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『さがしもの』 作者:安曇悠梨 / 未分類 未分類
全角9256.5文字
容量18513 bytes
原稿用紙約33.4枚


 世の中間違ってる。
 そんなふうに叫んで自爆して死んでった奴は山ほどいる。
 首吊った奴も山ほどいる。
 わけわかんねーよな。
 変えようと思ったら、生きてくしかないのに。
 なのに死んでくんだもんな。
 わかんねーよ。
 なんで。


 あんたが、死ななきゃならなかったんだよ。


 アタシはまだガキだから。
 世の中の暗いとこあんまり知らないけど。
 それでもな、たった一つだけわかることがあるんだよ。
 死んじゃいけないって。
 そんなことしたって何も変わらないって。
 むしろ、誰かを悲しませて。
 時が経ってみんな忘れて。
 それで終わり。
 それって悲しすぎやしねぇか?
 なぁ、誰か教えてくれよ。
 どうして、この世界は。





 ……優しい奴から、傷ついていくんだよ……!






 これは一人と一匹の旅人の話。


 その日は雨が降っていたんだ。この時期にはよくあることだけど。何かその日の雨は違う気がしたんだよ。
 ぇ?いや、どう違うって聞かれても困るんだけどさ。なんか……こう……あぁ、うまく言えない!気配?そう、気配ってやつさ!嫌な感じじゃないんだけど……気分が重くなる雨でさ。何か辛くなったから、村の巫女様のところに行ったんだよ。そしたらびっくりしたよぉ。みんな来てるんだから!あたしゃ、出遅れたかねって思ったさ。もしかしたら鈍いんじゃないかって……と、こんな話はどうでもいいって?


 嫌な雨だった。俺は畑をやっているんで、雨と言えば恵みって感じるはずなんだが……嫌な雨だったな。
 どうもいらいらする雨だったんで、畑に行ったら野菜達も元気なくなってた。こりゃまずいと巫女様のところへ行ったんだよ。
 あ?巫女様って何だって?
 巫女様はこの村を守ってる生き神様で、つよーい力を持ってらっしゃるんだ。まだちっちぇえんだけどよ占いの力はすんげーんだぜ!今まで間違えたことはねぇ。
 ただよ……占いで出た言葉以外を喋ってるところを見たことがねぇんだ。友達もいねーみたいだしよ。ちょっと、寂しそうだよな。


 んっとねー。雨が降ってたの。おとーさんもおかーさんもイヤな雨だーイヤな雨だーってずーっと言ってたんだけど。あたしは別に何とも思わなかったよ。でもね、なんだかね、前にきーたお話がほんとうだったのかなーって。
 雨ってカミサマのナミダなんだよって。
 だって、その雨、なんだか悲しそうだったんだもん!


 その日、私は予感にとらわれて目を開けました。
 そう……私の人生にも、大きく関わるような波乱の予感を。
 初めての出来事でした……こんな過疎の進んだ、文明の遅れた農村には滅多に不思議なことは起こりません。安定という名の怠惰にとらわれたこの世界に、まさかこんな大きな変化の予感を覚えるなんて、思っていなかったんです。
 ずっとここで、ただ言われたとおりに動くことしかできない弱い自分を変えてくれる人が……来るような。
 外に出ると、雨が降っていました。悲しい。そう感じさせる雨でした。
 まるで、その人の心を映したような雨でした。


 どうしてこんなに悲しいんだろう
 どうしてこんなに怖いんだろう
 心の底が見えないよ
 深くて、暗くて、それで、




 ざぁぁぁぁぁ……。

「嫌な雨ですね……」
 ヒトの声はそう呟いた。フード付きのコートの下からしおれた黒髪と黒瞳が見て取れた。
『……乾いた場所はないものか』
 そのヒトの足下には銀に近い白色をした犬がいた。彼はそのヒトと会話をすることができた。彼は見かけ通りのただの犬ではない。
 そのヒトは彼の言葉に小さく微笑みを浮かべた。そして彼のべたべたの毛並みを撫でた。
「雨に濡れた毛っていうのもいいものですね。なんだか不思議で……」
『主……楽しんでいないか?』
 不服そうな彼の言葉を無視し、そのヒトは彼を撫で続けていた。どこか、ぼんやりとした様子で。
『主?』
 不安げな彼のその声に、そのヒトははっとして彼から手を離した。
 まだ不安げな彼に大丈夫だと微笑みかけるとそのヒトはゆっくりと歩き出した。
 だけど彼の目から見ると、どこかその瞳は虚ろで、悲しそうに見えた。
 まるで、夢遊病者のような頼りなげな様子に、彼はそっと心を痛めた。


 ねえ、どうして雨ってヤツは
 悲しい思い出を思い出させるんだろう


「巫女様!」
 村の中心部ある建物に向かって男が一人走ってきた。

 巫女と呼ばれた少女はゆっくりとその男の方を振り返った。   
 頭にバンダナを巻き、ゆったりとした服をまとったその少女は、驚くほどに表情がなかった。


 何も考えたくなかったから
 何も思わなかったから


 ざぁぁぁぁぁ。

 雨は止まない。

「誰かが来て……何かが……変わる」
 巫女はそれだけ呟いて口をつぐんだ。
 その場に集まっていた人々はざわめいた。
 巫女の言葉は絶対。
 誰かが来れば、この場所は何か……変わる。
 巫女が口を開く。
「この雨は……予兆」
 人々は我先にと家に引きこもり、堅く戸と窓を閉ざす。
 残されたのは数人と、雨に打たれながらただ空を眺め続ける巫女。


 所詮飾り物
 ただの心の支え
 それは物だから誰も知ろうとしない
 彼女の苦しみと嘆きなど


 そのヒトと彼はゆっくりと木で作られた町への入り口へと近寄った。
 そこには数人の屈強な若者が立っていて、じろじろと不躾な視線をそのヒトに向けた。
「よそ者が何の用だ」
「旅の途中なのです。補給と休養のために立ち寄りたいのですが」
 若者達は嫌な顔をした。
 彼はその若者達の顔を見て嫌な気分になった。
 そこへ、中年の男が走り込んできた。
「そいつを村へ入れるな!」
 彼はそう叫んだ。
「巫女がおっしゃった! そいつが災厄を持ち込むってな!」
 その言葉に反応して、若者達は棒を持ち出した。
「要求は受け入れられない、去れ!」
「村に入るなと言うならば従おう。だが、せめて補給は……」
「黙れ!」
 一人が門から飛び出し、棒でそのヒトを叩きのめそうとした。


 争いなど嫌いだ
 だけど、それが必要ならしなければならない
 でもどうして
 コトバと知恵があるのに争いが必要なのだろう……


 ぼきんっ!
 鈍い音を立てて棒は二つに折れた。そのヒトはフードの下から僅かに覗く瞳を曇らせた。
「ごめんなさい。でも貴方の力ならきっと骨が折れただろうから」
 そのヒトは静かに言った。静かすぎて、誰にも届かなかったけれど。
「あ……悪魔だ! 災いを運ぶ悪魔だっ!」
 その棒は一本の木から切り出した、堅くて丈夫な武器だった。そして、未だかつて誰も、素手でその木を折った者はいなかった。
 だから、彼らはそのヒトを悪魔だと思った。
 手当たり次第石を投げた。石はそのヒトだけでなく、彼をも狙っていた。
 そのヒトはとっさに彼をかばった。
 頬が僅かに切れて、血が流れた。
 彼はそんな主を見て、思わず石を投げる若者達と男を見て息苦しい感情を吹き出しそうになった。


 ……愚かなものよ
 なぜ同じもの同士分かり合おうとせぬのか
 なぜ同じものを外敵とみなすのか
 なぜ弱いものばかり苦しまねばならぬのだ


『主よ、我のために傷つく必要はないのだ』
「いいんですよ。これは僕自身の我が儘ですから」
 そのヒトはにっこりと微笑んだ。
 何の邪心もない、ただ純粋なその笑顔。

 何故だ
 何故このような……!

 湧き出す感情は、怒り。理解できない不条理さに対する、怒り。
 彼は重心を移動させ、すぐにでも飛びかかれる体勢に入った。
 しかし、その人は唇だけを動かして、やめなさい、と言った。
 その瞳が悲しげに曇ったのを見て、彼はすっと構えを解いた。

「何をしているのです!」

 小さな、しかし、凛としたよく響く声がその場を凍らせた。
 声の主は巫女だった。

「何を、しているのです」
 巫女は先ほどよりもゆっくりとその言葉を紡いだ。しかし、その声に感情はなく、そのヒトは、巫女を人形かと思った。
 巫女はゆっくりと周囲を見渡した。
「何故ですか。旅人殿に危害を加えたのは」
 若者達が視線を一カ所に集める。巫女もその視線を追った。
 一人の男が、いた。
「何故ですか」
 巫女はその者に向けてもう一度問いかけた。
 その男は地面に額をこすりつけた。
 全身から冷や汗が流れ出し、がたがたと震えていた。
「み……巫女様が……変化をもたらすと……言われたので……」
「それで?」
 巫女の声には感情がいっさい込められていなかった。
 だから男は余計に恐怖を覚えた。
「それこそ……災いではないかと……」
 巫女はその男から目をそらし、そのヒトをじっと見た。
「……あなたは、この人をどうしたいと願われますか?」
「何も」
 そのヒトは巫女の何も映していない目をじっと見つめて答えた。
「……恥じなさい。巫女の言葉を偽ったことを」
 巫女は男にそれだけ告げると背を向けて歩き出しかけ、一度だけふりかえって言った。
「我が町へようこそ、旅人殿。巫女として、歓迎いたします」

 雨は、止まない。


 澱んだ町だ
 長くは、居たくない場所だな


 そのヒトは微かに眉をひそめた。
 道に、人の姿が見えない。しかし、固く閉ざされた扉の向こう、怯えるようなものから敵意に満ちたものまで、様々な視線が飛んでくる。
『不快だ』 
 彼がそのヒトに向かって苛立ちを隠さずに告げた。しかし、そのヒトは淡く微笑むだけだった。だけど彼は気づいていた。
 その人の笑顔の奥にある、微かな悲しみに。
『主は何故に感情を表に出されない』
 彼の声には微かな苛立ちが込められていた。なのに、そのヒトは何も言わなかった。


 どうしてこんなに、悲しいんだろう


 しばらく歩く間に、村の端にたどり着いた。そこには、子供達が居た。彼らは恐れることなくまっすぐに、そのヒトに駆け寄った。
「旅人さん?」
「ねぇねぇ、どこからきたの?」
「わぁー……この子可愛いっ!」
 子供達はそのヒトと彼を『秘密基地』に案内した。そこは半ば崩壊した鶏小屋で、もう長い間使われていなかったらしい。床は汚くはなかったが、草が生えて濡れていて、所々雨漏りしていた。
 その中で、子供達は彼とじゃれたり、そのヒトから村の外の様々な話を聞いて楽しんだ。
 こんな小さな世界で過ごしてきた子供達にとって、そのヒトの語る外の世界の話はとても魅力的に聞こえた。
「いいなぁ、旅人さんは。いろんな事が見れて」
「そうかな。……でも、悲しいこともたくさんあるよ」
 そのヒトの穏やかな声に少しだけ悲しみが混じった。
 子供達がその“悲しいこと”を聞き出す前に、どかどかと足音がやってきた。
「てめぇっ!何してやがるっ!」
「その子達から離れろっ!」
 手に農具や包丁を持った大人達がそのヒト達を囲んだ。
「お父さん、お母さん……どうしたの?」
 子供達は大人達の形相にきょとんとしていたが、そのヒトはゆっくりと立ち上がった。
「楽しかったよ。ありがとう。……行くよ」
 そのヒトは彼の背を軽くたたいた。彼は大人達に鋭い視線を向けながらその場を去った。
「ぁ……旅人さんっ!」
 残された子供達はその背を追いかけようとして   できなかった。
「話せ!あいつから何を言われた!」
 武器を構えたままそう問いかける大人達を前に、彼らは縮こまることしかできなかったから。


 そのヒトは村のはずれの木陰で雨宿りをしていた。
『……なぜこの場にとどまるのだ。主よ』
「一秒でも早くここから立ち去りたいって顔をしているよ。そんなにここが嫌いかい?」
『嫌いだ』
 彼は小さくうなった。威嚇するようなその声に、そのヒトは少し顔をゆがませる。
「そういう考えは……嫌だって、言っただろう?」
 主のその言葉は、彼の心に深く突き刺さる。
「……そう言う考え方が……嫌なら、避けるだけでいいって考え方がきっと……何かを歪ませてしまうんだ」
 そのヒトはそう言って彼の毛をそっと撫でた。
「でもね、君が言うように、避けた方がいいときのが多いんだろうね……本当は……」
 そのヒトは彼をぎゅっと抱きしめた。
「でも、嫌なんだよ……」
 彼の身体が雨とは違う雫で濡れた。彼はそのヒトに身体を擦り寄せた。
「……ねぇ……どうして……僕らは見つけることができないんだろう」
 そのヒトは遠い遠い目をしていた。
『……なぁ、主。あなたはいつも何を見ているのだ?』
 そのヒトは時折、虚ろで悲しげな瞳を見せる。でもそれは、彼にはそのヒトが見ているものが遠すぎて焦点がわからないだけだと思っている。
「……死後の世界なんてものがあるとしたら……」
 そのヒトは静かな声で言った。
「きっとそこを見ているんだよ」
 こんな事を言っているから、異常者扱いされるんだろうね。
 そのヒトは淋しげにそう呟いた。

『どうしてなんだよっ! こいつらだって、俺らと何一つ変わらない生き物なんだぞっ!?』
 ずっとずっと前のような、昨日のようなあの日。
 彼がそのヒトに拾われた日。
 そのヒトは彼の兄の亡骸と、彼を抱えて鞭打たれるのを必死で耐えていた。
 心の中で泣き叫びながら。
 決して言葉にはせずに。
 気を失っても強く、強く彼らをかばっていた。

『どうして……優しい人から苦しむんだろう……』
 孤児の子供達のために自分の生活費を削ってまで守ろうとした人は、税金徴収という名の下に行われた略奪で死んでいった。
 その人を埋葬した後に心から漏れだしたその思い。
 触れてもいないのに彼にそのヒトの気持ちが伝わってくるのは。
 ……相当な悲しみが、そこにあったから。

 ……優しいのはあなたもだよ、主。だから、こんなに苦しんでしまうのだな……。
 彼はそう心の中だけで呟いた。
 言葉にしても、余計にそのヒトを苦しめるだけだと思ったから。
『……主、また誰かが……』
「怯えなくていい。私はあなた方をどうかしようとは思っていないから」
 心の感じられない無機質な声が雨音の中にもはっきりと響いた。
「巫女……」
「旅人殿。数々の無礼申し訳ない。この村の者共は怠惰の中にのみ安定を見いだし、他を排除することで結束を固めるバカばかりなのでな」
 巫女のその言い方は、そのヒトの表情を険しくさせるのには十分すぎるほどの効果を持っていた。
「感心できませんね……そのような言い方は……」
 そのヒトは巫女のまっすぐな瞳に対して、フードを取り払い、自らの瞳を合わせた。
「どこが?素直に感じたことを言って何が悪いのでしょうか」
「……傷つけるのは、よいことだとは思えませんよ」
「ならば、人々がお互い傷つけないようにし続ければよいと?」
 そのヒトはしばし、口をつぐんだ。 巫女はただまっすぐな視線を向けていた。
「……人は、成長する生き物だと誰かが言いました。その為には他の助言が必要不可欠です。だけど……」
 そこでそのヒトは穏やかな、悟ったような笑顔を浮かべた。
 その時、巫女が微かにたじろいだのに彼は気づいていた。
「どんなにありがたい言葉でも、長々と続けられればうざったいと感じてしまうものですよ。思わず反抗したくなります。人はどこか……子供っぽいところが、残っていますからね。いくつになろうと」
 そこまで話すとその人は視線をそらし、木の幹にもたれかかってずるずると沈んでいった。
『主っ!?』
「旅人さんっ!」
 思わず彼と巫女が駆け寄る。しかし……
「話しすぎて……疲れました……。普段この子とは言葉を必要としないですからね……」
 おいでー。とのほほんとした様子で言って、不安げに近寄る彼に頬ずりするそのヒトの姿。
 ほんの数秒前までの大人びた雰囲気とはかけ離れている。
「ぷっ……あはははっ……旅人さんって……面白い……です……」
「……笑えるじゃないですか」
 巫女は突然の旅人の言葉に思わず笑うことをやめた。
「……よく、この子にもっと感情を表に出せって叱られるんですけどね。……まあ僕は隠そうとしているからいいんですけど。あなた、無理されてるようでしたから」
 巫女は頬に冷たい汗がつたっているのに気がついた。なのに全く違う、熱い何かが沸き上がってくることにも気づいていた。
「どう……して?」
「……敏感肌なんです」
 本気なのか冗談なのかよくわからないそのヒトの言葉。
『主……泣いているのか?』
「僕ですか?……君がそう感じているなら、きっとそうなんですよ」
 そのヒトは彼を抱いたまま巫女にゆっくりと視線を向けた。
「まぁ、半分冗談です。最初、敬語を使っていたでしょう?それでなんだかおかしいな、と思いまして」
 その人はフードをかぶりなおした。巫女が立っているので、彼女の方を向くと目に雨が入るから。それが痛いから。
「……目は、正直ですから。あなたの怒りがこんなにも燃え上がっているのに、こんな落ち着いた敬語。……おかしいなって」
 巫女は思わずその場に座り込んだ。そのヒトは手を伸ばせば届く距離に座り直した。
「僕はこの村のこと、まだあまり知りません。だけどね、巫女。大勢のために、誰か一人を犠牲にするのは絶対にいけないことだと思うんですよ。……僕はね」
 巫女は子供のように……否、年相応の少女として、泣きじゃくっていた。
 そのヒトはその姿を、穏やかな表情で見つめていた。
「巫女。あなたという存在がどれほど村の皆さんに影響をおよぼすのかは何となくわかります。そして、そう言う存在が必要なのもわかります。……きっと、あなたもそうでしょう?」
 いつの間にか、彼が巫女の傍に近寄って、その身を擦り寄せていた。甘えるように。幼い子供のように。
「でも……あなたには、あなたらしくある権利があるはずです。役目を果たすのも大切ですが……その為に他の大切なことを見失ってはいけないと、僕は思うんですよ」


 僕はまだ子供だから
 本当はそれじゃいけないのかもしれない
 でも、これは僕の中での真実で
 ……何よりも、繰り返してほしくなくて


『……! 主っ!』
「聞こえたよ」
 唐突に、彼が駆け出した。そのヒトも素っ気なくそう返して荷物をまとめる。
「旅人さん……?」
「子供達。悲鳴が聞こえました。……僕のせいです……止めてきます!」
 手短な、あるいは事情を知っている人間でなければ意味のつかめないその言葉を残してそのヒトも走り出した。
 巫女も事情を彼女の“力”で何となく理解し、二人を追って駆け出した。


「な……このくそ犬っ!」
「あのよそモンのかっ……!たたっ殺せ!」
 彼はその現場にたどり着いた瞬間、怒りを爆発させていた。
 泣きじゃくるばかりで何も言わない子供達を棒で打つ大人の姿が。
 兄を叩き殺し、あのヒトさえ傷つけた者達と重なって。


 殺す
 許さぬ
 許されるわけがない
 何の罪もない者達を
 自らの恐怖のはけ口として
 ……許さぬ……!


 彼は血走った目で大人達を睨み付けていた。
 子供達は彼に守られるように後ろで縮こまり、ガタガタと震え、泣いていた。
 大人達は彼の気迫にたじろぐが、数の差と武器に思い当たると、彼に向かって……。


 ざくっ……。

どさっ。

『……ある……じ……?』
「旅人さんっ!」
 子供達と、巫女の悲鳴が響いた。
 そのヒトは、彼に向けられたものの前に、その身を投げ出したのだ。
『う……あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
 彼は叫んでいた。人々には、遠吠えにしか聞こえなかっただろうけど。
 それは悲鳴であり。絶叫であった。そして、大人達に飛びかかろうと
「……駄目……だよ……?」
 彼は強い力で抱きしめられた。
 そのヒトははじめて会ったときと同じように、強く彼を抱きしめ、死ぬことも恐れてはいなかった。
「……駄目だよ。やり返したら、同じになってしまうから」 そのヒトは、微笑んでいた。
「……子供達を、恐怖で縛って、どうするんですか」
 その人は、ゆっくり、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「子供を恐怖で縛れば、返ってくるのは憎しみだけです。表面上の服従だなんて、何の意味もない」
 彼はそのヒトが少しずつ弱っていくのがわかった。
「……子供は、未来を作るためにいるんです。過ちを繰り返さないようにするために、親はいるんです。それなのに……恐怖で縛れば、誰かに服従することと憎しみしか学びません……それで……どうなるっていうんですか……」


 雨は、まだ。
 止まない。



 ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………。



 雨は降り続ける。何かを流し去るように。




「行くんですか」
「はい。行きます」
 そこは。何も変わらなかった。
「連れて行っては……くれませんよね」
「どうして、連れて行かなければいけないのですか?」
 そのヒトは、淡く微笑んでいた。
「大人に、絶望したから……という理由は?」
 そんな巫女の言葉に、その人は苦笑を禁じ得なかった。
「……巫女。あなたがここを出て行ったら、誰が子供達を導くのですか。……それに……一つ二つの言葉で変われるほど、人間は単純ではないですよ」
 そのヒトの足下には、彼がちょこんと座っていた。巫女は身をかがめて彼を抱きしめた。
「ふわふわですね」
「湿気が多いとふにゃふにゃになりますけどね」
『……主』
 彼はそれ以上何も言わなかったが、視線がいやに痛かった。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「はい?」
 そのヒトは淡く微笑んだ。巫女があまりにも厳しい表情をしていたので、思わず条件反射のように出てしまった。
「あなたは……どこへ行くんですか?」
 そのヒトはその言葉にほんの少し目を伏せ、それからまっすぐ前を向いた。
「探し物のある場所まで。……どこにもないその場所を探してるんですよ」

 優しい人が、泣かなくて住む場所を。その、方法を。
 子供じみたことかもしれないけれど。
 もう、あんな想いを誰にもさせたくなくて……



『主』
「どうした?」
 道とも言えぬような場所を二人は歩いていた。
 空が、近いような気がした。
『何故、主は旅をしておられる?』
「……さぁ、ね」
 そのヒトはのんびりと笑っただけだった。
 ……ように見えた。


 もうこれ以上
 絶望する人がいないように
 一人でも救いた
 アンタの言葉がある限り
 俺は立てるから
 もっと、言葉を広げたくて
 だから……


「さて、困ったことになったよ」
 そのヒトは突然言った。
 彼がその人の隣に並んで……目が点になった。
 大きな谷が横たわっていた。
「飛べるかな」
『……やめてくれ』
 ごぉっと強い風が吹いて
 そのヒトのフードがはずれた。
 先ほどの村の人々と何も変わらない。
 黒髪黒瞳の黄色人種。

 風が彼らを包んだ。
 また、どこかへ誘うかのように。
2005/04/24(Sun)13:47:34 公開 / 安曇悠梨
■この作品の著作権は安曇悠梨さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして。安曇と申します……。
モノとしては中途半端なほんわか系ファンタジー……なんでしょうか;;
元がポエマーなので、表現が少々偏りがちというか……わかりづらい場所があるかもしれませんが……その際はがしがしと書き込み下さいませ;
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