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『巡り会い町、会えない町』 作者:もろQ / ファンタジー
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 夕暮れ時、上り坂を歩く男がいる。向こうに沈む大きな太陽は、遠くの町も、アスファルトも、男の横顔を伝うひとすじの汗もオレンジ色で染めていた。履き古して薄っぺらくなったスニーカーが、地面を踏み付けてぐにゃりと曲がる。安藤卓はただ上っていった。ずっと歩いてきた。夜が来ても眠らなかった。しかし、疲れはない。その身体を動かしているのは肉体ではなく、遠い日の記憶だったから。
 坂を上り終えて、安藤は立ち止まってそれを見上げた。やっと着いた。アーチはところどころにひびが入り、オレンジの光の中ではその風化した汚れや砂埃は特に目をひいた。アーチのちょうど真ん中に、昭和を感じさせる奇妙な字体で町の名前が書かれていた。『メグリ町』。だけど、僕を動かしてきた、遠い日の記憶はやがて失われてしまうだろう。プールサイドに二人してしゃがみこんで見た青い水面。虫が飛び交う街灯の下で、こっそりくちづけをした夜。きっと忘れてしまうだろう。だから、この町に来た。あなたにもう一度会いに。
 
 かげろふの ほのめきつれば 夕暮れの夢かとのみぞ身をたどりつる

 大通りはまるで、時の流れに置いてけぼりにされたような場所だった。足下のアスファルトは遠くまで真っすぐ伸び、遥か彼方に霞んで見える山のふもとで消えている。アスファルトを挟むように古びた店が左右に並び、同じく列は真っすぐ伸びて消えた。まるで自分を迎えてくれているようで、男の心は一瞬で大通りの色彩に溶け込んでしまった。
 黒っぽい木造の壁、少し傾いた扉、屋根の上に手書きの看板、どこも明かりはなく、右側の店はまだ夕日が当たっていて様子が伺えるものの、左の店は影になっていて奥の方は暗くて見えない。男は首を左右に振って店先を眺めながら歩いた。八百屋、魚屋、玩具屋、駄菓子屋。どこを見ても、店内はなんとなく埃っぽい空気が漂っていて、何より中に人一人いないのに、なぜか置かれている品物は真新しく、人の気配を受けて光っているように見えた。
「月乃」
男は思わず声を出した。彼女はここにいる。ふと見ると、店と店の間のわずかな隙間に赤い自転車が止めてあった。風もないのに、後輪が回ってからからと音を立てている。人の姿はまだ一度も見ていない。でも、確かに人はいる。そう確信して立ち去ろうとすると、自転車のペダルを回して遊ぶ女の子が、不意にこちらを見上げた。

 男は花屋に足を踏み入れた。川島月乃は花が好きだった。中に入ると、香水の香りに似たつんとする匂いが鼻孔を刺激した。足下には、小さくて可愛らしい花達が陳列されていて、壁の方に行くに従って背の高い種類が並べられている。オレンジ色に浸かった花達は、ピンクのものは薄紫に、青いものは黒っぽく写った。
 「月乃」
再び名前を呼ぶが、声は狭い店の中でしぼんで消えた。大きな赤い花の影にドアノブが見える。人の気配はある。ただそれは月乃のものではない。男は棚の上のパンジーに触れて思った。応えて揺れる黄色い花は、凛としているようでどこか寂しげだった。男は立ち上がって歩き出した。店の外へ見えなくなっていく人を見て、パンジーはわずかに首をうなだれた。

 夕暮れは雲のはたてに物ぞ思ふ あまつそらなる人を恋ふとて

 オレンジの空の向こう、遠い向こうから工事現場の音がする。コンクリートを削るドリルの音が、寂しげに鳴く。
「見つからないんじゃないのか? 同じだろ? あの音と」
突然声が心を叩き、一瞬呼吸を乱した。違う。きっとここにいるはずだ。いつの間にかスニーカーの紐がほどけている。男はしゃがみ込んで結んだあと、目に入った玩具屋へ歩き出した。
 銀色の目覚まし時計が時を刻んでいる。カチ、カチ、カチ。男の腰くらいの高さの棚に、所狭しと人形やらブリキのロボットやらが並んでいる。ショーウインドウにも、フランス人形は微笑み、熊のぬいぐるみは首を傾げ、どこか遠くを眺めていた。男はゆっくりと店内をうろついた。やはりどの玩具にも、人の触れた気配がある。過去に生きた人か、未来に生まれる人か、あるいは、実は男が知らないだけで本当は今も生きている人か。男は彼女が触れた品物を探すが、それらしい物はなかなか見つからない。そのかわり、見つけたのはかわいらしい真珠の装飾をつけた小さな木箱だった。中を開くと、そこには親指の先ぐらいの少女が白いドレスを纏ってゆっくりと回りだした。同時にオルゴールが動き出し、微かな音色が箱の中で響いた。男の知らないメロディだった。しかし男は、その音色を懐かしんで聴いた。後ろでまとめた栗色の髪。ドレスと同じくらいに白く透き通った肌。どこか物憂げな瞳。鏡の上でただただ踊り続ける少女は、別れを告げたあの日の彼女を鮮明に映し出す。

 「………嘘だろ?」
まさか、昼に突然呼び出したのは、それを言うためだったのか? 心の中で呟きながら、降りしきる雪の向こうで立ち止まる月乃を見た。
「ごめんね。お父さんがどうしてもって」
月乃は苦笑いをして振り向いた。いや、笑ったかどうかなんてわからなかった。急に遠くに行った気がして、顔なんか見えなかったから。見上げれば、灰色の空は絶え間なく降る雪でほとんど隠れていた。このまま、雪が僕ごと埋め尽くしてくれたら、心の衝撃は、悲哀は、全部凍り付いてくれるんだろうか?
 「でも、距離はなれても、会えるよな?」
顔なんか見えなくても解った。月乃が「ごめんね」って言う時はいつも笑ってる。だから今回も、って思った。だけど月乃は、
「……………わかんない」
って言ったまま、どっかへ行ってしまった。

 そして我に返り、再びオルゴールを眺めた時、声はまた聞こえる。
「見つからないんだよ。黄色いパンジーも、白いドレスの嬢ちゃんも、本物の代わりでしかないんだろ? 単なる偶像でしかない。偶像にすがるのは、見つからないって分かってるからだろ?」
心臓が激しい鼓動を連ねる。違う。そんなんじゃない。必死に抵抗するが、声はさらに大きくなって心臓に負担をかける。
「わざわざここまで来た意味はあるのか? 馬鹿みたいに追っかけて、服汚して、靴壊して、体力すり減らして、わざわざここまで来た意味はあるのか? ないんじゃないのか? どうせ見つからないって思ってるんだろ? だったら諦めろ。もう遅い。諦めろ。もう遅い。諦めろ。もう遅い」
身体が地面にめり込んで行く。違う。呼吸の音も遥か遠くに聴こえる。違う。抵抗は空しく、男は店の前で倒れた。銀色の目覚まし時計は、とうに8時を差すのに、未だ光は夕焼けのオレンジ。

 はかなくて夢にも人を見つる夜は あしたのとこぞ起きうかりける

 「川島月乃さん、ですね」
「はい」
年配の夫婦らしい2人が、受付を済ませた若い女性に声をかけた。3人とも黒い服に身を纏っている。
「生前は大変お世話になっていたようで」
男が深く頭を下げると横にいる女も同じようにお辞儀をした。若い女性は少し俯いた。
 安藤卓…………誰だったっけ? 俯いた月乃は考えた。………ていうか、顔も思い出せない人の葬式のために、わざわざ来た意味ってあったのかなあ………。

 夕日は、いつまでも沈まなかった。下り坂へと続く街の出口。そこにそびえるアーチに書かれた、奇妙な町の名前、『アエナイ町』。
2005/06/13(Mon)00:11:30 公開 / もろQ
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■作者からのメッセージ
久しぶりに書いた作品です。
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