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『ナイフの話』 作者:春一 / ショート*2
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 何を思ったか、その男はわたしにナイフを放って寄越した。
 つかいなよ、と。
 相当に切れ味が良いらしい。放られ、リノリウムの床に切っ先を四半ほど付きたてたそれは、少し刀身を傾げただけで静止した。
 この男は一体、何を考えているのだろう。
 男の持つ凶器が、まさかそのナイフだけだと予想する程わたしはお人よしでは無いけれど、それにしても、こいつがこうする事に何のメリットも感じられない。
 馬鹿にしているのか、と思う。
 女であるわたしに、敵う筈の無い抵抗をさせてからいたぶり殺そうとする様なサディストなのだろうか。
 びん、と、リノリウムの床からナイフを素早く引き抜き右手に構え、柄の頭に左の掌を添えた。――先週見たサスペンスドラマに出てきた、犯人の動作の模倣である。
 男の手がゆっくりと動いて、わたしは一瞬だけ全身を痙攣させ、身構えた。左足を半歩下がらせると、上履きの踵が棚に当たって、その上にある埃塗れの優勝カップがぐらぐらと揺れた。
 凍えた様に、ナイフを持つ手が震えている。
 一呼一吸の度、胸筋が震えて鬱陶しい。
 そうしてわたしが身を硬くしていると、男はゆっくりと動かした手を、自分の顎に当てて一言、ふぅん、とだけ言った。
 獲物を追い詰めた筈の彼の顔には、何故か、敵意というものがあまり感じられなかった。
 氷の様に張り詰めた空気は相変わらずだったが、それは『かかって来れば殺そう』という程度の、酷く受動的な殺意だったように思う。
 男はわたしを、まるで銅像か何かを鑑賞するような目つきで見ている。
「なにを見ているの」
 男は何故だか微妙な顔つきだった。
 わたしという人間をモノとして認識し観察する視線。それ故に、わたしは身体を眺められているというその行為にさして嫌悪を感じなかった。
 ――その逆に、言い知れようの無い冷たさを感じていた。
「いや、がっかりしてね」
 瞬間、全身に悪寒が走る。
 そして冷静になった時、わたしは男の返答の意味を汲み取る事が出来なかった。
 けれど、男の興味が少しずつわたしから離れていっている雰囲気だけは読み取れた。少し足の位置をずらしたが、男はそれに気付かなかったように見えた。
「どうして」
 言いつつ、また少し体を動かす。駆け出して一気に逃げる時のために、少しでも距離を稼ぐ。男はそれでも気付かない。
「――いやね。追い詰められたら、人は、ナイフの使い方を間違えないものなのじゃないかと思っていたんだけれど」
「火事場の馬鹿力というやつ? わたしのナイフの握り方が、そんなにおかしいっていうの?」
 また一歩。
「いや普通…かな。それでも少しはマシな方か。……――どうして俺がこんな事に拘っているのか、聞きたいって顔しているね」
 していないと思う。きっとこの男は、難癖をつけて自分の考えていることを赤の他人にぶちまけたいタイプなのだ。
 きっと親しい間柄の存在には何も言えないのだ、そうわたしは直感する。想像上の内弁慶さを『情けない男ね』と心中で嘲笑ってもみる。
 けれど、
「ええ、とても興味があるわ」
 わたしは自分の事を、つくづく演技というものが出来ない女の子だと認識していたのだが、何故か男にはその拙すぎる演技が通用したようだった。じゃあ話そうか、とさっきとはうってかわって、何処か気さくな表情になる。――それでもきちんと身体を移動させ、わたしが少しずつ開いていった退路を閉じてしまった。
「――まず、ナイフについて話すと。俺が考えるに、それってヒトの一部でしかないんだよね」
「どうして? ナイフとヒトには境があるわ」
 もう、少しずつ距離を稼いでいくことはやめにした。隙をうかがって一か八か、逃げようと思う。
 男はわたしの主張に軽く頷いて、
「――だがそれは、人間が作り出したものだろう? ということは、誰もが持っている『斬る』とか『殺す』とかいう行為の強調されたモノ、延長でしかないと思うんだ。そう考えるなら、境なんてあって無いようなものだろう」
「……だから、使い方を間違える筈が無いっていうの?」
「間違えないだろうね、そのナイフを“創った”人間ならば」
「それは“発明した”という意味の?」
「ああ、そういう事だ。――君は、勉強だけはしている様だね」
「…………」
 何が言いたいの。
 かちんと来ながらも、わたしはひたすらに隙を伺って――けれど、隙らしい隙は先刻から一向に見つからない。
 それはそうだ。わたしは人より少し気丈というくらいの、只の女性徒である。おそらくは、数個年が下の男子にだって容易く押し倒されてしまうだろう。
「それを発明した人間なら境が無く、それ以外の人間では“道具”というくくりにおかれてそれを満足に扱えなくなる。――臓器と一緒だね。移植しても、拒絶反応を起こしてしまう事がある」
 男は淡々と話す。何度も頭の中で練り上げた言葉を、今初めて口にしているかのように一気に――或るいは嬉々として。
 いつしか身体の震えは消え、しかしナイフを構えたままのわたしは問うた。
「だから、何だっていうの?」
 本音が出たと思う。
 ――人間は時間が経つにつれ、およそ全ての事柄に慣れる生き物だ。先刻まで苛めに会った兎の様に震えていたわたしは、急に家に戻った後の事を考え初めていた。明日の予習をしなければならない、それに、吹奏楽の練習が長引いた今日は早くベッドに沈みたかった。
 ――今の、この絵空事の様な現実と、只の日常とが、休息に溶け合いつつある。
 言わば、面倒くさくなってきていた。
 しかし、
「だからそれは、群体としておかしい、という事さ」
 男は眉を潜めることもせずに続ける。
「人間という種族の総意――発明した人間から『ナイフというのはこうこうこういうモノで、他者を殺す可能性がありますよ』という説明があった後、皆が『殺しには使わない』と同意して創るならいいさ。そうすれば皆が正しくナイフを扱う事が出来る。これは『ナイフが人を殺すモノではない』という仮定の話だがね」
「――あなたは埒外の理系脳? ヒトの気は変わるものよ。加えてそんな説明があったとして、ロジックだけじゃ説明のつかない事なんて、他の生物にだっていくらでも当てはまるわ」
「でも、人間以外の生物のそれは可能性だ。人間は運命として、或いは意思を使ってそれを変えてしまう事がままある。そういう意味でなら俺は、情緒というものを理解しているつもりだがね」
 男と話す事が億劫になって来ていたわたしは今、殆ど男と言い争っている。
 だから何。
 それがどうしたの。
 けれど、がむしゃらに否定している訳じゃない。
 そんな内容、わたしだって少しは考えた事があるもの。そうして少しばかりの理論武装をしたわたしは、殺される前に一度、この男の鼻を頭脳面であかしてやりたいと思っていた。
 けれど、男の話は、わたしのそれより少し奇妙だった。
 私は実は、この男の理論は引き出す手助けをしているだけなのかもしれない。
 継ぐべき言葉を失っていたわたしの眼を見て――視線を合わせたのはこの時が初めてだったのだ――男は言った。

「人間には何故か、責任が割り振られているんだよ」

 誰から、若しくは何から割り振られているのか。
 男は続ける。
「百獣の王ライオンが全戦力を挙げて挑みかかっても、地球を滅ぼす事は出来ない。おそらく恐竜にだって無理だろう。――けど人間ならどうだ。どこぞの核保有国の、ちっぽけな人間二人か三人がボタンを押すだけでこの世界は滅ぶ」
 こんな存在、有り得ないんだよ。
 男は自分の掌を見つめ乍そう言った。
「よく、知恵を持ってしまったが故にと言い訳する奴がいる。――でもそれすら、根本的に間違っているんだ。仮に『知恵』は己で勝ち取ったものだとしようか。だとしてもそれに続いてついて来る『力』を抑制する存在が何処にもいない。いわば人間の天敵が作られていない」
 この世のパターンに当てはまらない、という事が言いたいのだろう。
 そのパターンから抜け出ている部分を、男は責任と表現したのだと思う。
 空に燦然と燃え、輝き、今にも終えそうな夕日を瞳に映しながら尚も言う。
「一体誰がこんな風に作ったんだろうね。――あまりに矛盾してる。それをどうこう言う力は、俺には当たり前のように無いが」
 男は脇の窓を開いた。
 途端、突拍子も無い音がわたしの耳に飛び込んできた。――パトロールカーのサイレンの音。
 助かった、とは少しも思わなかった。
 それはわたしが、警察の力をあてにしていないからでは無く、
 それはわたしが、男の殺界から絶対に逃れられないからでも無く。
 男の殺意が、完全に消え去っていたからなのだった。
 サイレンの音を、まるでクラシック音楽を鑑賞するかのように緩やかに穏やかに聞き流しながら、彼は細身の白い装束を翻した。
「じゃ、もう俺は行くよ。話せて楽しかった」
「ナイフは?」
「あげる。それじゃあね」
 悠然と、いつの間にか出来ていた生徒と教師交じりの人だかりに向かい、階段を降りて行こうとする。当然の様に、人だかりは小虫の群れのように彼を避けた。
 その白い背中に向かって、わたしはこれまでの仕返しとして刺してみた。
「あなたは大人なようで、子供だわ」
 言葉の刃に脊髄を貫かれたであろう彼はゆっくりと振り返って、きょとんとした。その顔が、わたしの言葉通り酷く子供っぽくて、何だかおかしかったのを覚えている。
「どうしてさ?」
 わたしは口の端で、醜く笑んでいただろう。
「大人っていうのは、諦めながらも、必ず自分の目的だけは見つけているものだから」
 ――おそらくは、必ず叶う範囲の、目的を。
 彼は赤紫色の瞳を細めて、何も言わなかった。
 それまで饒舌だった男――わたしと同年代ほどに見える少年は、これ以上の言葉は持たないよ、とその眼で云い、階段の踊り場の窓を軽やかに飛び越え、わたしの前から去って行った。
 
 夕日は、いつの間にか終わっていた。

2005/06/14(Tue)23:33:03 公開 / 春一
■この作品の著作権は春一さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ

 こんにちは、春一です。
 なんとなく暇を見つけて書いていたら、とても短いですが出来てしまったので投稿、を。
 もう来れないかもでしょうとか言いながら…、うむ(何
 毎度の様にプロット、推敲、欠けてます(カエレ)

 非常に青臭いと思われる内容です。
 感想などあれば、よろしく御願いしますね。
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