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『勘違いプリンセス ―完―』 作者:影舞踊 / ファンタジー ファンタジー
全角123502.5文字
容量247005 bytes
原稿用紙約368.4枚





〜PROLOGUE〜





 世界のほぼ九割が荒野の何もない世界。人など存在せずマリスと呼ばれる人外の者の住処、妖獄界。その荒野にぽつんと一つ建物がある。比べるものがないため遠目からはその大きさなどわからないが、近づくとわかる山より巨大な城。暗黒色で造られ入り口すらも見えないその建物の一室。大広間としか言いようのない大きな部屋で玉座に据わった年端も行かない少年が、自分の倍はある鬼の頭蓋を踏みつけて笑っている。光の差し込まぬ遥か高い天窓からは曇った空だけが映える。
「死ね」
 少年は言い放つ。目の前で伏せるまがまがしい姿をした鬼はひどく震え、顔を上げようとはしない。その様子にくっくと喉を鳴らす少年だが、あどけなさの残るその笑い方はキャッキャの方が正しい気もする。鬼の姿は一向にそのままで沈黙を保つ。それが意味するところは少年への反抗であるが、それを知っている少年も止める気配はない。むしろ、
「面白い。やってみ――」
 刹那、少年の首が飛んでいた。鮮血を飛び散らしながらどこを捉えるでもない瞳はぐるぐると回る。
「やってくれる。一興だ」
 伏せていた鬼の姿は一瞬にしてその場から消えており、異常な広さを持つ大広間にはただその光景を見つめる兵士しかいない。玉座の上に残った少年の体はそのままに、首だけが今なお宙を漂っていた。
 幼く大きな黒い瞳をしているが、それは吸い込んだ光さえ取り逃がさぬ暗黒。少女のような柔肌と、肩まである黒い髪にはところどころ赤色のアッシュが入っている。広いおでこには横一線に刺青のようなものがあり、鼻筋に掛けてあるもう一本の線と重なり十字架を象っている。
 兵士はその様子を壁際で一言も漏らさずにただ見つめる。少年の体ほどもある大きな口からは剥き出しの牙が鋭く尖っており、顔の何倍もある巨体には色の悪いくすんだ鱗がへばりついている。巨大な体に似合わない小さな瞳と小さな腕からはなぜか愛らしさすら感じるが、それでもやはり少年よりもはるかに力強さを感じる顔つきであることは間違いない。
 兵士はそれほど大きな体をしていながら兵士であり、少年へと忠誠を誓っている。どれだけ厳めしい顔をしていても、どれだけ体が大きかろうとこの世界では力が全て。つまりは、今宙を漂う首は巨大な体を持つ兵士よりもはるかに強いのである。
「どこに行った?」
 首は聞く。ふわふわと無重力の空間ででもあるように、自由自在に空中を移動する首からは既に血が止まっていた。赤い絨毯と窓のない大広間に在るのは首のない体と、宙に浮く首と、広間の三分の一ほどを占める巨体を持った兵士。
 当然首の問いかけに答えるのは兵士以外おらず、しかしその返答は言葉ではなく咆哮で放たれる。空間を揺るがし鼓膜を破りそうなその咆哮に首は慣れた感じで頷くとゆっくりと移動し始める。玉座に座っていた体も同時に走り出していた。
「飽きるなやはり。首だけの移動というのはどうにもつまらん」
 首は尋常でないスピードで走りこんできた体に捕まえられ、強引に繋ぎ合わされる。骨が砕けるほど大きな音がしたかと思うと、次の瞬間には首筋の傷跡は消えていた。
 再び兵士が咆哮を上げる。
「わかっている、そう怒鳴るな」
 少年は悪びれた風もなくそう言うと、目を閉じ両掌を床につける。数秒の沈黙、三度兵士が咆哮を上げた瞬間、少年の目は禍々しい黒い光を出し四肢を床につけていた体はその場から消える。赤い絨毯の一部分が焼けるほどの速さで少年の体は大広間を出、次の瞬間にはその巨大な建造物から数百メートル離れた場所にいた。暫くして兵士がもう聞こえない四度目の咆哮を上げたのは、彼の身を案じたからではなく絨毯の一部が焦げてしまっていたからである。



『へっへっ、これで契約成功』
 一瞬の内に城から出て荒野を駆けていた鬼はほくそえむ。これからの生活を考えると自然と沸きあがってくる歓喜の感情を押さえることなど出来ない。ともすれば踊りだしてしまいそうであった。
 鬼は気づかない。自分の背後から迫っている殺意に。もしも気づけたとしてもそれは避けることなど出来ないのだが。
『警戒してるかとも思ったが所詮餓鬼だっ――』
 鬼は走っている、はずだった。
 確かにこれからの悠々自適な生活を想像し満面の笑顔で走っていたのだ。後一分ほど走れば間違いなくその願いが達成されていたはずなのだ。いいや、もっというなら首を飛ばした時点でその願いは達成されていたはずなのだった。それなのに、
 今は視界が反転している。顔の筋肉も感情の高ぶりとは反対に硬直していた。視界に映るのは哀れな自分の体でずたずたに引き裂かれ四肢はなく、何か大きな衝撃波で吹き飛ばされた後のような感じだった。
「頂こうか」
 城から随分離れた荒野の真ん中で、少年は捥ぎ取った首を楽しそうに口へと運ぶ。瞬間鬼と目が合った。興奮がたまらず体を駆け巡る。少年はいったん口を離し、そして牙を剥く。
――旨そうだ
 鬼の目は小気味良い音を立ててつぶれた。
 くちゅくちゅ
 食感は良いがまずい、顔を顰めて今口にしたものを吐き出す。汚い土色の液体と共に変な筋のようなものも大量に口から出てきた。地面を濡らすそれは一瞬で分解され空気中に漂う微細な生物の糧となる。荒野の真ん中まで二秒足らず、距離にして8キロメートルといったところか。随分と時間がかかったものだ。最近はこういった暴動も起こることが少なくなったせいで体が訛って仕方がない。
 そんなことを思うがそれは偏に彼の権力と暴力の強さが原因なのである。これからは月一で無差別に殺しを行うか、などと何とも楽しそうな案を練りながら少年が踵を返し――
 突然目の前に現れた何かに少年は撥ねられる。もちろんそんなことで死ぬはずはないのだが、面白いように空中に投げ出され体は何かわからない感覚に襲われていた。
――何だこれは?
 見たことも無い色の空。くすんでいない雲。荒野でない場所に建物が数限りなくあり、しかしそのどれもが城ほどの大きさを持っていない。
 軋む体は空中で舞い踊り、地面へと落下する。にわかに騒がしくなる
「きゃあぁっ!」
 甲高い声が聞こえたかと思うと、少年の姿はそこにはなく凹んだ車だけが煙を立てて止まっていた。







第一話  「馬鹿か貴様?」







 その日は朝のテレビで「超ラッキーな一日を過ごすでしょう」ってことを言われて、珍しく朝早く起きれたせいでぶれいくふぁーすとなんていうなれないものも食べることが出来、新聞を読んでるお父さんとコーヒーを飲んでるお母さんも和やかに休日の予定なんかを話し合っていて、学校に余裕で着く時間に家を出ることができるというとても理想的な朝だった。
 くるくると丸めたお団子頭がチャームポイントで、今時としては珍しく染めていない髪の毛を何より好いている。茶色い瞳には長い睫毛が色気を出し、ふっくらと少しだけ膨らんだ胸に服の上からではわからないくびれた腰。春の桜みたいな唇は友達といると良く動き、一人でいても何かしら歌ったりでフル活用されている。
 ここまで見てくると特に変わった風はない女子高生であるが、だからといって積極的な女の子なのかというとそうではない。彼女、艶川麻奈(えんがわまな)は極めて内向的且つ怪しい趣味を持った少女である。今年で高校二年生になるのだが、いまだに男子とは数えるほどしか喋ったことはなく男友達など当たり前のようにいない。その代わりといっては何だが、女子同志の集まりでは内弁慶性格をもろに出しガンガン突っ込めるタイプなのだ。
 麻奈はけして男子受けが悪いわけではないし、何度か間接的に(二人きりだと耐えられないから友達づてに)告白もされた。それでも今まで付き合うことがなかったのは、偏に性格が災いしたのかそれとももう一方の顔が災いしたのか。
 麻奈は男の子と仲良くなりたいとは思っていたが、付き合うとかそういうことはあまり望んではいなかった。それはちょっとおかしいのではないか、と友達にもよく言われるが仕方がない。麻奈はそれ以上に興味をもっていることがあるのだ。
 それは召喚術。異世界から人外の者や人と同じ知恵を持った者。昔絵本で見たそれらを召喚することに強い憧れを抱いていた。なんとも危な……いや、おめでたい女子高生であるが当の本人は全く気にした風はない。今日も楽しく召喚術の歌(自作)を口ずさみながら学校へ登校中である。
 麻奈は毎日夜に召喚術をやる。はっきり言ってでたらめ以外のなんでもなく、それで何かが呼び出されるようなことはもうありえないを通り越して、あってはいけないことなのである。もちろん言うまでもないことであるが、今までにあり一匹でも召喚できたことはない。
 それでも懲りずに麻奈は昨年の誕生日以来、その買ってもらった召喚術の本で繰り返し練習している――が、起こっているのはそれにより大幅に時間を削られた勉強不足の祟りで、最近では補習を受けさせられることも間々あるほどに落ち込んできていた。まぁこの点に関しても当の本人はおろか、両親に関しても注意をしないので全く危な……大器晩成な家族である。
「いい天気だなぁ〜。今日は成功するかな〜」
 早速今日の夜のことに意識を向けている麻奈。全く末恐ろしい。
 アスファルトではなく明るい色の石畳で構成された歩道の端には既に散ってしまった桜の花びらが溜まっている。歩道から見える公園の桜はまだ満開ではないが、早く行かないと完全に散ってしまう。お花見早く行きたいなぁ、などと呑気な考えを持って川原を見つめる。
 暗い橋の下。いつもはホームレスの老人がいるのだが、今日は彼の変わりに少年がいた。あぁ変な人がいるなぁ、と漠然と思う。小柄な少年で鮮やかな赤い服を着ている。頭から着ている赤い服は最新の流行だろうか。とにかく赤いなぁ……
――んんっぅ?
 惚けた頭が整理され、赤い服が血だとわかる。さっさと気づけよと言われそうだがそこは大目に見てもらいたい。麻奈は朝低血圧なのだ。
 遠目からでは麻奈よりも随分小さく感じるが、明らかに悪っぽい服装。何より血まみれで倒れてるって時点で麻奈とは接点などありはしない。
 はずだが、気づけば駆け出していた。誰も近寄りそうにない少年の周りには争ったような跡もなく、どこか不自然に感じるのは少年の体躯。というか尻尾が生えていた。遠目からでは定かではないが、あれは確実に尻尾であると麻奈は確信していた。
――絵本の龍と同じ尻尾だもの
 安易な理由であるが、これ以上の理由は麻奈には必要ない。もうすでに麻奈の頭の中では自分が召喚術で呼び出した龍族の少年として決定付けられつつあった。
「大丈夫?」
 少年の体を抱き起こし声を掛けてみる。柔らかい肌に長い睫毛。肩まである黒髪には赤いアッシュが混じっていて、やはり悪そうな雰囲気に尻込みする。赤い血が固まっている額には貌の悪い十字架の刺青が刻まれている。
「だい――あれ?」
 返答のない少年に向かってもう一度声をかけた瞬間、かっと見開かれた漆黒の瞳と目が合う。光を吸収するはずの黒が光を放っていた。
 しかし、麻奈が驚いたのはそれだけではない。先ほど確かめたはずの尻尾が消えていたのだ。
「何だ貴様、離せ……殺すぞ」
 はっきり言って全く怖くない。目が本気なのだが、声がやたらと若いせいでむしろふざけていっているように聞こえる。麻奈の腕の中で抱かれているのになんとも態度のでかい少年である。
「俺を誰だと思っている。妖獄界の龍神子、煉錠(れんじょう)だぞ」
「え〜、煉錠? 私が呼び出したのは九竜っていう小さいドラゴンさんだったんだけどなぁ……でも、やっぱり違うのかなぁ……」
 ぶつくさと一人ごとを漏らす。尻尾もなくなり、名前も違う。それになにより人。ここまで違えば流石の麻奈でもこれは違うなと気づく。今まで成功したことがないせいで、諦めが早くなっているのも事実である。だからといって召喚術の熱が冷めるかというと、それとこれとは別問題である。
「何を言っている。さっさと離せっ」
 もがく力も見かけ通り弱く、子供を相手にしている気分になる。
「でも怪我してるよ」
 麻奈が心配した顔で優しく聞いてみる。男の人と話すのは苦手だが、これぐらいの子供ならば大丈夫なのである。
「黙れ、こんなものじきに治る」
 強がりを言っているのがよくわかった。しきりに顔を顰めて言っているためその言葉に説得力というものはない。思わず笑ってしまう。
「貴様死にたいらし――」
「あ、ごめん。でもどうしようかな、私これから学校だし。そうだ、救急車呼んであげる」
 煉錠の言葉を無視して携帯を取り出す。またももがく煉錠は取り出した携帯に警戒した様子をみせ、その姿が妙に可愛い。
「煉錠君は何歳? 苗字はなんて言うの?」
「貴様何を使う気だ? 呪術の類か、馬鹿め。俺にはそんなもの効かんぞ」
 噛み合わない話を落ち着いて何度も聞く。幸い今日は時間があったので、遅刻する心配はなかった。
「うるさい、離せ。本当に殺すぞ」
 弱りきった腕を伸ばして麻奈の体を掴もうとするが、その手が震えている。幾ら訊いても進展のない会話に溜息をつくと、突然後ろから聞きなれた声が聞こえた。
「えんま〜、何してんの〜?」
 親友の徳野麗(とくのれい)である。明るい声で麻奈のことを変なあだ名で呼ぶのは彼女しかいない。
「う〜ん、ちょっと〜。怪我してる子がね〜」
 腕に抱いていた煉錠のことを示し返事を返す。
「ん? 誰〜? どこにもいないじゃん?」
「あり?」
 空になっていた腕をぱちくりと見つめ首を傾げる。どういうことだろうと周りを見回すが、どこにも少年の姿はない。
「珍しいね。今日は早いじゃん」
 川原まで降りてきていた麗が不思議そうな顔をしている麻奈を見つめる。
「麗ちゃん、肩まで髪の毛がある男の子いたよね?」
 先ほどいないと言っていたのに聞いていなかったのかと突っ込みを入れるのはやめて欲しい。麻奈は朝低血圧なのである。
「は? そんな子いなかったって。さ、朝から惚けてないで学校いこ」
「う、ん」
 曖昧な返事をして川原から立ち上がる。頬を撫でる春の風が若干冷たい。手に残っている少年の乾いた血の感触はもう残っていなかった。さながら蜃気楼のように。少年が目の前からいなくなっただけで麻奈の記憶からは今会った少年のことが全て消えようとしていた。





 息を乱さず、口から出る気泡はとうに枯れている状況で少年は考える。春の冷たい水の中にいる魚は異質な侵入者の体を避けながら泳ぐ。
 ここはどこなのだ。この冷たいものはなんなのだ。確か自分は鬼を殺して、城に戻ろうとしていたはずであった。それがなぜか振り向くと体が宙に浮いていて、おかしな感覚が体を襲った。血も流れてから止まるのにいつもより時間がかかったばかりか、力が出せない。動くのには支障が無いがおかしな力で押さえつけられているような、今までに感じたことの無い感覚。
 先ほどのマリスにしても自分と同じ種族のようであったが妙な感覚だった。倒れていた俺を抱き起こしたばかりか、俺の名を聞いてもびびるどころか命を狙おうともしない。それに――
『閻魔……だと?』
 もうわからない。何かしらの力で幻惑でも見せられているのか、それとも夢を見ているのか。どちらにしてもここまで体におかしな事が起こるのは聞いたことが無い。
――ここはどこなのだ?
 結局はそれに辿り着く。とりあえずあのマリス。閻魔ならば俺を元に戻すことが出来るはずだ。それにしても、古に聞く閻魔があのようなマリスだったとは……、確かに通常のマリスとは違っていたが――
『うぉっ』
 冷たい川の中少年は足に絡みついた水草を取ろうと必死にもがき、突如として襲ってきた変な感覚に意識が飛びそうになる。何だこれは?
 両手で口元を押さえ足をばたつかせた少年は何とか水草を根こそぎ引き抜くことに成功し、すんでのところで一命を取り留めた。
「くそっ、これが閻魔の呪い――ゴホッ、ゴッホッ――というやつか」
 見当違いなことを咳き込みながら言う少年は何とも惨めであるが、これでも一応は五千八百四十歳である。







第二話   「勝ちゃあいいんだよ」







 塵すらも宝石と同等の価値を持つ世界。もっとも価値を持ったところでそんなものは何の役にも立たないのだが。
 今、強さが全ての妖獄界にほんの少しのどよめきが小さなところで起こっていた。しかしそのどよめきを気にしている者などほとんどおらず、むしろみながそれを当然のこととして受け入れ、あわよくばこのままの状態が続くことを望んでいる。数日前に起こった突然の恐怖支配崩壊を、誰もが皆受け入れていた。
 言葉が話せる者の間では、
「やつが死んだらしい。自分の歳もわからずに死に過ぎたってよ」
「はっ、このまま帰ってこなければいいんだよ。調子に乗りすぎだ」
 などと罵倒されており、仮にもこの地を治める者にしては随分な言われようである。
 支配者などという肩書きは無いが、こういった一連の支配崩壊の後に残った玉座に座るは誰か。今妖獄界の一端、華死乃(はなしの)ではそれがもっぱらの話しの種となっていた。
 しかしその話の種に興味を示さず、誰もが見放してしまい忘れられようとしている者の存在を強く思うものが数名あった。彼らは消えた死んだと言われている者の下で、数日前まで働いていた者達であり、突然の主君の死に当然のように納得できる者など誰一人いなかった。
 その中でも特に感情を顕にしていたのが、主君が消えた日に大広間で同じく現場を見ていた兵士であり竜であった。名を『雅恋(がれん)』と言い、メスの竜である彼女は主君にとって特別な感情を抱いていた。恋愛感情や愛情と言ったものではない、もっと特別な何かを彼女は心の内に秘めていた。それは消えた主君の部下である者全てが抱いている感情なのだが、彼女は誰よりもそれを強く持っていると密かに自負している。
 以前は常に赤い血を滴らせていた口から剥き出しの牙は、今では常時よどんだ空気に触れており、食事の時以外に潤うことは無い。時に怒りを、時に憂いを見せる小さな眼はすっかり落ち着き、一昔前の侠気の色など微塵も感じさせない。堅い鱗に覆われた皮膚にはどうやって助かったかわからぬほどの巨大な傷跡が残されており、彼女の兵士として竜としての戦歴を思わせる。
 大広間にどんと構えている巨大な四肢と鋭利な刃物を思わせる尻尾は鈍く輝き、玉座に近づく者を誰彼構わずなぎ倒そうと物言わぬ威圧感を漂わせている。咆哮を上げれば空間を伝わり壁が揺れる。波のマリスならばそれだけで気絶してしまうであろう大口も、一人でいる限りは使うことが無い。
「どうやらあの鬼は玉座乗っ取りのためのコマだったようだな。しかし煉錠様がそれほどまで死んでいらっしゃったとは、計算ではまだ千回ほどは大丈夫だったはず……」
 近くで聞こえる声も耳には入るが、頭には伝わってこない。彼女と同じく主君を大事に思っている男の声がただうっとうしい。
 たまに一人になると感じる懐かしさにも似たこの感傷が、彼女は嫌いであった。もちろん今は一人ではなく、赤い絨毯が一面敷き詰められた大広間に数名の消えた主君を思う部下が集まっている。
「いや、どうやら遊死にはまっていた頃の記録が曖昧っぽい。我々の見えぬところでふけっていたっぽい」
 他者を寄せ付けぬ圧倒的な速さで移動するための翼が、今ばかりは邪魔で仕方が無い。
「どうしましょう……。私は心配でなりませぬ」
 孤を好むが、どこかで主を求めていた。疲れていたのかもしれない。支配するのもされるのも所詮は群れに繋がる、雅恋はそれを疎ましく思っていた。矛盾した感情だけが生きる糧となり、襲い来る敵を倒す力となった。雅恋にはそれが生きる道であった――が、ある時。それは粉々に砕かれる。
 繰り返される殺意と恐怖。圧倒的な支配ではなく、ただ畏怖の念で縛り付けられた。支配などという生易しいものではなく、無理やりに生きていることを実感させられる命のやり取り。隙あらば殺そうとする主に、雅恋は出会った。
「煉錠様をこちらに呼び戻す手段はないっぽい?」
 明確な理由など無く雅恋を狙う殺意の牙はいついかなる時でも襲ってくる。強いて言えば暇つぶし。それだけで自分を消そうとする主。幼げな表情からは想像だにできない悪行の数々を思いつき、それを実行する強引さと力。カリスマ的な魅力とでも言うのだろうか(尤も、ここにいる数名にしかわからぬカリスマ性であるが)、雅恋達は主の暴虐になぜか慕情に似たものを抱いていた。
 凡人には理解できぬ――と言うか人には理解などできようはずがないが、ここには生憎人という存在はない。地と錆と腐乱の空気が充満する世界。永久に晴れぬ曇り空の下にあるのは荒野ばかり。昼も夜もなく、時間の進み具合なども適当にしか判断できない世界で、彼らは生きている。
「煉錠様のためならば私、どこにでも行きます。あちらの世界に行く方法はないのですか」
 雅恋は顔を上げる。目の前で小さな少女が瞳に涙を溜めて訴えていた。ふわふわとしたショートの髪の毛は猫の毛のようで、フリルのついたスカートからは綺麗な素足とこれまた猫のような尻尾が覗いている。
「もしもあるとすれば死ぬ方法か……もしくは召喚術の類を使えば――」
「あっ、俺召喚術は得意っぽい。煉錠様がそれ系のところにいれば何とかなるっぽい」
 蜥蜴のような顔をした男が、大きな熊のような男の言葉を遮る。得意そうなその顔に見え隠れするのは、愛嬌と馬鹿のように出した長い舌。その言葉に雅恋を初めとして、全員がその顔を見つめる。
「それ系のところとは?」
 熊男(面倒くさいので)は苛々とした様子で訊く。
「それはわからんっぽい、雅恋さんはどう思うっぽい?」
 長い舌を出したり引っ込めたりしながら、蜥蜴男(面倒なため)が尋ねる。
 だが雅恋は喋ることが出来ない。しかし最下層で死ぬために産まれて来る者のように知恵が無いわけではない。ただ喋り声は全て咆哮となり、それは相手の鼓膜を破るほどの衝撃波となってしまうため喋らないのだ。
「雅恋様はお前よりも考えていらっしゃる。とりあえず、死ぬのではなく召喚術のほうを進めよう。玉座を狙うものが出てきたとしても、我々がいるのだ。どうにもなるまい……ところで雌萌(しほう)よ、煉錠様に会うためとはいえ、勝手な死などは許さんぞ」
 熊男は釘をさすようにそう言うと、長いマントを翻し踵を返す。
「――わかりました。ただっ、私に……召喚術でコンタクトをとるのは私にお願いいたします」
「……考えて置こう」
 立ち止まらずにそう答え熊男は大広間を出てゆく。雌萌と呼ばれた猫少女は胸を押さえてほっとした表情をし、同じく大広間から出てゆく。
「雅恋さんはここにいらっしゃるっぽい?」
 タキシードを着た蜥蜴男が恭しくお辞儀をして長い舌を丸める。雅恋がそれに無言で頷くと、「そうっぽい?」となぜか疑問の言葉を残し蜥蜴男も大広間を出てゆく。三人がいなくなったとしても巨大な大広間を占めていた面積はほとんど変わることなく、その三分の一を占めている巨体は一度緩やかに尻尾を打ち鳴らす。
――煉錠
 雅恋は誰もいなくなった大広間の玉座を一瞥すると、それまで声を出さなかった分も含めてか城どころか華死乃全体に響き渡るほど大きな咆哮を上げた。





 穏やかな春の午後。私立千瑠璃高校(ちるりこうこう)二年一組、出席番号は三十番の艶川麻奈は仲良く友達とお弁当を食べていた。真正面にいる今時珍しいおかっぱ頭の少女、どうかすると小学生と間違われるらしい幼い顔の持ち主は神奈川未来(かながわみらい)、次にその右隣に豊満な胸を強調するように胸元のリボンを外しシャツをはだけさせているのが金原千恵美(かねはらちえみ)、そして右隣でもくもくとパンを頬張っているのが徳川麗、麻奈の一番の親友である。
「麻奈、やっぱりまだ続けてんの? あの変なおまじないだったけ?」
 おかっぱ頭の優しそうな顔をして、現実主義な未来の言葉はもう諦めなよと言っているように聞こえる。未来は好んでこんな話などするタイプではないのだが、最近の麻奈の勉強の理解度が著しく停滞しているのを知っているため、それを危惧しての言葉であろう。
「うんっ。昨日もね、九竜ってドラゴンさんを呼び出そうとしたんだ。もしかしたら、私の周りに潜んでるのかも」
 きょろきょろと挙動不審な行動をしてみせる麻奈を見て、諦めたように未来が息をつく。一方その隣であははと笑って千恵美が豊満な胸を揺らす。彼女は麻奈と同じぐらい勉強に興味が無く、もっぱら音楽や男子に興味津々の健全な女子高生である。麻奈とはそういった点で反対かもしれないが、お互い相手のことに深く干渉しないタイプなので案外気が合っている。
「麻奈可愛い〜」
「えんまいい加減にご飯食べなよ。もう昼休み終わっちゃうよ」
 あははと高い声で笑い続ける千恵美をほっといて、麗がほらほらと時計を指す。
「わかってますよ」
 口ではそんなことを言いつつも、時計の針はいつの間にか昼休みの時間を終えるまで迫っており、慌ててご飯を口に運ぶ。かといって豪快に食べるわけではない。そこはやはり女の子、人差し指の第一関節まで程のご飯をゆっくりと口に運びよくかんで飲み込む。言うまでも無いがもちろんこの速度で間に合うはずが無い。
「急げっての」
 次体育だよと、付け加えて麗が立ち上がる。
 そうだった。次は体育館でバスケットボールだよ。すっかり忘れていた事実に驚き、それでも箸を運ぶ速度と量は変わらない。教室で着替え始める男子も見受けられ、彼らの顔にはなんと落ち着いた女子だろうという表情が見て取れる。
 男子のことを見ていて目が合えば好き嫌いに関わらず限りなく恥ずかしくなるので、普段から基本的に男子には目を向けないようにしている麻奈であるから、そんなことを思われてるとは知るよしも無い。
「やばいよ麻奈、本気でもう行かないと。着替えの時間なくなっちゃう」
 千恵美が体操着の入った可愛い鞄を肩に掛け急かす。箸の速度は変わらない。
「だから急げっての」
「急いでるって」
 たまらず反論。心持早くなっているのに気づいてくれよ的な目で麗を見るが、やれやれといった感じで首を振る。仕方なくお弁当箱をしまい体操袋を肩に掛ける。千恵美のものとは違い、なにやら怪しげな紋が入った緑色の袋ははっきり言って趣味が悪い。
「やっぱ変だよそれ、変えたほうがいいよ絶対。普通の体操袋のほうがまともに見えるもん」
 未来が自分の持つ学校指定の無地の袋を見せて言う。その様子にへへへとなぜか笑いながら、体操袋を抱きしめる。特に意味のない行動であるので深くは聞かないでやって欲しい。
「ほら、用意できたらさっさと行く。千恵美はもう行っちゃったよ」
「男子とね」
「えぇ、すごいなぁ」
 そんな風な会話を交わして廊下へと出てゆく。麻奈たちを最後に、もう教室には誰も残っていなかった。

 おかしな少年以外は。

 どこからいつの間に入ったかもわからぬ少年は宙吊りに立ち、虫食い模様の天井から窓ガラスへと移動する。虫が動くように天井、壁にへばりついて移動すると一瞬の内に先程まで麻奈がいた机の前に立つ。
「おのれ閻魔め。くそ、俺がこうも腹をすかせているのに美味そうに食いやがって――というか、何だこれは?」
 蓋をあけて絶句する。何かわからない白い粒が固められており、黄色い固まりと茶色い固まり、赤いたこ(かろうじて認識)のような物も入っていた。とりあえずたこはいけるだろうと口にしてみる。うむ、なかなか美味である。
 少年はここに来る途中までにあまりの空腹に人(彼にとってはマリス)を襲おうとしたのだが、なぜかその瞬間に体が震え、行動することが出来なかった。そもそもここに来た理由も食料の調達が理由である。閻魔ならばさぞかし良いマリスの肉を食っているだろうと、そう考えてきたのだがその予想は見事に裏切られる。
 確かにここには大量の餌はいたが、閻魔はそのどれもに手をつけようとしないばかりか、そのどれもが大事なものであるかのように扱っていた。餌同士も通常は共食いを始める時間であるのに、そんな様子も全くなく今少年が手にしているような物を取り出して食べる者、閻魔の名を呼んだメスのマリスが食べていた茶色い何かなどを食べる者に面食らった。
「うむ、なかなか美味である」
 たこ以外の物にも手をつけてみる。白い固まりは大して美味くも無かったが、黄色い固まりは鳥のマリスが生む子供の味がした。そして茶色い固まりは鳥のマリスそのものの味がした……というか、
――美味である
 とりあえず美味である。色々と説明したいのは山々なのだが、これまで赤い肉片だけを口にしてきた少年にとって言葉のレパートリー、とりわけ味に関してはこれ以上の追求は不可能であった。美味であるという言葉が出てきただけでも良しとして欲しい。そうして弁当箱をついには空にした少年は現われた時と同じく音も無く教室から消えていった。





 体育館から戻ってくると、自分の弁当箱が食い散らかされていることに気づく。猫か鴉でも来たのではないかという話も出たが、窓が開いていた様子もなく、そもそも鞄の中にしっかりとしまっておいたのであるから動物の仕業とは思えない。結局のところ誰かが嫌がらせをしたのではないか、と強気な口調で千恵美がクラス中に聞きまわったが収穫は得られずうやむやとなったまま放課後を迎えていた。
 放課後のクラスは静かで、赤くなった太陽の光が差し込む窓に近いこの席からグラウンドを見下ろすと、たくさんの運動部が汗を流しているのが見える。
「麻奈、そろそろ帰ろ」
 未来は塾があるのでいつも学校が終わると早く帰ってしまい、千恵美はデートやらバイトやら軽音部の部活やらでほとんど放課後には顔をあわせることが無い。つまるところ麗だけが、放っておくと暗くなるまでどこを見ているともわからない視点を漂わせている麻奈を連れ帰ることが出来、最近多い痴漢や変態(同じか)から麻奈を守っているのだ。
 そんな親友のさりげない優しさに気づかず、麻奈は呑気な返事を返す。空になったお弁当箱と、少し大きめの召喚術の文庫本、申し訳程度の教科書とノートが詰まった鞄をひょいと持ち上げ麗の方へと歩み寄る。
 足が止まる。
 麗の後ろ、教室の入り口に立っていた彼女の後ろに二年三組の男気溢れるガッツマン、伊賀元吾朗(いがもとごろう)が立っていたのである。逆光を浴びて影がさしているその顔はそれでも熱く、大柄な身長のせいで特注なのではないかと思われる制服の首元には校則道理のネクタイが赤く自己主張している。気を付けをした体勢でこちらを見ているその姿は岩のようにも感じた。
「徳川麗さんっ」
 いきなり発せられた丁寧で大きな声に麗も振り向く。
「お、お話があります。よろしければお時間頂けないでしょうかっ?」
 熱い。すごく眩しい。古風な名前で他の皆からは大五郎と呼ばれている人気者。熱血漢でもこういったことには不慣れなのだろうか?
 麻奈は話さなくていいのだと思うと、幾分気が抜けた調子で麗に「また明日」と小声で声をかける。麗はどうしようか迷っていたが、熱血漢にどうしてもとすごまれると仕方なく「じゃあまっすぐ帰るんだよ」と母親のようなことを言って伊賀元についていった。自分はそういったことがあると慌てるだけであるのに、青春だなぁなどとわかったような口を利く麻奈である。
 運動部の邪魔にならないようにグラウンドを横切り校門を出る。先ほどは赤かったはずの太陽は、もうほとんど山に隠れてしまって当たりは薄暗くなってきていた。空気もひんやりとし始め、久しぶりに味わう一人での下校にちょっとした緊張感が生まれる。
 何か新しいことが起こりそうな、そんな予感すら抱いてしまうのは召喚術という現代の科学では全く解明されていないオカルトを信じてしまっている彼女の性か。
 麻奈は朝と同じように召喚術の歌(しつこいようだが自作)を口ずさみながら、街灯がところどころ故障している道路を歩く。通学路に指定されているのだが、薄暗い道であるので生徒はほとんど逆側のコンビニ通りを通る。
 コンビニが数十メートル間隔で歩く度にあり、熾烈な争いを繰り広げているためそのような名がつけられているが、遠回りになるため麻奈はこちらを使用する。麗と帰る時はコンビニ通りを通る時もあるが、少し前一人で帰っていた時に、ナンパされ危うくホテルまでといったことがあったためそれ以来もっぱら一人の時はこちらを使うようにしていた。
 薄暗い道路に行き交っているのは野良猫だけで、廃屋のような倉庫や今ではつぶれてシャッターが開かないお店、何かわからない宗教団体が使っている汚い会館。どこにも人の気配など無く、
「おい閻魔」
 唐突に誰かに呼びかけられて様な気がして振り返るが、誰もいない。気のせいかと視線を戻すと、
「……貴様。俺を無視して生きて帰ることが出来ると思っているのか?」
 再び聞こえる子供のような声。しかし堂々としていて、一応声変わりはしていそうな重厚感がある。麻奈は振り返らずに目を凝らして前を見た。先ほどは反射で振り返ってしまったが、声は会館のほうから聞こえていたからだ。
「誰?」
「けっ、閻魔ってのは物覚えの悪い。煉錠様だ、妖獄界の竜神子。さっき会ったばかりだろうが」
 ようごくかいのりゅうじんし? 新手の勧誘かしらと訝しがりながら闇に向かって声を出す。不思議と逃げ出そうとしないのは、麻奈にも何か感じるものがあるからかもしれない。
「さっきって。私学校から今まで誰にもあってないし……人違いじゃないですか?」
「おのれ閻魔。俺を愚弄する気だな、ふざけるなよ。さっさと俺を元に戻せっ」
 声を荒げて闇が言う。会館の屋根から何かがぶらぶらと揺れている。
「そんなこと言われても……、私何にもしてませんよ」
 元に戻せとはどういうことだろう? 自分が何かしたのだろうか、それともこの相手の人が頭おかしいのだろうか? というか、何で私をえんまって呼ぶんだろう? どちらにせよ自分は今危険な状況にいるのを、麻奈は自覚していない。
「おのれ、まぁ――」
「はい、み〜つけたぁ」
 いやらしい笑い声と、途端に感じる血の臭い。じゃりじゃりとなる音が地面を削り、こちらへと向かってきているのがわかった。
 空間は突如として歪んでいた。先ほどまで怪しげではあったが安穏とした空気を感じていたそれはそこには無く、変な形に歪んだ倉庫と変な形に歪んだ道路。妙に縦長になった会館と米粒ほどになったお店。常識全てを否定するその空間の中で確かなのは、自分の存在と他者の存在。
 麻奈と、闇にいた影と、道路を抉る爪を地面に突き立てた獅子。
 月明かりか街灯の明かりか(街灯は山ほどの高さになっていて見えない位置に電灯がある)、ほの暗い空間を支配する光はそれだけで、それでも十分に歪んだものは把握できる。妙に縦長な会館の屋根にぶら下がっていた影は若干驚いたように揺れていた。
 屋根にこうもりのようにぶら下がっている時点で疑問を持つべきだが、この空間でそんなことを言うほうが可笑しいことだと理解するのに時間はかからない。獅子は口を動かし喋っているし、自分の立っている地面は常に揺れていて気を抜けば倒れてしまう。
「面白い。おい閻魔、よく聞け。こいつ俺を殺すらしい」
 ええ、そうなんですか? それはまた何でぇ――……
「ぇええ〜っ!?」
「ほう、こいつは閻魔なのか? 見たところ人間のようだが、これはラッキーな」
 獅子は以外に落ち着いた渋い声をしており、この異常な空間に馴染んでいた。麻奈の悲鳴にも関わらず冷静に話を進めるのは、物語上非常に親切なキャラであると言える。もっともこれが物語ならばであるが。
「閻魔ならば殺しておいて損は無い。煉錠もろとも消してやろう」
 えええぇ〜!! である。もはや声にはならないが、麻奈の感情は最悪な方で臨界点を突破しており、頭の中は混乱しすぎて収拾がつかない。何が起こっているかを理解しようとしても、俄に殺すという宣言を受けて平常心を保てるものなどいるはずが無い。
 それが友達間の言葉であればそれもありうるかもしれないが、目の前にいるのは獅子であり地面を抉ることができるほどの爪を持った喋るライオンなのである。怖くないはずが無い。
「俺を殺すどころか、閻魔にも手を出すだと? 馬鹿が。やつは呪いだけで俺を殺しかけたほどだぞ、貴様のようなやつが束になってかかったところでどうにもならんわ。第一、人間だと、それは何だ?」
 獅子の言葉を嘲笑い少年が言う。
「ここに来たばかりの貴様にはわからんさ、無理も無い。だが安心しろ。そんなもの知らずとも貴様は今、ここで死ぬ」
 突如として獅子の姿が炎を宿す。劫火のそれは今まで見たことも無いほど明るく輝き、そして熱い。三十メートルは離れているであろう麻奈の場所まで熱気が伝わってくる。
「示してみろ? どうだ、俺は無抵抗で攻撃をさせてやる」
 そんな異常な状態の獅子を前にしながらも、少年は嗤い続ける。こいつは馬鹿なのではないか? あったことも無い自分の名前を知っているせいで妙な親近感を覚えたが、もしかして危ない人なのではないか? ようやっと麻奈の頭にも人並みの理性が戻ってくる。
「馬鹿め。死ね」
 獅子はおそらくアスファルトであろう歪んだ黒い地面に爪を深く食い込ませると、何かの発射台に乗ったかのようにその場から飛び出す。その場所が爆発したかと思うほどの衝撃が麻奈の体へと伝わり、妙な風きり音と共に起こった爆風のせいで閉じてしまった視界を開くと、もうそこに獅子の姿は無い。
 もしかしたら自分の所へやってくるのかもしれないと思ったが、そうであるならばこんなことを考える時間も周りを見回す時間も無いはずである。風に乗った獅子の体を捉えることは不可能で、何が起こっているのかわからない衝撃音が耳を劈く。
 途端、会館のほうから何かが崩れる音と悲鳴にも似た笑い声が聞こえ、そちらへと目を移す。
 小さい少年が肩口から大量の血を流しこちらに走ってきていた。
 閃光のようなスピードで移動する少年。しかし麻奈にはその姿形から服装動作まで、きわめて細かいことまでがなぜか一瞬の内に判断できた。
 赤いアッシュの入った肩まである黒髪。それをなびかせてこちらへと向かってくる幼げな顔つき。その額には黝い十字の歪んだ刺青があり、大きな睛眸に宿すは一抹の不安と恐怖と懐疑と怒り。裸に近い格好で、短めのタンクトップに短パン、地面を蹴る足には何も履かれていない。尻尾こそ無かったが、少年のことには見覚えがあった。
 記憶が巻き戻され……そして、再生される。
 なぜか消えかけていた存在を思い出すと、麻奈はその名を呟いていた。特にどうなるこうなるはないが、人としてつい口にしてしまうということはある。麻奈のこれもそれと同じ、言わば反射的、本能的なものであった。
「……常連」
「煉錠だっ!」
 気づけば麻奈の隣まで来ていた少年が耳元で叫ぶ。完全に思い出した。今朝川原で倒れていた少年で、勘違いして自分が召喚した九竜の人型だと思った存在で、それは尻尾が生えていたからで、でも怪我をしていたのを見たらそれがなくなってて、麗が来た時には消えていた少年。
「あぁ、煉錠君かぁ。思い出したよ」
 麻奈の安穏とした言葉に混じって少年の荒い息遣いが耳に届く。肩口から流れている血はどばどばと勢いよく流れ、出血多量でまもなく死ぬとかそんなレベルじゃなく、明らかに体重分以上が数秒の内になくなっているという感じだった。しかし、何かで抉られた傷口は麻奈が見ていたその数秒の内に塞がり始め、その出来事に「え?」と声を上げている間にはもう完全に瘡蓋となり、そして少年がそれを無理やり引き剥がした時には傷跡はなくなっていた。
「なっ、どうい――」
「今更こんなことで驚きやがって、白々しいやつめ。まぁいい――はぁ、ふぅ――とりあえず手を貸りてやる。やつを殺すぞ」
 傷口は塞がったが荒い息はそのままで、舌打ちをしながら煉錠が言った。慌てて麻奈が、
「え? そんな――」
「おやおや、無抵抗のはずがなぜ逃げる? それに閻魔と手を組むなど――まぁ卑怯とは言わんが――それほどまでして生きたいか」
 麻奈の言葉を遮り、劫火を一層滾らせた獅子が嗤う。何が起こっているのかやはりいまだに理解できず、殺伐とした空気の中で自分が浮いているのではないかと改めて思う。事実そうなのであるが。
「黙れ! 勝利こそが強さ。それを手に入れる手段など俺はこだわらん」
「あの、ちょっと」
「素晴らしい覚悟だ。それでこそ最後にふさわしい」
 麻奈を置いてけぼりにしたまま会話は進む。
 歪な空間には異様な空気がふさわしく、獅子が嗤えば、負けじと煉錠も嗤い、半ばやけくそに麻奈も嗤う。泣きながら。
 情緒不安定な麻奈を守るものなど一切なく、獅子の劫火が静まった時、空間を伝わる爆発は第二次を記録する。





「なるほど……、召喚術とはそういうものか」
 莫大な量の書物が眠っている書庫で、静爆(せいばく)は独り言ちる。熊のような体つきと顔をしたこの男は、ここ妖獄界の一端華死乃と呼ばれる土地を先日まで支配していた者の家臣である。支配者不在の現華死乃では、この男が最も玉座に近いかもしれない。尤も、彼自身はそんなことは微塵も考えておらず、一刻も早く主君を見つけ出そうと今も躍起になって調べていたのであるが。
「おっ、わかったっぽい?」
 本棚の間からひょうきんな顔を覗かせた蜥蜴男が舌をくねらせて言う。名を変幻(へんげん)と言い、ここの書庫の書物にはほぼ全て目を通しているばかりか、情報網も桁外れに広く深い。ただ、書物に書かれたことを鵜呑みにするだけで、それ以上のことを考えることが苦手であるため実用性は低いのかもしれない。
 とは言っても華死乃において変幻ほど博識なものはいないのも事実で、召喚術などという古典的手法を知っているばかりか、それを使用することもできるというのも彼ぐらいのものである。
「なるほどな、『流腐本』というものが煉錠様の近くにある時に召喚術を試みればいいわけだな? まぁ、離れていても煉錠様なら見つかる気はするが」
「んー、まぁそうっぽい。でも俺召喚術は使っても、あっち行くのは戻れないから嫌っぽい」
 やる気があるのか無いのか、全く読み取れない無垢な瞳を向けて変幻は言う。というより何も考えていないのかもしれない。
「貴様に行けとはいわん」
 ちらと棚の上を駆け回っている雌萌を見て静爆は言葉を紡ぐ。
「ここの文から察するに――己の年齢と同じ数だけ死んでしまった煉錠様は人間界という場所に転送されてしまったと、おそらくそういう意味であろう? ならばそこから戻る方法を伝えねばならん」
 うぅむと唸りながら静爆は再び棚の上を見る。雌萌は相変わらずこちらの会話にも気づかずにせっせと本を集めている。
「そうっぽい。それで、そこから戻るのには自分の歳の数だけマリスを殺すか、人間界で『良い』とされていることを見合った分だけやるか、んー……どっちにしろなかなか戻ってこれないっぽい」
 ゆらゆらと体をくねらせ、舌で飛んでいる虫を捕まえながら言う。
「貴様真面目にやれ」
 けけけと笑う変幻の横っ面を叩いて、静爆が怒ったように言った。静かな書庫によく通る怒り声に、棚の上で本を掻き集めていた雌萌がこちらに向く。それを見て静爆も変幻もにやりとして口論を続ける。
「じゃあ静爆さんが行くといいっぽい」
「馬鹿を言うな。というかそれは戻ってくるなということか? 煉錠様を思う気持ちが強くとも、それでは意味が――」
「私が行きます!」
 静爆の言葉の続きを掻き消して――本当にそれぐらい大きな声を出して――弾かれた様に雌萌が本棚の上から飛び降りた。フリルのついた白いスカートがふわりと舞い、渋みのある蒼色の床へと着地するその様子はさながら猫のようで、艶っぽくもあり挑発的でもある。
 その言葉を聞いて変幻が大げさに驚いた調子で答える。と言っても、もともとが驚いたような顔なので普段と大差ないのが残念で仕方ない。
「でも戻れないっぽい。……けど俺は嫌っぽい。残念ながら静爆さんも嫌っぽい。なのに行くっぽい?」
 ぴくりと静爆の眉が動いた。
「はい、お願いします。私……煉錠様のためなら、どこへでも」
 泣きそうな顔をして雌萌が哀願する。静爆のローブを掴み、今にもこぼれそうな涙を瞳に湛えている。雌萌は華死乃の敏腕スパイである。だからこそこうも簡単に泣くことができるのも理解できた。だが同時に静爆は思う。スパイとしての腕前は認めるが、このような時にその実力を発揮するなと。
 思わず背中に手を回そうとしていた己の不甲斐無さを悔しがり、静爆は顔を背けて言った。
「わかった。お前に煉錠様を任せよう。召喚術の準備が整い次第始める。それまでに用意をしておけよ」
 燭台の灯りは怪しく三人の顔に影を作り、決意を固めさせる。静爆の言葉に黙って、しかし満面の笑みで頷く雌萌。長い尻尾をくるりと丸めそれをいとおしむように撫でると、彼女は勢いよく書庫から出て行った。
 静爆は何か宝物でも手に入ったように浮かれて書庫を出て行く雌萌を見やり、次に流腐本のことについて確認している変幻へと視線を移す。じとっとした目でその一挙一動を舐めとるように見つめる。見られているのに気づいた変幻が暫く黙ったまま硬直した。静かな書庫に二人だけ。断っておくが、そっち系ではない。息の詰まるような雰囲気に、たまらず変幻が口を開いた。
「顔に何かついてるっぽい?」
 少々苛立った様子で返すが、それを突き放す感情の無い言葉。
「……貴様、俺のことを消したいだろ?」
 沈黙。
「――そんなことないっぽいよー。ないっぽいよー」
 とぼけた調子でそう言うと、変幻も逃げるように書庫を後にする。不恰好に走り去る後姿は、今の静爆には愛嬌を通り越して憐れみすら感じさせた。言葉の真意は定かではないが、とりあえず変幻の言葉を信用してやろうという気持ちになる。眉間を若干痙攣させながら、静爆は床に散らかった本を本棚に納め書庫を後にした。
 どうでもいいことであるが、変幻の言葉が『ぽい』で終わらない時は八割方嘘である。





 同じ頃人間界。
 華死乃の支配者煉錠と千瑠璃高校二年一組の一女子生徒は、何の因果か燃え盛る劫火を身に纏った喋るライオンに襲われていた。
 動くたびに爆発するような勢いで地面を蹴り、猛然と突撃してくる獅子はその鋭利な牙と爪を鈍く光らせ嗤う。煉錠は悔しがりながらも、歪んだ空間で麻奈を背中に抱え飛び回る。
 第二次の爆発が起こった時、ありえない速度で距離を詰める獅子を見て混乱した。頭で状況を理解する前に動いていなければ死んでしまう。まさにそれほどまで鬼気迫るものがあった突撃。
 煉錠ですらそうであったのだから、背中でしがみついている麻奈がそんな状況で正確な判断などできたはずもない。まして超人でもなんでもない一女子高生である。召喚術を夢見がちなインドア派の少女にとっては、側にいた煉錠にしがみつくのが精一杯だった。
 しがみつかれた際煉錠は「何をする」と振り払おうとしたが、そんなことをしている暇など当たり前になく、一瞬の内に距離を詰めた獅子の攻撃を避けるために、麻奈を抱えたまま地面を蹴った。
 今もその延長でただ逃げているだけなのだが、おかしなことがある。背中に抱えられている麻奈がいるのに、何度か切りつけられた爪痕が煉錠の背中にあるのだ。麻奈がそれを避けたはずもなく、煉錠が身を挺して麻奈を守ったわけでもない。そもそもこの二人には信頼関係などまだ成立すらしていない。
 どれくらい逃げ回っているのかわからない。どこまで言ってもいつの間にか見慣れた光景に戻っていて、終わりのない空間。荒野のように荒れているのに妖獄界とは違う。無理やりに創られた死の空間とでも言うのか、生物が存在していたとしても絶望させるような心地よい香りが漂っている。
 体中に受けた傷が疼く。瘡蓋が気持ち悪いぐらいに皮膚を埋め尽くし、がさがさと嫌な音を立てる。背中でしがみついている閻魔は重り以外のなんでもなく、煉錠の行動を制御していた。
 何度目かの急ブレーキと方向転換で地面を破壊し、ぐにゃぐにゃと圧し折れたように曲がった電柱を軸に飛び出す。麻奈は相変わらず煉錠の背中で縮こまっており、顔を背中に押し付けたまま微妙に震えている。その震えに苛立ちが募り、煉錠は後ろを気にしながら麻奈に声を荒げた。
「貴様! 俺の背中から降りろ! 動きにくくてかなわんっ。でなければ閻魔の呪いでも何でも良いからやって見せろ!」
 ただ黙って背中に顔を擦り付ける。普通なら守ってあげたいとでも思うのだろうか? 少なくとも麻奈の事を可愛いと思っている二年一組の男子、厚木隆(あつぎたかし)ならば飛んで喜ぶ光景であろう。
 しかし煉錠は微塵もそんな感情は抱かない。むしろその行為が自分を傷つける行為ででもあるかのように麻奈を振り落とそうとする。だがここでもどういうわけか、麻奈に対しての力の波動はなかったのように何も起こらず、それどころかそれを行った煉錠自身の体力を奪う。
――おのれぇ。俺に呪いをかけるのならなぜ獅子にはかけんのだ
 勘違いも甚だしい。
 ルールがあるのだ。この世の見えないところで繋がっている、全てをうまくいかせるためのルールが。
 『妖獄界の者は人間界の者を傷つけたり、殺したりすることはできない。また逆も然り』
 誰がどこで決めたのか、また曖昧な点も多いこのルールだが実際に存在している。獅子と違い、今日ここに来たばかりの煉錠にそれを理解しろというのはいささか無理があるかもしれないが、いい加減に気づいてもよさそうなものである。これでは勘違いプリンスと題名を変えねばならなくなる。
 しかし、そんな不必要な知識も事情も頭に入っていない煉錠はただひたすらに閻魔の呪いだと信じ込む。どうすればこれを獅子にかけることができるか。どうすれば閻魔を引き摺り下ろせるか。それだけをひたすらに考え、逃げる。
 そんなことに気を取られている間にいつの間にか隣から突っ込んできていた獅子の突撃が視界に入る。麻奈を背負った状態でこれ以上スピードを上げることは不可能で、止まったところで結果は同じ。方向転換した獅子の爪が自分の喉元を抉るであろう。考える時間は一瞬で過ぎ去り、衝突の瞬間はスローモーションのように緩やかに。
 体を必死に捩じり、獅子の爪を躱す。背中で抱えている閻魔に当たろうが知ったことではない。というかむしろ当たれ、眉間に皺を寄せ勢いのついた体を空中で反転させる。抵抗しようと上げた足で獅子の顔を蹴ろうとするが、それは無様なほど空を切り、どうあってもよけ切れなかった獅子の爪が煉錠の腹部を抉った。
 鮮血が飛び散る。揺れ動く地面に肩膝を付き、視界が揺れているのは眩暈のせいだとわかるのに数秒。
 それでもいつの間にか目前に迫っていた獅子の爪を認識できたのは反射。必死に避けたつもりが、太い前足で会館へと吹き飛ばされる。背中に負ぶっていたはずの閻魔がいなくなっていたことに気づいたのは、その数秒後だった。
 今殺してやるぞ
 獅子の声が虚ろな頭で木霊する。
 おのれ閻魔、なぜ呪いを使わん。こいつを殺したら殺してやる、と愚痴ってみたところで傷ついた体は言うことを聞かない。煉錠は体に響く痺れが痛みであると、息ができぬことが苦しみであると、迫り来るものが死であると理解できない。今までには感じたことのない感覚。こちらの世界に来てから何度か味わったが、いまだに理解はできていなかった。
――流れる血はすぐに止まる、止まるのだっ
 念じるように頭で思い、抉られた腹に力を込める。瓦礫の中で波打つ鼓動は漆黒の闇より出でる無限の血液を補充する。念じられた体は、傷跡は見る見るうちに治るがそれと平衡して体力を削る。
 今までこんなことはなかった、などと不満を漏らしていても始まらない。動かねば死ぬのだ、閻魔が力を貸さずとも勝つ。やつを殺して、その後閻魔を殺す。
 確たる意思は強さこそ強大であるがそれに伴う実力はどこかへと忘れ去られたまま。煉錠は体中に張り付いた瘡蓋を引き剥がし、瓦礫を押しのけその上に立つ。
「ほぉ、さすが“死神”煉錠……通り名は伊達じゃないということか」
――殺す
「ふん。睨んだところでそれに見合う実力がなければ、ただの変な顔だぞ」
――皆殺しだ
 煉錠の姿が消える。瓦礫の山から音もなく消えたその姿は先ほどの比ではなく、また動く目的も全く違う。煉錠の睛眸に滾るは冷ややかな憎悪と消えることのない静かな殺意。向けられた視線は静かな劫火を纏った獅子に注がれる。
 獅子は微動だにすることなく、ただゆっくりとそれほど大きくない瞳の中の黒目を動かせる。
 刹那、煉錠の姿が真上から現われる。拳は握らず尖らせた爪で何かを掴むように中途半端に掌を開き、獅子の背中へと深く抉りこませようと突き出す。引き締まった獅子の背中から見える背骨の形を目で捕らえ、忌々しげに口を開く。涎が出そうなほど口が潤っているのに、煉錠の腹は液体を求める。赤い液体を。
 動かぬ獅子に、完全に裏をかいたとのだと確信する。獅子はこちらへと顔を向けようともせず、ただ立っているだけ。研ぎ澄まされた爪が獅子の皮膚へと触れる。
――死ね。俺を誰だと
 背中に走るあの違和感。感じたことのない痛みという感覚が煉錠の思考を止める。
 貫いていたはずの皮膚と背骨と、掴んでいたはずの獅子の心臓。それら全てで真っ赤に染まった己の手を気分よく舐める。
 はずだった、のに。
 皮膚に触れたところで止まった煉錠の爪は徐々にそこから離れていき、それはつまり煉錠の体自身が注に浮かんでいるということ。背中からまっすぐに貫いた何かが荒っぽく煉錠の体を持ち上げ、揺れ動く地面に投げ捨てる。
 息ができずに苦しいという感覚を味わう。地面に爪を突き立てもがく自分が情けないが、他にどうすることもできない。口から吐いた血で、ようやく息ができるようになり、咳き込みながら息をする自分に嫌気がさす。
さぁ……死ね
 血の付着した尻尾で風を切って地面に血しぶきを飛ばす。獅子が歩み寄る足音に気づきながらも動くことが出来ない。体の痺れが取れずに再び襲ってくる口からの吐血を吐き出す。
『頑張って、立ち上がって』
 耳障りな声が脳内に響く。呪いか、再び頭にその文字の羅列が浮かび上がる。
 しかしどういうわけか、
 力が湧いた。傷が消えた。
 ゆっくりと足元を確かめるように立ち上がる。手を握る。呪いの効果はどこにも見られない。
『煉錠君、重いからどいて』
 自分が倒れていた場所に閻魔が倒れていた。言われるままに体を動かすと、閻魔が立ち上がる。
 奇妙な光景だった。
 獅子はその光景を見て牙を剥き、顔を顰める。“死神”煉錠と言う名は聞いていた。妖獄界では会ったことなどなかったが、こちらで見つけ戦い今の状況。この程度かと思った。血を幾ら流しても死なない、その代わりに流した分だけ弱っている。だからこそその様子に獅子が目を丸くする。
 先までの血を流した分で立つこともままならなくなったはず。
 それがなぜ立っている?
 それがなぜ笑っている?
 煉錠の笑みに怖気を感じるものの、獅子は退かない。退くことなどありえない。先ほどまで圧倒していたのだから。
「おい閻魔。俺に命令しろ」
 何かを悟った風な口調で煉錠が言う。
「何を?」
 ごくりと獅子が息を飲む。何かが始まる、予感めいたものが獅子の体を束縛する。
「目の前の薄汚いマリスを殺せ、とな」
「マリ……ス? なにそ――」
 獅子が地面を破壊する。
「早く言え。『やつを殺せ』と! 早くしろっ!」
 煉錠の体が吹き飛ぶ。獅子は勢いを止めずに吹き飛んだ煉錠の体を追い、牙を剥く。麻奈は少し躊躇しながらも言われたままに言葉を紡ぐ。
「えっと、――目の前のライオン? を、たおせっ』。――っとこれで、いい?」
 突如、爆発が起きる。
 吹き飛ばされた煉錠を追いかけていたはずの獅子が麻奈の横をとんでもないスピードで横切り、歪んだ店の固まりに激突し轟音と煙の中に消える。瓦礫の山が一瞬にして出来上がり、そこになぜか爆発が起き炎が上がった。
「はーはっはっはっ! 戻った、思った通りだ! 下種め、今すぐ消してやるぞ!」
 煉錠は前に突き出していた右腕を下ろし、高らかに笑う。うっすらと煙が上がる右手から異質な空気を感じるが、それがなんなのかはわからない。麻奈が怯えとも取れる表情でそれを見ると、よくやったという感じで一瞥をよこし、額にできていた瘡蓋を剥ぎとった。
 歪な貌の十字架がその下から顔を覗かせる。
「地獄の扉は重くて厚い……」
 唄うようにそう言って、煉錠が姿を消す。
 麻奈の目では到底追うことのできないスピードで。駆け抜ける煉錠の存在を感じることができたのは、一陣の風が激しく吹き荒れたから。吹き荒れる風の中で唄の続きが聞こえる。
「――鍵を探せど見つからぬ……」
 炎上していた店の瓦礫からそれよりも激しい炎を纏った獅子が飛び出す。怒り狂った劫火は全てを焼き尽くさんと獅子の体から放出され、揺れる地面に飛び火する。まるで煉錠がどこから現われようが確実に焼き尽くしてやると意思を持ったように。
 だがしかし、獅子の背後に姿を現した十字架は、けして死を悼むものではなく嗤うもの。炎を避けることもなく、皮膚が火傷で爛れようとも構わずに、そこに姿を現した煉錠は燃え盛る火焔すら従える。
 危険を感じる暇もなく、獅子は背後に迫った脅威に襲い掛かる。当たれば吹き飛ぶ細い体をして、少年は笑う。襲い来る槍のような尾撃と、大砲のような前足を舞うように避けて、ペットを扱うかのように優しく撫でる。獅子は怒り狂った牙を剥き、その大きな口で少年の首元を狙った。
 もうわかっていたかもしれない。
「……然らば俺に乞うがいい」
 ついにその攻撃は届くこともなく、歯応えのない空を噛む。
 もはや獅子の目ですら追うことができない煉錠の動きは、妖獄界にいた時と大差ない。一瞬にして獅子の背後へと回り、先ほど自分の体を貫いた獅子の尾を引きちぎらんばかりに掴む。小気味よい音が鳴る。
 骨が軋む音が振動として煉錠の腕に伝わり、獅子が悲痛な叫びを上げる。右手を背骨に当てると聞こえる鼓動。感じる血肉。爪で触れることしか出来なかった時には感じなかった心地よい優越感。螺旋状の渦が煉錠の右手に蠢く。
まて――
 獅子が吼えた。おそらく吼えたのだろう。それ以上に巨大で不快な音が響き渡ったからわからなかったが、獅子はそんな顔をしていたのだからきっと吼えていたと思う。断末魔の叫びというのか。それすらも残せぬまま、獅子の体は灰燼に帰す。
 刹那に涌き立つ煉獄の炎。黝い炎の固まりが螺旋をまいて獅子を包んだ。
 殺意の波動は触れる全てを消滅させ、何も残さず闇に葬る。残ったのは唯一煉錠が握っていた尾の部分だけで、それを投げ捨て高らかに笑うと彼は悦楽に浸り拳を握る。
「地獄の門も鍵次第、“死神”煉錠ここに在り」
 はーっはっはと笑い、満足そうに止めの決め台詞を吐いたかと思うと麻奈の方に向き直りふらっと一瞬体を揺らす。麻奈はなぜそんなことをするのかと訝しがったがそうではなく、空間そのものが揺れていた。
 獅子が消えた瞬間に煉錠が今立っていた空間は、麻奈がへたり込んでいた地面はやんわりと変化し始めており、しかし気づけばそれは一瞬で見慣れた学校の帰り道へと戻っていた。麻奈も煉錠も何が起こったかわからず、自分の今現在に存在している場所を確かめるように首をせわしなく動かす。
 暗く怪しげで、正常な街灯の少ない通学路。自分が今までへたり込んでいた揺れる地面はそこにはなく、しっかりとした硬くて光を吸い込む色をしたアスファルト。太陽が沈んでしまってもうすっかり冷えたそれに座り込んでいると、お尻から伝わる冷たさが頭まで回って冷静な理性を働かせた。
 沸々と湧いてくる疑問は止めようがなく、今起こっていたことが夢でもなんでもなく現実であることを実感させる。わかっている、今あったことは夢ではないと。
 わかっているが、教科書が道路に散乱した自分の鞄を見て、会館の近くの塀を歩く猫を見て、左手につけていた腕時計を見て、時間がそれほど経っていないことを知る。崩れたはずの会館や、シャッターを閉じた店の残骸、砕かれたはずの地面、電柱、それら全てがどれも元通りであることを認識すると、やはり夢だったのかもしれないという思いも強く戻ってくる。
「煉錠く――」
 たまらず麻奈が声を出した時だった。
 地面に散らかっていた教科書に混じって、一冊の本が赤く輝く。
「何だ?」
 言うが早いか煉錠がその他の教科書を蹴飛ばし、赤く光る本を手に取る。変なマークが描かれた皮製のハードカバーの本であまり見かけない。百科事典ぐらいの分厚さと大きさのその本は、両手で持ってもずしりと重みがある。麻奈の宝物、召喚術式本であった。
 人の教科書を蹴飛ばす少年である。赤い光った本を珍しさ半分で拾ったかもしれないが、興味がなければ何をするかわからない。
 宝物の危機を感じて麻奈が駆け出す。体育でも見せたことのない全力の疾走で硬いアスファルトを蹴って、たった数十メートル手前にいた少年の腕から怪しげな本を奪い返す。別に興味を示すでもなく、とられたから取り返そうという風でもなく、少年は何を慌てているのだという感じで麻奈を見る。
「これは私の宝物な――」
『煉錠様……煉錠様、私です。聞こえますか?』
 どこからともなく声が聞こえる。脳に直接語りかけてくるような透き通った声。女性のものであるらしいそれに、煉錠がぴくりと反応する。
「誰だ? どこかで聞いたような」
『煉錠様、今そちらに』
 今日はもう何が起こってもおかしくない。きっと今日は人生で一番変わったことが起こる日なんだ、と思い込む。ついてない日があるように、楽しいことばかりが起こる日のように、そんな日があってもおかしくはない。きっとそうなんだと麻奈は自己暗示をかける……が、程なくして失敗する。
 唖然とした。
 口を開いていても言葉が出ない。召喚術は信じていた。きっと成功すると思っていた。
 しかしそれとこれとは話が違う。
 突如として空中に浮かび上がった本は麻奈の手を離れ、踊るようにページをめくる。そしておよそ半分ぐらいのところでそれは止まり、赤く光っていた本が一瞬にして目を開けていられないほど強く輝く。目を瞑っても赤い光が瞼の裏側を照らし、痛いほどに強い閃光が本から放出されていた。
 閃きはあっという間で、次に目を開けた瞬間には見知らぬ少女がそこに降り立つ。
 人ではなく、動物でもない。否、もしかしたら人かもしれないとも思うが、やっぱり違うよねと思い直す。
 ふわふわとしたショートの茶髪で、ちょっとつり目の大きな瞳は栗色で、長い睫毛のせいか艶っぽく見える顔は紛れもなく可愛らしい。小さい鼻と薄い唇が小さな顔の中で笑みを作っており、ぴんとした耳をぴくぴくと震わせている。
――耳?
 そう。耳がある。麻奈が人ではないと断言した理由の一つ耳。もしかしたらコスプレマニアの人かとも思ったが、そういうわけでもなさそうで、頭の上にまるで猫のようにある耳がぴくぴくと動いているのだ。
 そして第二の「人でない」決定材料が、フリルのついたミニスカートから飛び出した綺麗な足ではなく、これまた猫のような尻尾。くるくるとまわせて時折それでスカートが捲れる度に、麻奈は同性ながらもどきんとする。
 とまぁそんな感じで麻奈が猫少女を観察している間に、猫少女の方は目的の少年を見つけて恭しくお辞儀をして、一言二言挨拶を交わしていた。そして、麻奈がその様子を訝しげな目で見つめ……と言うか「帰っていいですか?」という意思を込めた目で見ていると、
「閻魔? 違います煉錠様。こいつは人間というもので――も、もしかして煉錠様。お名前を教えたのではないですか?」
「ん? そうだが?」
「あぁ煉錠様……それではこの人間と行動を共にせねばなりません」
 呆れた溜息というよりも、煉錠のことをひどく心配する口調で猫少女は言う。
「いいですか煉錠様。ここは人間界、妖獄界に戻るには二つの方法があります。一つは己の年齢と同じ数だけマリスを殺すこと。もう一つは、こちらの世界で『良い』とされていることを見合った分だけやればいいそうです」
 猫少女がきっと大きな目を細めて麻奈を睨む。麻奈は何かまずいことでもしたかなと、帰りかけていた足を止める。
「煉錠様はこの人間に名を許してしまいました。そのせいで力が抑えられているのだと思います。変幻様のお言葉を借りれば、命令をされなければ力が出せないそうです。今聞いた獅子のお話も、きっとそうだったのでしょう……よく、ご無事で」
「うむ」
 猫少女が今にも抱きつきそうな勢いで煉錠に駆け寄る。煉錠は特に気にした風もなく猫少女の頭を撫でた。
「おい、閻魔……ではないのか、まあいい。というわけだ、これから貴様は俺のために力を貸すのだ」
「えっ?」
 猫少女が頭を撫でられている間に帰ろうとしていた麻奈は、背中越しに掛けられた声に恐る恐る後ろを振り向く。とにかくわけのわからないことよりも、家に帰って召喚術の練習をしたかった。不穏な会話をしているのは傍目にもよくわかって、自分がその会話の中に出されていることもうっすらとわかって、ありふれた現実に望んでいなかった闘いの日々なんていらないと思っていた矢先の言葉。受け入れられるはずがなかった。
「とりあえず、呼び名は閻魔でいいだろう」
「私は雌萌、でも名前は呼ばないで。萌(ほう)でいいから」
 細切れに伝えられたことから何かを学ぶ術などなく、どんどん決められていく運命の線路が恐ろしい。煉錠はすべてを納得したような顔つきで雌萌を撫で(習慣なのだろうか?)、雌萌は甘えた様子で煉錠へと擦り寄る。
 この後どうなっていくんだろうか? もしかして戦いの連続とかになっちゃうんだろうか? とお昼ご飯をあんまり食べられなかったせいか、回るのが遅くなった頭で考える。今日一日で一生分の驚きを体感したような、そんな気がした。
 印象の強すぎた二人との出会い――というか同性に対しての雌萌の態度にびびった麻奈の帰り道はまだここから始まったばかりである。






第三話   「妖獄界と人間界を……」






 わからないことなんてなかった。でも夢みたいな話であることは確かで、きっと誰も信じてくれない自分だけが見える蜃気楼と同じ。あの日出会った少年と少女は今も目の前にいて、麻奈の部屋のベッドに腰掛けて、どういうわけか麻奈のおやつを二人仲良く(というか雌萌が煉錠へと食べさせて)楽しんでいる。
 あの日の獅子との闘いがあって少し変わったのは、煉錠のことを忘れなくなったということ。初めは確かに朝に会っていて、でも帰りに会った時はその事を忘れていた。麻奈はそれほど記憶力が悪いほうではないし、あれだけ印象的なことだったのであるからそう簡単に忘れるはずがない。しかし煉錠という名も、傷だらけだったその姿も、あの時獅子と会うその時まで完全に頭の中から消えていた。
 これに関しては特に何も煉錠達は分からないと言ったので、麻奈はきっとあの歪んだ変な空間に入ったせいだろうと勝手に思っている。
 あれから三日経って、今日までにいろいろと話を聞かされた。麻奈は聞きたくなかったが、半ば強制的に学校、家、風呂、トイレとところ構わず現われる二人から逃れる術はなく、結局のところ麻奈の意思とは無関係に物語は進むのである。映画や漫画や小説の中でも、異質なものはそう簡単に受け入れられるはずもないのに、この二人は自分達の存在を当然であるかのように豪胆に振る舞い、こうして毎日笑っている。まぁ実際に存在しているのであるから、それも当たり前なのだが。
 だが、麻奈以外の者にとってはそれは当たり前でなく、事実ではない。麻奈以外は、彼らのことを認識しても次の瞬間には忘れていて、次第に記憶の奥から消されてゆくのだ。丁度初めて煉錠と会った時の麻奈のように――
『雌萌も煉錠様も、人間界と呼ばれるこの世界とは別個の世界、妖獄界という世界の住人です』
 雌萌が感情のこもらない説明口調で言ったのを思い出す(麻奈と口を利きたがらない雌萌だが、煉錠が説明をしろといったので麻奈も間接的にそれを聞くことになった)。雌萌は何でか麻奈を嫌っていて、煉錠に向ける視線とはまったく別の刺すような視線がいつも痛い。
 雌萌があれやこれやと説明してくれる中で、その確たるものは、
『煉錠様の名を知って口に出したお前は、煉錠様の力を奪った』
 だから――煉錠が元の世界に戻る手段その一――マリスというこの前の獅子のようなやつらを少なくとも後五千八百三十九匹殺すために力を貸せと言うことだった。
 そもそも妖獄界が何で、マリスが何かもわかっていないから初めは理解もできなかったが、順序良く丁寧に話してくれる雌萌の話は自然と頭に入ってきた。何で麻奈を嫌っているのかは不明だが、本当は優しいのかもしれない。
 マリスとは人間界で言うところの哺乳類のようなもので、妖獄界に生きるほぼ全てのものを指している。そして煉錠はその妖獄界の華死乃という土地の王様で、雌萌はその配下らしい。マリスが人間界に来るのは、煉錠のように妖獄界で己の年齢と同じ数だけ死んだ時か、雌萌のように召喚術でこちらへと送られてきた時だけだということだった。
 年齢と同じ数だけ死ぬという意味がいまいちわからなかったが、妖獄界ではきっと死んでも大丈夫なのだろうと勝手に解釈する。そうして聞いているうちにいつの間にか、話の内容を信じ始めている自分がいて驚いた。
 また妖獄界と人間界の間にはルールがあるらしかったが、
 『妖獄界の者は人間界の者を傷つけたり、殺したりすることはできない。また逆も然り』
 と曖昧で漠然としたルールだったので、そうなんだろうなぁと適当に流しておいた。
 獅子との闘いで麻奈が傷つかなかったのはきっとそういうわけなんだろう。それを聞いた時、煉錠はこちらへ来た時に何か(おそらく車)に撥ねられたと言っていたので、やはり細かいところはよくわからない。
 妖獄界へと戻る方法は【マリスを自分の歳の数だけ殺す】か【人間界で良いとされている事をそれに見合った分やる】か、それら二つを合わせて年齢分【溜める】か、らしい。煉錠が王様であるのならばそれは華死乃へと戻らねばいけないのだろうが、麻奈にとっては結構どうでもよかったりする。
 結局のところ信じる信じないで全てのことは簡単に帰結して、麻奈は後者を選ぼうと心に決めていたが、ある理由で前者を選んだ。
 召喚術。
 妖獄界では流腐本と呼ばれる召喚術の本らしいが、それが手元にある。自分が今までどれだけやっても成功しなかった召喚術が現実のものとしてそこにはあった。妖獄界というところでは使用されているのだから、自分にも使えるかもしれないと思った。
 昔から魔法使いに憧れていて、でもその対象が召喚士になるのにそれほど時間はかからなかった。魔法使いよりも神秘的で、大人で、かっこいいイメージ。手から炎を出したり、空を飛んだり、見る見るうちに傷を治したりと、そんなことはできないけれど、呼び出した竜が炎を吐いて、その背に乗って空を翔け、疲れたらふわふわの動物達に包まれて眠る。
 けして自分は強くなれないけれど、信頼した仲間と共に闘う姿がかっこいい。自分のことを異種特別な何かが護ってくれて、自分にできない夢を叶えてくれる。王子様に憧れる少女のように、麻奈はそんな風に召喚術を捉えていた。
 戦いなんて望んでいない。異界のことにも興味はない。
 召喚術だけ、召喚術への思いだけが麻奈を捕まえ、その決断をさせた。
 もしかしたら召喚術が使えるようになるかもしれない。そんな小さい頃からの夢が目の前まで迫っているように感じたから。
『おい閻魔。命令させてやるのだ。せいぜい俺のために役立つがいい』
 王のプライドというものはないらしかった。隣で雌萌だけが『可哀想な煉錠様』と猫なで声を出していたのを覚えている。
 安易だと、人は笑うかもしれない。漫画じゃないんだからと、否定するかもしれない。全てがうまくいくとは思っていない。何か一つ、自分に自身が持てるものを手に入れられる気がしたから、

『――しょうがないなぁ』

 口から出た言葉はそんな感じだったけど、煉錠も雌萌ですらもその時は笑い返してくれた。
 まぁ受け入れてなかったとしても、煉錠と雌萌に無理やり巻き込まれてしまうのが落ちであるので、この選択は間違っていなかったと言える。
 麻奈は、背伸びして頑張るつもりはなかったし、怖いものはやはり怖かった。できれば闘いなどというのもやりたくなかった。だが決心したからには、そこそこに決意も強く持とうと思っている。
 思っているが、その決断の上にある今の状況がその決心をどうでもよくさせる――

「煉錠様。お口についております」
「ん、気にするな。細かいぞ雌萌」
 いちゃいちゃべたべたとくっついて会話を交わしている童顔の少年と猫少女。ドーナツが、麻奈の今日のおやつ練成堂のバニラドーナツが見る見るうちに消えてゆく。
――何だこいつら?
 先ほどまで回想していた自分の決断が馬鹿みたいに思えてくる安穏とした空気。心なしか甘いにおいが立ち込めているのはきっとドーナツのせいだけじゃない。
 煉錠は雌萌を足蹴に扱っているのだが、当の本人はそれに辛そうな顔一つせずむしろ喜んでへばりついている。趣味なのかどうかわからないが、それが逆にこの甘く、べたついた空気を構成してゆく。
――マリス殺しに行かないの?
 喉まで出掛かった科白を飲み込み、押し黙る。よく考えれば、煉錠が闘うということは麻奈も一緒に闘うということであって、それはあまり気乗りがしない。そもそも麻奈が決断したのは召喚術が使えるかもしれないと思ったからで、煉錠たちのことを考慮したわけではない。大体煉錠自身のやる気が(たぶん)ないのに、麻奈がそういうのは馬鹿らしい気がした。それでも口から出掛かるこの言葉を押さえるのは少し力が要る。
 甘いけど苦い空気が漂う空間で、ひたすらに居心地悪く麻奈は手近にあった召喚術の本をとる。めくったページは九竜が描かれていた。大きな翼とエメラルドの体。羽のようなふわふわとした毛が頭から首筋にかけて広がっており、雄大な瞳がこちらを見ている。
 土曜日の昼下がり。春の麗らかな日差しが窓辺から差し込んで、柔らかいピンク色のカーペットを照らす。召喚術の本片手に、麻奈はぶつぶつと何かを呟く。
「美味だな。これは何と言う、閻魔」
 依然として九竜のページを見つめていた麻奈に煉錠が声をかける。
 本から目を離し顔を向けると、もうほとんど残っていない茶色いお菓子を指差していた。
――今頃……
 呆れて次に来るのは、ああ、何ておいしそうなんだろうという空腹のサイン。お腹がきゅうとなる気がした。雌萌の指先でつままれたドーナツが恋しい。「わたし」のおやつ。
「あの」
「煉錠様、雌萌にお聞き下さい。雌萌がお答えします」
 麻奈が文句の一つでも一緒に答えてやろうと口を開いた瞬間、雌萌が勢いよく割って入る。
「ほう、知っているのか? これは何だ?」
 少し間をおいて雌萌が口ごもる。おそらく知らないのだろう。
「これは……その、きっとケーキなるものです、はい。人間界のおやつとして広く知れておりますもの。甘く、ふわふわとしているものだと変幻様も仰っておりました」
 自信満々に雌萌は言い切った。ぴんと立った耳が可愛らしく揺れる。その様子を見て煉錠がほうと言って頷いた。
 丸くて掌サイズの穴の開いた食べ物。少し砂糖がまぶしてあって、口に入れるとバニラの香りがする練成堂のドーナツ。麻奈の今日のおやつだったそれはもう欠片しか残っていない。
――まぁ間違ってはないけど
 口には出さず訝しげな視線を向けていると、きっとした雌萌の睨みが飛んでくる。思わず目を反らしははと苦笑い。煉錠に向けているものとは全く違う、殺気すら感じられる鋭い眼光が麻奈を射抜く。たまらず本に目を落とした。
 やがて雌萌はすぐにぷいと顔を背けると、手に持っていたドーナツを煉錠の口へと運ぶ。それを当然のように口を開いて待つ煉錠を本で顔を隠しながらちらと見やる。
――すごいバカップルだなぁ
 聞いたこともない妖獄界という世界から来た王様と、その配下。あちらの世界で死んでしまった煉錠を生き返らせるためにこちらに来たと雌萌は言っていたが、果たしてそうなのか。こっちの世界でただいちゃつきたかったというのが本音のように思える。
 と、突然ドーナツを食べ終わった煉錠がベッドから降りて、麻奈の前に立つ。
「おい閻魔、そろそろこちらの世界のことを知ってやろうと思う。やっと貴様も俺様に協力するといったしな、出かけるぞ」
 この二人とこうして過ごすのは実は今日が初めてで、いつもはこんな風に同じ部屋にいたりしない。どこで生活しているのかは不明だが、都合よくおやつの時間と食事の時間だけ麻奈の家を訪れる。両親が二人のことを認識するのがその一瞬だけなのを利用してか、それとも何も考えていないのか。どちらにしても……ちょっとうざい。
「楽しみですねっ。煉錠様」
 雌萌は早くしてね、と冷たく付け加えて窓から飛び降りた煉錠の後を追う。麻奈は溜息混じりの息を吐き出し、数日前までは憩いの場所だった部屋を出た。
 窓にはしっかり鍵をかけて。





 日が暮れる。茜色の空は飛行機雲が数本入っていて、それをゆったりと流す風が吹く。
 休むことのない太陽はさっきまで月が顔を覗かせていたところを照らしに行き、月は逆に太陽が照らしていたところに顔を出す。変わらない朝に目覚めるために、変わらない夜に休むために、一日ずっと寝そべってても日は暮れる。
 コンビニ通りから学校まで歩いて、裏通りを抜けて川に出る。花野川と呼ばれる大きな川は、ここの開発が進むまでは自然が溢れて川原も花が埋め尽くしていたと、お母さんが言っていた。
 花野川を挟んで向こう側が麻奈の家や学校、オフィス街なんかがいっぱいある新しく開発された土地で、橋のこちら側はまだあんまり手がつけられていない、ちょっと田舎の風景が広がる。だから、「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」っていうのに近いものはあるかもしれない。トンネルじゃないけど、橋を越えるとそこに広がるのはなんだか懐かしい山と農家の田舎風景。
 ちょっと古びた感じの木造住宅が主流で、神社やお寺を大切にする。目立って有名な神社やお寺じゃないけど、そこに住む人たちにとっては神様が住んでいてとても大事な場所。麻奈達の住んでいる橋の東側では感じられない青草の臭いが、歩く度に口を通って鼻腔を擽る。
「おい閻魔、あれは何だ?」
 わざわざこちら側までやってきた理由を作ってくれた張本人が軽やかに口火を切る。
「えー、ん……どれ?」「あれだ、あれ」「ちゃんと言ってよ、指差してもいいから」「馬鹿め、あれだと言うのに」「…………」「――煉錠様が仰っているのはあの人間の群れだ。早く答えなさい」
 ふと見えてきた人だかり、雌萌が人間の群れといったのでおそらくあれだろうと思う。赤い空に負けないぐらいに赤く光る提灯を照らして屋台を目立たせる。いろんな焼き物や、甘い匂いが胃袋を刺激しおやつを食べなかったことが今になってボディーブローのように効いてくる。
「あぁ、あれはね、お祭りだよ。そっかぁ、今日春祭りだったんだ。麗ちゃんと一緒に来ればよかったなぁ」
「春祭り? 何だそれは?」と新たな疑問を口にしている煉錠を無視して、さくさくと進む。こう質問攻めにされていては身が持たない。ここに至るまでに、今まで生きてきた中でされたのと同じぐらいの質問を受けたのだ。どんな話好きの人でも疲れてしまうだろうに、まして麻奈は話すのがそれほど得意ではないのだから当たり前である。
「おい閻魔、俺は腹が減った。あそこのものを買え」
 とまぁこんな具合で言うものだから、もう既に麻奈の財布の中には諭吉さんがいない。一人は小太りの男性へ、一人は大柄な女性へ、一人は初老の老人の下へと窺った。多忙だね諭吉さん。
 今月分のお小遣いをほとんど使い果たしそうな勢いで消えていく仲間をどう思ったのか。残った野口さんと樋口さんを見る。……髪形おかしいよ野口さん。
 そんな麻奈のお財布事情には目もくれず、煉錠は新たなお得意先を見つける。さようなら野口さん。
「おい、あれもだ、あれも欲しいぞ。雌萌も欲しいだろ」
「煉錠様ぁ、なんてお優しいのですか。ありがとうございます」
――こいつら
 柄にもない言葉を使ってみる。心の中で汚い言葉を吐くのは自由だ。荒んでいくよりも、ストレスを溜めるほうがきっと良くない。すぐにまた会うであろう野口さんをとりあえず手放して、ピンス焼き(まあるいカステラ)とりんご飴を買う。
 いつの間にか空はくすんだ青色へと変化していて、黄色い星がその中でピカピカと光っている。月は綺麗な半月に雲がかかり、混沌とした夜空を中立に保っているように見えた。
「いらっしゃい、安くしとくよ〜」
がやがや
「おっ! 雌萌よ、あれもうまそうに思わんか?」
 雑踏の中を掻き分け、めったに聞かない祭りの喧騒に新鮮さを感じる。神社までの短い道に、たくさんの露天が立ち並ぶ。
「らっしゃーい」
がやがや
「はい煉錠様。大変美味な匂いがいたします」
 雌萌がりんご飴を小さな舌で舐めながら言う。ちらと財布を気にする麻奈を睨み、早く来いと尻尾を揺らす。
――萌ちゃん、そんな目で私を見ないで下さい
「ちょっと待ってよぉ」
おい、あの女どうだ? 声かけてみっか?
 煉錠の後を追いかける雌萌に麻奈が続く。祭りの熱気が暑い。
がやがや
「早くしろ。金が必要だと言っている」
 何とか見つけた煉錠は大盛りの焼きそばを両手に抱えて店主とにらめっこをしていた。サングラスをかけたスキンヘッドの親仁さん。ちょっと怖い。
「はい、九百六十円ね。ちゃんと子守しないと」
 豪快に笑う親仁さんは見た目よりも全然優しそうな声だった。
連れてるガキもちょっと可愛くねぇか? なんかコスプレしてるやつ
「すいません――あっこれで」
がやがや
 さっさと駆け出す煉錠と雌萌を尻目に代金を払い、追いかけようと麻奈が振り向いた瞬間、誰かに手首を摑まれる。はっと振り向いたそこには自分の手を掴んでいる黒い腕だけが見えていて、それと同時に嫌な汗が吹き出る。見える部分は腕だけだが、確実にわかることが一つあった。
――男の人だ……
 ごつくてがさがさした掌が、麻奈の腕を舐めるように這う。声を出そうとしても、恐怖のせいか声が出ない。麻奈の体がふっと浮いた次の瞬間、その姿はさながら陽炎のように、その場から消えていた。
 雲のかかった朧月の下で、不似合いなほど厭らしく草むらが蠢く。





 妖獄界の一端、華死乃。巨大な建造物は窓のほとんどない漆黒の城だけで、その周りにぽつんぽつんとほんの少しだけの小さな小屋がある。荒れた荒野に生きるもの、城の周りで生きるもの、それぞれが持つ思想の先にあるのは城での生活。
 窮屈でもなく、そこで生活をするということはある程度の権力を持たされることでもある。それゆえにその権力に見合った力が必要となるのだが、頭が悪くその日のことしか考えていない中灰層(ちゅうかいそう)や死ぬために生まれてくる最下層のものがそんな力を持つはずもなく、結局のところ生まれが全てとも言える状況である。
 だが今城の大広間。空の玉座が佇むそこに、一匹の竜と一匹の熊男、そして変な固まりを持った一匹の中灰層出身の蜥蜴がいた。
 球体。丸くもなくところどころ歪で、ところどころ凹んでいたりもするが、それを持つ男はそれを球体だと言って聞かない。まぁ、球がどのようなものかをわかっているものなどほとんどいないので、議論するだけ無駄な世界である。
「それが球というものか――ふむ、だが、なぜ雅恋様のところへ持ってきたのだ?」
 一匹の巨大な竜は大きな首を高らかと上げ、帰らぬ主を待っている。今日で三日目となるが疲れた様子など微塵も感じさせない荒い鼻息と、鋭い眼光が目前の蜥蜴男に注がれた。その前で蜥蜴男に質問する熊男が、胡散臭そうな目でその球体を見つめる。
「これで煉錠様の様子を見るっぽい。でもそれには煉錠様の体の一部が必要っぽい」
 蜥蜴男はおどけた素振りで球体を掲げるとそう言い放つ。金色がくすんだ色を放つその球体は、見方を変えると色が変わった。
 熊男は肩眉を上げ、竜はその目に宿る光を強くさせる。
「嘘をつくなよ、変幻。本当だろうな?」
「本当っぽい。ささささ、雅恋さん、ここに煉錠様の体の一部を入れてみるっぽい」
 かさかさとゴキブリが這うような音を立て、挙動不審な様子で一匹の竜に近づく。本人はかなり紳士的な振る舞いだと思っているので、注意するとひどく傷つく。
 雅恋と呼ばれた竜は、変幻と呼ばれた男が持った歪な球体に顔を近づける。ごくりと二人の男が喉を鳴らしその様子を見つめる中、雅恋はその巨大な牙を上下に開いた。竜の目がそっと閉じられて何かを願うような、そんな沈黙が大広間全体に広がった時、つと一本のネックレスが牙から流れるように滑り落ちた。
 はらりと舞い落ちるそれは無重力のように緩やかに、そして球体の中に吸い込まれる。
「はいよし、これで見れるっぽい。でもこれは正直者には見れないっぽいよー」
 変幻が熊男の方を見て舌をくねらせた。どこぞの商売人のように言う蜥蜴男は滑稽を通り越して、愛着が沸いてくる。
「どういう意味だ――貴様、この俺に」
「おっ、始まったっぽい」
 変幻は球体から手を離し、宙に投げる。黒白とした光りを放つ球体は徐々にふくらみを増し、大広間の床真紅の絨毯へと触れるほど大きくなった。丁度蜥蜴男と同じぐらいの大きさである。
「ん?」
 黒白とした光が収まりつつあるその球体の内部で、オレンジ色の何かが動き始めたのを見て、熊男が声を発した。竜も大きな顔をできるだけ近づけてオレンジの光を見る。
「これは――……文字か?」
 オレンジの光はひとところに集まり、球体の中で大きな数字を表した。五千八百三十九という数字がゆらゆらと微かに揺れながら点滅する。
「ほらやっぱり見えるっぽい」「どこがだ! 数字だけではないか!」「そんなことないっぽいよー。ほら雅恋さんも見えてるっぽい」「貴様」「その数字がゼロになれば煉錠様復活っぽい。あっ、トイレに行きたくなったっぽいよー」
 と最後のほうは投げやり言い放つと、蜥蜴男変幻は球体を残して大広間から逃げるように出ていった。暫く熊男は腑に落ちない顔をして雅恋のほうを見ていたが、やがて納得したのか、何も言わずに変幻とは違う出口から大広間を出て行く。大広間に残された球体の中で、ゆらゆらと数字が踊る。
 一人残された雅恋はただオレンジの光を見つめ、目を閉じた。瞳に焼きついたのは数字の羅列のみ。
 変幻のように映像を見ることはできなかった。
――いつから正直者になったのか?
 答えの出ない問いが頭の中を支配してゆく。

 気づいて雅恋さん。





 じめじめした土の地面が広がるそこは気持ち悪いぐらいに陰湿で、視界に広がるのは誰もきそうにない雰囲気を漂わせた林。筋肉質の男と、長髪の男がこちらを見つめ笑っている。
 薄手のトレーナーに、ジーンズのスカート。取り立てて派手でもなく露出も少ない格好の麻奈を、男二人は研究するようにしつこく眺める。神社の裏手、耳を澄ませば表の通りで聞こえる祭りの喧騒が今はひどく遠い。
 助けて欲しいと願ってもそれはけして届かない。誰にも気づかれずにここに来た麻奈を知るものはいないから。煉錠も雌萌も、今頃は二人仲良く焼きそばを食んでいるのだろう。想像するとちょっとムカついて落ち着いた。
 時間の流れが止まっているように感じる。大きな石の上に座っている筋肉質の男と、その隣で煙草をふかしている長髪の男。麻奈はその二人の視線に極力合わないように、ずっと下だけを見つめる。大きな石、小さな石。色々ある。
 逃げ出そうと思っても足が動かないし、動いたところですぐに捕まるのは目に見えている。召喚術が大好きで、体育の成績は中の下、「休みの日は基本的に家の中ですごします」なインドア派の麻奈にとって、その結果は火を見るより明らかであった。
「名前は、なんていうのかな?」
 いつの間にか男が麻奈の側まで来ていたことに気づく。いやらしくてかった顔を近づけて筋肉質の男が言った。どうやら眺めるのには飽きたらしい。焼けた肌にタンクトップ、短い短髪を銀色に染めた筋肉質の男。一箇所に顔のパーツが集まったみたいな、そんな感じの顔をしている。
「ぇ……ぅ……ま、な」
 声が震えて言葉が出なかった。実感が湧いてくる。自分は今男二人に捕まっているのだと。
「え〜、何? まな?」
 隣で煙草をふかしていた男が嬉しそうに聞き返す。その言葉に黙って麻奈は頷いた。
 長い茶髪の髪が鬱陶しくてにきびっつらの嫌な顔立ち。眼鏡を掛けた顔は知的に見えるというよりも、いやらしい。筋肉質の男と同じで、顔には薄笑いを浮かべている。
「麻奈ちゃんは彼氏いるの?」
 筋肉質の男が麻奈の肩を掴みながら言う。
「――ぃ、ない……です」
「お、マジで? じゃあさ、俺達とちょっと付き合わない。これから面白いところ行かね」
 ヤバイ。何度かの経験上、この成り行きはまずい気がする。汗ばんだ掌を握り締め、口を開く。勇気を出すんだ。はっきり言うんだ。
「あ、その、――私そろそろ、帰らなぃ……と」
 どもりながらも言ったその言葉に長髪の男が絡んでくる。自分ではこれ異常ないぐらいに大声を出したつもりが、笑ってしまうぐらいに小さな呟きだった。
「いやいやいや、それじゃあね。俺達暇になっちゃうでしょ?」
「ちょっとだけ付き合ってよ、ね? ま〜な〜ちゃん」
「やっ、痛ぃっ」
 筋肉質の男が後ずさりした麻奈の腕を掴み、背中に回った長髪の男が両肩を強く掴む。
ここでもいいんじゃね?
あぁ、もういいか
「やだっ」
 逃げようとした。だが女一人の力が男二人に適うはずもなく、麻奈の体は神社の石段の上に仰向けに倒される。男の荒い鼻息が顔にかかって気持ち悪い。嫌な汗が体から吹き出すのがわかった。
 両腕を石段に押さえつけられ、暴れる両足を足で挟まれ男が麻奈の腹の上にのる。重さで一瞬息ができなくなるが、次の瞬間にはそんなことを考えることもできないほど頭が混乱した。
 男が麻奈の体の上に重なる。
「いやっ、やめてっ」
 体を重ねる男から逃れようと必死に動かすが、それが男をさらに興奮させる。泣き喚こうがどうしようもない、男の手が麻奈の口を閉ざした。
 麻奈に体を重ねていない長髪のほうの男が、麻奈の足をまさぐり始める。必死に足を動かすが、それは男の手によってねじ伏せられ、徐々に上へと上がってくる。
「やだぁ」
 ほとんど涙声で、顔には諦めの色が浮かびつつあった。麻奈の視界にあるのは汗ばんだ男の顔と、星が輝いている春の夜空で、助けなどどこにもないように思えた。
 男子には触れられたこともない髪の毛を弄び、キスされたこともない唇を男は触る。どうしようもないぐらい悔しくて、どうしようもない嫌悪感が体を振るわせる。涙は流れなくて、それでも体は熱かった。
 不意に男の体が浮き上がる。

「おい、閻魔。金をよこせ」
「大丈夫?」

――ああ神様。こんな時だけ、ありがとうございます
 煉錠に力はない。男をどかせてくれたのは後から出てきた青年だった。
 煉錠よりも随分背の高い青年で、少し汚れたエプロンをしていた。優しげな瞳で麻奈を見つめると、可哀想にと言ってハンカチを差し出す。
 自分の上に乗っかっていた男は地面に引き摺り下ろされて、かわらずこちらを睨んでいるのに、今になって涙が出た。
「なんだおま――」
 有無を言わさず殴りかかる青年の動きは獅子の時に見た煉錠と同じぐらい速かった。長髪は動く間もなくそこに立ちすくんでいたように思う。筋肉質の男と違って、背がひょろ高いだけでおそらく力はそれほどないであろう長髪を、青年は力の限り殴って宙に浮かせていた。文字通り吹き飛ばされた男は、倒れこんでいた筋肉質の男とぶつかる。起き上がろうとしていた男は、変な声を立ててまた地面に突っ伏した。
 全身の毛が逆立った気がした。青年の繰り出した拳が頬にめり込んだのを見れたのは本当に奇跡なんじゃないかと思うぐらい一瞬で、助かったと思う反面怖くもあった。煉錠には感じなかった何かを、今は感じている自分がいる。
「うるさいな。今すぐ消えろよ」
 冷酷な声が男の言葉を押しつぶす。先ほどまであんなに優しい表情をしていた青年は、蛇のような目で男を見ていた。
「僕は別に君達と彼女の関係は知らない。なんで祭りの日に、うちのお好み焼きも食べずにこんなところでこんなことをしているのかは知らないけどね。今目の前で泣いてる女の子がいるのに、君達みたいなやつらに関わりたくないんだ」
 さぁだから消えてくれと、そう言って青年は男達に背を向けて踵を返す。振り返った青年の顔はもう先ほどと同じ優しい顔で、石段の上で泣いていた麻奈を抱き起こす。不思議と嫌な感じはしなかった。抱き寄せられたエプロンにソースの香りがしたからかもしれない。
「閻魔、さっさと金をよこせ」
 煉錠が早くしろと麻奈を急かすが、耳には届かない。顔が熱い、体に力が入らなかった。
「煉錠君、えんまちゃんからお金をもらうんなら、彼らを追っ払ってよ」
 今にも飛びかかろうと報復を狙っていた男二人に青年が言う。後ろに目があるかのように的確なその言葉に男二人が驚いたように顔を見合わせたが、その言葉でこちらを向いた少年を見て嗤った。
 当たり前である。どう見ても十歳ぐらいにしか見えない少年がこちらを睨んでいるのだ。怖くもなければ、喧嘩を買う気にもならない。
 はははと嗤い続ける男二人に雌萌が怒って、
「煉錠様を馬鹿にするな」
 と一喝。ぷんすかと頬を膨らませる雌萌を見てさらに嗤うと、男達は嫌な笑みを浮かべて今度は雌萌を見つめる。どうせ少年を叩いた後で、おいしく頂こうとでも思っているのであろう。根っからの変態である。
「雌萌、終わったら煉錠君と一緒に僕の家まで来るんだよ」
 ぴんとたった耳がぴくりと動く。青年はそれだけ言うと、麻奈を抱えて立ち上がる。
 ゆっくりといたわるように抱きかかえられた麻奈は、内心重いんじゃないかなぁとびくびくしながらも青年のエプロンにしがみついた。
 神社の裏側が変態と人外の生物二匹が集うと言うなんともおかしな空間へと変貌する。変態どもも、麻奈に対する興味はうせたのか、それとも敵わぬと見たのか、青年を追いかけようとはしなかった。青年が消えて間もなく、煉錠が声を上げる。
「尾刀」
 後ろにやっていた手を勢いよく抜きだす。今までは存在していなかったはずの竜のような尻尾が突如として現れ、それを力任せに引きちぎった。ぶちぶちと何かかが千切れるような音と、バキッと何かが砕ける音が神社の裏手で広がる。ぼたぼたと落ちる赤い液体は真な鮮血で、それを見て一瞬変態どもがびびるのを雌萌が笑った。
 一瞬の驚きから立ち直った変態どもは、どうせ夜店で当てたおもちゃだろうと高をくくり、二人にゆっくりと歩み寄る。さぁそんなもの振りかざさないでと言いながら。
 硬い鱗が幾重も折り重なってできた鋭い刃が月明かりに映える。浮かべた笑みが意味するものを、変態どもが理解することはない。
 骨の部分を柄にして逆手に持った煉錠は、大きくそれを振りかざした。一直線に振り下ろされるその刃は
 己の腹へ。
 飛び散る血飛沫。しかしその行為を躊躇することなく、煉錠は引き抜いて二撃目を食らわせる。見ているだけでも痛々しい光景に、変態どもの顔色が変わった。勢いよく引き抜くたびに、硬い鱗が身を削り傷を抉る。おびただしい量の血が腹を伝い地面を濡らした三撃目には、ついに口からも血が溢れ出した。
「やめろって!」
 見かねた長髪が口を開いた。変態どもの言葉に貸す耳など持ち合わせていない。それどころかあの男以外に貸す耳など持ち合わせておらんのだ。煉錠の思考はきわめて冷静に、しかしあくまで冷酷に、己の腹を突き刺し続ける。
 隣で見ている雌萌の顔は今にも泣きそうな顔をしているが、この程度で煉錠が死ぬとは微塵も思っていない。ただこうすることでしか、己の強さを示すことのできない煉錠を憂いているのだ。抑えられた力のせいで、こちらの住人には手を出すことができない。
 しかし、追い払えと言われ、それを実行できないなどと、それこそ恥。何が王。何が死神。
 あの男の前では全てが否定される。他者を見下し、他者を拒む。妖獄界で生きるならば、この上ない幸福を得ることができるだろう。何者をも排除する空気を纏ったあの男に、気圧され従った。
 可愛さあまって憎さ百倍か。己の身可愛さを初めて悟った。それだけに自分を許せない。腹部の痛みが麻痺し始める。
 刺し続ける腕の動きを止めたのは、雌萌だった。虚ろな瞳で前を見る。いつの間にか視界から変態どもの姿は消えていた。
「はーはっはっ……はっ――さて、疲れた。いくぞ雌萌」
 ふらりと倒れこむ煉錠。それを支える雌萌。
「あの男、許せません」
「まぁそのうちだ」
 なんともいえない気分のまま、煉錠は雌萌に身を委ねた。流石に血を流しすぎたのだろう。そもそも閻魔の命令でなしにやったことであるから、当たり前ではある。心配そうな瞳を伏せて、雌萌はぐったりとした煉錠を背中に抱えた。可哀想な煉錠様。
 血溜まりの中、鋭い瞳に怒りをともした雌萌が春の夜風にのって消える。






第四話  「行く末」






 少年は生まれ落ちた瞬間から一人だった。否、その言い方には語弊があるかもしれない。
 少年は母親の腹を自ら破り、そして這い出した。近づくものを傷つけ、生まれた瞬間から血を欲した。
 知っていた。母親の腹の中にいる時からもう既に芽生え始めていた力とどうしようもない殺意を。燻らせることのできない己の中の何かに、一時期悩んだこともあった。だが、そのような悩みなど生きるうえで必要ないと悟ったのはいつだったか。力こそが全てで、決まりなどないに等しい世界だったから、そう結論付けるのは早かった気がする。
 父親の存在も、母親の存在も、鬱陶しかった。
 母親は自分の腹を突き破って生まれた子を愛しい目で睨み、父親は当たり前のようにいなかった。
 害をなすと判断したのか、側近のものは生まれたばかりの少年を殺そうといきり立った。怯えた様子など微塵も見せていなかったはずだ。はっきりと覚えているのは己に近づくものの顔が逆に怯えていたことと、母がそれを制止したこと。
 母親は生まれたばかりの少年を憎み、おおよそ親とは思えない行動に出る。
 側近を制止したのは別に我が子を、少年を守ったわけではなかった。ただ純粋にその自らの生み出した異物を、自らの手で排除したかったのであろう。竜のような肌を持ち、透き通るような白い髪の毛をしていた女だった。
 視界が赤い。飛び散る血飛沫と、女の嬉しそうな顔がちらつく。
――なんと弱いのだ
 初めて殺したマリスに抱いた感情はその程度のものだった。

 父超えというものがある。
 初めてそれを聞いたのは雅恋を殺し損ねた時だったように思う。
 己の存在を絶対的に上回る力を持った者、それが父親である。それはどのマリスにも共通で、個々によって父親の強さを超える時は様々だが、いつしかその存在を倒してこそ初めて一人前のマリスと呼ばれることができる、とまで言われるほどになっていた。
 マリスであるならば誰しもが通る道だと聞かされた時もなんら興味はなかった。その時までに自分は最強なのだという自負と奢りがあった。父超えなどという迷信じみたものを信じる気は毛頭なかったし、どこにいるかもわからない父親を捜してまで殺してやろうという殺意も、その頃になれば消え始めていた。
 殺意そのものに罪はない。それを実行してしまうことが罪なのだと、どこかの蜥蜴に言われた気がする。
 妙に物分りのいい蜥蜴で、中灰層出身にしては珍しく、少年に殺されずに今も生きている蜥蜴は彼だけであろう。少年の心を読むような物言いで、時に核心をつく。
『お父さんに会いたいっぽい』
 その度に激昂しては殺してやろうとするのだが、どうもうまく流されるのか、それともそれも力なのか、いまだにその蜥蜴は生きている。
 父親という存在は生きるうえで邪魔でしかなかった。
 どこから聞いたかわからないうちに噂は広まり、少年が父超えをしていない半端者だと言われるようになったのはとうの昔。その噂を広めたやつも、噂を口にしたやつも、関係なくそれを聞いたと思われるやつも、全て殺した。いつしか噂が消えて、少年のことを半端者だというやつはいなくなったが、それでも何かどうしようもなく苛立つことが多くなった。
 知らず知らずの内に、父親を捜し出そう、殺そうと考えている自分がいた。
 口数がめっきり少なくなった少年。殺し損ねた者達に襲い掛かることも少なくなった。
 話しかけるのを躊躇えば、その瞬間から沈黙が始まる。どうしようもなく静かな時間が、刻々と流れる中で少年に話しかけたのは蜥蜴だった。
『堕鶯(だおう)と言う名の奴が強いっぽい』
 何のことはないただの世間話。
『強力な棘の付いた尾と口から吐き出す炎でかなりの量のマリスを殺してるっぽい。冥家の乱刃族もやられたっぽい。――煉錠様よりも強いっぽいよ』
 笑いが出た。素直に心から笑いが出たのは久しぶりだった。
 蜥蜴もつられて引きつったように顔の筋肉をぴくぴくさせる。どうやら笑っているらしかった。

 結局のところなんら収穫はなかった。
 父親かと思ったことを否定はしない。強かったことも否定はしない。だが、ただそれだけだった。手に入ったのは乱刃族の生き残り一匹だけで、また鬱屈とした日々を送るのかと思うとなんら光を放たぬ土産。
『ありがとう』
 聞いたことのない言葉だったように思う。とっさに意味を理解するだけの許容量が、少年の頭にはなかった。表情は変えずにいたが、止まった足はどうにも気まずかった。
『煉錠様って呼びますね』
『勝手にしろ』
 聞きたくて聞いたわけではない。無視していたにもかかわらず、ただ勝手にその生き残りが話しかけてきたのが耳に入っただけ。ただそれだけだ。
 父超えをしていないと、喋り続けるその生き残りがただの一度だけ口にした言葉。話の中での、特に深い意味も込められていないその言葉を聞いた瞬間、土産が重くなった気がしたのは気のせいだったのだろうか。
 ただ、一人だということを意識しなくなったのはその時からだったように思う。城にいる蜥蜴や竜、熊に関しても、その頃からはあまり襲い掛からなくなった。
 父親のことなどとうに忘れて久しい。







 歪んだ世界にあるのは圧し折れた電柱と、妙に平べったい車。海の波のようにぐらぐらと動く地面は、アスファルトであるはずなのに軟らかい。やはりおかしな空間だ。
 手で触れれば捥げそうな感触なのに、やはりそれはアスファルトでそんなことをすれば爪が剥がれる。
 しかし目の前を猛スピードで動く影はそんなことお構いなしに、その地面を簡単に破壊しては、出来上がる破片を飛び交わせている。
 雌萌は別なマリスと闘っているのだろう。この空間にいるのは煉錠と麻奈と、突然現われた奇妙な虫。巨大な翅を持っていて、カブトムシのような角が何本も頭にあった。前回の獅子とは違って人型をしていたが、それが逆に気持ち悪く、進化した虫みたいなそんな感じだった。
 巨大な昆虫が襲い掛かってくるのも気持ち悪いものであるが、そういうのが飛び掛かってきても十分気持ち悪い。悲鳴を上げて逃げ出そうとした瞬間には、またこの変な空間に囚われていた。
 青年のお好み焼き屋から帰る途中だった。
 幾分不機嫌になった煉錠と雌萌を連れて黙って歩いていたら、突然飛び掛ってきた。どうやら二人のことは知らないらしく、獅子のように何かを言うわけでもなく、ただ突然だった。
 気づけばこの空間で揺られていて、煉錠が指示しろと言った声を聞いていた。暫く脳が理解できずに押し黙っていたが、体に纏わり付く気持ち悪い空気が嫌と言うほど五感を刺激して、無理やり麻奈の脳にこれが現実であるということを教える。
 再び煉錠に怒鳴られて声を張り上げたが、その時にはぶんぶんと虫男の羽音がうるさかったせいでもう届かない状態だった。隣にいた煉錠は麻奈を放って虫男に向かっていき、虫男もそれを迎え撃つ。もうちょっと待ってくれてもいいじゃないのとぼやく麻奈であったが、煉錠にそんな道理がまかり通るはずもなく思い通りにならない展開は彼を苛立たせるばかりである。
 それが直接的な原因ではないのだが、事実煉錠は気が立っていたから命令も聞けるかどうか微妙な状態だった。
 波打つアスファルトを破壊し動き回る煉錠の姿を、麻奈の目は徐々にだが追えるようになっていた。煉錠の攻撃動作一つ一つに虫男がその大きな角で対応し、逆にその角を使った突進を繰り出す。かろうじてよけた角を脇の下に挟みこみ、それを受け止め遠心力を利用して投げ飛ばした。飛ばされた虫はおかしな方向に渦を巻いている建物にぎりぎりぶつかる直前で停止し空中を旋回し始める。
 なぜそれらを目で追えるのかはわからなかったが、それと同時に伝わってきたものが全てを物語っていたように思う。
 煉錠の思い、虫男の発する感情、まるで自分が間に入って――否、煉錠の視点から戦闘を見ているような感覚。両方が体中から奔らせている殺気を、頭の中に直接送り込まれている感じだった。
 煉錠との繋がりが濃くなってきているのかもしれない。
「おい閻魔っ! さっさと言わんか!」
 煉錠が吼える。しかし、その声は麻奈まで届かず目の前のうるさい羽音にかき消された。
「鬱陶しいやつめ」
 空中で旋回しながら勢いをつけている虫男へと飛び掛る。オリンピックで棒無しで棒高跳びを優勝できそうなぐらいの跳躍は、見事に地面を破壊し虫男の方へと弾丸のような速度で襲い掛かる。
 だが空中で旋回していた虫男にとって、というか相手は翅があるのである。煉錠のそんな跳躍など当たり前のようにかわされ、空中で身動きできない煉錠はそのまま人間大砲のように落ちていく。避けられた煉錠は悔しがりながらも、どうすることもできずただ空中で無理やりに体を捻る。
 曲がりくねったビルが林のように立ち並ぶそこへ落ちていく煉錠を虫男は見逃さない。ものすごいスピードで落ちていく煉錠よりも速いスピードで、羽をたたんだ虫男は垂直落下するかのように突進する。黒光りする鋭利な角は、これまでいくらのマリスを突き刺してきたか。虫男の表情にうっすらと笑みが浮かぶ。
 向かってくる黒い物体が虫男であるとはわかっていても、避けねば体が串刺しにされるであろうことが分かっていても、いかんせん空中では自由に動くことが出来ない。麻奈の命令を受けているならば問題はないであろうが、今更思ったところでもう遅い。相変わらず羽音が嫌な音を奏でていた。
 迫り来る無数の角を避けきれる術はなく、ならば全部受け止めてやろうと手を出して構えたが、飛ぶスピードに加えて重力がかかっているのだからその威力や絶大なものがある。一瞬のうちに自分の元まで到達したそれを見て、両腕に力を込める。おそらくは突き刺さるであろう体の部分にも踏ん張りを利かせダメージを最小限に抑えようとする。
 無駄な抵抗だとは触れた瞬間に気づいた。
 掌を簡単に貫いたそれを忌々しげに見つめ、押さえ切れなかった残りの角が体に深々と突き刺さる。痛みと同時に噴出す血液と、憎悪の感情。虫男の顔が嬉々として歪む。この程度のやつに傷を負わされ、それで得意げになられるのが無性にムカついた。
 そのまま勢いに任せて煉錠ごと地面へと落下する虫男から逃れる術はない。なにせ体中を突き刺されてくっついているのだから、どうやっても不可能であった。
――どいつもこいつも気に食わん
 そんな風な悪態を心の内でついているうちに虫男に掴まれたままの体は地面へと激突する。波打つアスファルトを破壊して轟音が上がると、爆発にも似た衝撃が地面をさらに波立たせ、埃なのかなんなのかわからない汚い煙が立ち込めた。体中が軋み、感じたことのない浮遊感を味わう。
 おのれ、おのれっ、おのれぇっ。
 体中から何かが抜け出ていく喪失感を味わいながらがむしゃらに腕を動かす。
 憎い憎い憎い。俺はこんなものではない。俺が貴様のような名もない虫野郎に負けるはずがない。
 刹那、何かがちぎられる音と蛙が潰されたような声が上がる。煙の中から勢いよく飛び出した影は、着地した際によろめき背中を押さえた。ぽたぽたと液体がその背中から落ちている。
 風が吹く。戦況を見つめていた麻奈の頬に、ざわと何か嫌なものが触れた感触が残る。
 煉錠の声に初めて禍々しさを感じた。
「もういい――閻魔よ、貴様の命令など必要ない。名もないマリスが、この俺様に何をした。すぐに消してやる」
 気が立っているのがわかった。煙が風に流された場所から煉錠の姿が現われる。
 手に持っているのは先ほどまで虫男の背にあった大きな翅。まだ乾ききらないそれに付着した液体がぽたぽたと雫を垂らしていた。煉錠の額の十字架が赤く光っている。
「なぜ俺が貴様に力を奪われねばならん? なぜ俺がこんなところにいる? 全てが気に食わんぞ」
 そんなことを言われてもどうしようもない。確かに名前を訊いたのは麻奈だったと思うが、それなら言わなければよかったではないか。まぁその時は知らなかったのだろうが。逆恨みも甚だしい。
 煉錠の体が赤く光る。
 次の瞬間、最初に見つけた時にあった尻尾が姿を見せた。その部分だけ明らかに人の肌ではないそれは、つけ物としか思えない反面、この空間で異常な現実味を持つ。「尾刀」煉錠が囁くようにそう言ったのを聞き取れたのは偶然だったのか、それとも煉錠が教えたかったのか。後者であれば緊張感がまるっきり壊れてしまうので、おそらく前者であろう。
 揺れる地面を駆け抜ける。
 波に乗るイルカのように。否それよりももっと荒々しく、波を砕いて獲物を狙うシャチのように、煉錠は軟らかいのか硬いのかわからないおかしな感触の地面を疾走する。翅をもがれた虫男からはもう羽音がしておらず、煉錠に命令をして力を出せるようにすることもできたが、
 虫男の発する感情は、もう恐怖しかなかったから。それは必要なかった。
 幾らかの後悔と、できるなら簡単に死にたいという諦め。抵抗することも、命を請うことも考えていなかった。人ではないが、命は命。押し寄せてくる虫男の絶望が、麻奈にはひどく心地悪かった。
――死ね
 まだ己の血液が滴る歪な大太刀を握り締め、真っ向から振り下ろす。
 虫男は動けないのか、それとも動く気がないのか。その大太刀の一撃を受け入れる。ぎざぎざに鱗が張り付いたそれは当たれば身を裂き、抉り取る。あの時も確かに獅子は殺された。だが、今のような気持ちは沸いてこなかった。煉錠との心の繋がりが強くなっているせいか。虫男の感情を強く感じてしまったからか。
 震えが止まらなかった。
 ずるずると虫男の体から大太刀を引き抜く煉錠。その流れに沿って倒れる虫男からもはや生気は感じ取ることができない。しかし、なおも煉錠はその刀を振りかざす。
 汚らしい色をした血が飛び散り、その返り血を全身に浴びた煉錠が怖かった。
 その状態で笑っている煉錠を怖いと思った。
 青年の言葉が思い出される。
『殺すものと殺されるものの運命を、麻奈ちゃんは目を伏せないで見て欲しい』





「やぁ煉錠君」
「貴様、いい加減にその癇に触る呼び方をやめろ」
 お好み焼き屋をどう改造したらこうなるのであろうか。否、改造などと言ういいものではない。まるで怪獣が踏んだけど微妙に助かった、みたいなそんな感じの荒れた店内に煉錠が声を荒げて入ってくる。
「そう怒るなよ。こっちで生活してる内にね、人に馴染んじゃって」
 雌萌が続いて店内へと入ったところで青年がにこりと笑って言った。あまりにもひどい店内の様子に雌萌が顔を顰めるのが見える。もちろん誰もいない店内には、お好み焼きの香りだけが不自然に立ち込めている。
「さぁ座って。とりあえず食べようか」
 青年が後ろから、鉄板の上にお好み焼きと焼きそばを取り出す。かろうじて形を保っている椅子を差し出し、青年が座るように促すが誰も座ろうとはしない。煉錠がその様子に苛々して口を尖らせた。
「ふざけるな。さっさと用件を言え。俺を殺したいのか? それとも殺されたいのか?」
「ははは、さすが竜神子だ」
 高らかに笑い、青年は続ける。
「うん、どちらも違うな。今更殺す気はないし、殺される気もない。煉錠が殺したかったとしても、まぁ無理だろうな」
 青年が落ち着いた口調でそう言って微笑むと、煉錠がぎりと歯噛みした。
「煉錠。もう気づいてるだろうけど――いや、知らないか? 僕の名は審龍(しんりゅう)だ、覚えておけよ」
 挑発的な視線が煉錠を見る。
「黙れっ! 貴様になど――」
「負けないと? じゃあ今試すかい? いやいや、それよりもやっぱり今はお好み焼きでしょうよ?」
 なぁ雌萌と、そういう青年の眼光がひどく冷たい。氷の剣を突きつけられているような、冷気と狂気が入り混じった双眸。麻奈が見つめられているわけではないのに、その様子を見ているだけで背筋に悪寒が走った。
 何も言えない雌萌の沈黙を肯定と取ったのか、青年が表情を緩やかにして麻奈に座るよう進める。
 もう目は戻っていた。
 テーブル越しに腰を下ろした青年がゆったりとした口調で口を開く。
「いやぁ、それにしても今日は面白い日だ。まさかこうして煉錠と話す時が来るとはね。しかも人間つきでだ。ところでどうだい? どれくらい殺した?」
 青年の口調は終始変わらなかった。自分が何者で、どういった関係であるかなど全く話さずに会話は進んだ。麻奈だけ、おそらく麻奈だけがついていけていなかったように思う。青年と言葉を一番多く交わしたのは麻奈であったが、青年についてよりわかっていたのは煉錠と雌萌だったのだろう。
 取り留めのない話がほとんどであったが、妖獄界という世界に関しても少し話が移った。はっきりとは言わなかったが、十中八九青年もマリスと言う存在であることは言葉の切れ端から簡単に推測することができた。
 男の人だと勘違いしていたのが消えた瞬間から、こうもやすやすと話をできる自分が可笑しくてならなかったが、青年の話はそれ以上に巧みで取り込むものがあった。
「召喚術は願いの強さも大事だ。でも、どうしてもこれが必要だという一方的な願いじゃダメだ。たとえ自分には必要がなかったとしても、必要としている者のための願い。また、その者がそのことを願っていること。それが人間が召喚術を成功させるために必要な第一条件さ。第二条件は妖獄界やその他の世界との関わりを持つことかな。だから麻奈ちゃんはもう第一条件さえ満たせれば成功させることができるんだよ――まぁそれが難しいんだけれどね」
 お好み焼きをがっつく煉錠と、焼きそばをするするとすすっている雌萌の隣で、麻奈は真摯にその言葉を心に留める。もう鉄板の上にはほとんど何も残っていない。
「はやいなぁ。そんなに急がなく」
「帰る。食い終わったからな。俺達は帰るぞ」
 席を立ち空になった鉄板を指し示す。どうだとでも言いたげな表情に見え隠れする不安の色。煉錠が何をそんなに焦っているのかわからなかったが、とりあえず麻奈も席を立つ。
 雌萌が口の周りを汚した煉錠の顔をふきんで拭う。それを笑う青年と、やめろと制止する煉錠。やはりどこか落ち着きがない。
 二人が店を出る。
 ほとんど口にしていない料理にお礼を言って、麻奈も入り口兼出口に足を進めた。
「近い内」
 二人に続いて店を出ようとした時だった。青年の声が麻奈を止める。
「近い内に煉錠は僕と闘おうとすると思う。麻奈ちゃんもその時は一緒に。殺すものと殺されるものの運命を、麻奈ちゃんは目を伏せないで見て欲しい」
 言っている意味がわからず聞きかえそうかとも思ったが、すぐ後に煉錠の早く来いという怒声が響いたので、結局うやむやのままお辞儀をしてその場を去った。





 門が開く。巨大な門が。
 歪んだ空間に漆黒の血塗りの門が巨大な口を開いている。
 獅子の時もこれは出現していたのだろうか。こんな巨大で禍々しいものに気づかなかったのだろうか。
 もはや生気のない虫男の死体をバラバラに刻み続ける煉錠は、それに気づくと待ちわびたように見上げる。全てを飲み込むような暗黒の先でうっすらと見える光は希望ではない。目の前でちらつかせるだけで、けして触れさせない残酷な仕打ち。頭が勝手にそう悟ったのか、悟らされたというべきか。
 門から幾本もの腕が這い出す。焼け爛れたような腕に、棘だらけの腕。
 喜怒哀楽の欠落したそれは虫男の肉片をかき集め、繋ぎ合わせる。もう死んでいるそれらを繋ぎ合わせ、また一つの命の入る器を作り出す。
 ぐしゃ
 潰れる肉片は再びバラバラになって宙を舞う。
 舞いながらも門の内部へと吸い込まれていく過程で再び繋ぎあわされる。一瞬、一瞬だけ、繋ぎ合わさったそれらの顔である部分に光を見た。門の奥にあった光がそう映ったのか、それとも気のせいだったのかはわからない。わからないが、麻奈にはそれが虫男の悲痛の叫びに見えて仕方がなかった。
 生き返され死んでいく。無理やりに行われるその工程に抗う術はなく、閉じた門の先にはもう何も見えない。
 歪んだ世界が戻り始める。戻り始めたかと思うと、やはりそれは一瞬で、次の瞬間には先ほどの道路に座り込んでいる自分がいた。淡いネオンの光だけでは、まだ現実の世界に戻ったことを実感できない。
「帰るぞ」
 煉錠が言う。雌萌ももうその脇に来ていた。
「お腹いっぱいですね、煉錠様」
 どこか違う意味でとってしまうのは考えすぎだ。力を込めて立ち上がる。
「ちょっと待ってよ」
 あくまで平静を保って、二人のバカップルを追いかける。



『目を伏せないで見て欲しい』
 青年の言葉を受け入れることは、出来そうに無い。






第五話  「本能色々」






 荒れた荒野に一陣の風が吹きぬけ、砂ではない何かを巻き上げる。
 錆びた臭いがする空気と、蒸すような熱波が絶えず立ち込め、生きるのに支障はなくともけしていい環境だとはいいにくい。
 大きな暗黒色の巨城は唯一つその荒野にポツリと建てられて、遠目にはわからないが、その周りには小さな城下町もあるように見える。尤も城下町と呼ぶにはあまりに貧相であるが。
 巻き上げられた一陣の風は塵でも埃でもない何かを共に漂わせ、まるで意思を持ったようにそこに吸い込まれてゆく。巨城から聞こえる竜の叫び声に揺らされて、風は震える。
 妖獄界、華死乃。誰が決めたか、この地はそしてこの世界の呼び名はそうと決まっている。誰かが他の名前を提案すれば変わるかもしれないが、そんな面倒なことを言い出すやつはこの世界にはいない。
 混沌とした空間といっても理解はできない。混沌とは何なのか?
 そこに実際住んでいる者に訊いたとしても、それはわからない。だが、わからないのではない。気づいていないだけであるのだ。たとえどんな世界であったとしても混沌はあり、それが全てだと捉えることもできる。何が混沌で、そうでないかなど当の本人には気づかないものなのである。
 暗黒の巨城。窓がほとんどないこの城の大広間に、主君不在の配下達が寄り添って話しをしている。巨大な竜と、それよりも随分小さいが大柄な熊男、そして小柄な蜥蜴男。赤い絨毯の上で空白の玉座を見つめて咆哮を上げる竜に、なす術なく人ではない二人の男が耳を塞ぐ。先ほどから一向に収まらない竜の感情の高ぶりはどうしたものか、常が冷静な彼女であるだけに熊と蜥蜴も顔を見合わせている。
 グォオォオオン。
 竜の叫びが大気を振るわせ、地面すらも揺るがせる。
「どうされました雅恋様? どうか落ち着いて!」
「あー、鼓膜がヤバイっぽい!」
「貴様は鼓膜がないだろうがっ!」
「あー静爆さんの鼓膜がやばいっぽい!」
 竜の叫びを止めようとする静爆とは別に、耳を押さえて勝手なことを言う蜥蜴の名は変幻。それほどいい生まれではないが、こうしてこの城にいるということが彼のこの性格を助長させている原因かもしれない。
 広間の中央に置かれている光さえ吸い込みそうな漆黒の歪んだ球体は、オレンジ色の光を奥底に封じ込め奇妙な形をした数字の羅列を形成している。かろうじて読み取ることができるそれは、五千四百三十三と示されているが何を意味しているのかは知るところではない。
「雅恋様! 煉錠様の寿命は如実に減っております。何をそんなに怒っていらっしゃるのですか?」
 怒っているのではない。雅恋は嘆いているのだ。煉錠が戻る寿命が減るということはいいことである。だがそれではなく、いきなりここまで減ってしまったことが気に食わない。
 主君の強さを考えれば対しておかしな事でもないが、ある時に起こった急激な減りが気に食わない。現に今は一向に減りはしないし、たまに減るのは一つずつである。そして考えた。それはつまり、
 それはつまり『良い事』をしたということではないのか? と。
 妖獄界の華死乃を恐怖で支配していた者が、そんなことをしたのではないかと思うだけで腹が立った。自分が敬愛していた者が、生き返るためとはいえそのようなことをしたのかと思うと情けなかったのだ。
 ゆえに竜は、雅恋は咆える。届かぬ主君への思いをどうにか伝えんとして咆えるのだ。
「雅恋様落ち着きを!」
「静爆さんもうるさいっぽい」
 場内に轟く咆哮の中、三匹のマリスは今日も主君の帰りを待つ。





 何がどうなっているのかはわからなかったが、考えなければ済むことであるので麻奈は極力考えないようにした。マリスがどうだとか、煉錠が不機嫌だとか、雌萌は相変わらずべたべたしているとか、目に付くもの全てがそちら方向に思考を持っていこうとするのだが、そんなことでやきもきしていてはこれから先生活していけそうにない。ストレスはお肌に悪いとも言うし。少しばかり、大人びた女の子の考えも抱いてしまう麻奈である。
 今まで特に意識したこともなかったが、化粧にも興味が沸いたし、男の人に対しても少しだけ免疫がついたように感じるときがある。雌萌の存在が起爆剤になったのかもしれない。彼女がこちらに来てから少しずつ麻奈も変わりつつあった。
「行くぞ」
 煉錠が言う。雌萌がそれに従う。麻奈もしぶしぶそれについてゆく。やはりこの瞬間は嫌だ。
 日頃考えないようにしている別世界のことも、この時だけは考えざるを得ない(召喚術は別として)。この前青年のところに行ってから、煉錠の動きが活発になった。元気になったとかそういうのではなく、ただ真面目に元の世界に戻ろうとしているのか、こうして夕方になるとマリスを探しに出かけるのだ。
 この前の虫男の時のような思いはしたくなかった。煉錠には悪いが、できればマリスなど出てきて欲しくない、というのが麻奈の本音である。あの歪んだ空間で行われるのは単純な殺し合いであり、今までに感じたことのない複雑な気持ちが折り重なって形成される凄惨な光景。煉錠が殺されるのはもちろん、殺すところももう見たくはなかった。
 そんな麻奈の願いを神様が聞き入れてくれたかどうかは別として、虫男以来こうしてわざわざ出歩いているのに――といっても限られた場所だが――全く出会わなかった。歩道橋のある大きな道路にはまだ人も車も大勢行き交っている。オレンジ色の光を放つ太陽が眩しかった。
 煉錠と雌萌はいつも同じ格好。汚れるとか、臭くなるとかいったことはないのだろうかと首を傾げるが、いつも二人を臭いとは思わない。雌萌にいたっては甘い誘惑するような香りすらするのである。頭の上にちょこんとのった耳がふさふさと揺れる。
「あーくそ。どうしてこうも現れんのだ。おい閻魔、何とかしろ」
 それは無理です、煉錠君。
 タンクトップにハーフパンツ。迷彩色かとも思うその色は、おそらく自分の血でそうなってしまっているのだろう。考えると少しグロイ。
 肩まである黒髪はいつもさらさらと流れているが、戦闘の際には少しばかり浮き上がる。立毛筋というやつが作用しているのだろうか? 詳しくはわからないが、その時の煉錠はちょっとばかり格好いい。
 額の十字架はどう見ても傷跡だが、煉錠は頑なに刺青だと言う。歪な形をした逆の十字架の下に光る睛眸は、時に子供のように、時に何もかも悟った(でもやはり子供のように)黒く淡く渦を巻いて先を見る。麻奈より低い背をして、麻奈よりも生意気な口を利く。
 皆さん見て下さい。すっごく我侭なんですこの子。
「煉錠様、こいつには無理ですよ。雌萌にお任せ下さい。あそこで舞を踊ってまいります」
 へぇ舞なんてできるんだぁ――めだめだめだめ!
 頭の中をパニックにしつつ、雌萌が指差した先を見つめる。人ひとヒト、人の群れ。円形のステージに集まった人の群れは、わいわいがやがや――さながら麻奈の現在の頭のように――ごった返している。
 ゲリラライブ。
 人は呼ぶ。突然に行われるただのライブではないそれを。戦争での戦闘手段として名付けられたゲリラという言葉、それが名付けられるだけあって、この刺激溢れる世界でもやはりまだまだ衝撃的なものがある催しだ。
 なぜに興奮するのか。なぜに突然なのか。その二つの質問こそがお互いの答えであり、真実である。人は予期せぬ出来事にうろたえ、惑い、迷い、悩み、そして興奮する。
 感情の起伏を得たいのならば前を見ろ。そこに描かれるはお前らの望む姿、求める答えだ――といつの間にかステージ上で叫んでいるボーカリストの言葉がそのまま頭の中に入ってきていたのを笑い飛ばす。まずいまずい、これはまずい。
 ただでさえパンツが見えそうなフリルのついたミニスカートなのに、尻尾まで生えてあんな高台に上れば確実にパンチラ間違い無しだ。しかもここは……
 いつの間にここまで歩いていたのかと思うほど、周りを見ればビルの群れが広がる。眼鏡をかけたお腹の出たおじさんや、帽子を目深にかぶって表情が見えない人、巨大なリュックサックを背負っているにもかかわらず両手に大量の買い物袋を提げたお兄さん。最悪なことに、ここはかの有名なオタクの集まる電気店街であった。
 だぼだぼの長袖から見える爪先は――あちらの世界にもネイルアートがあるのだろうか――ハワイアンブルーにラメがはいって綺麗に輝いている。くりくりした目を輝かせて、雌萌は煉錠に媚を売る。どうやら本気であのステージに立つ気らしい。
「よし行け雌萌。あそこで俺様のための生贄を呼び寄せるのだ」
 いや、むしろ萌ちゃんが生贄に……。
「わっかりましたぁ! 煉錠様、見ててくださいね」
 わざとだろうか。とてとてと走り出す雌萌は尻尾をくねらせながら人ごみを掻き分けてゆく。煉錠は特に気にした風もなくそれを見て、つまらなさそうに視線を逸らす。やはり雌萌のことを大切に思っているわけではないようだ。
「おい閻魔」
 もう人ごみに隠れてしまった雌萌を心配しながら見つめる麻奈に、煉錠が声をかける。
「言っておくことがある」
 妙に神妙な顔をした煉錠がそんな風なことを漏らして人ごみから外れ始める。慌てて声をかけたが、雌萌のことはやはりどうでもいいらしく、気にするなと言って向けたその背中には微塵も気遣いというものが感じられない。
「萌ちゃん、襲われるよっ」
「あいつはそんな馬鹿ではない」
 言い切る煉錠に何も言い返せず、すぐに戻ってくるのだという言葉を鵜呑みにしてその場を離れた。
 一瞬、歌手への声援が異質なものに変わったのはどきりとしたが、あえて振り返らずに足を速めた。



「貴様がこの前あった男――そう、審竜とか言うやつだ。あのマリスを、俺は……殺さねばならん」
 煉錠が決心したように言ったその言葉は、なぜか自然と頭に入ってきた。でもそれは耳から抜けて頭へと送り込まれた単純な文字であって、そこに含まれた意図は全くといっていいほど読み取れていない。マリス同士が殺し合うというのは必然らしいが、やはりどうしても認めたくなかった。
 先の虫男の戦闘から、強さを増している思いは頑なにその言葉を拒む。
「貴様の力を借りたくはないが、やつを殺すのにはそれが必要だ。この前のように俺の言うことを無視しているのでは困るのだ」
「この前は違うよ。言ったけど、聞き取れなかったんでしょ?」
 抗議の色を示してはみるが、言葉は上の空で本当は否定している。闘いなどしたくないのだ。
「違うな。貴様はこの前本気で言わなかったのだ。獅子の時とは違った、恐怖でも生まれたか? 貴様は何も考えず俺の言う通りに言葉を叫べばよい。人間の考えることなどわからんが、この前のようではやつを殺せん。わかったか? 貴様を殺してやりたいところだが、それができん以上せいぜい命令だけでも聞いてみせろ。話はそれだけだ」
 踵を返す煉錠。俯いた麻奈の頬をビル風が撫でてゆく。
 何を勝手なことをと、麻奈は思う。なんと偉そうな態度か――いや、今に始まったことではないのだが――そう思う。
 煉錠が人間の考えることをわからないのと同じように、麻奈もマリスのことなどわからない。殺し合うことを望むものがどこにいるというのだ。たとえ憎みあっていたとしても、いきなり殺すという結論は間違っているし、どう考えてもおかしい。
 麻奈がこの前本気で叫ばなかったと煉錠は言った。自分では本気で叫んだつもりだったが、そう言うのならばそうなのだろう。というかそれが本当のところであると思う。
 だが仕方がない。怖かったのだから仕方がないのだ。別世界の生き物であるとはいえ、命を持った生物である。それが己の意志で動いているのだから当たり前のように精神もあるだろうし、思うところもある。それが消える時に、何かが消失する時に怖さを感じるのは人として当然の感情なのだ。
 煉錠はそんなことを感じないのかもしれないが、麻奈は感じる。マリスとか、人間だとか、そんなことは関係なくとも、ここまではっきり感じるのだから、もしかすると煉錠も感じているのを嘯いているのではないかと、そんな考えまで浮かんでくる。いささか自己中心的な考えであるが、そう信じたい。
 嫌だと。殺し合うのではなく『良い』ことをして生き返ればいいじゃないかと、そう言おうと麻奈が口を開いた瞬間、
 影が差す。太陽はまだ出ているのに、雲はほとんどなかったのに。
 地面が揺らいだ。
 視界が狭まる。
 夕焼けの光が闇と混じり、吐き気を催すような錆びた空気が鼻を突く。
 気づけば曇りガラスのような世界が、目の前に広がっていた。
「ほう、丁度いい。生贄だ」
 翼を持った天使。見た目はそんな印象で、しかし口から突き出された嘴は禍々しくその印象をひしゃぐ。人形の鳥は奇妙な笑い声を上げて、ぐにゃぐにゃとありえないぐらいに曲がった電柱へと降り立った。
 背中から生えている翼と、両腕を覆う大量の乳白色の羽毛。顔を覆うほどの巨大な嘴がかくかくと動き、笑っているような印象を受ける。まさに鷲のような眼光はその上で厭らしく光って、下で見上げる煉錠と麻奈の間を行き来する。
 腕以外は羽毛で覆われているわけではなく、引き締まった肉厚的な胸板が少し気持ち悪い。逆三角形の体の割りに、その下の妙に細い足がやはり鳥なのだと思わせる。鋭い爪がきらりと光った。
 もはや何でもありなのだろうと、否定する思考を半ば強引にねじ伏せる。マリスというのはきっと多種多様な進化した人なのだと、映画なんかでよく見る改造人間なのだと思い込む。
「閻魔。さぁ言え、こいつを殺せと」
 煉錠が嬉しそうに言う。麻奈の気持ちなど、雌萌の気持ちですらわかろうとしない男が言う。
「ほほーう。お前人連れ? 難儀な野郎だねぇ」
「ふん、黙れ。今すぐに消してやろうよ」
 煉錠が片手を横に勢いよく広げる。後ろにいた麻奈にさぁ教えたことを言ってみろと、小さな背中が言っている。
「ほほほーう。変わった野郎だねぇ。ままま、逝きのいいやつは嫌いじゃない。どんな鳴き声で泣いてくれるかねぇ」
 電柱が揺れる。次の瞬間には空高く舞い上がった翼を広げ、右腕から映えた羽毛のようなものを引き抜いた。
 ぴしゃり。
 撓る一本の巨大な羽根が宙を打つ。折りたたまれていたのか。おおよそ腕の三倍はある巨大な羽根が意思を持ったように空中で踊っていた。まるで鞭のようにそれを操る鳥男(推定)の嘴がかくかくと揺れる。おそらく笑っているのだろう。
「俺の名は――」
 煉錠が怒ったように振り返った。
「さぁ閻魔、さっさと言え」
「やだ。殺すの反対です」
 しれっとした表情で言い返す。そうそう言いなりになってばかりはいられない。
「っほっほーう。この鞭は――」
 煉錠が眉間に皺を寄せ詰め寄る。そんな顔しても、子供には負けませんよぉ〜だ。
「貴様いい加減にしろよ。この状況でよくそんなことが言えるものだ」
「やですから。絶対殺せとか言わないもん」
 ぷいと顔を背ける。雌萌とは違う。麻奈は煉錠の虜でもなければ、部下でもないのだ。
「ほほぅ、何だお――」
「ふん。もういいわ。この程度のやつ、俺一人で十分だ」
 煉錠が踵を返す。鳥男は先ほどと同じく嘴をかくかく動かせているが、その様子が幾分早い。
「絶対殺させないから。止めるからね」
 改めて言う。殺させない。それが生きるための手段ならばなおさら殺させるわけにはいかない。珍しく麻奈の決意は固い。日頃のストレスのせいかもしれない。
「っほー、仲間割――」
「ふん、馬鹿め。貴様程度に俺が止められるか」
 嗤う煉錠と無視を決め込む麻奈。歪んだ空間に黒い影が羽ばたいている。
「…………」
 黙りこくった鳥男が地面に降り立つ。それはもう悠然と、しかしどこか寂しげに。
「どうした? 相手をしてもらえず欝にでもなったか?」
 おそらくわざとだろう。癇に障るきゃっきゃという笑い声を上げて相手の反応を楽しむ煉錠を、鳥男は黙って見据える。これ確実に怒ってます。
「どうした糞鳥野郎」
「俺の名前は速贄(はやにえ)だ!」
 一瞬の後に煉錠の姿が消える。
 しかしそれは煉錠自身の意思で動いたのではなく、動かされたための現象。
 激怒した速贄という名の鳥男は、重力を無視した動きで遥か上空へと『落ち』ていく。両肩に食い込んだ速贄の爪が動く度に、煉錠の肩に深々と突き刺さり赤い鮮血を空から降らせる。もがく煉錠を笑いながら、速贄は空中で鞭を撓らせた。
 ぴしゃん。空気を打つ音ではなく、明らかに何か形のあるものが打たれる音が空間に響く。
 ぴしゃんぴしゃんぴしゃん。絶え間なく続く音に悲痛の声こそ混じらないが、それは明らかに痛そうで、麻奈にしてみれば自分が鞭で叩かれているような、そんな嫌な感覚が耳を打つ。空中で絡みつくように煉錠の体を打つ羽根は、みるみるうちに無数の蚯蚓腫れを作り上げていった。
 ぴしゃんぴしゃん。
 視界が狭い。ビルの間であるから当然といえば当然だが、歪んだ空間ではそれがもっと極端に狭まっている気がした。さらに先が見えないほどに高く細くなっている両側のビルのせいで、かなりの上空にいるはずなのに視界に光がほとんど届かない。
 ぴしゃん。新たな蚯蚓腫れが刻まれた瞬間、煉錠の中で何かが弾けた。
――上等だ。丸焼きにしてやるよ、糞鳥が
 動かせば千切れそうになる肩口の傷など無視して背後に手を伸ばす。速贄の足を掴んだところで、引きちぎるほどの力が出ないのはわかっている。ならば切り落として取り外せばいいのだ。
 ずるり。煉錠の臀部から切られたわけでも、鞭で叩かれたわけでもないのに血が吹き出す。
 長く巨大な大太刀。棘のような鱗が無数に張り付いた、正に煉錠自身の武器が姿を現す。自身の骨であった部分を握り締め、頭上にいるであろう速贄に向かって勢いよく刺し出す。握り締めた両腕がやたらと重いのは、肩口の傷のせいだろう。両肩が軋んだ。
――おのれ閻魔ぁ!
 力が入らない苛立ちが頭を支配する。速贄という糞鳥も大きな原因であったが、言うことを聞かない麻奈の存在はそれ以上に煉錠のプライドを傷つけていたのである。今まで力を振りかざし、言うことを聞かないものはねじ伏せ殺してきた。華死乃の支配など興味はなかったものの、それはそれで煉錠の自尊心を高める要因にもなっていたのである。
 まぁ早い話が我儘なお坊ちゃま育ちであったというだけの話だが、煉錠の場合はそれがちょっと度が過ぎていたからどうしようもない。プライドというよりは、子供の駄々ともとれる思いだった。
 尾刀がむなしく空を切る。それと同時に解放された肩口の痛みと、重力を受けた体が地面へと急降下し始める。速贄の姿を目で追うが、暗闇と空中での不慣れな動きの中ではそれは不可能に近かった。地面へと速まる落下速度が煉錠の自由をさらに奪う。
 ふと、目が霞んだ。
 心臓の鼓動が妙に大きく聞こえ、それが実際に大きいのだと気づいたときにはもう遅い。止まらない流血のせいで、意識が朦朧とし始めていた。蚯蚓腫れだった部分が爆発するように弾け、そこから新しい血が吹き出す。考えるまでもなく、糞鳥の仕業であったが、煉錠の意識はもはやそれすら考えられないほど希薄になっていた。
 地面が近づく。速贄が攻撃を仕掛けてこなかったのは幸か不幸か。煉錠はそのまま波打つ地面へと激突した。巨大な大太刀が弧を描いてはじけ飛ぶ。(多分)アスファルトの残骸が派手に砕け、もうもうとした土煙が立ち込める。
「っほほっほーぅ。さぁて、随分あっけないねぇ」
 嘴が揺れる。楽しいのか、おそらくそうなのだろうが麻奈には表情を読み取ることができない。
――だって鳥だもの
 頭上で振り回される巨大な羽根の音が空を切り、速贄の笑い声に混じった。
 煉錠の心配をすべきなのだろう。虫男の時とは違い、圧倒的に負けているというのが正しい。獅子の時と同じくらいのピンチなのかもしれない。だが、なぜか。
 なぜか麻奈は煉錠を助ける気になれない。煉錠が死んでしまう、それはわかっている。そして、それはひどく抵抗のあるものだということもわかっている。自分の采配一つで全てが決まってしまうことが恐ろしかった。しかし――
 麻奈が命令を下せば煉錠は助かるだろう。その代わりに鳥男は死ぬのは間違いない。獅子のように、虫男のように、速贄は煉錠に殺されるのだ。
 それは避けられないのか。
 煉錠が闘っている時も、ここに来るまでも、この前の闘いからずっと必死に考えていた。殺しあう必要はないんじゃないかと。
 麻奈が悩む必要はないのかもしれない。あの時煉錠に会っていなければ、あの時名前を聞いていなければ、麻奈がこの状況に陥ることもなかったのだ。こんな考えをする必要もなかった。
 知らないところで起こっていることを知ってしまったから、理由はそれだけでは軽すぎたのだ。麻奈一人では到底決められない事を、否たとえ誰かの助言があったとしても決めきれぬ事を、煉錠は決めろと言う。
 抵抗だったのかもしれない。
 浅はかな、言い訳の、全てを煉錠のせいにすることもできず、ちょっとだけ思った現実逃避の兆しだったのかもしれない。煉錠が死んで、元の生活が戻ってくるのをほんの少しでも望んでいたのかもしれない。召喚術を成功させたいという思いを忘れていたのだと思う。
 今一度、あの出会いを後悔している自分がいた。
「――っは……、効かんな。貴様の攻撃なんぞより、どこぞの竜の咆哮のほうが身に響く」
 土煙が徐々に落ち着き、血で泥だらけになった煉錠が姿を現す。蚯蚓腫れが気持ち悪いほど、体中に浮き上がっていた。
「ほーう。強がりだねぇ、プリンス」
「……黙れ。変な喋り方をしやがって、この糞鳥め」
 足元がふらついていた。明らかにやせ我慢だということがわかる。速贄はとうに気づいている、だからこんなに余裕なのだろう。
「閻魔ぁ!」
 煉錠が叫んだ。速贄が動いた。麻奈の目が大きく開く。
「何でもいいから、俺に力を貸せ!」
 瞬間、煉錠の立っていた場所が破壊され波打つ地面が大きく揺れる。間一髪で避けた速贄の突撃を見定め、宙へと舞い戻った姿を追う。動く限り体は前へ、あの男を殺す前に死ぬわけにはいかなかった。揺れる地面を豪快に破壊して突き刺さっていた尾刀を握り締め引き抜く。片手で持つと重さを感じるのが歯がゆかった。
 瞳を見開いたままの麻奈は煉錠を見つめる。押せば倒れそうななりをして、必死に歯を食いしばり空中から迫る速贄を見つめる。体が動かないのか、それともぎりぎりまで見極めようとしているのか、すんでの所でその場を飛びのく。巨大な刀で地面を破壊し、その反動に引きずられるように速贄の攻撃を避ける煉錠の顔がゆがんでいた。
 満身創痍で動くその姿に怯えは感じ取れなかった。竦みも、迷いもない。あるのは苛立ちだけだと思っていた。
 煉錠の思考が流れ込む。
 深層心理か、それとも麻奈の勘違いか。そこにははっきりと彼の気持ちがあった。

『――助けてくれ』

 なんと口にすればいいのか。なにもわからぬままに叫んだ言葉でも、それなりの意味は持った。依然として殺し合いを認める気にはならなかったが、煉錠を見捨てることもできなかった。頭のどこかで、心のどこかで、複雑な思いが絡まり合う。
 一言では口にできない思いが堰を切ったように溢れ出す。
 断っておくが、けして愛情とか、そういった類のものではない。ただ艶川麻奈という人間の正義感、否、母性本能というのかもしれない感覚がそれを口にさせた。まぁ、いたって普通の言葉ではあるが、
「頑張って……」
 その言葉に十も二十もの意味を込めたつもりだった。
 煉錠の目に光が宿る。
 巨大な刀が迫る鞭を寸断した。

 顔を顰めた煉錠が、とりあえず嗤う。






第六話  「コンジョーがあれば乗り切れる」






「やだ」
 ぬっと眉を顰める煉錠。
 地面は揺れていないし、変な臭いのしない風も心地よい。薄暗がりなのは両脇にそびえている五階建てのビルのせいで、けして光がないわけではない。電柱もまっすぐに立っていて、薄汚れたゴミバケツからはしっかりと現実感が漂っている。
「貴様のせいであの糞鳥を逃してしまったのだぞ! 腑抜けたことを言いやがって。これではあちらに帰るどころか、あの男にも勝てん」
 そう言って煉錠はぶつくさと文句をいいながら踵を返す。麻奈もそれに続いた。
 煉錠のことであるから納得いかないのも無理はない。
 そうでなくとも妖獄界に戻る方法の一つを潰されたようなものであった。マリスを殺すことを完全否定した麻奈に従わねば力は出ないというのに、それに従ったところで当たり前のように相手を殺すことはできないのだ。速贄を逃がした時の不快感が煉錠の心に降り積もる。
 自分に逆らった相手は徹底的にぶちのめし、這い蹲らせてきた。力が全てだと、自分が正しいのだと思い込んできた。理念などという格式ばったものではないが、思うところはあるのだ。
 それが今一人の人間によって変えられようとしているのが許せない。速贄を殺すことを躊躇した自分の心が許せない。
 麻奈の言葉で力が戻った煉錠であったが、速贄を殺すことはできなかった。巨大な羽根の鞭を寸断し、あっという間に速贄を追い詰めたのであるが、そこから先がどうしてもうまくいかなかった。殺そうとすると急激に力が抜けていき、気づけば歪んだ空間からはじき出されていた。
 速贄と煉錠、両者がともにこちらの世界で戦意を喪失した際に起こる現象であるが、そんなことは知ったことではない。ともかくそのせいで速贄は逃げ、煉錠はどうするでもなく飛び去る後姿に文句を言うしかなかった。不明瞭な沈黙の後に残ったのは苛立ちだけで、どうしてこうなったかなど問うまでもない。
 麻奈のせいである。力が戻った瞬間に感じた違和感は煉錠自身の心をも支配し、あたかも自分が変わってしまった錯覚に陥らせた。殺すことはいけないことだと、体が勝手に拒否反応を起こしたのである。冷酷で、横暴で、強欲で、そこまでいかないかもしれないが、自分をそれは大層な悪なのだと誇っていた煉錠にとって、これは耐え難いことだった。
 ま、所詮餓鬼である。そういうことを考える時点で大層な悪ではないというのに。
 前を歩く煉錠はいかにも不機嫌そうに地面の石ころを蹴る。麻奈は溜息混じりに言った。
「だから、良い事して戻ればいいの。殺すのは絶対反対だから」
「それでは審龍を殺せぬだろうがっ! ――ちっ、かりにも閻魔と名がついているくせに……」
 ごにょごにょと言いつつも無理強いをしようとしない。言っても無駄だと思っているのか、もしくは面倒なだけかもしれないが、それで済ますのが麻奈にはちょっと嬉しかった。
 ビルの間から抜ける。夕闇まではまだもう少しかかりそうな、澄んだ茜色の空。電気店街は夜になると少し――否、かなりかも――怪しい雰囲気が増してくる。そろそろ帰ったほうがいいかもしれない。さくさくと歩き続ける煉錠に声を掛ける。
「そろそろ帰ろうね、煉錠君。あ、萌ちゃんだ……って、誰かに追いかけられてない?」
「あ? 知るか。帰るんなら勝手に帰れ、俺は別に貴様の家になど興味はない」
 よく言う。あれだけおやつを食べにくるくせに。それに萌ちゃん、襲われそうなのに。
 さくさくと歩き続ける煉錠に変わって雌萌を呼ぶ。
「お〜い、萌ちゃーん。こっちー」
 あぁしまった。後ろに控えている人達も向かってきちゃった。
 思わず煉錠の後ろに歩み寄る。
「た、助けてください煉錠様〜!」
「うるさいぞ! なんだ、その後ろのやつら……もしかして、マリスか?」
 違うから。似て非なるものだから。
「お願いだー、ご主人様って呼んで〜!」
「やだ〜!」
 煉錠を相手にする以外で困っている雌萌を初めて見た気がする麻奈である。


 少しだけだが、煉錠と馴染めた気がするのは気のせいじゃない。
 『心の繋がりが強くなっているから』だとか『麻奈には逆らえないから』だとか、そんな理屈はいらなかった。熱いお風呂でも時間をかければ入ることができるから。時間をかければ、仲良くなれると思うから。麻奈の口元が自然緩む。

 しかし麻奈は気づいていない。熱いお風呂に長時間浸かっていることができないことを。
 煉錠も雌萌も、振り返ればいつの間にかいなくなっているような存在であることを。







 いつでもどこでも風は吹く。
 辺鄙で窮屈で何の面白みがないところでも、風は起こすことができる。
 晴れ時々曇り後雨。何がどうあってそうなるのか。そんなことは分からずともこの世界では生きていける。晴れって、曇りって、雨って、まぁ平たく言えば天気って何ですか? な世界だから。
 風はあっても天気の変化は全くなく、錆びた空気だけが充満したここは妖獄界という世界。人外の生物、マリスという生物が住む土地で、もちろん決まりきったルールなどない。血で血を洗うものもいれば、血は洗うものじゃないよというものもいる。変人ならば適応できる、一面荒涼とした荒れた大地に漆黒の城がでんと聳え立つ。
 妖獄界の片隅、荒野の真ん中に華死乃という町とも村とも集落とも、そのまま城とも取れる場所。支配するものされるものの関係は意外にはっきりとしていて、それでいて反乱は少ない。あったとしてもそれを鎮圧することができる『力』を支配者が持っているからである。
 もちろんそれは支配者一人ではなくその配下のことも示しているわけで、たとえ支配者がいなくなったとしてもそう簡単にその均衡が破れるものではない。むしろ、いなくなったことで均衡がよりよく保たれる場合もある。
 現在の華死乃はそういう状況なのかもしれない。
 支配者不在の暗黒の城。光も吸い込むその色は、そこにあるだけで生きるものの生気を奪う。ほとんど窓の無い巨大な建造物は誰が建てたのか。朽ちることなくそこにあり続けるそれを、一体どれぐらい前からあるものなのかと想像するのは難しい。
 棘だらけのアーチを抜けて、真っ赤な血の池(?)のある中庭をさらにまっすぐ通り抜けると、馬鹿正直に造られている建物であるから容易に玉座の間へと辿り着くことができる。先ほどの血の池よりも赤い真紅の絨毯にはところどころ金色の刺繍が施してあるが、どれもこれも一様に同じものはなくある意味滑稽であるが、これも芸術というやつなのかもしれない。
 玉座の間は不必要に巨大な大広間となっており、その中央には成人男性ほどの大きさの凸凹な球体が置かれている。オレンジ色の光を奥に宿し、それはゆらゆらと蠢きながら形の悪い数字を作る。目を凝らしてようやっと読み取れるそれは五千三百十九という数字。
 グォォ……ン。
 その数字を見て難しい顔をする一匹の竜がいる。呟くような唸り声は抑えたつもりだろうが、腹に響く重たい振動がある。今しがた変化したその数字に牙を剥き、腹立たしさのあまりその球体を破壊してやろうかと考えているのは、ここ妖獄界華死乃で今は不在のこの城の主、煉錠という名の少年を慕う配下の一人であり、災帝(さいてい)の通り名を持つメスの竜。名を雅恋と言った。
――まただ、またあの馬鹿は良い事をしたな
 雅恋は収まらぬ腹の虫に歯噛みする。先ほどまでは五千四百三十三であった数字が一気に減った。三百十九であるから…………、考えるのも面倒くさい。とにかくまたあの馬鹿主は良い事をしたのだ。
 具体的に『良い事』というのがどんなことなのかは分かっていない雅恋であるが、言葉のニュアンス的に、それが妖獄界で煉錠のしていたことと反することだと分かっている――おそらくわかっているはず――彼女はすごいと言える。
「はっ、雅恋さんっぽい。静爆さん、雅恋さんっぽい」
「やかましいわ。俺まで頭が悪く聞こえるからやめろ」
 とことこと大広間に入ってくる蜥蜴と、その隣を鷹揚な態度で歩く熊。妙に甲高い声でぎゃぎゃあと喚く蜥蜴に苛立った視線を向け、手で押し離すようにして入ってくる。雅恋と同じく、この城の主を慕う配下の変幻と静爆である。
「雅恋様、おおよその事は調べ終えました。煉錠様をあちらに送った直接の原因となったあの鬼ですが、どうやら審龍という名のマリスによる手のものでございます。ですが――」
 ぴくりと雅恋の鋭い眼の上が動く。鱗ががさりと音を立てそうであった。
「審龍はもういないっぽい」
 縮んだ眉の筋肉が、今度は大きく緩んだ。驚いているようである。
「審龍の配下の生き残りか、もしくはその名を語って何かたくらんでいるものの仕業でしょう。変幻が言うには、直に何か起こるらしいのですが」
 静爆と雅恋が変幻へと目を向ける。見下すような、不信感をあらわにした目であるが、変幻は、この蜥蜴はそんなことを気にしない。
「あー、あー、疑いの眼差しは嫌いっぽい」
 否、気にしていた……。
「審龍は煉錠様の父であるとして、その配下はみーんな馬鹿っぽい。やたら強いであるとして、審龍の言うことしか聞かないっぽい。ちなみに審龍は賢いっぽい」
「それはちなみではないだろう。で、だから何だ?」
 ふぅと溜息をついて静爆が先を促す。どこから舞い込んだのか、ヒラヒラと舞う蛾を目で追い始めた変幻に雅恋が鼻息を吹きかけた。
「はっ、雅恋さんっぽい。――であるから、審龍の指図無しに配下は動かないであるし、これで終わるはずがないであるし、審龍自身も――」
「生き返るっぽい……ということか」
 蛙が潰れたような声と顔をして地団太を踏む変幻を無視して静爆が雅恋へと顔を持ち上げる。
 凛とした。そんな表現など到底似つかわしくない厳しい表情に、花を見た。なぜだろうか。嬉しそうに見える雅恋の表情は確かにメスであることを感じさせるものがあるが、その反面全てを食らいつくさんとする凶暴な雰囲気を放っている。
 弱肉強食の世界で、必ずしもオスが強いとは限らない。
 雅恋は思う。面白くなってきたと。
 争いから遠ざかって久しい。審龍という名は知らぬが、煉錠の父であるのならばそれ相応に強いはずである。幾ら強いといっても配下には興味が無い。煉錠をあちらへと送り、こちらに戻ろうと考えているのだろう。王政復古とでも言うのか? 馬鹿馬鹿しい考えだ。
 それでも受け入れてやる。強いというのであれば、この災帝に煉錠のような力を見せてくれるのであれば許してやろう。尤も、主は煉錠だけである。負ける気など毛頭ないが、そうした楽しみを持つのは自由であろう。
 煉錠よ、早く戻ってこなければ貴様の父親この災帝が頂くぞ。
――雌萌と良い事などしている場合ではないのではないか?
 色の悪いくすんだ鱗、黒をベースとした金色の巨体がほんの少しだけ揺れる。


 あぁ雅恋さん。勘違いやめようね。







 人気の無い閑散とした民家が立ち並ぶ道路をまっすぐ突っ切ると商店街がある。いくらかの十字路と、横断歩道にやはり人気は無く、信号機だけがピカピカと点滅を繰り返している。
 商店街を少しばかり歩いて、とある路地で曲がる。突き当りまで行くとどこにでもありそうな怪しげな扉がそこにある。そこを開けばもちろんその扉がついている建物の内部へと入ることができるのだろう。容易に想像できるが、鉄でできた扉は錆びまくっていて、触れば手が赤茶色になりそうなほど古い。
 しかしこれ、実は最近取り付けられたものである。
 この扉を開いたところ、人ではないものが経営しているお好み焼き屋の主の少し変わった趣向がそうさせた。一般の人が開けば何も無い壁に出くわすこの扉、そこの店主と同じものが開くときちんとお好み焼き屋に辿り着くようになっている。まぁ、こんな錆びた扉を開けようと思うものは小学生ぐらいであるのだが。
 さてさて、少しばかり興味が沸いたなら開いてみよう。今回は特別に繋げることにする。
 小学生ではないようだしね。

 ゆらゆらとおいしそうな湯気が立つ店内。焼きそばを蒸らすために注いだお湯が、熱せられた鉄板とぶつかって激しく音を立てた。鉄板の前でこてを構えている青年は格好からしてここの店主であろう。
 鉢巻か、それともバンダナか。その中間のようなものを頭に巻いて、エプロン姿の青年は楽しそうに口を開く。
「さぁて、鳥烏(ちょうう)も寸断され、体もボロボロ、かろうじて嘴は砕かれなかったようだな。どうして戻ってきた? ていうか、お前なんで死んでないの?」
「っーぅ。それはあんまりのお言葉」
 お好み焼き屋の店内で、見るからに怪しい男が立ち尽くす。というか男ではない。
 鳥?
 それも微妙に違う気がするから鳥男としよう。うん、それが一番しっくりくる。
「やつの側にいた人間。あいつは駄目ですねぇ。俺を殺す気は皆無でしたよ」
「速贄よ、ではなぜお前はあっちにもどっていない? ――しまった、焦げた」
 蒸らしていた蓋を開け、慌てて麺をひっくり返す。予想していたよりも焦げは少なく、なかなか良い感じだ。
「相打ちというか、よくわからないことになりましてぇ。殺されはしませんでしたが、その人間が何かやったようでっほぅ。……煉錠は強かったです」
 口が裂けても逃げ帰ってきたなどということはできない。焼きそばにソースを絡め始めた青年の顔色を伺う。
「っち。それにしても、お前なら躊躇しないと思ったんだがな――おっ、美味そう」
「っほ。それはあんまりの――」

 こてが鳥の首元を掠めた。真っ赤な血が吹き出す。

「ほら、躊躇しない」
 出来上がった焼きそばの上に真っ赤な液体が降り注ぎ、再び鉄板から煙が起こった。焼き鳥もいいものだと、青年は笑う。倒れこむ鳥男に既に意識は無く、魂を刈り取られたかのような顔で鉄板に口(正確には嘴であるが)付けをしていた。
「全く、どうしたもんか。麻奈ちゃんは――『人が悪い』な」
 ぱちぱちと燃え始めた羽毛を剥ぎとり、鳥男を鉄板から蹴り下ろす。役に立たないやつでも、使えないわけではない。使用価値はどんなに低くとも、あるのであれば使わない手は無い。
 煉錠がどの程度力を制限されているのか。艶川麻奈という人間がどの程度の器なのか。それらを確かめることはできたし、己の生き返るための糧にもなった。ともすれば焼き鳥にもできそうである。
 青年は、もとい妖獄界でほんの少し前(人間界でいえば太古という表現になるが)に名を轟かせていた審龍と言う字を持つマリスは目を閉じ、思考を巡らせる。我が子煉錠との出会い。どれほど待ち望んだか、どれほど口惜しかったか。
 当時妖獄界を震撼させ、『餓鬼の断獄』と呼ばれた男。たった一人のマリスのために、たった一度の想いのために、今審龍はここにいる。
 通常ならばうろたえたとしても大したことは無かったであろう。だが、置かれている状況が、戦中であったのがまずかった。
 伝えられた報に少なからず激昂し、少なからず哀哭した。我が子の勇ましさを嬉しく思う反面、憎さも我が子なだけに一入だった。伝えられた報はただの一報、至極当然のことであった気がする。
 母を殺した……と。
 返り咲く――とは思っていない。
 煉錠を憎んではいない。そう、憎んではいないのだ。それが親の務めであるし、そうなった原因は全てこちら側にあるのだろう。煉錠がどのように成長し、どのように妖獄界で生きているのか。時折入る部下からの話で少しばかりは満足できていたが、やはり実際に会うとまた違うものだった。
 もしも、もしも煉錠が自分の足元にも及ばなければ有無を言わさず殺してやろうと、そう思っていた。しかし、何をどう間違ったか? あいつは力を制限されているという妙な状態で目の前に現れ、そのせいか随分と柔らかな目つきをしていた。
 父越えを目指しているものだと、血眼になって捜しているものだと思っていただけに意外だった。
「おっと、焦げちまう」
 ソースの焦げ始めた匂いにはっとして目を開き、慌てて皿にうつす。少し焦げてしまった。
「どうしたもんか、麻奈ちゃんをその気にさせないと……煉錠には気の毒だな」
 暫く待ってみようと思った。力を推し量ることもできず、ただ話すだけであったこの前、そう思った。煉錠の強さがどれほどのものなのか、それはさっぱり分からなかったが、こちら側の食事をあれだけ食べることができるのだ。そこそこはできるのだろうと察しがついた。
 全力で父越えをさせる。そのためにも艶川麻奈の協力は必要であった。
「まずいな」
 当たり前である。焼きそばソースに代わって鳥の血が降りかかり、しかもそれが焦げたのである。食べられたものではない。
 しかし、それでも無理やり嚥下して、涙の溜まった目で審龍はほくそ笑む。これから起こるであろうことを考えると楽しくて仕方がないといった感じで。


 確固たる決意は決まっている。
 ずっと以前から。

――もしも煉錠が俺を殺すことができなければ、俺は妖獄界を統べるものとして甦る







――第二条件は妖獄界やその他の世界との関わりを持つこと

 目を閉じて集中する。

――麻奈ちゃんはもう第一条件さえ満たせれば成功させることができるんだよ

 頭の中を空白にするイメージで、精神を集中させる。

――自分には必要がなかったとしても、必要としている者のための願い。それが人間が召喚術を成功させるために必要な第一条件さ

 せいしんをしゅうちゅう……ってどうやるんだろう?
 雑念が生まれ始める。
 それからたしか、他にも条件があったような……
 初めは小さかった穴も開いていると気になって触り始める。ふとした弾みでそれがつい広がって、次第に繰り返される内に大きくするのが役目のようにも感じてくる。雑念が、頭の中で騒ぎ始めた。
「あぁ、だめだぁ。やっぱり無理かぁ」
 ポンと溜息。頬に若干の空気を溜めて、不満の色を一人表す。誰が見ているわけでもなく、可愛いといわれるわけでもないのに、麻奈のちょっとした癖だった。
 一人暗い部屋で(そこは可愛らしく)アロマキャンドルを焚いて、召喚術の本片手に目を閉じる。ぶつぶつ独り言を呟いては、やはり駄目だとへたり込むのは何度目か。たまに体育座りでいじけてみたりもするが、やはり誰かが見ているわけでもなく麻奈のちょっとした癖である。
 さて、覚えているかどうか微妙なのでふりがなつきで書く。麻奈のことを密かに恋焦がれている二年一組の男子、厚木隆(あつぎたかし)少年ならば「大丈夫だよ麻奈ちゃん」ときっと慰めの一つもかけて、そこから色々と妄想を膨らませるのであろうが、誰もいないこの空間で麻奈のやっていることはアホ丸出しであった。
 煉錠と雌萌は麻奈の家で生活しているわけでもないし、部屋に居座っているわけでもない。いつも麻奈はこうして一人で召喚術の練習をする。もちろん今まで成功したことなど一度も無い。だが、煉錠とあってから、青年と会って話を聞いてから、麻奈のこの習慣は確固としたものとなった。失敗しようがなんだろうが、もうこの情熱は止まらない――……古い何かの文句みたいだ。
「個々の命を持つ者よ。たった一つの生命に、耐えることなき欲望と混乱を宿す者よ。望むのならば我も介そう。更なる高みへ導くために……コンジョー――九竜」
 とりあえずコンジョーって何? 根性で出て来いって事?
 効果音としては『しーん』だろうか。否、『し〜ん』のほうがいいかもしれない。
 浅はかだと笑われることもしばしば。最近は麻奈ですらこの本を安っぽいと感じてしまうこともある(もちろん情熱はあるのだが)。
「はーぁ……ま、そのうち出来るよね。よし、寝よう」
 開き直ったか。はたまたどこまでも能天気なのか。
 アロマキャンドルを消して麻奈はベッドに潜り込む。麻奈は飽き性ではないし、根性が無いわけでもない。この感じで日々続けていたら『いつか』は(それがいつになるかはわからないが)成功する時が来るかもしれない。
――コンジョーコンジョー、頑張れば出来るよね

 動き始めたそれぞれの思惑の中で、麻奈の考えだけはぷかぷかと宙を舞う。






第七話  「わがまま」






 嫌いな生き物第一位はゴキブリ、第二位は蛇で、第三位は今目の前にいます。

 艶川麻奈、私立千瑠璃高校二年のれっきとした女子高生。今日はくるくると丸めたお団子の髪の毛をほどいて、代わりに粽のようにして縛っている。染めてはいないが、日に当たると少しだけ赤茶色になる黒毛が自慢だが、密かに高校を卒業したら染めてみたいなぁなどとも考えている。
 亜麻色の瞳の上で踊る長い睫毛は少しばかりの色気を醸し、それほど大きくない胸にはやはりちょっとコンプレックスを抱いていたりもする。化粧はしていなくて、どこにでもいる普通の(頭はそれほど良くないが)真面目な女子高生である彼女が今立っているのは、どうにもおかしな揺れる地面。
 別に何かのアスレチック広場ではないし(というかそんなところにもこんなものは無いだろうが)、そもそも明るいはずの空は黒ずんでいて、もう朝の八時頃だというのに太陽が出ていないのである。
 妙に細長くて、ありえない形で捻じ曲がっている電柱。押しつぶされたような家や、商店。確かにここは商店街だったはずなのに、煉瓦模様の道路は波打っていて頭上にあったアーチは見えないぐらいに高いところにある。全体的に視界がオレンジ色にぼやけたような、はっきりとしない歪んだ空間には生ゴミのような臭いが漂っている。
「どうした閻魔、貴様また殺さんとでも言うつもりか?」
 よく目にするのは緑色で、指よりもちょっと小さいぐらいのやつ……嫌いな生き物第三位。
 だがしかし、今目の前にいるのは黄色くて、ゆうに二メートルはあろうかという巨体を持っていた。もしかして自分の知っているものとは違うのではないか。嫌いな生き物第三位とは違う生物なんじゃないかとも、一瞬だけ思った。でもそれは一瞬で、第三位で無いならば新第一位に輝けるほど嫌いなものだろうという結論が考えるより先に直感で弾き出される。
 脂肪を寄せ集めたような体をして、締まりの無い口から垂れ伸ばされた長い舌が時々動く。ぬめぬめとした肌には脂ぎったてかりがあって、水かきのついた小さな手足は腹から突き出した感じでちょこんと乗っかっている。目はあるだろうが、気持ち悪すぎて見ていない。呆然と前を向いてる麻奈の目に入ってくるのは長い舌と、巨大な腹だけだった。
 斑模様が気持ち悪い超巨大な蛙。麻奈が大嫌いな生き物の一つである。ランク付けにそれほど優劣は無く、第三位であろうが無かろうが気持ち悪いものは気持ち悪いのだ。しかもこれほど巨大であれば、やはり気持ち悪さは遥かに一位を凌いでいた。
「あ……や」
 声が出ない。
 気持ち悪すぎるのだ。見ているだけで吐き気を催し、朝食べた朝食が戻ってくるのを感じた。もう嫌だ。
「は? 何を言っている? はっきりと喋らんか」
 煉錠の苛立った声が耳に届くが、気持ち悪すぎてそれどころではない。どうにかして我慢しないと、吐きそうだった。
 吐けばいいではないかと思うかもしれないが、それは少し酷な話である。たとえここに麻奈以外の人間がいないといっても、花も恥らう十七歳の乙女である。それは出来なかった。
「げげっげ」
 麻奈ではない、もちろん蛙である。吐き気が増した。笑ったのかなんなのかよくわからない蛙言葉が麻奈の胃袋を激しく揺さぶる。重い鈍器でお腹を殴られるよりも堪える声だ。
「っち、げろげろ言いやがって」
 舌打ちをして煉錠が麻奈を見やった。両手で口を押さえて、波打つ地面に膝をついた様子がなんとも惨めで、またこんなやつに力を奪われているのかと思うと腹が立った。役立たずは見ているだけで殺したくなる性分である。
「……このボケがっ」
 麻奈が何も言わない以上己の今の力で何とかするしかない。蛙に劣っているとは思わないが、もどかしかった。
――この糞蛙め
 煉錠の体がふわりと浮かぶ。地面を破壊するほどの強靭な脚力で、あえて緩やかな跳躍をする。麻奈への配慮か、それとも力の温存かはわからないが、今までの煉錠とは少し違う動きである。遥か上空まで、羽根を広げるように両手を横に伸ばし、悠々と飛び上がる。
 高すぎるアーチには届かないが、麻奈が十分米粒に見えるほどの高さまで来て一呼吸する。妖獄界の空気にかなり似ているからこの空間は嫌いではない。
 高くまで飛び上がった体をゆっくりと蛙の方向に転換させながら、真下を見やる。大蛙が虚ろな目を向けてこちらへと舌を伸ばそうとしているのが分かった。動くのが億劫なのだろう。大きく裂けた口から舌が伸びる。
 どこにそれほどの舌をしまっていたのかと思うほど長い、それは妙な糸を引いて空中を器用に乱舞した。蛙自体が動かない分、その舌はかなり俊敏にかつ軟らかい動きをする。空中でうまく身を捩じり、迫る舌を時折はたいて何とか捕まれることを防ぐ。力はそれほど強くないらしい、強引に煉錠の動きを止めるだけの力が舌には込もっていなかった。
 ふと思う。虫男、鳥男の時よりも体がスムーズに動いていることを。空中であれほど動くことがままならなかったのに、今現在はいささかの抵抗があるとはいえあの時ほどではなかった。十分に、この蛙相手であれば空中でもやりあえる。
 蛙の舌が再度煉錠を狙う。随分ゆっくりなように感じられるそれを見定めながら身を翻す。何度も伸びてくるそれは近づくたびに腐臭がした。この空気よりもかなり酷く、嫌な臭い。躱す度に粘液が体に纏わりついたが、何の問題も無い。酸でもなければ毒でもないらしい。
 蛙の頭まで後数十メートル。背後に手をやった。いつの間にか、ハーフパンツの間から覗いていた尻尾を鷲掴む。
――殺してやるよ
 自信に満ちた笑顔が煉錠の顔に浮かび上がる。
 ずるり。
 鮮血が飛び散る。骨が砕けた。身が裂けた。
 鱗を何十にも張り重ねたような禍々しく巨大な刀が姿を現す。煉錠自身の自慢の武器、姿を現す度に悪寒が走る――心地よい悪寒が。
 振れば全てを傷つけるであろうその刃は己の鮮血で赤く染まっている。暗黒を掻き消してしまいそうなくすんだ白は見方によって色を変えた。絶望の色を相手に見せる、絶対の力。
 少しばかり重みを感じてしまう己の腕に嫌気が差し、先ほどの空中での優越感が頭から吹き飛ぶ。そして甦るのはやつへの憎しみ。
――おのれ閻魔ぁ
 目前まで迫った蛙の頭めがけて尾刀を振りかざす。蛙の脳天に突き刺すように。突き立てて抉ればこの腸が煮えくり返る苛立ちも少しはマシになるだろう。
――八つ当たりで死ね
 あらん限りの力を込めて、両腕で尾刀を突き下ろ

 時間が止まったのかと思った。

 蛙の脳天へと向けていたはずの腕が止まり、バランスを崩した体が無様な格好で落下する。
 何が起きたか分からぬまま、両腕で尾刀を振りかざしたまま、煉錠は目だけを動かし蛙を睨みつける。大きく裂けた口から気味の悪い声が聞こえた。舌打ち一発、歯が欠けるほど歯噛みした瞬間に、地面と激突する。
 口は切らなかった。歯噛みしていたのが良かったとかそういう問題ではない。波打っているとはいえ、煉瓦模様の道路は当たり前に硬い。ほとんど頭から落ちて、首の骨を骨折していないのはどういうことなのか。ただ頭は切ったようで、煉錠の頬を赤い液体が伝った。砕けた地面から少しばかりの土埃が舞い上がる。
 肩を回す。首を動かす。尾刀も特に異常は無い。立ち上がった煉錠に再び迫ってきていた蛙の舌を切り裂いて確認する。
――何だというのだ
 攻撃を受けたはずもないし、調子が悪いわけでもない。落下の衝撃で体が動くようにはなった。突然の硬直の意味は依然として分からないが、もうそれもないだろう。目を閉じ、一息吐いて地面を破壊し、目の前にいる脂肪の固まりに突撃する。肩に乗せた尾刀の重さが依然として腹立たしい。
 空中から悠然としていた状況と打って変わり、高速の移動が地面を破壊する。
 再生するのか、先程切り裂いたはずの舌がまた攻撃を仕掛けてくるのを躱しながら、波打つ地面を滑るように動く。相変わらずの気持ち悪い粘液が躱す度に体に纏わりつくが、構わずにより強く地面を蹴り、尾刀を握る両手に力を込める。糞蛙は先からその場を動いていない。ただ舌だけがその代わりに激しく煉錠の行く手を阻んでいた。
――太りすぎだ、馬鹿め
 一瞬の爆発。足元で起こったそれとともに、煉錠の姿が消える。空間を切り裂く尾刀の音が響き渡り、次の瞬間には蛙の背後から零れる笑い声がそれを掻き消した。大きな刀が弧を描く。
 一閃。
 棘の付いたおおよそ刀とは言いがたい武器が、一筋の軌道を描く。巨大な黄色い脂肪の塊に食い込まれたそれを見やり、抉り取るように引き抜く。ぬめりとした感触が尾刀を掴む煉錠の手へと伝

 再び。時間が、止まる。

 二度目のことであるため、先程よりも早く状況を把握することが出来たが、それでも理解はできない。瞬間、ほんの一瞬だった。コンマ何秒か硬直していた棒立ちの煉錠に、巨大な舌が絡みつく。身動きの取れない状態のまま持ち上げられ、背中から地面へと叩きつけられた。
 轟音とともに煉瓦模様の地面が砕け、土煙が涌き立つ。
――……何だというのだ
 意識が戻り、体の硬直が解けた瞬間にそれを振りほどけば、今度は目の前に迫る巨体。
 動かなかったはずの糞蛙が、地面を押しつぶすようにして迫ってきていた。混乱する頭で尾刀をその腹に突き立てるが、先ほどと同じぬめりとした感触しか伝わらず、手応えが無い。
 しまったと思った瞬間には遅かった。弾かれ空中に投げ出された体にべとついた粘液、ようやっと頭が理解した。このせいか。視界の片隅で、尾刀が地面に突き刺さるのが見えた。
 粘液が体の自由を奪う。乾くと硬化するそれに気づくのが遅かった。
 体の硬直とともに、蛙の舌が足を掴む感触が伝わる。空中で吊るされた形を崩せぬまま、再び地面へと叩きつけられる。力任せに頭から叩きつけられれば、当たり前のように意識が飛んだ。こちらの世界へと来てから味わうようになった『痛み』という感覚が、煉錠の体を痺れさせる。

 ごつっ。
 頭が……痛い。


 ごつっ。


 視界が赤いのが当然のように思う。
 先ほどからもう何度この衝撃を味わっているのだろうか。動こうと思えば動けるのだと、それだけを考えている。そろそろ殺してやる、そろそろ飽きたなと、そんなことをずっと考えていた。ごつっ。
 だが実際のところ、今の煉錠には蛙を殺すどころか、蛙の力から逃れる力すらもはやなく、そう考えることだけで寸断された意識を保っている状態である。頭から流れる血で穴の開いた地面に水溜り(血溜り)が出来ていた。視界が赤みを増す。
 ごつっ。
 それほど時間は経っていないが、何度か気絶している煉錠にはかなりの時間が立っているように感じられた。殺して……やる――意識を保つための言葉も曖昧となってくる。
 棘だらけの尾刀が視界の片隅にある。手を伸ばせば届きそうな、そんな位置で、
――……よく見ればその先に人間がいるではないか
 べそをかきながら立ち上がっている……女? 口元を拭っているようにも見えるが、どうでもいい。
――誰だあいつは? 
 考える。頭に響き渡る衝撃のせいで記憶を引き出すのに集中できない。
 女……人間……ごつっ。
 衝撃が意識を刈り取る。思考の邪魔をする頭痛と衝撃に苛立ちが――苛立ち……、
「閻魔ぁっ!」
 爆発したように叫ぶ煉錠の声を聞いてびくっと竦む女。波打つ地面へと叩きつけられる赤い視界で、その人間の名を呼んだ。震えながらも何かを言ったようなそんな絵が脳内に叩き込まれる。
 視界が急激にはっきりとするのがわかった。
 ミチッ。
 蛙の下を掴んだ煉錠の両腕が大きく離れる。それと同時に、筋繊維が切れる音が若干耳に届き、舌に掴まれていた体が空中で羽根を生やしたように自由に動いた。
 千切れた蛙の下を掴み、力任せにぶん投げたのは妖獄界の竜神子。華死乃のプリンス煉錠はゆるりと地面へ降り立つと、呼応するように飛んできた大太刀を片手一本で悠々と振り回す。
 先ほどまで流れていたはずの血液が止まっているのは何なのか。大層な瘡蓋を引き剥がし、今投げ飛ばした蛙が起き上がる砂煙へと足を踏み入れる。尾刀を持っていない片手には燃え盛る黝い炎がちらつき、けして消えない地獄への松明を作り上げる。
 投げ飛ばされただけだった。投げ飛ばされ、地面へと打ちつけられただけであるのに、このダメージは何なのか。理不尽だとか、化け物だとか、そんな言い訳は到底意味をなさない。このものに攻撃を仕掛けてしまったことが最大の不運であったと、己の眼力の軟弱さに辟易するしか道は無い。
 再生した舌を口から伸ばし、向かってくる餓鬼を掴もうと襲い掛かる。あれほどの傷を負っていたのだ。もう力が残っているはずが無い。やつはもう死ぬ寸前なのだ。自分に言い聞かせる言葉はげげげっという下卑た声となり煉錠の耳にも、麻奈の耳にも届く。
 ゆっくりと歩み寄る煉錠の姿が、砂煙の中でうっすらと見え始める。何重にも、入念に舌を絡みつかせた。歩いているのが疲れている証拠。負けるはずが無い。そう信じて疑わない。
 巻きつかせた舌に抵抗を示さなかった煉錠は片手に持ち上げた尾刀すら動かせない。蛙がそう思うのも無理はなかった。
 舌が弾け飛ぶ。
 まるで何か爆発物でも仕込んであったように、綺麗に弾けとんだ肉片は空中で燃えて炭と化す。
 何も必要ない。こうなった煉錠には何も必要なかった。
 己の体一つあればどんなものにも負けはしない。それだけの力と自信がある。
 舌を粉々にされて襲い掛かってくる黄色い巨体にも何も感じなかった。炎が燻る左手を突き出し距離を測る。額の逆十字の刺青が青く光った。
 蛙の四肢が飛ぶ。
 砂煙だけが煉錠の行った行為を分かっていて、見ている者には――否、された者にも分からぬスピードで振りぬかれた尾刀が、ぬめりとした蛙の四肢を削ぎ落としていた。瞬きすら許されないその一閃で蛙の頭でも敵わないということが理解される。ぼとりぼとりと落ちた手足は、溶けるように地面と融合していく。
 おそらく、他の姿形であれば死ぬことは無かったろう。おしむらくは己が蛙であったということ。不運だと嘆く以外に無い。もう動かない蛙が、げげっと声を立てた。麻奈が泣きながら口元を押さえる。
 動けなくなった丸い玉。黄色い巨体の八割を占める巨大な腹に手を当てて、煉錠は堪えきれない笑みを顔に浮かべる。悪戯小僧のような、でもどこか悪意を秘めた、最悪の餓鬼。煉錠の左手に溜まっていた炎の燻りが、蛙の体へと引火する。
「地獄の門も鍵次第――貴様のようなデブでも、入れるやつを用意してやる」
 漆黒の扉が開く。ほんの少しの希望の光さえも閉ざされた暗黒の空間。油のせいか、激しく燃え始めた蛙の体をさらに切り刻み、煉錠が嗤う。
 踵を返せばその瞬間に歪んだ空間は元に戻り、片手に握っていた大太刀も消えた。低いアーチのある商店街は春の朝、まだ涼しい空気とお店の活気で賑わっている。
 門から這い出した手がその燃え盛る肉片を鷲摑みにして戻っていった。
 その光景から目を逸らしていた麻奈は涙を拭う。目の前には学校に向かう生徒の姿がちらほらある、いつもの商店街なのだからこんなところで泣いているわけにはいかない。
「よくやったぞ閻魔」
 場違いな場所で、場違いな言葉を投げかけないで欲しい。関わりたくないし、誉められても嬉しくない。ほら、萌ちゃんがあんな目で見るし。
 涙が乾いていく。断っておくと、今回に限っては殺してしまったことを悔やむ涙ではない。迷いが無かったといえば嘘になるが、殺したくなかったというのも嘘になる。殺すことに抵抗は無かったというのが正直な気持ちかもしれない。
 ではなぜ泣くのか。涙の理由は、……言いたくない。口元を拭う麻奈にこれ以上の恥は辛すぎる。大分前に書いたが、花も恥らう十七歳の乙女である。
「だがどうして、今回は殺せたのだ?」
 口を開きたくなかった。ほらもう、萌ちゃんと話しててよ。
「どうしてだ?」
 何度もしつこく聞いてくる。確かに殺さないとこの前いったのにも関わらずであるから仕方が無い疑問かも知れない。煉錠の思考を完璧に把握は出来ないし、おそらくどうでもいいことなのだろうに――しつこいなぁ。答えなければクラスにまで乗り込んできそうな勢いだし。
 溜息が零れる。
「――……蛙は嫌い」
『とんでもないやつだ』という非難はやめて欲しい。





 私立千瑠璃高校二年一組。
 おかっぱ頭で童顔だが頭の中は取り替えて欲しいほど秀才な神奈川未来と、ヒラヒラと舞う肩までの茶髪に元がいいのをさらに増徴している薄粧顔の学年のマドンナ金原千恵美と、まっすぐのロングヘアーにちょこちょことぴん止めされたヘアピンが可愛らしいアクセントをつけている清楚な優等生徳川麗と、頭は良くは無い(けして『悪く』も無い)けど容姿はそれなりに整っていて惚けた発言が男心をくすぐる男子嫌い(本人は苦手だという)艶川麻奈がいるクラスである。
 それなりに濃いメンバーが集まったクラスだと思うかもしれないが、そんなことはない。身内だけが知っていることも多々あり、どこにでもある普通ののんびりした私立高校の一クラスだ。ちなみに今は現国の授業中である。
 そんな中、隣り合わせの机で厚木隆少年と櫛田智治(くしだともはる)少年は、授業の内容もそこそこにそれぞれ二人の女子生徒を見つめていた。まどろみのある春の午後である。惚けていても味がある。
(いいなぁ、やっぱり)
 小声で厚木少年が言った。小柄で身長も低く、スポーツはそこそこ勉強もそこそこな、マイナー高校生である。長い前髪が鬱陶しい。
(いい。授業中しか見れない眼鏡姿が限りなくいい)
 あほな会話だ。笑いが吹き出しそうになるが、そこは我慢。この二人はいたって本気であるのだから。
 櫛田少年は勉強はまぁそこそこ悪いが、スポーツはまぁそこそこ出来る。厚木少年に負けず劣らず、マイナー高校生である。刈り上げた坊主頭と、長いもみ上げが幾らか男らしさを出しているが、鼻の下が長いのが玉に瑕。
((いい))
 二人の声がシンクロする。その虚ろな表情だけ見れば気持ち悪いこと請け合いだ。
 厚木少年は艶川麻奈を、櫛田少年は神奈川未来をそれぞれ見つめる。ともに二人にとっては高嶺の花。どうやっても手の届かない位置にあるならば、こうして見つめるぐらいはいいだろう。こうして授業そっちのけで、いろんな表情を見せてくれる二人をばれないように見つめるのが二人の日課である。変態とか、盗撮とか、そんな趣味は持っていないので健全な男子生徒であろう。
 そう信じたい。
(いいなぁ……って、そうだ。聞いたか? 三組の伊賀元、徳川さんと付き合ってるんだって)
 声を潜めて思い出したように、だが視線は麻奈を捉えたまま厚木が言う。いいなぁ、羨ましいなぁという感情は篭もっていない。彼はあくまで麻奈一筋なのだ。相槌を打つ程度に櫛田少年が答える。
(へぇ〜、十へぇ。あっ、眼鏡外した……悩んでる姿もいいなぁ)
(俺らも無理かなぁ……あぁ麻奈ちゃん、また何かノートに書いてる)
 二年三組の熱血漢、伊賀元吾朗が徳川麗と付き合い始めたのはつい先日のことである。(部活のせいで)人が少なくなってきた夕暮れの教室で、逆光を浴びながら真摯に告白した大柄な彼は、人生初の告白で初の彼女をゲットしたのであった。マドンナ千恵美よりも真面目で純粋な分、徳川麗との交際を羨ましがっている者も多いと聞く。
(で、お前それに便乗して告白すんの? 無理でしょ)
(はぁぁ〜。ま〜なちゃ〜ん、って呼んでみたいなぁ)
(お〜い)
 授業終わりのチャイムが鳴る。それと同時に二人の妄想タイムも終わりを告げる。
 が、この時。
 この光景を見ていた一匹のマリスが何かを企んで笑っていることに二人は気づいていない。





「煉錠様、早く生き返りましょう。雌萌めはそのために良い方法を思いつきました」
 屋上で昼寝をする煉錠に雌萌が明るく話しかける。千瑠璃高校の屋上は解放が禁止されていて、通常誰も立ち入ることはない。そこで、のらりくらりと暇を潰し、時には人間の動いている姿を眺めたりなどするのが煉錠達のこちらでの過ごし方である。腹が減れば教室に忍び込んで適当な弁当を貪ったり、食堂から拝借したりと、何をするにも事欠いていない。
「何だ、言ってみろ」
 仰向けに寝転んだ煉錠の側に進み出て正座をする雌萌に先を促す。
「馬鹿な人間の願いで遊びましょう」
 むふふと目を細める。正座して露になった太ももを顔の真横にして、煉錠はなおもやる気なさげに尋ねた。
「それで生き返るのが早くなるのか?」
「はい、きっと」
 良い事をしましょう、などと言っても動くはずがない。むしろそう言ってしまえば、てこでも動かなくなるだろう。願いを叶えるだの、そんなことは口が裂けても言えない。
「で、どうするのだ?」
 煉錠が体を起こしたのを見て、にこりと雌萌は目を細くする。興味を示した煉錠に近寄り、ごにょごにょと耳打ちをした。耳に触れた瞬間にびくんとする煉錠様が愛しい。
「本当にそんな事で減るのか? それに大して面白くもないぞ」
「大丈夫です。きっと面白くなりますから」
 嘘をついている。自分は今愛しい主に嘘をついているのだ。胸がちくりと痛んだ。
 雌萌は今朝のことから少しばかり拗ねていた。最近煉錠と麻奈の関係が自然で――嫌だ。雌萌の正直な気持ちである。
 違和感のなくなってきたツーショットも、自分の入れない戦闘空間のことも、全てが悔しい。
 煉錠が話すことが麻奈のことや、話しかける相手が雌萌ではなく麻奈が主体となっていることもその要因だった。けれどその事で煉錠を非難することなど出来ない。自分だけを見て欲しいなど、思い上がりも甚だしい。態度には出せないし、口にも出せない。日増しに想いだけが強くなっていく。
 煉錠が麻奈のことを気に入っているわけではないということは分かっているし、好きだということなどありえないのも分かっている。
 煉錠に尽くしているのは自分の勝手な一存で、そうしろと言われたわけではない。煉錠がこういったことに興味を持たないのもわかっている。でもやはり、こうして一方通行が続いていた中で、少なからず(異世界のものであるからであるが)興味を示す煉錠を見るのは、辛かった。
「まぁ、暇だしな。やってやろう」
 暫く考えていた煉錠であったが、時間にしてみればそれはほんの数十秒のことだった。決断を聞いて雌萌が立ち上がりお辞儀をする。
「ありがとうございます」
――人間は人間同士でくっつけばいいんだ
 雌萌の耳がぴんと揺れた。風に伴ってスカートが捲れても、煉錠は何の反応も示さない。





 放課後。思いつめた顔をして厚木少年は掃除に取り組む。何もかなりの綺麗好きとか、内心を上げるために掃除は頑張っているとか、そういった理由ではない。
――一世一代の告白
 それが目前まで迫っていると思うと、気が気ではなかった。厚木少年にしてみれば思いもかけないことであったし、これほどまでに現実味のある恐怖と言うものは今まで味わったことがなかった。
 自分の決断に櫛田少年はついていくと言うし、何より妙な自信が心の中で高鳴っていた。五時間目の終わり、トイレに足を運んだ際から続いている。誰かに会ったような、だがしかしそれが誰か思い出せない。思い過ごしかと思うが、妙にはっきりとした確信を持っているのはそのせいであると思って仕方がない。

 五時間目の休み時間、トイレで何があったのか……。



「おい、閻魔のことを手に入れたい人間というのは貴様か?」
 突然掛けられた声に反応して振り向くと、そこにいるのはどう見ても高校生ではない少年だった。
 制服は着てないし、身長も低い。幼い顔立ちだが若干声変わりをしていそうな感じからして、中学生一、二年といったところか。額に大きな刺青をしているのと、目つきの悪さや態度からして不良生徒なのかも知れない。高校に無断侵入しているわけだし。
「ぇっと、君は?」
 随分と落ち着いて反応できている自分に少し驚く。
 相手が年下であるという意識が、厚木少年にめったと持てない自信と呼ばれるものを持たせているのかもしれなかった。
「俺はれ――そんなことはどうでもいい。貴様は、閻魔を手に入れたいのだろう?」
 何か事情があるのか。名前を言うのをやめた少年がきつい口調で問いかける。
「えんま? えんま、って……もしかして艶川さんのこと?」
 こくりと少年は頷く。
 麻奈のことは大概調べつくしている。いや、こう言うと御幣があるかもしれないので言い換えると、艶川麻奈という女子生徒のことは興味を持っているので自然と耳に入ってくる――変わらないか。
 彼女が仲間内でというか、徳川さんにそう呼ばれているのは厚木少年の中では周知の事実であり、自分もそう呼べる仲になりたいと願ってやまないので、その言葉を聞けば自然と麻奈のことが頭に浮かぶ。
「手に入れるって――艶川さんと、その」
「自由に扱うということだ」
 自由に扱う? それはつまりと考えて、脳内から流れ出た興奮物質を必死に抑制する。いかんいかん、妄想癖は治さないと。
「いやぁ、僕には無理だよ。艶川さんは可愛いし、僕はあんまり目立たないタイプだし。それに話したこともないし――」
 少年の眉がぴくりと動いた。
「艶川さんの周りは美人ぞろいだし、彼女自身あんまり男子と話さないし、それに――」
――何だこいつは
 雌萌に言われたことをすればいいだけだが、このカスを見ていると無性に腹が立つ。よくわからない言葉――可愛いだの、美人だの――を並べるだけで、結局何が言いたいのだ?
 もじもじと照れくさそうに体をくねらせながらあの女のことを話す目の前のこいつはどう見ても男で、ならばなぜこんな風なのかと考えてみるが一向に分からない。とりあえずこいつとは関わりたくないと、本能がそう結論付ける。
「閻魔は貴様のことを好いているらしいぞ。それだけだ」
 開いた窓から少年が飛び出す。
「――え? ちょっ」
 言うや否や窓から飛び出した少年を追いかけたが、直になぜ自分が窓に向かって走っているのかも分からなくなり、先ほどまで何をしていたのかも思い出せなくなる。
 煉錠という少年との関わりは、姿が見えなくなった時点で蜃気楼のように消える。交わした会話の内容はうっすらと残っているが。
 こうして、ただ艶川麻奈が自分を好きだという情報だけが頭の隅にこびりつき、漠然とした、だがなぜか確信めいている今の厚木少年の気持ちが出来上がっているわけである。



 時間を戻そう。

 厚木少年はぎこちない動きで教室の片隅を行き来し、安っぽい学校特有の箒を動かし続けている。もうそこにゴミなどないのに、何かに取り憑かれたように箒を動かし続ける彼の額にはうっすらと汗が滲んでいる。
 思えばあの時から心拍数が高まっていて、六時間目の授業は気も漫ろにいつの間にか終わっていた。トイレから戻り「俺告白するよ」と櫛田少年に相談したというより、宣言した時はもう夢心地で、なんでも出来そうな気さえしていた。
 割り当てられた教室掃除の時間がやけに短く感じ、あまり自分が働いていないのにも関わらず終わりを迎える。告白の時は迫っていた。
 夕暮れが差し込む二年一組の教室で、掃除の終わった瞬間から急激に生徒の数は減り始める。勉強をしに図書室へ向かう者、別のクラスに話し込みに行く者、部活へと足を向ける者。暫くは慌しく生徒が行き交う廊下を眺め、厚木少年は櫛田少年と二人教室の自分の机で縮こまって時を待つ。
 いつものように窓側の机に座り校庭を眺める艶川麻奈の姿が教室で映える。
 今日は運がいい。いつもなら数人は教室に残っているが、今日は麻奈と厚木と櫛田しかここにはいない。絶好の告白チャンスだった。
――あぁ神様感謝します
 ドキドキと激しく鼓動を繰り返す心臓を気力で押さえつけ、無理やりにでも笑顔を作る。もたもたしていれば徳川さんが来てしまう。焦燥感に駆られてもたつく足を櫛田に支えられながら、ロボットのように歩みだす。目指すは遥か三メートル先の愛しの麻奈嬢。
 一歩踏み出すごとに視界が揺れた。こんなに緊張するのは生まれて初めてではないかと思うぐらい頭が真っ白になる。渇いた口で喋れるだろうかと不安に思いつつも二歩目を踏み出す。
 麻奈が頬杖をついた。
 びくんと体が脈打ち、ばれたのかと必死の形相で後ずさる。今進んだ分よりも随分離れてしまった。
(アホか、何やってんだ。さっさと行け)
(うるせぇよ、お前でてけよ)
 櫛田に腰抜けと罵られながらも厚木少年は再び一歩を踏み出す。いちいちびびっていては埒が明かない。一気に行って、一気に言おう。一瞬のことなのだ、一瞬の恥なのだ。それにきっと――うまくいく。
『閻魔は貴様のことを好いている』
 どこで聞いたかも思い出せないのに、妙にはっきりとした口調の言葉が頭の中で反響する。それがきっかけとなったか、随分と歩みが軽くなった。愛しの麻奈嬢まで後一メートル。
 何をするにも深呼吸。
 横隔膜をフルに活動させて息を吸い込み吐き出す。
「艶川さん」
 頭は真っ白だ。





「つまらん」
 不貞腐れた様子の煉錠に雌萌が苦笑いをする。
「つまらんぞ雌萌。大体これで本当に生き返るのが早くなるのか?」
 二年一組の教室に向かうものを片っ端から排除する。とまぁそれは大袈裟だが、それに近いことはやっていた。廊下、天井、階段に様々なトラップ――水をまき散らかしたり、蛍光灯が割れたりといった程度の子供の悪戯程度――を仕掛け、二年一組にこの一時だけ誰も近づかないようにする。雌萌が提案したのは『トラップを仕掛けて人間どもがはまる姿を楽しみましょう』というものだったが、真意は厚木少年の告白にあった。
「大丈夫です煉錠様。ささ、では教室の方へと戻りましょう。きっと面白いものが見られますよ」
「あの人間か? 閻魔が闘ったりすれば面白いかもしれんな」
 油の入った缶を蹴り倒して、その場を離れる。後で後始末をさせられる事務の橋さんが見たら真っ青な光景だ。



 二年一組の教室には三人の人間が存在していた。
 屋上からするすると降りてきて、校舎の壁面に張り付いた状態で顔を覗かせる。特に面白いことにはなっていない。むしろ煉錠の嫌いななよなよとしたあの人間が視界に入るのが鬱陶しかった。麻奈の方へと近づいたり、離れたり、行動の矛盾したやつだと鼻で嗤う。というか、長い前髪を切れ。
「で、雌萌。これが面白いのか?」
 まぁ厚木少年の行動は、一般人が見れば笑えるのだが。
「まだです。お待ち下さい煉錠様」
 煉錠の望んでいるものなど起こりようはずがない。麻奈と厚木少年の血を見るような闘いを期待しているのだから。はっきり言って、不可能だ。
 あの男と閻魔がくっつけば余計なことは考えなくてすむ。そう思って、そう願ってやまない雌萌は煉錠よりも随分と集中してその様子を見つめる。前髪はうざいけど。
 厚木がゆっくりとした足取りで麻奈へと近づく。焦ったいぐらいにゆっくりと、何度も足を止めるその背中を何度突き飛ばしてやろうと思ったか。苛立ちが雌萌の尻尾に現われる。
 やっとの思いで麻奈から一メートル以内の範囲に厚木が入る。意を決した表情で、何事かを呟いた。
 途端に麻奈が振り向く。
 無音の世界でのやり取り。急激に動き始めたそれが少し面白くなったのか、煉錠も黙って目を見張る。
 はにかんだ笑顔を見せながら厚木少年が何事かを麻奈に言っている。麻奈は全く聞いてないような振りをして、顔は真っ赤に俯いていた。耳まで赤いその姿を煉錠が少し笑って、雌萌はちくりと痛みを感じる。
 暫くのやり取り。何が話されているのかはさほど気にはならない。ただ結果が知りたかった。
 突然、走り出す厚木。
 追いかける櫛田と残された麻奈を見て、結果を知る。
 俯いたままの麻奈の顔はまだ真っ赤で、しかしおそらくは間違いない。煉錠が隣で笑い声を上げた。
 その声が、安心したように聞こえて、またちくりと痛みが走る。
「はっきり必要だと言えんやつに閻魔が屈するわけがなかろう」
――また……閻魔
 雌萌の目が潤む。いつもぴんと立った耳が垂れ下がった。
 おおっ、廊下で転んだぞあいつと笑い声を上げる煉錠の横で、ふわりと空間が泣いた。
「ははっ、馬鹿だなあいつは。――この俺のように必要なものは力づく手に入れるものだ。なぁ、雌萌?――んっ」
 見返した隣には、もうそこには雌萌の姿はなかった。何だ腹でも減ったかと、見当違いなことを呟いて屋上に舞い戻る。
 下校のチャイムが鳴って、そろそろ飯だしなと腹を押さえる煉錠。
――腹が減っては何にも出来ん。
 彼のモットーである。






第八話  「視野」






 初めは何が起こったかを理解できず、次にここがどこなのかと混乱して、最後は自分が誰なのかと軽い記憶喪失になって、いろんなことがわからなくなった。途切れ途切れに思い出せる印象的な思考の変化に麻奈は戸惑い、息をすることさえ忘れてあわや失神しそうにさえなる。
 たとえば、文字認識しか出来ないコンピュータに、数字の羅列と複雑な計算式を打ち込めばショートするように。たとえば、何も分からない小さな子に、難しい質問で問い詰めれば泣き出すように。
 それを受け入れるだけの準備と容量が麻奈には足りなかった。
『あの……艶川さん』
 何の抵抗も出来ないままに突きつけられた現実は、煉錠と出会った時と同じぐらいの驚愕と混乱を艶川麻奈という人間に与えた。極普通の女子高生である。けれども時々夢見がちで、ちょっとだけ男子が苦手な十七歳である。
 体が火照っていた。
『あの……俺の事、知ってる?』
 よく見れば教室には麻奈とその相手、それからもう一人付き添い(?)の男子しかいなかった。今はそのどちらも出て行ってしまったが、早まった動悸はなかなか落ち着かない。
――あつ、ぎ……くん?
 擦れた声でも彼はなんとか拾ってくれた。
『おぉ、知っててくれてすごく嬉しいよ』
 本当に嬉しそうに笑って、前髪を掻き分けたその仕草は癖みたいだった。何でそう思ったのかはわからない。その時もほとんど前を向いていなかったし、同じクラスでも話したこともなかったけれど、何となくそんな気がした。
 丁度今みたいな沈黙が、教室中を支配していた時だった。
『俺……艶川さんのことが、その……す、す……』
 出来ることなら逃げ出したかった。熱があるんじゃないかと思うほど眩暈がした。立っているのも正直辛かった。
『……その……艶川さん! 俺……君のことが、……そのっ……す、好きです! 好きでした!』
 付き合ってください! と言われたような気がする。搾り出したような、けれども力強く低い男の子の声だった。残響音は頭の中で鳴り続け、知らぬ内に体の芯をまた熱くし始めている。

――もう、座っても、いいよね

 腰を下ろす。もう立ち上がりたくないと言うほど、椅子が恋しかった。誰もいなくなった教室で、ゆっくりと時は流れている。けれどこうして一人で座っていると、時が止まっているように感じた。
 動かない机と、綺麗なままの黒板。開けっ放しのドアと、そこから見える何もない廊下。全部が全部、自分のことを凝視しているように感じ、麻奈は思わず頭を振る。
 ちくちくと針を動かす音が聞こえ時計に目をやった。やはり時間は動いている。もう六時を回りそうだった。教室内も電気を点けなければならないぐらいに夕闇に侵されて、いつもならとっくに帰っている時間である。頭が顔が、耳が熱い。
 今日に限って麗は来ない。それもそのはずで、事前にその事は言われていたからわかっていた。彼女は今頃大柄の彼氏伊賀元に連れられて、あちこち歩き回っているのだろう。軽いデートだと、申し訳なさそうに謝った麗がすごく可愛かったのがずっと前に思える。
「どうしよう……」
 ぽつり。漏れた唇に手をやる。本当に心の底からの叫びだった。
 誰でもいいからここから連れ出して欲しい。一人で考え込んでいると、いつまでたっても動くことが出来そうになかった。
「あっ、いた。麻奈ぁ」
 天使だと勘違い。教室中がぱぁっと明るくなったのは彼女が電機のスイッチを入れたからだが、それすらも錯覚してしまうほど麻奈の心は疲弊しきっていた。
 大袈裟だが、たかが告白の一つや二つで……とは言わないであげて欲しい。彼女は純情なのである。
 明るくなった教室に天使だと思った声はすごく馴染みがあった。けれども停止していた脳ではやはりそれは天使の声としか判別できない。ゆっくりと声のした方を見定め、近づいてくるその姿を捉える。
 光のせいか、冷静さを取り戻しつつあった頭の中で、声と姿が一致した瞬間、口が勝手に一人の友達の名を告げていた。
「ちえちゃん!」
 歓喜にも似た叫びを上げ、思わず立ち上がる。先まであれほど重かった腰が嘘のように浮き上がったのも何か特別な力のような気がした。友情パワーとか。
 麻奈の歓喜の叫びを「よっ」という軽い感じで受け流したその姿はひどく格好いい。今の麻奈には憧れの存在ですらある。悠然とモデルウォークをするそのルックスも振舞いも全てが輝いて見えた。
 ウインクすればハートが見えるのではないかと思う大きなつり目。細い手足とは裏腹にはだけたシャツからは豊満な胸がちらりと覗く。小悪魔的な笑みを浮かべ、爽やかな香りのする茶髪を靡かせて、ミニスカートから伸びた健康的な足でこちらへと歩み寄ってくる一人のレディ――金原千恵美。
 学年のマドンナが友人なのだという実感が、今こうして沸いてくるのが不思議だった。
「もー大変大変。なんか廊下がめちゃくちゃでさ。ヒロ君や佐崎(ささき)とかといたんだけどね、あいつら馬鹿だから犯人だと思われて――」
「ちえちゃ〜ん!」
 泣きつく。否、抱きつく。
「ちょっ、コラコラ。どうしたの――って乳を掴むな、乳を!」
 麻奈が今一番素直に話をすることが出来て、一番こういった話に精通しているであろう千恵美の存在が、本当に心強かった。




 帰り道。薄暗くなった道路を越えて、人工的な灯りがまぶしい商店街、勇者と歩いているような気持ちで、麻奈は千恵美に学校であったことを話した。黙って聞いてくれていた千恵美はいつもの雰囲気と違って真剣で、やっぱりこういうことには素直に慣れているなぁと感心するばかりであった。
 が、
「は〜ん、なるほどねぇ……いいじゃん、付き合ってみなよ」
 間違いだったかもしれない、と今更思う。確かに力にはなってくれる。麻奈よりも随分こういったことに詳しいのも事実だった。
 けれども基本的な考え方がまったく違うということを忘れていた。男子が苦手な麻奈と、いつも男子を侍らせている金原千恵美とでは、その考え方が百八十度違うのだ。当たり前の反応だった。
「でも、でもねっ。私厚木君のことよく知らないし、何話せばいいのかもわかんないし――」
 おそらく千恵美にとっては麻奈がどうしてそんなことで悩むのかなどわからないし、おそらく麻奈にはなぜ千恵美がそう簡単に結論を下せるのかがわからない。すごく近くても平行線は交わらないように。
「何言ってんの。話すことなんて何でもいいんだよ。麻奈の好きなこと話せば。それに話したくないなら話さなきゃいいの、それで厚木が離れてったらそれはそれよ」
 さばさばしている。ものすごく割り切っている。これが男子との付き合い方なのかもしれないと思うが、やはり麻奈には手が出せる領域ではない。麻奈はマドンナでもなければ、自分にそれほどの自信もない。
 今言っている定義が当てはまるのは千恵美だけのように思えた。
「そんなことしたら厚木君に悪いよ」
「じゃあ断っちゃいなよ、まだ返事してないんでしょ? あたしが厚木に伝えてやろうか?」
 そう言ってこちらへと目配せする千恵美。長い睫が瞬かれ、俯いた麻奈を見据えた。押し黙る麻奈に「ん?」と声をかける千恵美、母親のような仕草をみせる。
「えっと、でも、それがね。よく、覚えてないんだけど……」
 訝しげな顔をする。一瞬、この娘は馬鹿なんじゃないかと千恵美は本気で思った。本気で思ってはぁと息を漏らす。抱きしめたくなるぐらい縮こまった麻奈の姿を見て、口元が緩んだ。答えの分かった疑問を投げかけてみる、一応。
「もしかして答えたね。――『うん』っつったの?」
 茶髪をはらりと掻き分ける仕草を見やり、麻奈はえへへと力なく笑う。千恵美も「ばかねぇ」と一言笑った。麻奈の性格をよくわかっているのだろう、深く詮索する素振りは見せず千恵美がはっきりとした口調で続ける。
「今からでも遅くないよ。とりあえず明日あたしが話つけてあげる。麻奈は厚木のこと好きなの?」
 ドッと全身の毛穴が開いた気がした。開いた気がして麻奈は思わず腕を見やる。もちろん変化があるはずもない。鳥肌も立っていなかった。
――好き?
 胸を押さえつけ呼吸を整える。一つの単語がこれほどの重みを持つのだと改めて知った。落ち着いて千恵美の目を見つめ何か言おうとして、足元に転がっていた空き缶を踏みつけて転びそうになる。
――好き、なのだろうか?
 厚木に見つめられた瞬間に体中が燃えるように熱かったのを思い出す。思い出すが、それは以前他の男子に話しかけられた時にもなったような気がするのも思い出した。ただ単純に男子に話しかけられて緊張しただけではないか。
『好きです』
 厚木の言葉が再び麻奈の頭の中で鳴り始める。そうだ、この言葉を聴いた時に、――再び電流が駆け巡る。頭を鈍器で殴られたような、そんなとんでもない痛みを伴った感情が体を走った。
 雌萌が煉錠のことを好きなのも、伊賀元が麗を好きなのも、こういった気持ちなんだろうか。わからずにただ麻奈は俯いて、ありのまま「わかんない」と答える。また千恵美が溜息を吐いたのが聞こえた。
 街頭が明るく照らす帰り道、千恵美と同じ道を歩いていても、こんなにも見ている景色が違う。煮え切らない艶川麻奈という人間性が、自分自身とてつもなく嫌になった。思ってることも素直に口にできない惨めさを
 ばしんと背中を叩かれた。
「気にすんな麻奈! わかんないのは麻奈が慣れてないからだよ」
 けらけらと笑う。勝気な性格に合間見せるこの優しい笑顔が艶っぽい。
「よし、じゃあやっぱりあたしが話しつけといたげる。友達期間ってのから始めてみな。麻奈の今後の慣れにも繋がるしさ」
「あ、う――」
「よし、決まり。んじゃあたしこれからバイトだからさ、ここでねっ」
 答える間もなく千恵美はどんどん進めてゆく。この強引さが欲しいと、心底思う。
「うん、ありがとう」そう言って別れる。手を振り千恵美の背中を見ながら、明日からの友達期間というのを想像してみた。思ったよりも緊張しないのは実感が沸いてないからか、それとも頭がそれ以上にのぼせているからか。
 だがしかし、麻奈はこの時重大な間違いを犯したことに気づいていない。人脈の広い千恵美である。おしゃべり好きの千恵美である。麻奈とは考え方が百八十度違う人間である。
 次の日、もう既に知れ渡っている艶川厚木ラブラブ疑惑に、麻奈は激昂することになる。







 枯れた泉を寂しげに眺めれば、棲んでいる魚が出てきたりするかもしれないと思うのは古い癖か。
 荒涼とした大地と一言で言ってしまえば楽でいい。だがそれは何も知らないやつらの表現で、本当はそんなもんじゃない。この世界で生きるということは、もっと過酷で、もっと凄惨で、いつ死ぬかではなくいつ死ねるかと考えてしまうような絶望の淵。
 草木一本生えていないこの場所は、ここ妖獄界ではありふれた日常の風景の一つとしてさして珍しくはない。遠くを見れば、硬そうな岩肌を誇示している絶壁の山々があり、近くを見れば、風前の灯すらない瓦礫の山々が広がっている。
 こんなところに住んでいるものはいるのかと思ったが最後。目を走らせればすぐにその異様に気づく。足元を、視界を埋め尽くすのは腐臭を漂わせる死体のようなマリス達。ほぼ地面と一体化した彼らは、ほとんど動くことなく『生きている』。
 妖獄界の一端華死乃、最下層と中灰(ちゅうかい)層の棲み分けが行われる場所。まぁここにいるのはほとんど最下層の者だが、中灰層で落ちぶれたやつも中にはいる。ここに来てしまえばもう未来はない。飢えと闇に喰われそうになって、死ぬことだけを考え始める最悪の場所である。
 そんな光景を好んで見ているマリスが一匹。ここから見れば蠢く虫のようにも見えた。
 前は主君も同様にここで笑いながら眺めていたが、今ここにいる一匹の蜥蜴とは少しばかり思うところが違っていた。当然であろう、生まれが違えば嗜好も違う。それでもけらけらと嗤う主君を嫌いになることはなかった。
 見晴らしのよい高台に上って、ほとんど窓のない暗黒の城の屋根へと飛び移る。窓がないのだから当たり前にバルコニーもない。この漆黒の城から華死乃の情景(それほどいいものではないが)を見渡すには、こうするしか方法はないのだった。
「何をしている変幻! 会議を行うぞ!」
 大きな声で呼びかける熊男を見下ろす蜥蜴男の名は変幻。ちっぽけな存在ならば飲み込んでしまいそうな、真の闇の色をした城で仕える策士である。もうここの主君に仕えるようになってから随分と経つが、主君不在という状況には初めて遭遇していた。そう、この城の主君は少し前に死んでどこかへと送られてしまった。
 そのせいで最近では暇つぶし程度の会議をもっぱら行うのが習慣となって、それを取り仕切るは先ほどの熊男であるからきっちりとしていた。ちなみに熊男の名は静爆と言う。
 秘密であるが、仮にもここ華死乃を治めていた支配者の喪失は、随分落ち着いた環境を作り上げていて、『帰ってこなくてもいいなぁ』と巷ではもっぱらの噂である。
 まぁそれは一般のやつらの意見であり、主人に仕えるこの蜥蜴はもちろん、
「そんなこと思ってないっぽいよ〜」
 そう言ってするりと屋根から飛び降りる。残り香に名前をつけるならば、胡散臭さというのが適当か。



「遅い、もう先に始めましょう雅恋様」
 グゥウと喉を鳴らす黄銅色の竜に、巨体ながらも竜の近くにいるせいで小柄に見える熊男が言う。
 一面石造りの壁面で窓のない巨大な大広間の天井は遥か高く、その先にある唯一の天窓の光など入ってくる様子もない。もっぱら松明の灯りだけが二人の顔に影を作る。
「煉錠様があちらへと行ってしまわれてからもう七日。依然として華死乃内部の様子は変わりませんが、どうやら他の蒐真里(あつまり)でそれを知ったものが動きを見せ始めております。また、どうやら審龍の配下のほうも徐々に動き出したと言う情報が」
 丁寧な口調で話す律儀さに惹かれるものも多い。なりがこのように熊の大男であるので誰しも強暴だと一目見て判断するが、実際はそうではない。もちろんその凶暴性も秘めているが、常は極めて冷静な熊男である。名は静爆と言う。
 提供した情報を噛み砕いて何かを考えている雅恋を見やり、ちらと視線を大広間の中心へと移した。
 赤い絨毯が敷かれた大広間の中心に、馬鹿なマリスが持ってきたなんとも胡散臭い球体と言うものがある。歪んだ漆黒の体に映るオレンジの光は時々消えては姿を現し、それ自体が意思を持ったかのように動き回っている。だが、そうかと思いじっと見つめていると、たちまちにそれは集約され数字へと姿を変える。
 四千九百二。主人が生き返るまでの目安となる数字である。
 馬鹿なマリスが言うには映像も見ることが出来るらしいが、正直者には見ることが出来ないらしい。大方嘘であろうが、嘘ばかりついているあいつには本当に見えているような気もして少し腹が立つ。
「ぴろぴろぴ〜」
 不協和音が空間に流れた。そして次の瞬間には、
「はっ、雅恋さんっぽい!」
 意味不明な挨拶を交わして大広間へと姿を現した蜥蜴は変幻。この城で唯一の中灰層出身者である。
「やかましいわ、さっさと報告を始めろ」
「あー、静爆さんっぽい」
 あからさまにテンションダウンな声を出す。この蜥蜴はいつもこうして静爆を嬲るようなことを言う。何が気に食わないのか、それとも自分の方が強いと思っているのか。どちらにせよ、いずれは決着をつけねばな、と静爆は思う。
「えっ、まず、この調子だと煉錠様が戻ってくるのはー、あと七十日ぐらいだと思われるっぽい。ででっ、それを考慮に入れて、審竜がこっちに戻ってくるのはそれより前であるからして、審竜の配下が動き出すのは後三十日以内っぽい」
 一息置いて変幻が続ける。静爆は苛つきながら、雅恋はそんなにかかるのかと不満顔で言葉を待った。
「つまーり、少なくとも三十日以内には華死乃に敵はやってくるっぽい。ででっ、それは審竜か、他の蒐真里か、その配下であるからして万全の準備が必要っぽいよ〜」
 とりあえず間違ったことは言っていないので、ふむと静爆は頷く。
 だが最後の必要だというのは行き過ぎであろう。万全の準備など常になされているし、今更どうこうするものでもない。むしろありのままを受け入れると言うのがこの城の、そして華死乃の唯一の規則である。つまりは何をするでもなく万全の準備はしかれているのだ。
 やはり蜥蜴だなと、静爆は一人くつくつと笑う。馬鹿にしているわけではないが、変幻を相手にしていると常に冷静でいるのが難しい。
 その意味が既に術中に嵌められているとは思いもしない静爆である。
 隣でくすんだ黄金色の巨体が震えた。
「それじゃ、今後のことはまたいつも通りでいいっぽい。雅恋さんもたまにはゆっくりするといいっぽい。静爆さんもそうするといいっぽいよ〜」
 今後のことがいくらか纏め書きされた、資料とも呼べない襤褸切れを手渡し、変幻は大広間を後にする。気遣いの言葉というものをかけて出て行った蜥蜴を物珍しそうに見つめ、静爆も広間を後にする。後方で雅恋が黒い球体を見つめているのに気づき、そうまで思われている煉錠の偉大さを改めて実感する。
 とそう言えば、雌萌はどうなるのか?
 ふと思い立った疑問に答える相手も、知識もなく、静爆は少し考え込む。足音が反響する巨大な廊下を通りながら自室へと向かう途中、今後の予定が書かれた襤褸切れにも目を通した。終始考えていた雌萌のことのせいでほとんど頭に入らなかったが。
――雌萌は戻れるのか?
 淡い恋心か――それとも単なる仲間への感情か。
 分からぬままに妖獄界の時間は過ぎてゆく。異世界で起こっていることなど微塵も関係なく。

 知らないほうが良いこともある。







 知っておかないから大変なことになった。

 否、正確に言えば分かってはいたが一時の気の緩みで話してしまったことが問題だったのか。千恵美と言う存在を完全に理解できていなかったのだろう。今更どうしようもないことであるが、あの時の自分を悔やむ。
 どうして、「誰にも言わないでね」と、一言言えなかったのか。どうしようもないお気楽者だと自分を笑えば――余計に悲しくなるから止めた。
 代わりに零す溜息。告白を受けた日から続いているこの悶々とした気持ちはなかなか外に出て行ってくれない。これでは召喚術の練習も出来ないじゃないと、ふかふかのクッションを投げる。ポンと目の前の大きな鏡に跳ね返っておでこに当たった。寝癖のついた顔に浮かぶ、不満の色――可愛くないなぁ。
――厚木君は何で私なんかを好きになったんだろう。
 悲劇のヒロインぶるにしても、規模が小さすぎる。しかも恋愛物の映画やドラマではないから相手役の男もものすごい不恰好なやつだ。それでも真剣な彼女に誰か答えを教えてあげて欲しい。そんな姿がいいのだよと。
 麻奈はまるで夢現な表情でぼんやりと鏡を見ながら、机の上にあるおやつの皿に手を伸ばす。ぴちと、体温のある何かとぶつかった。
 譲らないぞ今日は。
 近頃姿を見せないとか思っていたら、それはもう騙されている証で、やつは不意に現われる。
「おい閻魔」
 少年なのに肩まである(ロンゲとはまた違う)黒髪。額にある十字架の刺青は、逆さまな上に歪な形をしているからよく目立つ。童顔とは言わない、態度もそれではない。けれどもどこか子供染みた行動をするこいつの名前は煉錠――最近かなり打ち解けてきたというのは言いたくない事実である。
「雌萌を知らんか? 最近姿を見んのだが」
 突然言われても知ったことではない。常々この二人のことは視界から外しているから気づくはずもない。知らないよと、口元をもぐもぐさせながら麻奈はわらびコーラにきな粉をまぶす。
「おい何だそれは? 俺にもよこせ」
 ぬっと伸びてくる手を掻い潜り、わらびコーラの入った器を手元に手繰り寄せる。わらびコーラ、麻奈が開発した夏を先取り商品で、シュワシュワともちもちのこの感覚がなんとも言えず美味である。
 そんなシュワシュワもちもちの新商品に負けず劣らずの唇を尖らせて、麻奈は煉錠を睨む。
 あんもぅ、ちょっと撒けちゃったじゃん。
 机の上に散らばったきな粉と、コーラの水滴に鼻を近づけ匂いを嗅ぐ煉錠。
 あれ? この子、犬だったかな?
「萌ちゃんならいつも煉錠君にべったりじゃん。いつからいないの?」
 わらびコーラを死守しながら話を逸らす。うわ、この子舐め始めちゃったよ。
「確か三日ぐらい前か。てっきり飯だと思ったんだがな」
 馬鹿だぁー。この子、馬鹿だぁー。吹き出しそうになる非常識な頭の出来は、流石と言うべきか。どっしりしてるなぁ。
「三日前からって、ものすごい経ってるじゃん。もしかしてあっちに戻ったとかは?」
「それはないな。俺の命令でもないのに」
「でも命令なしにこっちに来たんでしょ?」
 押し黙るかと思いきや、舐め終わってこちらに手を伸ばす煉錠は本当に油断も隙もない。もしかしたら麻奈のほうが真剣に雌萌のことを考えているかもしれない。
 ふと、思いつく。
「……やられちゃった、とかは?」
 妙にしんとなる室内。春の香りももう薄い、開け放った窓からは初夏の空気が流れ込んできている。突如一陣の風が麻奈の手元を掬った。
「それもないな――お、なかなかいけるではないか」
 ごくごくとコーラを飲む。まてと、激しくそう言いたい。これはわらびコーラだぞ、コーラだけ飲んだらただのわらびになってしまうではないか。
「じゃあ、どこ?」
「それを訊いているのだ、このボケ」
 ところでこの残った透明なのは何だ? そう訊く煉錠から器を引ったくり、しょうがなく新しいコーラを注ぎ足す。一陣の風が……また盗られた。
「ところでこの残ったやつは何だ?」
 このボケ。
 煉錠口調を真似て、心の中で激しく罵倒する麻奈である。
 この後五百ミリペットボトルのコーラが一気に飲み干されたことは言うまでもないが、それで煉錠と麻奈が喧嘩をしたというのは伝えておく。
 そしてその時、
 わらび餅から透けて見える曲折した景色に一瞬、雌萌の姿が映ったことも。

 時、場所、空気、全てが曖昧な味付けの一場面に、少しだけ色が燈る。


 横たわる雌萌と、それを見下ろす犬男。


 白々しく雌萌をエスコートするこいつは何者か。
 急速に悪化してゆく事態を、煉錠はこの時まだ知らない。


「ちょっと、わらびコーラ作れないでしょ」
「知るか、それより雌萌はどこだ!」

 まだ、知らない……だけの筈。






第九話  「嫌いでいいよ」






 東門には静爆、西門には雌萌、南門に変幻がつき、北門に雅恋が舞い降りる。
 決められたことではないが、有事の際には自然とその布陣が取られるのが常で、それは今も変わらない。各々が勝手に行動し、好きなところに向かった結果こうなった。ものすごい偶然である。
 生真面目な静爆は誰よりも早く、そして一番遠い東門へと歩を進め、暗黒の城から――つまりは煉錠から――離れたくない雌萌は一番近い西門へと向かう。変温なので暖かそうなところに向かう変幻は置いておき、危険を好む雅恋はもっとも巨大で重要な北門を守った。
 見事なほどに食い違った意見が功を奏し、滞りなく物事は進む。時にもつれがあったとしても、鶴の一声の如き一喝をする主がいれば何も問題はなかった。
 数日前までは――。
 妖獄界の一端華死乃、数ある蒐真里の中で最近妙に注目され始めているのは何も新興だからではない。もちろん数ある集まりを潰した支配者が興した蒐真理であるから注目されるのも無理はない。だがそのような注目は既に浴びていて、今回噂になり始めているのとはまた違う。支配者が注目されていると言う点では似ているが、やはり意味が違った。
 支配者の不在と審竜の噂。
 事実は風の噂で広まり、あることないことも囁かれる。荒れた大地とどこまでも続く曇り空の下、『統制された無秩序』という極めて稀な支配状況を持つ華死乃が、今初めて揺らいでいた。
「どういうことだ。変幻、貴様三十日だと言ってなかったか?」
 慌しく動き回りながら、大柄の熊男――静爆が言う。
「三十日以内っぽい。『以内』っぽい」
 答えるのは蜥蜴。舌をくるりと巻いて、変幻がどこを見ているか分からない目を向ける。
「にしては早すぎる気がするぞ。雅恋様、どうしましょう?」
 訊くが答えはもちろんない。めったと喋らないこの亜金色の竜は雅恋、顔からは判別できないが雌である。
「『以内』っぽい」
「雌萌は」
「いないっぽい」
 きっと睨んだ静爆から顔を背け、とことこと走り出す。珍しく大広間には、三匹以外にもいくらかのマリスがいた。そのどれもが顔に覆面を被って、変幻についていく。よくはわからないが手下だろうか。
「しょうがありません。雅恋様はいつも通りに、俺も東門へ。西門は完全封鎖しておけば問題ないでしょう。もっとも頑丈な扉ですし」
 そう言って静爆も変幻に続いて大広間を後にする。どこにいたのか、覆面を被った幾らかのマリスがその後に続いた。程なくして雅恋も大きな翼を広げる。
 煉錠がいない。雌萌がいない。ただそれだけでここまでペースが乱れている。それをおかしく思う反面、そうなっている自分自身にも驚き、雅恋は笑う。思わず零れた笑いとともに、喉元でくすぶっている炎が溢れた。災帝の通り名を持つ自分がこのような気分になっているとは、正直戸惑う。
 戸惑うがやはりそれは真実で、それほど気色の悪いものではないと改めて思う。これから血を見る。久しぶりに沸く体中の血液を感じながら、それでも変わってしまった心の中を見通すと、煉錠の姿がちらついた。
 審竜の復活が起これば一度はその力を味わってみたいと思う。それに伴う煉錠の死を覚悟していながらも、そう思う。興味が勝るか、それとも――
 果たして実際にそれが起こった時、自分はどうなるか。唯一の天窓に向かって雅恋は飛ぶ。破壊しても差し支えないだろう。どうせ皆暇を持て余している。
 大広間中央に置き去りの球体と空の玉座。
 それに一瞥を与えた後、轟音とともに一匹の竜が舞い上がった。







「嫌です」
 はっきりと聞こえるように言ったのに、どういうわけか今自分は意思と関係なく動かされている。眼下に移るはめったに見ることの出来ない珍しい光景でこうしてみると、屋根もいろんな色があるなぁと驚かされる。
 とまぁそんな風に思えればどんなにいいだろうか。煉錠は麻奈を抱えているにもかかわらず、民家の上や電柱をぽんぽんと飛び移り、高速で過ぎていく。そんな状況下で麻奈が見る景色はけして心地いいものではなく、恐怖しか生んでこない。時折麻奈達の姿を見た子供達が騒ぐが、それも一瞬のうちに見えなくなる。風を切ると、感覚で学んだ。
 しがみついているのに手応えがなく、こんな細く小さい腕では振り落とされるのではないか、何度そう思って抗議したかわからない。だが抗議する度に、身を捩る度に危険が増すということを認識し、今は声だけでその色を表すことにしていた。お腹の辺りに煉錠の肩があるせいで、たまに来る振動に息が苦しい。こほっとそんな可哀想な吐息も漏れる。
 厚木少年ならば何というだろう。
 だが煉錠はそれが不満なのか、苛々とした口調で簡潔に的確な指示を出す。
「うるさいぞ、腹に力を入れておけ。大体何だ、腕に当たっている脂肪が邪魔だぞ。どけろ」
 出来ることならほっぺたをつねってやりたかった。このがきんちょぉおお、そんなことを思っても口には出せない自分が情けない。恥ずかしながら、そういうことに耐性がない麻奈は顔を赤らめるだけである。
 まだあんまり時間はたっていない。家を出てまだ数分だろう。先ほどまでわらびもちを堪能していたのが嘘のようで、いつもいきなり発生するこの異常さは今日もまた麻奈の日常を壊してくれた。一向に召喚術は成功しないのに、望まないことばかりが起こる。コンジョーコンジョー、とりあえず呟いておく。
 目の前に視線を移した。変なマリスが、この騒動の張本人が、そこにいる。
――名前何だっけ?
「歩いて行ってもいいですよ。こちらは急ぎませんから」
 狼男よろしくの風体。雌萌が猫であるなら間違いなくこいつは犬だろう。煉錠に道案内しながら、どうにも怪しげな目をしているこいつの名前は……忘れた。そもそもどうしてこいつが雌萌の居場所を知っているのかが知りたいものだが、煉錠は何の迷いもなくこの犬男の言うことを信用し、決断を下した。
 部屋で煉錠とコーラの奪い合いをしていると、不意に現われた訪問者。名前は忘れてしまったが、その印象はとんでもないものだったのを覚えている。何しろ数分前のことであるし。
 開口一番に「ごめんなさい」というどこかくぐもった声が飛び込んできて、次の瞬間には窓ガラスが粉々に砕けていた。そこから文字通り飛び込んできたこのマリスは驚くほど丁寧で、しかも今までのやつらと違い、煉錠と闘おうとはしなかった。
 呆気にとられる麻奈とは違い、煉錠は特に興味を示さなかったが、割れたガラスをものすごい勢いでかき集め始める姿には流石に注意を向けていた。まぁコーラを飲むのに邪魔だっただけだろうけど。
 数分後、とりあえず床やベッドに散らばっていたガラスは集められて一箇所に纏められた。だがそんなことをしたところでガラスが直るはずもなく、むしろ頑張りました的な顔をされると迷惑以外のなんでもなかった。そうして、ぽかんと口を開けてその状況を見る麻奈に、頭を抑えながらコーラを一気飲みしている煉錠に、犬男は律儀に自己紹介を始める。
 パニックを無理やり普段のこととして処理しようとしている。必死な弁解は見ていて滑稽ですらあったが、それ以上にその前の衝撃が大きく、視点が定まらない状態が続いていた。ふざけた態度の犬男を肌で感じながらでは、耳から入ってくる情報の処理にも手間取った。
 自己紹介はほぼ丸々聞いていなくて、その後の窓ガラスを割ってしまった原因も半分ほど聞いてなくて、ようやく出てきた彼の目的、雌萌の居場所を教えるというところは何とか聞き取ることが出来た。
 長い言い訳じみた言葉になったが、そういうわけで、彼の名前を麻奈は知らない。
「貴様、名前は何だ?」
 お前もか。そんなことを思いながらも少しほっとする麻奈である。
 犬男は言いにくそうに口を開いた。
「牙慈裏(がじり)と言います。いや、こういう状況でもやはり人間の前で真名を言うのは気が引けますな」
 一応大丈夫だとは思いますが名前は呼ばないで下さいね。そんなことを牙慈裏は付け加えた、麻奈に。
「行き先はやつのところか?」
 落ち着いた声音で煉錠が言う。麻奈のお腹にその振動が伝わってきてくすぐったかった。
「ええ。雌萌さん随分気に病んでおられましたよ」
「何をだ、馬鹿ばかしい。何を企んでいる? 言っておくが俺は雌萌と闘う気はないぞ」
 おそらく何か心無いことを言ったのだろう。麻奈は詳しく知らないが、嘆息した。煉錠のことを思えば当然な気もするが、やはり雌萌がかわいそうだと思う麻奈である。
「いえいえ、あなたは審竜様と闘うのでしょう?」
 牙慈裏が何かを企んだ笑みを見せて笑う。煉錠の顔がぎこちなく歪んだ。
 振るえが伝わった。その言葉を聞いた瞬間に煉錠の体が震えたのが分かった。怯え、怒り、喜び、そのどれとも違う形容しがたい気迫。闘いなどとは縁遠いはずの麻奈にも、それは伝わってきた。何がそこまで煉錠を駆り立てるのかなど、人間である麻奈には知るよしもない。
「麻奈さん、あなたもお願いしますよ」
 そう言って牙慈裏は麻奈に微笑みかける。名前を教えた覚えはないから、馴れ馴れしくそう呼びかけられると違和感があった。とりあえず微笑まれたので、笑顔を返しておくが何か違う気がした。
 目は笑っていない、そんな言葉が思い浮かぶ冷たい笑顔で、いやな汗が噴出す。間違いなくこれからまたあの状況が始まるんだと思わされた。
 いつか誰だったか忘れたが、臍下丹田に力を込めれば精神を集中できるという。
 召喚術の時に試してみたがうまくいかなかったことを今やってみる。もともと腹筋がないから力の込め方がやっぱり分からない。
「こほっ」
 煉錠の肩が腹を突く。やはりなかなか集中は出来ない。
 不安が音を持って、口から零れた。



 そこに着くまでに十分もかからなかったと思う。便秘の子ならばかなりいい刺激になるだろうと思われる腹部への刺激を絶えず受け続け、漸く着いたのは広い閑散とした空き地だった。
 土の地面だけが露呈されていて、そこには雑草も何もない。土管や張り紙もなければ人気もない。変わった場所だった。
「ここどこ?」
 誘拐の如く連れて来られたのに暢気なものである。麻奈は目を丸くしながら牙慈裏という名の犬男に訊いた。
「閻魔よ、貴様何を見ていた? 貴様の生きている世界であろう」
 断っておくが麻奈は地図の読めない女ではない。頭は悪いが、家に引きこもって全く外に出ないというわけでもない。確かにそれほど外出は多くないが、自分の住んでいる近辺の情報ぐらいならよくわかっている。迷子になることもないだろう。
 だが今麻奈が立っているここはどう見ても知らない土地だった。というか、風景を見たといっても高速で流れる空からの視点である、当たり前のように把握など出来はしない。煉錠の価値観を否定してもしょうがないので、何も言わないが、少しむっとして睨んでおく。
 煉錠が睨み返してきた。
――素直にむかつく
「ここは麻奈さんの住んでいるところから十キロほど離れたところですかね。そこの穴がありますでしょう? そうそれです。その穴から地下にいけるんです。そこに審竜様と雌萌さんがいらっしゃいますよ」
 犬男はそう言って穴の方へと手招きする。煉錠といがみ合いながら麻奈はその穴を覗き込む。
 ここまで来れば行くしかないのだ。ふわっと、浮遊感が麻奈を包んだ。
 まさかとは思うがこんなべたな展開はないであろう。いやそもそも普通に開いている穴に落ちるなど、正常な人としてはあってはならない。落とし穴ならまだしも、現に視覚で認識し捉えているのだ。そこが見えないような暗黒の闇の中に、
 落ちる感覚。
 ジェットコースターは好きである。けれどもフリーホールは嫌いである。
 最悪な展開。
「やー! 助けてー!」
 麻奈の背中を突き飛ばした本人も、続いて穴に飛び込む。







 背後に座る男は絶えず雌萌を見つめていて、何を考えているのか分からない。それでも『必要とされている』と言う実感を抱かせてくれるこの状況は、それほど嫌なものではなかった。
 目を瞑りながら雌萌は精神を集中させる。ここ数日の記憶が滝のように流れ出す。意識していなければ口から言葉が漏れそうだった。
 ぎゅっと唇を噛む。つと口の端を赤が伝う。
 煉錠を忘れることは出来ないし、今でももちろん――
 あの日以来日増しに強くなる煉錠への思いを考えると、それは否定のしようもない。
 生まれた嫉妬心は消すことが出来ず、それは直視出来ない上に解消も出来ない。煉錠が自分のことをどう思っているのかを知りたかった。
 逃げようと思ってもそれは叶わないことだと分かるのにそれほど時間がかからなかった。以前、ずっと前にもこんな状況を経験していたから。
 勝手に配下になって、勝手に慕った。それでよかったし、満足していた。見返りも求めていなかった。いまだ妖獄界にいる雅恋や静爆、変幻もそうである。好き勝手に煉錠の配下となっている。何を望むでもなく、従順な配下として今も煉錠の帰りを待っているのだろう。
 煉錠がそんなものを求めていないことは知っていたし、興味がないのも知っていた。だからこそ常に側にいて、それを教えようと思った。だから嫉妬心なんてものは持とう筈がなかった。
 煉錠が興味を示すのは強いものとの闘い。それを何よりも好んでいた。
 煉錠の役に立てるならと、いつもそう思って過ごしてきた。けれど煉錠に満足を与えることが出来るだけの力もないし、それだけの魅力もない。時々、煉錠を退屈させているのではないかと危惧してしまう。そんな自分が嫌だった。
 こちらに来てわかったことがある。新しいことなど何もない妖獄界だったからこそ、煉錠はそうであっただろう。魅力などというものが欠乏してしまったあの世界では、当然に反応も少なかった。こちらの世界で、見たことも触れたことも感じたこともないものに煉錠が興味を示している。当たり前の反応ではあるが、それが少し悲しかった。
 自分がどんなに思っても、どんなに露骨に接しても興味を示さなかった煉錠は、こちらの世界に来て少し変わった気がする。妖獄界の平均寿命からしてみればごくごく子供な煉錠が、子供らしい笑顔を見せた瞬間も何度か見た。見せたことのない笑顔を向けて話す煉錠。初めて見ることの出来る煉錠の一面に歓喜し、同時に何も知らなかったという孤立感が芽生えた。近くにいただけで、煉錠とは一定の距離がひらいていた。
 三日前。煉錠の前から姿を消した時は考えていなかった。
『煉錠の側から消えろ』
 そんな風なことを言われて、一瞬でも思ってしまった自分が歯がゆかった。
『興味を抱かせたいのだろう』
 そいつの言うことはいちいち本当で、だからこそ気に障った。
『いい方法を教えてやる』
 煉錠の父親審竜、当たり前に雌萌が敵う相手ではなかった。結果、
『死ぬことだ』
 いちいち本当のことを言うそいつの名は審竜と言った。
 どこか煉錠に似ている黒の長髪に、精巧な顔つき。愁いを帯びたその瞳の奥に光る強い輝きは、男の生きてきた茨の道を示すだけのものがあった。
 煉錠への思いは変わらない。
『尤も、拒否したところで結果は変わらんがな』
 逃げる術はない。もとよりここに連れてこられた時からそんな考えは捨てていた。死ぬ時が先送りになっただけ。それも今この時に死ぬよりも随分といい場所を用意してくれたものだと、感謝すら抱きそうになった。
 存在意義を示す方法を、審竜は知っている。
『俺のために死ね』
 前に会ったときよりもぞんざいな喋り方だったが、こちらが本当の姿なのだろう。何も違和感を抱かなかったのを覚えている。
「そろそろだな」
 はっとして振り返る。鷹揚な態度で椅子に座った審竜が、厭らしく口元を歪めていた。初めに会った時とはまるで別人。顔貌は見れば煉錠によく似ているし、態度もやはり共通したものがある。
 けれどもどこか違う。そのどこかが分からないのは、やはり雌萌と煉錠の距離のせいなのだろうか。
 囚われて三日間。後悔もそれほどない。煉錠と会うことが出来なくなるのは辛いことだったが、逆に煉錠が助けてくれるかもしれないという期待感もあった。
 死という現実がなぜか希望を持ったものとして存在していた三日間だった。
 まもなく終わるそれを感じて、まもなく現われるその気配を察して、雌萌は松明の灯りがともされた洞窟の通路に目を凝らす。
 うすぼんやり。

「おぉ雌萌」

 耳に届くとぼけた声色に、安堵した気持ちは隠せない。
 たった三日間聞いていなかっただけなのに。

「煉錠様」

 これから死ぬというのに、やはり不思議な気持ちだった。







 暗い通路を歩きながら思う。目の前で歩く黒髪の少年は、どういう教育を受けているのだと。心からそう思った。
 あわや激突というところで何とか手を掴んでもらい、尻餅をついただけで助かったのはつい先ほどの話。とりあえず死ななかったことに安心して突き落とした張本人ではあるが、ここはお礼を言っておくべきだろうと顔を上げる。ありがとう煉錠君、そう言おうと思っていたのだが、そこにあったのは予想に反した狼の顔。煉錠その後ろですたっと着地しているのが見えた。
 助けてくれたのは牙慈裏だった。
「さっさと行くぞ」
 洞窟内部で反響する煉錠の声に殺意を抱きながら、麻奈は牙慈裏にお礼を言って立ち上がる。怖い見た目とは違って随分と優しいことをこの時知った。喋り方が丁寧であったのも、もう慣れ始めていた。やっぱり人間顔じゃないよね。そんなことを学んだ麻奈である。牙慈裏が人間でないということはこの際いいだろう。
「こっちでいいのか」
 さくさくと歩いていく煉錠の後を少し遅れて歩く。その背中からは気遣いというものが全く感じられない。
 そもそもあちら側の世界には学校などというものがないのかもしれない。漠然と思った。だが、それならば教育というものもないのか? 否そんなことはないだろう。そうではない、学校がなくても教育は出来るぞ。
 親がしっかりしていればいいのだ。そう思ってぐっと拳を握る麻奈、いつにもまして熱い気持ちが駆け巡った。生死をかけたダイビングの後で少しばかり血圧が上がっているのかもしれない。それを冷やすかのように頬に水滴が落ちる。ひゃっと小さい悲鳴を零れた。
 薄暗がりの洞窟は気味が悪く、どこに何が潜んでいるか分からない。足元が妙に冷たいと思ったら、水が溜まっていた。
「ちょっと待ってよ〜」
 思わず叫ぶ。が返ってくる言葉はない。
 鳥肌が立つのは何も寒さのせいばかりではない。松明の灯りがあっても現代的な人工の光に慣れてしまった目では薄暗さは拭えない。じめじめとしたこういう場所には、えてして気持ち悪いものが生息しているものである。
 暫くそうしてびくびくしながら足を動かしていると、仄かに先のほうが明るくなっていることに気づいた。先を行っていた煉錠は既にその光に足を踏み出そうと、
「おぉ雌萌」
 幾分やる気のない。しかしどこか久しぶりに安心したような、そんな声が耳に届いた。やっぱりちょっと寂しかったんだろう。
 麻奈も続いて光に足を踏み入れる。そこは洞窟の中とは少し違う、開けた場所だった。人工的なつくりではないからやはり洞窟の一部なのだろうが、地下の倉庫。そんな印象を受ける。
「煉錠様」
 そこにいたのは雌萌と、あの祭りの夜以来の青年。牙慈裏の言っていた審竜という言葉を思い出し、あの夜に青年も審竜と名乗っていたことを思い出す。その時に青年が言っていた『煉錠が自分と闘う』という言葉も。
「やぁ久しぶり、煉錠君」
「どういうつもりだ? なぜ雌萌がここにいるのだ」
 青年の穏やかな言葉に腹を立て、煉錠が口を尖らせる。雌萌は黙ったまま煉錠だけを見つめている。
「麻奈ちゃんがやる気になってくれないんでね。雌萌に手伝ってもらおうと思ったんだよ」
「手伝う? 何をだ?」
「麻奈ちゃん、煉錠に命令を出せるようになったかい?」
 煉錠の質問を無視して麻奈に話しかける。審竜の視線が以前の優しげなものではないとその時に初めて気づく。隣で暴れだしそうになる煉錠を押さえて、麻奈が一歩前に出た。
「ごめんなさい。やっぱり無理でした」
 ペコリと頭を下げる。ははと笑った審竜の気配に気が緩み、続く言葉を吐き出す。
「その、殺すとか殺さないとか、やっぱり怖いんです。煉錠君や萌ちゃんを見てると、そんな違うようには思えないし――その、蛙とか、その、蟲とかは嫌なんですけど」
 苦笑が零れた。煉錠が不機嫌そうにこちらを見る。
「やっぱり生き物は殺しちゃいけないって学びましたし。それに良い事をすれば煉錠君達も元の世界に戻れるって聞きました。だから――」

「――それじゃだめなんだよ」

 審竜の口調の変化。煉錠の反応より一寸遅く、何かが雌萌を吹き飛ばす。もちろんそれが普通の人間に見えるはずもなく、麻奈には何か音がして同時に雌萌が飛び上がったのだとしか思わなかった。
 笑顔でこちらへと向かってくるその姿はいつも通りバカップルの彼女で、いつも通り可愛らしいものだったはずで――
 そんな風にいつも通り、
 煉錠に抱きつこうと、こちらに向かってジャンプしたんだと思った。
「萌ちゃん!」
 松明の灯りに照らされて、透明でない液体はいやな音を立てて地面へと降り注ぐ。一瞬だけ歪んだ空間に舞えば、その体を抱きとめるものはおらず、支えるだけの足もなく、事切れた躯は乾いた音とともに地面へと落下する。
「さよなら雌萌」
 誰か教えて欲しかった。今しがたまで微笑んでいたはずの雌萌が目を瞑り、目の前で仰向けに眠っている。突然の睡魔に襲われたとか、煉錠への新手の挑発だとか、そういった冗談すらも掻き消してしまう夥しい量の血が麻奈の足元へと近づいていた。
 綺麗な白へと、雌萌の体の色が変化してゆく。思わず、駆け寄った。
「こんなことをして何になる?」
 変わらぬ表情と、変わらぬ声音。いつにも増して冷静に聞こえる煉錠の落ち着いた蛮声が麻奈の思考をさらに混乱させる。雌萌の声がかすかに聞こえて、手を強く握る。
「人間は――マリスの中にもいるが――こういった状況を作られるとその相手を憎むらしくな。事情で時間が惜しいのと、お前も全力で俺と闘いたいだろうと思っての決断だ? 聞く気はないが、文句でもあるのか?」
 立ち上がり、動かない雌萌の目を閉じる。
 満足そうな審竜。何を考えているのか分からない煉錠。雌萌を引きずって行く牙慈裏。呆然と立ち尽くす麻奈。
 その場の事態を把握している三人は冷静で、把握できていない麻奈一人だけがうろたえている。
――……萌ちゃん……
『――あんたなんか、大嫌い』
 つくづく思った。召喚術には向いてないじゃないかと。
「願ってもないな」
「感謝はいらんよ」
 全てが異常に思えた。
 何の行動を起こせていない自分も、雌萌の事を気にしない煉錠も、歪み始める空間も全部。全部おかしい。
 なぜか悔しさか膨れ上がって胸のうちを動き回った。何度体験しても見慣れない歪んだ空間に包まれて、麻奈はまだ呆然と立ち尽くす。抜け落ちた何かはまだ誰にもつかまれていない。
 揺れる地面の破壊音が麻奈の思考を寸断する。
 何の命令も下さない麻奈に見切りをつけて、煉錠は波打つ地面を軽く蹴った。いつもよりも何もない空間はただ広いだけで電柱やビルもない。岩陰すらないこの場所は無駄に広く、且つどこまでも続いていそうな荒野としての雰囲気を持っている。
 審竜が気を遣ったのか何なのか、妖獄界に良く似ていた。
 ふんと鼻を鳴らす煉錠が何を考えているのか分からない。この空間に押し込められた時、煉錠との繋がりは強くなる。今では憤怒の感情や痛みの感情、歓喜や殺意まで感じ取ることが出来るようになっていた。
 だが、今煉錠から伝わってくるものは単純な殺意だけで、雌萌が殺されて悲しいだとか、よくもという怒りも感じ取れなかった。ただひたすらにそれが悲しい。
 マリスとはそんなものなのだと割り切るのならどんなに楽だろう。自分には関係ない。たまたま偶然知り合った異世界の住人はとちくるってて、殺し合いを平然と受け入れる人種だったと言う話。そう割り切って考えればいいだけのことだ。もともと関わらないのを良しとしていたのだから、悲しいなどと思うのがどうかしているんじゃないかと、不意に疑問を持つ。
 本当に混乱していた。
 刹那、いつの間にか飛び上がっていた煉錠が上空から墜落する。とんでもないスピードで落下した瞬間地面は轟音とともに砕け、小さなクレーターをつくった。衝撃で地面が揺れているのか、それとももともと揺れか。どちらにしてもクレーターができたというだけで尋常でない衝撃を受けたことは分かる、どう考えても骨が折れるはずだと分かる。
 だから、その場からゆっくりと立ち上がるその姿は異形でしかなかった。理解できない存在。やはり自分とは違うのだと、何かが麻奈の心をくすぐった。
 立ち上がった煉錠を見下して、審竜は空から舞い降りる。気づけば背中から巨大な羽を生やしていた。自分の体と同程度ほどもある巨大な羽を羽ばたかせることもなくゆったりと舞い降りて、審竜が煉錠を見やる。麻奈のほうにも顔を向けた。
 にこりと、笑う。
 思い知らされる。
 姿かたちが似ていても艶川麻奈は人間で、ここにいる煉錠、審竜、そして雌萌とはちが――
「閻魔、手を貸せ」
 気づけば隣に煉錠の声。傷だらけなのに偉そうな、いつも通りの言葉。
 その瞬間なぜか涙が溢れた。何も答えずに、答えることが出来ずに俯く。
「あの男を殺したい。だから――俺に命令しろ」
 ひぐひぐと嗚咽を堪えながら聞き返す。
「悔じい、から?」
「ああ――っと、勘違いするなよ。言っておくが俺は別に雌萌のために闘うのではないからな」
 慌てて訂正することでもないだろうに。こんな状況でもまだそんなことを言っている煉錠が可笑しくもあり、憎くもあった。
「言ってあげるから、後で、萌ちゃんに謝ってよ」
「何を言っている。雌萌は死んだのだぞ」
「いいから」
 暫くの沈黙の後、「ああ」と答える煉錠の声が悲しそうに聞こえたのは聞き間違いじゃない。
『煉錠君や萌ちゃんを見てると、そんな違うようには思えないし』
 自分で言った。
 そう思った。
 実際、そうだったのに……、違っていると思ってしまった自分が恥ずかしい。
「煉錠君」
 ここは人間界である。間違っても殺し合いが平然と行われて、それが認められている世界じゃない。けれども――
「何だ?」
 ぺっと口から血を吐き出す。片手で口元を拭ったその姿に不安の色が窺えた。
 艶川麻奈は人間である。召喚術に憧れて、少しばかり異世界にも憧れて。けれどもやっていいことと悪いことの区別ぐらいは出来る。何が悲しいことなのか、何が楽しいことなのか。それを踏み違えないためにも、
――この言葉を
「――勝って」
「無論だ」
 松明の灯りが一塊となり歪な円を描いて太陽を作る。けして明るくないそれは、けれども確かに温かい。
 一匹のマリスと、一人の人間。
 交わるはずのないこの世界で出会った二人が、今想いを一つにする。





第十話   「知(ち)は恥(ち)ではない」






――時が経つにつれてなくすものもあれば、学ぶものもある。
 何度目かの煉錠の拳を避けながら、審竜は思う。大したことではないと思っていたことも、その価値を分かっていなかっただけで、気づいたときには遅かった。遠い昔の思い出は時が経つにつれ鮮明になっていく。恐らくそれ以外のことが取るに足りないことだったのだろう。気づくのが遅すぎた。
 煉錠が生まれ、その器が死んだ。昨日のことのように覚えている。
 煉錠を産み落としその力を確かめさせるためだけの器――鞘納(さやな)。その程度にしか考えていなかった器の存在がここまで大きくなろうとは、当時の己はひっくり返っても予想できなかっただろう。気づいたのはこちらの世界に来てからで、それほど前でもなかった。
 鞘納が殺された時に審竜は哀哭した、それは事実である。だがそれはほとんどその脆さが口惜しかっただけであり、また新たな子を生む器を捜さねばならないということが面倒でもあったためだった。煉錠への嫉妬心もわずかばかりあったかもしれない。
 器としてしか、鞘納を捉えていなかった自分。
――どうしてあの時気づかなかったのか……
 雌萌を殺したのには二つ理由があった。一つは煉錠と全力で闘うため、二つ目は煉錠に教えるためである。
 妖獄界で必要とされていない感情だということは分かっていた。やりすぎだということも分かっていた。だがマリスとして、父として、審竜という存在にはこんな方法しか思い浮かばなかったのも事実である。
 何も優しくなれと思っているのではない。あまつさえ死神などという大それた通り名を轟かせている華死乃の王だ。慈悲の心など竜神子には必要のないものだとはよくわかっている。
 ただ、愛しく思い、思われることはそれほど悪いことではないと伝えたい。父越えにともなって、己がこちら側に来て学んだこの感情を煉錠にも伝えてやりたかったのである。
 審竜は睨みつける煉錠の眼光を真っ向から見据え、交差した拳を握り合う。まだ何も出さず、ただ純粋に力比べをしようとしている煉錠はやはり子供だと思う。思うがそれが嬉しく、煉錠自身も父越えを意識しているのだなと思い知る。
 思えば拳を交えたことも会話をしたこともこちら側に来てから――つまりは二人ともが死んでから――であるから数奇なものである。そして殺されることを半ば望んで闘っている審竜は頭がおかしいのかもしれなかった。
 握り合った拳から火花が散るという有り得ない現象をしかと見つめ、審竜はその先にある煉錠の睛眸へと視線を移した。
――鞘納……
 優しさの色など微塵も感じないその瞳を見つめ、思い出すは己が妻。よく似ている。笑いが出そうになった刹那、火花が爆発し濛々とした煙を上げて荒野にまた新たなクレーターが出来た。
 煙から飛び出した二つの影が互いに距離をとり、向かい合う。
「――貴様、その程度か? 俺を本気にさせてこの程度なわけがなかろうな?」
「――ああそうだな。もういいだろう、よく見ろ煉錠」
 ずるり。
「これが『餓鬼の断獄』と呼ばれた俺の――」
 ずちゅ。肉が裂ける音ではない。既に裂かれた箇所から骨を引きずり出す痛々しく気持ちの悪い音が空間に響いた。
「――審竜の力だ」
 波打つ地面を破壊して、巨大な得物が姿を現す。
 審竜の身の丈とほぼ同程度、背から現われたのは翼の形を模した二本の大鎌。禍々しくも繊細な漆黒の背に、輝くような銀の刃が映える。鎌の頭から突き出た一本の角は凶器を押し込めた栓のように鋭く尖っていた。
 背後に手を回してそれを担ぎ上げ、審竜は静かに口を開く。よほど重いのであろう、持ち上げた瞬間にぱらぱらと押しつぶされていた地面の砂が宙に舞った。
「これが俺の武器。鞘納だ。お前の母の名でもある、覚えておくといい」
 思うところあっての命名。そんな感じで審竜はそう告げる。
「女々しい男だ。武器にそのような名をつけてどうする。まぁどうでもいいがな」
 鼻で笑う煉錠を見て審竜は思い知らされる。自分も過去はこんな風であったのだろうと。
 ずるりと大刀を背後から取り出して、それを構える煉錠を見れば、昔の己が重なった。何も知らない、相手を傷つけるだけの純粋な殺意を、哀しくそして羨ましく思う。
「来いよ」
 肩に担いだ大太刀を前に差し出し、挑発的な口ぶりで煉錠は言う。
「あぁ、そうだな死神」
 審竜はまっすぐに煉錠を見据えて、大鎌の柄を繋ぎ合わせた。Zの形をしたそれを頭上で勢いよく回転させ、そのまま煉錠へと投げつける。そこまで実に一秒とかかっていない。鎌の頭から飛び出した一本角は、高速の回転によって無数の刃となり襲い掛かる。
 避けなければと思ったときにはもう遅い。並みのマリスならば気づきもしないうちに首が飛ばされているその攻撃に反応できたところはさすが煉錠といったところか。だが避けきることは不可能で、空間を切り裂く円盤は意思を持ったかのように先回りし、煉錠の目の前にあった。
 風切音すらしない鋭利な刃物は、血に飢えた吸血鬼のように煉錠へと激突する。







 風切音が止んだと思うと、次に聞こえ始めるのは地鳴りの歌声。ドドドドドと何ともせわしないその唄は徐々に大きさを増してくる。
 妖獄界華死乃。雑多な生物の屍骸を踏み分けて、巨大な足でまっすぐ仁王立ちをするその姿は鬼を彷彿とさせた。
 もちろん鬼ほどに厳めしい顔つきではないが、体の割に小さな顔には三日月の紋章が映え、丸太のような腕は地面につきそうである。黒灰色の体毛をたなびかせ、真摯なマントを羽織った熊。名は静爆、華死乃の支配者に仕える忠実な男である。
 暗黒の城から最も遠い東門へといつも通り向かい、いつも通りの冷静な顔つきで敵を迎える。少しばかり急であったため混乱していた城内を沈めてから急いでこちらへと向かったが、久々に動かす四肢は思ったよりも言うことを聞き、何の苦もなく到着することが出来た。息一つ乱れてはいない。
「来たか」
 静爆は好んで闘うことはしない。だが、それは彼が弱いということをさしているのではない。
 静爆は相手がどんなに強力で敵うはずが無い相手であったとしても、その行動に意味を見受けられるのであれば、迷わずに身を挺する。それだけの度胸も持っているし、それに見合った力も持っている。
 ただ妖獄界という世界で生きるには生真面目すぎる。極端なのである。この世界に生きるものであれば戦うこと事態に意義を求めるものなどそういはしない。勝って力を示す、どうでもいいようなそんなことが重要なのである。その後のことなど考えはしない。
 だが静爆は違う。彼は細々と取るに足らない些細なことまでも考え込んでしまうことがある。結論を急ぐこともなく、だからといって割り切るということも知らない。つまるところ時間がかかるのである。何かをするには時間が必要、話をすることのほうが理解も早いしあとくされもない。そんな風に考えている彼であるから、この戦闘というものは好ましくないのである。
「数は百十六? 中途半端な」
 律儀に数える辺り彼の性格が窺える。遥か視線の先、荒野の真ん中を突っ切って煙を上げながら迫ってくる黒い集団が見える。恐らくそれのことだろう。
 断っておくが、彼は何も持っていない。人の目では点としか認識できないようなそれを、裸眼で――しかも動き回っているし、土煙も俟っている状態であるのに――捉えたのである。すごいとしか言いようがないが、こちらの世界では当たり前の所業であったりもする。
「静爆様、我らは」
 ふと静爆の足元から声がする。地面に膝をついた五名ほどの従者がそこには控えていた。全員フードをかぶり顔が分からない。言うなれば脇役といったところか。
「審竜の手下、かなりの兵と見ていいだろう。だがお前らの手伝いは無用だ。俺一人でやる」
「左様で。然らば我らは影ながら援護を」
 フードをかぶった一人が遠慮がちに言う。援護すらも断られるのではないかと思っているのだろう。
「――……まぁいいだろう。援護くらいは自由にするがいい」
 この辺が静爆が好かれる要因であろう。手下をモノとしか扱わない煉錠や、気分で邪魔者扱いする変幻、徹底的に無視をする(というか怖すぎて近寄れない)雅恋らとは違うこういった配慮に、手下は感謝し静爆についていこうと思うのである。
「ありがとうございます」
「何を言う。しっかりと援護をしろよ」
 黒い点だったそれらは急激に形を大きくし、いまや目前まで迫っていた。
――百十六……
 静爆の両掌がうっすらと輝きを見せる。







――おかしい……
 大空を舞う翼を優雅に翻しながら雅恋は思う。ここまで力の差があるものか、ここまで弱いものなのか。漠然としか感じ取れない命の鼓動を新たに握り潰しつつ、雅恋は吼えた。

 もっとも巨大で重要な北門。そこを守るは災帝の通り名を持つ金色の竜。マリスには絶対的な力の上限がある。どうあがいても敵わない相手には幾ら努力しようと敵うはずがなく、そしてそれは確実に存在する――己が最強でないのならば。
 雅恋はその相手を知っていた。そしてその相手に少なからず敬意も抱いている。災帝にとって幸福な瞬間は相手を殺しその血肉を喰らう時で、それ以外にありはしなかった。それは全て自分よりも強いものがいないという自負の上に成り立つもので、その者と出会うまではそれが当然だった。
 戦闘というものから離れて久しい。
 命を懸けた殺し合い。その中に身を置いていながらも大して何とも思わなかった日々。それらを打ち砕いたその者は現主で、華死乃の支配者として自分の上に君臨している――今は不在だが。
 命の削りあいが楽しい。主はそう言った。生きるか死ぬか、俺にはそれが分からぬからより楽しいのだと。死ぬ寸前の体を横たえながらその言葉を聞いたのが懐かしい。そしてその時唐突に楽しかったのを覚えている。
 闘いとは馴れ合いではなく、殺し合い。命のやり取りの中で感じる相手の鼓動。それが醍醐味だ。
 妖獄界であるからこそ許される曲がったルールに、妖獄界の住人が異議を唱えるはずもない。誰が決めたか、いつから決まっていたのか分からないそれを淡々と語り、嗤う主に教えられた。
 戦闘とは面白いもの。少なくともよほど弱い相手でない限り、それは楽しいものであるはずだ。そう思ったからこそ雅恋はこの場で翼を広げて舞っているのである。

 だが現実は違った。
――弱すぎる
 腐っても煉錠の父親、審竜の配下どもである。それがこうも弱いものかと首を傾げたくなるほどであった。そうしているうちにまた一つ命を噛み潰す。
 変幻の話によれば数ももっと少ないはずであった。今ここにいるのはざっと二百程度。これでも半分以上がもう既に死に絶えている。情報よりもあまりに多すぎるのである。剥き出しの牙を覗かせて、ほとんど変わらない表情が一瞬曇る。曇るがそれは怒り顔のようにも見える。たじろいだ敵を一瞬にして巨大な尻尾がなぎ払う。
 こう見えて変幻の情報を一途に信じるメスの竜であるので、何気に容姿のことは気にしていたりもする。とはいえ冗談とも取れるそんな言葉を吐けるはずもなく、日頃はそんな素振りは見せはしない。尤もこんな風に感じるようになったのも、最近のことである。
 くすんだ金色の巨体から煙が噴出され始める。動き回った体温の上昇が行き場をなくし、空気中へと放出される。だが災帝のそれは単なる熱の放出にとどまらない。蒸気となって密度を増し、放出された熱量は金色の羽に収縮される。凝縮された白色の固まりは、さながら羽毛のように緩やかに風になびき、だが一度触れれば蒸発する究極の気体へと変化を遂げる。
『蒸舞(じょうぶ)』。羽を纏いつくす極限の焦熱をそう呼ぶ。破壊することも、耐えることも不可能なそれは触れた瞬間にそのものを殺す。殺意など篭もらずとも、それ自体が殺意。久々に扱うそれを文字通り肌で感じ、災帝はより高くに飛翔する。晴れることのない曇り空を消し去ってしまいそうな風が渦を巻き、雅恋の体を中心として竜巻が起こる。
 迷いも疑惑も全て吹き飛ばす。
 荒れ狂う翼から零れた蒸舞は竜巻に乗って意思を持ち、災帝の手にすら負えない武器となる。
 おかしいことなど常である。変幻の情報が間違っていたことに疑惑を持ったところで仕方がないではないか。
 いささか拍子抜けしたことに不満を持ちつつも、金色の竜は高らかに勝利の咆哮を上げる。







 変幻は一人立ち尽くす。
 妖獄界華死乃の支配者、死神の通り名を持つ煉錠に仕えてどれくらいになるだろうか。あのときから少しも代わり映えのしないこの世界は今日も曇り空が広がっている。錆びた鉄のような臭いは乾いた血の臭い。固い地面はでこぼこで平坦な箇所など見つかりそうもない。視線の先に広がる広大な山々は近そうに見えて遥か遠い。よほど巨大なのだろう。
――あの山の向こうには何があるのか
 変幻はよくそんな風なことを考える。蜥蜴の顔貌をして、性別も曖昧な声色。舌足らずな感じもするがこう見えてなかなかの切れ者であるから、好奇心も人一倍なのである。けして本性を見せない風体は、今までそうして生きてきたのが影響しているのであろう。今でもその癖が抜けないでいる。
 遠くに見え始めた点の群れは何か分からない。数えるのは面倒だから数えない。知らなくてもいいことだから、知ろうとはしない。
――審竜は何を考えているのだろうか
 嘘をついていたと、結果そういうことになるのかもしれない。審竜の配下など初めからいなかったのだから……今ここで南門を守っているこの自分以外には。
 審竜が死に煉錠に仕えたのはもちろん仕方なかったからなどではない。だからこそこうして煉錠の父越えに四苦八苦しているのだ。ただ、審竜がそれに伴って欲した要求を叶えてやっただけ、そんな気がする。
 雌萌には悪いことだったかもしれない。雌萌が死ぬかもしれないと思いつつも、審竜の命令を聞いた。雌萌が望んだこともあってそれほど罪悪感は感じなかったが、やはりまずかったかもしれないと思う。少なくとも内心望んでいたことでもあったから。
 思い込む性質であるからこれではいけないと頭を振る。どこか滑稽なその仕草は、やはりシリアスに徹しきれない悲しさがある。
 漠然とした面持ちのまま、いつも通り視点の定まらない目を行き交わせ状況を把握する。
 今ここに向かってきているのは、命知らずのどこぞの蒐真里であった。審竜の配下はいないのであるから当たり前である。
 偶然こんなことになったが、さして問題もない。嘘をつくのは得意であるが、それと同じぐらいばらすのも得意である。審竜の計画をいつ暴露してしまうかも分からない自分が妙に可笑しかった。
「変幻様、我々は――」
「あーもう、まだいたっぽいか。もう帰れっぽい」
 ローブをかぶった兵士達――顔は見えないが礼儀正しそうな印象は受ける。おそらく上辺だけであろうが、それも妖獄界らしくていい。
 厄介者扱いされた三名のマリスはいそいそと南門をくぐりぬけ街道を戻っていく。変幻はぷぅと息を吐いた。何気に気を使っているのである。理由は簡単――
 見渡す限りに何もない赤土色の地面と腐った臭気が漂う宙には、既に無数のトラップが仕掛けられている。
 三名のマリスが到着する前から既に張り巡らされていたトラップは南門の周り数百メートルにまで及び、中には変幻の意思とは無関係に作動するものもある。その一つ一つを把握し、それらを完璧に理解しているため、その恐ろしさもよくわかっていた。そのため一人のほうがやりやすいのだ。
 召喚術で呼び寄せた懸(かかり)という小型蟲を手足のように(時には非常食に)使うのが変幻の常套手段である。
「静爆さ――煉錠様と雌萌、それに雅恋さんだいじょうぶっぽい〜?」
 なぜか慌てた独り言は虚しく空をさまよい、聞かれることのないまま変幻の元へと舞い戻る。
 変幻の瞳に一瞬宿った色は、『彼』のものではなかったようにみえる。







「煉錠君!」
 空翔円盤が直撃し、その衝撃で吹き飛んだ少年は死んだのではないかと思い麻奈は叫んだ。マリスの闘いを幾度か見たといっても、姿形は自分とさほど変わらない――むしろ幼い――普通の男の子が目の前で吹き飛ばされたのである。悲鳴を上げないだけまだいいほうであろう。
「煉錠君!」
 波打つ地面のせいで駆け寄ることも出来ない。人間はこの空間では傍観していることしか出来ないのである。
「煩いぞ、黙れ」
 苛々した声が麻奈の背後から聞こえた。いつの間に回り込んだのか、麻奈はとりあえずその姿にほっとし、胸を撫で下ろす。逆に煉錠はその態度を見て腹を立てた。
「閻魔。貴様まだこの俺が誰だか分かっていないようだな。いいか、妖獄界の竜神子、死神煉錠とはこの俺だ。貴様に心配されるほど下種ではないわ!」
 煉錠はそう言い残して地面を破壊する。麻奈はその破片で傷つかないように両手で体を守る。心配してあげたのにと、少しイラッとする麻奈であるが僅かばかりの滴った血の跡を見てそんな思いも掻き消えた。やはり無傷で済むはずがなかったのであろう。心配してどうこうなるものでもないが、それでもせずにはいられなかった。
 麻奈は両手を組んでただ祈る。それしかできることがないのなら、そうしようと。雌萌に会わせるためにも、ここで煉錠に負けて欲しくはないのである。
 刹那、爆発が起こったのかと思った。
 空中で棘だらけの大太刀と巨大な二本の鎌がぶつかり合う。衝撃波で鼓膜が裂けそうだった。
 ぶつかり合う度に爆発を起こし、その度に火花が飛び散る。金属でもないその物質がなぜ火花を飛び散らせるのか意味がわからないが、その持ち主の体にちらついている炎が原因であろう。煉錠の体にも、審竜の体にも同色の黝い炎がさながら衣服のように揺らめいている。
 煉錠の動きは今までよりもずっと速くなっていた。マナとの思いの共有がそうさせているのかもしれないし、ありえない煉錠の適応能力がそうさせているのかもしれない。力も何も、妖獄界の華死乃の支配者そのままの動きであった。
 何度かの爆発を楽しみ、その度に痺れる両手を握り締め、煉錠は闘いというものを心から楽しむ。この男を殺さねばいけない、それは分かっているしもちろんすぐにでもそうしてやりたい。だが、華死乃の支配者はそれと同じぐらいこの時を楽しんでいた。雌萌のことなどまるで頭にない様子で――否、実際ないのだろうが。
 空中での爆発から一旦落ち付き、地についた瞬間これでもかといわんばかりの土埃を上げて地面を抉る。つま先から指先まで、体全身に力が漲りそれでいて固くない最高の状態であった。一瞬のうちに間合いを捉えた煉錠は力任せに尾刀を振り下ろす。
 その仕草には躊躇いなど微塵もない。父であろうが何だろうが歯向かうものは殺す。煉錠に、マリスに常識は通用しないのである。振り下ろされる瞬間の空気すらも武器と化し、尾刀越しに伝わる殺気が相手を傷つける。
 だがその力任せの尾刀を受けるでもなく、冷静に避ける審竜。流石に闘いなれている。地面を砕いた尾刀を振り上げようとした煉錠の動きを封じるべく、一本の鎌で尾刀の背を押さえつける。残ったもう一本はこれまた躊躇いもなく煉錠の首を狙う。さすが親子というべきか。躊躇いではなく本物の殺気を滾らせて、命懸けの親子の会話は首の皮一枚を突き抜ける。
 幾ら煉錠といえど、こちらの世界で首を刎ねられて生きていられるとは思い難い。煉錠自身もそう思っているのだろう、尾刀を引き上げるのを諦め強引に引き抜いて後ろへと飛び退く。それでも首元を軽く抉られたせいで血が吹き出した。直に止まるが、体力は奪われる。
「なるほど、だから死神か。聞くのと見るのとではだいぶ印象が違うものだな」
 落ち着いて、だが何か諦めた表情で審竜が呟くように言った。
「はっ、よおく見ておくがいい。そして悔いながら死んでいけ、この俺にたてついたことをな」
 べりべりと今出来たばかりの瘡蓋を剥ぎ取る。しかし抉られた首元にはもう傷跡すらない。
「それは雌萌のことか?」
 ピクリと煉錠の眉が上がった。
「はっ、何を馬鹿なことを言っている。俺は貴様のように女々しくはない。哀しくなどはないのだ!」
 はははと笑う煉錠。それを見て審竜も嬉しそうに笑った。
「ははは……学んだものだな煉錠。『哀しい』など、どこで知った?」
 ぼうと、答える代わりに煉錠の体を大きく黝い炎が包む。額にある逆さの十字架からはより強い炎が噴出した。
 煉錠の顔から一瞬にして消えた笑顔は明らかに不快な空気を生み出していた。審竜は続ける。
「煉錠、知は恥ではない。必要のないことも、必要な時が来る。もうわかっているのではないか? お前は今、もう必要ないはずの俺との闘いを長引かせている。全力を出せば――」
「出してやるよ!」
 叫んだ煉錠の声が上ずっていたのはきっと気のせいではない。
 にこりと微笑む審竜が何を思ったか。巨大な鎌を両手で掴み、突撃する煉錠を迎え撃つ。
 負けると分かっていたのだろうか?
 ぶつかって圧倒的な力の差で吹き飛ばされる審竜と鞘名を見て、麻奈は思った。
――ならばいつから?
 初めから負けると知っていたのならどうして闘ったのだろう?
 雌萌を殺してまで全力の煉錠と闘おうとした審竜は勝手だとしか言いようがない。
 屈折しすぎている愛情表現など人間である麻奈にはわかるはずもない。
 だが、
 鞘名を砕かれて、
 それでもなお煉錠と向き合い、
 尾刀の一撃を臆することなく両手を広げて受けた審竜を、それ以上仇視することは出来なかった。






第十一話  「アホか貴様?」






 審竜は笑いながら暗黒へと身を委ね、それを見送る煉錠は苛立ちを隠さずに門を破壊しようとしていた。何も審竜を助けようとしていたわけではなく、完璧に止めを刺すことが出来なかったのが悔しいのであろう。門が消えるまで、意味のないそれを続けていた。
 煉錠に尾刀で切り裂かれた審竜は自ら地獄の門を呼び出し、それを開いた。いつもは煉錠が呼び出すあの巨大な漆黒の門である。そこから這い出した闇はまるで人間の手のように審竜自身を掴み、そして連れ込んだ。うっすらとした希望の光が、審竜が連れ込まれることによって掻き消えた(見えなくなった)のを覚えている。
 闘うことで意味を見出す。そんな考えが一般的で、おおよそ人間には理解できないマリスの会話であるからどんな意味がこめられていたのかなどわからない。もしかしたら何の意味も込められていなかったのかもしれない。煉錠も審竜も真の気違いであると、そんな風に捉えるべきなのだろうか。
 歪んだ空間から解放されて洞窟の地面へと足をつけると、妙な緊張感が残った。相変わらず煉錠はぶつくさと文句を呟いていたが、何となく不自然さを感じたからかもしれない。
 そうしてすぐに、牙慈裏が背後に居ることに気づく。彼は煉錠と麻奈の姿を捉える前に審竜が負けたということを知っていたようだった。わかっていました、そんな丁寧な口調で審竜の死を受け入れた。主人の死であるそれをそんなに簡単に受け入れる神経の持ち主なのか、それとも予期していたことなのか、真意は分からないがマリスだからと、それだけで片付けられる問題には思えなかった。
「雌萌さんももうあちらの門に取り込まれました」
 そう告げられてまざまざと思い出すのはあの不快感。何のために審竜を倒そうとしたのか、倒したところで雌萌がかえってくるわけではないけれど、恨みや憎しみあってこその決断。綺麗さはないが、正直なところだった。審竜を倒せた暁にはご褒美に雌萌を生きかえらせてあげよう、などという幻想を抱いていたのも事実である。
「そうか。帰るぞ閻魔」
 別段気にした風もなく、いつもと同じ調子に戻った煉錠が言う。松明に照らされた顔に出来た影が、いつもよりも大人びてみせる。
「案内します」
 牙慈裏が言った。これからこの狼男はどうするのだろう、そんなどうでもいい考えも浮かんだ。
 暗い鍾乳洞が出来た通路を通る。来た時よりも明るく感じるのは目が慣れたせいかもしれなかった。
「どうした閻魔? いつもの馬鹿顔をさらしているといい」
 煉錠がけらけらと笑う。マリスだと、痛切に感じる瞬間。
 気が滅入っている理由は酷く簡単で、しかしそれを口にするのは何となく嫌だった。明るい出口が視界に入ってくる。三十分ほど前にしりもちをついたところだ。
「行くか」
 煉錠が麻奈を抱え上げる。セクハラで訴えてやろうかと思った。
「お待ちを」
 牙慈裏が慌てたように口走った。唐突に放たれたその言葉に、膝を曲げた煉錠が訝しげに見返る。
「これを」
 狼男は一枚の紙を麻奈に手渡した。ひらひらの薄汚れた紙。というよりも何か分厚い本の一ページをちぎった、そんな感じの紙だった。
「召喚術の本の一ページらしいです。審竜様より――」
「はっ、血止めにもならんわ」
 ごんと握り締めた拳で煉錠の頭を叩く。全く効いていないであろうが、その一撃で叱られた子犬のように黙り込む。少しは麻奈のことを認めているらしかった。
「ありがとうございます」
 少しだけそれに目を通して、礼を言う。
 牙慈裏はあまり得意そうでない笑顔を見せた。







 蒐真里同士のいざこざなどは流石にそう中々ないものであるが、それは何も友好関係があるからとか、力の強弱があるからとかそういうのでは全くなく、単に面倒だというのが大きい。個人的なマリス同士の殺し合いなどは日常的に行われているが、こちらは何もかもが簡単であるからである。ルールなどあってないようなものであるから、実質事後処理が一番大きいのであろう。
 清潔さなど気にするものは少ないが、景観を気にするものは多いのである。それに道が死体で埋め尽くされていては生活がしにくいというのもあるのだろう。そんなわけで蒐真里同士のいざこざはそうあるものではなく、あったとしても小規模なものが多いのが通常である。
 だから、東西南北、今西門を除いて大量の死体が積みあがっているのは少し違和感のある光景だった。まぁ単純に一つではなく、たくさんの蒐真里が責めてきた結果こうなったのであるが、妖獄界華死乃という土地がこれほどまでに注目されていると知るにはいささかやりすぎな数でもあった。
 唯一の天窓が木端微塵に砕かれている暗黒の城、空いた玉座が佇む大広間に、満足げな表情をしたマリスが三匹悠々と帰還する。
「それにしても、西門に敵が来なかったのはどういうことだ?」
「来たっぽい、来たっぽい。でも俺が撃退しといたっぽい」
 天窓からばさりという音と風とともに雅恋が舞い込む。
「嘘をつくな。そもそも西門は雌萌専用のような状態であったではないか。性別すら違う貴様がいけるはずなかろうがっ!」
 熱っぽく語る静爆に、珍しく変幻も熱っぽく返す。
「嘘じゃないっぽい。静爆さんは雌萌にこだわりすぎっぽい!」
「貴様はいまいち信用できん。大体審竜の手のものもいたのか?」
 攻めてきたなかに審竜の手のものがいなかったと正確に知っているのは変幻のみである。
 だが妖獄界華死乃の支配者に仕える四強の二人である。静爆も雅恋もあまりの手応えのなさに、それに気づいてもおかしくはなかった。
「い、いたっぽいよ……。な、その顔は信用してないっぽい! 本当だったらどうするっぽい!――あっ、もちろん本当っぽいよっ。……そ、そんなことよりあれを見るっぽい!」
 慌てふためきながら変幻が指さしたその先には歪な漆黒の球体が佇んでいる。凸凹なのは相変わらずで、ゆらゆら蠢くオレンジの光も変わらず生きているように動きまわっていた。静爆も雅恋も言われたままにそちらに振り向き、変幻の言葉の続きを待った。
「あの、ほら、あれっぽい。きっと煉錠様が審竜を倒したっぽい。百人力とか、千人力とかいう言葉の通り、残りが三千二百九になってるであるから〜」
 確かにオレンジの光は以前の四千二百九から丁度千減っていた。しかしそれがなぜ審竜を倒したこととなるかは分かるはずがない。分かるはずはないが、変幻が言うのならばそうなのだろうと若干の疑問を持ちながらも納得するは雅恋。
 静爆は不満たらたらで変幻を睨みつけるが、経験上何を言ったところで無駄であるということを分かっているので何も言わない。そして恐らくは、忌々しいがそれが正しいということも感じてはいるのである。
「では何か? 今回の襲撃でもう審竜の脅威はなくなったということか? 失敗したと」
「そうっぽい、そうっぽい」
 こくこくと機械的に頷く変幻。落ち着きを取り戻したのか、いつもの調子へと戻っている。
「いまいち腑に落ちんな」
 ごぅごぅと雅恋もそのような感じで喉を鳴らす。
「ん? 恋に落ちんっぽいか?」
「貴様、耳が悪すぎるぞ」
 ごぅごぅと雅恋が喉を鳴らして、ホホホホと変幻が高笑いし、こなくそと静爆が追い掛け回す。煉錠と雌萌がいなくとも成り立っている華死乃を顕著に表している一場面かもしれない。
 もちろん、二人が帰ってくることを心待ちにしているのは言うまでもないだろうが言っておく。煉錠と雌萌がこちらへと帰ってくるのは大分先になりそうであるし、何となく不安だから。
 華死乃の空は今日も暗い。







 一週間が過ぎた。
 審竜と煉錠の闘いがあった日から三日経って、やっとたった一枚の紙に書かれた内容を知ることが出来た。図書館や家にあったほんの少しの召喚術の類の本では全く理解できない文字と絵で、何が何だか分からずに困り果てていたわけであるが、それが今日ほとんど何もしていない麻奈の手の元にあるのであった。
 初めの二日間は何も起こらず、つまりは何もわからなかったわけなのであったが、それが過ぎてからちょっとおかしな事が起こった。何もしていないその紙に勝手に文字――理解可能な、だが汚い――が出てきたのである。直接その現象を見たわけではないが、麻奈が目を放して次にそれを見たときには少しではあるが文字が記されていたりするのである。
 五日目ぐらいまでは何とか自分で解読しようと思い、ずっと自分で持ち歩いていたわけであるが、結局のところその不思議な現象に頼るほうが何よりも早いということが分かったので、できるだけその紙を(おかしな言い方であるが)一人にしておくことにした。結果、今こうして麻奈の手元には完全に読み取ることの出来る――文字の汚さは別として――召喚術の術式があるのである。
 文字も絵も理解はできていなかった時も、意味がわからないということはなかった。それは何となく召喚術のことなんだろうなと漠然と思い、だからこそなんとしてでも解いてやろうと麻奈は思っていたのである。まぁ、それは五日目で綺麗に挫折したわけであるが。
「麻奈。どうしたの?」
 今日一日でもう何度目になるか分からないこの質問をされる度に麻奈は申し訳なく思う。授業中のなごりか、眼鏡をかけたままでそれでも幼く見える未来が心配そうに尋ねてきたのである。気分はダメなお姉ちゃんといったところか。
「うん、大丈夫。大丈夫ぅ、変な顔してたかな?」
「いや、変な顔って言うか。そんなの読んでるから……」
 言われて気づく。今終わったばかりの授業は数学で、その前に終わったのは社会であるし、次の授業は体育だった。つまり今麻奈が手にしている国語の教科書はどう考えても必要ないのである。普段本など召喚術系の御伽噺などしか読まない麻奈であるから、それを熱心に逆さに読もうとしている姿はよほどおかしかったのであろう。それに加えて、そもそも今日は国語がなかった。
「あ、いや……。あ、頭悪くならないようにね。本逆さまに読んでたの。凄いでしょぅ。逆転の発想だよ、うん。逆転の発想」
 腕組みをしてうんうんと頷く麻奈を見て未来は思う。
 なるほど、言われてみればそうなのかもしれない。逆転の発想は必要である。今終わったばかりの数学の時間、軽いセクハラ教師西嶋もそんな風なことを言っていたし、あの名探偵シャーロックホームズも推理をするのに、先を見通すのではなく逆に結果から全てを予測する逆の推理が必要だと言っていた。おそらくは麻奈もそういうのに影響されたのであろうと、読書家未来は思うわけである。
「なるほど。麻奈も色々考えてるんだね」
 能天気だと思っていたが、案外つわものなのかもしれないと思う未来である。
「うん、そうなのょ。私もすっごい考えてるの」
 一瞬どきりとしながらもえへへと笑って麻奈。流石未来は鋭いなと感心するばかりである。
「えんま、未来〜、早く行かないと遅れるよ〜」
「はいは〜い」
 麗の呼ぶ声に次が体育だということを思い出して麻奈と未来は急いで教室を出た。



「えんま、あんた何やってんの?」
「ぇ?」
 ぼんやりとしていた視界が一気に開け、先ほどまでそこにあったはずの花畑が消滅した。その代わりに現われた清楚なお嬢様に見つめられて、麻奈はなぜか頬を染める。
「アホかぃ。だから何やってんの?」
 頬を染めてそのまま動かない麻奈を不審に思い再び麗が声をかける。はっとして状況を確かめると、今はお弁当の時間だった。
 お弁当箱を開かずにいただきますを言ったかと思うと、とりあえず取り出した箸を逆に持ち、それを口に咥えたまま止まっていたのである。幸い誰も注目――否、一人いるのだが――していなかったからよかったものの、アホ丸出しである。
「あ、うん。これはその、お箸がね。お箸が美味しいかなぁって」
 しどろもどろに答える麻奈を見て、徳川麗はふぅんとだけ反応する。とんでもなく惚けた発言であるが、日頃の麻奈から考えればそうぶっ飛んだこともないのである。とりあえず「普通はプラスチックの箸に味なんてしないからね」と付け加えて、まだ動こうとしない麻奈のお弁当の蓋を開いてあげた。
「うん、もうやんないね」
 パンにかぶりつく麗を見て一言感謝。
 色々思いつめているのを麗は気遣ってくれているのだろうと麻奈は思う。煉錠や雌萌のことを知っているはずはないから、おそらくは厚木とのことで気を揉んでいると思っているのだろうが、それも間違いではない。実際学校ではそちらのほうが重要視すべき問題である。
「ま〜なっ!」
 どんと背中に衝撃が走って、それと同時に柔らかい感触が伝わる。瑞々しい香水の香りと、ほんのり漂う化粧の匂い、未来はテスト前なので図書館勉強中であるから心当たりの人物は一人しかいなかった。というか、未来はこんなことをしないのだが。
「あらん、どした? って、また麗パン食べてんだね」
「うるさいね。それよりあんたこそどうしたんよ? あの馬鹿供と一緒じゃないの?」
 千恵美は麻奈達ともお弁当を食べるが、それは彼氏が居るときのお話。彼氏が居なくなった時は、基本侍らせている男供と一緒に居るのである。
「いやさ、麻奈に悪いことしちゃったからね。あいつの話収集しようと思って〜」
「ちえちゃん」
 心打たれる。親友とはいいものだとしみじみ思う麻奈である。この際もともとの原因が誰であるかは置いておくとして。
「でもやっぱダメだった〜。ノホホホ」
 は?
「やっぱり麻奈が厚木のこと嫌いって直に言わないとダメみたいよ。噂のほうは嘘だっつってんだけど誰も信じないしさ。厚木自身、麻奈のこと完璧彼女だと思っちゃってるみたいだしね。うぬぬ、千恵美さんの情報網の広さをもってしても、これは中々骨が折れるのよ」
 その情報網の広さゆえだろうがと内心毒づく麻奈である。
「ま〜た軽いこと言って。麻奈がそうそう厚木に逆告白できるわけないでしょ」
 麗の助言にうんうん頷くも、それを見て見ぬ振りをした千恵美は麻奈の両肩に手を置いて瞳をあわせる。
「自信持ちな麻奈。あんたがやらないと何にも進まないよ」
 真剣な顔で悟らせるようにそう告げる千恵美に気圧されて、うっと言葉に詰まる。なんと反論しようかと目を泳がせた瞬間、遠くの席でこちらを見ている男子生徒と目が合った。思わず逸らす。
 声を潜めて話していてよかった、厚木がこちらをずっと見ていたことにようやく気づいた麻奈である。
「騙されんな麻奈、こいつの口はホントに重みがないからね」
「そ、そうだよねっ」
 一瞬目が合っただけであるのに――麻奈はバクバクとうるさい音を立てる心臓を押さえてはにかむ。
「あーもう、何でそんなこと言うかなぁ――って、またかよっ! 乳掴むなっての!」






 今日という日が何もなくとも、明日という日に繋がってゆく。
 安っぽいドラマの謳い文句に影響されつつも、麻奈は部屋で決意を決める。ピラピラした一枚の紙とにらめっこをして、はや十分が立っていた。
「ふむふむ、コンジョーはやっぱりいらないのかぁ」
 独り言ちる。手にしている紙にはコンジョーなどという言葉は書かれていない。麻奈が今まで手にしていた分厚い本には当然のように書かれていた呪文が、そこには一文字たりともしるされていないのである。
 何となく騙されていたような気がして――騙されるも何も、信じたほうが悪いのであるが――今まで愛用していた召喚術の本などはゴミ箱へと直行させて、否それは少しもったいない気がするのでベッドの下にでも突っ込んでおく。この簡単に手に入った分厚い本のように、もっともらしいことを書いてあるものほど信用できないものだというのが正しいのだとすると、なるほどこちらの今手に持っているのは確かに信用できるなぁと思う次第である。
 何しろ全く理解できない文字と絵が書かれていたのであるから、もっともらしいことなどどこにも見つからない。というかそれ以前に読めないのであるから、なんと言っていいか。信用しうる『人』に貰ったものでもないのである。
 まぁ、後に記された汚らしい文字で書かれているのはもっともらしいことなのであるが、それには触れない麻奈であるからこその判断は間違っていない。それこそが重要なのである。
 つまりは純粋な心こそ何かを成し遂げるのには必要と言えた、ということである。
 時刻は夜の十二時十五分前。満月が綺麗に輝く夏の夜である。わけの分からない鳥の鳴き声や、ざわざわとした風と木の葉が出す音色、それに混じった虫の声も今はどこか神秘的にすら聞こえる。珍しくタンクトップ一丁の麻奈は軽やかに立ち上がると、出窓から身を乗り出して周りを見る。
――大丈夫、誰もいない
 召喚術を行う際にはとんでもない条件があった。
 麻奈は牙慈裏から貰って今朝解けたばかりの難解な文章が書かれている紙をハーフパンツに突っ込み、窓に足をかけた。
 スースーする腕と足。めったにこんな薄着はしない麻奈である。白昼ならば絶対に出かけない格好で、麻奈は二階の自室から屋根に降りる。きちんと用意しておいた靴を履き、足音を立てないように縁まで行くと、そこからこれまた用意しておいた梯子を使って庭まで降りた。いつもはだらしなく思ったりもするが、今日ばかりは片付けの不精な両親を嬉しく思う。
 梯子を怖がりつつもゆっくり慎重に降りて地面へと到着する。ふわふわした髪の毛も今は束ねていないせいで、少し鬱陶しかった。再び周りを見回し、誰も居ないことを確認する。これから行うことは誰にも見られるわけにはいかなかった。
 麻奈の家の庭はそれほど広くない。だからこれから行うことをするためには近くの公園まで行かなければならなかった。腕時計のさす十二時十分前という時間を確認して、麻奈は道路へと踏み出した。人気のない道路を少し急ぎ足で歩みながら、時たま挙動不審に振り返ったりなどもして目的地へと急ぐ。不安と期待が入り混じるが、不安のほうが遥かに大きかった。
 召喚術で呼び出そうとしているのは誰あろう、もちろん雌萌である。
 ピラピラの紙に記されていた召喚術の定義としての死は、違う世界に送られるというものだった。そうであるから、召喚術の世界では死ぬという概念は存在しないのである。十分雌萌をこちらの世界に戻すことは可能に思えた。
 ただ、やはり召喚術を行う際にはとんでもない条件がある。
 人生そうそう上手い話ばかりはないのである。メリットがあればデメリットもある、甘みの裏には苦味があった。
 ついにたどり着いた目的地を前にして、麻奈は少しばかり――いや、大いに――尻込みする。それはあまりにも人気がない公園だったからではなく、街灯が全くない暗闇だったからでもなく、ここに来てやらねばならないことの大きさを改めて痛感したからである。
 初夏の風が生ぬるく感じ、一気に汗が噴出した。
『召喚術を行う条件、その一にして全て』
 一行の文が麻奈の頭の中でフラッシュバックする。
『ありのままの姿で』
 人気はない。光も月光のみ。
 だが今の麻奈にはそこは大勢の観客が見据えるスポットライトが当たったステージに見える。観客は今か今かと興奮した面持ちで主役の登場を待ち、控える主役はあまりの恥ずかしさに倒れそうになる、そんな幻想。
 自分は何をしようとしているのか。おそらくは今まで生きてきた中で、そしてこれからも永劫しないであろうおかしな事をしようとしているのである。それをすればすなわち捕まるかもしれないし、奇異の目に晒されるかもしれない、もしかするとそういった方面の人達からお誘いが来るかもしれなかった。どんな結果が待っていようとしても、その行為をした時点で悪いのは自分ということになる。それだけは確かであった。
 タンクトップの裾に手をかける麻奈。彼女は今酷く狼狽していた。
『ありのままの姿で』
 そう書かれた一文が示すのはそういった意味ではないのであるが、どういうわけか彼女はそういった意味でとってしまい、今一人――はっきりと言えば『意味もなく』――狼狽していた。勘違いとは恐ろしい。
 麻奈は躊躇しつつもいじらしくタンクトップのすそをたくし上げてゆく。いっそのこと一気に上げればいいものを、そうできないのは乙女の恥じらいか。それが逆に危険かもしれないとは、この少女に思いつくはずもない。
 麻奈の両腕がタンクトップ内部に消える。おかしな脱ぎ方であるが、このようなおかしな場所であるからそう違和感も感じない。夜の公園月明かり、おそらくは自分で書いたのであろう無骨な円の真ん中に、もじもじしながら体を動かす一人の少女。召喚術は厳しいなぁと、さめざめ零す十七歳である。
「そこのアホ。何をしている?」
 冗談抜きで飛び上がる。そして面白いことに、その直後には今度は足が竦んで動けなくなった。冷や汗が頬をつたうのを感じながら、麻奈は声がした方へと首を向ける。ぎぎぎと、そんな音が聞こえそうなほど固まった首が自分の体とは思えない。
「こんな時間にこんな場所にいるとは珍しいな、閻魔」
 ほっと安心する。この口調、この声、どうやらよく知っているもののようである。麻奈は安心しきって振り向
「うわっ!?」
 予想していたはずの人物がそこにはおらず、見たこともないへんてこな格好をした人(?)が立っていた。腕組みをした偉そうな態度に、これでもかといわんばかりに装飾された衣装、顔は何か化粧をしているのか、遠いのと月の逆光でよくわからないが身長は麻奈よりも低い。
 夜の公園に似合うといえば似合う怪しげな人物が、ジャングルジムのてっぺんにたってこちらを見下ろしていた。よく知る人物だと思っていたので、この映像には少なからず驚いた麻奈であるが、「うわっ!?」などというあからさまな驚きの表現が出たのを考えれば、それほど深刻視するほどでもないように思う。実際麻奈はその人物が誰だか、もうこの時点でおおよそ見当がついていた。
「ふふ、驚いたか。俺は召喚――」
「何やってんの煉錠君?」
 とりあえず疑問を口にしてみる。しかしさして驚いた様子もなく、豪奢な衣装はけらけらと笑った。
「っは、何を言っている。俺――私は召喚師連(れん)、貴様こそ何をやっている?」
「私は萌ちゃんを召喚しようと思ってー」
 どうやら煉錠ではないと言う。召喚師連は煉錠ではないと言う。
「そうか、ならば『必要としている者のための願い』は十分なのか?」
 必要としている者のための願い――たしか召喚術を成功させるための第一条件にあったような気がするが、全く覚えていなかった麻奈である。
「えーと、うん。大丈夫。煉錠君、萌ちゃんのこと必要としてるでしょ?」
 召喚師連に訊く。
「貴様ふざけているな。なぜ、お――私に聞く。私は召喚師連だと言っている。煉錠などというやつの気持ちなど分かるはずもなかろう」
「そうかぁ、まぁいいよ。大丈夫だよね? じゃさ、煉錠君見張っててよ。召喚術やるから」
「何をだ? ちょっと待て、私は連だ!」
「服脱ぐから、こっち見ないでね」
「待て、なぜ脱ぐ。アホか貴様?」
「だって……」
 時刻は十二時三分前。召喚師連に教えられ、やっと『ありのまま』の意味をわかった麻奈が、召喚術に挑む。


 持つべきものは自信と度胸、それからほんの少しの愛も。

――もしもこれが成功したら……
 艶川麻奈という人間が、いろんな意味の一歩を踏み出す。






〜EPILOGUE〜






「えんま〜」
「麗ちゃん」
 艶川麻奈の朝は早い。理由はお腹が減ってしまって寝ていられないというなんとも健康的な生理現象による。きちんと朝食を食べないと学校に行くまでに倒れてしまいそうなほどなのである。低血圧でもそこだけは譲れない、華の女子高生である。
「おはよ〜。数学の宿題やった?」
「全然。未来姉さんに写させてもらおうかなってところ」
 徳川麗は姉御肌であるから、こういうことを言うと何だか違和感がある。それに移させてもらうとは言っても麻奈とは違い優等生の麗である、確認程度のものだろう。麻奈はいつもそれに便乗していた
 が、
「へへぇ〜、私はね。今日ちょっとやったんだよぉ、すごいでしょ?」
 誉めてもらいたくて仕方がないという子供のような表情で麻奈は言う。もちろん姉御肌で付き合いも長い麗であるから、そんな麻奈の扱いには慣れたもの。頭を抱きしめるように摺り寄せ、よしよしとしてやる。
 えへへと麻奈が馬鹿っぽく笑った。



 千瑠璃高校二年一組。もうすぐ期末考査が始まるということで、教科書を開いている生徒が多い昼休み。艶川麻奈と金原千恵美は珍しく二人だけで食事をともにしていた。性格が似ているようで、実際かなり違う二人である。なかなか拝めない光景であった。
「麗と未来は?」
「麗ちゃんは伊賀元君とで、未来ちゃんは図書室」
 もぐもぐとお弁当を啄ばみながら話す。麻奈は食べるのが遅い、それというのもこの食べ方のせいだろう。一口一口を箸で運ぶ動作が緩慢なのも原因だが、その一口分が異常に少ないというのも大きな原因である。
「そっか、ちょっとさ。聞いて欲しいことあるんだけどね」
「ん?」
 幾分元気のない千恵美。いつもはきゃっきゃとはしゃぎまわっているのに、そう言えば今日はあまり男子といる姿を見かけない。喧嘩でもしたのだろうか。
「あのさ……」
 千恵美の話の内容は麻奈にはとても信じられないものだった。常に男子数人を侍らせている千恵美がたった一人の男の子のことで悩んでいたのである。自業自得といえばそれまでの内容だったのだが、泣きそうなほど落ち込んでいる千恵美を見て、そんなことが言えるはずがなかった。
 話は三股ほどかけていたうちの一人に別れを持ちかけられたということだった。どうやら随分長い付き合いだったようで、その相手も千恵美に他の彼氏がいることは知っていたらしい。それでも付き合っていたのは純粋に千恵美のことを信じ好きだったからなのだろう。
 千恵美もどうやらその相手が一番好きだったようで――だったら他の男子と付き合うなよと言いたいが――その話をされて三股はすぐにやめたという。けれども彼の決意は固く、頑として聞き入れてくれないそうだ。
「麻奈、あたしどうしたらいいと思う?」
 麻奈に聞いてもおそらくはどうしようもないことはわかっている。千恵美ですら悩む恋の問題が、麻奈に解けるはずはないのである。
 が、
「自信を持ちなさい、ちえちゃん! ちえちゃんは可愛いし、スタイルもいいんだから。きっとその人ちえちゃんのお嬢様なところが良かったんだと思うよ。だからさ、そんな風に媚びないで。ズデ〜ンとしてればいいんだよ。『あら、別れたいの? だったら好きにすれば』みたいなぁ」
 えへへと笑う麻奈につられてなぜか千恵美も笑顔になった。
 麻奈の言うことが当たっていたのかどうかは分からない。けれどもその数日後、いつも通りに男子を侍らせた千恵美がありがとうと言う相手が艶川麻奈であるのは否定しようのない事実である。



 疲れきった顔で図書室から顔を出した神奈川未来を見つけると、艶川麻奈は鬼ごっこの鬼のように走ってはいけない廊下を猛スピードで駆け抜ける。
「ハイタ〜ッチ!」
 すかんと音こそならないが、むなしく空を切った右腕を見つめて、次に通り過ぎた未来の後ろ姿を捉える。
「コラー、まてまてぇ。未来ちゃん、無視しないでよ〜」
 はっとして振り返った未来の横顔を見て麻奈はこれ以上ないにこやかな笑顔を送る。そんな麻奈を見て返す未来の笑顔はどこかぎこちない。二人の間には温度差があったが、麻奈はそんなもの気にしない。
「麻奈、どうしたの?」
「どうしたのって。未来ちゃん今日掃除当番だったでしょー! まったくぅ……、私が代わりにバリバリやっといてあげたけどね」
 えへへと笑う麻奈、そんな彼女を未来は羨ましそうに見つめる。
「ごめん、忘れてた。テストのことばっかり考えてて……」
「あー、そうだよね。私もやらないとなぁ……。未来ちゃんみたく頭良くなりたいよ〜」
 やる気のない声で麻奈が声をかぶせる。
 未来が何か思ったように口を開いた。
「麻奈。私、私いいのかな? これで……」
「へ?」
「私、こんな勉強ばっかりでいいと思う? みんなと遊んだり、恋したり、そういうことって今しかできなくない? 私、これでいいのかな?」
「未来ちゃん」
 珍しくそんな弱気なことを口にする未来に麻奈がいささか戸惑ったのは事実である。けれども、未来がそんな風なことを気にしていたのを知れて、これも青春だなぁとか思ってしまったのも事実である。
「未来ちゃんは、どうしたいの? 勉強やめたいの?」
「私は……」
 言葉に詰まる未来。勉強嫌いの麻奈にはわからないが、きっと未来には面白いものなのだろう。だからこそ悩んでいるのだし。
「私は今のままの未来ちゃんでいいと思うよぉ。人ってそんな急には変われないものだしね」
「麻奈……」
「で〜も、」
 えへんと麻奈は偉そうに言ってみる。
「私が遊ぼうって言った時は遊ぶこと! ね、おっけー?」
 びしっと指を突き立てて未来の鼻頭を押さえる。童顔のぷにっとした小鼻が麻奈の細い指で綺麗にひしゃげた。眼鏡が若干ずり落ちる。
「おっけぇ」
 少し鼻声だったのは麻奈のせいに違いない。



 夕暮れの教室。初夏の暮れなずむ空には飛行機雲が一つ、まっすぐに伸びている。
「厚木君」
 勇気を出して振り絞った声は擦れていて、おかしいなと喉に手を当ててみる。艶川麻奈の行動は、いつもどこか滑稽に見える。
「――……艶川さん」
 麻奈から声をかけられるのがよほど信じられないことだったのか、一応現在麻奈の彼氏とされている厚木隆少年はゆっくりと振り向き、声をかけた本人を前にしてきょろきょろと何かを探し回った。結果その声をかけた本人が今現在の自分の彼女とされている艶川麻奈で、今目の前に立っていると認識するまでに随分と時間がかかったようである。
 厚木少年は文字通り目を丸くして麻奈を見つめた。興奮と期待と、わずかばかりの不安の色がそのまあるい瞳に映る。
「ぁ、……あのね、厚木君。私、言わなきゃいけないことがあるの」
「うん」
 誰もいない教室に、都合よく厚木少年はいたわけではない。麻奈の鞄がまだ彼女の机に掛けられており、彼女が友達の掃除当番を代わってやっていたということを知っていたためであり、あわよくば「一緒に帰ろうか」などということを今日こそは言ってやろうと思っていたためである。
 何しろ彼氏彼女として付き合っているとされているが、実のところこの二人まだ手も握り合ったことはなく、話したのも告白の際の一言二言以来今日が二度目だった。
「私、厚木君に謝らなきゃいけないの。…………ごめんなさいっ」
「ぇ? えっ?」
 勢いよく頭を下げた麻奈にわけがわからず、厚木少年はしどろもどろな言葉を発する。麻奈はなかなか頭を上げようとはしない。厚木少年にはとにかくそれが居心地悪くて、顔を上げてと何とか声に出して言った。
「あの告白の時、頭の中真っ白になっちゃって。それで……それで、その、『うん』って言っちゃったの。本当にごめんなさい」
 厚木少年は理解する。
 あぁそうか、やはり夢は夢。泡沫の夢とはよく言うなぁ。それにしてもどうしてすぐに思いつかなかったんだろう、付き合うといったのに話しもろくにしない状態だったじゃないか。これではこういうことは見えていたのになぁ、と自分の馬鹿さ加減を完璧に理解したのである。
 うっとうしい前髪を掻き分けて、それでも憧れの人を前にしては気持ちが高ぶらずにはいられない。当たって砕けるまでが遅かっただけで、結局砕けた。もう怖いものはないといった調子で、厚木少年は麻奈に面と向かって再度告白する。
「俺じゃ、俺じゃダメですか? 艶川さんがもしも俺のことを嫌いじゃないんだったら、俺と付き合ってください。その間にきっと、きっと振り向かせてみせます」
 呆然と、したと思う。
 何しろそのときの麻奈の反応は両手で綺麗な×印を作っていたのだから。
 厚木少年はそれを見て、終わったと確信する。俺の夏は終わったと、確信しつつもまだ燃え燻り続ける麻奈への熱は冷めそうにないのを実感し、涙を流す。
「ごめんなさい。私は、今は、『みんなのえんま』でいたいんです。だから、ごめんなさい」
 もはやこんな言葉は彼の、厚木少年の耳には届いていなかった。
 ただ現実として、己が振られてこうなってしまっては如何にしてばれずにストーカーをやろうかなどとも考え始めていたほどなのである。もちろん、それは一時の暴走した頭の考えで、もちろん、悲しみと熱のせいであって、けしてあってはならないことなのであるからきっと起こりはしないだろうと思う。
「ごめんね厚木君」
 そう言って麻奈は教室を後にする。いつもよりもちょっぴり長かった一日を満喫して、えへへと笑うのである。



 屋上への扉はいつも鍵がかかっている。そして基本的に立ち入り禁止となっているから誰も寄り付かない。不良でさえも今時は糞暑い屋上よりもカフェだよなと、こじゃれた感覚で敷地内にあるカフェへと向かうのである。
 だが少女は階段を登る。
 今こうこうに入りたてほどの初々しい顔をした少女が屋上への階段を上っていた。先にあるのは闇だけで、閉じられた鉄製の扉などを開ける術を持っているようには思えない。だが彼女は臆せずに階段を登っていく。
 なぜなら、彼女は知っている。
 屋上には一流の錠前屋がいることを。そして、常軌を逸した宴会をやっていることを。
 少女は階段を登り終え、屋上への扉をノックする。軽く三回、こんこんこんと。
「閻魔か?」
「閻魔ですよ」
 ぎぃと扉が開く。随分使われていないのはなるほどその通りで、開いたドアの下にぼろぼろと錆が落ちた。
「おい、閻魔が来たぞ」
「あぁ閻魔様、なんとお礼を言っていいか」
「おお。いやいや麻奈ちゃん、どうもありがとう」
「っほーぅ。まさかまさかだよ〜」
「これは麻奈さん、お招きどうもです」
「煉錠様、こんなやついらないですよ。べー、だ」
 賑わしいを通り越してうるさいが、少女はこの空気が嫌いではないことに気づく。すとんとシートに腰を下ろした。
 見まわせば、人間とは違う顔をした人外の生物が二匹。猫耳を生やした少女と、大人な男性と女性のカップル。それから、
「閻魔、舞でも舞ってみろ」
 偉そうな口を利く中学生程度の男の子。
「いやです」
 少女はきっぱりとそう告げる。すかさず猫少女が割り込んだ。
「煉錠様、それなら雌萌めに」
 戻ってきたなぁと思う反面、うざくもある。
 しかし少女は、感じているこの気持ちこそ何より大切なのだと学び、知った。危ない世界に片足突っ込んだままでも、きちんとものは見ることが出来た。何よりもその事に安堵し、いまだ正気を保っている自分を誇らしく思う。

「閻魔、踊れ」
 少女はえへへと少年を殴った。

 ちっぽけな世界観に、茫漠な幻想。
 迷わない方がおかしくて、一度は入ってみたいのが本音。
 たとえ抜けきれられなかったとしても、いつかその迷路は消えるから。
 終わりの時まで笑顔でずっと……。
 自信を持って迷っていたい。   By Ennma

 夜の学校の屋上は異世界と密接に繋がっている。






   (とりあえず)―完―
2005/06/29(Wed)02:41:10 公開 / 影舞踊
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■作者からのメッセージ
異常に長くなってしまってごめんなさいな第七話更新です。この前ちょっと早めに更新できるかもとほざいてたくせに、いつもと変わりません(笑 まぁ長くなってしまったからという理由もありますが、遅筆をマスターしたのが大きな理由か(苦笑 また次回更新は激しく遅れる予感(ははは(汗
◆誤字・脱字チェック(京雅様presents)「両者ともにがこちらの〜」を「両者がともにこちらの〜」に変更。審龍が煉錠の力を推し量ったのはまぁノリです(マテ 何というか、弱いやつは通常こちら側のものを口にする必要はないという感じです(文章中で書くべきでした、かなりすいません。直すべきですね(でも直してません(オイ
蛙バトル。本当はもっと短く簡潔にしようと思っていたのですが、何だこれはな長さ。clown様にはばれてたし(笑 今回、麻奈視点というか、それが少ないです。日常の麻奈クラスを垣間見るみたいな(違うから こっちでこそこそ更新したいのですが、大丈夫なんだろうか? でも表に行くのは気が引ける(マテ
読みにくい&誤字あるかも、で拙いのですが読んでくれた方には本当に感謝しております。
少しだけレス返し。
【clown-crown様】蛙書いてしまいました、次はばれないことを祈ろう【ゅぇ様】作者自身麻奈が好きです。でも側においておきたいのは雌萌(黙れ【うしゃ様】期待には副えてない学校シーン、いかーすか(何だその言葉【甘木様】今回も麻奈の活躍は無し。ダメですねぇ、期待に副いたい【バニラダヌキ様】ラストまでずっとカタパルト設置で、飛ぶ力を忘れたって感じにならないようにしようと心に誓って(苦笑【京雅様】物語の雰囲気。そうですね、前回はかなり軽快タッチでいってみました。カタパルト設置だったので、硬くいっても面白くなかったので(本当か?【神夜様】プレッシャーに激しく弱い自分。でも準備期間という言葉はまさにその通りで、読みがいけてます神夜様(ほざけ【オレンジ様】軽快になりすぎぬように気を付けます。【スマイル様】夢爆発で、こういうの書くのは初めてです(恥【霜様】インパクトのある題より、意味深な題付けたいなぁと思う今日この頃(苦笑【昼夜様】巧くなってますか!? 心の底から安堵です。【夜行地球様】っほーぅ。ギャグものにもっていきたいんだけどねぇ(黙れ
皆様本当に感謝しております。一言なのでうざいですがすいません。(おそらく続けます(マテコラ 見放されても頑張りますので、ついてこれる体力のある方はどうぞよろしくお願いします。
感想、批評等頂ければ幸いです。




いやはや、この暑さは殺人級ですね。水分を幾らとっても足りないよと体が疼いております。どうも影舞踊です(長い
更新が遅すぎて、恐らく読んでいただいた方は内容忘れてしまっているんじゃないかと危惧しつつ最終話+EPILOGUE、長すぎてすいません。とりあえず完結なのですが、かなりいろいろと考える作品でした。偏に己の未熟さを思い知る良き作品だったんですよ(苦笑 この物語自体にも、読んでくださった方にも大変申し訳なく思っている次第であります。今後はもっと力をつけてから連載始めます。本当にすいませんでした(汗 ごめんよ煉錠君、麻奈(涙 今後はキャラを描ききってやらないと(本当にもぅ 妖獄界の面々はものっそい描ききれなかった感があるなぁ。
一言感想れす。大変感謝しています。
【甘木様】とりあえず読者様全員に謝って回ろうか、そんな気分です(すいません  審竜のラストは本当にもうダメ野郎じゃないっすか!? そんな感じですよね(苦笑 あそこはもう……。いつかこの作品は書き改めたいなぁ【うしゃ様】うぬぬ、基本打たれ弱いくせに、進んでパンチを受けようと奮闘する馬鹿です(マテ もう一波乱も二波乱も起こせばいいのでしょうが、う〜む、ダメダメです。きちんと勉強して小説を書こう。そんな風に思う次第です【神夜様】なんか物凄い忘れ物をしたようなそんな気がするのですが、親子対決かも。やばいやばい、何かもう全然書ききれていない気がする(滝汗 戦闘シーンから心情描写。もう何がどうなってんのか、つまりは小説の書き方を一から学ぼうとそんな気分で今後は修行しよう【京雅様】不十分な出来に怒りの丈を思い切りぶつけてください。それら全ては影舞踊に非があります。描ききろうと思ったことも描ききれず、何とも尻切れトンボな感じがするのですが、あまりに酷い場合は加筆修正しようとか狙ってたりします。うん、マジでどうすんのこれ?(訊くな【clown-crown様】やばい、あの部分が分からない(汗だくです おそらく忘れてるんだろうなぁ、本当にダメ作者だ。ちゃんとメモとか取っとこう。終始読みにくい文章をここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。もっとちゃんと日本語勉強しますね【バニラダヌキ様】いつもいつも熱心なお言葉ありがとうございます。勝手に影舞踊はそう受け取らせていただいております。足踏み状態はきつい。とりあえず纏めたつもりが、限りなくバラけてしまって(しかも集めきれていない状況)ごまかした感じのラストな気がする。(それ以前に終われてるかどうか不明 今後は構成と、キャラ作りと、描写とこの三点をとりあえず重点的に強化したい、そんな心持で【ゅぇ様】雌萌の死に喜んでいるように感じたのは気のせいか(爆 麻奈は可愛いなぁと思いつつも、千恵美との絡み、厚木との絡み云々ももう一度書きたいなぁと思う。とりあえず完結まで体力を維持せねば(苦笑【棗様】とりあえず読み方わかんないねとかほざきつつも読んでいただきありがとうございました。もしかして最初から読んでいただけたのでしょうか? まぁ一部分だけでも目を通してくださりありがとうございました。
まがりなりにも完結させることが出来たのは皆様のおかげなのです。途中何度放棄してやろうと思ったことか……。本当に今までありがとうございました。一層の精進を重ね、さりげに努力しつつ修行の旅に出かけます(笑 自分の書き方を見つけ、読みやすい文は当たり前、ただ単純に『面白いもの』を書けるようになりたい!……なぁ(苦笑
文章が荒れていると思われますし、誤字脱字もある恐れが大です。注意報ではなく警報ですので(申し訳ないです きちんとしたレス返しを後日させてもらおうかと思います。本当にここまでお付き合いくださった方々、謝罪(大げさか)と感謝の念が絶えません。感想・批評等頂ければ幸いです。
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