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『溺れ逝き【読みきり】』 作者:シヅ岡 なな / 未分類 未分類
全角1550.5文字
容量3101 bytes
原稿用紙約5.85枚
僕の下腹部が、先生の尻にあたる音って素敵だ。
猫が伸びをするように、シーツを掴んで鳴く先生って可愛い。
先生の背中に覆い被さって僕が逝くと同時に、先生も逝く。
「イク」って、そんな下品なカタカナはやめてくれ。
先生と僕は、「逝く」んだ。



暖房の効いた先生の部屋で、生暖かくなったミネラルウォーターが、僕と先生の口の中を行き来して、又一段とぬるくなる。
飲み干したのは先生。
いつも同時だね、と笑う。
相性良くて、嫌になるね、と泣く。
僕の身体をどけて、先生は僕に背中を向ける、うつ伏せで枕を抱く。
先生の対称な肩甲骨って綺麗。
指で背骨をなぞると、真ん中辺りで、僕も泣きたくなる。
僕が泣いたらその涙は、シンプル。
先生のそれは、きっと僕のよりコンプレックス。
感情の前に状況理解が走る。
まだ確実に残っている幼さが、少しだけカモフラージュされたなら、ただの男であることが、罪悪感をどこかに隠して、僕を堂々とさせる。
僕が泣いて、舌足らずに愛してると叫んで、先生の脚にすがりつき、離さないと駄駄をこねる。
それを望んでる先生の腹の中が、読めてしまうから僕は、いくらでも涙を堪えるさ。
先生の方が、僕よりはるかに溺れてるなんて、自惚れたりはしてないよ。
首までどっぷり漬かっているのは明らかに僕の方で、喉が燃えるような海水を、舌を噛みながら飲んでるのに。



「社会科の教師は、理屈っぽいのかもしれない。あなたがあたしを好きな理由が分からない。教えて、何故、あたしなのか」
うつ伏せのまま、先生は最近よくこんなつまらない事を、僕に訊ねる。
先生、その質問は退屈だよ。
両手で先生の頭を包んで、顔を近づけて匂いを嗅ぐと、シャンプーと汗と皮脂の匂いがたまらなくて、長めのショートの黒髪が、指の股に絡まると、僕はそれを唇に挟んだ。
ほんの少し痛んだ毛先が、唇の粘膜の上で湿っていく。

好き。
もしその事実を否定したいなら、それはどうしても不可能であることに気付かなきゃダメだよ。
溺れかけてる僕を見下ろしながら船の上にいる先生は、意識の中で飲みすぎた水に焦ってる。
自分が溺れてると思ってる。
死ぬと思って恐れてる。
先生の錯覚が、僕を生かす。
もし先生が、溺れているのは僕だと気付いたら、船に掴まった僕の両手を踏みつけるかもしれないから。



「あたしはどんな女?」
僕を簡単に溺れさせる女。
「あたしのどこが好き?」
あなたの全てが好き。
「君はどうしてあたしの生徒なんだろう?あたしはどうしてあなたの教師なんだろう?」
それは疑問ではなくて、理不尽への怒り。
「運命を恨んでる、でも死ぬほど感謝もしてるの。」

先生は僕を名前で呼んだ。
僕の両手を、踏まないでね。
お願いだから、踏まないでね。

結婚するわって言葉が、僕の頭にぶつかって、ゆっくりと落ちた。
すっかり濡れた髪を、唇から離した。
顔を上げないまま、くぐもった涙声は続く。




僕は物分かりの良い、十八歳だ。
二十九歳のあなたが、お見合いをして、僕ではない男と家庭を築く、現実。
そもそもあなたは僕の高校の教師で、僕はあなたの生徒で、優しいあなたは、あなたを見つめる僕の目を、見てくれた、偶然、不運。
心が合った、と思った、身体も合った、強烈に感じた、事実、周りのものが全て消えそうな、悲しい夢、夢は夢でちゃんと終わった、現実。
僕は物分かりの良い、十八歳だ。
僕は物分かりの良い十八歳だ。
僕は物分かりの良い十八歳だ僕は物分かりの良い十八歳だ僕は物分かりの良い僕は、僕は、僕は。
僕は。
十八歳だ。

歳の数を主張して、まるで駄駄をこねるように抱いた。
僕は、物分かりの良い十八歳を演じるのが得意だ。
先生の身体を仰向けにして、強く抱き締める。
逝ったのは、きっと僕一人だから。
















2005/03/04(Fri)01:52:07 公開 / シヅ岡 なな
■この作品の著作権はシヅ岡 ななさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
先生と生徒の二つ目笑。前書くっていってたんで、今年初めての有言実行になりました。主人公の感情のみで綴ってしまったので、ストーリー性はあまり無く、ただ禁断とされるシチュエーションのみに頼ってしまった、という反省点があります。それは前回の作品にも同様に言えることで。というか、あたしの書く読みきりはなんとなくどれをとってもそんな感じ。。だめやねぇ。
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