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『君と僕 (加筆・修正)』 作者:GOA / 未分類 未分類
全角21116.5文字
容量42233 bytes
原稿用紙約62.7枚
 澄みきった青空に浮かぶ曇を眺めていた。時折吹いてくる風が火照った頭に心地よい。
 雲の隙間から太陽が覗き、遮られていた光が溢れ出す。まぶしい、目覚めたばかりで日の光に慣れてない目には強すぎる刺激。とっさに右手を掲げて視界を遮った。
 ここは学校の中で一番空に近い場所、そして最も静かな場所である。
 喧し過ぎる普段の生活は少なからず不満とストレスが溜まっていく。起伏の激しい僕にとって興奮状態は最も危険な状態であり、最も避けなければならない。
 本当の自分に身を任すということを知ってしまった今では心を落ち着けることでしか、普段の生活を続けて行くことが出来ないからだ。理性という感覚が麻痺しつつある僕にとって、後どれだけこうしていられるのか分からない。
 この生活がいつまでも続くという保障など何処にもないのだから・・・・・・
 

 何もしない、何も考えない。頭を空っぽにする。こうしていると忙しすぎる時間から隔離され、ほんの少しの時間さえもゆったりと過ごすことが出来る。
 僕にとって掛け替えの無い時間、僕が僕で居られるために必要不可欠な行為。
 この場所はそんな条件を満たす最適な場所であった。
 屋上の中でも、一際高い場所に設置された貯水タンクへの道のりは備え付けの梯子しかない。そこにはこじんまりとしたスペースしかなく。もちろん貯水タンクがあるのだからそれほど広い空間があるわけでもない。人が集まって何かするには狭すぎるが、人一人が横になるには十分過ぎるスペースがある。
 更に屋上は原則的に開放されておらず、ほとんど人が寄り付かないという理想的な環境にあった。
 だからといって堂々と屋上で寝ていれば、見回りの教師や守衛に見つかり、ストレスが溜まるのは目に見えている。慎重に慎重を重ねた結果、僕のポジションは梯子の真下に陣取ることにしている。
 屋上の作りは大抵、溝みたいな淵に囲まれて、その淵の内側にフェンスが張り巡らされている。この貯水タンクのある場所にはフェンスが無い変わりに溝が少しだけ高く設計されていた。
 淵に平行になるように寝ているわけだから、真下を覗き込むか、この場所に降り立って振り向かない限り見つかることは無い。
 踏み潰されるという危険性も多少合ったが、人の出入りの少なさと見回りといっても貯水タンクまで登ってくる生真面目な教師や守衛は居ない。今までの経験から、人と遭遇する確率はゼロに等しい。
 まさかこの穏やかな時間が今日で最後になるとは誰が予測できただろうか。
 この日の僕も、何も疑うことはなく、ありきたりな日常が終わるのだと思っていた。


 しばらくして思い直す。一度やり始めたことを途中で投げ出すのは良くない。右手を広げ隙間をつくってみる。目を細めて光による襲撃に備えたが杞憂に終わった。指の隙間から漏れてくる光は弱々しく淡いものだったからだ。また太陽が隠れたのだろうか。それは都合の良いことに軟弱な体を酷使する必要が無くなる。しかし、先ほどまで追いかけていた雲を見つけることはできなかった。
 変わりに発見したのはプリンの群れだ。真っ白に続く雲を背景にプリンが編隊を組んで飛んでいる。ご丁寧にホイップクリームとさくらぼまで乗っていた。
 最近のプリンは空を飛ぶものなのか? それともプリンの形をした飛行機?
 どちらにしても理解の範疇を超えている。受け止めやすい現実を想定すると夢か幻だ。起きていたのだと思っていたことが実は夢の中だったという話は良く聞くが……
「あれー、誰も居ない。ここに居るって聞いたんだけどな」
 近くで声が聞こえる。経験からいくと目覚めが近い。外部からの情報を脳が処理し始めたからだ。そんな事はどうでもいい。手を伸ばせば届きそう場所に不可思議な物体が浮いている。触れてくれと言わんばかり、そして考えることを止めた。
 触れようとした物体は掴む前に背景と一緒に歪み、それごと掴んでしまった。
「きも」
 思わず感想がもれていた。プリンだと思っていたそれは生暖かく弾力のあるはじめての感触。身震いするほどの悪寒が走った。
「い、いやあああああああああああああああああああ!!!」
 理不尽にも悲鳴を上げたのは自分ではなかった。響き渡る大音声。逃げるプリン。
 強い日差しを遮っていた暗幕が消え強い光が目に突き刺さる。
 翻るスカートの裾が勢い良くなびき、やっと状況を把握することができた。
 どうやら、夢と現実(ゆめとうつつ)の区別に誤りがあったらしい。掴んでいたのはプリンではなく彼女の尻だったのだ。
「痴漢!」
 驚いたのも束の間、電源の落とされたテレビのように視界は消失し、脳みそが激しくシェイクされる。
「変態!」
 腹部に強烈な痛みが走る。肺に溜まっていた空気が絞り出されるように吐き出され、意識が遠のいていくのが分かった。
 まだ早い。まだ何もしてない。せめて襲撃者の顔を確認するまでは保ってくれ。
「女の敵!」
 なんとか目を開き犯人と視線を合わせる。同い年ぐらいの女の子だった。見覚えのある制服。鬼のような形相で理性の欠片も感じられず。容赦ない攻撃は次ぎのモーションに入っていた。
 このまま意識を失えば殺されるかもしれない。なのに何も抵抗しないでいるのは自分のポリシーに反する。最初で最後の抵抗。自分が知る限り最も印象づける言葉を叩き付けた。
「お前は人殺しだ」
 驚愕する犯人の顔を見てどうやら賭けに勝ったようだ。僕は満足し、そして活動限界を迎える。


 見渡す限り一面に色とりどりの花が咲き乱れていた。花畑は果てしなく続き地平線が見える。自分以外に誰も居ない。風も無く、空も無い。見上げれば真っ白な世界がどこまでも続いていた。ここは寂しい。どこまでも続く静寂が焦燥と孤独を掻き立てる。ここはどこだ。なぜここにいる。
 どこからか声が聞こえる。地平線の遥か向う。自分を呼ぶ声。輪郭がぼやけてはっきりと捉えることはできない。
 しかし、それが女性であることだけはなぜか分かった。何も無いこの世界で人恋しい今の自分にとって、それは女神様に等しい存在だった。足が勝手に動き出す。ゆっくりとした歩みから全力疾走に至るまで、それほど多くの時間は必要としなかった。しかし、走っても走っても距離は一向に縮まらない。むしろ余計に遠ざかっていく。誰かがあざ笑わっているような気がした。目には涙が浮かび、死にもの狂いで走った。気の遠くなるような時間。ほんの一瞬の出来事でしかない永遠に等しい時間。
 走って走って、走り続けて一つだけ理解した事がある。ここには自分の他に誰も居なかったということ。ここでは誰一人助けてはくれない。どこからか聞こえて来る声が更に追い討ちをかける。自分の置かれた状況に打ちひしがれ絶望する。もう他にできることはなかった。それでも叫ばずにはいられない。
「誰でも良いから返事をしてくれよ」
 今まで一度も祈った事も無い神様に、自分がはじめて心の底から求めた誰でもない誰か。天高く木霊するはずだった声は反響することも無く、静寂に何かしらの変化を齎すことも無かった。このときになって始めて声すら上げられない不条理な世界の枠組みに自分がいることを知る。すでにこの世界は自分の一部となっていた。いや、自分が世界の一部に組み込まれてしまったのだ。認めてしまえば後は楽だ。もう何もしなくて良い。ここには何も無い。何もできやしないのだから。
 天候が急変する。真っ白な空が一瞬にして真っ黒に染まっていく。夜よりも深い闇。黒よりも黒く。大粒の雨が降り出してくる。咲き乱れる花は枯れ始め、大地は底が抜けていく。自分を支えるものは何も無く、虚無に放り出される。深い闇は尚も侵食を続け指先から徐々に飲み込んでいった。この世界を形成する自分もまた、まもなく消滅する。最後に一つだけ疑問が残った。自分は何のためにここに居たのだろうか? 自分を形作る最後の欠片が闇に飲み込まれると自分の意識も完全に消滅した。


 人の温もりを感じるやさしい温かさの中で目を覚ました。自分の側に誰かが居るというだけでこんなにも安堵を覚えたのは初めてだ。しかし、納得がいかない。自分を膝の上に抱き抱え大粒の涙を流し、鼻水を垂らしてくるのは紛れも無くあの襲撃者だ。高く昇っていたはずの太陽はすでに暮れかけて空は茜色に染まっている。通りで寒いわけだ。泣き腫らした彼女の顔は年嵩以上に幼く見える。記憶に残るあの恐ろしい形相が嘘のように。まるであの時の……まて、この顔、覚えがある。
「お前、あの時の」
「あっ」
 彼女は泣くのを止めて顔を覗き込んでくる。
「よかった。本当に良かった。何度も呼んだのに返事してくれないし、お昼からずっと動かないままだったから。本当に死んじゃったのかって思ったよ。私、人殺しじゃなかった・・・」
 さっきより大粒の涙を滴らせて力強く学生服を握り締めていた。
「そうだ。殺人ではなく殺人未遂だ」
 鳩が豆鉄砲を食らったかのような驚いた顔をする。その合間を縫うようにして体を起した。体の節々から悲鳴が上がり、自分の体が鉄か鉛になったような感覚を覚える。ちょっとでも気を抜くと倒れてしまいそうだ。ふらふらの足はすでに感覚はなく、血が通ってないように思われた。何とか彼女に向き合うと屋上の淵を背にして体を預けるように座り込んだ。
「さて聞いておこうか。どうしてこんな事になったんだろうな。お前があの時の奴だったと仮定しても感謝されこそすれ、恨みをかうような事はなかったと思うんだがな」
「あ・・・」
 何かを思い出したかのように口をぱくぱくするが意味の取れる言葉にはならなかった。間の抜けた表情から察するに状況の整理ができず言葉が出ないのだろう。
「急ぐ必要はない。状況がわからないのはお互い様だ。まず、お互いの言分を聞いておこうじゃないか。僕はさっき言った通りだ。どうしてこんな事になったんだろうな」
 そう、どうしてこういう状況になったのだろうか。確かに彼女の顔は知っている。顔見知りというほど親しい中でもないし。名前すら知らない。只彼女との出会いが衝撃的なものだったからに過ぎない。


 いつものように妹の糖分摂取症候群が再発、「甘いものが食べたい」と家族中に騒ぎ立て、急遽家族会議が開かれた。娘に甘い父親と娘と同調する母親が相手では結果はすでに見えていた。問題をてっとり早く解決するため、民主主義国家らしく多数決という数の暴力で自分がパシリに任命される。
 家族の希望(もとい、いもうとのわがまま)を叶えるため最寄りのコンビニまで片道15分。ぜんぜん近くない道のりを歩いていた。夜になると人通りも寂しくなり、交通量もそれほど多くなくなる。線路向うとこちら側では街の発展具合が大分変ってくる。発展途上の田舎側に住んでいる自分は線路向こうまで買い出しにいかなければならなかった。
 しばらくして地下歩道に差しかかると、悲鳴のような声を聞いたような気がした。幸先悪い。この時間の地下歩道は利用者がほとんど無く。愉快な連中が集合するには丁度良い環境だった。だからといって遠回りすると20分以上も余計に喰ってしまうのは嫌だった。足を止めてしばらく考え込んでいると。
 再び。
「助けて」
 と今度は、はっきりと聞こえて来る。その一声で決まった。野次馬と好奇心で満たされる。ゆっくりとした足取りで地下歩道を降りて行く。ほの暗い明かりの下、狭い空間に少女とおぼしき悲鳴が反響していた。自分でも今が冷静な心理状態で行動を起こしているのかどうか、これっぽっちも自身が無い。それこそ自信を持って言える。只近くで現場を確かめてみたかったのだ。
「騒いでも無駄だ。この時間になると、ここを利用する奴なんていねえんだよ」
 餌に群がるハイエナのように一人の少女に三人の男達が群がってた。近くに大きなスポーツバックが投げ出さている。
「嫌、止めて・・・」
「大人しくしやがれ。そうすればすぐに気持ち良くなるからよ」
 状況をもっと知りたい衝動にかられ、通行人を装って急接近した。距離にして後三歩のところでさすがに気づかれる。
「お願い助けて」
 一番忙しないはずの彼女に声を掛けられて、続いて恐いお兄さん達も一斉に振り返る。
 只でさえ緊張しているのにさすがに冷や汗がでた。
「てめえ、そこで何している」
 三人の男達は立ちあがると相手を威嚇するように包囲する。
 極度の緊張感が返って心地良い。なんだか愉快な気分になり思わず声が漏れてしまった。
「くっくっく、あはははははははははは」
 男達はお互いに顔を見合わせ。
「頭がおかしいんじゃないのか」
 と一人がつぶやくのを聞いて、さすがに訂正する。この心理状態がすでに可笑しいことに、このときはまだ気づいてもいなかった。
「いやいや、それは酷い。僕は至って正常だ。僕にとってはこれが普通。驚かせたなら謝る。すまなかった。邪魔者はさっさと消えるから気にしなくて良いよ。どうぞ、お構いなく」
「っけ。やっぱり只の馬鹿野郎じゃねえか。見せもんじゃねえ、さっさと行っちまえ」
 目的は十分に達成した。これ以上挑発するのもさすがに危ないと思い、早々と引き上げることにする。
 その時、忘れ去られていた彼女が急にその存在感をアピールし始めた。
「お願い助けて」
 乱れた服をかき集め、必死に声を張り上げて注目を一身に惹きつける。瞳を潤ませてしっかりと自分を見つめて放さない。
(あほが)
 素直な意見は内に秘め、侮蔑の視線を返した。
「残念だったな、頭の足りない奴で。あきらめて俺達とゆっくり楽しもうぜ」
 やれやれと肩を竦ませてお手上げの態度を彼女に見せつける。
「本当に残念だ。君は拘束を解かれた時点で逃げるべきであったのにそうしなかった。急な出来事で意識が動転しているのは分かる。しかし、なりふりを構っていられるほど悠長な身分ではないだろう。これ以上僕に何かを期待されても困るな」
「何してんだてめえ」
 携帯を取り出して110を押してみる。一度もコールはならず、圏外・電波状況不備を知らせるテープ音が流れ始めた。
「そんな事をして、この後どうなるか分かってんだろうな」
 凄みを利かせて、可笑しな顔が更に可笑しくなる。
「そんなに慌てなくても大丈夫。繋がらなかったから。やっぱり地下じゃ電波は届かないみたいだね」
 どうやらまた、話題の中心が僕に戻ってきたようだ。どうこの場を切り抜けようか思案する。過去に経験がない。とりあえず時間を稼いで様子を見るしかなかった。
 痛い思いをするは好ましくない。それに、それはそれで覚悟に時間が必要である。できれば避けて通りたい。
「そういう問題じゃねえ」
「そうでもない。こう考えてはどうだろう。僕以外に今すぐここに駆け付けてくる人間が居ないって事が証明できたんじゃないかな今ので。これで彼女は僕意外に助けを求めることができなくなった。しかし、僕には彼女を助ける度胸も技量もない。ということは彼女は諦らめるか、自分の力で何とかしなくちゃいけないという事になる。君たちにとって望ましい状況が確認されたはずだけど」
「・・・・」
「できればもう、これ以上関わり合いたくないんだ。なんなら今の行為を謝罪するから僕だけは見逃してくれないかな」
「謝ってすめば警察はいらなねえんだよ」
 鼻の頭を掻いて愛想笑いを浮かべる。
「つまり警察がいれば謝らずとも解決するわけだね。でもその警察に連絡をとる手段がない。それで僕はどうすればいいのかな」
「はっ、何言ってんだてめえ」
「一つだけ良いかい。このまま彼女を手籠めにできたと仮定しよう。その後、君たちは彼女をどうするつもりでいたのか是非聞かせてくれないか。僕のことなんかその後でもどうとでもなるだろう。自慢じゃないが腕っ節はまるっきり駄目だ。誓っても良い」
「そんな事どうでも良いだろうが。お前には関係ない」
「強姦は立派な犯罪だよ。犯罪を犯すという覚悟を君たちは持っているのか」
 男達は笑い出した。
「ああ持ってるぜ。警察なんか全然恐くないね。被害者がいなければ警察が動けないことぐらいはな。口封じなんて簡単だよ。こいつの全裸を写真に収めればいいだけだからな」
「それは大胆な発言だね。その程度の脅迫材料で押し黙るほど彼女の器が小さいと見越したわけか。彼女が告訴しなければ強制わいせつ罪は適用されないと。和姦なら罪は無いと言いたいわけだ」
「そうだよ。俺達は悪くないから罪にならない。分かったらさっさと行っちまえ。今回だけは見逃してやるからよ」
「意外に優しいんだね君たち。では僕は退散するとしよう。老婆心ながら一つだけ忠告。それ以上罪を重ねることはお勧めできない。恐いのは捕まる事じゃない。捕まった後のことを考えることだね。時は金なり、時間は買い戻せないよ。じゃあ、さようなら」
 何事も無かったように振り向き歩き出した。
「お願い待って」
 突然の呼び止めに緊張が一気に膨れ上がる。男達の気が変ったのかと思ったが取り越し苦労だった。平然を装いつつ振返ると相変わらず人の良さそうな笑顔を称えて応える。その表情は彼女にとってより一層冷徹な表情に見えたことだろう。
「君も諦らめが悪いな。僕一人じゃこれ以上はどうしようもないという事はすでに説明したはずだ。君も少しぐらい自分で抗ってみてくれないか。そうすればもう少しぐらいは違う展開が期待できたかもしれない。僕と違って君は命の大事はないだろう。その人達は君の体が目当てなんだし。用が済めば解放してくれる。その後君がどうするかは君次第。自分の痴態と交換に訴えれば慰謝料ぐらいは簡単に請求できるだろう。そのまま塞ぎ込むのも一つの方法さ。どう転んでも僕には関係ない。痛いのは嫌なんだ」
「鬼、悪魔、人でなし」
「・・・・」
 気丈にも彼女は僕に向かって言い返してきた。目の前にいる男達には罵声の一言も発してはいないというのに。その罵声が自分に向けられたものだと理解するまで少しだけ時間が必要がだった。理解すればするほど怒りが込み上げてくる。
「それは聞き捨てならないな。その言葉は言うべき相手が間違っているのではないかな。僕が君に危害を加えた覚えはない。自分の都合で他人を巻き込むは止めてくれ、はっきり言って迷惑だ」
「私を見捨てる時点ですでに人でなし、ろくでなし、馬鹿、どあほ、アンポンタン、くずなのよ・・・」
 彼女は思い付く限り罵詈雑言を吐き出した。

 極度の緊張感で気が大分ゆるくなっていたのは確かだ。しかし、決め手になったのは彼女から吐き出される理不尽な罵倒に他ならない。
 そのせいで辛うじて繋ぎとめていた理性の箍が外れる。怒りの矛先が違うことを指摘してやったのに全く効果がない。ふざけた奴だ。
 分ったよ助けりゃいいんだろ助けりゃ。助けてやろうじゃないか俺なりの方法で。

 とりあえず黙らせるのはこいつが先のようだ。片手を上げて勢い良く指差す。
「何をぐずぐずしている。早く犯ってしまえ。お前達はそのために居るんだろう。このヒステリーにおまえ達の種を叩き込んでやれ」
 口調が一変にして変る。低姿勢で人の良さそうな丁寧な言葉使いから意志の強い乱暴な命令口調に。その態度と力強さの前にあっけに取られたのは彼女だけではなかった。一緒にいた男達もまた呆然としたまま動かない。
 張り詰めていた理性が崩壊して僕から俺へと変ったのだ。人格破綻者である俺は恐怖や罪悪という感情がない。どこまでも冷徹にどこまでも冷静になれる。日頃のストレスを発散するかのように大胆かつ狡猾になれるのだ。その時の自分ほど開放的で充実した気分になることを僕は知らない。
 もどかしい、全くなっていない。中途半端な覚悟で途中で投げ出すぐらいなら初めから起さなければいいものを。もう起してしまった後では取り消すことなどできないというのに。
「小心者め、怖じ気づいたならさっさとこの場から立ち去れ。俺が引き継いでやる」
「うるせえ、お前に指図される覚えはねえ。やるよ、やってやるよ」
 男の一人が再び彼女を押さえつける。
「いや、放して」
「お前達は参加しないのか」
 興がそがれてしまったのか片割れの男達は顔を見合わせたまま呆けている。こちらには効果がありそうなので追い討ちを掛けることにした。
「お前達には少しだけためになる話をしてやろう。強制わいせつが犯罪であることは十分知っているわけだ。しかし、和姦が成立したとしても犯罪行為に適用されることがあるのをお前達は知ってるか。公然わいせつ罪。人前で公然とわいせつな行為に及ぶと六ヶ月以下の懲役、もしくは三十万円以下の罰金、もしくは留置及び科科に処する。それに見たところ彼女はまだ未成年だから児童買春法にも触れている。ちなみにお前達がこれからしようとしている行為、つまり異性の性欲をそそる写真を撮るという行為は児童ポルノ頒布罪というのにあたる。児童ポルノを公然と陳列又は配布する行為は三年以下の懲役、または三百万円以下の罰金に処する。単純に計算しても最高三百三十万以下の罰金もしくは、三年半の刑期が待っているわけだ。お前達は三人で事を運んでいるわけだから、一人頭罰金は百十万ずつ、もしくは刑期を無難にこなすしかない。こっちの方は分割されんから三年半の刑期が待っている。おまけに服役後は前科一犯という社会不適合者の烙印を押され、社会復帰は絶望と考えて良いだろう。良くあるパターンとしてはまた罪を犯して逆戻り。そのサイクルを二、三回繰り返せばあっという間に余生は留置所の中で過ごすことになる。未来の無い人生展望だな」
「・・・・」
「まだまだある。彼女が開き直って告訴したと仮定しよう。するとたちまち強制わいせつ罪が適応されるわけだ。十三歳以上の男女に対し暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は六ヶ月以上七年以下の懲役に処する。また、十三歳未満の男女に対しても同様とする。それともう一つ、日本の男女差別は何と法律の中にまで存在している。どうだ、ちょっとしたトリビアだろう。強姦罪と言う、十三歳以上の女子に対して暴行又は脅迫を用いて姦淫した者は二年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子に対しても以下略と。俺は専門家じゃないから詳しい計算方法など知らん。最低二年半の刑期に罰金と慰謝料を請求されると思うと恐くてとてもじゃないが犯罪を侵そうという気は起こらない。そんなに欲求不満があるなら地道にお金を貯めて政府公認の風俗を利用することを俺はお勧めするね。っおや」
 気がつくと連れの男達の姿は無かった。意外に小心者のようだ。大胆な犯罪を実行しているわりには逃げ足だけは速かった。全く今更逃げても遅いというのに彼らは知らないのだろうか、犯行には未遂でも罪になるというのに。しかし、自分も失敗を犯してしまった事もまた事実。肝心なことをやっていない。握り締めた携帯電話を確認する。犯人の特徴を記録しなくてはならない。
「や・・・」
 彼女の悲鳴で現実に引き戻される。そう、まだ終わっていなかった。まだ一人残っている。今回はまあ、あれで良しとしよう。携帯電話の機能を写メールに切り替えAVカメラマンの真似事を始める。フラッシュ機能がついているのでほの暗い暗闇の中でも鮮明に撮ることができた。
 フラッシュがたかれるとさすがに男が何事かと向き直る。
「何してんだ。てめえ。あいつらはどうした」
「さあ、用事でも思い出したんじゃないか。気がついたら居なくなってた。だから俺が変わりを務めようと思ったんだが、迷惑だったか」
「なぜ急に協力する気になった」
 疑り深い犯人である。しかし、頭の悪さと想像力の乏しさは高が知れている。言いくるめるのはたやすい。
「そんなの決まっている。犯行を止められなかった上に現場助勢するような言動を吐いたんだ。誰がどう見たって共犯じゃないのか。同じリスクを負ったんだ。俺だけ仲間はずれは不公平だろう。俺は適当に物色して楽しんでいるから、気にせず続けてくれ。これから先もこんな事を続けていくんだろう。今回がたまたま上手くいったからといって次もそうとは限らない。人生楽しめるうちに楽しんでおかないと後悔することになる。一寸先は闇。いつ何が起こるか分らないからな」
「そうか、そういうことか、お前も好きもんなんだな。じゃあ勝手にしな」
「ああ、好きにさせてもらう」
 よし、犯人の了解は得た。これで堂々と証拠を抑えることができる。襲い掛かる現場を数点、犯人の顔がはっきりと分る角度から三枚ほど撮影に成功した。彼女には悪いがもう少し犯人の相手をしてもらうことにする。最後の仕上げが残っているからだ。
 今度は彼女のスポーツバックを広げる。先ほどから顔を覗かせている棒状のもの。テニスかバトミントンのラケットに違いない。指紋をつけないように上着の袖の上から掴む。何度か素振りをして感触を試してみる。ビュンビュンと風を切る気持ちのいい音がした。地面を軽く叩いて強度を確かめて見ても申し分無い。
「合格」
 これで全部、準備は整った。後はどの程度で切り上げれば良いかだ。
 スキップしてしまいたくなるほど足取りは軽く、ドキドキと高まる高揚感が楽しくて仕方が無い。犯人の真後ろで立ち止まる。
「少しだけ離れてくれないかな。手元が狂ってお前が写ると困るだろう」
「糞、しょうがねえな」
「そう、手元が狂うと俺も困る。では遠慮無く」
 男が振返る寸前、思いっきりスイングしたラケットが口にあたる。ちゃんとガット部分を水平にしているので威力は鈍器とさほど変らない。
「ぶっ」
 男のうめき声が終わらないうちに続けて喉、胸、腹、腰と順番にフルスイング。そのまま崩れ落ちるまで容赦ない乱打を浴びせていった。ここで注意しなければならないことは殺してはいけないということ。気絶させるには一定以上の刺激を一度に与えなければならないということ。ここで下手に遠慮していけない。損傷が均等になるように容赦なく力の限り殴り続ける。
 三順目にしてそれらしい兆候を見せ始めた。止めに入る。渾身の一撃を腹に加えると男は地面にぐったりとなって動かなくなった。慌てて顔に手を翳し呼吸しているか確かめ、念入りに首筋に手を当てて脈が動いているかを確認する。
 脈は上着越しなのであまり良くわからなかったがとりあえず、生きていることだけは確認できた。
「嫌あぁぁぁぁぁ」
 今までで一番高い悲鳴が地下歩道を駆け抜けていく。その声を聞いて自分の他にもう一人、意識の有る奴を思い出した。どうもいけない。夢中になりすぎると他のことが見えなくなる。
 彼女に向き直り愛想良く笑おうとしたのだが、結果は彼女の悲鳴が強くなっただけだった。
 どうも俺のときの笑顔はスマイルに見えず、ニヤリと怪しい表情が色濃く出るみたいだ。
「気はすんだか、望み通りお前は開放されたぞ」
「それ以上、近づかないで。人を呼ぶわよ」
「それが出来ないから、こうなったんじゃないのか。お前に説明しても無駄か。俺も暇じゃないんでな。ほら返す」
 血のりがべったりとついたラケットを放ってよこす。
 叩きつけられると思ったのか、頭をかばって体を縮こまらせて震えている。投げだされたラケットは乾いた音を立てて地面に転がった。
「このままじゃ、俺まで犯人扱いだな。後は好きにしろ、じゃあな」
 目標を達成したとたん彼女への興味は薄れ、本来の用事を思い出して帰路についた。


 あれから一週間、何事も無かったので忘れていた。今思えば、そうとう無茶をしたのだ。警察沙汰になっても可笑しくない。すでに遅いが後悔の念が残った。
 彼女が誰を探してここまで来たのかは明白だ。問題は彼女の目的が何であるかだ。
「そうか、思い出したよ。君は僕に報復するだけの理由があった。そう解釈すれば納得できる。ところで君の報復はこれで完了したのかな。それともまだ・・・」
 なぜ、この時期に現れた。彼女が僕の下へ訪れる理由など・・・・・・
 ──有り過ぎる。
 そうだ、警戒しておくべきだったのだ。そもそも、人がほとんど立ち寄らないはずのこの場所に彼女が目的を持ってやってきた。それは十分に警戒するに足りることだったのに。
 つまり、僕が彼女に襲われたのは偶然じゃない。彼女の目的はなんだ。
 
 彼女との共通点は一つ、あの出来事でしかない。
 例えば、彼女の秘密(知られたくない事実)を僕が第三者に暴露する可能性。
 例えば、あの時の事件を立証するために証人が必要になった。
 僕が襲われた理由を考えれば、前者しか考えられない。それにしても過激すぎやしないだろうか。僕が彼女の秘密を暴露したとしても、肝心な彼女が何も反応しなければ只の噂話程度で終わるだろう。そんなことを僕がしようものなら、逆に自分が変質者というレッテルを張られるリスクを追わなければならない。
 僕に何の益がある? そもそも何の準備も無く、十分な証拠が揃っていない状態で、そんな行動にでるなど愚の・・・・・・っあ!
 すっかり失念していた。有る。僕の持ち駒で彼女の生活を脅かすのに十分な材料。確かに持っていた。
 携帯のメモリーだ。そうこれなら十分な証拠になる。
 例えば、秘密を立てに僕が彼女を脅迫する可能性。
 口封じが目的か、純粋に僕への逆恨みなのだろうか。どちらにしても慎重に事を運ばなければならない。
 すでに僕達は対峙してしまったのだから。
 予想以上に僕のダメージは大きい。そして、彼女の準備は万端だと考えて良いだろう。

 彼女はまだ思い悩んで言葉を出せずにいる。助け舟を出すしかない。こちらが折れる方が被害が少なく、相手の出方が伺えるからだ。
「できれば勘弁してほしい。今の生活に十分満足しているからね。もし許してもらえるなら、僕の出来る範囲で一つだけ君の願いを叶えるというのはどうだろう」
「どういうこと」
 か細い声で何とか応対する。
 まるで僕がいじめてるみたいだ。今日に限っては僕が被害者だというのに。こいつの行動はまったく理解できない。いったい何をしに来たのが疑いたくなる。わからないことだらけだ。
 それでも今は粘り強く応対するしかなかった。
 忘れた頃にズブリは勘弁だ。
 割れ物を扱うかのように接する。相手がどんな行動を起こすか分からないのが一番手に余る。
「それを聞いているのは僕だ。・・・つまり、君はどうしたい。僕に用事があってここに来たんだろ。それとも、もう済んだのか」
 彼女は首を振って応える。これじゃまるで小学生以下の反応だ。保育士じゃないぞ僕は。
「めんどくさい。いいかい、僕は反省している。だから、その代償に君の願いを一つだけ叶えようと言っている。ただし、僕にできる範囲でだ。これで理解してもらえただろうか。特に期限は設けない。同じ学校なのだから僕を見つけるのは簡単なはずだ。今日はもう遅い。後日、日を改めるというのを提案したい」
 俯いたまま、彼女はつぶやく。
「────」
 しかし、あまりにも弱々しい声で聞きとれなかった。
「すまない、もう少しはっきり言ってくれると助かる」
「責任とって」
「はい?」
 思わず聞き返してしまった。何を言っている。何を望む。あまりにも唐突すぎる発言に思考が追いつかない。
「私、怖かったんだよ。あの時だって、今日だって、私をビックリさせて、追い詰めるのはいつもあなたなの。怖いんだよわからないのは。嫌なの一人は。弱くなっちゃったよ私」
 泣きながら、だんだんと声を張り上げていく。興奮状態の彼女は止まらなかった。堰を切ったように溢れ出す。
「私を返してよ。明るかった私を。元気だった私を。自身失くしちゃったよ。傍にいてよ。慰めてよ。私にやさしくしてぇーー」
「ちょっとまて、落ち着け」
 このままではまずい、彼女のヒステリーは間違いなく人を引きつける。この状況を第三者に見られるのは非常にまずい。言い逃れようもなく加害者にされてしまう。追い詰められたのは彼女ではく、むしろ僕だ。
 彼女は知って知らずか、女の武器を最大限有効に活用している。この事態を早急に対処しなくてはならなかった。
 しょうがないと思いつつも、取るべき行動は一つしかない。彼女を黙らせるしかないのだ。
 ゆっくりと立ち上がる。座るのでさえ一苦労だったのに、立ち上がろうとするともちろん痛みが伴う。踏み出す度に、脇腹の辺りから針にさされたような痛みが走った。
 糞、この痛みに逆らってまで僕はいったい何をしようとしている? 
 また一歩踏み出す。
 この痛みは彼女が齎したことなんだぞ。今の彼女は僕の敵じゃなかったのか?
 自問自答するが、答えは返ってこない。
 また一歩。
 自分でも何がしたいのかわからない。いったい何を? 
 何を、何を、何を、何を、何を……
 思考はすでに空回りし、無駄に神経が研ぎ澄まされていく。ほとんど空っぽの状態で体だけが勝手に動いている。
 たった六歩の距離。フルマラソンを完走し終えたほどに息は上がっていた。そして今、気が遠くなるような時間を肌に感じている。
 あと一歩で彼女の間合いに入る。しかし、なぜかそれ以上足を動かすことができなかった。
 彼女の周りには血痕が残っている。今まで気づかなかったが制服や腕、顔にまで血痕がついていた。
 一瞬にして目が冷めた。いつもの調子を取り戻し冷静に彼女を観察する。
 相変わらず泣き叫び、理不尽な言葉を吐き続けている。しかし、彼女には怪我らしい怪我は見当たらない。そうすると答えは一つ。簡単な消去法。
 僕だ。慌てて脇腹を抑えて、逆に痛みで泣きそうになった。しかし、原因はそこじゃなかった。記憶と痛みを頼りにもう一つの部位に触れてみる。激痛とはいかないまでも、後から押し寄せて来る痛みは本物だった。押してみると凹む程度にはこぶになっていた。さらに辺りを触れていると今度はザラっとした感触が返ってくる。ぽろぽろと崩れるので少しだけ引っ掻いてみる。
「痛」
 調子に乗り過ぎた。瘡蓋が一気に剥がれて血が溢れ出す。思いのほか、傷は深いらしく流れ出る血は頬を伝って屋上に新しい血痕を残していった。
 もう一度彼女を観察する。華奢な体つきに見えるが、スポーツをやっているであろうその肢体は均整のとれた健康体である。スカートから覗く脚線美に思わず見惚れる。女としてではなく、凶器として。間違いなくこの肋はあの足にやられたのだ。しかし、頭は違う。もっと硬くて鋭い物。でなければこんな切り傷みたいなこぶなど出来やしない。
 もう一度辺りを見渡すと、貯水タンクの傍に置かれた荷物を発見する。ランチボックスと水筒だった。ランチボックスはファミリーサイズの大きなもので、水筒の方もフッ素加工された魔法瓶タイプの大瓶。個人にしてはどちらも不釣合いなサイズ。彼女がここに何をしに来たのか、ますます分からない。
 しかし、凶器に使われた物は理解できた。
 ずいぶん謙虚じゃないか。彼女が弱いだって。笑わせる。仕様が違う目的の物を、身を守る為とはいえ何のためらいもせず、効果的に使って見せたではないか。
 これだけの適応力を持ちながら、なぜあの時、何もせず矮小な存在を装っていたのか。
 自分で危機を振り払う事も出来たんじゃないのか。たとえそうでなくても、抵抗の一つも見せなかったのが許せない。そして僕を襲うなんて逆恨みも良いとこだ。
 いつの間にか思考が暴走していた。溢れ出した感情が怒りとして込み上げてくる。理性の歯止めが利かない。あまりの興奮状態にもう一つの自分。
 俺の拘束が解かれる。

 いいかげんうざい、あの金切り声は。止めなくては、今すぐ止めなくては。
 あの音は不快すぎる。
 やられっ放しは性に合わない。やられたら、やり返さなくては。

 最後の一歩を踏み出した。
 泣きじゃくる彼女を見下すように立ち寄り両肩を押さえ込む。
「うるさい。お前」
 額から滴り落ちる血が彼女の顔を濡らす。一瞬惚けた顔になり同時に雑音がやむ。
 目が合った。自分の顔に付着したものを理解した彼女は驚愕と驚きの表情を繰り返し、感情が決壊する。
「ひぃ、嫌あぁぁ」
 彼女が動き出したので思わず力が入ってしまった。
「痛い放してぇ」
 堰きとめていた分だけ、激しく溢れ出す。興奮冷めやらない彼女は暴れだし、自由になる手足をばたつかせ、時折ヒットする打撃が恐ろしいほど体に響いた。
 「この女ぁ」
 さらに力が入る。
「嫌、嫌、嫌。痛い痛い。許してぇ」
 力を入れれば彼女も強く抵抗する。状況は悪循環を繰り返していた。これでもう言い逃れようもない。
 まんまと彼女のペースに引き込まれ、既成事実にまで待ちこまれてしまった。しかし、彼女は一つだけ、間違いを犯ている。勝負は付けるべき時に付けておくべきだったのだ。
 最初の奇襲で止めを刺すべきだった。彼女の敗因は詰めの甘さにある。
 尚も抵抗を続ける彼女の攻撃に、これ以上体が耐えられそうもなかった。疲労と痛みで意識が飛びそうになる。
 取るべき行動は一つ、初めから決まっていたはずだ。何をためらう。
 条件が少し厳しくなっただけだ。このまま彼女の思惑通りになるのだけは許せなかった。
 黙らせるだけじゃ駄目だ。動きも止めなくては。
「調子にのるんじゃねぇ」 
 力任せに押し倒す。すばやく体を入り込ませてマウントポジションを取った。暴れる手を強引に押さえつけて静止させる。
 動かせる場所が首と足だけになっても彼女の抵抗は弱くなることはなかった。むしろ、効果的に悲鳴をあげている。なんという順応力だろう。なぜあの時それを見せなかった。今の彼女は惚れ惚れしそうなほど輝いて見える。
 魅力を感じれば感じるほど、それだけ裏切られた気持ちは募るばかり。
 取るべき行動は一つしかないが、取るべき方法は一つじゃない。
 確実かつ最も簡単な方法を選択する。押さえ付けていた手を離し、首を押さえる。左手の親指は頸動脈を押さえ、右手の親指は喉元に深く食い込ませた。押さえつけた指をさらに固定するため首を強く圧迫する。
「うぐぅ」
 雑音(ノイズ)が止まる。これで呼吸器官を完全に塞いだことになる。これで時間制限(タイムリミット)が生まれた。彼女の意識がなくなるまでに伝えるべきことは伝えなくてはならない。
「お前わけわかんねぇよ。殴る蹴るの数々の暴行を加えておきながら。優しくしろだの、傍にいてだの。訳のわかんねぇこと言いやがって。挙句の果てにヒステリー起こして逆切れしてんじゃねぇぞこらぁ」
 必死になって首に掛かった手をはずそうとするが決して外れることはなかった。元より力の差が違う。彼女の必死の抵抗も無駄に終わる。
「人の話も聞かねぇ奴が、自分の話を聞いてもらおうなんて思うな」
「・・・・」
 ボーダラインの三十秒が過ぎる。いつもなら手を緩めるところがこの時ばかりは我を忘れていた。
「わがままは嫌いなんだよ。自分の都合だけで他人を巻き込んで。助けて貰えるのが当たり前だと思う奴が一番うざい」
「・・・・」
 目には涙を溜めて彼女は抵抗の一切をしなくなった。全てを受け入れたのか、観念したのかは分からない。寂しそうな眼差しを返してくる。お互い見つめあったまま動けない。
 彼女は最後の力を振り絞って声にならない声を上げる。
 ご、め、ん、な、さ、い──あ、り、が、と、う。
 何を言っているのか分からない。その言葉が心を揺さぶり、感情が完全に静止(フリーズ)した。

 どれだけそうしていたのだろうか。自我をという意識を取り戻した時にはもう、視界が歪み、涙を流しているのは自分の方だった。
 悔やむぐらいなら初めからやらなかれば良かったのだ。今さら後に引いたところで何も変わらない。
 すでに感覚は麻痺して夢と現実の区別が付かなくなっていた。
 何も変わらないはずなのに。彼女の言葉を想い出すだけで僕が引き戻される。

 謝るなんて卑怯だ。そんな些細な言葉を得るために僕は一体何をした?

 急に怖くなった。今、自分がしでかしていることにどうしようもなく耐えられなくる。
 あわてて手を放し、涙を拭う。晴れた視界に写った彼女の姿は・・・・・・
「────」
 眠っているように見えた。
 瞼は閉じられ、呼吸はしていない。首筋に手を当て脈を確かめて診るが無駄に終わる。それでも、諦められず一縷の望みにすがり心音を確かめる。もどかしい。衣服の上からでは心音が遮られるではないかと考えてしまう。脱がすというまどろっこしいことはしない。今は一分一秒でも時間が惜しい。何の躊躇いもせず衣服を剥ぎ取った。
 露になる白い双丘、普段ならどぎまぎする光景にも、今の状態では何の感慨にもならなかった。
 目的は一つ。胸元に耳を直に当てて確認する。有るべきはずの鼓動は全く聞こえてはこない。
 彼女から視界を外し、呆然と辺りを眺める。
 視界の片隅にちょこんと置かれたランチボックスが飛び込んできた。
 それにしてもでかい。体育会系の彼女なのだから、それが普通なのかも知れないが。二人前を遥かに超えるファミリーサイズに思わず苦笑する。
 誰かと昼を一緒にするつもりだったのだろうか。不意に彼女の最後の言葉が蘇る。
 まさか──そんな、馬鹿な。
 彼女の不可解な行動と言動。断片的で連続性の無い事柄が最後の言葉で一つに収束する。
 彼女の目的が何であったのかようやく理解した。
 何を勘違いしていたんだ俺は。こんなにも儚く脆い存在に怯えていたのか僕は。
 これは己惚れかもしれない。だからこそ、その可能性は一番先に違うだろうと決め付けていた。しかし、彼女の行動を説明するにはそれが一番無難である。

 もしかして、感謝されていた。少なくとも好意をもってここに訪れたのだとしたら・・・・・・

 失われていく体温に、心が凍り付いていく。
 考えろ俺。人を殺めてまで手に入れたかったものがこんなちっぽけな罪悪感でいいのか。 
 落ち着け僕。このままこの世界の中で生きていくには辛すぎる現代社会(システム)。
 心が落ち着かない。
 何がしたい。何をしたい。何が納得できない。何を納得できない。ここにある結果は、自分が培ってきた事象の上に成り立ってできたものではないのか。
 何を悔やむ。何を後悔する。自分の行動に責任を持つんじゃなかったのか。子供みたいに泣いているだけなら彼女と同じじゃないか。
 そう彼女と同じ。彼女も同じ。
 我侭で、自分勝手で、相手の気持ちを分かろうとしない。
 同じだったんだ。
 俺と彼女は。僕と彼女も。
 自分の思い込みで、他人を決め付けて。
 誰かに聞いて貰いたかったんだ。どうしたら良いのか分からないから。
 同じ記憶を共有する二人だったから。僅かな接点しかない僕の所へ彼女は来たんじゃないのか。
 叶うならば、もう一度彼女と話をしたい。罪を償う機会(チャンス)が欲しい。
 わがままにも、誰でもない誰か(神様)に奇跡を願ってしまった。

 忘れていた。いや思い出したというべきか。自分でやれるべきことすら、やらないうちに。他人に頼るなど、何もしていないのと同じだ。見て見ぬ振りをするのと何も変わらない。
 奇跡は決して起こらないものではない。奇跡は決して起こるものではない。
 奇跡とは起こすものなのだ。

 時計を確認する。正確に時間を紡ぎだす標(しるべ)に希望を見出した。いつもの癖でストップウォッチが動いている。時間制限を守らなかったそれは今も正確に時を刻んでいた。
 三分四十秒を過ぎる。
 心肺停止から五分を過ぎていない。どうにかデットラインを超えていないようだ。刻一刻と蘇生率は低くなっているがゼロじゃない。
 慌てて彼女から降りて上着を脱いだ。
 上着を彼女の背中に滑り込ませて上体を少しだけ起こした。顎を引き上げて気道を確保する。衣服を脱がす手間は要らなかった。
 自分でも馬鹿なことをしていると思う。自分で息の根を止めた相手を蘇生させようとしているのだから。罪が消えるわけではないが、何もしないよりはましだ。
 心臓マッサージを施そうとして、一瞬だけ逡巡する。只でさえ経験が少ないと言うのに、女は初めてだった。心臓の一番近い部位を圧迫しなければならないのに、女には胸があり今はそれが邪魔だった。心音も聞こえないのでは正確な位置がつかめないじゃないか。
 落ち着け馬鹿が。自分に叱責する。そんなの当たり前だ。だから、やるんだろう。大体でいいんだ。心臓に近ければ。
 彼女の左胸の辺りに検討をつけて右手を軸に左手を添える。
 力強く五回の圧迫を加え、人工呼吸に移る。鼻腔を塞ぎ、息を注ぎ込む。
 何度も何度も、彼女の生還だけを願って繰り返していった。

 我を忘れ、時間さえ忘れ、一心不乱に同じサイクルを繰り返していく。

 そしてついに奇跡は起こった。

 突然彼女に変化が現れる。
 二、三度咳き込み。弱々しくではあるが呼吸が戻る。もう一度心音を確かめて診ると今度はしっかりと息づく彼女の鼓動を確認して歓喜に包まれる。
 意識を取り戻した彼女は震えていた。
 そう寒いのだ。僕だって寒い。日が雲の隠れ、本格的に冷え込んできている。
 彼女は自分の体を抱きすくめ、無言で見つめ返してきた。
 そんな彼女が居た堪れなくなり、思わず抱きしめてしまう。彼女は驚きのあまり、体を竦めるが抵抗はしなかった。
 上体を起こさせ、彼女を座らせる。震える体に上着を掛けてやり、今度はやさしく彼女を包み込む。
 彼女の震えが止まるのを確認してから。そのままの姿勢で話しかける。密着しすぎてお互いの顔は見えない。息遣いが完璧なまでに聞こえていた。
 心のそこから、一番伝えたかった言葉を紡ぐ。
「お帰り、君。そして、すまない」
「どうして、そんこと言うの。急になんだかおかしいよ」
 彼女にしてみれば、何が起こったのか分からないのも当然のことだろう。
 まずは、そこから僕は彼女と向き合わなければならない。
「そうだね。まず、それを話さなくちゃならない。覚えてないかもしれないけど。君は一度死んでいる」
「!」
「この僕の手によってね」
「でも私、生きてる。どうして?」
 遠慮がちに彼女はか細い声で聞き返してくる。
「僕が助けた。僕の自分勝手な理由で。こんなことで罪が消えるわけでは無いけど。どんな形であれ、償いたいと思ったんだ。なんとか、間に合った。僕は自分にけじめをつけるために責任を取りたい」
「・・・・」
 彼女は何かを言おうとしたが答えは返ってこなかった。少しの間を置き言葉を繋げる。
「わかりやすく言おう。君は僕を処分する権利を得た。君が望むなら、僕は何だってしよう。僕の命、僕の人生を君に委ねる」
 返答は無く、変わりに彼女は意思を持って行動に移した。
 僕の手をやんわり退けるとお互いの顔がはっきりと見える位置まで距離をとった。
 ジッと僕の顔を見つめ。
「続けて」
 力強い彼女の言葉を聞いて、今度は僕の方が一瞬惚けてしまった。
 彼女の表情は真剣だった。それに応えるために僕も覚悟を決めなければならない。
 誠意を持って僕は自分の考えを伝える。
「僕は学校をやめようと思う。君に二度と迷惑をかけぬよう、君の前に姿を現さないことを誓う。調子のいいことばかり言うようだけど。何をして欲しいか、君に決めて欲しい」
 すぐには答えは返ってこなかった。彼女は瞼を閉じてゆっくりと深呼吸を繰り返していた。
 僕は彼女の心が決まるまで、身動ぎぜす待ち続ける。
 唐突に深呼吸が止んだ。ついに意を決したのか彼女はおもむろに口を開いた。
「責任とって」
「どういう形での責任を望んでいるか僕には分からない。何を望んでいるのか具体的に言ってもらえると助かる」
 彼女は俯き加減に下を向き、拳を握り締めていた。
「私だって恥ずかしいだよ。こんなこと言うの」
「無理強いはしない。僕の思いつく限りで最大の努力をしよう」
「それは卑怯だよ。そんなこと言われたら、何にも言い返せないじゃない」
「すまない。気が利かない奴で」
 正面を向き、僕をジッと見据え。
「わかったわよ。私が言えばいいんでしょ。私の言うことは絶対聞くのよね」
「ああ」
「私も卑怯だな」
「それは承知している」
「むー。一言多い」
 彼女は顔を膨らませて抗議する。そして、一呼吸置いてから仕切り直した。
「弱くなっちゃった私を支えて下さい。私が元気になれるように甘えさせて下さい」
「相談役として僕を望んでいるのか。顧問弁護士のように」
 赤い顔が更に赤くなって怒鳴りつける。
「鈍い、鈍すぎる。私は付き合ってって言ってるの。あなたが本当に責任を感じてるなら、只頷けばいい。それとも約束を違える気なの」
 頷くのは簡単だ。僕の気持ちを彼女は掴みきれているのだろうか。僕は何かをするために理由を求める。僕の気持ちは変わらない。彼女への思いなど罪の意識でしかない。
 彼女が求めるものに偽りであってはならない。それは僕自身が許せない。僕が自分に課した責任を果たすために、彼女には本当に望むものを選ばせてやりたい。
「君が望むなら、僕の答えは決まっている。贖罪として君の要求は呑む。しかし、本当にそれを望むのか。形だけの恋人を契約として結ぶのだぞ。慎重に考えて欲しい。僕は君の要望を叶えるために最大限の努力をする。恋人だって例外じゃない。君の理想とする彼氏を僕は演じ続ける努力をするということにほかならない。そんな僕でもいいのか」
 一瞬だけ怯んだが、彼女の表情には一点の曇りもなかった。力強い意志が返ってくる。
「私、バカだから相手の気持ちなんて考えないで、すぐに行動にでちゃうけど。今、私が感じている気持ちは本物なの。私はあなたが好き。不器用で素っ気無いけど、本当は優しいあなたが好き。演じる必要なんて無い。今のままでいい。付き合うなんてきっかけに過ぎない。今の私を見て、これからの私を見て。合わなければ別れたっていい。それでもいいから、その間だけでいいから、私を甘えさせてください」
 出だしの勢いとは打って変わって、後半は顔をくしゃくしゃに歪め、瞳に涙を溜めて訴えかけてくる。弱々しい声とは裏腹に言葉に込められた想いは重い。
 涙は卑怯だ。彼女の気持ちを汲み取ろうとして身構えていた僕には強すぎる奔流。僕の思惑などあっさりと押し流され、彼女の気持ちに飲み込まれる。
 そして、僕の答えは決まっていた。初めから否定など存在しなかったが、心構えが違う。
「僕にはもったい言葉だな。それは」
 瞳に溜まった涙を振り払いながら。
「返事は」
「わかりきっていることを聞くのか」
「言葉でちゃんと話さないと相手に伝わらないよ。私は納得できない」
 少しだけ考え込んで、気の効いた言葉を選ぶ。よしあれにしよう。
「僕、桐間睦玖は、君を支える剣となり、君を守る盾になることをここに誓う」
 小さい時の読んだ、大好きな絵本の台詞だった。それでも何とか思いは伝わったようなので安心する。
「ちょっと、格好つけるなら最後までつけなさいよ。ここまでしておいて何もないの。それに私の名前も知らないんでしょ」
「ああ、君は一度も名乗らなかったからな。それに要望は具体的にしてもらわないと叶え様がない」
「それは私の口からはちょっと・・・」
 また、俯き彼女は手を合わせてもじもじしている。しばらくすると彼女は顔を上げ瞼を閉じた。
 何を望んでいるのかしばし思案して答えを見つける。
「納得。君の期待していることは理解した」
 しかし、体がいうことを利かない。著しく消耗した体はとうの昔に活動の限界を迎えていたようだ。僕が負傷者であることは変わりないのだから。今では僕の方が体温が低い。
 絞り出すように。
「すまない」
「どうして」
 彼女は目を見開き驚いた顔をして見返して来る。
「不甲斐ない僕を許してくれ。願わくば医者を呼んで欲しい」
「なっ」
 崩れ落ちるように倒れこみ、意識は完全に霧散していった。
 

2004/10/01(Fri)12:35:45 公開 / GOA
■この作品の著作権はGOAさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
久方ぶりの投稿です。GOAと申します。
相変わらず読み主体な生活が続いていますが。これからもよろしくお願いします。

今回は皆様から頂いた感想を元に描写の不足分と表現を少し砕いて見ました。これでうまく伝わればいいのですが、今の自分ではこれが精一杯です。
感想を頂いた皆様に深くお礼申しあげます。

rathiさんその節はありがとうございました。細かな指摘、大変勉強になりました。
仕上がりはこんな感じです。全体的にショート一つ分膨らんでいます。
逆効果になっていなければいいのですが・・・

皆様の感想をお持ちしております。一言でも点数だけでもかまいません。”つまらない”でもマイナスでもOKです。私にとっては勉強になりますので。
批評・指摘・疑問なども歓迎いたします。次ぎへ繋げる糧になるよう努力する次第です。
皆様に少しでも有意義な時間として楽しんでいただければ幸いです。

追伸
不定期になってしまいますが続きを書く予定でいます。
そのときはまた、よろしくお願いします。
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