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『タイトル未定(完結)』 作者:灰羽 / 未分類 未分類
全角24678.5文字
容量49357 bytes
原稿用紙約72.8枚


  4


「ふぅ」
 俺は草木が生い茂る坂道を歩いている。これがけっこうきつい。歩いていると、小枝が刺さって痛いし、足をとられそうになる。半ズボンだったら足が痒くてたまらないだろう。俺の嫌いな蛙もいそうだ。やだなぁ……。
 そんな中颯沙は、けっこう速いスピードで歩いていく。慣れているのだろう。たまに伸びている小枝を軽い身のこなしで避け、少しでも歩きやすいところを歩いているみたいだ。
 それにしてもけっこう遠い。運動神経とか体力には自信があったのになぁ。不慣れなところを歩くのはこんなにも疲れるものなのか。俺はしばらく下を向いて一歩ずつ踏みしめながら歩く。こんなことになるんなら持久走の授業、少しは真面目にしとくんだった。
「きゃっ!」
 そんな時、颯沙の短い悲鳴が聞こえた。俺は下に向けていた顔をすぐに上げる。ちょうど颯沙が倒れるのが見えた。俺は手に持っていたかごを捨て、颯沙の元に走る。
「大丈夫か?!」
「あはは、大丈夫ですよ。ちょっとバランスを崩しただけです」
 そう言って颯沙は笑顔で立ち上がろうとする。しかしそれは叶わず颯沙は顔をゆがめてまた倒れる。
「ちょっとひねっちゃったみたいです。困りましたね」
 颯沙は困ったふうに笑っている。なんとかしなければならない。とりあえず、一度家に颯沙を連れ帰るべきだろう。そこで安静にしていてもらおう。
 またこの道を戻るのか。しかも今度は人を一人をおんぶして。でも、大丈夫。俺ならいけるはずだ。
「颯沙、一回家に戻ろう。薬くらいあるだろう? ほら、おぶるからさ」
 俺は颯沙に背中を見せる状態でしゃがむ。颯沙は少しためらっていたが、俺の意見に賛成らしく俺の背中に乗っかってきた。申し訳なさそうにしているのが背中越しでもわかる。
「よっと」
 掛け声一つと共に立ち上がる。颯沙は思ったより軽く、女の子らしい暖かさを俺に与えている。さて、早く帰らないとな。
 でもあせってはいけない。下り坂を下りるのは意外と骨が折れる。足にかかる負担がじつは登りより大きい。ましてや俺は今人を一人背負っている。高い位置の重量が増しているので、前傾姿勢はとれない。足腰を使って踏ん張らないと、そのまま倒れてしまいそうだ。怪我人の颯沙をおんぶして転ぶのはだめだ。それに、そんなださいところを颯沙に見せたくはない。
 俺は慎重に、だけど素早く坂道を下る。上ったところの半分くらいは帰ってきたはずだ。さすがに息が切れる。颯沙の重量がさっきよりも重く感じられる。
「あの、この近くに休めるところがあるので休みませんか?」
 そんな俺の心を読むかのように颯沙は提案してくれた。
「ごめん、頼むよ」
「じゃあここを右に入ってください。木造の小さい家がありますから」
 俺は颯沙に従い、右に見えている小道に入る。この小道は今までの道と違って多少整備されていて歩きやすい。それに坂でもない。俺はこの小道の歩きやすさにありがたみを感じながら進む。息は切れているが、もう少しで休めるというので自然と力が入る。


 颯沙が言ったとおり、奥には小さな木造の家があり俺たちは駆け込んだ。中は一部屋のみだったが、ある程度の生活用品は一通り揃えられていた。俺はベッドに颯沙を寝かせる。
「薬とか包帯ないかな?」
「すいません、ここにはないんですよ」
 やはり、颯沙がいつも生活に使っているあそこの方がたくさんの物があるみたいだ。とりあえず、少し落ち着こう。深呼吸を数回して息を整えようとする。喉が渇いていて気持ちが悪い。
「沙雅さん、喉渇いてません? ここをもう少し行けば泉があるのでそこの水を飲んでくるといいですよ」
 俺の心を見透かしたように颯沙は言う。ここに来ようと言ったときといい、今といい、俺はそんなにわかりやすい人間なのだろうか。今は喉の渇きをうるおしたいので、颯沙の言う泉に行くとする。
「じゃあ、俺はちょっとその泉に行ってくるから、颯沙は待っててね」
「わかりました。気をつけて行ってきて下さいね」
 俺は家を出る。さて、来た方はこっちだから進むのはあっちか。走ろうか、歩こうか俺は迷う。走った方が早く帰って来られるがそれでは水を飲みに行く意味があまりないか。颯沙には悪いと思うが、ゆっくり行かせてもらうことにする。



「ふぅ、生き返るなぁ」
 俺は泉の水を救って飲む。太陽に照らされ続けているのに水は冷たく、本当に気持ちいい。水をすくって、顔を洗う。その次は頭からかぶる。
 ここは風もよく吹いてくる。それに合わせて周りの森林が葉の音を立てる。それがなんだかすごく気持ちいい。都会に住んでばかりじゃ見失うことってあるもんだな。
 ちょっとの間だけ風を体全体で受ける。吹き抜ける風。ここに来なければ味わうことのできなかった感覚。大事にしたいと思う。
「さて、そろそろ帰らないとな」
 俺は立ち上がる。大きく一度伸びをする。まだもうちょっとあるし、もう一回水を飲んでおくか。立ち上がった俺はまたすぐにしゃがむ。
 その瞬間、俺の頭の上を何かがもの凄い速さでかすめていった。
「え?」
 何が起こったかわからない。俺の上をかすめていったモノは泉に着水。勢いに任せ、そのまま水に潜っていった。俺の視線がそのモノが浮いてくるであろう地点に集中する。

 浮いてきたのは、ボウガンらしき物の矢。

 なぜこんなものが?矢は俺が立っていた時のちょうど頭の位置辺りを飛んでいった。つまり俺はもうちょっと水を飲んでおこうと思い、しゃがまなければあの矢が頭に刺さって死んでいた?即死しなくても、そのまま泉に落ちて死んでいた可能性もある。
 そこで、一つ思い出す。どこかに身を隠さなければ。誰かはわからないけど、誰かが、ひょっとしたら何かが俺を狙って撃ってきたはずだ。しかし、仕留められなかった。ならそいつはもう一撃を見舞ってくるはずだ。
 俺はとにかく走って逃げた。今まで来た道を左に見ながら林の中を疾走する。林の中なら、木に身を隠せる。どこから撃ってきた?角度的には高いとこから撃たれていると思う。なら木の上か?
 その前に考えろ。そもそも矢は誰が撃った?そこで、颯沙の言葉が蘇る。この島は颯沙しか住んでいないんだ。颯沙はこの島のことを知り尽くしていると言っていいと思う。その颯沙が言ったんだ。誰か他の人が住んでいるとは考えにくいんだが……。
 もしそう考えてしまうと、矢を放ったのは颯沙しか考えられなくなる。そんなこと有り得ない。そもそも颯沙は足を怪我して歩けないはずだ。待てよ。もし颯沙の怪我が嘘だったとしたら?いや、颯沙はそんな嘘をつくような人じゃない。
 おいおい、俺。よく考えてみろよ。そもそもあの小屋に誘ったのも颯沙。この泉に誘ったのも颯沙。そんなの怪しすぎないか?くそっ!何なんだよ!

 その後は何も考えられなかった。ただ走った。あの小屋まで。入った瞬間ボウガンを構えた颯沙がいて、俺は撃ち殺されるのかもしれない。俺は小屋に入るのをためらう。
 何考えてんだよ!颯沙は今まで俺にすごく優しくしてくれていた。見知らぬ俺の面倒をよく見てくれた。そんな人がボウガンで人を撃つはずないじゃないか。そうだ、絶対颯沙じゃない。そう、本当は矢なんて飛んでこなかったんだ。俺が疲れて幻覚を見てた。ただそれだけ。
 俺は小屋のドアを開ける。そこにはベッドに横になっている颯沙がいた。
「あ、おかえりなさい」
 いつものように笑顔を向けてきてくれている。そうだ、何も違うところはない。優しい、俺の好きな颯沙だ。念のため近づく。颯沙は息を切らしてないし、汗もかいていない。俺はここまで走って帰ってきた。つまり颯沙がここにいるためには颯沙も同等かそれ以上の速さで移動する必要がある。そして、目の前の颯沙は息を切らすどころか、汗の一つも浮かんでいない。そう、つまり颯沙は矢を撃つことは無理だったんだ。もう矢のことは忘れよう。やっぱりただの幻覚さ。
「それじゃ、行こうか?」
「はい」
 俺は颯沙を背に乗せた。



  5


「やっとついたー」
 俺は数日前に我が家となった。ここに帰ってきた。早速、颯沙をベッドに寝かしてやろう。あ、でも俺は颯沙の部屋がどこにあるのか知らないんだった。
「颯沙の部屋ってどこ? 寝かさなきゃならないから」
「あ、そこの椅子で構いませんよ。熱が出てるわけじゃないですし」
「だめだよ、ちゃんとしとかなきゃ。長引いても困るだろうし」
「うーん、じゃあ沙雅さんの部屋で寝かしといてください」
 俺はちょっとドキッとする。颯沙のことだから下心はないだろうし、ただ単に俺の片思いっぽいものだから別にたいしたことないのだろうが、無駄に照れてしまう。
 颯沙を俺の部屋に運び、ベットに降ろす。俺はその後台所に戻り、タオルを取り出す。これくらいは俺でも分かる。それを颯沙のとこに持っていく。痛みを耐えてたんだから、脂汗が出てるはずだ。これで拭いてやろうと思う。
「颯沙。タオル持って来たからさ、ふきなよ」
「どうも、ありがとうございます」
 颯沙はタオルを受け取ると、まずは顔をうずめる。その後、首をぬぐう。颯沙の色っぽい首筋が見えて、俺は反射的に後ろを向く。
「あ、あのさ。俺がいたら邪魔だと思うからさ、台所にいるよ」
 俺は早足に台所に戻る。ちょっとの間のんびりしていると、衣擦れの音が聞こえてきた。颯沙が俺がいては拭きにくい所を拭いているのだろう。ちょっと見てみたい、という青少年としては当たり前の感情を押さえつける。

 ここでのんびりしていても暇なので、包帯や薬を探すことにする。颯沙に場所を聞いてもいいんだけど、いきなり持っていってびっくりさせてやろう、などという子供の発想が頭に浮かび、それを実行に移してしまう。
「えーと、包帯に薬……」
 机の横に置かれている棚を上の段から開けていく。勝手に開けるのは悪いような気がするが、しょうがないと思おう。だが、中に入っているのは俺が普段見続けてきた物もあれば、見たことないような物もある。どんな物か試してみたかったが、怒られそうなので、やめておく。
 とりあえず言えること。棚の中には、無い。まあ棚の中に薬や包帯を入れておく、という習慣は俺の家の習慣であって、ここでも通用するとは限らない。
 しょうがなく、台所の下のスペースになっているところの扉を開け、中を覗き込んでみる。
「どれどれ……」
 右から左に視線を移動させる。その途中でいいものを見つけた。朝に食べたジャムだ。りんごと苺のビンが置かれている。マーガリンは無いから、あの黒い冷蔵庫の改造版の中なのかもしれない。俺はりんごと苺のジャムをとりだす。ビンに巻かれた白いラベルにはしっかりと「りんご」、「苺」と書かれている。ちょっとお腹空いたし、食べちゃおうか。いや、だめだだめだ。俺はとりあえずジャムのビンを床に置き、また中を覗き込む。
 そこで目を凝らすと、もう一つ奥に同じようなビンがあることに気付く。ひょっとして他の味のジャムか。あんずジャムとかだったりして。俺はそのビンに手を伸ばす。このビンは他のビンと違っていて、白いラベルの紙が巻きつけられていない。中身を見た感じではりんごジャムとなんにも変わらない。りんごジャムを作りすぎてビンを二つに分けて入れたんだろう。俺はビンを回転させてみる。

 死

「え?」
 思わず声に詰まる。そのりんごジャムらしき物が入っているビンにマジックで直書きでそう書かれていた。
 死。どういうことだ。これを食べれば死ぬってことか?つまりこれは毒だということか。なぜここにそんな物が。
 そこで、俺に今朝の光景が蘇る。確か颯沙は俺に苺ジャムを勧めてきた。俺の中に一つの可能性が浮かんでいた。俺は恐る恐る今朝、颯沙が机の上に置いていた白いラベルの付いた苺ジャムのビンを手に取る。そして、そのラベルを破る。

 ビンにはマジックに直書きで「死」と書かれていた。

 つまり俺は今朝、颯沙の勧めの通りに苺ジャムを食べていたら、死んでいたってことなのか?あのボウガンの矢といい、やっぱり颯沙は俺のことを殺そうとしているということなのか?
 待て、落ち着け。そもそもこいつが本当に毒、という証拠はどこにある?これはただ単に…………。その後の言葉が続かない。颯沙からどう頑張っても「死」なんて言葉は出てこない。やっぱりこれは本物の毒、ということなのか?
 そもそもなぜ颯沙は俺を殺そうとする?余所者だからか?最初から殺す気だったのならなぜ俺を拾ってきたんだ?拾ってみたはいいが、いらなくなったってことなのか?
 質問が次々と脳裏に浮かぶ。落ち着け、落ち着け。とりあえず、今からどうするか考えなければ。
 そこで、俺は今朝のことを思い出す。俺は今朝、明日の朝に「絶対」りんごジャムを食べる、と言ってしまった。つまり俺は明日の朝、この毒を食べさせられ殺されるんだ。食べることを拒絶したらかなり怪しまれるだろう。
 俺は、鉛筆立てに刺さっていたカッターを抜き取る。チキチキと音をさせ、刃を少し出す。
 今、颯沙がこっちに起きてきたらアウトだが、足を怪我していると言っているのだから来ないだろう。
 俺は慎重にカッターの先を毒りんごジャムの入っているビンに書かれてある「死」という字に当てる。薄く薄く、インクを削り取る。力を入れすぎると、ビンに傷が付き、俺がしたことがばれて終わりだ。こんなことをしなくても、ビンの中身を入れ替えれば済むような気はしたが、横の方に残っていたのを付けてしまう可能性がある。俺がジャムを塗れたなら回避できるが、颯沙に塗られた状態ででてきたら微妙にまずい。だから俺はこっちの手段を取った。
 よし、上手く削れた。次はラベルを止めてあるテープを綺麗にはがす。それをさっきまで「死」と書かれていたビンに巻きつける。これで、こっちは良し。
 さっきの鉛筆立てから今度はマジックを引き抜く。これで「死」と自分で書くんだ。字体は消す前にしっかりと覚えておいた。我ながらそっくりに書けたと思う。
 これで、明日ジャムで殺される可能性はほぼ0になっただろう。颯沙は何も知らずに、毒を盛ったはずが、毒が入ってないほうを盛ってしまうんだ。俺様が入れ替えたんだからなぁ!はぁっはっはっはっは!
 俺はとりあえず、ジャム類を棚に戻そうとする。破いてしまった苺のラベルは自分でもう一度作り直した。こればっかりは仕方ない。破いた紙を元に戻すことはできない。

 俺は椅子に座る。これでとりあえず、明日の朝は大丈夫だ。でも、ジャムで死ななかった俺を見て颯沙は不思議に思うだろう。そして、俺が自分が狙われていることに気付いた、と感づくかもしれない。そうなったら、もっと強引に俺を殺そうとしてくるかもしれない。そうなったら、俺はもうだめだろう。どうしようもない。じゃあどうすればいい?
 そんなの簡単だ。颯沙を殺せばいいんだ。颯沙はまだ俺が自分が狙われていること気付いている、と感づいていないはずだ。もし本当に足を怪我していると仮定したならさらに颯沙を楽に殺せる。チャンスはそう、今しかない。
 いや、待てよ。さっきの小さな木造の小屋でのことを思い出してみろ。
颯沙は確かに息も乱してなかったし、汗もかいてなかった。あの時はそれが颯沙がボウガンを撃ったやつじゃないと決め付けられる証拠だと思ったが、それはおかしいと思わないか?
 颯沙が本当に足を怪我していたとしたら、痛みが伴う。痛みを堪えるために脂汗が生じるはずだ。確かに、この家に帰ってきた時には脂汗がにじんでいたが、あの小屋ではどうだった?息の乱れだってそうだ。それはつまり、颯沙が足を怪我しているのは嘘である、という証拠ではないだろうか。
 そうだ、何か長距離でかつ精密にボウガンの矢を放てる装置があの小屋の近くにあって、それで颯沙は俺を狙ったんだ。一撃しか撃ってこなかったのは、矢の装填に時間が掛かる、もしくは矢がどこから飛んでくるかを見られないようにするため。
 ここは台所。颯沙を殺すための装備は見て取れる。あの包丁で、颯沙にタオルを受け取るふりをして近づいてグサリ。それで、終わり。俺は助かる。
 自分の良き提案に思わず笑いがこぼれそうになる。
――ってだめじゃねぇかよ!
 ここには「おじさん」なる人物が来るんだ。どうせ颯沙の仲間で俺の死体を回収しに来るんだろう。くそ!どうすればいいんだ!
 そんなの簡単だ。そいつも殺してしまえばいい。不意討ちって言葉を知っているか?
 「おじさん」は俺を死んでいると思ってこの島に来るだろう。だけど、実は俺は生きているんだ。そして、代わりに颯沙が死んでいる。ははは、びっくりするだろうなぁ。死んでいるはずの俺に殺されるんだからなぁ!
 待てよ、颯沙が定時連絡とかをしていたらどうなる?それが無くて不審に思った「おじさん」が武装してやってくるかもしれない。
 考えろ。俺が生きて帰るためのヒントはこの島にあるはずだ。そうだ、颯沙の部屋だ。あそこに何かあるだろう。定時連絡を取っているなら通信機もそこだろう。
 俺がどう行動すればいいかは決まった。まずは颯沙を殺す。そして、颯沙の部屋や他の場所を探索する。そして「おじさん」を殺す。そして俺は生き残る。
――ってそれもだめじゃねぇかよ!
 それじゃあここから日本に帰れない。つまり俺は死ぬまでここにいなければならない。俺の野望は俺が生きて日本に帰ることだ。
 だめだ。まだ颯沙を殺してはいけない。まずは颯沙から殺されないようにしながら情報を引き出さなければ。でもどうやって?颯沙から情報が引き出せるとは思わない。じゃあやっぱり……。とりあえず、「おじさん」がどこから来ているか聞こう。
 そうだ、まだ颯沙を殺してはだめだ。俺が生きて帰るには颯沙は殺せない。でも、このまま一緒に住んでいるんじゃあ絶対に俺は颯沙に殺されてしまう。どうすればいい?どうすればいい?どうすればいい?どうすればいい?どうすればいい?どうすればいい?どうすればいい?どうすればいい?

 すでに錯乱しかけていた俺の目に、ふと颯沙が映った。どうやら寝ているみたいだ。可愛らしい寝顔を見せてくれている。そのあまりに無防備な、可愛らしい寝顔は今まで忘れていた可能性を思い出させてくれた。
 何で俺は颯沙があんなことしてるって決め付けているんだ?本当に颯沙は俺を殺そうとしているのだろうか?俺は颯沙を疑いながらも、疑いきれていない。心のどこかに、いや、たくさんのところに認めたくない気持ちがある。
 俺の中に今までの、本当に短い間だったが、颯沙との思い出が蘇ってくる。俺にいろんな暖かさをくれた颯沙。それが全部、嘘だったかと思うと、俺を油断させるための演技だったかと思うと悔しくなり、涙が自然と溢れた。でも、その暖かさを思い出す中で颯沙が人を殺すなんてこと有るわけが無いと、強く肯定する自分を見つけた。颯沙を疑った自分を恥ずかしく思った。俺は外道だ。腐れた外道だ。カスだ。申し訳なさが、また涙になった。
 そうだ、俺は颯沙を殺さない。颯沙も俺を殺さない。俺達はきっと二人で生きていけるんだ。今まで俺が見てきたことは全部幻覚。なんてことはない。明日からも颯沙との日常が始まるんだ。




  6


 俺は今日も小鳥のさえずりで目を覚ました。でも、体が重い。俺の部屋のベッドは颯沙が使っていたので、結局俺はソファーで寝ることにした。もちろんそれじゃ疲れはあまりとれない。
 昨日あれだけ悩んだ。悩みに悩んだ。でも、その悩みはもう終わりにしたい。
 颯沙を見に、俺の部屋に行く。この台所にいないのだから、まだ寝ているのだと思う。案の定颯沙は俺の使っていたベッドで寝息をたてていた。昨日は足を痛めて疲れたんだろう。もう少し寝かしておこうと思う。

 俺は自分の朝食を作るために、台所に戻る。作る、と言っても俺はほとんど料理なんてできないので、トーストを焼くことになるだろう。謎の五角形の冷蔵庫っぽい物を開ける。
「なんだこりゃ……」
 開けたはいいが中には何も入っていない。実際に開けるのは初めてだが、トーストくらいは見つけられると思っていた。ちょっと考えが甘かったかもしれない。
 とりあえず、俺はどうすればこの物体からトーストを出せるか考えてみる。とりあえず、中を触ってみる。……まあ何も起こらないか。
「出ろ出ろトースト。トースト出ろ出ろ」
 俺は怪しげな呪文をつぶやいてみる。結果は……もちろん骨折り損。
 まったくなんなんだ。この冷蔵庫もどきが。冷蔵庫の出来損ないめ。俺は思わず冷蔵庫っぽい物を殴る。痛かった。
「くすくす」
 俺は突然の笑い声に驚き、振り返る。そこには口元を手で覆い、控えめに笑う颯沙がいた。
「それは、叩いたり謎の呪文をつぶやいてもだめですよ」
「う、最初からいたんだったら教えてくれよ」
 どうやら殴るところだけでなく、謎の呪文をつぶやくところも見られていたみたいだ。ちょっと恥ずかしい。
 そんなことを思っていると、颯沙が俺のすぐ隣まで来ていた。
「お手本を見せますから、見ててくださいね」
 颯沙はいたずらっぽく笑うと右手を中に入れた。すると、颯沙のその右手のひらが光り始めた。おお、なんだこれは?不思議な魔法みたいだ。
 少しすると、いつの間にか颯沙の右手にトーストが一つ乗っていた。
「はいやってみて」
 颯沙は満面の笑みで面白そうに俺を見ている。やってみてって言われてもな……。颯沙は右手を入れただけだ。たったそれだけ、だと思う。とりあえずやってみよう。
 俺は右手を冷蔵庫っぽい物の中に入れる。よし、ここまでは順調だ。って、それが普通か。問題はこの次この次。とりあえず、右手を入れただけじゃ何にも起こらないみたいだ。じゃあどうすればいい?そう、答えは一つ!気合だ気合ー!念じろ、俺。気合で念じろ。トーストよ出ろぉ〜。トーストよ出ろぉ〜。
 俺がそう念じた時だ。トーストが右手のひらに現れたのは。俺は驚愕する。いやー俺の気合ってひょっとしてかなりすごいんじゃないか?エスパーの才能があったりしてな。……さて、冗談は終わりしよう。
 なんでこのトーストが出てきたんだ?念じれば出てくるなんてナイスな発明だ。これを日本に持ち帰れば、俺は大金持ちになれるかもしれない。思わず顔がにやける。
「どうしたんですか?」
 右手を冷蔵庫っぽいものに突っ込んだままニヤニヤしていた俺はかなり変に見えたんだろう。颯沙に聞かれる。
「いや、これ便利だからさ、日本に持ち帰ったら特許取って大金持ちになれるかも、なんて思ってさ」
「あはは、何割かは私にくださいよ?」
 そんなことを言ってお互いに笑いあう。
 おだやかな日々。平穏な日常。昨日が嘘のような今日。そうだ、昨日は無かった。無かったんだ。これが現実。昨日は夢。
「沙雅さん、トースト焼くのでください」
「あ、ごめんごめん」
 俺は颯沙にトーストを渡す。颯沙はそのまま奥に置いてあるトースターに向かっていった。さて、俺は椅子に座って大人しくしておこう。どうやら台所での俺は戦力外のようだ。
 颯沙がトーストを焼いている間に、ジャムを取り出す。今日はりんごジャムしか出していない。今日はりんごジャムを食べる日。大丈夫、恐くない。
 トーストが焼けて、お皿に乗って運ばれてくる。良い匂いだ。
「沙雅さん、今日はりんごジャム忘れずに付けてくださいよ」
「ん、ああ。今日は忘れないよ」
 俺はビンのキャップをひねって開ける。少しだけ手が震えるが、それは力を入れたからか、恐いからかわからない。ビンのふたは開き、見た目はとてもおいしそうなりんごジャムが姿を現す。そう、これはただのおいしいりんごジャム。俺が昨日、夢の中ですり替えたりんごジャム。夢の中ですり替えたりんごジャムが現実に現れるはずはない。それでも、俺は夢だと思っている。
 分かってはいても、やはり少し恐い。ジャムを塗る手が震える。でも塗らなきゃだめだ。
「おあがりください」
 俺がジャムを塗り終わるか終わらないかの内に、颯沙が急かすように言う。
「いただきます」
 素直にいただくしかない。俺はトーストを、口に運ぶ。噛み砕く。噛み砕く。噛み砕く。飲み込む……。別になんともない。
 そりゃそうだ。毒なんてどこにもないんだから。次々とトーストを口に運ぶ。このりんごジャムは本当においしい。
 そこで俺は颯沙の表情を盗み見る。俺が死なずにたいらげているのを見て驚いているかもしれない。しかし、颯沙は別に表情一つ変えずにトーストを食べていた。やはり颯沙は関係なかったんだ。あれは毒じゃなかった。
「あ、そういえば沙雅さん」
「ん、何?」

「今日、たぶんおじさんが来ます」

 俺の心臓が大きく一度跳ねる。忘れていた一つの恐怖が急に提示され、背筋に悪寒が走る。あまりにも颯沙が淡々と言ってしまったので、困惑する。ついに「おじさん」が来る。あのオジサンが来る。恐らくは俺に何らかの答えを導き出してくれる「おじさん」。それは、俺に元いた所への帰り方を提示してくれるばかりか、颯沙のようにとても良い人なのだろうか?そう、つまり良い答えなんだろうか?それとも……。
 その続きは考えない。なぜなら考える必要がないから。俺は良い結果が待っていると信じている。そう、信じていればいいんだ。それはきっと現実になる。
 俺は残っていたトーストを一気に頬張り、がむしゃらに噛み砕いた。



  7


 海は緑がかかった青だった。太陽光線を反射して、宝石の様に神々しくもあるきらめきを放っている。
 ここはこの島の海岸だ。俺は颯沙といっしょにおじさんを出迎えに来ている。俺は緊張していた。初めて会う人に対する緊張とは少し違う緊張のような気がする。そう、確実に迫り来る恐怖に対する緊張。そんな気がする。
 だめだだめだ!会う前からこんなのでどうする。きっとおじさんは良い人だ。そうだろう?俺は心の中で誰かにつぶやく。
「そういやさ、おじさんって本名は何て言うの?」
「おじさんはおじさんですよ」
 颯沙はさも当然のように言ってのける。おじ・さーんとかいう人じゃあるまいしな。
 考えるのは会ってからでも遅くないよな。今はこの時間を楽しもう。ここは潮風が当たってとても気持ちがいい。それに、隣には颯沙がいる。颯沙は髪を風でなびかせながら、おじさんが来るのを待っている。水平線に向ける目がなんだか嬉しそうだ。
 颯沙がこんなに好いているんだからやっぱり良い人なんだろう。急に期待が膨らむ。でも、やはり一つ気になることがある。
「ねえ颯沙。おじさんって何処から来てるの?なんかちょっと都会っぽい島が近くにあるとか?」
「おじさんはですね、何処からともなくやって来るんです。この島に来るときはここの海岸なんですけどね」
 颯沙はまた、さも当然のように言う。つまり、颯沙にもおじさんが何処から来ているかは分からない、と言うことだろうか。やっぱりどこかおかしいような気はする。でもそれは決定的なものではなく、この島だからレベルで終わらせるようなものだ。
「あ、おじさんが来たみたいですね」
 颯沙の声で、思考に行っていた意識が現実に戻ってくる。颯沙は水平線を指差している。俺も、颯沙が指差す方に視線を移す。


 ……はっきり言ってこれは想定外だった。おじさんが乗っていると思われる船は、なかなかよく出来た、軍艦だった。いや、軍艦でもあれ程の物は無いような気がする。その気になればあの巨大な鬼の棍棒のような主砲で、こんな島なんてすぐに潰されてしまうだろう。本当にアレにおじさんが乗っているのだろうか、と疑ってしまう。
「おじさんの船はいつ見てもすごいですねぇ」
 颯沙は感心しているようだ。いつ見ても、ということはいつもあの軍艦で来ているんだろう。あんな船に乗っているんだから、こうテレビとかで見る軍人みたいな人が乗っているのかもしれない。



「おじさん、こんにちは。今日も元気そうですね」
「おう、譲ちゃん。譲ちゃんのほうも元気そうだな。っと……」
 颯沙の横にいる、俺という見慣れない男に気付き言葉につまる。
「あ、こっちは沙雅さんです。鷹上沙雅さん」
「鷹上沙雅です。よ、よろしく」
 俺が挨拶をすると、おじさんはニカッと笑って握手を求めてきた。なんだ、大らかで良い人じゃないか。でも、見る限りには本当に軍人っぽい人だ。立派なひげがトレードマークで、年齢は50代だと思う。けっこうガッチリした体型をしている。
「ちょうどいい。今日はいろいろと多めに積んでるから必要な分だけ持っていきな」
「あ、その前にちょっといいですか?」
「おう、坊主。どうした?」
 おじさんの中では俺は坊主らしい。
「日本って知ってますか?四季があることで有名な、縦横に伸びてる国なんですけど」
 これが俺がおじさんに一番聞きたいこと。おじさんが知らなければたぶん俺は二度と日本には帰れないだろう。そう思うと、少し聞くのは恐い。でも聞かないのは嫌だ。
「日本か。知ってるに決まってるじゃないか。おじさんを誰だと思っているんだ。がっはっはっは!」
 おじさんは、今しゃべってるのだって日本語だろう、と可笑しそうに付け加える。確かにそうなんだけどさ。
「あの、俺日本からここに来たんで帰りたいんですけど、よかったら……」
「この船で送ってけ、だろ。おじさんに任せときな。日本くらいならひとっ走りさ」
 俺の言葉をさえぎって、おじさんが続ける。おじさんはひとっ走り、と言っているがたぶんそれなりに時間は掛かるだろう。でも、どうも俺は日本に帰れるみたいだ。なんだかこうもあっさり言われると実感がない。嬉しさがこみ上げてくるのはもう少し後になりそうだ。
「あ、だったら颯沙も日本に行ってみたいです。おじさん、私も連れて行ってくれませんか?」
「おうおう、譲ちゃんも乗った乗った。一人運ぶのも、二人運ぶのも変わらないからな」
 おじさんはまた大声で笑う。どこかスッキリとする、思い切りのいい笑い声で、聞いてるこっちもどこか良い気分になる。
「準備は必要あるか?」
「ないですよ。善は急げ、です。早く出発しちゃいましょう。いいですよね?」
 俺は何度もうなづく。
 颯沙と一緒に日本に帰れる。颯沙はひょっとしてこのまま日本に住んでくれたりしないだろうか?そうしたら毎日会えるし、今度は俺が何かと教えてやれる。いつもと逆の立場になるのも悪くない。
 俺はそんなことを思いながら、おじさんの船へ乗り込むのだった。


「うわ。すごい船ですね」
 遠くから見た外装もそうであったが、内装も想定外だった。外装のゴツゴツとした装甲板とは違い、なんというか、こうサイバーと言うか。よく分からない配線のような物が、怪しい光を放っている。俺が知らない技術がいくらでも使われていそうだ。あの冷蔵庫っぽい物といい、この辺りにはこんなテクノロジーが溢れているのかもしれないな。
「坊主、置いていくぞー」
「あ、はい。すいません」
 だいぶ先を歩いていたおじさんに呼ばれる。俺は気付けば足を止めていたようだ。もう少しいろいろと見てみたいが、それは後からということにしておこう。
「そんなにこの船が珍しいか?」
「え、あ……はい」
「そりゃそうだ!こいつは日本なんかにゃないからな」
 おじさんはまた笑う。その気持ち良い笑いとは裏腹に俺の心はどこか釈然としない。
 おじさんはここまで日本のことを知っている。なのに、颯沙があそこまで知らないというのはどこか不自然に感じる。おじさんが日本のことなんて口にしなかった、と言ってしまえばそれで終わりなんだけどな。でもどこか引っかかる。
「おら、着いたぞ。ここが一応この船の大事なとこだ」
 おじさんが何かカードキーのような物を機械に通して、ドアを開ける。
 中はゲームなどで昔見た、飛空挺などのブリッジに似たような感じだった。好奇心や子供心からいろいろといじってみたくなる。
「よし、出発するぜ。発進の時は揺れるからなんかに掴まってな」
 俺は言われたとおりに、横にあった柱に掴まる。そういうおじさんは何かに捕まろうとする気配は無い。
 大きな振動が一つ。どうやらこの船が動き出したみたいだ。けっこう揺れたが、おじさんはぐらりともしない。よほど強靭な足腰を持っているのだろう。
 それにしてもこの船も未知のテクノロジーが使われているらしく、おじさんが何もしなくても発進した。だが、俺はもう驚かなくなってきた。自動操縦ももちろん完備だろう。
「おじさん、日本には何日くらいで着きますか?」
「おう、3日か4日だ」
「そうですか、それだけあれば十分ですね。私ちょっと風に当たって来ますね」
 颯沙は俺に笑いかけると扉を開けて出て行く。そういえば、この部屋に入るにはカードキーがいるみたいだけど、出て行って大丈夫なのだろうか。
「坊主は今からどうする?」
「あ、じゃあ俺も颯沙と一緒で風にでも当たってきます」
 俺も部屋を出る。たぶんカードキーがなくてもおじさんが中から開けてくれるだろう。道はきた道を戻ればいいと思う。入り口のとこにエレベーターみたいな謎の装置があったから、たぶんそれで行けると思う。
 もう少しで日本に帰れる。長かったようで短かった。俺はラッキーだな。墜落したにも関わらずに生きていて、おまけに良い人たちに拾われて。本当は他の旅客機事故でもこんなことがあったのかもしれないな。
 なんにせよ、俺は日本に帰る。帰れるんだ。


  8


 俺は颯沙に会うために、おじさんの船を入り口に引き返すように進んでいた。あのエレベーターのような装置は、俺が入り口付近で見たもの以外にもあるのかもしれないが、詳細な場所がわからないので大人しく入り口付近の物に向かうことにする。
「ん?」
 その過程の通路で俺はある物を見つけた。白い長方形に、赤い日の丸。そう、日本のマークだ。それが、よく見るとこの通路の壁にに描かれている。でも、おじさんはさっき、これは日本にはない、と言っていた。つまり、おじさんが日本製の軍艦を改造したもののようだ。
 日本製の軍艦を手に入れれるくらいなのだから、おじさんは日本とけっこう繋がりを持っているみたいだ。



 俺は、やっと入り口のエレベーターらしきものに到達する。とりあえず、横のボタンを一回押す。ボタンを押すというより、タッチパネルに触れたような感じだ。
 エレベーターの入り口は、数瞬後音もなく開く。それに伴い装置の内部が俺の目の前に現れる。と言っても、内部は俺が見慣れているものと、ほぼ同一であった。
 風に当たると言っていたので、颯沙は甲板にいるんだろう。俺はとりあえず、甲板に連れて行ってくれるだろうと思われる一番上のボタン押す。
 その後は、普通のエレベーターだ。よく考えれば、これはそれほどすごくない物かもしれない。



「うわっ!」
 甲板に出た俺は強い横風を体に受ける。冷たいけど、どこか優しい風だ。頑張って踏ん張らないと、転びそうだ。
「くすくす」
 そんな風に翻弄される俺を見ながら颯沙は笑う。彼女はこの強い風の中で普通に立っている。これが都会育ちと田舎育ちの違いだろうか? 少し情けない。
 そんなこの風も少しすれば慣れるもので、なんとか普通に立っていられるようになった。
「帰れますね、日本に」
「そうだな。でも、なんか呆気無さ過ぎて実感が湧かないんだよな」
 それは本当のことだ。俺は今まで少し上手く行き続けてはいないだろうか。考えて考えて悩みぬいて、結局はいつも何も起きない。何も起きないのは確かに良いことなのだが。

 それから俺達はいろいろな事を話した。と言ってもだいたいは俺が日本のことを話していた。自然と俺の口調は軽く、颯沙も楽しそうに聞いてくれる。時には可笑しそうに笑ってくれ、時には真剣に相槌をうってくれて、時には指を唇に当て思案顔。それがまた嬉しくて、俺は話し続ける。
「ふぅ」
 さすがに話し疲れた。俺は休憩の意味を込めて、一息つく。
 颯沙は、別に俺の話の続きを目で促したり、催促の言葉を紡いだりはしなかった。考え事でもしているのか、水平線に目を向けたまま動かない。
 そこで、俺も水平線に、辺りの景色に目を向けてみる。別に何かあるわけではない。他の島は影も形もないし、魚影とか跳ねる魚もいない。それはそれで海の雄大さを表していて、どこか晴れ晴れしい。
「お腹減りましたね」
「ん、そうかな?」
 確かに朝食を食べてからそれなりに時間は経っているが、まだ昼食とまではいかない時間だろう。
「おじさんと一緒に3人でここで食べませんか? 皆一緒に食べるときっとおいしいですよ」
 それは確かに名案だ。皆で食べるとおいしい、というのは本当だと思う。なんというか、不思議な力がある。
「じゃあ沙雅さんはおじさんを呼んできてくれません? 私は昼食を取ってきますので」
「わかった。じゃあまた後で」
 はい、と颯沙はうなずくと、エレベーターに似た装置に入っていってしまった。俺のすべきことは、おじさんをここに連れてくることか。それくらいなら俺にも簡単にできる。
 俺は立ち上がると、エレベーターに似た装置に向かう。さっき颯沙が使ったばかりだったが、俺がタッチパネルに触れた瞬間すぐに開いた。
「よくできてるよなぁ」
 なんとなくつぶやいてしまう。そんな気にさせてくれるくらい、颯沙に会ってからいろいろな物を見てきた。そんな日々に微妙に名残惜しさを感じながら、俺はおじさんの下へ向かった。



「ふう、やっと着いた」
 俺はブリッジの前まで帰ってきていた。あの装置に乗ったはいいがここが何階かわからずちょっと困ってしまった。だが、そこはさすがハイテク技術だ。俺が元の階に戻りたい、と思うだけで連れて行ってくれた。つまり、甲板に上がるときも俺がパネルに触れたのは意味がなかったみたいだ。
 俺がブリッジへと繋がる扉の前に立つと、あっさりと扉はシャープな音をたてながら開いた。どうやら、おじさんが最初に通したカードキーはロックを外すためだったようだ。
 ブリッジの中に入る。もちろん俺はおじさんの姿を探す。
「ふふふ、待っていたよ。鷹上沙雅君」
 少し遠く。おじさんは、ブリッジの真ん中に腕を組み、堂々と仁王立ちし背をこちらに向けている。そのおじさんに声をかけようとした俺は、その声で動きを凍結されてしまった。雰囲気が明らかに異常なのだ。今までのおじさんとは違う。いや、それどころか人間とも違うのではないだろうか。
 俺は動けないでいる。別に触れられるほど近くにおじさんがいるわけでもない。背中すら見せている。おじさんはただ一言発しただけでそれ以外は何もしていない。それなのに、この感覚はなんだろうか。
 憎悪、なのか? わからない。
「何の用かな? まあ用があったとしても……」
 おじさんは、俺の方に体の向きを変える。そして、右手をすっと俺の方に差し上げる。その右手に持っているものは、ボウガン。いや、ボウガンなんかじゃない。こんな非現実的な物の中に一つだけボウガンなんて有り得ない。あれも普通の物ではないのだろう。
「君がその用を果たすようなことはない」
 おじさんの右手の物から黒い塊が発射される。もちろん発射されたものは矢だろう。それは高速で接近する。俺の頭部に。
 世界が止まる。近づいてくる矢がとてもスローに見える。だからと言って、俺の体が動くことはない。完全に動けない。だが、確実に矢は俺にせまる。針が時を刻むように、ゆっくりと、だが確実に。
 矢は俺の頭を正確に貫いた。そう、確実に貫いた。映画でエージェントがターゲットの額を打ち抜くかのごとく。
 眼前にせまった矢は嘘じゃなかった。幻覚じゃなかったはずだ。それなのに、俺は何事もなく生きていた。
「久しぶりで腕がにぶっていたか。すまんな」
 おじさんは笑っていた。その笑いに、いやらしさはなかった。どちらかと言えば爽快に笑っていた。この人はこういう笑い方しかできないのだろう。でも、その笑いは、いくら爽快であったとしても俺を狂わすのに充分だった。
 何を笑っているんだこのおっさん。俺は死にかけたんだぞ。いや、死んだんだぞ! 人を殺しておいて何笑ってやがるんだ! だいたいなんなんだよ、これは。何で俺を撃つ。何で俺を攻撃する? 理不尽だ。俺がおっさんに何をした? 死ねよ。死ぬんならお前が死ねよ。お前がそのボウガンで勝手に死ねよ! 俺は死なない。死なない。死なない。いや、死ねない。お前が死ね。お前が死ね。お前が死ね。お前が死ねぇぇぇぇぇ!
 次の瞬間にはもう俺は床を蹴っていた。あいつは、楽しそうにボウガンをいじってやがった。
 そんなにボウガンいじりが楽しいか?
 全てが手に取るように感じられた。この世界で何が起こっているか全てわかるような気がした。俺を残し、世界がゆっくりと動いた。俺以外の全ての物がゆっくりと動いている。そんな世界で俺があいつと肉薄するのは簡単だった。
 あいつは顔を歪ませた。ふふ、いい気味だ。いい表情だよ。
 俺はそのままあいつの腹に拳を叩き込んだ。その拳はあいつの胴体を貫いたかと思うほどの威力に感じられた。今の世界は俺のためだけにある。今の世界は俺が最強であり、俺以外のカスは俺にひざまつくんだ。俺は神様だ!
 俺の拳をくらったあいつの体は吹っ飛び、近くの壁に当たり無様に床に転がった。まだ命はあるらしく、体は痙攣を繰り返していた。
 まだ生きていたか。お前みたいなやつはいらない。俺の世界にお前みたいなやつはいらない。
 そこで俺は気付いた。足元にあいつが今まで右手に持っていた物が転がっている。こいつはいい。俺はおもむろにそれを拾う。一瞥してみたが、ほぼ普通のボウガンであると思われる。あいつは丁寧に矢筒まで側に転がしていてくれた。俺はボウガンと矢筒を持って、痙攣を続けるあいつの元へ進む。
「いい気味だな」
 俺は矢筒を適当に放り捨て、中身を床にぶちまけさした。いよいよだ。この俺を怒らせた罰だ。ちゃんと償ってもらおう。

 俺は矢をあいつの頭部に何本も何本も突き刺した。床に転がっている矢がなくなったら今度は、あいつに刺さっている矢を抜いて、何回も何回も何回も何回も……



――???

「めずらしいですね、こんなところにお客さんなんて」
 少女がクスクスと笑う。
「あ、いえ、お客さんじゃなくて遭難者なんですけど……」
 青年が困ったように笑う。その表情に、少女はちょっとからかってみただけです、と舌を出す。
「では、とりあえず私の家に案内しますね」
「すいません。お世話になります」
 青年は律儀に頭をペコペコとさげる。
 少女は家に向かう為に、身をひるがえす。つまり、青年に背を向ける。
 その瞬間、青年は動く。俊敏に、何回も何回も繰り返し練習されたような動き。もちろん無駄も隙もない。
 少女の背中に迫る。その手には一本のナイフが握られている。
(狙うのは心臓。その一点のみ。一撃で!)

――ドスッ!

 手応えは充分。だが、念のために刺したナイフで胸元をえぐる。
 少女は声を挙げる間もなく倒れた。心臓を一刺し。もちろん即死であっただろう。任務とはいえ多少、心は痛む。
 いつもならここで任務の経過報告をしなくてはいけないのだが、今回の任務は通信は完全に遮断で遂行しなければならないので、その必要は無い。
(後10分ってところか。これなら余裕で間に合うな)

 爆撃の開始までに青年は、脱出用の船があるポイントまで移動しなければならなかった。そのポイントまでは、青年なら5分で充分に移動することができた。
 でも、青年が生きて帰ってくることはなかった。


  9


 俺が冷静に戻ったときには、おじさんはすでに絶命していた。おじさんの顔には無数の矢が刺さっていた。もちろん、俺が自分でやったということは分かっていた。あまりにも無残なおじさんの姿に俺は視線をそらす。
 おじさんは、俺を殺そうとした。確実に、俺を狙って矢を放った。だから俺はおじさんを殺した。これは正当防衛であって俺は何も悪くない。これで俺が悪いなんて言われたら、そいつは俺に死ねと言っている様なもんだ。
 とりあえず、ボウガンを床に投げ捨てる。大きな鈍い音をたてて床を転がっていった。
 落ち着いて俺はさっきの出来事を回想してみる。まず、俺はおじさんを呼ぶためにブリッジに入った。そこにおじさんがいた。そうだ、そこまではいい。だが、そのおじさんは明らかに異常だった。いや、明らかにではなかった。でも、何かが確実に違った。おじさんの皮を被った別の生き物に見えた。
そして、俺に矢を放った。俺を撃ちぬいたかに見えた矢は実は俺には当たっていなかったようだ。その後は俺の一方的な暴力。あまり自分の行為に暴力、なんて言葉使いたくなかったが、あの時の俺は異常だった。でも、異常になってしまってもしょうがない。わからないことばかりなんだ。
 でも、事実は一つ。おじさんは俺を殺そうとした。理由はわからない。でも、おじさんがそうだったということは、颯沙も……。
 その先は考えたくない。颯沙がもし、おじさんの仲間で俺を殺そうとしたなら、俺は戦えるのだろうか?できればそんなことしたくない、でも……
 今俺に一番必要なのは恐らく、覚悟だろう。
「よしっ!」
 俺は頬を叩いて気合を入れる。颯沙は甲板にいるのだろうか? 今はとりあえず彼女に会ってみるしかない。俺は颯沙に会うために甲板に向かう。そこにいるかどうかはわからないけど、あてはそこしかない。
 俺はおじさんを殺した。それは事実だ。颯沙は悲しむのかな?
 そんなことが脳裏によぎった。



「遅かったですね。あれ、おじさんはどうしたんですか?」
 甲板にちゃんと颯沙はいた。そして、当然であろう疑問を俺にぶつけてくる。
「おじさんは……ここには来ない。なあ、一体何なんだよ? 俺、何かしたかなぁ……」
 颯沙は始めは思案顔だったが、だんだんとその顔を伏せていった。
 そう、颯沙は食事の用意をしてなかった。俺におじさんを呼んでくるように言った颯沙は、自分は昼食を取ってくると言った颯沙は、食事の用意をしてなかった。それだけで何となくわかってしまった。颯沙も敵だと。
「おじさんは来ないんですね?」
 颯沙は顔を伏せたまま言う。俺はそれにうなずく。
 颯沙も何となくは俺が悟ったことを感じているようだ。彼女は彼女でいろいろと考えているのだろう。しばらくの間、お互い沈黙する。俺はその沈黙に押しつぶされそうだ。今、颯沙は何を考えているのだろうか?あの伏せた顔を上げた時に別の、悪魔の顔にすり替わったりしていないだろうか?
「ふふふ……」
 唐突に颯沙は笑い出した。
「おじさんが簡単に死ぬわけないですよ」
 俺は少なからず衝撃を受けた。今の言葉で確実に颯沙が敵だということになった。俺はまだどこかで信じていた。颯沙はおじさんの仲間じゃないと。でも、そんな希望は崩れた。昔、本で読んだかテレビで聞いたかしたな。
 絶望は濃厚だ。深く深い。そう、残酷過ぎるほどに。それに比べれば希望などどんなに儚い、薄っぺらいものか――と。
「颯沙、教えてくれ。今までの事は一体なんなんだ?」
「悪いのは、貴方たちです。いえ……今は私たちのほうが悪いのかもしれませんね。でも、私は決して自分の行為を疑ってません」
 颯沙は立ち上がる。その手にはいつの間にか包丁の様な物が握られていた。もう、共存の道はないと考えるしかないのだろうか。さっきの様に俺が神様の世界がまたくればいいのに。あの世界ならなんでもできるのに。颯沙を救って俺も生き残る。
 本気でそんなことを考えてしまい、自嘲気味に笑む。覚悟はしてきたはずなのにな。やっぱり、俺にそんな大きいことはできないということか。
「――ッ」
 その時、俺の体に異変が起きた。完全に動けない。それどころか、段々と力が抜けていく。今までに感じたことのない感覚。倦怠感とは違う。
 俺はついに立っていられなくなり、倒れる。もちろん手は動かず、俺は転倒の勢いを殺すことなく床に倒れる。
「くっ、なんだ……これ」
 そう発したはずの言葉も実際はどれだけ発音できたかわからない。
「おじさん、ちゃんと撃ち込んでおいてくれたんですね」
 颯沙は手に持っていた包丁の様な物を床にそっと落とした。その動作が恐かった。颯沙は武器を置いた。つまり俺はもう武器を使わなくてもどうにでもなる相手なのだろう。俺はもう死んでしまうのだろう。
「そうだ、この私が小僧相手にしくじるはずないだろう」
 ふと、別の声がした。体が動かず、声の主を目視することはできないが、声でわかる。この声はおじさんだ。それ以外あり得ない。
 じゃあなんでおじさんが生きている?確かに俺はおじさんを殺したはずだ。俺が撃った矢は全部頭部を打ち抜いていたんだぞ。それも一発や二発じゃない。尋常じゃない本数を撃ち込んだのに。
「お前は今思っているだろう。なぜ私が生きているか、とな。簡単なことだよ。私は死なない。どんなことがあっても、何があろうとも」
「そ、そんなバカなことあってたまるか」
「信じないならそれでいい。説明しても無駄だ」
 死なない、だと。そんなことあるか?ありえるのか?でも、今おじさんが生きているということもまた事実。
「俺は死ぬのか?」
「ええ、死にます。確実に。それは逃れられない未来」
「はっきり言ってくれるな……」
 俺は自嘲気味に笑う。
 俺は、死ぬ。近いうちに必ず死ぬ。それは逃れられない未来。ふふふ、言ってくれる。俺は一秒先の未来も見えずにここでうずくまっているだけだ。いつ来るか分からない最期の時をこうして待っている。でも、自然と焦燥感や恐怖心は無かった。
 颯沙の話からすると、今俺の体が動かないのは恐らくおじさんに撃たれたからだろう。やっぱりあの矢は俺を貫いていたんだ。でも、あの矢は特殊で時間差で俺をこんな目にあわせているんだろう。ここは、本当になんでもあるんだな。
「知りたいですか?」
 颯沙が唐突にそんなことを聞いてくる。知りたい、というのは恐らく颯沙たちがこんなことをしている理由だろう。
「ああ、知りたい」
 本当はもうどうでもよくなっていた。俺は死ぬ。その事実はどうあっても変えられないらしい。なら、今知を得たとこで無意味なのだ。それでも知りたいと言ったのはやはり俺の好奇心がまだ働いているからだろう。



――昔話

 昔々、日本の近くに一つの小さい島がありました。その島は小さく、貧しいながらも、皆で力を合わせ毎日を暮らしていました。その島は日本の領地でした。
 そんな小さな、何でもない島である事件が起こりました。それは、古代の物品の発掘でした。その島で次々と古代の不思議な力を秘めた物品が見つかったのです。その不思議な力はその時代、いえ現代でも解明不能な程の力を持っていました。
 でも、その島の人達はその力には頼らず、自分たちの今までの暮らしを続けたんです。
 しかし、そんな情報を嗅ぎ付け、黙っていないのはもちろん日本でした。まずは島に国の偉い人を数人渡らせ、島の人たちにその物品を渡すよう要求しました。
 でも、その島の人達はわかっていました。今の日本にこれらの物を与えてしまったら日本は終わってしまうでしょう。自分の利しか見えなくなり戦争を繰り返し、暴走して世界を壊してしまうことは明らかでした。
 だから、その島の人達は日本にその物品を渡しませんでした。しつこく迫る人たちを追い出してしまいました。その一件の後は大変でした。その島だけ、税率が大幅に上がったりしました。日本は良い物を持っているのだから当然だろう?といった顔で、平然と島の人たちに無理なことをいろいろと押し付けてきました。
 最初は歯を食いしばって、皆で協力して耐えてきました。どうしようもない時は物品の力を借りました。しかし、それも長くはもたず、島の人達はどんどんと疲弊していきました。こんなことになるならいっそこんな物、この島で見つからなければよかった。誰もがそう思いました。
――戦うしかない。
 そんな決断が下されたのは、ごく自然な、当然の流れでした。人に幻覚を見せる薬、障害物を無視し矢を放てるボウガン、頭を銃で撃ちぬかれようと死ななくなる薬、いくらでも戦争に役に立つものはありました。でも、島の人たちはその物品を使いませんでした。自分たちは日本とは違う。それを証明したかったのでしょう。
 最初はそう心に誓い戦いました。しかし、戦う度に何人もの人が傷つき、倒れました。そんな中、なし崩し的に古代の物品を使わざるを得ない状況に陥りました。それでも島の人達は、攻撃にその物品を使うことはなく、あくまで自己の防衛、さらに相手を傷つけないよう使っていました。
 こうして日本は攻撃しつづけているのに、なかなか成果がでませんでした。しびれを切らした日本は、ついに島を爆撃することを決断しました。普通の爆撃ではありません。毒ガスや枯葉剤などありとあらゆる物で島を攻撃しようとしたのです。日本もここまでくればもう意地でした。それに、あんな小さな島も落とせなかった、などと外国に知れ渡ればたかるように攻め入られるでしょう。日本はもう、やるしかなかったのです。
 その爆撃計画は島の人達にはつつぬけでした。島の人達は物品の力で日本側の考えていることを知ることができました。日本側にも落とさなければならない理由はあったのです。しかもそれは国家の存亡をかけるほどのものだったのです。島の人達は考えました。自分たちはどうすべきなのか。どうすれば一番いいのだろうか?
 答えは出ます。誰もが思っていましたが、口に出来なかった可能性。

――物品を全て破棄し、この島を沈める。

 物品の力を使えばそれは簡単なことでした。しかし、島を失えば当然島の人たちは家を失います。でも、日本に行ったところで島の人達は日本の敵である。島の人達の居場所はここしかありませんでした。つまり、島を沈めるということは自分たちも死ぬことを指していました。
 こうすれば、島の人達以外は損をしません。日本は反逆罪を犯した島を攻撃して、勝利するのです。そのことにより、日本国内で天皇の支持は上がります。物品は奪えなかったですが、外国に攻め入られる可能性もこの件に関しては消えます。
 そう、島の人達以外は誰も損をしないのです。もう島の人達はそうするしかありませんでした。
 島の人達は最後に一番大事にしていたある物品に、みんなの名前を掘り込みました。そして、それを自分たちが生きた証として神社の奥に隠すことにしました。
 そして、最後の時は何の躊躇もなくやってきました。日本に爆撃される日、島が沈む日はあっさりとやってきました。島の人たちは最後に少しだけ抵抗してみたくなり、この日来るべきして来るであろう日本の兵士を殺すことにしました。島の人たちが日本の兵士を殺したのはこの一人だけでした。ほんの小さな抵抗。この小さな抵抗で今まで日本にされてきた仕打ちを許そうとしたのでしょう。
 島の人たちは傍目から見ればこの小さな戦争に負けたのかもしれません。でも、彼らは誰一人として戦争に負けたなどとは思っていませんでした。自分たちは信念を貫くことができました。自分たちは自分自身に勝つことができました。
 そして、島は沈んでいきました。あたかも日本軍の爆撃で沈められたかのようにです。島に唯一残されたのは、みんなの思いがこもった一つの物品だけでした。それでも島の人たちは満足でした。自分たちの思い出は海底でひっそりと悠久の時を過ごすのです。



「もうそろそろお話は終わりです」
「そっか……」
 俺は颯沙に聞かされた話を聞いてだいたいを悟った。颯沙とおじさんはまず間違いなく、その島の島民だろう。
「その島、薩院島って名前だったのか?」
「違いますよ。薩院島はほんとに私の思い付きです」
 そして一番大事な、なぜ俺が殺されなければならないか。その謎も解けた。
「私が貴方を殺した理由、わかりました?」
「よっぽど大事だったんだな。その思い出の物品」
 全く、いつもいらないことばかりしてくるんだよな、親父は。トレジャーハントは他人に迷惑のかからないようにしてくれよ。まあいくらあの親父でも、命まで取られるとは思わなかっただろう。
 それにしても、私が貴方を殺した理由、か。やっぱり俺はもう死に向けて一直線のようだ。俺に残された時間は後どのくらいなんだろうか。
「ふふふ、なあやっぱり助けてくれたりはしないよな?」
 颯沙はそれには何も答えてくれなかった。
 颯沙の故郷はいい島だったんだろう。それは出会ったばかりの頃の颯沙やおじさんが証明してくれていた。みんなが助け合って、笑いあって、時には泣きあって。日本なんかよりずっとずっといい島だったのだろう。
 自然と俺の頬に涙が一滴流れた。
「死ぬの、恐いですか?」
「そんなんじゃ……ないよ」
 俺は悔しかった。こんな死に方をするのが悔しいんじゃない。そんないい島を自分たちが壊したんだと思ったら、悔しかった。俺もその時代に、その島民として生まれたかった。何ができるかわからなかったけど、そうしたかった。同じ場所に立ち、同じ空気を吸いたかった。
「もう親父と母さんは?」
「残念ですけど……」
 親父が最近言っていた。トレジャーハントで大きな収穫を挙げたと。それは颯沙たちの大事な物。俺たちが犯してはいけなかった物。海の底で流れる時と共に悠久の安楽を得るはずの物。
「俺がここ数日過ごしたのはどこなんだ?」
「私たちの島ですよ。全て幻覚ですけどね」
 あれが幻覚か。本当に何でもできるんだな、颯沙たちは。
 俺の脳裏にここ数日のことがよぎる。颯沙が作ってくれたシチューの味が蘇る。一緒に果物を取りに行った時の颯沙の笑顔。
「――ッ」
 そこで俺に次なる異変が襲った。視線が急に定まらなくなったかと思うと、世界が歪み始めた。数秒後にはもうぼやけた輪郭と大まかな色しか確認できなくなっていた。
「目、見えなくなった」
 颯沙は何も言ってくれない。もう死期が近いのだろう。俺はもう颯沙の姿を脳裏に焼き付けておくことすらできなくなってしまった。
「最後に一つ聞いていいか?」
「ん、なんですか?」
「どうして俺を早々に殺さなかったんだ?」
 さっき、あの島でのことを回想していた俺はこの疑問が浮かんだ。
「それは、貴方が、沙雅さんが私を殺そうとしなかったからですよ」
「一回殺そうと思ったよ」
「思うのと、するのでは大きく違いますよ」
 颯沙はたぶん、微笑んだだろう。でも、もう俺の目には映らない。
「毒ジャムの時は?」
「あれは元々毒じゃありません」
 俺はまんまと騙されてたってことか。俺はあれだけ必死になったのにな。結局は試されていたということか。
 人の死というのはあっけないものだ。俺はここで颯沙とおじさんに看取られて死ぬ。死んだら親父に文句言ってやらないとな。親父のせいでこっちまで死んだじゃないかって。
 腹の中から何か熱いものが込みあがってくる。俺は口を閉じ耐えようとしたが、あっさりとそれをぶちまける。俺の視界が赤く染まる。全身に激痛が走る。
 俺は全てを知れてよかった。その島の話を知れてよかった。颯沙に会えてよかった。俺には何も残らないけど、そういうことじゃないんだ。俺は自分の人生に悔いはない。
 最後に一瞬だけ颯沙がはっきりと見えた。その目元がかすかに光ったように見えたのは俺の最後の幻覚だったのかもしれない。

「沙雅さん。貴方はとっても優しい方でしたね。もしあの時に島にいてくれたら」
私は絶命して屍となった沙雅さんにそっとつぶやく。
「…………かもしれません」
――そう思うのは残酷ですか?
 残酷なのは充分にわかっていました。それでも思わずにはいられなかった。



 結局事の始まりは鷹上拓也が海中から引っ張り上げた、颯沙達の最後の物品。その物品の不思議な力は「忘れない」という力。
 確かに時は流れる。自分がいくら足掻こうと、抗おうとも決して逆らうことはできない。そして、人はそれに伴い忘れていく。時には大事なことすらも。
 颯沙たちは忘れない。あの島で生きたことを。笑ったことを。泣いたことを。助け合ったことを。そして、戦ったことを。例え、それが死後であっても。
 これは後日談だが、鷹上拓也が発見した石版は旅客機墜落事件の一週間後に行方不明になった。そして、墜落原因は不明のまま時は流れることになる。

2005/04/11(Mon)21:58:57 公開 / 灰羽
■この作品の著作権は灰羽さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
帰ってまいりました灰羽です(滝汗
足の手術などいろいろありましてものすごく長い間消えていましたが、再開しようと思います。
長い間無断で消えたことをお詫びします(礼

それと、もう一つお詫びすることが(汗
えと、1〜3までを書いているスレのパスがわからなくなりました。いつものパスを使っているはずなので打ち間違えたかな……
というわけで、すいません(ペコリ
今回からはパス確認のとこを携帯で撮るので完璧なはずです。
ご迷惑おかけしました。

え〜と、この話もめでたく最終回を迎えることができました。今までお読みくださった全ての方にお礼を申し上げます(ペコリ

この謎が解けなかったぞ?みたいなのがあったらごめんなさい。感想のところに書いていただければ答えるかもしれません。私自身見落としていればわからないかもしれませんが(滝汗

次回作ですが、個人的に全部書いてから投稿したいので、気長にお待ちください。

甘木さん、お読みくださりありがとうございます。確かに物語の転換を急ぎすぎて中身をおろそかにしてしまったところはありますね(汗 今後気をつけたいと思います。

影舞踊さん、お読みいただき感謝です(ペコリ
突然消えて、申し訳ありませんでした(汗 納得のいく謎の答えはでましたでしょうか? 多少強引なのは……許してください(死 この物語で少しでもお楽しみいただけたら幸いです。

貴志川さん、お読みくださりどうもです(礼 バイオハザードですか、私は恐くてできません(泣 走り書きですか。確かに調書のようなきちんとしたものじゃなく、走り書きの方が近いかもしれませんね。調書の辺りはいろいろいじくっていきたいと思います。

ゅぇさん、お読みくださりどうもです(礼 覚えてる人がいてくれて感激です(嬉 でも、今回の書き直しはどちらかと言うと、要らない場所を減らした傾向が強いんですよね。他にも、一単語だけポツンと変えてたりとか。ですから、かぶってるところはあんまり楽しんでいただけないかもしれません(汗 それでも最後までお付き合いいただけたら飛びはねます。
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