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『漆黒に歌え』 作者:渚 / 未分類 未分類
全角4065文字
容量8130 bytes
原稿用紙約14.35枚
たとえ小さなカケラでも
すべて拾い集めれば
ひとつになれるから
自信を持って
生きていけばいい


紗枝が歌う。大きな拍手が起きる。紗枝が微笑む。そんな、当たり前のこと。
それが、当たり前じゃなくなった。






「…なぁ、紗枝」
俺は彼女に声をかけた。ん?と返事はするが、こっちは向かない。いや、向けない。たとえこちらを向いたって、俺のことは見えない。
「お前、歌いたくないのか?」
「何言ってんの?」
紗枝はおかしそうにくすくす笑う。だが、きっと本当はおかしくなんてないだろう。
「笑い事じゃないぞ、紗枝。今でも、歌おうと思えば歌えるんだからさ」
「ムリよ。それに、海斗の足引っ張るようなことはしたくないの」
「足引っ張ってなんかないさ。別に、ここでレコーディングしてもいいんだから」
紗枝ははにかむように微笑んだ。でも、目は笑ってない。紗枝の二つの瞳には、半年前から表情が宿っていなかった。
紗枝は病気だった。何の病気だったか、聞いたが覚えていない。ただ、ゆっくりと体の自由を侵していく、性質の悪いものだ。
俺と紗枝は、二人でバンドを組んでいた。紗枝が詩を書き、俺が曲をつける。二人で路上で歌った。もちろん、収入は良くない。それでも、俺たちは幸せだった。狭いアパートで紗枝と二人、次はどんな曲を作ろうかと相談している、あの時間が好きだった。
路上で歌い始めてから3年、俺たちの念願がかなった。どこぞのプロダクションにスカウトされたのだ。俺たちは手を取り合って喜んだ。早速曲を作った。「カケラ」という曲。紗枝と俺が二人で歌った。それなりにヒットして、俺たちの名は知れ渡った。歌番組にも出た。テレビでしか見たことのない有名人にも会った。
でも、それよりもっとうれしかったのは、俺たち二人の曲が、大勢の人に知ってもらえたことだろう。とても幸せだった。




そんな幸せは、ある日突然音を立てて崩れだした。
1年半ほど前だろうか、紗枝が、歌番組に生出演中のときに倒れたのだ。そのときはすぐにテレビ局から救急車で運ばれた。紗枝は青白い顔をしていて、冷たかった。救急車の中で、俺は紗枝の手を握り、何度も名前を呼んだ。
もちろん、生番組中に倒れたことは大ニュースになり、大騒ぎされた。病院の前には大量のマスコミは押しかけ、ファンレターが大量に届いた。その内容はほとんど、紗枝の容態を尋ねるものだった。俺は一人ではやたらと広く感じられるアパートで、何百通というファンレターを読んで毎日を過ごした。
ようやく紗枝の容態がわかった。だが、それは絶望を伝えられたのと同じだった。俺は呆然とした。紗枝の病気は徐々に神経を麻痺させていくもので、両手足が麻痺し歩くことができなくなる。まだ良く解明されていない病気で、どんな症状が出るかよくわからないという。俺は記者会見でそう語った。
それ以来、俺は一人で歌い続けた。紗枝が倒れたことは、皮肉にも、俺たちの人気に火をつけた。紗枝は病床に伏したまま、それでも詩を書き続けている。俺がそれを歌う。そんなスタイルが評判になったのだ。俺たちの曲がどんどんヒットしていく中、紗枝の手足は少しずつ麻痺し、詩を書いている途中でペンを取り落とすこともしばしばあった。のどには腫瘍ができ、歌手としては致命傷となった。「カケラ」が俺たち二人で歌った最後の曲となった。そして半年前、紗枝は光を失った。そのことが報じられた翌日、涙でにじんだファンレターが大量に届いた。
だが、それでも紗枝は詩を書いてくれている。
目が見えなくなってから病状はどんどん悪化し、手が痙攣するようになった。足の麻痺もひどくなり、立ち上がることもできない。
そんな彼女に俺がしてやれるのは、とにかく歌うことだった。紗枝が書いた詩を、多くの人に知ってもらうことしかできなかった。紗枝は俺が出ている番組はすべてチェックしてくれている。新曲オリコン23位だよー、とうれしそうに報告する。紗枝は、徐々に死に近づいても、とても元気だった。
「あたし、歌えなくてもいいよ。海斗が歌って、それをみんなにきいてもらえればそれでいいの」
紗枝は紙に詩を書きながら言った。と、ペンを取り落とす。ぱたりと乾いた音がする。紗枝は不自由そうにベットからペンを拾おうと手探りで探す。俺は立ち上がり、ペンを拾い、紗枝の手に握らせてやる。紗枝は一瞬泣きそうな顔をしたが、やがて、不器用に微笑む。俺たちの間に気まずい空気が流れる。
「ねぇ…海斗」
「なんだ?」
紗枝が体を起こすのを手伝いながら答えた。紗枝は戸惑っているようだった。
「…あたしね、もうすぐ…」



「耳が、聞こえなくなるの…」


「…嘘だろ?」
声が震えた。ほとんど囁くような声だった。紗枝は黙って首を振った。
「…もうすぐ…海斗の歌、聴けなくなっちゃうんだよ…もう、話すこともできなくなるんだよ…」
紗枝の目から、涙がぽろぽろ流れた。嗚咽をあげて泣き出す。こんなことは初めてだった。大好きな歌が歌えなくなったときも、視界を失ったときも泣かなかった紗枝が。俺は泣いている紗枝を、励ますことさえできなかった。





「紗枝は、もうすぐ耳が聞こえなくなります」
俺がそういった途端、大量のフラッシュが瞬いた。俺は思わず目を細める。マスコミからの質問が飛び交う。だが、俺はそれをすべて無視して立ち上がり、深く頭を下げてその場を立ち去った。フラッシュの嵐は、まだなお続いていた。
翌日、案の定、大量のファンレターが届いていた。
「テレビ見ました。紗枝さんは本当に耳が聞こえなくなってしまうのでしょうか?信じたくありません」
「とても悲しいです。いつか、また紗枝さんと海斗さんが一緒に歌える日が来ると信じてたのに…」
俺はファンレターを破った。二つ、四つと細かく破る。今日来たファンレターには目も通さず、すべて捨てた。
一番信じたくないのは俺だ。一番悲しいのは俺だ。一番紗枝と一緒に歌いたいのは俺だ。
「…お前らに、何がわかるんだよ…」




「…もうすぐです」
医者がいいにくそうに言った。言葉が右から左へ抜けていく。何も考えられない。ただ、紗枝がもうすぐ音を失う、その真実だけが漠然とわかっていた。
「なるべく、そばにいてあげてください。いつ聞こえなくなるか、わかりませんから…」




「ねぇ、海斗」
「ん?」
なぜこんなに穏やかでいられるんだろう。もうすぐ、紗枝の耳は聞こえなくなる。それなのに。
「海斗はさ、好きな人とかいないの?」
「はぁ?何言ってんだよ。そんなんマスコミに大騒ぎされるじゃん」
馬鹿かよ、お前。自分が好かれてるって事、気づかないのかよ。俺は、お前が好きなんだよ。
「ねぇ、彼女ぐらい作ったほうがいいよ。じゃないと、一生結婚できないまま終わりそうだよ、海斗って」
紗枝はくすくす笑う。そんな笑顔が愛しくて、失いたくなくて。
「…ねぇ、海斗。あたし、また歌詞書いたんだ。だから、また曲つけて?」
紗枝はベットの隣にある引き出しから髪を何枚か取り出した、が、またいつもの痙攣で取り落とし、紙が床にばら撒かれた。俺は体をかがめて拾おうとしたが、なんだか紗枝の様子がおかしいことに気がついた。両手で耳をふさいでいる。
「紗枝?」
「海斗…なんか、耳が変…」
顔が青ざめるのがわかる。ついに来た。紗枝は不安げに耳を押さえている。俺は思わず紗枝を抱きしめた。紗枝も俺の腕にすがりつく。
「…怖いよ…海斗…」
「紗枝…」



「好きだよ…」



紗枝は答えない。ただ、固まっている。俺は嫌な予感がして、紗枝を揺さぶった。
「紗枝?」
紗枝は答えない。不安げにきょろきょろしている。
「紗枝?紗枝!?」
「…あ…」
紗枝はようやく、俺が呼んでいることに気づいたようだった。そして、小さく言った。
「…聞こえない…もっと大きな声で言って?」
「…紗枝!!!紗枝!!!」
「聞こえないよ…?どうして…?自分の声も、聞こえないよ…」
紗枝の顔がくしゃりとゆがんだ。俺の胸に顔をうずめて、わあわあ泣き出した。俺は紗枝を抱きしめた。
もう、紗枝は何も聞こえない。俺の声も、俺の歌も。きっと…最初で最後の「好き」も聞こえなかっただろう。
夜の病院に、紗枝の泣き声だけが木霊した。





半年後、紗枝が亡くなった。耳が聞こえなくなってからは精神的に参ってしまったらしい。詩を書くこともなくなり、病院でただ眠って過ごした。だんだん体全体が麻痺し、起き上がることもできなくなった。目も見えない、耳も聞こえない、口を利くこともできない。紗枝はほとんど、廃人となってしまった。
そして、紗枝は死んだ。誰も驚かなかった。むしろ、喜ぶべきかもしれない。紗枝はようやく…自由になれたんだ。
病室に残った紗枝の荷物を整理していると、引き出しから紙が何枚か出てきた。見てみると、それは歌詞だった。ふと、紗枝が耳が聞こえなくなる瞬間、歌詞を俺に渡そうとしていたことを思い出す。
俺は歌詞に目を通し始めた。


I am not happy.

Why?

BecauseI can not sing.


You are happy.

Why?

Becauseyou can sing.


I can not it.

I can not it.

Butyou can do it.


私はもう
何もできないけれど
あなたを見守ることさえ
できないけれど
あなたならできる
私は闇となって
あなたを思い続けよう
あなたのためなら
闇をいっそう
漆黒に染めて見せよう
You can do it.
You can do it.





歌詞の上に、涙が一粒落ちた。とめどなくあふれてくる。
紗枝は、自分の命が短いことを知って、この詩を書いてくれたのだ。この歌は本当なら、紗枝が歌うべきだったのに。紗枝はどれだけ、歌いたかったのだろう。どれだけ、生きたかったのだろう。
俺は歌詞を握り締めて泣いた。止まらない。涙が歌詞の上に点々としみを作り、紗枝の字がにじんだ。



紗枝。

俺は、歌い続けるよ。

紗枝のために…。

紗枝に聞こえるように

漆黒に歌い続けよう…。




                               fin

2004/09/26(Sun)23:17:06 公開 /
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■作者からのメッセージ
こんばんわ。
今回は短いですが、自分が書きたかったことはそれなりに書けたかな、と思います。
英語の部分、つづりを間違えてそうで怖いです;もし間違えていたら、どんどんいってやってください。

意見、感想等お待ちしております。読んでくださった方、ありがとうございました。
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