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『死神〜question〜(後編)』 作者:上下 左右 / 未分類
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(前編) 


 満月がいつもよりも少し強い光を放っている夜。
 高層ビルが立ち並ぶ中、更に高い一本の塔が建っている。人間達はこれを電波塔などと呼んでおり、特殊な電波を送受信している大きな建物。
 本来、そこには誰も上ることは無い。それだけ高い場所。その塔の頂上に人影があった。
それはいうほど大きくは無い。中学一年生、若しくは小学校高学年子ぐらいの身長しかない。足を投げ出し座っている。
 まるで日本人形に命を吹き込んだように顔立ちの整った少女。それが人影の正体だ。背中には、一本の大きな鎌を背負っている。少女には到底持てそうも無いほど大きなそれを、さも当然のようにだ。
 彼女は、影と呼ぶにふさわしかった。上から下まで黒い服で包みこみ、それと同じ色をしたきれいで長い髪の毛を風になびかせている。白い肌が露出している顔以外は全て黒い。淡い月明かりの中、遠くからみると真っ黒に見えてもおかしくはない。
 少女は自ら光を発しているわけではないが、きれいな月のある空を眺めていた。もしかしたら何も考えていないのかもしれない。それとも重要なことを考え続けているのかもしれない。それさえも読み取ることのできない眼差し。
 少しの間それを見ていると、まるで何かを感じたかのように今度ははるか下に見える無数の光のある方を向く。
 そこにあるのはまるで昼間のように明るい町。地上からの強い光により、本来空に見えるはずの星が見えなくなっている。そして、高いところから見る地上はまるで輝く星が水面に映っている様子を連想させた。
 皮肉なものである。人間は自らの光を持つことにより、空から降り注ぐきれいな光を消してしまった。
 もう、少ししたら夜明けの時間だというのに人間達は昼間のように明るい町の中でひしめき合っている。特別な日というわけでもない。彼らは毎日のように大した目的も無く歩き回っていた。
 彼女は空と地上を見比べるような行動を何度か繰り返していた。他の人からすれば、それは奇妙な行動にしか見えない。しかし、それは彼女にとっては普通のことだった。
(そろそろ時間だな)
 突然その場に立ち上がった。
 ここは下界にいる人間達が点にしか見えないほど高い場所。それだけのところから落ちればどのような生き物でもその命を失ってしまうだろう。そのような場所だというのに、まるでそこが地上であるかのように平然と歩いていく。
 今から仕事に出発するのだ。彼女の行っている仕事はたとえ夜だとしても行かなくてはならない。
 そもそも、少女に人間界の時間などは関係ない。あれは人間が勝手に決めたことであって彼女にはなんの関係もない。
 人間達にとって信じることができないことはそれだけではない。彼女は空を飛ぶことも出来る。現に、彼女の足は地面についてはおらず、完全に宙に浮いているのだ。本で見るような綺麗な光がでるとか、何か音がすることはない。
 それが当然のような顔をしながら凄い速さで進んでいく。ロープで吊るされているわけでもない。超小型のジェットエンジンをついているわけでもない。正真正銘、不思議な力で空を飛んでいる。
 もう、この場所からでは彼女の姿を捉えることは出来ない。真っ黒なその姿は同じく真っ暗な空に完全に溶けてしまっている。
 彼女は生きた存在ではない。いや、死んだ存在でもない。その仕事は死んでしまった生者の魂を回収すること。人間の言葉を借りるのであれば死神、と呼ばれている者だ。本当は自分達に名前など無い。ただ呼ぶときに困るので人間達が読んでいる呼び方をしているだけだ。


 彼女が向かっているのは田舎にある小学校。 
 死神の仕事はそこにいるはずの少女の霊を回収すること。本当は何年も前に連れて行かなければならない魂だったのだが、彼女の流儀で「生き返らせること」と「人を殺すこと」以外の願いを叶えるというものがある。それで、数年間待ってほしいというものだった。
 もちろん、そんな願いでも少女は引き受けた。だが、このような願いは途中でキャンセルさせることは出来ず、その期限になれば必ずつれていく。逆に言えば、いくらその場所にいるのが苦痛になっても、もしも悪霊になったとしてもそれは無視し続けられる。だから、その期限はちゃんと考えなければ大変なことになってしまう。どれだけ苦しいことがあってもその場に居続けなければならないのだ。
 彼女は、今のところ背中にある鎌を使ったことは無い。これはもしも悪霊と戦うことになった時のために持たされている。だが、それを全く使っていない彼女の鎌は新品そのものだ。
 悪霊というものは地縛霊などのその場所に特別な思いを残した霊が、その大切な場所を失うとそれになってしまうことが多い。このような霊は生きている者に対して障害を与える。死神である彼女はその悪霊を消滅させるのも仕事のひとつである。
 同僚は何人もの悪霊を消してきた。彼女が強いのか弱いさえもわからない。その場に居合わせることが出来ないからだ。
 少女は目的地に近づいてきたので周りを見回してみる。
 先ほど彼女が居た場所に比べると失礼なぐらいここは田舎だった。前に来た時よりも大分発展はしている。ビルが増え、街灯なども多く配置されている。近くの山には高速道路なども通っていた。しかし、人口が少ないせいか民家の明かりは少ない。
 その代わりここは星がきれいだ、と彼女は思った。地上からの光が少ない分、空には満開の星空が見えている。死神は人工的な物が放つ強すぎる光よりも、こっちの淡く自然の星々の方が好きだった。いつでも消えてしまいそうな、儚い光。仕事を達成することが出来なければ消えてしまう自分と同じ存在のように思える。だから好きなのかもしれない。
 田んぼの多い中に、それはあった。前もかなり年季の入った建物だったが、今はさらにボロボロになっている。これでは子供が通うことなど出来ないだろう。
 校門のところを見てみると案の定、立ち入り禁止という札が下げられている。これはすでにここが封鎖されていることを意味してる。
 夜明けが近づいている。山の向こうの空は少し赤く染まり、星が先ほどよりも見えにくくなっていく。あまりもたもたしている時間はない。
 校庭に着地した。
 そこから見る学校は何か薄気味悪さを感じさせるが、死神である彼女がそんなものを怖がるはずが無い。なんのためらいも無く近づいていく。その顔は無表情ではあるが、少しだけガッカリしたような感じだ。
 このような人の出入りの多い場所には悪霊が居付きやすい。病院、学校、トンネルは霊の居やすいトップ三だ。だから、それと戦うことが出来ると思ったがその気配は微塵も感じない。あるのはこの校舎の一角から感じる普通の霊の反応。彼女が回収する予定のある少女の霊のものだ。
 それともうひとつ、生きた人間の反応だ。霊媒師のような怪しい存在ではない。霊感などほとんどない普通の人間だ。これなら別に死神である彼女が近づいて行っても何の問題もない。
 どうせ見回り中に偶然、彼女が回収するはずの魂を見たぐらいの人間なのだろう。まあ、彼女にそんなことは関係ないが。
 少女が歩いている場所は砂地のはずなのだが、足跡というものが無い。体が微妙にだが浮いているからだ。
 実は不思議な力を使って飛んでいるのではなく、彼女達は常に飛んでいる存在。現実のものには触れることはないので、地面に足をつけることも出来ない。先ほども凄い速さで飛んでいったわけではなく、人間が走るような感じでスピードを早くしていただけの話。
 これは少女の趣味のようなものだ。人間と同じ視線で見、同じように物を感じたくなることがある。それは本当に唐突で、移動中にそう考えるときもあった。今日は特にその気持ちが強かった。
 人間の時間でいう半年前。その日も彼女は今のように死人の魂の回収の仕事をしていた。まだ若い、少年と言ってもおかしくはない歳の人間だった。この少年の魂もいまから回収しに行く少女と同じで少しの間つれていくのを待ってくれ、そして自分が成長した姿で数年後恋人に会わせてくれ、と言われた。
 もちろんそんなことはダメだといたのだが、初めの説明で「生き返らせること」と「人を殺すこと」以外の願いは叶えると言ったのを相手は覚えていた。別に生き返るわけではない。少しの間だけこの世に居させてくれればいいと言った。
 それも一種の生き返りのような気もしたが、彼女の言った生き返りは「完全」なものであって「一時的なもの」だと違反していない。
 言い返せなくなった彼女は特例という形でその願いを聞き入れた。彼が自分の彼女に会いたいという強い気持ち。少し恥ずかしい言い方をするなら愛の力。人間のそういったものに負けてしまったからなのかもしれない。
 そんな約束をしてしまったせいで、彼女はいろいろと苦労させられた。大人の姿で彼のことを「一時的に」生き返らせただけではなく、電話の相手もさせられたし手紙のようなものも書かされた。
 今思ってみればどうしてあんなことをしたのかがわからない。
 だが、全てが終わった後に死神に向かってこういった。
「ありがとうな。こんな俺のわがままを聞いてくれて」
 彼は笑顔で少女にそう言ったのだ。今までは自分を連れて行くな、とかまだ連れて行かれたくない、とかばかり言われていたのでそれはかなり驚きだった。自分のことをこの世から消そうとしている者に対してありがとうというとは、人間にしては珍しい人物だ。
 しかも、連れて行くときに彼は全てをやり遂げた後のような満面の笑みを少女に残していった。その顔がどうしても忘れることが出来ない。完全に彼女の網膜に焼き付いてしまった。もしも少女が人間だったら、それを恋と勘違いしていたかもしれない。
 どうして彼はあんな顔をしていたのか、感情というものがほとんど無い彼女には理解することが出来なかった。今までそんな顔をしてあの世に逝ったものはいなかった。
 そのことを思い出したからだった。
 人間と同じ物の見方をすればあの笑顔の意味がわかるかもしれない。何故、わざわざ自分がつらい思いをしてまで成仏するのを待っていたのかを……。
 それを思い出したからといってどうしてそう思ったのかは自分にもわからない。ただ、彼女の中の何かがそうしたい、と言ったのだろう。
 校舎の門は閉まっていたが、そんなことを気にすることなく壁を抜けて中に入る。
 いかにも古いという雰囲気がにじみ出ている。壁に残ったしみ。壊れた床。誰かが忘れていった上履きなどここが廃校になった時と変わっていないので散らかり放題だ。よく見れば、ゴミやよくわからないものまで落ちている。
 彼女は、そんな中を無表情で歩いていく。
 しかし、心のどこかでは懐かしさを感じていた。
 いつ頃からだろうか。彼女が今の仕事を始めたのは。ごく最近のような気もすれば遠い昔だったような気がする。そもそも、自分がどうしてこうなったのかわからない。同僚から聞いた話では人間がある特定の死に方をすれば死神になると言っていた。ということは、自分も昔は人間だったのだろうか。
 それならこの胸の中にある懐かしさも納得いく。彼女は人間でいうと小学生ぐらいの容姿だ。もしかしたら、生前は普通の小学生だったのかもしれない。だが、これはあくまでも噂話だが。
 人間が乗れば音がしそうな板の上を歩いても何の音もしない。それはそうだ。彼女は触れているようで実際には触れていないのだから音のしようがない。誰もいない校舎の中はまるで隔離された空間のようになんの音もしない。
 彼女は珍しいものを見るような目で周りを見回しながら目的地を目指す。外はもう明るい。急がなければならないのだが、学校という場所は彼女にとってそれを忘れさせようとするほど魅力的な場所だった。
(もしかしたら、私ここに通っていたことがあるのだろうか)
 彼女が言っているのはもちろんどこかの小学校に通っていたということだ。ここと限定しているわけではない。そんなことを考えながら階段を一段一段上っていった。



(後編)


「ありがとうね。私のこと忘れないでくれて……」
 死神がある部屋の前に来ると声が聞こえた。そこは彼女の探している魂の反応のある部屋だった。中からは入る時に感じた人間の反応もある。
 ここに来て、ようやく理解が出来た。どうして少女の魂が何年も待ってくれといったのか。そう、この瞬間を迎えるためだった。彼女がどういう死に方をしたのかはわかっている。だから、今がどういう状況なのかもわかる。
 しかし、彼女は感動の場面だということをわかっていながら気にすることなく中に入る。
 中には彼女の思ったとおり、彼女よりも少し小さいぐらいの少女と、二十後半ぐらいの男性が立っていた。大人のほうは号泣をしているわけではなく、すっきりしたような顔で涙を流している。
 この場に彼女が入って行こうが何の関係も無い。二人に見えるわけではなく、片方にしか見えない。ムードよりも不思議なことをはっきりさせたくなる男とは違い、見えるのはムードを壊したくないという女だ。もしも死神が入ってきても話しかけない限り無視をし続けるだろう。
 それに、彼女も期待をしていたのだ。人間の感情が止めどなく流れ出るそのような状況を目の前で見れば、もっと彼らの心中を知れるのかと思っていた。もちろん、人間の感情がそれほど簡単でないことは知るよしもない。一昔前に機械で人間の心を作り出そうとした科学者のようだ。
 だが、中に入るとすでにその場面は終わっていた。
少女はすでに死神のことに気がついており、すでに彼女の方へと向かってきている。本当に目が見えないのかと思えるほど丁重な足取りである。まあ、霊体になれば歩く必要はない。宙に浮くことが出来るからだ。
 今も彼女は歩いているように見えるが、実際は宙に浮いているのでほとんど躓くことはない。
「長い間お待たせしました」
 少女とは思えないような口調と雰囲気をした少女は死神の前まで来ると模範ともいえるほど見事なお辞儀をした。
「もういいのか?」
 いつもならこのまま無言で霊界への門を開くのだが、今回はそうしなかった。少女の表情は、彼女には決してマネをすることができないほど晴れやかな笑顔をしていたからだ。まるで、あのときの男性のように。
「もういいんです。ちゃんと別れもいえましたし。もう思い残すことはありません」
 笑顔を絶やすことのない少女は、今からあの世に行く者とは思えないほどだ。今まで何人もの魂を送ってきたが、これほどの感情を見せたことはない。やはり気になる人物も二人目になると心が揺れ動くものなのだろうか。
 思い残すことがないと言われたら彼女でもどうすることもできない。誰にも聞き取ることができないほど小さな声で短く何かをいう。すると、綺麗な朝日が差し込んでいる教室の一部分に、まるでガラスにヒビが入ったかのような黒い線が無数に走る。
 死神が呟くのをやめた瞬間にその部分の風景がなくなり、真っ黒な空間が現れた。
「ねえ、あなたの名前はなんていうの?」
 突然の質問に、自分に聞かれているとは気がつかずに無視する形になってしまった。
「聞いてる?」
 こういわれてやっとその質問が自分に対するものだということがわかった。よく考えてみれば少女が話せるのは彼女たった一人なのだ。それは死神に対する質問以外のなにものでもない。
「そんなものは私達にはない」
 感情のこもらない声でそう答える。
「じゃあ、なんて呼ばれているの?」
「同僚からは落ちこぼれと……」
「ひどい!どうして貴方のことをそんな風に呼ぶのよ?」
「私は未だに悪霊というものを退治したことがない。だからそう呼ばれている」
 そうよばれることは屈辱的なことのはずだが、なにも感じることがないかのように淡々と質問に答えていく。
 その行動も特におかしくはない。彼女が人間だったらそのように呼ばれると表では平常を保っていても、心の中は憎悪でいっぱいになる。しかし、彼女は死神。本当にそれに関して屈辱も何も感じていない。
「そんなの悲しすぎるわよ。そうだ、私が名前を考えてあげる」
 なんだか近頃は驚かされることばかりが起こる。まさか、自分に対して名前をつけようとする者が現れようとは考えもしなかった。
「う〜ん……」
 太陽をバックにしながら少女は真剣に悩み始めた。その仕草は本当に少女らしいものだった。
「いや、そんなことよりも早く……」 
 少女は故意に時間稼ぎをしているわけではない。本当に彼女のために名前を考えている。
 一度考え出すと周りの声が聞こえなくなってしまうらしい。死神が何を言っても両手を組んだ状態をとくことはなかった。
 今、その体を少し押せば向こうの世界への扉を潜り仕事は終了する。しかし、それは彼女のプライドが許さないといった感じだ。ちゃんと相手の足でこのゲートは潜らせたい。
 しかし、その考えとは裏腹にその足でゲートを通ったのは本当に数えるぐらいだ。ほとんどの魂は逃げようとして彼女に捕らえられ、放り込まれた。死にたくないという気持ちはわからなくもない。だが、こちらとてそれが仕事なのだから仕方がない。
 ふと何かを思い出したかのようにある方向を向いた。今まで動いていなかったので忘れていたがここにはもう一人人間がいたのだ。その人物が動き出したからそちらに目を向けたのだ。
 その男性の顔にはもう涙はなかった。まるでこれから人生をやり直すような意味深げな笑顔をしながら男はこの建物から出て行った。
 鳥の囀る声しかしない静かな校舎の中に少女と二人きりになった。
 建物の中からは何の音もしない。それほど厚くないガラスの外から聞こえてくるかすかな音、そしてまだ自分の名前を考えている少女のうなり声のようなものが目立つ。
 景色に空いた大きな穴は、周りの全てのものを全て吸い込まんとするほどに凄い吸引を見せている。そのゲートの前で、少女は何事もないかのように考え込んでいる。これは、かなり凄いことだ。開いた本人ですら気を抜けば吸い込まれてしまいそうなほど強い。
「クロミなんてのはどう?」
 人間界で考えると、それはおかしなものなのかもしれない。漢字で書くのか、それともカタカナで書くのかもわからない。所詮は子供が考える名前、それに人間界のものではない。だから、このような名前を思いついたのかもしれない。
「ク・ロ・ミ……?」
「そう、クロミ。真っ黒な綺麗な目だからそういう名前にしたの。いい名前でしょう?」
「ええっ」
 正直、彼女にはこれがいい名前なのかどうかわかっていない。
 しかし、何故だかこう答えてしまった。
「じゃあ、決定ね。今度から宜しくね、クロミ」
 少女は先ほどとは少し違った明るい笑顔でそういうと、右手をこちらに差し出してきた。一瞬考えてから、人間界でよく行う握手をしようとしていることを悟った死神は、自分も同じように手を伸ばした。
 二つの小さな手がしっかりと相手の手を握り合った。もちろん、両者とも生きている者ではないのだからぬくもりというものはない。
「どうして私にこれほど優しくしてくれるのだ?」
 クロミと名付けられた死神の口調は相変わらず男性っぽく、感情のないものだった。
「どうしてって……、クロミだって私に優しくしてくれたじゃない?」
「やさしくしたといっても私はお前のことを連れて行こうとしているんだぞ。それなのに何故……」
「友達に親切にするのに理由はいらないんだよ」
 友達。今この少女は自分のことを友達と呼んでくれた。クロミあまり他の死神との交流を好まない。だからこの世界では少し浮いた存在となっていた。苛める者もいないが、逆に言えば慰めてくれるような者もいない。そんな彼女にこの少女は友達と言ってくれた。
「ここを潜ればいいのよね?」
「そうだ」
「わかった。それじゃあ、またどこかで会えたら会いましょう」
 死神のことを友達と呼んだ物好きな少女は、自分から成仏へのゲートに身を投げた。真っ黒なその空間にあった少女の姿はすぐに小さくなり、闇に溶けるかのようにして消えていった。
 後に残された死神は、完全に消えたのを確認するとまた小さな声で何かを唱え、あの世へと続くゲートを閉じる。
 それは、まるでビデオを巻き戻すかのように壊れたピースが次々に元の位置に戻っていき、すぐに景色が完成した。
 先ほどと同じように音のない中で、今度は一人で立っているクロミ。もう、少女のうなるような声は聞こえない。
 仕事は無事に終わった。いつもならなんとも思わずにこのまま次の仕事に移るのだが、今回はそういう気持ちになれない。心の中のどこかに虚しさという予想もしなかったものが残ったからだ。
「友達……」
 誰もいない音楽室の中、今までに口にすることのないと思っていた言葉を小さな声で何度も呟いていた。
その日はとても晴れていて、雲ひとつなかった。まるで、先ほどの少女を送り出すために神様がわざわざこのような天気にしてくれたかのように。
 もしかすると、あの時の男性も先ほどのように質問をすれば友達だからと答えてくれていたのだろうかと彼女は思った。しかし、それを確かめるすべはもう存在しない。今頃は前世の記憶を全て忘れ、また永遠の輪を回り続けているに違いない。
 魂はあのゲートを潜ると、生き返るための準備をするのだ。
 先ほどの少女も、次に生まれてくる肉体を見つけるとそれに入る。そして、新しい命になって人間界でまた生活を続ける。それが何度も繰り返されるのでゴールのない、輪のようにスタートとゴールを繰り返す。
 それからは外れた存在。死ぬことも生きることもない死神。彼女はそのようなことを考えているとなんだか虚しくなってきた。
「私達は、どうしてこんなことをしているのだろうか」
 そのようなことを一人で言いながら、青く澄み渡った空を眺めるのであった。



2005/06/12(Sun)20:43:00 公開 / 上下 左右
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■作者からのメッセージ
前半はみなさんの高評価(?)をいただいていたのに後半でそれをぶち壊しにきた上下です。さあみなさん。十分にノックアウトしてください(できれば思い切り)
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