして内容も薄っぺら苦なる可能性が大です(苦笑
テスト終わるまであと少し。今日は無駄に徹夜して、でも勉強は全くしていなかったのですが、テストは何とかなりました。うん、影舞踊天才?(死ね
これはコメディではありません、悪しからず。そして書き始めてわかったのですが、結構これ短めの話になるっぽいです。ファンタジー万歳で、妄想全開でやっていきます。
更新速度は「ちょうすろう」。これは崩さずやっていきますよ(オイ いや、拙い上にこれでは申し訳ないですが、のんびりお付き合いください。作者を急かしたりしないように(死ね
お読み頂きありがとうございました。感想・批評等いただければ幸いでございます。
*題名とともにちょい修正*
*再び修正(汗 有栖川様感謝*
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