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『毒娘 1〜5』 作者:つん / ファンタジー ファンタジー
全角10890.5文字
容量21781 bytes
原稿用紙約36.9枚


 プロローグ

 尖った葉をつける灰色の木々に囲まれた悪路を、馬車が行く。
 役人の象徴である[裁きの神]を象った文様が、地味な車体に刻み込まれていた。

「疫…かねぇ?」
 とんでもない発言に、初老の男の、傾ぎ気味の面が勢い良く上がった。
 同時に馬車が大きく揺れ、軽く舌を噛み、うめく。
「平気か」
 言葉とは裏腹に、少しも情の篭もらぬ声は先ほどと同じ向かいから。
 自分と同じ所属を示す黒服を纏った若い男。
 フードに隠された目元は、……笑っているのだろう。
「グーヴァ……言葉を慎め」
 叱咤のために上げた声は、しかし掠れていた。
 乾ききった風のせいか、それとも胃を持ち上げるような今回の件のせいか……。
 初老の様子に、グーヴァと呼ばれた男は含み笑いを漏らすと、自分の顔を覆うフードに手をかけた、
「大丈夫、この悪路だ。御者には聴こえぬ」
 いいながら顔を覆っていたそれを跳ね上げる。
 存外に若い顔が、その下から現れた。
「グーヴァ!」
 焦って腰を浮かしかける初老の男を、グーヴァは手で制した。
「しかし、……顔を晒すなどと」
「いいんだ、どうせ誰も居やしないし」
 グーヴァは右手で黒い髪を掻き揚げる。
 二十を迎えたかどうかも怪しい、しかし油断ない顔つきだった。
 でも、もし疫ならば……、そう言い掛けた初老の男は、はっとしてまた俯いた。
 グーヴァは、その丸い背中に面白そうな視線を送りながら、
「やはり疫だと思うか? マージ?」
 初老の男は黙り通そうと硬く口を噤み、しかし少しも経たぬ内に、無駄と知って大きく息を吐いた。
 途端に風が吐息を攫う。
 マージは目を閉じ、先ほど検分した変死体を克明に脳内に再現した。
 下町の安宿での事だ。
 流石にならず者どもの溜まり場だけあって、通報が遅れていて、少なくとも死後5日は経過していた。
 男だった。
 目をそむけたくなるほどに引き歪み、強張った表情筋。
 目玉と鼻腔からは、何かの粘液が溢れ出して乾いた後があった。
 両の腕は狂おしく胸元を掴み、墨のようにどす黒い血を、宿の壁が一面塗り替えられるくらい搾り出していた。
 肌は変色し、硬くなり……。
 性質の悪い疫病か、それとも悪魔の所業としか思えない。
 しかし、マージは悪魔を信じてはいなかった。
「正直、そう思う。あれは疫だ。しかし疫なら……難民が無事なのはおかしい」
「やっかい事を運んでくるのは、いつもきまってアイツらだからな! 疫病、死病、貧困に治安の悪化……!」
 揶揄するようにグーヴァが口を挟んだ。
 マージは皺に落ち窪んだ目を向かいの男に向けた、
「お前は、どう思っておるんだ……?」
「疫病じゃないさ」
 迷う様子もなく言い放った。
 その言い切った物言いに、マージは思わず怪訝そうな目つきになる。
「もし疫病の可能性があったなら、フードを取ったりはしない。医学の心得のある僕が言うんだ。あれは疫病じゃないよ。」
 もういちど、グーヴァは繰り返した。
 馬車の小窓から見える、針のような葉の生える木々の風景が、瞬間揺らいだような気がした。
 『何故言い切れる』そうマージが口に出そうとした、まさにその時だった。
 馬車に衝撃があった。
 御者の断末魔と、馬の悲しいいななきが木霊した。
 同時に血が吹きだした。
 マージの後ろ首から。
 グーヴァは弾けるように視線を上げた。
 馬車の天井から、一本のロングソードが突き降ろされていた。
 それが当たり前であるかのように、マージの頚椎に生えている。
 凶悪な刃はマージの命を断ち切り、血を撒いた。
「マージ……!」
 ピッと音を立てて、血のいくらかがグーヴァの顔面を直撃した。
 竦んでいるうちに、マージだったものは不気味な体制で崩れ落ちた。
 刹那、右耳が、乱暴で悪意に満ちた破壊音を察知した。
 視線を転じれば、無理やり叩き壊された出入り口があった。
 その向こうには、車内とは違うもう一つの血だまり。
 御者が沈み込むようにして、その中に臥し、果てていた。
 傍らに見知らぬ男がいた。
 屋根の上の暗殺者の他にも、襲撃者はいたのだ。
 感情の篭もらぬ眼差しのまま、血を吸った刃を右手にしている。
「な、何者だ! おまえら!」
 喚くグーヴァの右上腕に、ふいに、その筋肉質な左手が伸びた。
「っ!」
 骨が軋むくらいに締め上げ、いとも簡単に、抗おうとする体を馬車の外に引きずり出した。
 御者の体液が作り出した血だまりに、乱暴に投げ捨てられる。
 二人分の血を全身に浴びたまま、グーヴァは素早く半身を起した。
 そして絶望した。
「ま、待て!」
 濁った雲泥を背景に、男は既に刃を振りかぶっていた。
 グーヴァの制止の声など無論聞くはずもない。
 機械的に振り下ろされた大ぶりの血刃に、グーヴァはついに動く事が出来なかった。
 首が跳んだ。





  第一回 毒娘‐目撃情報1

「しかしまぁ、女の一人旅なんて物騒だよ……昨日のお連れさんとは、もう別れちまったんだろう?」
 宿のオカミは、うつむき加減のその女にこう言った。
 妖しい女だったぜ。
 まだ若い感じだったが、全身肌が出ねぇように布で覆ってよ、ほら、どっかの民族みたいな格好だよ。
 物凄い美人な気がしたがね、まともに顔を見ちゃ居ないからよく判らんが……。
 俺はあのときから、あの女は妖しいって思ってたんだぜ?
 おお、話しが脱線しちまったな。
 オカミの言葉に女は顔を上げはしなかったものの、口元には小さく笑みを浮かべて、その心遣いを感謝してるみてぇだった。
 そんで二人の話しは弾んでよ、オカミは女が男に捨てられたって思ったらしいや。
 しきりと慰めてよ、仕舞いにゃすっかり意気投合しちまって、女の部屋に二人で入って行きやがったんだ。 
 きっとあのオカミは手持ち無沙汰だったんだろうな、女が乗ってきたのが嬉しかったんだろう。
 語り明かすつもりだったみてぇだぜ?
 解ったような口ぶりで「うんうん、女には色々あるのよねぇ」なんて言って、あの豊満な肉を揺すって笑ってよ。
 でも今考えると、もうあん時にゃ、女の頭んなかでオカミは死ぬことになってたんだろうよ。
 俺も驚いたぜ。
 翌日にゃあポックリなんだもんな、あのオカミ。
 ずげぇ死に顔だったぜ、説明するのも怖気がすらぁ……。
 とにかく、翌日にゃあオカミは死んでて、女は影もみあたらねぇ。
 オカミはともかくとしても、消えた行きずりの女なんて誰も気にゃしねぇが、俺だけはな、正しい考えをしている。
 犯人はあの女だぜ。
 巷じゃ最近、おかしな死にかたの男が多いっていうじゃねぇか。
 まぁ、オカミはあれでも一応雌ではあったが……。
 とにかく、あのオカミを殺ったのがあの女だとしたらよ……ありゃあ悪魔だぜ。
 だから妙な気起して女を捜すなよ?
 俺も好奇心が無ぇわけじゃねぇんだが……命は惜しいからな、こういう噂話をする程度で我慢してるワケだ。
 ああ、そうだ……。
 手を出すなって警告した後でこう言うのもなんだがよ、女はきっと西に向かったぜ。
 何でかって? へへっ、こっちにゃこっちで、色んなつてがあるってことよ!
 そう、西の山岳地帯だな。あの尖った葉の付く木ばっかりある森があるだろう?
 あのへんに向かったはずだ。
 今どこに居るかって? おいおいそこまで知るわけねぇだろ。
 だだな、あの女がただの女なら、もう山賊か野獣の餌食だな。
 ただの女ならな。
 悪魔や化生が山賊やらにやられるハズがねぇからな。
 へへっ。
 お客さん。出発したくてたまらねぇって顔だぜ。
 行き先は西かい?
 なら冷え込むからウチで品を揃えるといい。
 ついでに護符も買っていくかい? いや、一応悪魔除けにね。





 第二回 協力

 刎ね飛ばされた首は、鈍い音をたてて灰色の地面に激突した。
 凍りついた時の中で、新たな赤い道筋が伝う。
 風の吹きずさむ中、手を下したのは、屋根の上にいた男であった。
 剣を真横にずらすような形で、的確に息の根を止めた。
 その一瞬の動作を、グーヴァは、ただ見ていることしかできなかった。
 己を殺しにかかった人物は、いま首を断たれ、死んだ。
 滴る程に血を吸った服の表面ををなぜる風に、死の予感にグーヴァは震えた。
 頭を失った大男は、刃を振り上げた姿勢を崩し、そのままどおと倒れた。
 道に漂う血臭を、空間を埋め尽くした風が押し流し……。
 そして時も流れ出した。
「仲間じゃ、ないのか……?」
 へたりこんだまま、呆然と呟くグーヴァに、屋根の上の男は剣を収め、
「こうでもしないと制御できない。廃品だ」
 と、訳のわからぬ言葉を口にした。
 同僚を殺したにも関わらず、涼しげな様子でこちらを見下ろしている。
 燃えるような赤毛の中年だ。頬には深い傷が走っている。
 体格もいい。いかにも百戦錬磨といった所だ。
 先のような無駄のない動きで、軽々とロングソードを操るのも頷ける。
 動けずにいるグーヴァをどう思ったか、赤毛の暗殺者は屋根から飛び降りると、彼のもとに迫った。
 ふいにグーヴァは、マージがこの男の手によって屠られたことを思い出した。
「来るな!」
 鋭い叫びに、暗殺者は本当に歩を止めた。
 これ以上迫る必要が無かったからである。
 剣の間合いに、グーヴァは既に捕らえられていた。
 そのことに気付いた若き役人が、何か行動を起こす前に、暗殺者は再度口を開いた。
「お前を生かしたのは、聞きたいことがあるからだ。ずいぶんと若いようだが、役人だな、何をしに町を訪れた。例の死体か?」
 淡々とした口調ではあったが、先ほどの所業を見ても、この暗殺者の気が長いとはとうてい思えない。
 剣の柄に添えられた傷だらけ手が、グーヴァに従う決心をさせた。
 ゆっくりとした動作で姿勢を正す。敵意の無いことを証明するためだ。
 暗殺者と向き合う形で、それでも座ったまま、グーヴァは口を開いた。
「そうだ。通報があった。妙な死体があると……」
 今にも首を刎ねられかねない状況の筈なのに、自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。
「で、死因は?」
 間髪いれずに、暗殺者は問いを重ねた。
「性質の悪い疫かなにかにやられた……最初はそう見えた。それほど悲惨な死体だ。だが、疫じゃない」
 ほぅ……と、暗殺者の目が細められた。
「では、何だと?」
 マージが聞こうとして聞けなかったことを、暗殺者は問うた。
「毒だ」
 自分の声がいやに大きく響いたような気がして、グーヴァは思わず視線を巡らせた。
 何処までも続く、堅く鋭い木々の灰色、黒塗りの馬車、重くのしかかる空、立ちはだかる暗殺者。
 そして死体。死体。死体。死体になりかけの自分。
 それだけしか、ここには無かった。
「毒……とな、ふふ」
 声に、グーヴァは慌てて視線を固定した。そして驚愕した。暗殺者は笑っていたのだ。
 低い、喉から這い上がるような笑いを、ひとしきり終えると、怪訝そうなグーヴァの前で、彼は一人ごちた。
「見事なものよ。毒と見抜くとはな……」
 木々の合間を、葉と葉の上を、グーヴァの前を、今一度、風が吹き抜けた。
 悠然と立つ暗殺者に、こんどはグーヴァが問う番だった。
「どういうことだ? その口ぶり、お前は何を知っている」
「さてねェ……」
 暗殺者は、含み笑いを洩らす己の目元に、左手を持っていった。
「ただ、俺は毒を盛った犯人を探しているのさ……」 
 指と指の隙間から覗く眼光に、グーヴァは思わずぞっとした。
「毒娘をさ、探しているんだよ……」
 目を逸らせない。
 蛇に絡め取られたように、動けなかった。精神も身体も。
 動けずにいるグーヴァに、暗殺者はさらに近づいた。
 歩を進めるたびに、剣帯の金具が擦れる微かな音が、響く。
 もう目の前に来た。
「お前は感が良いようだ。余計な事を感づかれる前に消してしまうか……」
 そこで一度、言葉を切った。
「それとも協力するか? その身を尽くして……生き延びたいか?」
 グーヴァに、それ以上の事を選ぶ権利は、無いようだった。
 彼は一瞬マージの死体に視線を送り、そして小さく頷いた。
「協力する」


 

 第三回 登場

 寒さと乾きに強く、根をしっかりと張ることのできる木だけが、岩山には残る。
 結果、沈んだ緑の葉を突き出した背の高い木々が、殺風景な山岳地帯に聳えていた。
 轟々と鳴る風と、少ない雨に削られ、色すら奪われたようになって砕けた砂。
 どこか人骨の欠片のように見えて、グーヴァの気分をよりいっそう沈み込ませた。
 重く立ち込める雲は風に流され、瞬時に描く模様を変じる。
 しかし晴れ間の見える兆しも無い。何処までも暗い、灰色の世界。
 砂を踏みにじる足音は、二人分。
 前を進む暗殺者と、遅れて歩くグーヴァ。
 しくじった。
 そう臍を噛んでいても、今更どうにもならないことを、彼はよく知っていた。
 それでも思わずには居られない。
 彼は青二才だが、役人でもあるし、定評のある医者以上に的確な医術を施すこともできる。
 自分で言うのもなんだが、そうとうに頭のいい方だという自負もあった。
 しかし……。
 今回の件で浮き彫りになった、自分の馬鹿さ加減。
 同僚の仇であるはずの男は今、グーヴァの目の前にいた。
 憎い相手である。
 しかし、グーヴァは彼に手を出せないでいる。
 敵わない。そう解かっているから。
 今は背を向けてはいるが、もしその気になれば、グーヴァが気付かぬうちに、首を刎ね飛ばすことも困難ではないだろう。
 先ほどの眼力といい、剣の腕前といい、相手は人間離れした能力の持ち主だ。
 百戦を勝ち抜き、幾度となく死の淵に立たされ、それも越えてきたのだろう。
 片やこちらは平和ボケした青二才の役人。死ぬような目にあったのは、これが初めてだ。
 実力には天と地ほどの差がある。
 だから自分は従うしかない。
 しかし、そんなのはただのいい訳だ、と彼には解かっていた。
 ただ死にたくないだけなのだ。
 マージへの想いや、役人としての矜持や義務を、自分の命と比べたとき。
 自分は命を選んでしまった。
 馬鹿を通り越して、なんて汚い奴なのだろう。

 もんもんとした考えのなか、唐突にある使命感が、彼の脳内に浮上してきた。
 それは、彼の羞恥心が導き出した、狂気の選択だったのかもしれない。
 マージは、若造の自分にあんなによくしてくれたではないか。
 故郷に居た頃だって、家柄も何も関係なく、自然に接してくれていたではないか。
 そもそも、彼のお陰でなることのできた役人である。
 そんな恩人を殺されておいて、なにもしなくていいハズがない。
 仇を取らなくてはならない。倒さなくてはならないのだ。
 暗示をかけられたかのように、グーヴァの思考は、その言葉に支配された。
 荒涼とした木々の間を、風が吹く。
 ひたりっ、と歩を止めると、グーヴァはゆっくりと腕を開き、構えを取った。
 し損じれば、こちらの命はむろん無い。一撃で倒さなければならない。
 心を決めたグーヴァは、暗殺者に目を向けた。
 そして喉元まで込み上げてきた驚きの声を、すんでの所で飲み込んだ。
 背後で起こった知りようも無い出来事を予知したとしか思えない。
 背を向けて歩いていたはずの暗殺者は、足を止め、肩越しに振り向いて、こちらに視線を送っていた。
 眇められた眼は、異様な光を放っているようで、グーヴァは先ほども感じた生理的な恐怖を再度味わった、
「……う……ぁ」
 意味もつながりも無い声だけが喉を震わせる。
 ついに暗殺者は、体ごとグーヴァの方に向き直った。右手には……ロングソード。
 ――殺される
 グーヴァの背を嫌な汗が流れた。
 刹那。
 抉り込むように突き出されたロングソードは、グーヴァの後ろの空間を切った。
 同時に、背後に風の動く気配。
「!?」
 背を抜ける予感に、グーヴァは瞬時にその場に伏せた。
 頭上で、風を裂く音。
 つっ立っていれば間違いなく、彼の居た虚空を貫き、槍の穂先が姿を表わしていた。
 それは暗殺者を狙う一撃でもあった。
 グーヴァが避けなければ、二人揃って串刺しという位置にある。
 しかし暗殺者は余裕の表情で、この槍の間合いから外れた。
 転がったグーヴァの右上から、暗殺者の低い恫喝の声が響く。
「毒娘か……」
 その言葉に、グーヴァは思わず立ち上がる。
 灰色の岩に囲まれた道で、風が渦巻く。
 暗殺者は、グーヴァの前に立つかたちで、剣を油断無く構えていた。
 その矛先に立つ人物。
 顔を含めた全身を、厚手の布で覆い隠した女が、槍を手にして佇んでいる。
 いや、女かどうかも判らない。 
 変死体の加害者。そう暗殺者は言っていた。
 これが「毒娘」。
「お前が、犯人なのか!?」
 グーヴァは力いっぱい問い掛けたが、見事に無視された。
 女が動く。
 これまた信じられない素早さで槍を突き出した。
 赤毛の男は辛うじてこれを受け止め、返す刀で狙うは槍の軸。
 派手な音を発てて、槍が弾き落とされた。
 斬り飛ばされる前に、自分から槍を手放したのである。
 武器を無くした女は、素早く身を引くと、また無言で佇む。
 今度は男の仕掛ける番であった。
「おおおおおおおお!」
 剣を素早く構え、獣じみた裂帛の気合とともに、疾る。
 迎え撃つ女は、懐から短剣というもおぼつかないナイフを取り出した。
 暗殺者は何故か、彼女を撲殺するつもりのようだ。
 柄を構え、力を込めて振り下ろす。
 避けられるような攻撃ではない。しかも当たれば死は確実。
 無意識のうちに体が動いた。
 グーヴァは走ると、そのまま渾身の力で暗殺者の背に、体当たりをぶちかました。
 ぐら、とバランスを崩す暗殺者。しかし倒れはしなかった。
「このっ!」
 声とともに体を反転させ、その勢いを利用してグーヴァの頬を殴り飛ばす。
 悲鳴を上げる暇すらなく、グーヴァは少し離れた岩に叩きつけられた。
 視界が白とも黒ともつかぬ色に染まり、意識が飛びかける。
 女はそれを見ると、短剣を自分の左腕に向けた。
「なにっ!?」
 これは暗殺者も予想していなかったようだ、何故か慌てて身を引く、が遅い。
 女の左腕は、骨が見える程ばっくりと切り裂かれた。
 瞬間、おびただしい量の血が鮮やかに散った。
 灰色の大地を、女の腕を、暗殺者の体を、瞬時に染め上げる。
 悪夢のような時が終わり……。
 うめいたのは暗殺者であった。
 何事か呟きながら、剣を取り落とし、ふらふらとした足取りで、数歩よろめき下がる。
 そう思ったらガッと両手を喉元に持ってゆき、水の中で溺れた者のように痙攣し……。
 ついにはがっくりと膝をつき、女の左腕からなおも滴る血の川に、どっと倒れこんだ。
 そして……二度と動かない。
「……………」
 風が、再度吹き荒れ、おぞましい血臭を押し流した。
 女はその場に座り込むと、自分の肩を覆っていた布を剥ぎ取りはじめる。
 グーヴァは何も言わずに立ち上がった。
 瞬間、後ろ頭が激しく痛み、沈みかけるが、なんとか気力を振り絞ると、女と暗殺者の下へ急いだ。
 暗殺者は……完全に事切れているように見えた。
 壮絶な苦しみの表情である。
 上半身に女の血飛沫を浴び、口からは自分のどす黒い血を吐き出していた。
 目は渇と見開かれ、瞳孔が開ききっている。
 まだ肌の変色も始まってはいないし、皮膚の硬化もみられない……が。
「同じだ……」
 先ほど検分してきたあの死骸と共通する。
 グーヴァは左腕の傷の治療を始めた女に視線を移した。
 女は地面に座り込んで、傷に布を巻きつけている。こちらを見る様子もない。
「この暗殺者は……おまえのことを毒娘だと言っていたが……」
 グーヴァの言葉に、女は一瞬動きを止めたが、また何事も無かったかのように治療を再開した。
「答えろよ」
 苛立ったグーヴァが詰め寄ると、女はやっと彼を振り仰いだ。
 そして、邪魔するなとでもいいた気に、顔で唯一露出している唇を尖らせる。
「ちがうよ、わたしは毒娘じゃない」
 予想よりも随分と高い声である。
 グーヴァは一瞬眉を顰めると、治療中の女にもう一度問い掛けた。
「では……おまえは何者なのだ?」
 また、無視される。そう思っていたが、意外にあっさりと、女は布を巻く手を休めた。
「そういえば自己紹介がまだだったね」
 言って無事な右腕を顔元の布へと運ぶ。
 ゆっくりと、顔を覆っている布が持ち上げられていった。
「わたしは廃品。毒娘の粗悪品だよ」
 するり、と布が地に落ちた。
 現れたのは白い肌に漆黒の髪、底が透けて見えそうな程、透明度の高いダークブラウンの瞳。
 そしてそこだけが異常な程に紅く、艶かしい唇。
 女というよりは少女。
 おそらくはグーヴァと同年代の、しかし非常に美しい少女の顔であった。




 第四回 呪われた研究

 風が、その冷たさを増していた。
 そして空も、その藍さと暗さを増してゆく。
 山岳地帯に夜が訪れるのだ。

 夜の訪れを悦び、ざわめく獣たち。
 その喜悦の遠吠えを、聞くともなく聞きながら、道を歩く男がいた。
 風が吹き付ける度、腰にも届くかという、その面妖な髪が宙に舞う。
 それとは一拍間を置いて、深紅の布地が風を捲き、たゆとうた。
 髪の間から時折覗く、整いすぎた顔は、酷く青白く見えた。
 獣の領域と化した闇の中を、火を灯すことなく歩くなどというのは、それこそ自殺行為である。
 恐ろしくない訳がない。青ざめて当然だ。
 しかし、彼は何も恐れてなどいなかった。
 当然恐れを感じるべき処で、それを感じられぬのは、哀れな狂人か、それとも魔性である。
 彼の体に溶け混ざる獣の血が悦びを訴え、震えるとき、彼の肌は一段と青く、その輝きを増すのであった。
 彼は一度も瞬きをせず、闇の中にも全てを見出していた。
 そして風に押し流され、ここまで広がった血の匂い、当然それも嗅ぎつけていた。
 己の鼻を頼りに、男はゆるゆると道を行く。

 岩山全体が、闇にとっぷりと浸かったころ、男は死者の乗る馬車に辿り付いた。
 馬の腸をすすっていた、痩せすぎた狼が、男の姿を見ると、慌てて森の中へ行方をくらませた。
 大地には、大きな血だまりがふたつあった。
 しかし死体は無い。おそらく獣に持ち去られたのだろう。
 無感動にそれらの様子をみると、馬車の中を、男は覗き込んだ。
 後ろ首を大きく抉られた凄惨な死骸が、そこにはあった。
「……この馬車を襲ったのか……」
 この後先を考えぬ、そして流血を好む戦い方。
「ザラグスの奴。勝手に動いたな……」
 男の髪が、風も吹かぬのに、ざわ、と持ち上がった。
 そして男は馬車から離れ、また歩を進めた。
 はぐれた同朋を探すため、そして与えられた任務を遂行するため。

 火は赤々と燃え上がり、真昼の輝きを、岩山の一隅にもたらしていた。
 これだけ勢いが激しいというのに、揺れる炎は瞬時に姿から色の濃さを変え、幻影のように心もとない。
 それに、この光の渦を一歩でも離れれば、そこは魔と獣の領域である。
 遠く離れた闇の向こうを、何かが走りぬけたような気がして、そのたびにグーヴァは木片をくべた。
 火がさらに勢いを増す。
「ちょっと、入れすぎよ」
 横手からかかった声に、グーヴァは炎から目をそらし、顔を上げた。
 すぐ目の前に女の顔があった。
 毒娘である。
 彼女は持っていた槍を構えなおすと、グーヴァに向かって念をおした。
「朝まで持たせるんだから、考えてちょうだい」
 彼が頷くと、また闇に目を戻した。
 その優美な横顔を眺めながら、グーヴァは自分の想念に浸った。
 もしあの道で、暗殺者に襲われることがなければ、今頃はとっくに山を越えているのだ。
 当然マージを失うこともなく、毒娘と出会うこともなく、こんなややこしい出来事に巻き込まれることもなかったはずだ。
 ……毒娘から聞いた、信じられぬ話の数々。
 人間を改造し、より強い生物を生み出す。
 そんな戯けた研究を続ける、変わり者の学者がいることは知っていた。
 しかしそれが実現していたとは……。
 何とも途方の無い話。医学を学んだグーヴァにとってはなお、信じられぬ話である。
 嘘だ。最初はそう思った。
 しかし、一生涯かけても完璧に修復されることのないほど深かったはずの、彼女の左腕の傷は、確かにもうふさがりきっていた。
 そしてもう一つ。
 グーヴァは自分の胸に、右の手の平を当てた。
 服に縫い付けられたかくしの中に入ったものが、ぞもりと蠢いた。
 暗殺者の肉片である。
 彼の利き腕の親指。それがとりのこされた蜥蜴のしっぽのように、いつまでも動きつづけていた。
 本来なら、これもありえない。
 あの暗殺者――ザラグスという名らしい――は、毒娘と同様に、件の学者のもとで作り出された研究成果なのだそうだ。
 しかし、毒娘はザラグスを知らぬ。
 毒娘は物心ついた時には、既にその研究室に連れて来られていたらしい。
 毒娘の候補は数人いた。
 毎日毎日食事や水の代わりに毒を飲まされ、満足に寝る事も許されず、過重の心身の負担を受け育った。
 少しずつ強力になる毒に耐え、耐え切れぬ者は、皆死んだらしい。
 そして先月。この毒娘が誕生した。
 しかし研究を推し進めた代表者……件の学者は、何が気に食わなかったのか。
 毒娘を出来そこない……つまり廃品と呼び、「処分」するように言い渡したのだそうだ。
 そして処分されるまえに、毒娘は研究所を飛び出した。
 ザラグスは、あまりにも多くのことを語ってしまう毒娘の身体を、消し去る追手として放たれたものらしい。
 その能力は、一歩も研究室を出ることを許されなかった毒娘には、分からない。
 ただ普通の人間でないことは確かである。
 今日はなんとか倒すことができたが、倒したら倒したで、また新しい追手がこちらに向かうだろう。
 そんな暗殺の蔭に怯えながら、毒娘は生きてゆくのだという。

 しかし、この娘の話しをすべて鵜呑みにするのは危険すぎる。そうグーヴァは思っていた。
 そんな嘘をつく理由は思いつかないし、傷の治りや動く指などは、確かに普通ではない。
 しかしそれを割り引いても、本当であると確信することは、グーヴァにはできない。
 だが、もし本当であるとしたら……。
 人間を改造し、数倍も十倍も強くさせる。
 そんなものが戦争に持ち出されたらどうなる。
 国家存亡の危機だ。
 第一、そんな非人道なことが許されていいはずがない。
 しばらく様子を見よう。そうグーヴァは思った。
 今はまだ、分かっていることが少なさ過ぎる。
 胸元でまたあれが動いた。
 寒気を覚えたグーヴァは、また新たな木片を、炎の中に投げ込んだ。



 (続く)

2005/03/17(Thu)00:51:37 公開 / つん
■この作品の著作権はつんさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
長編を書き始めました。
SFチックファンタジー「毒娘」です。
色々なところをご指摘いただきたいです。
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